【イスタンブールIDN=ファリード・マハディ】
国連の潘基文事務総長は楽観的である。あるいは、努めてそのようにしてきた。ニューヨークで核兵器廃絶に関する閣僚級会合を9月に開くと8月3日に発表する2週間ほど前、潘事務総長は「核不拡散に関わる交渉では進展の兆しがみられる」と語った。しかし、アラブ地域と米国での状況をみれば、まったく別の結論が導き出されてくる。
実際、中東で起こっていることは、地域での原子力競争だ。世界でもっとも紛争に満ち、世界で唯一非核兵器地帯を持たないこの地域で、それが起こっているのである。ラテンアメリカ・カリブ海地域やアフリカは非核地帯であるし、中央アジア諸国や東南アジア諸国にもやはり非核地帯条約がある。
したがって中東は、少なくとも表面上は核兵器の廃絶に向かって世界が動いている中で、例外的な地位を占めている。
中東では平和目的のための正当な原子力利用を表明した国がすでに10カ国あり、これにヨルダンとスーダンが最近加わった。その10カ国とは、アルジェリア、エジプト、イラク、モロッコ、クウェート、カタール、サウジアラビア、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦である。
これら12カ国で、アラブ連盟22カ国の半分を超えている。ただし、連盟中少なくとも5カ国(ソマリア、イエメン、コモロ諸島、ジブチ、モーリタニア)には原子力開発能力がほぼないことを考えると、開発意思を持つ国の割合はぐっと高まる(3分の2以上)。
危険なレース
イランの核計画に対する西側の議論が妥当だとするならば、中東諸国がこのような核のレースに踏み出すことはきわめて危険だと言えるだろう。なぜらなら、イラン政府が民生用の原子力開発を追求しているという事実だけで明白な危険を意味し、国の武装化が進み、核兵器を製造するようになる、というのであるから。
こうした欧米諸国の意見を敷衍させていけば、アラブ諸国が原子力開発を始めれば、そのうち核兵器開発に進む、という理論になる。
しかし、ここで3つの疑問がある。
・なぜアラブ諸国が核開発をしなくてはならないのか?
・なぜ、欧州や米国、そのアジアの同盟国が、アラブ諸国をそうした核のレースに追いやっているのか?
・イランの原子力開発を口実としてアラブ諸国は核レースを始め、西側諸国はそれを支援しているのか?
アラブの言い分
アラブ諸国は、原子力開発を進めることについて少なくとも四つの主張(あるいは正当化)ができるだろう。
まず、中東唯一の核兵器国であるイスラエルが200発以上の核弾頭(インドあるいはパキスタンの3倍)を保有しており、核不拡散条約(NPT)に加わるべきだとの国際圧力を無視し続けている。
実際、イスラエルは、核事業を国際監視下に置くという要求をすべて撥ねつけている。核施設を国際原子力機関(IAEA)の義務的査察下に置くこともないし、国際的な軍縮協議の場に加わることもないし、中東を非核地帯にするための動きにも関与してこない。
二つ目の議論は、アラブ諸国は、イランが核兵器国になろうとしているとの言いがかりで中東を痛めつけてやろうという米欧からの国際圧力に始終さらされているというものだ。
第三に、中東が依然として非核兵器地帯となっていないことだ。中東を核兵器を含めた大量破壊兵器を禁ずる地帯にせよとの要求は、ことごとく無視されてきた。
第四に、西側の核能力保有国は、「原子力支援」をアラブ諸国に対して系統的に行ってきた。フランスが中心であり、米英がこれに続いている。
彼らはたんに商業的利益を優先しているだけであり、世界を核の恐怖から救うという善行のパワーゲームを演じているに過ぎない。こうした西側の姿勢を見て、ロシアもまた、政治・経済両面の理由からこのレースに加わるようになってきた。
すでに原子力開発に踏み出した国
結果として、アラブ首長国連邦が、サウジアラビア、クウェート、カタールといった他の湾岸諸国に加わって、原子力開発への道を歩み始めた。
同時に、ウラン資源の豊かなヨルダンは、フランスの巨大企業「アレバ」や日本の三菱とともに、初の原子炉建設のための技術取得を目指して交渉を進めている。
さらに、ヨルダン政府は、韓国と協力して初の研究炉を設置すると今年7月に発表した。
ヨルダンの原子力計画は、米欧の政策に対する最初の「反乱」の兆しである。欧米諸国ははヨルダンのウラン濃縮計画に待ったをかけようとしているが、ヨルダンはその意向に従うことに難色を示している。
また、フランスはカタール・モロッコの原子力計画への支援を約束し、エジプトは原子炉設置に関してロシアと協定を結んだ。
スーダンもまた、8月22日、原子炉建設を表明してこの核のレースに参加してきた。
米国の「オプション」
一方、オバマ大統領が「核兵器なき世界」を実現すると宣言した米国だが、地球上から核兵器の危険を除去するとの意思を本当に見せているわけではない。
それどころか米国は、核兵器を減らすと一方で言いながら、今後10年間少なくとも3000発の核弾頭を保有し、核兵器を近代化し、いわゆる「スーパー核兵器」の製造を目指すとしている。
さらに、ヒラリー・クリントン国務長官がある中東歴訪の機会に述べたように、もしアラブ国家が原子力を手に入れたいならば、次の3つのオプションのうちから選ぶべきだと米国は要求している。
「(イランからの)脅しに屈するか、原子力を含めた自らの能力向上を図るか。それとも、あなた方を支援する用意のある米国のような国と組むか。第三の選択肢がもっとも望ましいとは思いますが」。
CIAは見ている
米国の中央情報局(CIA)は大量破壊兵器の拡散に対抗するために拡散防止センターを設置することを決めた。クリントン長官の「オプション」を再確認して米国がアラブ諸国と連携を深める意図を鮮明にしているのか、或いは、たんに中東における地歩を固めたいのかはわからないが。
CIAのレオン・エドワード・パネッタ長官は、8月18日、新センターでは、「核兵器、化学兵器、生物兵器などの大量破壊兵器の脅威に対抗する」計画を練るために、CIAの分析官と工作員が膝詰めで協力することになると述べた。
イランというアリバイ
アラブ地域における原子力レースにはもうひとつの要素がある。それは、欧米諸国が、イランの核計画が彼らにとって、そして世界全体にとっての脅威であるとの見方を広めようとしていることだ。
イランが民生原子力計画を軍事用の核兵器製造(さらには使用)にまで高める可能性があるという議論は、湾岸諸国だけを狙い撃ちしたものだ。
それもそうだ。中東は、世界でもっとも豊かな産油地域であり、欧米の「同盟国」も多い。さらに十分な経済力もある。
強制されてというわけではないが誘われるままに欧米諸国から通常兵器を購入する必要を満たすために、こうした資源が不均衡に使われてきた。いまや、「単純な」軍拡競争を原子力競争に発展させる大きなビジネスチャンスの対象である。
逆説的なことに、誇大化した愛国主義の発露によってイラン政府がこの原子力競争になした貢献は大きい。
トルコも原子力競争へ?
最大の核保有国が火をつけた中東のこの原子力競争の副次的効果のひとつは、トルコが自らの核施設をもつ決意を呼び込んだことであろう。
トルコ国会は、7月13日、海外沿いの町、メルシン州アックユに初の原子炉を建設するためにロシアとの間で協定を結ぶことを承認した。
ロシアのメドベージェフ大統領が訪問した5月に結ばれたこの協定によれば、両国は原子炉の建設と稼動の両面において協力することになる。
ロシアの国営「アトム・ストロイ輸出」が建設を担当するが、費用は200億米ドルと算定されている。建設は今年末にかけて始まり、4基で4800メガワットの出力となる予定だ。
トルコが二重に果たしている役割、つまり、NATOの主要な加盟国としてのそれと、中東の大国としてのそれを考えると、この原子力計画は大きな意味を持ってくる。
これらすべての動きが、絶望的な核拡散のシナリオにつながっていく。国連事務総長は、これでもなお、楽観的でいられるというのだろうか?
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
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