【ベルリンIDN=ラメシュ・ジャウラ】
「たとえ古い万年筆であっても、偉大な作家のものだったとしたら、後の世の人々はそれを畏敬の念を持って見るものです。なぜなら、どこかでそれは偉大な人の傑作の秘密を明かすことができると感じているからです。」と池田大作氏は、1978年11月に「鏡」と題したエッセイで記している。
残念ながらそのようなペンを私は持っていないし、池田氏と直接面談する機会もなかった。それでも、96歳の誕生日を前に逝去した同氏は、「多くの人々にとって精神的指導者でありメンターだった。」と、教皇フランシスコが先般のメッセージで認識したこの人物に敬意を表して、このコラムを記すこととしたい。
フランシスコ教皇はさらに、池田氏の「平和への永続的なコミットメントと、生涯を通じて宗教間対話を促進し続けた取り組みを称賛」した。教皇は、メッセージの中で、「池田氏と同氏のビジョンであるすべての人々の調和を推進するために尽力している人々のために祈りを捧げます」と述べ、メッセージを結んでいる。
創価学会インタナショナル(SGI)は、2023年9月にカトリック系の聖エジディオ共同体がベルリンで開催した国際会議「平和への勇気の声をー宗教と文化の対話」に参加した・これまでも、2019年3月にローマ教皇庁の人間開発のための部署と諸宗教対話評議会がバチカンで開催した「宗教と持続可能な開発目標(SDGs)に関する国際会議:地球と貧者の叫びに耳を傾ける」や、カザフスタンがアスタナで開催した第6回世界伝統宗教指導者会議(2018年10月)、第7回同会議(2022年9月)、そして2022年11月のバーレーン対話フォーラムなど、宗教間対話に参加してきた。ここで宗教指導者たちは、地球規模の問題について率直に意見を交換し、叡智を分かち合った。
平和活動と核廃絶の提唱
池田氏の母の存在は「…彼の平和活動の出発点」とされているが、戸田城聖創価学会第2代会長に触発された池田氏は生涯にわたって核兵器の廃絶を一貫して提唱した。1957年の冷戦の最中、戸田会長が翌58年に亡くなる直前に「原水爆禁止宣言」を発表した際、池田氏は師と共にあった。
1960年5月に32歳で創価学会第3代会長(初代牧口常三郎〈1871年~1944年〉、第2代戸田城聖〈1900年~58年〉)として就任して以来、池田氏は、日本を中心に192カ国及び地域に1200万人以上の会員を擁し、90カ国では、その構成団体が法人団体として登録される地域社会に根差した仏教団体として発展する、その先頭に立ってきた。
1975年には、世界中の創価学会組織を結びつけるグローバルな組織である創価学会インタナショナル(SGI)を設立し、その会長に就任した。8年後、国際連合経済社会理事会(ECOSOC)はSGIを協議資格を有する非政府組織(NGO)として認定した。
創価学会の第3代会長、SGIの創立会長、そして平和、文化、教育を促進するいくつかの国際機関の創設者として、池田氏は対話の変革力を世界的な課題に取り組む中心的手段として唱えた。
SGIの6つの重点分野は、軍縮、持続可能性と気候変動、人権教育、平和、ジェンダー平等と女性のエンパワーメント、人道支援である。
約15年にわたって、池田氏がINPS Japan(IPSとIDN)に寄稿した電子メールインタビューやオピニオン記事に反映された同氏の深い知恵、測り知れない慈悲、不屈の精神から私は大いに恩恵を受けてきた。
多才さ
池田氏の多才さと的確で明晰な文章は、私の印象に強く残っている。気候変動対策や核兵器廃絶、その他の大量破壊兵器廃絶の必要性を訴える池田氏の言葉には、緊急の気候変動対策や核廃絶を支持する人々にありがちな、終末論的なシナリオは微塵もない。
たとえば、「|視点|気候変動:人間中心の取り組み」では、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスの箴言「最も多くの人が共有するものは、最も注意が払われにくい」を引用し、一般的な人間の傾向を強調している。この警告は、今日、特に気候変動との戦いにおいて、依然として大いに関連性がある。
池田氏は、昨年1月に発表した緊急提言「平和の回復へ歴史想像力の結集を」の中で「『戦争ほど残酷で悲惨なものはない』というのが、二度にわたる世界大戦が引き起こした惨禍を目の当たりにした『20世紀の歴史の教訓』だったはずです。」と自身の見解を述べていた。しかし、ウクライナ戦争や中東の紛争は、その教訓が学ばれていないことを示している。
「|視点|核時代の“終焉の始まり”となるか?」では、次のように主張している。「核兵器に基づく安全保障の奥底には、『目的のためには手段を選ばない』『他国の民衆の犠牲の上に安全や国益を追い求める』『将来への影響を顧みず、行動をとり続ける』といった現代文明に深く巣食う考え方がある。核問題の解決は、このような考え方を乗り越える挑戦でもあると考えてきました。」
国連の中心的役割
池田氏は、平和のためのフォーラムとして国連の中心的役割を固く信じていた。1983年から2022年にかけて、40回に亘って平和提言を毎年執筆し、軍縮と核兵器の廃絶、環境保護、人権の促進など、今日の重要な課題についての仏教の視点と具体的な提案を提供した。また仏教の原則に根差した人間主義の哲学を展開し、世界市民教育を提唱した。
「問題なのは、その映り方の違いによって、自分の意識にないことが自分の世界から欠落してしまうことだ。その結果、ある人々にとって『かけがえのない重み』を持つものが奪われる危機が生じていても、多くの人が気づくことなく事態が悪化してしまう恐れがある。」と池田氏は記している。
池田氏は仏教の評論から伝記的エッセイ、詩、子供向けの物語に至るまで、250冊以上の翻訳作品を出版した多作な作家でもあった。また、創価学会の歴史を小説化した『人間革命』(全12巻)、『新・人間革命』(全30巻)を執筆した。
仏教哲学者であり教育者でもある池田氏は、英国の歴史家アーノルド・トインビーやミハイル・ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領など、文化、教育、異なる信仰伝統の分野で活躍する世界中の著名人とも対話を行い、人類が直面する複雑な問題に取り組む方法を明らかにした。これらの対話のうち80以上が書籍として出版されている。
日本への数回の訪問中、私は民主音楽協会(民音)と東京富士美術館(TFAM)を訪問する機会があった。民音は「民衆の音楽」を意味し、世界中の国々との文化交流に取り組んでいる。池田氏は民音を「人類を結ぶ文化交流の大道」として「精神的なシルクロード」と表現した。
2023年に開館40周年を迎えた東京富士美術館のコレクションには、絵画、版画、写真、彫刻、陶磁器、漆芸品から甲冑、刀剣、様々な時代と文化の勲章まで、約30,000点の日本、東洋、西洋の美術作品が含まれている。特に注目すべきは、ルネサンスからバロック、ポストモダン時代にわたる500年間の西洋油絵の優れたコレクションと、写真の類まれな傑作コレクションである。これはまさに「世界への扉」である。
寺崎広嗣SGI平和運動総局長のおかげで、私は日本とアメリカの創価大学を含む創価教育のシステムについて知ることができた。東京・八王子にある広大な創価大学のキャンパスも訪れた。1971年以来、創価大学は人間教育の最高学府であり、新しい大文化建設の揺籃であり、人類の平和を守るフォートレス(要塞)である。
創価大学の留学生交換プログラムは日本国内で最大規模のものであり、世界中の100以上の大学との学術交流協定を結んでいる。2014年には、創価大学は日本の文部科学省によって「トップグローバル大学」の一つに名を連ねた。大学は1985年に開学した創価女子短期大学とキャンパスを共有している。
東京や日本国外での国際イベントで寺崎総局長との長年にわたる対話を通じて、人類の平和と繁栄のために日蓮仏法の人間主義的教えを広める創価運動を私が理解するための窓が開かれた。
広島と長崎を訪れると、被爆者が経験した苦しみと、生き残った人々が今も感じている苦しみを感じる。池田氏は、 「戦争や核兵器に反対して叫ぶことは、感情論でも自己憐憫でもない。それは、生命の尊厳に対する揺るぎない洞察に基づく、人間の理性の最高の表現である。」と述べている。
来日中、私は日本各地の様々な年齢層の創価学会の会員とも話をした。彼らは、「対話と平和のための教育が、不寛容や他者を拒絶する衝動から私たちの心を解放してくれる」という池田氏の信念を共有している。彼らはシンプルな現実を意識している。つまり、「広大な宇宙に浮かぶ小さな青い球体であるこの惑星を、すべての 『乗客』たちと分かち合うしかない。」という現実だ。
95歳で亡くなった池田SGI会長は、G7広島サミットへの最後の提言で次のように述べている。「”闇が深ければ深いほど暁は近い”との言葉がありますが、冷戦の終結は、不屈の精神に立った人間の連帯がどれほどの力を生み出すかを示したものだったと言えましょう。…今再び、民衆の力で『歴史のコース』を変え、『核兵器のない世界』、そして『戦争のない世界』への道を切り開くことを、私は強く呼びかけたいのです。」
「この言葉を胸に、諦めない勇気を携えて、協働の道を進んでいきたいと思います。」と寺崎総局長はIDNのインタビューで語った。(原文へ)
INPS Japan
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