【ベルリン/ローマIDN=ジュッタ・ウルフ】
ローマを本拠とする3つの国連機関が、「男の子」「女の子」という婉曲的な名前を付けられた双子の気候現象がもたらす、さらなる被害を回避しようと、世界の約1億人の生活を守るための取り組みを強化するよう、政府や国際社会に呼びかけている。
「(スペイン語で「エル・ニーニョ」「ラ・ニーニャ」としてよく知られる)新たなパターンの気象現象によって、私たちの(気候変動に対する)準備態勢や国際・各国の制度、さらには地域基盤の脆弱さが露わになっています。」と語るのは、最近指名されたばかりの国連気候変動とエル・ニーニョ特別大使のマチャリア・カマウ氏である。
国連の潘基文事務総長は、カマウ大使(国連ケニア政府代表部常駐代表)とメアリー・ロビンソン氏(元アイルランド大統領、元国連人権高等弁務官、「メアリー・ロビンソン財団・気候正義」創設者)を、今年5月末に国連気候変動とエル・ニーニョ特別大使に任命した。
カマウ、ロビンソン両大使には、エル・ニーニョに関連して発生した厳しい旱魃と気象現象の被害に晒されている世界6000万人以上の窮状について注意を喚起するとともに、将来における気象現象への準備を考慮に入れた総合的な対応策を講じるという任務が与えられている。アフリカ東部および南部だけでも、約4000万の人々が、エル・ニーニョ現象を起因とする食糧不安に陥っていると見られている。
両大使は、新たな任務の一環として、エル・ニーニョの被害にあっている世界各地の地域コミュニティーを訪問し、各々の地域が抱える問題と優先事項を把握しようと努めている。カマウ大使は、アジア太平洋地区のパプアニューギニアと東ティモール、メアリー・ロビンソン大使は、エチオピアを訪問した。
カマウ大使は、7月6日にローマの国連食糧農業機関(FAO)本部で共催された会議において、「現在発生している、あるいは徐々に顕在化しつつある気象現象から明らかになったことは、(気候変動に対する)これまでの投資や取り組みは不十分であり、より多くの資金を投入した、統合的な対応が必要だということです。」と警告した。この会議には、国際農業開発基金(IFAD)と世界食糧計画(WFP)も参加した。
カマウ大使はさらに、「これらの気象現象は、貧困と闘いインフラを維持しようとする従来の計画がいかに脆弱であるかを露呈しました。SDGsは危機にさらされており、私たちは今後ともこのことを認識しなければなりません。」と付け加えた。
持続可能な開発目標(SDGs)は、世界の指導者らが2015年9月に採択し、17の目標と169のターゲットから成る、2030年を期限とする新たなグローバル開発アジェンダである。
3つの食糧農業関連機関のトップらはまた、農業と食料安全保障に厳しい影響を及ぼしてきたエル・ニーニョ現象のサイクルと密接な関係があるラ・ニーニャ現象が今年後半に起こる可能性があり、これへの対策を強化しなければならないと訴えた。エル・ニーニョ現象は、「アフリカの角」地域、南部アフリカ、中央アメリカの乾燥地域、カリブ海島嶼地域、東南アジア、太平洋諸国などで、農業や食糧安全保障に大きな打撃を与えてきた。
国連によれば、エル・ニーニョとは反対の気象現象であるラ・ニーニャが起きる可能性が高まっていると科学者は予測している。ラ・ニーニャ現象が発生すると、エル・ニーニョ現象の影響で干ばつが起きた地域には平均以上の降雨や洪水の危険が、逆に、エル・ニーニョで洪水が起きた地域には干ばつが発生する危険が高まる。
国連は、迅速に行動しなければ、エル・ニーニョ現象やラ・ニーニョ現象の被害者数は、最大で1億人にも上るだろうと推定している。
ローマ会合には、レソトのキメツォ・マタバ首相府大臣、ソマリアのサイード・フセイン・リッド畜産・森林・生物生息区域担当大臣、ジンバブエのプリスカ・ムフミラ公共サービス・労働・社会福祉大臣が参加した。また基調演説は、世界気象機関(WMO)のペテッリ・タアラス事務局長と国連のマチャリア・カマウ特別大使が行った。
参加者らは、エル・ニーニョの影響を受けた国々の人道ニーズを満たすには40億ドルが必要であり、この8割は、食料安全保障と農業関連のニーズであると指摘した。
あらたな資源を動員する
FAOのジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ事務局長は、エル・ニーニョが農業生産に及ぼす影響は甚大であり、間もなく訪れるラ・ニーニャによって、状況はさらに悪化する可能性がある、と指摘した。
ダ・シルバ事務局長は、「エル・ニーニョは、主に食料・農業面で危機を引きおこしてきました。それゆえにFAOは、特に農業や食料、栄養分野における早期行動に焦点を当て、予測される事態の影響を緩和し、焦点を絞った準備態勢構築への投資を通じた緊急対応能力を強化すべく、追加資金を投入します。」と語った。
WFPのエルサリン・カズン代表は、「緊急行動へ資金を投入することで、将来的なコストを削減しながら、命を救い被害を最小限に食い止めることができます。」と指摘したうえで、「多くの国々で、貧困と慢性的な飢餓によって一層悪化しているエル・ニーニョ現象の影響は、対応する能力が最も低い数多くの人々の食料安全保障を危機に陥れています。」と語った。
「農産物が収穫できず、労働の機会が奪われ、栄養豊富な食料が多くの地域で入手困難になっています。しかし、地域への支援に投資を行い、気候関連の衝撃に耐えるのに必要なツールとスキルを提供するならば、新たな人道的危機は避けることができます。」とカズン代表は語った。
IFADのラクシュミ・メノン副総裁は、「これらの異常気象に対して最も脆弱な立場にあるのが、小規模農家であることを決して忘れてはなりません。」と指摘したうえで、「農村部の小規模農家は、生活を雨水に依存しているため、こうした自然災害が起これば、たちまち深刻な被害を受ける傾向にあります。従って、彼らの長期的な(災害に対する)強靭さを構築するための投資を行い、次のエル・ニーニョやラ・ニーニャのサイクルが訪れた際に、彼らが十分な準備態勢を持ち、家族のために食料を生産し続けられるようにする必要があります。」と国際社会に訴えた。
国連のカマウ特別大使は、「諸政府や地域機構と連携した人道援助組織は、現在のエル・ニーニョ現象が引き起こした自然災害に対応する様々な計画を策定してきています。これらの計画は多部門にわたるものであり、十分な履行を確保するためにも、長期的で安定的な財源を必要としています。」と指摘した。
干ばつが、東部・南部アフリカの広大な地域や、インドネシアやパプアニューギニア、ベトナムを席巻する一方、エル・ニーニョに関連した暴風雨がフィジーやその近隣の島嶼諸国で作物を押し流してしまった。
東部アフリカでは、2016年から17年の作付時期が始まる前の3カ月が(危機を回避するための)「絶好の時期」であり、数多くの農家が2018年まで人道支援事業に依存して生活する事態を避けるために、農家に、(肥料、農具など)農作業に必要な諸々のものを提供する施策を含む、適切な介入を行うことが緊急に求められている、と参加者らは指摘した。
東南アジアでは、干ばつと海水の浸入がベトナム農民の生活を脅威にさらし、世帯の食料安全保障と現金収入に悪影響を及ぼしている。モンスーンの季節が急速に近づく中、ほとんどの農民が、来シーズンの農業生産・畜産のための投入物を購入する必要に迫られている。
太平洋地域では、ミクロネシア連邦やマーシャル諸島、パラオがすでに緊急事態を宣言している。例年を下回る降雨が太平洋北部・西部で続くと予想されており、190万人の暮らしと福祉が危機にさらされている。
FAO、IFAD、WFPが協力
上記の会合では、ローマを本拠とする3機関が、こうした気象現象がもたらす壊滅的な影響を緩和するためにいかに協力すべきかが強調された。
たとえば、FAOは南部アフリカで5万世帯以上を支援している。ジンバブエでは、生存のための畜産や干ばつに強いモロコシやササゲの種を提供し、マラウイでは小さな家畜にワクチンを投与し、干ばつに強い穀物や灌漑の支援を提供している。レソトとモザンビークでは、FAOが全国的な対応策を強化し調整機能強化の支援を行っている。
「アフリカの角」地域を通じて、政府やNGO、国連機関と協力して、FAOが、干ばつ関連の介入を行い、農業投入物を提供し、水システムや動物の保健・生産、作物や動物の罹患監視・統制のしくみの再建を支援している。
アジア太平洋地域では、FAOのエル・ニーニョ対応には、ベトナムにおける状況の詳細な評価を含んでおり、同国では、緊急に種子とツールを提供する準備が進められている。フィジーでは、FAOが現在、サイクロン「ウィンストン」への対応策の一環として、1050世帯に対して緊急支援が提供されている。
FAOはパプアニューギニアのパートナーと協力して、干ばつに強い種子と「スマート灌漑」のための資材(点滴灌漑システムなど)を提供することで、最も悪影響を受けた農家に対する支援を行っている。東ティモールでは、エル・ニーニョの影響を受けた農民に対して、追加のトウモロコシや被覆作物の種子が配布されている。
干ばつやその他の異常気象に対抗する能力を付けることが、IFAD支援プロジェクトの優先事項になっており、エル・ニーニョの影響に対応しようとしている脆弱な家族への支援が行われている。例えば、エチオピアでは、小規模な灌漑システムによって、農民が天水農業への依存度を減らすことができるようにされている。これに、より持続的な水利用、水備蓄技術、劣化した土壌の回復に関する訓練が組み合わされている。
ベトナムのメコンデルタでは、IFADが支援したプロジェクトが、塩分に強い種類のコメを農民が利用し、小規模養殖への取組みで収入を多様化できるようにしている。これによって、コメだけに依存するのではなく、干ばつの間にも収入を確保することができる。
世界食糧計画はエル・ニーニョの影響を受けた地域への支援活動を急速に拡大させている。食糧不足の地域には食糧を配り、市場が機能している地域には、食糧を買うための現金を提供している。エチオピアでは、760万人以上がWFPからの食料支援を受け、20万人以上が現金による食糧支援を受けている。
スワジランドではWFPが緊急に食料を配給し、レソトでは現金による食糧支援を始めている。また、食糧の備蓄が底を突く季節に備えて、マラウィでは11月までに500万人以上に新たな食料支援を行う予定だ。パプアニューギニアでは、エル・ニーニョに関連した食糧不足に悩む26万人以上が、WFPからの食料支援を受けている。
また、災害などへの対応力を向上させるための取り組みも行われている。ジンバブエでは、「FoodSECuRE」(気候変動リスクに対して多国間多年度の補填可能な基金)支援のパイロットプロジェクトとして、小規模農家に対し、干ばつに強い穀物の栽培などの農業訓練を提供している。
WFPはまた、農村強靭化リスク管理イニシアチブ(R4)を通じて、エル・ニーニョ現象による被害を受けたエチオピア・マラウイ・セネガルの農家に対して、保険料の支払いを行なう一方で、災害対応の費用を抑えるために作られた保険制度であるアフリカ・リスク・キャパシティ(ARC)とも緊密に連携し対応にあたっている。(原文へ)PDF
翻訳=INPS Japan
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