この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ロジャー・マクギンティ】
研究テーマとしての平和、そして実践としての平和に、かつてないほどの注目と資金が集まっている。大学では、平和や関連テーマに関する授業が大盛況である。平和に関する学術論文や政策文書が次々に発表され、いまや非常に大勢の国際的な「平和専門家」が国際機関や国際NGOで働いている。要するに、平和ビジネスに従事するには良い時代ということである。(原文へ 日・英)
しかし、このような平和学や平和研究の“ブーム”にもかかわらず、戦争、環境劣化、不平等、不公正には事欠かないようだ。こう問うてもいいはずだ。平和研究に何の意味があるのか? あるいは、別の問い方をするなら、平和研究や平和教育への投資のすべてが実際に役に立っているという証拠はあるのか?
深く考えずに即答するなら、“ノー”だろう。特定の研究や特定の紛争削減の努力が紛争の発生を防止したことを立証する絶対的基準に基づく証拠を見つけるのは、非常に難しいだろう。何故なら、紛争や暴力の原因は多くの場合、多次元的であり、単一の要因が原因になったり予防したりする可能性は低いからである。むしろ、紛争を多くの要因の集合体の一部として見る必要がある。その要因は、構造的なもの、直接的なもの、明白であからさまなもの、微妙でほとんど気付かないものなど、さまざまである。
では、世界が文字通り炎上している状況のもと、平和研究への投資をどう正当化できるだろうか? そして、平和研究は、21世紀にわれわれが直面している課題を解決するという目的にかなったものだろうか?
おそらく平和研究がここ数十年の間に果たした、そして現在も果たし続けている最大の貢献は、紛争、開発、ジェンダー、気候変動の相互関連性を指摘することだろう。注目すべきことに、20世紀の大部分の間、これらのテーマはかなり別々に研究されてきた(そもそも研究された場合であるが)。最近の十年間では、大学、シンクタンク、国際NGO、国際機関に属する平和研究者たちは、紛争が関連性の複雑な連鎖の一部であるという説得力のある主張を行っている。つまり、紛争、開発、ジェンダー、気候変動はすべて、同じ集合体の一部なのであり、それらを別々に取り扱うことはできない。
アフガニスタンやコロンビアの例を考えてみよう。環境、開発、ジェンダーの問題を抜きにして、そうした紛争を本格的に検討することは不可能である。平和研究は、これらの紛争の横断的かつ多次元的な性質に着目する最前線に立ってきた。
平和研究はまた、平和と紛争の分析においてローカルな視点を大切にするという面でも先端を走ってきた。比較的最近まで平和は、ほとんど国家、政治指導者、軍事指導者、国際機関の間だけでしか議論されてこなかった。まるで、紛争地帯の人々は単なる家財道具であるかのようだった。このような視点は根本的に変わり、平和を有意義なものにするためには、大統領や首相だけではなく、地域社会の賛同を得なければならないと理解されるようになった。
現地の視点に注意を払う姿勢は、多くの国際機関に採用されており、人道支援、開発、平和構築の従事者による紛争に配慮したプログラム策定に明確に表れている。これは、紛争状況下での介入はどれほど善意によるものであっても意図せざる結果をもたらす可能性があるという、平和研究の認識から導かれたものである。
平和研究の重要な利点は、その学際性である。複雑な社会問題に対して、単一の視点や学術分野が全ての答えを持ち得ないことは、長年にわたり認識されてきた。このため、社会科学において、平和研究は混合的研究法と学際的な視点を早くから採り入れてきた混合的研究の手法は、21世紀の課題に立ち向かう上で、さらに大きな意味を持つだろう。気候変動やそれに伴う紛争のような複雑な問題は、確固とした科学的視点とともに、人々がどのように適応していくのか、なぜ文化が重要なのかを理解する社会学的・人類学的分析が必要なのである。
それに加え、ITに精通した新世代の活動家たちがいる。彼らは、データを分析し、可視化し、紛争を促進する異なる要因を結びつけることができる。ある意味、職業としての平和研究者は、市民科学者やジャーナリストによる運動の高まりの一翼を担っているのである(あるいは、少なくともデータを提供している)。今後の課題は、これらの連携をできるだけ効果的なものにすることである。平和研究は大学の講義室の外へと広がるとき、その可能性を最大限に発揮する。
紛争とその複雑性を理解する方法に関して平和研究が貢献を果たしていることは間違いないが、それについては称賛もほどほどにするべきだろう。平和研究は、未だに白人が多く、いくぶん男性が多い。平和研究に関する学術会議に行ってみれば、西洋人の「専門家」集団が非西洋的状況について語っているのを見るだろう。紛争の状況下にある地元の専門家は普通、国際会議に出席する余裕などなく、学術発表の政治経済学の中で力を出せずにいることもしばしばである。他の学術分野と同様、平和研究においても、脱植民地化、多様化、自省が有益であろう。
もちろん、平和研究ができることには限りがある。データを提供し、政策提言を行い、権力を持つ者に真実を伝えることができる。最終的に責任を負うのは、政治指導者、企業、地域社会、そして個人の手に委ねられている。
ロジャー・マクギンティは、英国のダラム大学でダラム・グローバル安全保障研究所(Durham Global Security Institute)所長および政治学・国際関係学部(School of Government and International Affairs)教授を務めている。最新の著作は、Everyday Peace: How so-called ordinary people can disrupt violent conflict (Oxford: Oxford University Press, 2021)。
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