地域アジア・太平洋アジア太平洋からインド太平洋へのシフトは誰のためか?

アジア太平洋からインド太平洋へのシフトは誰のためか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2023年4月25日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 “アジア太平洋の時代は終わり、インド太平洋の新時代が始まった”

【Global Outlook=文正仁】

韓国や米国のみならず欧州で開かれる国際会議でも、このような発言がよく聞かれるようになった。インド太平洋という地政学的概念が、アジア太平洋という地理的概念に取って代わりつつある。

アジア太平洋秩序は本当に終わりを迎えたのだろうか? 私は同意する気になれない。

地域秩序の劇的な変化は、大国間の大規模な戦争やこれらの国における革命のような内政変化の結果として生じる。最もよく知られた例として、ナポレオン戦争後のウィーン体制、第一次世界大戦後の国際連盟、第二次世界大戦後の米ソの冷戦対立、そしてソ連崩壊がもたらしたポスト冷戦秩序などがある。(

筆者が極めて特異と感じるのは、従来のアジア太平洋秩序がいまだ健在であるにもかかわらず、日本の安倍晋三首相が最初に提唱し、米国のドナルド・トランプ、ジョー・バイデン両大統領が練り上げたインド太平洋戦略と、それがもたらした地域における新秩序が、これほど短期間で支配的パラダイムとして浮上したことである。

1990年代初めに冷戦が終焉を迎えたとき、米国が主導する一極体制のもとで地域再編成が起こった。まず、EUが独立した経済圏の形成に動いた。後れを取ることを恐れた米国は、カナダとメキシコを加えて北米自由貿易協定を締結し、さらに、日本とオーストラリアが音頭を取ったアジア太平洋経済協力(APEC)会議においても積極的な役割を果たした。

それが、アジア太平洋の時代の幕開けである。

ポスト冷戦時代のアジア太平洋秩序は、いくつかの点で前向きなものだった。

アジア、北南米、環太平洋の21カ国からなるAPECは、開かれた地域主義と自由貿易の最たる例となった。先進国と途上国の意見の相違など多くの課題は確かにあったものの、この枠組みからさまざまな2国間自由貿易協定のほか、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定、ASEAN自由貿易地域(AFTA)といった多国間協定が生まれた。

さらに、アジア欧州会合(ASEM)の発足はアジアと欧州の結び付きを生み出し、地域的な自由貿易秩序の基礎としての役割を果たした。毎年開催されるAPECサミットは、政治や安全保障について首脳レベルで協議するフォーラムとなった。また、ASEANは、中国とロシアを含むアジア太平洋地域の安全保障協議を主導し、多国間レベルでの安全保障協力の新たな可能性を切り開いた。

政治体制や価値観が多様に異なるにもかかわらず、地域の交流と協力がより活発になり、ある程度の戦略的コンセンサスの形成をもたらした。1990年代以降にアジア太平洋地域が享受してきた平和と繁栄は、大陸国と海洋国の両方にまたがるこの地域秩序のたまものと言っても過言ではない。

インド太平洋戦略はインド洋と太平洋を「自由で開かれた」(米国の表現)あるいは「平和で繁栄した」(韓国の表現)ものにすることを目指し、協力の原則(韓国の表現)と同様、包摂、信頼、互恵を表現しているものの、その戦略にはアジア太平洋秩序との重大な違いがある。

インド太平洋戦略の構成グループと見なし得る日米韓の3カ国軍事協力、さらには4カ国戦略対話、AUKUS、NATOの勢力拡大を見れば一目瞭然である。

インド太平洋戦略は本質的に、太平洋、インド洋、大西洋を結び付けようという米国の伝統的海洋戦略を具現化した最新の策であり、また、現状を変更して影響力を広げようとする中国の試みを封じ込めるための地政学的な一手でもある。そのため、この戦略は集団的自衛権と排他的同盟に重点を置いている。

そのような戦略を正当化する理由として、「価値観外交」の「我ら対彼ら」というロジックが用いられる。中国、ロシア、北朝鮮のような専制主義国家の枢軸に対抗するために、民主主義国家が集まって連合を組むというわけである。

経済分野では、この戦略はインド太平洋経済枠組み(IPEF)の閉鎖的な地域主義によって特徴付けられる。米国は友好国や同盟国に対し、貿易および技術分野における中国とのデカップリングを強く求めている。リショアリング、ニアショアリング、フレンド・ショアリングといった言葉が示すように、インド太平洋におけるこの戦略の最終目標は、中国の排除である。

国際通貨基金による最近の報告書は、この種の地政学的および地経学的な再編成はグローバル経済に致命的な害を及ぼすだろうと警告している。

インド太平洋戦略は、中国の台頭を実存的脅威と見なす米国と日本の立場から見れば非常に道理にかなったものかもしれないが、彼らの意見や利益は、地域の他の国々のそれとは大きく異なるかもしれない。

そういった国々が二つの秩序のうちどちらかを選ぶことを余儀なくされた結果、深刻な巻き添え被害が生じ得ることを考えると、なおさらである。

さらに、アジア太平洋秩序は今なお非常に有益であり、それを葬り去ることは到底できない。

しかし残念なことに、ほとんどの国はインド太平洋への移行を無批判に受け入れており、学識者や政策決定者の間でこの移行の適切性に関する中身のある議論は全くなされていない。

アジア太平洋秩序とインド太平洋秩序が共存する、さらには共栄する道は本当にないのだろうか? インド太平洋戦略に加わることによる地域のコストと利益を、誰かが算出するべきではないだろうか? 韓国のような半島国家の場合、大陸を捨てて海洋戦略と運命を共にすることが現実に望ましいことだろうか?

韓国は長年にわたり、アジア太平洋秩序による恩恵を最も受けてきた国である。今こそ、活発な議論と討論を通して韓国自身の答えを見いだすべきである。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。これまで文在寅大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

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