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自ら人生の終わりを選ぶ人々

本人の意思に基づいて医療的介助による死を選ぶ人々の多くは、末期疾患や不治の病、あるいは心身の機能を著しく損なう疾患を抱え、深刻な身体的・精神的苦痛に直面している。

【米国ポートランドIPS=ジョセフ・チャミー】

本医療的介助による死や安楽死を望む人々の多くは、末期疾患や治癒の見込めない病気、あるいは心身の機能を著しく損なう疾患を抱え、深刻な身体的・精神的苦痛に直面している。

研究によれば、こうした人々の多くは、病状が進行して回復が困難な状態にあり、病気によって本人の自律性や尊厳が損なわれたり、自分にとって意義のある活動を続けられなくなったりしている。

本人の意思に基づく医療的介助による死や安楽死を法的に認める国や地域は増えているものの、その是非をめぐる議論は今なお続いている。

争点の核心にあるのは、個人の自己決定権を尊重し、苦痛を和らげることと、人間の生命を守ることの間にある根本的な緊張関係だ。

こうした選択に影響するのは、身体的な痛みだけではない。心理的な苦悩や生きる意味、人生の終わりに対する不安、生活の質が低下することへの懸念も、重要な要因となっている。

例えば、自立した生活や身体機能を失うこと、排泄などの身体機能を自分で制御できなくなること、基本的な身の回りの世話を他人に頼らざるを得なくなることなどが挙げられる。

また、病気の最終段階で、将来さらに激しい痛みや苦しみ、不安に直面することへの恐れも、こうした決断に影響を与える。医療的介助による死が認められる条件は、国や地域の法律によって異なる。対象を終末期の患者に限定している地域では、一般的に余命6カ月以内と診断されていることが要件となる。

一方、余命6カ月以内という制限を設けず、回復不能な疾患や耐え難い苦痛などを基準としている国や地域もある。通常、申請者には、自ら判断する能力があることに加え、十分な説明を受けたうえで、本人の自由意思によって申請していることが求められる。

また、独立した医療専門家による評価が必要とされるのが一般的で、多くの国や地域では、一定の待機期間やその他の安全確保措置が設けられている。筋萎縮性側索硬化症(ALS)、がん、その他の重篤な疾患は、医療的介助による死を求める申請と密接に関連している。

そのほか、進行した心血管疾患や肺疾患、アルツハイマー病をはじめとする認知症などの神経変性疾患を抱える人々からの申請もある。特に進行がんで、治療による効果が得られなくなった場合には、激しい痛み、衰弱、身体機能の低下など、生活を著しく制約するさまざまな症状が現れることがある。通常の医療や緩和ケアでは十分に和らげることのできない激しい身体的苦痛や精神的苦悩が、人々に人生を終えるという選択を考えさせることもある。

しかし、その理由は、一般的に身体的な痛みだけにとどまらない。自分にとって意味のある活動ができなくなること、身の回りのことを自分で行えなくなること、そして個人としての尊厳を保てなくなることなど、自律性の喪失が大きな影響を及ぼす場合がある。

また、家族や介護者への依存が増していくこと、日常生活の基本的な部分を自分で管理できなくなること、生活の質がさらに低下していくことを恐れる人もいる。人生の終わりを選ぶという決断は、医療、心理、社会環境、個人的な事情など、さまざまな要素が絡み合う複雑なものである。

人によっては、病気そのものの症状と同じくらい、身体機能が長期間にわたって衰えていくことや、他人への依存度が増していくことへの不安が、重要な意味を持つ。そのため、医療的介助による死の申請に際しては、本人の病状、判断能力、意思や希望、そして緩和ケアやホスピスケアを含む他の選択肢について、慎重に評価する必要がある。

人生の終わりを選ぶ3つの方法

人々が自ら死の時期や方法を選ぶ場合、その選択肢は大きく3つに分類できる。それぞれに異なる法制度、医療上の手順、実施方法が適用される。主な違いは、生命を終わらせるための薬剤を誰が投与するのか、本人が自ら服用するのか、それとも薬剤を用いずに、本人の意思で飲食をやめるのかという点にある(表1)。

表1:本人の意思に基づく終末期の選択――医療的介助による死(MAID)、自発的安楽死、自発的な飲食の中止(VSED)

出典:Compassion & Choices

第一の類型は、「医療的介助による死(Medical Aid in Dying:MAID)」である。米国では「医師の介助による死(Physician-Assisted Dying)」とも呼ばれ、一部の地域では「尊厳ある死(Death with Dignity)」という名称も用いられている。

米国の多くの州で採用されているMAID制度では、法律で定められた要件を満たし、判断能力がある終末期の成人が、自らの生命を終わらせることを目的とする処方薬を求め、本人自身が服用することが認められている。

一般的に、余命6カ月以内と診断された末期疾患が要件となるが、具体的な条件は州によって異なる。ただし、MAIDという用語の定義は、国によって必ずしも同じではない。

例えばカナダでは、医療的介助による死(Medical Assistance in Dying:MAID)という名称の下に、本人が処方された薬剤を自ら服用する方式と、医師またはナースプラクティショナーが直接薬剤を投与する方式の両方が含まれる。カナダでは後者が圧倒的多数を占めており、2024年に実施されたMAIDはすべて医療従事者による投与だった。また、カナダの制度は、米国の多くの州とは異なり、対象者を余命6カ月以内の患者に限定していない。

このように、同じMAIDという略語であっても、対象となる患者、薬剤を投与する主体、医学的要件などには国や地域による違いがある。本人が自ら薬剤を服用する方式では、医師やその他の医療従事者ではなく、本人自身が最終的な行為を行うため、その時期を自分で決めることができる。

国や地域によっては、安全確保のため、複数回にわたる本人の意思確認、診断や余命予測の再確認、意思決定能力の評価などが義務づけられている。

こうした措置は、本人の決定が自由意思に基づき、十分な情報を得たうえで行われることを確保するためのものだ。

MAIDは、それぞれの国や地域が定める法的要件を満たす人々を対象とする制度である。苦痛を抱えている人や、死を望む人なら誰でも利用できる一般的な選択肢ではない。

誰が対象となるのか、どのような医学的評価が必要なのか、申請をどのように記録するのか、また、どの程度の待機期間や安全確保措置を設けるのかは、それぞれの国や地域が定めている。

第二の類型は、「本人の意思に基づく安楽死(Voluntary Euthanasia)」である。本人が薬剤を自ら服用する方式とは異なり、この形態では、患者本人が明確な意思を示し、適切な判断能力を備えていることを前提として、医療従事者が生命を終わらせるための薬剤を投与する。

通常、その目的は、ほかの方法では耐えることのできない苦痛を和らげることにある。この形態は複数の国や地域で法的に認められているが、適格要件、実施手続き、安全確保措置などは大きく異なっている。

なお、カナダのように、この方式もMAIDという制度名に含めている国があるため、国際比較では用語の違いに注意する必要がある。

第三の類型は、「自発的な飲食の中止(Voluntarily Stopping Eating and Drinking:VSED)」である。MAIDの適用条件を満たさない人や、医療的介助による死や自発的安楽死が認められていない地域に暮らす人にとって、VSEDが終末期のもう一つの選択肢となる場合がある。

これは、本人が自らの意思で食事と水分の摂取を中止し、最終的に死に至るというものである。その過程では、不快感や苦痛を和らげるための医療や緩和ケアが提供される場合もある。ただし、VSEDは薬剤の投与による死の幇助とは性質が異なり、同じ法制度の下で扱われるとは限らない。

世界各国に広がる法制化

A patient and healthcare professional share a quiet moment, illustrating the complex and deeply personal decisions surrounding end-of-life care. The image reflects the delicate balance between individual autonomy, relief from suffering, human dignity, and the protection of life in the debate over medically assisted dying.
Illustration: AI-generated / INPS Japan
患者と医療従事者が静かなひとときを共有する姿は、終末期医療をめぐる複雑で極めて個人的な意思決定を象徴している。この画像は、医療的介助による死をめぐる議論の核心にある、個人の自己決定権、苦痛の緩和、人間の尊厳、そして生命の保護という価値の間の微妙なバランスを表現している。 画像:AI生成/INPS Japan

本人の意思に基づく死の幇助を法的に認める国や地域は、世界的に増加している。2026年現在、欧州、北米、南米、オセアニアの複数の国や地域で、何らかの形の医療的介助による死や安楽死が法的に認められている。

ただし、合法化した国の数を一律に示すことは難しい。その理由は、医師による薬剤投与と本人による自己投与を区別する必要があるうえ、法律によって制度が整備された国、裁判所の判断によって一定の行為が認められた国、法律が成立していても実施体制が整っていない国などが混在しているためである。

欧州では、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スペインなどで、一定の条件の下で医療的介助による死や安楽死が認められている。フランスでも、2026年8月18日に、一定の条件の下で死への医療的援助を認める法律が成立した。

同法は、原則として本人が薬剤を自ら投与する方式を採用し、身体的に不可能な場合には医師や看護師による投与を認めている。

一方、ドイツでは、2020年の連邦憲法裁判所の判決によって、自己決定に基づく死の権利と、第三者から自発的な援助を受ける自由が認められた。スイスやオーストリアでも、一定の条件の下で自殺幇助が認められているが、その法的枠組みは、医師が直接薬剤を投与する安楽死制度とは異なる。

ポルトガルでは、2023年に医療的介助による死を認める法律が成立したものの、2025年に憲法裁判所が制度の中核となる複数の規定について違憲判断を下している。このため、制度が実際に利用可能な国と同列に扱うことは適切ではない。

南北米では、カナダ、コロンビア、エクアドル、ウルグアイなどで、一定の条件の下で医療的介助による死や安楽死が認められている。ウルグアイでは、2025年に安楽死に関する法律が成立し、2026年4月には実施に向けた規則と医療上の手続きが整備された。

オセアニアでは、オーストラリアとニュージーランドで、法律によって定められた条件の下で医療的介助による死が認められている。

米国でも制度を認める州が増えている。2026年には、イリノイ州とニューヨーク州が新たに加わり、いずれも一定の要件を満たす終末期の患者による医療的介助の利用を認めた。ただし、連邦法によって全国一律に認められているわけではなく、州ごとに資格要件や手続きが異なっている。

このように各国の法律や制度が異なるため、世界全体での合法化国数や対象人口の割合を比較する際には、何を合法化とみなすかという基準を明確にする必要がある。一方、制度が合法的に運用されている国や地域では、毎年数万人が医療的介助による死を選んでいると推計される。

世論は容認する方向に

米国の成人の約6割は、医療的介助による死を容認できるものと考えているか、あるいは道徳的な問題として捉えていない。ただし、政治的な支持政党によって意見には違いが見られる。

民主党支持者では約75%が道徳的に容認できると考えているのに対し、共和党支持者では約50%となっている。北米、欧州、オーストラリアなどの多くの地域で実施された国際世論調査でも、一般的に本人の意思に基づく死の幇助に対して過半数の支持が見られる。

また、17カ国の医師を対象とした横断的調査でも、厳格な安全確保措置が設けられている場合には、医師の介助による死について、さまざまな留保や条件が示されながらも、全体として支持する傾向が確認された。

薬剤の投与方法も、国や地域によって異なる。スイスでは、本人が薬剤を自ら服用する方式が認められている。カナダのケベック州では、医師またはナースプラクティショナーが薬剤を投与する方式が採用されている。オーストラリアでは、本人による自己投与と医療従事者による投与の両方が、制度上認められている。

本人の意思に基づく死の幇助に関する法律は、国や地域によって大きく異なる。しかし、こうした選択を求める人々の病状や個人的な事情には、地域や時代を超えて共通する傾向が見られる。

例えば、ALSの患者は、医療的介助による死を選ぶ割合が最も高く、がん患者の数倍に達する場合もあることが、研究で明らかになっている。

一方、がん患者は、肺疾患や心疾患など、他の病気の患者と比べて、医療的介助による死を利用する割合が高い傾向にある。ただし、実際に医療的介助による死を選んだ人々の診断名として最も多いのは、がんである。これは主に、がん患者の総数が、これらの他の疾患の患者数よりもはるかに多いためだ。

全死亡者に占める割合

本人の意思に基づく医療的介助による死は、制度が認められている国でも、全死亡者に占める割合は比較的小さい。ドイツ、スペイン、スイスなどでは、報告されている割合は一般的に1%以下にとどまっている。

一方、それよりもかなり高い割合を示す国もある。2023年ごろの統計では、医療的介助による死が全死亡者に占める割合は、オランダで5.4%、カナダで4.7%、ベルギーで3.6%だった。ただし、これらの統計は各国の制度や集計対象が異なるため、単純に比較することはできない。

また、一部の国では、医療的介助による死を選ぶ人の数が大幅に増加している。例えば、オランダでは、2002年以降、その数が約3倍に増えたと報告されている。カナダでも、制度導入後、当初は急速に増加したが、その後は増加率が鈍化している。

2024年には1万6499人がMAIDを受け、全死亡者に占める割合は約5%に達した。

自己決定権と生命の保護

本人の意思に基づく死の幇助を合法化する国が増えているにもかかわらず、この問題をめぐる議論は続いている。その中心にあるのは、一方では個人の自律性を尊重し、苦痛を和らげること、他方では人間の生命を保護することという、根本的な価値の対立である(表2)。

表2:本人の意思に基づく死の幇助をめぐる賛成論と反対論――患者の自己決定権、尊厳、苦痛の緩和、医療倫理、弱い立場に置かれた人々へのリスク

出典:英国医師会(British Medical Association:BMA)

本人の意思に基づく死の幇助を支持する立場では、患者の自己決定権、苦痛からの解放、人生の最終段階における尊厳、安全性を確保するための規制措置、家族の負担軽減などが重視されている。

これに対し、反対する立場では、生命の神聖さ、弱い立場に置かれた人々への危険性、適用範囲が次第に拡大していく「歯止めの利かない拡大(スリッパリー・スロープ)」への懸念、医療倫理上の問題、そして緩和ケアの重要性などが強調されている。

要するに、本人の意思に基づく死の幇助は、世界のより多くの国や地域で法的に認められるようになっており、その利用も多くの国で大幅に増加している。しかし、たとえ合法化されている国であっても、それは依然として、慎重な検討を要する、意見の分かれる、そして極めて個人的な問題であり続けている。

ジョセフ・チャミー(Joseph Chamie)は、人口統計学のコンサルタントで、元国連人口部長。人口問題に関する多数の著作・論文を発表している。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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【ニューヨークINPS Japan/The OtherNews=マセラ・カルモ・ドス・サントス】

自分たちが始めたわけではない戦争の代償を、子どもたちが払わされている。

戦争には、それぞれの悲劇を表す数字がある。死者数、避難民の数、被害の規模。しかし、現在進行中のあらゆる紛争に共通しながら、ニュースの見出しになることがほとんどない数字がある。それは、夜、眠りにつくときに、もう布団をかけてくれる親がいない子どもたちの数だ。

スーダン、ガザ、ウクライナ、イランでは、世界がもはや驚きを示さなくなったほどの勢いで、子どもたちが親を失い続けている。

こうした子どもたちを結びつけているのは、地理的条件でもイデオロギーでもない。本来なら親たちの命を救えたかもしれない外交が、機能しなかったという現実である。

スーダンとガザで

子どもたちが被っている犠牲の大きさが、最も鮮明に表れている場所の一つがガザだ。

国連児童基金(ユニセフ)によれば、ガザでは5万8000人の子どもが父親か母親、あるいは両親を失っている。また、戦争の影響で、100万人以上の子どもが保護や心理社会的支援を必要としている。

国際救済委員会(IRC)は別の推計で、1万5000人から1万9000人の子どもが孤児となり、約1万7000人が保護者の付き添いを受けられない状態、あるいは親と離ればなれになっているとしている。

これらは単なる統計ではない。

祖父母、おじやおば、さらには自分自身も子ども時代を終えたばかりの兄や姉たちが、行き場を失った子どもたちを引き取っている。しかし、彼らが暮らすガザでは、住居、食料、医療を支える社会基盤そのものが崩壊の危機に瀕している。

その規模は前例がないほど深刻であり、人道支援関係者がこれを「現代最大規模の孤児危機」と表現するのも、決して誇張ではない。

一方、スーダンでは、3年以上に及ぶ内戦が世界最大の避難民危機を引き起こし、その影響を最も深刻に受けているのが子どもたちである。

2023年4月に戦争が始まって以来、400万人以上の子どもが住み慣れた家を追われ、そのうち約100万人が国境を越えて周辺諸国に避難した。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、スーダン国内と周辺諸国では、保護者の付き添いがない、あるいは家族と離ればなれになった少なくとも4万2000人の子どもが登録されている。

国際社会の関心が薄れる一方で、犠牲者の数は増え続けている。

国連は、戦争開始以来、スーダン全土で子どもに対する5700件以上の重大な権利侵害を確認している。被害に遭った子どもは5100人を超え、そのうち4300人以上が殺害されたか、身体に障害を負うなどの負傷をした。

さらに、2026年に発生した子どもの死傷者の約8割は、ドローン攻撃によるものだとされる。

こうした数字の一つひとつの背後には、自分を守ってくれるはずだった大人を失った子どもがいる。しかし、そのすべてを把握し、家族を捜し出し、適切な保護を提供するための体制は、あまりにも不十分なままだ。

ウクライナとイラン

ロシアによるウクライナ侵攻では、ガザやスーダンのように1日で犠牲者数が急増する事態が常に起きているわけではない。しかし、戦争が5年目に入るなか、子どもたちが受けてきた被害は積み重なり、その生活と将来を徐々にむしばんでいる。

ウクライナでは、子どもの3分の1以上にあたる約260万人が、いまだに避難生活を余儀なくされている。このうち約180万人は国外で難民として暮らしている。

2026年6月には、ロシアによる全面侵攻の開始以来、1カ月間の子どもの死傷者数が最多を記録した。2022年2月以降、死亡または負傷した子どもは3200人を超えている。

さらに、ロシア領内へ強制的に移送された子どもたちもいる。その正確な人数については、ユニセフ自身も完全には確認できないとしている。

こうしてウクライナでは、親を失い、あるいは家族から引き離された子どもたちの数が、全容も明らかにならないまま増え続けている。

2026年の戦争によって孤児となった子どもたちの実態を正面から検証するなら、2月に始まった米国とイスラエルによるイランへの空爆作戦も含めなければならない。

米国とイスラエルは40日間でイラン国内の1万7000カ所以上の標的を攻撃した。その攻撃の激しさは、現代の戦争でも前例がないほどだった。

イラン当局によれば、これらの攻撃で208人の子どもが死亡した。そのうち168人は、ミナブにある女子学校への一度の攻撃で命を落としたという。

犠牲になった子どものうち13人は5歳未満で、生後わずか3日の新生児も含まれていた。

これらの戦争をめぐる米国内の議論では、あまりにも重要な事実が見落とされがちだ。

ワシントンは、他国の紛争について外から意見を述べる単なる傍観者ではない。米国自身がしばしば戦争の当事者となっているのである。

そして、イランの子どもたちは、スーダン、ガザ、ウクライナの子どもたちと同じように、その戦争の代償を払わされてきた。

外交が機能しないとき

これらの戦争はいずれも、避けられないものではなかった。

どの紛争にも、戦争を回避し、あるいは終結に向かわせる道筋が存在していた。今も存在する。しかし、対立する当事者の政治指導者たちは、その選択肢を退けてきた。

スーダンでは、対立する軍指導者たちに対し、何年も前から停戦を実現するよう圧力をかけることができたはずだ。

ガザでの戦争も、以前から提示されていた人質解放と停戦を組み合わせた合意案によって、もっと早く終結させることができたかもしれない。

ウクライナ戦争でも、交渉の機会が幾度となく訪れながら、ひっそりと閉ざされてきた。

イランとの戦争に至っては、どう考えても、回避可能でありながら政治的に選択された戦争だった。

いずれの場合も、今後10年間を里親家庭や親族の家、あるいは児童養護施設で過ごすことになる子どもたちには、こうした決定に意見を反映させる機会など一切なかった。

親が亡くなれば、生き残るために必要な手続きや生活の手配は、残された誰かの肩にのしかかる。おば、兄、夫を失った母親、祖父といった人々だ。

こうした人々の間では、正式な人道支援が十分な速さで届かないため、GoFundMeやChuffedなどのクラウドファンディングを通じて支援を求める例が増えている。

ガザでは、10カ月から8歳までの4人の子どもを抱える母親が、家族の生活を支えようとしていた夫を亡くした後、インターネット上で寄付を募っている。

この女性は、それ以前にも支援を求めた際、支援者を装った人物にだまされ、詐欺の被害に遭っていた。

別のガザでの募金活動は、24人の生活を1人で支えているという男性によるものだ。

男性が面倒を見ているのは、自分の5人の子ども、亡くなった兄弟たちが残した18人の子ども、妻、そして高齢の母親である。戦争によって事業を失い、収入は途絶えてしまった。

こうした募金活動で集まる金額は、それぞれ数千ドルにとどまることが多い。

しかし、これは政策による対応とはいえない。

本来あるべき政策的な支援が届かないとき、人々が自力で生き延びようとする姿にほかならない。

埋まらない支援の格差

膨大な支援需要が生じるなか、国際人道支援団体ヒューマン・アピール(Human Appeal)は、紛争地域で親を失った子どもたちに対する、比較的持続性のある支援体制を築いてきた。

同団体の児童福祉プログラムは現在、14カ国で5万人以上の孤児を支援しており、その中にはガザの数万人の子どもたちも含まれている。

また、毎年開催されるコメディー公演ツアーは11年目を迎え、英国、米国、カナダへと活動を広げている。

一見すると意外な方法だが、このツアーは効果的な資金調達の手段となってきた。

過去には、一度のツアーで同団体の冬季支援活動に向けて175万ポンド以上の寄付が約束されたこともある。現在も、各公演会場には数千人規模の観客が集まっている。

希望は確かに存在する。

しかし、支援の不足もまた厳然たる現実だ。

ヒューマン・アピールによれば、現在、ガザ、スーダン、その他13カ国で、1万人以上の子どもが登録を済ませながら、支援者が現れるのを待っている。

一晩の笑いが生み出す寄付によって、すでに支援プログラムに参加している子どもたちの学費や食料を賄うことはできる。

しかし、それだけでは、停戦が破られるたびに増え続ける支援待機者の数を減らし切ることはできない。

ヒューマン・アピールの活動も、GoFundMeで支援を求める夫を亡くした女性たちも、Chuffedでの募金活動も、そして数え切れないほどの小規模な取り組みも、一つの重要な事実を示している。

それは、制度や公的機関が十分に機能しないときでも、普通の人々は親を失った子どもたちのために立ち上がるということだ。

しかし、こうした市民の善意や支援活動には、どうしても代替できないものがある。

それは、そもそも子どもたちの親が命を落とさずに済むよう、戦争を防ぎ、終わらせるための外交である。

コメディー公演による募金活動は、危機を少しずつ和らげることができるかもしれない。

だが、危機そのものが拡大し続けるのを止められるのは、戦争の終結だけなのだ。

マセラ・カルモ・ドス・サントス(Macela Carmo dos Santos)は、ニューヨークを拠点に活動する多言語対応の人道支援活動家で、患者ケア・コーディネーター。ブラジルで貿易分野の学位を取得したほか、ニューヨーク市立大学クイーンズ・カレッジで心理学の学士号を取得。若者の能力開発を支援する非政府組織IMPACTabilityで、かつて開発担当副代表を務めた。

INPS Japan

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気温上昇の「オーバーシュート」を最小限に―国連報告書、1.5℃未満への回帰に向けた道筋を提示

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)編集部】

世界の気温上昇は1.5℃を超える見通しだ。しかし、世界各国が迅速かつ協調して気候変動対策に取り組めば、上昇幅を抑え、その影響に適応し、再び1.5℃未満に引き下げることはなお可能だ。

世界の平均気温の上昇幅は、今後数年以内に産業革命前と比べて1.5℃を超える可能性が高く、気候変動によるリスクと被害は、さらに危険な水準に達すると予測されている。

しかし、気温上昇を再び1.5℃未満に抑え、パリ協定に掲げられた世界共通の目標を達成する道は、まだ閉ざされていない。

国連環境計画(UNEP)が新たに発表した報告書は、こうした見通しを示している。

この報告書の執筆には、ニューカッスル大学に所属するティンダル気候変動研究センターのリチャード・ドーソン教授も参加した。

『オーバーシュートの抑制――1.5℃超過への対応と目標水準への回帰に向けた道筋(Limiting Overshoot: Navigating Exceedance of 1.5°C and Pathways Towards Return)』と題された報告書は、気温上昇がいったん1.5℃を超えた後、ピークに達し、その後低下していく「オーバーシュート・ピーク・低下」という経路が、現在残されている最も有望な選択肢だと指摘している。

その目的は、1.5℃を超える上昇幅と超過期間を可能な限り小さくし、できるだけ早期に気温上昇を1.5℃未満に戻すことである。

「オーバーシュート」とは何か、どう対応すべきか

気候変動における「オーバーシュート」とは、地球の平均気温の上昇幅が、パリ協定の掲げる1.5℃という長期目標を一時的に超えた後、温室効果ガスの排出削減や大気中の二酸化炭素の除去によって、再びその水準を下回ることを指す。

この経路を実現するには、温室効果ガスの排出量を直ちに、かつ継続的に大幅削減することで、気温上昇のピークを可能な限り低く抑えなければならない。

そのうえで、長期的には排出量を実質マイナスに転じさせ、気温を引き下げていく必要がある。

そのための重要な手段の一つが、二酸化炭素除去(Carbon Dioxide Removal:CDR)である。

これは、植林などの自然を活用した方法や技術的手段によって大気中の二酸化炭素を取り除き、貯留する取り組みを指す。ただし、その実施には適切な管理と規制が不可欠となる。

同時に、社会、地域社会、経済が現在直面している気候変動の影響だけでなく、今後予想される影響や予測しきれない事態にも対応できるよう、脆弱性を軽減する「適応策」を進めなければならない。

ただし、適応には限界があり、特に気温上昇のピークを十分に抑えられなければ、回復不能な被害が生じる可能性が高い。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、次のように警告している。

「この夏の焼けつくような猛暑、猛威を振るう山火事、そして多くの命を奪った洪水は、これから私たちを待ち受ける事態への警告です。気温上昇が1.5℃を超える幅をできる限り小さくし、その期間をできる限り短くしなければなりません。そのためには、これまで以上に野心的な取り組みが必要です」

ドーソン教授は、社会インフラが直面する課題について、次のように述べた。

「インフラにとって、この課題はとりわけ深刻です。現在建設している施設や設備は、今後数十年にわたって使われることになります。しかし、その間にも気候は、多くのインフラが設計時に想定した以上の速さで変化していきます」

「気温上昇が1.5℃を超える世界では、インフラは異常気象に対してより強靱であると同時に、将来の世代に不必要な費用やリスクを押し付けないための柔軟性も備えていなければなりません」

「したがって、適応とは、もはや過去の環境を取り戻すことではありません。明日の気候がどのように変わろうとも、社会とインフラがその変化に耐えられるよう備えることなのです」

壊滅的な影響

報告書によると、最も楽観的なシナリオでも、世界の平均気温の上昇幅は産業革命前と比べて1.8℃でピークを迎える見通しだ。

それ以外の大半のシナリオでは、さらに高い水準まで上昇すると予測されている。

気温上昇が1.5℃を超えると、その後わずかに気温が上昇するたびに、また超過した状態が1年長引くたびに、リスクと被害が拡大する。

予想される影響には、異常気象の激甚化、生態系の喪失、小島嶼開発途上国(SIDS)や標高の低い沿岸都市の水没などが含まれる。

人々の健康、食料安全保障、水資源、自然環境、都市、インフラ、経済活動にも深刻な被害が及ぶと見込まれている。

報告書は、気温上昇の幅が大きく、その状態が長く続くほど、元の状態には戻せない「転換点(ティッピング・ポイント)」を超える危険性が高まると警告している。

その例として、大規模な氷床の不安定化、アマゾン熱帯雨林の衰退、そして地球の気候調節に重要な役割を果たしている大西洋子午面循環(AMOC)の変調が挙げられている。

こうした変化の中には、突然現れるものもあれば、長い年月をかけて蓄積するものもある。

これらのリスクの大きさに加え、化石燃料から再生可能エネルギーへの迅速な転換がもたらす多面的な利益も考慮し、報告書は、気温上昇をできるだけ低い水準でピークに導き、その後低下させるため、世界全体で協調した行動を加速するよう求めている。

成功のための条件

目標の実現には、強い政治的意思、多国間協力、実効性のある政策、包摂的な意思決定、そして十分な資金が不可欠である。

また、すべての取り組みは、公平性と正義を基盤として進められなければならない。

特に、これまで気候変動に大きな責任を負ってきた国々は、より迅速に、より高い目標を掲げて行動する必要がある。

報告書は、気候変動の「緩和」と「適応」は相互に補強し合う関係にあり、新たに生じるリスクに柔軟に対応しながら、同時に進めなければならないと指摘している。

例えば、自然の力を活用した冷却対策のように、温室効果ガス排出の削減と気候変動への適応の双方に役立つ取り組みを優先すべきだとしている。

さらに報告書は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」は最終目標ではなく、排出量を除去量が上回る「ネットネガティブ(正味マイナス排出)」に向かう途中の重要な通過点であると強調する。

二酸化炭素除去(CDR)は、温室効果ガスの継続的な排出削減に代わるものではなく、あくまでもそれを補完する手段として活用されなければならない。

ただし、CDRによって気温上昇を再び1.5℃未満に戻すためには、気温上昇のピークを2℃より十分低く抑えるとともに、最後まで残る温室効果ガスの排出量も可能な限り削減する必要がある。

CDR技術を責任ある形で導入し、環境への影響、公平性、実施規模などに伴う課題に対応するには、強固なガバナンスの枠組みが欠かせない。

変わってしまった未来への対応

長年にわたって気候変動対策が遅れてきた結果、仮に世界の平均気温の上昇幅を再び1.5℃未満に戻すことができたとしても、すでに生じた回復不能な損失や、恒久的に変化した環境が元通りになるわけではない。

多くの地域社会では、住民が移住を余儀なくされたり、生計を立てる手段を変更せざるを得なくなったりする可能性がある。

社会全体も、変化した環境に再び適応するという課題に直面することになる。

こうした変化は、公正さ、権力のあり方、政治的な正統性をめぐる新たな問題を生み出す。

困難な課題に対処するには、さまざまな立場の人々が参加できる、新たな包摂的ガバナンスの仕組みが必要となる。

今回の報告書は、気温上昇が1.5℃を超え、ピークを迎えた後、再び低下していく経路への移行が、次世代に向けた気候変動対策の新たな最前線であることを示している。

しかし、その課題を次の世代に先送りすることは許されない。

気温上昇を再び1.5℃未満に戻す可能性を残すためには、今すぐ行動を起こさなければならない。


参考資料

国連環境計画(UNEP)
Limiting Overshoot: Navigating Exceedance of 1.5°C and Pathways Towards Return(2026年9月)

ティンダル気候変動研究センター
Limiting Overshoot: UN Report Sets Out Path to Return Below 1.5°C(2026年9月4日)

Original URL: Limiting Overshoot

INPS Japan

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広島・長崎への原爆投下は、本土侵攻なしに戦争を終わらせるために必要ではなかった

【INPS Japan/The Other News=ミッチェル・ジマーマン】

核の時代は、ひとつの嘘とともに始まった。

1945年8月6日、ほとんど気づかれることなく日本のある都市の上空を飛んでいた1機の米軍機が、1発の爆弾を投下し、広島を破壊した。3日後、別の米軍機が2つ目の都市長崎を破壊した。両都市に投下された原子爆弾は、10万人を即死させた。その年の末までに、さらに10万人が放射線障害や火傷、爆風による負傷で命を落とした(広島市・長崎市の推計では、1945年末までの死者は広島で約14万人、長崎で約7万4000人とされる。)犠牲者の90%以上は民間人だった。

これほど多くの人々を殺したことの公式の理由は、嘘だった。日本本土への侵攻で米兵が被るはずだった甚大な損失を避けるために原爆を投下する必要があったという主張は誤りであり、しかも米国の政策決定者たちは、原爆投下を決めた時点でそれを承知していた。

米国は日本軍の暗号を解読していたため、米情報機関は1945年7月、日本政府がすでに、第二次世界大戦における米国の同盟国であったソ連に接触し、和平の仲介を依頼していたことを把握していた。日本側が何よりも望んでいたのは、連合国が求める無条件降伏が天皇の退位を伴わないことの保証であった。この条件は、最終的に米国があっさり受け入れたものである。

ガー・アルペロビッツがその著書『原爆外交―広島とポツダム』で説得力をもって論じているように、2つの日本の都市の破壊は、日本本土侵攻の回避ではなく、台頭しつつあった冷戦の政治と関係していた。

決定を下した者たちは、日本が戦争終結を模索していることを知っており、欧州での連合国の勝利後にソ連が対日参戦すれば、それだけで日本の降伏を早めるのに十分だろうと考えていた。

長く秘匿されていた1946年の米国の極秘情報調査は、戦争を終わらせたのは原爆ではなく、1945年8月8日のソ連による対日宣戦布告とソ連軍の進攻であったことを裏付けている。〔注3〕

ソ連はナチス・ドイツとの生死をかけた戦いに忙殺されていたため、それまで対日戦には参加していなかった。だが1945年7月、占領下のドイツ・ポツダムで開かれた会談で、ハリー・トルーマン大統領はスターリンから(先のヤルタ会談での)対日参戦の約束を再確認した。

「そうなればジャップはおしまいだ」―トルーマンは1945年7月、戦時中の手書きの日記にこう記した。「これで戦争は1年早く終わる」と、トルーマンは同じ頃の手紙に書いている。「殺されずに済む若者たちのことを思ってごらん」

米国の戦争指導者たちも、原爆投下が必要なかったことを認めている。連合国軍最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー将軍(のちの大統領)は、「日本はすでに敗北しており、原爆の投下はまったく不要だった……米国人の命を救う手段として、もはや必須ではなかった。」との結論に達していた。

当時トルーマンの参謀長を務めていたウィリアム・リーヒ元帥も同意見だった。「日本はすでに敗北し、降伏する用意ができていた……この野蛮な兵器の使用は……対日戦争において実質的に何の助けにもならなかった。」

それでもトルーマンは、ためらうことなく原爆を投下した。「原爆は『重大な決断』などではなかった」と、彼は15年後に語っている。

第二次世界大戦の時代は、残虐行為の時代だった。日中戦争―1937年から1945年にかけての日本による中国への侵略戦争――では、推定1000万~2000万人が死亡した。ナチス・ドイツは欧州のユダヤ人600万人を殺害した。ドイツはまた、捕虜としたソ連兵200万人を餓死によって殺害した。さらに南京での虐殺、ドレスデンの破壊、1943年のベンガル飢饉、そして東京をはじめ60以上の日本の都市への焼夷弾爆撃があった。

こうした言語に絶する惨禍のなかにあっても、20万人の日本の民間人が原爆によって命を奪われたことは際立っている。彼らは世界で最初の核戦争の犠牲者であり、一連の嘘によって正当化された彼らの不必要な死は、全人類を危険にさらす時代の幕開けとなったからだ。

嘘と危険は、第二次世界大戦の終結とともに止んだわけではなかった。私たちが学ぶべきだったように、核兵器には嘘を生み出す性質がある。

9・11同時多発テロを受け、2003年、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラクが核兵器を保有しているという虚構をつくり上げ、石油資源の豊富な同国への侵攻と占領の口実とした。しかし、イラクは核兵器も、その他の大量破壊兵器も保有していなかった。イラク侵攻を推進した(そしてブッシュにイランへの侵攻も迫った)ネオコンたちは、疑わしい情報を操作して、架空の脅威への恐怖をあおったのである。

その嘘の代償は大きかった。結局、米国によるイラク占領は、米国に数兆ドルの費用と数千人の米兵の命をもたらし、数十万人のイラク民間人の死を招いた。

そして今年、ドナルド・トランプ大統領はイラン政府の打倒という右派の夢に回帰し、またしても核兵器について嘘をつき、まったく不必要な戦争を正当化しようとした。トランプ大統領と側近らは、イランが核爆弾の製造寸前にあり、間もなく米国を攻撃できる長距離ミサイルを開発中だと主張した。米情報機関は、これらの主張がいずれも虚偽であることを確認していた。

架空の核の脅威をめぐる大統領たちの嘘が繰り返されているからといって、核拡散というあまりにも現実的な危険から目をそらしてはならない。

地球上での人類の存続に対する脅威を憂慮する市民は、当然ながら気候変動に注目してきた。しかし、気候変動とその影響――極端な気温、海面上昇、巨大な暴風、制御不能な火災、農作物の壊滅、干ばつ、飢饉、難民の流入、排外主義的な政治――にますますさらされる世界とは、追い詰められた支配者や誇大妄想的な支配者が、熱核兵器の使用に誘惑されかねない世界でもある。そして核の時代は、始まったときと同じように、嘘とともに終わるかもしれない。

弁護士、長年にわたる社会運動家。反人種差別スリラー小説『Mississippi Reckoning』(2019年)の著者。

INPS Japan

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エネルギー輸出国カザフスタン、次に目指すのは「知能」の輸出

NVIDIAのジェンスン・フアン氏がアスタナを訪問。資源と産業の経験を、AI時代の仕事や事業へと変える取り組みが進んでいる。

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

カザフスタンは長年、地下から採掘した資源を世界へ供給してきた。10月23日に首都アスタナを訪れた米半導体大手エヌビディア(NVIDIA)のジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、そのエネルギーの一部を、新たな輸出品へと変える可能性を語った。

Alem.ai 写真:Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

「将来はエネルギーを輸出するだけでなく、それを知能へと変換し、知能を輸出することができる」|英語版|

舞台となったのは、球体の旧万博施設を活用した国際人工知能センター「alem.ai」だ。フアン氏はここで、ジャスラン・マディエフ副首相兼AI・デジタル開発相と公開対談を行った。子どもたちが新しい技術に触れ、学生が学び、起業家や研究者が活動するこの施設で、同氏は、電力、産業の知識、技術人材を組み合わせることで、カザフスタンがAI経済の一翼を担えると論じた。

対談では、その構想を国際資本と具体的に結びつける発表もあった。マディエフ氏は、NVIDIAがAI動画生成企業Higgsfieldに投資したと明らかにした。

カザフスタンと米国に拠点を持つ同社について、フアン氏は、創業者らの構想と技術力、豊富な資金を持つ世界の競合企業に挑む姿勢を評価した。

「投資するのは企業ではなく、人だ」と述べた。

主催者によると、Higgsfieldではカザフスタン国内で600人超が働いている。フアン氏は、2つの国の文化と専門知識を結びつけ、国際市場で競争するチームの能力を強調した。対談では投資額や出資比率は明らかにされなかったが、この発表はカザフスタンが育てようとしている企業像を示した。国内の人材を生かし、世界に向けて製品を開発する企業である。

フアン氏の訪問は、9月23日に始まった一連の催し「AI月間」を締めくくるものだった。10月初旬の「AI & Digital Bridge 2026」では、政府当局者や経営者らが、計算基盤、投資、通信、教育を結びつける計画を示していた。10月23日には、世界のAI産業の多くを技術面で支える企業のトップが、その方向性への支持を表明した。

NVIDIA自身も、この市場の拡大から利益を得る立場にある。カザフスタンが計画する計算施設では同社の半導体の利用が想定され、現地の通信会社も同社の技術を使った基盤整備を進めている。

カザフスタンの目的は、天然資源に依存する経済の多角化だ。資源産業を支える電力や、そこで培われた知識を、新たな技術、仕事、輸出収入へとつなげようとしている。

A scale model of Kazakhstan’s planned Data Center Valley on display at AI & Digital Bridge 2026 in Astana. The project aims to expand the country’s AI computing infrastructure. | Photo: INPS Japan.
アスタナで開催された「AI & Digital Bridge 2026」に展示された「データセンター・バレー」計画の模型。カザフスタンのAI計算基盤の拡充を目指す。|写真:INPS Japan

マディエフ氏は、2035年までに発電設備容量をほぼ倍増させ、40ギガワットを超える水準へ引き上げる計画を説明した。政府はAI戦略を、エネルギー、半導体、クラウド基盤、AIモデル、応用サービスという5つの層で捉えている。

フアン氏の説明も、電力から始まった。AIは利用者の求めに応じて出力を生成するため、継続的な計算処理を必要とする。その処理を担う施設を、同氏は「AI工場」と呼ぶ。電力とデータを使い、経済活動を支える価値を生み出す場所という意味だ。

エキバストゥズで計画されている「データセンター・バレー」は、その構想を実現するための取り組みである。最新の公式発表では、初期容量を250メガワットとし、1ギガワットまで拡張できるとしている。フアン氏は、通信網の改善によって、カザフスタンが欧州のAI経済につながる計算拠点になりうると述べた。

基盤を整えるだけでは、新たな産業は生まれない。研究者や企業が計算能力を利用し、顧客の課題を解決する製品やサービスを開発することで、投資の効果は経済全体へと広がる。

INPS Japanが10月初旬にアスタナで行った取材でも、当局者らは、計算資源へのアクセス、教育、スタートアップ支援を一体的な取り組みとして説明していた。今回の対談は、そのつながりを、同国が蓄積してきた産業の専門知識へと広げた。

フアン氏は、現実の物理的な環境を理解し、その中で動作するシステムを支える「フィジカルAI」について論じた。その応用はロボットにとどまらず、鉱山や油井の地図化、地質の分析、鉱物加工、新素材の開発にも及ぶ。

鉱業、農業、エネルギー、物流は、カザフスタンが長年にわたり知識を蓄積してきた分野だ。これらの産業を理解する人々とAI開発者が協力すれば、その経験を新たな製品へと変える道が開ける。

主催者の発表では、国内の産業現場を、技術の開発、訓練、実証に向けた国際協力の場として開く構想が示された。目標には、生産性の向上とともに、職場の安全性の改善も含まれる。

NVIDIA CEO Jensen Huang (right) discusses Kazakhstan’s AI ambitions with Zhaslan Madiyev, the country’s deputy prime minister and minister of artificial intelligence and digital development, at alem.ai in Astana on October 23, 2026. | Photo: Astana Hub.
カザフスタンのジャスラン・マディエフ副首相兼AI・デジタル開発相と同国のAI構想について対談するNVIDIAのジェンスン・フアンCEO(右)。2026年10月23日、アスタナの国際AIセンター「alem.ai」で。|写真:Astana Hub

フアン氏は、フィジカルAIはまだ発展の初期段階にあり、カザフスタンにもその将来を形づくる機会があると述べた。訪問中に見たロボット関連企業にも触れ、現地の開発者との協力に期待を示した。

対談では、自国の言語と文化を反映するAIも焦点となった。

マディエフ氏は、公開されている基盤モデルをカザフ語やその文化的背景に適応させる取り組みを説明し、独自の基盤モデルをゼロから開発する意義について尋ねた。

フアン氏は、国のデータには歴史、文化、価値観が含まれていると強調した。それを管理し、国内でAIサービスを提供する能力は、電力網や通信網に匹敵する基盤になると論じた。

そのうえで、公開された技術を自国の言語や文化に適応させ、国内で運用する道を支持した。カザフスタンの科学、数学、ソフトウエア開発の専門知識が、その能力を育てる土台になるという。

学校や公共サービスでAIの利用を広げるには、人々が使う言語で機能し、その暮らしの実情に応えるシステムが必要だ。それぞれの地域の言語に対応することは、AIの恩恵を広く行き渡らせるうえで欠かせない。

そうした道具を使う人々をどう育てるかも、対談を通じて繰り返し取り上げられた。

フアン氏は、AIが農業者の事業拡大、科学者によるより多くの問いの探究、技術者によるより優れた設計の検討を助けると論じた。その際に何度も用いたのが、意欲や志を意味する「ambition」という言葉だった。

マディエフ氏は、子どもがAIに頼りすぎず、考える力を育てるにはどうすればよいかと尋ねた。フアン氏は、もっと学びたいと願う子どもにとってAIは助けになると答え、好奇心や向上心を育む親や教育者の役割を強調した。

同様の問題意識は、10月初旬のINPS Japanの取材でも聞かれた。アティラウから来た18歳の学生ダスタンさんは、翻訳アプリを介したやり取りで、自分自身で理解を深める代わりにAIへ頼ることへの懸念を示した。

alem.aiでは、12~18歳を対象とするTUMOや、成人向けのTomorrow Schoolなどが、実践的な学習機会を広げている。フアン氏は、訪問先で若者がすでにAIを使い、開発に取り組んでいたことを評価した。

教育を担う機関の国際協力も進む。公式発表によると、12の技術系大学の代表者が、NVIDIAのDeep Learning Institute(DLI)の試行プログラムに参加した。カザフAI研究大学(QAIRU)に地域DLIセンターを設ける案も検討されている。

今、カザフスタンに暮らす18歳なら、これから5年間に何を学び、何をつくるか。そう問われたフアン氏は、AIを自在に使いこなす力を磨くことに専念すると答えた。

NVIDIA CEO Jensen Huang meets young learners at the alem.ai International AI Center in Astana, Kazakhstan, on October 23, 2026. | Photo: Astana Hub.
アスタナの国際AIセンター「alem.ai」で若い学習者らと交流するNVIDIAのジェンスン・フアンCEO。2026年10月23日、カザフスタンで。|写真:Astana Hub

その助言は、指示文の書き方にとどまらなかった。技術的な技能と社会科学のどちらが必要かという質問には、双方が重要だと答えた。AIの能力を十分に活用するには、その原理、強み、弱みを理解することが不可欠だという。

創作も、学びを実践につなげる道の一つだ。

The Astana AI Film Festival’s exhibition booth at AI & Digital Bridge 2026 in Astana, Kazakhstan. The inaugural festival attracted 8,067 submissions from 125 countries. | Photo: Katsuhiro Asagiri / INPS Japan.
「AI & Digital Bridge 2026」会場に設けられたアスタナAI映画祭の展示ブース。初開催の映画祭には、125カ国から8067作品が寄せられた。カザフスタンの首都アスタナで。|写真:浅霧勝浩/INPS Japan

10月1~3日に開催された第1回アスタナAI映画祭には、主催者によると、125カ国から8067作品が寄せられた。賞金として100万ドルが割り当てられ、有望なAIチームやカザフスタンでの映画制作を支援するため、別枠で100万ドルが用意された。

映画祭とHiggsfieldへの投資は、動画生成技術を開発する人々と、その技術で物語をつくる人々の双方に、新たな機会が生まれつつあることを示している。

フアン氏は同時に、AIの恩恵を社会へ届けるには、責任ある開発と運用が不可欠だと述べた。AIエージェントが利用するファイルや道具へのアクセスを、作業に必要な範囲に限定し、その動作を監視する重要性を説明した。

カザフスタンの取り組みは、かつては別々の省庁や産業が扱っていたであろう課題を結びつけようとしている。電力をどう生み出すか。若者をどう育てるか。言語に蓄積された知識をどう生かすか。そして、企業が海外で顧客を獲得するのをどう支えるか。

それらのつながりが実際に役立つものとなったとき、新たな経済が形を取り始める。鉱山技術者が地下の状況をより正確に把握する手法を開発する。学生が身につけた技能を事業へ育てる。限られた予算で活動する映画制作者が、これまで届かなかった観客に作品を届ける。

このAI短編映画は、第1回アスタナAI映画祭に125カ国から寄せられた8067作品の一つです。資料:Astana Ai Film Festival

INPS Japan

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中国の対日輸出規制――「サラミ・スライシング戦術」か、それとも戦略的な牽制か?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=和田 大樹】

今日の国際政治経済においては、国家間の対立や外交的摩擦と、経済的な相互依存関係がますます複雑に絡み合うようになっている。特に、サプライチェーンが少数の国々に大きく依存している場合、貿易制限や輸出管理は、政府が戦略的な影響力を行使するための強力な手段となり得る。中国による日本向け輸出規制の強化は、こうした国際環境の変化を象徴する事例といえる。|英語版|

その一つの解釈として、中国政府が、全面的な禁輸措置を直ちに発動するのではなく、規制を段階的に拡大する「サラミ・スライシング戦術」を用いている可能性が考えられる。この手法を取れば、さらなる規制強化の余地を残しながら、相手国に継続的な圧力をかけることができる。ただし、政治的な報復や戦略的なシグナルの発信など、別の解釈についても検討する必要がある。

中国が日本に対する輸出規制を強化している背景には、日中関係の悪化、とりわけ台湾問題と日本の安全保障政策の変化が密接に関わっている。

2025年11月、高市早苗首相は台湾有事の可能性に関する発言を行い、中国政府はこれを強く批判した。その後、中国は貿易・輸出規制の強化を、日本による台湾問題への干渉と結びつけて説明するようになった。

2026年1月6日、中国は日本向けの軍民両用(デュアルユース)品目に対する輸出管理の強化を発表した。その理由の一つとして、台湾海峡における武力介入の可能性に言及した日本の指導者の発言を明示的に挙げた。

このことから、一連の措置は政治的なシグナルの発信、あるいは報復として理解することもできる。中国政府は、単に日本に経済的損害を与えようとしているのではなく、自国が安全保障上の重大な一線を越えたとみなす行動には、具体的な経済的代償が伴うことを示そうとしている可能性がある。

したがって、輸出規制には二つの目的が同時に存在すると考えられる。一つは日本の政策に対する対抗措置であり、もう一つは、台湾有事への日本の関与がさらに深まれば、追加的な経済的負担が生じ得るという警告を発することである。

もう一つの解釈として、中国のことわざである「殺鶏儆猴(鶏を殺して猿を脅す)」に通じる戦略が考えられる。これは、特定の相手に不利益を与えることで、より広い範囲に警告を発するという考え方である。

中国は、日本との貿易全体を直ちに制限するのではなく、特定の日本企業や団体を規制対象とすることで、全面的な禁輸措置に伴う混乱を避けながら、経済的な圧力を行使する能力を示すことができる。この解釈は、最近の規制対象に日本の防衛・安全保障分野に関係する企業や団体が複数含まれていることからも、特に重要である。

中国は、こうした措置を段階的に拡大してきた。

2026年2月24日、中国政府は日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。対象には、航空宇宙、防衛、海洋システム、先端技術などの分野に関わる企業や団体が含まれていた。

続く6月29日には、日本の企業・団体20件を輸出管理リストに、さらに20件を監視対象リストに追加した。中国政府は、これらの措置について、国家安全保障を守り、日本の軍事能力の強化につながり得る活動を防止するために必要だと説明している。

こうした規制強化の進め方には、「サラミ・スライシング戦術」に共通する特徴が見られる。

中国は、一度に全面的な禁輸措置を発動するのではなく、規制を段階的に導入し、その対象を拡大してきた。この手法によって、中国政府は日中関係の動向に応じて圧力の強さを調整しながら、将来さらに規制を強化する選択肢を確保できる。

ただし、規制が段階的に強化されているという事実だけで、その背後にサラミ・スライシング戦術が存在すると断定することはできない。こうした動きは、日中関係で相次いで生じた出来事に対する、中国政府の個別の対応を反映しているにすぎない可能性もある。

この違いを見極めることは重要である。経済的な規制措置は、直接の対象となる製品や企業の範囲を超えて、広範な影響を及ぼし得るからだ。

日本は、レアアース(希土類)、重要鉱物、機械、電子機器、その他の産業用資材をめぐる製造・供給網を通じて、中国と密接に結びついている。

中国によるレアアースの輸出規制は、すでに日本の産業界に不確実性をもたらしている。ロイター通信は2026年6月、日中間の外交的対立が続くなか、複数の重希土類について、日本向けの輸出が引き続き厳しく制限されていると報じた。

こうした規制は、中国からの供給に大きく依存する産業に対して、経済的な措置がいかに影響を及ぼし得るかを示している。

したがって、戦略的に重要なのは、個々の規制が直ちにもたらす経済的影響だけではない。規制によって生じる不確実性そのものも重要なのである。

企業が、今後の輸出許可の判断は外交関係の動向によって左右される可能性があると考えれば、中国の供給業者への依存に一層慎重慎重になるだろう。

たとえ輸出が正式に禁止されていなくても、審査の厳格化、許可の遅延、さらなる規制強化の可能性が存在するだけで、企業はサプライチェーンの多角化を進める動機を持つことになる。

つまり、経済的圧力は、正式な規制措置を通じてだけでなく、重要な資材を将来にわたって安定的に調達できるかどうかという企業の見通しが変化することによっても生じ得るのである。

このため、日本が直面する課題は、中国の個々の規制措置に対応することだけにとどまらない。

日本政府は、それぞれの規制が一時的な外交的対抗措置なのか、日本の安全保障政策に影響を与えようとする試みなのか、あるいは経済的依存関係を利用した長期的な戦略の一環なのかを見極める必要がある。

しかも、これらの解釈は必ずしも相互に排他的ではない。

政治的な報復は、戦略的なシグナルの発信と同時に行われ得る。また、規制を段階的に実施することは、それ自体がサラミ・スライシング戦術に共通する特徴を生み出すことにもなる。

したがって、中国による対日輸出規制を、単一の戦略概念だけで説明するべきではない。

「サラミ・スライシング戦術」は、経済的圧力が段階的に強化される過程を理解するうえで有用な分析の枠組みの一つである。しかし、台湾問題に関する日本側の発言への報復、戦略的なシグナルの発信、そして国家安全保障を重視する中国の輸出管理政策全体の方向性も、別の説明として、あるいは相互に補完し合う要因として考慮する必要がある。

一連の措置は、単一の固定された戦略に基づくものではなく、複数の目的が重なり合って生じている可能性がある。

日本にとって中心的な課題は、外交、国家安全保障、そして経済的相互依存が交差する状況に、いかに対応するかということである。

そのためには、サプライチェーンの強靱性を高め、重要資材の調達先を多角化し、リスクを早期に察知する能力を強化するとともに、中国との対話の経路を維持することが、ますます重要になるだろう。

経済的相互依存が国家間の戦略的競争と一層深く結びつくなか、日本の経済安全保障を確保するためには、目に見える輸出規制の内容だけでなく、その背後に込められた政治的なシグナルを正確に読み解くことが不可欠である。

Original URL:China’s Export Controls on Japan: Salami-Slicing or Strategic Signalling? | INPS JAPAN

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|視点|本か、爆弾か?―教育予算を求めるフランスの高校生たちとNATOの軍事費増額圧力(メディア・ベンジャミンCODEPINK共同創設者)

【ニューヨークINPS Japan/The Other News=メディア・ベンジャミン】

フランス全土で、高校生たちが教育への投資拡大を求め、3週連続で街頭に繰り出している。彼らが求めているのは、教員の増員、少人数学級の実現、適切な校舎設備の整備、そして貧困層や労働者階級の子どもたちにも十分な教育機会を保障する公教育制度だ。

しかし、この抗議運動は、フランス政府が公共支出の削減を迫られる一方、軍事予算の大幅な増額を求められている時期に起きている。

この運動が突きつけている問いは、教育問題にとどまらない。フランスは若者の未来に投資するのか。それとも、ミサイルや兵器、戦争に資金を注ぎ込むのか。

本か、それとも爆弾か。

9月中旬にパリ郊外で始まった抗議運動は全国に拡大し、これまでに累計1000校以上の高校で授業の中断や封鎖が発生した。

10月6日には、高校生たちを支持する全国規模のデモが行われ、内務省によれば25万6000人が参加した。主催者側は参加者数を45万人と発表している。

政府の対応は、学生たちの怒りをさらに増幅させている。当局は彼らの要求に耳を傾ける代わりに、機動隊を投入し、催涙ガスやグレネード弾を使用して、多数の若者の身柄を拘束してきた。

法務省が10月9日に公表した集計によれば、8日時点で6877人が警察での留置措置を受け、そのうち5890人が未成年者だった。ただし、留置された全員が訴追されたわけではない。

一部の若者は深刻な負傷を負っている。10月5日には、フランス北部ランス(Lens)の高校付近で、警察が使用したグレネード弾の爆発により15歳の少年が片手を失った。

少年がグレネード弾を拾ったかどうかなど、爆発に至る詳しい経緯については証言が食い違っており、警察監察総監室(IGPN)が調査を進めている。この事件を受け、内相は高校生の抗議活動における閃光音響弾の使用を停止した。

アムネスティ・インターナショナルは、教育を受ける権利を訴える若者たちに対して警察が「不均衡な」武力を行使していると非難し、平和的な集会の権利を保障するよう当局に求めている。

その対照は鮮明だ。

生徒たちが求めているのは、教員の増員とまともな学校教育である。ところが政府は、彼らに機動隊を差し向ける一方で、軍事費にはさらに数十億ユーロを上積みしようとしている。

こうした学生運動が広がっているのは、北大西洋条約機構(NATO)が欧州各国に対し、防衛・安全保障関連支出の大幅な増額を求めているさなかのことだ。

2025年、ワシントンからの強い圧力を受け、NATO加盟国の首脳たちは、2035年までに各国の国内総生産(GDP)の5%を防衛・安全保障関連支出に充てるという、驚くべき新たな目標に合意した。

そのうち少なくとも3.5%を直接的な軍事支出に、残り最大1.5%を防衛関連インフラ、サイバーセキュリティー、危機への対応力を意味する「レジリエンス」などに充てるというものだ。

これは、従来のGDP比2%という目標からの大幅な引き上げを意味する。しかも、従来の目標ですら、達成に苦労してきた加盟国は少なくなかった。

財政赤字の拡大、多額の政府債務、公共サービスの劣化に直面する国々にとって、これほどの軍事費増額は極めて大きな代償を伴う。

フランスは、その典型的な事例である。

同国の公的債務は約4兆ドルに達し、2026年末にはGDP比119.3%、2027年には121.7%に上昇すると予測されている。これは欧州でも特に高い水準だ。

財政赤字を削減するため、政府は2027年度に総額540億ユーロ規模の財政改善を目指しており、歳出抑制や税制措置を通じて、すでに厳しい状況に置かれている公共サービスにもさらなる負担を求めようとしている。

ところが、国民に緊縮財政への協力を求める一方、政府が提案する2027年度予算では、国防費を前年比約64億ユーロ増額する計画だ。これに対し、教育予算の増額は12億ユーロにとどまる。

教育予算自体は増額されるものの、教員の定数は常勤換算で差し引き1588人分削減される見通しだ。ただし政府は、研修中の教員や生徒の支援に携わる職員などを含めれば、教育省全体の雇用枠は3257人分増加すると説明している。

想像してみてほしい。

雨漏りする教室で、大勢の同級生と肩を寄せ合いながら授業を受ける16歳の生徒がいる。常勤の教員すら確保されていない。

その生徒は、政府から「学校を改善するための予算はない」と聞かされる一方で、兵器の購入には何十億ユーロもの追加予算が確保されるという現実を目の当たりにしているのだ。

フランスの独立した財政監視機関である高等財政評議会(HCFP)も、2027年度の中央政府支出の増加が、主として国債の利払い、欧州連合(EU)への拠出金、軍事費の増加によって生じていると指摘している。

NATO当局者は、こうした大規模な軍備増強は、ロシアをはじめとする脅威から欧州を守るために必要だと主張する。

しかし、ロシアが今にもフランスへ侵攻しようとしているかのような見方は、ばかげている。

そして、軍事費の際限ない増額を求める動きは、根本的な疑問を投げかける。

学校や病院をはじめとする公共サービスが荒廃するまま放置されているとすれば、フランス政府はいったい何を守ろうとしているのだろうか。

こうした状況は、フランスだけの問題ではない。

ベルギー、スペイン、ポルトガルでも、教育予算や労働条件の改善を求めて、学生や教員が街頭で抗議活動を展開している。

その背景には、基本的な公共サービスを維持する予算がないと繰り返す欧州各国政府に対する、不満の高まりがある。

欧州が冷戦終結以来、最大規模ともいえる軍備増強に乗り出す一方で、若い世代全体が緊縮財政を受け入れるよう求められているのだ。

政治指導者たちは、教育予算と軍事費は別々の問題だと主張するかもしれない。

しかし、両者が限られた公的資源を奪い合っていることに変わりはない。

そして、フランスの高校生たちの中には、すでにこの問題のつながりを明確に認識している者もいる。

抗議デモでは、「戦争ではなく学校に予算を」「ジェノサイドではなく高校教育に資金を」と書かれたプラカードが掲げられている。

彼らは、教育環境の改善という身近な要求を、政府が何に、そして誰のために公的資金を使うのかという、より大きな問題と結びつけているのである。

こうした若者たちは、「安全保障」とは何かという、その定義そのものに異議を唱えている。

NATOは、安全保障を戦車、ミサイル、ドローン、弾薬などの軍事力によって測ろうとする。

これに対し、学生たちが求めているのは、まったく別の安全保障だ。

それは、十分な教育を受けられる学校、平等な機会、そして終わりの見えない軍備増強のために若者の未来を犠牲にするのではなく、その未来に投資する社会である。

彼らの訴えは、米国を含むNATO加盟国全体に響き渡るべきものだ。

米国でも、公共サービスが削減の圧力にさられる一方、トランプ政権は2027会計年度の国防関連予算を前年度比44%増の総額1兆5000億ドルに引き上げるよう求めている。

だからこそ、私たちCODEPINKと連携団体は、11月10日から12日にかけて、ワシントンD.C.で「納税者の決起行動(Taxpayer Uprising)」を組織している。

市民が連邦議会に足を運び、国家の優先課題を根本から見直すよう議員たちに求める取り組みだ。

戦争や兵器製造企業に、際限なく税金を注ぎ込むのではなく、医療、教育、手頃な価格の住宅、再生可能エネルギー、そして持続可能な未来にこそ投資すべきである。

フランスの教室から米国連邦議会の議場まで、問われていることは同じだ。

私たちの政府は、人々の命と暮らしに投資するのか。それとも戦争に投資するのか。

本か、それとも爆弾か。

メディア・ベンジャミン(Medea Benjamin)は、米国の平和運動団体CODEPINKおよび人権団体グローバル・エクスチェンジ(Global Exchange)の共同創設者。

INPS Japan

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アスタナ―マスカット―カサブランカ:新たな国際金融軸の胎動

【カサブランカINPS Japan/Atlantica Africa=ナスララ・ベルカヤテ博士】

世界経済の大きな変革は、必ずしも金融市場が伝統的に注目してきた主要都市から始まるとは限らない。ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、ドバイが常にその起点となるわけではない。時には、長らく世界経済の周縁とみなされてきた地域が、貿易ルートや資本の流れ、大国の利害関係の変化によって、戦略的に重要な拠点へと姿を変えることがある。アスタナ、マスカット、カサブランカの間で進みつつある関係強化も、こうした視点から検討する必要がある。|英語版|

Dr. Nasrallah Belkhayate

その根底にある構想は、真剣に検討する価値がある。カザフスタン、オマーン、モロッコの3カ国が、中央アジア、湾岸地域、アフリカを結ぶ新たな金融秩序の形成に寄与する可能性があるというものだ。もっとも、これは資本の流れが統合され、共通の制度的基盤に支えられた国際金融軸が、すでに確立されたことを意味するわけではない。むしろ、具体的な進展を通じて、その基盤が徐々に形づくられつつある戦略的な可能性と捉えるべきだ。その影響は、3カ国の二国間関係をはるかに超えて広がる可能性を秘めている。

最も重要な進展は、ごく最近起きた。2026年10月5日から6日にかけて、オマーンのハイサム・ビン・ターリク国王が、同国の君主として初めてカザフスタンを国賓訪問した。この訪問では、投資、エネルギー、運輸、金融協力などの分野で5件の協定と約10件の覚書が交わされた。なかでも特筆すべきは、マスカット証券取引所とアスタナ国際取引所を電子的に接続する仕組みが稼働し、投資家が認可を受けた証券会社を通じて、両市場の証券にアクセスできるようになったことだ。

この進展は、とりわけ重要な意味を持つ。外交宣言が協力の意思を表明するものであるのに対し、証券市場同士の接続は、実際の取引につながる機会を生み出すからだ。もちろん、これだけで大規模な取引や投資が直ちに実現するわけではない。しかし、資本移動を妨げる障壁の一部を取り除き、二つの金融市場の距離を縮めることにはつながる。

さらに重要なのは、この動きが具体的な金融手段の創設を伴っている点である。カザフスタンの政府系ファンド「サムルク・カズナ」とオマーン投資庁は、双方が同額を拠出し、総額1億5000万ドルの共同投資ファンドを設立することで合意した。このファンドは2026年末までにアスタナ国際金融センター(AIFC)内で設立され、両国の優先事業への投資に充てられる予定だ。ただし、現段階で確認されているのは、ファンド設立の合意と予定出資額であり、全額がすでに拠出・投資されたことを意味するものではない。

これらの進展を個別に見れば、世界の金融市場全体の規模に照らして、それほど大きなものには映らないかもしれない。しかし、全体として捉えれば、明確な方向性が浮かび上がる。市場を接続し、政府系ファンドの資金を動員し、金融機関同士の関係を深め、経済的な相互補完性が十分に活用されてこなかった地域の間に新たな橋を架けようという動きである。

この構想の第一の強みは、カザフスタンがユーラシアの金融拠点へと段階的に変貌を遂げつつあることにある。

アスタナ国際金融センター(AIFC)は、設立以来、カザフスタンに誘致した投資額が280億ドルを超え、90カ国から6600社以上がその経済圏に登録されていると発表している。これらの数字は金融プラットフォームとしての規模を示しているが、全額が実際の生産事業に投資された資金であるとか、運用資産残高を表していると解釈すべきではない。

アスタナ国際取引所(AIX)の実績も、もう一つの指標となる。2026年第3四半期の取引高は19億ドルを超え、前年同期比で70%以上増加した。また、設立以来、債券と株式を通じて調達された資金は累計174億ドルに達している。同取引所では、米ドル、カザフスタン・テンゲ、アラブ首長国連邦(UAE)ディルハム、中国人民元など、複数の通貨建て証券も導入されている。

これらの数字が物語るのは、単なる証券市場の成長以上のものだ。アスタナは、異なる通貨圏と投資家層を結びつける金融インフラの構築を目指している。中国、ロシア、欧州、中央アジアの間に位置するという地理的優位性を、経済・金融取引を仲介する能力へと転換することが、その狙いなのである。

Map of Kazakhstan
Map of Kazakhstan

この課題には政治的な側面もある。制裁措置や地政学的緊張、貿易摩擦によって資金調達の経路が変わり得る世界では、協力相手の多様化そのものが、国家の自律性を高める手段となる。カザフスタンが主要隣国への依存から完全に脱却することはできないとしても、インフラ整備、企業活動、産業プロジェクトの資金調達において、協力できる相手の選択肢を広げることは可能だ。

まさにこの点に、オマーンとの関係強化が持つ戦略的重要性がある。

Map of Oman
Map of Oman

オマーンが提供できるのは資本だけではない。アラビア海、インド洋、そして湾岸地域の商業ネットワークへのアクセスという強みも持っている。その地理的位置は、ユーラシア市場と国際海上輸送ルートを結ぶ潜在的な中継拠点としての役割を可能にする。したがって、マスカットとアスタナのエネルギー、物流、金融分野での協力は、企業や投資家がこうした機会を具体的な事業へと発展させることができれば、二国間関係を超えた経済取引の基盤となり得る。

もう一つ注目すべき動きがある。オマーンは、ユーラシア開発銀行(EDB)の8番目の出資国となり、湾岸地域から初めて参加する国になる見通しだ。今回の国賓訪問では、その参加条件について合意が成立した。

これにより、ユーラシアの金融機関が持つ資金供給能力と、湾岸地域の経済ネットワークが結びつく可能性が生まれる。もちろん、これによって同銀行が直ちに世界的な金融機関へと変貌するわけではない。しかし、その地理的な活動範囲と協力の可能性が広がることは確かだ。

時期も好都合といえる。10月6日、マスカット証券取引所は、FTSEラッセルによって、オマーン市場を「フロンティア市場」から「セカンダリー・エマージング市場」へ格上げする可能性を検討するウォッチリストに加えられた。

格上げが決定したわけではなく、次回の審査は2027年4月に予定されている。仮に実現すれば、オマーン市場の国際的な認知度が高まり、一部の海外投資家にとってアクセスしやすい市場となる可能性がある。

このように、アスタナとマスカットの接近は、単なる政治的な宣言にとどまらない。具体的な金融手段、制度的枠組み、政府系ファンド、市場統合への展望を伴っている。ただし、その真の潜在力が明らかになるのは、こうした基盤が両国の枠を超えて企業やインフラ、生産活動への資金供給に結びついたときである。

ここで重要な役割を担う可能性があるのが、カサブランカだ。

Casablanca Finance City seen from Eurostars Casa Anfa rooftop in Beauséjour district Credit: By Chah.salah - Own work, CC0
Casablanca Finance City seen from Eurostars Casa Anfa rooftop in Beauséjour district Credit: By Chah.salah – Own work, CC0

それは、ユーラシアの協力関係に第三の都市を形式的に加えるという意味ではない。形成されつつある金融秩序とアフリカを結ぶ玄関口としての役割である。モロッコには、アフリカの複数の市場に展開する銀行ネットワーク、重要な港湾インフラ、そしてアフリカで事業を展開する企業や投資家を支援するための金融拠点「カサブランカ・ファイナンス・シティ(CFC)」がある。

モロッコとカザフスタンの経済関係には、すでに数値で確認できる基盤が存在する。2025年の二国間貿易額は4億6150万ドルに達し、2024年から68%増加した。

しかし、この数字は同時に、関係の弱点も浮き彫りにしている。カザフスタンからモロッコへの輸出額が約4億3400万ドルに達した一方、モロッコからカザフスタンへの輸出額は2750万ドルにとどまった。しかも、カザフスタンの対モロッコ輸出の90.5%を硫黄だけで占めていた。

この不均衡は、両国の関係強化における見落とされがちな問題の一つである。経済関係は拡大しているものの、まだ均衡の取れた産業パートナーシップが成立しているとはいえない。

カサブランカがアスタナとマスカットにとって真のアフリカへの玄関口となるには、協力関係を一次産品の貿易にとどめず、農業関連産業、肥料、物流、再生可能エネルギー、金融サービス、産業加工などの分野で、双方向の投資を発展させる必要がある。

モロッコは、現在の関係に不足している要素を提供できる可能性がある。それは、制度的な協力を具体的な事業へと結びつける能力だ。

アフリカ各地の事業機会を見いだし、現地のリスクを理解し、企業を動員して、その事業展開を支援することができる。アフリカで活動するモロッコの銀行は、資金供給や金融サービスの普及に貢献できるだろう。また、カサブランカ・ファイナンス・シティは、国際投資家、コンサルティング会社、地域企業の間の調整役を果たすことができる。

もっとも、こうした役割は、アスタナやマスカットの関係者との協力によって具体的に構築される必要がある。カサブランカが地理的に有利な位置にあるというだけで、自動的に実現するものではない。

想定されるのは、3つの段階からなる資金調達の仕組みだ。

アスタナが中央アジアやユーラシア経済圏に関わる金融取引を組成し、マスカットが湾岸地域の投資家の資金を動員するとともに海上輸送の接続を促進する。そしてカサブランカがアフリカでの投資機会を見いだし、大陸各地の事業を支援する。

この仕組みであれば、直ちに共同金融機関を設立しなくても、各地域の需要と機会に応じて資本を循環させることができる。

例えば、カザフスタンの穀物生産、モロッコの港湾インフラ、アフリカ市場を結ぶ農業のバリューチェーンに資金を供給することが考えられる。

また、湾岸地域の資本、産業企業、地域銀行を組み合わせることで、肥料生産、再生可能エネルギー、鉱物加工などの事業を支援することも可能だろう。

ただし、いずれの事業も、商業的な採算性、投資資金の回収を担保する仕組み、地域社会にもたらす利益を具体的に示さなければならない。

貿易ルートが存在することと、金融回廊が機能することは同じではない。金融回廊が開発の手段となるのは、持続可能な経済活動への資金供給を実現して初めてのことだ。

この構想に対する最も重大な疑問は、その規模にある。

1億5000万ドルの共同投資ファンドは、二国間協力の出発点としては重要だが、アフリカのインフラ整備に必要な資金や、世界の主要金融センターが取り扱う資金規模と比較すれば限定的である。

また、AIFCが設立以来誘致したと発表している280億ドルも、その全額がアフリカの事業に投入できる資金というわけではない。二つの証券取引所が接続されたからといって、両市場がすでに統合されたとみなすこともできない。

したがって、新たな世界金融秩序の誕生を性急に宣言したくなる誘惑には、慎重でなければならない。

ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、ドバイには、はるかに厚みのある市場、長年にわたって築かれてきた国際的なネットワーク、そして桁違いの資金供給能力がある。アスタナ、マスカット、カサブランカが、これらの都市に一夜にして取って代わることはないだろう。

3都市にとっての機会は、むしろ別のところにある。

それは、地理的・商業的には相互補完の可能性を持ちながら、金融面での結びつきが十分に発展してこなかった経済圏の間で、仲介役を担うことである。

この構想の真価を判断するには、測定可能な成果が必要だ。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

2028年までに注目すべき指標は、実際に投資された資金の総額、資金供給を受けた国境を越える事業の件数、動員された民間資本の割合、貿易構造の多様化、そして新たに形成される金融ネットワークを通じて組成された取引に、アフリカ企業がどの程度参加したかという点である。

こうした指標が伴わなければ、新たな金融軸は外交上の構想にとどまるだろう。逆に、具体的な成果が確認されれば、測定可能な経済的現実へと発展する可能性がある。

経済史が教えているのは、新たな金融センターは、その国が保有する富の大きさだけによって誕生するわけではないということだ。

信頼を構築し、取引コストを削減し、投資家を保護し、それまで十分につながっていなかった市場同士を結びつける能力を備えたとき、金融センターは発展していく。

アスタナは、こうした機能の構築に着手している。マスカットは、湾岸地域の資本とインド洋の交易ルートへの新たな玄関口を提供できる。そしてカサブランカは、アフリカ市場にアクセスするための制度的基盤、銀行ネットワーク、企業活動の蓄積を生かすことができる。

したがって、この金融軸が持つ歴史的な意義は、新たな世界的金融大国が直ちに誕生することにあるのではない。

むしろ、ユーラシア、湾岸地域、アフリカの間に、資本の流れを支える新たな経路が生まれることにある。各国が経済的な協力相手の多様化を模索するなか、こうした金融仲介機能は、地政学的にもますます重要性を増していく可能性がある。

モロッコにとって重要なのは、この変革を傍観する立場にとどまらないことだ。

アスタナとマスカットに対して具体的な協力の仕組みを提案し、自国の銀行、企業、金融機関を動員しなければならない。そして、カサブランカを単なる商業上の中継地ではなく、資本が事業を生み、事業が企業を育て、企業がアフリカの経済統合に貢献する拠点へと発展させる必要がある。

世界の金融秩序を再編するのは、必ずしも最大の資本を保有する者だけではない。

資本と資本を結びつけ、その可能性を引き出すことのできる者もまた、世界の金融秩序を動かしていくのである。

アスタナ、マスカット、カサブランカを結ぶ新たな金融軸の真の可能性は、まさにこの能力にある。

その実力は、これから具体的な成果によって証明されなければならない。しかし、その実現可能性は、いまや以前にも増して現実味を帯び始めている。

INPS Japan

Original URL: Astana-Muscat- Casablanca : Tha emergence of a new global financial axis – Atlantica Africa

Financial Afrik(フィナンシャル・アフリク)は、アフリカの経済・金融・地政学を専門とする通信社。市場動向や投資、国際関係を現地の視点から伝え、アフリカの変化が世界経済や国際社会に及ぼす影響を理解するうえで有益な情報を提供している。主要6つのSNSで延べ約59万6000人のフォロワー・登録者を擁し、アフリカと世界をつなぐ情報発信を展開している。INPS Japanはフィナンシャル・アフリクをはじめ世界10数か国から参加した国際記者団とともに、世界伝統宗教リーダー会議第24回事務局会合を取材した。

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【ワシントンIPS=アイダ・ソーヤー】

ルワンダの支援を受けた反政府武装勢力が、当時ザイールと呼ばれていたコンゴ東部のレメラ病院を襲撃し、患者や医療従事者37人を殺害してから30年が経過した。

この事件は、後に「第一次コンゴ戦争」と呼ばれる紛争の初期に起きた重大な残虐行為の一つだった。それを契機に、外国の支援を受けた反乱や武力紛争が数十年にわたって繰り返され、あらゆる紛争当事者によって民間人に対する深刻な人権侵害が引き起こされてきた。民族を標的とした大量虐殺、広範な強姦や性暴力、子どもの強制徴兵、拉致、拷問、身体の切断などの残虐行為、そして住民の強制移動が続いてきたのである。|英語版|

コンゴ民主共和国出身のノーベル平和賞受賞者、デニ・ムクウェゲ医師は、レメラ病院で医師としてのキャリアをスタートさせた。1996年10月6日、国際人道法によって守られているはずの安全な場所が惨劇の現場と化したとき、ムクウェゲ医師もその病院にいた。

以来、ムクウェゲ医師は、コンゴ民主共和国で性暴力の被害に遭った人々の支援と、被害者のための正義の実現を訴える活動に生涯を捧げてきた。

レメラ病院襲撃事件は、国連の「マッピング報告書」に記録された617件の事件の一つである。同報告書は、1993年から2003年にかけてコンゴで発生した、国際人道法および国際人権法の重大な違反が疑われる事件を記録している。

しかし、その後も深刻な犯罪は繰り返されてきた。

国際刑事裁判所(ICC)やコンゴの軍事裁判所は重要な役割を果たしてきたものの、重大犯罪への関与が疑われる者の圧倒的多数は、いまだに処罰されていない。その中には、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ウガンダの政府や軍の高官も含まれている。

レメラ病院で起きたような凄惨な襲撃は、現在も続いている。

ルワンダの支援を受け、人権侵害を繰り返してきた武装勢力「3月23日運動(M23)」は、北キブ州と南キブ州の広大な地域を支配している。一方、ほかの多数の武装勢力に加え、コンゴ政府軍とその同盟勢力も、民間人を攻撃し続けている。

Map of DRC
Map of DRC

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)などの人権団体がここ数カ月に記録してきた人権侵害に関与する指揮官の多くは、私たちが何十年にもわたって犯罪行為を記録してきた人物と同じである。

彼らは、ある武装勢力から別の武装勢力へと所属を変え、ときにはコンゴ政府軍に編入されながら、新たな不満や要求を抱えると再び離脱するという行動を繰り返してきた。

過去の犯罪が処罰されずに放置されてきたことこそが、私たちが今日目撃している人権侵害を助長しているのである。

現在、最も欠けているのは、コンゴの人々のために正義の実現を優先するという政治的意思である。

戦闘そのもの、あるいは紛争に関連するさまざまな要因によって、これまでに数百万人が命を落としてきた。コンゴの紛争は、第二次世界大戦以降、民間人に最も多くの犠牲を強いた紛争として広く認識されている。

それにもかかわらず、あるいは、その残虐さと解決の見通しが立たない長期化した状況ゆえに、この紛争が国際ニュースの主要な見出しを飾ったり、各国の高官レベルの外交課題で優先的に取り上げられたりすることは、ほとんどない。

コンゴが世界の注目を集めるとしても、それは国民の窮状よりも、むしろ豊富な天然資源をめぐる問題であることが多い。

強大な外国政府や企業は、自らの利益を優先する国内の指導者たちに助けられ、コンゴの富を搾取し、略奪している。

コンゴの鉱物資源は、世界経済の成長を力強く牽引する技術革新を支える重要な役割を果たしている。しかし、その一方で、深刻な人権侵害の数々は処罰も抑止もされないまま、繰り返されている。

こうした暴力と不処罰の文化を断ち切るためには、世界の指導者たちが、コンゴ民主共和国とルワンダの両政府に対し、コンゴ国内で活動する人権侵害を繰り返す武装勢力へのあらゆる支援を停止するよう、実効性のある圧力をかけなければならない。

また、コンゴ政府に対しては、国際社会の支援を受けながら、重大な人権侵害に関与した人物を治安部隊、情報機関、政府の要職から排除するための適格性審査制度を導入するよう求めるべきである。

さらに、コンゴにおける不処罰の問題の規模と深刻さに対応するため、複数の司法制度を組み合わせた包括的な取り組みを支援する必要がある。

具体的には、国際刑事裁判所(ICC)と同裁判所が進めているコンゴでの捜査への支援、可能な場合には外国の裁判所で普遍的管轄権に基づく訴追を進めること、そしてコンゴ国内の軍事司法制度の改善に向けた継続的な支援が含まれる。

これに加え、ICCや国内裁判所の取り組みを補完する、国際的な関与を組み込んだ司法メカニズムの設立と、重大な国際犯罪の被害者に対する包括的な賠償制度の整備も不可欠である。

私は先日、ムクウェゲ医師とともにブリュッセルとストラスブールを訪れ、「戦争の30年、不処罰の30年(30 Years of War, 30 Years of Impunity)」と題するキャンペーンの立ち上げに参加する機会を得た。

このキャンペーンは、パンジ財団、ルネ・カサン財団、ブリュッセル市、ストラスブール広域都市圏が主催した一連の行事を通じて開始されたものである。コンゴの紛争に対する国際社会の認識を高め、暴力、人権侵害、不処罰の悪循環を終わらせるための強力な国際的行動を促すことを目的としている。

ムクウェゲ医師はストラスブールで、次のように訴えた。

「戦争が30年も続いたというのは、あまりにも長すぎます。不処罰が30年も続いたというのも、あまりにも長すぎます。……今こそ、数百万人の被害者が持つ正義を求める権利を、平和の確立と法の支配の強化に向けた取り組みの中心に据えるべきです。」

アイダ・ソーヤー(Ida Sawyer) は、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)の危機・紛争・武器問題担当ディレクター。

INPS Japan

コンゴ民主共和国はコバルト、銅、金、コルタンなどの鉱物資源に恵まれ、世界の電池・電子機器産業を支える一方、多くの国民が貧困に苦しむ。東部では武装勢力が鉱山や輸送路を支配し、資源取引を戦闘資金に利用している。植民地時代から続く資源収奪、周辺国の介入、脆弱な統治、重大犯罪の不処罰が暴力の連鎖を生んできた。資源収入の透明化、公正な利益分配、加害者の責任追及が、この「呪い」を断ち切る鍵となる。

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核兵器のない未来への声―核軍縮に向けた国際メディア構想

【イラク・バグダッドINPS Japan/London Post=マルワ・モフセン】

新戦略兵器削減条約(新START)の失効、2026年の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議での合意不成立、そして中東情勢の緊迫化を背景に、国際的なメディアの連携が、政府の説明責任を追及し、誤情報に対抗するとともに、核軍縮を国際社会の重要課題として維持するうえで、大きな役割を果たす可能性がある。

マルワ・モフセン
マルワ・モフセン

再び高まる核の脅威に直面する世界

広島と長崎への原爆投下から80年以上が経過した今も、核兵器は人類にとって最も深刻な脅威の一つであり続けている。数十年にわたる軍備管理交渉や国際的な合意にもかかわらず、複数の国が依然として核抑止力を安全保障政策の根幹に据えている。さらに、地政学的な対立や地域紛争の激化が、誤算による核危機のリスクを高めている。|英語版|アラビア語|

こうした危機感を象徴しているのが、米科学誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)が2026年1月27日、「終末時計」の針を午前0時まで残り85秒に設定したことである。これは同時計の歴史上、破滅を意味する「午前0時」に最も近い時刻となった。同誌は、国際協力の後退、核をめぐる危険の増大、その他の地球規模の脅威を、その判断の理由として挙げている。

終末時計は科学的な予測ではなく、あくまで象徴的な指標である。それでも、人類が存亡に関わる危機を管理する能力に対し、懸念が深まっている現状を浮き彫りにしている。

こうした状況を踏まえ、「核兵器のない未来への声」(Voices for a Nuclear-Free Future)は、核政策を市民の理解、人道上の課題、外交における説明責任と結びつける国際的なメディア構想を提案する。

その目的は、外交交渉に取って代わることでも、複雑な安全保障上のジレンマを単純な政治的スローガンに置き換えることでもない。むしろ、ジャーナリスト、科学者、外交官、研究者、市民社会組織、そして一般市民が、事実に基づく報道と十分な情報に裏打ちされた議論を通じて、核のリスクを多角的に検証できる場を創出することにある。

揺らぐ国際核秩序

1970年に発効した核兵器不拡散条約(NPT)は、現在も国際的な核不拡散体制の礎となっている。同条約は、核兵器の拡散防止、核軍縮の推進、原子力の平和利用の促進を目的としている。

しかし、条約の根幹をなす取り決めをめぐっては、依然として意見の対立が続いている。

非核兵器国は核兵器を取得しない義務を負う一方、条約は核軍縮に関する義務も定めている。それにもかかわらず、核兵器への依存が続いていることから、この枠組みの公平性と実効性に対する疑問が強まっている。

こうした課題は、2026年に一段と鮮明になった。

米国とロシアの戦略核戦力に主要な数量制限を課していた最後の二国間軍備管理条約である新STARTは、後継条約が成立しないまま、2月5日に失効した。これにより、世界最大の核戦力を保有する米露両国間で、法的拘束力のある核戦力の制限と検証を支えてきた重要な枠組みが失われた。

一方、4月27日から5月22日までニューヨークの国連本部で開催された第11回NPT再検討会議も、実質的な成果文書について合意に至らないまま閉幕した。

この結果は、核不拡散、核軍縮、地域安全保障をめぐる各国間の根深い対立を改めて浮き彫りにした。

こうした一連の展開は、外交努力を立て直すとともに、国際社会による継続的な監視と検証を強化する必要性を示している。

中東――解決の見通せない核問題

中東は、核軍備管理において最も困難な課題を抱える地域の一つである。

地域諸国の対立、未解決の紛争、安全保障上の脅威に対する認識の違い、軍事力の不均衡などが、共通の安全保障体制の構築を妨げてきた。

イスラエルは、核兵器の保有を公式に肯定も否定もしない「核の曖昧政策」を維持しており、NPTにも加盟していない。

一方、イランは自国の核開発計画が平和目的であると主張しているものの、核関連活動や国際的な検証体制の制約をめぐって、深刻な国際的懸念が生じている。

2015年に成立した包括的共同行動計画(JCPOA)、いわゆるイラン核合意は、核活動への制限、監視体制、制裁解除を組み合わせることによって、イランの核問題の解決を図った。

しかし、米国は2018年に同合意から離脱し、その後の展開によって合意の枠組みは次第に弱体化していった。

さらに、2025年6月にイランの核施設を標的として実施された軍事攻撃は、核問題が武力紛争と結びつくことの危険性を改めて示した。

こうした攻撃は、施設や設備を損傷させ、国際的な検証活動を妨げるだけでなく、核開発の意図をめぐる不確実性を一層高める可能性がある。

このような状況において、責任ある報道には、民生用原子力、ウラン濃縮、核兵器開発能力、そして実際に運用可能な核戦力を明確に区別する姿勢が求められる。

これらは相互に関連しているものの、同一の概念ではない。不正確な表現は脅威を過大に伝え、市民の不安をあおり、外交による解決の可能性を損なうおそれがある。

だからこそ、保障措置、査察、技術的検証を通じて核活動の信頼性ある監視を担う国際原子力機関(IAEA)の役割は、引き続き極めて重要である。

中東に核兵器のない地域を実現できるか

中東から核兵器やその他の大量破壊兵器をなくすという構想には、長い外交の歴史がある。

1974年には、イランとエジプトが中東非核兵器地帯の設置を提案し、その後、国連総会決議3263号によって支持された。

さらに、1995年のNPT再検討・延長会議では、中東に大量破壊兵器のない地帯を設置するよう求める決議が採択された。

しかし、数十年にわたって国際的な議論が重ねられてきたにもかかわらず、この目標はいまだ実現していない。

各国の間では、交渉への参加、検証体制、通常戦力の不均衡、さらには地域全体の紛争解決を非核化の前提とすべきかどうかをめぐり、意見が分かれている。

実効性のある合意を成立させるには、関係国を排除しない包括的な交渉、相互に履行すべき約束、効果的な検証制度、そして参加国すべての安全保障上の懸念に対する十分な配慮が必要である。

また、既存の軍事的・安全保障上の不均衡を恒久的な現実として受け入れるのではなく、その是正に取り組む政治的意思も欠かせない。

目標の実現は容易ではない。それでも、粘り強い外交努力と段階的な信頼醸成措置を積み重ねることで、前進への条件を整えることは可能だろう。

核兵器が使用された場合、その影響は軍事目標にとどまらない。大量の死傷者、放射線被ばく、社会基盤の破壊、環境への被害、さらには長期にわたる公衆衛生上の影響など、被害は広範かつ深刻なものとなる。資料:SGI

核抑止論を超えて――核兵器がもたらす人道的被害

核抑止論の支持者は、報復の脅威が大規模な戦争の発生を防いでいると主張する。

しかし、核抑止が機能するためには、複雑な指揮統制システム、信頼性の高い通信手段、そして危機的状況における合理的な意思決定が確保されていなければならない。

人為的ミス、技術的な故障、相手の意図の誤認、軍事的緊張のエスカレーションなどによって、こうした前提が崩れる可能性は常に存在する。

核兵器が使用された場合、その影響は軍事目標にとどまらない。大量の死傷者、放射線被ばく、社会基盤の破壊、環境への被害、さらには長期にわたる公衆衛生上の影響など、被害は広範かつ深刻なものとなる。

2021年1月22日に発効した核兵器禁止条約(TPNW)は、核兵器がもたらす人道上の被害を出発点とする重要な国際法上の取り組みである。

同条約は、締約国に対し、核兵器の開発、保有、使用、使用の威嚇などを禁止している。

しかし、核保有国はこの条約に参加しておらず、既存の核戦力に対する直接的な影響力には、現時点で限界がある。

広島・長崎の被爆者、核実験の被害を受けた地域社会、医療専門家、人道支援団体は、戦略論議の中で見落とされがちな重要な視点を提供している。

こうした人々の証言は、軍事ドクトリン、検証制度、国家安全保障上の懸念に関する厳密な分析に取って代わるものではない。むしろ、それらを補完するものとして位置づけられるべきである。

核リスクの低減に果たすジャーナリズムの役割

核政策は、政府の公式声明、軍事的評価、外交交渉などを中心に論じられることが多い。

しかし、核戦争によって生活や生命を脅かされる可能性のある一般市民が、こうした政策決定の意味を明確に理解するための情報に十分アクセスできているとは限らない。

メディアは、この隔たりを埋める重要な役割を担うことができる。

調査報道、専門家へのインタビュー、ドキュメンタリー、複数言語による教育資料などを通じて、複雑な問題を扇情的な表現に頼ることなく、分かりやすく伝えることが可能になる。

「核兵器のない未来への声」のような国際的な取り組みは、世界各地の報道機関、大学、研究機関、市民社会組織を結ぶネットワークを構築できるだろう。

その活動には、軍備管理に関する各国の約束の履行状況の監視、IAEAの保障措置の解説、核戦略・核ドクトリンの検証、核兵器がもたらす人道的被害の記録などが含まれる。

そのためには、編集の独立性と事実の正確性が不可欠である。

ジャーナリストは、検証された事実と政府当局による主張を明確に区別し、不確実な情報についてはその限界を示し、専門的知識を持つ研究者や実務家の見解を確認しなければならない。

また、国際的な分析だけでなく、アラブ諸国、イラン、イスラエルをはじめとする地域の多様な視点を取り上げることも重要である。

さらに、若手ジャーナリストや研究者が積極的に参加できる機会を設けるべきだろう。

核政策を政府や安全保障専門家だけの議論にとどめず、次世代を含む幅広い人々が主体的に考え、発言できる課題として開いていく必要がある。

Toward a World free from Nuclear Weapons
著者の主張を具現化したグローバルな取り組みの一つがSGIが2009年以来INPS Japanと推進している「Toward a World free from Nuclear Weapons」メディアプロジェクトである。今後、著者の発信拠点であるイラクをはじめ、中東地域発の分析も強化していく予定。資料:INPS Japan

市民の理解を政治的行動へ

メディア自身が条約を交渉したり、核弾頭を解体したりすることはできない。

その影響力は間接的なものだが、各国政府が安全保障上の判断を下す政治的環境を形づくる力を持っている。

十分な情報を得た市民は、政策決定の透明性向上、より強固な検証制度、軍備管理交渉の再開、効果的な危機管理・意思疎通の仕組みなどを、政府に対して求めることができる。

また、ジャーナリズムは、信頼醸成のための合意、核の安全に関する協力、中東に大量破壊兵器のない地帯を設置するための取り組みの再活性化など、実行可能な政策を検証することもできる。

前進するためには、各国が抱える正当な安全保障上の懸念を認識しつつ、核兵器への恒久的な依存を不可避のものとみなさない妥協と歩み寄りが求められる。

核兵器のない世界は、道義的な信念だけで実現できるものではない。

そこには、政治指導者の決断、検証可能な合意、相互に履行すべき約束、そして持続的な国際協力が必要である。

しかし、外交は、より広い世論や社会環境と切り離されて存在しているわけではない。

誤情報が広がり、核兵器による威嚇が常態化する社会では、協力に向けた可能性が狭まってしまうおそれがある。

反対に、事実に基づく議論、説明責任、多様な視点が尊重される社会では、軍事的自制や外交的解決に向けた政治的な余地が広がる。

したがって、「核兵器のない未来への声」は、単なるメディアキャンペーンとしてではなく、国家の戦略的決定と、それが人間にもたらす影響とを結びつける、持続的な国際的取り組みとして位置づけられるべきである。

(From Left to Right) Director Alimzhan Akhmetov , fourth generation nuclear testing survivor Diana Murzagaliyeva, Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues, Soka Gakkai International (SGI) Photo credit: INPS Japan.
この核廃絶メディアプロジェクトは、国連、各国政府、核兵器に関する安全保障専門家、市民社会組織、グローバルヒバクシャ(核兵器及び核実験の被害者)による世界各地の取り組みを取材分析し、多言語で最新情報を提供することで、問題の真相を多角的に知り、問題意識を行動につなげられるように設計されている。これは60年以上に及ぶ創価学会の平和活動とこれまで15年以上に亘って連携することにより、世界市民が活用し続けられるデータベースとして進化を続けている。 写真:カザフスタンでソ連時代の核実験のヒバクシャの声に光を当てた市民社会会議の模様。 INPS Japan.

核軍縮への道筋は、依然として不透明である。

それでも、核兵器をめぐる議論を、正確な情報に基づき、あらゆる立場の人々に開かれた、実証的なものとして維持していくことは、より安全な国際秩序を築くために欠かせない一歩となる。

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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