【IPSコラム=デイビッド・クリーガー】
核兵器は究極のテロ兵器である。それがテロ組織の手にあろうとも、国家の指導者の手にあろうとも。それは、男、女、子どもを無差別に殺す大量殺戮の兵器なのである。多くの人々は核兵器がテロ組織の手に落ちることを恐れているが、誰の手にあっても、核兵器がテロ兵器であることを忘れてはいけない。
核兵器のテロリスト的性格や、それが文明を破壊する能力を考え合わせると、それを多くの人々が現状を受け入れているのはなぜなのか、という疑問が浮かぶ。あるいは、少なくとも、多くの人々が核の脅威を問題視していないのはなぜなのだろうか?私が長年にわたって考え続けてきた問題である。
なぜ核兵器が受け入れられるかと言えば、それは核抑止の理論のためである。その支持者らは、核抑止は平和を保ってきたし、これからもそうであろうと考えている。この理論は、人間の行動に関する多くの前提を基礎としている。たとえば、政治的・軍事的指導者の持つ合理性である。しかし、すべての指導者が、いつ何時でも、いかなる状況においても合理的に行動するとは限らないことは明白である。この理論の前提は、(指導者間に)明確な意思疎通があることと、報復として核兵器を使用するとの脅しが相手方の指導者によって信じられることである。しかし、我々の知るかぎり、意思疎通は常に明確とは限らないし、思い違いがある考えを形成してしまうこともある。
一方、核抑止に関する「狂人の理論」というものがある。つまり、「核兵器保有国の指導者は、本当に相手に信じてもらおうと思ったら、実際に核兵器を使うつもりだと相手方の指導者に信じさせるぐらい十分に狂っているように自分を見せかけねばならない」というものである。このように、狂気、あるいはそのような印象を与えることは、核抑止理論の仕組みの一部に組み込まれたものなのである。システムのレベルにおいて、相互確証破壊(MAD)の互いの脅威があることが、本当に狂気であったと疑う者があるだろうか。
抑止理論のもうひとつの側面は、報復する対象となる土地が必要であるということだ。すると、非国家のテロ組織に関しては、この理論は有効でないということになる。もし国家が報復する土地がないとすれば、核抑止などあり得ない。テロ組織が核兵器を取得すれば、核報復の脅しによって抑止されることはないのである。こうして、核の脅威には信管がはめ込まれることになり、非国家テロ組織による核能力の取得は絶対に許してはならないものとなる。
しかし、同時に、国家が核兵器を取得することも絶対に許してはならない。核兵器をこれから開発しようとする国家に関してだけこう言っているのではない。すべての国家、とくに重要なのはすでに核兵器を保有している国家である。既存の核兵器は、事故や計算違いによって、あるいは意図的に使われるかもしれない。そして、核兵器を保有しそれによって安全を保とうとする国家が一部にあるかぎり、核拡散のインセンティブは消えないことになる。
核兵器をめぐる現状を受け入れてしまう傾向が広がっていることは理解しがたい。ほとんどの人々は核兵器がもたらす甚大な被害について知っているが、おそらく、核兵器が1945年以来使用されていないことに安心しているのであろう。核兵器の存在は見えていないし、それについて考えることもない。核政策に影響を与えることはできないと考え、専門家と政策決定者に委ねてしまっているのかもしれない。それは不幸なことである。なぜなら、核兵器を廃絶する必要性を多くの人々が主張し始めるまでは、核兵器保有国は自らを危険にさらし、世界を危険にさらして核兵器に依存しつづけるであろうからだ。
米露間の新しい戦略兵器削減条約(START)は、配備された戦略核をそれぞれ1550発まで、配備された運搬手段を700まで制限するという、小幅な前進にとどまっている。新条約の最大の価値は、一方の国による他方の核施設に対する査察を復活させた点にあるのかもしれない。しかし、これらの措置はほんのわずかの前進にすぎない。核時代平和財団では、次のような措置をとっていくべきだと主張している。
・米露各国が、戦略核、戦術核、備蓄核兵器を合計で1000発まで制限すること。
・核兵器の先制不使用を約し、いかなる状況の下においても非核兵器国に核兵器を使用しないとの法的拘束力のある約束をすること。
・すべての核兵器の警戒態勢を解くことで、事故や計算違い、あるいは怒りに任せて核兵器を使ってしまうのを防ぐこと。
・ミサイル防衛システムに制限を課し、宇宙兵器を禁止すること。
・核兵器禁止条約の締結を目指した多国間交渉を開始すること(同条約によって、世界中のすべての核兵器は、段階的、検証可能、不可逆的、透明性を確保した形で禁止される)。
これらの措置は、核兵器を使うと脅すことの非道徳性、違法性、卑怯さが、意志を持った真摯な態度と対峙していることのしるしであろう。無視や無関心、自己満足感が核問題の領域を支配する必要はない。生命の神聖さと将来世代に敬意を払うならば、我々はこうした停滞とともに過ごすよりも、よりよきことをなしうるであろう。我々は文明と人類の生存を危うくする兵器を廃絶することができる。我々は、核兵器に関して唯一の安定的な数字である「ゼロ」へ向けて歩むことができる。これは、我々の時代の大いなる課題であり、関与と粘り強さをもってあたらねばならない課題である。いまこそ、相互確証破壊(MAD)を地球規模の確証安全保障・生存(Planetary Security and Survival=PASS)に替えるべき時なのである。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
※デイビッド・クリーガー氏は、核時代平和財団会長。核兵器廃絶運動の世界的リーダーのひとり。
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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