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|視点|核の破壊の時代は81年前、嘘とともに始まった―そして同じように終わるかもしれない(ミッチェル・ジマーマン弁護士・社会運動家)

広島・長崎への原爆投下は、本土侵攻なしに戦争を終わらせるために必要ではなかった

【INPS Japan/The Other News=ミッチェル・ジマーマン】

核の時代は、ひとつの嘘とともに始まった。

1945年8月6日、ほとんど気づかれることなく日本のある都市の上空を飛んでいた1機の米軍機が、1発の爆弾を投下し、広島を破壊した。3日後、別の米軍機が2つ目の都市長崎を破壊した。両都市に投下された原子爆弾は、10万人を即死させた。その年の末までに、さらに10万人が放射線障害や火傷、爆風による負傷で命を落とした(広島市・長崎市の推計では、1945年末までの死者は広島で約14万人、長崎で約7万4000人とされる。)犠牲者の90%以上は民間人だった。

これほど多くの人々を殺したことの公式の理由は、嘘だった。日本本土への侵攻で米兵が被るはずだった甚大な損失を避けるために原爆を投下する必要があったという主張は誤りであり、しかも米国の政策決定者たちは、原爆投下を決めた時点でそれを承知していた。

米国は日本軍の暗号を解読していたため、米情報機関は1945年7月、日本政府がすでに、第二次世界大戦における米国の同盟国であったソ連に接触し、和平の仲介を依頼していたことを把握していた。日本側が何よりも望んでいたのは、連合国が求める無条件降伏が天皇の退位を伴わないことの保証であった。この条件は、最終的に米国があっさり受け入れたものである。

ガー・アルペロビッツがその著書『原爆外交―広島とポツダム』で説得力をもって論じているように、2つの日本の都市の破壊は、日本本土侵攻の回避ではなく、台頭しつつあった冷戦の政治と関係していた。

決定を下した者たちは、日本が戦争終結を模索していることを知っており、欧州での連合国の勝利後にソ連が対日参戦すれば、それだけで日本の降伏を早めるのに十分だろうと考えていた。

長く秘匿されていた1946年の米国の極秘情報調査は、戦争を終わらせたのは原爆ではなく、1945年8月8日のソ連による対日宣戦布告とソ連軍の進攻であったことを裏付けている。〔注3〕

ソ連はナチス・ドイツとの生死をかけた戦いに忙殺されていたため、それまで対日戦には参加していなかった。だが1945年7月、占領下のドイツ・ポツダムで開かれた会談で、ハリー・トルーマン大統領はスターリンから(先のヤルタ会談での)対日参戦の約束を再確認した。

「そうなればジャップはおしまいだ」―トルーマンは1945年7月、戦時中の手書きの日記にこう記した。「これで戦争は1年早く終わる」と、トルーマンは同じ頃の手紙に書いている。「殺されずに済む若者たちのことを思ってごらん」

米国の戦争指導者たちも、原爆投下が必要なかったことを認めている。連合国軍最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー将軍(のちの大統領)は、「日本はすでに敗北しており、原爆の投下はまったく不要だった……米国人の命を救う手段として、もはや必須ではなかった。」との結論に達していた。

当時トルーマンの参謀長を務めていたウィリアム・リーヒ元帥も同意見だった。「日本はすでに敗北し、降伏する用意ができていた……この野蛮な兵器の使用は……対日戦争において実質的に何の助けにもならなかった。」

それでもトルーマンは、ためらうことなく原爆を投下した。「原爆は『重大な決断』などではなかった」と、彼は15年後に語っている。

第二次世界大戦の時代は、残虐行為の時代だった。日中戦争―1937年から1945年にかけての日本による中国への侵略戦争――では、推定1000万~2000万人が死亡した。ナチス・ドイツは欧州のユダヤ人600万人を殺害した。ドイツはまた、捕虜としたソ連兵200万人を餓死によって殺害した。さらに南京での虐殺、ドレスデンの破壊、1943年のベンガル飢饉、そして東京をはじめ60以上の日本の都市への焼夷弾爆撃があった。

こうした言語に絶する惨禍のなかにあっても、20万人の日本の民間人が原爆によって命を奪われたことは際立っている。彼らは世界で最初の核戦争の犠牲者であり、一連の嘘によって正当化された彼らの不必要な死は、全人類を危険にさらす時代の幕開けとなったからだ。

嘘と危険は、第二次世界大戦の終結とともに止んだわけではなかった。私たちが学ぶべきだったように、核兵器には嘘を生み出す性質がある。

9・11同時多発テロを受け、2003年、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラクが核兵器を保有しているという虚構をつくり上げ、石油資源の豊富な同国への侵攻と占領の口実とした。しかし、イラクは核兵器も、その他の大量破壊兵器も保有していなかった。イラク侵攻を推進した(そしてブッシュにイランへの侵攻も迫った)ネオコンたちは、疑わしい情報を操作して、架空の脅威への恐怖をあおったのである。

その嘘の代償は大きかった。結局、米国によるイラク占領は、米国に数兆ドルの費用と数千人の米兵の命をもたらし、数十万人のイラク民間人の死を招いた。

そして今年、ドナルド・トランプ大統領はイラン政府の打倒という右派の夢に回帰し、またしても核兵器について嘘をつき、まったく不必要な戦争を正当化しようとした。トランプ大統領と側近らは、イランが核爆弾の製造寸前にあり、間もなく米国を攻撃できる長距離ミサイルを開発中だと主張した。米情報機関は、これらの主張がいずれも虚偽であることを確認していた。

架空の核の脅威をめぐる大統領たちの嘘が繰り返されているからといって、核拡散というあまりにも現実的な危険から目をそらしてはならない。

地球上での人類の存続に対する脅威を憂慮する市民は、当然ながら気候変動に注目してきた。しかし、気候変動とその影響――極端な気温、海面上昇、巨大な暴風、制御不能な火災、農作物の壊滅、干ばつ、飢饉、難民の流入、排外主義的な政治――にますますさらされる世界とは、追い詰められた支配者や誇大妄想的な支配者が、熱核兵器の使用に誘惑されかねない世界でもある。そして核の時代は、始まったときと同じように、嘘とともに終わるかもしれない。

弁護士、長年にわたる社会運動家。反人種差別スリラー小説『Mississippi Reckoning』(2019年)の著者。

INPS Japan

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エネルギー輸出国カザフスタン、次に目指すのは「知能」の輸出

NVIDIAのジェンスン・フアン氏がアスタナを訪問。資源と産業の経験を、AI時代の仕事や事業へと変える取り組みが進んでいる。

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

カザフスタンは長年、地下から採掘した資源を世界へ供給してきた。10月23日に首都アスタナを訪れた米半導体大手エヌビディア(NVIDIA)のジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、そのエネルギーの一部を、新たな輸出品へと変える可能性を語った。

Alem.ai 写真:Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

「将来はエネルギーを輸出するだけでなく、それを知能へと変換し、知能を輸出することができる」|英語版|

舞台となったのは、球体の旧万博施設を活用した国際人工知能センター「alem.ai」だ。フアン氏はここで、ジャスラン・マディエフ副首相兼AI・デジタル開発相と公開対談を行った。子どもたちが新しい技術に触れ、学生が学び、起業家や研究者が活動するこの施設で、同氏は、電力、産業の知識、技術人材を組み合わせることで、カザフスタンがAI経済の一翼を担えると論じた。

対談では、その構想を国際資本と具体的に結びつける発表もあった。マディエフ氏は、NVIDIAがAI動画生成企業Higgsfieldに投資したと明らかにした。

カザフスタンと米国に拠点を持つ同社について、フアン氏は、創業者らの構想と技術力、豊富な資金を持つ世界の競合企業に挑む姿勢を評価した。

「投資するのは企業ではなく、人だ」と述べた。

主催者によると、Higgsfieldではカザフスタン国内で600人超が働いている。フアン氏は、2つの国の文化と専門知識を結びつけ、国際市場で競争するチームの能力を強調した。対談では投資額や出資比率は明らかにされなかったが、この発表はカザフスタンが育てようとしている企業像を示した。国内の人材を生かし、世界に向けて製品を開発する企業である。

フアン氏の訪問は、9月23日に始まった一連の催し「AI月間」を締めくくるものだった。10月初旬の「AI & Digital Bridge 2026」では、政府当局者や経営者らが、計算基盤、投資、通信、教育を結びつける計画を示していた。10月23日には、世界のAI産業の多くを技術面で支える企業のトップが、その方向性への支持を表明した。

NVIDIA自身も、この市場の拡大から利益を得る立場にある。カザフスタンが計画する計算施設では同社の半導体の利用が想定され、現地の通信会社も同社の技術を使った基盤整備を進めている。

カザフスタンの目的は、天然資源に依存する経済の多角化だ。資源産業を支える電力や、そこで培われた知識を、新たな技術、仕事、輸出収入へとつなげようとしている。

A scale model of Kazakhstan’s planned Data Center Valley on display at AI & Digital Bridge 2026 in Astana. The project aims to expand the country’s AI computing infrastructure. | Photo: INPS Japan.
アスタナで開催された「AI & Digital Bridge 2026」に展示された「データセンター・バレー」計画の模型。カザフスタンのAI計算基盤の拡充を目指す。|写真:INPS Japan

マディエフ氏は、2035年までに発電設備容量をほぼ倍増させ、40ギガワットを超える水準へ引き上げる計画を説明した。政府はAI戦略を、エネルギー、半導体、クラウド基盤、AIモデル、応用サービスという5つの層で捉えている。

フアン氏の説明も、電力から始まった。AIは利用者の求めに応じて出力を生成するため、継続的な計算処理を必要とする。その処理を担う施設を、同氏は「AI工場」と呼ぶ。電力とデータを使い、経済活動を支える価値を生み出す場所という意味だ。

エキバストゥズで計画されている「データセンター・バレー」は、その構想を実現するための取り組みである。最新の公式発表では、初期容量を250メガワットとし、1ギガワットまで拡張できるとしている。フアン氏は、通信網の改善によって、カザフスタンが欧州のAI経済につながる計算拠点になりうると述べた。

基盤を整えるだけでは、新たな産業は生まれない。研究者や企業が計算能力を利用し、顧客の課題を解決する製品やサービスを開発することで、投資の効果は経済全体へと広がる。

INPS Japanが10月初旬にアスタナで行った取材でも、当局者らは、計算資源へのアクセス、教育、スタートアップ支援を一体的な取り組みとして説明していた。今回の対談は、そのつながりを、同国が蓄積してきた産業の専門知識へと広げた。

フアン氏は、現実の物理的な環境を理解し、その中で動作するシステムを支える「フィジカルAI」について論じた。その応用はロボットにとどまらず、鉱山や油井の地図化、地質の分析、鉱物加工、新素材の開発にも及ぶ。

鉱業、農業、エネルギー、物流は、カザフスタンが長年にわたり知識を蓄積してきた分野だ。これらの産業を理解する人々とAI開発者が協力すれば、その経験を新たな製品へと変える道が開ける。

主催者の発表では、国内の産業現場を、技術の開発、訓練、実証に向けた国際協力の場として開く構想が示された。目標には、生産性の向上とともに、職場の安全性の改善も含まれる。

NVIDIA CEO Jensen Huang (right) discusses Kazakhstan’s AI ambitions with Zhaslan Madiyev, the country’s deputy prime minister and minister of artificial intelligence and digital development, at alem.ai in Astana on October 23, 2026. | Photo: Astana Hub.
カザフスタンのジャスラン・マディエフ副首相兼AI・デジタル開発相と同国のAI構想について対談するNVIDIAのジェンスン・フアンCEO(右)。2026年10月23日、アスタナの国際AIセンター「alem.ai」で。|写真:Astana Hub

フアン氏は、フィジカルAIはまだ発展の初期段階にあり、カザフスタンにもその将来を形づくる機会があると述べた。訪問中に見たロボット関連企業にも触れ、現地の開発者との協力に期待を示した。

対談では、自国の言語と文化を反映するAIも焦点となった。

マディエフ氏は、公開されている基盤モデルをカザフ語やその文化的背景に適応させる取り組みを説明し、独自の基盤モデルをゼロから開発する意義について尋ねた。

フアン氏は、国のデータには歴史、文化、価値観が含まれていると強調した。それを管理し、国内でAIサービスを提供する能力は、電力網や通信網に匹敵する基盤になると論じた。

そのうえで、公開された技術を自国の言語や文化に適応させ、国内で運用する道を支持した。カザフスタンの科学、数学、ソフトウエア開発の専門知識が、その能力を育てる土台になるという。

学校や公共サービスでAIの利用を広げるには、人々が使う言語で機能し、その暮らしの実情に応えるシステムが必要だ。それぞれの地域の言語に対応することは、AIの恩恵を広く行き渡らせるうえで欠かせない。

そうした道具を使う人々をどう育てるかも、対談を通じて繰り返し取り上げられた。

フアン氏は、AIが農業者の事業拡大、科学者によるより多くの問いの探究、技術者によるより優れた設計の検討を助けると論じた。その際に何度も用いたのが、意欲や志を意味する「ambition」という言葉だった。

マディエフ氏は、子どもがAIに頼りすぎず、考える力を育てるにはどうすればよいかと尋ねた。フアン氏は、もっと学びたいと願う子どもにとってAIは助けになると答え、好奇心や向上心を育む親や教育者の役割を強調した。

同様の問題意識は、10月初旬のINPS Japanの取材でも聞かれた。アティラウから来た18歳の学生ダスタンさんは、翻訳アプリを介したやり取りで、自分自身で理解を深める代わりにAIへ頼ることへの懸念を示した。

alem.aiでは、12~18歳を対象とするTUMOや、成人向けのTomorrow Schoolなどが、実践的な学習機会を広げている。フアン氏は、訪問先で若者がすでにAIを使い、開発に取り組んでいたことを評価した。

教育を担う機関の国際協力も進む。公式発表によると、12の技術系大学の代表者が、NVIDIAのDeep Learning Institute(DLI)の試行プログラムに参加した。カザフAI研究大学(QAIRU)に地域DLIセンターを設ける案も検討されている。

今、カザフスタンに暮らす18歳なら、これから5年間に何を学び、何をつくるか。そう問われたフアン氏は、AIを自在に使いこなす力を磨くことに専念すると答えた。

NVIDIA CEO Jensen Huang meets young learners at the alem.ai International AI Center in Astana, Kazakhstan, on October 23, 2026. | Photo: Astana Hub.
アスタナの国際AIセンター「alem.ai」で若い学習者らと交流するNVIDIAのジェンスン・フアンCEO。2026年10月23日、カザフスタンで。|写真:Astana Hub

その助言は、指示文の書き方にとどまらなかった。技術的な技能と社会科学のどちらが必要かという質問には、双方が重要だと答えた。AIの能力を十分に活用するには、その原理、強み、弱みを理解することが不可欠だという。

創作も、学びを実践につなげる道の一つだ。

The Astana AI Film Festival’s exhibition booth at AI & Digital Bridge 2026 in Astana, Kazakhstan. The inaugural festival attracted 8,067 submissions from 125 countries. | Photo: Katsuhiro Asagiri / INPS Japan.
「AI & Digital Bridge 2026」会場に設けられたアスタナAI映画祭の展示ブース。初開催の映画祭には、125カ国から8067作品が寄せられた。カザフスタンの首都アスタナで。|写真:浅霧勝浩/INPS Japan

10月1~3日に開催された第1回アスタナAI映画祭には、主催者によると、125カ国から8067作品が寄せられた。賞金として100万ドルが割り当てられ、有望なAIチームやカザフスタンでの映画制作を支援するため、別枠で100万ドルが用意された。

映画祭とHiggsfieldへの投資は、動画生成技術を開発する人々と、その技術で物語をつくる人々の双方に、新たな機会が生まれつつあることを示している。

フアン氏は同時に、AIの恩恵を社会へ届けるには、責任ある開発と運用が不可欠だと述べた。AIエージェントが利用するファイルや道具へのアクセスを、作業に必要な範囲に限定し、その動作を監視する重要性を説明した。

カザフスタンの取り組みは、かつては別々の省庁や産業が扱っていたであろう課題を結びつけようとしている。電力をどう生み出すか。若者をどう育てるか。言語に蓄積された知識をどう生かすか。そして、企業が海外で顧客を獲得するのをどう支えるか。

それらのつながりが実際に役立つものとなったとき、新たな経済が形を取り始める。鉱山技術者が地下の状況をより正確に把握する手法を開発する。学生が身につけた技能を事業へ育てる。限られた予算で活動する映画制作者が、これまで届かなかった観客に作品を届ける。

このAI短編映画は、第1回アスタナAI映画祭に125カ国から寄せられた8067作品の一つです。資料:Astana Ai Film Festival

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中国の対日輸出規制――「サラミ・スライシング戦術」か、それとも戦略的な牽制か?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=和田 大樹】

今日の国際政治経済においては、国家間の対立や外交的摩擦と、経済的な相互依存関係がますます複雑に絡み合うようになっている。特に、サプライチェーンが少数の国々に大きく依存している場合、貿易制限や輸出管理は、政府が戦略的な影響力を行使するための強力な手段となり得る。中国による日本向け輸出規制の強化は、こうした国際環境の変化を象徴する事例といえる。|英語版|

その一つの解釈として、中国政府が、全面的な禁輸措置を直ちに発動するのではなく、規制を段階的に拡大する「サラミ・スライシング戦術」を用いている可能性が考えられる。この手法を取れば、さらなる規制強化の余地を残しながら、相手国に継続的な圧力をかけることができる。ただし、政治的な報復や戦略的なシグナルの発信など、別の解釈についても検討する必要がある。

中国が日本に対する輸出規制を強化している背景には、日中関係の悪化、とりわけ台湾問題と日本の安全保障政策の変化が密接に関わっている。

2025年11月、高市早苗首相は台湾有事の可能性に関する発言を行い、中国政府はこれを強く批判した。その後、中国は貿易・輸出規制の強化を、日本による台湾問題への干渉と結びつけて説明するようになった。

2026年1月6日、中国は日本向けの軍民両用(デュアルユース)品目に対する輸出管理の強化を発表した。その理由の一つとして、台湾海峡における武力介入の可能性に言及した日本の指導者の発言を明示的に挙げた。

このことから、一連の措置は政治的なシグナルの発信、あるいは報復として理解することもできる。中国政府は、単に日本に経済的損害を与えようとしているのではなく、自国が安全保障上の重大な一線を越えたとみなす行動には、具体的な経済的代償が伴うことを示そうとしている可能性がある。

したがって、輸出規制には二つの目的が同時に存在すると考えられる。一つは日本の政策に対する対抗措置であり、もう一つは、台湾有事への日本の関与がさらに深まれば、追加的な経済的負担が生じ得るという警告を発することである。

もう一つの解釈として、中国のことわざである「殺鶏儆猴(鶏を殺して猿を脅す)」に通じる戦略が考えられる。これは、特定の相手に不利益を与えることで、より広い範囲に警告を発するという考え方である。

中国は、日本との貿易全体を直ちに制限するのではなく、特定の日本企業や団体を規制対象とすることで、全面的な禁輸措置に伴う混乱を避けながら、経済的な圧力を行使する能力を示すことができる。この解釈は、最近の規制対象に日本の防衛・安全保障分野に関係する企業や団体が複数含まれていることからも、特に重要である。

中国は、こうした措置を段階的に拡大してきた。

2026年2月24日、中国政府は日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。対象には、航空宇宙、防衛、海洋システム、先端技術などの分野に関わる企業や団体が含まれていた。

続く6月29日には、日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。中国政府は、これらの措置について、国家安全保障を守り、日本の軍事能力の強化につながり得る活動を防止するために必要だと説明している。

こうした規制強化の進め方には、「サラミ・スライシング戦術」に共通する特徴が見られる。

中国は、一度に全面的な禁輸措置を発動するのではなく、規制を段階的に導入し、その対象を拡大してきた。この手法によって、中国政府は日中関係の動向に応じて圧力の強さを調整しながら、将来さらに規制を強化する選択肢を確保できる。

ただし、規制が段階的に強化されているという事実だけで、その背後にサラミ・スライシング戦術が存在すると断定することはできない。こうした動きは、日中関係で相次いで生じた出来事に対する、中国政府の個別の対応を反映しているにすぎない可能性もある。

この違いを見極めることは重要である。経済的な規制措置は、直接の対象となる製品や企業の範囲を超えて、広範な影響を及ぼし得るからだ。

日本は、レアアース(希土類)、重要鉱物、機械、電子機器、その他の産業用資材をめぐる製造・供給網を通じて、中国と密接に結びついている。

中国によるレアアースの輸出規制は、すでに日本の産業界に不確実性をもたらしている。ロイター通信は2026年6月、日中間の外交的対立が続くなか、複数の重希土類について、日本向けの輸出が引き続き厳しく制限されていると報じた。

こうした規制は、中国からの供給に大きく依存する産業に対して、経済的な措置がいかに影響を及ぼし得るかを示している。

したがって、戦略的に重要なのは、個々の規制が直ちにもたらす経済的影響だけではない。規制によって生じる不確実性そのものも重要なのである。

企業が、今後の輸出許可の判断は外交関係の動向によって左右される可能性があると考えれば、中国の供給業者への依存に一層慎重慎重になるだろう。

たとえ輸出が正式に禁止されていなくても、審査の厳格化、許可の遅延、さらなる規制強化の可能性が存在するだけで、企業はサプライチェーンの多角化を進める動機を持つことになる。

つまり、経済的圧力は、正式な規制措置を通じてだけでなく、重要な資材を将来にわたって安定的に調達できるかどうかという企業の見通しが変化することによっても生じ得るのである。

このため、日本が直面する課題は、中国の個々の規制措置に対応することだけにとどまらない。

日本政府は、それぞれの規制が一時的な外交的対抗措置なのか、日本の安全保障政策に影響を与えようとする試みなのか、あるいは経済的依存関係を利用した長期的な戦略の一環なのかを見極める必要がある。

しかも、これらの解釈は必ずしも相互に排他的ではない。

政治的な報復は、戦略的なシグナルの発信と同時に行われ得る。また、規制を段階的に実施することは、それ自体がサラミ・スライシング戦術に共通する特徴を生み出すことにもなる。

したがって、中国による対日輸出規制を、単一の戦略概念だけで説明するべきではない。

「サラミ・スライシング戦術」は、経済的圧力が段階的に強化される過程を理解するうえで有用な分析の枠組みの一つである。しかし、台湾問題に関する日本側の発言への報復、戦略的なシグナルの発信、そして国家安全保障を重視する中国の輸出管理政策全体の方向性も、別の説明として、あるいは相互に補完し合う要因として考慮する必要がある。

一連の措置は、単一の固定された戦略に基づくものではなく、複数の目的が重なり合って生じている可能性がある。

日本にとって中心的な課題は、外交、国家安全保障、そして経済的相互依存が交差する状況に、いかに対応するかということである。

そのためには、サプライチェーンの強靱性を高め、重要資材の調達先を多角化し、リスクを早期に察知する能力を強化するとともに、中国との対話の経路を維持することが、ますます重要になるだろう。

経済的相互依存が国家間の戦略的競争と一層深く結びつくなか、日本の経済安全保障を確保するためには、目に見える輸出規制の内容だけでなく、その背後に込められた政治的なシグナルを正確に読み解くことが不可欠である。

Original URL:China’s Export Controls on Japan: Salami-Slicing or Strategic Signalling? | INPS JAPAN

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【ニューヨークINPS Japan/The Other News=メディア・ベンジャミン】

フランス全土で、高校生たちが教育への投資拡大を求め、3週連続で街頭に繰り出している。彼らが求めているのは、教員の増員、少人数学級の実現、適切な校舎設備の整備、そして貧困層や労働者階級の子どもたちにも十分な教育機会を保障する公教育制度だ。

しかし、この抗議運動は、フランス政府が公共支出の削減を迫られる一方、軍事予算の大幅な増額を求められている時期に起きている。

この運動が突きつけている問いは、教育問題にとどまらない。フランスは若者の未来に投資するのか。それとも、ミサイルや兵器、戦争に資金を注ぎ込むのか。

本か、それとも爆弾か。

9月中旬にパリ郊外で始まった抗議運動は全国に拡大し、これまでに累計1000校以上の高校で授業の中断や封鎖が発生した。

10月6日には、高校生たちを支持する全国規模のデモが行われ、内務省によれば25万6000人が参加した。主催者側は参加者数を45万人と発表している。

政府の対応は、学生たちの怒りをさらに増幅させている。当局は彼らの要求に耳を傾ける代わりに、機動隊を投入し、催涙ガスやグレネード弾を使用して、多数の若者の身柄を拘束してきた。

法務省が10月9日に公表した集計によれば、8日時点で6877人が警察での留置措置を受け、そのうち5890人が未成年者だった。ただし、留置された全員が訴追されたわけではない。

一部の若者は深刻な負傷を負っている。10月5日には、フランス北部ランス(Lens)の高校付近で、警察が使用したグレネード弾の爆発により15歳の少年が片手を失った。

少年がグレネード弾を拾ったかどうかなど、爆発に至る詳しい経緯については証言が食い違っており、警察監察総監室(IGPN)が調査を進めている。この事件を受け、内相は高校生の抗議活動における閃光音響弾の使用を停止した。

アムネスティ・インターナショナルは、教育を受ける権利を訴える若者たちに対して警察が「不均衡な」武力を行使していると非難し、平和的な集会の権利を保障するよう当局に求めている。

その対照は鮮明だ。

生徒たちが求めているのは、教員の増員とまともな学校教育である。ところが政府は、彼らに機動隊を差し向ける一方で、軍事費にはさらに数十億ユーロを上積みしようとしている。

こうした学生運動が広がっているのは、北大西洋条約機構(NATO)が欧州各国に対し、防衛・安全保障関連支出の大幅な増額を求めているさなかのことだ。

2025年、ワシントンからの強い圧力を受け、NATO加盟国の首脳たちは、2035年までに各国の国内総生産(GDP)の5%を防衛・安全保障関連支出に充てるという、驚くべき新たな目標に合意した。

そのうち少なくとも3.5%を直接的な軍事支出に、残り最大1.5%を防衛関連インフラ、サイバーセキュリティー、危機への対応力を意味する「レジリエンス」などに充てるというものだ。

これは、従来のGDP比2%という目標からの大幅な引き上げを意味する。しかも、従来の目標ですら、達成に苦労してきた加盟国は少なくなかった。

財政赤字の拡大、多額の政府債務、公共サービスの劣化に直面する国々にとって、これほどの軍事費増額は極めて大きな代償を伴う。

フランスは、その典型的な事例である。

同国の公的債務は約4兆ドルに達し、2026年末にはGDP比119.3%、2027年には121.7%に上昇すると予測されている。これは欧州でも特に高い水準だ。

財政赤字を削減するため、政府は2027年度に総額540億ユーロ規模の財政改善を目指しており、歳出抑制や税制措置を通じて、すでに厳しい状況に置かれている公共サービスにもさらなる負担を求めようとしている。

ところが、国民に緊縮財政への協力を求める一方、政府が提案する2027年度予算では、国防費を前年比約64億ユーロ増額する計画だ。これに対し、教育予算の増額は12億ユーロにとどまる。

教育予算自体は増額されるものの、教員の定数は常勤換算で差し引き1588人分削減される見通しだ。ただし政府は、研修中の教員や生徒の支援に携わる職員などを含めれば、教育省全体の雇用枠は3257人分増加すると説明している。

想像してみてほしい。

雨漏りする教室で、大勢の同級生と肩を寄せ合いながら授業を受ける16歳の生徒がいる。常勤の教員すら確保されていない。

その生徒は、政府から「学校を改善するための予算はない」と聞かされる一方で、兵器の購入には何十億ユーロもの追加予算が確保されるという現実を目の当たりにしているのだ。

フランスの独立した財政監視機関である高等財政評議会(HCFP)も、2027年度の中央政府支出の増加が、主として国債の利払い、欧州連合(EU)への拠出金、軍事費の増加によって生じていると指摘している。

NATO当局者は、こうした大規模な軍備増強は、ロシアをはじめとする脅威から欧州を守るために必要だと主張する。

しかし、ロシアが今にもフランスへ侵攻しようとしているかのような見方は、ばかげている。

そして、軍事費の際限ない増額を求める動きは、根本的な疑問を投げかける。

学校や病院をはじめとする公共サービスが荒廃するまま放置されているとすれば、フランス政府はいったい何を守ろうとしているのだろうか。

こうした状況は、フランスだけの問題ではない。

ベルギー、スペイン、ポルトガルでも、教育予算や労働条件の改善を求めて、学生や教員が街頭で抗議活動を展開している。

その背景には、基本的な公共サービスを維持する予算がないと繰り返す欧州各国政府に対する、不満の高まりがある。

欧州が冷戦終結以来、最大規模ともいえる軍備増強に乗り出す一方で、若い世代全体が緊縮財政を受け入れるよう求められているのだ。

政治指導者たちは、教育予算と軍事費は別々の問題だと主張するかもしれない。

しかし、両者が限られた公的資源を奪い合っていることに変わりはない。

そして、フランスの高校生たちの中には、すでにこの問題のつながりを明確に認識している者もいる。

抗議デモでは、「戦争ではなく学校に予算を」「ジェノサイドではなく高校教育に資金を」と書かれたプラカードが掲げられている。

彼らは、教育環境の改善という身近な要求を、政府が何に、そして誰のために公的資金を使うのかという、より大きな問題と結びつけているのである。

こうした若者たちは、「安全保障」とは何かという、その定義そのものに異議を唱えている。

NATOは、安全保障を戦車、ミサイル、ドローン、弾薬などの軍事力によって測ろうとする。

これに対し、学生たちが求めているのは、まったく別の安全保障だ。

それは、十分な教育を受けられる学校、平等な機会、そして終わりの見えない軍備増強のために若者の未来を犠牲にするのではなく、その未来に投資する社会である。

彼らの訴えは、米国を含むNATO加盟国全体に響き渡るべきものだ。

米国でも、公共サービスが削減の圧力にさられる一方、トランプ政権は2027会計年度の国防関連予算を前年度比44%増の総額1兆5000億ドルに引き上げるよう求めている。

だからこそ、私たちCODEPINKと連携団体は、11月10日から12日にかけて、ワシントンD.C.で「納税者の決起行動(Taxpayer Uprising)」を組織している。

市民が連邦議会に足を運び、国家の優先課題を根本から見直すよう議員たちに求める取り組みだ。

戦争や兵器製造企業に、際限なく税金を注ぎ込むのではなく、医療、教育、手頃な価格の住宅、再生可能エネルギー、そして持続可能な未来にこそ投資すべきである。

フランスの教室から米国連邦議会の議場まで、問われていることは同じだ。

私たちの政府は、人々の命と暮らしに投資するのか。それとも戦争に投資するのか。

本か、それとも爆弾か。

メディア・ベンジャミン(Medea Benjamin)は、米国の平和運動団体CODEPINKおよび人権団体グローバル・エクスチェンジ(Global Exchange)の共同創設者。

INPS Japan

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アスタナ―マスカット―カサブランカ:新たな国際金融軸の胎動

【カサブランカINPS Japan/Atlantica Africa=ナスララ・ベルカヤテ博士】

世界経済の大きな変革は、必ずしも金融市場が伝統的に注目してきた主要都市から始まるとは限らない。ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、ドバイが常にその起点となるわけではない。時には、長らく世界経済の周縁とみなされてきた地域が、貿易ルートや資本の流れ、大国の利害関係の変化によって、戦略的に重要な拠点へと姿を変えることがある。アスタナ、マスカット、カサブランカの間で進みつつある関係強化も、こうした視点から検討する必要がある。|英語版|

Dr. Nasrallah Belkhayate

その根底にある構想は、真剣に検討する価値がある。カザフスタン、オマーン、モロッコの3カ国が、中央アジア、湾岸地域、アフリカを結ぶ新たな金融秩序の形成に寄与する可能性があるというものだ。もっとも、これは資本の流れが統合され、共通の制度的基盤に支えられた国際金融軸が、すでに確立されたことを意味するわけではない。むしろ、具体的な進展を通じて、その基盤が徐々に形づくられつつある戦略的な可能性と捉えるべきだ。その影響は、3カ国の二国間関係をはるかに超えて広がる可能性を秘めている。

最も重要な進展は、ごく最近起きた。2026年10月5日から6日にかけて、オマーンのハイサム・ビン・ターリク国王が、同国の君主として初めてカザフスタンを国賓訪問した。この訪問では、投資、エネルギー、運輸、金融協力などの分野で5件の協定と約10件の覚書が交わされた。なかでも特筆すべきは、マスカット証券取引所とアスタナ国際取引所を電子的に接続する仕組みが稼働し、投資家が認可を受けた証券会社を通じて、両市場の証券にアクセスできるようになったことだ。

この進展は、とりわけ重要な意味を持つ。外交宣言が協力の意思を表明するものであるのに対し、証券市場同士の接続は、実際の取引につながる機会を生み出すからだ。もちろん、これだけで大規模な取引や投資が直ちに実現するわけではない。しかし、資本移動を妨げる障壁の一部を取り除き、二つの金融市場の距離を縮めることにはつながる。

さらに重要なのは、この動きが具体的な金融手段の創設を伴っている点である。カザフスタンの政府系ファンド「サムルク・カズナ」とオマーン投資庁は、双方が同額を拠出し、総額1億5000万ドルの共同投資ファンドを設立することで合意した。このファンドは2026年末までにアスタナ国際金融センター(AIFC)内で設立され、両国の優先事業への投資に充てられる予定だ。ただし、現段階で確認されているのは、ファンド設立の合意と予定出資額であり、全額がすでに拠出・投資されたことを意味するものではない。

これらの進展を個別に見れば、世界の金融市場全体の規模に照らして、それほど大きなものには映らないかもしれない。しかし、全体として捉えれば、明確な方向性が浮かび上がる。市場を接続し、政府系ファンドの資金を動員し、金融機関同士の関係を深め、経済的な相互補完性が十分に活用されてこなかった地域の間に新たな橋を架けようという動きである。

この構想の第一の強みは、カザフスタンがユーラシアの金融拠点へと段階的に変貌を遂げつつあることにある。

アスタナ国際金融センター(AIFC)は、設立以来、カザフスタンに誘致した投資額が280億ドルを超え、90カ国から6600社以上がその経済圏に登録されていると発表している。これらの数字は金融プラットフォームとしての規模を示しているが、全額が実際の生産事業に投資された資金であるとか、運用資産残高を表していると解釈すべきではない。

アスタナ国際取引所(AIX)の実績も、もう一つの指標となる。2026年第3四半期の取引高は19億ドルを超え、前年同期比で70%以上増加した。また、設立以来、債券と株式を通じて調達された資金は累計174億ドルに達している。同取引所では、米ドル、カザフスタン・テンゲ、アラブ首長国連邦(UAE)ディルハム、中国人民元など、複数の通貨建て証券も導入されている。

これらの数字が物語るのは、単なる証券市場の成長以上のものだ。アスタナは、異なる通貨圏と投資家層を結びつける金融インフラの構築を目指している。中国、ロシア、欧州、中央アジアの間に位置するという地理的優位性を、経済・金融取引を仲介する能力へと転換することが、その狙いなのである。

Map of Kazakhstan
Map of Kazakhstan

この課題には政治的な側面もある。制裁措置や地政学的緊張、貿易摩擦によって資金調達の経路が変わり得る世界では、協力相手の多様化そのものが、国家の自律性を高める手段となる。カザフスタンが主要隣国への依存から完全に脱却することはできないとしても、インフラ整備、企業活動、産業プロジェクトの資金調達において、協力できる相手の選択肢を広げることは可能だ。

まさにこの点に、オマーンとの関係強化が持つ戦略的重要性がある。

Map of Oman
Map of Oman

オマーンが提供できるのは資本だけではない。アラビア海、インド洋、そして湾岸地域の商業ネットワークへのアクセスという強みも持っている。その地理的位置は、ユーラシア市場と国際海上輸送ルートを結ぶ潜在的な中継拠点としての役割を可能にする。したがって、マスカットとアスタナのエネルギー、物流、金融分野での協力は、企業や投資家がこうした機会を具体的な事業へと発展させることができれば、二国間関係を超えた経済取引の基盤となり得る。

もう一つ注目すべき動きがある。オマーンは、ユーラシア開発銀行(EDB)の8番目の出資国となり、湾岸地域から初めて参加する国になる見通しだ。今回の国賓訪問では、その参加条件について合意が成立した。

これにより、ユーラシアの金融機関が持つ資金供給能力と、湾岸地域の経済ネットワークが結びつく可能性が生まれる。もちろん、これによって同銀行が直ちに世界的な金融機関へと変貌するわけではない。しかし、その地理的な活動範囲と協力の可能性が広がることは確かだ。

時期も好都合といえる。10月6日、マスカット証券取引所は、FTSEラッセルによって、オマーン市場を「フロンティア市場」から「セカンダリー・エマージング市場」へ格上げする可能性を検討するウォッチリストに加えられた。

格上げが決定したわけではなく、次回の審査は2027年4月に予定されている。仮に実現すれば、オマーン市場の国際的な認知度が高まり、一部の海外投資家にとってアクセスしやすい市場となる可能性がある。

このように、アスタナとマスカットの接近は、単なる政治的な宣言にとどまらない。具体的な金融手段、制度的枠組み、政府系ファンド、市場統合への展望を伴っている。ただし、その真の潜在力が明らかになるのは、こうした基盤が両国の枠を超えて企業やインフラ、生産活動への資金供給に結びついたときである。

ここで重要な役割を担う可能性があるのが、カサブランカだ。

Casablanca Finance City seen from Eurostars Casa Anfa rooftop in Beauséjour district Credit: By Chah.salah - Own work, CC0
Casablanca Finance City seen from Eurostars Casa Anfa rooftop in Beauséjour district Credit: By Chah.salah – Own work, CC0

それは、ユーラシアの協力関係に第三の都市を形式的に加えるという意味ではない。形成されつつある金融秩序とアフリカを結ぶ玄関口としての役割である。モロッコには、アフリカの複数の市場に展開する銀行ネットワーク、重要な港湾インフラ、そしてアフリカで事業を展開する企業や投資家を支援するための金融拠点「カサブランカ・ファイナンス・シティ(CFC)」がある。

モロッコとカザフスタンの経済関係には、すでに数値で確認できる基盤が存在する。2025年の二国間貿易額は4億6150万ドルに達し、2024年から68%増加した。

しかし、この数字は同時に、関係の弱点も浮き彫りにしている。カザフスタンからモロッコへの輸出額が約4億3400万ドルに達した一方、モロッコからカザフスタンへの輸出額は2750万ドルにとどまった。しかも、カザフスタンの対モロッコ輸出の90.5%を硫黄だけで占めていた。

この不均衡は、両国の関係強化における見落とされがちな問題の一つである。経済関係は拡大しているものの、まだ均衡の取れた産業パートナーシップが成立しているとはいえない。

カサブランカがアスタナとマスカットにとって真のアフリカへの玄関口となるには、協力関係を一次産品の貿易にとどめず、農業関連産業、肥料、物流、再生可能エネルギー、金融サービス、産業加工などの分野で、双方向の投資を発展させる必要がある。

モロッコは、現在の関係に不足している要素を提供できる可能性がある。それは、制度的な協力を具体的な事業へと結びつける能力だ。

アフリカ各地の事業機会を見いだし、現地のリスクを理解し、企業を動員して、その事業展開を支援することができる。アフリカで活動するモロッコの銀行は、資金供給や金融サービスの普及に貢献できるだろう。また、カサブランカ・ファイナンス・シティは、国際投資家、コンサルティング会社、地域企業の間の調整役を果たすことができる。

もっとも、こうした役割は、アスタナやマスカットの関係者との協力によって具体的に構築される必要がある。カサブランカが地理的に有利な位置にあるというだけで、自動的に実現するものではない。

想定されるのは、3つの段階からなる資金調達の仕組みだ。

アスタナが中央アジアやユーラシア経済圏に関わる金融取引を組成し、マスカットが湾岸地域の投資家の資金を動員するとともに海上輸送の接続を促進する。そしてカサブランカがアフリカでの投資機会を見いだし、大陸各地の事業を支援する。

この仕組みであれば、直ちに共同金融機関を設立しなくても、各地域の需要と機会に応じて資本を循環させることができる。

例えば、カザフスタンの穀物生産、モロッコの港湾インフラ、アフリカ市場を結ぶ農業のバリューチェーンに資金を供給することが考えられる。

また、湾岸地域の資本、産業企業、地域銀行を組み合わせることで、肥料生産、再生可能エネルギー、鉱物加工などの事業を支援することも可能だろう。

ただし、いずれの事業も、商業的な採算性、投資資金の回収を担保する仕組み、地域社会にもたらす利益を具体的に示さなければならない。

貿易ルートが存在することと、金融回廊が機能することは同じではない。金融回廊が開発の手段となるのは、持続可能な経済活動への資金供給を実現して初めてのことだ。

この構想に対する最も重大な疑問は、その規模にある。

1億5000万ドルの共同投資ファンドは、二国間協力の出発点としては重要だが、アフリカのインフラ整備に必要な資金や、世界の主要金融センターが取り扱う資金規模と比較すれば限定的である。

また、AIFCが設立以来誘致したと発表している280億ドルも、その全額がアフリカの事業に投入できる資金というわけではない。二つの証券取引所が接続されたからといって、両市場がすでに統合されたとみなすこともできない。

したがって、新たな世界金融秩序の誕生を性急に宣言したくなる誘惑には、慎重でなければならない。

ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、ドバイには、はるかに厚みのある市場、長年にわたって築かれてきた国際的なネットワーク、そして桁違いの資金供給能力がある。アスタナ、マスカット、カサブランカが、これらの都市に一夜にして取って代わることはないだろう。

3都市にとっての機会は、むしろ別のところにある。

それは、地理的・商業的には相互補完の可能性を持ちながら、金融面での結びつきが十分に発展してこなかった経済圏の間で、仲介役を担うことである。

この構想の真価を判断するには、測定可能な成果が必要だ。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

2028年までに注目すべき指標は、実際に投資された資金の総額、資金供給を受けた国境を越える事業の件数、動員された民間資本の割合、貿易構造の多様化、そして新たに形成される金融ネットワークを通じて組成された取引に、アフリカ企業がどの程度参加したかという点である。

こうした指標が伴わなければ、新たな金融軸は外交上の構想にとどまるだろう。逆に、具体的な成果が確認されれば、測定可能な経済的現実へと発展する可能性がある。

経済史が教えているのは、新たな金融センターは、その国が保有する富の大きさだけによって誕生するわけではないということだ。

信頼を構築し、取引コストを削減し、投資家を保護し、それまで十分につながっていなかった市場同士を結びつける能力を備えたとき、金融センターは発展していく。

アスタナは、こうした機能の構築に着手している。マスカットは、湾岸地域の資本とインド洋の交易ルートへの新たな玄関口を提供できる。そしてカサブランカは、アフリカ市場にアクセスするための制度的基盤、銀行ネットワーク、企業活動の蓄積を生かすことができる。

したがって、この金融軸が持つ歴史的な意義は、新たな世界的金融大国が直ちに誕生することにあるのではない。

むしろ、ユーラシア、湾岸地域、アフリカの間に、資本の流れを支える新たな経路が生まれることにある。各国が経済的な協力相手の多様化を模索するなか、こうした金融仲介機能は、地政学的にもますます重要性を増していく可能性がある。

モロッコにとって重要なのは、この変革を傍観する立場にとどまらないことだ。

アスタナとマスカットに対して具体的な協力の仕組みを提案し、自国の銀行、企業、金融機関を動員しなければならない。そして、カサブランカを単なる商業上の中継地ではなく、資本が事業を生み、事業が企業を育て、企業がアフリカの経済統合に貢献する拠点へと発展させる必要がある。

世界の金融秩序を再編するのは、必ずしも最大の資本を保有する者だけではない。

資本と資本を結びつけ、その可能性を引き出すことのできる者もまた、世界の金融秩序を動かしていくのである。

アスタナ、マスカット、カサブランカを結ぶ新たな金融軸の真の可能性は、まさにこの能力にある。

その実力は、これから具体的な成果によって証明されなければならない。しかし、その実現可能性は、いまや以前にも増して現実味を帯び始めている。

INPS Japan

Original URL: Astana-Muscat- Casablanca : Tha emergence of a new global financial axis – Atlantica Africa

Financial Afrik(フィナンシャル・アフリク)は、アフリカの経済・金融・地政学を専門とする通信社。市場動向や投資、国際関係を現地の視点から伝え、アフリカの変化が世界経済や国際社会に及ぼす影響を理解するうえで有益な情報を提供している。主要6つのSNSで延べ約59万6000人のフォロワー・登録者を擁し、アフリカと世界をつなぐ情報発信を展開している。INPS Japanはフィナンシャル・アフリクをはじめ世界10数か国から参加した国際記者団とともに、世界伝統宗教リーダー会議第24回事務局会合を取材した。

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【ワシントンIPS=アイダ・ソーヤー】

ルワンダの支援を受けた反政府武装勢力が、当時ザイールと呼ばれていたコンゴ東部のレメラ病院を襲撃し、患者や医療従事者37人を殺害してから30年が経過した。

この事件は、後に「第一次コンゴ戦争」と呼ばれる紛争の初期に起きた重大な残虐行為の一つだった。それを契機に、外国の支援を受けた反乱や武力紛争が数十年にわたって繰り返され、あらゆる紛争当事者によって民間人に対する深刻な人権侵害が引き起こされてきた。民族を標的とした大量虐殺、広範な強姦や性暴力、子どもの強制徴兵、拉致、拷問、身体の切断などの残虐行為、そして住民の強制移動が続いてきたのである。|英語版|

コンゴ民主共和国出身のノーベル平和賞受賞者、デニ・ムクウェゲ医師は、レメラ病院で医師としてのキャリアをスタートさせた。1996年10月6日、国際人道法によって守られているはずの安全な場所が惨劇の現場と化したとき、ムクウェゲ医師もその病院にいた。

以来、ムクウェゲ医師は、コンゴ民主共和国で性暴力の被害に遭った人々の支援と、被害者のための正義の実現を訴える活動に生涯を捧げてきた。

レメラ病院襲撃事件は、国連の「マッピング報告書」に記録された617件の事件の一つである。同報告書は、1993年から2003年にかけてコンゴで発生した、国際人道法および国際人権法の重大な違反が疑われる事件を記録している。

しかし、その後も深刻な犯罪は繰り返されてきた。

国際刑事裁判所(ICC)やコンゴの軍事裁判所は重要な役割を果たしてきたものの、重大犯罪への関与が疑われる者の圧倒的多数は、いまだに処罰されていない。その中には、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ウガンダの政府や軍の高官も含まれている。

レメラ病院で起きたような凄惨な襲撃は、現在も続いている。

ルワンダの支援を受け、人権侵害を繰り返してきた武装勢力「3月23日運動(M23)」は、北キブ州と南キブ州の広大な地域を支配している。一方、ほかの多数の武装勢力に加え、コンゴ政府軍とその同盟勢力も、民間人を攻撃し続けている。

Map of DRC
Map of DRC

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)などの人権団体がここ数カ月に記録してきた人権侵害に関与する指揮官の多くは、私たちが何十年にもわたって犯罪行為を記録してきた人物と同じである。

彼らは、ある武装勢力から別の武装勢力へと所属を変え、ときにはコンゴ政府軍に編入されながら、新たな不満や要求を抱えると再び離脱するという行動を繰り返してきた。

過去の犯罪が処罰されずに放置されてきたことこそが、私たちが今日目撃している人権侵害を助長しているのである。

現在、最も欠けているのは、コンゴの人々のために正義の実現を優先するという政治的意思である。

戦闘そのもの、あるいは紛争に関連するさまざまな要因によって、これまでに数百万人が命を落としてきた。コンゴの紛争は、第二次世界大戦以降、民間人に最も多くの犠牲を強いた紛争として広く認識されている。

それにもかかわらず、あるいは、その残虐さと解決の見通しが立たない長期化した状況ゆえに、この紛争が国際ニュースの主要な見出しを飾ったり、各国の高官レベルの外交課題で優先的に取り上げられたりすることは、ほとんどない。

コンゴが世界の注目を集めるとしても、それは国民の窮状よりも、むしろ豊富な天然資源をめぐる問題であることが多い。

強大な外国政府や企業は、自らの利益を優先する国内の指導者たちに助けられ、コンゴの富を搾取し、略奪している。

コンゴの鉱物資源は、世界経済の成長を力強く牽引する技術革新を支える重要な役割を果たしている。しかし、その一方で、深刻な人権侵害の数々は処罰も抑止もされないまま、繰り返されている。

こうした暴力と不処罰の文化を断ち切るためには、世界の指導者たちが、コンゴ民主共和国とルワンダの両政府に対し、コンゴ国内で活動する人権侵害を繰り返す武装勢力へのあらゆる支援を停止するよう、実効性のある圧力をかけなければならない。

また、コンゴ政府に対しては、国際社会の支援を受けながら、重大な人権侵害に関与した人物を治安部隊、情報機関、政府の要職から排除するための適格性審査制度を導入するよう求めるべきである。

さらに、コンゴにおける不処罰の問題の規模と深刻さに対応するため、複数の司法制度を組み合わせた包括的な取り組みを支援する必要がある。

具体的には、国際刑事裁判所(ICC)と同裁判所が進めているコンゴでの捜査への支援、可能な場合には外国の裁判所で普遍的管轄権に基づく訴追を進めること、そしてコンゴ国内の軍事司法制度の改善に向けた継続的な支援が含まれる。

これに加え、ICCや国内裁判所の取り組みを補完する、国際的な関与を組み込んだ司法メカニズムの設立と、重大な国際犯罪の被害者に対する包括的な賠償制度の整備も不可欠である。

私は先日、ムクウェゲ医師とともにブリュッセルとストラスブールを訪れ、「戦争の30年、不処罰の30年(30 Years of War, 30 Years of Impunity)」と題するキャンペーンの立ち上げに参加する機会を得た。

このキャンペーンは、パンジ財団、ルネ・カサン財団、ブリュッセル市、ストラスブール広域都市圏が主催した一連の行事を通じて開始されたものである。コンゴの紛争に対する国際社会の認識を高め、暴力、人権侵害、不処罰の悪循環を終わらせるための強力な国際的行動を促すことを目的としている。

ムクウェゲ医師はストラスブールで、次のように訴えた。

「戦争が30年も続いたというのは、あまりにも長すぎます。不処罰が30年も続いたというのも、あまりにも長すぎます。……今こそ、数百万人の被害者が持つ正義を求める権利を、平和の確立と法の支配の強化に向けた取り組みの中心に据えるべきです。」

アイダ・ソーヤー(Ida Sawyer) は、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)の危機・紛争・武器問題担当ディレクター。

INPS Japan

コンゴ民主共和国はコバルト、銅、金、コルタンなどの鉱物資源に恵まれ、世界の電池・電子機器産業を支える一方、多くの国民が貧困に苦しむ。東部では武装勢力が鉱山や輸送路を支配し、資源取引を戦闘資金に利用している。植民地時代から続く資源収奪、周辺国の介入、脆弱な統治、重大犯罪の不処罰が暴力の連鎖を生んできた。資源収入の透明化、公正な利益分配、加害者の責任追及が、この「呪い」を断ち切る鍵となる。

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核兵器のない未来への声―核軍縮に向けた国際メディア構想

【イラク・バグダッドINPS Japan/London Post=マルワ・モフセン】

新戦略兵器削減条約(新START)の失効、2026年の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議での合意不成立、そして中東情勢の緊迫化を背景に、国際的なメディアの連携が、政府の説明責任を追及し、誤情報に対抗するとともに、核軍縮を国際社会の重要課題として維持するうえで、大きな役割を果たす可能性がある。

マルワ・モフセン
マルワ・モフセン

再び高まる核の脅威に直面する世界

広島と長崎への原爆投下から80年以上が経過した今も、核兵器は人類にとって最も深刻な脅威の一つであり続けている。数十年にわたる軍備管理交渉や国際的な合意にもかかわらず、複数の国が依然として核抑止力を安全保障政策の根幹に据えている。さらに、地政学的な対立や地域紛争の激化が、誤算による核危機のリスクを高めている。|英語版|

こうした危機感を象徴しているのが、米科学誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)が2026年1月27日、「終末時計」の針を午前0時まで残り85秒に設定したことである。これは同時計の歴史上、破滅を意味する「午前0時」に最も近い時刻となった。同誌は、国際協力の後退、核をめぐる危険の増大、その他の地球規模の脅威を、その判断の理由として挙げている。

終末時計は科学的な予測ではなく、あくまで象徴的な指標である。それでも、人類が存亡に関わる危機を管理する能力に対し、懸念が深まっている現状を浮き彫りにしている。

こうした状況を踏まえ、「核兵器のない未来への声」(Voices for a Nuclear-Free Future)は、核政策を市民の理解、人道上の課題、外交における説明責任と結びつける国際的なメディア構想を提案する。

その目的は、外交交渉に取って代わることでも、複雑な安全保障上のジレンマを単純な政治的スローガンに置き換えることでもない。むしろ、ジャーナリスト、科学者、外交官、研究者、市民社会組織、そして一般市民が、事実に基づく報道と十分な情報に裏打ちされた議論を通じて、核のリスクを多角的に検証できる場を創出することにある。

揺らぐ国際核秩序

1970年に発効した核兵器不拡散条約(NPT)は、現在も国際的な核不拡散体制の礎となっている。同条約は、核兵器の拡散防止、核軍縮の推進、原子力の平和利用の促進を目的としている。

しかし、条約の根幹をなす取り決めをめぐっては、依然として意見の対立が続いている。

非核兵器国は核兵器を取得しない義務を負う一方、条約は核軍縮に関する義務も定めている。それにもかかわらず、核兵器への依存が続いていることから、この枠組みの公平性と実効性に対する疑問が強まっている。

こうした課題は、2026年に一段と鮮明になった。

米国とロシアの戦略核戦力に主要な数量制限を課していた最後の二国間軍備管理条約である新STARTは、後継条約が成立しないまま、2月5日に失効した。これにより、世界最大の核戦力を保有する米露両国間で、法的拘束力のある核戦力の制限と検証を支えてきた重要な枠組みが失われた。

一方、4月27日から5月22日までニューヨークの国連本部で開催された第11回NPT再検討会議も、実質的な成果文書について合意に至らないまま閉幕した。

この結果は、核不拡散、核軍縮、地域安全保障をめぐる各国間の根深い対立を改めて浮き彫りにした。

こうした一連の展開は、外交努力を立て直すとともに、国際社会による継続的な監視と検証を強化する必要性を示している。

中東――解決の見通せない核問題

中東は、核軍備管理において最も困難な課題を抱える地域の一つである。

地域諸国の対立、未解決の紛争、安全保障上の脅威に対する認識の違い、軍事力の不均衡などが、共通の安全保障体制の構築を妨げてきた。

イスラエルは、核兵器の保有を公式に肯定も否定もしない「核の曖昧政策」を維持しており、NPTにも加盟していない。

一方、イランは自国の核開発計画が平和目的であると主張しているものの、核関連活動や国際的な検証体制の制約をめぐって、深刻な国際的懸念が生じている。

2015年に成立した包括的共同行動計画(JCPOA)、いわゆるイラン核合意は、核活動への制限、監視体制、制裁解除を組み合わせることによって、イランの核問題の解決を図った。

しかし、米国は2018年に同合意から離脱し、その後の展開によって合意の枠組みは次第に弱体化していった。

さらに、2025年6月にイランの核施設を標的として実施された軍事攻撃は、核問題が武力紛争と結びつくことの危険性を改めて示した。

こうした攻撃は、施設や設備を損傷させ、国際的な検証活動を妨げるだけでなく、核開発の意図をめぐる不確実性を一層高める可能性がある。

このような状況において、責任ある報道には、民生用原子力、ウラン濃縮、核兵器開発能力、そして実際に運用可能な核戦力を明確に区別する姿勢が求められる。

これらは相互に関連しているものの、同一の概念ではない。不正確な表現は脅威を過大に伝え、市民の不安をあおり、外交による解決の可能性を損なうおそれがある。

だからこそ、保障措置、査察、技術的検証を通じて核活動の信頼性ある監視を担う国際原子力機関(IAEA)の役割は、引き続き極めて重要である。

中東に核兵器のない地域を実現できるか

中東から核兵器やその他の大量破壊兵器をなくすという構想には、長い外交の歴史がある。

1974年には、イランとエジプトが中東非核兵器地帯の設置を提案し、その後、国連総会決議3263号によって支持された。

さらに、1995年のNPT再検討・延長会議では、中東に大量破壊兵器のない地帯を設置するよう求める決議が採択された。

しかし、数十年にわたって国際的な議論が重ねられてきたにもかかわらず、この目標はいまだ実現していない。

各国の間では、交渉への参加、検証体制、通常戦力の不均衡、さらには地域全体の紛争解決を非核化の前提とすべきかどうかをめぐり、意見が分かれている。

実効性のある合意を成立させるには、関係国を排除しない包括的な交渉、相互に履行すべき約束、効果的な検証制度、そして参加国すべての安全保障上の懸念に対する十分な配慮が必要である。

また、既存の軍事的・安全保障上の不均衡を恒久的な現実として受け入れるのではなく、その是正に取り組む政治的意思も欠かせない。

目標の実現は容易ではない。それでも、粘り強い外交努力と段階的な信頼醸成措置を積み重ねることで、前進への条件を整えることは可能だろう。

核兵器が使用された場合、その影響は軍事目標にとどまらない。大量の死傷者、放射線被ばく、社会基盤の破壊、環境への被害、さらには長期にわたる公衆衛生上の影響など、被害は広範かつ深刻なものとなる。資料:SGI

核抑止論を超えて――核兵器がもたらす人道的被害

核抑止論の支持者は、報復の脅威が大規模な戦争の発生を防いでいると主張する。

しかし、核抑止が機能するためには、複雑な指揮統制システム、信頼性の高い通信手段、そして危機的状況における合理的な意思決定が確保されていなければならない。

人為的ミス、技術的な故障、相手の意図の誤認、軍事的緊張のエスカレーションなどによって、こうした前提が崩れる可能性は常に存在する。

核兵器が使用された場合、その影響は軍事目標にとどまらない。大量の死傷者、放射線被ばく、社会基盤の破壊、環境への被害、さらには長期にわたる公衆衛生上の影響など、被害は広範かつ深刻なものとなる。

2021年1月22日に発効した核兵器禁止条約(TPNW)は、核兵器がもたらす人道上の被害を出発点とする重要な国際法上の取り組みである。

同条約は、締約国に対し、核兵器の開発、保有、使用、使用の威嚇などを禁止している。

しかし、核保有国はこの条約に参加しておらず、既存の核戦力に対する直接的な影響力には、現時点で限界がある。

広島・長崎の被爆者、核実験の被害を受けた地域社会、医療専門家、人道支援団体は、戦略論議の中で見落とされがちな重要な視点を提供している。

こうした人々の証言は、軍事ドクトリン、検証制度、国家安全保障上の懸念に関する厳密な分析に取って代わるものではない。むしろ、それらを補完するものとして位置づけられるべきである。

核リスクの低減に果たすジャーナリズムの役割

核政策は、政府の公式声明、軍事的評価、外交交渉などを中心に論じられることが多い。

しかし、核戦争によって生活や生命を脅かされる可能性のある一般市民が、こうした政策決定の意味を明確に理解するための情報に十分アクセスできているとは限らない。

メディアは、この隔たりを埋める重要な役割を担うことができる。

調査報道、専門家へのインタビュー、ドキュメンタリー、複数言語による教育資料などを通じて、複雑な問題を扇情的な表現に頼ることなく、分かりやすく伝えることが可能になる。

「核兵器のない未来への声」のような国際的な取り組みは、世界各地の報道機関、大学、研究機関、市民社会組織を結ぶネットワークを構築できるだろう。

その活動には、軍備管理に関する各国の約束の履行状況の監視、IAEAの保障措置の解説、核戦略・核ドクトリンの検証、核兵器がもたらす人道的被害の記録などが含まれる。

そのためには、編集の独立性と事実の正確性が不可欠である。

ジャーナリストは、検証された事実と政府当局による主張を明確に区別し、不確実な情報についてはその限界を示し、専門的知識を持つ研究者や実務家の見解を確認しなければならない。

また、国際的な分析だけでなく、アラブ諸国、イラン、イスラエルをはじめとする地域の多様な視点を取り上げることも重要である。

さらに、若手ジャーナリストや研究者が積極的に参加できる機会を設けるべきだろう。

核政策を政府や安全保障専門家だけの議論にとどめず、次世代を含む幅広い人々が主体的に考え、発言できる課題として開いていく必要がある。

Toward a World free from Nuclear Weapons
著者の主張を具現化したグローバルな取り組みの一つがSGIが2009年以来INPS Japanと推進している「Toward a World free from Nuclear Weapons」メディアプロジェクトである。今後、著者の発信拠点であるイラクをはじめ、中東地域発の分析も強化していく予定。資料:INPS Japan

市民の理解を政治的行動へ

メディア自身が条約を交渉したり、核弾頭を解体したりすることはできない。

その影響力は間接的なものだが、各国政府が安全保障上の判断を下す政治的環境を形づくる力を持っている。

十分な情報を得た市民は、政策決定の透明性向上、より強固な検証制度、軍備管理交渉の再開、効果的な危機管理・意思疎通の仕組みなどを、政府に対して求めることができる。

また、ジャーナリズムは、信頼醸成のための合意、核の安全に関する協力、中東に大量破壊兵器のない地帯を設置するための取り組みの再活性化など、実行可能な政策を検証することもできる。

前進するためには、各国が抱える正当な安全保障上の懸念を認識しつつ、核兵器への恒久的な依存を不可避のものとみなさない妥協と歩み寄りが求められる。

核兵器のない世界は、道義的な信念だけで実現できるものではない。

そこには、政治指導者の決断、検証可能な合意、相互に履行すべき約束、そして持続的な国際協力が必要である。

しかし、外交は、より広い世論や社会環境と切り離されて存在しているわけではない。

誤情報が広がり、核兵器による威嚇が常態化する社会では、協力に向けた可能性が狭まってしまうおそれがある。

反対に、事実に基づく議論、説明責任、多様な視点が尊重される社会では、軍事的自制や外交的解決に向けた政治的な余地が広がる。

したがって、「核兵器のない未来への声」は、単なるメディアキャンペーンとしてではなく、国家の戦略的決定と、それが人間にもたらす影響とを結びつける、持続的な国際的取り組みとして位置づけられるべきである。

(From Left to Right) Director Alimzhan Akhmetov , fourth generation nuclear testing survivor Diana Murzagaliyeva, Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues, Soka Gakkai International (SGI) Photo credit: INPS Japan.
この核廃絶メディアプロジェクトは、国連、各国政府、核兵器に関する安全保障専門家、市民社会組織、グローバルヒバクシャ(核兵器及び核実験の被害者)による世界各地の取り組みを取材分析し、多言語で最新情報を提供することで、問題の真相を多角的に知り、問題意識を行動につなげられるように設計されている。これは60年以上に及ぶ創価学会の平和活動とこれまで15年以上に亘って連携することにより、世界市民が活用し続けられるデータベースとして進化を続けている。 写真:カザフスタンでソ連時代の核実験のヒバクシャの声に光を当てた市民社会会議の模様。 INPS Japan.

核軍縮への道筋は、依然として不透明である。

それでも、核兵器をめぐる議論を、正確な情報に基づき、あらゆる立場の人々に開かれた、実証的なものとして維持していくことは、より安全な国際秩序を築くために欠かせない一歩となる。

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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2025年、世界で700万ヘクタール超の森林が消失

【ベルリン/ワシントンIPS=ウマル・マンズール・シャー】

世界では2025年、森林伐採によって700万ヘクタールを超える森林が失われた。近年と比較すればわずかな改善が見られるものの、2030年までに世界的な森林保護目標を達成するには、なお程遠い状況にあることが、国際的な森林保全の取り組みを評価した最新の報告書で明らかになった。|英語版|

Forest Declaration Assessment 2026.
Forest Declaration Assessment 2026.

市民社会団体と研究者らによる連合体がまとめ、10月14日に世界同時に公表した「森林宣言評価報告書2026年版(Forest Declaration Assessment 2026)」によると、森林の消失を食い止め、回復させるという国際公約にもかかわらず、森林破壊は依然として深刻な水準で続いている。

2021年以降、年間の森林消失面積は平均800万ヘクタールを超えており、各国政府の公約と現場での進展との間に大きな隔たりがあることが浮き彫りになっている。

気候変動問題を専門とするコンサルティング機関「クライメート・フォーカス(Climate Focus)」の上級コンサルタントで、報告書の主要執筆者の一人であるイヴァン・パルメジャーニ氏は、IPSの独占インタビューに応じた。

同氏は、森林破壊が高い水準で続いている主な理由として、各国の公約に見合う規模の対策が実施されていないことを挙げた。また、対策が講じられた場合でも、持続的な効果を生み出すには不十分なことが少なくないと指摘した。

「ルーラ政権下のブラジルのように、明確な政治的指導力があれば何が実現できるのかを、私たちは目の当たりにしてきました。的を絞った政策、法規制の執行、そして政治的意思によって、1期の政権のうちに森林破壊を減少させることができたのです。しかし、こうした成功例は一般的というより例外的なものであり、政策の優先順位が変われば、その成果は短期間で失われかねません。」

パルメジャーニ氏は、さらに根本的な問題として、森林保護に関する公約が、天然資源の管理や利用のあり方を根本から変える制度的・構造的な改革につながっていないことを指摘した。

森林には、農業、インフラ開発、資源採掘、その他の土地利用による強い経済的圧力がかかり続けている。

その一方で、政策決定の仕組みや経済的な誘因は、森林に生活や福祉、文化的アイデンティティーを依存する多くの人々よりも、森林から物理的にも心理的にも遠く離れた一部の有力者に有利に働くことが少なくないという。

「森林やその他の生態系に関する意思決定のあり方を、社会や政治・経済制度そのものが変えない限り、世界的な公約があっても、森林の消失は高い水準で続くでしょう。」

Ivan Palmegiani, senior consultant at Climate Focus and one of the authors of the Forest Declaration Assessment 2026. Credit: Supplied
「森林宣言評価報告書2026年版」の執筆者の一人で、クライメート・フォーカスの上級コンサルタントを務めるイヴァン・パルメジャーニ氏。|写真:提供写真

報告書によると、2024年には、人間の活動によって世界で少なくとも6540万ヘクタールの森林が生態学的な健全性を損なった。

この数字は、森林問題が樹木の完全な伐採だけにとどまらないことを示している。

森林が外見上は残っていても、生物多様性や炭素を蓄積する能力、野生生物や地域社会を支える機能が失われる場合があるからだ。

報告書は次のように指摘している。

「これら二つの数字は、森林の保全と再生を目指す世界的な目標と、森林を破壊し続ける現実との間に、根強い隔たりが存在することを示している」

今回の評価では、森林保護、持続可能な生産、資金調達、ガバナンスの各分野における進展を検証した。

森林の監視体制の改善や先住民の土地権利の承認など、一部の取り組みでは前進が見られる。しかし、森林破壊の流れを逆転させるために必要な規模の変化には、いまだ結びついていない。

2021年の国連気候変動会議で発表された「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」では、140カ国以上が2030年までに森林の消失と土地の劣化を食い止め、その回復を目指すことを約束した。

それから5年が経過した現在も、最新の評価は、世界がその目標の達成から大きく遅れていることを示している。

熱帯林は特に、農地の拡大、インフラ開発、商業活動による強い圧力にさらされている。

報告書によれば、環境法の執行が不十分であることに加え、森林破壊を伴う経済活動を優遇する仕組みが、こうした圧力をさらに強めている。

「国別の数値による評価は行わなくなった」

今回の評価対象となった地域のうち、森林消失面積が最も大きかったのは熱帯ラテンアメリカだった。一方で、2018~2020年の基準期間と比較すると、最も大きな改善を示した地域でもある。

同地域では2025年、森林破壊が33%減少した。

これに対し、熱帯アフリカでは森林の消失が増加し続けている。

2025年の年間森林消失面積は約240万ヘクタールに達し、熱帯ラテンアメリカの約250万ヘクタールに匹敵する規模となった。

熱帯アジアでは2025年、約160万ヘクタールの森林が失われた。これは2018~2020年の基準期間と比較して12%の減少となる。

ただし、報告書は、森林破壊を引き起こす根本的な要因はほとんど変わっていないと警告している。

熱帯アジアの改善について、報告書は評価が難しいとしている。

2年連続で小幅な減少が見られたことは、近年の最も深刻な森林破壊のピークを越えた可能性を示している。しかし、それだけで同地域が森林回復に向けた持続的な軌道に乗ったと判断することはできない。

一方、熱帯オセアニアは、評価対象となった熱帯地域のなかで唯一、2030年の森林目標達成に向けて順調に進んでいると評価された。これには、世界の熱帯林全体に占める同地域の森林面積が比較的小さく、現在の森林への圧力も相対的に低いことが一因となっている。

こうした結果は、各国の政策、農林産物などの商品生産のあり方、法規制を執行する能力によって、地域ごとの成果に大きな違いが生じ得ることを示している。

森林破壊の減少に最も貢献している国や、さらなる削減を妨げている課題について尋ねられたパルメジャーニ氏は、次のように答えた。

「私たちは現在、国別の数値による評価は行っていません。計算に使用する世界規模のデータセットが、各国の実際の動向を正確に反映しない場合があるからです。データの精度を過大に示すことを避けるため、指標は地域別と世界全体の集計値に限定して公表しています。」そのうえで、同氏は次のように説明した。

「独立した分析や地域の取り組みを見ると、インドネシアとマレーシアが、熱帯アジアにおける森林破壊の減少に重要な役割を果たしてきたと考えられます。」

「しかし、こうした進展にもかかわらず、同地域は依然として強い経済的圧力に直面しています。特に重要鉱物への需要が増大しており、そのなかには世界最大の輸出国がインドネシアであるニッケルも含まれます。さらに、地政学的な紛争や世界市場の混乱に伴う経済的不確実性もあります。こうした圧力が強まると、短期的な経済的利益が環境への配慮に優先され、森林がその代償を払うことになりがちです。」

農地の拡大と商業的利益

森林消失の主な要因の一つは、依然として農業である。商業的な農業生産に加え、食料、家畜用飼料、バイオエネルギーへの需要増加が、自然の生態系に圧力をかけ続けている。

報告書によれば、商業的農業に関連する熱帯林の伐採のうち、61~94%が違法である可能性がある。

また、違法な森林伐採、木材や野生生物の密売などを含む環境犯罪によって、年間最大2810億ドルの不法収益が生み出されていると推計している。こうした活動は、他の犯罪組織の活動と重なっていることも少なくない。

報告書が引用した国連薬物犯罪事務所(UNODC)の2025年の研究では、環境犯罪と麻薬密売、違法採掘、人身取引などの犯罪との関連が明らかにされている。こうした違法活動の規模の大きさは、森林を保護しながら国際的な商品供給網を規制しようとする政府にとって、大きな課題となっている。

報告書は、企業の説明責任にも不十分な点があると指摘している。

森林破壊に関係する産業分野の企業では、持続可能性に関する公約や情報開示制度の導入が進んでいるものの、実際の情報開示や取り組みの実施状況には、依然としてばらつきがある。

金融機関も、森林破壊が環境面だけでなく金融面のリスクであることを認識し始めている。しかし報告書によれば、多くの規制制度では、銀行がこうしたリスクをどのように評価し、管理すべきかについて、詳細な指針が定められていない。

評価対象となった国々の60%以上では、銀行や保険会社に対して、森林破壊に関連するリスクの情報開示を義務づける制度が、まだ整備されていなかった。

こうした調査結果は、自主的な公約や企業による情報開示だけでは不十分であり、生産や投資のあり方に測定可能な変化をもたらすには、より厳格な法規制の執行と明確な要件が必要であることを示している。

森林保全に向けた資金確保が大きな課題に

報告書は、資金の規模と配分のあり方も、森林保護を妨げる重要な要因として挙げている。

国際的な資金拠出の公約は増加しているものの、森林保全に向けた資金支援と、森林に悪影響を及ぼす経済活動を促す仕組みとの間には、依然として大きな矛盾が存在する。

報告書の推計によると、化石燃料の生産と利用に関連する補助金は、2024年に9210億ドルに達した。さらに、エネルギー価格の高騰を緩和するため2026年に導入された緊急措置によって、今年の補助金総額は1兆ドルを超える可能性がある。

報告書は、こうした補助金が環境への負荷の少ないエネルギー源への転換を妨げるおそれがあると警告している。

その一方で、公的支援の対象を自然の再生に役立つ活動へと転換することには、大きな可能性があると指摘する。「農業支援に充てられる資金を、アグロフォレストリー(森林農業)、林間放牧、低炭素型農業など、自然の回復に貢献する農法へ振り向ければ、1ドル当たり最大30ドルの経済的利益を生み出すことができます。その恩恵は、とりわけ農村地域の人々に大きく及びます。」

こうした調査結果は、政府が新たな財源の確保だけに頼るのではなく、既存の支出を見直すことによっても、森林保護を前進させられる可能性を示している。

しかし、報告書は、国際的な森林保全資金が、実際に森林を管理し保護している先住民や地域社会に十分に届いていないことも指摘している。

地域社会が主導する資金配分の仕組みは、地域の優先課題に資金を振り向けるうえで役立つ。それでも、政府や多国間機関からの直接資金供与において、こうした仕組みは依然として主要な資金提供先とはなっていない。

先住民の権利と政策決定への参加

報告書は、先住民の土地に対する権利を認めることが、効果的な森林管理の重要な要素であると指摘している。

2025年に開催された第30回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)では、16カ国と一つの準国家行政区域が参加する政府間の取り組みにおいて、さらに1億6000万ヘクタールの先住民の土地や領域について、権利を新たに承認、または強化することが約束された。

また、「熱帯林永続基金(Tropical Forests Forever Facility)」の設立に伴い、各国への資金支払いの20%を、先住民や地域社会の組織への直接的な資金移転に充てる規定も設けられた。

これらは前進を示す動きだが、報告書は、国際的な政策決定の場に参加できるようになったからといって、必ずしも実際の決定権を得られるわけではないと指摘している。

先住民団体の連合体は、COP30で先住民の参加機会が増えたものの、その役割はおおむね意見を求められる立場にとどまっていたと強調している。

先住民は、11月9日から20日にかけてトルコのアンタルヤで開催されるCOP31を含め、国連気候変動交渉において、依然として正式な参加資格を与えられていない。

各国の気候変動対策計画でも、先住民や地域社会への言及は頻繁に見られるが、政策の立案や実施にどのように参加するのかについて、具体的に示されていないことが多い。

2026年に84カ国の気候変動対策計画を検証した調査では、そのうち61カ国が先住民や地域社会など、十分に代表されていない人々に言及していた。

しかし報告書によると、その多くは状況を説明する記述にとどまり、具体的な対策には結びついていなかった。

報告書は、意味のある参加を実現するには、政策文書のなかで存在を認めるだけでは不十分だと主張している。

土地に対する確実な権利を保障し、政策決定に影響を及ぼす機会を与えるとともに、土地や森林の管理に必要な資金を利用できるようにすることが不可欠だとしている。

環境保護活動家への脅威が続く

森林を守る活動には、違法行為に異議を唱え、地域社会の土地を守ろうとする人々にとって、深刻な危険が伴う。

報告書が引用した国際NGO「グローバル・ウィットネス」のデータによると、2025年には土地や環境を守る活動家が少なくとも124人殺害された。

確認された殺害事件の半数以上は土地をめぐる紛争に関連しており、犠牲者の約4分の3は先住民、小規模農家、またはアフリカ系住民だった。

一方、人権活動家の保護に取り組む国際組織「フロントライン・ディフェンダーズ」は、2025年に28カ国で少なくとも358人の人権擁護活動家が殺害されたと報告している。

特に、土地、環境、農民の権利、先住民の権利を守る活動に携わる人々が、頻繁に標的となっていた。

Erin Matson, a lead consultant of Climate Focus and one of the authors of the Forest Declaration Assessment 2026. Credit: Supplied
「森林宣言評価報告書2026年版」の執筆者の一人で、クライメート・フォーカスの主任コンサルタントを務めるエリン・マトソン氏。|写真:提供写真

クライメート・フォーカスの主任コンサルタントで、報告書の執筆者の一人であるエリン・マトソン氏は、IPSのインタビューで次のように述べた。「私たちが毎年引用しているグローバル・ウィットネスの統計を見るたびに、事態の深刻さを改めて思い知らされます。この数字は、実際よりもかなり少ない可能性が高いことを忘れてはなりません。多くの殺害事件や失踪事件が報告されていないからです。」

マトソン氏は、こうした暴力の背景には複数の要因があるが、その大半は統治のあり方に根ざしていると説明した。「環境保護活動家の殺害事件の大多数は、土地をめぐる紛争に関連しています。例えば、鉱山開発が先住民の土地に侵入してくるような場合です。」

「先住民の共同体が、自分たちの土地に対する法的に認められた確実な権利を持っていなければ、違法な活動を行う事業者に抵抗することは、はるかに困難になります。」

そのため、土地の保有・利用に関する権利を保障することは、政府が実現すべき重要な課題だと指摘した。

さらに同氏は、汚職と不処罰が蔓延する環境では、加害者が殺人を犯しても文字どおり処罰を免れてしまうと警告した。

「政府関係者や法執行機関が特定の利益集団の影響下にあり、金銭的な利益を受け取っているような地域では、人々が被害に遭っても見て見ぬふりをすることがあります。」「だからこそ、汚職を根絶し、腐敗した制度を改革することが不可欠なのです。そもそも公務員が汚職に手を染めないよう、職務に見合う適切な報酬を確保することも必要です。」

報告書は、法規制の執行の弱さ、政府の行政能力の不足、権力を持つ者が処罰を免れる状況を、効果的な森林管理を妨げる主要な要因として挙げている。

また、環境保護活動家が直面する脅威は、殺害などの直接的な暴力だけではないと警告している。活動を犯罪とみなす措置や脅迫、嫌がらせなども、深刻な問題となっている。

一方、技術の進歩によって、当局が違法な森林伐採を発見する能力は向上している。

衛星による監視、商品の流通経路を追跡するトレーサビリティー制度、新たな捜査技術などは、違法行為の特定や国境を越えた協力の強化に役立つ。例えば、グアテマラのマヤ生物圏保護区では、研究者らが人工知能(AI)を搭載した音響センサーの実証実験を進めている。

このセンサーは、チェーンソーの音、銃声、エンジン音などを識別するよう設計されており、定期的な巡回が難しい遠隔地でも、違法伐採の疑いがある活動を森林監視員に知らせることができる。

ただし、報告書は、違法行為の発見能力が向上しても、それに見合う公正で効果的な法執行が伴わなければならないと強調している。そうでなければ、力のある事業者が責任を免れる一方で、小規模生産者や地域社会に過度な負担が押しつけられるおそれがある。

報告書によれば、2025年の森林破壊は、それ以前の約10年間の多くの年と比べて少ない水準にとどまった。森林保全に向けた資金も増加し、監視体制も改善された。また、先住民の土地権利を認めるための措置を講じた国もある。

しかし報告書は、こうした進展を、森林破壊の流れが持続的に逆転し始めた証拠と捉えることには慎重であるべきだと指摘している。

森林破壊の減少には、一部の国や地域における法規制の執行強化、商品価格の変動、土地転換のペースを鈍らせた経済状況など、一時的な要因が影響している可能性もあるからだ。

報告書は、次の言葉で警鐘を鳴らしている。

「こうした成果を、なお必要とされている根本的な変革が実現したことと取り違えてはならない。」

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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【ブダペストINPS Japan=サンドール・ハベルマン】

長年にわたり、人口増加と経済拡大は、国家の成功を測る不可欠な指標とみなされてきた。各国政府は、出生率の上昇、労働力人口の拡大、生産量の増加、そして国内総生産(GDP)の持続的な成長を追い求めてきた。一方、人口減少は、豊かさや経済の安定、さらには社会の将来を脅かす危険信号として語られることが多い。

Sándor Haberman
Sándor Haberman

だが、この問題を別の角度から捉えたらどうだろうか。

人口減少を食い止めることだけに力を注ぐのではなく、それを人口動態上の現実として受け入れ、そのなかで、より良く、持続可能で、充実した暮らしを築く方法を考えてみてはどうだろうか。|英語版|

これは、人口減少を歓迎したり、それに伴う困難を軽視したりするという意味ではない。人口が少なくなるからといって、必ずしも社会が貧しくなるわけではないと認識することである。

GDP至上主義を超えて

簡単な計算例を考えてみよう。ある国のGDPが変わらないまま人口が10%減少すれば、1人当たりGDPは約11%上昇する。

もちろん、こうした数字の上での改善が、そのまま国民一人ひとりの豊かさにつながるわけではない。所得の分配、生産性、雇用、そして高齢化社会を支えるための費用など、考慮すべき重要な要素は数多くある。

それでも、この計算は本質的な問いを投げかける。社会の成功は、生み出される財やサービスの総量によって測るべきなのか。それとも、市民が享受する生活の質によって測るべきなのか。

21世紀の経済が目指すべき中心的な目標は、際限のない量的拡大ではなく、すでにある資源を賢く活用することなのかもしれない。

教育、医療、文化に触れる機会、良好な環境、手頃な価格の住宅、そして個人の自由こそが、社会の進歩を測るうえで、ますます重要な尺度になるべきだ。

経済成長は、こうした目標の実現に貢献し得る。しかし、成長はそれ自体を目的とするのではなく、より良い社会を実現するための手段として位置づけるべきである。

環境の持続可能性を高める機会

人口が緩やかに減少することは、天然資源や土地、水資源、生態系への負荷を軽減する機会にもなり得る。

人口が減れば、将来的には新たな建物や道路の必要性が小さくなり、その他のインフラへの投資も抑えられるかもしれない。特定の資源に対する需要が減少すれば、環境保護や生態系の回復も進めやすくなる可能性がある。

ただし、人口が減るだけで気候変動や環境破壊が止まるわけではない。

技術革新、クリーンエネルギーへの転換、責任ある消費行動、そして持続可能性の高い生産方式への移行は、引き続き不可欠である。各国政府は、環境分野の研究を支援するとともに、実効性のある法律や規制、経済的な優遇措置を導入していく必要がある。

重要なのは、人口構造の変化を、意図的かつ積極的な環境政策と結びつけることである。

技術の進歩を、より多くのものを生産し、消費するためだけに利用するのではなく、環境への悪影響を減らし、すでにある資源の利用効率を高めるために、これまで以上に活用していくことができるはずだ。

人生を豊かにする時間を取り戻す

現代社会では、経済的な生産量、消費、生産性によって成功が測られることが多い。しかし、人が充実した人生を送るための条件は、そうした指標だけでは捉えきれない。

家族と過ごす時間、創作活動、スポーツ、旅行、文化活動、学び、そして地域社会との交流は、個人の幸福や生活の充実に大きく寄与する。

絶え間ない量的拡大への依存度が低い社会であれば、技術進歩がもたらす恩恵の一部を、労働時間の短縮や個人の自由の拡大という形で人々に還元する道を選べるかもしれない。

もちろん、経済成長のペースが鈍化するだけで、余暇が自然に増えるわけではない。

そのためには、生産性の向上、経済的利益のより公正な分配、柔軟な働き方、そして十分に検討された社会政策が必要となる。

目指すべきは、社会に不可欠なサービスを犠牲にして労働時間を短縮することではない。経済活動の仕組みを見直し、効率化によって得られた成果が、人々の日々の暮らしの向上にもつながるようにすることである。

高齢世代の役割を見直す

人口減少に伴う最も深刻な課題の一つは、人口に占める高齢者の割合が高まることである。

働く世代が少なくなる一方で、年金、医療、長期介護といった制度を支える負担は、ますます大きくなっていく。

この課題を軽視することはできない。しかし同時に、高齢化そのものに対する私たちの見方も変える必要がある。

従来の定年年齢を過ぎても、身体的に活動的で、知的な関心を持ち続け、社会に有意義な貢献を果たせる高齢者は少なくない。

柔軟な就労制度、専門性を生かしたパートタイムの仕事、後進への助言や指導、教育活動、地域社会への参加などは、高齢世代がより長く活躍し続ける助けとなる。

日本は、その可能性を具体的に示している。2023年には、65歳以上の就業者数が過去最多の914万人に達し、高齢者の各年齢層で就業率も過去最高を記録した。各地のシルバー人材センターでは、退職者に庭仕事や子育て支援、事務作業など、地域での短期的な仕事を紹介している。こうした仕組みは、多くの高齢者に収入を得る機会を提供すると同時に、地域社会のなかで役割を持ち続けることを可能にしている。

高齢世代が培ってきた経験は、子育て支援、世代を超えた学び、家族への支援にも生かすことができる。ただし、こうした関わりは本人の自発的な意思に基づくものでなければならず、専門的なケアが必要な場合に、それを代替するものであってはならない。

高齢者を主として経済的な負担と捉えるのではなく、その知識や経験、そして社会に貢献し続ける可能性を正当に評価すべきである。

同時に、必要な人が利用できる医療体制、疾病予防、そして尊厳ある長期介護を実現するための投資も欠かせない。

日本は、身体を持ち上げる介助機器から見守りセンサーに至るまで、介護技術にも積極的に投資してきた。その経験は、こうした技術が介護職員の身体的な負担を軽減できる一方で、人によるケアそのものに取って代わることはできないと示している。

Older adults share their skills with younger neighbors in a Japanese community garden, while a caregiver supports another senior nearby. | Image: AI Generated
Older adults share their skills with younger neighbors in a Japanese community garden, while a caregiver supports another senior nearby. | Image: AI Generated by INPS Japan.

際限のない新規建設より、既存の都市をより良く

建築家であり、都市開発の専門家でもある私は、とりわけ建築や都市環境の分野に大きな可能性を感じている。

これまで数十年にわたり、都市開発はしばしば「拡大」と同義だった。建物を増やし、道路を延ばし、インフラを整備し、新たな土地を次々と開発する。その繰り返しである。

しかし、人口減少は、こうした都市開発のあり方を見直すよう私たちに促している。

ブダペストは、そのことを考えるうえで示唆に富む事例である。

ハンガリーの2022年国勢調査によれば、首都ブダペストでは約16万戸の住宅が「居住者なし」に分類されている。ただし、この区分には、恒常的な居住以外の目的で利用されている物件も含まれる。

一方、国際的な住宅支援団体ハビタット・フォー・ヒューマニティのハンガリー組織は、国内で手頃な価格の住宅が深刻に不足していると指摘し、数十万世帯が低家賃の賃貸住宅を必要としていると推計している。

この対照的な現実は、重要な問いを投げかける。都市を拡張し続ける前に、すでにある建物をもっと有効に活用するべきではないだろうか。

既存建物の改修や用途転換、空き家を住宅として再び利用するための優遇措置、そして手頃な家賃で借りられる住宅の供給を促進する政策は、不必要な新規建設や資源消費を抑えながら、居住環境を改善することにつながる。

もちろん、居住者のいない物件がすべて住宅として適しているわけでも、実際に利用可能なわけでもない。それでも、既存の住宅ストックをより適切に管理し、有効活用することは、都市政策の中心的な目標になるべきだ。

日本の状況は、この問題の規模と、取り得る対応策の両方を示している。

2023年の住宅・土地統計調査によると、日本の空き家は過去最多の900万戸に達し、住宅総数の13.8%を占めた。この割合は、ハンガリーの13%と驚くほど近い。

そのうち約386万戸は売却用でも賃貸用でもなく、多くが利用されないまま放置されている。

こうした状況に対応するため、全国数百の自治体が「空き家バンク」を設け、空き家と新たな居住希望者を結びつけている。また、2015年以降、国の法律に基づき、自治体は適切に管理されていない住宅について、所有者に修繕や解体を求めることができるようになった。

同じ考え方は、公共インフラにも当てはまる。

学校、地域施設、公園、交通網などは、拡大を当然の前提とするのではなく、サービスの質、利用しやすさ、そして変化する人口構造に応じて計画していくべきである。

この点でも、日本から学べることは多い。

富山市は約20年にわたり、路面電車やバスの路線沿いに住宅、店舗、サービス施設を集約する「コンパクトシティ」戦略を進めてきた。経済協力開発機構(OECD)も2012年に、この取り組みを取り上げている。

また、日本では児童・生徒数の減少に伴い、2004年から2023年までに8850校の公立学校が閉校した。現在も建物が残っている廃校のうち、4分の3近くが地域交流施設、事務所、福祉施設、工房、宿泊施設などとして再活用され、新たな役割を担っている。

人口減少を受け入れながら、家族を支える

人口減少を受け入れることは、出産に反対したり、家族が子どもを持つことを思いとどまらせたりすることではない。

むしろ、その逆である。

家族に対する実質的な支援を充実させ、すべての子どもが質の高い教育と医療、文化的な機会、そして安全で健康的な環境を享受できるようにすべきだ。

目指すべきは、経済的・社会的な障壁によって不必要に妨げられることなく、一人ひとりが子どもを持つかどうかを自由に決められる社会を築くことである。

子ども一人ひとりが得られる機会や幸福は、国全体の出生統計と少なくとも同じくらい重要である。

家族を支援することと、人口が少なくなる将来に備えることは、決して矛盾しない。責任ある政府は、その両方に取り組むべきである。

21世紀に向けた新たなロードマップ

人口が減少し、高齢化が進む可能性のある社会への移行に向き合うには、人口の将来推計を示すだけでは不十分である。

経済学者、政策立案者、建築家、都市計画の専門家、環境科学者、医療関係者、教育者の間に、新たな協力のあり方が求められる。

これらの専門家が力を合わせ、人口が増え続けるとは限らない社会に向けた長期的なロードマップを描く必要がある。

そのロードマップでは、環境の持続可能性、既存資源の効率的な活用、世代間の連帯、質の高い公共サービス、そして一人ひとりが生きがいのある人生を送る機会を優先すべきである。

これまでの事例が示すように、人口構造の転換が世界でも最も進んだ国の一つである日本は、こうした取り組みを構想し、実践していくうえで重要な役割を担うことができる。

ハンガリーをはじめとする欧州諸国など、高齢化が進む他の社会も、日本の経験から学ぶと同時に、それぞれの解決策を持ち寄ることができるだろう。

人口動態の現実を受け入れることと、その現実に屈することを混同してはならない。

おそらく21世紀の最大の課題は、どうすればさらに多くを生産し、消費し、際限なく成長できるかということではない。

むしろ、すでにあるものを生かして、どうすればより良く生きられるかということなのだ。

人口が減る社会であっても、より豊かな暮らしを目指すことはできる。

そして、それこそが「進歩」という言葉の、より意味ある定義なのかもしれない。

サンドール・ハべルマン:ハンガリーの建築家。建築学修士。不動産開発およびプロジェクトマネジメントの分野で、数十年にわたる豊富な国際経験を持つ専門家。主な関心分野は、持続可能な都市開発、人口動態の変化、住宅問題、経済発展と生活の質の関係など。

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ナビ・ピレイ氏のノーベル平和賞受賞―攻撃にさらされる国際法秩序への信任表明

【プレトリア、南アフリカIPS=フランス・フィルユーン】

南アフリカの著名な法学者で国際裁判官のナバネセム(ナビ)・ピレイ氏に2026年のノーベル平和賞が授与されたことは、世界の正義の実現に向けて尽力してきた一人の卓越した人物の功績をたたえる以上の意味を持つ。|英語版|

今回の受賞は、より大きな国際情勢を反映していることは明らかだ。国際法秩序が圧力にさらされ、その正当性が問われている時期に授与されたからである。

ピレイ氏への評価は、国際法が必ずしも十分に適用されていないとしても、平和な世界の実現には不可欠であるという信念を改めて確認するものでもある。

歴史を切り開いた功績

南アフリカにとって、今回の受賞は誇るべき出来事である。ピレイ氏は、1960年に受賞した反アパルトヘイト運動の指導者アルバート・ルツーリ、1984年の宗教指導者で人権活動家のデズモンド・ツツ大主教、1993年に共同受賞したネルソン・マンデラ元大統領とF・W・デクラーク元大統領に続き、南アフリカ出身者として5人目のノーベル平和賞受賞者となった。

また、南アフリカの女性としては初の受賞者でもある。歴史的に「欧米出身の高学歴の白人男性」が受賞者の大半を占めてきた傾向から、さらに一歩踏み出すものといえる。

これまでの南アフリカ出身の受賞者と同様、ピレイ氏の功績においても、アパルトヘイト(人種隔離政策)と白人少数支配に対する闘いが重要な位置を占めている。

しかし、そこには大きな違いがある。マンデラ氏が和解の世界的な象徴となったのに対し、ピレイ氏は南アフリカの闘争から得た教訓を国際社会へと持ち込み、自ら指導者として、また国際機関の制度づくりを担う先駆者として活躍した。

ピレイ氏が担ったのは、最も深刻な人権侵害の責任者を法的に裁くための国際司法制度を一から築き上げるという、極めて困難な仕事だった。

1994年のルワンダ虐殺を受けて国連が設置したルワンダ国際刑事裁判所では、最初の裁判官の一人を務めた。また、2003年から2008年にかけては、国際刑事裁判所(ICC)の初代裁判官団の一員を務めた。

その人格と行動力は、発足間もないこれらの司法機関に重みと正当性を与えた。先駆的な貢献を通じて、ピレイ氏は人権侵害の責任を追及する国際社会の取り組みを象徴する存在となったのである。

私が知るナビ・ピレイ氏

国際人権法を研究する私は、ピレイ氏がタンザニアのアルーシャに置かれたルワンダ国際刑事裁判所の所長を務めていた頃、初めて本人と会った。

そのとき強く印象に残り、その後も変わらず感銘を受けてきたのは、驚くほど親しみやすい人柄だった。謙虚で気取らず、他者のために惜しみなく時間を割く人物であり、勇気があり、信念を貫き、決して揺るがない人としても知られている。

ノーベル賞委員会から勇気を称賛された際、ピレイ氏は、持ち前の飾らない姿勢で、自分は独立した法的判断に基づき、正義の明確な原則を適用してきただけだと答えた。その言葉を聞いて、私は思わず微笑んだ。

初めて会ったとき、私はプレトリア大学で人権を学ぶ学生たちとともに、裁判の傍聴のためタンザニアを訪れていた。

多忙を極めるピレイ判事には、日中、私たちと十分に話す時間がなかった。それでも、夜に宿泊先のホテルで会うことを申し出てくれた。

驚いたことに、彼女は運転手も随行員も伴わず、自ら車を運転して現れた。そして何時間にもわたり、学生たちの質問に答え、裁判所の仕事について語ってくれた。

その後も、同じような交流が何度も続いた。

こうした経験を通じて私が理解したのは、ピレイ氏にとって人権擁護のための国際機関とは、人々から遠く離れた存在ではなく、人々自身のためにあるべきものだということだった。

その「人々」には、将来、自らの社会のあり方を形づくる担い手となってほしいと彼女が願っていた、アフリカの若者たちも含まれていた。

アパルトヘイトとの闘いから国際的な正義の実現へ

南アフリカのアパルトヘイト、ルワンダのジェノサイド(集団殺害)、そしてパレスチナ占領地の問題に至るまで、ピレイ氏の歩みを貫いているのは、一つの確固たる信念である。

それは、法には権力の濫用を抑え、被害者を保護し、権力者の責任を追及する力があるという信念だ。彼女は活動の舞台が広がるたびに、その原則をより大きな規模で実践してきたのである。

ピレイ氏は1941年、南アフリカのダーバンで、インド系タミル人の家庭に生まれた。幼い頃から人種差別と性差別の両方を身をもって経験した。

それでも法律家としての道を切り開き、1967年には、居住する州で非白人女性として初めて弁護士事務所を開設した。

アパルトヘイトに反対した多くの弁護士と同様、彼女も不正義を支えていた法制度そのものを利用して、その不当な運用に異議を唱えようとした。政治活動家の弁護を引き受け、拷問の実態を明らかにし、政治犯に対する処遇の改善を求めた。

また、南アフリカの民主的な新憲法における平等条項の形成に貢献した「全国女性連合(Women’s National Coalition)」にも参加した。

この憲法は、人種、性別、性的指向などを理由とする差別を禁止している。

アパルトヘイト終結後の1995年、マンデラ大統領はピレイ氏を高等裁判所判事に任命した。

人道に対する罪としての強姦

同じ1995年、ピレイ氏はタンザニアで国際裁判官としての職務に就いた。

国際司法の歴史に残る彼女の最も重要な貢献の一つは、ルワンダ国際刑事裁判所が1998年に下した画期的な判決にある。

数千人の虐殺に関与したとして起訴されたジャンポール・アカイェスの裁判で、ピレイ判事ともう一人の裁判官は、証人たちに性暴力について質問した。

この尋問によって、それまで十分に明らかにされていなかった被害の実態が法廷で語られるようになり、強姦を訴因に加えるための起訴状変更につながった。

その結果、強姦を「人道に対する罪」と認定する判決が下された。さらに、強姦やその他の性暴力がジェノサイドを構成し得ることも確立された。

この判決は、国際刑事法廷によるジェノサイドの初の有罪判決であると同時に、強姦を人道に対する罪として個人に有罪判決を下した初の事例となった。

これにより、女性や少女に偏って被害が及ぶ犯罪についても、加害者の責任をより広く追及する道が開かれた。

ピレイ氏は、次のように述べている。

「太古の昔から、強姦は戦争の戦利品のように扱われてきました。しかし今後は、戦争犯罪として扱われることになります」

国連における人権擁護

2008年から2014年にかけて、ピレイ氏は国連人権高等弁務官を務めた。グローバルサウス出身の女性として初めて、この職に就いた人物だった。

この役職では、裁判官とは異なる形の指導力が求められた。

裁判官として事件に判決を下すのではなく、各国政府と向き合い、人権侵害に立ち向かい、国家が国際的な義務を果たすよう働きかけなければならなかったからである。

在任中、世界金融危機の余波、アラブの春、シリア内戦など、国際社会が激動に見舞われるなか、ピレイ氏は国連の人権活動を導いた。

その発言は、常に明確な原則に裏打ちされていた。経済的な都合、国家主権、政治的な便宜のために、人権が犠牲にされてはならないという原則である。

ピレイ氏の在任期間は、国連の人権分野で重要な進展が見られた時期とも重なっている。

彼女は、性的指向や性自認にかかわらず平等な権利を保障すること、差別禁止法を整備すること、ヘイトクライム(憎悪犯罪)を適切に記録することを、一貫して訴え続けた。

2001年には、故郷ダーバンで国連の「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連する不寛容に反対する世界会議」が開催された。

同会議で採択された「ダーバン宣言」は、人種差別や外国人排斥に対抗する国際的な行動方針を示すとともに、奴隷制を人道に対する罪として認めた。

ピレイ氏自身は2001年の会議で公式な役割を担っていなかったが、国連人権高等弁務官に就任してからは、その後の検証・再検討過程に深く関与した。

彼女は、ダーバン宣言をめぐる誤った解釈や説明に反論し、同宣言が反ユダヤ主義を非難し、ホロコーストの記憶を継承し、イスラエルの安全に対する権利を認めている点を強調した。

2009年に開催されたダーバン・レビュー会議では、米国を含む複数の西側諸国がボイコットしたにもかかわらず、182か国の支持によってダーバン宣言を再確認する合意形成に貢献した。

この役割は、基本的人権の原則を損なうことなく、対立や反発を乗り越えようとする彼女の強い決意を示すものだった。

ピレイ氏の在任中には、女性の権利に関する独自の貢献もあった。

予防可能な妊産婦の死亡を、単なる公衆衛生上の問題ではなく、人権問題として認識すべきだと主張したのである。

その指導の下、国連人権高等弁務官事務所は2012年、画期的な指針を策定した。

この指針は、各国政府に対し、差別の解消、妊産婦医療の改善、回避可能な死亡に対する説明責任の確保に取り組むことを求めるものだった。

パレスチナ問題とジェノサイド

近年、ピレイ氏は、国連での最後の公式任務として、「パレスチナ占領地(東エルサレムを含む)およびイスラエルに関する独立国際調査委員会」の委員長を務めた。

ガザでの戦争に関する調査を含め、同委員会の調査活動と報告結果は、大きな論争を呼び、特にイスラエルと米国から強い批判を受けてきた。

それでも任務に取り組み続けた姿勢は、彼女の活動を特徴づける本質的な点を示している。

法の原則を適用することが最も困難になるのは、政治的に強大な勢力が自らへの検証や監視を拒むときである。そして、まさにそのようなときこそ、法の原則を適用する必要性が最も高まるのである。

希望が求められる時代に

今回の受賞の時期は、極めて象徴的である。

そのわずか数日前、米国のドナルド・トランプ大統領は国際刑事裁判所(ICC)を「邪悪な存在」と呼び、同裁判所の全構成員に辞任を求めていた。さらに米国は、今回の受賞に対する反応として、ICCに制裁を科した。

ノーベル賞委員会は、ICCの元裁判官を顕彰することによって、現在まさに「攻撃にさらされ」、裁判官たちが「制裁対象」となっている国際司法機関を擁護する姿勢を示したのである。

今回の受賞は、イスラエルの国際的な孤立が深まるなかでの出来事でもある。

ピレイ氏が率いた調査委員会は2025年、イスラエルがガザでジェノサイドを行っているとの結論を示した。

同委員会の調査結果は、法的拘束力を持つ司法判断ではない。

しかし、強い政治的反発に直面しながらも、残虐行為の疑惑を記録し、加害者の責任追及を前進させるうえで、重要な貢献を果たしている。

最近85歳の誕生日を迎えたピレイ氏は、近く再びジェノサイドをめぐる司法判断に関わる可能性がある。

2019年以来、ピレイ氏は、ガンビアがミャンマーを相手取って国際司法裁判所(ICJ)に提起した、ロヒンギャに対するジェノサイド疑惑をめぐる訴訟で、特任裁判官を務めている。

2026年1月に公開審理が行われたこの事件では、2026年後半、あるいは2027年初めに判決が下されると見込まれている。

ピレイ氏のノーベル平和賞受賞は、国際的な正義が勝利を収めたことを意味するものではない。

しかし、その実現のために築かれてきた制度が、今なお守るに値するものであることを思い起こさせてくれる。

ピレイ氏を顕彰することは、これまでに達成された成果を評価するだけではない。私たちが決して失ってはならないものを、改めて確認することでもある。

フランス・フィルユーン:プレトリア大学国際人権法教授、南アフリカ研究講座イニシアチブ(SARChI)国際憲法学研究講座長

この記事は、The Conversationに最初に掲載された論考を転載したものです。

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