【ワシントンIPS=ジム・ローブ】
ニュート・ギングリッチ氏は、しばしば爆弾発言を行うことで知られている人物だ。しかし、今回のパレスチナ人に関する発言は、米国の少なくともこの20年間にわたる中東政策の成果を無に帰してしまうぐらい衝撃的なものだろう。
2012年大統領選の共和党最有力候補者のひとりであるギングリッチ氏は、12月9日に出演したケーブルテレビのインタビューにおいて、パレスチナ人を「創作された人びと」と呼んだ。「私は、我々がパレスチナ人を創作してしまったと思っています。彼らは実際にはアラブ人で、歴史的にはアラブコミュニティーの一部を構成しているのです。従って彼らは他のいろいろな場所に行くことだってできたのです。ですが様々な政治的理由により、我々はこれまでイスラエルに対するこの戦争を1940年代から維持してきてしまっているのです。」と語った。
ギングリッチ氏は、この放送の翌日に行われた候補者討論会で、この発言の真意を問われ、「事実関係として正しいもので、歴史的な真実だ。」「誰かが真実を語る勇気を持たねばならない。パレスチナ人はテロリストだ。彼らは学校でテロリズムを教えている…『中東に関する嘘はもうたくさんだ』と誰かがいう勇気を今こそ持たねばならない。」と語った。
ギングリッチ氏の発言は、パレスチナ領のユダヤ人入植者の耳には心地よいものだが、その他の地域では、多くの人々が警戒感を深める結果となったようだ。
パレスチナ自治政府で親米派のサラム・ファイヤド首相は、「ギングリッチ氏の発言は、全く受け入れることができない歴史的真実の歪曲であり、最も急進的なユダヤ人入植者でも、あえてこのような馬鹿げた発言はしないだろう。」と語った。
バラク・オバマ政権が高まるイランとの緊張関係を背景に関係構築に尽力してきたアラブ連盟は、ギングリッチ氏の発言を「無責任で危険なものだ」と非難した。
外交政策において通常イスラエルのリクード党と見解を一にしている著名な新自由主義者(ネオコン)でさえ、ギングリッチ氏のパレスチナ人のアイデンティティに関する主張は行き過ぎていると見ている。
ジョージ・W・ブッシュ大統領の中東関係首席補佐官をつとめたエリオット・アブラムス氏は、「(ギングリッチ氏の論理に従えば)ヨルダンもシリアもイラクも、元々存在しなかったということになる。恐らく彼はこうした国々の人々も『創作された人々』で自分たちの国を持つ権利はないと主張するのだろう。」と、10日の大統領候補者討論会を前にワシントンポストの取材に応じて語った。
「その当時(オスマントルコ帝国時代)はそうだったとしても、パレスチナのナショナリズムは1948年(のイスラエル建国)以来、大きくなってきており、我々が好むと好まざるとに関わらず、存在しているのは否めません。」とアブラム氏は語った。
ギングリッチ氏の発言に対して、共和党の他の候補者たちは、あまりはっきりした評価を口にしていない。
「共和党ユダヤ人連合(RCJ)」が先日開催したフォーラムでは、イスラエルに対する懐疑的な考えの持ち主だということで出席を拒否されたロン・ポール下院議員(テキサス州)以外でギングリッチ氏の発言に異議を唱えたのは、前マサチューセッツ州知事でギングリッチ氏の主要なライバルであるミット・ロムニー氏だけであった。
ただしそのロムシー氏も、この点については、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の判断に従うと述べ、まもなく他の2候補(ミシェル・バックマン下院議員(ミネソタ州)とリック・サントラム元上院議員(ペンシルベニア州))もその立場を支持した。
ロムニー氏は、ギングリッチ氏の『パレスチナ人はテロリスト』という主張には歩調を合わせて「元下院議長のおっしゃったことについて、大方の点については見解を共にしております。」としたうえで、「ただし、パレスチナ人が『創作された人々』と発言したことについては、元下院議長のミスだと思います。私ならば、そのような発言をする前に、友人のネタニヤフ(イスラエル)首相に電話し、『こう発言したらいい結果が望めるだろうか?自分にどうしてほしいか?我々はパートナーだから協力し合っていこう。』と言うでしょう。私は(ギングリッチ候補と違って)爆弾発言がする人間ではないのです。」と語った。
しかしギングリッチ氏がネタニヤフ首相に相談するだろうことはほとんど疑いの余地がない。過去数年におけるギングリッチ氏の最大の支援者の一人はネタニヤフ首相のスポンサーでもある大富豪でカジノ界の大物シェルドン・アデルソン氏である。
アデルソン氏はイスラエルの全国紙フリーペーパー「イスラエル・ハヨム」の出資者であるが、同氏はネタニヤフ首相寄りの論調からしばしば「ビビトン」とも呼ばれている。
最新の投票結果によると、ギングリッチ氏は、ゴッドファーザーズビザの前最高経営責任者のハーマン・ケイン氏が指名争いから脱落して以降、既に予備選挙を実施した各州(アイオワ州、サウスカロライナ州等)で、ロムニー氏らを支持率2桁で大きく引き離す人気を博している。
ギングリッチ氏が共和党の大統領候補者指名を獲得するのではないかとの見通しに、共和党の多くの年配議員、とりわけ1990年代(ギングリッチ氏は1994年の中間選挙で共和党の下院多数派独占に貢献、しかし、98年の中間選挙後で共和党が大敗した後、政界を引退させられた)にギングリッチ氏の同僚や部下としてかかわったことがある人々の間で、警戒感が高まっている。
歴史学の博士号(卒論は旧ベルギー領コンゴにおける教育に関して)と元大学助教授という経歴を持つギングリッチ氏は、大言壮語したがる直情的な性格の人物として知られている。
ニューヨークタイムズの保守派コラムニストであるデイヴィッド・ブルックス氏は、先週ギングリッチ氏の気質について、「革命的…激烈で活動的、無秩序で、なにごとも過激な反応を要する激突ととらえる傾向がある人物」と評している。
先週、ニュージャージー州知事のクリス・クリスティー氏や前ニューハンプシャー州知事で元ホワイトハウス首席補佐官のジョン・スヌヌ氏を含む歴代の共和党リーダーが、明らかにギングリッチ氏の人気上昇を逆転させようとして、同氏の立候補資格について強く批判した。
ニュースレター「ネルソンレポート」を発行しているジャーナリストのクリス・ネルソン氏は、「つまり、この問題を説明するにあたって礼儀正しく表現する方法はないのです。クリスティー氏やマケイン(上院議員)等が公式に発言したくないこと…とは、ギンギリッチ氏の同僚達は彼のことをよく知っており、殆ど例外なく、かなり前の段階で『彼が文字通り正気でない』というという結論に達していたのです。『狂っている』というのではなく、むしろ『本当に抑制がきかない』ということです。つまりこのことだけでも、大統領候補として不適格だし、ましてや、ギングリッチ氏が(元国連大使の)ジョン・ボルトン氏を国務長官に従えた(核兵器の発射ボタンに指をかけた)自由世界のリーダーになるなど、到底受け入れることはできない。」と述べている。
ギングリッチ氏は、JRCフォーラムにおいて、もし自分が大統領に就任したら、同じく極右の論客で、ネオコンシンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)に所属しているジョン・ボルトン氏を国務長官に指名すると明言した。
また同フォーラムでは、ロムニー氏と、リック・ペリー氏が、もし大統領に選出されたら、1995年の議会の決議に従って、イスラエルの米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると公約した。
今日まで、米国の歴代大統領は、国際法を引用するとともに、そのような移転は中東に新たな不安定と暴力を引き起こす引き金になりかねないとして、議会の移転要請を一貫して拒否してきた。
しかしギングリッチ氏は、この点でもさらに一方踏み込み、大統領就任の暁には当日に(米国大使館をエルサレムに移転させる)大統領命令を発すると公約した。
イランの核開発疑惑については、ポール候補を除く全ての共和党候補がタカ派的な立場を強調した。この点についてギングリッチ氏は、イランの政権交代を成し遂げるための戦略として採用している製油所の破壊活動や核科学者の暗殺を含む、米国が擁する「隠密能力(covert capabilities)」に引き続き期待していると語った。
またギングリッチ氏は、もしイスラエルがイランを攻撃した場合、核兵器を使用しないかぎり米国はイスラエルを支持するだろうとして、「私はイスラエルが核兵器を使用する段階にまで追い込まれることがないよう、むしろイスラエルと協力して通常兵器による(対イラン)共同作戦計画を立てることを支持したい。」と翌日CNNのウォルフ・ブリッツァー氏の取材に応じて語った。
ニューヨークタイムスが12日付一面記事で取り上げているように、ギングリッチ氏は、長年に亘ってイランが米国本土上空で核兵器を爆発させ電気インフラを機能不全にする電磁パルス(EMP)を発生させる懸念について警告している。ギングリッチ氏は、EMPの発生がもたらす影響について、「我々の文明はほんの一秒で失われるだろう。」と述べている。(原文へ)
翻訳=IPS Japan山口響/浅霧勝浩
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