【国連IDN=タリフ・ディーン】
世界の主要な核兵器国であるロシアによるウクライナ侵攻が核使用の恫喝を引き起こしているだけではなく、戦火に見舞われているザポリージャ原発敷地外での緊急演習まで開始されたことで、欧州全体に警告ベルが鳴り響いている。
この厳しい状況の中、4週間にわたって開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議は8月26日、失意のうちに終了した。
非公開での会合や公開討論が行われたが、最終「成果文書」の取りまとめには至らなかった。
数多くの政府代表や反核活動家は何の成果もなく手ぶらで帰国の途につくことになる。長期にわたって開催される国際会議としては異例の事態だ。
核兵器禁止条約の批准・履行を100カ国以上で推進している非政府組織の連合体「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)は、ロシアが「最終合意を阻止した」として非難した。
今回の会議は、ロシアがウクライナを侵攻し、それに伴って核兵器使用の恫喝がなされて国際的緊張が高まり、核兵器使用のリスクが高まる中で開催されたものだ、とICANは指摘した。
会期中、191の加盟国の多くは、核のリスクを低減するための決定的行動を取り、核使用の威嚇を非難し、核戦力の拡大・強化を非難し、条約に定められた核軍縮義務の実行に関して進展をもたらす必要について言及した。
ICANのベアトリス・フィン事務局長は「この結果は末恐ろしいほど不真面目であり、受け入れがたいほど危険な世界情勢を前にして、完全に責任を放棄したものだ。」と語った。
「NPT上の核兵器国がその核兵器を利用して違法な侵略を進める中で、核保有国は自らの軍縮義務を進展させることを怠っただけではなく、核兵器使用のリスクがますます高まる中で820億ドル以上を核戦力の維持・強化に浪費している。再検討会議が何の行動も起こさないのは許しがたいことである。」
かつて国際原子力機関(IAEA)で検証・安全保障政策局長やNPT代表団の代表代理などを務めた経験のあるラリク・ラウフ氏はIDNの取材に対して「第10回NPT再検討会議が、NPTそのものや1995年・2000年・2010年の合意の履行を強化する勧告や行動に何ら合意できなかったことは驚きではない。」と語った。
今回の再検討会議は、ロシアの対ウクライナ侵攻やザポリージャ、チェルノブイリ両原発近辺での戦闘をめぐって失敗に終わったとは言えるが、核軍縮をめぐるスケジュールや基準、責任の果たし方をめぐって合意がなかったことにも大きな不満が残された。
イスラエルに対してきわめて弱い形でしか核兵器放棄を求めていない中東非核兵器地帯に関するほとんど意味のない文言にエジプトが合意したことは予想外だった、とラウフ氏は語った。
ラウフ氏は、エジプトが米国になびいた結果なのではないかという他のアラブ諸国の見方を伝えている。
「再検討会議に公式代表として出席するのは7回目になるが、5つの核兵器国やその核に依存する同盟国が、核軍縮を進める気がないことや、核兵器禁止条約がNPTと補完的な役割を果たすことを認識すべきとの動きを妨げていることは、本当に残念だ。」
ラウフ氏は、核兵器依存国にとって大事なのは核兵器の削減ではなくリスク低減であった、と指摘した。
一部の国の反対によってNPT再検討会議が合意に至れなかったのは今回が初めてではない。1990年、1998年、2005年、2007年、2015年には米国が頑なな態度をとったために合意に失敗した(2015年の場合はカナダと英国が米国に同調した)。
「2003年、2005年、2015年の行き詰まりにはエジプトが絡んでおり、2007年にはイラン、そして今年はロシアだ。核兵器使用の危険が高まっているのに、核保有国や核兵器依存国は、核の脅威によって暗雲が漂う中でも行動を取ろうとしない」と警告した。
今回の再検討会議議長のグスタボ・ズラウビネン大使(アルゼンチン)はきわめてうまく仕事を進めたが、8月26日夕方の最終段階まで、ウサギをウサギ小屋から追い出すことができなかった、とラウフ氏は語る。ここで言う「ウサギ」とは「最終成果文書」のことだが、NPT加盟国は初めから「ウサギ」など存在しないようにすべく努力をし、したがって議長は「ウサギ」を見つけることができなかったのである。
NPTの専門家であり、核問題について40年以上研究してきたレベッカ・ジョンソン博士はIDNの取材に対して「核の脅威や核拡散、戦争の脅威が高まる中、今回のNPT再検討会議が失敗に終わったことは危険な兆候ではあるが、驚きではない」と語った。
「ウクライナのザポリージャ原発に関する言及をロシアが拒否する以前から、NPT成果文書の草案は、軍縮や不拡散、核使用・核戦争・核事故を予防する必要性について、決定的に弱められていた。」
「軍事的な脅威が核施設と結びついた際に世界的に引き起こされる重大な人道上、環境上の危険を過小評価してはいけない。それに、ロシアをはじめとしたNPT上の核保有国がこの4週間をお互いの非難のために浪費しただけではなく、既存の核戦力に影響を与えるような核軍縮を巡る意味のある勧告と行動を阻止するために共謀したという事実も忘れてはならない。」
「核保有国は、表面上の言葉とはうらはらに、核兵器を維持するためにお互いに助け合い、核兵器禁止条約を含めた核軍縮措置を無視したり貶めたりしてきた。」
「恥ずべきことにフランスは、ウィーンで今年開催された核兵器禁止条約第1回締約国会合が宣言文と行動計画を採択したという基本事実を含め、同条約への言及を含んだ文言の一切を削除するよう要求した。現実を無視することは危険であるだけではなく愚かだ。」
ジョンソン博士は、核禁条約の成果文書は明白かつ具体的であり、核使用の予防、核戦力の検証可能な廃止、核の影響を受けた地域・環境の支援と修復の問題を扱っていると指摘した。
「NPTの失敗は、核保有国が核への依存を拡大し、核兵器の能力を強化することに忙殺されているからだ。彼らは、核兵器によって抑止力が与えられ、さまざまな形での軍事行動の自由が与えられると考えているが、それは誤っている。」
「安全、安心、環境に優しいものであるかのように、原子力技術を最高入札者に宣伝、販売しながら、どうして核保有国が『責任あるNPT加盟国』などと自らを呼ぶことができようか。」と、ジョンソン博士は付け加えた。
NPT会議では、米国・英国・中国がオーストラリアの原子力潜水艦導入計画(AUKUS同盟)をめぐって角を突き合わせる一方で、数多くの太平洋諸国の懸念や反対論は無視された。「NPT会議がずっと失敗に終わってきていることも無理はない。」と、ジョンソン博士は語った。
「私は、1994年以来すべてのNPT会議で核の安全や軍縮、保安問題に取り組んできたが、成功した会議はほとんどみたことがなく、失敗と政治的なポーズばかりであった。金曜(8月26日)夜遅くの国連総会議場では、怒りと失望、希望と決意の声が聞かれた。オーストリアは、核軍縮に実際の進展をもたらしたいと願っているすべてのNPT加盟国に対して、核禁条約への参加を呼びかけた。」
核禁条約の第1回締約国会合は、実際の世界において核軍縮と核保安を達成するためのより集団的、包摂的、実践的措置に向けて何を成すべきか、どのような基礎を敷くべきかを見せてくれた。
それを基盤として、「私達は、多くの非核保有国を代表したメキシコの次のような共同声明に盛り込まれた公約の実現に向けて努力をしなくてはならない―私達は、すべての国が核兵器禁止条約に加入し、最後の核弾頭が不可逆的に解体・破壊され、核兵器がこの地球上から完全に廃棄されるまでは、歩みを止めることはない。」とジョンソン博士は語った。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、NPT再検討会議が実質的な成果に関する意見の一致に至らず、NPTの強化とその目標の前進に向けた機会をとらえそこなったことに対して、失望を表明した。
グテーレス事務総長は、「NPT加盟各国が真摯かつ意味のある関与を行い、今回の会議がNPTをグローバルな軍縮・不拡散体制の『礎石』と認識した事実」を歓迎しつつも、集合的な安全保障を危険にさらしている火急の問題に対処できなったことに遺憾の意を表した。
「世界の環境が悪化し、偶発的あるいは計算違いを通じて核兵器が使用されるリスクが高まる中、緊急かつ決意を持った行動が求められている。」とグテーレス事務総長は述べ、緊張を緩和し、核リスクを低減し、核の脅威を完全に除去する対話・外交・交渉のあらゆる道を探るよう、すべてのNPT加盟国に要請した。
核兵器なき世界は、軍縮をめぐる国連の最優先課題であり、グテーレス事務総長が最も重視している目標でもある。
事務総長は、成果文書の合意に向けて熱心に取り組んだNPT再検討会議のズラウビネン議長に感謝の意を表明した。
1975年の第1回再検討会議の時から条約履行の進展に注目してきた「軍備管理協会」(米ワシントンDC)のダリル・G・キンボール会長は、「NPTはしばしばグローバルな核不拡散・核軍縮の「礎石」と呼ばれているものの、今回の会議の議論と結果は、この条約の基礎にヒビが入っており、核保有国間にも深い分断があることを示している。」と語った。
「ロシアがNPT再検討会議でザポリージャ核危機をどう扱うべきか、もっと柔軟に対応したとしても、会議の交渉で出てきた最終文書草案は、条約への一般的支持があることを述べながらも、軍縮の目標と目的に対するリーダーシップと具体的な行動が欠けていることを示している。」とキンボール氏は語った。
「今回のNPT会議は、核軍拡競争と核兵器使用の高まる危険に効果的に対処するのに不可欠な基準と時限を伴った具体的な行動計画に合意できず、条約そのものと世界の安全を強化する機会をとらえそこなってしまった。」
「条約草案で合意された軍縮措置のリストの中で、一定の期間内に無条件で具体的な行動ステップを定めている重要な項目が一つあった。」草案のパラグラフ187.17にはこう述べられていた。
「ロシア連邦と米国は、それぞれの核戦力を不可逆的かつ検証可能な形でさらに削減するために、新STARTの完全履行と、同条約の2026年の失効前に同条約への後継枠組みに関する交渉を誠実に進めることを約束する。」
元IAEA事務局長でノーベル平和賞受賞者のモハメド・エルバラダイ氏はツイッターでこうつぶやいた。「残酷な真実だが、いかに糊塗しようとも、9つの核保有国には核軍縮の意図など無いことが明らかになってしまった。それとは逆に『使える』兵器と運搬手段の洗練化に向けて動いている。つまり裸の王様だということだ。」(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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