【カイロINPS=キャム・マグレイス】
昨年6月、エジプトのムハンマド・モルシ大統領(当時)が、エチオピアがナイル川上流で続けているダム建設に対抗して、「交渉のテーブルには全ての選択肢が用意されている」と述べた際、軍事介入まで示唆するのはジェスチャーに過ぎないと見られていた。しかし専門家の間では、エジプトは自国への歴史的な割当水量を巡る権益確保については本気であり、もしエチオピアがアフリカ最大規模になることが確実視されている水力発電ダムの建設を継続するならば、軍事介入のオプションもあながち排除できないだろう、との見方も出てきている。
エジプトとエチオピアの関係は、エチオピアが2011年に42億ドルをかけた水力発電用のグランド・ルネッサンス・ダム(貯水量:740億立方メートル)の建設に着手して以来、急速に悪化してきている。
エジプト政府は、8500万人の国民の水需要の100%をナイル川に依存しているため、上流に位置するエチオピアでこのダムが2017年に稼働し始めると下流への水供給量が減らされるのではないかと危惧している。エジプト水資源・灌漑省の当局者は、このダム建設によってエジプトはナイル川の水資源の2~3割を失うとともに、(自国のナセル湖の貯水量が減少するため)アスワンハイダムによる発電量の3分の1を失うことになると主張している。
一方エチオピア政府は、グランド・ルネッサンス・ダムの建設は、エジプトの割当水量に関してなんら悪影響はないと主張している。エチオピア政府は、このダムの優れた発電能力(概算で6000メガワット)により、ゆくゆくはエネルギーの自給を達成し、電力輸出で経済苦境から脱却することを企図している。
「エジプト政府は、ナイル川からの割当水量は、安全保障にかかわる問題だと見ています。一方でエチオピアにとって、建設中のダムは国家の威信の源(とりわけ1980~90年代に同国を襲った大飢饉からの再生の象徴)であり、これからの経済発展に不可欠なものなのです。」と戦略アナリストのアハメド・アブデル・ハリム氏はIPSの取材に対して語った。
エチオピアは昨年5月に水流の方向事業転換を開始し、エジプトの怒りを掻き立てることになった。エジプト国内では、一部の国会議員から、エチオピアが工事を中止しなければ、軍隊を派遣するかエチオピア現地の反体制勢力を支援するなどの策を取るべきだとの声も出てきている。
これに対してエチオピアは先月、軍関係者がダム建設予定地を訪れ、建設事業を守るために「代償を払う覚悟がある」と国営テレビに対して語るなど、事態はエスカレートの兆しを見せている。
エジプト政府は、大英帝国時代に締結された条約を根拠に、エジプトには少なくともナイル川の流量の3分の2を使用する権利があり、ダムや灌漑用水路の建設といった開発プロジェクトをナイル川上流地域で行うことに関して、拒否権を持っていると主張している。
英国が1929年に作成したエジプトとスーダン間のナイル川の割当水量に関する合意(1959年に改訂)は、ナイル川の上流地域にあたる国々に相談することなく締結された。
1959年の合意では、ナイル川の年間平均水量840億立方メートルのうち、エジプトが555億立方メートル、スーダンが185億立方メートルを利用できると定めている。残りの100億立方メートルは、エジプトが1970年代に建設したアスワンハイダムによってできたナセル湖で蒸発してしまう。他方で、ナイル川に接する他の9か国には何の権利も与えられなかった。
この取り決めは、ナイル川上流の国々に対して不公平な内容に見えるが、ナイル川以外にも水源として降雨を期待できる上流の赤道地帯に位置する山岳国家とは異なり、砂漠気候に位置するエジプトとスーダンは、ほぼすべての水需要をナイル川に依存している。
「ここまで危機感が高まっている理由の一つとして、このダムの建設によってエジプトの取水量が実際どの程度影響を受けるのか誰も知らないという現状があります。エジプトは全くナイル川に依存した国です。ナイル川がなければ、エジプトは存在しないと言っても過言はないのです。」とカイロにあるアメリカン大学(AUC)のリチャード・タットワイラー氏はIPSの取材に対して語った。
エジプトの懸念には正当な根拠がある。同国の「人口一人当たりの最大利用可能水資源量」は僅か660立方メートル(1700立方メートルが最低基準とされ、これを下回る場合は「水ストレス下にある」状態、1000立方メートルを下回る場合は「水不足」の状態、500立方メートルを下回る場合は「絶対的な水不足」の状態を表す:IPSJ)で、既に世界最低レベルにあるが、これから50年の間に人口が倍増しさらなる水不足が予想されている。
一方、ナイル川上流域の国々も人口増加の問題に直面しており、それに伴う農業用水や飲み水の需要をナイル川からの取水で賄おうという考えが魅力的な選択肢として浮上してきている。
2010年、エチオピア、ケニア、ウガンダ、タンザニア、ルワンダのナイル上流域5か国はエンテベ協定を結び、これまでの協定に代わって、他のナイル川流域の国の水の安全保障に「重大な」影響を与えないかぎり、ナイル川に関するあらゆる活動を認めると取り決めた。ブルンジも翌年、この協定に署名した。
エジプトは、この新協定を断固拒否した。しかし、これまで数十年に亘って貧しいナイル川上流域諸国に対する影響力を駆使して水利開発を抑え込んできたエジプト政府も、今やナイル川の水資源に対する支配権が失われていっている現実に直面している。
「エチオピア政府の行動は前代未聞です。かつてナイル川上流域の国が下流域の国の承諾を得ることなく一方的にダム建設に踏み切ったことはありません。もし、他の上流域の国がエチオピアの前例に続いた場合、エジプトは深刻な水不足に陥ることになるでしょう。」とカイロに本拠を置くアフリカ研究所(Institute for Africa Studies)のアイマン・シャバーナ氏は、昨年6月にIPSの取材に対して語っている。
エジプト政府はこの協定を「挑発的だ」として、グランド・ルネッサンス・ダムの建設が下流地域に及ぼす影響が明らかになるまでエチオピアに建設作業を停止させるよう国際機関に提訴した。エジプトの政府関係者は外交的手段による危機回避を切望する旨を表明しているが、治安当局筋によるとエジプト軍当局はナイル川に関する国益を守るためには軍事力を行使する用意ができているという。
ウィキリークスに掲載された軍事情報機関「ストラトフォー」からの漏洩された電子メールによると、2010年、ホスニ・ムバラク大統領(当時)はエチオピアによるダム建設を空爆で阻止する計画を打ち出し、スーダン南東部に出撃拠点となる空港を建設していた。
しかし、ナイルの問題に関してはエジプトの同盟国だったスーダンが2012年にグランド・ルネッサンス・ダムに対する反対を取り下げ逆に支援に回ったことで、エジプトは窮地に追い込まれている。
AUCのタットワイラー氏によると、ダム建設による自国への影響が最小限に止まると判断したスーダン政府は、むしろこの巨大プロジェクトがもたらす恩恵に着目しはじめたのだろうという。グランド・ルネッサンス・ダムが稼働すれば、下流地域の洪水制御や灌漑という点でもメリットが発生するうえに、エチオピアの電力需要を満たしたあとの余剰電力を、国境をまたぐ送電線を通じて電力事情が切迫しているスーダンに引き込めるメリットも期待できる。
また研究の中には、エチオピアにおける水力発電ダムを適切に制御すれば、洪水被害を軽減できるのみならず、エジプトが取得する全体的な取水量を増やすことも可能だとするものも出てきている。砂漠地帯にあるエジプトのアスワンハイダムよりもより涼しい気候のエチオピアのダムで貯水することで、太陽熱に奪われる河川の水量を大幅に抑制できるのである。
しかし、エジプト政府はグランド・ルネッサンス・ダムの貯水にかかる5年とも10年ともいわれる期間に、自国への水量割り当てが少なくなることに深い懸念を示している。この点についてタットワイラー氏は、「エチオピアが必要なのは電力です。水力発電ダムは堰き止めた水を通過させて初めて発電ができるのです。」と述べ、エチオピア政府がその期間に下流への流れを大幅に制限したり停止したりする可能性は低いと指摘している。
翻訳=INPS Japan
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