【国連IPS=タリフ・ディーン】
デンマーク政府が1995年3月に「世界社会開発サミット」(WSSD)を主催した際、コペンハーゲンで開催されたこの国際会議で出された結論のひとつは、「民衆を開発の中心に据えた新たな社会契約が必要」というものであった。
しかし、この要請に対するその後20年に亘る実行状況は芳しくないものの、国連は現在、「世界市民」という新たな装いの下で、同じ目標を追求しようとしている。
現在国連は、「われら人民は」で始まる国連憲章の精神を確認し、2015年以後の開発アジェンダの総仕上げに取り掛っている。他方で、貧困、飢餓、失業、都市化、教育、核軍縮、ジェンダーエンパワーメント、人口、人権、地球環境など、民衆に関する多くの問題に焦点を当てるように、市民社会からの要求が強まっている。
ニューヨークのセントラルパークで昨年9月に開催され、著名人が勢ぞろいした「世界市民フェスティバル」で演説した潘基文国連事務総長はこう謳いあげた。「私たちの世界にはもっと太陽光発電や風力発電が必要です。しかし、もっと強力なエネルギー源があると私は思います。それは民衆の力にほかなりません。」
国連韓国政府代表部大使で国連経済社会理事会(ECOSOC)副議長の呉俊(オ・ジュン)氏は、「世界社会開発サミット」20周年に際して、「世界社会開発サミットで出された三大目標のうち、貧困根絶は2000年に採択されたミレニアム開発目標(MDGs)に盛り込まれたものの、他の2つである『生産的雇用の拡大と失業の削減』と『社会的統合』は盛り込まれませんでした。」と語った。
呉大使は先週のECOSOC会合で、「3つの主要目標を同時に追求するという、「世界社会開発サミット」で謳われた統合的アプローチが忘れ去られています。」と指摘したうえで、「国連の新開発アジェンダがどこに由来するのかを再検討してみる必要があります。」と語った。
また呉大使は、「経済成長それ自体は必要なものですが、貧困と不平等を削減するには十分ではありません。」と述べ、強力な社会政策や統合的で持続可能な開発の必要性を強調した。
さらに呉大使は、「同様に、効果的に対処する必要のある社会・経済・環境分野の間には多くのつながりがあります。」と指摘した。
他方で、来たる9月に世界の指導者が集まる国連総会で2015年以後の開発アジェンダが採択されるのを前にして、世界市民概念の重要性が増している。
IPSの取材に応じた非営利の研究・政策提言団体「第三世界研究所」(ウルグアイ)のロベルト・ビッシオ所長は、2015年以後の状況における世界市民概念の意義について、「市民権(citizenship)という言葉で諸権利(rights)、とりわけ、政府に説明責任を果たさせ税金の使い道を決める権利を意味するとすれば、私たちは世界市民という存在からは依然として程遠いところにいます。」と語った。
実際、7月にアジスアベバで開催される開発金融会議や、2015年以後の開発アジェンダを採択する予定の9月の国連総会に向けた現在の議論の中に、「市民権」という切口はほとんどみられない。
かわりに着目されているのは、「複数の利害関係者主義(Multistakeholderism)」の概念だという。
「株主」(shareholder)に対抗する概念としての「利害関係者」(stakeholder)は、企業の行動によって影響を受ける人々に対して企業にもっと説明責任を持たせようとする中から生まれてきたものだった。
「今日、インターネットにおける、あるいは、国連との『パートナーシップ』における『複数の利害関係者による統治』とは、企業が、必ずしもそのプロセスの中で説明責任を果たすことなくグローバルガバナンスの中で一定の役割を与えられる状況を指しています。」とビッシオ氏は指摘した。
「これは、市民にとっては権利の増進ではなく後退を意味します。」「他方で、もし開発金融会議が、多国籍企業による租税回避に対抗するために国家間で課税協力を行う国連のメカニズムを承認することになれば、市民権概念(とらえどころのない『世界市民』概念を含め)も強化されることになるかもしれません。」と、世界的な市民団体のネットワークである「ソーシャル・ウォッチ」の事務局も務めるビッシオ氏は語った。
チリのエドゥアルド・フレイ・ルイスタグレ元大統領は、民衆志向の政策の成功を指摘しつつ、「1995年に自分が国を率いていた時には、民主主義や社会的公正を推進する多くの取り組みを支持していました。」と語った。
この25年間でチリは、貧困率を38.6%から7.8%へ、極度の貧困率を13%から2.5%へと減らすことに成功したという。
「『世界社会開発サミット』は、世界の不平等を正す進歩的な社会的公正を作り出す新たな開発モデルの形成につながった、国家元首らによる史上最大の会議でした。このサミットで打ち出された行動計画に現れているように、その際、民衆が開発の中心に据えられたのです。」とルイス-タグレ元大統領は語った。
またルイス-タグレ元大統領は、この計画を実行し達成された成果を強調して、「チリは社会開発への投資を拡大してきたし、現在のミシェル・バチェレ大統領の下で、不平等の問題に対処するために現在もその取り組みを進めています。」と語った。
ラテンアメリカは、貧困を削減してきたとはいえ、他の地域と比較すれば依然として「最も不平等な」地域であり、現在、人口の28%にあたる1億6700万人が貧困下にあり、7100万人が極度の貧困下にあるという。
しかし、ルイス-タグレ元大統領によれば、緊急の課題として、「誤った」開発を避けるために収入分配を改善することにつながる新たな財政的契約と租税改革について検討することが挙げられるという。汚職や組織改革の問題にも取り組まねばならない。
「その意味で、世界社会サミットは1995年当時と同じく今日でも意義を持っています。さらに言えば、貧困と不平等と闘うためには倫理的な基礎と持続的な取組みが必要です。この岐路にあって、この『道徳的運動』に諸政府がさらなる推進力を与える時期に来ていると思います。」とルイス-タグレ元大統領は語った。
国際労働機関(ILO)の元事務局長でチリの元国連大使であるフアン・ソマビア氏は、「まだ妥結していない新たな「ポスト2015年」開発アジェンダのゼロ・ドラフト(原案)は1990年代の精神とダイナミズムを再興したものであり、交渉のよい基礎になりました。」と、経済社会理事会の会合で語った。
「この文書は、民衆を中心とした、貧困根絶のための持続可能な開発概念を基礎として、17の目標と69の指標を掲げたものであり、きわめて野心的なビジョンを掲げていました。」とソマビア氏は語った。
諸問題への取り組みに関しては、国連からの政策的支援が肝要だとソマビア氏は言う。
「国際社会は、(かつて『世界社会開発サミット』で)持続可能な開発の3つの要素について議論しながらこれまで実行に移してきませんでした。従って今後の根本的な課題は、統合的な思考を確保し、開発アジェンダの3つの柱(『貧困の撲滅』、『生産的雇用の拡大と失業の削減』、『社会的統合』)の間にある相互作用を明確に説明する方策を作り出していくことです。」とソマビア氏は語った。
ソマビア氏はまた、「この困難な任務を実行するには、ニューヨークおよびジュネーブの国連事務局による取り組み、国連の資金、国連の事業計画、さらには、国連が活動する地域での様々なネットワークを必要とします。」と指摘したうえで、「(9月の国連総会で)新開発アジェンダが採択されてからすぐにこのプロセスを始めないかぎり「よいもの」は実行されないだろう。」と警告した。
この取組みには、市場と国家、社会、個人の間のバランスを認識することが必要である。
「最近では、民衆の国連に対する信頼が低下しています。」「国連が新開発アジェンダをどのように提示するかが、この問題に対処するにあたっての重要なポイントとなります。『社会開発サミット』の行動計画が民衆からの信頼の重要性を認識したように、新たな開発アジェンダもまた、現在の(民衆の国連に対する)信頼感の欠如を(国連が)認識し、その問題に対処していかなければなりません。」とソマビア氏は明言した。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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