SDGsGoal13(気候変動に具体的な対策を)故郷にとどまる―変わりゆく気候の中で「文化的安全保障」を築く

故郷にとどまる―変わりゆく気候の中で「文化的安全保障」を築く

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=クラウディア・フライ、セライ・マラマニソソ

太平洋地域がCOP31に向けたプレ会合の開催準備を進めるなか、この地域には、太平洋地域が主導する「気候・平和ネクサス」を通じて、平和と安全保障をめぐる対話を前進させるまたとない機会が訪れている。|英語版

そうしたなかで、近年注目を集めているのが「文化的安全保障(cultural security)」という概念である。これは、環境や社会が大きく変化するなかで、文化的アイデンティティ、社会的結束、人と場所との関係性といった相互に結びついた要素を維持し、再生していくことを意味する。

この考え方は、太平洋地域の研究者、活動家、地域社会のリーダーたちが長年にわたり、先住民や地域社会に根差した「関係性の知」、思想、文化的慣行を気候政策の中心に据えるよう訴えてきたことを踏まえたものである。

しかし、制度化された植民地主義や、先住民・地域社会固有の仕組みが持つ価値への理解不足などにより、気候政策における文化や先住民の知への言及は、しばしば象徴的・形式的なものにとどまっている。その結果、複雑な知識体系や統治システムが、太平洋地域の外で形成された、西洋の援助国中心の世界観に基づく枠組みへと単純化されてしまっている。

こうしたなか、気候変動に伴う計画移転ではなく、祖先から受け継いだ土地にとどまることを選ぶ地域社会の存在は、文化的安全保障を気候安全保障の根幹に改めて据える重要な視点を提示している。

文化的安全保障とは、単に気候変動の影響から文化を守ることではない。長年にわたり受け継がれてきた文化的な仕組みそのものが、変わりゆく気候のなかで地域社会が平和と安全を築いていくプロセスの中核を担っていることに目を向けるものである。

私たちは、フィジーで研究者および実務家として活動してきた経験をもとに、文化を生かしながら現在の土地にとどまり、気候変動に適応している二つのiTaukei(フィジー先住民)コミュニティーの知識と経験を紹介する。

こうした取り組みの基盤となっているのが「Vanua(ヴァヌア)」である。iTaukei社会におけるVanuaとは、人々、土地、海、精神性、倫理、統治、親族関係、祖先を包括する概念である。

したがって、文化的安全保障というアプローチは、地域社会の脆弱性や依存に焦点を当てるのではなく、人々が共有する強みや力、そして暮らしのなかで培われてきた知へと視点を転換するものである。

以下では、Vanuaに根差した文化的安全保障の三つの重要な要素――伝統的な癒やしと精神性、伝統的な統治構造、親族関係と物語の継承――に着目し、それらが相互に作用しながら、変わりゆく気候のなかでいかにレジリエンスを築いているかを考察する。

伝統的な癒やしと和解の実践が平和と安全を育む

気候適応政策、とりわけ計画移転をめぐる政策では、移転の実務や意思決定に重点が置かれがちで、人々、土地、海のウェルビーイングにとって重要な、心の癒やしのプロセスが見過ごされる傾向にある。

フィジー先住民iTaukeiの宇宙観では、あらゆる生命は関係性のなかにあり、相互につながっていると考えられている。そのため、自らを癒やすことと環境を癒やすことは切り離すことができない。

フィジー社会福祉協議会(FCOSS)は「Vakabula Vanua」プロジェクトを通じて、ナイタシリ州セレアのワイカロウの住民と協力し、その土地にとどまりながら気候変動に適応する幅広い取り組みの一環として、「Tolo(トロ)」と呼ばれる心の癒やしと浄化の祖先伝来の慣行を復活させてきた。

プロジェクト開始当初、住民たちは、浸食が進む川岸のパンノキが実をつけなくなり、地域の食料安全保障が脅かされていると語っていた。

これを受け、地域住民はiTaukeiの関係性を重んじる思想に基づき、親族の絆を強めるためにToloを実践した。

プロジェクトが終わりを迎える現在、住民たちはパンノキが再び実をつけるようになったと語っている。そして、親族関係の修復は人間同士にとどまらず、土地との関係にも及び、それが豊かさをもたらし、食料安全保障を強化することにつながると捉えている。

同様の考え方は、タイレブ州のコマ島(Qoma Island)でもみられる。気候リスクが高まっているにもかかわらず、住民たちは移転せず、祖先から受け継いだ土地にとどまることを選択している。

住民たちは、その土地にとどまることで、qoliqoli(伝統的な漁場)との関係を維持し、再生することができると語っている。

ある長老はこう説明している。

「すべては、私たちが陸でどのように暮らすかにかかっています。すべてを尊重し、しきたりに従っていれば、海に出たときにそれを感じることができます。私たちの漁場は豊かになるのです。」

ここでは、Vanuaを構成するさまざまな関係性を癒やすことが、相互につながった陸と海の世界において気候安全保障を築くうえで不可欠な一部となっている。

こうした経験は、気候安全保障政策が、癒やしと和解という文化的プロセスに重点を置く可能性を示している。そうしたプロセスは、相互につながった社会、環境、精神世界の関係性を強化し、関係性の調和だけでなく、食料安全保障や社会的結束を育む可能性を持っている。

伝統的な統治の役割が気候安全保障を支える

伝統的な統治構造は、数百年、さらには数千年にわたり島嶼社会を導いてきたが、国家中心の政策では、しばしば周縁に追いやられている。

これは、気候ガバナンスに今なお残る植民地主義的な構造に起因する不公正であるだけでなく、重要な機会を逸することでもある。

FCOSSは「Vakabula Vanua」プロジェクトを通じて、地域住民と協力し、伝統的な役割と責任を気候レジリエンスに再び結びつける取り組みを進めた。

それぞれの伝統的な役割には、気候レジリエンスに関わる固有の責任がある。gonedau(漁民)は海洋生態系を守り、bati(戦士)は土地を守る。sauturaga(王を選定する者)は紛争を解決し、大工は災害後や移転時の住宅再建に必要な技術を提供する。Turaga(首長)は地域社会の意思決定を導き、bete(食を司る祭司)は食料安全保障を担う。

こうした役割を改めて確認することで、人々の自己認識が強まり、地域社会が自ら組織し、気候変動がもたらす課題に主体的に対応することが可能になった。

コマ島の住民もまた、自分たちのレジリエンスは、Tui Nabulebulewaの指導のもとで維持されてきた社会構造に根差していると語っている。

例えば、外部からの支援を待つのではなく、地域社会はsolesolevaki(共同作業)という強固な伝統を生かして、その土地にとどまりながら適応策を実践している。また、soli ni vanua(地域社会による資金調達)を活用して、サイクロンに耐えられる村の集会所を建設した。現在の土地にとどまることを選択した地域社会に対する公的な資金支援がないなか、こうした伝統的な仕組みが重要な役割を果たしている。

これは、太平洋地域の研究者、活動家、指導者たちが長年訴えてきたことを改めて裏付けている。すなわち、解決策や戦略はすでに地域社会のなかに存在し、長年受け継がれてきた統治システムに組み込まれているということである。

気候安全保障政策は、地域社会の伝統的な役割や責任、そしてそれらに結びついた知識を土台とすることができる。それによって、文化的アイデンティティを強化するとともに、先住民の知を担う人々の権威をより確かなものにすることもできる。

親族関係と物語の継承が食料安全保障、土地へのアクセス、気候移動を支える

フィジーでは伝統的に、土地へのアクセスは、世代を超えて受け継がれてきた口承の歴史によって維持される親族制度を通じて管理されてきた。

コマ島の住民は移転するのではなく、別の土地へ定期的に出向いて作物を育てることで、気候変動の影響に対応している。

そうした土地を利用できるのは、祖先が築いた取り決めがあり、それが物語として語り継がれることによって、現在も生きたものとして受け継がれているからである。

海では、gonedau(漁民)としての役割によって、「Kana Veicurumaki(ビュッフェ・テーブル)」と呼ばれる地域の統治制度を通じて広大な漁場を利用することができる。この仕組みは、漁場の劣化が進むなか、海洋資源の共有を促している。

こうして、移転するのではなく、文化に根差した形で土地やサンゴ礁の間を移動することによって、住民たちはレジリエンスを高め、親族関係を強化しながら、現在の土地にとどまり続けることができる。

もう一つの例として、「Vakabula Vanua」プロジェクトでは、FCOSSがセレアのワイカロウ住民と協力し、将来の気候変動の影響に備えるため、将来的な移転に利用できるmataqali(氏族)の土地を持たない人々について、土地へのアクセスを可能にする慣習的な経路を確認する取り組みを進めてきた。

具体的には、地域社会は「Cara sala」というiTaukeiの慣行を活用している。これは、地域社会間の親族関係をたどることによって、利用可能な土地を特定するプロセスである。

住民たちは現在の土地にとどまることを選択しているものの、このプロセスを通じて土地を特定しておくことは、将来起こり得る事態に備え、万一移転が必要になった場合に代替地を確保するための、文化に根差した計画手法となっている。

気候変動に伴う移動の枠組みを外部から押し付けるのではなく、こうした親族間の取り決めとそれに基づく移動のあり方は、気候安全保障の重要な要素である気候移動政策を、先住民社会で古くから確立されてきた、移動をめぐる固有の知識と実践を土台として構築できる可能性を示している。

「文化的安全保障」は「気候安全保障」の土台である

太平洋地域がCOP31、そしてその先を見据え、気候安全保障をめぐる世界的な議論の形成に取り組もうとしている今、私たちはフィジーの二つの地域社会の経験を通じて、文化がいかに気候安全保障を支えているのかについて、具体的な示唆を提示してきた。

コマ島とセレアのワイカロウの経験が示しているのは、文化的安全保障とは、単に「守られるべきもの」ではないということである。

伝統的な癒やしと精神性、伝統的な統治構造、親族関係、そして物語を語り継ぐ慣行――これらは、先行きの見通せない未来に向き合うなかで、地域社会が自らの安全を築いていくことを可能にする文化的慣行やシステムのほんの一例にすぎない。

このことは、気候安全保障の枠組みに新たな可能性を示している。すなわち、気候変動による影響がますます深刻になるなか、それに直面する地域社会の社会的・文化的構造を支え、強化し、持続させることに重点を置き、文化的安全保障を気候安全保障の中心に位置づけるという可能性である。

*「Vakabula Vanua」プロジェクトは、Bread for the Worldおよびドイツ連邦経済協力開発省(BMZ)の資金提供を受けて実施された。

Original URL:https://toda.org/global-outlooks/staying-in-place-building-cultural-security-in-a-changing-climate/

クラウディア・フライ(Claudia Fry):エクセター大学博士課程研究者。フィジーのスバを拠点に、公正な適応および気候変動に伴う移動・非移動のガバナンスを研究している。戸田記念国際平和研究所(Toda Peace Institute)の研究者としても、気候変動による移住・避難における文化に根差した平和構築アプローチを研究している。市民社会組織との協働や太平洋地域の政策フォーラムへの参加を通じて、研究成果を政策と実践につなげる活動に取り組んでいる。文化、人権、伝統的知識に根差した気候行動を重視し、沿岸地域のコミュニティーと協力しながら、Vanuaに根差した研究手法を用いて、先住民の統治システムと、それが気候安全保障、移動、損失と損害、適応に果たす役割を明らかにしている。
セライ・マラマニソソ(Selai Maramanisoso):フィジー北部ブア州ワイヌヌのコゲア村で現在進められている、地域社会主導型移転事業のプロジェクト担当者。フィジーで生まれ育ち、フィジーの文化と伝統に対する深い理解を生かし、移転や気候レジリエンスのあらゆる局面に先住民の知識と文化的価値を取り入れることを提唱している。現在、フィジー社会福祉協議会(FCOSS)に勤務し、移転プロセス全体を通じて地域社会と関係者との連携を担っている。地域住民の声が計画と意思決定の中心に据えられるよう重要な役割を果たしている。現在は、フィジーにおける気候変動に伴う移転への備えについて、先住民および地域社会主導のアプローチを推進する「Vakabula Vanua」プロジェクトに携わり、影響を受ける地域社会のアイデンティティ、土地、文化的遺産を尊重した、文化に根差す持続可能な解決策を推進している。

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