この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
(この記事は、最初に2021年9月7日に「The Strategist」に発表されたものです。)
【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】
よくある知的な室内ゲームに、米国大統領の偉大な順ランキングがある。エイブラハム・リンカーン、ジョージ・ワシントン、フランクリン・D・ルーズベルト、セオドア・ルーズベルトは、政治を専門とする米国のケーブル放送局、C-SPANの大統領歴史家調査で、長年にわたってトップ4の座に君臨してきた。切り口と時間軸を切り替えてみると、米国がアフガニスタン撤退を決めたことを疑問視する人はほとんどいないが、そのやり方を擁護する人もほとんどいない。国内政治への破滅的な影響に加え、米国の世界的な評判と利益にも永続的ダメージを与えるだろう。そこで、こんな問いが思い浮かぶ。最近の大統領による最悪の失敗は何か?(原文へ 日・英)
その答えは、どのような基準を用いるかによってアナリストごとに異なるだろうし、異論も多々出るだろう。実社会で経験がある教授として、長期的な影響を重要な尺度としている私の選択は、ビル・クリントンのコソボ介入、ジョージ・W・ブッシュのイラク戦争、バラク・オバマのドローン政策、ドナルド・トランプのイラン核合意からの離脱である。
冷戦が平和的に終結した在り方、つまり、敗北した側が負けを認め、新たな秩序に同意し、勝利した側との和解と統合を目指すという在り方は、歴史上まれなことである。全体主義的な共産主義のくびきから放たれたロシア国民は、西側との良好な関係が見込まれることを歓迎した。その親善ムードは、1999年のNATOによる一方的なコソボ介入によって水を差されて消失し、その代わりに西側の意図と誠意への疑念が再燃した。これを機にロシアは、NATOの潜在的なパートナーから再び不倶戴天の敵へと変わったのである。
ひどく弱体化したが、米国のほかに唯一の核兵器保有国であり、悪事を働く可能性が大いにあったロシアは、教訓を学び、好機をひたすら待ち、辛抱強く努力を重ねて欧州と中東における妨害屋へと返り咲いた。NATOは「1インチも東に拡大しない」という保証はコソボで裏切られ、2014年のウクライナで再び裏切られた。西側は冷戦における歴史的敗北を何度も蒸し返してはロシアに屈辱を与え、ロシアの利益や不満を無視した。しかし今や、ロシアの前庭で戦略的ライバルが敵対的買収を仕掛けてきたときにロシアが腹を立て、大国であれば当然するであろう反応をしたことに、西側の首脳たちは驚いたふりをしている。
コソボ介入を支持した西側の者でさえ、イラク戦争については賛否が明確に分かれた。現在では、米国史上最悪の外交政策上の失敗に数えられるというのが大多数の見解である。侵攻は占領、内乱、内戦へと発展し、米軍の死者4,500人、総費用3兆5,000億米ドルという悲惨な代償を招いた。米国は最も多くの血と財源を費やしたが、戦略的に最大の勝利を手にしたのはイランだった。イラク戦争は、ジハード主義の炎を焚きつけるとともに、対テロ戦争から注意を逸らした。ハードパワーの限界をいやというほど見せつけ、米国のソフトパワーを大幅に損なった。
オバマに関する私の選択は、より抽象的だが、だからといって現実性が低くなるわけではない。彼はドローン攻撃政策を大幅に拡大し、この新たな戦闘ツールにどのような法体制が適用されるかを検討することもなかった。標的殺害は、既存の法秩序における欠落を補うために、国境を越えて国家の規範的権限を拡張したものなのか、あるいは、外国法域における行為に関する国家の法的能力の限度を踏み越えようとする密かな試みなのか?
ドローンへの依存は、その利便性ゆえに拡大した。ドローンは耐久性が高く、低コストで、米軍兵士のリスクをゼロにし、罪のない民間人の死者を減らし、危険が潜む荒涼とした地形を長距離にわたって長時間飛ばすことができる。敵のテロリストを捕獲し、逮捕し、裁判にかけるよりも、テロリストを抹殺する方が、より早く、より複雑でなく、より好都合であるという魅力があった。
ニューアメリカ財団、調査報道局、米国の報道機関であるCNNとマクラッチーによるいくつかの調査によると、ドローン攻撃で殺害された人々のうち重要な武装勢力のリーダーはごくわずかであると結論づけられた。ほとんどは低位の従軍者や罪のない民間人であった。スタンフォード大学およびニューヨーク大学の法科大学院による徹底的な調査では、ドローン攻撃は全住民にトラウマと恐怖を与え、国際人道法に基づく区別、均衡性、人道性、軍事的必要性の要件に違反していたと結論づけた。
しかし、ドローン攻撃によって米国が全体的に安全になったという証拠は曖昧である。なぜなら、それは殉教者を生み出し、腹を立てて理性を失った若者たちを増やすことによってジハードへの勧誘活動の機能を果たしていた。また、法の支配と国際的な法的保護の尊重を損ない、殺傷力のあるドローン技術が複数の国によって開発されている状況下で、危険な前例となった。北京はいつか、政府がテロとして糾弾する国内の暴力的抗議運動に対してドローンを使うのだろうか? ネパールで集会を開くチベット人活動家たちに対して? もし中国がドローン攻撃でダライラマを抹殺してしまったら?
悪意ある強国としての中国の拡大を阻止する意志と方策を確認したトランプの判断は正しかったのか、あるいは、中国との破滅的な戦争という<トゥキディデスの罠>に米国を追い込んだのかは、時間が経たなければわからないだろう。彼の誤りだらけの外交政策決定の数々から私が選ぶ最悪のものは、疑惑のあったイランの核兵器プログラムを封じ込めた2015年の包括的共同行動計画(JCPOA)から離脱する決定である。断固とした解体、透明性、査察体制によって、機微な核物質、活動、施設、関連インフラが大幅に削減され、イランは国際原子力機関(IAEA)による前例のない国際的査察を受け入れ、IAEAはイランが合意を遵守しているかどうかの確認を最後まで続けた。
JCPOAを破棄し、イランに新たな厳しい制裁を課し、イランと禁止品目の取引を行う者に対して二次的制裁を課すことにより、トランプはテヘランを合意の制約から解放した。それ以降の一連の決定で、テヘランはウラン備蓄量を増やし、査察を制限し、より高度なIR-6 遠心分離機を取得し、濃縮ウランの量を増やし、濃縮度をJCPOAの定める上限の3,67%ではなく20%にまで引き上げた。それもこれも、「最大限の圧力」によって有利な取引をするためである。
NATOの地理的制限について、以前ロシアへの一方的な保証を反故にしたことに加え、国連安全保障理事会が全会一致で承認した6カ国の国際協定を破ったことも、米国の信頼性の欠如をいっそう際立たせるものとなった。このことは、欧州の主要な同盟国、中国、ロシアの米国に対する信頼を傷つけた。そして、北朝鮮の非核化に関する合意を得るための努力も損なわれた。なぜなら、平壌は当然ながら、前もっての米国の大幅かつ不可逆な譲歩と非核化後の完全な保証を要求しているためである。
ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。
INPS Japan
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