世界各地の宗教指導者が集う会合を翌日に控え、国際記者団がアスタナの宗教施設、古代の文化遺産、近代的な都市景観を巡った。そこには、カザフスタンが進める対話外交の歴史的・文化的背景が浮かび上がっていた。
【アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

「太陽はどこにあるでしょうか。」
アスタナのヌル・スルタン・モスク(旧称:グランドモスク)。その巨大なドームの下で、外国人記者の一行に案内者が問いかけた。|英語版|
答えは頭上にあった。青く彩られた広大な天井を、巨大なシャンデリアが照らしていたのである。
濃い青は宇宙を、淡い青は昼間の空を表しているという。その二つの色が描き出すのは、カザフの伝統的な移動式住居「ユルタ」の屋根の頂部にある円形の枠組み「シャヌラク」を通して見上げる空だ。遊牧民たちは幾世代にもわたり、そこから天を仰いできた。
それは、カザフスタンの宗教文化を知るための、意外で印象的な導入だった。
この国の首都アスタナでは、古くから受け継がれてきた文化、異なる宗教的伝統、そして近代国家としての大きな構想が、都市の建築の中で重なり合っている。
10月6日の訪問は、翌日に開催される第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合に先立ち、国際記者団を対象に企画されたプレスツアーの一環だった。
時間の制約で日程は短縮されたものの、一行は5か所を訪れた。ヌル・スルタン・モスク、ロシア正教会の聖母就寝大聖堂、カトリックの「絶えざる御助けの聖母」大聖堂、国立博物館、そしてバイテレクである。
これらの訪問先は、それぞれ異なる角度からカザフスタンの歴史と文化を映し出していた。そこには、国際会議の宣言文だけでは見えてこない、この国の姿があった。

異なる形で息づく信仰
2022年に開堂し、2026年7月に現在の正式名称が付けられたヌル・スルタン・モスクは、中央アジア有数の壮大なイスラム建築である。
主任イマームの顧問だと自己紹介した案内者のイェルマル氏は、カザフ文化に由来する装飾について繰り返し説明した。
建物の各所には、羊の角をかたどった文様が見られる。中央の巨大なシャンデリアは太陽を象徴する。モスクの意匠には、遊牧生活に由来するさまざまなイメージが取り入れられていた。
イェルマル氏は、クルアーンやイスラムの教え、信仰生活について学ぶ無料講座など、モスクで行われている教育活動についても紹介した。
その説明から伝わってきたのは、この建物が単なる壮大な建築物ではなく、イスラムの信仰とカザフ民族の文化的アイデンティティーが互いに支え合う場だということだった。

次に訪れた聖母就寝大聖堂では、まったく異なる宗教芸術の世界が広がっていた。

2010年1月にモスクワおよび全ルーシ総主教キリルによって成聖されたこのロシア正教会の大聖堂は、高さ68メートルに達する。内部には、異なる宗教的伝統と歴史を伝える聖画やイコンが並んでいた。
案内者は、聖ニコライのイコンと、その生涯の場面を描いた絵を紹介した。また、大聖堂の各祭壇が聖母マリア、大天使ミカエル、聖キリルと聖メトディウスらにささげられていることを説明した。
教会側の記録によると、この大聖堂には、2010年に教皇ベネディクト16世からカザフスタンの正教会共同体に贈られた使徒聖アンデレの聖遺物も安置されている。
それは、歴史的に分かれてきたキリスト教の教派の間にも、宗教的な結びつきが存在することを物語っている。
一行は続いて、アスタナのカトリック共同体の中心である「絶えざる御助けの聖母」大聖堂を訪れた。

イスラム教、ロシア正教会、カトリック教会の施設が同じ首都に存在することは、カザフスタンの宗教的多様性を示している。
しかし、異なる宗教施設が建っているという事実だけで、それぞれの信徒が日常生活の中でどれほど円滑に共存しているかを判断することはできない。
その実態を知るには、建築物の向こう側にも目を向ける必要がある。
「黄金人間」が伝える遊牧文明の記憶
カザフスタン国立博物館では、一行の歴史をたどる旅は一気に2,000年以上さかのぼった。中心的な展示の一つは、古代サカ人の若者が身にまとっていた儀礼用衣装を復元した、通称「黄金人間(Golden Man)」である。

1969年から1970年にかけて、アルマトイ近郊のイシク古墳で発見された遺骨の周囲からは、紀元前5世紀から4世紀ごろのものとされる数千点の金製装飾品が出土した。その数は4,000点を超える。復元された黄金の衣装は、今では独立カザフスタンを象徴する最もよく知られた文化遺産の一つとなっている。
周囲の展示では、古代テュルク語の碑文、埋葬儀礼、装飾された馬、石像、ユーラシアの草原地帯に暮らした人々の卓越した工芸技術などが紹介されていた。
しかし、案内者の説明で特に印象に残ったのは、現代の生活にも受け継がれている伝統についての話だった。
ユルタや衣装、生活用品の展示を前に、案内者は家族で囲む食卓、馬肉料理、結婚式、そして年長者が食事を始めるまで家族が待つ習慣について語った。
食事は、単に料理を分かち合う時間ではないという。親族が集まり、つながりを保ち、互いの近況を伝え合う大切な機会でもある。
案内者にとって、こうした伝統は、すでに消滅した文明の名残ではなかった。
形を変えながらも、現代のカザフ人の暮らしの中に確かに息づいている文化だった。
過去から未来へ向かう都市
最後の訪問先は、近代的な行政地区を見渡す高さ105メートルの記念塔、バイテレクだった。


そのデザインには、古代の「生命の木」の伝説が取り入れられている。
聖なる鳥サムルクが、太陽を象徴する黄金の卵を産む。一方、木の根元に潜む竜がその卵をのみ込もうとする。
光と闇、再生と破壊のせめぎ合いを表す物語である。
展望フロアからは、案内者がアスタナの変貌を説明した。
かつてのソ連時代の都市アクモラから、独立したカザフスタンの首都へ。イシム川を挟んだ対岸には、近代的な行政地区が広がっていた。
この都市構想には、1998年に首都のマスタープランの国際コンペで最優秀案に選ばれた日本人建築家、黒川紀章の思想が大きな影響を与えている。

黒川が提唱した「メタボリズム(新陳代謝)」と「共生」は、歴史と未来を結びつけながら、成長と変化を続ける都市を目指す考え方だった。
案内者は、アスタナの発展を「過去から未来へ」という言葉で表現した。
近代的な都市景観の中には、2003年に始まった国際的な宗教間対話の恒久的な拠点として建設された、ピラミッド形の「平和と和解の宮殿」もあった。
バイテレクにも、世界伝統宗教リーダー会議との歴史的な接点が残されている。
運営団体によると、塔内には「バタ(祝福)」と呼ばれる作品があり、2003年の第1回会議に参加した17の宗教・宗派の代表者の署名が刻まれている。
建築が象徴するもの、その先にある課題
翌10月7日、宗教指導者たちは平和と和解の宮殿に集まり、人工知能、気候変動、治癒困難な病気を抱える子どもの尊厳について議論した。そこには、宗教間の対話を、人類全体に関わる課題についての実践的な協力へと発展させようとする、より大きな構想があった。
カザフスタン憲法は世俗国家と政教分離を定め、宗教を理由とする差別を禁じるとともに、良心の自由を制限できない権利として保障している。
今回のプレスツアーが明らかにしたのは、具体的なことだった。カザフスタンが、自国の歴史的・文化的遺産を、現代の国際社会における自らの役割を形づくる基盤として、どのように位置づけているかということである。
モスクのドームに表現されたシャヌラク、正教会のイコン、古代サカ人の黄金、そして神話の「生命の木」。それぞれ異なる信仰と記憶の世界に属するものが、アスタナでは、対話を国家の重要な目標として掲げる一つの物語の中に組み込まれている。
建築物は、その理想に目に見える形を与えている。しかし、その理想が持つ本当の意味は、そこに託された価値観が、首都の象徴的な空間を離れ、人々の暮らしの中でどのように実践されていくかによって問われることになる。
This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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