【シンガポールIDN=カリンガ・セネビラトネ】
ロシアと米国が、ロシアによるウクライナ侵攻を非難しなかった9月10日のG20ニューデリー首脳宣言を歓迎した。米ロと西側諸国の見解がこのように一致することは珍しいが、これら国々が注目したのは、国際社会が直面している開発の問題であった。
ロシアを代表してG20に参加したセルゲイ・ラブロフ外務大臣は、政治的な声明に終始するよりも、グローバルな開発の果たす中心的な役割についてコンセンサスを導いたインドを称賛した。
昨年、インドネシアのバリで開催されたG20サミットは、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領を招いて演説をさせた欧米諸国にハイジャックされた格好になった。G20バリ首脳宣言は、戦争を開始し世界を経済危機に陥れたロシアを明確に非難していた。しかし、今年はインドがゼレンスキー大統領の招待を拒み、西側諸国がウクライナ問題をサミットの主要議題にしてしまわないように説得した。
30ページ、83条にわたるニューデリー首脳宣言には、ウクライナに関するわずか3つの短い節が含まれているに過ぎない。また、その部分にしても、人間の苦しみを止め、戦争がもたらす負の経済的影響を緩和することの重要性を謳ったものだ。
9月10日にニューデリーで行われた記者会見でラブロフ外相は、西側諸国によるウクライナ問題のゴリ押しを止めるべくインドが「グローバル・サウス(世界の南側に偏っている途上国)」の国々を「覚醒」させたことを称賛した。「インドはG20内のグローバル・サウスの国々の結束を固めることに成功した。」と述べ、開発目標に向けたアジェンダの舵取りにおいて、ブラジル、中国、南アフリカが果たした役割を認めた。
しかし、カナダのジャスティン・トルドー首相は、G20の「コンセンサス」を優先させたとも言われる首脳宣言対する失望を表明した。「今回の首脳宣言は、とりわけウクライナ問題に関してもっと強い言葉を盛り込むことができたはずだと思う。」とニューデリーでの記者会見でトルドー首相は語った。
一方、マクロン大統領はサミット終了後の記者会見で、「G20は国際的な経済問題を解決するために創設されたものであり、ウクライナ戦争に関する外交的進展を期待する場では必ずしもない。」と語った。しかし同時に、ロシアがインドで外交的勝利を収めたことは認めなかった。
インドのナレンドラ・モディ首相は、サミット前に「プレス・トラスト・オブ・インディア」とのインタビューで、「人間中心の開発モデル」に導く決意を語った。モディ首相は、このビジョンをG20が将来のロードマップとして採用する必要があると主張した。
「人間中心のアプローチへの転換は世界的に始まっており、われわれはその触媒の役割を果たしています。」とモディ首相は述べ、特にパンデミック中とポストパンデミック期にインドが達成した開発成果のいくつかを指摘した。
「グローバル・サウス、特にアフリカの世界情勢への参加拡大に向けた取り組みは勢いを増しています。インドのG20議長国就任は、いわゆる 『第三世界』の国々にも自信の種をまきました。これらの国々は、気候変動や世界的な制度改革など多くの問題に関して、今後数年間で世界の方向性を形作る自信を深めています。」
SDGs達成への道は、宣言のB項とC項において13ページにわたって詳述されている。モディ首相は、「SDGsに関する世界的な進展は、まだ目標の12%を達成したに過ぎない。」と述べてまだ道半ばであることを強調し、SDGsに向けた前進を加速するようG20諸国に呼びかけた。
そのための施策として、DX(デジタルトランスフォーメーション)や人工知能(AI)、データの進歩、デジタルデバイドへの対応の必要性を認識することが挙げられる。また、2030SDGsアジェンダの実施に向けたボトルネックに対処する途上国の国内努力を支援するため、あらゆる資金源から、手頃な価格で適切かつ利用しやすい資金を動員することへのコミットメントも呼びかけた。
首脳宣言はまた、持続可能な社会経済開発と経済繁栄の手段としての観光と文化の重要な役割を強調した。また、SDGs刺激策を通じてSDGsの資金ギャップに対処しようとするアントニオ・グテーレス事務総長の努力に留意し、9月末に開催される国連のSDGsサミットを全面的に支援することを約束した。
G20開幕に先立つ9月8日にニューデリーで会見した国連のグテーレス事務総長は、「グローバル社会は機能不全に陥っている。」と述べ、G20を通じて「我々の世界が必死に求めている変革」を加速するようインドに呼びかけた。
グテーレス事務総長は、戦争や紛争が激化し、グローバルな金融システムが時代遅れで不公正であり、「抜本的な構造改革が必要」であるため、無駄にしている時間はないと警告した。貧困、飢餓、不平等が拡大する中、グテーレス事務総長は「このような世界の分断は、最良の時であれば深く憂慮すべきことだが、現在においては破局を意味します。」と述べ、G20の指導者たちに連帯を築くよう訴えた。
ニューデリー首脳宣言は、食料安全保障と飢餓撲滅の分野において、G20持続可能な金融ロードマップに沿って、持続可能な金融の規模を拡大するための行動をとるというG20の公約を再確認する一方で、雑穀や、キヌア、ソルガムのような気候変動に強く栄養価の高い穀物や、米や小麦、トウモロコシのような伝統的な作物に関して研究協力を強化する取り組みを促進することで、世界的な食料安全保障を強化することを約束している。
G20の首脳宣言は初めてグローバル・サウスの懸念を反映したものだったが、サミット後の行動は世界に変化をもたらし、グテーレス事務総長が警告したような惨事を避けることができるだろう。
サミット閉会にあたってモディ首相は、「各国からの提案を検討し、実施に向けてどう加速できるかを検討するのは我々の責任です。」と述べ、11月にG20サミットをオンラインで開催することを各国に提案した。
G20の議長国は、2024年がブラジル、2025年が南アフリカとなる。
インドの外交官を30年以上務めたM・K・バドゥラクマール氏は、「RTチャンネル」のコラムで、G20声明は「ウクライナ問題に焦点を当てることを避けた」欧米諸国の冷静な判断によって可能になったものだとの見解を述べた。
「デリーサミットへの準備中やサミット期間中に、ロシアバッシングや、西側諸国の首脳がその件で感情を爆発させるようなこともなかった。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長も米国政府の態度と足並みをそろえて自制を保った。」とバドゥラクマール氏は指摘した。
「バイデン政権は、グローバル・サウスを動かす望ましい指導者としてのモディ首相の立場を強化する『大きな成功』をこのサミットでもたらしたいと考えていました。米国は、グローバル・サウス、とりわけアフリカに対するアプローチにおいて大胆な軌道修正を図ったのです。というのも、地政学的な空間を独占しようとする中国とロシアからの挑戦が強まっており、そのような地政学的な現実が米政権の念頭にあったからです。」とバドゥラクマール氏は論じた。
サミットが開催された週末の2、3日の間に、(中国の一帯一路構想に似た)鉄道を建設してインド・中東・欧州回廊を造ろうとする構想をバイデン大統領が発表し、ハノイにおける米越首脳会談の翌日に持続可能な開発を目指した米・ベトナム包括的戦略パートナーシップが発表され、アフリカ連合をG20に加入させるモディ首相の試みが支持され、世界銀行による融資構造を強化するG20の新たな構想が発表された。バドゥラクマール氏は、「グローバル・サウスとの関与を強めたい西側の『危機感』がこの背景にあった。」と指摘している。
「これ以上強いメッセージもないだろう。米国はグローバル・サウスとの関与をリードしようと努めている。このパラダイムシフトの中で、バイデン大統領はモディ首相を主要な同盟相手とみなしている。もちろん、グローバルな同盟国としての米国との戦略的パートナーシップを加速し強化する意思を最近インドが明確に示していることが背景にあります。」とバドゥラクマール氏は語った。
シンガポールの元外交官で、「責任ある国家経営のためのクインジー研究所」のオンライン刊行物である『責任ある国家経営』の取材に応じたキショア・ムブバニ氏は、「米国はインドの取り込みに躍起です。逆説的だが、これと最もよく比較できるのは、ソ連に対抗して中国を取り込もうとした米国の1970年代の試みです。今日、中国と対抗するために米国はインドを取り込もうとしている。バイデン大統領がインドのG20に出席し、インドネシアで開催された東アジア首脳会議に欠席したのはそのためです。」と語った。
「インドは、G20議長国としてニューデリー首脳宣言に結実した巧みな外交と戦略によって、新しい世界秩序と意思決定の中心に自らをしっかりと位置づけました。」とNDTVの国際問題コラムニスト、バルティ・ミシュラ・ナス氏は主張した。
「交渉を通じて、インドは分断よりも結束を強調しました。今回のG20議長職就任はインドにとって歴史的な瞬間であり、新たなグローバル秩序におけるインドの存在感を高めるものでした。今日、世界はインドを信頼に足る強固な大国であり、恵まれない国々や疎外された国々の擁護者であると見ています。」(原文へ)
INPS Japan
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