【ニューヨークINPS Japan/The OtherNews=マセラ・カルモ・ドス・サントス】
自分たちが始めたわけではない戦争の代償を、子どもたちが払わされている。
戦争には、それぞれの悲劇を表す数字がある。死者数、避難民の数、被害の規模。しかし、現在進行中のあらゆる紛争に共通しながら、ニュースの見出しになることがほとんどない数字がある。それは、夜、眠りにつくときに、もう布団をかけてくれる親がいない子どもたちの数だ。
スーダン、ガザ、ウクライナ、イランでは、世界がもはや驚きを示さなくなったほどの勢いで、子どもたちが親を失い続けている。
こうした子どもたちを結びつけているのは、地理的条件でもイデオロギーでもない。本来なら親たちの命を救えたかもしれない外交が、機能しなかったという現実である。
スーダンとガザで
子どもたちが被っている犠牲の大きさが、最も鮮明に表れている場所の一つがガザだ。
国連児童基金(ユニセフ)によれば、ガザでは5万8000人の子どもが父親か母親、あるいは両親を失っている。また、戦争の影響で、100万人以上の子どもが保護や心理社会的支援を必要としている。
国際救済委員会(IRC)は別の推計で、1万5000人から1万9000人の子どもが孤児となり、約1万7000人が保護者の付き添いを受けられない状態、あるいは親と離ればなれになっているとしている。
これらは単なる統計ではない。
祖父母、おじやおば、さらには自分自身も子ども時代を終えたばかりの兄や姉たちが、行き場を失った子どもたちを引き取っている。しかし、彼らが暮らすガザでは、住居、食料、医療を支える社会基盤そのものが崩壊の危機に瀕している。
その規模は前例がないほど深刻であり、人道支援関係者がこれを「現代最大規模の孤児危機」と表現するのも、決して誇張ではない。
一方、スーダンでは、3年以上に及ぶ内戦が世界最大の避難民危機を引き起こし、その影響を最も深刻に受けているのが子どもたちである。
2023年4月に戦争が始まって以来、400万人以上の子どもが住み慣れた家を追われ、そのうち約100万人が国境を越えて周辺諸国に避難した。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、スーダン国内と周辺諸国では、保護者の付き添いがない、あるいは家族と離ればなれになった少なくとも4万2000人の子どもが登録されている。
国際社会の関心が薄れる一方で、犠牲者の数は増え続けている。
国連は、戦争開始以来、スーダン全土で子どもに対する5700件以上の重大な権利侵害を確認している。被害に遭った子どもは5100人を超え、そのうち4300人以上が殺害されたか、身体に障害を負うなどの負傷をした。
さらに、2026年に発生した子どもの死傷者の約8割は、ドローン攻撃によるものだとされる。
こうした数字の一つひとつの背後には、自分を守ってくれるはずだった大人を失った子どもがいる。しかし、そのすべてを把握し、家族を捜し出し、適切な保護を提供するための体制は、あまりにも不十分なままだ。
ウクライナとイラン
ロシアによるウクライナ侵攻では、ガザやスーダンのように1日で犠牲者数が急増する事態が常に起きているわけではない。しかし、戦争が5年目に入るなか、子どもたちが受けてきた被害は積み重なり、その生活と将来を徐々にむしばんでいる。
ウクライナでは、子どもの3分の1以上にあたる約260万人が、いまだに避難生活を余儀なくされている。このうち約180万人は国外で難民として暮らしている。
2026年6月には、ロシアによる全面侵攻の開始以来、1カ月間の子どもの死傷者数が最多を記録した。2022年2月以降、死亡または負傷した子どもは3200人を超えている。
さらに、ロシア領内へ強制的に移送された子どもたちもいる。その正確な人数については、ユニセフ自身も完全には確認できないとしている。
こうしてウクライナでは、親を失い、あるいは家族から引き離された子どもたちの数が、全容も明らかにならないまま増え続けている。
2026年の戦争によって孤児となった子どもたちの実態を正面から検証するなら、2月に始まった米国とイスラエルによるイランへの空爆作戦も含めなければならない。
米国とイスラエルは40日間でイラン国内の1万7000カ所以上の標的を攻撃した。その攻撃の激しさは、現代の戦争でも前例がないほどだった。
イラン当局によれば、これらの攻撃で208人の子どもが死亡した。そのうち168人は、ミナブにある女子学校への一度の攻撃で命を落としたという。
犠牲になった子どものうち13人は5歳未満で、生後わずか3日の新生児も含まれていた。
これらの戦争をめぐる米国内の議論では、あまりにも重要な事実が見落とされがちだ。
ワシントンは、他国の紛争について外から意見を述べる単なる傍観者ではない。米国自身がしばしば戦争の当事者となっているのである。
そして、イランの子どもたちは、スーダン、ガザ、ウクライナの子どもたちと同じように、その戦争の代償を払わされてきた。
外交が機能しないとき
これらの戦争はいずれも、避けられないものではなかった。
どの紛争にも、戦争を回避し、あるいは終結に向かわせる道筋が存在していた。今も存在する。しかし、対立する当事者の政治指導者たちは、その選択肢を退けてきた。
スーダンでは、対立する軍指導者たちに対し、何年も前から停戦を実現するよう圧力をかけることができたはずだ。
ガザでの戦争も、以前から提示されていた人質解放と停戦を組み合わせた合意案によって、もっと早く終結させることができたかもしれない。
ウクライナ戦争でも、交渉の機会が幾度となく訪れながら、ひっそりと閉ざされてきた。
イランとの戦争に至っては、どう考えても、回避可能でありながら政治的に選択された戦争だった。
いずれの場合も、今後10年間を里親家庭や親族の家、あるいは児童養護施設で過ごすことになる子どもたちには、こうした決定に意見を反映させる機会など一切なかった。
親が亡くなれば、生き残るために必要な手続きや生活の手配は、残された誰かの肩にのしかかる。おば、兄、夫を失った母親、祖父といった人々だ。
こうした人々の間では、正式な人道支援が十分な速さで届かないため、GoFundMeやChuffedなどのクラウドファンディングを通じて支援を求める例が増えている。
ガザでは、10カ月から8歳までの4人の子どもを抱える母親が、家族の生活を支えようとしていた夫を亡くした後、インターネット上で寄付を募っている。
この女性は、それ以前にも支援を求めた際、支援者を装った人物にだまされ、詐欺の被害に遭っていた。
別のガザでの募金活動は、24人の生活を1人で支えているという男性によるものだ。
男性が面倒を見ているのは、自分の5人の子ども、亡くなった兄弟たちが残した18人の子ども、妻、そして高齢の母親である。戦争によって事業を失い、収入は途絶えてしまった。
こうした募金活動で集まる金額は、それぞれ数千ドルにとどまることが多い。
しかし、これは政策による対応とはいえない。
本来あるべき政策的な支援が届かないとき、人々が自力で生き延びようとする姿にほかならない。
埋まらない支援の格差
膨大な支援需要が生じるなか、国際人道支援団体ヒューマン・アピール(Human Appeal)は、紛争地域で親を失った子どもたちに対する、比較的持続性のある支援体制を築いてきた。
同団体の児童福祉プログラムは現在、14カ国で5万人以上の孤児を支援しており、その中にはガザの数万人の子どもたちも含まれている。
また、毎年開催されるコメディー公演ツアーは11年目を迎え、英国、米国、カナダへと活動を広げている。
一見すると意外な方法だが、このツアーは効果的な資金調達の手段となってきた。
過去には、一度のツアーで同団体の冬季支援活動に向けて175万ポンド以上の寄付が約束されたこともある。現在も、各公演会場には数千人規模の観客が集まっている。
希望は確かに存在する。
しかし、支援の不足もまた厳然たる現実だ。
ヒューマン・アピールによれば、現在、ガザ、スーダン、その他13カ国で、1万人以上の子どもが登録を済ませながら、支援者が現れるのを待っている。
一晩の笑いが生み出す寄付によって、すでに支援プログラムに参加している子どもたちの学費や食料を賄うことはできる。
しかし、それだけでは、停戦が破られるたびに増え続ける支援待機者の数を減らし切ることはできない。
ヒューマン・アピールの活動も、GoFundMeで支援を求める夫を亡くした女性たちも、Chuffedでの募金活動も、そして数え切れないほどの小規模な取り組みも、一つの重要な事実を示している。
それは、制度や公的機関が十分に機能しないときでも、普通の人々は親を失った子どもたちのために立ち上がるということだ。
しかし、こうした市民の善意や支援活動には、どうしても代替できないものがある。
それは、そもそも子どもたちの親が命を落とさずに済むよう、戦争を防ぎ、終わらせるための外交である。
コメディー公演による募金活動は、危機を少しずつ和らげることができるかもしれない。
だが、危機そのものが拡大し続けるのを止められるのは、戦争の終結だけなのだ。
マセラ・カルモ・ドス・サントス(Macela Carmo dos Santos)は、ニューヨークを拠点に活動する多言語対応の人道支援活動家で、患者ケア・コーディネーター。ブラジルで貿易分野の学位を取得したほか、ニューヨーク市立大学クイーンズ・カレッジで心理学の学士号を取得。若者の能力開発を支援する非政府組織IMPACTabilityで、かつて開発担当副代表を務めた。
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