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|南アジア|印パ間でバランスとる中国

【ニューデリーIDN=クリーブ・バネルジー】

デビンデル・ムフタさんは、1962年10月に奇しくもキューバ危機と時期を同じくして中印間で戦争(ヒマラヤ地域の国境紛争が発展)が勃発した時、まだ20代であった。当時の多くのインド人がそうであったように、ムフタフさんや家族、友人も、中国軍の侵攻は、両国間の平和的関係構築に向けて努力しているインドに対する裏切りと映った。 

それまでは、インドのジャワハルラール・ネルー首相と中国の周恩来総理が「Hindi-Chini bhai-bhai(インド人と中国人は兄弟)」というスローガンを度々強調していたことから、中印両国は協力しあって、東西いずれの陣営にも属さない非同盟運動を共に推進していけるという期待がインド国内で高まっていた。

 しかしそうした期待は人民解放軍のインド侵攻で脆くも崩れ去った。米ソ率いる対立する2つのイデオロギー陣営が国際関係を規定する冷戦構造がもたらす影響は、当時生活の全てにまで及んでいた。

いまや70代になったムフタさんが目にしているものは、中国の温家宝総理の南アジア歴訪である。温首相は、昨年12月、パキスタンよりも先にインドを3日間にわたって訪問した。インドのアルナチャル・プラデシュ州について、中国政府が「中国の神聖な領土」と主張している現状は、1960年代の状況を想起させるものである。 

ムフタさんは中印国境戦争(インドは当時軍事的に有事に対する準備が整っておらず敗退)が国境地域のアクサイ・チン地区とアルナチャル・プラデシュの帰属をめぐる論争に端を発したものであったことを思い出した。アクサイ・チン地区(現在中国が実効支配)は、インドがカシミール州の一部、中国が新疆の一部とそれぞれ主張しているが、中国領チベットと新疆を結ぶ重要な交通路を擁している。 

両戦線ではいずれも中国軍がインド軍を圧倒し、西部戦線ではチュシュルのラザン・ラが、東部戦線ではタワンが陥落した。この戦争は、中国軍が1962年11月20日に停戦と紛争地域からの撤退を宣言したことで終結した。 

バランスをとろうとする中国 

防衛分析研究所(ニューデリー)のR.N.ダス研究員は、今回の温総理によるインド、パキスタン歴訪は、インド亜大陸の両国に対してバランスある対応をしようとしている外交努力を示すものと捉えている。ダス研究員は、「中国の外交政策は変化してきているが、パキスタンとの友好関係は恒常的なものとなっています。パキスタン以外でこのような安定した友好関係を有しているのは北朝鮮ぐらいです。」と語った。 

「温総理は、インドとパキスタンへの訪問をほぼ同時に発表した。それはパキスタンの抱える微妙な状況を慮ってのものです。しかし、前回(2005年)の南アジア歴訪とは大きな違いがあります。前回、中国政府はインド訪問をあえて後回しにしました。しかし今回はその逆になっています。」 

温総理のパキスタン訪問のハイライトは(歴代中国総理として初めてとなる)国会での演説であった。因みにインドは、昨年11月に来訪したバラク・オバマ大統領に国会演説の栄誉を授けている 

ダス研究員は、「軍部が相当な政治的影響力を振るうパキスタンで、国会演説への招待は、実質的な意味合いを持つというよりもむしろ象徴的なジェスチャーです。」と語った。温総理は、「順境も逆境も共にのりこえて未来を共有する」と題した演説の中で、中国-パキスタンの2国間関係を評して「永遠の兄弟」という表現を使った。 

温総理は、かつての「Hindi-Chini bhai-bhai(インド人と中国人は兄弟)」というスローガンを髣髴とさせる表現を用いて、「中国-パキスタンの友好関係は、活気に富み、しっかりと深く根を張り、青々と葉を茂られた樹木のようである。」と語った。 

温総理の演説では、パキスタンとの戦略的な関係強化の他に、いくつかの重要な発表がなされた。また温総理は、パキスタンが過去において台湾チベット、新疆問題など重要な局面において、一貫して中国を全面的に支持してきたことに言及した。 

インドの重要な役割 

中国評論家のダス研究員は、この点について、中国が国連議席獲得に向けて努力していた頃にインドが果たした役割について言及した。1950年に朝鮮戦争が勃発した際、インドは国連で北朝鮮非難決議に一票を投じた。しかし中国が参戦すると、国連総会が中国を侵略国として非難しようとする動きに抵抗した。 

さらにダス研究員は以下のように記している。「その後インドは中国の意図と要件を国際社会に伝えるチャンネルとしての役割を果たし、一貫して中華人民共和国こそが中国を代表する正当な国として国連に議席を認められるよう働きかけた。」 

「さらにインドは、1951年に日本に対する平和条約としてサンフランシスコ条約が締結された際、中国が参加しなかったのに呼応して、自らも講和条約の当事者とならなかった。中国政府は、インドのこうした努力を忘れるべきではない。」 

温総理の両国訪問の成果を詳しく観察すると、インド訪問が経済的な観点を重視したものであったのに対し、パキスタン訪問はむしろ政治的・戦略的観点を重視したものであったことが分かる。 

「中国の対パキスタン援助は全ての分野を網羅しているが、とりわけ核開発などの軍の近代化に協力し、最近では洪水被災者への空前の規模の支援を強力に行っている。こうした実績は中国がパキスタンを戦略的パートナーとしていかに重視しているかを物語っています。また中国はパキスタンに対して2億5000万ドル規模の援助を申し出ており、その一環として、パキスタン政府による『災害復興を支援する』という名目のもと、昨年11月には専門家チームをPoK地域(パキスタンによるカシミール州占領地域)に派遣しています。」とダス研究員は指摘した。 

中国日報は、今回のパキスタンに対する中国の人道支援は、規模において援助史上のいくつかの記録を塗り替えるものであったと報じた。しかし、ニューヨークタイムズを含む西側主要各紙は、この中国の主張を文字通り受け入れてはいない。 

温総理は声明の中で、中国は向こう3年の間にパキスタンに対して500の政府奨学金を提供し、中国のブリッジサマーキャンプに100名のパキスタン人の高校生を招待すると発表した。 

温総理はまた、パキスタンとの通貨スワップを検討するとも述べた。今回の訪問中、両国政府は新たに35の条約に署名し、今後5年間で中国の対パキスタン投資総額は300億ドルにのぼる見通しである。 

ダス研究員は、中国のパキスタンとの全天候型友好関係の背景にはインドとの敵対関係が重要な要素の一つとして存在していると観ている。中国は今日のような国際的な地域を確立する以前からパキスタンとは極めて密接な関係を構築してきた。 

一方で、中印関係も長年に亘って、より幅広い相互関与に基づく成熟したものへと発展してきた。この点についてダス研究員は、「中国は今、自らを責任あるグローバル大国として、南アジアだけではなく、世界全体を見据えようとしているのです。」と語った。 

「中国にとって、従来のパキスタン支援の動機は明らかであり、新疆ウイグル地域のパキスタン国境付近で分離独立運動を展開しているイスラム教徒を抑え込むにはパキスタンの支援が不可欠です。しかし今日の中国は、情勢の変化に対応して、パキスタンとの距離感についても、インドに不安を生じさせない方法で慎重に測ろうとしています。」とダス研究員は語った。 

またダス研究員は、たしかにインドは中国がカシミールのパキスタン占領地域で進行中のインフラ事業に関与していることと、パキスタンの核兵器開発プログラムを支援していることに懸念を表明しているが、一方で中国-インドの2国間関係も、中国-パキスタン間の全天候型友好関係に干渉されることなく、独自の勢いをもって進展してきていると語った。中国は、一方で自らあらゆる分野で協力関係を深めつつある米国とインドが戦略的な関係を構築していることについて、不安を抱くべきではない。 

「注目すべきポイントは、『カシミール問題に関する中国政府の立場は明らかだ。』と報じられたパキスタン外相発言をよそに、温総理はカシミール問題に関して沈黙を守ったと思われる点です。」とダス研究員は結論付けた。 

この点についてある主要英文日刊紙が論説の中で、「パキスタンのユーセフ・ラザ・ギラニ首相はカシミール問題でインドとの交渉を有利に進めようと中国の役割に期待を寄せた向きがあるが、中国政府がこの問題に関して従来通りの中立な立場を繰り返したのは明らかである。」と報じた。 

翻訳=IPS Japan戸田千鶴 

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