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米国の軍事司教、戦争のさなかに注目を集める―米国で最も重要なカトリック指導者の一人

【ワシントンDC INPS Japan/ National Catholic Register=ヴィクトル・ガエタン

中東で戦火が広がる中、米軍を管轄する世界唯一の教区を率いる大司教は、バチカン外交と、戦地に立つ兵士たちが直面する重い倫理的現実との間で難しい舵取りを担っている。

イランとの戦争は、ティモシー・ブログリオ大司教にとって決して遠い世界の出来事ではない。

ブログリオ大司教は、米国軍事大司教区(Archdiocese for the Military Services=AMS)のトップとして、世界中に展開する米軍将兵とその家族を司牧する、米国唯一の「国境を持たない教区」を率いている。

昨年のクリスマスにブログリオ大司教が訪問したバーレーン、クウェート、カタールの3つの米軍基地は、その後、2月28日に米国とイスラエルが開始した対イラン戦争の中で、イランによる攻撃を受けた。

一方、教皇レオ14世の下でバチカンは、対話を尽くす前に国際法を軽視して軍事力に訴える動きへの懸念を強めている。そのような中、戦争と平和、人間の尊厳の優先という教会の教えを、極めて繊細な問題について公に示す役割を担うことが多いのがブログリオ大司教である。

Last December, Archbishop Timothy Broglio visited the only permanent U.S. military base in Africa, Camp Lemonnier in Djibouti, on the continent’s east coast. He met with U.S. Army Maj. Gen. Matthew Brown, commander of the Combined Joint Task Force-Horn of Africa. China, France, Japan, and Italy also operate military bases in Djibouti. (Photo: Sgt. Vivian Ainomugisha )
Last December, Archbishop Timothy Broglio visited the only permanent U.S. military base in Africa, Camp Lemonnier in Djibouti, on the continent’s east coast. He met with U.S. Army Maj. Gen. Matthew Brown, commander of the Combined Joint Task Force-Horn of Africa. China, France, Japan, and Italy also operate military bases in Djibouti. (Photo: Sgt. Vivian Ainomugisha )

世界80か国に広がる「国境なき教区」

ブログリオ大司教が率いる教区の規模は途方もない。

米国軍事大司教区には、世界80か国、750か所に及ぶ米軍基地で勤務する約180万人のカトリック信徒が所属しており、これは世界中の米軍関係者全体の約20~25%に相当する。

大司教はナショナル・カトリック・レジスター紙の取材に対し、次のように語った。

「現役の従軍司祭が500人いれば、必要な牧会活動を十分に行うことができます。」

しかし実際には、陸・海・空軍などを合わせても従軍司祭は約200人しかおらず、そのうち昨年10月時点で陸軍の現役および予備役として活動していたのは137人にとどまっていた。

バチカン外交を知り尽くした司教

ブログリオ大司教は、この困難な任務に極めてふさわしい経歴を持つ。

国際法にも精通した熟練の外交官であり、1990年から2001年まで11年間、ローマでヨハネ・パウロ2世教皇の国務長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿の主席秘書を務めた。

その後はドミニカ共和国教皇大使およびプエルトリコ使徒代表(2001~2007年)を歴任し、さらにパラグアイやコートジボワールでも教皇庁を代表する外交任務に携わった。

また、教皇レオ14世と同様に語学に堪能で、英語のほか、フランス語、スペイン語、イタリア語を自在に操る。

実際に会って話すと、その決断力と物事を的確に見極める姿勢が印象的である。質素な黒いスーツと司祭服のカラーを身に着けていなければ、四つ星提督と見間違えてしまうほどの威厳を備えている。

While in Djibouti, Africa’s smallest country with 1.1 million citizens, Archbishop Broglio visited a local Catholic school, together with Bishop Jamal Daibes, the country's only bishop, who was appointed by Pope Francis in 2024. (Photo: Senior Airman Michelle Ferrari)Public Domain
While in Djibouti, Africa’s smallest country with 1.1 million citizens, Archbishop Broglio visited a local Catholic school, together with Bishop Jamal Daibes, the country’s only bishop, who was appointed by Pope Francis in 2024. (Photo: Senior Airman Michelle Ferrari)Public Domain

五つの政権の下で米軍を支える

ブログリオ大司教は、2007年末にベネディクト16世教皇によって米国軍事大司教に任命された。

以来、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ジョー・バイデン、そしてドナルド・トランプ大統領の2期にわたる政権という、性格の異なる5つの政権の下でこの教区を率いてきた。

世界各地の米軍基地を頻繁に訪問し、ミサを司式し、秘跡を授け、兵士たちの霊的支えとなり、また現地の宗教指導者との交流も行っている。

軍務がもたらす「道徳的傷つき」

戦地での任務が兵士たちに与える影響について尋ねられると、ブログリオ大司教は次のように語った。

「兵士たちは非常に大きな影響を受けます。統計的に見ても、誰もが何らかの心の傷を負って帰還すると言ってよいでしょう。もちろん、すべてが精神疾患として診断されるほど深刻というわけではありません。しかし、何らかのトラウマを抱えて帰ってくるのです。」

とりわけ軍人が直面する倫理的葛藤について、大司教は**『モラル・インジャリー(Moral Injury=道徳的傷つき)』**という問題に向き合う重要性を強調した。

「戦時には、平時であれば決してしないような行為をせざるを得ないことがあります。そのため、心の癒やしが必要になるのです。」

こうした倫理的葛藤には、「道徳的に問題がある」と感じる命令に従わなければならない場合や、信仰生活を維持することが難しくなる任務も含まれる。

大司教は次のような実例を紹介した。

「今朝、イラク戦争に従軍した海兵隊員と話しました。彼は任務から戻って初めて、その日が復活祭の日曜日だったことに気づいたのです。熱心なカトリック信者でしたから、とても心を痛めていました。」

近年では、昨年9月に米国防総省がカリブ海および太平洋で麻薬密輸組織が使用していたとされる船舶を爆撃したことも、こうした倫理的問題を提起した。

これを受けてブログリオ大司教は昨年12月、次のような声明を発表した。

「麻薬との闘いにおいても、目的が手段を正当化することは決してありません。手段そのものが道徳的であり、常に一人ひとりの人間の尊厳を尊重するものでなければなりません。」

このメッセージは、2025年のカトリック・メディア協会賞において、「教区司牧メッセージ部門」最優秀賞を受賞した。

さらに復活祭の日曜日には、CBSテレビの報道番組『Face the Nation』に出演し、イランとの戦争について、「カトリックの教えに照らして正当化できる戦争ではない」と述べた。

司会者から、「そのような状況で従軍するカトリック信者にどのような助言を与えるか」と問われると、大司教は簡潔にこう答えた。

「できる限り危害を少なくし、罪のない人々の命を守るよう努めなさい。」

1999年のセルビア空爆―バチカン外交の最前線で

今年の対イラン空爆は、ブログリオ大司教が米国主導の軍事行動に直面した最初の経験ではない。

1999年、ヨハネ・パウロ2世教皇の国務省(国務院)に勤務していた当時、ブログリオ大司教は、米国とNATOに対し、カトリックと正教会双方の復活祭期間中だけでもユーゴスラビアへの空爆を停止するよう求める教皇庁の外交努力の一翼を担っていた。

教皇庁は、一時停戦が実現すれば交渉や人道支援の道が開かれると期待していた。しかし、ユーゴスラビア側が停戦に応じたにもかかわらず、NATOは正教会の復活祭の週末に空爆をさらに激化させた。

当時、米国とNATOは、コソボで行われているとされた「民族浄化」を阻止することを軍事介入の目的として掲げていた。

当時を振り返り、ブログリオ大司教はこう語る。

「宗教ごとの大切な祝祭日は、当然尊重されるべきだと私は考えています。その意味で、あの出来事は非常に残念でした。」

さらに、

「あのような外交的働きかけを行うときには、何らかの前向きな成果が得られることを期待します。ですから、空爆が止まらなかったことへの最初の感情は失望でした。」

と述べた一方で、現実も冷静に見据えていた。

「もっとも、そうした働きかけは常に現実を踏まえて行われます。中世の『パクス・ロマーナ(ローマによる平和)』の時代ではありません。教皇には、もはや自らの意思を各国に強制できるような権力はないのです。」

「好機を逃さない」という米国の伝統

記者はさらに、米国がイスラム教のラマダン(断食月)やイランの新年「ノウルーズ(Nowruz)」など、宗教的に重要な時期にも軍事行動を行うことは最近の傾向なのかと尋ねた。

ブログリオ大司教は、こう答えた。

「実は、アメリカ建国の父ジョージ・ワシントンも、クリスマスの日にイギリス軍への攻撃を指揮しています。ですから、アメリカには建国当初から『カルペ・ディエム(Carpe Diem)』、つまり『好機を逃さず行動する』という伝統が多少なりともあるのです。」

差別なのか、それとも無理解なのか

米国の外交・安全保障政策への懸念が高まる一方で、米国軍事大司教区は今年、大きな成果も勝ち取った。

EWTNニュースが昨年10月に報じたように、ブログリオ大司教は、米陸軍で働く信徒職員(カテキスト〈信仰教育担当者〉、カトリック共同体コーディネーター、典礼音楽担当者など)の突然の解雇に強く抗議した。

ブログリオ大司教は本紙の取材に対し、こう振り返る。

現在の従軍司祭だけでは、解雇された信徒職員が担っていた業務を到底補うことはできず、結果として礼拝活動そのものが大きく損なわれることになる。

そこでまず陸軍長官と陸軍従軍司祭総監に直接申し入れを行った。

A confirmation in the chapel at Camp Lemonnier on Dec. 19, 2025. (Photo: Sgt. 1st Class Kenneth Tucceri)Public Domain
A confirmation in the chapel at Camp Lemonnier on Dec. 19, 2025. (Photo: Sgt. 1st Class Kenneth Tucceri)Public Domain

しかし、状況は改善されなかった。

「話し合いで成果が得られなかったため、私は公開書簡を発表しました。そして、それが状況を動かしたのです。」

その結果、

「以前存在していたポストは、現在すべて復活しています。本当にうれしく思います。」

実際、『Military Times』によれば、米陸軍は今年1月から宗教支援スタッフの採用を再開している。

問題は予算ではなく「姿勢」

記者から「問題は予算不足だったのか、それとも宗教に対する姿勢だったのか」と問われると、ブログリオ大司教は即座に答えた。

「姿勢です。」

そして続けた。

「表向きは予算の問題だと言われました。しかし、本当はそうではありませんでした。」

さらに、大司教は軍の宗教環境について率直に語った。

「従軍司祭団はプロテスタント、とりわけ福音派の牧師が多数を占めています。そのため、多少の偏りがあることは否定できません。」

ただし、それは組織全体というよりも、重要な立場に就いている個人によるところが大きいという。

「全体として見れば、多くの人は協力的です。」

一方で、根本的な問題は「無理解」にあると指摘する。

「問題は、カトリック教会がどのようなことを必要としているのか、多くの人が知らないことです。私たちにとって何が重要なのかを理解していない人が少なくありません。」神の国を築く――若い兵士たちへの宣教

ブログリオ大司教は、2007年に軍事大司教への就任を受け入れた際、一つだけ予想していなかったことがあったという。

それは、教区の財政状況だった。

「ワシントンに着いて初めて、『この任命は断るべきだった』と思いました。」

と大司教は笑いながら振り返る。

「教区はほとんど破産状態で、私は資金集めの経験など全くありませんでした。しかし、それも学んでいくものです。」

現在では、資金調達だけでなく、軍に勤務する若いカトリック信徒のための新しい宣教モデルづくりにも力を注いでいる。

その代表例が**「チーム・セント・ポール(Team St. Paul)」**である。

これは、18歳から29歳までの軍人を対象に、米軍基地でフルタイムの宣教活動を行う新しい使徒職(アポストレート)である。

また、聖職者への召命(しょうめい)を育む取り組みも着実に成果を上げている。

例えば今年4月には、西海岸で開催された軍事大司教区の召命識別リトリートに、過去最多となる38人の男性が参加した。

軍のカトリック信徒にとって最も協力的だった政権

これまで仕えた5つの政権について尋ねられると、ブログリオ大司教は、ジョージ・W・ブッシュ政権とトランプ政権との関係が最も円滑だったと語った。

「私にとっては、その二つの政権の時代が最も仕事をしやすかったのです。」

一方、

「オバマ政権とバイデン政権では、軍を一種の『社会実験の場』として利用しようとする傾向がありました。」

と指摘した。

そして、

「ある時点では、『はい、承知しました』と言って命令に従うしかありませんでした。」

と振り返る。

具体例として、大司教はトランプ第1・第2政権が、ジェンダー・イデオロギーに基づく政策を終了させたことを挙げた。

「そうした社会実験の多くは大統領令によって導入されました。そして同じように、大統領令によって廃止されたのです。」

さらに、

「軍という組織は比較的保守的ですから、多くの人がこうした変化を歓迎したと思います。」

と述べた。

「正戦論」は「いかなる犠牲を払っても平和を守る」という意味ではない

最後にブログリオ大司教は、カトリック教会の**正戦論(Just War Theory)**について見解を語った。

まず、大司教はカトリックの社会教説に対する誤解を戒めた。

「危険なのは、カトリック社会教説を、何らかの社会民主主義的イデオロギーと同一視してしまうことです。」

同時に、正戦論についても別の誤解があると指摘する。

「もう一つの危険は、正戦論を『どんな犠牲を払ってでも平和を守ること』と同じ意味だと考えてしまうことです。」

そして、

「そのように描こうとする人もいます。しかし今日、アメリカが第二次世界大戦に参戦した必要性そのものを否定する人はほとんどいないでしょう。」

と語り、カトリック教会の正戦論は無条件の平和主義とは異なるとの認識を示した。

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。2024年4月、本記事の研究のためガエタン氏が初来日した際にINPS Japanの浅霧理事長が東京、長崎、京都に同行。INPS Japanではナショナル・カトリック・レジスター紙の許可を得て日本語版の配信を担当した(With permission from the National Catholic Register)」。英文の原文は同誌に掲載。

*ナショナル・カトリック・レジスター紙は、米国で最も歴史があるカトリック系週刊誌(1927年創立)

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同盟国が重荷となるとき

【ニューヨークIPS= アロン・ベン=メイアー

過去30年余りを振り返っても、一人の米国大統領にこれほどまで自らの外交・安全保障戦略を賭けた外国首脳はいないだろう。ベンヤミン・ネタニヤフ首相ほど、ドナルド・トランプ大統領に深く依存した指導者はいなかった。|英語版

トランプ大統領は米国大使館をエルサレムへ移転し、2015年のイラン核合意(JCPOA)から離脱し、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認した。そして2026年2月には、ネタニヤフ首相が30年以上にわたり米国に働きかけ続けてきた対イラン戦争の口火を切る攻撃に、米国もイスラエルとともに踏み切った。

両者の蜜月関係は揺るぎないものに見えた。しかし、その関係は決して無条件ではなかった。両者の利害が一致していることが、その前提だったのである。

ところが2026年6月、その利害は決定的に食い違った。この決裂は、ネタニヤフ首相が長年目を背けてきた現実を浮き彫りにした。イスラエルの安全保障と自身の政治的延命が相反する局面では、彼は国家ではなく、自らの生き残りを優先するという現実である。

両者の決裂の引き金となったのは、一通の覚書だった。

6月17日、トランプ大統領は、パキスタンの仲介によってまとめられた「イスラマバード覚書」に署名し、自ら開戦を後押ししたイランとの戦争に正式な終止符を打った。

14項目から成るこの枠組みは、レバノンを含むすべての戦線での恒久的な敵対行為の停止、ホルムズ海峡の再開放、イラン港湾に対する米海軍の封鎖解除、イラン産原油輸出への制裁免除を盛り込んでいる。さらに、米国と地域諸国が総額3,000億ドル規模の復興基金を設立し、世界各地で凍結されているイラン資産の段階的解除に向けた交渉を進めることも明記された。

しかし、この合意には、イスラエルが戦争によって達成しようとしていた核心的な目的が欠けていた。

イランの核開発問題をめぐる交渉は後日に先送りされ、弾道ミサイルや地域の代理勢力については何も盛り込まれていなかった。

要するに、トランプ大統領が望んだのは、短期戦によってイランを交渉の場に引き出すことだった。一方、ネタニヤフ首相が望んでいたのは、イランを中東の地域大国として再起不能なほど弱体化させることだった。

戦闘が続いている間、この二つの構想は共存できた。しかし、和平が現実味を帯びた瞬間、両者の両立は不可能となった。

そこでネタニヤフ首相は、この和平を葬ろうと動き出した。

ベザレル・スモトリッチ財務相は、この合意を「イスラエルにとっても自由世界にとっても悪いものだ」と非難した。イタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相も、「トランプ氏の合意はわれわれを拘束しない」「イスラエルは米国に従属しているわけではない」と公言した。そしてイスラエル軍は、レバノンへの空爆を続けた。

6月14日、合意文書への署名が数時間後に迫る中、イスラエルはベイルートを攻撃した。これに激怒したトランプ大統領は、直ちにネタニヤフ首相へ電話をかけた。

その電話は、外交儀礼とは程遠いものだった。

トランプ大統領はネタニヤフ首相に対し、「ビビ、気を付けた方がいい。さもないと、近いうちに本当に孤立することになる」と警告した。

さらにその後の電話では、やり取りはいっそう激しさを増した。米政府関係者の説明によれば、トランプ大統領はネタニヤフ首相を「正気ではない」と非難し、恩知らずだと責めたうえで、「私がいなければ、君は今ごろ刑務所にいただろう」と突き放したという。

この最後の一言こそ、すべてを物語っている。

ネタニヤフ首相に残された唯一の政治的命綱は、戦争である。

イスラエルが戦争を続けている限り、選挙は行われない。選挙がなければ、彼は政権にとどまり続けることができる。そして政権の座にある限り、失脚の時まで、自らに対する汚職裁判を先送りし続けることができる。

ネタニヤフ首相にとって、和平は単に不都合なものではない。それは、自らの政治生命を脅かす存在なのである。

米情報機関は、ネタニヤフ首相がトランプ大統領のイラン和平構想を積極的に破綻させようとしているとホワイトハウスに警告したと報じられている。また、複数の分析者は、トランプ大統領が自国の同盟国を相手に仲介役を務めなければならない状況に追い込まれていると指摘した。

戦争を求め続けてきた人物が、今や和平実現の最大の障害となったのである。

そして、世界に向けて示されることになった決定的な場面が訪れた。

6月18日、J・D・ヴァンス副大統領はホワイトハウスの演壇に立ち、近年の米政権がイスラエルに向けたものとしては異例の厳しい叱責を行った。

「ドナルド・J・トランプ大統領は、今この世界でイスラエルに理解を示している唯一の国家指導者である。」

「もし私がイスラエル政府の閣僚なら、自国に残された唯一の強力な同盟国を攻撃するようなことはしない。」

さらに彼は、警告とも脅しとも受け取れる言葉を続けた。

「過去3か月間、イスラエルの本土を守ってきた防衛兵器の3分の2は、米国人の手によって造られ、米国の納税者の負担によって賄われたものだ。」

そして、イスラエルの問題はトランプ大統領にあると考えている者は、「現実を直視すべきだ」と付け加えた。

それは、イランとの和平合意を守るために、イスラエルの空を守る兵器を誰が供給しているのかを突きつける警告だった。

しかし、この警告は聞き入れられず、その代償は膨らみ続けている。

6月19日には、米国とイランの実務者協議がスイスのビルケンシュトックで開かれる予定だった。しかし、その前夜、イスラエル軍がレバノン南部を空爆し、レバノン保健省によれば47人が死亡、多数が負傷した。

イランは、戦闘停止が保証されない限り協議には応じないと主張した。

ヴァンス副大統領は訪問を取りやめ、協議は決裂した。

翌20日、イランは、イスラエルの攻撃は合意違反に当たるとして、ホルムズ海峡を再び封鎖すると発表した。

ヴァンス副大統領が和平合意の維持に奔走する一方で、スモトリッチ財務相は公然とこう述べた。イスラエルは、ヒズボラが武装解除するまで「必要な限り何年でも」レバノン南部に駐留し続け、撤退するつもりはない。そして、この方針には首相も同意している、と。

それは、イスラエル最大の後ろ盾である米国が自らの外交的威信を懸けて築こうとしていた和平を、意図的に妨害するための発言だった。

ここに問題の核心がある。そしてそれは、ネタニヤフ首相、スモトリッチ財務相、ベン=グヴィル国家安全保障相が理解しようとしない点でもある。

イスラエルは、財政面でも、軍事面でも、外交面でも、米国にほぼ全面的に依存している。

ワシントンは、国際社会からの批判を受け止め、国連安全保障理事会で拒否権を行使し、イスラエルの兵器庫を補充し続けてきた存在である。

トランプ大統領自らが署名した和平合意に公然と反旗を翻すことは、大胆な国家戦略ではない。

それは、イスラエルが決して失うことのできない唯一の同盟国に対する侮辱であり、自らの政権維持と国家利益を混同した政府による危険な誤算である。

その影響は、この一件だけでは終わらない。

U.S. and Israeli army officers talk in front a US Patriot missile defense system. Credit: Jack Guez/Getty Images Source: Council on Foreign Relations

いま米国が求めているのは、安定した中東、開かれた海上輸送路、そして終わりなき戦争ではなく、イランとの管理された外交関係である。

一方、ネタニヤフ首相が必要としているのは、戦争そのものだ。

これは、一時的な政策の違いではない。

両者は構造的に相容れず、ネタニヤフ首相が権力の座にある限り、この衝突は繰り返されるだろう。

長年にわたりイスラエルの安全保障を支えてきた米イスラエル関係の構図は、静かに反転した。

かつての敵は交渉相手となり、不可欠だった同盟国は足かせとなったのである。

この関係は、首脳会談や友好を演出する写真撮影によって修復されるものではない。

修復されるとすれば、それは、自らの政治生命を戦争の継続に依存しない指導者がイスラエルに誕生した時だけである。

それまでは、この亀裂は一時的に耐え忍ぶべき危機ではない。新たな常態である。

ネタニヤフ首相の傲慢な厚顔さは、ついに自らに跳ね返ってくることになるだろう。

アロン・ベン=メイアー博士は、人道的紛争解決研究所(Institute for Humanitarian Conflict Resolution)所長。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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被爆者の記憶を未来へ―軍縮教育が拓く核兵器なき世界(砂田智映SGI平和センター軍縮・人権部長)

【東京INPS Japan=砂田智映】

2025年、広島・長崎への原爆投下から80年という節目を迎えた。しかし、その足元にある国際情勢は、これまでにないほど緊迫し、混迷を極めている。|英語版

ウクライナや緊迫する中東情勢など、世界各地で新たな紛争の火種が広がっている。核兵器の使用の威嚇や核施設への攻撃など、核の脅威は高まり続ける一方だ。国際社会がいまだ「核の抑止力」という思考から脱却できず、自国の安全保障のために核を必要とする姿勢に固執している現状に、深い危機感と焦燥感を禁じ得ない。核兵器が存在し続ける限り、人類滅亡の脅威は常に私たちの隣にある。

Credit: Soka Gakkai

この深刻な状況を打破すべく、創価学会インタナショナル(SGI)では、草の根の平和軍縮教育や意識啓発運動を続けている。その取り組みの一つが、「被爆者の肖像―80年の記憶」展である。芸術の力で被爆の実相を伝えるこの展示では、広島・長崎の被爆者52名の肖像と平和へのメッセージを伝えている。

展示会場で、忘れられない出会いがあった。母親と来場した中学二年生の女子生徒である。彼女はこれまで、原爆投下の事実を詳しく知らなかったという。初めて目にする凄惨な事実にショックを受け、途中で泣き出してしまった。

しかし、彼女は勇敢にも、もう一度最初のパネルから展示を見直したのである。そして、52名の被爆者たちのメッセージを、一文字一文字、丁寧にノートに書き写していった。「家に帰ったら作文にして、クラスメイトと共有したい」―そう語ってくれた彼女は、後日、約束通り作文を書き上げ、その作品が市の冊子に掲載されたという嬉しい報告をもらった。原爆を知らなかった一人の少女が、展示をきっかけにただ知識を得るだけでなく、被爆の実相を周囲に語り継ぐ「主体者」へと見事に成長を遂げた。その姿に深い感動を覚えるとともに、私は教育が持つ無限の可能性と重要性を、改めて痛感したのである。

では、私たちが進めるべき「軍縮教育」で最も大切なものとは何だろうか。被爆者である小倉桂子さんの言葉が、その核心を示している。 「軍縮教育で最も大切なのは、『他者の痛みに対する想像力』です。海の向こうで泣いている子がいたら、その涙を自分のこととして感じられるかどうか。もしここに核兵器が落ちたら、自分の愛する家族はどうなるのか。その具体的な痛みを想像できる人を一人でも増やすことが、核兵器を『使わせない』最大の抑止力になります」

いざ平和が崩れた時に、心と身体に消えない傷を負い、涙を流すのは誰なのか。その具体的な痛みに想像力を働かせることができる人間を、一人でも多く育てること。それこそが、核のボタンを押させないための最も強固な壁となるはずだ。

国際情勢がどれほど絶望的に見えようとも、私たちは希望を失わず平和を訴えていく。現実を変えていく力は、私たち一人ひとりの「人間の意志」の中にこそあると確信するからだ。そして、その意志を育み、連帯2させていくものこそが教育の力に他ならない。

核兵器のない世界の実現という、険しくも絶対に成し遂げねばならない目標へ向け、目の前の一人との対話、そして草の根レベルでの行動を、粘り強く続けていきたい。

本稿は、INPS Japan創価学会インタナショナルと推進している核廃絶メディアプロジェクトの報告書(2025年4月~26年3月までに配信されたプロジェクト記事をまとめたもの)に寄稿されたものである。

INPS Japan

Toward a World without Nuclear Weapons
Toward a World without Nuclear Weapons

INPS Japan

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平和に賭けるオマーン ―「賢明な中立」が示す中東外交の新たな可能性

【INPS Japan/London Post=モハメド・サブリーン】

数十年に一度とも言える激動の時代を迎えている中東において、ハイサム・ビン・ターリク国王の指導の下、オマーン国は独自の外交路線を貫いている。|英語版

その外交は、対立する陣営のいずれかに与する「陣営外交」や二極化を基盤とするものではない。対話こそが、安全保障と安定を実現するための最もコストが低く、持続可能な手段であるという信念に基づいている。

穏健な外交姿勢で知られる首都マスカットは、ホルムズ海峡の将来をめぐる懸念を払拭するとともに、国際法の原則を堅持する姿勢を改めて示した。

ハイサム国王のフランス訪問を前に、オマーンのバドル・アル・ブサイディ外相は、モンテカルロ・インターナショナル・ラジオとの独占インタビューで、オマーンはホルムズ海峡を通航する船舶に通行料を課すことに反対しており、それは「国際法上認められていない」との立場を明確にした。

一方で、船舶会社との間で、自発的な「海事サービス」に関する協力を協議する可能性は排除しなかったものの、航行の自由と国際法を尊重する姿勢に変わりはないと強調した。

こうした発言は、オマーンがイランと米国との間で締結された覚書の履行を支援するとともに、地域の緊張緩和に向けた外交努力を続ける中で行われたものである。

ホルムズ海峡の安全確保

アル・ブサイディ外相は、ホルムズ海峡について、世界経済のみならずイランを含む地域諸国にとって極めて重要な海上交通路であることから、「すべての国にとって安全で、安心して、自由に航行できる海峡であり続けること」をオマーンは重視していると述べた。

また、マスカットとテヘランの対話は、将来のいかなる取り決めも国際法に合致することを前提としていると説明した。

オマーンは国連海洋法条約(UNCLOS)を遵守しており、海峡に関する新たな制度も国際法の枠内で構築されるべきだとの立場を示した。

ホルムズ海峡の利用料徴収をめぐる議論についても、オマーン政府は通航料の徴収には反対する姿勢を改めて表明した。

しかしその一方で、航行安全の向上、緊急時対応、海洋汚染対策などの海事サービスについては、マラッカ海峡やシンガポール海峡で採用されている仕組みを参考にした協力の可能性を検討する余地があるとしている。

こうした制度は、海峡を利用する各国や海運企業との協議を経て導入されるべきものであり、その目的は新たな負担を課すことではなく、航行の安全性とサービスの質を向上させることにあると外相は強調した。

「対話」を国家のアイデンティティとする外交

アル・ブサイディ外相の発言は、オマーンが対話を外交の柱としていることを改めて示している。

近年、米国とイランの仲介役を務めてきた同外相は、単に湾岸諸国の代表としてではなく、武力が外交に取って代わりつつある時代にあって、「対話そのもの」の価値を擁護する外交官として語った。

オマーン外交の最大の特徴は、仲介を一時的な戦術や政治的利益を得るための手段とは考えず、国家としてのアイデンティティそのものと位置付けている点にある。

Map of Oman Credit: Wikimedia Commons

数十年にわたり、マスカットは対立する当事者すべてとの対話の窓口を維持してきた。その結果、深刻な分断が続く中東において、極めて希少な信頼を獲得している。

実際、この外交姿勢は単なる「消極的中立」ではない。

戦争を未然に防ぎ、対立を橋渡しすることを目的とした、積極的な関与なのである。

そのためオマーンは、イラン核問題をはじめ数多くの地域紛争において、秘密交渉・公開交渉双方の重要な舞台となってきた。

アル・ブサイディ外相は、解決の好機が存在したにもかかわらず交渉が停滞したことに遺憾の意を表し、外交努力を損なうことは地域の安定にも国際社会の安全保障にも資するものではないと指摘した。

交渉に代わるものは、さらなる緊張と不確実性しかないというのである。

現実主義に基づく地域秩序

こうした考え方は倫理的理念だけから生まれているのではない。

中東という地域の現実を冷静に見据えた結果でもある。

中東はもはや新たな戦争に耐えられる状況ではない。

また、湾岸地域の安全保障は、地域だけの問題ではなく、エネルギー安全保障、国際貿易、そして海上交通路の安全と密接に結びついている。

そのためオマーンは、対話、相互尊重、内政不干渉を柱とする地域安全保障体制の構築を目指している。

これらはいずれも、数十年にわたりオマーン外交を支えてきた基本原則である。

軍事力だけでは平和は築けない

アル・ブサイディ外相の発言からは、軍事力によって地域秩序を再編しても真の安定は実現できないという認識もうかがえる。

特にパレスチナ問題をはじめとする政治的公正を欠いた地域秩序は、どれほど強固に見えても、いずれ崩壊する運命にあるとの見方を示している。

近年の経験は、軍事力が一時的に勢力均衡を変えることはできても、恒久的な平和を生み出すことはできないことを証明している。

時間がかかり、複雑であっても、持続的な平和を築く唯一の道は対話なのである。

「オマーン・モデル」の重要性

中東が急速な変化を迎える現在、オマーンの外交モデルはこれまで以上に重要性を増している。

特定の陣営に立つ国よりも、あらゆる当事者と対話できる国の価値が高まっている。

信頼される仲介者は、新しい地域秩序を支える不可欠な存在となっている。

ハイサム国王の下でのオマーン外交を特徴づけるのは、「賢明な中立(Smart Neutrality)」という長年の外交哲学を継承している点である。

この中立は単なる傍観ではない。

国家としての自主的な意思決定を守りながら、陣営対立や二極化に巻き込まれることなく、すべての関係国との対話を維持する能力を意味する。

マスカットは、この外交哲学を真の国力へと昇華させた。

競合する地域大国や世界の主要国すべてと均衡ある関係を維持できる数少ない国家となっているのである。

静かな尊敬を集める外交

ハイサム国王が国際社会から厚い信頼を集めている最大の理由は、実現できない約束や過度なレトリックを掲げないことにある。

現実主義、冷静さ、そして約束を確実に履行する姿勢を一貫して貫いてきた。

その結果、オマーンの発言は、中東のみならず国際社会の重要課題においても大きな重みを持つようになった。

オマーンの経験は、「知恵」は「力」の対極ではなく、むしろ力の最も持続的で影響力ある表れであることを示している。

知恵が国家としての自主性と均衡感覚に支えられるとき、その国は声高に主張することなく、自然と尊敬を集めることができる。

だからこそ今日、オマーンは単なる危機の仲介者ではない。

それは、「知恵は時として武力以上の影響力を持ち、敵対する者同士に橋を架けることこそが、戦場では決して得られない戦略的成果を生み出す」**ことを世界に示す、一つの外交モデル

モハメド・サブリーンは、エジプトの有力紙**『アル・アハラム』**の編集責任者(Managing Editor)。国際情勢、中東の地政学、アジア問題、環境問題、持続可能な開発を専門とするシニア・ジャーナリスト兼アナリストであり、United World Research Centerのシニア・エキスパートも務める。また,『Al-Ahram Weekly』(エジプト)、『Al-Masry Al-Youm』(エジプト)、『The Korea Times』(韓国)、『New Straits Times』(マレーシア)、新華社通信、中国日報(China Daily)、『China Today』(中国)、『Al-Sabah』(イラク)、『Ad-Dustour』(ヨルダン)、『An-Nahar』(クウェート)**など、数多くの国際メディアで定期的にコラムを執筆している。

INPS Japan

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武力紛争、資金削減、サプライチェーンの混乱が世界の飢餓リスクを一段と深刻化

【国連本部IPS=マクシミリアン・マラウィスタ

武力紛争、経済的混乱、そして気候変動による圧力が、世界で最も脆弱な地域における食料不安を一層深刻化させている―。国連世界食糧計画(WFP)と国連食糧農業機関(FAO)が共同で公表した最新の「飢餓ホットスポット報告書(2026年6~11月見通し)」は、このように警告している。|英語版

報告書は、2026年6月から11月にかけて深刻な食料不安の悪化が予測される13の「飢餓ホットスポット」を分析した。その中でも、イエメン、パレスチナ自治区、スーダン、南スーダン、ソマリア、ナイジェリア、ハイチが、特に深刻な懸念地域として挙げられている。

報告書によれば、13地域のうち12地域で、食料不安を引き起こす最大の要因は武力紛争である。

さらに、過去5年間で世界の紛争件数は約2倍に増加し、2025年には世界人口の6人に1人が武力紛争や暴力の影響を受けたとしている。

また、2025年時点で約1億1,730万人が強制的な避難を余儀なくされており、受け入れ地域の負担を著しく増大させるとともに、食料不安をさらに深刻化させているという。

複数地域で飢饉の危険性

報告書は、複数の地域で飢饉(Famine)の危険性が依然として続いていることにも警鐘を鳴らしている。

中でもスーダンは世界で最も深刻な食料危機の一つに直面していると指摘された。

さらに、イエメン、ガザ地区、南スーダン、ソマリアでも飢饉発生の危険性が続いている。

また、ナイジェリアとソマリアについては、食料安全保障の見通しが一段と悪化したことから、警戒レベルが最高水準へ引き上げられた。

今後の見通し期間中、両国では人口の大部分が壊滅的なレベルの食料不安に直面する可能性があるとしている。

特にナイジェリアでは、約3,480万人が深刻な急性食料不安に直面すると予測されており、すべてのホットスポットの中で最大規模となる見込みである。

サプライチェーンの混乱が危機を増幅

食料不安の最大要因は依然として武力紛争だが、経済的圧力やサプライチェーン(供給網)の混乱も新たな脆弱性を生み出している。

6月18日に行われた報告書発表会で、WFPとFAOの担当者は、世界の物流網の混乱が食料危機をさらに悪化させる恐れがあると警告した。

London Post
ホルムズ海峡  資料:ロンドンポスト

FAOによれば、世界の石油供給量の約4分の1と、世界の肥料貿易の約3分の1がホルムズ海峡を通過している。

そのため、海峡で輸送が妨げられれば、燃料価格や輸送費、保険料、さらには肥料価格までもが上昇する可能性がある。

FAOは、こうした影響が連鎖的に広がることで、人道支援活動のコストが増加し、食料価格が上昇するとともに、すでに深刻な食料不安に直面している人々への支援物資の到着が遅れる恐れがあると指摘している。

もともと購買力が極めて低い世帯や、慢性的な資金不足に苦しむ人道支援機関にとって、こうしたコスト増加は極めて深刻な影響を及ぼす。

気候変動リスクも拡大

WFPとFAOは、気候変動によるリスクも高まっていると警告する。

特にエルニーニョ現象によって降雨パターンが不規則となり、多くの脆弱地域で農業生産が混乱する可能性があるという。

半減した支援資金、倍増した飢餓人口

一方で、人道支援機関は、対応に必要な資金そのものを失いつつある。

WFPとFAOによれば、人道支援機関への資金提供は2022年から2025年の間に約59%減少した。

これは2016~2017年当時と同程度の低水準である。

しかし同じ期間に、深刻な急性食料不安に直面する人口は約2倍に増加した。

つまり、人道支援機関は2016~2017年当時の半分以下の資金で、2倍の支援対象者に対応しなければならない状況に置かれている。

支援ニーズが増え続ける一方で資金は減少しており、多くの機関は支援規模の縮小を余儀なくされている。

「地域で食料を生産することが解決策の一つ」

インタープレスサービス(IPS)は記者会見で、サプライチェーンの混乱への対応策について質問した。

これに対し、FAO緊急・レジリエンス局長のライン・ポールセン氏は、地域での食料生産能力を強化することが解決策の一つだと語った。

同氏は、スーダンでは1,770万ドルの投資によって約5億1,500万ドル相当の食料生産が実現したと説明した。

また、一部地域では、紛争や物流混乱が続く中でも、雑穀(ミレット)栽培によって数十万世帯の生活を支えることができたという。

「地域での生産を重視することが答えの一部です。」

ポールセン氏はそう強調した。

FAOによれば、このミレット生産プログラムでは、1ドルの投資につき約29ドル相当の食料生産が実現した計算になる。

飢饉は防ぐことができる

A local farmer harvests sorghum produced from seeds donated by the Food and Agriculture Organization (FAO) through the “Improving Seeds” project. Credit: FAO/Fred Noy

WFPとFAOは、現代の飢饉の多くは予測可能であり、防ぐことも可能だと強調している。

そのためには、

  • 継続的な資金提供
  • 人道支援への安全なアクセス
  • 危機が深刻化する前の早期対応

が不可欠である。

両機関は、こうした取り組みこそが、深刻な食料不安が破局的な飢饉へと発展するのを防ぐ鍵になると訴えている。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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核時代からAI時代へ―人類は新たな平和の枠組みを築けるか

【バチカンシティINPS Japan=浅霧勝浩

広島と長崎への原子爆弾投下によって人類が核時代に突入してから、すでに80年以上が過ぎた。いま世界は、科学や産業の領域をはるかに超える影響をもたらす、もう一つの技術革命に直面している。核兵器は今なお、わずか数時間のうちに文明を破壊し得る力を持つ。その一方で人工知能(AI)は、軍事計画、情報収集、サイバー作戦、戦略的意思決定のあり方を急速に変えつつある。こうした変化は、第2次世界大戦後に築かれた国際制度が、そもそも想定していなかったものである。|英語版

Global Nobel Laureates Assembly on AI and Nuclear War

このような状況を背景に、ノーベル賞受賞者約30人とノーベル賞受賞団体の代表、元国家元首・政府首脳、AI研究の第一人者、科学者、カトリック関係者、市民社会の代表らを含む200人以上が、7月14日から16日まで、カステル・ガンドルフォの教皇庁庭園内にあるボルゴ・ラウダート・シに集う。

「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」には、科学、技術、平和構築、倫理の分野で世界を代表する人々が参加し、21世紀を特徴づける重要な問いに向き合う。

人工知能は平和を築く力となり得るのか。それとも、すでに不安定化している核時代において、戦争の危険をさらに深刻化させるのか。

3日間にわたる会議は7月16日にローマで閉幕し、「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。同宣言は、人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、デジタル・ガバナンス、新たな技術開発モデルに対応するための原則と提言を示すことを目的としている。

戦略的岐路に立つ世界

この会議が今、開催されるのは偶然ではない。

国際安全保障環境は、かつてなく不安定になっている。ロシアによるウクライナ侵攻は、冷戦後の欧州安全保障秩序を揺るがしている。中東で続く紛争は、さらに広範な地域的エスカレーションへの懸念を高めた。主要国間の関係が悪化するなか、核兵器をめぐる威嚇的な言説も、ここ数十年見られなかったほどの激しさで国際政治に戻ってきた。

同時に、9つの核保有国すべてが核戦力の近代化、あるいは拡張を進めている。かつて戦略的競争を管理する役割を担っていた軍備管理の枠組みの多くは弱体化し、失効し、あるいは政治的に機能不全に陥っている。対立国間の意思疎通の経路も狭まり、誤解や誤算が重大な危機を招く危険性が高まっている。

AIは、こうした不安定な環境のなかへ、驚異的な速度で入り込みつつある。

AIシステムはすでに、膨大な情報の処理、パターンの特定、軍事計画の支援、サイバー能力の強化、従来は人間が数時間から数日をかけて行っていた判断の迅速化を可能にしている。将来的には、危機予防、軍縮検証、早期警戒を支援する新たな手段となる可能性もある。

しかし、同じ能力が危機を一層危険なものにする恐れもある。

AIは、緊急時に政治指導者や軍指導者が判断を下すまでの時間を短縮させる可能性がある。不正確あるいは誤解を招く分析を生成し、偽情報を増幅し、指揮統制システムをサイバー攻撃に対して脆弱にし、国家が自動化技術により多くの権限を委ねることを促しかねない。

中心的な懸念は、機械が独自の判断で核兵器の発射を決定することだけではない。より差し迫った危険は、情報が不完全で、一度の誤りが取り返しのつかない結果をもたらす極度の緊張状態において、AIが生成した情報、予測、提言が人間の意思決定に影響を及ぼすことである。

人類はしたがって、これまで経験したことのない課題に直面している。

問われているのは、核兵器をどのように管理するかだけではない。技術革新が政治的判断力を追い越してしまう前に、人工知能、軍事力、核使用をめぐる意思決定の関係をいかに統治するかという問題である。

なぜバチカンなのか

Presidente da República, Luiz Inácio Lula da Silva, durante audiência com Sua Santidade o Papa Leão XIV. Biblioteca do Palácio Apostólico, Vaticano.

Foto: Ricardo Stuckert / PR

開催地にバチカンが選ばれたことには、深い象徴的意味がある。

教皇庁は核兵器を保有せず、通常の意味での軍事力もほとんど持たない。しかし、世界の大多数の国々と外交関係を結び、戦争と平和をめぐる議論において、人間の尊厳、道義的責任、民間人の保護を中心に据えるよう、長年にわたり訴えてきた。

会議が開かれるボルゴ・ラウダート・シは、カステル・ガンドルフォの教皇別荘庭園内に設けられた教育・環境施設である。主催者によれば、今回の会議は、AI時代における人間の保護を主題とする教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス』の理念に触発されている。

会議が掲げる「非武装かつ軍縮を促す平和」という理念は、単に戦争が存在しない状態を超えた平和観を示している。

「非武装の平和」とは、軍事力を際限なく増強することによって安全を恒久的に維持できるという考えを否定するものである。「軍縮を促す平和」とは、兵器を削減するだけでなく、軍事化を持続させる政治的不安、国家間の対立、経済構造そのものを変革しようとする考え方である。

この視点によって、議論は単なる技術的安全性の問題を超えていく。

ますます強力になる技術が政治、経済、情報、戦争のあり方を変えるなかで、人類はどのような社会を築こうとしているのか。それはまた、技術革新が人間の尊厳に従属し続けるのか、それとも人間が自ら生み出した技術に徐々に従属していくのかという、より根源的な倫理的問いを突きつけている。

政府だけでは解決できない時代

今回の会議の最も重要な特徴の一つは、未来を形づくるあらゆる技術を、もはや政府だけで統治することはできないという現実を認識している点にある。

冷戦時代、核外交の中心的主体は国家だった。核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)などの取り決めは、核兵器、運搬手段、核兵器製造に必要な物質を国家が管理していたからこそ、政府間交渉によって形成された。

しかし、人工知能をめぐる現実は根本的に異なる。

現在、世界で最も高度なAIシステムの多くを開発しているのは、政府だけでなく、民間企業、大学、研究機関である。テクノロジー企業のなかには、多くの政府に匹敵し、場合によってはそれを上回る計算資源、データ、専門知識を保有するところもある。企業の研究部門内部で下される決定が、世界規模の政治的、社会的、安全保障上の影響をもたらし得る時代なのである。

したがって、効果的な統治には、従来型の外交を超えた仕組みが必要となる。

国家、テクノロジー企業、科学者、大学、国際機関、宗教界、市民社会による持続的な協力が不可欠である。

だからこそ今回の会議では、ノーベル賞受賞者、AI企業、世界有数の大学・研究機関、核軍縮団体、バチカンを中心とするカトリック関係者、そして仏教を基盤とする創価学会などの市民社会組織が一堂に会する。

参加者や協力機関には、OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、AARUの関係者をはじめ、ノーベル女性イニシアチブ、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、パグウォッシュ会議、ユヌス・センター、『原子力科学者会報』などが含まれている。

Global Nobel Laureates Assembly on Artificial Intelligence and Nuclear War
Global Nobel Laureates Assembly on Artificial Intelligence and Nuclear War

また、欧州、アジア、北米、オーストラリアを代表する大学・研究機関も参加する予定である。

この会議の意義は、参加者の知名度だけにあるのではない。そこに代表されている分野と共同体の多様性にこそある。

政府だけに依存するのではなく、科学、技術、倫理、宗教、市民社会が共通の存亡的リスクに向き合い、接点を見いだそうとする、新たな国際ガバナンスの姿をこの会議は映し出している。

核弾頭からアルゴリズムへ

核時代の大部分において、軍備管理交渉が対象としてきたのは物理的な物体だった。核弾頭、ミサイル、爆撃機、潜水艦、核物質、核実験施設などである。

AI時代は、これまでとは異なる課題をもたらす。

アルゴリズムはミサイルのように目に見えるものではない。ソフトウェアは短期間で変更でき、データはほぼ瞬時に国境を越える。平和目的で開発された民間システムが、軍事目的に転用されることもある。重要な技術がコードやネットワーク、民間企業が管理する計算基盤の内部に組み込まれている場合、検証、説明責任、透明性の確保は格段に難しくなる。

将来の軍備管理や安全保障の枠組みは、兵器そのものだけでなく、その使用に関する情報を提供し、運用を誘導し、意思決定を加速させるデジタルシステムまで統治しなければならない可能性がある。

かつては理論上の問題とみなされていた問いが、急速に現実味を帯びている。

人工知能を核兵器の指揮統制システムに組み込むことを、果たして認めるべきなのか。自律型兵器に対して、どの程度の人間による監督を維持しなければならないのか。危機の最中に複数のAIシステムが相反する警告を発した場合、国家はどう対応すべきなのか。民間のAI企業が開発した製品が軍事目的に転用された場合、企業にどのような責任を求めるべきなのか。そして、信頼できる安全措置を構築できる国際機関は存在するのか。

今回の会議が、これらすべての問いに3日間で答えを出すことはできない。

しかし、核問題の専門家、ノーベル賞受賞者、AI開発者、研究者、宗教関係者、平和活動家を同じ場に集めることで、これまで互いに切り離されたまま進められてきた議論に、共通の言語をもたらす可能性がある。

国際ガバナンスの新たな章となるか

歴史を振り返れば、人類は存亡に関わる脅威に直面するたびに、新たな理念、制度、規範をつくり出してきた。

1955年のラッセル=アインシュタイン宣言は、核兵器が人類の生存そのものを危険にさらしていると警告した。1957年に始まったパグウォッシュ会議は、冷戦によって分断された科学者たちの間に意思疎通の経路を開いた。その後、NPTが国際的な核秩序の中心的枠組みとなった。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

2017年に採択された核兵器禁止条約は、核兵器が国際人道上の原則と相いれないことを明確にし、核抑止に対する人道的、道義的な異議をさらに強めた。

世界ノーベル賞受賞者会議が将来、こうした歴史の系譜に連なるものと評価されるかどうかは、まだ分からない。

国際会議で採択される宣言が、一夜にして政策を変えることはほとんどない。法的拘束力も、履行を強制する仕組みも、当面の政治的支持も欠く場合がある。文言は理念的なものにとどまり、その影響が目に見えるようになるまでに何年もかかることもある。

しかし宣言は、国際的な議論の前提そのものを変えることがある。

ラッセル=アインシュタイン宣言は核兵器を廃絶しなかったが、国際的な運動を生み出すきっかけとなった。第1回パグウォッシュ会議は冷戦を終わらせなかったが、のちの軍備管理外交に貢献する人間関係を築いた。世界人権宣言は当初、法的拘束力を持たなかったが、やがて国際法と政治的正統性の基礎的な規範となった。

したがってローマ宣言の重要性は、直ちに具体的な合意を生み出すかどうかよりも、政府、テクノロジー企業、大学、国際機関、市民社会を巻き込む持続的なプロセスを開始できるかどうかにかかっているのかもしれない。

より大きな問いは、危険な慣行が固定化されてしまう前に、新たな規範を築くことができるかどうかである。

ローマ宣言に向けて

Palazzo Senatorio Credit: Di Tournasol7 – Opera propria, CC BY-SA 4.0

会議は7月16日、ローマのカピトリーノの丘で開かれる公式会合をもって最高潮を迎え、そこで「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。

同文書は、人工知能、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコル、新興のデジタル開発モデルの時代に対応することを目的としている。主催者によれば、協力、人間の尊厳、全人的発展、諸国民間の平和に基づく国際安全保障のあり方を促進する内容となる。

重要なのは、宣言が幅広い倫理的訴えを超えて、どこまで踏み込むかである。

核兵器や自律型兵器のシステムに対する「意味のある人間の統制」を求めるのか。核使用をめぐる意思決定にAIが果たす役割を制限する提案を示すのか。民間AI企業の責任を明確にするのか。新たな国際的監視、対話、検証の仕組みを提案するのか。そして、理念を政策へと転換するための継続的なプロセスを確立するのか。

その答えによって、この会議が主として象徴的な出来事にとどまるのか、それとも人工知能、核リスク、人間の安全保障をめぐる、より広範な「ローマ・プロセス」の出発点となるのかが決まるだろう。

広島、長崎から80年以上を経たいま、人類は再び、文明の未来を根底から変え得る技術に直面している。

核兵器は今なお、人間が自らの社会を破壊し得る最も直接的な手段である。その一方で人工知能は、核兵器が実際に使用されるか否かを左右する判断の速度、複雑性、性格に影響を及ぼし始めている。

したがって、決定的な課題は、人類が核兵器を管理できるかどうかだけではない。

人工知能が人間の判断を置き換えるのではなく、それを支えるようにすること。壊滅的な誤りの危険を増幅するのではなく、それを減らすようにすること。そして戦争ではなく、平和に貢献するようにすること。そのための制度を、人類は構築できるのかが問われている。

その答えが、カステル・ガンドルフォでの3日間の協議だけから生まれることはないだろう。

しかし、そこで始まる対話は、技術、安全保障、人間の責任をめぐる今後の国際的議論に、長期にわたって影響を与える可能性がある。

UN Photo
UN Photo

INPS Japanは会議期間中、カステル・ガンドルフォおよびローマから現地取材を行い、7月16日のローマ宣言発表後に続報となる分析記事を配信する予定である。This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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米国に異を唱え、その代償を払った国連事務総長 ― ブトロス・ブトロス=ガリの軌跡

【国連IPS=タリフ・ディーン

エジプトの元外相ブトロス・ブトロス=ガリが1991年末、国連事務総長選に立候補した際、最大のライバルはジンバブエの外相だったバーナード・チゼロ氏だった。当時、事務総長ポストは地域持ち回りの慣例に基づきアフリカに割り当てられており、選挙戦が本格化する中、ブトロス=ガリは長年の友人でもあったチゼロ氏との印象深い出来事を後に振り返っている。|ENGLISH

アフリカで開かれたある国際会議で二人が英語で会話を交わしていると、チゼロ氏は突然フランス語へ切り替えた。

その意図を察したブトロス=ガーリは、チゼロ氏の肩を抱きながら冗談交じりにこう言ったという。

「バーナード、フランスの支持を得たいのなら、フランス語を話すだけでは足りない。英語もフランス語なまりで話さなければならないよ。

安全保障理事会の常任理事国で拒否権を持つフランスは、自国語へのこだわりが非常に強いことで知られており、フランス語を話せない候補者には拒否権を行使した可能性さえあった。

実際、国連事務総長を目指す者は、フランス語を実務レベルで使えなければ、あるいは少なくとも習得する意思を示さなければ選出は極めて困難だとされてきた。フランスはフランス語を「国際外交の言語」と位置付けているからである。

そこで一つの疑問が浮かぶ。

現在、次期国連事務総長選に立候補している候補者のうち、英語とフランス語の双方を流暢に話せる人は何人いるのだろうか。

国連創設以来81年間、その実務言語の中心は英語とフランス語である。中国語、アラビア語、スペイン語、ロシア語も公用語ではあるが、日常業務では英語とフランス語が主に使用されてきた。

英語、アラビア語、フランス語を自在に操ったブトロス=ガーリは、1992年1月から1996年12月まで「世界で最も困難な仕事」と称される国連事務総長を務めた。

記者会見で3か国語を話せることについて尋ねられた際、彼は笑いながらこう答えた。

「私の第一言語はアラビア語です。妻とけんかをするときはアラビア語でけんかをしますから。

「事務総長の独立」は神話なのか

Photo: UNON – United Nations Office at Nairobi
Photo: UNON – United Nations Office at Nairobi

ブトロス=ガリは、「国連事務総長の独立性」は、国連の外部で語られる神話にすぎないと指摘していた。

国際公務員である事務総長は就任と同時に自国への政治的忠誠を捨て、いかなる政府からも指示を求めたり受けたりしてはならない―これは国連憲章第100条に明記されている。

しかし実際には、歴代9人の事務総長のほぼ全員が、大国との政治的妥協を重ねてきた。

その内幕を最も率直に明かしたのがブトロス=ガリだった。

彼は、米国の拒否権によって唯一再選を阻まれた国連事務総長である。

1996年、安全保障理事会では15か国中14か国がブトロス=ガリ支持に回った。

英国、フランス、ロシア、中国という他の常任理事国4か国もすべて支持していた。

それでも米国は単独で拒否権を発動した。

本来ならば、慣例として反対する国は棄権し、多数意思を尊重するのが外交上の作法だった。

しかし米国は、圧倒的多数の支持を無視した。

民主主義を世界に説く米国が、多数決の原則を国連では受け入れなかったのである。

「Yes Manではなく、Yes Sir Man」

ブトロス=ガリは歴代事務総長の中でも比較的米国に従わなかった人物として知られる。

もちろん、ワシントンの圧力に屈した場面もあった。

しかし、米国の国益を守るためだけに国連を動かすことには最後まで抵抗した。

元国連事務次長のサミール・サンバル氏は先週IPSに対し、事務総長退任後の興味深いエピソードを明かした。

ある日、かつてのライバルだったチゼロ氏がブトロス=ガーリに尋ねた。

「あなたは『アメリカのイエスマン』と言われていた。それなのになぜアメリカは再選を阻止したのか。」

ブトロス=ガーリは、持ち前のユーモアを交えて答えた。

「アメリカが求めていたのは『Yes Man』ではない。『Yes Sir Man』だったのだ。」

米国に配慮しても再選できなかった

1999年に出版した回顧録『Unvanquished: A US-UN Saga(敗れざる者―米国と国連の物語)』の中で、ブトロス=ガーリは、米国がいかに国連と事務総長を自国の利益のために利用してきたかを詳細に描いている。

ワシントンからは「米国に対して独立しすぎている」と批判された。

しかし実際には、彼自身、米国の支持を得るために可能な限りの配慮を行っていた。

それでも米国だけが再任に反対した。

回顧録の中で彼は、当時のウォーレン・クリストファー国務長官との会談を紹介している。

「私は、ワシントンの要請で、多くのアメリカ人を国連職員に任命した。他の加盟国が反対していたにもかかわらずだ。」

「私はそうしたのは、事務総長として職務を遂行するために米国の支持が必要だったからだ、と説明した。」

しかしクリストファー長官は何も答えなかった。

1992年に就任した時点で、国連管理部門職員の約半数がアメリカ人だった。

しかし米国が負担していた通常予算は全体の25%にすぎなかった。

「この2人は解任してほしい」

1993年にクリントン政権が誕生すると、新政権はブッシュ政権時代に任命された2人のアメリカ人国連事務次長―リチャード・ソーンバーグ氏とジョセフ・バーナー・リード氏――を解任するよう求めた。

彼らは本来、加盟国ではなく国連だけに責任を負う国際公務員だった。

それにもかかわらず、クリントン政権が支持する別のアメリカ人に交代させられた。

ブトロス=ガリは選挙前、ジョン・ボルトン米国務次官補(国際機関担当)が前任のハビエル・ペレス・デクエヤル事務総長について、「米国の利益への配慮が足りなかった」と不満を抱いていると聞かされた。

そこで彼はボルトンにこう語った。

「私は米国の政策を真剣に尊重しています。」

さらに、

「米国の支持がなければ、国連は機能停止に陥るでしょう。」

とも述べている。

「米国だけで事務総長を解任できるのか」

ブトロス=ガリは、クリストファー長官から「再選に立候補しない」と自ら公表するよう求められたことも明かしている。

しかし彼は拒否した。

「米国の一方的な命令だけで国連事務総長を辞めさせることなどできるのでしょうか。」

「他の14か国の安全保障理事会理事国の権利はどうなるのですか。」

そう問い返したという。

クリストファー長官は何か聞き取れない言葉をつぶやいた後、不機嫌そうに電話を切った。

「友人のふりをして足を折る」

1996年には、当時のマデレーン・オルブライト米国連大使が、国務省の指示を受けてブトロス=ガリ排除に執着していたという。

アメリカ人事務次長ジョセフ・バーナー・リード氏によれば、オルブライト大使はこう語っていた。

「私はブトロスに、自分が友人だと思わせる。そして最後に彼の足を折る。」

ブトロス=ガリは後にこう書いている。

「彼女は終始穏やかな表情と友好的な笑顔を崩さず、友情や敬意を語り続けながら、私の権威を失墜させ、私の評判を傷つける機会を一つも逃さなかった。」

さらに彼は、あるインド人学者の言葉を思い出したという。

「外交と欺瞞の間には何の違いもない。」

ユニセフ人事でも米国の影響力

ブトロス=ガリは、ビル・クリントン大統領から、米疾病対策センター(CDC)元所長ウィリアム・フォーギー氏をユニセフ事務局長に任命するよう求められたことも明かしている。

しかし当時はベルギーとフィンランドが優秀な女性候補を擁立していた。

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN

さらに米国は国連分担金を滞納し、国連への批判も繰り返していた。

そのため加盟国の間では、

「ユニセフ事務局長は必ずアメリカ人でなければならない」

という暗黙の了解は崩れ始めていた。

ブトロス=ガリはオルブライト大使にこう伝えた。

「米国が女性候補を推薦するのであれば、その後のことは私も考えます。」

するとオルブライトは目をむき、不満そうな表情を浮かべたという。

最終的に米国は、元米国平和部隊(Peace Corp)総裁のキャロル・ベラミー氏を新たな候補として推薦した。

非公式投票では、フィンランドのエリザベス・レーン氏が15票、ベラミー氏が12票を獲得した。

しかしブトロス=ガーリ氏は、米国が1947年のユニセフ創設以来維持してきた同ポストを引き続き確保できるよう、ベラミー氏を軸に合意形成を図るよう理事会議長に求めたという。

この記事は、タリフ・ディーン氏(国際通信社インタープレスサービス北米理事・国連総局顧問)が2021年に出版した国連に関する著書「コメントはありません、それについては引用しないでください」の内容をもとに構成されている。ディーン氏は、かつてスリランカ政府代表団の一員として国連総会に参加し、コロンビア大学大学院でジャーナリズム修士号を取得したフルブライト奨学生である。また、国連記者協会(UNCA)が授与する国連報道賞金賞を2度(2012年、2013年)受賞している。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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二国間関係から四カ国協調へ―中東・南アジアで進む新たな安全保障パラダイム

イスラマバードINPS Japan/London Post=モハマド・ラーシド】

世界の勢力均衡が大きく変化し、大国が地域への関与を見直す一方、米国・イスラエル・イラン間の対立の余波や、イスラエルの積極的な軍事行動、イランの地域的影響力への懸念などを背景に、中東・南アジアの4つのイスラム教徒多数派国家が、新たな安全保障の枠組みを静かに構築しつつある。|英語版

サウジアラビア、トルコ、エジプト、パキスタンは、「R-4(アール・フォー)」あるいは「中東四カ国協力」とも呼ばれ、従来の二国間協力を超えて、より緊密な連携へと歩みを進めている。

これは、集団防衛義務を伴うNATO(北大西洋条約機構)のような正式な軍事同盟ではない。しかし、軍事協力、防衛産業の連携、外交的仲介、そして共通の戦略的利益を組み合わせた、現実的かつ多層的な新たな安全保障パラダイムである。

新たな安全保障構想を後押しする要因

この動きの背景には、湾岸地域への攻撃や地域紛争が激化した際に米国の対応が限定的だったことなどを受け、「米国はもはや信頼できる安全保障の担い手ではない」との共通認識がある。また、イランへの対抗や紛争後の地域安定化を図る必要性も各国に共有されている。

かつて存在したトルコとエジプトの対立や、サウジアラビアとトルコの競争関係も、共通の脅威を前に実利的な協調へと変わりつつある。

それぞれの国は異なる強みを持つ。

サウジアラビアは豊富な資金力とエネルギー大国としての地位を背景に、西側諸国への過度な依存から脱却し、安全保障の多角化を目指している。国家改革構想「ビジョン2030」では、自前の防衛能力強化と戦略的自立が重要課題として掲げられている。

トルコは、無人機(ドローン)、ミサイル、海軍装備など先進的な防衛技術を有し、NATO加盟国として培った経験と積極的な地域戦略を持つ。

エジプトはアラブ世界最大規模の通常戦力を擁し、スエズ運河という世界有数の戦略的要衝を抱えるほか、シナイ半島での対反乱作戦など豊富な治安維持の経験を有している。

パキスタンは核抑止力を備え、実戦経験豊富な軍隊と、長年にわたる軍事訓練・防衛装備輸出の実績を持つ。

すなわち、

「サウジアラビアの資金力」「トルコの技術革新」「エジプトの人的戦力」「パキスタンの戦略的抑止力」

という補完関係が、この枠組みの大きな特徴となっている。

新たな枠組み形成への主な動き

その基盤となったのは、2025年9月に締結された**「サウジ・パキスタン戦略的相互防衛協定(SMDA)」**である。

この協定は、一方への攻撃を双方への攻撃とみなす内容となっており、長年続いてきたパキスタン軍によるサウジ軍への訓練支援などの軍事協力を制度化したものである。一部では、パキスタンによる「核の傘」の可能性についても議論されている。

その後、2026年初頭から協力はさらに加速した。

3月19日にはリヤドで、3月下旬にはイスラマバードで、さらに4月にはアンタルヤで外相会合が開かれ、イラン情勢の緊張緩和、湾岸地域の安全保障、防衛協力の強化などについて協議が行われた。

また、トルコはサウジ・パキスタン協定への参加、あるいは並行する新たな枠組みの構築を模索しており、三カ国・四カ国による防衛産業協力(共同軍事演習、兵器共同開発、技術移転など)が検討されている。

一方、エジプトもトルコとの二国間軍事協定や、サウジアラビア・パキスタンとの関係強化を通じてこの枠組みに組み込まれ、スーダンやアフリカの角地域などにおける地域協力でも連携を深めている。

この枠組みを支える主要な柱

この協力体制は、厳格な条約義務よりも実務的な協力を重視している。

主な柱は以下のとおりである。

防衛産業と装備調達の連携

ドローン、ミサイル、装甲車両、海軍装備などの共同開発・共同生産を推進する。パキスタンのJF-17戦闘機計画やトルコのバイラクタル無人機は、サウジ資本とエジプト市場を得ることでさらなる発展が期待される。

情報共有とテロ対策

非国家武装勢力やイラン系武装組織への対応について、情報共有と協調行動を強化する。

外交・仲介機能

4カ国は米国とイランの対話の仲介役としての役割を模索するとともに、パレスチナ国家樹立を支持する立場を共有し、外交的影響力の拡大を目指している。

地域を越えた安全保障協力

ソマリア、スーダンなどで協力を進め、海上交通路の安全確保や域外国の影響力拡大への対応を図る。

経済と安全保障の一体化

エネルギー協力、インフラ整備、貿易拡大を通じて地域の安定を促進する。

新しい安全保障パラダイムの特徴

この新たな枠組みは、冷戦期のような固定的な軍事ブロックとは異なる。

むしろ、「協調する地域大国による協議体(Concert of Powers)」あるいは柔軟な協議メカニズムとして発展する可能性が高い。

具体的には、

  • 定期的な政策調整を行う「4カ国首都協議会(Four-Capitals Council)」の設置
  • 共通の早期警戒システム
  • 共同訓練施設
  • 相互運用性(インターオペラビリティ)の標準化

などが想定されている。

また、通常戦力に加え、パキスタンの核抑止力やトルコの非対称戦力を組み合わせた**「ハイブリッド抑止」**も重要な特徴となる。

同時に、加盟国は米国、中国などとの関係を維持しながら、自立的な安全保障能力を強化するという「ヘッジ戦略」を採用するとみられる。

残る課題

もっとも、この構想には課題も少なくない。

トルコがクルド問題を最重要課題とする一方で、サウジアラビアはイランを最大の脅威とみるなど、安全保障上の優先順位には違いがある。

経済力の格差や、米国・イスラエル、さらにはアラブ首長国連邦(UAE)など地域の競合国からの圧力も予想される。

また、過去の対立が再燃する可能性もあり、正式な制度として定着するまでにはなお時間を要すると考えられる。

地域秩序への戦略的意味

この四カ国協力は、中東から南アジアにかけての安全保障地図を塗り替える可能性を秘めている。

イランや域外国による影響力に依存した従来の秩序に代わる、スンニ派諸国を中心とした新たな安全保障モデルとなる可能性がある。

また、共同防衛能力の向上、防衛産業の自立、イスラム協力機構(OIC)など国際舞台での発言力強化にもつながるだろう。

パキスタンにとっては地域を結ぶ戦略的ハブとしての役割が高まり、サウジアラビアにとっては石油依存から脱却し、より多角的な国家戦略を進める契機となる。

多極化が進む国際社会において、この新たな安全保障パラダイムは、地域諸国が自ら秩序形成の主体となろうとしていることを示している。

今後、この枠組みがより拘束力を持つ正式な同盟へと発展するのか、それとも柔軟な協議体として存続するのかは、加盟国の政治的意思と、今後の危機管理能力にかかっている。

しかし一つ確かなことがある。

サウジアラビア、トルコ、エジプト、そしてパキスタンは、もはや受動的な地域プレーヤーではない。21世紀の安全保障環境に適した新たな地域秩序を、自ら設計しようとしているのである。

INPS Japan

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キャロリン・ロドリゲス=バーケット氏、国連事務総長選で「現実的改革」を提唱―小国の視点から実務重視の国連像を提示

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

次期国連事務総長選挙に立候補しているガイアナのキャロリン・ロドリゲス=バーケット氏は、加盟国との対話会合で、戦争、財政難、そして国連への信頼低下という試練に直面する国連に対し、「実務的な改革」「国連憲章の原則への回帰」「より信頼される国連」の実現を柱とする、慎重かつ現実的なビジョンを示した。|英語版

ロドリゲス=バーケット氏は、自らを既存秩序を覆す改革派候補として売り込むことはしなかった。

むしろ、「国連は依然として不可欠な存在である。しかし、その役割を果たすためには、より効果的で、より現場に根ざし、自らが何を実現でき、何を実現できないのかについて率直でなければならない」と訴えた。

同氏の主張は三つの柱に集約される。

第一に、国連憲章の原則を改めて重視すること

第二に、国連の制度改革を進めること

そして第三に、平和と安全保障、開発、人権という国連の三本柱において加盟国の協力を結集し、成果を上げることである。

これは、小国ならではの現実感覚に裏打ちされたメッセージだった。

ガイアナの国連常駐代表であり、元外相でもある同氏は、多国間主義のルールは「飾り」ではなく「国家の生存条件」であると考える小国の経験を、自らの立候補の土台に据えた。

同氏が繰り返し強調したのは、次の一節だった。

「事務総長が持つべき唯一の偏りは、国連憲章と国際法に対するものである。」

この考え方は、ウクライナ、ガザ、人権問題、安全保障理事会の機能不全など、加盟国から厳しい質問が相次ぐ中で、一貫した回答の軸となった。

今回の対話では、次期事務総長が直面する最大の課題も浮き彫りとなった。

すなわち、国連に求められる役割は拡大し続ける一方で、加盟国の政治的結束、財政、人々の忍耐はいずれも縮小しているという現実である。

「平和は命令できないが、そのための政治的空間はつくれる」

平和と安全保障についてロドリゲス=バーケット氏は、事務総長はより積極的に行動し、「善意の仲介(good offices)」を活用し、紛争当事者と直接対話するとともに、地域・準地域機関との連携を強化すべきだと述べた。

「国連が常に対応が遅い、あるいは存在感がないと思われないためにはどうすべきか」と問われると、同氏は「進展の可能性を常に探り続け、拒絶や失敗を恐れてはならない。」と答えた。

これは、この日の対話でも最も印象的な場面の一つだった。

その発言からは、「事務総長は平和を命じることはできないが、和平への政治的な空間を生み出すことはできる。」という現実を理解している候補者像が浮かび上がった。

第99条には慎重姿勢

一方、国連憲章第99条については慎重な姿勢を示した。

第99条は、事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる権限を定めている。

ロドリゲス=バーケット氏は、この権限を行使する前には、現地から十分な情報を収集し、人道上の影響を評価し、当事者と対話し、利用可能なあらゆる外交手段を尽くすべきだと述べた。

法的には慎重で政治的にも安全な回答だったが、安全保障理事会が機能不全に陥った際には、より積極的に第99条を行使すべきだと考える人々には物足りなく映る可能性がある。

ウクライナ問題では原則論に終始

ウクライナ代表団は、リトアニア、ポーランドとともに、戦争犯罪、民間人への攻撃、子どもの強制移送、性的暴力、さらには常任理事国による拒否権行使について質問した。

ロドリゲス=バーケット氏は、「国連憲章や国際法へのあらゆる違反について、事務総長にはそれを指摘する責任がある。」と述べた。

しかし同時に、「こうした原則はすべての紛争に等しく適用されなければならない。」と付け加えた。

ロシアを直接名指しすることは避けた。

選挙戦としては賢明な対応かもしれない。

しかし同時に、慎重路線の限界も示した。

ガザ問題でも均衡を維持

アラブ・グループは、国際法における二重基準、パレスチナ問題、人道支援アクセス、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への支援について質問した。

ロドリゲス=バーケット氏は、国際人道法の遵守、人道支援の確保、関係者との協力、そして長期的解決を支持すると述べ、安全保障理事会および総会で採択された数多くの決議にも言及した。

ここでも回答は慎重かつ均衡の取れたものだった。

問題の核心は認識していたものの、新たな政治的メカニズムや譲れない一線(レッドライン)は提示しなかった。

その姿勢は終始一貫していた。

国連憲章を軸とし、大げさな約束は避け、外交の余地を残すというものである。

人権は「開発」と不可分

欧州連合(EU)は、人権分野への予算配分が国連の三本柱の中で依然として少ない点について質問した。

これに対し同氏は、「開発や平和・安全保障への投資は、人権への投資でもある」と答えた。

また、自身がガイアナで取り組んできた先住民族教育や先住民族の権利向上の経験を紹介し、人権を基盤とする政策は実際に開発成果を生み出せると説明した。

これは彼女の持ち味が最も発揮された分野だった。

人権を「尊厳」「包摂」「開発」という観点から語ることには説得力があり、グローバル・サウスの多くの国々には共感を呼ぶだろう。

一方、市民社会や一部の欧米諸国は、各国政府による人権侵害に対して、より強い発信力を期待するかもしれない。

最大の強みは開発と気候変動

ロドリゲス=バーケット氏が最も力を発揮したのは、開発資金、気候変動への脆弱性、小島嶼国の課題について語る場面だった。

G77・中国グループは、「2030アジェンダ」、開発資金、地域的代表性、そして国連改革が開発分野を弱体化させる危険性について質問した。

これに対し同氏は、「世界が直面しているのは約束不足ではなく、実施不足である」と指摘し、国際金融機関との連携強化と国際金融システム改革の必要性を訴えた。

また、小島嶼開発途上国(SIDS)、カリブ共同体(CARICOM)、太平洋諸島フォーラム、モルディブなどからは、気候変動への脆弱性、「アンティグア・バーブーダ行動計画」、多次元脆弱性指数(MVI)、気候変動と安全保障の関係について質問が寄せられた。

同氏は、小島嶼国支援は各国が合意した優先課題に沿って進めるべきであり、多次元脆弱性指数などの指標についても国際金融機関への働きかけを強化すべきだと述べた。

さらに、「私は満潮が抽象的な気候変動の話ではなく、現実の脅威である国から来ています」と語り、自身の経験と政策を自然に結び付けた。

「改革」は必要だが、開発機能は削るべきではない

国連改革について同氏は、「UN80」改革プロセスを支持する一方で、「効率化」が最も脆弱な人々への支援を削減する口実になってはならないと警告した。

事務総長は、改革によってどのような影響が生じるか、とりわけ開発成果が後退する危険について加盟国へ明確な情報を提供すべきだと述べた。

これは彼女の最も強力な政治的メッセージの一つだった。

主要拠出国は「よりスリムな国連」を求めている。

一方、途上国は、「近代化」という名の下で開発予算が削減されることを懸念している。

ロドリゲス=バーケット氏は、その中間を目指した。

「組織は改革する。しかし、その原動力まで静かに取り除いてはならない。」

安保理改革では加盟国主導を強調

アフリカ・グループは、安全保障理事会におけるアフリカの常任理事国入りをどう支援するか質問した。

同氏は、安全保障理事会改革の必要性については広範な合意が存在し、アフリカの特別な事情も認識されていると述べた。

しかし、交渉は加盟国の役割であり、事務局はそのプロセスを支援する立場にあると強調した。

「安全な候補」以上になれるか

対話終了後、ロドリゲス=バーケット氏は記者団に対し、自らを「出馬が遅れた候補」とは考えていないと述べた。

選挙戦はまだ続いており、新たな候補者が加わる可能性もあるという。

出馬にあたっては家族とも十分相談したことを明かし、今後は各国首都を訪問して支持を求める考えを示した。

また、「候補者の中に欠けているものがあったから立候補したのか」と問われると、その見方を否定した。

安全保障理事会と加盟国全体にとって、多様な候補がいることは望ましく、ラテンアメリカ・カリブ地域にも優れた人材は数多く存在すると述べた。

今回の対話を通じて、彼女の立候補の特徴は明確になった。

ロドリゲス=バーケット氏は、最も声高な候補としてではなく、小規模な開発途上国出身の現実的な多国間外交官として選挙戦に臨んでいる。

政府での経験、国連外交の経験、そして開発を最優先に据える世界観が、その強みである。

国連外交の現場を熟知し、加盟国の立場を理解し、改革を語っても無謀さを感じさせないことは大きな長所と言える。

一方で、最も政治的に対立の激しい問題については、原則論や手続論にとどまる場面も少なくなかった。

今回、ロドリゲス=バーケット氏は、自らが現在の国連とその置かれた状況を十分理解していることを説得力をもって示した。

今後の焦点は、各国首都が彼女を単なる「安心して任せられる候補」と見るのか、それとも財政は減り、加盟国の結束も弱まり、世界の期待だけが高まり続ける国連を率いるだけの胆力を備えた指導者と評価するのかにかかっている。

INPS Japan/ATN

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/carolyn-rodrigues-birkett-pitches-practical-reform-as-u-n-race-turns-to-small-state-realism

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【INPS Japan=カレン・ホールバーグ

米国ニューメキシコ州で実施された世界初の核実験、そして広島・長崎への悲劇的な原子爆弾投下によって幕を開けた「核時代」から80年が経ちました。今日、人類は深刻な存亡の危機に直面しています。その危機は、冷戦期における最も緊迫した対立をも上回るほど、不安定で予測困難なものとなっています。

1955年、核兵器保有国がわずか3か国であり、水素爆弾の開発が始まったばかりの時代に、「ラッセル=アインシュタイン宣言」は人類に対して次のような根源的な問いを投げかけました。|英語版

「私たちは人類を滅亡させるのか。それとも、人類は戦争を放棄するのか。」

現在では9か国が核兵器を保有し、数千発もの熱核兵器が配備されています。この問いは、いまや人類が直面する究極の選択となっています。

パグウォッシュ会議は、国際秩序が著しく悪化し、外交よりも武力による威嚇や行使が優先されるようになっている現状を深く憂慮しています。核兵器保有国が関与する現在の軍事的対立は、人類文明そのものの存続を脅かす危険を孕んでおり、新たな核拡散の波が起これば、その危険性は飛躍的に高まるでしょう。

米国とロシア連邦の間で締結されていた新戦略兵器削減条約(New START)の失効により、国際社会は、世界最大の二つの核兵器保有国の核戦力を拘束し、検証可能な法的枠組みを持たない時代へと正式に入りました。

1972年の第一次戦略兵器制限交渉(SALT I)以来、50年以上にわたり続いてきた軍備管理の枠組みが初めて失われたことになります。これらの枠組みは、国際社会に管理・安定・予測可能性・透明性をもたらす重要な安全装置として機能し、1980年代半ばに約7万発あった世界の核弾頭数を、現在のおよそ1万2,200発(広島型原爆約14万6,000発分以上の爆発力に相当)まで削減する上で重要な役割を果たしてきました。

しかし、核軍縮において歴史的な前進があったにもかかわらず、現在の動向は、その長年にわたる成果が逆行しかねないことを示しています。核軍拡競争の再燃、国際的緊張の高まり、そして核保有国同士の軍事対立が、その流れを加速させています。

さらに、多くの核保有国が核戦力の近代化と増強を進めており、軍備管理に関する対話が停滞する中で、世界の戦略的安定性に新たな圧力を加えています。こうした動向は、国際安全保障における核兵器の重要性が再び高まっていることを示しており、核不拡散・核軍縮の努力、とりわけ半世紀以上にわたり核兵器の拡散を抑制してきた核兵器不拡散条約(NPT)第6条の履行を著しく困難なものとしています。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

その一方で、「核兵器禁止条約(TPNW)」への支持が広がっていることは、多くの国々と市民社会が核兵器の完全廃絶という目標の実現に向けて強い決意を持っていることを示しています。軍縮への具体的な道筋については見解の違いがあるものの、この条約は核兵器廃絶の人道的必要性を改めて国際社会に訴え、「核兵器のない世界」という理念を国際政治の重要課題として維持する上で大きな役割を果たしています。

また、欧州において核抑止の適用対象を新たな非核兵器国へ拡大しようとする議論や、東アジアをはじめとする地域で核武装を支持する政治的主張が台頭していることは、自国の安全保障を理由とした制御不能な新たな核拡散の連鎖を引き起こしかねません。

同様に深刻なのは、一部の核兵器保有国による核実験再開を示唆する無責任な発言です。こうした言説は危険な緊張の激化を招くだけでなく、「包括的核実験禁止条約(CTBT)」の発効を見据えて長年維持されてきた核実験モラトリアムを損なう恐れがあります。同条約は、依然として主要国による批准を待っている状況です。

現在の状況は極めて重大な課題を突き付けています。しかし、それらはいずれも直ちに取り組むべき課題です。

  • 核兵器保有国は、2022年1月に発表した「核戦争の防止及び軍拡競争の回避に関する共同声明」を改めて確認し、国際安全保障における核兵器の役割を縮小する政治的意思を明確に示すべきです。それは同時に、核軍拡競争の終結と核軍縮に向けた誠実な交渉を義務づけるNPT第6条の履行を改めて確認することにもなります。
  • 核兵器保有国は、共通の利益を見いだす責任を自覚し、多国間軍備管理交渉の再活性化に向けて真摯な外交努力を行わなければなりません。
  • すべての核兵器保有国は、核爆発実験のモラトリアムを維持するとの自主的な約束を改めて表明するとともに、CTBTの早期発効に向けて必要な措置を講じるべきです。核実験の再開は、新たな軍拡競争と戦略的不安定化への危険な一歩となります。
  • 核兵器保有国は、非核兵器国に対して核兵器を使用せず、その使用を威嚇しないことを改めて確認するとともに、「先制不使用(No First Use)」政策を採用し、これらの安全保障上の保証を法的拘束力のあるものへと発展させる努力を進めるべきです。
  • 国際原子力機関(IAEA)の検証・監視機能を一層強化し、非核兵器国を含む国際的な核不拡散体制において、透明性・信頼性・遵守を確保していくことが不可欠です。
  • 核兵器のない地域(非核兵器地帯)をさらに拡充するとともに、1995年および2010年のNPT運用検討会議で合意された中東非核兵器地帯の設立を実現すべきです。
Nuclear Weapon Free Zones
Nuclear Weapon Free Zones

これらの措置は、信頼醸成と核リスク低減のための現実的な一歩となり、世界の安定を高めるとともに、制御不能な「核拡散の連鎖(nuclear breakout)」を防ぐことにつながります。

さらに、それらは、人工知能、量子技術、極超音速兵器、ミサイル防衛、宇宙空間の軍事利用、自律型兵器システムなど、新たな安全保障上の課題に対応できる、より協調的で包括的かつ現代的な国際安全保障体制への橋渡しともなり得るでしょう。

核兵器が人類の存続に及ぼす危険について、市民と政治指導者双方の理解を深めることは極めて重要です。ノーベル賞受賞者会議による最近の宣言でも、次のように呼びかけています。

「私たちは、科学者、研究者、市民社会、そして宗教共同体に対し、世界の指導者が核リスク低減のための措置を実行するよう促すために必要な世論を築くことを呼びかける。」

その責任は、私たち一人ひとりにあります。

最後に、ラッセル=アインシュタイン宣言の結びの言葉を、改めて胸に刻みたいと思います。

「私たちは、人間として、同じ人間である皆さんに訴えます。人間性を心に刻み、それ以外のことは忘れてください。」

この文章は、INPS Japanが創価学会インタナショナルと推進している核廃絶メディアプロジェクトの報告書(2025年4月~26年3月までに配信されたプロジェクト記事をまとめたもの)の序文として寄稿されたものである。
Toward a World free from Nuclear Weapons
Toward a World free from Nuclear Weapons

INPS Japan

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