【国連IPS=オリトロ・カリム】
世界で人の移動が過去最高水準に達するなか、移民や難民の健康リスクが一段と深刻化している。世界保健機関(WHO)によれば、現在、世界では約8人に1人に当たる約10億人が移動の途上にある。多くは貧困や不安定な生活、基礎的サービスへのアクセス不足など、厳しい環境に置かれている。国際移民の数が1990年以降で倍増するなか、WHOは、拡大する需要に対応するため保健システムの抜本的強化が必要だと訴えている。

WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、「難民や移民は、支援を受ける対象であるだけでなく、医療従事者であり、ケアの担い手であり、地域社会のリーダーでもある」と指摘した。そのうえで、「保健システムが真に普遍的であると言えるのは、すべての人に行き届くときだけだ。難民や移民もまた、他の誰と同じように、どこにいても、途切れることなく、手頃な費用で、公平に保健医療サービスを受けられなければならない」と強調した。
WHOによると、世界の国際移民は約3億400万人に上り、このうち1億7000万人が移民労働者である。さらに約1億1700万人が強制移動を余儀なくされた人々で、4900万人は子ども、230万人は難民として生まれた人々だという。
こうした国際移民の71%以上は低・中所得国で暮らしている。しかし、これらの国々の多くは、深刻な資源不足と脆弱な保護体制を抱えている。なかでも、周縁化された人々への影響は深刻だ。女性や少女はジェンダーに基づく暴力にさらされやすく、必要な支援にもアクセスしにくい。保護者のいない子どもは搾取や虐待、ネグレクトの危険に直面しやすく、障害のある人々は利用面での障壁や差別にいっそうさらされている。
難民や移民は、移動の制限や医療へのアクセスの阻害、根強い差別、言語・文化の壁などによって、健康リスクにさらされやすいことが明らかになっている。こうした脆弱性は、紛争や気候関連災害によってさらに深刻化し、感染症や慢性疾患、メンタルヘルス上の問題に加え、危険な生活環境や労働環境にさらされる人々を世界各地で増やしている。
WHO緊急事態対応部門のチクウェ・イヘクウェアズ事務局長は、「難民と移民の健康を語るなら、緊急事態にも目を向けなければならない」と述べたうえで、「紛争であれ、気候危機であれ、あるいは人の移動を引き起こす感染症の流行であれ、こうした危機は保健システムの脆弱さを露呈させ、もともと危険にさらされていた人々の脆弱性をさらに拡大させる」と警鐘を鳴らした。
WHOは3月26日、「難民と移民の健康促進に関する世界報告書―WHOグローバル・アクション・プランの進捗モニタリング」を公表した。93を超える加盟国のデータに基づくこの報告書は、包摂的で移民に配慮した保健システムの進展を測る初の世界的な指標であり、各国の対応に前進が見られる一方、公平な医療アクセスを阻む構造的な欠陥が依然として残っている実態を示した。
報告書によると、移民・難民コミュニティ向けに緊急時の備えや災害リスク軽減、対応プログラムを整備している加盟国は42%にとどまった。文化的背景に配慮したケアについて医療従事者への研修を実施している国は40%、移民関連の健康データを収集・監視・分析する仕組みを備えている国は37%にすぎなかった。こうした情報基盤はなお脆弱で、より協調的な国際対応を支えるには不十分だという。
また、難民や移民を多数受け入れている低・中所得国では差別が依然として広がっており、誤情報や偽情報が否定的な認識を助長している。そうした誤解や差別的言説に対抗するための広報キャンペーンを実施している国は、調査対象国の30%にとどまった。
反移民感情もなお根強い。国内避難民や移民労働者、留学生、不法滞在状態にある移民は、保健サービスにアクセスできる可能性が著しく低い。加えて、多くの国では、難民や移民自身が、自らの健康に関わる制度設計や意思決定の過程からほとんど排除されている。
WHOの「保健と移民に関する特別イニシアティブ」責任者で、同報告書の主執筆者でもあるサンティーノ・セヴェローニ氏は、「人の強制移動は残念ながら、制度も経済も脆弱で、国内資源も限られている国々で、より頻繁に起きている」と指摘した。そのうえで、「非正規移民については、緊急対応計画や疾病リスク軽減策のなかでほとんど触れられておらず、制度が実際にどのように機能しているのか、その効率性や有効性を体系的に検証する仕組みも欠けている」と述べ、「緊急事態への対応責任を分かち合うという約束を果たすための行動が求められている」と訴えた。
この1年で、難民の健康支援に対する国際的支援は大きく後退している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2025年の対応計画は、目標額106億ドルのうち23%しか資金を確保できていない。このため、今年だけで1280万人を超える避難民が、命を守る医療支援を受けられなくなるおそれがあるという。
各国の対応は二極化している。たとえばチリでは、移民や難民の地域代表を自治体の保健評議会に参加させるなど、包摂的政策を進めている。一方、米国やカナダでは、非正規滞在移民に対する医療保険の適用が削減され、命に関わる治療であっても自己負担を強いられるケースが増え、保護上のリスクを高めている。
WHOは報告書のなかで、難民や移民の声を意思決定により広く反映させることと、各国政府間の連携強化を求めた。加盟国間でデータ共有が円滑になれば、保健、雇用、住宅、保護などの分野で、より効果的な政策立案と実施が可能になるとしている。

WHOはまた、対応策は移民の多様な立場や実情に応じて具体的に設計されるべきだと強調した。そのうえで、「根拠に基づく行動」によって誤情報と差別に対抗し続ける必要があると訴えている。難民・移民の健康への投資は、社会的・経済的結束を高めるだけでなく、脆弱な保健システムの立て直しや世界全体の安全保障の強化にもつながる。さらに、移民や難民が社会に貢献できる環境を整えることで、長期的なコスト削減にも資するという。
セヴェローニ氏は、「難民と移民の健康は周縁的な問題ではない。現代を象徴する課題である」と述べた。そのうえで、「今こそ行動を起こすことで、各国は難民や移民を取り残すことなく対応でき、保健システムをより強靱で、より公正で、将来に備えたものにすることができる」と呼びかけた。(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
関連記事:
1日で過去最多の1,200人超が英仏海峡を渡る 英国防相「国境管理は崩壊した」
|視点|人道の試練:内向きになる世界で移民の権利はどうなるのか(イネス・M・ポウサデラCIVICUSの上級研究員、「市民社会の現状報告書」の共同執筆者)













