SDGsGoal13(気候変動に具体的な対策を)オーストラリア政府の場当たり的気候政策に思わぬところから批判

オーストラリア政府の場当たり的気候政策に思わぬところから批判

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=デニス・ガルシア】

現在のオーストラリア政府は、気候政策において他の先進国に大きく後れを取っている。政府の関与と努力が不足しているとして、国内外、とりわけ太平洋地域の近隣諸国から批判が出ている。太平洋島嶼国(PICs)は、特に気候変動の影響にさらされ、これに対して脆弱であり、気候変動に関する国際的な外交イニシアチブの最前線に立っている。これらの国の地域協力機構である太平洋諸島フォーラム(オーストラリアとニュージーランドも加盟)は、2018年の地域安全保障に関するボエ宣言において、気候変動は「太平洋諸国の人々の生計、安全保障、福祉を脅かす最大の単独要因」であると断言している。オーストラリアは再三にわたり、お粗末な気候政策に対して他のフォーラム加盟国から圧力をかけられている。(原文へ 

そして今やPICsや他の評論家たちは、思わぬところから加勢を得ている。オーストラリアの軍事・安全保障関係者たちが声を上げ、気候変動と安全保障の結びつきを強調することによってオーストラリアの気候政策に異議を唱えているのである。これは、2021年9月に発表された二つの報告書の焦点となっている。一つは、オーストラリアン・セキュリティー・リーダーズ気候グループ(Australian Security Leaders Climate Group)によるもの、もう一つはオーストラリア気候評議会によるものである。二つの報告書、「Missing in Action. Responding to Australia’s climate & security failure(作戦中行方不明。オーストラリアの気候と安全保障の失敗を受けて―邦題仮訳)」と「Rising to the Challenge: Addressing Climate and Security in Our Region(課題に立ち向かう: 地域の気候と安全保障への取り組み―邦題仮訳)」は、気候変動とその影響を国家および国際の安全保障の問題として捉えている。いずれも、オーストラリア政府が場当たり的な気候政策によって国家安全保障を危機にさらしていると非難している。

「Missing in Action」報告書は、オーストラリア国防軍(ADF)および国防省の元高官らによって作成されたもので、地球温暖化は「オーストラリアが直面する最大の安全保障上の脅威」であると断定している。この脅威に対処するには気候政策を強化しなければならないと、執筆者らは主張する。オーストラリアの気候対策を国連加盟国193カ国中最下位と位置づける国連の報告書を引き合いに出し、現行政府の政策は不十分であるとしている。そして、オーストラリアの安全保障上の利益のために「断固とした政策的措置」を求めている。報告書は、気候と安全保障の関連性を示す事例として、特にシリア内戦、アラブの春、マグレブ地域、中東、サヘル地域の紛争を挙げており、強制移住、国内および国際避難を安全保障問題としている。気候変動の結果として地政学的緊張と軍隊の負担増大が生じると指摘し、資源競争の激化、経済および貿易の混乱、それがもたらす国家間の対立という構図を描いている。こういったこと全てが、オーストラリアの安全保障に大きな影響を及ぼし、オーストラリア軍の負担をさらに増やすことになると、報告書は主張している。ADFは、気候変動に対するオーストラリア政府の無策による被害者として描かれている。軍は、「加速する気候変動の影響に直面して、なんとか事態を収拾しなければ」ならなくなり、その能力は地球温暖化によって深刻な影響を受けるとされている。

「Missing in Action」報告書は、その分析結果に基づいて、とりわけ「包括的な気候と安全保障のリスク評価」、「気候脅威情報収集機関」の設置、気候と安全保障の関連に対する「政府全体のアプローチ」を求めている。そのようなアプローチは「複合システム」であるため、「縦割り型」のアプローチではなく「全体的な視点と総合的な対応」が必要である。執筆者らはオーストラリア政府が「体系的かつ全体的に気候安全保障リスクに対処する、準備と予防の責任を負う政策」を採用することを提案している。

オーストラリア気候評議会による「Rising to the Challenge」報告書の論調も、これと非常に似通っている(オーストラリア国防省のシェリル・デュラント元準備動員担当ディレクター<Director Preparedness and Mobilisation>が両報告書の主執筆者であることを考えれば驚くべきことではない)。同報告書も、オーストラリアには「気候と安全保障の大きな」リスクがあり、「緊急の対策」を必要としていると警告している。オーストラリア近隣の太平洋諸国により明確な重点を置いており、海面上昇の影響、それに続く強制移住と避難を重大な安全保障リスクとして指摘している。同報告書はまた、太平洋地域における「オーストラリアの地政学的影響の喪失」とPICsとの関係悪化を嘆いている。PICsは、「オーストラリアに対し、より強力な排出目標を採用すること、より具体的には化石燃料からの移行を加速するよう促そうと何度も試みて」おり、PICsに直接的な脅威をもたらすオーストラリアのお粗末な気候政策を厳しく批判している。

オーストラリア政府への批判という点で、この報告書は「Missing in Action」報告書よりさらに歯に衣着せぬ物言いである。例えば、政府の「化石燃料産業への財政支援は、オーストラリアの国家安全保障を積極的に弱体化させている」と述べている。執筆者らは、化石燃料への助成を完全撤廃し、2030年までに温室効果ガス排出量を(2005年比)75%削減し、2035年までにネットゼロを達成するよう求めている。「オーストラリア経済の迅速な脱炭素化」を訴え、「気候に起因する安全保障危機の根本原因」に対処するべきだと強く提唱している。また、気候と安全保障の直接的関連についても、「Missing in Action」報告書と同様、「あらゆる安全保障分野にまたがる総合的な気候と安全保障のリスク評価」と「政府全体の意思決定プロセス」を求めている。

国家安全保障の議論を用いることは、オーストラリア政府に気候変動の分野で対策を強化するよう圧力をかける手段としては興味深い(おそらく有望ともいえる)が、そこには落とし穴や欠陥もある。議論は、オーストラリアの国益を何よりも重視する考え方の枠内のみにとどまっている(それ以外は、国益に悪影響を及ぼす可能性がある場合に限り考慮される)。それは、気候変動の分野を「安全保障問題化」し、さらには「軍事問題化」する契機となり、気候変動の問題に対する軍事的解決を正当化および最重要視し、その一方で安全保障に対する狭い理解を支持するというリスクを冒している。「Missing in Action」報告書では、「気候変動については、単に武力攻撃に対する防衛と見なすのではない、安全保障に対する従来と異なる考え方が必要である」としているものの、この「異なる考え方」は、政府全体でのアプローチ、関連産業分野や「より幅広い社会」を含めた対応の要請とほとんど変わらない。

しかし気候変動について議論する際、より幅広くとらえた別の安全保障の概念のほうが適切である。「Rising to the Challenge」報告書と異なり、「Missing in Action」報告書は少なくとも「人間の安全保障」に言及している。しかしその概念を十分に用いて論旨を補強してはいない。生態系の安全保障、あるいは真の太平洋地域の安全保障の理解といったより幅広い安全保障の概念は、人間の安全保障というアプローチをはるかに超えているが、これらの報告書では全く考慮されていない。全体性や関係性を重視する太平洋地域の世界観においては、人間の安全保障(あるいは、国民または国家の安全保障)は、人間以外の存在(実体的なもの、精霊的なものも含めて)、環境、自然(母なる地球、あるいはいわゆる創造物)と切り離して概念化し、実現することはできない。そのような世界観は、今日の経済システム、そして、そもそも現在の破滅的な気候変動をもたらしたライフスタイルや政治を根本から変革するための基盤となり得る。

「オーストラリアン・セキュリティー・リーダーズ」がそのようなアプローチに賛同することを期待するのは、無理な願いというものだろう。とはいえ、彼らが声を上げ、オーストラリアの不十分な気候政策をより良い方向に変えようとしていることに感謝するべきである。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。

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