ニュース欧州右派は、トランプに近づきすぎた代償を学び始めている

欧州右派は、トランプに近づきすぎた代償を学び始めている

ニューヨークATN=アハメド・ファティ

長長年にわたり、ドナルド・トランプへの近さは、欧州右派の一部にとって思想的な正統性を示す勲章だった。そこには、既成秩序への反発、文化戦争への傾斜、EUへの反発、そして不満の政治をあけすけな言葉で語る姿勢が込められていた。だが政治の世界では、昨日までの資産が今日の重荷に変わることがある。いま欧州右派の一部で浮かび上がっているのは、トランプ主義との全面的な決別ではない。むしろ、トランプに公然と近いこと自体が、選挙や政治の場で代償を伴い得るという認識が広がりつつあるという、より注目すべき変化である。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

その最も明確な警鐘が鳴ったのが、ハンガリーだった。

ヴィクトル・オルバンは、単なる再選を目指す保守派指導者ではなかった。彼は欧州における非自由主義的右派の象徴であり、トランプ陣営からは、強硬な右派統治が欧州でも通用し、成功し得ることの証しとして長く称賛されてきた存在だった。ハンガリーの選挙戦終盤には、J・D・ヴァンス副大統領がブダペストを訪れ、公然とオルバン支持を表明し、外部からの干渉だとする動きを非難した。トランプ本人も支援に加わり、選挙集会に電話で参加までした。だが、それでもオルバンは敗れ、16年に及ぶ政権に幕を下ろした。この敗北は、欧州右派における最も強固な政治ブランドの一つに深刻な打撃を与えた。ロイターはこの結果を、欧州極右の柱の一つが崩れた出来事と位置づけ、MAGAと結びついた政治に対する大陸全体の見直しを招いたと報じた。

重要なのは、オルバンの敗北が単なるハンガリー国内の出来事ではなかったという点である。それは、長く信じられてきた前提の限界を露わにした。トランプの支持表明は、思想的に近い勢力を鼓舞するというだけで、国外でも政治的価値を持つとみなされてきた。だが実際には、その近さは諸刃の剣である。支持層の一部を勢いづける一方で、指導者を主体性に欠ける存在に見せ、米国発の政治運動の地方支部のような印象を与えかねない。その運動はしばしば劇場型であり、その代償は他者に及ぶ。

ここで焦点に浮かび上がるのが、ジョルジャ・メローニである。

メローニはオルバンではなく、イタリアもまたハンガリーではない。だが彼女はいま、この新たな現実への対応を迫られている欧州右派の主要指導者の一人である。彼女とトランプとの距離が次第に明確になっているのは、単なる個人的な不和でも、一時的な外交上の対立でもない。それは、欧州のナショナリスト指導者が、トランプとの思想的な近さを保ちながらも、彼に従属しているように見られずに済むかどうかの試金石となっている。

最近の報道を見る限り、この亀裂は見かけだけのものではない。ロイターによれば、メローニがイラン危機をめぐるトランプの立場への支持を拒み、イタリアのさらなる軍事的歩調合わせにも慎重姿勢を示し、さらに教皇レオを攻撃するトランプの姿勢から距離を置いた後、トランプは公然と彼女を批判した。重要なのは、単なる意見の相違ではなく、そのタイミングである。オルバンの敗北によって、トランプとの公然たる一体化が、欧州右派がかつて考えていたような政治的追い風ではもはやなくなりつつあることが明らかになった、まさにその時期に、メローニは立ち位置の修正に動き始めた。

その意味で、メローニの姿勢は、裏切りというより自己防衛と読むべきだろう。

彼女は、より持続可能な路線を模索しているように見える。すなわち、ナショナリストとしての立場は保つ。保守政治家としてのアイデンティティも維持する。必要なときにはワシントンとの関係も生かす。だが、その近さが依存や従属に見える前に、はっきりと一線を引くのである。『同盟国であって、属国ではない』という言葉が説得力を持つのは、それが現実の不安に応えているからだ。欧州右派の指導者たちは、トランプの政治を称賛し、その言葉の一部を借り、彼の支持を歓迎することはできる。だが、いまや彼らが避けたいのは、トランプの影響下にあるように見えることである。

教皇の存在は、イタリアの事例をいっそう際立たせている。イランをめぐる対立であれば、戦略上の相違として説明できる。だが、教皇を巻き込む公然たる衝突は、イタリアではまったく別の意味を帯びる。それは、外交上の距離を、文化的にも分かりやすく、国内政治的にも訴求力を持つ問題へと変える。だからこそメローニは、イタリアの有権者に直感的に響く言葉で、トランプとの距離を広げる余地を得た。イランがこの亀裂に戦略的な意味を与えたのだとすれば、教皇はそれを政治的に避けて通れないものにしたのである。

もちろん、これは欧州右派全体が一斉にトランプ主義から離れつつあることを意味するわけではない。そう見るのは単純すぎるし、欧州政治はそれほど整然とは動かない。移民、国民的アイデンティティ、リベラルな制度への反発といった争点では、いまなおトランプの路線に明確な価値を見いだしている政党や指導者もいる。だが、オルバンの敗北とメローニの軌道修正が示しているのは、より微妙で、しかも重要な変化である。すなわち、トランプの『お墨付き』は、もはや無条件の追い風ではなくなりつつあるということだ。ある者にとってはなお支持層を勢いづけるが、別の者にとっては政治的な足かせにもなり得る。

おそらく、いま欧州右派のあいだで進行している本質的な変化はそこにある。もはや課題は、いかにトランプと歩調を合わせるかではない。そうした連携の中で自らが矮小化されるのを、いかに避けるかである。オルバンは全面的な接近路線を選び、そして敗れた。これに対しメローニは、より困難な道を探っているように見える。思想的な近さは保ちながらも、首輪の跡だけは見せないという道である。

今日の欧州において、それが政治的生存を保証するわけではない。だが少なくとも、それはますます賢明な選択に見え始めている。(原文へ

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/europe-s-right-is-learning-the-price-of-getting-too-close-to-trump

関連記事:

国際情勢を見誤らないために―地政学的変化への適応

欧州には戦略的距離が必要だ──米国への盲目的同調ではなく

ホルムズ海峡危機で進む静かな同盟シフト―トランプ政権の論理に近づく日本と欧州

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken