SDGsGoal16(平和と公正を全ての人に)中東は核をめぐる膠着状態を打開できるか

中東は核をめぐる膠着状態を打開できるか

中東条約機構(METO)が提示する、イスラエル人とイラン人による既成概念にとらわれない「大量破壊兵器のない中東」構想

【パリ/エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

核兵器、化学兵器、生物兵器のない中東を実現するという構想は、何十年にもわたり、この地域で最も困難な外交課題の一つであり続けてきた。|英語版|

市民社会のイニシアチブとして始まり、正式に登録された組織へと発展した中東条約機構(Middle East Treaty Organization=METO)は、いま、この構想を実際に機能し得る交渉の枠組みへと具体化しようとしている。

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

METOが掲げる目標は、あらゆる大量破壊兵器のない中東を実現し、その先に地域の安全保障と平和を築くことである。同組織は、核・化学・生物兵器を包括的に対象とする条約草案を策定し、改訂を重ねてきた。それは完成された協定として各国政府に採択を求めるものではなく、政府間交渉の青写真となり得るものとして提示されている。

METOの設立に携わった中心人物の中には、イスラエルの平和・軍縮活動家シャロン・ドレフと、イラン出身の紛争解決専門家エマド・キヤエイがいる。ドレフは2007年以来、イスラエルで核軍縮に取り組み、METOの創設者兼事務局長を務めている。キヤエイは同組織の理事の一人で、長年にわたり外交、紛争解決、イラン核問題に携わってきた。

二人の歩みは、より根本的な問いへの答えを探る試みでもある。

中東で最も危険な対立をめぐって敵対する立場に置かれてきたイスラエル人とイラン人が、まさに両国を対立させてきたその問題について協力することは可能なのだろうか。

「私たちは時限爆弾の上に座っている」

Sharon Dolev
Sharon Dolev

ドレフにとって、核問題は彼女が活動を始めるはるか以前から身近な存在だった。

彼女が育ったのは、ディモナからそれほど遠くないイスラエル南部の都市アラドだった。そこでは、イスラエルが核兵器を保有しているとの認識が広く共有されながら、それについて公然と語られることはほとんどなかった。

「私はその秘密とともに育ちました。」と彼女は振り返る。

「考えない。語らない。それが当たり前でした。」

2007年、ドレフはグリーンピース・インターナショナルで核軍縮に取り組み始めた。その後、同団体が世界規模の核軍縮キャンペーンを終了すると、彼女は独自に活動を続けることを決意した。

活動を重ねるにつれ、核軍縮は地域の安全保障と切り離して考えることはできないとの確信を深めていった。

「たとえ多くのイスラエル人に、核兵器のない世界を望んでもらうことができたとしても、地域全体の解決策がないまま核兵器を手放しても安全だとイスラエル人に信じてもらうことはできません。」

ドレフにとって、問題は宣言が不足していることではなかった。アラブ諸国、イラン、イスラエルはいずれも、それぞれ異なる形で「大量破壊兵器のない中東」という構想に言及してきた。

欠けていたのは、各国が実際に参加できるようにする具体的なモデルだったと、彼女は考えた。

そして彼女は単純な結論にたどり着いた。

「なぜそのような地帯は実現不可能なのか。」を延々と論じ続けるのではなく、誰かが実際にその仕組みを設計してみなければならない、と。

イランからの視点

キヤエイがこの問題に取り組むようになった経緯は、ドレフとは大きく異なっていた。

イラン出身で、紛争解決、国際関係、外交に携わってきた彼は、長年にわたりイランと欧米諸国との核をめぐる対立を追ってきた。

彼にとって核問題は、イランと米国の間のより大きな意思疎通の失敗、さらには中東地域全体の外交的枠組みの欠如という問題の一部だった。

Emad Kiyaei
Emad Kiyaei

「選択肢の一つは戦争です。もう一つは外交です。」とキヤエイは語る。

「では、外交的なアプローチを取りながら、それを技術的に確かで、なおかつ政治的にも実行可能な解決策によって支えるには、どうすればよいのか。」

彼は仕事を通じて、核物理学者、技術者、政策立案者、外交官らと接するようになった。そして、包括的な国際監視の下で、イランの核計画が平和目的にとどまっていることを立証できる仕組みの構築に関わった。

その経験から、同じ論理はイラン一国を超えて応用できるのではないかと考えるようになった。

国際的な仕組みによって一国の核活動が平和目的に限定されていることを検証できるのであれば、なぜすべての国を対象とする地域的な制度を構築できないのか。

やがて、その問いはさらに大きなものへと発展した。

中東全域を、核不拡散、検証、軍縮に関する共通の制度の下に置いたら、何が起こるのか。

イスラエル人とイラン人

ドレフとキヤエイが初めて出会ったのは国連だった。

キヤエイは、核兵器について公然と語っているイスラエル人がいると耳にした。最初の反応は信じ難いというものだった。

「イスラエル人が核兵器について語るとは、なんという大胆さだと思いました。」

彼は反論するつもりで、ドレフの話を聞きに行った。

ところが実際に耳を傾けてみると、二人が主張していることの多くは驚くほど共通していた。

やがて二人の関係は、正式な会合で顔を合わせるだけのものではなくなった。

ある時期、ドレフは深刻な個人的危機に直面していた。長い闘病の末に父親を亡くし、その直後にはパートナーも彼女のもとを去った。それでも彼女は国連に赴き、条約草案について説明を続けていた。

様子がおかしいことに気付いたキヤエイは、二人だけで話そうと持ちかけた。

結局、その時二人が語り合ったのは、イランでもイスラエルでも核兵器でもなかった。家族やそれぞれの人生についてだった。

ドレフは後に、その出会いを、二人が「きょうだいのような関係になった」瞬間だったと表現している。

キヤエイにとって、この人間的なつながりはMETOの理念の中心となった。

「イスラエル人、イラン人、アラブ人、パレスチナ人、その他どんな人たちであっても、一緒にこの未来をつくることなど本当に可能なのか、とよく聞かれます。私たちは、もちろん可能だと答えます。」

彼によれば、出発点は、国籍や政治的アイデンティティー、歴史的対立を見る前に、まず相手を一人の人間として見ることである。

「不可能」から条約草案へ

ドレフが最初の草案づくりに取り掛かった時、外交官や専門家から何度も「そのような条約は実現できない」と言われたという。

核・化学・生物兵器のすべてを対象とする既存の地域的なモデルはなかった。しかも対象となる国々は深刻に対立しており、その多くは正常な外交関係すら持っていなかった。

「ですから、最初の草案を書いた時でさえ、うまくいくとは思っていませんでした。」とドレフは振り返る。

当初の目的は、どこに技術的な障害があるのかを洗い出し、それを相互不信という政治的問題から切り分けることだった。

しかし、その草案は次第に中東各国の外務省の間を回るようになった。

ドレフによれば、その反応は活動家たちを驚かせた。草案は単なる非現実的な理想論として退けられるのではなく、外交官たちが批判し、修正し、交渉することのできる文書として扱われるようになったのである。

それこそが、まさに狙いだった。

草案はその後、複数回の改訂を重ねた。METO自身、この文書を、各国政府がそのまま採択することを期待する完成済みの条約ではなく、専門家や外交官との協議を通じて変化し続ける「生きた文書」と位置付けている。

「私たちがしなければならなかったのは、各国が『実現したい』と言っていることを、本当に実現したいのだと仮定することだけでした」とドレフは語る。

問いが「そんなことは可能なのか」から「どうすれば実現できるのか」へと変わった時、議論そのものも変わり始めた。

本当の目的は軍縮よりも大きい

METOにとって、大量破壊兵器のない地域を実現すること自体が、プロセスの最終目的ではない。

核・化学・生物兵器をめぐる交渉は、利害が大きく異なる国々を同じテーブルにつかせることのできる数少ないテーマの一つだと同組織は考えている。

そして、その交渉のプロセスそのものが、意思疎通を生み、信頼を育て、協力の習慣を築くことにつながる。

「何より重要なのは、そのプロセスです。そこから信頼が生まれ、橋が架けられるからです。」とキヤエイは語る。

だからこそ、METOの活動は条約草案の作成だけにとどまらない。

外交、教育、市民への啓発、研究、他の市民社会組織との協力など、多岐にわたっている。

その先にある構想は極めて野心的だ。

地域協力が例外ではなく、ごく当たり前のものとなる中東である。

「徹底して『愛』の側に立たなければならない」

近年続く戦争によっても、ドレフとキヤエイがこのアプローチを諦めることはなかった。

むしろ逆だった。

二人は、暴力によって軍事的解決には限界があることが明らかになった一方、社会同士の信頼を築くことはこれまで以上に困難になったと指摘する。

そこには一つの逆説がある。

地域協力が最も困難になったまさにその時、地域協力の必要性は一層高まっているのである。

「私たちは反対側の極端にまで行かなければなりません」とキヤエイは語る。

「暴力や破壊、戦争を唱える過激派がいるのなら、私たちはもう一方の極端にまで行く必要があります。」

彼が意味するのは、思いやり、対話、そして一国の政府の行動を、その国のすべての人々と同一視することを意識的に拒む姿勢である。

「敵を憎む方が、私にとってはずっと簡単です。」と彼は言う。

「だからこそ、私たちはそれと闘わなければならないのです。」

地域が憎悪に深く沈めば沈むほど、人々はそれに抗う努力を、より意識的に続けなければならないと彼は考えている。

戦争によって、この構想の必要性は高まったのか

ドレフの答えは単純ではない。

イエスでもあり、ノーでもある。

地域的な安全保障メカニズムの必要性は以前より明白になった。しかし同時に、相互不信の深刻さも一段と明らかになっている。

軍事衝突は外交の必要性をより強く認識させる一方で、外交そのものを一層困難にする可能性がある。

一方、ドレフは、繰り返される攻撃が軍事力の根本的な限界も示したと考えている。

「イランの核計画は軍事力では止められないことが明らかになったのです。」

それによって、従来は政治的に非現実的だと思われていた別の選択肢を検討する余地が生まれていると、彼女は見る。

キヤエイはさらに踏み込む。

10月7日以降の出来事から得られる教訓の一つは、一国の安全保障を、近隣諸国が恒久的に不安定な状態に置かれることの上に築くことは、最終的にはできないということだと語る。

「軍事力では平和を実現できないということです。……私たちには別の道が必要です。暴力を超えた道です。」

中東の紛争は、もはや単純な二国間対立ではない。

イラン、イスラエル、米国、あるいはその他の国々が関わる戦争は、たちまち中東全域に影響を及ぼす。

だからこそ、地域的な安全保障の枠組みは、これまで以上に重要になっているとキヤエイは考えている。

イスラエルを交渉のテーブルへ

METOにとって最大の難題は、依然としてイスラエルの参加である。

しかしドレフによれば、「大量破壊兵器のない中東」をめぐる外交の言葉遣いは変わりつつある。

単にイスラエルに一方的な措置を要求するのではなく、その安全保障上の懸念にも対応しながら、将来的にイスラエル自身が参加できる制度をどのように設計するかという方向へ、議論を進めることができる。

「最大の変化は、まだ私たちの政府から生まれたものではありません。」と彼女は語る。

「最大の変化をもたらしたのは外交官たちです」

いま重要なのは、イスラエルに単に「参加すべきだ」と迫ることではない。

イスラエルが現実的に参加することのできる枠組みをつくることである。

ドレフにとって、それは、この地域的なプロセスがイスラエルの安全保障に対する脅威なのではなく、長期的な安全保障体制の一部となり得ることを、イスラエルの政策決定者に理解してもらうことを意味する。

エルサレムからテヘランへ続く道

METOが最終的に描く未来は、核兵器の問題をはるかに超えている。

キヤエイが思い描くのは、現在の国境や政治的対立が、人々の移動や貿易、協力を妨げることのない地域である。

ドレフにも似たイメージがある。

中東を横断する列車に乗り、エルサレムで朝食をとり、ダマスカスかベイルートで昼食をとり、テヘランで夕食をとる。

そんな未来である。

ユートピアのように聞こえる。

しかし二人は、そうではないと言う。

かつてヨーロッパも、同じように終わりのない戦争の連鎖に閉じ込められているように見えたと、二人は指摘する。

欧州連合(EU)が誕生したのは、何世紀にもわたる対立が突然消え去ったからではない。

政治指導者たちが、戦争の連鎖を再び繰り返しにくくするための制度を構築したからである。

「私たちも、それほど違うわけではありません」とキヤエイは語る。

「私たちにもできるのです。」

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World
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INPS Japan

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