【ワシントンIPS=コーディ・アハビ】
ジョン・J・ミアシャイマーとステファン・M・ウォルトが、問題の論文「イスラエル・ロビー」をロンドン・レビュー・オブ・ブックス2006年3月号に発表した際には、殆どの学者が夢にしか想像できないような大反響を得た。
しかし、ネオコン、ユダヤ教徒、反対派学者、評論家、そしてアメリカ・イスラエル共同問題委員会(AIPAC)を始めとするワシントンのロビー団体からなる大規模な連合が、米国の中東政策を形作り、ワシントンにおける自由な討議を妨げているとの主張により、反対派の厳しい批判/攻撃を受けた。
自らも同問題に関与しているコラムニストのクリストファー・ヒチェンズは、同論文を「僅かではあるが、見逃せない怪しさがある」と批評。名誉棄損防止同盟(Anti-Defamation League)は、ユダヤの力/支配という作り話を想起させる古典的反ユダヤ分析と批判。ハーバード大学法学部のアラン・ダーショウィッツ教授は、論文には歪曲があると述べ、当時ハーバード大学行政大学院の学部長を務めていたウォルトとシカゴ大学教授のミアシャイマーが、学術的貢献が少なく誤使用を受けやすい論文を敢えて執筆した動機について疑問を呈した。
著者の学術的権威が低ければ、これ程の反応は起こらなかっただろう。一夜にして、学会の2権威は、長きに亘りタブーとされてきた問題に扉を開いたことで、悪名をはせてしまったのである。
そして、イスラエル支持政策を積極的に推進している活動家、所謂“ロビー”は、論文とその著者の信用を貶めるため攻撃的キャンペーンを開始した。しかし、1年後の今も彼らの地位は揺らいでおらず、マイケル・マッシングは、彼らの主張が引き起こした大きな関心は、(ロビーの)努力が完全には成功していないことの証拠と語っている。
ミアシャイマー/ウォルト両氏は最近、同論文を基に「イスラエルのロビー活動と米外交政策」と題された355ページの本をファラー・ストラウス・ギロウ社から出版した。論調は殆ど同じであるが、両氏は同本の中で、米国の外交的、軍事的、そしてあからさまなイスラエル支援には戦略/モラル的理由は存在せず、米国はイスラエルを他の同盟国と同様に扱い、米国の国益に利する外交戦略を行うべきと主張している。
両氏はまた、イスラエル・ロビー団体の強い影響力により、米国の政策議論は、自国の長期的安全保障を損なわせる方向に向かっていると批判。更に、「キューバ系、アイルランド系、アルメニア系、インド系の米市民を代表する民族的ロビー団体などの利益団体も米国の外交政策を彼らの望む方向へ傾けようとしているが、これらの団体は、米国の国益からかけ離れた政策は提案していない」と述べている。
イスラエル政府のエージェントであるロビー団体は、イスラエルの国益に関する市民ネットワークあるいは“政治同盟”の考えからいかにかけ離れているか。ミアシャイマーとウォルトは、「ロビーを動かしているのは特別な政治課題であって、宗教的あるいは民族的アイデンティティーではない」としている。
両氏は、ロビー団体は独自に行動しており、その行動は、時にイスラエル政府の政策/利益に反していると主張。それは、ロビーの組織リーダーが、イスラエルの右派リクード党に近い個人、組織で構成されていることによるかも知れない。
この点に関しては、ミアシャイマー/ウォルトの“イスラエル・ロビー”という広い呼称は、自らも認めるように、イスラエル支持の政治コミュニティー内の考え方の多様性を表していないため、誤解を生じやすい。より正確には“リクード党支持ロビー”と呼ぶべきである。それにも拘わらず、著者2人は、Americans for Peace Now(即時平和を求める米国人)やイスラエル政策フォーラムといった中道のイスラエル支援グループを、“イスラエル・ロビー”という一般的カテゴリーに含め、更に曖昧にしている。
実際、著者が定義しているロビーの境界線は曖昧だが、ミアシャイマーとウォルトは、核を構成していると考えられる学者、シンクタンク、政治活動委員会、ネオコン、ユダヤキリスト教団体などのグループを特定し、同グループは、「我々の共通項は、イデオロギー的連帯である」との議論を盛り上げる傾向があるとしている。
これらには、AIPAC,ジョン・ハギーのイスラエルのためのキリスト教徒連合(Christians United for Israel)、米国主要ユダヤ組織会長会議、全米ユダヤ協会、ユダヤ国家安全問題研究所(Jewish Institute for National Security Affairs)、バーナード・ルイス、チャールス・クラウサマー、ダニエル・パイプス、中東フォーラム、イスラエル・プロジェクト、エリオット・エイブラムス、I.ルイス “スクーター”リビー、安全保障政策センター、ウィリアム・クリストル、ワシントン近東(Near East)政策研究所、エリオット・エンゲル議員(ニューヨーク州選出)などが含まれる。(順不同)
ミアシャイマーとウォルトは、ロビー団体とその支援者が、イスラエル批判を抑えるためにマイケル・マッシング言うところの「いじめ戦略」をどの程度行っているかについても詳説している。ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスの中で論文に関する最も本質的な批判を書いたマッシングは、「多くの欠陥にも拘わらず、ウォルト/ミアシャイマー論文は、長い間タブーとされてきた問題をこじ開ける非常に有意義な働きをした」と書いている。
論文発表後、2人の著者は、本の中で長々と反証することになる反ユダヤという汚名を着せられた。そして彼らは、ジミー・カーター元大統領の著作「パレスチナ:アパルトヘイトではなく平和を」に対する反応を同現象の一例として上げている。
彼らは、「カーターは、公に反ユダヤ、ユダヤ嫌いとして糾弾されただけでなく、ナチ親派の罪をきせられた」と書いている。ユダヤ・ロビーの戦略およびモラル議論は脆弱であることから、現在の関係を維持するためには、真剣な討議を妨害あるいは軽視するよう仕向ける以外にない。
このマッカーシー型の脅しの最も極端な例の一つが、2001年9月11月事件の余波の中で、パイプが全国の大学生に対し、反イスラエル/反米の教授のコメント/行動を自身のウェブサイト「キャンパス・ウォッチ」に掲載するよう呼び掛けたことである。
ミアシャイマーとウォルトは、ロビーの集合的影響が如何に米国の政策に害を及ぼしているかにすべての関心を払う一方で、ロビーがその望むところを米政策にいかに反映させているかの具体的方法については十分な説明を行っていない。これがあれば、彼らの主張は更に強固となっただろう。ロビーに関係する個人から特定の候補者への献金のリストもなく、直接の調査や主要人物へのインタビューも含まれていない。同本の資料は十分であるが、情報の多くは新聞または公式声明といった間接情報であるため、借り物との印象を否めない。
本の最後そして最も面白いのは、イスラエル・ロビーが如何にしてイラク、シリア、イランそして昨年夏のイスラエル対ヒズボラ戦争に関する市民および議会の論調を形作っていったかの説明である。ロビーが米国主導のイラク侵攻をどこまで積極的に後押ししたかは疑問だが、ミアシャイマーとウォルトは、ロビーが如何にして議会に大きな影響を与え、シリアおよびイランに対する経済制裁を進言、支持したかを上手に説明している。
ミアシャイマーとウォルトが呼ぶところのイスラエル・ロビーと右派政治連合は、人形遣いが人形を操るように、ワシントンの政治家を操っている訳ではない。ロビーは得体のしれない陰謀により作り出された完全な一枚岩ではなく、また同本の著者は言うまでもなく反ユダヤ主義者ではない。彼らは国際関係の専門家で、政策決定にあたり国益と国家安全保障を重視する“現実学派”に属する。
「イスラエルのロビー活動と米外交政策」は、既に出来上がっている議論にある肉づけを行ったものである。最初に著者の見解に同意しなかった読者は、同本を読んでもそう考えが変わることはあるまい。しかし、ミアシャイマーとウォルトの主張が、長く放置されてきた議論に扉を開けたことは間違いない。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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