ニューステヘランから東京へ、米国の地政戦略シフトが動き出す

テヘランから東京へ、米国の地政戦略シフトが動き出す

【ワシントンIPS=ジム・ローブ

このところ、中東から東シナ海へと、米オバマ政権の外交政策の重心変化を顕著に示すような出来事が立て続けに起こっている。

11月24日、イランと「P5+1」(米国、英国、フランス、ロシア、中国+ドイツ)が、イランの核開発に関する歴史的な暫定合意を結んだ。多くの専門家は、この暫定合意を契機に、長年対立関係にあった米国とイランの和解が進むのではないかと見ている。

一方、イスラエルをはじめとする米国の中東における友好国の一部や米国内の保守強硬派からは、この合意は、仇敵に対して「懐柔策」で臨んだオバマ大統領の「弱腰」を露呈したこれまでで最も憂慮すべき事例だとの厳しい批判が出ている。

また26日には、東シナ海における防空識別圏の設置(沖縄県尖閣諸島及び中国が韓国と管轄権を争っている離於島の上空を含む)を一方的に発表した中国に対して、米国がB-52戦略爆撃機2機を問題の空域に送り出して、日韓両同盟国との連帯を示した。

中国に対して即座に軍事力を誇示し現状変更を断固認めない意志を示した米国のこの措置に対しては、つい2日前にはイランとの暫定合意に対する一斉批判をリードしていた保守系のウォールストリートジャーナル紙をはじめ、各方面から称賛の声が上がった。

他方、スーザン・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官は、アフガニスタンのカブールに赴いてハミド・カルザイ大統領と会談し、国民大会議(ロヤ・ジルガ)で承認されたばかりの「2国間安全保障協定」にカルザイ大統領が年末までに署名しなければ、米国はアフガニスタンを見捨てる(完全撤退する)ことになりうると直接警告した。この協定が合意されれば、2014年末の国際治安支援部隊(ISAF撤退期限後も、最大10,000人の米兵がアフガニスタンに残留し、アフガン国軍に対する訓練・助言とアルカイダ及び関連組織に対する作戦に従事することになっている。

これらの出来事を総合すると、米国が戦略的な機軸を、10年以上紛争が続く大中東圏(=ブッシュ政権が作り出した政治用語でアフガニスタンも含まれる:IPSJ)から、非常に複雑な関係にある中国への関与を念頭に、アジア太平洋地域へと移そうとしていることが見て取れる。

米国は世界唯一の軍事超大国であることから、このような機軸の移転は、従来米軍のプレゼンスと支援に依存してきた国々に、新たに変化する環境の中で自国の権益を守るための姿勢転換を迫るなど、必然的に関係地域に大きな影響を及ぼすことになる。

そのような影響が最も顕在化してきているのが中東地域である。この地域では1979年に勃発したイラン革命により、米国のかつての戦略的パートナーであったパフラヴィー朝イランが崩壊した。その結果誕生したイラン・イスラム共和国は、一転して米国にとっての不倶戴天の敵となり、対照的に(同じくイランと敵対してきた)イスラエルとサウジアラビアをはじめとする湾岸諸国との同盟関係が一層強化された。

それから34年間、米国はイスラエルとスンニ派が多数を占める湾岸諸国に対して、時折これらの国々の政策(イスラエルによるパレスチナ占領地へのユダヤ人居住区設立や、サウジアラビアによるイスラム教原理主義「ワハービズム」の推進)が米国の利害に悪影響を及ぼすことがあったにもかかわらず、事実上無条件の支援を提供し続けてきた。こうして中東における力の均衡は、イランを敵視する超大国米国の支援を得たイスラエルと湾岸諸国に有利に傾いた状態が維持されてきた。

しかし、イラン・「P5+1」間の合意は暫定的なものとはいえ、今後地中海東部から南アジア亜大陸に至る地域における重要課題について、米国とイラン間の協力関係が進展していった場合、中東の地域バランスが大きく変わってしまうだろう。

メディアが暫定合意に対する恐怖と警戒を盛んに報じる一方で、政府は数日の沈黙を経て表面的には歓迎の意思を示したサウジアラビアだが、とりわけ同国にとって西側諸国とイラン間の暫定合意は不吉な前兆とみられている。

バーモント大学のサウジ専門家グレゴリー・ゴース教授は、11月26日版ニューヨーカー誌への寄稿文の中で、「サウジアラビアは単にイランの核開発問題を憂慮しているのではない。中東における地政学的な動向が、自国に不利に働いており、域内における自国の地位や国内の治安に悪影響を及ぼしているのではないかという、より強い恐怖感を抱いているのだ。」と記している。

またゴース教授は、「サウジアラビアは、イランはイラクとレバノンで優位を確立しているうえに、シリアでも同盟関係にあるバシャール・アサド政権が持ちこたえており、さらに(今回の暫定合意で)米国との新たな関係を構築しつつある…つまりこのライバル国は、障害に阻まれることなく、中東覇権への道を進んでいる、とみている。」と記している。

イスラエルに関しては、中東における同国の軍事的優位性は(とりわけ暫定合意が事実上イランの核開発を不可能にする包括的合意へと発展した場合)当面確保される見通しである。

しかし年来のイランの核開発を巡る緊張が取り除かれ、国際社会の注目が再びイスラエルによるパレスチナ占領問題に向けられるようになれば、米国とイラン間の関係改善は、イスラエルに悪影響を及ぼす可能性がある。

しかも、比較的教育水準が高い8000万の人口と豊富な石油・天然ガスの埋蔵量を擁するイランは、「中東のどの国よりも遥かに大きな潜在力を持っている。」とハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は自身の「外交政策」ブログに記している。

またウォルト教授は、「イスラエルとサウジアラビアは、強大になったイランが、そのうち大国がこれまで振る舞ってきたように中東における影響力を行使すると恐れているのではないか。」と指摘したうえで、「イスラエルとサウジ両国の観点からすれば、両国の戦略目標は、イランをできるだけ長期にわたって孤立させて友好国の出現を防止するとともに、国力を人為的に弱体化させる、封じ込め政策を維持し続けるということになるだろう。」と記している。

しかし、イランとの関係が改善し新たな地域安全保障の枠組みにイランを組み込むことができれば、米国の中東及び世界戦略における外交目標にとっては、大きな前進となる。

地域全体でみれば、米国‐イラン間のそのような関係改善は、米国が中東で再びイスラム国(=イラン)を相手に戦争をするという可能性を払拭するのみならず、域内の同盟国との綿密な相談に基づいて両国が協力した場合、長引くシリア内戦をはじめ中東地域全体の不安定化をもたらしているスンニ派、シーア派間の紛争を鎮静化させることが可能になるだろう。

この1年、とりわけイランの支援を得ているシリアのアサド大統領の政権維持能力が以前の予想を上回り強固であることが明らかになって以来、オバマ政権は中東地域の安定を確保するにはむしろイランの協力が必要だという結論に達したようだ(中東における同盟国トルコも同様の結論に達したようで、この数週間に急遽イランとの和解に向けた歩みを進めている)。

ウォルト教授は、「確かに、スンニ派とシーア派間の抗争が今後さらに拡大し深刻化すれば、中東への関与から徐々に後退し、かつて1945年から1990年まで採用していた『オフショア・バランシング』政策(米国以外の他の地域で地域覇権国となりうる国家が勃興してきた場合、周辺地域の国々と連携してバランスを取ったり、また自らの軍事力や経済力といった多様なアプローチによって封じ込めたり牽制したりする戦略:IPSJ)を復活させようとしているオバマ政権の戦略は、大きな危機に直面することになるだろう。シリア内戦は、イランが国際的に孤立し経済が弱体化していても、なおこうしたオバマ戦略を頓挫させるだけの影響力を保持していることを明らかにした。」と述べている。

中東地域における『オフショア・バランシング』戦略の一部としてイランとの協力関係を構築していくことは、オバマ政権がグローバルなレベルで推進しようとしているアジア・太平洋地域への「ピボット(軸足)」政策にとっても決定的に重大な意味を持つ。そしてその緊急性は、先般中国が新たに防空識別圏を設定して近隣諸国、とりわけ米国が安全保障条約を結んでいる最重要同盟国日本との間にさらなる緊張関係を作り出したことで立証された。

「ピボット(軸足)」(あるいは「リバランス(再均衡)」)政策はヒラリー・クリントン前国務長官が2年前に公表していたが、その後もアフガニスタンへの軍事関与、シリア内戦への軍事干渉を求める動き、そしてなによりもイランに対する戦争の威嚇などが続いたため、今後も米外交の重心は大中東圏に深く関与したままになるのではないかとの懐疑的な見方が、とりわけアジアの専門家の中に根強く存在していた。

しかし、米国によるシリア攻撃を土壇場で回避したシリアに化学兵器放棄を迫る9月の米ロ合意、11月24日のイラン・「P5+1」暫定合意、ライス大統領特別補佐官のカルザイ大統領への要求などを合わせてみると、オバマ政権は、大中東圏への軍事的肩入れと資金支援を今後は最低限に留め、新たに外交政策の重心を他地域(=アジア・太平洋地域)に移す決意をしていることがわかる。

その意味で、11月26日の尖閣諸島上空へのB-52戦略爆撃機派遣には、そのような思惑が透けてみえる。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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