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視点|忠誠か、駆け引きか? トランプがマスクを見限る中、湾岸諸国が再考する賭け(アハメド・ファティATN国連特派員・編集長)

『America First, The World Divided: Trump 2.0 Influence』より分析抜粋

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

数週間前、イーロン・マスクがドナルド・トランプ大統領とともに湾岸諸国を巡るハイレベル訪問団に加わった際、そのメッセージは明確だった。米国は技術と革新の競争において再び主導権を握り、湾岸諸国はただの観客ではなく、共同投資者でもあるということだ。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦の政府では、マスクはまるで王族のように歓迎された。テスラのヒューマノイドロボット「オプティマス」が披露され、スターリンクの中東展開も示唆された。会場ではAI(人工知能)、インフラ、火星移住といった未来構想が、金色に装飾された会議室で自由に語られていた。

しかし今、トランプがマスクとの関係を公然と断絶し、連邦契約の打ち切りや「数十億ドル規模の支援」の撤回を宣言する中、湾岸諸国は厄介な立場に置かれている。つまり、「テック界の先駆者」と「政治の覇者」の狭間に挟まれているのだ。

湾岸の戦略的ジレンマ

拙著『America First, The World Divided』の第10章「アメリカ・ファーストの世界進出」ではこう書いた。

「ポスト・グローバル化時代の湾岸諸国は、資本と忠誠の両方の言語を話す術を身につけた。彼らの影響力は、どちらの側につくかではなく、“あえて決めない”ことで生まれる。」(p.209)

しかし今回に限っては、中立では済まされないかもしれない。 サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、カタールはいずれも、AI都市、宇宙開発、自動運転、デジタルインフラなど未来経済に深く関与しており、その中核にマスクの存在がある。一方で、政権に返り咲いたトランプは依然として米国の武器供与、外交的後ろ盾、政治的恩恵の“門番”であり続けている。

第7章「忠誠というレバレッジ」で私はこう警告した:

「トランプ2.0政権下では、外交関係は条約ではなく忠誠心によって試される。大統領との“私的な一致”こそが入場料だ。」(p.157)

湾岸諸国とマスクの関係

サウジアラビア

2025年4月、テスラはリヤドに旗艦店をオープンし、サウジでの事業展開を公式に開始。トランプとの中東訪問中、マスクはサウジ政府がスペースXのスターリンクを航空・海運用途で承認したと発表。関係の修復を象徴した。

カタール

マスクはカタールの政府系ファンドの会長と会談し、投資協議を行った。2025年のカタール経済フォーラムにも登壇し、同国のテック・グリーンエネルギー分野での台頭を印象づけた。

UAE(アラブ首長国連邦)

「Stargate UAE」プロジェクトが2025年5月に発表された。エミラティ企業G42と、Nvidia、OpenAI、Cisco、Oracle、日本のソフトバンクなど米系企業との協業により、世界最大規模のAIデータキャンパス構築を目指す。これはUAEの国家AI戦略の一環であり、米ハイテク企業との連携を強化する動きだ。

今後の戦略的選択肢

湾岸諸国にとって:

  • バランス外交の維持:トランプ政権ともマスクとも関係を保ち、国家利益の最大化を図る。
  • パートナーの多様化:特定企業に依存せず、テック分野での協力相手を分散させ、リスク管理を強化。

イーロン・マスクにとって:

  • 外交的対話:米政権との溝を埋め、国家利益への貢献を示すことで不安を和らげる。
  • 国際的な提携強化:米国以外の市場との連携を強め、地政学的リスクへの耐性を高める。
結論:複雑な同盟関係をどう乗り越えるか

今回のトランプとマスクの対立は、単なる個人的な衝突ではなく、地政学的なストレステストだ。湾岸諸国にとっての焦点は、どちらが正しいかではなく、「どちらが影響力を持つか」である。

「トランプの世界では、彼に背いても生き残れるかもしれないが、決して繁栄はできない。」(第9章「忠誠の代償」、p.193)

マスクには、技術、知性、資金があるかもしれない。だが、ホワイトハウスの“政治的認可”がなければ、彼の中東戦略は始まる前に静かに幕を閉じるかもしれない。(原文へ

アハメド・ファティは、American Television Network (ATN)の国連特派員で国際問題アナリスト。著書『America First, The World Divided: Trump 2.0 Influence』では、外交、多国間主義、権力と認識、そしてグローバル政治の本質を論じている。

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/trump-musk-and-the-gulf-states

INPS Japan/ATN

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なぜ海洋を中心に据えたグローバル開発が必要なのか

第3回国連海洋会議(UNOC 3)が6月9日から13日にかけてフランス・ニースで開催され、各国首脳、科学者、市民社会、企業リーダーが一堂に会し、地球最大かつ最も重要な生態系とも言える「海洋」の静かなる崩壊を食い止めるという共通の目標に取り組む。

【ニューヨークIPS=フランシーヌ・ピックアップ】

海洋は単なる広大な水域ではなく、生命の基盤であり、持続可能な開発を推進する重要な原動力である。人間の発展と海洋との複雑な相互関係は、海洋ガバナンスと持続可能性がグローバルな進展にとっていかに不可欠であるかを物語っている。これは特に**小島嶼開発途上国(SIDS)**において顕著であり、そこでは海は資源であると同時に、アイデンティティと生存そのものと深く結びついている。

SIDSは世界最大規模の排他的経済水域(EEZ)を有しており、世界の動植物・爬虫類の20%が生息する広大な海洋および沿岸地域を保護している。多くの国が自国海域の広範囲を海洋保護区に指定し、グローバルな自然保護の最前線に立っている。こうした自然資産は観光業や漁業といった海洋依存型経済の根幹を成している。しかし同時に、SIDSは気候変動の最前線にも立たされている。

海面上昇、激甚化する気象災害、環境悪化の加速はもはや将来の脅威ではなく、すでに現実として直面している問題である。SIDSは、将来を見据えた包括的な開発アプローチを採用しているにもかかわらず、債務の悪循環に陥っており、今後間違いなく増加するであろう気候ショックへの備えと対応能力を損なわれている。

解決策の「海」

SIDSはパリ協定での**「1.5度」目標**の合意に大きく貢献した国々でもある。彼らは、海洋・沿岸資源の保全と持続可能な利用、再生可能エネルギーの推進、デジタル化と地域能力の強化、雇用創出など、複数の課題を統合的に解決する大胆なアプローチを先導している。

2024年5月に開催された第4回小島嶼開発途上国国際会議(SIDS4)と、「アンティグア・バーブーダ・アジェンダ(ABAS)」の採択により、今後10年間の行動計画が策定された。これは気候・生物多様性への取り組みの強化、海洋の持続可能な利用の促進、レジリエンス強化を柱としている。

また、SIDSは昆明・モントリオール生物多様性枠組み(KMGBF)、パリ協定、国連砂漠化対処条約(UNCCD)戦略枠組みにも積極的に貢献しており、海洋保全や陸海両面からの環境劣化対策を優先事項としている。

「ライジング・アップ・フォー・SIDS」(Rising Up for SIDS)は、今後10年間に向けた変革的ビジョンを描く戦略であり、UNDPとSIDSが約60年にわたり築いてきた協力関係、そして**小島嶼国連合(AOSIS)**とのパートナーシップを基盤としている。これにより、政策や実践の中でSIDSのニーズが確実に反映されるようになっている。

**ニースでの第3回国連海洋会議(6月9日~13日)**には、こうしたSIDSの革新的かつ拡張可能な解決策が示され、彼らが「海洋ポジティブ(ocean-positive)」な取り組みの最前線にいることが明らかにされるだろう。世界はその声に耳を傾けなければならない。以下、SIDSが示す3つの重要な教訓を紹介する。

1.海洋は人間開発の原動力である

SIDSにとって海洋は境界ではなく、まさに「生命線」である。小規模漁業は何百万人もの食と生計を支えている。海洋・沿岸観光はGDPの多くを占めている。ブルーカーボン生態系(マングローブ、海草、塩性湿地)は炭素を隔離し、海岸を守り、多様な生物の生息地となっている。海洋の遺伝的・生物学的な豊かさは、将来の医療や持続可能な産業、気候適応の可能性も秘めている。

SIDSでは、海洋の取り組みと経済開発は切り離せない。環境リスクの深刻化は経済的不安定さを悪化させているが、海洋経済の活用は食料安全保障、観光、貿易、気候レジリエンスに資する持続可能な成長と多様化を促す。

しかし、SIDSだけでこの道を切り開くことはできない。グローバルなパートナーシップと国際的な資金支援が不可欠であり、誰ひとり取り残さない包摂的で公平な開発の実現が求められている。

2.統合的な解決策が必要である

海面上昇、生態系の劣化、経済的脆弱性は別個の問題ではない。その解決策も同様である。SIDSでは沿岸生態系の修復・保護の取り組みが持続可能な観光や漁業にもつながっている。こうした取り組みは人間開発の機会を広げ、雇用と繁栄を生み出す。

「島全体のアプローチ(Whole of island approach)」は、持続可能な開発の力強いモデルとなっている。脱炭素化と地域社会のエンパワーメント、生物多様性の保護と機会・安全保障の拡大、伝統的・地域の知恵を基盤とした革新が統合されている。

SIDSは、複雑に絡み合う課題に対して、海洋を中心に据えた統合的な解決策を世界に示している。

3.イノベーションは加速装置である

SIDSは、世界に応用可能な革新的な海洋ベースの解決策を試行・拡大している。多くの島では、海洋経済分野への移行と優良事例の創出に向けた新たな投資可能な取り組みが進行中である。

セーシェルは世界初の「ブルーボンド」を発行し、海洋保全を資金面で支えている。キューバでは自然ベースのソリューションでサバナ・カマグエイ生態系の劣化が回復しつつある。モルディブでは地域コミュニティが使い捨てプラスチック禁止に成功している。

新たに開始された**GEF資金によるUNDP主導の「ブルー&グリーン・アイランズ」**イニシアティブは、都市開発、食料生産、観光の3つの主要経済セクターにおいて自然ベースのソリューションを促進している。これはシステム全体の変革を目指す世界初の取り組みであり、グローバルな環境利益と持続可能な開発の両方を推進する。

また、グローバル・コーラルリーフ基金のような革新的なパートナーシップは、公共・民間・フィランソロピー資金を呼び込み、民間投資のリスクを軽減しつつサンゴ礁生態系の保護と回復を支えている。これらの新たなモデルはすでに他国にも波及しつつある。

SIDSからの海洋アクション

第3回国連海洋会議(UNOC3)や、6月30日から7月3日に開催される第4回開発資金国際会議(FfD)に際して、メッセージは明確である。世界はSIDSの先駆的な解決策をさらに拡大・支援すべき時にある。SIDSのリーダーシップを後押しすることは、人と地球がともに繁栄する新たな「機会の海」を生み出し、SIDSだけでなく世界中の海岸線に恩恵をもたらす持続可能な開発の道を切り開くことにつながる。(原文へ

フランシーヌ・ピックアップは、国連開発計画(UNDP)政策・プログラム支援局 副局長・副アシスタント事務局長

INPS Japan/IPS UN Bureau

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人口は増加する一方で雇用は減少──米国の消費主義に左右される世界の雇用市場

【国連IPS=マキシミリアン・マラウィスタ】

アジア太平洋地域では雇用やGDP成長が活況を呈しているように見えるものの、その市場は米国の消費主義に依存した不安定で脆弱な構造を抱えている可能性が、複数の報告書から明らかになっている。

国際労働機関(ILO)が2025年5月に発表した「世界の雇用及び社会見通し」によれば、世界の雇用市場に関する予測は大幅に下方修正されており、その背景には依存性の高い脆弱な雇用市場の現状がある。

報告によると、世界のGDP成長率予測は3.2%から2.8%に引き下げられ、それに伴い雇用成長率も1.7%から1.5%へと減少、700万人分の雇用減少につながるとされている。この原因の根底には米国の消費主義があり、高関税による貿易の混乱が直接的に雇用減少に結びついていると分析されている。

世界市場が一国の消費に依存している状況は、雇用市場の弱体化を象徴している。さらに、労働所得比率(GDPに占める労働者の取り分)は2014年の**53%から2024年には52.4%**に低下しており、実質購買力平価(PPP)の減少を反映している。

スキル構造の変化も顕著だ。高所得・中所得国では低~中スキル職から高スキル職への移行が進んでいる。2013年から2023年の間に、職務に対してスキル不足の労働者は37.9%から33.4%に減少した一方、スキル過剰の労働者は15.5%から18.9%に増加した。

さらに、生成AI(ジェネレーティブAI)による影響も進行している。現在、4人に1人の労働者が業務の一部がAIによって自動化される可能性があるとされ、16.3%が中程度の影響、7.5%が高度な影響に晒されている(特に高スキル職において)。

不確実性が雇用予測を左右

いま、世界の市場が拡大しインフレ圧力が緩和しているにもかかわらず、企業は雇用拡大に慎重な姿勢を取っており、既存の従業員は維持するものの新規雇用には慎重になっている。地政学的混乱と構造的な転換が雇用情勢を大きく変え、企業にとって前例のない新たな局面を迎えている。

インフレ率はほとんどの国で低下が見込まれており、2025年には4.4%まで下がるとされている(2024年は5.8%)。これは世界的な経済拡大の縮小とも関連している。米国の報復関税(2025年4月)は世界貿易の構造を大きく変化させ、全地域にわたって同期的な景気減速を引き起こしている。

これにより企業は新たな戦略を模索するか、新たな市場条件に適応せざるを得なくなっている。

2025年には4億700万人が就職を希望しているが職に就けておらず、その結果、質の低い職や不安定な職に甘んじる人々が増えている。

アジア太平洋地域は世界最速の成長を続ける経済圏であり、3.8%の成長が見込まれている。これに対し、アメリカ大陸は1.8%、欧州・中央アジアは1.5%。

しかし、2023年の推定ではアジア太平洋地域の5600万件の雇用がサプライチェーンを通じて最終需要に依存しており、これは世界で最も高い依存度であり、米国の輸入需要に左右される最大の脆弱性を抱えている。

雇用成長率はアジア太平洋地域が1.7%(3400万件)と最も高く、次いでアフリカ、アメリカ大陸は1.2%、欧州・中央アジアは0.6%にとどまっている。

世界的逆風の中の経済成長と生産性

2014年から2024年の間に世界のGDPは33.5%成長、アジア太平洋は55%成長しており、コロナ禍を経た力強い回復を示している。

ILOの報告によれば、アジア太平洋の成長は新規雇用創出ではなく生産性向上によるものであり、これとは対照的にアフリカとアラブ諸国では経済成長が雇用増を伴っている。

インフォーマル(非正規)雇用はなおも正式雇用をわずかに上回っており(+1.1%)、現在世界で20億人(全労働者の57.8%)がインフォーマル労働に従事している。

アフリカでは労働者の85%がインフォーマル雇用であり、過去10年間で29.3%成長している。一方、アジア太平洋では過去10年でインフォーマル雇用は11.3%減少しており、正規・非正規を問わず経済成長への寄与は変わっていない。

労働所得比率はアフリカ、アメリカ、欧州・中央アジアでは低下しているが、アジア太平洋とアラブ諸国では増加しており、技術革新や市場構造の地域差を示している。

職種構成は国ごとに大きく異なり、高所得国ほど農業や単純労働から専門職・技術職・管理職にシフトしており、技術・教育志向が強まっている。

世界全体では、いまだに半数以上の労働者が職務とスキルがミスマッチしているが、この状況は過去10年で大幅に改善しており、教育水準の向上が貢献している。

変化の激しい雇用情勢

かつてない速度で世界の雇用市場は変化している。今回の報告は、こうした雇用市場の不安定性と、地域ごとの要因がいかに異なる影響を及ぼしているかを浮き彫りにしている。

農業・縫製産業・低スキル労働中心の国々と、生産性・教育・技術スキルを重視する国々とでは、異なるアプローチながら類似した経済成果が見られ、安定したグローバル経済の「万能解」は存在しないことが示されている。

SDGs Goal No. 8
SDGs Goal No. 8

ILOのギルバート・フンボ事務局長は、「今回の雇用情勢に関する報告は厳しい現実を示しているが、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)創出の道しるべにもなる」と述べた。

「社会保障の強化、スキル開発への投資、社会対話の推進、包摂的な労働市場の構築によって、技術革新の恩恵がすべての人に届くようにしなければならない。そのためには、緊急性・野心・連帯が不可欠だ」と強調した。

とりわけ「包摂性の確保」は、世界経済を拡大するうえで最重要な要素といえる。各国が同じ方向に進まないのであれば、それぞれの地域特性と経済の重点分野に応じた対応が求められる。

国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は2月に、「各国政府は政策の優先順位を転換しつつある」と述べた。「米国では貿易政策、税制、公共支出、移民政策、規制緩和といった分野で重大な政策変更が行われつつあり、米国経済と世界経済全体に影響を及ぼしている…。政策変更の影響は複雑で、今後数か月の間により明確になるだろう」と語った。

ゲオルギエバ氏はまた、現代は「不確実性の時代」であり、米国の貿易政策がその不確実性をさらに高めているとも指摘し、各国の政策がそれぞれの経済構造に応じて異なる結果を生んでいることを改めて示した。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

揺らぐ中立外交──ネパール、北と南のはざまで

ネパールの「等距離外交」戦略が揺らぎ始めている。カトマンズは北と南から相反する圧力にさらされている

【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】

260年に及ぶ歴史の中で、ネパールは2つの巨大な隣国との間で均衡を保つことに努めてきた。歴代の統治者たちは、インドと中国という、必ずしも友好関係にない隣国双方と友好関係を築こうとしてきた。

しかし、この綱渡りのような外交がいかに繊細なものであるかは、先週の二つの出来事で改めて浮き彫りになった。

先月、カシミールで起きた襲撃事件でネパール人1人が死亡した。今週カトマンズで開かれた地域テロ対策に関するセミナーでは、ネパールがパキスタン非難に及び腰だったことで、インドを不必要に苛立たせたという見方が示された。

一方、カトマンズ国際山岳映画祭(KIMFF)では、中国の資金提供による『シーザン(Xizang)パノラマ』という枠組みでチベット関連の中国制作ドキュメンタリーが上映された。これに対しては直ちに反発が起き、中国資金の受け入れと「Xizang」というチベットに対する中国名の使用が問題視された。上映作品は「植民地主義的プロパガンダ」であり、北京のチベット文化や民族的アイデンティティ、独立・自治の抹消の試みだとの批判が寄せられた。

「“Xizang”という用語は単なる地理的呼称ではありません。これは中国が国際社会における“チベット”という呼称を意図的に置き換えようとするキャンペーンの一環であり、独自かつ豊かな芸術・文学・精神文化のアイデンティティの抹消を狙っています。」と、チベット人映画制作者や作家たちのグループがKIMFF開催中にネパール・タイムズ紙に寄稿した。

ネパール政府は外交文書ではすでに「Xizang」という呼称を使用し始めており、中国がネパール政府に働きかけてKIMFFにチベット関連作品を上映させたのではないかとの憶測も流れた。KIMFF側は本紙からのコメント要請に応じなかった。

国際関係専門家のインドラ・アディカリ氏は「私たちは市民社会やメディアにおいてチベット人コミュニティの権利とアイデンティティを擁護することはできますが、外交上の呼称は中国との関係を考慮した政府の外交方針に沿うものとなります」と述べている。

今回のテロ対策セミナーや映画祭の騒動は、ネパール政府と市民社会が2つの隣国からの相反する圧力にますます挟まれている現状を象徴する事例の一つにすぎない。

ドナルド・トランプ政権下で米国の国際的影響力が後退し、中国とインドといった新興大国がその空白を埋めつつある。結果として、政治的に弱体化したネパール国家はこれまで以上に従属的な立場に追い込まれている。

北と南からの圧力にさらされる中、ネパールの「等距離外交」戦略はほころびを見せ始めている。

元南アジア地域協力連合(SAARC)事務総長のアルジュン・バハドゥール・タパ氏は「最近のネパールの政治指導者たちは“国益”の定義をその時々の都合に合わせて変更しています。つまり、政権によって対中・対印外交の姿勢が変わるのです」と指摘する。

とはいえ、ネパールが主体性を示す場面もある。リムピヤドゥラ国境問題ではインドの反発を招いたが、パハルガームでの襲撃事件でもネパール人が犠牲になったにもかかわらず、ネパール政府はパキスタンを名指しで非難することを拒んだ。

インド政府は「等距離外交」という言葉自体を快く思っていない。また、ネパール国内でも、地理的近接性、文化的親和性、経済・貿易関係を考慮したより現実的な対印外交を模索すべきとの意見がある。

アディカリ氏は「そろそろ“等距離”という概念を超え、より現実的なアプローチをとるべき時かもしれません。ネパールの対印・対中関係は性質が異なっており、その違いを外交方針にも反映させるべきです。」と述べている。

一方、タパ氏は「欧米諸国の関心低下がインドや中国をより強硬にさせている」という見方には慎重である。「確かに欧米の関心は薄れていますが、米国や欧州がこれまでインドや中国以上にネパールに影響力を持ったことはありません。」と語る。

さらに、ネパール国内で高まっている「ヒンドゥー君主制復活」運動について、両隣国がどう見ているのかという憶測も飛び交っている。王政復古を掲げるRPP(国民民主党)とRPP-Nは連携を組んだものの、最近は首都での集会への参加者が減少しており、抗議活動の場を地方都市へと広げる方針に転じている。

インドのメディアはカトマンズでの王政復古集会を大きく報道しており、ほぼIPLクリケット並みの扱いだ。一方、中国はこの件に関して多くを語っておらず、むしろネパール国内の分裂した共産勢力をまとめることに関心があるようだ。

インドの与党BJPと中国共産党には、それぞれネパールの望ましい政権像があるものの、両国が必ずしも対立しているわけではない。インドと中国政府はいずれも、自国間の緩衝地帯であるネパールに政治的安定を求めている。

アディカリ氏は「BJPの一部にはネパールをヒンドゥー国家化したいと考えている勢力があり、ヒンドゥー君主制復活を望む声も存在します。」と話す。その一方で「中国側は安定した協力的な政権を求めており、できれば左派連合による政権を望んでいます。」と述べた。(原文へ

著者:シュリスティ・カルキ
シュリスティ・カルキ氏はネパーリ・タイムズの特派員。2020年にインターンとして同紙に参加し、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、正式に編集部メンバーとなった。政治、時事、芸術、文化に関する記事を執筆している。

INPS Japan/Nepali Times

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ドイツのアナレーナ・ベアボック氏、第80回国連総会議長に選出

【国連ATN=アハメド・ファティ】

ドイツの前外相アナレーナ・ベアボック氏が月曜日、第80回国連総会(UNGA)議長に選出された。ロシアによる反対を受け、異例の秘密投票が実施され、167票という支持を得ての当選となった。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

44歳のベアボック氏は、2025年9月9日に正式に議長職に就任し、カメルーンのフィレモン・ヤン現議長の後任となる。193加盟国を擁する国連総会において、女性としては5人目、ドイツ人としては約半世紀ぶりの議長就任となる。世界的な分断が進む中、多国間外交にとって象徴的かつ戦略的な節目となった。

通常は満場一致で形式的に選出されるこの議長選出だが、今回は異例の展開となった。ロシアは、ウクライナへの全面侵攻以降、ドイツの外相としてロシアを強く批判してきたベアボック氏の指名に反対。そのため総会は秘密投票を実施し、国連の意思決定過程にも地政学的緊張が入り込んでいる現状を浮き彫りにした。

難しい状況下での選挙だったが、ベアボック氏は圧倒的多数を獲得。14か国が棄権し、別のベテランドイツ外交官ヘルガ・シュミット氏に7票が投じられたが、大多数の加盟国がベアボック氏の指導力を信任した形だ。

ベアボック氏は就任受諾演説で、「Better Together(共により良く)」という理念を掲げ、世界的な危機が相次ぐ時代における集団行動の重要性を訴えた。「世界はいま、不確実性という綱渡りの上にある」と述べ、武力紛争、気候危機、貧困、食料不安、国際制度の機能不全といった課題に直面していると指摘。「信頼を再構築し、人間の尊厳を守り、ルールに基づく国際秩序への信頼を取り戻そう」と加盟国に呼びかけた。

ベアボック氏の議長任期は国連にとって極めて重要な時期と重なる。1945年の国連創設記念行事に加え、各国首脳が一堂に会する年次一般討論も開催予定だ。近年、安保理の常任理事国による拒否権行使で行き詰まりが目立つなか、国連総会の役割が再評価されている。ガザやウクライナの戦争、平和と安全保障に関わる広範な問題でも、総会が重要な討議の場となっている。

グテーレス国連事務総長は、今回の選出を歓迎し、「地政学的な分断が拡大するなか、合意形成が不可欠な時期だ」と強調。「我々は団結し、共通の解決策を見出し、行動を起こさねばならない」と述べ、国連総会は「道徳的な羅針盤であり、良心の声を届ける場」でなければならないと語った。

ベアボック氏は、気候外交、人権擁護、外交政策の分野で豊富な経験を持つ。2021年から2025年まで独外相を務め、欧米間の関係、多国間協力、ウクライナ支援に注力してきた。2018年から2022年まではドイツ緑の党の共同党首も務め、持続可能な開発と民主的価値観の推進にも尽力している。2013年からは連邦議会議員を務め、London School of Economics と Hamburg 大学で政治学と国際法を学んだ経歴を持つ。

また、彼女の選出は国連におけるジェンダー平等の前進という意味でも画期的だ。創設以来、国連総会議長に女性が就任するのは今回でわずか5人目。ベアボック氏は前任の女性議長たちの功績に敬意を表し、「若者や女性が多国間意思決定にもっと関与できるよう努める」と表明した。

外交関係者や観測筋は、今回の議長職が、国連総会が制度疲労や政治的分断の中で対話と行動の場として再び機能できるかを占う試金石になると見ている。議長職に執行権限はないものの、議論を主導し合意形成を促進し、声なき人々の声を届ける重要な役割を担う。

政治的困難を乗り越えて得た強固な支持は、多国間主義が試練に直面するいまなお、外交・対話・民主主義的価値に根ざした道徳的リーダーシップが強く求められていることを示している。

「この国連総会は、絶望の反響室であってはなりません。世界協力の灯台となるべきで」とベアボック氏は締めくくりの言葉で呼びかけた。「この機関に解決策を求めて訪れる人々のために、我々はその期待に応える責任があります。彼らは希望を抱いてやってくるのです。」(原文へ

INPS Japan/ American Television Network

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/germany-s-annalena-baerbock-elected-to-lead-80th-unga-session

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ケニアの少女たち、外来種マセンゲの木を家具に再利用

【カクマ(ケニア) IPS=ファライ・ショーン・マティアシェ】

ケニア北部トゥルカナ郡、カクマ乾燥地帯中等学校。16歳のチャー・ティトさんは、教室棟の外で強い日差しのもと、木材に釘を打ち込み、伝統的な椅子を製作している。

彼女が使っている木材は、この地域では好まれていないものだ。中南米原産のマメ科樹木プロソピス・ジュリフローラ(現地名マセンゲ)だ。

トゥルカナ郡の住民は、この繁殖力が強い外来種マセンゲを嫌っている。トゲが鋭く、人や家畜を傷つけ、川やダムの水が早く枯れる原因ともなる。また、他の植物の生育を妨げるとも言われている。

長年にわたり、住民はマセンゲを薪や木炭用に利用してきたが、いま若者たち、特に少女たちが、この木を家具、特に椅子に作り変える取り組みを始めている。

「プラスチック製の椅子は高価なんです。だから私は今月からマセンゲで椅子を作り始めました」と、2017年に南スーダンの戦争から逃れてカクマ難民キャンプに来たティトさんは語る。

Char Tito, a learner at Kakuma Arid Zone Secondary School in Kakuma, is seated on a chair made from mathenge wood. Credit: Farai Shawn Matiashe/IPS

「学校で作り方を教わりました。マセンゲは豊富にあるし、ずっと薪に使ってきましたが、椅子が作れるとは知りませんでした」

収入源となる取り組み

カクマは乾燥した土地で植生はまばら、農業に適さない痩せた土壌だ。年間降水量も非常に少なく、5年もの間、雨が一滴も降らないこともある。

この地域の木々の大半はアカシアとマセンゲ。厳しい高温と水不足の中でも常緑を保つ。

政府の統計によると、マセンゲは年間15%の速度で拡大し、すでにケニア国内100万エーカーを占めている。住民の一部はこの木を家の囲い柵や家畜小屋にも利用している。

地域の主な生業は家畜飼育と薪・木炭の取引だ。

ティトさんたちを支援している草の根NGO「ガール・チャイルド・ネットワーク(GCN)」のデニス・ムティソ副ディレクターは、この取り組みが学習者にグリーンスキル(環境関連の技能)を与えていると語る。

「国家の気候計画にも貢献しており、学校教育のカリキュラムにも合致しています」

Magdalene Ngimoe, a learner at Kakuma Arid Zone Secondary School, is making chairs from mathenge wood in Kakuma. Credit: Farai Shawn Matiashe/IPS

椅子作りを学んだ若者たちは、未習得の仲間に技術を教え、地域全体に知識を広げている。

母親と3人の兄弟姉妹と暮らすティトさんは、現在は自宅用に椅子を作っているが、いずれ近隣に販売することを目指している。

「一生役立つ技術だと思います。これから大工仕事で生計を立てたいです」と笑顔で話す。

マセンゲは1970年代、劣化した乾燥地の再生を目的にケニアに導入された。乾燥に強く、深く根を張るため、トゥルカナのような地域の植林に適していた。風食も防いだが、住民にとっては負の側面もあった。

マセンゲは伐採してもアカシアなどと違い再生が非常に早い。

トゥルカナ郡林業局のルイス・オバム氏は「地域社会にはマセンゲへの否定的な見方がありました。ヤギがマセンゲを食べて死亡することもあり、トゲも問題でした」と話す。

「もともとは砂漠化防止のために導入された善意の取り組みでした。ですが、この木の硬材は椅子作りに適しており、多くの可能性があります。この地域で2番目に硬い木材なんです。最大限活用すべきです」

環境保護に貢献

ティトさんや他の少女たちは、マセンゲ以外の木も学校や自宅で植えている。ティトさんは自宅で5本、学校でも多く植樹したが、気温が47度にも達する中、水の確保が課題だ。

「気候変動対策に貢献できて誇りに思います」

Magdalene Ngimoe, a learner at Kakuma Arid Zone Secondary School in Kakuma, planting a tree. Credit: Farai Shawn Matiashe/IPS

少女たちは時に自宅から水を持参して学校の木々に水やりしている。樹木は大気中の二酸化炭素を吸収し、気候変動の緩和に役立つ。

ケニア政府は2032年までに150億本の植樹を目指している。

同校のもう一人の生徒、16歳のマグダレン・ニグモエさんも自宅で2本の木を植えたという。

「マセンゲは嫌い。生活が大変になる。でも、その木で椅子が作れるのはうれしい。学校でも木を植えていて、将来、他の生徒に日陰を作れるでしょう」と語る。

7人兄妹の長女で、家族は食肉販売で生計を立てている。彼女も椅子作りの技術で収入を得ることを期待している。

ケニア難民局のエドウィン・チャバリ氏は「マセンゲはこれまでキャンプ内外で厄介者扱いされてきましたが、地元の若者が収入源にできるのは良いことです」と話す。

GCNはカタールのEducation Above All財団からの資金提供を受け、これまでカクマとダダーブで89万6000本を植樹、来年までに240万本を目指している。

科学が好きなニグモエさんは将来、弱い立場の子どもたちを守る弁護士になりたいという。

1992年設立のカクマ難民キャンプには、南スーダン、ブルンジ、ソマリア、コンゴ民主共和国など10カ国以上から30万4000人が暮らしている。

ケニア教員委員会(TSC)トゥルカナ郡支部のジョセフ・オチュラ氏は、植樹活動によって学校の学習環境が改善されていると語る。

「支援を受けた学校では大きな木陰が見られます。休み時間には生徒も教員もそこで過ごしますし、時にはその木陰で授業が行われることもあります」

政府目標の150億本のうち、TSCには2億本の植樹が割り当てられている。

一部の学校では自前の苗木園も設けており、育った苗は学校や地域に植えている。

「少女たちが植樹活動をリードしているのは素晴らしいことです。学校外でも地域で続けてほしいと伝えています」とオチュラ氏は述べた。

英語が好きで医師を目指すティトさんは、カクマで生まれつつあるグリーンジョブの一端を担っていることを誇りに思っている。

「女の子として、自分が環境保護に貢献しているのが誇らしいです」(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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|視点|またしても国連改革?(パリサ・コホナ元国連条約局長、スリランカ元国連常駐代表)

【コロンボIPS=パリサ・コホナ】

国連は現在、米国という最大の資金提供国から強い圧力を受け、再び改革の取り組みを進めている。今回は、ドナルド・トランプ米大統領が従来よりもはるかに強硬な姿勢を示しており、米国の拠出金の削減や国連の経費節減をさらに求める決意を明らかにしている。他の一部のドナー国も、表立っては態度を示さないものの、裏では米国の動きを歓迎している。

米国は国内の支持者たちの喝采を受けつつ、その姿勢を具体的な行動でも示している。すでに国連人権理事会(UNHRC)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、世界保健機関(WHO)からの脱退を表明。また、パリ協定からも離脱している。

過去にも米国は拠出金の支払いを停止し、そのたびに当時のコフィ・アナン事務総長や潘基文事務総長が改革の取り組みを行った経緯がある。かつて国連の創設において主導的役割を果たした米国が、今やこうした冷徹な姿勢に転じたことは、世界の理想主義がどれほど変化してしまったかを物語っている。

国連は、米国が資金支払いを停止するたびに改革の「儀式」を繰り返してきたが、それは主に米国で共和党が政権を握った際に起こってきた。私自身が国連勤務時代に目にしたところでは、多くの国連上級職員は「どうせそのうち米国は拠出金を払うだろう」と皮肉まじりに構えており、この改革の儀式自体に冷淡な態度を取っていた。

しかし今回に限っては、もしトランプ政権が予告通り資金削減に踏み切るのを防ぎたいのであれば、より本格的な改革が求められるだろう。とはいえ、多くの関係者が認めるように、国連は組織内部、政治機関の両面で改革を必要としているのは事実だ。

安心材料としては、米国がなお国連への関与を維持していることである。ドロシー・シェイ米国連代理常駐代表は次のように述べている。
「国連は、国際平和と安全の維持、武力紛争の原因への対処といった複雑な国際課題の解決に不可欠な存在であり続けています。国連はその本来の目的に立ち返るべきであり、事務総長はその取り組みを率いるべき立場にあります。」

また、各国政府が財政逼迫と優先順位の見直しに直面している今こそ、国連は中核的使命の効果的な遂行に集中すべきであり、特に各国現場での成果をより重視するべきだとも述べている。

この発言からも、米国が国連から完全に手を引く意図は現時点では見られないが、その要求は非常に明確である──つまり「国連は本来の使命に集中せよ」ということだ。

現在問題視されているのは、国連が年々自らの責任範囲を拡大してきたことである。本来の中核的機能とは異なるが、加盟国の要請により国連の活動範囲は広がってきた。その中には人権や環境問題(特に気候変動)などが含まれている。こうした分野の活動は本来の使命とは異なるとの批判も根強い。

資金不足の問題も深刻だ。2025年4月30日時点で、各国が支払うべき「分担金」の未納額は24億ドルに達しており、そのうち米国は15億ドル、中国は約6億ドル、ロシアは7000万ドル以上を滞納している。さらに平和維持活動(PKO)関連予算も27億ドルの未納がある。2024年には41カ国が分担金未納となった。理論上、分担金を払わなければ国連総会での投票権を失う可能性があるが、これは実効的な抑止策にはなっていない。

こうした中で、グテーレス事務総長は2025年3月、「UN80」と呼ばれる包括的レビューを開始。財政的に厳しい将来を見据え、国連が「時代に適した」組織であり続けるための改革を目指している。

今回の改革の焦点は、過去の事例同様、米国の資金圧力がきっかけではあるが、本来であれば改革は継続的な取り組みでなければならない。国連管理戦略政策コンプライアンス局(DMSPC)や国連総会第5委員会はこの改革に役割を果たしているが、第5委員会は加盟国の政治的圧力を受けやすい。

国連管理職は、単なる技術力にとどまらず、継続的な変革意識と現代的な経営能力を備えている必要がある。また、スタッフのスキル向上や組織の使命へのコミットメントも常に求められる。特に影響力の強い国々から推薦される上級職員については、卓越した管理能力を求め、候補者を複数提示させることも検討すべきだ。

また、現在の会議開催の方法も見直しが可能だ。すべての会議をニューヨークやジュネーブで対面開催する必要はない。これらは開催費用が高く、途上国の代表団には参加の負担が大きい。コロナ禍で行われたようなリモート参加方式を恒常化すれば、コスト削減と公平な参加が期待できる。

さらに、ニューヨークのオフィスをより費用対効果の高い場所に移す案も浮上している。すでにナイロビには国連環境計画(UNEP)やUN Habitatが拠点を構えている。国連海洋関連機関をジャマイカ(大陸棚限界委員会所在地)やボン(気候変動事務局所在地)に移転することも合理的だろう。

Dr. Palitha_Kohona
Dr. Palitha_Kohona

ニューヨークに本部を置く国連開発計画(UNDP)や国連児童基金(UNICEF)も、他都市への移転が検討に値する。

加えて、経済社会理事会(ECOSOC)とその下部委員会、総会の第2、第3委員会などの間で活動が重複している分野も多く、こうした重複の整理も不可欠である。

また、事務次長(USG)、事務次長補(ASG)、ディレクター(D)といった高位職の本当に必要なポスト数も見直し、統廃合や削減を行うべきだ。

過去の改革は、多くが中途半端に終わっている。今回こそ徹底した改革を行わなければ、また同じ道をたどる危険性がある。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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海外で働く夢が奪った健康

腎不全で帰国した元出稼ぎ労働者、それでも移植後の未来に希望を抱いて

【カトマンズNepali Times=アヴァ・フランシス=ホール】

サガル・タマンがラクシュミ・タマンと初めて出会ったのは、マレーシアとネパールのポカラをつなぐビデオ通話だった。サガルはマレーシアで警備員として働いており、フェイスブックを通じてラクシュミに友達申請を送ったのがきっかけだった。やがて、メッセージや通話を重ねるうちに2人は恋に落ち、将来を語り合うようになった。

ラクシュミには、その未来がはっきりと見えていた。6年後にサガルが帰国し、2人は結婚して子どもを持ち、サガルが海外で貯めた資金で建てた家で暮らし、ラクシュミは仕立て屋を開く——そんな暮らしを夢見ていた。

しかし、サガルはある日、息切れや脚のむくみといった体調不良を訴えた。ラクシュミは帰国を懇願したが、サガルは故郷の土地に家を建て終えるまでは帰れないと強く言い張った。すでに両親はサガルの稼ぎで家を一軒建てており、さらにもう一軒を建てる計画を進めていた。

やがて症状は悪化し、ついにサガルは医師の診察を受けた。診断結果は衝撃的だった。両方の腎臓が完全に機能を失っていたのだ。元気だった28歳の若者は、突然透析患者となった。

海外就労の現実

サガルはサンクワサバで両親、5人の姉妹、4人の兄弟と暮らしていた。家族は農地1枚に頼った暮らしをしており、生活は決して楽ではなかった。兄の1人が働きに出たものの十分な収入にはならず、サガルは10年生を終えたばかりで海外就労を決意した。借金を背負い、家族の暮らしを良くしようという思いを胸に、20歳でマレーシアに渡った。

ところが、到着してみると、契約とは違い農作業員として働かされることになった。毎日11時間、炎天下での重労働に疲弊し、海外生活の夢は早々に打ち砕かれた。宿舎も狭く管理が厳しい環境だった。そんな中、携帯電話越しに母の声を聞くことだけが心の支えだった。

2年ほど経つと、同じネパール人労働者たちと親しくなり、海外生活が長期にわたることを覚悟した。最低でも10年は働くつもりだった。会社に申し入れた結果、ようやく警備員の仕事に転職することができた。労働時間は長かったものの、農作業よりははるかに楽だった。

こうして日々の生活は一定のリズムを持つようになった。朝出勤し、帰宅後にはラクシュミに電話し眠りにつく——そんな日々をあと8年は続けるつもりだった。

しかし、2年前、体調が限界に達し、ついにネパールへ帰国。到着後すぐにビル病院へ搬送され、緊急透析治療が始まった。これまでに建てた家には一度も足を踏み入れられていない。

透析という現実

ネパールの腎臓病患者のうち、約4人に1人は海外からの帰国者だと推定されている。過酷な暑さ、脱水、不健康な食生活が慢性腎疾患や腎不全の原因となっている。帰国後、実家に戻る前にカトマンズの透析センターに直行する患者も多い。

HARD LABOUR: Sagar Tamang in a dialysis session at the National Kidney Centre in Kathmandu (right) after both his kidneys failed while working abroad in harsh conditions.

国内の透析病棟には、40歳未満の若者たちが数多くベッドに横たわっている。多くは家族を支えることができなくなり、治療費の借金を抱えている。収入が途絶えた彼らにとって、首都での部屋探しさえ困難だ。

サガルは幸いにも、同じく海外勤務が原因で腎疾患を発症し、カトマンズに移り住んでいたいとこに助けられた。

2カ月後、ラクシュミはついにサガルと初めて直接会うことができた。彼のやつれた顔を見て、涙をこらえるのが精一杯だった。しばらく兄の家に身を寄せていたが、2人は結婚を決意した。ラクシュミの家族は腎移植が終わるまで結婚を控えるよう勧めたが、2人は駆け落ちして結婚した。

結婚から2日後、ラクシュミの家族からナガルコットの実家で祝うよう呼ばれた。現在2人は国立腎センター近くの賃貸住宅で、他の透析患者やその家族とともに暮らしている。サガルは週3回歩いて透析に通っている。

この共同生活には患者同士の強い連帯感がある。ラクシュミも、同じ立場の妻たちと助け合えることで心の支えになっている。住人同士で食事を作り合い、病院への送迎を助け合い、時には資金も融通し合う。

限られる支援、膨らむ負担

サガルはかつて家族を支える大黒柱だった。マレーシアで稼いだ資金で家族に仕送りをし、家の建築費用もまかなってきた。しかし今は腎不全のため仕事ができず、収入も途絶えている。

一方、サガルの両親はサンクワサバでヤギや鶏を飼い、わずかな収入で細々と生活しているが、借金を抱えており、息子の治療費を送る余裕はない。

ラクシュミは最近まで仕立て屋と家事代行の仕事を掛け持ちし、1日12時間働いていた。サガルの母親とともに、腎移植の準備のため、シャヒード・ダルマバクタ国立移植センター(SDNTC)に足繁く通っている。

ネパールでは腎移植のドナーは家族または配偶者に限られている。しかし、既往症(高血圧や糖尿病など)のため提供が難しい家族も多く、妻や母親がドナーになるケースが目立つ。サガルの場合、帰国後に結婚を正式に届け出ていなかったため、現状ではラクシュミはドナーとして認められていない。

父親は血液型が適合せず、妹の申し出は断った。そこで、最終的に母親がドナーとなる方向で手続きを進めている。

腎移植は長く費用もかさむ道のりだが、サガルにとっては唯一の希望だ。ネパールのK・P・オリ首相も二度の腎移植を受けた経験があるが、家族内にドナーがいない患者は、週3回、透析装置の規則的な音とともに生きる日々が続く。

未来への希望

サガルの願いはまず、移植手術が成功したら故郷に戻り、家族や友人たちと再会することだ。帰国して以来、父親とは一度会えたものの、兄弟たちにはまだ会えていない。手術前にぜひ会いに来てほしいと願っている。

その先にはさらに大きな夢がある。結婚を正式に届け出て、ラクシュミの夢だった仕立て屋を開き、子どもを持ち、サンクワサバで家庭を築くことだ。

ラクシュミは夫を二度と海外に送り出したくないと強く願っているが、サガル自身は今のところ、その可能性を完全には否定していない——それほどに、2人の未来はまだ不確かだが、希望だけは失われていない。(原文へ

INPS Japan

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日本とウズベキスタンが労働力交流を拡大へ―今後5年間で1万人受け入れオンライン就職支援

「WiseBridge」始動、日本語・技能講座も国内3州に開設

【タシケント/東京London Post/INPS Japan】

ウズベキスタン移民庁と 一般財団法人 日中亜細亜教育医療文化交流機構(Japan-China-Asia Medical Educational Cultural Exchange General Incorporated Foundation、略称:JCAEMCE) は今月、今後5年間で1万人のウズベク人労働者を日本国内で受け入れることを柱とする協定を締結した。同庁の広報部が発表した。

ウズベキスタンでは若年層人口の割合が高く、海外就労を希望する人材が年々増加している。一方、日本国内では少子高齢化の進行に伴い、建設、介護、製造、農業など幅広い分野で外国人材へのニーズが高まっている。こうした状況を受け、両国は労働力交流の強化を図っている。

今回の協定では、日本語や職業技能の習得を支援する 「ヤポン・マホラト・ヌリ」 講座がタシュケント州、サマルカンド州、ナマンガン州の3州に新設される。受講者は日本での技能試験や就労に必要な知識を体系的に学ぶことができる。

さらに、求職者と日本の雇用主を直接つなぐオンラインプラットフォーム 「WiseBridge(ワイズブリッジ)」 が、2025年6月より本格運用を開始。日本国内の求人情報を自由に検索し、応募から雇用契約までをオンラインで完結できる仕組みを整える。これにより、仲介手数料の不透明さや過剰な費用負担といった従来の課題が軽減され、より公正で効率的な就労マッチングが可能になると期待されている。

協定締結に伴い、ウズベキスタン政府代表団は日本を訪問。日本政府との間で ビザ発給手続きの円滑化、移民手続きのデジタル化、および 入国許可取得までの期間短縮 について協議が行われた。

日本の 鈴木馨祐法務大臣 は次のようにコメントした。
「日本で実施されている技能実習制度および技能を有するウズベク人向けの簡素化されたビザ制度により、ウズベク国民が日本で合法的かつ安全に就労し、高度な文化的職場環境で経験を積み、自身の能力を最大限に発揮することが可能となります。」

今回の協定は、近年進められている日本の 外国人材受け入れ政策 の一環とも位置付けられている。2019年に創設された 特定技能制度 や、技能実習制度の見直し議論とも連動し、より質の高い労働力交流の実現が目指されている。

日本政府は、透明性と適正な就労環境の整備を重視しており、「WiseBridge」のような直接型マッチングプラットフォームの活用が、労働者保護と人材の円滑な受け入れの双方に寄与するモデルケースとして注目されている。(原文へ

INPS Japan/London Post

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【東京/アスタナ INPS Japan=浅霧勝浩】

カザフスタンの首都アスタナから西方約40キロの草原で5月31日、カシム=ジョマルト・トカエフ大統領が「政治弾圧・飢饉犠牲者追悼の日」の式典を主宰した。毎年恒例のこの追悼の日は、同国の最も暗い歴史のひとつに思いを馳せる機会となっている。

式典の会場は ALZHIR(アルジル)記念複合施設。ヨシフ・スターリン時代、「国家の敵」とされた人々の妻たち約8,000人が収容されていた強制収容所の跡地だ。

Source: Map of Gulag locations in Soviet Union, Public Domain
Source: Map of Gulag locations in Soviet Union, Public Domain

「歴史の教訓は決して忘れてはなりません。」トカエフ大統領はこう述べ、スターリン時代の政策がカザフスタンの文化と知性に残した深い傷跡について語った。

こうした経験はスターリン主義的抑圧がソ連全域に及んだ歴史の一部でもある。1945年の日本降伏後、推定56万~76万人の日本人捕虜や民間人がソ連領内に強制移送され、そのうち約5万人がカザフ・ソビエト社会主義共和国(現カザフスタン)の収容所に送られた。カラガンダ近郊のスパスキー収容所などでは、過酷な強制労働と劣悪な環境のもと、多くが命を落とした。

Migration of Kazakh People due to theFamine in 1932 – 33.

自国民も深刻な被害を受けた。1930年代初頭、スターリンの農業集団化政策と遊牧生活の強制的な破壊により引き起こされた大飢饉で最大230万人のカザフ人が犠牲となり、その後の粛清で知識人や地主が処刑・追放された。

1991年の独立以降、カザフスタンはこの痛ましい過去と向き合い、多民族・多宗教の寛容な社会の構築を目指してきた。憲法はすべての民族的・宗教的グループの平等を保障し、30万人以上の犠牲者が近年、公式に名誉回復されている。250万件を超える公文書が機密解除され、大統領公文書館付設の新たな研究センターにより、この困難な歴史の解明が進められている。

こうした歩みは単なる過去との和解にとどまらない。寛容と対話を国家の柱の一つとし、国際的な宗教間対話を外交の中心に据えている。2003年創設の「世界伝統宗教指導者会議」は、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教などの指導者たちが継続的な対話を行う象徴的なプラットフォームだ。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
Palace of Peace and Reconciliation photo: Katsuhiro Asagiri

次回の第8回会議は2025年9月17日~18日にアスタナで開催予定。世界中から宗教指導者、学者、政策担当者が集う見込みである。会場の「平和と和解の宮殿」は、東西の架け橋としてのカザフスタンの役割を象徴している。

こうした取り組みは、宗派間対立や地政学的緊張が深まる現代において、貴重な教訓を提供している。ローマ教皇フランシスコは、2022年の第7回会議で「宗教は戦争や憎悪、敵対や過激主義を煽るのではなく、平和の希望の灯火となるべきだ。」と述べ、宗教間対話と共存の重要性を強調した。

さらにカザフスタンは、ソ連時代の核実験という深刻な不正義にも向き合っている。1949年~1989年にかけてセミパラチンスク核実験場で実施された456回の核実験により、100万人以上が被ばくした。これは今なお続く悲劇である。独立後、同国は世界第4位の核戦力を自発的に放棄し、核軍縮を外交政策の柱に据えてきた。

この核軍縮へのコミットメントは、宗教間外交にも及んでいる。2018年の第6回世界伝統宗教指導者会議以降、カザフスタンは日本の創価学会インタナショナル(SGI)やノーベル平和賞受賞団体・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と緊密に連携し、核兵器使用がもたらす人道的帰結とヒバクシャの証言に根ざした平和、対話、核兵器廃絶という共通のビジョンのもと、核兵器禁止条約(TPNW)の推進と国際協力の深化を図っている。

ALZHIR 記念施設の保存されたバラックや「悲しみの門」は、訪問者に過去の不正義の記憶を伝えている。だが今回の追悼式典と宗教間対話の継続的な取り組みが示すように、カザフスタンはより寛容で公正な未来の構築をめざして歩み続けている。

「このような不正義を二度と繰り返してはならない」――トカエフ大統領の言葉は、同国の内政と国際的な対話と調和を促進するマルチベクトル外交の双方に息づいている。(原文へ

Katsuhiro Asagiri is the President of INPS Japan and serves as the director for media projects such as “Strengthening awareness on Nuclear Weapons” and SDGs for All” In 2024, he was honored with the “Kazakhstan Through the Eyes of Foreign Media” award, representing the Asia-Pacific region.

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan

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