【ローマIDN=ロベルト・サビオ】
英国のテレサ・メイ首相が1月15日に欧州連合(EU)とまとめた離脱協定案を下院議会で圧倒的多数で否決されて以来、新たな亡霊が欧州に憑りついていることは明らかだ。それは、1848年のカール・マルクスの「共産党宣言」への道を開いた共産主義の亡霊ではなく、新自由主義型グローバリゼーションの失敗という亡霊である。新自由主義は、ベルリンの壁崩壊から2009年の金融危機までは向かうところ敵なし、といった状態だった。
2008年、各国政府は金融システム救済のために62兆ドルという巨費を投じた。また翌年の2009年に投じた額もそれに近いものだった(ブリタニカ年鑑2017年度版を参照)。米国連邦準備制度理事会の調査によると、当時、米国民は一人当たり7万ドルを失っている。
経済機関は、遅ればせながら、それまで国民総生産(GNP)の成長を測るために使っていたマクロ経済に見切りをつけ、成長がいかに再分配されるかに目を向け始めた。国際通貨基金(IMF)と世界銀行は(そして、とりわけオックスファムなど市民社会による調査の刺激もあって)格差の拡大には大きな問題があると認めたのである。
もちろん、仮に巨万の富が民衆に渡っていたとしたら、それが消費の拡大につながり、製造やサービス、教育、病院、研究などの活性化につながっていたであろう。しかし、民衆はこのシステムの優先順位からは完全に外されていた。
イタリアのマッテオ・レンツィ政権の下で、銀行4行を救うために200億ドルが費やされたが、同じ年にイタリアの若者対策予算はせいぜい10億ドル程度のものであった。
2008年から09年の危機の後、すべてが収拾のつかない状態になった。欧州のすべての国で、ポピュリスト的な右翼政党が勢いを取り戻し、伝統的な政治システムが瓦解し始めた(スペインはここから外れていたが、最近ではそうでもなくなってきた)のである。
こうした右派諸政党は、グローバリゼーションの敗者に訴えかけている。つまり、①利益を最大化させるためにより安い場所に工場が移転されてしまった労働者たち。②大型スーパーの出店により店を閉じざるを得なかった商店主たち。③新技術の普及で不必要と見なされた職種の人々(例えばインターネットの普及で失業した秘書など)。④国家の赤字を減らすために年金を凍結されてしまった定年退職者たち(この20年間で、世界全体で公的債務は2倍に膨れ上がった)だ。グローバリゼーションの波に乗れた者と、その犠牲になった者との間に新たな分断線が引かれている。
明らかに、政治システムは勝者に対して目を向ける必要があると感じている。予算は勝者のために取り置かれてきた。インフラ投資は、市民の63%以上が居住する都市部が優先され、より敗者が集中している農村部に対しては、ほとんどなされてこなかった。それどころか、効率化の名の下に、多くの行政サービスが削減され、鉄道の駅や病院、学校、銀行が閉鎖されてきた。
その結果、農村部の民衆は職場にたどりつくために、しばしば家から何キロも車を運転しなければならなくなった。フランス政府によるガソリン価格の引き上げ決定が「黄色いベスト」の反乱を引き起こした背景には、こうした低所得者層の切迫した事情がある。フランス政府がエネルギー関連として徴収した400億ドルにのぼる税収のうち、交通インフラの整備とサービスのために使われたのはわずかの4分の1以下だったという実態も、火に油を注ぐことになった。
対照的に、都市部では公共交通が利用可能であり、便利な立地にある大学や病院、その他のサービスはそれほど影響を受けなかった。ここで明らかになったのは、教育を受け、様々な研究活動に勤しむことができる都市住民と、こうした経済活動の中心部から遠く離れた農村部に点在する住民との間に、あらたな分断が生まれているという現実である。
あらたな分断が生まれ、民衆を無視してきた旧来の政治システムに人々はそっぽを向き始めた。このからくりがドナルド・トランプ氏を権力の座に押し上げ、英国ではEU離脱派の勝利につながった。この分断が旧来型の政党をなぎ倒し、ナショナリズムや外国人排斥、ポピュリズムを呼び戻している。イデオロギー的な右翼を呼び戻したのではなく、戻ってきたのは、直情的な右翼とイデオロギーなき左翼だった……
このことは明らかだろう。
ここに至って、システムがようやく敗者に目を向け始めているが、遅すぎたと言わざるを得ない。グローバリゼーションは不可避であるとみなし、その波に乗ることは可能だと見定めたトニー・ブレア氏の幻影に、左翼はまだ憑りつかれている。こうして左翼は犠牲者とのつながりを失い、人権を求める闘いをその主たるアイデンティティとし、右翼との違いを打ち出してきた。
これは、ゲイやLGBT、マイノリティ(そして女性のようなマジョリティ)が集住できる都市部住民にとっては朗報だったが、農村部に暮らす人々にとっては、ほとんど優先事項ではなかった。
他方で、金融が成長し続け、それ自体一個の世界を構成するようになり、もはや産業やサービスではなく投機との結びつきを強めていった。そして、政治は金融の従者になってしまった。各国政府は、実に62兆ドルという信じがたい巨額(「租税の正義ネットワーク」調べ)を租税回避地に貯め込んでいた人々に対する税金を引き下げた。年間の資金フローは推定6000億ドルだが、これは国連のミレニアム開発目標にかかった費用の2倍に相当する。
パナマ文書は、口座保有者のほんの一部を明らかにしたに過ぎないものだったが、少なくとも64カ国・140人の主要政治家の名前を特定している。そこには、(のちに辞任を迫られた)アイスランド首相、アルゼンチンのマウリシオ・マクリ氏、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領、ウラジーミル・プーチン氏の取り巻きたち、デイビッド・キャメロン氏の父親、ジョージア首相などの名前があった。
政治家が輝きを失い、さらには、腐敗し、あるいは不要だとみなされるようになってきたのも不思議ではない。
現在の経済秩序では、投資を招くために富める者の税金を引き下げたエマニュエル・マクロン大統領は合理的だということになる。しかし、無事に月末を迎えられるか不安に思っているフランス国民にとっては、こうした行為は彼らを完全に無視しているという証拠以外のなにものでもなかった。そして、社会学者らは、「黄色いベストの反乱の本当の『原動力』は、尊厳の追求である」という点で一致している。
皮肉なことに、英国の諸政党、とりわけ保守党と労働党は、EU離脱論議に感謝すべきだ。英国が経済的・戦略的意味合いにおいて自殺行為をしつつあることは明らかだ。もし英国が欧州連合との合意を伴わない「強硬」なEU離脱に踏み切れば、GDPの少なくとも7%を失いかねない。
あらゆる諸都市やザ・シティ、経済・金融部門、学者、知識人、諸機関の反対を押し切って、EU離脱支持という投票結果を生み出した分断は、農村部の人々が抱える恐怖を確認する機会となった。欧州連合に属することは、エリートにとっては利益ではあっても、農村部の人々にとっての利益にはならないのだ。スコットランドがEU離脱に反対したのは、英国とは異なる目的を持つようになったからだ。この分断は、次の国民投票に変化をもたらすことはないだろう。
ウェストミンスター(英国議事堂)という議会制民主主義の揺籃の地で妥協に達することがないだろうという事実は、この論議が、まるで大英帝国への回帰の是非を問うがごとく、もはや政治ではなく神話の衝突であるということを雄弁に物語っている。その点では、トランプ大統領による、(時代に逆行する)炭鉱再開という考えもしかりで、支持者らは、神話的な過去に将来を重ねてしまっているのだ。スペインで極右政党ボックスが急速に躍進した背景にもこうした幻想がある。この政党の支持者は、かつてのスランシス・フランコ右派独裁政権の時代は、今よりも生活が楽で費用はかからず、腐敗はなく、女性はいるべき場所(=家庭)にいて、スペインはカタルーニャ州やバスク州に分離主義者などいない統一された国だった考えているのだ。ブラジルのジャイル・ボルソナーロ大統領も、こうした民衆の感情を巧みに利用し、軍事独裁時代を(今日と違って)暴力が抑制されていた時代、すなわち、あたかもブラジルの未来は過去にあり……といった調子だ。
従って、いったん、英国が何らかの形でEU離脱のジレンマを解決させた後、この分断は、通常の政治の領域に入り込んでくるだろう。そして、外国人排斥や国家主義を訴えるポピュリズム政党が、政権を取ったうえで、問題への解決策を実は持ち合わせていないということが明らかにならない限り、この分断は、他国で起こったように、英国の旧来型の二大政党(保守党と労働党)の急速な衰退をもたらすだろう。(原文へ)
INPS Japan
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