【マドリッドIDN=バヘール・カーマル】
エジプト政府は、自国を含む中東諸国が社会的にも経済的にも政治的にも不安定な状況にあるにもかかわらず、核兵器を含む大量破壊兵器を中東地域から一刻も早くなくすための外交攻勢を強めている。
エジプト外交筋は、中東非核兵器地帯の創設を宣言するための具体的な行動をとることがこれ以上遅れようならば、中東地域に核軍拡競争が起こりかねないと危惧しており、具体的にはサウジアラビアのような地域大国がイスラエルやイランの核の脅威に対抗するために核武装する可能性があると警告している。
エジプト政府は、こうした状況に加えて、各国が(来年4月に開催予定の)2015年核不拡散条約(NPT)運用検討会議に向けた準備プロセスにあることを念頭に、今日の行き詰まりを打開する新たな試みに賛同を集めるための集中的な外交キャンペーンを開始した。
昨年策定され11月にアラブ連盟の22か国が賛同したこの「新たな試み」とは、全ての中東諸国及び国連安保理常任理事国(P5:米、露、中、英、仏)に対して、「中東非核・非大量破壊兵器地帯」の創設を宣言することに賛同する公的書簡を潘基文国連事務総長に寄託するよう求める、というものである。
またこの構想では、「大量破壊兵器に関するいかなる国際条約も署名・批准していない中東地域の全ての国々に対して、全ての関連条約に署名・批准するよう今年末までに公約し、その公約を確認する書簡を安保理に寄託する」よう求めている。
エジプトのナビル・ファハミ外相は、この構想が成功する前提条件として、「とりわけイスラエルによるNPT加盟および化学兵器禁止条約の批准、生物兵器禁止条約の署名・批准が不可欠」としたうえで、「これらの措置が同時並行で履行されるよう調整をしてほしい」と国連事務総長に呼びかけた。
またこのエジプトの構想は、シリアに対して、生物兵器禁止条約を批准し、化学兵器禁止条約履行のために約束した措置を履行するよう求めている。そしてそれと引き換えに、「全ての中東諸国が、大量破壊兵器禁止を目的としたすべての国際条約および関連取決めへの加盟を確実にするあらゆる必要手続を完了すると誓約することになる。」としている。
この構想はさらに、「エジプトが生物兵器禁止条約を批准し、化学兵器禁止条約を署名・批准する一方、2010年NPT運用検討会議で決定された『中東非核兵器地帯を創設するための国際会議』(中東会議)を今年中に組織するための国際的な取り組みを継続する。」としている。
エジプトによるこの構想は、国際的に最大級の支持を獲得する方策を協議したアラブ連盟の会合(今年2月中旬にカイロで開催)で再度承認された。
この構想の策定に関与したあるエジプトの外交官は、IDNの取材に匿名を条件に応じ、「イスラエル政府とパレスチナ暫定政府間で進められていた中東和平交渉が(今年4月29日に)中断したことはこの構想にとって深刻なダメージとなりました。」「またイスラエル政府がこの構想を受け入れる見通しは明るくないのが現実です。それでもアラブ人は、このまま中東地域から全ての大量破壊兵器をなくさないということが意味する危険性について、警告を強めていく決意を固めているのです。」と語った。
この外交官が指摘した「危険性」とは、中東における核軍拡競争の可能性を指している。実際、元駐米サウジアラビア大使のトゥルキ・アルファイサル王子は2011年、イスラエルやイランからの核の脅威がサウジアラビアを核武装に走らせるかもしれないと警告していた。
昨年11月27日、インタープレスサービスは、「11月24日のイラン・『P5+1』暫定合意にサウジアラビアが激しい反発を見せたことで、サウジアラビアが中東に軍事力を展開しようとしているのではないかとの観測が出ている。」と報じている。
また『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、国際社会がいかなる形であれイランの原子力開発を認めるようなことがあれば、サウジアラビア政府は「購入手段によって自国の核兵器能力を追求する」という結論に傾くかもしれない、と指摘している。
さらに英国放送協会(BBC)は、昨年11月22日、米マサチューセッツ州選出のエドワード・マーキー上院議員(民主党)がオバマ大統領に宛てた書簡の中で、「イランの核計画を止める取り組みは続いているが、ペルシア湾岸の他の国々も核能力を開発しないよう十分な取り組みがなされるべきだ」と指摘したうえで、「(オバマ大統領に対して)サウジアラビアとパキスタン間の核協力の可能性に対する政府評価を提示し、核技術移転のための米・サウジアラビア政府間の協議を停止すべきだ。」と強く求めたという。
BBCは、「パキスタンがサウジアラビア向けに製造した核兵器が、イランが核開発において一線を超えるか、サウジアラビアがその他の緊急事態に直面するかした際に提供されるよう、すでに準備を完了しているとの諜報結果が北大西洋条約機構(NATO)で回覧されている。」点にも言及していた。
国連でエジプト提案の決議案が採択
こうしたエジプト政府の構想は、昨年12月中旬に提案した2本の決議案が国連総会で採択されたことで、新たな勢いを得ている。
第一の決議案は「中東非核兵器地帯創設」に関するもの、そして第二の決議案は「中東における核拡散の脅威」に関連したものであった。
中東地域に非核地帯を創設するプロセスは、2012年12月にフィンランドで開催予定だった「中東非核兵器地帯を創設するための国際会議」(中東会議)が再度延期された事例にあるように、これまでに何度も延期を余儀なくされてきた。
この会議を組織する主要な主体(国連、米国、英国、ロシア)は2013年半ば、中東地域の緊張が高まってきたためとして、中東会議を無期限に延期すると発表した。
アラブ連盟はこの発表に強く反発し、「これは実質的にイスラエルの核戦力を守るための新たな企図に他ならない。」として、会議の延期とその理由を受入れない旨の声明を発した。
イスラエル政府は、自国の核戦力に関して公的な立場を明らかにすることを繰り返し拒否してきたが、同国がP5とインド、パキスタン、北朝鮮と並んで9つの核兵器国を構成していることについては、既に国際的なコンセンサスができており、権威あるストックホルム国際平和研究所(SIPRI)もこの見解を支持している。
エジプトは5月22日、最近の集中的な外交努力が功を奏し、P5を含む65か国の加盟国が参加するジュネーブ軍縮会議(CD)の3日間の会期の議長国に選出された。
ワリド・マフムード・アブデルナセル国連大使(ジュネーブのいくつかの国際機関の大使も兼任)は5月22日に発表した声明の中で、「世界から核兵器をなくす国際条約(=核兵器禁止条約)の締結に向けた交渉を開始するためにCDの役割を活性化するという国際的取り組みの枠内において会議の議論が行われます。」と語った。
アブデルナセル大使は、「CDの目的は、核軍縮に向けた現実的な措置をとれるよう、加盟国が合意できる適切な法的枠組みを策定することにあります。」と指摘したうえで、「まず会議の議論は、核兵器禁止条約を策定したい勢力と、兵器用核分裂性物質の生産禁止に関する合意から始めて国際条約の枠組みを完成していく漸進的プロセスを採るよう呼びかけている勢力との間の、異なる観点について取り扱うことになります。」「さらに、核軍縮に関連した現況の評価、核兵器の使用がもたらす非人道的影響、核保有国を含めた様々な主体の役割、この点に関する諸提案、さらに核軍縮と核不拡散との間の連関の程度についても取り扱うことになります。」と語った。
さらにアブデルナセル大使は、「CDがこうした議論を通じて、1996年以来の停滞から抜け出し、核軍縮に向けた作業プログラムを策定する具体的措置を採れるようになることを期待しています。」と語った。また、中東非核・非大量破壊兵器地帯の創設を目指すエジプト政府の継続的な取り組みを強調した
「中東会議」の開催は、2010年NPT運用検討会議(5月3日~28日にニューヨークで開催された)で決定されたが、1960年代末以来中東非核兵器地帯の創設を提唱してきたエジプトが、すべてのアラブ諸国とトルコ、非同盟諸国、北欧諸国からの支持を得て、継続的に圧力をかけてきた結果だった。
集中的な協議を経て、フィンランドが主催国として名乗りを上げ、同国のヤッコ・ラーヤバ外務次官が「おおよそ2012年」に開催される予定の「中東会議」のファシリテーターに任命された。
中東地域には依然として非核兵器地帯が存在しないが、世界では既にラテンアメリカ及びカリブ海地域、南太平洋地域、東南アジア地域、中央アジア地域、そしてアフリカ大陸全体(115か国と全人口の39%をカバー)が非核兵器地帯化されている。(原文へ)
IPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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