ニュース|視点|「国際民族紛争裁判所」の設立を求めて(ジョナサン・パワー コラムニスト)

|視点|「国際民族紛争裁判所」の設立を求めて(ジョナサン・パワー コラムニスト)

【ルンド(スウェーデン)IDN=ジョナサン・パワー】

20世紀末に亡くなる直前、偉大なる思想家アイザイア・バーリンは、「欧州にとって最悪の世紀だった。フン族襲来の時代よりも悪かったのではないか。なぜか?ナショナリズムは現代に蘇ったものではない。それは元々死んではいないからだ。人種差別にしてもそうだ。多くの社会体制を超えて、これらは今日の世界において最も強力な運動となっている。」と語った。

バーバード大学教授だった故ダニエル・パトリック・モイニハンはその著書『パンデモニアム』の中で、「第一次世界大戦がはじまった1914年に存在し、それ以来暴力によって政府形態を変更していない国は、現在の世界では7つしか残っていない」と書いている。米国・英国・オーストラリア・カナダ・スイス・スウェーデン・ニュージーランドがそうである。

「来る時代における紛争形態で支配的になるのは民族紛争だ。それは野蛮なものになるだろう。今後50年間で50の国が新たに誕生するかもしれない。そのほとんどが、流血の事態の結果として生まれることになろう。」とモイニハンは記している。

この加速度的に力を増す民族自決をみて、ビル・クリントン米大統領期の国務長官だったウォーレン・クリストファーは、もう降参といった様子でこう嘆いた。「一つの国で異なる民族集団が共存する道を見出すことができないならば、いったいどれだけの国が必要になるのか? きっと5000は必要だ。」

Charter of the United Nations and Statute of the International Court of Justice.

しかし、何が問題なのだろうか。1000の花が咲けばいいのではないか。残念ながらそれは単純に過ぎる。そんなことが起きるのは阻止しなくてはならない。難しいのは、AからBへと戦争なしに移行するのが難しいという人間の心理である。困ったことは、1990年代の旧ユーゴスラビアや今日のソマリア、ミャンマー、シリア、イエメンがそうであるように、より大規模で支配的な民族集団は、国内の少数民族集団が自治を獲得したり独立して国が小さくなるのを好まないということだ。かりに分離に成功したところで、世界の他の国々がそれを承認するだろうか? コソボに関してそうであったように、承認は、今日の国際法において最も難しいトピックだと見なされている。

国連憲章は「人民の自決」を承認している。しかし、主権という長きにわたって保たれてきた原則を相当程度に損なうものでもあるため、この民族自決権を適用してその結果を受け入れることは、国際法学者を二分する問題になっているのである。

概して、ほとんどの場合において、諸国のコミュニティは国際連盟の意見を基に動いてきた。1920年、バルト海にあるオーランド諸島のスウェーデン系住民が、フィンランドからの「自決」を認めよと国際連盟に要請し、連盟はこの要請を検討した。連盟の顧問らは「それが彼らの望みであるとか大きな喜びであるとかいったことを理由に、言葉の問題にしても、宗教の問題にしても、あるいは人口の一部分に対して、自らの属している社会からの離脱の権利をマイノリティに対して認めることは、国家の中の秩序と安定を破壊し、国際社会に無政府状態を生み出すことになろう」と述べている。

安保理五大国の連帯

1960年代、分離・独立を求める東部州(自称ビアフラ共和国)の武力反抗をナイジェリアが鎮圧する権利を、本国での批判の強まりを受けて英国政府が支持したのはこのためだ。今日、安保理の五大国がイラクやシリア、ソマリアの領土の一体性を主張しているのもこのためである。安保理五大国によるこの立場は、民族自決の常識に反すると思われる、国を持たない最大の民族集団クルド人問題についてでさえ同じである。

Dr. Lyle Conrad – Centers for Disease Control and Prevention, Atlanta, Georgia, USAPublic Health Image Library (PHIL); ID: 6901,Public Domain

しかし、明らかに態度に変容がみられる。米国と欧州連合は、スペインやロシアの反対にも関わらず、コソボの独立を強く後押しした。スペイン政府は、独立をめざすバスク地方のテロリストと、カタルーニャ州の激しい独立運動に直面して、国の統一が脅かされることを恐れていた。かたや、コソボの独立に反対票を投じたロシアは、世界各地のマイノリティも同じことを主張するようになるかもしれないと論じていたが、その数年後には、クリミア半島に侵略してウクライナから分離併合した。ロシアが自らの行動を正当化するコソボの先例がなかったら侵略などしなかったのではないかと思う人もあるかもしれないが、そんなことはないだろう。

西側諸国は1920年の立場からどれだけ変わったのだろうか? いったん球が転がり始めたら、クリストファー国務長官が警告したように、その球はいったいどこで止まるのだろうか? 民族紛争が勃発するためには、フロイトが「ナルシスト的に小さな違い」と呼んだように、大きな違いは必要なく、ほんのわずかの違いでよいのである。

国連は、西サハラの統治を目指してモロッコと闘うポリサリオや、ロシアのチェチェンの抵抗勢力、ミャンマーにおけるシャン族の反乱、シリア軍に包囲されたイドリブの人々、あるいは、インド北東部の一部分の独立をめざして戦っている人々を承認するのだろうか。リストはどこまでも続く。

今後ますます大きな問題になるかもしれない民族紛争について、私がながく考えてきたことは、国際民族紛争裁判所の設置というアイディアである。

分裂しようとしている国、あるいは脅威にさらされている民族集団がこの裁判所に訴え、人権宣言の原則が順守されているかどうかを問う判決を求めるのである。行政の境界線は公正なものか? 多数を占める民族が少数民族に与えた言語や教育、政治的代表の権利は適正なものか? 状況をより公正なものにするために裁判所が提示することのできる、法律や行政の改善案はあるか?

実際のところ、1920年代のオーランド諸島紛争の際に仲介者が行ったことがこれなのである。当時、これはきわめて大きな問題だった。しかし今日ではそうでもない。当時は国際連盟の裁定(新渡戸裁定)により、オーランド諸島はフィンランド領のままだが、島民がスウェーデン語を使う権利は強められている。

UN Photo
UN Photo

民族紛争裁判所は、21世紀を流血の事態から救うかもしれない。50の新たな紛争、あるいは、50の新たな国の誕生は必要なくなる。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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