【国連IDN=タリフ・ディーン】
政治的にも軍事的にも緊張が高まった2022年が残念な終わりを迎える中、昨年は核による恫喝が淡々と新聞の一面に登場した一年であった。
緊張の高まりは、主にロシアからの恫喝、北朝鮮からの継続的な軍事的レトリック、核オプションを放棄しようとしないイラン、そして世界の主要な核保有国であるロシアと中国との間の関係緊密化によって引き起こされた。
米国のジョー・バイデン大統領は、おそらく無意識のうちにイランの核合意は「死んだ」と漏らし、さらなる恐怖を呼び起こした。しかし、より重要な問題は、それは死んだのか、あるいは死なされたのか、ということだろう。
さらに、政治的な問題が山積している。2023年は核の恫喝のない年になるのだろうか。それとも、核抑止力に希望が持てないまま、新年も緊張が高まるのだろうか。
しかし、昨年の核軍縮の状況は進歩よりも後退であり、そのほとんどがマイナス要素であった。
ブリティッシュコロンビア大学(バンクーバー)公共政策グローバル問題大学校軍縮・グローバル・人間の安全保障研究部門の責任者であるM.V.ラマナ教授は、「2022年の核軍縮に関しては良い面を挙げるのが難しい。例外は核兵器禁止条約第1回締約国会合ぐらいです。同時に、世界各地で核の脅威が続いていることは、核兵器使用の危険性が依然として高いことを、世界中の人々が思い知らされる効果がありました。」と語った。
「このようなリマインダーを必要としない人々もいるが、大多数の人々は、メディアが核兵器についてほとんど報じないので、このリマインダーを必要とするかもしれません。」
「核軍縮に関心を持つ人々にとっての課題は、核兵器に関して高まった意識をいかに核兵器への懸念へと変えていくか、そしてその懸念をいかにして具体的な行動へと変えていけるか、というところにあります。」とラマナ教授は指摘した。
オランダのNGO「PAX」と核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が12月15日に発表した報告書は、昨年、核兵器産業における長期的投資は減少した、としている。
名指しされた24の核兵器製造企業への投資総額はその前年より増加したが、これは防衛分野の激動の1年を通じた株価の変動に起因するものであった。
しかし、この報告書『核兵器に投資するな』のデータを見ると、融資や証券の引受・売出しなどの長期投資は2022年に459億ドル減少した。
核兵器生産を持続的な成長市場だと見なくなった長期投資家の数が増えているということであり、そこに関わる企業をリスクとして避けるべきと考えている人が増えてきたということでもある。
報告書は、中国・フランス・インド・ロシア連邦・英国・米国の核兵器製造に深く関わる24企業への投資について概観したものである。
報告書は、全体として、306の金融機関が、融資、証券の引受・売出し、株式の購入、債券の購入などで核兵器製造企業に7460億ドルを資金提供したとしている。米国の「バンガード」が最大の投資企業であり、681億8000万ドルを投資した。
PAX「核はいらないプロジェクト」のアレハンドラ・ミュノス氏は、「核兵器製造企業に投資を続ける銀行や年金基金などの金融機関によって、この大量破壊兵器の開発・製造が可能となっています。金融部門は、社会における核兵器の役割を低減するための取り組みで役割を果たすことができるし、そうすべきです。」と語った。
ICANのベアトリス・フィン事務局長は、「2021年に発効した核兵器禁止条約によって、これらの大量破壊兵器が国際法上違法化された」点を指摘したうえで、「長期的な傾向を見ると、核兵器に押された『悪の烙印』効果が発揮されつつある。」と語った。
「核兵器製造への関与は企業にとって望ましいものではなく、こうした企業の活動が人権や環境に与える長期的影響の観点から、対核兵器投資はリスクの高いものになりつつあります。」とフィン事務局長は指摘した。
ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の検証・保安政策局長だったタリク・ラウフ氏はIDNに対し、「2022年は核兵器使用の危機があり、原子力発電所が実際の戦闘行為のなかで砲撃され、核軍備の制限とリスク低減に関する冷静な議論が見られないなど、核の危険が高まった運命の年だった。」と語った。
昨年末の段階で、ロシアと米国の間で唯一効力を持っている新戦略兵器削減条約(新START)は2026年2月4日に失効する予定で、それまで約1100日しかない。
2011年2月5日に発効した新STARTの下では、米ロ双方が核弾頭を1550に、配備済みの大陸間弾道ミサイル、海上発射弾道ミサイル、長距離爆撃機の合計を700に制限することを約束している。
「現地査察はコロナ禍によって止まってしまったが、幸いなことに米ロ両国はデータの交換は続けています。」とラウフ氏は指摘した。
最新のデータによると、米国は659の運搬手段に1420の核弾頭を搭載しており、ロシアは540の長距離ミサイル及び爆撃機に1549の核弾頭を載せている。
「2021年7月、バイデン、プーチン両大統領によるジュネーブ米ロ首脳会談を受けて戦略的安定対話(SSD)が開始されたが、3回終了したところでロシアによる昨年2月のウクライナ侵攻が始まり、協議がストップしています。」とラウフ氏は指摘した。
やや遅れてはいるが、米国は新START二国間協議委員会の会合実施をロシアに提案すると同時に、後継条約と現地査察についての協議再開を呼びかけている。他方で、ロシア側は、時期が適切でないとしてこうした呼びかけを批判している。
核政策法律家委員会(LCNP)が12月21日に新たに刊行した「気候保護と核廃絶」は、気候変動と核兵器による脅威がますます大きくなっていると警告している。
「核兵器保有国は核戦力を近代化し、ある場合には数も増やしている。米ロ間の核軍備協議は停滞し、多国間核軍縮協議は存在しない。」
「ロシアによるウクライナ侵攻とそれに対する国際的な強い反発によって、平和と軍縮に関連する主要国間の継続的な協力にすでに障害が現れている。」と報告書は指摘している。
「そして、気候変動も無視することができない存在になってきた。最近のIPCC報告書は、地球の気温が不可避的に上昇し、火災や大型ハリケーン、洪水など、私たちが既に目にしている異常気象を世界的に引き起こしている。」
ラウフ氏は、「ウクライナにおける代理戦争が継続していたとしても、米ロ両国は次の分野での対話再開を図らねばなりません。」と、IDNの取材に対して語った。
- 核兵器の削減をさらに進めて、新STARTが2026年2月に失効したのちも米上院とロシア議会の承認なしで実行できる行政協定を締結すること。
- 戦略的安定性の強化。
- 核ドクトリンや核兵器配備に関する情報交換を通じて核戦争のリスク低減を図ること。
- 核不拡散条約(NPT)、核兵器禁止条約(TPNW)、包括的核実験禁止条約(CTBT)の支持。
- イラン核協定(JCPOA)の復活。
「また、最大2トンまでの兵器級高濃縮ウランをIAEA/NPTの保証措置の対象から外すオーストラリアへの原子力潜水艦提供計画(AUKUS計画)を原因とする脅威も存在します。」と、ラウフは指摘した。
もしこの計画が実行されるようなことがあると、IAEAの保証措置体制は決定的に弱体化することになるだろう。
ラウフ氏は、2022年、世界を核の危険から救う上で次の3人の人物が大きな役割を果たしたと指摘した(アルファベット順)。
- IAEAのラファエル・グロッシ事務局長:ウクライナの原発施設に対するリスクを低減するために大胆かつ弛みない努力を続けた。
- オーストリアのアレクサンダー・クメント大使:6月に「核兵器の非人道性に関する国際会議」とTPNW締約国会議を成功裏に開催した。
- アルゼンチンのグスタボ・ズラウビネン大使:8月にNPT再検討会議の議長として議論を牽引した。彼の努力にも関わらず、NPTの中核的な任務よりもウクライナ戦争の問題を優先した一部の国々の行動のために、最終合意に達することができなかった。
他方で、核不拡散軍縮議員連盟(PNND)によれば、この10カ月は、ロシア・ウクライナ戦争や北朝鮮による核ミサイル実験、中国と台湾・米国間の緊張、インド・パキスタン間の継続中の紛争があって、それらから生じる核使用の脅威が現実に存在した。
「したがって、核保有6カ国(中国・フランス・インド・ロシア・英国・米国)を含むG20の首脳が、「核兵器の使用及び使用の威嚇は容認できない」とする宣言を確認したことは
心強いことだった。」
11月16日に発表された宣言は、核リスク低減や核軍縮の突破口を示し、核兵器使用禁止の一般慣行を強化し、これを核兵器国が少なくとも文書の上では認めている規範へと昇華させたものであった。
ワシントンに本部を置く軍備管理協会(ACA)は先月、年末の声明で、米国とロシアの指導者は50年間にわたり、検証可能な核兵器削減が自国の安全保障と国際社会の利益につながることを理解してきたと述べた。
「しかし、2022年が終わりを迎える中、ウラジーミル・プーチンによるウクライナへの違法かつ破壊的な戦争が続き、核軍備管理を巡る協議は停滞している。」
世界の二大核保有国間の現存する最後の核規制条約である新STARTは、あと1140日で失効してしまう。
米ロ両国が新たな核軍備管理の枠組みに向けた協議を真剣に開始しない限り、両国の核戦力を制約するものが1972年以来初めてなくなってしまう。
ロシア(および中国)との全面的な核軍拡競争の危険が高まってしまうとACAは警告している。(原文へ)
※タリフ・ディーンは、コロンビア大学(ニューヨーク州)修士課程でジャーナリズム学を修めたフルブライト奨学生。著書に『核の災害をどう生き延びるか』(1981年)、国連を題材にした『ノーコメント:私の言葉を引用するな』(2021年)等がある。
INPS Japan
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