この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
この記事は、「保護する責任に関するグローバルセンター」によって、2021年3月25日に最初に発表され、許可を受けて再発表されたものです。
【Global Outlook=サイモン・アダムス】
2021年3月5日(金)、国連安全保障理事会がニューヨークの厳粛な会議場で会合を開いている間、ミャンマー各地の人々が同国における血塗られた軍政復活に抗議するため、夜を徹して平和的デモを行っていた。厳しい夜間外出禁止令にもかかわらず、ヤンゴンとマンダレーの通りにはデモ参加者たちが集まり、キャンドルの明かりで “We Need R2P”(われわれはR2Pが必要だ) “R2P – Save Myanmar”(R2P―ミャンマーを救え)という文字を浮かび上がらせた。(日・英)
その後数週間にわたり大規模な抗議デモが毎日のように続くなかで、さらに何千人ものデモ参加者が、同様のR2P(“responsibility to protect”、すなわち「保護する責任」)メッセージを書いたプラカードを掲げる姿がカメラに捉えられた。はるか北西部のインド国境に近い町タムーでは、「R2P」と大きくプリントした白いTシャツを着た人々が列をなして行進した。カチン州のファカントでは、人々がバラとR2Pのプラカードを掲げて平和的抗議を行った。コンチャンコンでは、若いデモ参加者がステンシルを使って路上に“We Need R2P, We Want Democracy”(「われわれはR2Pが必要だ。われわれは民主主義を求める」)とスプレーペイントした。水路でさえも即席のデモ会場となった。静かな農村の畑付近の水路に、R2Pを訴えるメッセージが浮かんでいる写真がある。
要するに、ミャンマー中の人々が2月1日のクーデターに抗議するために動員され、国際社会に対し、ミャンマーで起きていることを非難するだけでなく行動するよう求めているのである。彼らのメッセージがR2Pを訴えるもので、ミャンマーの人口の約5%しか話さない言語である英語で書かれているという事実は、彼らが世界の人々に訴えていることを示している。
R2Pの原則は2005年に国連によって採択されたもので、国際社会は人道に対する罪、戦争犯罪、民族浄化、大量虐殺から人々を保護する責任があると定めている。それは、1990年代にルワンダとスレブレニツァで起きた大量虐殺を止められなかったことを受け、その恥辱と不名誉を乗り越えるために追求された概念である。R2Pは、無関心と無為の政治をきっぱりと終わらせようという共同の誓約であった。
R2P概念が生まれてから15年の間に、R2Pは90件を超える国連安全保障理事会決議に盛り込まれ、中央アフリカ共和国や南スーダンなどの場所で市民を保護する平和維持活動をもたらした。また、リビアにおける残虐行為を終わらせるために2011年に行われて物議をかもした軍事介入や、それよりは物議をかもさず、より成功を収めたコートジボワールへの介入にもつながった。ファトゥ・ベンソーダ国際刑事裁判所(ICC)検察官は、ICCを「R2Pの法務部門」とも述べている。過去20年にわたりICCは、残虐行為の悪名高い加害者たちに裁きを受けさせることによって、国際社会の保護する責任を支えるために重要な役割を果たしてきた。
広く行き渡っている誤解とは逆に、R2Pは軍事介入を主体とするものではない。R2Pは、残虐行為の防止または停止を目的とするさまざまな手段に目を向けており、それには合意に基づくものもあれば強制的なものもある。また、他の全ての人権規範と同様、R2Pを意義ある形で実施することは政治的意思に依存する。
クーデター以来、ミャンマーの人々が人道に対する罪の被害を受ける恐れがあり、保護を受けてしかるべきであることは間違いない。治安部隊は非武装のデモ参加者に対して殺傷力のある武力を行使し続けており、320人以上を殺害している。政治犯支援協会(Assistance Association of Political Prisoners)によれば、2,900人以上が逮捕され、少なくとも4人の政治犯が警察による拘留中に死亡しており、その遺体には明らかな拷問の跡があった。
現在のミャンマーの危機は、過去に国際社会が軍部(ミャンマー語で「タトマダウ」)に犯罪行為の責任を取らせなかったことに端を発している。2011年に軍事独裁政権から文民主導の政権への移行が始まったにも関わらず、タトマダウは強大な権力を振るい続けた。彼らはまた、残虐行為も犯し続けた。
この点で最も顕著だったのは、ラカイン州のロヒンギャ住民に対する2017年の虐殺である。2018年、ミャンマーに関する国連事実調査団は、大量虐殺、ならびにラカイン州、カチン州、シャン州における人道に対する罪および戦争犯罪について、軍上層部(2月1日のクーデターを主導したミン・アウン・フライン司令官を含む)を訴追するべきだと結論づけた。
中国は、国連安全保障理事会でミャンマーの司令官らを擁護し、国際行動を承認するいかなる決議にも拒否権を行使すると内密に脅しをかけた。その結果、ロヒンギャ虐殺に対する安全保障理事会の正式な対応は、2017年11月に採択された形式的な議長声明のみとなった。クーデターへの対応としても、理事会は2021年3月10日に再び、「民主的な制度とプロセスを支持し、暴力を控え、人権と基本的自由を完全に尊重する必要性を強調する」議長声明を採択した。しかし、現在の危機を終わらせるには外交的な懸念声明では十分ではない。そのためには断固とした行動が必要である。
すでに一部の国々は、制裁措置を実施している。オーストリア、カナダ、英国、米国はいずれも、ロヒンギャ虐殺に関して軍高官に対象を絞った制裁を課しており、クーデター以来その一部が拡大されている。英国と米国は、武器輸出の新たな制限も設けている。EUは、ミン・アウン・フライン司令官を含む11名の軍高官を対象に制裁を課しており、全ての開発援助を停止している。韓国は防衛交流を停止した。ニュージーランドは全ての政治的および軍事的関係を断ち、ノルウェーは開発援助を中止した。世界銀行も、ミャンマーの新たな軍事政権による全ての資金拠出要請に応じないこととした。
ウッドサイド・エナジー、マースク・シッピング、H&M、ベネトンなど、多くの大手国際企業も、ミャンマーでの事業を停止するか撤退している。ウッドサイドの決定は特に重大なものである。なぜなら、エネルギー産業におけるミャンマーの収入は年間9億米ドルにのぼり、軍部による弾圧の資金源となり得るからである。他の外国企業や政府も米国の後に続き、軍部が支配する巨大コングロマリットであるミャンマー・エコノミック・ホールディングスとミャンマー・エコノミック・コーポレーションとのビジネス上のつながりを完全に断つべきである。弾圧の手段であるだけでなく、タトマダウは巨大な経済事業体でもあり、軍高官に富と腐敗をもたらしている。
クーデター翌日、軍部はニューヨークの銀行口座から10億米ドルを引き出そうとして阻止された。そのような措置はミャンマーにおける危機を終わらせるわけではないが、クーデター主導者たちに「普段通り」はしないという重要なシグナルを送ったのである。軍高官の国内利益と海外資産へのアクセスを奪うことにより、上品な言葉遣いの記者声明よりもはるかに大きなダメージを彼らに与えることができる。
結局のところ、ミャンマーにおける残虐行為を止めるには、地域の大国による行動も必要となる。3月2日、東南アジアの地域組織ASEANは、「全ての加盟国が暴力をやめること」を求めた。これは、ミャンマーの治安部隊が街角で非武装のデモ参加者を撃ち殺している現実とは、ぞっとするほど食い違う声明である。ミン・アウン・フライン司令官は、ASEANの伝統的な「内政不干渉」原則により国交を正常化できると当てにしているが、ASEANは違法な軍事政権との貿易や政権の承認を断固として拒否するべきである。シンガポール、マレーシア、インドネシアのような主要国による外交圧力や対象を絞った制裁は、なおも大きな影響を及ぼすだろう。
また、もう一つの地域大国であり、ミャンマーと国境を接し、現在国連安全保障理事会のメンバーとなっているインドの無関心な態度も注目に値する。隣接するインドのミゾラム州は近頃、ミャンマーの治安部隊からの離反者を温かく迎え入れたが、クーデターに対するインド政府の反応は驚くほど消極的である。
アジアにおける明確なリーダーシップがなければ、国連安全保障理事会が措置を講じるとしても、それがどのようなものになるかは不透明である。ロシアは、クーデターにも弾圧にも知らん顔をすることに満足している。しかし、中国の状況は、見た目以上に深刻である。何にもまして、中国は国境地帯の平和と繁栄を望んでいるが、クーデターはどちらももたらさない。継続するストライキと全国的な抗議運動により、ミャンマーは軍部が統治できない状態になっている。まさに、だからこそ、ミャンマーの近隣国は中国政府に対して、中国の利益を危機にさらす残忍な司令官たちを保護するか、グローバルなパワーブローカーの役割を果たし、ミャンマーにおける軍政統治を終わらせる交渉を支援するかを選ぶよう迫る必要がある。
いずれにせよ、国連安全保障理事会の他のメンバーも、武器禁輸措置を確立し、ミン・アウン・フライン司令官とその追随者たちに制裁を課す決議案をただちに提出するべきである。また、安全保障理事会はミャンマーの状況をICCに付託するべきである。中国がかかる措置への拒否権発動をちらつかせるなら、世界の目の前でそうさせるべきであり、彼ら自身が非難を受けることなく内密にミャンマーの司令官たちを擁護することを許してはならない。
クーデターからほぼ2カ月が経つが、市民的不服従運動の勇敢さと不屈の精神は、R2Pメッセージの広がりとともに、世界に向けて力強いシグナルを送っている。「保護する責任に関するグローバルセンター」のジャクリーン・ストライテンフェルド=ホールはTwitterで、「R2Pはニューヨークの国連本部だけで使われる抽象的な言葉で、それが保護するはずの人々にとって現実的な意味はないと考えたことがある人へ。今月ミャンマーで見られたR2Pを掲げるプラカード、シャツ、その他のものは、逆のことを示している。彼らは、世界の国に責任があることを知っている」と書いた。
今こそ、保護を求めて叫ぶ人々の声に耳を傾け、ついにはミャンマーの軍司令官たちに犯罪の責任を取らせるべき時である。さもなくば、あるミャンマー人の抗議者が近頃私に送ってきたメッセージを引用すると、「みなさんができる限りのことをしてくださっているのは分かっていますが、どうか強く訴え続けてください。伏してお願いします。私たちの命は危機に瀕しています」ということになる。
サイモン・アダムズ博士は、「保護する責任に関するグローバルセンター」所長である。
INPS Japan
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