【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ】
人類は時代の夜明けから、戦争による悲哀や惨めさ、破壊の程を知っていたが、歴史上もっとも破滅的な軍事紛争は最近の現象だ。
1914年7月から18年11月まで続いた第一次世界大戦では、民間人や戦闘員を含めて約4000万人の命が奪われた。1939年から45年までの第二次世界大戦では7000~8500万人が亡くなった。こうした戦死者の推計には、捕虜としての死、病死、餓死など戦争関連の原因で亡くなったと考えられる人々も含まれている。
核兵器が初めて使用されたのは1945年のことである。今日の基準で言えば広島・長崎型原爆は「低出力」ということになるが、一瞬にして広島・長崎合計で12万人が殺害され、さらに多くの死者がその後に続いた。
しかし、歴史は重要な教訓を私たちに与えてくれる。18世紀の啓蒙哲学者らは、諸国間の理解を通じて戦争を避けるべきことを教えてくれている。1899年と1907年のハーグ平和会議と1949年のジュネーブ諸条約は、戦闘行為と武力紛争における人道支援活動についていち早く規定した多国間条約の事例だ。
第一次世界大戦終結後、平和の維持と軍備制限の達成を使命とした国際連盟が1920年1月に設立された。第二次世界大戦の戦勝国が1945年10月に設立した国際連合にこれは引き継がれたが、勝者の特権的な地位を維持するものでもあり、「戦争の惨禍」の予防と世界平和・安全の維持のために同時にこれらの国々が持っている責任を確認するためのものでもあった。
国連が設立された当初の数年間は、核兵器開発の企図が議論の中心を占めていた。国連総会で1946年1月24日に全会一致で採択された最初の決議は、「原子力の発見によって提起された問題に対処するための」委員会を設置するものだった。
この委員会は特に、「平和目的のために、全ての国々の間で(原子力に関する)基礎的な科学情報が交換できるよう支援」し、「各国の軍備から、原子爆弾と大量破壊に適用しうるその他全ての主要兵器を廃絶する」ための、特定の提案を行うことが任務とされた。1957年、「全世界における原子力の平和利用、健康と繁栄に貢献することを加速かつ拡大する」ことを目的として国際原子力機関(IAEA)が設置された。
その後、米ソ両大国間の根深い対立により、核兵器の削減は進展を遂げられなかったが、大量破壊兵器の残りの2つのカテゴリーにあたる、生物兵器と化学兵器については1972年と1997年にそれぞれ違法化された。
冷戦期の数十年、米ソ両大国間では不信と敵意の雰囲気が満ち満ちていたが、国際社会は人が住んでいない領域への核兵器の拡散予防を目的としたいくつかの多国間取極めの交渉・採択に成功した。例えば、南極、宇宙、月やその他の天体、海底といった領域がそれに該当する。また、ラテンアメリカ・カリブ海地域は1967年、人が住んでいる地域としては初めて核兵器禁止ゾーンとなり、のちにそれが他の大陸でも模倣されて現在では核兵器禁止ゾーンは114カ国を包摂するに至っている。
軍備管理分野における主要な多国間協定である核不拡散条約(NPT)は、1970年に発効した。NPTは、軍縮に向けて努力することを誓約した5つの核兵器保有国の存在を認めている。NPTは、4カ国を除く全ての国々に受け入れられた。非核兵器国のすべてが、IAEAによる検証手続きに従った法的拘束力ある公約を通じて、核兵器保有という軍事オプションを放棄したのである。
包括的核実験禁止条約(CTBT)は1996年に締結され未発効であるが、あらゆる環境下における核爆発を禁じており、核不拡散体制を強化し新型の核兵器開発を抑制する、(事実上核実験はできないという)タブーを作り上げている。ほとんどの核保有国が、核戦力の規模と核兵器の使用条件に関して、自発的な公約をしている。現在世界に存在する核兵器の合計は、約1万5000発にまで減少してきたと言われる。
これらの、あるいはその他の望ましい動きによって、核軍縮に向けた進展がさらに促進されると期待する向きもあるかもしれない。しかし、現状は不確実な未来を指し示している。
20世紀末以来、国際的な緊張は高まり、米ロ両大国間の緊張を緩和しその核戦力を制限する合意は危機に立たされている。1972年の対弾道迎撃ミサイル(ABM)制限条約は効力をすでに失い、欧州の安全保障のカギを握ると考えられてきた1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約はいまや、風前の灯だ。同じように、2011年の新START(新戦略兵器削減条約)も失効期限の2021年から延長されないかもしれない。
1970年にNPTが発効してから50年経つが、核兵器国はNPT第6条に明記された「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、誠実に交渉を行う」との約束を、納得のいく形で果たしていない。まさにNPTそのものの信頼性が危機に直面しているのである。
この数十年間で採択されてきたどの取り決めも、それら取り決めの前文に明記された理想に反して、法的拘束力があり、時限を区切った核兵器廃絶の不可逆的な義務について定めていない。
しかし、核兵器の存在によって全ての国の安全保障に及んでいる脅威を削減するために、既存の多国間機関による行動が緊急に必要とされている。ジュネーブ軍縮会議は1996年以来、停滞したままだ。実際、核軍縮の効果的な措置は、同会議の実質的な論議のテーマとなったことはない。
進展の見通しが短期的にあったところで安心できるわけではない。あらたな問題が発生しているからだ。核兵器国は現在、核戦力の「近代化」に勤しみ、サイバー攻撃から超音波運搬手段、低出力の「使いやすい」核兵器から人工知能(AI)にいたる様々な技術を戦争に適用すべく努力している。軍事的な優勢を求める競争は、世界を絶滅の崖っぷちに追いやっている。
排他的な地位を強迫観念的に追い求める核保有国は、2017年に122カ国の賛成で採択された核兵器禁止条約の交渉と参加に激しく反発してきた。核保有国やその同盟国の政府とメディアは通常、同条約を無視するか、貶めている。彼らによれば、核兵器禁止条約はNPTが確立してきた体制にとってマイナスだというのである。
ニューヨークの国連本部で4月29日から5月10日まで開催される2020年NPT運用検討会議第3回準備委員会会合の帰趨にとって、これはよくない傾向だ。2015年の前回会議では、核兵器国と非核兵器国との間の長年にわたる意見に不一致のために、合意に達することができなかった。
2回連続で会議が失敗に終わるのではないかとの懸念が、核不拡散体制の要とみられてきたこの重要な条約の加盟国の間で広がっている。2020年NPT運用検討会議の成功は、すべての国にとっての永続的な平和と安全を確実にする国際的な核の秩序に関する意見の一致を促進する能力にかかっている。
核軍縮の効果的な措置に関する建設的な討論と合意の必要条件はよく知られている。すなわち、確立された規範と国際法の原則を遵守し、諸国家間で一般的に認められた行動規範を尊重し、過去に受け入れた約束に誠実に従うことである。
核兵器国は、核軍縮を進展させる第一義的な責任を負っている。これが諸国全体の利益にかなうことだ。例外主義は、相互依存を深めている今日の世界には見合わず、安全を強化することはないだろう。(原文へ) |スペイン語|
※セルジオ・ドゥアルテ氏は、1995年にノーベル平和賞を受賞した「科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議」の議長であり、重要ポストを歴任したブラジルの元大使である。2005年には第7回核不拡散条約(NPT)運用検討会議の議長、2007~12年には国連軍縮担当上級代表(国連軍縮局長、UNODA)を務めた。
INPS Japan
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