SDGsGoal12(作る責任 使う責任)|視点|気候変動とホモサピエンスの限界、そしてバイオマス・ショア構想(倉橋みどり東京大学大学院農学生命科特任准教授)

|視点|気候変動とホモサピエンスの限界、そしてバイオマス・ショア構想(倉橋みどり東京大学大学院農学生命科特任准教授)

【東京IDN=倉橋みどり】

今夏に体験した異常な暑さと世界各地で頻発した山火事は、記憶に新しい。世界中の多くの人々が「なんとなく空恐ろしいことが進行しつつある」と肌身で感じていることだろう。にもかかわらず、遅々として対応策が講じられずにいる。その理由は、一方で「地球温暖化を止める費用は効果に見合わない」と考えている人々が世界を動かしているからだ。

私たちは好むと好まざるとに関わらず同じ船の乗組員で、魚釣りをしながら航海している。どうやら船底に小さな穴があいてしまったようだが、魚釣りに夢中で、船底の小さな穴の事にはかまっていられない様子だ。

Midori Kurahashi

だが手を打たないでいると船底の穴は確実に大きくなっていく。加速度がつき大量の海水がなだれ込み、どうすることもできず船は沈む。優先させるべきことは、誰にでもわかるのだが、リーダーたちは、目の前の魚群に心を奪われ、穴があいてしまっている事実さえ認めない、あるいは過小評価して先送りしようとしている。

私たち人類(ホモサピエンス種)は、大脳を発達させ、他の動物と一線を画す(少なくともそう信じている)生物種として、最近地球上に出現した。事実、これまで大脳は、複雑な社会を創り上げ、矢継ぎ早に新しい発見、発明、開発を続け、とうとう人工知能まで生み出そうとしている。

なかでも、石油の発見・開発による恩恵は計り知れず、私たちの生活を劇的に変化させた。そもそも石油は、生態系には取り込まれず眠っていた物質である。私たち人類は、この眠っていた物質に目をつけ、120年~140年ほど前から本格的に利用を開始し、燃やし続けた。

ところが今、石油に代表される化石燃料を大量に燃焼させ続けたことにより、ホモサピエンス種の存続に黄色信号がともってしまった。

By ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ, パブリック・ドメイン

現実世界に起こっているこの出来事は、あたかもギリシャ神話のパンドラの箱の実写版を見ているかのようだ。パンドラの箱から飛び出したものは、二酸化炭素だけではない。化学物質による環境ホルモン、オゾンガス、核のゴミや最近話題のマイクロプラスチックなど、様々なものを創り出し放出したものの、どれひとつ回収しきれていない。

さて、私たちホモサピエンスの大脳は、これまでのように、今回の難題も乗り切ることができるのだろうか?残念ながら、私の予想は悲観的である。

その理由の一つは、二酸化炭素濃度の上昇スピードがあまりにも早いことである。これまで地球上の二酸化炭素濃度は、およそ10万年の周期で170~300 ppm間の増減を繰り返してきたが、1958年に315 ppmに、それから僅か57年後の2015年には400ppmを突破した。

この間、研究者は二酸化炭素濃度の上昇と気候変動の因果関係や現状の把握に時間を費やし、最近ようやく北極グマやサンゴ、あるいは水没する小さな島国の悲しい未来の話を紹介するようになった。しかし、これでは私たちの危機感が不足しすぎるのも無理はない。

無用に危機感を煽る意図はないが、実際のリスクと私たちの危機感の間には相当の開きがある。今後気候変動の影響は、直接的な災害のみならず、ありとあらゆる方面から火の手があがってくるだろう。

例えば、パンデミックの問題を考えてみる。生物は環境の変化に対し、それぞれのDNAを変化させながら適応進化してきた。今起こっている超高速の環境変化に対しても、細菌などであれば素早くDNAを変化させることによって適応できるだろう。

しかし、家畜や人間などは、DNAの組み換え(子供を産むまで)に、数年~数十年を要する。すなわち、急激な気候変動ついていけず弱っている家畜や人間に、元気のよいウイルスや細菌が襲いかかるのはたやすいこととなる。

その結果、パンデミックがスクリーンから現実社会に飛び出してくるのは、もはや時間の問題と言わざるを得ない。今後研究者は、大気中の二酸化炭素濃度が1000ppmを超過したとき何が起こるか、多方面から膨大な調査と実験を繰り返し、その結果をまとめ、コンセンサスを得たのちに発表するだろう。しかし、その頃には、実験のなかで仮定していた二酸化酸素濃度が現実化している。このように、人類の大脳の解決スピードは、二酸化炭素濃度の早すぎる上昇スピードに追い付けないのである。

これまで、日常のちょっとした閉鎖空間で誰もが体験している1000~3000ppm程度の二酸化炭素濃度であれば、人体への直接的な影響は、それほど心配する必要はないものと考えられてきた。ところが最近のいくつかの信頼性の高い研究によって、1000~3000ppm程度の濃度であっても、その濃度に長時間滞在すると、「戦略を立てる」などのより高次の能力が著しく低下してしまうことが、実験により確かめられた。

このままだと(この可能性はかなり高い)、わずか80年後には、大気中の二酸化炭素濃度は1000ppmを超えるだろう。そうなると人類は、ますます解決策から遠のき、結果的には、オウンゴールによって絶滅した種として地球の生物史に刻まれることになる。皮肉な話だが、「自然の摂理」と言えないこともない。

悲観的予想の理由は他にもある。大問題とはいえ、自慢の大脳はとっくに解決策を提出している。今なら船底にゴム栓をするだけでよい。

Photo Credit: climate.nasa.gov
Photo Credit: climate.nasa.gov

すなわち「化石燃料の使用をすぐにやめる」だけでよい。私たちが化石燃料を燃やす主な目的は、「電気エネルギー」と「熱エネルギー」を得ることである。2次エネルギーである電気は、その地域に適する再生可能エネルギーから造ればよいし、熱エネルギーとしての利用分は、カーボンニュートラルなグリーンエネルギーに代替すればよい。

同時に、既存のヒートポンプ技術などの利用を徹底し熱利用効率を高めるだけでも、相当量の二酸化炭素排出量を削減できる。簡単だ。でも、できない。できるのに、しない。「しない」という選択も大脳が下している。

「不都合な真実」に向き合えない。目先の利益に囚われる、際限のない欲望・強欲。

一度手にした金塊を手放せず、抱えたまま深海に沈んでいくようなバカげた話なのだが、これらも偽らざる大脳の姿であり、「大脳の限界」を露わにしている。決して批判しているのではなく、限界を知っておくべきだ、ということである。

パンドラの箱の話には続きがある。すべての「悪と災い」が飛び出した後に、箱の底には「希望」と書かれたカードが貼り付いていた。希望につながる道は、まだ残っているはずだ。

ここでその一助として、私が提案する「バイオマス・ショア構想(BSP)」を紹介したい。前に述べたように、化石燃料を燃焼させる主な目的は、エネルギーを得ることである。正直、エネルギー密度の高い化石燃料は、言わば精製糖であり、私たちは中毒(アディクション)の状態にある。私たちが成し遂げなければならないのは、化石燃料(高エネルギー密度)使い放題社会から、再生可能エネルギー(低エネルギー密度)使いこなし社会への転換である。

Biomass Shore Project

このプロジェクトの目的は、これまで利用されることのなかった海岸沙漠地域に、石油コンビナートに替えバイオマス・コンビナートを形成させることで、二酸化炭素を削減しながら産業活動を行える社会のモデルを形成することである。

大気中の二酸化炭素濃度を増やさない再生可能な社会を創造するための目標は、

・大規模(大気成分にコミットするような規模)

・プラス経済収支(経済的に持続可能であることが推進力となる)

・短期間で実用化する(危機はすでに引き返すことのできないポイントに達したといわれており、一刻の猶予も許されない状況にある)

このコンビナートは、太陽熱を利用した温度差淡水化システム、高度好塩性微細藻類を基盤とした大規模な微藻類バイオマス生産システム、微細藻類生産物を出発点とした植物由来化学品産業、発酵産業、スマートアグリ産業、スマートアクア産業のユニットで構成される。

BSPの内容を簡単に説明すると、例えばペルー、チリ沖に大量湧昇している海洋深層水(DOW)を、温度差(太陽熱とDOWの低温性を利用)淡水化技術により、濃縮DOWと淡水(農業などに利用)に分ける。

沙漠海岸に水田を造成し、肥料入り海水である濃縮DOWを引き込み、高度好塩性微細藻類を培養する。

微細藻類から様々な有機物質を抽出し、これらを原料とする上記産業を集合・連結させ、バイオマス・コンビナートを造成する。

重要な点は、BSPで必要となるエネルギーは、すべて再生可能エネルギー(第一候補は、太陽熱)で賄うことである。二酸化炭素収支も保たれ、各産業は再生可能ネルギーと低価格な原料を利用することで、強い競争力も持つことになる。

SDGs Goal No. 2, No. 12, No. 13, No. 14, No.17
SDGs Goal No. 2, No. 12, No. 13, No. 14, No.17

縮小していく熱帯雨林に替わって、沙漠に出現した微細藻類大規模水田が二酸化炭素を吸収してくれるであろう。早期にBSPが実現し、ポスト化石燃料社会のモデルの一つになることを切に願っている。 (原文へPDF

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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