【スリナガルINPS=サナ・アルタフ】
17歳のアフザル君は変わった「孤児」だ。彼の父親は何年も前に他界しているが、母親は今でも健在で、アフザル君が十代の大半を過ごしてきた孤児院からさほど遠くないところにある家に、彼の祖父母と妹や弟たちと住んでいる。
月に一度、母親と弟がスリナガル(ジャンムーカシミール州の州都)にある「ベイト・ウル・ヒラール孤児院」にアフザル君を訪ねてくる。アフザル君にとっては、至福の一時だが、面会時間が終われば、再び孤児院にひとり残され、家族と一緒に実家に帰れない自分の境遇を嘆く現実が待っている。
アフザル君は、ジャンムーカシミール州の数千人に及ぶ他の子ども達と同じく、両親との死別ではなく貧困が原因で「孤児」になった。
「私の家は貧しく、母は私の学校の授業料や養育費を払えないのです。」とアフザル君はIPSの取材に応じて語った。彼はこの孤児院に入所して今年で4年目となる。
すると母のファルザナさんが、「一緒に暮らしていたらアフザルは餓死することになっていたでしょう。少なくともこの孤児院にいる限り、この子は、まともな衣食と教育を受けられるのです。」と付け加えた。
ファルザナさんは、取材の中で、目下のところ彼女に収入はなく、地元のNGOから支給される援助金を使って一家が生活を凌いでいる、と語った。
「ベイト・ウル・ヒラール孤児院」で生活している他の子供たちも、アフザル君と類似した経験を持っている。
きゃしゃで色黒のナビール君にとって、実家に戻って母親や3人いる兄弟姉妹と再び共に暮らしたいと思わない日は一日とてない。
「父は(インドからの独立を目指すイスラム教徒の)民兵でしたが、5年前にその父が殺されたため、家族はあっというまに貧困のどん底に落ちました。僕はそれ以来ずっとこの孤児院で暮らしています。」とナビール君は語った。
「私の家政婦としての稼ぎは月に55ドルにしかならず、ナビールの授業料や本代その他の費用を支払ってやれないのです。」というナビールの母アリファさんは、息子を家族から引き離してでも孤児院に入れた唯一の理由は、「まともな教育を受けさせてやりたかったからです。」と語った。
1986年に分離独立派による武装蜂起が激化してカシミール渓谷(住民の95%がイスラム教徒)に暗い影を投げかけるようになる前のスリナガルには、孤児院は1つしかなかった。それまでは多くの場合、親切な近隣の住人や親族が、孤児となった子どもを引き取ったものだった。
しかしその後反政府派とインド政府軍・警察間の衝突が激化し、ジャンムーカシミール州で約10万人の死者(その多くが若い男性で父親)がでたため、孤児の数も急激に増加した。
英国に本拠を置くNGO「セーブ・ザ・チルドレン」は、最近の調査報告の中で、カシミール州における孤児の総数を214,000人、さらにその内37%が、紛争により両親が死亡したか、或いは紛争を起因とする貧困により孤児になったと推計している。
こうしてカシミール渓谷一帯にインド政府が設立した孤児院には、依然として片親(多くの場合母親)がいながら貧困のために施設に出された子供たちで溢れている。地元の大型孤児院「ジャンムーカシミール・ヤテーム・トラスト」のザホール・アハマド・タク会長は、孤児たちの大半は、母親と祖父母を持つ子供たちだ、と語った。
「しかし、こうした家族は、一家の稼ぎ手を失い、子供たちを育てられないほどの極端な貧困に直面しているのです。」とタク会長は語った。
またタク会長は、もしインド政府がこのような家族に財政援助を支給するならば、母親たちも、子供たちをなんとか食べさせ、教育を受けさせようと努力するため、孤児院に預けるという最後の手段に訴えることはないでしょう、と付け加えた。
感情面のニーズは無視されている
しかし、子どもを施設に預けた親たちが、「子供のことを第一に考えてそうした」と主張する一方で、専門からは、食料や衣服、教育を提供するだけでは、子供たちの感情面や精神面のニーズにまで対応できない、と指摘している。
家族から引き離され、生きていく上で最低限のニーズに対応できる程度の施設に預けられた「孤児」たちの間では、急速に精神的な障害を顕在化させる事例が増えている、と専門家らが指摘している。
著名な心理学者であるムスタク・マルグーブ博士がカシミール渓谷周辺の孤児院を対象に行った最近の調査によると、孤児たちの41%が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っており、25%が抑鬱障害の兆候を示したという。さらに、7~13%の孤児に、注意欠陥過活動性障害(ADHD)、パニック障害、転換性障害が観察された。
一部では、子供たちの感情面のニーズに対する取組みも行われ、施設を「我が家のような所」と感じさせる環境作りに成功している孤児院もあったが、大半の孤児院では、孤児たちの精神障害をかえって悪化させる事態に陥っていた。
マルグーブ博士は、「幼くして孤児院に預けられ長期を過ごした子供たちは、後年深刻な精神的病理疾患を発症するリスクを負っています。こうした子どもたちは人間関係の構築に苦労するほか、自分自身の子どもの養育に際して、深刻な問題に直面する傾向にあります。」とIPSの取材に対して語った。
マルグーブ博士は、「(孤児たちの)知的・感情面のニーズ」を無視する傾向にある孤児院は、精神衛生上の問題を抱えた子供たちの温床となっている、としたうえで、「孤児院は収容された孤児たちの間の関係を緊密で安定したものにするような社会環境を提供しなければならない。」と強く確信している。
カシミール大学のバシャール・アハマド・ダブラ氏(社会学)も、多くの孤児院におけるこのような「不健康な」傾向が子どもたちの精神面の成長に及ぼす悪影響について懸念を示している。
「これらの子どもたちは父親を失ったかもしれません。しかし、孤児院に入れてしまうことで、(同居していれば)母親、兄弟姉妹や他の家族から得られたであろう愛情を彼らから奪ってしまうことになるのです。」とダブラ氏は語った。
送り出された子どもたちは、孤児院に入所を認められた(=自分に家族がいるにも関わらず、孤児院で他人の同情に頼って生きるよう強いられた)瞬間から、人生観や社会観を変えられてしまう。それは彼らが社会から落伍者、或いは時には社会のお荷物とみなされてしまうからだ。
タク会長は、孤児の80%は施設からの退去を求められる第10学年後の教育を続けられないでいる、と語った。(原文へ)
翻訳=INPS Japan浅霧勝浩
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