ニュースクリミア問題で綱渡りを強いられるトルコ

クリミア問題で綱渡りを強いられるトルコ

【イスタンブールIPS=ドリアン・ジョーンズ】

クリミア半島(自治共和国)をめぐるロシア・ウクライナ危機が、トルコに微妙な対応を強いている。トルコとしては、クリミアの少数派民族タタール人の擁護者として振る舞う必要がある一方、ロシアのウラジミール・プーチン大統領に対して強硬な態度に出ることで、トルコ‐ロシア間の経済関係を悪化させたくない思惑があるからだ。

トルコがクリミア情勢に関心を持つのには十分な理由がある。クリミアは1475年から1783年までオスマン・トルコ帝国を宗主国とする独立国(クリミア・ハン国)であった。またトルコ人は、クリミア人口の約15%を占めるクリミア・タタール人と文化的に強いつながりを持っている。

トルコ国内には現在数十万人のタタール人が少数民族として暮らしているが、そのほとんどが1783年にクリミア・ハン国がエカテリーナ2世治世期(1762年~96年)のロシア帝国に併合された際にトルコに移住してきたタタール人の末裔である。

こうした歴史的・文化的要因もさることながら、クリミア・タタール人問題に関するトルコ政府の姿勢を形作っている最大の要因は国内の政治情勢であろう。

トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン首相は、側近や家族に大規模な汚職疑惑が持ち上がって、このところ政治的立場が危うくなっている。現在エルドアン首相は、スキャンダル発覚後初となる統一地方選挙を3月30日に控えて、政権基盤の立て直しに躍起となっている。

エルドアン首相が率いる与党公正発展党は、草の根の国粋主義的勢力をひとつの支持基盤としているため、党内首脳陣は、ロシア軍占領下にあるクリミア半島(1954年以来ウクライナ領)のタタール人の利益を擁護するトルコの政府姿勢を喧伝している。

トルコのアフメット・ダーヴトオール外相は、3月3日にトルコ在住のタタール人協会の代表者らと会見し、「我が国の首相や大統領がクリミア半島や世界各地の兄弟(タタール人)に影響を及ぼす問題について、よもや無関心だなどとは決して思わないでください。」と明言した。

この外相のコメントが出された前日、クリミアのタタール人同胞に対してトルコ政府が十分な対応をしていないと批判する抗議集会が、数百人が参加した首都アンカラをはじめ、多くのタタール人が住む国内各地の都市で繰り広げられた。

CNNのトルコ語放送は、クリミアに本拠を置くクリミア・タタール国会のトルコ代表ザフェル・カラタイ氏が「私たちは今日クリミアで起こっている現実に戦慄を覚えています。」と語る様子を報じた。

昨年夏に勃発したゲジ公園(イスタンブール中心部のタクシムに唯一残った緑地)再開発に端を発した反政府デモの余波に加えて、新たに噴出した不正疑惑で窮地に追い詰められているエルドアン政権にとって、海外の同胞クリミア・タタール人問題で、国内で弱腰だと見られることは、政治的に致命的な打撃を被ることになりかねない。

カーネギー国際平和財団欧州センター(ブリュッセル)のシナン・ウルゲン客員研究員は、「彼ら(与党公正発展党の首脳陣)は、国内の国粋主義支持層から、(クリミア半島の)タタール人同胞を守れなかったと批判されたくないのです。中東で虐げられた人々の擁護者を自認してきたトルコ政府が、自らの同胞であるクリミア・タタール人の運命に無関心であったと見られる訳にはいかないのです。」と語った。

トルコ政府は3月上旬にダーヴトオール外相をウクライナに派遣し、クリミア・タタールコミュニティーの代表と会見するなど、タタール人コミュニティを支援する意思を強く打ち出しているが、一方で国内では、国粋的な熱気を抑え込むことに躍起となっている。

その理由は、近年深化を遂げてきたロシアとの経済関係である。トルコは天然ガスの半分以上をロシアに依存している。またロシアは、トルコからの輸出先としては世界第6位(2013年の統計で72億ドル)であり、トルコ経済省の統計によれば、2012年末現在でトルコの対ロシア直接投資額は90億ドルとなっている。

トルコとロシアの外交関係はシリア政策を巡る相違から既に緊張状態にあり、トルコ政府としては、今回のクリミア問題でロシアに対して強硬な態度をとることはなるべく控えたいようだ。トルコ大統領府の公式声明によると、3月5日にプーチン大統領と電話会談を行ったエルドアン首相は、「今日のクリミア危機を招いた『最大の』責任は、ウクライナの現政権にある。」と指摘したうえで、「(ウクライナの)政情不安は、地域全体に悪影響を及ぼすでしょう。」と語ったという。

3月6日、国営放送のテレビ番組に登場したタネル・ユルドゥズ・エネルギー天然資源大臣は、ロシアからの天然ガス供給が滞るのではないかとする国内の不安を懸命に打ち消すとともに、「アゼルバイジャン等他国から新たに天然ガスの供給を得る方策を探る必要はありません。」と明言した。

しかし、こうした外交上のバランス政策をこなしていくことは、今後数週間から数か月、エルドアン政権にとって、ますます困難になっていくだろう。先述のウルゲン客員研究員はこの点について、「クリミアで最近実施された住民投票の結果が、ロシアへの編入を支持するものであったことから、エルドアン政権は難しいジレンマに直面することになるだろう。」と指摘している。

さらにウルゲン氏は、「トルコ政府は、これまでウクライナの領土保全とソ連・ロシア支配下のクリミア・タタール人に対する迫害を問題視する主張を展開してきた経緯から、もしクリミア半島がウクライナからロシアに割譲される事態になれば、トルコ政府はロシアに対してこれまでよりも遥かに厳しい態度を取らざるを得なくなるだろう。」と語った。

クリミアの首都シンフェロポリで6日に記者会見したタタール民族運動の指導者ムスタファ・ジェミリエフ氏は、トルコのダーヴトオール外相が、もしクリミアのタタール人が危険にさらされたらトルコは「直ちに関与する」と約束した、と述べた。

もしクリミア半島でタタール人とロシア系住民の間に衝突が生じれば、トルコ国内で愛国主義が再燃し、トルコ政府に対して、タタール人救済になんらかの行動をおこすよう求める圧力が強まるだろう。

イスタンブール工科大学のトルコ民族とトルコナショナリズムの専門家ウムト・ウゼル氏は、「(トルコ国内には)率先して現地(クリミア半島)に出向いて戦う用意ができている国粋主義者がいます。」と語った。

しかし、これ以上ロシアへの対決姿勢を強めれば、国内の保守勢力を満足させられたとしても、ロシアとの貿易関係が決定的になるリスクを避けられないことから、エルドアン政権としては、慎重にならざるを得ないだろう。

「とりわけエルドアン首相はプーチン大統領との間に良好な関係を構築してきたと思われることから、トルコ政府としては、ロシアとの二国間関係を危機に晒したくないというのが本音です。従って、エルドアン首相が今以上の対決的な姿勢をロシアに対してとることは極めて難しいと考えられます。」とウルゲン氏は語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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