INPS Japan/ IPS UN Bureau Reportイランに対する「自ら選んだ戦争」で利益を得るのは誰か

イランに対する「自ら選んだ戦争」で利益を得るのは誰か

ニュージャージーIPS=A・K・アブドゥル・モメン

当面、政治的に利を得るのは、ドナルド・トランプ米大統領とベンヤミン・ネタニヤフ首相かもしれない。だが、戦争が長期化すれば、両氏にとっての政治的帰結は見通せなくなる。他方で、結果がどうであれ一貫して利益を手にするのは、防衛関連企業や軍需産業、そして軍事ロビイストである。

A. K. Abdul Momen
A. K. Abdul Momen

最大の犠牲を強いられるのは、中東諸国、そしてより広くはイスラム世界である。何よりもまず、イラン、イスラエル、そしてその周辺諸国の人々が、絶え間ない空爆や砲撃、ミサイル攻撃にさらされている。双方の兵士と同様、何百万人もの人々が住まいを追われ、戦争が終わるまで恐怖の中で日々を過ごしている。

この地域は莫大な石油・ガス埋蔵量を抱え、世界経済を支える原動力でもあるにもかかわらず、多くの国々がなお不安定と貧困、治安不安に苦しんでいる。パレスチナからイエメン、イラクからアフガニスタンに至るまで、何百万人もの人々が、食料や安全、経済的機会といった基本的な生活条件すら欠いている。

実際、バーレーン、UAE、カタール、イエメン、サウジアラビア、レバノン、オマーン、エジプト、イラン、イラク、ヨルダン、パキスタン、アフガニスタン、シリア、アルジェリア、チュニジア、ナイジェリア、インドネシア、マレーシア、バングラデシュなど、多くのイスラム諸国で何百万人もの人々が、戦争やテロ、食料不足、そして命と自由が脅かされる状況に苦しんできた。

その結果、こうした国々の富はしばしば国外へ向かい、エリート層も、自国で産業基盤やインフラ、研究体制を築くより、より安定した非イスラム諸国に資金を投じる傾向がある。たとえ自国やイスラム共同体に投資するとしても、その多くはモスクや礼拝所、あるいは貧しい学生のためのイスラム神学校(マドラサ)の建設に向けられている。

一方で、病院や道路、工場、橋、技術学校、研究センターの建設には後ろ向きである。こうした偏りが、長期的な構造的弱体性を招いている。

ここで重大な問いが浮かび上がる。

国家の安全保障を担保するものは何か。

Photo credit: journal-neo.org
Photo credit: journal-neo.org

ますます浮かび上がっているのは、核兵器と長距離ミサイル能力を持つ国家ほど、強い抑止力と安定を手にしているように見えるという見方がある。その逆説を端的に示しているのが北朝鮮である。

北朝鮮は、孤立し敵対勢力に囲まれながらも、核能力を背景に体制を維持している。そこから浮かび上がるのは、不穏な問いである。すなわち、今日の世界で生き残るには核武装が必要なのか、という問いだ。国家の安全と安定を守るために、各国の指導者は核能力を持つべきなのか。(ちなみに筆者の祖国バングラデシュは、自国の核武装と核保有国の国内駐留も拒否する選択をした。)

米国とイスラエルによるイランとの戦争の影響は、戦場の外にも大きく広がるだろう。たとえ戦闘が終わったとしても、この地域は長期にわたる経済的打撃、インフラの損傷、そして政治的信頼の失墜に直面する可能性が高い。

サウジアラビア、カタール、バーレーン、イラク、オマーン、レバノン、イランなどの国々は、深刻な経済混乱と国内の不安定化に見舞われるおそれがある。

さらに、この種の紛争が生み出す戦略的な力関係は、イスラム世界内部の分断を一層深める危険をはらんでいる。特に、域内諸国に置かれた外国軍基地が軍事行動や報復の標的となれば、域内で被害が広がり、もともと脆弱な同盟関係をさらに揺るがすことになりかねない。

ここでも別の問いが浮かぶ

自国領土内に外国軍基地を受け入れることは、本当に国家の安全を保障するのか。

それとも、むしろさらなる不安定と紛争を呼び込むのか。
各国指導部は、自国領内の外国軍基地を拒否すべきなのか。
そして、現実にそれを回避することは可能なのか。

バングラデシュでは、シェイク・ハシナ前首相が、自国領土が外国政府の軍事拠点として使われることを拒んだ結果、政権を追われたとの見方がある。果たして各国は、強大な外国政府の要求を拒むことができるのだろうか。

地政学の観点から見れば、この種の戦争はしばしば、資源支配や影響力の再編と結びついている。とりわけ、エネルギー資源や鉱物資源へのアクセスをめぐる経済的動機は、戦略的意思決定を理解するうえで無視できない。

US bases in the Middle East

そこからさらに深い倫理的な問いが浮かび上がる。

力と勝利は、結局のところ、正義や人権、倫理的指導力といった原則に優先されるのか。

倫理、人権、公平、道徳―これらは、弱者や聖職者が語る理想論にすぎないのか。
マキャヴェリ的な論理、すなわち力こそが生存を決めるという考え方こそが正しいのか。

実際、その論理はしばしば、ニッコロ・マキャヴェリに通じる政治的リアリズムを思わせる。そこでは、成功は倫理的な行為ではなく、生き残りと支配力によって測られる。一般にマキャヴェリズムとは、狡猾さや策謀、操作、欺瞞、二枚舌、非倫理的な手段を用いて目的を達成しようとする傾向を指し、とりわけ政治やビジネスの世界では「成功譚」として語られてきた。

そして歴史は、往々にして勝者だけを記憶する。だが、人間の苦しみや不安定化、道義の荒廃という長期的な代償を見れば、勝利だけで真の指導力を測れるのかという問いはなお残る。(原文へ

A・K・アブドゥル・モメン氏は、バングラデシュ元外相。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

関連記事:

|NPT再検討会議|核兵器は抑止力ではなく、絶対悪である

「グローバル・ヒバクシャ:核実験被害者の声を世界に届ける」(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

核時代80年:ラテンアメリカの軍縮路線が示す「対抗モデル」

核兵器よりも平和を選ぶバングラデシュ

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken