この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
この記事は、2023年4月24日に「The Conversation」に初出掲載され、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づき許可を得て再掲載したものです。
【Global Outlook=マット・マクドナルド】
それは、この数十年間でオーストラリアの軍備における「最も重要な」シフトとして宣伝された。さらに重大発表の一つとして、気候変動は国家安全保障上の課題 として認められた。
しかし、2023年4月24日に発表されたオーストラリアの防衛戦略見直しは、気候変動に関してそれ以上はあまり踏み込んだ内容ではない。100ページを超える同書のうち、国防のための気候変動対策に充てられているのはわずか1ページに過ぎない。(日・英)
海外のアナリストや軍は気候変動の戦略的影響と防衛上の役割に真剣に取り組んでいるが、オーストラリアの戦略見直しは、気候変動が軍の本業である戦闘の妨げになり得るという面により重点を置いている。自然災害に対応するため軍隊の出動要請が増えていることから、戦闘への準備が以前よりおろそかになっていると同書は報告している。
このような考え方はあまりにも視野が狭い。それはまた、研究が示す結果からも、同盟国の取り組みからもかけ離れている。
気候変動と国家安全保障の間にはどのような関連があるか? 根本的なレベルで言えば、安全保障はそれが生存の条件にまで及ばない限り、それほど大きな意味を持たない。気候非常事態は、人間の安全保障と生態系の安全保障の両方に対する直接的な脅威と評されている。
しかし、気候変動は、攻撃に対する防衛という伝統的な安全保障のアジェンダも脅かしている。世界中の先見性のある軍隊は、これらの影響への備えを始めている。
気候変動は、「脅威の増幅要因」として作用することにより、武力紛争を起こりやすくする恐れがある。
気候変動に起因する干ばつ、砂漠化、降雨パターンの変動、耕作可能地の喪失は、政府の崩壊や人口の流出を招く可能性がある。
潘基文(パン・ギムン)元国連事務総長と数名のアナリストは、気候変動がスーダン・ダルフール地方の武力紛争やシリア内戦に関寄していることを指摘している。
気候変動が抑制されなければ、より高温になった地球で激しさと頻度が増加すると予測される自然災害に対応することが、いっそう軍に要請されると考えられる。
今回の戦略見直しは、このような要請に焦点を当てている。それもそのはず、すでに起こりつつある事態だからである。
陸軍と空軍は、過去3年間の洪水や2019~2020年の夏火災など、オーストラリアで頻発する「未曾有の災害」に対応することがますます求められている。ビクトリア州マラクータの海岸では、不気味な光のもと、海軍の船が何百人もの人々を救出した。
そして、世界も同様である。軍が出動する人道支援の要請は増加している。オーストラリアの近隣諸国は、自然災害の影響を世界で最も受けやすい国々に含まれている。
難民、紛争、自然災害への対応だけでなく、軍隊の装備、訓練、資源をどのように整えるかという問題もある。
気温の上昇、海面の上昇、自然災害の増加は、防衛のインフラと基盤を脅かす恐れがある。オーストラリア国防省は国内最大の土地所有者であるが、その多くが無防備な沿岸地域にある。
オーストラリアの軍隊は、駆逐艦から戦車まで化石燃料を燃やす機械に大きく依存しているため、「カーボン・ブートプリント」が非常に大きい。将来も十分な燃料を確保することは懸念材料となっており、温室効果ガス排出への軍の関与が大きいことにいっそう厳しい目が注がれるようになればなおさらである。
この意味では、軍がクリーンエネルギーへの移行を加速することの重要性を戦略見直しが取り上げたことはなによりだった。しかし、気候危機の緊急性に鑑みれば、軍は今、調達における検討事項や設備管理にも気候変動の要素を取り入れるべきだったといえる。これまでのところ、オーストラリアがそのような配慮をしているという証拠はほとんどない。
他の国ではどうだろうか? 米国、英国、その他多くの主要パートナー国は、オーストラリアよりはるかに進んでいる。筆者の継続的な調査において、他国の気候対応を分析し、政策立案者にインタビューを行っている。その結果から、オーストラリアが大きな後れを取っていることが窺える。
米軍は、すでに1990年代から気候変動が軍にとって何を意味するかを分析し始めた。バイデン政権は国家安全保障会議における気候変動の優先順位を高め、気候変動と安全保障を強く関連付けており、その関係をインタビュー対象者の一人は「ゲームチェンジャー」と呼んだ。
英国は、国防省内に気候変動がもたらす安全保障上の影響を検討する専門機関を設置している。この機関は2021年に戦略文書を作成し、軍の排出量削減目標のほか、その移行を可能にするための投資額を示した。
ニュージーランドは後手に回る対応から踏み出し、国内および地域の自然災害への対応において軍に積極的な役割を持たせている。インタビュー対象者の一人は、これが軍の「ソーシャルライセンス」の中心にあると述べた。
ニュージーランドの立場は、近隣の太平洋諸国の懸念に強く影響されている。ウェリントンの意思決定者らは、防衛分野も政府が義務付けたネットゼロを達成するという目標から除外されるものではないと決定している。
フランスは、海外領土とより広範なフランス語圏における人道支援と災害救援に関して同様の立場を取っている。これらのオペレーションは、妨げではなく核心的任務として提示されている。
スウェーデンとドイツは近年、国連安全保障理事会に時間を費やし、気候変動による国際安全保障上の影響に対処するうえで安保理が果たす役割について決議を行うよう要請している。そして、スウェーデンがNATOに加盟すれば、気候変動への軍の備えをさらに増強すると考えられる。近頃この分野にNATOは力を入れているからである。
オーストラリアが追い付くことは可能か? 可能である。しかし、最初の一歩は、われわれがどこにいるか、そして世界がどこに向かっているかを認識することだ。
オーストラリアの防衛部門は、気候変動が何をもたらすかについて真剣に取り組まなければならない。この地域の著しい脆弱性と近隣の太平洋諸国の実存的懸念を考えると、なおさらである。
残念ながら、今回の戦略見直しは、オーストラリアの国防界がこれらの懸念を完全に共有してはいないことを示唆している。
マット・マクドナルドは、クイーンズランド大学の国際関係学准教授である。オーストラリア研究会議および英国経済社会研究会議より助成を受けている。この記事のもととなった研究は、オーストラリア研究会議の助成(DP190100709)によるものである。
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