
【テルアビブ/東京=ロマン・ヤヌシェフスキー】
イスラエルは60年以上にわたり、世界でも独特の核姿勢を維持してきた。多くの専門家や情報機関の分析では、同国が核兵器を保有していると広くみられている。しかしイスラエルは、核兵器の保有を公式に肯定も否定もしていない。
この意図的な沈黙は「核の曖昧性」と呼ばれ、ヘブライ語では「アミムート(amimut)」とされる。これはイスラエルの国家安全保障の中核を成す考え方であり、中東の戦略環境を形づくる重要な要素となっている。|ロシア語版|英語|
「沈黙」こそが戦略
イスラエルが核の曖昧性を保つ理由はいくつかある。第一は、挑発せずに抑止するためだ。潜在的な敵対勢力が「攻撃すれば壊滅的な結果を招きかねない」と認識していれば、イスラエルは公然と脅したり、核能力を誇示したりしなくても、戦争を思いとどまらせることができる。
曖昧性には、核保有を明確に宣言した場合に伴うリスクを避ける効果もある。中東は緊張が高く、軍備管理の仕組みは脆弱で、対立も根深い。核の地位を不明確にしておくことで、イスラエルは核をめぐる瀬戸際外交(チキンゲーム)を避けようとしてきた。加えて、イスラエルが核を持つと断定できない状況であれば、アラブ諸国などが「対抗措置」を迫られる政治的圧力も相対的に弱まる。不確実性そのものが戦略的な道具になるというわけだ。

第二の理由は、法的・外交的な負担を避けるためである。イスラエルは核不拡散条約(NPT)に加盟していない。核保有を公式に認めなければ、査察要求や制裁、法的拘束をめぐる圧力を受けにくい。
核の曖昧性は、ワシントンとの関係管理にも役立ってきた。イスラエルは核実験を公然と行わず、保有宣言もせず、核技術を他国に移転もしない―。そうした姿勢のもとでは、米政権にとっても正面から問題化しにくく、黙認しやすい環境が生まれる。
さらに、イスラエルの安全保障思想には歴史的背景が強く影を落としている。ホロコーストの記憶と、建国後に繰り返された生存をかけた戦争の体験である。そのため、仮に核能力が存在するとしても、イスラエル国内では一般に、日常的な軍事手段ではなく、国家的破局を防ぐための「最後の備え」として理解されている。
イスラエルとイラン―際立つ対比

現在、イスラエルにとって最大の地域的な対立相手は、イラン・イスラム共和国である。イスラエル側は、イランがイスラエルの存立を脅かす言動を繰り返し、国際的な制約がある中でも核関連能力の追求を続けてきたとみている。
こうした構図が、イスラエルが強調する「違い」を際立たせる。イスラエルは、自国の核姿勢(非公表で、防衛目的とされる)を「抑止のための必要悪」と説明する一方、イランの動きは地域を不安定化させるものだとして強く反対している。
イスラエル核開発の起源

イスラエルが核開発に乗り出したのは、1948年の建国後まもなくである。敵対的な周辺環境とホロコーストの記憶の下で、初期の指導者たちは国家の生存には「自前の抑止力」が不可欠だと考えた。とりわけ初代首相デビッド・ベングリオンは、先端的な科学技術と軍事力が、国家存立を脅かす危機を防ぐうえで重要だと信じていた。
1950年代後半、イスラエルはネゲブ砂漠のディモナ近郊で核施設の建設に着手した。フランスの大きな支援を受け、表向きは民生用の研究炉として説明されたが、実際には核兵器に必要なプルトニウムを生産できる能力を備える設計だった。
1960年代初頭までに、西側の情報機関は、この施設が軍事目的の核計画を支え得ると見ていた。もっともイスラエルは、核開発をめぐって米国と正面衝突することは避けた。ワシントンが査察の受け入れと説明を求める一方で、イスラエル側は情報開示を慎重に管理し、限定的な訪問を認めながらも、施設の核心部分については厳格な秘密主義を貫いた。

「核の曖昧性」という選択
イスラエルは、自らを核保有国として公然と宣言する代わりに、意図的な曖昧性という戦略を採った。これを象徴するのが、「イスラエルは中東に核兵器を最初に“持ち込まない”」という、よく知られた表現である。
この文言は意図的に曖昧で、「持ち込む」とは保有なのか、実験なのか、配備なのか、それとも公表なのか―解釈の余地を残している。つまり、抑止のシグナルを発しつつ、公式な認知は避けられる。
この政策は複数の目的を同時に満たす。イスラエルが核能力を持つと想定する相手を抑止しながら、明確な宣言に伴う外交的反発を避けることができる。さらに、NPT加盟などの国際的な法的枠組みへの参加を免れ、査察や制裁、国際的孤立のリスクを抑える効果もある。とりわけ、西側の政治・軍事支援に依存していた時期には、こうした利点は大きかった。
秘密主義と「統制された情報開示」

イスラエルの核計画は長年、世界でも最も厳重に秘匿されてきた。最大の情報流出は1986年、ディモナ施設の元技術者モルデハイ・バヌヌが英紙に対し、核能力の詳細を明かした出来事だった。報道は、イスラエルが相当数の核兵器を生産し、高度な技術力を有している可能性を示唆した。
バヌヌはその後、拉致され、イスラエルで裁かれて投獄された。核の秘密を守る国家の強い意思を示す出来事でもあった。ただし、この暴露後もイスラエルは公式方針を変えなかった。
その後、イスラエルは高度なミサイル戦力を整備し、潜水艦に基づく「第二撃能力(反撃能力)」も確立したと広く見られている。それでも指導者たちは、核兵器について公の場で語ることを避け、曖昧性を一貫した政策として維持してきた。
地域安全保障への影響
イスラエルの核の曖昧性は、中東の安全保障環境に広範な影響を及ぼしてきた。
抑止と安定
核能力の存在が広く信じられていること自体が抑止として働き、1970年代以降、イスラエルに対する大規模な通常戦争を思いとどまらせたとする見方がある。能力や「越えてはならない線(レッドライン)」をあえて明確にしないことで、相手の計算を難しくし、国家存立を脅かす攻撃の代償を引き上げる狙いがある。
不拡散体制への影響
イスラエルが核不拡散条約(NPT)の枠外にあることは、長年にわたり論争の的となってきた。批判側は、核保有を宣言しないまま核を持つことが、不拡散の規範を弱めると主張する。とりわけ、他国が厳しい監視と査察にさらされる地域では、その不均衡が問題視されやすい。一方、擁護側は、イスラエルの特殊な安全保障環境が例外的な措置を正当化し得ると反論する。さらに、長年にわたる抑制的な運用は、他の拡散事例とは異なるという立場である。
地域の軍拡の構図
イスラエルの核姿勢は、周辺国の戦略計算にも影響を与えてきた。過去には、イスラエルの推定核戦力を理由に、自国の核開発を正当化した国もある。多くの計画は頓挫したものの、「戦略バランスが不均衡だ」という認識は、いまなお不信と緊張の火種となっている。
イランをめぐる現在の圧力
近年は、イランの核をめぐる懸念が高まる中で、イスラエルの核の曖昧性は改めて重要性を帯びている。イスラエルは自国の未申告の抑止力を「防衛上の必要」と位置づける一方、イランが核兵器に近づく動きには強く反対する。抑止力が公式の国際枠組みの外にあることで、外交は一層複雑化し、地域の分断も深まりかねない。(原文へ)
This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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