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核テロ:「世界の安全保障にとって最も差し迫った極端な脅威」

核テロと政治的暴力は、世界の安全保障にとって極めて深刻な脅威である。

【ウィーンINPS Japan=オーロラ・ワイス】

過去80年近くにわたり、世界は核時代の危険と向き合いながら歩んできた。冷戦時代の緊張や国際テロの台頭にもかかわらず、核兵器は1945年の広島・長崎への原爆投下以来、戦争で使用されていない。戦略的抑止、軍備管理・不拡散協定、さらには国際的なテロ対策といった取り組みにより、核関連の事件は防がれてきた。しかし、これまでの成功が未来を保証するものではなく、他の課題が注意や資源を奪い、核テロの脅威が存在しなくなったかのような認識を生む危険性がある。放射能を利用したテロにはさまざまな手段があり、核兵器の爆発、即席核兵器(IND)の使用、放射性物質拡散装置(いわゆる「汚い爆弾」)、あるいは放射性物質の放出などが考えられる。

この1カ月間、世界各地で核安全保障に関するさまざまな動きがあった。ドナルド・トランプ政権が米国の核政策にどのように取り組むのか、不確実性が残っている。新政権は発足直後、多くの国際機関への資金提供を打ち切ったが、非公式の安全保障協議によると、核軍縮や核実験禁止に関する国際機関への資金供給は停止されていなかった。新たな米国政府は、大量破壊兵器(WMD)のテロ利用防止に取り組む国際機関への支援を継続した。

この分野をリードしているのが、オーストリア・ウィーンに本部を置く国連薬物犯罪事務所(UNODC)である。同事務所は約20年にわたり、核テロ防止に関する国際的な法的枠組みの普及と実施を推進しており、「核テロリズム防止国際条約(ICSANT)」を含む国際的な法制度の整備を進めている。核物質やその他の放射性物質が不正に流出し、テロや犯罪に利用されるリスクは、現代社会における最大の懸念の一つである。こうした脅威に対応するため、国際社会は共通の立法基盤を確立しようとしている。2022年の国連安全保障理事会決議1540(UNSCR 1540)の包括的レビュー最終報告によれば、加盟国によって同決議の措置のうち約半数が実施されたとされている。

マリア・ロレンソ・ソブラド氏は、国連薬物犯罪事務所(UNODC)における国連安全保障理事会決議1540の担当官であり、UNODCテロ対策部のCBRN(化学・生物・放射線・核)テロ対策プログラムの責任者を務めている。このプログラムは、CBRNテロ防止に関する国際的な法的枠組みの普遍化を推進し、各国によるその効果的な実施を支援している。

Maria Lorenzo Sobrado CBRN Terrorism Prevention Programme at UNODC. Credit: Ecuadorian Foreign Ministry

法学の専門家であるソブラド氏は、大量破壊兵器の不拡散に関する修士号および核法に関するディプロマを取得している。UNODCが加盟国への支援を通じてCBRNテロ防止に果たす重要な役割は、前述の国連総会決議やその他の国際的な場において認められている。

UNODCは、国連グローバル対テロ調整コンパクトの「新興脅威および重要インフラ保護ワーキンググループ」のメンバーであり、また「大量破壊兵器およびその関連物質の拡散防止に関するグローバル・パートナーシップ」のオブザーバー、「放射線・核緊急事態に関する国際機関連携委員会」の協力機関などを務めている。

この分野において、UNODCは国内・地域・国際レベルでのワークショップ、立法支援、刑事司法関係者向けの能力構築支援など、幅広い活動を展開してきた。これまでの経験から、UNODCは次のような重要な教訓を得ている。すなわち、各国や地域の特性に応じた個別対応の必要性、他の支援機関との協力・連携の重要性、法的アプローチと技術的アプローチを組み合わせる有効性、そして刑事司法関係者向けの研修の決定的な役割である。

これらの活動を支援するために、UNODCは模擬裁判、eラーニングコース、ウェビナー、ICSANT(核テロ防止条約)に関連する架空事例のマニュアルなど、さまざまなツールを開発している。

核テロに関する最新の動向

この1か月の間に、世界の核セキュリティ分野ではさまざまな動きがあった。

U.S. Army Soldiers from the 218th Mobility Enhancement Brigade, South Carolina Army National Guard, respond to a simulated nuclear terrorist attack as part of Exercise Palmetto Response at the Clarks Hill Training Site in McCormick, S.C., June 13, 2011. Exercise Palmetto Response is a training exercise that centers around aid and relief efforts after a simulated nuclear terrorist attack. (U.S. Air Force Photo Staff Sgt. Eric Harris)

まず、国際原子力機関(IAEA)がアジア太平洋地域における放射線安全と核セキュリティを強化するための新たな「規制インフラ開発プロジェクト」を立ち上げた。

一方、日本の犯罪組織のリーダーが、ミャンマーから調達した核物質の密売に関与した罪を認める有罪答弁を行ったことも報じられた。

また、ミネソタ州とルイジアナ州の原子力発電所上空を飛行するドローンの存在が、地元の指導者や法執行機関の懸念を高めている。

さらに、米国の国家核安全保障局(NNSA)の元長官が、高濃縮低濃縮ウラン(HALEU)燃料の拡散リスクに関する研究を開始した。これは現在開発中の先進型原子炉で使用される予定の燃料である。ただし、この研究が新政権の下でどのような展開を見せるかは不透明だ。トランプ政権は新興技術への強い関心を示しており、米国の国立研究所とOpenAIが、科学研究や核兵器の安全保障、核物質の保全に関するパートナーシップを発表した。

しかし、こうした動きの中で、ドナルド・トランプ元米大統領が、イスラエルに対してイランの核施設を爆撃するよう公に呼びかけたことは極めて憂慮すべき事態である。

また、ロシア軍による2022年のザポリージャ原子力発電所への攻撃を忘れてはならない。この時、国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長の迅速な対応と介入によって、大惨事は回避された。

核物質が犯罪組織の手に渡るのを阻止した米国麻薬取締局(DEA)の捜査官たちの功績は大いに称賛されるべきである

国連薬物犯罪事務所(UNODC)が提供する法執行機関および検察官向けの訓練への効果的な投資は、核テロの防止と安全保障において極めて重要であることが、海老沢武の事件からも明らかになった。

2025年1月8日、海老沢武(60歳、日本国籍)は、ニューヨーク州マンハッタンの連邦裁判所で、ミャンマー(ビルマ)から核物質(ウランおよび兵器級プルトニウム)を密輸しようとした共謀罪、国際的な麻薬密売、および武器取引の罪について有罪を認めた。彼は、ミャンマーから兵器級プルトニウムを含む核物質を大胆にも密輸しようとし、同時に、米国に向けて大量のヘロインとメタンフェタミンを密輸し、その見返りとして、地対空ミサイルなどの重火器を入手しようとしたことが判明した。さらに、彼はニューヨークから東京へ麻薬取引による収益のマネーロンダリングを行っていた。

しかし、米国麻薬取締局(DEA)の特殊作戦部門、米国司法省の国家安全保障担当検察官、そしてインドネシア、日本、タイの法執行機関の協力により、この陰謀は発覚し、阻止された。

裁判所で提出された証拠や裁判記録によると、DEAは2019年以降、海老沢を大規模な麻薬および武器密売に関与している人物として捜査していた。捜査の過程で、海老沢はDEAの潜入捜査官(麻薬および武器取引業者を装ったエージェント)を自身の国際的な犯罪ネットワークに紹介。

このネットワークは、日本、タイ、ミャンマー、スリランカ、そして米国に広がっており、海老沢とその共謀者らは複数回にわたり、麻薬や武器の取引交渉を行っていた。

2020年初頭、海老沢は潜入捜査官に「大量の核物質」を売却可能だと伝え、放射線測定器(ガイガーカウンター)を横に置いた「岩のような物質」の写真を送信した。

この捜査官は、「イランの政府関係者が買い手に興味を示している」と海老沢に伝え、「イラン政府はエネルギー目的ではなく、核兵器のためにこの核物質を必要としている」と述べた。これに対し海老沢は「そう思うし、そう願っている」と答えたと起訴状には記録されている。

イランは長年にわたり核兵器開発に取り組んでおり、2015年と16年にはオバマ政権の外交交渉により一時的に中断された。しかし、18年にドナルド・トランプ大統領(当時)が国際合意から離脱したことで、イランの核兵器開発は再び進展した。

Takeshi Ebisawa sent an undercover agent photos of the nuclear material next to a Geiger counter. Credit: Department of justice

海老沢はさらに、ミャンマー国内の武装勢力が使用できる地対空ミサイルなどの軍事レベルの武器を購入したいという意向を示しながら、潜入捜査官と接触を続けました。

その結果、ある種の「取引」が成立し、海老沢を支援する共謀者とされる者たちは潜入捜査官に対し、「2,000キログラム以上のトリウム-232と、100キログラム以上のウラン(U308の形態)を入手可能である」と述べました。さらに、共謀者らは「これにより、ミャンマーで最大5トンの核物質を製造できる。」と主張した。

U3O8は「イエローケーキ」として広く知られており、2003年のイラク戦争開戦前の議論を思い起こさせる物質である。

海老沢が手配した東南アジアでの会合において、彼の共謀者の一人がホテルの一室に潜入捜査官を案内し、核物質のサンプルが入った2つのプラスチック容器を見せたとされています。

その後、タイ当局の協力のもと、核物質は押収され、米国の法執行機関に引き渡された。

押収された物質を分析した結果、ウラン、トリウム、プルトニウムが含まれていることが確認された。

「本件の被告らは、麻薬、武器、そして核物質の密売に関与し、ウランや兵器級プルトニウムを提供することで、イランが核兵器のために使用することを期待していた」と、米国麻薬取締局(DEA)のアン・ミルグラム長官は述べた。

「これは、人命を完全に無視して犯罪を行う麻薬密売人の非道さを示す、極めて異常な例です。」と、ミルグラム長官は続けた。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in collabolation with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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国連報告書、核爆発対処の人道支援の欠陥を指摘

オーストラリアの豊かな多文化社会とディアスポラ(移民コミュニティー)の役割

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン】

オーストラリアは、しばしば「多文化主義の成功例」と称され、多様な移民コミュニティがその社会・経済・文化の基盤を大きく形作っている。中でも、パキスタン系、インド系、中国系などのディアスポラは、それぞれ独自の伝統、価値観、専門性を持ち込み、オーストラリアの多文化的アイデンティティを豊かにすると同時に、統合や社会的代表の課題にも取り組んできた。本稿では、それぞれのコミュニティの貢献と、オーストラリアの発展にどのような影響を与えてきたかを探る。

2024年6月30日時点で、オーストラリアの推定居住人口は約2,720万人。そのうち約30.7%(約820万人)が海外生まれであり、これはオーストラリアがいかに多様性に富んだ社会であるかを示している。

主要な出身国としては、イングランド(96.2万人、人口の3.5%)、インド(84.6万人、3.1%)、中国(65.6万人、2.4%)が上位に続き、ニュージーランド(59.8万人)、フィリピン(36.2万人)、ベトナム(29.9万人)、南アフリカ(21.5万人)、マレーシア(18万人)、ネパール(17.9万人)、イタリア(15.9万人)、パキスタン(12万人)なども重要な移民集団を形成している。

これらの数字は、移民政策と国際的な移動によって形成された人口動態の変化を物語っています。

パキスタン系ディアスポラ:文化交流と二国間関係の架け橋

他の南アジア系コミュニティと比べると規模は小さいものの、オーストラリアにおけるパキスタン系移民は、文化的交流やパキスタンとオーストラリアの二国間関係の強化において重要な役割を果たしてきた。

医療、工学、IT分野で活躍する専門職の多くがパキスタン系出身であり、高学歴・専門性の高さがオーストラリアのスキル重視の労働市場とマッチしている。

文化的には、パキスタン独立記念日やイード(イスラム教の祭り)などのイベントが、今やオーストラリア全体のカレンダーにも組み込まれ、異文化理解の機会となっている。また、パキスタン系オーストラリア人は宗教間対話にも積極的で、多様な宗教が共存する社会で調和を築く努力を続けている。

とはいえ、文化や宗教に対する誤解や偏見といった課題もあり、メディアや公共の場での代表性向上に向けた活動も行われている。

インド系ディアスポラ:経済と文化の原動力

インド系コミュニティは、70万人を超える大規模かつ影響力のある集団で、ビジネス、教育、医療、ITなど幅広い分野で貢献している。起業家精神が旺盛で、オーストラリア経済に大きく貢献する企業を多数立ち上げている。

教育に対する意識も高く、医師、技術者、大学教員など、専門職に就く人が多く見られる。

文化面では、ディワリやホーリーといったインドの祭りが地域全体で祝われ、インド料理はもはやオーストラリアの食文化の一部となっている。

また、政治や地域社会でリーダーシップを取るインド系オーストラリア人も増えており、偏見への対抗や文化理解の深化に貢献している。とはいえ、若者の間では文化的アイデンティティの葛藤もあり、「自分らしさ」と「伝統」の間でバランスを取る課題に直面しています。

中国系ディアスポラ:経済と文化統合の柱

19世紀のゴールドラッシュ時代から歴史を持つ中国系コミュニティは、今やオーストラリア社会に深く根付いた存在だ。中国本土、香港、台湾、東南アジアからの移民を含むこのコミュニティは、貿易、不動産、教育など多くの分野で経済的に大きな影響を与えている。

文化的には、春節(旧正月)のイベントがシドニーやメルボルンなどで大規模に開催され、誰もが楽しめる文化交流の場となっている。また、中華料理や太極拳、鍼灸といった伝統文化も広く受け入れられ、オーストラリアの生活に溶け込んでいる。

教育や家族を大切にする価値観もオーストラリア社会と共鳴し、相互理解の促進に貢献している。ただし、最近では地政学的な緊張や反中感情の高まりによって、中国系オーストラリア人が差別や偏見に直面する場面もある。

それでも、中国系コミュニティは文化交流や多文化共生を重視し、アジアとオーストラリアを結ぶ架け橋としての役割を果たし続けている。

その他の移民コミュニティ:多文化モザイクを彩る存在

パキスタン、インド、中国以外にも、オーストラリアには多くの移民コミュニティが存在し、それぞれが個性的な貢献をしている。

ベトナム系は飲食業や中小企業での成功が目立ち、レバノン系はホスピタリティやスポーツ、芸術分野で存在感を示している。ギリシャ系・イタリア系は、建築・食文化・地域祭りなどに長年影響を与えてきた。

アフリカ、中東、欧州からの移民も多様性を高める一翼を担い、難民支援や社会正義の推進、多文化政策の確立に貢献している。

共通する課題と希望

各コミュニティには独自の特徴と貢献があるが、「統合」「代表性」「文化継承」といった共通の課題もある。特に新しい移民層は、差別や偏見に直面しやすく、若者は自身の文化的ルーツとオーストラリアでの生活の間でアイデンティティの葛藤を経験することが少なくない。

それでも、ディアスポラコミュニティには共通の希望がある。それは、自身の文化を大切にしつつ、オーストラリア社会に前向きに貢献していくことである。

地域団体、文化イベント、社会的アドボカシーを通じて、彼らは多文化主義と社会の調和を推進し、オーストラリアをより豊かで包括的な国にしようと努力を続けている。

結論

パキスタン系、インド系、中国系をはじめとするディアスポラコミュニティは、オーストラリア社会の形成において極めて重要な役割を果たしてきた。彼らの経済・文化・社会への貢献は計り知れず、オーストラリアの多文化的なアイデンティティを深めている。

それぞれのコミュニティが直面する課題は異なるが、統合と文化交流への共通の志が、オーストラリアの多文化モデルの力強さを証明している。今後も、移民コミュニティはオーストラリアの未来を築くうえで不可欠な存在であり、多様性と包摂の力を象徴する存在であり続けるだろう。(原文へ

INPS Japan/London Post

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オーストラリアの留学生枠削減:志ある学生と企業への打撃

超富裕層に課税せよ──私たちには変革すべき世界がある

【ナイロビ/バンコクIPS=アティヤ・ワリス、ベン・フィリップス】

なぜ、すべての子どもたちに教育を受けさせることができないのか?
なぜ、必要とするすべての人に医療を提供できないのか?
なぜ、誰もが飢餓や貧困から解放されることができないのか?

これらは本来、すべての人に「権利」として約束されているはずなのに、私たちは何度も「お金がない」と言われる。

しかし、ここで朗報だ。お金は存在する。お金がどこに行ってしまっているのかも、どうやってそれを取り戻すかも、私たちは知っている。そして今年は、進展のための重要な新たな機会が訪れている。

世界中で毎年4,920億ドルが、富裕層や権力者による税逃れによって失われている。
このうち3分の2、すなわち3,476億ドルは、多国籍企業が利益をオフショアに移して課税を逃れていることによるもの。残りの3分の1、1,448億ドルは、富裕個人が資産を隠して課税を回避していることが原因だ。

これは、「世界税正義レポート」の最新報告によって明らかにされた衝撃的かつ憤りを感じる事実である。しかし、同時に希望の兆しでもある──私たちは、変えられる世界を持っているのだ。

税制は技術的で複雑であるため、その複雑さを利用して「富裕層から税を取る政策は機能しない」とする主張がなされがちである。

しかし、G20の委託した専門的な経済分析は、富裕税が貧困解消や持続可能な開発目標(SDGs)の達成に必要な資金を引き出す有効な手段であることを示している。

実際、すでにこのような取り組みを始めている国もある。スペインは、最富裕層0.5%に対する富裕税を導入することに成功した。Tax Justice Networkの試算によれば、スペインの制度を他国も導入すれば、2.1兆ドルの税収を得ることが可能である。

また、多国籍企業による利益移転を防ぐための政策的枠組みも既に明らかになっている。

  • 誰が企業を所有しているかの登録義務
  • 各国での納税状況の国別報告
  • 利益を上げた国で課税するルール

技術的な課題よりも、むしろ最大の課題は「政治的」なものだ。しかし、ここにも希望がある。

今年、ついに国連国際税協力枠組条約の交渉が始まり、「多国籍企業の公正な課税」や「高額所得者による脱税・租税回避への対処」、「実効的な課税の実現」などが盛り込まれる予定でだ。

さらに、6月30日~7月3日にスペインで開催される開発資金国際会議では、次のような内容が盛り込まれた成果文書案が議論される:

  • 多国籍企業が「価値が創出され、経済活動が行われた国で課税される」ための仕組み
  • 高額所得者への課税強化」へのコミットメント

富裕層への課税は、多くの国々で非常に高い支持を得ている。そして、市民社会によるキャンペーンも加速中だ。現在、世界各地の40以上の団体が「超富裕層に課税せよ」という共通のキャンペーンで連帯している。

この連帯のもと、彼らは次のような共通プラットフォームを掲げている。

「人権は憲法や国際法によって約束されているのに、それを実現するための財源が否定され続けている。これはもう『普通のこと』であってはならない。」

例えば、子どもが「教育を受ける権利」を約束されたとしても、

  • 近くに学校がなかったり、
  • 学費が高くて通えなかったり、
  • 教師が足りなかったり、
  • 学習環境が劣悪だったりするなら、

それは「名ばかりの権利」でしかない。

健康の権利も同様だ。
十分な医療スタッフも薬もない医療センターで、誰が本当のケアを受けられるでだろうか?

だからこそ、財政政策(課税と歳出)こそが、人権の約束を現実のものとする手段なのだ。

どれだけの資源が使えるのか、それをどう確保するのか──それは技術の問題ではなく、政治的な選択なのだ。

もちろん、リソースを確保するのは簡単ではない。富の集中は、同時に権力の集中をも意味するからだ。しかし、それでも「超富裕層への課税」が重要なのは、単に必要な公共サービスの資金を集め、最も脆弱な人々を救うためだけではない。

それは、民主主義を取り戻すことでもあるのだ。原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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地球上で最も寒い場所に迫る地球温暖化

【南極IPS=ラジャ・ヴェンカタパシ・マニ】

午前7時半。私は急いで準備を整え、アドレナリンが湧き上がり、好奇心と興奮が最高潮に達していた。キャビンを飛び出し、大きなドアを開けると、目の前に広がっていたのは壮大な白銀の大陸──南極だった。

気候危機を考えるとき、南極は最初に思い浮かぶ場所ではないかもしれない。しかし、この凍てついた生態系は、地球温暖化による最も劇的な影響を受けている場所の一つである。

国連は2025年を「国際氷河保全年」と定め、氷河・雪・氷が気候システムにおいて果たす重要な役割と、急速な氷河融解がもたらす影響に注目を集めようとしている。

南極は地球上で最も寒く、乾燥し、風が強い場所である。厚さ4キロメートルにも及ぶ氷床の上に立ち、極地高原から吹き下ろす風を感じると、そこはまるで別世界のようだ。地球の表面淡水の約90%がここにあり、南極はまさに“凍った生命線”と言える存在である。

研究拠点で暮らす科学者を除き、南極に恒常的な居住する人はいない。冬の平均気温はマイナス50~60℃で、過酷な環境下での生活は極めて困難である。

1週間の滞在を通して、私は地球最後の大自然から多くのことを学んだ。

希少な野生動物の重要な生息地

目を奪われる風景だけではない。南極には、過酷な環境にも関わらず、多種多様な野生動物が生息している。

氷の上をよちよちと歩くペンギンたち、氷岸でくつろぐアザラシ、氷の海を泳ぐクジラ。彼らはすべて、栄養豊富な海に生息する小さな生物「オキアミ」を求めて南極にやってくる。

ペンギンなどの動物は、繁殖のために氷の存在を必要とし、氷は体温調節や羽の生え変わりの場、休息の場として重要な役割を果たしている。

また、南極は地球最大の“自然の研究室”でもある。気候変動、地質、生態系、生物多様性に関する最先端の研究が進められており、過去の地球の姿を解明し、現在の変化を分析し、未来の予測に役立てている。

南極は“カーボン・ネガティブ”、つまり排出する以上の二酸化炭素を吸収しているが、世界中の排出量がそのバランスを脅かしている。

天候は非常に不安定で、ある日、あまりに暖かくて何枚も重ね着していた服を脱がざるを得なかった。極寒の地というイメージが強かった私にとって、これは想像もしていなかったことだ。

しかし、地球上で最も人の手が届きにくいこの場所こそ、気候変動の最大の被害を受けている。2023年の「世界気候の現状」報告書では、南極の海氷の減少が危険なスピードで加速しており、2023年は過去最大の氷の損失が記録されたと報告されている。これは、地球上のすべての人々に影響を与える重大な問題である。

「南極の変化」は世界の問題

南極の巨大な氷床は太陽光を宇宙へと反射し、地球の気温を保つ重要な役割を担っている。しかし、いまや地球上で最も急速に温暖化が進む地域の一つとなっている。

わずかな気温上昇でも、氷床・氷河・生態系に重大な影響を及ぼす。過去25年間で、南極の氷棚の40%以上が縮小した。氷棚の融解が進めば、海面上昇が加速し、島国や沿岸部の地域に大きな影響を及ぼす。

また、南極の冷たい海は、世界の海を循環させる重要な役割も果たしている。例えば「南極周極流」は南極を時計回りに巡り、世界の主要な海をつなぐ力強い海流である。

しかし海水温の上昇はこれらの海流に影響を与え、世界中の気象パターン、漁業、農業、生態系にまで連鎖的な影響を与える。

氷の減少は野生動物の生息地の喪失を意味し、繁殖や生存を脅かす。これは食物連鎖にも影響し、魚の供給や雇用、食糧安全保障にもつながる。ペンギンは炭素を蓄える役割も持っており、その減少は気候変動をさらに悪化させ、極端な気象現象を増加させる可能性があつ。

要するに、「南極で起きること」は南極だけの問題ではないのだ。

多国間協力の模範

南極は、地理的にも地質的にも生物学的にも、そして政治的にも非常にユニークな場所である。

南極はどの国の領土でもない。「南極条約」によって57カ国が平和と科学を目的に協力して管理しており、国際協調の最良のモデルとも言える存在である。

かつて、南極上空にオゾンホールが発見されたことで、世界中が一斉に関心を持ち、行動を起こした。オゾン層は、有害な紫外線から地球を守る「フィルター」のような存在で、皮膚がんや白内障、農業や海洋生態系に甚大な被害をもたらすおそれがあった。

この問題に対し、各国が一致団結して採択したのが「モントリオール議定書」である。冷蔵庫やエアコン、スプレーなどに使われていたオゾン層破壊物質の段階的廃止を定めたこの合意により、国連環境計画(UNEP)はオゾン層が2066年までに回復する見通しであると発表しています。

この成功は、国際社会が一致団結すれば、地球規模の問題にも対応できるという希望を示している。

南極の物語は、私たちが今直面している気候危機という試練に対して、もう一度力を合わせるべきだという強いメッセージだ。

人類にとって、これはまさに“決定的な課題”。私たちが「何をするか」そして「何をしないか」が未来を決定づけるのだ。

いまこそ、化石燃料への依存を終わらせ、排出量を削減し、気温上昇を1.5℃以内に抑えるために一つになって行動するときだ。

数百万年前の氷の上に立ち、その歴史に触れながら、私は強く感じた。人類の存在は地球の歴史の中ではほんの一瞬。でも、地球は生き続けている。

私たちには、受け継いだ地球を「そのまま」あるいは「もっとよくして」次世代に手渡す責任がある。原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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|視点|緊急に必要な気候アクション(ジョン・スケールズ・アベリー理論物理学者・平和活動家)

グローバルな危機、ローカルな解決策

国連事務総長のラマダン連帯訪問、ロヒンギャ難民に希望を取り戻す

【コックスバザールIPS=ラフィクル・イスラム】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、イスラム教徒の伝統衣装である白いパンジャビ姿でロヒンギャ難民のイフタール(断食明けの食事会)に出席するため、ウキヤ難民キャンプに現れたとき、集まった何千人ものロヒンギャ難民が手を振って歓迎した。

ラマダンという神聖な月に断食をしていた多くのロヒンギャの人々は、長年にわたる苦しみに対するグテーレス事務総長の連帯に胸を打たれ、涙を流す姿も見られた。

グテーレス事務総長は、バングラデシュのムハンマド・ユヌス首席顧問とともに、同国コックスバザールの難民キャンプでロヒンギャの人々との連帯を示すため、何千人もの難民とともにイフタールに参加した。

Location of Bangladesh
Location of Bangladesh

「私たち全員が、国連事務総長から『ミャンマーへの帰還』という良い知らせを聞くためにイフタールに来ました。誰もがふるさとに帰りたいと願っています」と、ロヒンギャの若者、ロ・アルファット・カーンさんはIPSの取材に対して語った。

イフタールに先立ち、グテーレス事務総長はウキヤキャンプ内の学習センターを訪れ、ロヒンギャの子どもたちと意見交換をった行った。子どもたちは「ミャンマーに戻りたい」と訴え、安全で尊厳ある帰還を実現してほしいと要望した。

グテーレス氏はまた、ロヒンギャ女性や宗教指導者、文化センターも訪れ、追放された人々の声に耳を傾けた。

今回のラマダン訪問で、ロヒンギャから寄せられた二つの明確なメッセージを受け取ったとグテーレス氏は語った。それは、「ミャンマーへの帰還」と「キャンプの生活環境の改善」だ。

彼は国際社会に対し、ミャンマーにおける平和の回復、そしてロヒンギャに対する差別と迫害を終わらせるために全力を尽くすよう求めた。

国連世界食糧計画(WFP)は、緊急支援への深刻な資金不足のため、4月1日からロヒンギャ難民一人当たりの月額食糧配給額を12.50ドルから6ドルに半減すると発表した。

「残念ながら、米国や欧州諸国など複数の国が人道支援を大幅に削減すると発表した。そのため、このキャンプでも食糧配給の削減というリスクに直面している。」とグテーレス氏は語った。

彼は、ロヒンギャの人々がさらに苦しむ状況、あるいは命の危機にさらされる事態を防ぐため、国連として資金の動員に努め続けると約束した。

「率直に言えば、私たちは深刻な人道危機の瀬戸際にあります。複数国による資金援助の削減により、ロヒンギャ難民の食糧配給量は2025年には40%にまで削減される恐れがあるのです。」と語った。

彼は、支援の削減により「未然に防げる災害」が起こりうると警告し、国際社会に対してロヒンギャ難民支援に投資する義務があると訴えた。

「国際社会がロヒンギャ難民への支援を削減するのは容認できないことです。コックスバザールは、予算削減が命を左右する“最前線”であり、私たちはそれを防がなければならない。」とグテーレス氏は強調した。

グテーレス氏によれば、2017年に暴力を逃れてバングラデシュに避難してきた100万人以上のロヒンギャは、極めて困難な状況の中でもたくましく生きている。

ロヒンギャ難民は、ラカイン州での虐殺や差別、人権侵害から逃れ、「保護」「尊厳」「家族の安全」を求めてこの地にたどり着いた。

Thousands of Rohingya refugees turned up to the solidarity iftar, where UN secretary-general António Guterres and Bangladesh Chief Adviser Professor Muhammad Yunus pledged to continue to find a solution to their plight. Credit: Gazi Sarwar Hossain/PID

グテーレス氏は、ロヒンギャの勇気と決意に感銘を受けたと語り、彼らの壮絶な体験に耳を傾けた。

「彼らが求めているのは、安全で自発的かつ尊厳ある帰還です。それがこの危機の根本的な解決策です。」と強調した。

彼はミャンマー当局に対して、国際人道法に基づいた措置を講じ、宗教間の緊張や暴力を防ぎ、ロヒンギャの安全で尊厳ある帰還を可能にする環境づくりを求めた。

「しかし、ミャンマー、特にラカイン州の状況はいまだに深刻です。紛争と迫害が終わるまで、私たちはバングラデシュで保護を必要とする人々を支え続けなければなりません。」と語った。

「解決策はミャンマーの中にあります。国連は今後も、ロヒンギャ難民の自発的で安全かつ持続可能な帰還に向けた努力を続けます。その時が来るまで、国際社会に支援を減らさないよう強く訴えます。」と語った。

イフタールの後、バングラデシュのユヌス首席顧問は現地の方言でスピーチを行い、ロヒンギャ難民に強い連帯のメッセージを届けました。

「国連事務総長はロヒンギャの苦しみを終わらせるために来てくださいました。今年のイードではなくても、来年こそは祖国で祝えることを願っています。」と語った。

「必要であれば、世界を相手にしてでも、ロヒンギャを故郷へ戻すために戦うつもりです。」とも語った。

2017年にコックスバザールのキャンプに逃れてきたアブドゥル・ラフマンさんは、「金曜日のイフタールには10万人が参加する予定でしたが、実際には30万人以上が集まりました。それだけ皆が“帰還”という良い知らせを求めていたのです。」と語った。

ロ・アルファットさんは、「私たちロヒンギャには国もなく、帰る場所もないため、時に絶望を感じることがあります」と語った。

「でも、国連事務総長とバングラデシュの首席顧問という二人の要人が訪れてくれたことで、“帰還できる”という希望が私たちの心に再び芽生えました。」と締めくくった。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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トランプ、民主主義、そして米国合衆国憲法

【ストックホルムIPS=ヤン・ルンディウス】

この混乱と悲しみに満ちた時代において、世界各地で行われている人権侵害や違反について沈黙することは難しい。コンゴ民主共和国東部、南スーダン、ウクライナ、ガザ地区―これらの地で起こる暴力は目を背けることのできないものだ。その中でも、トランプ政権が示してきた態度、とりわけウクライナの正当に選出された大統領に対するトランプ氏の言動は、理解しがたいものの一つである。ウクライナの国民が独裁政権と戦い、祖国を守ろうとしているにもかかわらず、トランプ氏はその正当性に疑問を投げかけてきた。

これは、米国が自らを「世界で最も偉大な民主主義国家」と称する姿勢と無関係ではない。この信念は多くの米国国民の間に深く根付いており、憲法こそがこの民主主義を不変のものにしていると考えられている。しかし、元大統領のジョー・バイデン氏ですら、最近ではその確信に揺らぎを見せている。

「私たちは依然として民主主義国家である。しかし、歴史が示すように、一人の指導者への盲目的な忠誠や政治的暴力への加担は、民主主義にとって致命的だ。長い間、米国の民主主義は保証されていると信じてきたが、そうではない。私たち一人一人が、民主主義を守り、擁護し、立ち上がらなければならない。」

しかし、米国の民主主義を守るために現大統領の独裁的な行動に対抗しようとする中で、果たして合衆国憲法は本当に民主主義と人権を守る力を持っているのか、という疑問が生じる。

合衆国憲法の起源とその限界

米国の建国の父たちが1787年の夏にフィラデルフィアで起草し、1789年に批准された合衆国憲法は、当初から米国が完全な民主主義国家になることを想定していなかった。実際、当時から「米国をどれほど民主的にするべきか」は非常に議論の分かれる問題であり、それは現在でも変わらない。

当時、大統領、上院、司法は国民ではなく代表者によって選ばれていた。国民が直接選出できるのは下院議員のみであり、その投票権を持つのは「財産を持つ成人の白人男性」に限られていた。しかし、憲法には「修正」できるという重要な特徴があり、年月を経て民主的な要素が追加されてきた。

憲法が批准されて以来、修正は27回行われた。その中でも特に重要なのが次のようなものだ。

1868年(修正第14条):「米国で生まれた、あるいは帰化した全ての人々に市民権を付与し、法の下での平等な保護を保証」

1870年(修正第15条):「人種による投票権の否定を禁止」

1913年(修正第17条):「州議会ではなく国民が上院議員を直接選出する制度に変更」

1920年(修正第19条):「女性に参政権を付与」

唯一廃止された修正条項は修正第18条(禁酒法)のみであり、これも後に撤回されている。

憲法修正には厳格な手続きがある。議会の 3分の2 の賛成を得た上で、全州の4分の4 の承認が必要だ。しかし、法的な抜け道を利用すれば、修正条項の適用を回避することも可能である。例えば、1883年に最高裁は「修正第14条と第15条は、州による差別のみを対象とし、個人による差別には適用されない」と判断し、南部諸州に人種差別的な法律を制定する余地を与えた。この判決が覆されたのは、1964年の公民権法と1965年の投票権法の適用によってである。

トランプ政権と憲法の危機

ドナルド・トランプ氏は大統領に就任して以来、その権限を過去の大統領よりも拡大しようとしてきた。個人的な訴訟を阻止する試み、出生地主義の市民権の制限、議会が承認した予算の執行拒否、独立機関のトップの解任など、その行動は枚挙にいとまがない。こうした動きの背景には、トランプ氏が自ら任命した最高裁判事による支持を期待している可能性がある。

The New Yorkers.
The New Yorkers.

言論の自由の抑圧

憲法修正第1条は、宗教の自由、言論の自由、報道の自由、平和的な集会の権利を保障している。しかし、トランプ政権下では、これらの権利が脅かされている。

トランプ氏は自身に批判的な報道機関を「国民の敵」と呼び、CNN、ABC、CBS、Simon & Schusterなどを名誉毀損で訴えてきた。

ホワイトハウスは報道機関の出席を制限し、APやロイターなど主要メディアを記者会見から締め出した。

2024年3月4日、トランプ氏は「違法な抗議活動を許可した大学への連邦資金を全て停止する。」と発言し、外国人の学生を追放または逮捕する方針を示した。

歴史が繰り返されるのか?

こうした動きは、1950年代にジョセフ・マッカーシー上院議員が共産主義者の「魔女狩り」を行った時代を想起させる。マッカーシー氏は証拠もなく国務省内の共産主義者リストを持っていると主張し、多くの公務員や学者、ジャーナリストのキャリアを破壊した。

トランプ氏が崇拝する弁護士ロイ・コーン氏は、マッカーシー氏の右腕として活躍した人物であり、後にトランプ氏の法律顧問となった。コーン氏の影響は、トランプ氏の「勝つためなら何をしてもいい。」という姿勢に色濃く残っている。

米国の未来はどうなるのか?

トランプ氏の憲法無視が、共和党内でどれほどの反発を招くのか。そして、民主党や米国国民が憲法を守るためにどのように立ち上がるのか。これは、米国の未来だけでなく、世界全体の行方を左右する問題である。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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|視点|日本とバチカン: 宣教師から巧みな外交へ(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

バチカンと日本の関係を定義する要素は「敬意」

【National Catholic Register/INPS Japanバチカンシティ=ヴィクトル・ガエタン】

日本とバチカンの特別な関係は、優雅で格別な瞬間に見出すことができる。バチカンと日本政府の関係には常に敬意が込められており、それは第二次世界大戦の最中でさえも顕著だった。

バチカンが所有するバロック時代の巨匠カラヴァッジョによる唯一の絵画は、描かれたのがまるで昨年かのように鮮やかで、緊張感に満ちた光と影の技法が特徴だ。この傑作「キリストの埋葬」(1600-04年)が、2025年に大阪で開催される国際博覧会のバチカンパビリオン(テーマは「美は希望をもたらす」)で展示される予定だ。同時期にはバチカンに数百万人の2025年の大聖年の巡礼者が訪れるため、通常はバチカン美術館に展示されているこの傑作を探すことになるだろう。

The Entombment of Christ(Photo: Caravaggio )
The Entombment of Christ(Photo: Caravaggio )

千葉明駐バチカン日本大使は、「この決定は教皇ご自身が非常に日本に対して愛着を持っておられるため、非常に重要なご決断でした。私たち全員がとても喜んでいます。」と語った。千葉大使自身もカラヴァッジョの大ファンで、「私はイタリア中を旅行してカラヴァッジョの作品を観に行きます!」と付け加えた。

資料:バチカンと日本 100年プロジェクト

日本の主要なマルチメディアおよび出版会社である角川グループホールディングスは、その文化振興財団を通じて「バチカンと日本:100年プロジェクト」を支援し、カラヴァッジョの作品が大阪博覧会で展示されるよう尽力した。財団の創設者である角川歴彦氏は、日本とバチカンの関係はかけがえのないものだと考えている。

最近では、ジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿が、カラヴァッジョの展示を含む「100年プロジェクト」に賛同し、「歴史と現在の時代を深く考察し、文化交流を促進することで、真のグローバリゼーションの基礎を築く。 」と流暢な日本語で説明している。

長い歴史

千葉大使は、日本がバチカンに派遣する優秀な人材の一人である。彼は外交官だった父親のもとテヘランで生まれ、米国で学び、ワシントンD.C.や北京でも重要な任務を果たしてきた。

私たちがZoomを通じて話している間、千葉大使は16世紀半ばにポルトガル船で島国日本に到着したカトリック宣教師を描いた印象的な黄色と黒の屏風の前に座っていた。

Screen reproduced from a seventeenth original in the Kobe Municipal Museum depicting the arrival of missionaries on a Portuguese ship.(Photo: Courtesy photo)
Screen reproduced from a seventeenth original in the Kobe Municipal Museum depicting the arrival of missionaries on a Portuguese ship.(Photo: Courtesy photo)

千葉大使は、「日本では、公式に外交関係が始まった1942年の話だけでなく、聖フランシスコ・ザビエルが来日し、カトリックが急速に広まった1549年にさかのぼって、日本とカトリックの関係について話します。教皇フランシスコは、このような歴史に基づき、かつて日本への宣教師となることを望んだのです。」と語った。

この長い歴史的な関係と、日本のエリートを教育したカトリック宣教師たちは、1921年7月に皇太子裕仁親王が教皇ベネディクト15世と会見したような興味深い瞬間を説明する助けとなっている。

裕仁親王は、いくつかの帝国が崩壊しつつある新しい時代を迎える中で成人しようとしていた。日本の皇室は、皇太子がそれまで海外渡航したことがなく、父親の大正天皇が病弱だったため、第一次世界大戦時の同盟国である英国やフランスを含むいくつかの国を訪問するべきだと決定した。

裕仁親王の顧問の一人に、敬虔なカトリック信者であり、第一次世界大戦中はイタリアの海軍武官を務めた山本信次郎(1877-1942)海軍少将がいた。フランス人宣教師に教育を受け、16歳で洗礼を受けた山本は、司祭のアドバイザーから軍人になることを勧められるまで、天職と海軍のどちらにするか決めかねていた。山本(第二次世界大戦中に日本艦隊を指揮した山本五十六元帥と混同しないよう)は、ローマ教皇庁と生涯にわたって交流を続け、レオ13世、ピウス10世、ベネディクト15世、ピウス11世の4人の教皇と会見した。

裕仁親王が教皇ベネディクト15世と会見した後、政府はバチカンに外交使節を送るための資金を割り当てたが、神道と仏教の団体の精力的な抗議によって、この計画は失敗に終わった。しかし今日、創価学会などの仏教団体や神社本庁は、核軍縮に関してバチカンと提携している。

Centro Televisivo Vaticano
Centro Televisivo Vaticano

バチカンは皇太子裕仁親王のヨーロッパ歴訪の最後の訪問地だった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、裕仁親王はサン・ピエトロ大聖堂を訪れ、大正天皇から教皇ベネディクト15世に宛てた長寿を祈るメッセージを伝えた。大正天皇は、1919年に使徒代表が東京に駐在することを仏教と神道の指導者たちの反対にもかかわらず承認していた(バチカンは1885年と1905年に特使を天皇に派遣していた)。

共有する価値観

Portrait of Hara Takashi Public Domain

中村芳夫大使は、日本で最も長く首相を務めた安倍晋三政権時代にバチカンに赴任した。(日本には歴代3人のカトリック信徒の首相がいる: 原敬(1918-21年)、吉田茂(1946-47年、1948-54年)、麻生太郎(2008-09年)である。

中村大使は、本誌の電子メールによる取材に対して、「カトリック教徒の数は少ないものの、カトリックの思想が日本にかなり浸透していると思います。日本とバチカンは価値観を共有しているのです。」と語った。

中村大使は続けて、「故安倍首相が私を任命した際、彼はバチカンの情報力の強さを強調しました。実際、私の任期中、私はその驚異的な力に驚かされました。」と語った。

正式な外交関係

1942年に日本とバチカンが完全な国交を結ぶことに合意した際、昭和天皇はこのネットワークを活用しようと躍起になった。日本はアジアで最初にバチカンと国交を樹立した国であり、このニュースは(日本と交戦中の)連合国を驚かせた。

この知らせに米英両国の当局者は激怒した。この協定は、日本による真珠湾攻撃のわずか2か月後に結ばれたもので、連合国側はバチカンの決定を日本の勝利と国民が見るだろうと考えていた。しかし、彼らの反応は教会の外交ミッションを理解していなかったことを証明した。教皇ピウス11世が1929年に述べたように、「魂を救済、或いは魂へのより大きな害を防ぐことが問題になるとき、私たちは悪魔ともでも直接対話する勇気を感じる。」というのがバチカンの外交ミッションである。

Portrait of St. Francis Xavier Credit: Public Domain.
Portrait of St. Francis Xavier Credit: Public Domain.

この時期に関する優れた分析は、ジョージタウン大学のケビン・ドーク教授が編集した『ザビエルの遺産:近代日本文化におけるカトリシズム』に収録されている池原万里子著『金山政英:カトリックと20世紀中期の日本外交』である。

このエッセイは、1942年から45年までバチカンで日本大使館の参事官を務め、(原田健公使離任後は)45年から52年まで大使館を率いたカトリック外交官、アウグスティン金山正秀の姿を通して、日本人の視点からバチカンと日本の関係を考察している。東京で法律を学んでいた21歳のとき、金山はハンセン病病院の礼拝堂で洗礼を受けた。入信の動機は患者たちの信仰と、何年も既知であったカトリック司祭である病院長に感銘を受けたからだった。

池原氏は、昭和天皇が1942年にバチカンとの外交関係を開始した理由について、「第一に、天皇は米国のフランクリン・ルーズベルト大統領がバチカンと関係を築こうとしていたことに影響を受けていた。」と説明した。

第二に、真珠湾攻撃以前から、昭和天皇はバチカンが自国の連合国との和平交渉に役立つ可能性を見出していた。1941年10月13日、昭和天皇は次のように記している。「この戦争を避けることはできそうにないが、いったん戦争に突入したら、和平交渉にどのように関与するか今から考えておく必要がある。そのためには、バチカンと外交関係を樹立することが必要である。」

Peace Without Hiroshima: Secret Action at the Vatican in the Spring of 1945. Credit: Aamazon.com
Peace Without Hiroshima: Secret Action at the Vatican in the Spring of 1945. Credit: Aamazon.com

池原氏は、本誌の電話取材に対して、この章は、日本のテレビ番組のために行ったマーティン・クイグリー氏に関する研究が始まりであったと語った。クイグリー氏は『広島なき平和:1945年春のバチカンにおける秘密工作』の著者であり、中央情報局(CIA)の前身である戦略事務局(OSS)に所属していた米国の情報機関員。彼は、米国政府を代表して和平交渉を開始するために、バチカンで日本の外交官に接触したと主張している。」

「上司に承認されていたかどうかはわかりません。」と著者は回想している。最終的に、このイニシアチブは実現しなかった。

「当時日本政府は、(中立条約を結んでいた)ソ連とスウェーデン経由で和平交渉の可能性を探っていたのですが、それはかなり間違っていました」と池原は説明する。

相互尊重

ピーター・タークソン枢機卿は、東京で開催された相互承認70周年記念シンポジウムで、日本とバチカンが共有してきた価値観について振り返り、「これらの数十年間、バチカンと日本の外交関係は相互尊重と、国際問題における平和と和解を促進する共通の願望によって特徴づけられてきました。日本は、自国の苦しみの経験と、社会的調和に対する文化的強調に基づいて、多国間主義と国家間の平和的協力を推進してきました。このコミットメントは、世界平和のために長年献身してきたバチカンの姿勢を反映しています。」と、語った。(原文へ

INPS Japan

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。2024年4月、本記事の研究のためガエタン氏が初来日した際にINPS Japanの浅霧理事長が東京、長崎、京都に同行。INPS Japanではナショナル・カトリック・レジスター紙の許可を得て日本語版の配信を担当した(With permission from the National Catholic Register)」。英文の原文はSDGs for Allに掲載。

*ナショナル・カトリック・レジスター紙は、米国で最も歴史があるカトリック系週刊誌(1927年創立)

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砂漠農業における革新技術の応用

砂漠条件での作物栽培は常に人類にとっての課題だった。砂漠は不毛の地と見なされていたが、歴史を通じてこの課題に立ち向かい、成功を収めた人々がいた。技術革新と急速な技術の進歩により、現代の農業はもはや肥沃な地域に限定されることはない。

【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

ロマン・ヤヌシェフスキー
ロマン・ヤヌシェフスキー

紀元前5000年にはネゲヴ砂漠で果物や野菜が栽培されていたことを考えると、現代の技術がもたらす可能性を考慮すれば、砂漠が農作物の栽培地として何十年も利用されてきたことは驚くべきことではない。イスラエル、アメリカ合衆国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などの国々は、過酷な気候条件、貧弱な土壌、水の不足が、作物栽培を成功に導くうえで障害ではないことを証明している。

砂漠条件で作物を成功裏に栽培するための重要な要素は、特に地球温暖化の文脈で、持続可能な実践を採用することだ。これには、節水技術の導入が含まれる。具体的には、水のリサイクル(廃水処理)、塩水の淡水化、点滴灌漑(ドリップイリゲーション)などがある。

近年では、人工知能(AI)の発展により、特に農業技術の進歩と応用に新たな機会が生まれている。

イスラエル

Israeli Netafim, drip irrigation. By Borisshin - Own work, CC BY-SA 4.0.
Israeli Netafim, drip irrigation. By Borisshin – Own work, CC BY-SA 4.0.

砂漠農業の先駆者の一つであるイスラエルは、自然資源が乏しい中東の小さな国である。効率的な農業システムを確立する必要性から、世界中で使用される点滴灌漑技術を発明した。

「必要性は発明の母」と言われている。この地域の水不足は、水を効率的に使用する必要性を認識させた。実際、点滴灌漑は水の消費を80%削減し、作物の収量を倍増させる技術革新だ。

水資源の保存においてもう一つ重要な解決策は、農業目的で処理された廃水の再利用である。イスラエルでは、専門の施設で処理された廃水の約90%が再利用され、灌漑に使われている。

イスラエルでは、農業で使用される水の約40%が処理された廃水であり、これが実質的に再生されている。海水の淡水化も、もう一つの技術革新である。イスラエルは5つの淡水化プラントを運営しており、年間で5億8500万立方メートルの水を供給している。

イスラエルには、約100年の歴史を持つ国立農業研究所(通称:ヴォルカニセンター)があり、ここでは農業の専門家が育成されている。世界中から多くの専門家が研究のために訪れている。この研究所は、気候変動研究、砂漠農業技術、処理済み水や淡水化水を使った灌漑、効率的な水の使用、制御された環境での作物栽培、新しい果物や穀物の品種開発に焦点を当てている。これらの新しい品種は、水を少なく使いながら、より多くの収穫を得ることができる。

アメリカ合衆国

アメリカ合衆国の南カリフォルニアにはインペリアル・バレーがある。20世紀初頭まで、この地域では過酷な砂漠気候のため、ほとんど人々が住んでいなかった。夏の昼間の気温は極端に高くなるが、10月末から4月初めにかけては気温がより快適になり、冬でも1日最大8時間の太陽光を受けるため、アメリカで最も日照時間が長い地域でもある。

過去100年の間、インペリアル・バレーでは農業が発展し、この地域の経済の柱となっている。バレーには50万エーカーの農地が広がっており、現在ではアメリカ合衆国の冬野菜の需要の3分の2を供給し、65種類の作物を生産している。また、牛や羊などの家畜も飼育されている。

Aerial view of Imperial Valley and Salton Sea. By Samboy - I took a picture from the window of an airplane I was on, CC BY-SA 4.0.
Aerial view of Imperial Valley and Salton Sea. By Samboy – I took a picture from the window of an airplane I was on, CC BY-SA 4.0.

砂漠を農業のオアシスに変えることができたのは、灌漑のおかげである。灌漑に使用される水の100%はコロラド川から供給され、約5000キロメートルの灌漑用水路を通じて届けられている。この地域の農業実践には淡水化された水も使用されている。

サウジアラビア

近年、サウジアラビア政府は農業開発に大きな重点を置いている。かつては家畜の飼育を中心とした遊牧文化が栄えていたが、その生活様式は1960年代に終わりを迎えた。過去数十年で、サウジアラビアは農業生産において自給自足を達成し、デーツ、乳製品、卵、魚、家禽、果物、野菜、花などを輸出している。

灌漑と効率的な水資源管理は作物栽培において重要な役割を果たしている。サウジアラビアには世界の6大淡水化プラントのうち3つがあり(残りはイスラエル、UAE、エジプトにある)、この技術の導入が農業生産を支えている。

Lettuce grown in indoor vertical farming system. By Valcenteu - Own work, CC BY-SA 3.0.
Lettuce grown in indoor vertical farming system. By Valcenteu – Own work, CC BY-SA 3.0.

近年、サウジアラビアは地下水資源の枯渇に直面しており、この問題に対応するための措置が講じられている。現在、キング・アブドゥラー科学技術大学(KAUST)は、同国の農業分野を前進させるために持続可能な方法を開発している。2024年9月には、水の淡水化コストを最適化し削減するために、ナノフィルトレーション、電気透析、逆浸透などの技術を探る2年間のプロジェクトが開始された。

アラブ首長国連邦(UAE)

アラブ首長国連邦(UAE)の大部分は砂漠だが、技術革新の利用により農業の新たな機会が開かれている。上記の他の砂漠地域と同様に、UAEは農業スタートアップを積極的に支援し、この分野に多大な投資を行っている。

近年、これらの技術企業は、人工知能(AI)、ロボット工学、ハイドロポニクス(水耕栽培)、垂直農法、支援的なエコシステムの創造など、長年の課題に対する革新的な解決策を追求している。技術の急速な発展は、農業のような伝統的な産業においても多くの機会を開放している。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan

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国連はジェンダー平等の戦いに敗北するのか?

【国連IPS=タリフ・ディーン】

米国トランプ政権が職場での公平な待遇を促進するための取り組みであった「DEI(多様性、公平性、包括性)」を放棄したことが、国連にも波紋を広げている。

米国は現在、国連機関に対し、歴史的に差別を受けてきた少数派、特に女性を保護するDEIの撤廃を求めて圧力をかけている。すでに少なくとも1つの国連機関が米国からの介入を受けて、DEIに関するセクションを全面的に削除した。また、いくつかの国連機関が、DEIに言及しているウェブサイトの記述を削除しているとの報告もある。

President Donald Trump addresses the General Assembly’s 75th sessions back in September 2020. Credit: UN Photo/Rick Bajornas
President Donald Trump addresses the General Assembly’s 75th sessions back in September 2020. Credit: UN Photo/Rick Bajornas

米国の脱退や資金削減の脅威に直面し、一部の国連機関はトランプ政権に迎合する姿勢を見せている。米国はすでに国連人権理事会や世界保健機関(WHO)からの脱退を決定しており、ユネスコ(UNESCO)やパレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)も「再調査」の対象になっている。

先週、米国は国連人口基金(UNFPA)への3億7700万ドルの資金を削減したことが確認され、女性や少女に「壊滅的な影響」が及ぶと懸念されている。

さらに、複数の共和党議員が「アメリカ・ファースト」政策に反するとして、米国の国連脱退を求める法案を提出し、国連に対する脅威が強まっている。

3月13日、国連女性の地位委員会(CSW)年次会合のサイドイベントで、米国の経済社会理事会(ECOSOC)臨時代表であるジョナサン・シュライアー氏は次のように発言した。

「米国は国連において女性のエンパワーメントを擁護し続けていますが、女性の成果を損なうような“ジェンダー概念”の再定義には断固反対します。我々は、男女の生物学的・社会的な違いを認識し、称える政策を推進しており、必要であれば投票を求めてでも“アメリカ・ファースト”外交政策を推進します。」

『UN Dispatch』によれば、CSW開催前から米国は会議文書中のジェンダー平等への言及に反対し、「トランプ政権のDEIに関する大統領令に矛盾する」との理由で、会議全体を妨害しようとしたと報じられている。つまり、ジェンダー平等をテーマとする会議で、その言及すら妨げようとしたのだ。

今年1月に発令されたホワイトハウスの大統領令によると、行政管理予算局(OMB)の長官は「DEIや包括性(DEIA)に基づくすべての差別的なプログラム、政策、優遇措置、活動の終了を調整する」とされている。

国連人口部元部長であるジョセフ・チャミー氏は、「米国が国内でDEIを放棄する決定をしたことは、国連にとって深刻な影響を及ぼす」とIPSの取材に応じて語った。特にこの動きは、米国と国連の関係を再構築するだけでなく、国連機関全体の政策や実践にも影響を及ぼすと指摘している。

チャミー氏は、「多様性と能力主義のバランスをどう取るかは、多くの国や国連にとって重大な課題である。これは、民族、人種、言語、宗教、出自などに関するカテゴリーが偏見に基づいて使用される中で、より困難になっている。」と語った。

教育、雇用、移民、司法、軍、政治、スポーツなどさまざまな分野で、各国は多様性を優先するか能力主義を強調するかについて難しい判断を迫られており、米国と同様にDEIに懸念を抱く国々は、トランプ政権の姿勢に共感し、国連でのDEI推進を後退させる動きに賛同する可能性があるとの見方も示された。

『PassBlue』によれば、米国代表団はUN Women、UNICEF、WFP(いずれも米国人がトップ)などの理事会に対して、DEIに関する文言の削除を求めているといいます。

国連人口基金(UNFPA)の元副事務局長であり、現在はPathfinder Internationalの社長兼CEOを務めるプルニマ・マネ博士は、「米国のDEIからの撤退が、同国の支援に依存する他の団体にも波及し、慎重な姿勢を取るようになっている。」と語った。

ちょうど第69回CSWの開催時期にこうした動きが起きていることは、非常に皮肉だとしつつ、「DEIという言葉が変わったとしても、その根底にある理念と価値は国連の基本であり、守られなければならない」とマネ博士は強調した。

「国連加盟国は、DEIへの抵抗が国連の理念そのものを脅かす可能性があるという点について、率直に議論を行う必要がある。“自国第一”を掲げることが、共通の合意に基づく尊重の精神を忘れることにつながってはならない」と彼女は訴えた。

一方、ジュネーブにある国連貿易開発会議(UNCTAD)のエコノミストで、国連職員労働組合の元代表であるイアン・リチャーズ氏は、「国連がDEIを放棄しているというのは正しくない。」と語った。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、性別、人種、障害、出身地域、年齢、性自認に関する画期的な取り組みを推進し続けており、採用における目標設定、義務的研修、報告制度の導入など、具体的な措置が取られている。

2025年夏には、ポルトガル政府主催によるDEIに関する国際会議がリスボンで開催され、さらなる強化策が議論される予定だ。また、グテーレス事務総長は、職員がメール署名で自身の代名詞を選択する権利を認めるなど、多様性の尊重を継続している。(原文へ

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王政の亡霊がネパールを再び脅かす

元国王が凱旋帰国、支持者が空港に集結

【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】

ネパールの元国王ギャネンドラが日曜日の午後、カトマンズ空港に到着し、旗を振る支持者たちに迎えられた。彼はポカラから帰国し、国内各地で行われた王政復古支持の集会に参加していた。

ギャネンドラとその家族は、空港から支持者に伴われ、2008年の制憲議会による王制廃止以降、居住しているニルマル・ニワスの邸宅へと移動した。その後、2015年の憲法改正により、ネパールは連邦民主共和国へと移行した。

退位後、政治的な議論を避けてきたギャネンドラだが、先月のネパール民主主義記念日に際し、「国家を救うための役割を果たす意思がある」と発言した。これに呼応するかのように、最近ではソーシャルメディア上で王政支持の投稿や動画が急増し、かつての国王たちが「国際社会に敬意を持たれた真の愛国者」として称賛される傾向が見られる。

ギャネンドラを支持する王党派には、複数の王党派政党や反政府勢力が含まれており、ネパールの高齢化し機能不全に陥った指導者層や制度に対する国民の不満が、ついに臨界点に達したと主張している。

Nepali Times
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さらに、新興政党国家独立党(RSP)の指導者ラビ・ラミチャンが、協同組合の資金流用疑惑で捜査を受けるなど、既存の政党のみならず、新たな政治勢力への期待も急速にしぼんでいる。

ギャネンドラ復帰を強く支持する著名人の一人が、元BBCジャーナリストのラビンドラ・ミシュラである。彼はソーシャルメディアで積極的に王政支持の投稿を行い、スリランカ、バングラデシュ、シリアでの市民蜂起を引き合いに出し、ネパールの主流政治家に対して「王政支持の声を無視すべきではない」と警告している。

「主流派の政治家は王政復活の支持が広がっていることを過小評価してはならない。スリランカやバングラデシュの指導者たちのように、市民の声を抑圧しようとしてはならない」とミシュラは指摘した。

政府の対応と懸念

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長年、政権を握ってきたネパールの主流派政治家たちは、表向きには王党派を一蹴しているものの、街頭でのデモの広がりには警戒を強めている。

昨年、政府がTikTokを禁止した際、その理由を「社会の調和を保つため」と説明したが、実際には王政復活支持の動きを抑える狙いがあったとみられている。その後、TikTokの禁止は解除されたが、王党派はこれを利用し、かつての王政時代を「黄金時代」と称える投稿を拡散している。

また、元国王マヘンドラが1960年にドワイト・D・アイゼンハワー米大統領に迎えられた映像や、1983年にビレンドラ国王がドナルド・レーガン大統領と会談した映像がSNS上で拡散されており、「現在の首相たちの無能ぶり」と対比するコメントが相次いでいる。

若年層の王政支持の背景

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王政復古を求めるデモの参加者には年配層が多いものの、特に若年層の間でSNSを通じた王政支持の声が強まっていることが注目される。

1990年代半ば以降、何度も首相が交代し続けてきたネパールの現状に不満を持つ若者たちは、王政復古を「現政権に対する抗議の手段」として捉えている。

また、絶対王政時代を知らない世代が、王政を「安定した政治体制」として理想化している面もある。

ナガリク・デイリー』編集長グナ・ラジ・ルイテルは、日曜日の社説でこう指摘した。
「現在、王政を支持する人々は、過去の王政時代を経験していない世代であり、現在の政治に不満を抱いている層だ。」

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さらに、「我々の世代は、王政下の抑圧された時代を忘れてはいない。国民が自由に発言できなかった時代、国家機関が何の役にも立たなかった時代があった。」と述べた。

特に、ギャネンドラが2005年に軍事クーデターを起こし、議会を解散したことは、彼の父マヘンドラが1960年に行ったクーデターと重なる。多くの国民はこれを記憶しており、SNS上でも「王政支持」の投稿の中に、ギャネンドラを警戒する声が混じっている。

また、ギャネンドラが国王になった背景である2001年の王宮虐殺事件についても、いまだに「彼が黒幕だったのではないか」と疑う人々は少なくない。

政界の反応と今後の展望

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王政復活の動きが広がる中、K.P.オリ首相は先週、「ギャネンドラが本当に権力を望むなら、2027年の次期選挙に出馬すべきだ」と発言した。

また、他の政治指導者たちも、「ギャネンドラは2998年の制憲議会の決定と2015年の憲法を尊重すべきだ」と強調し、王政復活の動きに対抗している。

しかし、王党派の指導者たち(カマル・タパ、ラジェンドラ・リンデン、ラビンドラ・ミシュラなど)は「王政は選挙制度の枠外にある」と主張し、立憲君主制の復活を求めている。

「国王が選挙に出る必要はない。それは我々政治家の仕事だ」と、RPP-Nepal(王党派政党)のカマル・タパ党首はテレビインタビューで語った。「王政は国家の守護者であり、選挙政治の枠を超えた存在だ」と強調した。

しかし、王党派内でも意見は分かれており、絶対王政の復活」を求める強硬派と、「象徴的な立憲君主制」を支持する穏健派の間で対立が見られる。

ギャネンドラ自身は最近ブータンを訪問し王室待遇を受けたほか、インドにも頻繁に渡航しており、「ネパールを再び世界唯一のヒンドゥー王国に戻すべきだ」という声も聞かれる。

今後、王政復活の動きがどのように展開するのか、ネパール国内外で注目が高まっている。(原文へ)

INPS Japan/Nepai Times

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