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ネパールは食料安全保障を「国家安全保障」の問題として直ちに位置づけよ

カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】

気候危機がもたらす異常気象、世界的なサプライチェーンの混乱、そして国内の不適切な行政運営が重なり、ネパールの食料安全保障を脅かす「パーフェクトストーム」が生じている。水・エネルギー・食料の密接な結びつきが、今年ほど鮮明に表れたことはない。ネパールの農地の60%以上が雨水に依存しているうえ、毎年繰り返される肥料不足は西アジアでの戦争によってさらに深刻化している。一方、農村からの人口流出により、耕作放棄地も増えている。|英語版

先週6月29日の「田植えの日」は、例年に比べて静かなものとなった。泥の中でふざけ合う恒例の光景はほとんど見られず、田植え自体もあまり進まなかった。平年より雨の多いプレモンスーン期に多くの農家が早めに田植えを始めたものの、肝心の本格的なモンスーンの到来は2週間遅れた。

不規則なモンスーンは、ネパール各地で毎年のように繰り返される問題となっている。雨を待ち続けることを諦め、仕事を求めて移住した農家も少なくない。

降雨不足により、コメの収穫量は2023/24年度の600万トンから、2024/25年度には570万トンへ減少した。スーパー・エルニーニョを追跡する気象モデルは深刻な干ばつを予測しており、肥料不足も重なることで、穀物の収穫量はさらに落ち込むとみられている。

ネパール開発研究所で生計・食料安全保障を担当する専門家、クリシュナ・パハリ氏は、次のように説明する。

「ネパールのコメをはじめとする主食の生産は、気候変動による衝撃に左右されています。今年はエルニーニョ現象の影響で、降雨量が平年を下回ると予想されています」

国際栄養会議に出席するため滞在しているローマから『ネパリ・タイムズ』の取材に応じたパハリ氏は、さらにこう語った。

「気候危機に加え、西アジアでの紛争が燃料と肥料の不足を引き起こしています。こうした問題が続けば、ネパールの食料安全保障は一層悪化するでしょう」

かつてネパールは食料の純輸出国だったが、それは遠い過去の話となった。農業が抱える構造的問題の多くは気候危機以前から存在していたが、不安定なモンスーンと灌漑設備の不足が、状況をさらに深刻なものにしている。昨年、ネパールは600億ルピー相当、100万トン以上の穀物を輸入した。

カトマンズの総合開発研究所で食料安全保障とガバナンスを研究するヤムナ・ガレ氏は、次のように指摘する。

「ネパールは気候危機から深刻な影響を受けています。しかし、気候変動に起因する災害が頻発し、農業資源や森林資源が失われた際の、確固たる復旧計画がありません」

「気候変動に対応し、栄養価にも優れた種子や品種を開発するための資源配分も不十分です。その結果、私たちは輸入や援助に依存せざるを得なくなっています」

ネパールでは国民の60%が農業に従事し、農業は国内総生産(GDP)の4分の1を占めている。しかし、農村部の若者は大量に流出しており、農村に残る人々も換金作物に見合った価格を得られずにいる。

6月中旬、韓国政府は韓国国際協力団(KOICA)を通じ、タライ地域における気候変動に強いコメ生産と食料安全保障を促進する6年間の事業に、1,200万ドルの無償資金協力を行うと表明した。

専門家によると、灌漑を整備すれば、ネパールの農業生産性を最大30%向上させることができる。しかし、大規模な灌漑事業は、汚職や不適切な管理のため数十年にわたって停滞している。

生産性の向上は優先課題だが、まず、生産された農産物を守り、無駄なく利用する必要がある。収穫後の損失率は、穀物では15%、野菜や果物では40~50%にも達する。野生動物による農地への侵入も、収穫前の作物に被害を与え、農村からの人口流出をさらに加速させている。

パハリ氏は、「収穫後の損失を減らすことは、人々が利用できる食料を増やすことを意味します。そのためには、コールドチェーンや貯蔵施設を拡充し、穀物貯蔵用サイロを改良する必要があります」と指摘する。

食料を長期保存できるよう、加工方法を多様化することも重要だ。果物は乾燥させたり、ジャムに加工したりできる。また学校給食では、子どもたちの好みに合わせてレシピや献立を工夫することも可能である。

「飢餓をゼロに」

ネパールはこれまで、子どもの発育阻害や消耗症の削減で一定の成果を上げてきた。しかし近年の開発援助の撤退によって、その成果が損なわれ、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる「2030年までに飢餓をゼロにする」との約束の実現も難しくなっている。

先月、ヘレン・ケラー・インターナショナルの支援を受け、ネパール全土の5歳未満児100万人を対象に実施された調査の結果が公表された。それによると、米国国際開発庁(USAID)が資金を拠出していた食料・栄養プログラムの打ち切りにより、子どもの栄養不良が増加している。

急性栄養不良の割合は2025年の6.6%から今年は7.8%に上昇し、マデシ州では全国で最も高い12.3%に達した。

パハリ氏は、次のように語る。

「私たちは、2030年までに『飢餓をゼロに』という目標を達成できる軌道には乗っていません。世帯当たりの平均食料消費量が改善しているのは、海外からの送金と社会保障制度のおかげです」

こうした状況を踏まえれば、国民独立党(RSP)政権が、食料生産の拡大と子どもの飢餓の削減に向けて何をしてきたのかが問われる。

スワルニム・ワグレ財務相は5月の予算演説で、農業部門の再生を「最優先課題」と位置づけた。しかし、農業に配分された470億ルピーは国家予算全体の3%にも満たず、過去9年間で最低の水準である。

その半分以上は化学肥料の輸入に充てられる。それでも、コメの作付け時期になると、毎年のように尿素肥料が不足する。

一部の専門家は、商業的農業の促進と中間層の所得向上を重視するワグレ財務相の方針について、農村部に雇用を創出し、バリューチェーン全体の生産性を高める可能性があると評価する。一方、貧しい農家が取り残されるとの批判もある。

パハリ氏は、次のように話す。

「今回の予算は、ネパールの中間所得層を動かすことに重点を置いています。それには一定の合理性がありますが、ネパールの農家の大半は小規模農家です。この層の問題に取り組まない限り、国全体の生産量を増やすことはできません」

ガレ氏は、他の多くの問題と同様、解決の鍵は政治的な優先順位と政策の実行にあると考えている。

「政策は政治そのものです。新たな政策と予算規模が示しているのは、この政権が農業を優先課題としていないということです。その影響を最も強く受けるのは、社会的に疎外され、排除されてきた人々です」

州政府の農業予算は、中央政府よりは幾分充実している。世帯の食料不安が最も深刻なカルナリ州は、予算の21%以上を農業に充てた。一方、急性栄養不良率が高いルンビニ州とマデシ州は、予算の4%以上を農業に配分している。

ガレ氏は今月初め、アーメダバードで開催された世界銀行の地域政策対話において、「南アジアの食料の未来を共につくるための地域協力と政策行動」をテーマとするパネル討論の司会を務めた。

この会合には南アジア各国から専門家、イノベーター、民間企業の関係者らが参加したが、他国とは対照的に、ネパール政府の代表者は姿を見せなかった。「国内問題の解決」を優先する新政権にとって、こうした招待を辞退することは既に常態化している。

出席者からは、ネパールの新指導部が参加しなかったことについて、奨励策、生産、市場をバリューチェーン全体で結び付け、農業のパラダイム転換を促す貴重な機会を逃したとの声も上がった。

興味深いことに、クリシュナ・パハリ氏とヤムナ・ガレ氏は、共に同じ言葉で結論を語った。

「食料安全保障は、国家安全保障です」

シュリスティ・カルキ氏は『ネパリ・タイムズ』の特派員。2020年にインターンとして同紙に加わり、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、正式に編集部の一員となった。政治、時事問題、芸術、文化などを取材している。

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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『ザ・グラブ』気候危機への人類の対応、その最も暗い側面を暴く衝撃のドキュメンタリー

【ミラノINPS Japan/CitiPlat=アルベルト・スクラヴェラーノ】

この映画が浮き彫りにするのは、現在進行する気候危機をめぐる最も不穏な側面の一つである。その手法と目的から見れば、英米圏における優れた調査報道の伝統を受け継ぐ作品と位置づけることができる。比較するなら、マイケル・ムーアのドキュメンタリー作品を思い浮かべるとよいだろう。|英語版

米国の映画監督ガブリエラ・カウパースウェイトは、2022年のドキュメンタリー映画『ザ・グラブ(The Grab)』によって国際的な注目を集めた。同作は同年9月のトロント国際映画祭でプレミア上映された後、2024年春から世界各地の劇場やVOD(ビデオ・オン・デマンド)で本格的に公開された。

物語の中心にあるのは、米国の非営利報道機関「センター・フォー・インベスティゲーティブ・リポーティング(Center for Investigative Reporting)」の記者たちによる調査活動である。

彼らは世界各地を飛び回り、「カネの流れを追う」ことで、民間企業や国家などさまざまな主体が、食料や水をはじめとする生命維持に不可欠な資源の支配権をめぐって競争を繰り広げている実態を丹念に記録していく。その目的は、気候変動によって将来、生態系が崩壊する事態に陥った場合に備え、あらかじめ優位な立場を確保しておくことにある。

こうした国家・非国家主体そのものは、決して目新しい存在ではない。しかし、彼らが実際に何をしているのかについては、大多数の人々がほとんど知らないのではないだろうか。映画はその実態を詳細に描き、軍事機密の壁に阻まれない限り、入手可能な情報をカウパースウェイト監督と制作チームが徹底して掘り起こしていく。

例えば、米国の民間軍事会社ブラックウォーターが、アフリカで土地を取得し、資源供給網における戦略的な足場を築こうとする動きが紹介される。

また、一見すると信じ難いような事例も登場する。プーチン政権下のロシアが、米国からカウボーイを招き、寒冷地で牧畜に従事させているというのである。その背景には、将来、気候危機によって農業が深刻な打撃を受ける一方、現在は乾燥しているロシアの辺境地域の一部が、逆に農業生産に適した土地へと変わる可能性があるとの見通しがある。

中国共産党からサウジアラビアの民間ファンド、米国政府からロシア政権に至るまで、それぞれの主体が利用可能な資源を最大限に確保し、将来の水と食料の供給拠点を支配しようと、それぞれの思惑に基づいて動いている姿が描き出される。

ここに巨大な陰謀や秘密計画があるわけではない。描かれているのは、近い将来に地球の生態系が崩壊する可能性をすでに現実のものとして受け止め、その状況を自らに有利な形で利用し、力を最大化すると同時に潜在的な競争相手を弱体化させようとする国際的な主体の姿である。

真に不気味なのは、こうした構図の中に、気候変動を食い止めるための国際協調という発想がほとんど見当たらないことである。世界の人々の幸福や人権は考慮の外に置かれ、気候危機そのものが、もはや避けられない既定の現実として扱われている。

『ザ・グラブ』は、映画的な体験というより、むしろ生々しい事実とデータを積み重ねた作品である。アル・ゴア元米副大統領が前面に立った『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』のような「一人舞台」ではなく、他の気候変動ドキュメンタリーにしばしば見られる、強い活動家色を打ち出した作品とも異なる。

むしろ、その冷徹なアプローチこそが、この作品をより強烈で、同時により悲痛なものにしている。

世界では、市民から政府関係者に至るまで、何百万人もの人々が日々、気候危機を食い止めようと努力している。それにもかかわらず、なぜ危機はますます深刻になっているように見えるのだろうか。

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『ザ・グラブ』は、この問いに一つの重い答えを提示する。

世界のエリート層や経済・軍事大国の一部は、そもそも気候変動を解決することに関心を持ってこなかった。それどころか、生態系が崩壊した後の世界を生き残るための準備を、すでに進めているというのである。

映画が明確に示しているのは、私たちが次世代により良い世界を残そうとするなら、大気中のCO2(二酸化炭素)排出や海洋を汚染するプラスチックと同様に、こうした主体の存在そのものもまた、問題を構成する重要な一因であると認識しなければならない、ということである。

Original URL: The Grab

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記録的熱波が欧州を襲う―気候変動への適応策は待ったなし

【シドニー IPS=キャサリン・ウィルソン

西ヨーロッパが観測史上最悪となる6月の熱波に見舞われる中、世界で最も急速に気温上昇が進む地域となった欧州では、気候変動への適応策を急ぐ必要性がこれまでになく高まっている。今年5月には、例年であれば真夏の7月中旬まで見られなかったような高温が早くも観測され始めた。その影響は、人々の健康や社会的不平等の拡大という形で既に現れている。専門家は、気候変動による極端気象が今後さらに深刻化することへの警鐘は極めて明確だと指摘している。|英語版

欧州コペルニクス気候変動サービス(C3S)の上級研究員ジュリアン・ニコラ氏はIPSの取材に対し、「5月から6月にかけて西ヨーロッパを襲った熱波は、その強さと発生時期の早さという点で極めて異例だった。」と語った。

一方で、「今回の熱波を引き起こした気象パターン―地域を覆う持続的な高気圧と、北アフリカから西ヨーロッパへ流れ込む高温の空気―は、これまで欧州で発生した多くの熱波でも確認されてきたものです。また研究では、欧州では他の大陸地域と比べて夏季の熱波の発生回数が特に急増していることも示されています。」と説明した。

欧州コペルニクス気候変動サービスによると、2026年6月18日から30日にかけての熱波では、1991~2020年の平均と比較して欧州各地で気温が大きく上昇した。

世界気象機関(WMO)によれば、6月下旬にはドイツ東部で41.7度、オーストリア・ウィーンで40度、フランス西部では43.8度という記録的な高温が観測された。

これまで最も深刻な影響を受けてきたのは西ヨーロッパだが、現在では熱波は中欧から東欧にも広がっている。

ウクライナの南、西側でハンガリーと接するルーマニアでは、7月初旬に35~40度を超える猛暑が続いたと、ルーマニア赤十字社・災害対応責任者のダニエル・モドアカ氏(ブカレスト)はIPSに語った。

フランスとスペインでは、相次ぐ熱波によって山火事が激化し、30万人以上が避難を余儀なくされている。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、この火災危機を「第二次世界大戦後で最悪の森林火災危機」と表現している。

この記録的な夏は、1980年代以降、欧州の気温上昇が世界平均の約2倍というペースで進んでいることと一致している。

欧州環境機関(EEA)は、「欧州では2020年以降、史上最悪級の熱波が相次いで発生しており、その結果、広範囲に及び数年間続く『メガ干ばつ』のリスクが高まっている」と警告している。

ルーマニアでは極端な高温に対する「赤色警報」が発令され、ブカレスト第4区では赤十字ボランティアが飲料水を配布し、市民の健康と安全を支援した。

しかし、欧州が直面しているのは熱波だけではない。

近年は異常降雨も頻発しており、2024年後半にはスペイン・バレンシアで大規模な豪雨災害が発生した。

この洪水では200人以上が死亡し、土砂崩れや住宅、電力、交通、道路インフラに甚大な被害が生じた。同年にはオーストリア、ポーランド、チェコ、ルーマニアでも深刻な洪水が発生している。

夏本番を迎えた現在、人々は健康と生活への直接的な脅威に直面している。

モドアカ氏は、「ブカレストでは、極端な暑さ、高密度な都市構造、夜間でも気温が下がらない状況が重なり、高齢者や慢性疾患を抱える人々、経済的に困難な家庭への影響が一層深刻化しています」と語る。

ルーマニアでは、電気料金の支払いが困難な世帯が17.7%に上り、自宅を十分に冷房できないことが大きな課題となっている。

こうした中、ルーマニア赤十字社は飲料水の配布や血圧測定などの健康チェックに加え、高温によって症状が悪化する持病を持つ人々への支援を実施している。

さらに、「長期間の熱波に最もさらされるホームレスへの支援や、冷房設備や医療サービスへのアクセスが限られる農村部の世帯への支援も行っています」とモドアカ氏は説明した。

高温が長期間続き、夜間も気温が十分に下がらない状態では、人間の身体は持続的なストレスにさらされる。

その結果、熱疲労や熱中症、心血管疾患など既存の病気の悪化を招き、最悪の場合は命を落とす危険性も高まる。

Europe’s Copernicus Climate Change Service reports the average anomalies in air temperatures in Europe during this year’s heatwave from 18-30 June 2026 relative to the average temperature for the 1991-2020 reference period. Cedit: C3S/ECMWF

保健当局によると、今年の熱波では欧州で1億5,000万人以上が影響を受け、6月下旬だけでも約1万人の超過死亡が発生した。

世界保健機関(WHO)は、この20年間で欧州の熱関連死亡率は30%増加し、現在では年間約17万5,000人が暑さに関連して命を落としていると推計している。

65歳以上では、2000~2004年と2017~2021年を比較すると熱関連死亡率は85%も増加した。

Following a red alert issued for extreme temperatures, Romanian Red Cross volunteers in Bucharest’s Sector 4 distributed drinking water and supported the health and safety of local communities. Bucharest, Romania. Credit: Romanian Red Cross-Bucharest Sector 4

都市部では、コンクリートやアスファルトが熱を蓄積する「都市ヒートアイランド現象」によって状況はさらに深刻化し、医療・人道支援体制が限界に近づいている。

パリでは病院や救急搬送体制に大きな負荷がかかり、フランス赤十字社は24時間利用できる緊急クーリングシェルターを設置し、食事や飲料水、宿泊場所、社会的支援を提供している。

気候変動の長期的影響については、学術誌『Global Environmental Change』に掲載された最新研究でも明らかになった。

ドイツの研究チームは、欧州の深刻な熱波が所得格差を拡大させ、とりわけ低所得世帯に大きな打撃を与えた結果、2004年から2022年までの間に平均560万人が新たに貧困リスクに陥ったと報告している。

先月、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の気候政策上級担当官メアリー・フリール氏は、「極端な暑さは今や現代を代表する人道危機の一つであり、人々、組織、そして政府が一致して対応すべき重大な公衆衛生上の脅威である」と訴えた。

このメッセージは、7月にWHO欧州地域事務局長ハンス・クルーゲ氏も改めて強調した。

同氏は、多くの欧州諸国が将来の熱波による健康被害に十分備えられておらず、医療施設の耐暑化も不十分だと指摘している。

WHOは、「熱波は病院の許容量を超える患者を生み出すだけでなく、高温に対応できる設計になっていない病院では、建物自体が過熱し、電力供給や冷却設備、さらにはコンピューターなどの情報システムが停止する危険がある」と警告している。

気候変動に適応するための課題として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、資源不足、専用財源の不足、民間企業や市民の参加不足を挙げている。

一方で、欧州連合(EU)は2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ(ネットゼロ)の達成を掲げ、積極的な気候政策を推進している。

2019年に開始された「欧州グリーンディール」は、エネルギー、交通、産業、インフラをクリーンエネルギーへ転換するための包括的な戦略である。

また、コペルニクス気候変動サービスによると、2025年には欧州で発電された電力の46.4%が再生可能エネルギーによるものとなった。

しかし、今回の欧州の危機は欧州だけの問題ではない。

世界の平均気温は現在、産業革命以前と比べて約1.4度上昇しており、このままの傾向が続けば、気候変動対策の重要な目標である1.5度の上昇限界は2030年代を待たず、今世紀末ではなくこの10年の終わりまでに突破される可能性がある。

ニコラ氏はIPSに対し、「1.5度をわずかでも超えるたびに、生態系、水資源、食料安全保障、インフラ、経済へのリスクはさらに高まり、気候システムの一部が取り返しのつかない『ティッピング・ポイント(臨界点)』に達する可能性も増していく」と警鐘を鳴らした。

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INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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|視点|気候変動:人間中心の取り組み(池田大作創価学会インタナショナル会長)

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日本の「踊る阿呆」に宿る精神

日本で暮らすネパール人にも響くかもしれない、この古き踊りと「美しき混沌」

カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ミキ・ウプレティ】

日本は、先端技術や富士山、侍の歴史、そして今や約30万人に迫るネパール人コミュニティーを通じて、多くのネパール人にとって身近な国となっている。しかし、日本文化の奥深い精神性には、ネパールではまだあまり知られていないものもある。その一つが「盆踊り」だろう。先祖の霊を供養する8月中旬の「お盆」の時期に各地で行われる夏の踊りである。|英語版

盆踊りには、日本古来の祖先崇拝と、6世紀に伝来した仏教の伝統が溶け合っている。人々は祈りを捧げ、家族で墓参りをし、地域の輪の中で踊りながら先祖の霊を迎える。約500年前には活気あふれる街頭文化として広まり、今日では日本各地で、それぞれ独自の振り付けや音楽を伴ったさまざまな形の盆踊りが受け継がれている。

All photos: MIKI UPRETY
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その中でも、四国・徳島の「阿波おどり」は別格の存在だ。普段は穏やかな地方都市が、この時期だけは一変する。

阿波おどりの特徴の一つに、右手と右足、左手と左足を同時に前へ出す「ナンバ」と呼ばれる独特の身体の使い方がある。これは、刀を左腰に差していた武士の時代の歩き方に由来するともいわれている。

この基本動作を身につけると、踊り手は「ヤットサー、ヤットサー」という躍動感あふれる二拍子のリズムに乗って前へ進む。一見すると、その場ですぐ参加できそうな単純な踊りに見えるが、本当にものにするには何年もの稽古が必要である。

「阿波」とは徳島の旧国名であり、「阿波おどり」とは文字通り「徳島の踊り」を意味する。約400年の歴史を持つこの祭りは、8月11日から15日までの5日間にわたって開催される。10万人を超える踊り手がそろいの衣装をまとい、真夏の蒸し暑さにもかかわらず、夕暮れから夜遅くまで踊り続ける。5日間の観光客は約110万人に達し、徳島市の人口をはるかに上回る人々が街を訪れる。

その数日間、徳島はまるで別世界に迷い込んだかのようになる。人波、熱気、太鼓、鉦、三味線――街全体が「美しき混沌」に包まれる。それでも、その混沌の中で際立つのが、安全対策や整然とした群衆誘導に表れる日本らしさである。

All photos: MIKI UPRETY
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阿波おどりの精神を象徴するのが、あまりにも有名なこの囃子言葉だ。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」

どうせ同じ「阿呆」なら、見ているだけでは損だ。ならば自ら踊ってしまおう――そんな意味である。

この精神は、約400年前、藍の交易で栄えた徳島の商人文化の中で育まれた。普段は倹約を重んじ、現実的な生活を送っていた人々も、年に一度のこの祭りだけは惜しみなく金を使ったという。

そこには、日本人の精神が持つ興味深い二面性が表れている。普段は控えめで感情を表に出さない人々が、ひとたび踊り手となれば、内に秘めていた情熱を一気に解き放つのである。

とはいえ、阿波おどりは決して無秩序な騒ぎではない。

踊り手たちは「連」と呼ばれる約1000もの統率されたグループに分かれ、連ごとに仕立てられたそろいの衣装を身につけて踊る。年齢も職業もさまざまなメンバーが、一年を通して練習を重ね、各連独自の振り付けを磨くとともに、夜通し踊り続けるための体力を養っている。

企業が組織する連もあり、社員たちは会社の看板を背負って踊る。一方、観光客も「にわか連」に加われば、その場で「踊る阿呆」の仲間入りをすることができる。

連の名前にも、阿波おどりならではのユーモアがあふれている。「のんき連」「阿呆連」「娯茶平」「風来坊」などがその例である。

中でも洒落が利いているのが、地元の医療系教育機関の学生たちがつくる「たけのこ連」だ。

日本語では、タケノコが育てば竹林、つまり「藪(やぶ)」になる。そして「藪医者」といえば、腕の悪い医者を意味する。将来立派な医師になると胸を張るのではなく、「この先、藪医者になります」と自らを笑いの種にしているのである。そこには、むしろ静かな自信が感じられる。

私が阿波おどりに強い思いを抱くのは、私の家族のルーツが徳島にあるからだ。徳島では幼いころから阿波おどりを身につけ、祭りそのものが地域のアイデンティティーと誇りの一部になっている。

数年前、カトマンズで、日本人教師たちが、日本への留学や就労を目指して日本語を学んでいるネパール人学生に阿波おどりを教えている場面に出会った。

しかし、教えている人たちは徳島出身ではなく、その指導には阿波おどりの本来の身体の使い方や理屈が十分に伝わっていないように感じられた。

私は思わず口を挟んだ。

「私に教えさせてください。阿波おどりをやるなら、きちんとやりましょう」

それ以来、私は毎年夏になるとカトマンズで、若いネパール人たちに「踊る阿呆」になる方法を教える日本人としての役割を喜んで引き受けている。

彼らの多くは、やがて日本で数年間、あるいはそれ以上にわたり勉強したり働いたりすることになるだろう。日本で困難に直面したとき、かつて「踊る阿呆」の精神に身を委ねたあの瞬間を思い出してくれたら、と私は願っている。

日本へ向かうネパール人に必要な準備とは、日本語を学ぶことだけではない。踊りを通じて、日本人が持つしなやかな強さや、困難を乗り越える精神に触れることもまた、大切なのではないだろうか。

徳島のDNAは今も生き続けている。そして私は、その文化的な遺産を、ネパールというもう一つの「美しき混沌」のただ中で伝えられることを誇りに思っている。

ミキ・ウプレティは、ライター、サイクリスト。かつては登山家、トレイルランナーとして活動し、1985年以来ネパールとの関わりを持ち続けている。

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|インタビュー|ブラジルの先住民族コミュニティ(気候活動家・人権弁護士カイメ・シルベストレ氏)

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)=アレッサンドラ・ボナノーミ】

先住民族は、環境に与える負荷がごく小さいにもかかわらず、自然環境と密接に結びつき、それに依存して暮らしているため、気候変動の直接的な影響を真っ先に受けることが多い。先住民族は歴史的に土地を守り、自然と調和して生きる知恵を培ってきた。|英語版

ブラジルのアマゾン地域出身の気候活動家で人権弁護士のカイメ・シルベストレ氏へのインタビューを通じて、ブラジルの先住民族が直面する最大の問題は、土地を利用し、そこで暮らす権利を失いつつあることだと分かった。ブラジル政府や農場経営者は、威嚇をはじめとするさまざまな手段を用いて、先住民族を土地から追い出している。

An AI-generated editorial image depicts members of an Indigenous community overlooking deforested land in the Brazilian Amazon, where cattle ranching threatens ancestral territories, livelihoods and the global climate. Image: INPS Japan
An AI-generated editorial image depicts members of an Indigenous community overlooking deforested land in the Brazilian Amazon, where cattle ranching threatens ancestral territories, livelihoods and the global climate. Image: INPS Japan

シルベストレ氏によると、先住民族のコミュニティは政府から十分な支援を受けておらず、特に脆弱な立場に置かれている。先住民族に関する政策の策定と実施を担う政府機関として、国立先住民財団(FUNAI)がある。しかし前政権は、FUNAIがその役割を十分に果たすために必要な支援を提供しなかった。

その実態が如実に表れたのが、新型コロナウイルス感染症への対応である。先住民族のコミュニティには必要な医療支援が届かず、政府の怠慢によって多くの人が命を落とした。シルベストレ氏は「ブラジルだけでなく、世界中で先住民族とその土地を守らなければならない」と訴える。

同氏によれば、アマゾン熱帯雨林の開発を進めようとする動きの背景には、それがブラジル経済の成長につながるとの考えがある。しかし、シルベストレ氏はこの見方に異を唱え、そうした経済成長は一時的なものにすぎないと指摘する。一部の人々に短期的な利益をもたらすだけで、長期的な解決策にはならないという。また、アマゾンの森林破壊を引き起こしている主な要因として、畜産業を挙げている。

シルベストレ氏によると、昨年のブラジル・アマゾン地域における森林破壊は、過去10年間で最悪の水準に達した。一方で同氏は、環境や地球規模の気候バランス、さらには地球全体を守るうえで、アマゾンの生態系全体が極めて重要だと強調する。そのため、森林破壊について広く認識を高めることが不可欠だと考えている。問題を解決する一つの方法は、地球環境を真剣に考える政治家に投票し、当選させることだという。

CitiPlat

2022年にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会に参加したシルベストレ氏は、世界の指導者に対し、直ちに行動を起こすよう訴えている。「残された時間は少なくなっている」からだ。また、民間部門も政府を正しい方向へ導くうえで、重要な役割を果たせると考えている。

最後にシルベストレ氏は、気候変動対策に対する姿勢について、母国ブラジルと現在暮らすスイスを比較した。

同氏の観察によれば、スイスの人々は気候変動への対応に強い意欲を示しており、社会のあらゆる層が気候変動をめぐる議論に参加している。ただし、国土が比較的小さいことが、こうした取り組みを進めやすくしている面もあると指摘する。

一方、ブラジルは国土がはるかに広く、外部からアクセスすることが難しいコミュニティもある。さらにシルベストレ氏は、ブラジルでは多くの人々が日々の食料を確保することで精いっぱいであり、気候変動について考える余裕さえないという厳しい現実を指摘した。

ORIGINAL URL:Indigenous communities in Brazil

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世界の先住民の国際デー2025

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ネパールは食料安全保障を「国家安全保障」の問題として早急に位置付ける必要がある

【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ

気候危機による異常気象、世界的なサプライチェーンの混乱、そして国内の政策運営の不備が重なり、ネパールの食料安全保障を脅かす「パーフェクト・ストーム(最悪の複合危機)」が生じている。|英語版

水、エネルギー、食料の相互連関が、今年ほど鮮明に浮かび上がったことはない。ネパールでは農地の60%以上が天水農業に依存している。毎年繰り返される肥料不足に西アジアでの戦争が追い打ちをかける一方、農村からの人口流出によって耕作放棄地も増えている。

先週6月29日の「田植えの日(Paddy Day)」は、例年になく盛り上がりを欠いた。恒例の泥遊びもほとんど見られず、田植えもあまり進まなかった。例年より降雨量の多いプレモンスーン期を受け、多くの農家が早めに田植えを始めたものの、本格的なモンスーンの到来は2週間遅れた。

こうした不安定なモンスーンは、ネパール各地で繰り返されるようになっている。雨を待つことに見切りをつけ、仕事を求めて出稼ぎに出る農家も少なくない。

降雨不足の影響で、2024/25年度のコメ収穫量は、前年度の600万トンから570万トンに減少した。スーパー・エルニーニョの動向を追う気象モデルは深刻な干ばつを予測しており、肥料不足も重なって、穀物収穫量はさらに落ち込む見通しだ。

ネパール開発研究所(NDRI)で生計・食料安全保障を担当する専門家、クリシュナ・パハリ氏は、「ネパールでは、コメなどの主食作物の生産が気候ショックに翻弄されている。今年はエルニーニョ現象の影響で、降雨量が平年を下回る見通しだ」と説明する。

国際栄養会議に出席中のローマから『ネパリ・タイムズ』の取材に応じたパハリ氏は、さらにこう語った。

「気候危機に、西アジアの紛争が引き起こした燃料や肥料の不足が追い打ちをかけている。こうした問題が続けば、ネパールの食料安全保障は一段と悪化するだろう」

かつてネパールは食料の純輸出国だったが、それも今は昔である。農業が抱える構造的問題の多くは気候危機以前から存在していたが、不安定なモンスーンと灌漑の未整備によって、状況はさらに深刻化している。昨年、ネパールは総額600億ルピーに上る100万トン超の穀物を輸入した。

カトマンズの統合開発研究所(IIDS)で食料安全保障とガバナンスを専門とするヤムナ・ガレ氏は、「ネパールは気候危機から深刻な影響を受けているが、気候変動に起因する災害が頻発し、農業資源や森林資源が失われた際の十分な復旧計画がない。」と指摘する。

さらに、「気候変動に対応し、栄養価にも優れた種子や品種の開発に十分な資源が投入されていない。その結果、輸入や援助に依存せざるを得なくなっている。」と語った。

ネパールでは人口の60%が農業に従事し、農業は国内総生産(GDP)の約4分の1を占めている。しかし、農村部では若者の流出が続き、地域に残る農家も換金作物を適正な価格で販売できない状況にある。

6月中旬、韓国政府は韓国国際協力団(KOICA)を通じ、タライ地方で気候変動に強いコメ生産と食料安全保障の強化を図る6年間の事業に、1200万ドルの無償資金協力を供与すると表明した。

専門家によれば、灌漑の整備によって、ネパールの農業生産性は最大30%向上する可能性がある。しかし、大規模な灌漑事業は、汚職やずさんな事業運営のため、数十年にわたって停滞している。

生産性の向上が重要である一方、生産された農産物をいかに損失なく消費につなげるかも大きな課題だ。収穫後の損失率は、穀物で15%、野菜や果物では40~50%にも達する。野生動物による農作物被害も深刻で、農村からのさらなる人口流出を招いている。

パハリ氏は、「収穫後の損失を減らすことは、人々に行き渡る食料を増やすことにつながる。そのためには、コールドチェーンや貯蔵施設、穀物サイロの整備・改善が必要だ」と指摘する。

このほか、加工によって食品の保存性を高める取り組みも必要だ。果物を乾燥させたり、ジャムに加工したりする方法が考えられる。また、学校給食では、子どもたちの好みに合わせてレシピや献立を工夫することもできる。

飢餓ゼロ

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

ネパールはこれまで、子どもの発育阻害(stunting)や消耗症(wasting)の削減で成果を上げてきた。しかし近年、開発援助の縮小・撤退によってその成果にも陰りが見え始め、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる2030年までの「飢餓ゼロ」の達成が危ぶまれている。

先月、ヘレン・ケラー・インターナショナルの支援を受け、ネパール全土の5歳未満児100万人を対象に実施された全国調査の結果が公表された。それによると、米国国際開発庁(USAID)が資金を拠出していた食料・栄養プログラムの終了に伴い、子どもの栄養不良が悪化している。急性栄養不良の割合は2025年の6.6%から今年は7.8%に上昇し、マデシ州では12.3%と国内で最も高かった。

パハリ氏は、「2030年までの『飢餓ゼロ』の達成に向け、ネパールは目標達成の軌道に乗っているとは言えない」としたうえで、「世帯の平均的な食料消費が改善しているのは、海外からの送金と社会保障制度によるところが大きい」と指摘した。

こうした状況を踏まえれば、問われるのは、RSP政権が食料増産と子どもの飢餓の削減に向け、どのような対策を講じてきたのかという点である。

スワルニム・ワグレ財務相は5月の予算演説で、農業部門の再生を「最優先課題」と位置付けた。しかし、農業に割り当てられた470億ルピーは予算総額の3%にも満たず、過去9年間で最低の水準となった。

しかも、その半分以上が化学肥料の輸入に充てられる。それでも、コメの田植え時期には毎年のように尿素肥料が不足している。

一部の専門家は、ワグレ財務相が商業的農業の振興と中間所得層の所得向上を重視していることについて、農村部で雇用を創出し、バリューチェーン全体の生産性向上につながると評価している。一方で、貧しい農家が取り残されるとの批判もある。

パハリ氏は、「この予算はネパールの中間所得層の活力を引き出すことに重点を置いており、その点では一定の合理性がある。しかし、ネパールの農家の大半は小規模農家だ。この層の問題に取り組まない限り、農業生産全体の拡大にはつながらない」と語る。

ヤムナ・ガレ氏は、他の多くの課題と同様、解決の鍵は政治的な優先順位と政策の実行にあるとみている。

「政策は政治的な選択の産物である。新たな政策の内容と予算規模を見れば、この政権が農業を優先課題とみなしていないことが分かる。その影響を最も強く受けるのは、社会的に周縁化され、排除されてきた人々だ」とガレ氏は指摘する。

一方、州政府による農業への予算配分は比較的手厚い。世帯レベルの食料不安が最も深刻なカルナリ州は、予算の21%以上を農業に充てている。また、急性栄養不良率が高いルンビニ州とマデシ州では、それぞれ予算の4%以上を農業に配分している。

ガレ氏は今月初め、アーメダバードで開催された世界銀行の地域政策対話で、南アジアの食料の未来を共に形作るための地域協力と政策対応をテーマとしたパネル討論の司会を務めた。

会合には南アジア各国から専門家、イノベーター、民間部門の関係者らが参加した。しかし、他国とは対照的に、ネパール政府の代表者の姿はなかった。「国内問題の解決」を優先する新指導部の下では、こうした招待を辞退することが常態化している。

参加者からは、ネパールの新指導部が会合を欠席したことで、インセンティブ、生産、市場をバリューチェーン全体で結び付け、農業のパラダイム転換を促す貴重な機会を逸したとの指摘も出た。

そして、クリシュナ・パハリ氏とヤムナ・ガレ氏は、奇しくも同じ言葉で問題の核心を言い表した。

「食料安全保障は国家安全保障である」

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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2025年は観測史上3番目の暑さ、最も暑い3年間が連続

新たなデータにより、2025年が観測史上3番目に暑い年だったことが確認された。科学者らは、排出量の増加に伴う大気中の温室効果ガス濃度の上昇を、気候温暖化の主因として挙げている。

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)編集部】

このほど公表された新たなデータによると、2025年は、1850年以降の観測記録で2024年、2023年に次いで3番目に暑い年となった。|英語版

英気象庁、イースト・アングリア大学(UEA)、国立大気科学センターが共同で取りまとめた気温データセット「HadCRUT5」によると、2023~2025年は観測史上最も暑い3年間となり、2025年の世界の年平均気温は1850~1900年の平均を1.41±0.09℃上回った。

2025年は観測史上3番目に暑い年であると同時に、世界平均気温の産業革命前からの上昇幅が1.4℃を超えた暦年としても、3年目となった。

An AI-generated editorial illustration depicts a warming Earth, with industrial emissions and drought-scarred land symbolizing the human-driven rise in greenhouse gases behind the three warmest years on record, from 2023 to 2025. Image: INPS Japan.
An AI-generated editorial illustration depicts a warming Earth, with industrial emissions and drought-scarred land symbolizing the human-driven rise in greenhouse gases behind the three warmest years on record, from 2023 to 2025. Image: INPS Japan.

予測に沿った推移

観測史上最も暑い3年間が続いたことについて、英気象庁の首席科学者スティーブン・ベルチャー教授(CBE)は、次のように述べた。

「2023年以降、世界の年間平均気温は急上昇している。2023~2025年の3年間の世界平均気温は、1850~1900年の平均を1.47℃上回った」

UEA気候研究ユニットのティム・オズボーン所長は、「世界の気温観測データは、世界各地の気候科学者による予測に沿って、地球温暖化が進み続けていることを示している」と語った。

「エルニーニョ・南方振動(ENSO)として知られる太平洋の自然な気候変動が、2023年と2024年の世界平均気温を一時的に約0.1℃押し上げ、近年の急激な気温上昇の一因となった。

この自然変動の影響は2025年までに弱まった。そのため、2025年に観測された世界平均気温は、基調的な温暖化の実態をより明確に示している。

温室効果ガスの排出量を大幅かつ継続的に削減すれば、人間活動による世界の気候変動を減速させ、最終的には食い止めることができる」

人間活動による温室効果ガス濃度の上昇

英気象庁の気候科学者コリン・モリス氏は、次のように述べた。

「世界の年間平均気温が長期的に上昇しているのは、人間活動によって大気中の温室効果ガス濃度が高まっているためである。一方、年ごとの気温変動は、主として気候システムの自然変動によるものだ」

世界気象機関(WMO)は昨年公表した「地球気候の現状」報告書で、過去10年間の観測結果と今後10年間の予測を組み合わせ、2015~2034年のデータを分析した。

CitiPlat
CitiPlat

その結果、現在の長期的な地球温暖化の水準は、1850~1900年の平均を1.37℃上回り、その推定範囲は1.34~1.41℃とされた。パリ協定に照らして温暖化の進行を評価する際には、単年または数年間の平均よりも、こうした長期的な温暖化水準の方が重要な指標となる。

英気象庁をはじめとする各機関の気候科学者は、世界の年平均地表気温の上昇について調査を進めている。これには、2023年と2024年に見られた顕著な気温上昇も含まれる。

専門家らはまた、近年の急激な気温上昇の要因として、2023年にエルニーニョ状態へ急速に移行したこと、地球のエネルギー収支の不均衡が大きく、海洋への熱の蓄積が進んだこと、さらに人為起源エアロゾルの排出量が減少したことなどを挙げている。

INPS Japan

ORIGINAL URL: 2025 continues series of world’s three warmest years

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【クンブ地方Nepali Times=レイラ・エザット

カトマンズ空港では毎日、大きなバックパックや登山装備を抱えた数百人の旅行者が、エベレストへの玄関口であるネパール東部のクンブ地方へ向かう航空機に乗り込んでいる。トレッキングや登山、あるいは精神修養のためのリトリートなど、その目的はさまざまだが、この神聖なヒマラヤの渓谷は、氷雪に覆われた名峰に囲まれた唯一無二の冒険の舞台となっている。|英語版

しかし、その人気には代償も伴う。

クンブ地方には毎年、登山者やトレッカー、ポーターを合わせて約6万~10万人が訪れる。その結果、数千トンもの固形廃棄物が発生し、地球温暖化の影響ですでに大きな負荷を受けている脆弱な山岳生態系をさらに脅かしている。

登山道の清掃から始まった取り組み

こうした問題に対応するため、サガルマータ汚染防止委員会(Sagarmatha Pollution Control Committee:SPCC)は1991年から活動を続けている。

同委員会は、エベレスト・ベースキャンプや登山道、そして世界最高峰群の麓に点在する地域社会において、ごみ管理を担ってきた。

「私たちの最初の目標は、登山道をきれいにすることでした。」SPCCのヤンジ・ドマ・シェルパ氏はそう語る。

「人気のトレッキングルートではポイ捨てを大幅に減らすことができました。しかしその一方で、大量のプラスチック、缶、ガラス、電子機器、さらには医療廃棄物までが焼却・埋設されるという慣行は、ほとんど改善されませんでした。」

「ごみ」も資源になる

一方で希望もある。ネパールでは、アルミ缶、スチール缶、PETボトルなど、多くの資源ごみをリサイクルできる体制が整いつつある。また、生ごみは堆肥や家畜の飼料として再利用され、紙も地域住民によって再活用されている。

こうした循環型社会の実現を目指し、2022年、ナムチェ・バザールに「サガルマータ・ネクスト(Sagarmatha Next)」が設立された。この非営利団体は、地域住民や観光客に対して持続可能な廃棄物管理について啓発活動を行うとともに、SPCCの活動を支援し、シェルパ文化と自然環境を尊重する持続可能な観光の実現を目指している。

地域ぐるみで廃棄物管理計画を策定

Nepali Times

地域行政や住民からの要請を受け、サガルマータ・ネクスト共同設立者のトミー・グスタフソン氏は、コロラド大学ボルダー校の山岳地理学者・自然保護研究者アルトン・C・バイヤーズ氏、アリゾナ州立大学の環境人類学者ミラン・シュレスタ氏とネトラ・チェトリ氏らと協力し、SPCCや地域関係者とともに包括的な廃棄物管理計画の策定に取り組んだ。

「サガルマータ・ネクストとSPCCは、国立公園内にある70カ所以上の埋立地について、位置、規模、廃棄物の種類、環境への影響などを詳細に調査していました。」そう語るのはバイヤーズ氏である。

「地域住民の考え方を理解し、廃棄物管理計画の策定を望んでいることが分かってからは、それほど難しい作業ではありませんでした。」「私たちが重視したのは、リサイクル、再利用、ごみの削減、そして遠方から運ばれる加工食品ではなく、地域で生産される食品をより多く利用することでした。従来のように、ごみを燃やしたり埋めたりする持続可能性に欠ける方法から脱却することを目指したのです。」

国家地理学協会の支援を受けた計画

この計画は、2019年にナショナルジオグラフィック協会の助成を受けて策定され、2020年に完成した。その後2023年には、SPCCとクンブ・パサン・ラム農村自治体(KPLRM)が、この計画の主要な提言を取り入れた「クンブ持続可能廃棄物管理計画」を正式に策定した。以来、SPCCと自治体は、3段階から成る廃棄物管理システムを運用している。

① ごみの回収・分別

各集落に設置された「環境ステーション(Environmental Station)」で、ごみを回収し種類ごとに分別する。

② 中間処理

分別されたごみは「資源回収施設(Material Recovery Facility)」へ運ばれ、圧縮・梱包などの前処理が施される。

③ カトマンズへ搬送

前処理された廃棄物はカトマンズまで輸送され、リサイクルまたは最終処分される。

着実に整備が進むインフラ

これまでにSPCCは、①登山道や学校を中心に125基のごみ箱、②クンブ各地に9カ所の環境ステーション(さらに18カ所建設予定)、③ナムチェ・バザールに資源回収施設1カ所(ルクラにも新設予定)、を整備してきた。

資源回収施設は建設費が高額であるものの、クンブ地域の循環型廃棄物管理を支える重要なインフラとなっている。

意識を育む拠点「サガルマータ・ネクスト」

サガルマータ・ネクストは、環境教育の拠点としての役割を担うとともに、SPCCや地域住民による環境保全活動を財政面からも支援している。

「私たちの役割は、人々の意識を呼び覚ますことです。」そう語るのは、サガルマータ・ネクスト共同設立者であり、登山家でもあるトミー・グスタフソン氏である。元企業経営者でもある同氏は、2016年からネパールで暮らしている。

「ここを訪れるすべての人にインスピレーションを与え、ごみが回収されてからリサイクルされるまでの仕組みを理解してもらうことが私たちの使命です。」

「Carry Me Back」─一人1キロのごみを持ち帰る

SPCCとサガルマータ・ネクストは共同で、「Carry Me Back(私が持ち帰ります)」というユニークな取り組みを始めた。この活動では、トレッカー一人ひとりが、あらかじめ処理された1キログラムのリサイクル可能なごみを背負い、各地の回収地点からルクラ空港まで運ぶ。その後、ごみは航空機でカトマンズへ輸送され、リサイクルされる。サガルマータ・ネクストの運営責任者ラクシュマン・ラマ・ブロン氏はこう説明する。

「すべてのトレッカーが環境保全活動に参加できます。未来の世代や自然のために何かを残して帰ることで、この旅はより深い意味を持つものになります。」

4年間で45トン以上を搬送

この取り組みは、訪問者から高い評価を得ている。開始以来4年間で、3万5千人以上が参加し、45トンを超える廃棄物が山から運び下ろされた。一人当たり1キロという小さな負担であっても、多くの人が参加することで大きな成果につながっている。

Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC
Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC

「ごみを見る目」を変える

サガルマータ・ネクストの目標は、ごみを回収することだけではない。「ごみに対する考え方そのものを変えること」が、その大きな使命である。センターでは、①クンブ地域の歴史、②山岳環境が直面する課題、③持続可能な解決策、④バーチャル・リアリティ(VR)体験、などを通して、来館者が地域の環境問題を体感できるよう工夫されている。

さらに館内にはアートギャラリーも設けられ、ネパール国内外のアーティストが、ごみや自然をテーマとした作品を展示している。2022年の開館以来、7万5千人以上がこの施設を訪れている。

アートも環境保全の力になる

Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT

https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom
Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

2025年秋、センターのアーティスト・イン・レジデンスとして滞在したエストニア人環境アーティスト、イネス=イッサ・ヴィリド氏は次のように語る。

「サガルマータ・ネクストは、問題が実際に起きている場所で、人々を結び付ける場です。」

「廃棄物は私の作品づくりに欠かせない素材です。ごみだからこそ、より力強くメッセージを伝えることができます。」

「創造力と技術を組み合わせ、ごみから美しい作品を生み出す作業は、とても刺激的で楽しいものです。」

UN Photo
UN Photo

世界の山岳地域へ広がる可能性

地域住民の協力を得ながら進められているこの廃棄物管理モデルは、将来的には世界各地の高山地域でも応用できる可能性がある。

ヒマラヤだけでなく、多くの山岳地帯が観光客の増加と廃棄物問題という共通の課題に直面している。

クンブで培われた経験は、そうした地域にとって貴重な先例となるかもしれない。

依然として残る課題

毎年春になると、SPCCの「アイスフォール・ドクター」たちがエベレストへ入り、ベースキャンプからキャンプ2までのルートに梯子や固定ロープを設置する。

彼らは最初に山へ入り、最後に山を離れる存在でもある。

そしてルート整備だけではなく、ごみを回収して山から運び下ろす役割も担っている。

ベースキャンプからカトマンズまで

回収されたごみはまずベースキャンプからゴラクシェプへ運ばれ、そこで種類ごとに分別される。

その後、ゾッキョ(ヤクと牛の交配種)によってナムチェ・バザールまで運ばれる。

さらにリサイクル可能なごみはラバでスルケまで運ばれ、そこからカトマンズへ輸送される。

ヤンジ・ドマ・シェルパ氏によると、2025年には7トン(7,000kg)の廃棄物Carry Me Backで5トン(5,000kg)がカトマンズへ運ばれ、リサイクル会社Blue Wasteへ引き渡された。

標高6,000メートル以上に残る「凍ったごみ」

The carry me back initiative launched by SPCC and Sagarmatha Next aims at encouraging trekkers and visitors to transport recyclable waste from collecting points throughout their descent to Lukla. The G-Adventures team carried 50 + bags from Namche to Lukla in May 2026. Photo: SPCC
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

しかし、本当の課題は標高6,000メートルを超える場所にある。

ベースキャンプより上では、ごみだけでなく人間の排泄物も氷の中に凍結したまま残されることが多く、高山生態系や人の健康への深刻な脅威となっている。この問題への対策として、現在エベレスト遠征隊には、4,000ドルのごみ保証金の支払いが義務付けられている。

登山許可証を取得した旅行会社が観光局へ保証金を納め、登山終了後にSPCCが規則の遵守状況を確認した上で返還される仕組みである。

2025年、ネパール政府とSPCCは、エベレストの環境保全をさらに強化するため、ごみの持ち帰りに関する新たな取り組みを進めている。

2015年からSPCCは、「8キログラム・ルール」を導入した。これは、登山者一人につき8キログラム以上のごみをベースキャンプより上から持ち帰ることを義務付ける制度である。さらに2026年の登山シーズンからは、そのうち少なくとも2キログラムはキャンプ2(標高約6,400メートル)より上で回収したものでなければならないという規定が追加された。

加えて、登山者にはSPCCが配布する携帯用排泄物回収袋(Human Waste Bag)の使用も義務付けられている。

同様の制度は人気登山ルートにも広がっており、アマ・ダブラムでは登山者に3キログラムのごみと排泄物の持ち帰りが求められる。SPCCは現在、ロブチェ峰やアイランドピークのベースキャンプにも管理事務所を設置し、廃棄物管理を行っている。

それでも課題はなお残る。
An environment station in Khumjung. Photo: YANGJI SHERPA

標高6,000メートルを超える場所では、ごみや排泄物の多くが氷に閉じ込められたまま残されている。

パキスタンでの登山経験を持つフランス人アルピニスト、バンジャマン・ヴェドリーヌ氏は、高所での廃棄物管理の難しさを目の当たりにしてきた。同氏によれば、ベースキャンプではごみや排泄物は箱やドラム缶に回収され、高所ポーターが背負って約5日かけて村まで運び、そこからラバで搬出されていた。

一方、標高の高い場所では、毎年専門チームがキャンプ2まで登り、回収できる廃棄物を持ち帰るものの、多くは依然として氷の中に取り残されたままだという。しかも、作業員たちは長期間高所に滞在する装備や支援を十分に持たず、それ以上高い場所へ向かうことも難しい。

ヴェドリーヌ氏は当時を振り返り、こう語る。「その取り組み自体は本当に素晴らしいものです。しかし、彼らが命懸けでキャンプ2まで登っていく姿を見るのは、とてもつらい経験でした。命を落とす危険さえあるのです。現実とは思えない光景でした。」

Drone credit: Public Domain.
Drone credit: Public Domain.

ドローンが未来を変える可能性

ヴェドリーヌ氏は、将来的にはドローンが高山での廃棄物輸送を大きく変える可能性があると考えている。ネパールではすでに、エベレストのキャンプ1から廃棄物を空輸する貨物ドローンの実証実験が成功している。現時点では、キャンプ3やキャンプ4といったさらに高所まで飛行できる性能には達していない。そのため現在も、ごみの回収はシェルパや外国人登山者、そして清掃活動に参加するボランティアに大きく依存している。

しかし技術が進歩すれば、高所で働く人々の危険を大幅に減らせる可能性がある。

変化は私たち一人ひとりから始まる

どれほど技術が進歩しても、本当の変化は私たち自身から始まる。

訪問者も地域住民も、それぞれが環境保全の担い手であることに変わりはない。

観光が変えたナムチェ・バザール

1960年頃まで、ネパールの山岳地帯の多くの住民は、農業と牧畜を中心とした生活を送っていた。

しかし、標高3,440メートルに位置するナムチェ・バザールは、エベレストへの玄関口という立地を生かし、大きく発展する可能性を秘めていた。

現在では、トレッキング観光の中心地であり、シェルパ文化の拠点、そして登山者が高所順応を行う重要な場所となっている。

だが、この変貌は比較的新しいものである。

ナムチェで1973年に最初のロッジ「クンブ・ロッジ」を開業したペンバ・ギャルツェン氏は、当時をこう振り返る。

「観光が本格化したのは1990年代に入ってからです。それ以前のナムチェは交易の町でした。谷から運ばれてきた米や水牛の皮と、チベットから運ばれてきた塩や肉を交換する重要な市場だったのです。」

当時の暮らしは決して豊かではなかった。

電気も水道もなく、暖房や調理には薪を使い、夜は石油ランプだけが頼りだった。

「谷の下まで水を汲みに行かなければなりませんでした。20リットルの水を運ぶだけでも20分ほどかかりました。当時の生活は本当に大変でした。」

ヒマラヤから世界へのメッセージ

今日、エベレストは世界中の人々を魅了し続けている。

しかし、その美しさを未来へ引き継ぐためには、登山者、地域住民、行政、研究者、そして企業が協力し続けなければならない。

クンブ地域で進められている取り組みは、単なる「ごみ処理」の事例ではない。

それは、自然保護、地域社会、観光、教育、芸術、そして科学を結びつけた持続可能な山岳管理のモデルである。

世界各地の高山地域が同様の課題に直面するなか、この「クンブ・モデル」は、ヒマラヤを越えて広く応用できる可能性を秘めている。

エベレストを守ることは、世界の山岳環境を守ることにつながる。

そして、その第一歩は、一人ひとりが自然に対する責任を自覚し、小さな行動を積み重ねることから始まるのである。

Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
レイラ・エザットは、ソルボンヌ大学で環境科学の博士号を取得。サンゴ礁から高山渓流に至るまで、水生生態系を専門とする研究者である。

INPS Japan/Nepali Times

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UNHCR:難民条約75周年―難民条約は今なお何百万人もの命綱(エリザベス・タンUNHCR 国際保護・解決局長)

【ジュネーブIPS=エリザベス・タン

1951年7月28日に署名のために開放された「難民の地位に関する条約(難民条約)」は、今年で75周年を迎えた。現在もなお、この条約は国際難民保護制度の礎であり、人類が採択した国際法上の最も重要な法的文書の一つであり続けている。|英語版

第二次世界大戦の惨禍を受けて誕生したこの条約は、極めてシンプルでありながら力強い原則を法制化した。それは、迫害や紛争、暴力によって故郷を追われた人々は、安全な場所に避難し、保護を受ける権利を有するという原則である。

戦争や迫害、突発的な社会の混乱は、いかなる国にも起こり得る。難民条約は、この普遍的な現実に基づき、「故郷を追われた人々は保護されなければならない」という理念の上に築かれた。

この75年間、難民条約は、第二次世界大戦後のヨーロッパから、アフリカ各地の独立闘争、インドシナ戦争、ラテンアメリカの軍事独裁政権下での迫害、そして近年のアフガニスタン、シリア、ウクライナ、スーダンに至るまで、紛争や迫害から逃れてきた人々にとって命綱となってきた。

現在、149か国が難民条約、1967年議定書、またはその双方の締約国となっており、この枠組みは国際法の中でも最も広く支持されている制度の一つとなっている。条約と議定書は、「難民」の定義を定めるとともに、難民が有する権利や、各国が保障すべき保護の基準を明確に規定している。

とりわけ重要なのが、「ノン・ルフールマン原則(強制送還の禁止)」である。これは、迫害や拷問、その他重大な危害を受ける恐れのある場所へ人々を送り返してはならないという原則であり、現在では国際慣習法として確立している。そのため、難民条約を批准していない国にも適用される。

また、この条約は「生きた法」として発展を続けてきた点も重要である。各国の実務や裁判所の判例、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の指針を通じて、ジェンダーに基づく迫害や武装勢力による強制徴兵、さらには気候変動の影響が紛争や迫害などと複合的に重なる状況における保護など、現代の新たな課題にも対応できるよう進化してきた。

UNHCR

一方、世界はかつてない規模の危機と不安定化に直面している。赤十字国際委員会(ICRC)によれば、2025年には世界で130件を超える武力紛争が発生し、4,160万人もの難民が故郷を追われたままとなっている。

難民・庇護問題を巡る議論は世界各地で二極化しているものの、庇護制度そのものに対する市民の支持は依然として高い。今年、29か国を対象に実施されたイプソス(Ipsos)の世論調査では、約3分の2の回答者が「戦争や迫害から逃れる人々には避難を求める権利がある」と支持している。

しかしながら、世界の難民保護制度はいま大きな負担に直面している。

難民の約70%は低・中所得国で受け入れられているが、これらの国々の多くは、自国の経済や開発上の課題も抱えている。また、難民の10人に7人は5年以上にわたり故郷を離れた生活を余儀なくされている。

こうした状況から、「難民条約は今日の複雑な人口移動や逼迫した庇護制度には適応できなくなっている。」と主張する声もある。

しかし、私たちはその考えには賛同しない。

難民条約は、国際的な保護を必要とする人とそうでない人を適切に区別するための枠組みを提供すると同時に、誰一人として迫害や拷問、重大な危害の危険がある場所へ送り返されないことを保障する制度である。

公平で効率的な難民認定手続きは、難民を保護するとともに、受入れ地域社会の安心感を高め、庇護制度への信頼を維持する上でも不可欠である。

UNHCRは、各国政府や関係機関との連携をさらに強化し、受入れ能力の不足を補いながら、難民認定が迅速かつ正確に行われるよう全力を尽くす用意がある。

一方で、難民保護を必要としない人に庇護を認めるべきではなく、そのような人々については、安全性と人間の尊厳が確保された形で帰還できるようにすることも、信頼できる庇護制度の重要な要素である。

同時に、国境管理は常に難民保護の原則に基づいて行われなければならない。

私たちは、難民申請へのアクセスを制限する措置、例えば国境での押し戻し(プッシュバック)、領域への入国拒否、強制送還などの実態を深く懸念している。

難民条約は、各国が国境を適切に管理しながら、国際的保護を必要とする人々を確実に保護するための明確な法的枠組みを提供している。

こうした課題は、深刻な資金不足によってさらに悪化している。

2026年6月末時点で、UNHCRの資金充足率はわずか31%にとどまっており、その結果、避難を余儀なくされた人々、とりわけ最も脆弱な人々に提供される不可欠な支援サービスが大きく制約されている。

難民条約75周年を迎えるに当たり、UNHCRは、庇護制度への新たな国際的コミットメント、より強固な国際協力、そして難民と受入れ地域社会への一層の支援を呼びかけている。

2026年を通じて、各国政府、市民社会、難民当事者、民間企業など幅広い関係者が参加する地域・国・世界レベルでの対話を開催し、難民保護を強化し、持続可能な解決策を前進させるための具体的な方策をともに模索していく。

難民条約は75年を経た今日もなお、故郷を追われた人々を守り、本当に保護を必要とする人々に庇護を提供し続けるという、国際社会全体の決意が試される存在なのである。

エリザベス・タンは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)国際保護・解決局長。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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髪を切ることは、自由を切り刻むこと―タリバン統治下で揺れるアフガニスタンの理髪師たち

筆者はアフガニスタン在住の女性ジャーナリスト。タリバン政権掌握前にフィンランド政府の支援を受けて報道研修を修了した。安全上の理由から氏名は公表していない。

【カブールIPS=匿名ジャーナリスト

カブールで理髪店を営むアフメド(仮名)は、かつてスマートフォンの中にさまざまな髪型の写真を保存していた。来店した客に見せて好みのスタイルを選んでもらい、その通りに髪を切っていたのである。若者の中には、自分で見つけた写真を持参する者も少なくなかった。特にイスラム教の祝祭「イード」の前には、店は連日大勢の客であふれていた。|英語版

しかし、そんな光景はもうない。

「以前はイードが近づくと、昼も夜も店で働き、ほとんど家に帰ることがありませんでした。店から客が途切れることもありませんでした。ところが、今では状況がすっかり変わりました。店を開けるのは午前10時か11時ごろで、午後4時か5時には閉めて家に帰ります。ただ時間をつぶし、一日を何とかやり過ごすために仕事へ行っているようなものです。」とアフメドは語る。

アフガニスタン、なかでも首都カブールでは、男性向けのヘアサロンや理髪店は、単に髪やひげを整えるためだけの場所ではなかった。男性や若者たちが集まり、お茶を飲みながら語り合う交流の場でもあった。近年では、SNSや世界的なファッションの流行に影響を受けた、現代的な髪型やひげのスタイルも人気を集めていた。

しかし、2021年8月にタリバンがアフガニスタンの実権を掌握すると、日常生活のさまざまな活動が制限されるようになった。こうした変化は、男性向けヘアサロンや理髪店の営業にも大きな影響を及ぼした。

2021年9月、タリバンは、とりわけカブールなどの都市部で、男性のひげを剃ったり整えたりすることを禁じる方針を打ち出した。そのようなサービスはシャリーア(イスラム法)に反するとされたのである。

新たな規則と監視体制の強化により、理髪師たちは従来のように仕事を続けることができなくなった。サービスの幅は狭まり、常に処罰への不安を抱えながら営業せざるを得なくなった。その影響は、理髪師と客双方の日常生活にすぐに現れた。

アフメドは理髪店の店主であると同時に、4人の子どもを育てる父親でもある。母親と2人の姉妹を含む家族全員が同じ家で暮らしており、この理髪店が一家唯一の収入源だ。

私は目立たないように彼へ取材するため、夫と5歳の息子を連れ、「息子の散髪に来た客」を装ってカブール中心部にある店を訪れた。

アフメドの店に入ると、かつてのヘアサロンの面影はほとんど残っていなかった。髪型やひげのスタイルを紹介する大きなポスターはすべて取り外されていた。今では、そうしたポスターを掲示することが認められていないからだ。店内はすっかり簡素になり、現代的なヘアスタジオというより、昔ながらの小さな理髪店のように見えた。

息子の散髪を終えたアフメドは、ハサミをそっとテーブルに置き、鏡にちらりと目をやった。そして、しばらく間を置いてから、ため息交じりに語った。

「私は18歳のときにこの仕事を始めました。この仕事に情熱を抱いていたのです。それから20年間、理髪師として働いてきました。ほんの5年前、こうした変化が起きる前までは、朝6時半に自転車で家を出て、7時には店を開けていました。そして夜10時まで一日中働き、子どもから大人、お年寄りまで、あらゆる人々の髪を切っていました。お客さんの数は、数え切れないほどでした。」

タリバンによる規制の下で、カブールの理髪師たちは現代的なヘアスタイルを提供できなくなり、恐怖や罰則、収入減に苦しみながら営業を続けている。Credit: Learning Together

アフメドの店はカブールのにぎやかな路地にある。以前、この店は単なる散髪屋ではなかった。順番を待つ客同士がお茶を飲みながら、サッカーから政治までさまざまな話題について語り合う、人々の交流の場だった。

当時を思い出しながら、アフメドは笑みを浮かべる。

「これは単なる仕事ではなく、人生そのものでした。毎日たくさんのお客さんが来て、YouTubeやお客さんが持ってくる写真を見ながら新しいスタイルを学びました。同業者との競争もあり、それが仕事への意欲につながっていたんです。」

しかし、その状況は2021年末から2022年初めにかけて一変した。

「勧善懲悪省(徳の推進・悪徳防止省)」、通称「風紀警察」の職員たちが理髪店を頻繁に巡回するようになったのである。

理髪師たちは、客のひげを剃ったり整えたりしてはならないこと、西洋風の髪型も避けるよう命じられ、違反すれば厳しい処分を受けると警告された。

「最初は、ひげを剃ってはいけないという話を耳にしただけでした。しかし、そのうち風紀警察の職員が実際に店を訪れるようになりました。日によっては、2、3人の職員が何時間も店内にとどまり、私が客の髪やひげをどのように整えているのかを監視していました。仕事をしている間も、何をしてよいのか、何をしてはいけないのかを逐一指示されました。」

当初の数カ月間は、こうした措置は一時的なものにすぎないという非公式な噂が広まっていた。多くの理髪師も、長くは続かないだろうと考えていた。しかし、やがて規則が厳格に適用されることが明らかになった。その後、規制は次第に強化され、当局による店舗の巡回も頻繁になっていった。

「正直に言えば、お客さんから頼まれても、新しい髪型を試す勇気はありませんでした。怖かったのです。理髪師仲間の多くが罰金を科され、中には一定期間、店を閉鎖させられた人もいました。」

この5年間、多くの理髪師が罰金や拘束、店舗の一時閉鎖あるいは営業停止など、さまざまな処分を受けてきた。職を変えた人もいれば、国外へ移住した人もいる。

一方で、アフメドのように困難な状況の中でも営業を続ける人もいる。しかし客層は変わり、収入は以前の半分にまで落ち込んだ。

「今ではお客さんとの会話も短くなり、来店する人も少なくなりました。かつて店いっぱいにあふれていた温かく活気ある雰囲気は、もう消えてしまいました。」

こうした状況の中で、理髪という仕事は、多くの理髪師にとってかつてのような創造性ややりがいを感じられる職業ではなくなっている。

「若い人たちは以前ほど身だしなみに気を使わなくなりました。店に来なくなった人も多いですし、来てもごく普通の髪型しか頼みません。実際には、みんな怖がっているんです。

「つい最近も、10代の少年の髪を切っていたところ、風紀警察の職員がやって来ました。私が少年の髪をスタイリングしているのを見ると、大騒ぎを始め、少年の髪を非常に短く切るよう強制しました。さらに、店を閉鎖すると脅されました。長い押し問答の末、最終的には罰金を科されるだけで済み、彼らは立ち去りました。」

アフガニスタンの理髪師たちの経験は、人間の創造性を完全に抑え込むことはできないと物語っている。アフメドのような人々は、困難や恐怖に直面しながらも、決してあきらめてはいない。彼らは、創造性や人とのつながり、そして希望が息づく小さな空間を守り続けている。こうした粘り強さは、地域社会が立ち直り、成長し、再建していく力を備えていることの表れでもある。

先行きは厳しいかもしれない。それでも、抵抗の精神と人間の希望は、変化が訪れ、暮らしと創造性が再び花開く日々が戻ってくる可能性をつなぎ止めている。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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