【バンジュールIPS=サイコウ・ジャメ*】
今年2月、20才になるモハメド(仮名)は、数多くの同胞と同じく、祖国エリトリアの圧政から逃れ、よりよい生活を求めて隣国のスーダンにやってきた。しかし、彼のように隣国に逃れた人々にとって、新天地は決して安住の地ではなかった。彼らの多くが人身売買の犠牲となっており、モハメドの家族もそれが彼の身に降りかかった悲運だと考えている。
人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が発表した「2013年世界人権年鑑」によると、エリトリアでは人権侵害が横行して「拷問、恣意的な拘束、さらには表現・集会・信仰の自由に対する厳しい抑圧が、日常的に行われている。」また、国民皆兵の徴兵制度があるが、徴兵期間は無期限とされている。
民主主義、政治的自由、人権に関して研究・支援を行っている国際NGO「フリーダム・ハウス」が発表した報告書「世界における自由度2012」によると、エリトリアは世界でもっとも抑圧的な国家9か国のうちに入るという。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、2011年に発表した報告書の中で、エリトリア国民540万人のうち22万人が政府の圧政から逃れて難民となっている、と指摘している。
モハメドは何とか国境を超えることはできた。スーダン領に入って一度母親に電話し、無事を知らせてきた。しかし、数日後に再び電話してきたときには、自分が誘拐されたと告げたのである。従弟のエデン(仮名)は、「モハメドは、スーダンの警察関係者とつながった犯罪者によって誘拐されたのではないか」と考えている。
訪問先のバンジュー(西アフリカ・ガンビアの首都)でIPSの取材に応じたエデンは、「モハメドの母は、(誘拐されたとの連絡に接し)精神的に打ちのめされていました。」「誘拐犯は従弟の身代金として3万ドルを要求してきました。貧しいモハメドの母にそのような大金の持ち合わせはなかったので、彼女は寄付を募り始めたのです。」と語った。
エデンによると、最後にモハメドが家族に電話してきたとき、「エジプトのベドウィン族に売られたよ。お母さん、実は僕は障害者になったんだ。だから何も払う必要はないよ。僕はもう、あまりもたないだろうから。」と話していたという。
人権活動家でNGO「エリトリア人権問題」の創設者エルサ・チャイラム氏は、この1月に米国ボストンのエリトリア・コミュニティ・センターで行った講演の中で、「エリトリア難民の誘拐は日常茶飯事の出来事になっている。」と指摘した。
「人身売買は、無防備なエリトリア難民が彼らに最も高い値段をつけたラシャイダ族の業者に引き渡された時点で成立しているのです。そこから難民らは業者の所有物として扱われ、銃で脅されながらエジプトを横切ってシナイ半島まで運ばれます。」
「そこで誘拐された人々はベドウィン族の業者に引き渡され、拷問で無理やり家族に関する情報をしゃべらされます。そして業者はこうした家族情報をもとに身代金ビジネスを行っているのです。」
さらにチャイラムは、「こうして誘拐された難民の運命は悲惨で、拷問や強姦をされたうえ、殺害されたり、体を臓器移植に供されたりしています。」と語った。
エデンは、「比較的裕福な人々は、エリトリア国境を越えて安全に隣国に入国するために、越境請負業者や関連部署の高官に法外な賄賂を支払っています。」と指摘したうえで、「スーダンでは軍がエリトリア難民から金銭を脅し取ったり、人身売買業者と結託するなどして難民キャンプ周辺に不安を掻き立てていますが、政府はこの問題に有効な対策をとれていません。またエジプト当局は、人身売買業者の逮捕に関して消極的です。」と語った。
しかし、このような悲惨な状況がありながら、それでも独裁政府による圧政から逃れるために、エリトリアから出ていくことを選択する人が後を絶たない。
さらにチャイラム氏は、「エリトリアでは、イサイアス・アフェウェルキ大統領が、21年に亘って君臨しています。彼は、エリトリアを東アフリカ地域のみならず国際社会からも孤立した巨大な牢獄へと変貌させました。」と指摘し、その具体的な事例として、「エリトリアには幅広い分野で国民の権利擁護を保障した憲法があるにも関わらず未施行のままにされています。また2001年には一旦は総選挙が予定されましたが、憲法未施行のためその後無期延期とされ、今日に至っています。」と語った。
エリトリア国内では、アフェウェルキ大統領の政策に反対した多くの人々が収監されている。
こうした政治犯の中には、20名の著名な批評家やジャーナリスト、さらには既に10年に亘って隔離拘禁されている15名の政府高官が含まれている。このうち、数名はすでに死亡していることが疑われている。
「彼らの中には、2人の元外務大臣、元大使、元参謀長、元将軍といった、かつて現大統領とともにエリトリアの独立のために戦い、祖国に尽くした人々が含まれています。彼らが犯したとされる唯一の罪は、大統領に対して憲法と施行するよう求めたことなのです。」とチャイラム氏は語った。
またエリトリアでは、国民の言論と移動の自由に対して厳しい統制が敷かれている。さらに信教的寛容さもほとんどないに等しい。
チャイラム氏は、「国内で許されている宗派は4つに限定されています。つまり、スンニ派イスラム教、キリスト教エリトリア正教、カソリック、そしてプロテスタントです。」と指摘したうえで、「エリトリアでは、パスポートを取得しようとすれば、まず申請書を政府が設立した委員会に提出して了承されなければなりません。このような現実が想像できますでしょうか?」と語った。
また匿名を条件に取材に応じたUNHCRの職員は、近隣諸国の支援がなければ、国連機関といえどもエリトリア難民を標的にした人身売買の流れを止めることは困難として、「もし人々が誘拐されているのであれば、当然UNHCRは一層努力しなければなりません。しかしそのためにはスーダンとエジプト両政府の協力が不可欠であり、現在働きかけをしているところです。この問題を解決するプロセスは、関係国の政府が主導しなければならないと確信しています。」とチャイラム氏は語った。
しかし、両国政府との協力関係はしばらく実現しそうにないのが現状である。
匿名の情報筋は、「私たちは昨年9月から関係国による会議を開催するよう呼びかけていますが、まだ実現の見通しが立っていません。」と語った。
また、「エリトリアの人権状況に関する国連特別報告官」に任命されたシーラ・キーサルース氏も、エリトリアにおける人権侵害を防止するという、とてつもない任務の大変さを理解している。
自身の職責について「国連人権委員会で最も困難な任務の一つ」と自負しているキーサルース特別報告官は、IPSの取材に対して、「私は、就任直後の、市民社会との対話を始める以前の段階からエリトリア政府に対して対話を呼びかけてきました。しかし、未だに対話の扉は開かれていません。」と語った。(原文へ)
*記者の安全確保の観点から仮名で表記しています
翻訳=IPS Japan
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