地域アジア・太平洋タリバンの武装グループがカブール市内のホテルを襲撃

タリバンの武装グループがカブール市内のホテルを襲撃

【ドーハIPS/Al Jazeera】

アフガニスタン治安当局の発表によれば、28日深夜のタリバン武装グループによるカブール市内の高級ホテルに対する襲撃は、警察治安部隊との戦闘の末、武装グループ全員の死亡と最大10名の犠牲者を出して終息した。

事件から一夜明けてアルジャジーラの取材に応じた内務省報道官のデセィック・セディキ氏は、「自爆テロ犯を含む8名の武装グループは全員死亡。現時点で作戦は終了しており、地域の安全も確保されました。しかし残念ながら、警察官2名と民間人8名の合計10人の犠牲者がでました。」と語った。

それより先、カブール警察の犯罪対策班長ムハンマド・ザヒール氏は、ロイターの取材に対して、犠牲者にはホテルの従業員が含まれていると語っている。

北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)によると、同部隊のヘリコプター2機が28日未明に出動し、襲撃を受けた「インターコンチネンタル・ホテル」の屋上から銃撃していた武装グループメンバー3人を殺害した。

 セディキ氏は、武装グループの襲撃は5時間に及びその間ホテルは停電状態にあったが、ようやく電気が復旧したと語った。襲撃中のホテルの様子を捉えた映像には、ホテルの窓から炎と煙が立ち込めていた(下の映像資料参照)。

「警察当局は、今でも各部屋を捜索し怪我人と危険の有無を確かめています。」とカブール警察署長のアユーブ・サランギ氏は記者たちに語った。

タリバンの広報官ザビウラ・ムジャヒッド氏は、メディアにコンタクトをとり、今回の襲撃はタリバンの犯行であるとの声明を発した。

今回襲撃を受けた「インターコンチネンタル」はカブール市を見下ろす丘に位置する高級ホテルで、アフガニスタン在住の外国人や政府関係者に人気がある。名称は「インターコンチネンタル」だが、ホテルそのものは1980年以降、インターコンチネンタルホテルグループとの関係はない。

カブールから報道しているアルジャジーラのバーナード・スミス氏は、「ホテル入り口に続く道路には4つのセキュリティチェックがあるが、ホテルの敷地へのアクセスは比較的容易だ。」と述べている。

「ホテル入り口に続く主要道路にはセキュリティチェックはあるものの、丘に位置し雑木林に囲まれていることから、その気になれば誰でも、フェンスを越えて道路を回避しながら丘を登っていけます。」とスミス氏は語った。
 
襲撃当時、ホテルにはアフガニスタンにおける治安権限を外国勢力あらアフガン治安部隊に移譲する件について話し合う会議が予定されていたため、アフガン全土から集まった多くの地方行政官が宿泊していた。

「偶然かもしれませんが、このホテルには、ちょうど翌日から2日間にわたって開催予定のアフガン治安部隊への権限移譲に関する会議に出席する行政関係者がアフガン全土から集まっていました。」とスミス氏は語った。

「火曜日の深夜、いくつか爆発音がした後、武装グループはホテル内のボールルームまで侵入してきました。襲撃犯の一人はタリバンの戦争音楽をかけたテープレコーダを抱えており、目に入る人間を無差別に撃っていました。混乱状態の中で2階、3階の宿泊客達は惨事から逃れようと飛び降りでいました。」とあるホテルスタッフは匿名を条件にロイターの取材に応じて語った。

警察当局がアルジャジーラに語ったところによると武装グループはホテルに侵入する前に治安部隊と銃撃戦になった模様である。少なくとも犯行グループの一人がこの時点で自爆している。

アフガン警察はホテルを包囲し、犯行グループとの間にマシンガンその他の武器を使用した銃撃戦へと発展した。また現場は緊迫していたため、傍観者たちは警察の命令で地面に伏せさせられた。

この銃撃戦ではロケット推進擲弾や曳光弾の使用が確認されている。現場に居合わせた記者達は砲弾が炸裂する音や5階建てのビルの屋上から銃撃音が聞こえたと述べている。

内務省保安職員のサモンヤル・ムハンマド・ザマン氏は、武装グループはマシンガン、ロケット推進擲弾、地対空兵器、手榴弾で武装していたと語った。

ザマン氏は、襲撃時ホテルには60名~70名の客がおり、ホテル入り口で自爆した2つの死体を見たと語った。

現場に居合わせた独立ジャーナリストのベッテ・ダム氏は、アルジャジーラの取材に応じ、「銃撃戦は何時間にもわたって続きました。また、ロケット推進擲弾が発射されるのも見ました。」と語った。

またダム氏は、原因はわからないが現場で2回にわたって大きな爆発音を耳にしたと語った。そして今回の武装グループの襲撃を「よく連携がなされたものだった」と語った。

ホテルの宿泊客ジャウィッド氏は、銃撃をのがれるために1階の窓から飛び降りで逃げたと語った。

「私は家族と逃げました。銃撃が始まりましたが、ホテルのレストランは客でいっぱいでした。」と語った。

アフガニスタンでは、5月2日に米軍がパキスタンに潜伏中のアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏を殺害して以来、武力衝突が増えており、また、この時期はタリバンが毎年攻勢を強める時期にあたる。しかし今回のように首都カブールが攻撃されるのは比較的稀である。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧千鶴

「インターコンチネンタル」を会場にIPS主催で開催したアフガンメディアフォーラム出張時の映像資料はこちらへ

関連記事:
|軍縮|ビンラディン暗殺でカットオフ条約に対するパキスタンの態度が一層硬化するかもしれない
|視点|アフガニスタンという不安(ジュリオ・ゴドイ)
|タジキスタン|新しいテロ世代の波

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken