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カザフスタンとミドル回廊:世界貿易への影響

【アスタナINPS Japan/The Atana Times=モハンマド・ラフィク】

貿易ダイナミクスの進化、地域の連携、地政学的緊張が高まる時代において、ミドル回廊(ミドルコリドー)の台頭は世界の商業と貿易において画期的な変化をもたらしている。

**トランス・カスピ国際輸送ルート(TITR)**とも呼ばれるこの回廊は、中国とヨーロッパを結ぶ新たな道を提供し、カザフスタン、アゼルバイジャン、ジョージアを経由している。

ロシア・ウクライナ紛争以降、ロシアを含む伝統的な北回廊は魅力を失い、安定した貿易ルートを求める国々にとってミドル回廊は単なる選択肢ではなく、必要不可欠なルートとなった。カザフスタンはウクライナ危機において中立的な立場を維持しつつも、ミドル回廊が地域および世界貿易を活性化させる潜在力を認識した。2022年、ミドル回廊を通じた貨物輸送量は約150万トンに達し、北回廊の輸送量は34%減少した。

ミドル回廊の概要

Logo of the Trans-Caspian International Transport Route

ミドル回廊は、鉄道、道路、海運を組み合わせた最短の多国間貿易ルートである。このルートは中国から始まり、カザフスタンのドストィクまたはホルゴス/アルティンコルの鉄道線を通り、アクタウ港に至る。そこからカスピ海を横断し、アゼルバイジャンのバクー港、ジョージアを経て欧州連合(EU)諸国に到達する。このルートはロシアの北回廊より約3,000キロ短く、中国とヨーロッパ間の輸送時間を19日から12日に短縮し、(対ロシア)制裁遵守の問題にも対応している。

2023年には、カザフスタン、アゼルバイジャン、ジョージアの3国間で共同物流会社を設立する協定が締結された。その後、「ミドル回廊マルチモーダル」という単一の輸送事業者がアスタナ国際金融センター(AIFC)に登録され、2024年末までに公式業務を開始する予定だ。トルコも2025年初頭までに参加する可能性がある。この共同事業は、貨物の流れを妨げる運用上の障害を解消することを目的としており、貨物規制の簡素化、料金の標準化、税関手続きの効率化を進める。

インフラの開発と投資

TITRの潜在能力を完全に引き出すため、大規模なインフラ整備が進行中である。中国は2023年1月、毎月10本のコンテナ列車をミドル回廊経由で運行することで合意した。同年、EUはカザフスタンおよび中央アジア諸国の物流および輸送プロジェクトに100億ユーロ(約1,075億ドル)の投資を発表し、続いてさらに185億ユーロ(約1,990億ドル)を投入する予定である。この資金は、高速道路、鉄道、アクタウとクリクの港湾の整備に充てられ、中国からヨーロッパへの貨物輸送の円滑化を目指す。

Muhammad Rafiq.

2023年8月、カザフスタンのPTCホールディング社はジョージアの主要港ポティにおける多国間ターミナル「ポティ・トランスターミナル」の建設を開始した。このターミナルは年間80,000個の20フィートコンテナを処理できる能力を持つ予定である。また、トルコと中央アジア、中国をジョージア、アゼルバイジャン経由で結ぶ829キロメートルのバクー-トビリシ-カルス鉄道が、近代化と改修作業を経て再開された。

世界銀行の専門家は、2030年までにミドル回廊が年間1,000万~1,100万トンの貨物を扱う能力を持つと予測している。カザフスタンはこの回廊の中心として、EUへの輸出を支える鉱業および農業製品の供給源として重要な役割を果たす。

課題と推奨策

ミドル回廊の効率向上と貿易量の増加を目指し、以下の施策が提案されている:

アルマトイ市周辺に都市鉄道のバイパスを設け、混雑を緩和する。

ウズベキスタン-カザフスタン間の新たな鉄道接続を構築し、国境での待機時間を短縮する。

アクタウ港で効率的なクレーンと鉄道装備を導入し、運用効率を高める。

ジョージアにおける車両および貨物輸送能力を増強する。

ジョージアのアハルカラキ-トルコ国境に二重軌道の鉄道を建設し、コンテナターミナルの開発を進める。

ジョージアのポティ港の運搬能力を回復し、背後地鉄道を強化する。

トルコのイスタンブール第三橋を経由する地上鉄道リンクを建設し、競争力を向上させる。

広がるミドル回廊の可能性

ミドル回廊は南アジアや温暖な海域への最短アクセスを提供する自然な拡張の可能性もある。カザフスタンとパキスタンは、中国の「一帯一路」構想(BRI)の一部であり、この構想には以下の3つの回廊が含まれている:

中国-パキスタン経済回廊(CPEC)

新ユーラシアランドブリッジ回廊(NELB)

中国-中央アジア-西アジア経済回廊(CCAWEC)

Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons
Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons

これらの回廊は、ミドル回廊との相互接続により、世界貿易の新たな選択肢を拡大するものである。カザフスタンはこのミドル回廊の成功において要となる存在であり、輸送・物流ハブとなることを目指している。このルートがもたらす経済的・地政学的影響は、世界を再構築する可能性を秘めている。(原文へ

INPS Japan/Astana Times

この記事は、The Astana Timesの許可を得て掲載しています。

Link to the original article on the Astana Times.

https://astanatimes.com/2024/06/kazakhstan-and-middle-corridor-impact-on-global-trade/

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タンザニアの学生が植樹で気候変動に立ち向かう

【ムソマ、タンザニアIPS=キジト・マコエ】

タンザニア北部のロリヤ地区にあるニャマガロ区のガビモリ小学校で、15歳のフローレンス・サディキさんはポリエチレンの袋の間にひざまずき、彼女とクラスメートが小さな苗から育てた苗木を丁寧に観察している。「私たちは、学校をより美しくし、気候変動と戦うために多くの木を植えました」と彼女は話す。

サディキさんは、東アフリカのこの国で、学生、教師、地域住民が協力して植林活動を通じて環境破壊と闘う草の根運動に参加している。ビクトリア湖岸に位置するロリヤ地区では、木炭生産による森林伐採が進み、土地が荒廃している。しかし、学校の環境クラブとレイク・コミュニティ・プログラム(LACOP)の支援を受けた取り組みが、その損害を修復しようとしている。

ロリヤ地区の現状は厳しい。不規則な降雨と長引く干ばつが、かつて肥沃だった土地の一部を乾燥したサバンナに変えている。このプロジェクトは、グローバルチャリティのワールド・ネイバーズレイク・コミュニティ開発財団(LACODEFO)が主導し、2022年から開始され、学生たちが植樹し、木を育てる過程を学べるよう支援している。

Daudi Lyamuru speaks during a village meeting to mobilize the community to plant trees and support the climate mitigation project. Credit: Kizito Makoye/IPS
Daudi Lyamuru speaks during a village meeting to mobilize the community to plant trees and support the climate mitigation project. Credit: Kizito Makoye/IPS
Pupils at Mwenge primary school pose for a photo after tree planting exercise. Credit: Kizito Makoye/IPS

プロジェクト担当者のイドリサ・レマ氏は、「学生たちが自分で苗床を設置できるように教えています。苗木を配るだけでは不十分で、干ばつに強い樹種を選び、有機肥料で土壌を改善し、マルチングなどの技術を学ぶ必要があります。この総合的なアプローチは、持続可能性を促進し、学生に将来役立つスキルを身につけさせています。」と語った。

過去2年間で、学生たちは5つの村に2,800本の木を植え、その成果が少しずつ現れ始めている。一部の枯れていた湧き水が再び流れ出している。しかし、ニャマガロや隣接するキャンガサガの村では、不規則な降雨と干ばつが進捗を妨げている。

「木に水をやるのは大変です。厳しく指導しなければ、木は生き残れません。」と、ロリヤ女子校の環境教師であるアレックス・ルイティコ氏は語った。

学生たちは、ペットボトルを使った灌漑や井戸掘りなどの革新的な解決策を取り入れ、若い木を支援している。「干ばつに強い樹種と有機農法を採用し、木が生き残るための最善の手を尽くしています。」とルイティコ氏は述べ、プログラムが持続可能性の教育に力を入れていることを強調した。

サディキさん自身も適応の方法を学んだ。「木の接ぎ木や厳しい環境での育て方を知っています。これらの木々は私たちの未来です。気候変動と戦い、日陰を提供し、土壌の肥沃度も向上させます。」と彼女は語った。

タンザニアでは、気候変動の影響がますます深刻化している。同国は2030年までに温室効果ガス排出量を30〜35%削減することを目指しており、その目標は(国が決定する貢献)(NDCs)に示されている。1人当たりの炭素排出量が0.22トンと低く、世界平均の7.58トンと比べても少ないものの、タンザニアは気候関連の災害に苦しんでいる。干ばつや洪水、不規則な気象パターンが農業に打撃を与え、水源を枯渇させ、経済の安定を脅かしている。

A government official, Aloycia Mdeme, plants a tree to signify the launch of the school environmental club. Credit: Kizito Makoye/IPS
Mtoni Primary School pupils plant trees; this project has become central to the region’s contribution to climate change mitigation. Credit: Kizito Makoye/IPS

特に農業に依存する農村の貧困層にとっては、リスクがさらに大きくなっている。しかし、ニャギシャやロリヤ女子中等学校などの場所では、学生たちがこの問題に立ち向かっている。植樹を通じて、彼女たちは環境悪化と闘い、食料安全保障を改善し、地域の生計を支援している。

植樹は、日陰や果実以上のものを提供します。それは、土壌を回復し、水を保存するという深い使命を象徴し、これらの学生にとっては気候正義の一形態である。これらの植林活動は、タンザニアが進める農業や水資源システムの強化計画と歩調を合わせている。

これらの学生主導の取り組みが進展する中で、タンザニアは世界からの支援を急務としている。資源が限られる中、気候変動との闘いは地球規模の協力が必要であることを、国は認識している。

タンザニアでの取り組みは有望だが、依然として多くの課題が残っている。主要な障害の1つは資金の不安定さである。植樹活動や気候適応プログラムには継続的な財政支援が必要だが、資源は限られていると地元のアナリストは指摘している。

持続的な資金がなければ、プロジェクトの拡大や長期的な影響を維持することが困難である。

Community members plant trees in Rorya district. Credit: Kizito Makoye/IPS

学生たちは環境保護に取り組んでいるが、すべての家庭が賛同しているわけではない。若い苗木の上を放牧する家畜もおり、再植林の努力が無駄になることもある。さらに、木炭収入や調理用薪への依存といった文化的・経済的な圧力も森林伐採を続けさせ、保護活動を困難にしている。

不規則な降雨と深刻化する干ばつもまた障害となっている。水不足は新たに植えた木を育てることを困難にし、農業に依存する家族が多いため、保全と生活維持のバランスを取ることがますます重要になっている。

タンザニアは野心的な気候目標を掲げているが、政策と実際の実行との間には依然として大きなギャップがある。特に気候変動の影響が最も強く感じられる農村地域では、そのギャップが顕著である。

ガビモリ小学校では、学生たちは環境保護者としての役割を受け入れている。「彼らは保護が日常生活に与える影響を実感しています。例えば、木と食べ物の関係を理解するようになりました。」と、教師のウィティンガ・マタンボ氏は語った。

サディキさんのような学生にとって、その影響は明らかだ。「木がこれほど重要だとは思いませんでした。木は雨をもたらし、私たちの環境を改善します。」と彼女は指摘した。

プログラム担当のレマ氏にとって、これは始まりにすぎない。リーダーシップスキルを育成し、地域社会を巻き込むことで、プログラムは環境保護に献身する新しい世代のタンザニア人を育成している。「親たちも参加するようになりました。自分の庭にも木を植え始めています。」と、ルイティコ氏は語った。

それでもプログラムには課題が残っています。一部の家庭では、家畜が若い苗木の上を歩くことを許し、学生たちの努力が無駄になることもあります。「もどかしいですが、少しずつ前進しています。」とルイティコ氏は語った。

レマ氏はこの取り組みをさらに拡大する計画を持っている。

「学生たちが知識を次の世代に伝えるように訓練しています。彼女らが卒業した後も、若い学生たちに教え、この取り組みを他の学校にも広げていきます。」「ただし、プログラムを拡大するにはさらなる資金が必要です。」と、レマ氏は語った。

「資金の確保と、植樹条例の施行を地元政府と協力して進めています。また、家庭用の苗木育成場を設ける計画もあり、家族が追加収入を得ながら保全に貢献できるようにしたいと考えています。」と、レマ氏は説明した。

サディキさんにとって、このプログラムの影響は永続的なものだ。

「私たちは木を植え、環境を守る義務があります。それは私たちが一生持ち続けるものです。」とサディキさんは語った。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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死にゆく海:死海の存続をかけた闘い

死海は地球上で最も美しく、また独特な場所の一つだ。しかし、この宝石のような存在は今まさに消えようとしている。その海岸線は常に変化しており、湖面は縮小し、干上がろうとしている。

【テルアビブ INPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

死海はヨルダン、イスラエル、パレスチナ自治区の境界に位置する塩湖である。海抜マイナス400メートル以上、地球上の陸地で最も低い場所にある。死海の水は塩分濃度が高く、人が楽に浮くことができる。この塩分濃度の高さから、湖には生物が存在せず、それが死海という名前の由来となっているまた、湖岸には治療効果のある泥も見られる。

Seaside resort at Dead Sea. Photo Credit: Roman Yanushevsky.

しかし、特に北部では水位が低下し続けていることは肉眼でも明らかだ。2015年の面積は810平方キロメートルだったが、現在は605平方キロメートル以下となっている。1990年以来、湖の水位は30メートル以上低下している。

死海の保全プロジェクトは、国連の持続可能な開発目標の多く(SDGsの目標12 責任ある生産と消費、目標13気候変動への対策、目標14水中の生命、目標17パートナーシップで目標を達成しよう)に関連している。

幸いにも、死海はシリア・アフリカ地溝帯という2つの地殻プレートの境界線上に位置しているため、かなり深い位置にある。しかし、それでもなお、水位の低下は、この地域の独特な生態系に悪影響を及ぼしている。

死海の沿岸には、この標高でしか生育できない昆虫や植物の種が存在する。海面が後退するにつれ、土壌が浸食され、大小さまざまな陥没穴が形成される。そしてその数は合計1,400以上にもなっている。

The Jordan River runs along the border between Jordan, the Palestinian West Bank, Israel and southwestern Syria. Credit:Wikimedia Commons.

死海の水位低下は、気候変動だけでなく、人間の活動によっても引き起こされている。農業用水の確保のために水が引かれるため、死海に流れ込む主要な水源のひとつであるヨルダン川の水位は著しく低下した。過去半世紀で、ヨルダン川の流量は15分の1に減少し、年間1億立方メートルとなっている。

さらに、死海の南岸では、マグネシウム、食塩、臭素、塩化カリウム、および粒状ポタッシュを抽出する産業が稼働している。さらに化粧品業界もこの地域で活動しており、それがさらに水位に影響を及ぼしている。

長年にわたり、死海を救うためのさまざまな選択肢が専門家によって提案されてきたが、それらは国際協力を必要とし、政治的な課題によってしばしば阻まれてきた。

死海に水を供給することを目的としたプロジェクトは少なくとも3つある。

北部ルート:この計画では、ハイファ湾からガリラヤ湖を通り、地中海と死海を結ぶ開渠の運河を建設する。運河は道路、橋、人口密集地、農地など広範囲にわたって横断することになる。

中央ルート:エンジニアは、地中海と死海をつなぐトンネルの建設を提案した。アシュケロン近郊から始まり、アラドを経由して死海に至るトンネルだが、渓谷のある山岳地帯での建設費が高く、計画は却下された。

南部ルート:この計画では、水力発電所と観光インフラとともに、160キロメートルの開水路を建設することが提案されている。しかし環境保護団体は、このプロジェクトが地域の生態系を破壊するとして反対している。この地域は、アフリカとの間を移動する渡り鳥にとって重要な中継地である。

さらに、紅海から死海に200キロメートルのパイプラインを敷設し、淡水化施設や発電所を建設するという計画もあるが、このプロジェクトは環境面のみならず政治的な課題にも直面している。

Dead Sea. Photo Credit: Roman Yanushevsky.

このようなプロジェクトを実施するには、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ自治区間の緊密な協力が必要である。この件に関する話し合いは1990年代半ばから継続的に行われてきたが、政治的理由により、直近では2017年に議題から外されるということが繰り返されてきた。また、近隣のエジプトは、この運河が地震の多いこの地域で地震活動を活発化させることを懸念している。エジプトはまた、イスラエルが運河の水を利用して原子炉を冷却に使用することを恐れて反対している。

各国が合意に至れず手をこまねいている間にも、死海の水位は毎年低下し続け、このままではやがて荒れ果てた土地が残されることになる。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

広島が原爆忌を迎える今、これまで以上に強力な条約が必要である。

「ひろしまラウンドテーブル」は、2013年以降、パンデミックによる移動制限があった2年間の空白を除き毎年開催されている。広島県の湯崎英彦知事が主催するこの円卓会議は、各国の核政策専門家からなる小グループで構成され、核兵器廃絶に向けた「国際平和拠点ひろしま」構想を支援する最善の方法を議論している。

2024年の会議は7月に開催された。ハイライトは「ひろしまウォッチ」と題する新たな年次報告書の作成を発表したことであり、これは8月5日に発行された。(

私の見解では、核ガバナンスの規範をなす構造に関しては、四つの緊張と、短期的に早急に取り組むべき三つの課題が存在する。

第1の構造的欠陥は、核軍備管理・軍縮体制の崩壊である。弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM)、中距離核戦力全廃条約(IMF)、オープンスカイズ条約など、体制を支えるさまざまな柱が一つまた一つと崩れ去っていった。

包括的核実験禁止条約(CTBT)は十分に機能しているが、またとないほど自己妨害的な発効条件ゆえに法的に運用可能ではない。新STARTとして知られる新戦略兵器削減条約は2026年2月4日まで延長されたが、世界の核弾頭の90%をロシアと米国の2カ国で占める核軍備・配備を規制する補足条約に向けた意味ある交渉は行われていない。

部分的には、これは二つの核大国の間で不信感が膨らみ、地政学的緊張が高まっていることを反映している。

しかし、私が見たところ最大の課題は、既存の軍備管理体制が冷戦時代の二極的世界秩序を反映したものである一方、現実には世界の核情勢がますます多極化していることである。

さらに、核不拡散条約(NPT)は良好な状態にない。1968年に調印され、1970年に発効したNPTは、世界の核秩序の要として約半世紀にわたって機能してきた。しかし、条約はその規範としての可能性を使い果たしてしまった。5年ごとの再検討会議において、直近の2回にわたり成果に関する合意文書を出せなかったことは、条約の苦境を示している。

支配的な規制枠組みとしてNPTが不十分であることは、核兵器を保有する9カ国のうち、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮(核兵器を獲得した順)の4カ国が条約に不参加であるという現実に如実に表れている。先述の3カ国はNPTに調印したことがなく、北朝鮮は今のところ唯一のNPT脱退国であるが、状況が速やかに改善しなければ中東やアジアで後に続く国があるかもしれない。

つまり、全ての核武装国のうち半数近くがNPTの会議に参加して議論に参加することができず、従ってその決定に拘束される理由がないということだ。さらに、これらの国々は、国連安全保障理事会による拘束に従う道義的義務も感じていない。なぜなら、安保理の常任理事国5カ国は、NPTが認める核兵器保有5カ国でもあるからだ。

最後に挙げる世界の核秩序の構造的欠陥は、核兵器を持たない国が圧倒的に多い国際社会が、核軍縮実現におけるNPTの限界を認識し、議題を提起し、国連核兵器禁止条約の交渉を2017年に開始して2021年に発効させたことである。

核保有国9カ国は、米国の核の傘に守られている日本やオーストラリアを含む大きなグループによって支えられている。これらの国々が一緒になって、妥協を拒絶する国の連合を形成している。従って、国連核兵器禁止条約は、いかなる国の核兵器保有も非合法化するという役割を果たしているものの、実質的な成果はゼロである。NPTと核兵器禁止条約の双方の陣営は、その間にある緊張の解消に向けて前進することができずにいる。理論的には、二つの条約は相互に補完し補強し合うはずであるのだが。

話を政策課題に移すと、最も重要な事項は、核兵器の使用に対するモラトリアムの継続を確保することである。これは文字通り、1945年の広島と長崎に起きた悪夢の繰り返しを阻止する最後の砦である。

その目的のために、二つの措置を講じることが緊急に必要である。全ての国が、核兵器使用の可能性について語ることや脅すことをやめなければならない。そのような事例は全て、核兵器の保有と、その使用について語ることの両方を常態化させてしまう。もし核保有国が「先制不使用」条約の交渉を行うのであれば、規範的障壁はさらに強化されるだろう。

7月12日、中国はNPT(先述の核保有国4カ国を除く)のもとで草案を提出した。北京は、核兵器を保有するNPT非批准国の存在を明示的または黙示的に認めることを保留する姿勢を固持している。中国とインド、インドとパキスタン、そして朝鮮半島における緊張を背景とする先制使用の可能性を低減するという点で、これがどのように役に立つと中国が考えているのかは、北京に説明してもらうしかない。

第2に、核兵器使用の現実的リスクはこの数年高まっていると明言するのが正しいだろう。なぜなら、そのような趣旨が軽率に語られ、また、核兵器の数、種類、配備も拡大しているからだ。例えば、ストックホルム国際平和研究所によれば、中国は平時である2023年に、24発の核弾頭を発射装置に搭載したとみられる。従って、核先制不使用ドクトリンに対する自らのコミットメントを弱体化させた可能性がある。また、ロシアは、戦術核兵器をベラルーシに配備した。

米国も、核を保有しない数カ国のNATO加盟国に非戦略兵器を配備する一方で、攻撃型潜水艦や水上艦に搭載する海上発射型の戦術核搭載巡航ミサイルを開発している。これにより、冷戦後初めて、太平洋に戦術核兵器が再導入されることになる。

バイデン政権は、2022年の「核戦略見直し」においてこの計画の取り消しを提案し、その年の10月にはこれに強く反対する公式声明を発表した。しかし、下院を共和党が支配する議会は、2024年度国防権限法において計画の実施を決定した。

緊急に手を打たねばならない最後のリスクは、核実験の再開である。さまざまな核武装国は、国内の世論的、科学的、軍事的な圧力に再びさらされており、核実験再開の可能性をほのめかしている。

1カ国が新たな実験を行えば、それはカスケード効果をもたらし、事実上のモラトリアムの崩壊と新たな多極的軍拡競争を引き起こす恐れがある。それは、包括的核実験禁止条約、そして最終的な核兵器廃絶に向けて誠実に交渉することを加盟国が誓ったNPT第6条の両方に違反するものである。

広島は、核兵器開発と使用の恐怖のシンボルである。しかし、繁栄する美しい街を再建する中で、市民は、再起、連帯、核廃絶の象徴として広島を育んできた。

広島を訪問すれば、死、破壊、そして感動的なほどの再生という三つの原則に改めて気づかされることになる。

ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。オーストラリア国立大学名誉教授であり、オーストラリア国際問題研究所フェローを務める。戸田記念国際平和研究所の元上級研究員。「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。

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「ならず者国家」が憲章を無視し、戦争犯罪をエスカレートさせる中、国連は麻痺状態が続く

【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連は事実上麻痺状態にあり、二つの激しい紛争の中で政治的に無力な状態が続いている。ロシアとイスラエルが国連に反抗し続けているためだ。

特にイスラエルによる市民の殺害と都市の破壊が悲惨な状況にあり、国連、人道支援機関、国際刑事裁判所(ICC)、国連人権専門家、そして安全保障理事会からの再三の警告にも関わらず、現在も続いている。

ここで疑問が生じる。国連は10月24日の国連記念日に79周年を祝ったが、その存在意義はすでに終わってしまったのだろうか?

パレスチナ、アフガニスタン、イエメン、西サハラ、ミャンマー、シリア、そして最近ではウクライナなど、世界で続くいくつかの内戦や軍事紛争の解決に失敗してきた国連は、昨年4月の安全保障理事会での演説中にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領から異議を唱えられた。

同大統領は正しくも、「国連が保証するはずの平和はどこにあるのか?安全保障理事会が保証するはずの安全はどこにあるのか?」と問いかけた。

米国によるイスラエルへの停戦要請も無視され続け、昨年10月7日以降、ガザでの戦争犯罪や大量虐殺の非難が国連憲章に対する違反として続いている。

匿名を条件にIPSに語ったアジアのある外交官は、国連憲章に違反し戦争犯罪を犯す国々は「ならず者国家」であり、国連から追放されるべきだと述べたが、その指摘は的を射ている。

しかし、拒否権を持つ安全保障理事会がある限り、そうしたことは決して起こり得ない。

サラ・リー・ホイットソン氏(アラブ世界の民主主義のための組織(DAWN)事務局長)はIPSの取材に対し、国連安保理は世界の平和と安全にとって最大の障害となっており、世界各地の紛争終結に向けた取り組みを支援するどころか、むしろそれを妨げてきたと語った。

ロシアがウクライナやシリアで起こしている紛争であれ、米国が支援するガザ地区、レバノン、イエメンでの戦争であれ、世界で最悪の紛争を煽り立てているこの2つの大国の拒否権を廃止しなければ、国連は今後も無力で信頼されない機関であり続けるだろう、とホイットソン氏は語った。

『パレスチナ・クロニクル』の記者で編集者であるラムジー・バロウド博士は、国連の有用性が失われたかどうかは、私たちがこの組織の創設と当初の目的をどう理解するかにかかっているとIPSに語った。

「もし私たちが、そして多くの人が正しくもそう信じているように、国連が第二次世界大戦の荒廃の後、戦勝国の利益を保護するために設立されたと考えるのであれば、その使命は概ね成功していると言えるでしょう。」

実際、国連、特にその執行機関である安全保障理事会は、主に世界の勢力均衡を反映しており、最近までそのほとんどが米国とその西側同盟国に有利な内容であったと彼は語った。

「この状況は多少変わりつつありますが、米国は依然として有罪当事国に国際法や人道法を適用するという名目上の役割すら国連に果たさせない大きな障害であり続けています。」

「しかし、もし私たちが、国際法の制定と施行を通じて世界的な平和の保証者として国連が存在してきたという誤った考えに同意するならば、国連が惨めなまでに失敗してきたことは疑いの余地がないでしょう。」と彼は断言した。

10上旬の記者会見で、国連のステファン・ドゥジャリク報道官は質問に答えて次のように述べた。「国連の失敗について人々が語る場合、私があなたに問い返したいのは、どの国連について語っているのかということです。「安全保障理事会が重要な問題についてまとまれないことをおっしゃっているのでしょうか? 決議を尊重せず、実施しない加盟国についておっしゃっているのでしょうか? すべての加盟国が署名している国際司法裁判所の判決を支持しない加盟国についておっしゃっているのでしょうか?また、事務総長が十分に活動していない、あるいは人道支援が十分でないと感じていることについてもおっしゃっているのでしょうか?ですから、そのような質問は極めて妥当だと思いますが、どの組織について言っているのかを検証する必要があると思います。」とドゥジャリク報道官は指摘した。

10月24日、カザンで開催されたBRICSサミットの合間に、アントニオ・グテーレス事務総長はロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領と会談し、ロシアによるウクライナ侵攻は「国連憲章および国際法に違反する」との立場を繰り返した。しかし、ロシアの反応は発表されず、違反行為は続いている。

10月29日にコロンビアでの記者会見で質問に答える形で、グテーレス事務総長は次のように述べた。「私たちは互いに平和を必要としています。そのために私は国連憲章、国際法、そして総会決議に沿った形で訴え続けているのです。」

「だからこそ、ガザでの即時停戦、人質全員の解放、ガザへの大規模な人道支援を求めているのです。また、レバノンに平和をもたらし、レバノンの主権と領土の一体性を尊重することで政治的解決への道を開くことを求めているのです。」

「また、甚大な悲劇が続くスーダンにおける平和も求めています」とグテーレス事務総長は語った。

これらの訴えは、答えのないまま続くかもしれない。

さらに詳しく述べると、バロウド博士はIPSに対し、「特に苛立たしいのは、明らかな失敗にもかかわらず、国連が世界の権力の不均衡を反映し、米国やイスラエルなどが国際法を完全に無視している現状を変える意図もなく存在し続けていることです。」と語った。

国連は第二次世界大戦後の惨劇を受けて設立されたが、現在ではガザ、ヨルダン川西岸、レバノンでの同様の惨事を防ぐことができない無力な存在となっている。現在の形のままで国連が存在し続けることに、道徳的にも理性的にも正当性はないとバロウド博士は主張した。

グローバル・サウスが政治、経済、法律の面で独自のイニシアティブを発揮し、ついに立ち上がろうとしている今こそ、これらの新しい組織が国連に代わる完全な代替案を提示するか、あるいは、現状では機能していない国連に対して真剣かつ不可逆的な改革を推進すべき時であると、イスラムとグローバル・アフェアーズ・センター(CIGA)の非常勤上級研究員であるバロウド博士は語った。

IPSへの寄稿記事で、元ニューヨーク大学国際関係学センターのアルン・ベン=メイアー博士は、安全保障理事会の構造、とりわけ常任理事国5カ国が持つ拒否権が行動を阻むことが多いと指摘した。

この拒否権により、国際的な支持が広く集まっている場合でも、これらの国の一つが決議を阻止することが可能である。このため、シリア内戦、ウクライナ紛争、イスラエル・パレスチナ紛争などの重大な問題で膠着状態が生じていると彼は語った。

「特にイスラエルとロシアによる市民の殺害や都市や町の破壊は、壊滅的であり、国連やその人道支援機関を通しても衰えることなく続いている。」国際刑事裁判所や国連の人権専門家は、安全保障理事会に繰り返し行動を呼びかけている。

「もし安保理がこれらの改革の一部を採用しなければ、国連は事実上、その有用性を失うでしょう。特に紛争解決の分野では、世界中で日々起こる恐ろしい死や破壊が、国連の惨めな失敗を証明しています」と彼は断言した。

一方で、地政学における国連の役割が減少していることは、その一方で人道支援組織としての役割の強化により補われている。

これらの取り組みは、世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連人口基金(UNFPA)、国連食糧農業機関(FAO)、国際移住機関(IOM)、および国連人道問題調整事務所(OCHA)など、複数の国連機関によって主導されている。

これらの機関は、数百万人の命を救い続け、戦争に巻き込まれた国々、特にアジア、アフリカ、中東で、食料、医療、住居を提供し続けている。国境なき医師団、セーブ・ザ・チルドレン、国際赤十字、ケア・インターナショナル、アクション・アゲインスト・ハンガー、ワールド・ビジョン、リリーフ・ウィズアウト・ボーダーズなどの国際的な救援団体の取り組みにも密接に続いている。(原文へ

INPS Japan/IPS UN BUREAU

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共感から始まる平和:SGIが目指す核軍縮と社会変革への道(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビュー)

【パリ/東京INPS Japan】

インタビュー担当:ラザ・サイードLondon Post, Managing Director

撮影担当:浅霧勝浩、ケヴィン・リン(INPS Japan) 編集担当:ケヴィン・リン, ゲーリー・キルバーン

Q: パリ平和フォーラムが核軍縮に関する幅広い国際対話にどのように貢献するとお考えですか?

寺崎:今回の会議は、ローマに本部がありますカトリック系の団体である聖エディジオ共同体が主催をしてくれた会議です。彼らは毎年、このような大きな、特にインタフェース(諸宗教間)の国際会議を開き、多様な現代社会が抱える課題に対話と、そしてそれぞれの知見の共有、そういう場をこのように提供してくださっています。そういう会議の中で、特に核軍縮をテーマにしたフォーラムに私たちが創価学会インタナショナル(SGI)として参加できることは大変有難いことだと感じています。核兵器の問題は言うまでもなく、現代社会においては、とりわけ重要な課題です。それを世界各国の宗教者の代表とともに問題意識を共有する機会を作れることは、大変私たちにとってもやりがいのあるチャレンジの場だと感じています。

Paris 2024 Peace Meeting. Credit INPS Japan

Q: SGIの代表として、グローバルな平和と安全保障の問題にどのような独自の哲学的視点をもたらしますか?

寺崎:私たちの平和運動の、とりわけ核兵器のない世界を目指す取り組みというのは、1957年の9月に創価学会の第二代会長である戸田城聖先生による原水爆禁止宣言というものを源流にしています。その当時は言うまでもなく、核実験の競争によって、核の拡大が懸念されている状況下でした。この中で戸田会長がポイントとして、当時集まった青年たちに遺訓の第一として伝えたかったことは、「人類の生存の権利を守る戦い」であるという視点でした。核兵器を物理的に無くすと言うことは第一の目標ですが、しかし核兵器を持ってまで、人類が戦争を起こすというその事態が、人類の生存の権利を侵すという視点を持って、私たちは核兵器の具体的な取り組みとともに、その人類の生存の権利を守るというその後の大きな活動につながっていく運動になったわけです。 

Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.
Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

その意味で私たちの核軍縮、あるいは核廃絶への取り組みというのは、一つはやはり人類の生存という視点から言うと核兵器を使うことによってどのようなことが起こるのか、その人道上の問題、あるいは被爆の実相というものを大きくクローズアップさせ、訴える活動を長年にわたって取り組んできました。もう一つは、戸田会長の後を継いだ池田大作会長が仰った言葉ですけども、要するに核兵器の問題の本質というのは、核兵器という無差別の大量殺戮兵器を所有してまでさえ、自分たちの支配欲を貫徹するという、その「核兵器を所有するその思想との闘い」である。こういう観点を私たちは明確にして取り組んでいるところが我々の大きな特徴だと思っています。 

Q: 差し迫る地政学的緊張の中で、核軍縮を加速するために世界のリーダーが今すぐ取れる具体的なステップは何だとお考えですか?

寺崎:大変難しい危機的な状況にあると思いますが、多くの人たちがこの近況の中でまさに悲観している、あるいはなす術を持たない、そのことで大変に差別というものが増幅されかねない状況下にある。今回のこの会議でも、テーマとして掲げられましたけども、Imagine peace、要するに「平和を想像しよう」というテーマになっています。今我々にとって一番これは大きなテーマだと思っています。 

Filmed by Katsuhiro Asagiri, President and Multimeda Director. Edited by Levin Lin and Gary Kilburn.

過去にどうやったかという、もちろん教訓を学ぶことも重要ですが、やっぱり新しい発想、新しい挑戦に、そのことにどれだけ全人類が集中しているのか、私はそういう意味ではまさにこの悲観、あるいは無関心との戦いこそが、今の危機にとってまず乗り越えなければならない課題だと思っています。 

我々市民社会でも、あらゆる可能性、あらゆるチャレンジというものを模索して、市民社会もその危機を共有しながら、これまでかつてないほど連帯して声を上げていく、その中で大きな突破口を見出す、あるいは政策決定者に影響を与えていく。そういう意味では若い人たちが受け身ではなく、この時代の危機をともに乗り越える側に立つ。こういう連帯の仕方を私たちは望まなければいけないと思っています。そういう意味では、このような会議は非常に重要です。だから私たちも参加しています。 

Q: あなたは「先制不使用」政策の強力な提唱者ですが、この政策が世界的な核軍縮にとってなぜ重要であるのか、詳しくお聞かせいただけますか?

寺崎:もちろん20世紀にもこの議論はありました。この時は一方でこれは核保有国に時間を与えるだけのもので、真の核軍縮にはならないという批判もあったことは、私たちもよく承知しています。 

しかし、今ある危機はそれとは比べ物にもならないぐらいの危機だと言ってもいいと思っています。今までのNPTの体制を担う側にいた核保有国が紛争の当事者になっているという、未だかつてない事態が生じているわけです。そういう意味では、すぐに核軍縮の方向に向きを変えることは大変に困難です。むしろ今、核兵器が使える兵器として近代化を図るという流れさえある状態です。そういう中である意味では、どのようにしてこの事態に対応したら良いか、多分いろんなこの事態を真剣に考えている人ほど非常に苦労の思索の中にあると思います。私たちは運動家に留まらずに、いわゆるアカデミックの専門家の人たちとこの議論をずっと続けてきましたが、まずできることは何か、その中で唯一可能性があるのはNo First Use(先制不使用)という結論に至りました。そのことを入り口にして、信頼醸成のための、まず会話のテーブルを作る。このことにつながっていく流れを私たちは目指したいと思っています。よって、このテーマで年内に大きな国際会議を開いて、さらに発信を高めたいと今検討を進めているところです。 

Q: 長年にわたって核軍縮と平和のために尽力されてこられたわけですが、個人的にこうした活動に携わる動機或いはきっかけは何でしょうか?

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB
Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

寺崎:日本の創価学会が、被爆の実相を伝えていくために、戦争を知らない世代が直接被曝をされた方々に、あるいは戦争を経験された方々に取材を出向いて聞き書き運動をして、その記録を残し、出版するという運動を1970年代に始めました。12年間で80冊出版しました。私も若い青年として、当時この運動の事務局長をさせていただくようになり、被爆者の方々のところを訪問して話を伺うということにも取り組みました。今でもそうですけども、当時はさらに被曝をされた方々が自分の体験を語るということを大変に苦痛に思われている方々が多い時代でした。何回も通う中でこの活動の趣旨を理解していただいて、重い口を開きながら時には嗚咽を吐きながら一言一言紡ぎ出される被爆者の方達の言葉を聞いて私は強い衝撃を受けるとともに、生涯この活動には関わっていこうとした、それが私たちの大きなベースになっています。その思いは、核被害者の方々への核問題だけに留まらずに世界中のいろんなサポートを必要としている地域や人々へ何かしらできることはないかと常に考える自分自身のベースにもなっていると思います。 

Q: SGIは平和構築の取り組みにおいて若者の積極的な参加を促進してきました。若者は核軍縮のための戦いにおいて、さらに幅広い役割を果たすことができます。若者に向けたメッセージをお願いします。

寺崎:もちろん、時代を変えてきたのはいつでも若い方々の力です。時代を、社会を大きく変える時に、青年のエネルギーなくして成立したことなど一つもないと思います。そういう意味では、若い方々に何かをしてあげるという感覚は私にはありません。 

彼らに一つでも多くの活動の場を与え、そして自分自身の経験を積んでもらって、自分たちの活動として、特に世界中の若い方々と連帯の輪を広げる、このことに全力をあげてほしいし、そのためにできることを私も応援をしていきたいと思っています。それが伝統的な私たちSGIの考え方です。 

Q: SGIの核軍縮に関する取り組みは、気候変動や経済的不平等といった地球規模の課題にどのように交差していますでしょうか?

UN Photo
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寺崎:もちろん私たちが、団体としてできることも挑戦してることはありますが、より大きな意味では、私たちは、一人一人に色々と教育や啓発の機会を与えてそれぞれ一人ひとりが自分にできることに挑戦する、その流れの中でしか大きな仕事は形成されない、という運動論を自覚しています。例えば核兵器の問題、あるいは気候変動の問題、あるいは人権や貧困の問題、優秀なまた非常に感受性の豊かな方々にとっては自分ごととして取り組んでいただく、そういう素晴らしい方々もたくさんいらっしゃると思います。しかし、もっと大きな流れを作るためには、自分自身が身近な人たちに親切で優しく接し、その方々の苦労に同苦ができるような、そういう自分の生き方を大事にするかどうか、その一人一人の生き方が広がる中でしか、大きな意味のある連帯はできないし、また社会を変えていく力にはならない。私たちは社会市民側の人間ですけれども、とりわけ信仰をベースにしている団体として、そのことの重要さを強く感じています。時々国連の場等で紹介されることもありますけども、SGIは一貫して市民社会において平和のための教育を推進している団体だ、とこのように紹介されることがあります。それはそういう背景を持っているからだと思います。 

Q: 非国家主体の役割が国際外交においてますます重要になる中で、SGIのような市民社会組織が世界平和の取り組みにどのような貢献ができるとお考えですか?

寺崎:先ほども述べたかもしれませんが、やはり国連という多国間の対話の場においても市民社会に席が用意されるようになって、私は非常に良い流れができていると思います。もちろん国をマネージする人、リーダーたちの仕事も重要ですけども、同時に、やはり実際の生活の現場の中で人々がどのような安心や安寧、平和というものを感じられるか、それは我々がそっちに近い側にいる人間ですよね、市民社会の声が圧倒的に大きくなっていくことが私は平和や民主主義のベースというものを強固にしていくものだと確信しています。そのためには普通の人々が懸命になり、また信念を持ち、強くなっていく中で、事実を知る権利というものを確保していくことが、より重要だと思います。市民社会の私たちがそういうことに大きな役割を果たせると信じています。 (英語版

INPS Japan

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奴隷から自由の戦士へ

【ワシントンDC Nepali Times=サントシュ・ダヒト】

ネパール出身の元強制労働者の被害者で反奴隷制活動家のウルミラ・チャウダリー氏が、「世界反人種差別チャンピオン賞」の受賞者の一人となった。

授賞式は10月21日にワシントンDCで行われ、アントニー・J・ブリンケン米国務長官から同賞が授与された。

チャウダリー氏は先月、病気の父親の看病のためにコハルプルへ出発する準備をしていたところ、カトマンズのアメリカ大使館から受賞の連絡を受けた。彼女は受賞を喜ぶ一方で、父親のことを心配していた。

良い知らせを聞いた彼女の父親は、授賞式に出席し、自分の心配をしないでほしいと主張した。しかし残念ながら、父は娘の受賞を見届けることはできなかった。

「受賞の喜びを父と分かち合いたかったのですが、それは叶いませんでした。」とチャウダリー氏は言う。

今回の受賞はチャウダリー氏にとって初めてのことではなく、西部のタライにおけるカマラリ制度という少女強制労働の撲滅に大きく貢献したことが評価された。

「この賞は、恵まれない地域の子どもたちのために働く励みになりました。私と共に救出されたすべてのネパール人や、カマラリの慣習を根絶するために手を携えてくれた友人たちに捧げます。」と彼女はネパーリ・タイムズに語った。

月曜日にワシントンDCで行われた本賞の他の受賞者は、ガーナのディンティ・スレ・タイル氏、オランダのジョン・レルダム氏、北マケドニアのエルビス・シャクジリ氏、メキシコのターニャ・ドゥアルテ氏、ボリビアのトマサ・ヤルフイ・ハコメ氏である。

米国務省によって2023年に設立されたこの賞は、人種的公平性、正義、人権を推進する模範的な活動をした世界中の市民社会の個人を表彰するものである。

チャウダリー氏は、受賞は誇りであるが、正義と平等のためになすべきことはまだたくさんあると言う。「解放された何百人ものカマラリはまだ社会復帰しておらず、社会復帰の権利のために闘い続けています。」

テライではかつて、カムラリ(女性奴隷労働者)とカマイヤ(男性奴隷労働者)が一般的だった。ダン地区で生まれた6歳のチャウダリー氏は、住み込みのメイドとしてカトマンズの土地所有者の家に連れて行かれた。

「本やおもちゃで遊んでいるはずの年齢のとき、私は汚れた皿を洗ったり、雇い主のために洗濯をしていました。」と彼女は振り返る。17歳まで、チャウダリー氏は学校に行くこともなく、賃金をもらうこともなかった。

児童労働者として12年間働いた後、彼女はスワン・ネパールの活動家によって救出された。自由を手にした後、チャウダリー氏は学業を始めると同時にカマラリ制度廃止のためのキャンペーンを立ち上げた。彼女の活動が評価され、すぐにダン地区のカマラリ撲滅キャンペーンのリーダーとなった。彼女のリーダーシップの下、ダン地区は債務奴隷から解放された地区として宣言された。

チャウダリー氏は現在、法律の学位を取得し、彼女のような恵まれない家庭の子どもたちに法的支援を提供することを目指している。「私の痛みや苦しみを乗り越えて、私と同じように困難な生活を送っている子供たちのために、友人として支援したいのです。」と彼女は話す。

米国務省の賞は、毎年6人の市民社会のリーダーを表彰し、「人種的平等、正義、人権の推進に対する卓越した勇気、リーダーシップ、そして献身」を称えている。

授賞式後、受賞者たちはワシントンDCとニューヨークでインターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム(IVLP)に参加し、疎外されたコミュニティのメンバーの人権と基本的自由を促進し、体系的な人種差別、差別、暴力、外国人排斥と闘うことについて、米国の同業者と情報交換を行う。(原文へ

INPS Japan/ Nepali Times

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|アスタナ|カザフスタンの未来都市が2026年に日本からの直行便就航で観光客を歓迎

【アスタナ/ 東京INPS Japan=浅霧勝浩】

カザフスタンの首都アスタナは、前衛的な建築群、文化の多様性、豊かな歴史を体感できる観光地として急速に注目を集めている。2026年春には日本とカザフスタン間の直行便が開設される予定で、アスタナの魅力はさらに高まるだろう。アスタナは「中央アジアのドバイ」としても知られ、現代的な都市計画と伝統が融合した独自の魅力を持っている。9月、私は第9回「外国メディアの目を通したカザフスタン」コンテストの受賞者である8人の国際ジャーナリストたち(アゼルバイジャン、キルギス、イタリア、スペイン、マレーシア、ロシア、エジプト、ブラジル)とともにプレスツアーに参加し、アスタナの最も象徴的な観光スポットをいくつか訪れる機会があった。

日本人建築家が描いた未来のビジョン

Kisho Kurokawa

アスタナが急速に近代的な首都へと変貌を遂げたのは、1990年代後半に都市のマスタープランを作成した日本人建築家、故黒川紀章氏の先見性のある設計によるところが大きい。黒川氏の未来的なビジョンは、洗練された現代的な建造物とカザフスタンの遊牧民の過去を反映する要素を組み合わせたもので、都市のスカイラインと都市全体のレイアウトを形成している。彼の作品は伝統と現代性の相互作用を際立たせ、アスタナを世界の首都の中でも際立った存在としている。

日本の旅行者にとって、アスタナとこの偉大な日本人建築家とのつながりは、さらに魅力的なポイントとなるだろう。アスタナの街を歩くと、黒川氏のモダニスト的なアプローチが、カザフスタンの未来を象徴する都市にどのように実現されているかを直接目にすることができる。

文化のモザイク

Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV
Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV

この多様性は、地元の料理シーンにも反映されている。プレスツアー中、私たちは市内のレストランで様々な料理を楽しんだが、カザフ、ロシア、カフカス、韓国、そして、ウズベキスタンなど中央アジアの文化の影響が感じられた。

伝統的なカザフ料理であるベシュバルマック(茹でた肉と麺で作られる料理)や、ユーラシアの多彩な味を楽しむことで、アスタナでの料理体験はその人々の多様性を豊かに映し出している。特に日本からの観光客にとって、アスタナの料理はその多文化的なアイデンティティを体感できる貴重な機会となるだろう。

未来的なスカイライン

アスタナのスカイラインは、大胆で未来的な建築によって形作られ、「中央アジアのドバイ」としての評価を得ている。その中でも最も象徴的な建物の一つが、カザフスタンの独立と未来への希望を象徴するバイテレクタワーである。ツアー中、私は他のジャーナリストと共にバイテレクを訪れ、地上97メートルの展望台からの眺めは息を呑むほどの美しさだった。アスタナのスカイラインのパノラマビューは、ガラスの高層ビルと広々としたオープンスペースが融合した都市の姿を映し出している。

Astana Expo site/ photo by Katsuhiro Asagiri
Astana Expo site/ photo by Katsuhiro Asagiri
Golden man Credit: Astana City Pass
Golden man Credit: Astana City Pass

もう一つのハイライトは、2017年の万博の遺産である世界最大の球形建築物、ヌル・アレムだ。この未来的な建造物は現在、再生可能エネルギーや持続可能な技術に関する展示を行っており、エネルギー生産の未来についてインタラクティブに学ぶことができる。他のジャーナリストと共にヌル・アレムを探索し、カザフスタンが持続可能性に対してコミットしているだけでなく、世界的なエネルギー革新における役割も強調されていることを感じた。

歴史を巡る旅

カザフスタンの歴史に興味のある方には、カザフ国立博物館で同国の豊かな文化と歴史の変遷を詳しく知ることができる。 プレスツアー中、私たちは古代遊牧民の遺物から現代アートまで、同博物館の膨大なコレクションを探索する機会があった。 この訪問は、カザフスタンの歴史が、同国が現代の独立国家としてどのようなアイデンティティを持つに至ったかを理解する上で、貴重な洞察を提供してくれた。

National Museum of Kazakhstan
National Museum of Kazakhstan

直行便就航で観光促進

2026年に予定されている日本とカザフスタン間の直行便就航は、両国の関係において重要な進展となるだろう。この新しい路線により、日本の観光客がカザフスタンの活気あふれる首都を訪れることがこれまで以上に容易になり、文化交流や観光の機会が拡大するだろう。

アスタナは最先端の建築物と文化の多様性、そして歴史の深みが融合した都市であり、海外からの観光客にとって魅力的な目的地だ。日本人観光客にとっては、日本の最も象徴的な建築家の一人である黒川氏によって設計された都市であることも魅力の一つだろう。プレスツアーの一環として他の7人の国際ジャーナリストと共にこの街を探検した経験を通じて、アスタナが伝統と革新のユニークな融合によって際立っていることを強く感じた。

直行便就航の期待が高まる中、アスタナはダイナミックに発展するその風景を体験したいと願う新たな観光客の波を迎える準備ができている。 ようこそカザフスタンへ(Казакстанға қош келдіңіз!)。

この記事で紹介したアスタナの観光アトラクションは今回のプレスツアーを収録した前半の映像で観ることができます。(原文へ

INPS Japan

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インドの気候災害

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

現実的な視点から韓中関係を根本的に見直すことが緊急に必要である。

【Global Outlook=ロバート・ミゾ

気候変動とその影響に関する文献では、起こり得る潜在的または将来的な災害を指して「差し迫った影響」という言葉が使われる傾向がある。しかし、近年の自然災害の発生率、それらが発生する際の頻度と強度を見ると、それらの影響はまだ「差し迫って」いるだけなのだろうかと考えずにいられない。この数カ月間インドが直面している破壊的な災害は、気候変動がすでに姿を現しており、人々の生活をズタズタにしないまでも変えてしまっていることを如実に示していると思われる。

2024年の初夏の時期、インドで観測史上最も暑い熱波が発生し、北部の州では気温が49℃を超えた。公式発表によれば、熱波関連の症状による死者数は110人である。しかし、保健専門家らは、これが実際の数字を大きく下回っていると主張する。医師が死亡診断書に死因として熱中症を記載することはあまりないからだ。保健専門家らは、2024年の熱中症による死者数は数千人に上ると考えている。(

熱波が北インド地方で猛威を振るう一方、北東部のアッサム州とマニプール州は豪雨とそれがもたらした壊滅的な洪水に見舞われていた。継続する民族紛争によってすでに傷ついているマニプール州は、1988年、2015年に続いて、2024年には3度目の最悪の洪水に直面した。5月最後の週にサイクロン「レマル」が前例のない豪雨をもたらし、ナンブル川とインパール川の堤防が決壊した。インパール渓谷の洪水により、一夜にして3人が死亡し、数千人が家を失った。マニプール州とアッサム州を結ぶ国道37号線沿いで土砂崩れが報告された。両州の洪水状態は本記事を書いている時点でも続いており、死者の合計は48人に達し、100万人以上が家を失って避難キャンプに身を寄せている。軍、国家災害救援隊(NDRF)、州の救援隊は、災害対応とインフラ復旧のためにギリギリの努力を続けている。これらの災害の経済的損失は、納税者による税金で負担されなければならず、その額は膨大である。これらの惨禍が開発アジェンダを妨げ、地域を何年も後退させて貧困に押し戻し、インフラや経済の衰退をもたらすのは明白である。

最近では、2024年7月30日に南インドのケララ州ワイナード地域で雨が降り続いた後に大規模な土砂崩れが発生した。美しい風景が広がり、普段は大勢の観光客や旅行者が訪れる地域で、ムンダッカイ、チョーラルマラ、アッタマラ、ヌールプザの各村が二度にわたる大規模な土砂崩れに押し流されたことにより、住民の生活は一変した。この破滅的災害による死者数は本記事を書いている時点で308人に上り、数千人が負傷し、その多くは重症である。そして、救援活動はなおも継続中である。災害により1万人近くが避難を余儀なくされ、州内91カ所の仮設避難キャンプに身を寄せている。陸軍、海軍、NDRF、地元ボランティアが力を合わせて精力的に救援活動を行っているが、長引く悪天候のために厳しい負担と遅れが生じている。

極端な天候に関連する災害の事例は、もう一つある。8月3日にインド北部のウッタラカンド州とヒマーチャル・プラデーシュ州では、豪雨により合わせて少なくとも23人が死亡し、多数が行方不明となっている。ヒマーチャル州サメージ村のアニタ・デービーは、胸がつぶれるような苦しみと喪失を語る中で、自分の家だけを除いて村中が豪雨に押し流された様子を物語った。「うちの家だけが破壊を免れたが、それ以外の全てのものが目の前で押し流されていった。もう誰のところに身を寄せたらいいか分からない」と、デービーは報道陣に語った。同じ村の年配の住人バクシ・ラムは、その破滅的な夜、村を離れていた。親族の「15人ぐらいが、洪水で流されてしまった」と、彼は記者らに語った。ここでも、軍、中央警察予備隊、NDRF、州の救援隊、ホーム・ガードなどを中心とする救援活動が、生存者発見を願って継続中である。道路、橋、衛生設備などのインフラの再建にしばらく時間がかかることは間違いなく、その一方で何百人もの人々の生活は永遠に変わってしまった。

首都ニューデリーとその衛星都市グルグラムとノイダも、豪雨に対する備えが極めて脆弱であることが露呈している。7月30日、デリー首都圏(NCR)では1時間ほどの間に100 mmの降雨があった。これにより複数の地区で浸水が発生したことを受けて、気象当局者は非常警報を発した。大規模な渋滞や通行止めが発生し、ラッシュアワー時の通勤者は大変な不便をこうむった。デリー首都圏の豪雨関連の事故により、10人が死亡したと報じられた。豪雨による浸水に関連したもう一つの異様な事件として、予備校で権威あるインド公務員試験の受験勉強をしていた3人の学生が浸水した地下図書室から脱出できず、早すぎる死を迎えたというものがある。

2024年前半だけでもインドでこれだけ発生した極端な気象現象は、気候変動が大地とそこに住む人々にいかにその影響を及ぼしているかを示しており、それと同時に、いかにこの国がこれらの災害に対応する準備ができていないかを露呈している。このような気象現象の破壊的影響は、より良い準備、調整、計画によって最小限に抑えられることを示唆する報告もある。また、インフラ開発プロジェクトが環境脆弱性を十分考慮することなく設計され、実施されてきたことに問題を見いだす人々もいる。ケララ州の事例では、耳に入っていたはずの警告が聞き入れられなかったことに関して、政治的な責任のなすり合いが後から起こった。残念な事実は、上記の主張の全てに一定の真実があるということだ。

甚大な損害と取り返しのつかない人命の損失が誰の責任かに関わらず、インドが気候変動の課題に対応するには準備不足であるという厳しい現実に変わりはない。今後インド亜大陸で頻繁かつ強烈な天候関連災害が起こるという科学的裏付けの信頼性は、ますます高まっている。これらが人々の生活、インフラ、経済に及ぼす影響は、十分に対処する能力を備えた地域と比べて数倍も大きいものになるだろう。気候変動は、人々、ひいては国家の安全保障全体に対する脅威であると考える必要がある。気候変動の世界的影響を抑制するための残り時間は急速になくなりつつあり、インドは、特に多くの脆弱な生態系や地域において適応と回復メカニズムを強化するために総力を挙げて取り組まなければならない。気候変動を政治の表舞台に取り上げ、政治的課題の対象としなければならない。2024年総選挙においてもそうであったが、この論点ははなはだしく欠如している。このままでは、この国の未来は非常に危うい。この数カ月に起こった災害は、深刻な予兆である。

ロバート・ミゾは、デリー大学政治学部の政治学・国際関係学助教授である。気候政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。ミゾ博士は、国際交流基金(Japan Foundation)のインド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)リサーチフェローとして戸田記念国際平和研究所に滞在し研究を行った。

INPS Japan

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ステップの精神を甦らせる:カザフスタンで第5回ワールド・ノマド・ゲームズ(世界遊牧民競技大会)が開催される

【アスタナ/東京 =INPS Japan】

活気あふれる文化と伝統の祭典として、カザフスタンは最近、首都アスタナで第5回世界遊牧民競技大会を開催した。この大会は、近代化とグローバル化が進む中、遊牧民の伝統文化の不滅の精神を称えるものである。2年に一度開催されるこの大会には、日本を含む89カ国から選手や観客が集まり、伝統スポーツのショーケースとしてだけでなく、かつてソ連統治下で絶滅の危機に瀕した遊牧文化の強靭さ(レジリエンス)を思い起こさせる機会ともなった。|インドネシア語タイ語

9月8日から13日にかけて開催されたこの競技会では、かつて中央アジアの広大なステップを駆け巡った遊牧民の生活様式を思い起こさせる100以上の多彩なアクティビティが展開された。馬上レスリングからアーチェリーまで、各競技は何世紀にもわたって磨かれてきた祖先の技能を反映している。しかし、多くの参加者や訪問者にとって、これらの競技の意義は単なるスポーツを超えるものだった。それは彼らが長らく抑圧されてきたアイデンティティの回復を体現していたからだ。

1930年代のヨシフ・スターリンによる農業集団化政策の下、遊牧民の生活様式は事実上解体された。ソビエト政権が農業モデルを牧畜民として繁栄していた人々に押し付けたため、コミュニティ全体が根こそぎにされた。この残忍な変革により、伝統的慣習が衰退し、多くの命が失われた。この文化的ジェノサイドの傷は深く、何十年にもわたって遊牧文化の豊かな伝統はほとんど沈黙を強いられた。

スターリンの強制的な農業集団化政策によって、カザフスタンの人々は生活の糧であった家畜を奪われ、遊牧文化を破壊された。その結果、飢饉によって230万人が死亡したと推定されている。

しかし、1991年のソビエト連邦の崩壊は、カザフスタンや他の新たに独立した旧ソ連邦の国家にとっての転換点となった。独立後、遊牧文化を復活させ、祝うための取り組みが積極的に行われるようになり、歴史的な惨事を前向きな発展の基盤へと変えてきた。カザフスタンにとって、この復興は国家アイデンティティの中心的な柱となり、外国勢力による植民地的な押し付け以前の豊かな歴史と再びつながる方法となっている。

世界遊牧民競技大会は、この文化的ルネサンスの象徴である。2014年の創設以来、この競技大会は80以上の国から参加者を集め、遊牧民の遺産を共有する人々の間で友情を育んでいる。「これは単なる競技ではなく、私たちのルーツを祝うものです。」と、カザフスタンのIT起業家で元産業省の官僚であるマディヤル・アイップ氏は語った。「私たちは世界に自分たちが何者であるかを示しているのです。」

The 7th Congress of leaders of the World and Traditional Religions photo credit: Katsuuhiro Asagirio

カザフスタンが歴史的な挑戦を機会に変革する卓越した能力は、遊牧文化の復活だけでなく、マルチベクトル外交に表れている。同国は「世界伝統宗教指導者会議」のような重要なイベントを開催し、130の民族集団間での対話と寛容を促進することへのコミットメントを強調している。この多様性は、スターリン時代の民族的・政治的迫害の遺産に根ざしているが、新たに独立したカザフスタンは、背景に関わらず、すべての市民に憲法の下での平等を保証している。

Semipalatinsk former Nuclear test site. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri

カザフスタンの指導力は文化外交の領域にとどまらず、世界的な軍縮の面でも大きな進展を見せている。1949年から1989年にかけて456回もの核実験が実施されたセミパラチンスク核実験場は、独立したカザフスタンにより閉鎖され、核兵器もすべて廃棄された。この大胆な決断により、同国は世界第4位の核保有国から、核兵器のない世界を強く支持する非核兵器国へと変貌を遂げた。セミパラチンスク核実験場の閉鎖は、核実験反対運動における重要な転換点として国連に認められている(同実験場が閉鎖された8月29日は核実験に反対する国際デー)。

May 1 is the national unity day in Kazahstan. more than 130 ethnicities enjoy peace in Kazakhstan. Photo credit: Embassy of Kazakhstan in Singapore

競技会が終了するにつれ、雰囲気は祝賀と誇りに満ち、消滅することを拒んだ遊牧文化の証となった。強靭で適応力のある遊牧民の精神は、カザフのアイデンティティの一部として再び織り込まれつつある。アスタナで競技者たちが最後のお辞儀をする中、過去と現在が絡み合い、遺産と革新の両方を称える未来を築いていることは明らかだった。

カザフスタンは、歴史的な災難を積極的な変革の場に変え、世界的な舞台で平和と協力を推進する模範となっている。世界遊牧民競技大会は、文化的ルーツの重要性を生き生きと思い起こさせるだけでなく、多民族・多宗教社会が対話と理解を通じて繁栄できることを示している。過去を受け入れることで、カザフスタンは世界における自国の位置を再定義し、遊牧民の生活様式は過去の遺物ではなく、国家のアイデンティティと未来への希望の生き生きとした一部であることを証明している。(原文へ

Inter Press Service, Londo Post

INPS Japan

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