【ワシントンIPS=ミシェル・トゥロ】
米国政治における宗教の未来は、保守派よりもむしろ宗教的進歩派が担っている、と社会科学者らは言う。信仰を基盤にした運動が、社会正義を求める新たな運動に推進力を与えうる、というのだ。
ワシントンDCに本拠を置く米国のリベラル系シンクタンク「ブルッキングス研究所」の新たな報告書によると、現在の宗教的社会正義運動は、20世紀半ばの公民権運動の時期に比せられるという。
「現在、多くの点で公民権運動と類似する社会正義を求める宗教運動が、活発になってきています。具体的には、最低賃金、予算削減、移民といった問題を巡って、そうした動きが出てきているのです。」と、ブルッキングス研究所上席研究員で報告書の執筆にあたったE・J・ディオン氏はIPSの取材に対して語った。
「社会正義の問題に関しては、宗教は長らく革新勢力であり続けてきました。現在、ローマ法王フランシスコは、民衆が無意識に抱いてきた『宗教とは保守的な勢力』という通念に挑戦しています。…私たちは長らく、宗教的保守派にばかり着目してきましたが、宗教は右派にばかり存在するのではないのです。」
米国では、奴隷制の廃止や半世紀前に実現した公民権や社会福祉の制度化など、社会正義を追及する運動において、宗教集団が重要な役割を果たしてきた。にもかかわらず、宗教と進歩主義は、今日相容れないもののようにみなされることが少なくない。
例えば、この報告書によれば、白人の福音派(保守的な信仰理解に立つ米国のプロテスタント。伝統的に共和党支持者が多い:IPSJ)の中で、政府は貧富の格差を縮小するためにより多くのことをする必要があると考えていたのは47%だったのに対して、民主党支持層で同じような信念を持つ者は85%にのぼっていた。
こうした分裂は、過去20年間に亘って米国の宗教ランドスケープ(実勢)を特徴づけてきた2つの流れを印象づけるものである。ひとつは礼拝に定期的に参加する人の減少、もうひとつは保守的な「宗教右派」の台頭である。
またこの報告書によれば、2つの流れは互いに関連性を持っている。「多くのアメリカ人の若者は、信仰そのものではなく、指導者の中に彼らが見て取る右派的な傾向にうんざりしているのである。彼らにとって、『宗教』は『共和党』であり、『非寛容』であり、『同性愛嫌い』なのである。」
しかしディオン氏は、世俗化の傾向が進む一方で、「貧困層や社会から無視された人々のための運動、そしてまた、不平等の時代にあってますますプレッシャーを感じている米国の中産階級のための運動にとって、宗教界からの声は、今後も不可欠なものであり続けるだろう。」と語った。
ディオン氏はさらに、「人口統計によれば、この宗教界からの声は、保守的な勢力からのものではない」と示唆した。2012年の大統領選では、バラク・オバマ大統領と共和党の対立候補ミット・ロムニー氏に投票した宗教連合の年齢層は、相当に違っていた。
宗教面で自らを活発に活動していると考える人の中では、ロムニー投票層は基本的に高齢者が多く、一方、オバマ投票層は若い人が多かった。「この結果から明らかなことは、宗教右派が(米国政治の)未来への道を指し示すものではないということだ。」と報告書は指摘している。
教会組織の衰退
ブルッキングス研究所の研究者らは、社会正義を求める米国の宗教運動が初期にぶつかる厳しい問題について指摘している。
第一の難題は教会組織そのものの衰退である。1958年には毎週日曜日に教会の礼拝に参加する米国人が約49%もいたが、今日では約18%にまで落ち込んでいる。
このような衰退はそのまま、[運動の]連携の規模や、草の根活動に必要な寄付者の縮小につながる。さらに、これにはしばしば宗教組織への敬意の低下も伴い、敬虔な信者だと自認する人々と、世俗派だと自認する人々の間の分断が深刻化する傾向にある。
また宗教団体が、道徳的に曖昧な政治的手法に頼らずに、政治問題に関与しようとするときにも緊張が生まれる。例えば、多くの宗教的進歩派の指導者は、政治的取引の「見返り」供与的なやり方には与しようとしない。
また、宗教コミュニティー内部でのイデオロギー的分断、とりわけシングルイシュー(単一争点)団体からの反対は、社会正義活動家の活動を脅かしかねない側面もある。
例えば、様々な信仰に基づく草の根組織を支援している「人間開発のためのカトリック・キャンペーン」(CCHD)は昨年、214団体に900万ドル以上の資金を提供した。しかし、カトリックの反中絶団体が米カトリック司教会議(CCHDの上部組織)に対して、カトリック組織からの寄付を厳密に規制するよう要求した結果、活動内容が中絶や同性結婚の問題とはほとんど関係ないにもかかわらず、CCHDからの助成が打ち切られるケースがでてきている。
一方、多くの団体がこうした問題を乗り越えて活動を展開している。
この点で際立った事例としては、政府の貧困層支援プログラムを予算削減から守るために集まったキリスト教指導者の連合である「保護サークル」がある。また同様に、社会正義改革を求めて全米各地をロビー活動して回るカトリック尼僧の集団「バスの修道女たち」は、2012年の大統領選挙で重要な役割を果たした。
「今日、宗教からの声が非常に重要な理由のひとつは、とりわけ労働運動の弱体化に伴って、教会こそが、あまりに多数の貧しい人びとを代表する唯一の大衆組織になっているということです。」「例えば、私たちが行った調査では、地域開発の領域において、牧師が銀行からの注目を集めうる唯一の主体であることが明らかになっています。」とディオン氏は語った。
上記の報告書は、こうした宗教的進歩派の団体はきわめて活発で、しばしば成功をおさめているが、広く社会からの注目を集める広報手段に欠けていると指摘している。
連合の形成
倫理的投資を呼びかける機関投資家の団体「企業の責任に関する宗教横断センター」(ICCR)は、およそ半世紀の間、宗教横断的な観点から、米国内外の企業の意思決定に影響を与えるべく活動してきた(活動紹介映像)。
ICCRのローラ・ベリー代表はIPSの取材に対して、「率直に言えば、イデオロギー的あるいは政治的に意見を異にする人でも、ICCRの活動から得るものはあると思います。」「最終的に左派と右派が合意できるような領域はありますし、両者による連合を形成できるようなそのような領域を見つけることが、不平等における傾向を逆転させるための素晴らしい機会になるのです。」と語った。
ベリー代表は、昨年バングラデシュの商業ビル「ラナ・プラザ」(8階建て)が倒壊し、ビル内の衣料工場で働いていた1100人以上が犠牲となった事件以降のICCRの活動を紹介した。ICCRはそれ以来、合計の管理資産が4兆1000億ドル以上にも上る組織連合を形成し、160以上の企業に対して、海外工場の監察や労働監督官の雇用・育成、労働安全基準の強化を求めてきた。
ベリー代表によると、ICCR自身の経験が、このブルッキングス研究所報告書が示した傾向をいくらか説明しているという。
「幅広いキリスト教コミュニティーにおいて、イデオロギー的分断があるからと言って、不平等の問題に取り組まないわけにはいきません。…今日、この問題について声を大にして訴えるフランシスコ法王のような指導者が出てきており、人びとは『これは革新なのか、保守なのか』と自問自答を始めているのです。」
「ますます世俗化する革新勢力の声を含めた広範な連合が私たちの活動の力になっています。ICCRは当初は宗教系メンバーのみからなる組織でした。しかし今では、労働組合や資産管理者といった、世俗系のメンバーとも協力するようになっています。」
ベリー代表はまた、ICCRがブルッキングス報告書で指摘された多くの問題、とりわけイデオロギー的な分断の問題に直面している点を指摘したうえで、「一方で、重要な領域では両者の関心が重なっている部分があり、(イデオロギーの相違を乗り越えて協力できる)機会は多くなっています。」「例えば、福音派と進歩的キリスト教徒の間で、人身売買のような人権問題の分野で、積極的に協力関係を進めていこうとするよい兆候が出てきています。」と語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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