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国連の未来サミットは壊れたシステムを修復する貴重な機会: 市民社会の参加を

【ニューヨークIPS=マンディープ・S・ティワナ】

今日、中東では大規模な地域紛争、さらには核兵器による大惨事の可能性が大きく影を落としている。アントニオ・グテーレス国連事務総長が厳しい警告を発しているにもかかわらず、多国間システムは、紛争、貧困、抑圧といった、まさに国連が対処すべき課題の解決に苦慮している。深く分断された世界において、今年9月の「国連の未来サミット」は、国際協力のあり方を修正し、グローバル・ガバナンスの格差を是正する貴重な機会を提供するものである。

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

問題は、国連関係者以外の人々や市民社会組織の間で、このサミットが開催されることを知っている人々はかなり限られているということだ。これは、幅広い協議が行われていないためである。昨年12月、21世紀の国際協力の青写真となるはずの「未来のための協定」のゼロ・ドラフトに、市民社会がインプットを提供する時間や機会が限られていたことから、立ち上げから事態はお粗末な展開となった。

2024年1月に発表されたゼロ・ドラフトは、目前の難題に取り組むという野心に欠けていた。基本的な自由に対する制限が増大し、持続可能な開発目標(SDGs)の実現に必要な透明性、アカウンタビリティ、そして参加を著しく妨げているにもかかわらず、この草案には市民社会の役割についての言及が一つあるだけで、市民的空間については何も書かれていない。

はっきり言って、サミットの共同ファシリテーターであるドイツとナミビアは、このプロセスが純粋に政府間のものであることを望む国々と、市民社会の関与に価値を見出す他の国々の要求のバランスを取らなければならないという、困難な立場にある。2月には、ベラルーシを筆頭とする一握りの国々が、国連憲章特別委員会に書簡を送り、市民社会組織の正当性に疑問を呈した。もしこれらの国々の要求が受け入れられるようなことになれば、国連は、市民社会の参加によってもたらされる革新性と広がりとを失ってしまいかねない。

2024UNCSC

国連は今年5月にはナイロビで大規模な市民社会会議を主催するが、その目的は、市民社会が 「国連の未来サミット」にアイデアを提供するためのプラットフォームを提供することである。しかし、応募者の選考から会議開催まであと1カ月しかなく、どれだけの市民社会代表、 とりわけグローバル・サウスの小規模な組織の代表が参加できるかは未知数である。

国連には、市民社会特使の任命を求める『Unmute Civil Society(無言の市民社会)』 の提言を受け入れる必要性が残っている。そのような特使は、国連がそのハブを越えて市民社会への働きかけを推進することができる。多くの人々が国連を遠い存在だと感じている中、市民社会特使は、国連の広大な機関やオフィス全体にわたって、人々や市民社会のより良い、そしてより一貫した参加を擁護することができるだろう。これまでのところ、市民社会と国連との関わりは不均等なままであり、様々な国連部局やフォーラムの文化やリーダーシップに依存している。

A message from the UN Office in Nairobi, the host of the 2024 UN Civil Society Conference. Maher Nasser, Chair of the Conference, along with Co-Chairs of the planning committee Carole Ageng’o and Nudhara Yusuf share their commitments for the UN Civil Society Conference. #WeCommit

特に、イスラエルのガザ地区、ミャンマー、スーダン、ウクライナなど、世界各地で多くの紛争が勃発している中、国連の未来サミットがその目的を達成するためには、市民社会の関与が不可欠である。市民社会による改革案の多くは、サミットで審議される国連事務総長の「平和のための新アジェンダ」に盛り込まれており、その中には核軍縮、予防外交の強化、平和活動への女性の参加の優先などが含まれている。

また、多くのグローバル・サウス諸国が直面している、公共支出を必要不可欠なサービスや社会保護から債務返済に振り向けるような、高騰する債務レベルへの対処も急務である。市民社会は、返済危機に直面している国々に対し、債務再編や債務帳消しに関する富裕国からのコミットメントを確保するためのブリッジタウン・イニシアティブのような取り組みを支持している。なぜなら、もし開発資金調達の交渉に市民スペースと市民社会参加の保証が含まれなければ、公共資金を必要としている人々の利益になることを保証する方法がないからである。それどころか、独裁的な政権は、抑圧的な国家組織や汚職と庇護のネットワークを強化するために、それらを利用する可能性がある。

市民社会はさらに、国際金融アーキテクチャーにおける改革を求めている。その中には、強大な経済力を持つG20グループによる決定を国連のアカウンタビリティの枠組みの範囲に入れることや、現在少数の先進国によって支配されている国際通貨基金と世界銀行のシェアと意思決定を公平に配分することなどの要求が含まれている。

UN Photo
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しかし、グローバル・ガバナンス改革に向けた市民社会の変革提案のうち、どれだけのものが国連の未来サミットの最終的な成果として結実するかは不透明である。これまでのところ、市民社会が「未来のための協定」プロセスに400以上の文書提出を行ない、そのコミットメントを示したにもかかわらず、国連加盟国の交渉、記録、そして取りまとめ文書に関する透明性は限定的なものにとどまっている。

問題なのは、国連の未来サミットに向けた各々の政府の立場について、国内の市民社会グループと全国的な協議を行った政府がほとんどない点である。こうした傾向が続けば、国際社会は将来の世代の生活をより良いものにするための重要なチャンスを逃すことになる。このプロセスに人々や市民社会を積極的に参加させることは、今からでも遅くはない。サミットの目的はあまりにも重要なのだ。(原文へ

マンディープ・S・ティワナ氏は CIVICUS エビデンス・エンゲージメント担当最高責任者、ニューヨーク国連代表。

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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核の安全を導く:印パミサイル誤射事件の教訓

【イスラマバードLondon Post=マジッド・カーン】

2022年3月9日、インドからパキスタン領内に誤ってミサイルが発射される事件が発生したことで、歴史的に対立してきたこの両国間の核を巡る安全と外交の不安定な状況に国際的な懸念が高まった。この事件では死傷者は出なかったものの、核保有国間の破滅的な誤算の可能性を浮き彫りにした。南アジアにおける安定が壊れやすい状況にあること、こうした過誤が全面紛争へエスカレートするのを予防するためには警戒と意思疎通を怠らず行うことが必要であることを、今回の事件は警告している。

印パ関係の背景

インド・パキスタン関係は、後者が前者より分離独立した1947年以来、根深い緊張と紛争に特徴づけられてきた。対立の起源は、領土紛争や宗教的な差異、政治的角逐にあり、その後の数十年で数回の戦争につながってきた。

核兵器の存在は、印パ関係に複雑な抑止的構造を植え付けてきた。「相互確証破壊」は理論的には、他方に対し先制核攻撃をした場合、被攻撃国の破壊を免れた残存核戦力によって確実に報復できる能力を保証することで直接的な紛争を防ごうとする態勢である。しかし、これは軍拡競争と双方の軍国主義化にもつながっており、両国は定期的に弾道ミサイルの実験を行い、軍事演習を実施して軍事力と決意を誇示している。

和平協議や条約交渉など、関係正常化に向けた外交的な試みが何度か行われたにもかかわらず、1999年のカーギル戦争や2008年のムンバイ同時多発テロなど、両国はしばしば軍事的エスカレーションの瀬戸際に立たされてきた。

2022年ミサイル誤射事件の詳細

インドは2022年3月9日、ブラモス巡行ミサイル(インドとロシアが共同開発)をハリヤーナー州シルサから誤射し、パキスタン領内パンジャブ州カネワルのミアン・チャヌに着弾した。ミサイルには弾頭は搭載されていなかったが、定期メンテナンスの際の技術的不具合によって誤射されたとされている。

パキスタンは事件に関する説明を繰り返し求めたが、インドが回答するまでに2日かかった。その間インドは、両国合同の調査ではなく、インド単独での内部調査を行うことを選択した。インド国防相は事件を「誤射」と呼び、インド空軍少将率いる調査の結果、空軍大尉が誤射の責任を問われた。

直後の状況

この2022年の誤射に対する国際的な反応は素早く、主要な大国や国際機関が懸念を表明し、包括的な調査と、両国による軍事作戦の透明性向上を求めた。この事故は、核保有国の軍事兵器に関わる不始末や事故の危険性について、国際社会に警鐘を鳴らすものとなった。

印パ両国間関係は事件によって一時的に緊張が走った。事件後、活発化した外交チャンネルは、危機の際にオープンで信頼できるコミュニケーションラインを維持することの重要性を浮き彫りにした。

意思疎通戦略の分析

2022年のミサイル誤射事故は、核保有国間の危機管理におけるコミュニケーション戦略の重要性を浮き彫りにした。いかなる状況下でも効果的に機能する強固でフェイルセーフな意思疎通メカニズムの必要性が明白となった。効果的な意思疎通は、危機管理に役立つだけではなく、長期的な信頼醸成にも意味を持つ。

戦略的教訓

ミサイル誤射事件は、インドやパキスタン、国際社会にいくつかの戦略的教訓をもたらした。第一に、このようなミスを予防するために各国軍隊内での厳格なチェック・アンド・バランスが必要であることが浮き彫りになった。

第二に、紛争へのエスカレーションを抑制する危機管理手続きの重要性があらためて明白になった。これらの手続きは、技術的な進化や政治状況の進展に応じて常に再考される必要がある。

最後に、今回の事故は国際的な核不拡散と安全基準にも影響を与える。核武装した隣国同士が歴史的に対立関係にある地域では、国際的な監視と協力的な安全対策が有益であることを再認識させるものである。

今後の政策に向けて

この2022年の事件は、インドとパキスタン両国の今後の政策の方向性に重要な示唆を与えている。国内的には、両国とも軍に対する監視を強化し、戦力を管理する安全技術への投資を進めねばならないだろう。国際的には、こうした事件が国際危機へとエスカレートしていかないように、核安全手続きに関して協力を強化する必要がある。

ベストプラクティスを共有し、共同訓練を実施し、危機発生時にリアルタイムで意思疎通を図るためのフォーラムとして機能する二国間核リスク削減センターを設立することにも一考の余地がある。さらに、定期的な二国間または多国間協議(場合によっては国連のような国際機関の後援を受ける)を行うことで、状況の誤認や偶発的なエスカレーションのリスクを低減する対話と関与の枠組みを確立することができる。

さらに、これらの政策を核保安や危機管理に関する国際協定によって下支えすることも可能だろう。この協定には、透明性の確保、定期的な査察、リスク管理に関する共同訓練などの条項を盛り込むことができる。このようなイニシアチブは、地域の安全保障を強化するだけでなく、核保有国が事故を防止し、潜在的な危機を効果的に管理するための強固なメカニズムを確保することで、世界の安定にも貢献するだろう。

結論

2022年のミサイル誤射事故は、核武装した状況で平和と安全を維持するために必要な絶妙なバランスを痛切に思い起こさせるものだった。この事件は、危機管理における短期的な教訓と、長期的な安全・安定措置に対する戦略的洞察の両方をもたらした。この事件に学ぶことで、印パ両国は、その軍事力をよりよく管理し将来的な危機を予防するための政策と手続きを強化することができる。(原文へ

※著者のマジッド・カーンはメディア学の博士で、ジャーナリスト、学者、作家である。プロパガンダ戦略、情報戦争、イメージ構築の分析を専門とする。

INPS Japan/London Post

This article is brought to you by London Post, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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|視点|戦争と温暖化 (クンダ・ディキシットNepali Times社主)

核兵器禁止の必要性を警告した対ウクライナ戦争

|視点|戦争と温暖化 (クンダ・ディキシットNepali Times社主)

核の冬と気候温暖化、どちらが地球にとって大きな脅威なのか、不気味な選択である。

【イスタンブールNepali Times=クンダ・ディキシット】

ここトルコの黒海沿岸からわずか200km離れた北の地(=ウクライナ)で過去2年間で20万人が死亡した全面戦争が起こっているのを想像するのは難しい。

そしてここから南に目を向けると、パレスチナ人の民間人に対する容赦ない暴力によるガザ地区の完全破壊が、イランとイスラエルの直接対決へとエスカレートしている。

どちらの戦争でも、当事国が核兵器を保有しているか、開発に近づいている。ロシアはウクライナで戦術核兵器を使用すると脅し、イスラエルとイランは今週のドローンやミサイル攻撃で、互いの核施設を標的にしている。

イランとイスラエルは自制しているようだが、僅かな誤算でサウジアラビアとアラブ首長国連邦を巻き込んで地域が大混乱に陥る可能性がある。そうなれば、米国も巻き込まれる可能性がある。

ウクライナに650億ドル相当の軍事支援を提供する米議会の超党派投票は、戦争を長引かせるだろう。ロシアのテレビ番組では、ウクライナだけでなくロンドンやパリも核攻撃すると公然と脅している。

米国の科学誌『原子科学者紀要』(Bulletin of the Atomic Scientists)は、「不吉なトレンドが世界を世界的な破局へと導き続けている」として、「世界終末時計」の針を真夜中の90秒前まで進めた。これは、これまでで核のハルマゲドン(世界の破滅)に最も近づいた。

ロシアとウクライナ、イランとイスラエルの緊張に加え、核保有国も増殖している。米国、ロシア、英国、フランス以外に、イスラエルは90発、インドとパキスタンはそれぞれ約170発、中国は400発以上、北朝鮮は30発の核弾頭とそれを太平洋に運ぶ弾道ミサイルを保有している。

1990年のソ連崩壊後、核弾頭の総保有量は減少したが、現在では米露中の三極冷戦が新たに始まり、核兵器保有国の数は増加している。

核紛争の脅威は、ニューヨーク・タイムズ紙が新たな核軍拡競争と「世界をより安全にするために何ができるか」を考察するシリーズ(タイトル:At the Brink)を立ち上げるほど現実のものとなっている。

地球温暖化によって破壊される地球と、核の冬につながる全面戦争によって荒廃する地球と、今後数年間の地球にとってどちらが大きな脅威であるかという不気味な選択である。ロバート・フロストの詩『炎と氷』が思い浮かぶ:

世界は火の中で終わるという人がいる

氷の中で終わるという人もいる。

これまで味わった欲望の旨味からすると

私は火が好きな人たちの肩をもちたい。

でも世界が二度滅びなくてはいけないのなら、

私の憎しみについての知識から言えるが

破壊のためには氷もまた最適だし

十分役割を果たすだろう。

このままでは世界は『二度滅びる』かもしれない。この2つの危機はリンクしており、どちらも貪欲、野心、超国家主義に端を発している。それは部族主義と、正義、公正、共存に取り組むために必要な多国間アプローチの衰退の結果である。

キューバ危機の際、終末時計の針は真夜中の7分前に移動した。当時、全面的な核戦争は想像を絶するものであったため、ほとんどの人はそれを頭から消し去っていた。それは今日核戦争や温暖化に対する人々の認識と同じである。

ここネパールでは、日々を生きるのに必死な人々にとって、世界情勢は遠いことのように思える。ウクライナや中東で起きている戦争のニュースが携帯端末で人々の目に触れるとき、それはまるで別の惑星で起きていることのように思える。

しかし、ネパールに住む私たちも影響を受けるだろう。ウクライナ戦争は世界的な燃料・食料価格の高騰を招き、ネパール経済はいまだにその影響を引きずっている。数百人のネパール人がロシア軍で戦い、少なくとも33人が戦死し、数十人が連絡が取れなくなっている。

イスラエルでは10人のネパール人学生がハマスに殺害され、1人はいまだ行方不明である。西アジアにおけるより広範な戦争は、世界経済への影響はさておき、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン、クウェート、イスラエル、レバノンで働く推定200万人のネパール人に直接影響を与えるだろう。ネパールは、こうした海外に出稼ぎに出会た同胞の突然の大量帰還に備える準備ができていないのだ。

Kunda Dixit
Kunda Dixit

イスラエルとイランの核戦争は、考えられないことではない。イスラエルの強硬派は、イラン政府が自前の核爆弾を開発する前に、イランの核研究施設への核攻撃を呼びかけている。

風向きによっては、たとえ戦術的核攻撃であっても、放射性降下物がパキスタンやインド、ネパール上空に飛散するだろう。

私たちは今、地球村に住んでいる。どこで戦争が起きても、ネパール人はどこにいても影響を受けることになる。(原文へ

INPS Japan

クンダ・ディキシットはNepali Times社主、元インタープレスサービスアジア・太平洋総局長、元英国放送協会国連特派員。

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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|イスラエル-パレスチナ|愛国心と良心から沈黙を破る元兵士たち

アフガニスタンの平和と安全保障に関するオリエンタリズム的ナラティブの出現を暴く 

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

イスラエル人とパレスチナ人は、何とかして過去に終止符を打たなければならない。さもなければ、混乱の未来に直面するだろう。

【Global Outlook=バシール・モバシャー/ザキーラ・ラスーリ】

2023年7月、英国の国会議員で元国防省閣僚のトバイアス・エルウッドは、タリバン支配下で「安全保障は大幅に改善した」と自ら述べる動画を公表した。タリバン称賛に近い彼の発言に愕然とし、彼をタリバンの「役に立つ馬鹿」と呼ぶ者もいた。反発を受けてエルウッドは動画を削除したが、タリバン支配下の「安全」で「平和」なアフガニスタンというナラティブを語るのが彼1人でないことは確かである。西側では、ますます多くの自称アフガニスタン観測者がこの考え方を広めようとしている。(

タリバンとのドーハ合意をお膳立てしたザルメイ・ハリルザドは、タリバン支配下でアフガニスタンがより安全になったと主張した。米国の学者であり小説家であり、ザルメイ・ハリルザドの配偶者であるシェリル・バーナードはある論評で、タリバンはアフガニスタンに平和と安全保障をもたらしたと書いた。これは、国民に対するタリバンの暴力やこの国の悲惨な人道状況を記録した、世界的に有名な人権団体の信頼できる報告を全て無視するものだ。その代わりにバーナードは、「タリバンのファンではない」と評する国際危機グループ(ICG)の報告を用いた。ICGは以前より、アフガニスタンはこれまでより「はるかに平和」であると推定しており、タリバンが暴力と安全欠如の大部分の原因であったし、現在もそうであるという事実を無視している。ICGが以前からタリバン寄りの報告や分析を行っていることは、アフガニスタンの政治について知識がある多くの人に知られている。これらの主張を分析すると、三つの本質的かつ相互に関連する疑問が浮かび上がる。(1)平和と安全保障は何を意味するか? (2)それは、アフガニスタンの状況においてどのように定義され、適用されるか? (3)同じ平和と安全保障の基準が西洋社会にも当てはまるか?

平和とは何か、それをアフガニスタンに当てはめたときに何を意味するか? 平和構築の分野では、平和という言葉が単なる物理的暴力の不在よりはるかに大きな意味を持つということは、ずっと以前から定説となっている。意味のある持続可能な平和を実現するためには、さまざまなコミュニティーの福利を体系的に弱体化させ、排除、侮辱、貧困を永続化させ、権利と自由の行使を制約する不公平と不正義に根差した、構造的な暴力に取り組む必要がある。著名な学者らが、平和とは、経済的安全や心理的安全、人間の尊厳と権利の保護、差別や迫害からの自由といった人間の基本的ニーズに基づくものだと論じている。これらが一緒になって、人は自分の最大の可能性を発揮することができるのである。その延長線上で考えると、平和構築とは、個人とコミュニティーの政治的、経済的、社会的なレジリエンスと福利を確立し、促進することによって、暴力的紛争を変容させ、発生を防ぐことを目的としているといえる。人間の安全保障にかかわるこれら全ての側面に取り組まない限り、持続可能で意味のある平和を実現できる見込みは薄く、紛争の変容も解決もできないままとなる。

最近の西側の文献において規定されるいかなる基準によっても、アフガニスタンに平和と安全保障が存在すると信じるなど、現地の国内事情に極めて無知でなければありえないことだ。アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国境なき記者団のような世界的に信頼できる情報源の報告により、超法規的処刑恣意的逮捕拷問迫害集団立ち退き強制移転など、タリバンによる世界最悪の人権侵害状況が継続的かつ定期的に暴露されており、それらはいずれも罪を問われることなく実行されている。アフガニスタンのメディアは、重大な結果をもたらす恐れがあるため、公平にニュースを報道することに懸念を抱いている。その結果、報復を恐れて自己検閲に走ることが多く、アフガニスタンのメディアは人権侵害に関する報道ができなくなっている。

人口の3分の2という膨大な数のアフガニスタン人が、生き延びるためだけでも緊急人道援助を切実に必要としている。憂慮すべきことに、2023年には1,700万人が深刻な飢えに直面し、600万人が飢餓の瀬戸際にある。女性たちは、家から出るだけでも暴力や制裁を受けることを恐れながら暮らしている。タリバンの政策は、女性の権利と自由を大幅に奪い、アフガニスタン社会の政治的・社会的側面から彼女たちを体系的に排除している。彼らは、女性の教育、就労、スポーツ、娯楽、さらには個人の衛生や自己管理の基本的権利すら禁止することによって、事実上、ジェンダー・アパルトヘイトを制度化している。タリバンはまた、民族的少数派や宗教的少数派を、統治や公共サービスだけでなく人道援助や人道サービスの配布からも排除し、迫害している。少数派の強制的な集団立退きや移転は、多くの監視機関によれば、「人道に対する犯罪」の域に達している。アフガニスタンの平和というタリバンのうわべを美化する人々でさえ、同じような状況で生活するのを心地良いとは思わないだろう。では、どういう意味で彼らは、タリバンがアフガニスタンに平和と安全保障をもたらしたと言っているのだろうか?

エドワード・サイードは、オリエンタリズムの定義を、「知識」(およびそれ以上)としての「東洋」に関する一連のイメージであり、東洋という「他者」の本質的な真実を反映するのではなく、オリエンタリストがそれを構築したものを反映しているとしている。アフガニスタンの社会を「原始的」、「野蛮」、「未発達」、「未開」な「他者」と描写するオリエンタリストたちが考えるアフガニスタンの平和とは、ホッブズ主義的なそれである。イングランド内戦(1642~1651年)の際に暴力的な無政府状態よりも絶対君主制をよしとしたトマス・ホッブズは、平和と安全保障について、人々が互いに絶えず暴力をふるい合うのを阻止するという極めて狭義の概念を信奉していた。一方、君主は、市民に対して暴力を行使し、市民の権利に対するいかなる種類の制裁をも課す絶対的権限を有していた。彼は、イングランドにとって絶対君主制を敷くのが最も良いと結論付け、それを現実主義と呼んだ。英国の国民は、祖先がホッブズの「現実主義」を信じ込まなかったことに今感謝しなければならない。しかし、ホッブズの「現実主義」は今なお健在である。ただし、それは、オリエンタリズムのせいで「発展途上国」(植民地主義から復興しつつある国々)に向けられたものだ。例えばシェリル・バーナードは、アフガニスタン人が孤立、過酷な環境、欠乏に慣れていると主張することにより、タリバンの粗削りな平和という自身のナラティブを正当化した。彼女はその記事に“The Impossible Truth About Afghanistan”(アフガニスタンに関するありえない真実)というタイトルを付けた。ホッブズの「現実主義」の言い換えである。トビアス・エルウッドは、アフガニスタン人は「安定と引き換えに、より専制的なリーダーシップを受け入れて」いると主張し全て世論調査それとは反対のことを示していることを無視した。ウクライナの戦争と避難民について報道する際、西側のメディアは、文明的で、欧州、キリスト教、白人の国であるウクライナにおいて、「対立渦巻く」、「未開で」、「貧しい」アフガニスタンやイラク、シリア、その他広範な「第三世界」の国々でしか予想できない出来事が起こっていることへのショックを露わにした。このような考え方がなければ、タリバンが提供しているようななどと結論付けることはできない。

そのような考え方は、アフガニスタン人が20年間にわたって彼らを恐怖に陥れた反乱勢力の支配に屈するべきだとほのめかし、今まさにタリバンが彼らに行っている直接的、構造的、文化的暴力を看過するものである。また、このナラティブは、オリエンタリズムの自己中心性と認知バイアス、そしてそれがオリエントの「他者」の社会政治的現実をいかに歪曲しているかを如実に示している。エルウッドを含め、一部のいわゆる「観察者」や旅行者は、アフガニスタン訪問中に安心感があったというだけの理由で、アフガニスタンはタリバン支配下で安全だと断言する。彼らの安全の認識は、既知の敵、この場合はタリバンが突如として熱意あるホストに変貌し、心尽くしのもてなしをし、良い印象を与えようと努め始めたときに感じたであろう未熟な興奮、あるいはショックに関連付けることができる。20年間の共和国時代に外国人の居住者や旅行者を脅し、殺害し、誘拐し、レイプした同じグループが、いまや安全な通行権を与え、護衛さえするようになったら、根底から変わったと感じられるに違いない。主に西側に向けられたタリバンの選択的な歓迎ムードの演出は、過激主義的かつ抑圧的なタリバン政権をアフガニスタンの正当な統治者として世界に売り込むための操作である。彼らは、国内における正当性ではなく、国際社会の認知を求めているのだ。

このような訪問者が分かっていないのは、彼らが体験していることと、地元の人々が体験していることの間に著しい落差があるということだ。これらの訪問者は、タリバンが課す抑圧的な規則、服装の規制、身だしなみへの期待に従わないと生じる日々の結果や日々のハラスメントに立ち向かう必要がない。多くの者は、アフガニスタンの女性たち、ハザラ人パンジシール人、ジャーナリスト、そして避難を強いられた多くのコミュニティーの人々が、自分たちと同じように安心感を持ち、恐怖を感じずにいるかどうかを考えもしない。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナル、その他の信頼できる人権団体が作成した報告書を考慮しようともしない。

オリエント地域の平和と安全保障がオリエンタリズムによってどのように定義され、測定されるかの中心には、西洋中心主義がある。多くのヨーロッパ人の観察者は、アフガニスタンの平和を欧州への大量移民がないことと同一視している。アフガニスタン人が国境内に留まる限り、国が十分に安定していると見なされる。これらの「観察者」たちは、アフガニスタン人の欧州流入を抑制しようとするタリバン政権の安定化努力を好んでいる。欧州諸国は、オスロオランダなどの国際フォーラムにおいて、あっさりとタリバンに発言機会を提供している。とはいえ、この厚意の延長で、自国民の間にタリバン出席者が過激主義的見解を発信することを認める気はない。ドイツ当局は近頃、ケルンのモスクにタリバン幹部が現れたことを非難し、「いかなる者も、ドイツでイスラム過激派に発言の場を与えることは許されない」と宣言した。この非難は、世界保健機関がオランダで開催したイベントにタリバン幹部が問題なく出席できたこととは極めて対照的である。このようなダブルスタンダードは、「タリバンの過激主義が許容され、常態化されてもよいのは、相手がアフガニスタン人の場合のみで、相手がヨーロッパ人の場合は違う」という明確なメッセージを浮き彫りにするものだ。

米国のバイデン政権はあからさまに手のひらを返し、タリバンのイメージを国内外における「対テロ戦争のパートナー」として回復する組織的努力に乗り出している。例えば、タリバンの、イスラム国ホラサン州(ISKP)に対する取り組みとアルカイダとの関係断絶を絶賛し、これらの結果を「アフガニスタン国民にとっても良いこと」と評しているが、ほとんどのアフガニスタン国民にとって彼らは皆同じだ。このような転換は、米国の文脈におけるテロの定義が、米国人、米国の利益、あるいは「米同盟国」に直接向けられる暴力行為という狭いものであることを如実に示している。テロリストか対テロ陣営かは、この特殊な米国中心主義のレンズを通して識別され、分類される。根底にある論拠は、タリバンのような地域の暴力的過激派組織と協力することによってISKPのような反米国際テロ組織の能力を弱体化させることができるなら、それは価値のある取り組みであるというものだ。このようなアプローチを「賢明」と称賛する者もいれば、タリバンを「対テロ」努力に「支援」を提供する「役に立つ同盟者」や「アフガニスタンのパートナー」とまで評する者もいる。タリバンに関するナラティブが、米国の兵士や民間人を狙い、アルカイダをかくまう暴力的なテロリストネットワークというものから、ドーハ合意後に「対テロ」「パートナー」へと変わった様には、驚くばかりだ。

結論として、国際的なオリエンタリズムは、少なくとも二つの絡み合う自己中心的前提を意識的または無意識に抱き続けていることに基づいている。第1に、西洋にとって最善の利益となるものは、世界の他の地域にとっても最善の利益となる。結局のところ、西洋は世界の中で唯一、何が自分たちや他の地域にとって最善であるかを知っている。従って、テロリストネットワークであるタリバンとのパートナーシップが米国の安全保障を高めると考えられるなら、ひいてはそれはアフガニスタンの安定性を高めなければならず、あるいは少なくともそのように描写されなければならない。第2に、西洋と「東洋」は同等ではない。従って、何をもって安全保障、平和、安定性とするかは、西洋とそれ以外では異なる。「文明的」、道徳的、合理的、民主的で、より優れた西洋において、平和と安全保障とは、物理的暴力の不在以上のことを意味する。自由、基本的権利、脅迫からの自由、経済的・心理的被害からの自由が西洋に保障されなければ、平和はない。西洋は「積極的平和」に値する。しかし、より劣った、「より文明的でない」、大部分は非民主的な「それ以外」において、同じ平和、安全保障、安定性の基準は当てはまらない。なぜなら、彼らの生活水準ではお互いに対する物理的暴力の不在しか実現し得ないからである。オリエンタリストは、オリエントの「他者」の安定性に関するオリエンタリストの概念から、過激派政権による国民への暴力を除外すらしない。少なくとも、その政権が「パートナー」である場合は。その意味で、人間の品位、公正性、自由、基本的人権の保護は、東洋においては希求される規範でしかなく、平和と安全保障の手段たりえない。劣ったオリエントには、不完全な消極的平和がふさわしいということだ。

バシール・モバシャーは、アメリカン大学(DC)博士研究員、アフガニスタン・アメリカン大学非常勤講師、EBS大学アフィリエイト。アフガニスタン法政治学協会の暫定会長(亡命中)であり、アフガニスタンの女子学生のためのオンライン教育プログラムを主導。専門は憲法設計と分断された社会におけるアイデンティティ政治。カブール大学法政治学部で学士号(2007年)、ワシントン大学ロースクールで修士号(2010年)および博士号(2017年)を取得。

ザキーラ・ラスーリは、平和・人権活動家で、ノートルダム大学で国際平和学を専攻し、修士号を取得中。アフガニスタン・アメリカン大学で政治行政学の学士号を取得し、法学を副専攻。2019年、非暴力と平和を推進する草の根の紛争変革青年運動「アフガニスタン・ユナイト」を共同設立。アフガニスタンで平和、安全保障、人権、開発のために7年間活動した経験を持つ。

INPS Japan

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原爆を作った男が原爆を落とした男に出会ったとき

【国連IPS=タリフ・ディーン

本年のアカデミー賞7部門で受賞した映画「オッペンハイマー」は、1945年8月に14万人~22万6000人の命を奪い広島と長崎の2つの日本の都市に壊滅的な打撃を与えた原子爆弾の開発に貢献したJ・ロバート・オッペンハイマー博士の人生を描いている。

原爆投下という悲劇は、聖書的規模の人道的大惨事と呼ぶにふさわしいものだが、この映画は核兵器の使用が引き起こした惨事ではなくその製造に焦点を当てたものだった。

2月の『タイム』誌でジェフリー・クルーガー氏は、ホワイトハウスでのハリー・S・トルーマン大統領とオッペンハイマー博士の面会について振り返り、「原爆を作った男と原爆を落とした男」と的確に表現している。

Portrait of President Harry S. Truman Creidt:Public Domain
Portrait of President Harry S. Truman Creidt:Public Domain

許されざる罪悪感に苛まれていたオッペンハイマー博士は、「大統領、自分の手は血で汚れているように感じる。」と、トルーマン大統領に言ったと伝えられている。

しかし、歴史の次の展開は異なったものだったと『タイム』誌のこの記事は伝えている。

トルーマン大統領は恬として、「気にしなくていい。すべて洗い流される。」と言ったとされる。また別の説では、トルーマン大統領は悪びれもしない調子でハンカチを振りながら「ここで手でも洗うかね?」と言ったとされる。

映画では、トルーマン大統領は単にハンカチを振っただけだった。

試写会で映画を観た平岡敬・元広島市長は、映画が描かなかった(=広島・長崎への原爆投下や、被爆地で何が起きたかを直接描写しなかった)ことに対してより批判的な目を向けている。

平岡氏は、「広島の立場からすれば、核兵器の恐怖が十分に描かれていません。映画は米国人の命を救うために(原爆が)使われた、という結論に持っていきかねない筋立てになっています。」と語ったという。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、映画「オッペンハイマー」の公開とそれを取り巻くメディアの注目は、核兵器のリスクについて一般の人々の関心を喚起し、核兵器廃絶運動への参加を新たな聴衆に呼びかける機会を生み出すことになったと述べた。

「核のリスクについて人々を啓発し、必要とされている希望と抵抗のメッセージを共有することができる。この映画は核兵器がいかにして始まったのかについてのものであり、核兵器禁止条約はそれをいかにして終わらせるのかについてのものだ。」とICANは指摘した。

ニューヨーク大学グローバル問題センターのアロン・ベン=メア元教授(国際関係学)は、「歴史的な観点から言えば、オッペンハイマー博士が核兵器開発の陣頭指揮を執った『マンハッタン計画』は、第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツが欧州の周辺諸国を次々と征服しながら進軍している中で始まった。」とIPSの取材に対して語った。

しかし、核兵器の開発が完了するころまでにはドイツはすでに降伏しており、日本だけが戦い続けていた。史料によれば、日本軍は、あらゆる前線で最後の一兵まで戦う覚悟であり、彼らの辞書に「降伏」という文字はなかったとベン=メア元教授は語った。

ジョージ・マーシャル米陸軍参謀総長は、もし戦争がさらにあと1、2年続くようなことがあれば、数十万人の米国人兵士とおそらく100万人以上の日本人が犠牲になるだろうとトルーマン大統領に助言した。

トルーマン大統領が「それでは何を提案するか」と問うたところ、マーシャル参謀総長らは、日本の1カ所か2カ所に核爆弾を投下すれば、戦争を速やかに終結させ、米日双方で数百万人の命が救われると示唆したという。

20年にわたって国際交渉と中東問題について講義してきたベン=メア元教授は、「トルーマン大統領は、日本が徹底抗戦の決意を固めていたことを考えれば、これが唯一の解決策かもしれないと最終的に説得された。」と語った。

しかしオッペンハイマー博士は、ひとたび原爆が投下されると、広島・長崎で起こった損害と死の状況を認識し、原爆の壊滅的な影響に個人的に責任があると感じるようになり、トルーマン大統領に面会した際に『自分の手は血で汚れているように感じる。』という発言につながったのだった。

J. Robert Oppenheimer/ public Domain.
J. Robert Oppenheimer/ public Domain

「トルーマン大統領はオッペンハイマー博士に対して、『君は核兵器開発を担ったかもしれないが、使用の決断を下したのはこの私だ、君にはその責任はない。』と述べ、自分のハンカチを取り出し、『これで手を拭きたまえ。』と言ったという。オッペンハイマー博士はすっかり意気消沈してトルーマン大統領の執務室を後にした。」とベン=メア博士は語った。

「仮に戦争が続いていたとして、トルーマン大統領が日本人の損害について懸念したとは日本人は信じないだろう。大統領が気にしていたのは米国人の被害の方だ。残念ながらこれは依然として論争の種になっているのだが、その後米日間で結ばれることになる強固な同盟関係のために、こうした問題は大部分乗り越えられることになった。」

「もちろん、起こったことに対するオッペンハイマー博士の深い悔悟をより複雑にしたのは、彼がその後共産党の党員だと疑われて、機密保持情報アクセス権は取り消されことにある。これによって彼は米国政府の仕事はできなくなった(死後に彼の名誉回復が図られた)」とベン=メア博士は語った。

しかし、全米公共ラジオ(NPR)の放送によると、日本の視聴者の多くは、映画「オッペンハイマー」のストーリー展開に不快感を示し、事態を不完全にしか描けていないと感じているという。

「映画は原爆を投下した側の視点からのものに過ぎません。落とされた側の視点があればよかったのにと思います。」と長崎の市民、ツヨコ・イワナイさんはNPRに語った。

「核兵器なき世界」の達成に向けて国連を中心に活動している「UNFOLD ZERO」によれば、オッペンハイマー博士は、初の核実験成功を自らの目で確かめた後、ヒンズー教の聖典バガヴァッド・ギーターから「我は死なり 世界の破壊者なり」という一節を口にしたとされる。

Photo: Atomic Bombing in Nagasaki and the Urakami Cathedral. Credit: Google Arts&Culture
Photo: Atomic Bombing in Nagasaki and the Urakami Cathedral. Credit: Google Arts&Culture

「実際、オッペンハイマー博士は世界を破壊する核爆弾の可能性に衝撃を受け、第二次世界大戦終結後は、国際的な核兵器管理や、平和、世界統治の促進に深く関与することになる。」

戦争が激化し、核保有国間の緊張が高まり、核戦争の脅威がかつてないほど高まっている今日、この映画は、こうした考え方がいかに重要で適切なものであるかを思い起こさせてくれるはずだ。」と「UNFOLD ZERO」は語った。

「これらに問題に関わるオッペンハイマー博士の思想や情熱、関与は映画ではほとんど描かれていない。しかし、核抑止の本質やナショナリズムの危険性、法の支配を強化することの重要性、核戦争の防止、グローバル・ガバナンスを通じた平和の実現といったことへの理解をあらためて深めるには、今日でもオッペンハイマー博士のこうした考え方は重要だ。」

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は3月18日、国連安全保障理事会で演説し、3月10日に開催されたアカデミー賞授賞式で作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞など7部門で受賞したこの映画について言及した。

Image credit: Bulletin of the Atomic Scientists
Image credit: Bulletin of the Atomic Scientists

人類が自滅にどれほど近づいているかを象徴する「世界終末時計」が「あらゆる人々に聞こえるほど大きな音を立てて進んでいる。一方で、学界から市民社会に至るまで核の狂気を終わらせる呼びかけが続いている。」とグテーレス事務総長は語った。

「ローマ教皇フランシスは、核兵器の保有は『不道徳』だと述べた。自らの将来について懸念する世界中の若者たちは、変革を要求している。広島・長崎の勇敢な生存者である被爆者は、真実を語りそれを力に変えるこの地球上で最大の模範として、平和のメッセージをたゆみなく送り続けている。」

グテーレス事務総長は、映画『オッペンハイマー』は「核による終末の過酷な現実を、世界中の何百万もの人々にまざまざと見せつけた。」と述べ、「その続編を、人類は生き残ることはできない」と警告した。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

*タリフ・ディーンはInter Press Service北米(IPS NORAM)顧問。

This article is brought to you by IPS Noram, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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【ケッタ(パキスタン)London Post=ドスト・バレシュ】

ティム・マーシャルは著書『Prisoners of Geography』の中で、「バロチスタンなくしてパキスタンはない」と主張している。また、パキスタンのカマル・ジャベド・バジュワ元陸軍参謀総長も、「パキスタンはバロチスタンなしでは不完全だ」と述べている。インド洋に近いという理由で、バロチスタンの重要性は21世紀にさらに高まるだろう。第一次世界大戦と第二次世界大戦は大西洋と太平洋に端を発している。21世紀はインド洋の世紀であり、インド洋を支配する国がアジアを支配する。中国や米国といった大国は、表向きはバロチスタンに執着している。

こうした中、ドナルド・ブローム米国大使が「港湾運営と開発計画、地域の物流ハブとしての港町グワダルの可能性、パキスタン最大の輸出市場である米国との接続方法について学ぶため」として2023年9月12日にグワダルを訪れた。パキスタン海軍西軍司令部との会談で、ブローム大使は地域問題について話し合い、今後数年間におけるパートナーシップの継続を強調した。

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

ブローム大使のグワダル訪問は興味深い議論を引き起こした。専門家の中には、今回の訪問はパキスタンにとって、この地域の地政学的状況をポジティブな方向に進めるうえで前向きな動きだと主張する者もいる。一方で、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)(=一帯一路構想で計画される6つの経済回廊の一つ。 中国の新疆ウイグル自治区のカシュガルから中パ国境の標高4693mのフンジュラーブ峠を通り、パキスタンのアラビア海沿岸にあるグワダル港を結ぶパキスタンを北から南まで縦断する全長約2000キロの巨大経済インフラプロジェクト)との関連から中国を苛立たせることになると考える者もいる。今回の訪問には利点も欠点もあるようだ。グワダルが経済ベンチャーであることは間違いない。パキスタンが先進国に投資を呼びかければ呼びかけるほど、国は最大の利益を得ることになる。CPECとグワダルの専門家であるマクブール・アフリディ大佐は、米国はグワダルに投資すべきだと述べている。米中二国間の貿易額は年間7100億ドルを超えている。米中双方がビジネス活動に携わっているのであれば、(パキスタンが)米国にグワダルへの投資を呼びかけることに何の問題もないというわけだ。

「グワダル国際都市を宣言したパキスタンは、先進国に投資を呼びかける必要がある。米国にとってのビジネスチャンスを制限することは、パキスタン経済に損害をもたらすことになる。米中の対立によってパキスタンが苦しむことがあってはならない。米中両国から利益を得ることが国益にかなうのだ。米国のグワダルへの投資は、欧州連合(EU)、日本、韓国、カナダ、オーストラリアからの投資への道を開くだろう。」とアフリディ大佐は付け加えた。パキスタンは、地理的位置、グワダルの潜在力、人的資源、天然資源を含む4つの重要な潜在力に恵まれている。こうした要因が、米中両政府によるパキスタン政府との友好関係構築を促す背景にある。

一方、米国は中国による開発を監視しながら、グワダルでの影響力を加速させようとしている。おそらく米国の要請を受けたサウジアラビアは、グワダルに製油所を設置しようとしたのだろう。米国政府はNGOの協力を得て、同市の教育・社会部門で活動を開始した。グワダル大学では、米国大使館が研究プロジェクトを立ち上げた。NGOと協力して、米国は社会的・教育的活動を実施している。これはグワダルで初めての新しい試みである。

米国は文化的・教育的イニシアティブに投資し、識字率を高め、バローチ語や様々な現地語の教材を作ろうとしている。また、中国がバロチスタンで安全保障上の課題や好ましくないイメージに苦しんでいる時期を利用して、積極的に自らのイメージを高める戦略を展開している。米国は、中国を権威主義政権と呼び、一帯一路(BRI)の下で債務の罠政策を推進し、新疆ウイグル自治区で人権侵害を引き起こしているとして、いたずらに中国に対するイデオロギー戦争を始めている。米国は、バローチ人が中国に対して良いイメージを持っていないという事実を十分に認識しており、中国に対する否定的な世論を広めようとしている。現地の人々は今、米国が中断を伴いながら様々な支援プロジェクトに関与しているのを見て困惑している。ブローム大使の訪問後、地元の民衆は、グワダル市が米中間の新たな対立の舞台になるのではと感じている。

米国は依然としてCPECに懐疑的で、グワダル港を海軍基地にすることで、中国が軍事利用するかもしれないと考えている。多くの専門家によれば、米国はグワダル港に進出することで、ホルムズ海峡での支配力を強化し、この地域におけるイランの影響力を牽制したいのだという。現在の国際政治では、インド、サウジアラビア、ブラジルといった中堅国が、米中の大国間競争から最大の利益を得ている。これらの当事者は大国間競争を利用し、米国にも中国にも全面的に依存することを避ける傾向にある。パキスタンは、米国大使をグワダルに招くことで、米中の綱引きから最大限の影響力を得ようとする中堅国の道を歩む可能性が極めて高い。

Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.
Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.

パキスタンはその歴史を通じて、国内の経済発展に取り組むことに失敗してきた。戦争経済の状態が今日も続いている。大国間の対立があるたびに、パキスタンは経済と安全保障の恩恵を受けるためにブロック政治の一部となってきた。安全保障と経済という2つの課題を平行して進めなければならないこの国が、予見可能な課題に対処するのは大変なことだ。パキスタンは従来のアプローチを採用すべきではない。時代は変わり、知識経済、産業化、地域連携の時代となった。政府は、グワダルを含む国内への投資を米国と中国双方に呼びかけ、これらのプロジェクトの発展を支援する計画を立てるべきだ。逆説的だが、もしパキスタン政府が中国の政策に同調すれば、米国はIMF(国際通貨基金)を通じて圧力をかけるだろう。米国政府はIMFを政治的手段として利用している。そのため、パキスタンはア米国の重要性を過小評価することはできない。

現実的に言えば、世界は変貌を遂げ、アジアの世紀となり、パワーバランスはイデオロギー的にも物質的にも、西洋から東洋へと移行しつつある。中国の台頭は驚くべき現象であり、弾丸を発射することなく大国の地位を獲得した唯一の新興大国である。中国政府は援助の代わりに投資を提供し、対立よりも平和を促進しようとしている。最終的な分析によれば、南アジアは、冷戦と、米国に支えられた対テロ戦争に引き起こされた未曾有の荒廃を目の当たりにしてきた。グローバリゼーションの時代に冷戦的な思考を捨て去ることは、世界平和の必須条件である。現在の大国間競争において中立を保つことは、パキスタンにとって唯一かつ最適な選択であり、中国よりも米国を優先することは逆効果である。(原文へ

*著者のドスト・バレシュ博士は、バロチスタン大学クエッタ校で国際関係を教えている。

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【ブラゴエフグラード(ブルガリア)IPS=マージ・エンサイン】

パレスチナのガザ地区やウクライナ、そして報道される機会が圧倒的に少ない世界各地の紛争地帯の先行きが混迷を深める中、荒廃から立ち直った国の驚くべきサクセスストーリーを思い起こすことは有益かもしれない。すなわち ルワンダの事例である。

Remains of some of the over 800,000 victims of Rwanda’s genocide. Credit: Edwin Musoni/IPS
Remains of some of the over 800,000 victims of Rwanda’s genocide. Credit: Edwin Musoni/IPS

ルワンダのツチ族に対する大量虐殺(ジェノサイド)は30年前の今週始まった。死者の数は、今日のガザよりも桁違いに多かった。50万人から100万人のルワンダ人が、3カ月足らずの間に虐殺され、集団墓地はいまだに発掘されている。

当時米国は、犠牲者を「戦争の犠牲者」とみなし、「ジェノサイド」という言葉を使うことを拒否した。死者の数が増えるのを傍観していたのだ。これは、今日のガザに関する米国の声明や行動と不穏な共通点がある。実際、米国は殺戮を止めようとする努力を妨害した。国連平和維持軍を排除しようとする動きを主導し、国連による増援の承認を阻止した。ルワンダの人々を運命に委ねる決断を下したようだった。

ジェノサイドの後、何が起こったかは誰も予想できなかった。1994年以降、ジェノサイドを生きのびた人々と攻撃に参加した人々の間の和解が成立した。平均寿命は2倍以上に伸びた。事実、今日ではルワンダの人口の実に98%が健康保険に加入している。

100万人のルワンダ国民が貧困から脱却した。ルワンダは現在、社会経済開発においてアフリカ大陸をリードする国となっている。また、ビジネスや投資のしやすさにおいて、最高位にランクされている。

また、ルワンダは、正義の追求、貧困との闘い、ジェンダーの平等と市民参加を促進するための自国の解決策をモデル化し、アフリカをリードしている。現在、国会では女性が多数を占めている。

これらすべては30年前には想像もできなかったことだ。それがなぜ起こったのか?

殺戮が止むと、ルワンダは正義を求め、新たな指導者にジェノサイド後の進展に対する責任を負わせるための創造的なビジョンと新たな方法を見出した。ルワンダのガカカ法廷(=正義を貫くと同時に、和解に向かうことを目的とした裁判。加害者には自分のしたことを認める機会が与えられ、被害者には自分の愛する人に何が起こったのかを知る機会が与えられる。)による修復的正義のアプローチは、紛争後の正義と和解プログラムとしては世界で最も野心的なものの一つであった。

10年間にわたり、100万人の容疑者がコミュニティベースの法廷で裁かれた。許しと包容力を育みながら戦争犯罪に立ち向かい、地域社会の癒しを可能にした。

SDGs Goal No. 16
SDGs Goal No. 16

ルワンダのイミヒゴ・システム(業績目標契約)は、植民地時代以前の文化的慣習に基づき、かつては高度に中央集権化されていた政府を、分権化された成果主義の統治モデルを用いて改革し、心に傷を負った人々が必要とするサービスを提供した。

地方と国の指導者は、定期的に政策の進展と影響を実証することが求められる。その結果、サービスへのアクセス、人間開発指標、地元の政治参加において、検証可能な改善が見られた。

ジェノサイド以降、ジェンダーの平等はルワンダの憲法と教育制度に組み込まれ、政治、経済、家庭生活を一変させた。今日、ルワンダの女性は先見性のあるリーダーである。大統領閣僚の半数、国会議員の61%が女性である。ルワンダの小学校への就学率は、女子を含めてほぼ全国一律となっている。革新的なIT教育と全国的なデジタルネットワークの普及により、ルワンダは教育進歩のモデルとなっている。

では、戦争と大量虐殺の混乱後の回復力と復興について、私たちはルワンダからどのような教訓を学ぶことができるのだろうか?

第一に、1994年の過ちを繰り返してはならない。米国と国際社会は虐殺を止めるために立ち上がり、食料と医療へのアクセスを確保しなければならない。

殺戮が止まれば、和解こそが再建への道である。中東の敵対勢力を和解させることが絶望的、あるいは不可能に思えるなら、ルワンダを見ればいい。100日間で100万人以上の少数民族ツチ族と、ジェノサイドに立ち向かったトワ族、フツ族がフツ族の民兵に殺害された。

「ルワンダの死者は、ホロコーストにおけるユダヤ人の死者の約3倍の割合で蓄積された。「広島と長崎の原爆投下以来、最も大規模な大量殺戮であった。」

しかしそれでも、敵対する者たちは最終的には一致団結した。それには並外れた政治的意志と、不可能を可能にする信念が必要だった。しかし、それは実現した。ルワンダの人々はともに、共通の問題に対する自国の解決策を考え、実行に移すことができた。

ジェンダー平等を重視し、被害者ではなく、先見性のあるリーダーとしての女性を重視したことも鍵である。調査によれば、女性の権利を促進し、教育や経済的機会へのアクセスを向上させている国は、そうでない国に比べて成長が速く、平和で、不平等や腐敗が少ない。

ルワンダには多くの課題が残されているが、現代において最も印象的な復活を遂げた。カガメ大統領に率いられた指導者たちは、憎しみと分裂、報復の政策を拒否し、灰の中から国を再建した。

UN Photo
UN Photo

このことは、ガザやウクライナ、その他の紛争に見舞われた国々にも可能性があるという希望と証拠を示している。大虐殺から30年後、ルワンダはそれが可能であることを証明している。(原文へ

マーギー・エンサイン教授は、ブルガリアにあるアメリカン大学の学長であり、「ルワンダ:歴史と希望」の著者であり、「ルワンダにおけるジェノサイドに立ち向かう」の共同編集者である。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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EmpowerHer フォーラム :女性の起業家精神と世界平和の追求


【ニューヨークATN=アハメド・ファティ

国連本部で開催されたエンパワーハー・フォーラムが成功裏に終了した後、ATNの取材に応じた同フォーラムの議長を務めるアニ・ホァン氏は、この画期的なイニシアチブを創設した動機と今後の抱負について語った。世界中の女性起業家を鼓舞し、支援することを使命とするエンパワーハー・フォーラムは、エンパワーメントとコラボレーションの象徴である。

ATN

女性の声に力を: 世界的な女性の団結
ホァン氏は、フォーラム設立の意図について、女性起業家のための専用プラットフォームを提供し、イノベーションを促進し、経済的自立を育成することだと説明した。また、起業家精神を通じて女性の自己改革とエンパワーメントを促すというフォーラムのコミットメントを強調した。

変革の触媒:エンパワーハー・フォーラムの内部
エンパワーハー・フォーラムが他の女性中心のプラットフォームと異なる点について質問されたホァン氏は、①体験の共有と相互学習に重点を置くユニークなフォーラムであること、さらに、②フォーラムが女性達の業績を紹介するだけでなく、参加者間の協力やリソースの共有を促し、起業の課題を効果的に克服できるようにする役割を担っている点を挙げた。

エンパワーメントへの洞察
男女平等を推進する上での女性の役割についての質問に対し、ホアン氏は、①自信をつけること、②継続的に学ぶこと、③社会活動に積極的に参加することを挙げ、セルフ・エンパワーメントの重要性を強調した。また、女性同士の相互支援の重要性を指摘し、進歩の重要な原動力として集団的成長と連帯を提唱した。

未来を描く
ホァン氏は、エンパワーハー・フォーラムをグローバル・プラットフォームに拡大し、物理的な会合とオンライン交流の両方を活用して、その影響力を最大化するという野心的な計画を概説した。また、世界規模で女性の起業と成長をさらに後押しするため、トレーニング、ワークショップ、資金援助の仕組みを統合する意向を示した。

人間性の調和
ホァン氏は、「Let Peace Prevail(平和を勝ち取ろう)」という曲についての議論に移り、この曲が生まれた深い動機について語った。この曲のユニークな音楽的言語と文化的要素の融合は、平和と団結への普遍的な共感を育むことを目的としていると語った。

Ahmed Fathi, ATN
Ahmed Fathi, ATN

平和の触媒としての音楽
平和を推進する上で音楽が果たすユニークな役割を振り返り、ホァン氏は言語や文化の壁を超える音楽が持つ比類ない力を強調した。また、音楽が紛争を解決し社会の調和を促進する上で極めて重要な役割を果たしてきた歴史的な前例を挙げながら、共感を呼び起こし、相互理解と和解を促進する音楽の能力を強調した。

エンパワーメントと平和のために団結しようという呼びかけ
ホアン氏の洞察は、より公平で調和のとれた世界を形成する上で、エンパワーハー・フォーラムのような取り組みや「Let Peace Prevail(平和を勝ち取ろう)」のような芸術的試みが持つ変革の可能性に光を当てた。エンパワーメントと平和への揺るぎないコミットメントを持つこれらのイニシアチブは、刻々と変化する世界情勢の中で希望の光となっている。(原文へ

INPS Japan

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ガザ地区の戦闘休止を冷却期間に

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2023年11月25日に「Australian Financial Review」に初出掲載され、執筆者の許可を得て再掲載したものです。

イスラエル人とパレスチナ人は、何とかして過去に終止符を打たなければならない。さもなければ、混乱の未来に直面するだろう。

【Global Outlook=ラメシュ・タクール】

イスラエル人の人質50人とパレスチナ人の収監者150人を交換するため、ガザ地区での戦闘を4日間休止する取り決めは、紛争の動態を再構築するだろう。

ガザにおけるイスラエルの今の戦略には、五つの目標がある。ハマスの解体、人質の返還、イスラエル人兵士へのリスク低減、民間人の犠牲抑制、ガザ地区外への戦闘拡大の回避である。(

ハマスが10月7日に攻撃を仕掛けた目的は、できる限り多くの人を殺害し、レイプし、切断し、燃やし、誘拐すること。つまり、国民を守るイスラエル政府の能力に対する国民からの信頼を損なうこと、大勢の民間人の死者を出し、アラブ人街を炎上させる極めて暴力的な反応をイスラエルから引き出すこと、世界中のムスリムを激怒させ、西側諸国の都市を大勢の抗議者で埋め尽くすこと、イスラエルを国際的に孤立させること、アブラハム合意を解体すること、そして、アラブ諸国との国交正常化プロセスを中断させることである。

イスラエルは、人々が記憶する限り最も困難で緊迫した市街戦のさなかにある。ハマスの軍事力とインフラを削ぐため、数週間にわたって空爆した後、地上攻撃を行い、イスラエルはガザ北部を掌握した。戦闘計画は、ハマスを民間人から分離し、民間人を南部に移動させ、戦闘員を攻撃するというものだった。これは部分的に成功しただけである。なぜなら、ハマスは一般住民の間にあまりにも深く根を張っているからである。

情報戦の進捗状況は、さらにばらつきが大きい。大虐殺のビデオ画像も、継続中の軍事攻撃への支持を引き出すことが徐々にできなくなっている。占領地帯に国際メディアを入れて、戦時国際法に違反しているハマスの罪の証拠を開示し、情報を機密解除し、ビデオ映像や傍受した通信を公開するというイスラエルの戦術は、イスラエルが犯している戦争犯罪は虐殺の域に達するというハマスの宣伝に対抗するという意味では、限定的な成功しか収めていない。

軍事力とナラティブが交錯する戦争において、イスラエルは、反乱勢力が仕掛ける古典的な罠の挟み撃ちに陥っている。イスラエルにとっては勝利しないことが敗北であり、ハマスにとっては生き残るだけでも勝利である。

戦場がガザ地区南部に移行するにつれ、この不均衡はさらに悪化し得る。近隣諸国が受け入れを拒否するなか、民間人はそこからどこへ行けば良いというのだ? イスラエルは、安全なルートを通じた人道援助や支援物資の提供を、より明確に優先する必要があるかもしれない。

また、召集された30万人の予備役は、イスラエルのハイテク経済の崩壊を防ぐために本業に復帰する必要があるため、時間の経過はイスラエルにとって不利に働く。一方、ハマスもイランとヒズボラによる支援には限界があるということを分かっている。

戦闘休止によって、双方が状況を吟味し、短期および長期目標を再調整することが可能になる。

1日あたり十数名の人質解放が可能になるよう停戦が延長されるなら、ハマスは武器や戦闘員を再編成し、再武装し、再配置するための貴重な時間を稼ぎ、イスラエル民間人への攻撃を再開するだろう。

他方、戦闘休止が長引くほどイスラエルにとっては戦闘を再開することが政治的に困難になるだろう。それにより、ハマスのガザ地区における支配力とそこからイスラエルの安全保障を脅かす能力を破壊するという、イスラエルの最大の目的が妨げられる。

コストと利益が不均等であるということは、イスラエルに対して猛攻撃を加えることができるというメッセージとしてハマスに10月7日の再現を煽るものである。イスラエルは報復しようとしても、それを果たす前に停戦を強いられるだろう。

これを阻止する唯一の方法は、以前から存在していた二重の抑止力を再構築すること、すなわち、イスラエルの優れた情報活動と報復能力によってハマスの攻撃を抑止し、米国による介入という脅威によって地域のハマス同盟国を抑止することである。

そのためにイスラエルはまず、情報活動の失敗、国境の物理的障壁、10月7日のイスラエル軍の初動までの時間という、三つの疑問に答える必要がある。

また、ユダヤ人に対するホロコースト以来最悪の攻撃が加えられた日に国家の舵を取っていたビンヤミン・ネタニヤフが現職に留まるとは考えにくい。パレスチナ自治政府に対抗してハマスの強化に加担したのではないかという疑惑が調査で裏付けられようものなら、なおさらである。

また、イスラエルは2007年からガザ地区の陸路、海路、空路を封鎖し、230万人の住民に壊滅的な人道的影響を及ぼしており、封鎖を解除するよう圧力を受けるだろう。だからこそ、国連がガザ地区を「占領されたパレスチナ領域」と呼ぶのである。封鎖を解除しなければ、世界最大の天井のない監獄というガザ地区のナラティブが言われ続けるだろう。

ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の継続的拡大にも、終止符を打たなければならない。イスラエルの国内政治における内部的緊張を緩和しようとすると、外交政策において余りにも高い代償を強いられることになる。願わくは、イスラエルが再び、サウジアラビアのような主要アラブ諸国との国交正常化を模索して欲しい。

その一方で、イスラエルは国際的な支持基盤が縮小しつつあるという新たな常態に二つの面で適応しなければならない。西側世界では、若者たちがイスラエルに背を向けてパレスチナの大義に転向し、明白な世代間の分断が生じている。

また、西側世界が世界情勢に関するナラティブを支配する能力を徐々に失うなか、西側諸国とイスラエルは、イスラエル・パレスチナ関係の歴史がどのように見られているかを受け入れなければならなくなるだろう。

多くの人は、罪悪感に駆られたキリスト教西側諸国がユダヤ人に対し、ホロコーストの償いをパレスチナという通貨で支払ったと考えている。パレスチナを分割してイスラエルを建国することを賛成33、反対13で承認した国連総会決議181号(1947年)は、その時点で西側諸国に支配されていた。反対票の数を見れば、植民地独立後の世界における国連加盟国のバランスがいっそうよく分かる。

実際問題として、これは、イスラエルが世界唯一のユダヤ人の祖国として存在する権利を認めると同時に、パレスチナ人の彼ら自身の国に対する権利を認めるということを意味している。ハマスの軍事的破壊は必要かもしれないが、双方の最大限の要求には及ばないまでもそれぞれの最低限のニーズを満たす外交と交渉を伴わなければ、十分ではない。

われわれの誰もが、過去を振り返り、被害者意識と不満に満ちたナラティブを固定化し、内面化することがあるだろう。脱植民地化のイデオロギーが染み込んだ昨今の社会正義概念の基準を用いて歴史をさかのぼろうとすれば、人類がこれまで知る中で最も不安定で暴力的な時代が必ずや訪れるだろう。

そうではなく、われわれは未来に目を向けて、歴史的な不正義に終止符を打ち、力を合わせて許容可能な共存の未来を切り開くこともできる。

ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長、および戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務める。「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。

国連保健機関、ガザの飢饉を警告

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

ガザ地区(長さ50km、幅5~8kmの狭く細長い種子島ほどの面積に200万人の人が住む 世界で最も人口密度が高い場所)の状況は壊滅的であり、ガザ北部は差し迫った飢饉に直面している。3月18日に発表されたIPC(総合的食料安全保障レベル分類)パートナーシップによる最新の分析によると、他の地域も危機に瀕している。ガザ地区への大幅な食糧搬入が許可されない限り、100万人以上が壊滅的な飢餓に直面すると予想されている。

ここ数ヶ月の敵対行為の前には、5歳未満の子どもの0.8%が急性栄養失調に陥っていた。しかしこの報告書によると、北部では、2月の時点で、この数値は12.4~16.5%にのぼっている。

Tedros Adhanom Ghebreyesus/ WHO
Tedros Adhanom Ghebreyesus/ WHO

世界保健機関のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、「IPCの発表は、ガザ地区の人々が直面している悲惨な状況を反映しています。この危機が起こる前、ここには住民を養うのに十分な食糧があり、栄養失調になることはまれでした。今、人々は死に、さらに多くの人々が病気になっています。」と語った。

食料、水、その他の必要物資の供給を大幅に、かつ早急に増やさなければ、状況は悪化の一途をたどるだろう。既にすべての世帯が日々の食事を抜き、大人は子どもが食べられるように食事を減らしている。

数千人の生活と健康への長期的影響

WHOは、現在の状況が数千人の命と健康に長期的な影響を及ぼすと警告している。今この瞬間も、子どもたちは栄養失調と病気の複合的な影響によって命を落としている。栄養失調になると、重症化しやすくなり、回復が遅れたり、病気に感染して死亡したりしやすくなる。

栄養不良、栄養価の高い食品の摂取量の少なさ、繰り返される感染症、保健衛生サービスの欠如が長期的に及ぼす影響により、子どもたちの成長は全体的に伸び悩む。これは、将来の世代全体の健康と幸福を損なうことになる。

WHOとIPCのパートナーは、医療従事者と患者のために医薬品、燃料、食糧を届ける危険度の高いミッションを実施しているが、物資を届けるよう要請しても、しばしば妨害されたり、拒否されたりしている。道路が寸断され、病院内やその近くでも戦闘が続いているため、配達できる物資は少なく、遅々として進まない。

IPCの報告書は、WHOや国連のパートナー、非政府組織(NGO)が数カ月にわたって目撃し、報告してきたことを裏付けている。私たちのミッションが病院に到着すると、疲れ果てて空腹を訴える医療従事者に会い、食料や水を求められる。救命手術や手足の欠損から回復しようとしている患者、がんや糖尿病の患者、出産したばかりの母親、生まれたばかりの赤ん坊など、飢えとそれにつきまとう病気に苦しむ人々を目の当たりにする。

WHOは現在、栄養クラスターのパートナーとして、ラファの栄養安定化センターを支援し、医学的合併症を伴う重度の急性栄養失調の子どもたちを治療している。

「私たちは、ガザ北部のカマル・アドワン病院と、ラファの国際医療部隊野戦病院の2つのセンターの設立を支援しています。WHOは、アル・アクサ病院とアル・ナジャール病院の小児科病棟に対し、栄養物資や医薬品の提供、医療従事者のトレーニング、母乳育児を含む乳幼児への適切な授乳方法の普及などを通じて支援しています。」とWHOは語った。

さらなる栄養センターが必要

WHOは、合併症を伴う栄養不良に対処する医療従事者の訓練を行っている。また、治療を必要とする子どもたちのために、病院やセンターに医薬品を供給する支援を行っている。

ガザの主要な病院すべてに、栄養センターと安定化センターを増設しなけれ ばならない。栄養不良の管理を地元で拡大するためには、地域社会そのものが支援を必要としている。

WHOをはじめとする国連パートナーは、イスラエルに対し、より多くの 検問所を開放し、水、食料、医薬品、その他の人道支援物資のガザ地区への流入と輸送を加速化するよう求めている。(原文へ

INPS Japan

*INPS Japanでは、ガザ紛争のように複雑な背景を持つ現在進行中の戦争を分析するにあたって、当事国を含む様々な国の記者や国際機関の専門家らによる視点を紹介しています。

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