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|視点|人口減少の時代に豊かに生きる

成長、持続可能性、生活の質を問い直す

【ブダペストINPS Japan=サンドール・ハベルマン】

長年にわたり、人口増加と経済拡大は、国家の成功を測る不可欠な指標とみなされてきた。各国政府は、出生率の上昇、労働力人口の拡大、生産量の増加、そして国内総生産(GDP)の持続的な成長を追い求めてきた。一方、人口減少は、豊かさや経済の安定、さらには社会の将来を脅かす危険信号として語られることが多い。

Sándor Haberman
Sándor Haberman

だが、この問題を別の角度から捉えたらどうだろうか。

人口減少を食い止めることだけに力を注ぐのではなく、それを人口動態上の現実として受け入れ、そのなかで、より良く、持続可能で、充実した暮らしを築く方法を考えてみてはどうだろうか。|英語版|

これは、人口減少を歓迎したり、それに伴う困難を軽視したりするという意味ではない。人口が少なくなるからといって、必ずしも社会が貧しくなるわけではないと認識することである。

GDP至上主義を超えて

簡単な計算例を考えてみよう。ある国のGDPが変わらないまま人口が10%減少すれば、1人当たりGDPは約11%上昇する。

もちろん、こうした数字の上での改善が、そのまま国民一人ひとりの豊かさにつながるわけではない。所得の分配、生産性、雇用、そして高齢化社会を支えるための費用など、考慮すべき重要な要素は数多くある。

それでも、この計算は本質的な問いを投げかける。社会の成功は、生み出される財やサービスの総量によって測るべきなのか。それとも、市民が享受する生活の質によって測るべきなのか。

21世紀の経済が目指すべき中心的な目標は、際限のない量的拡大ではなく、すでにある資源を賢く活用することなのかもしれない。

教育、医療、文化に触れる機会、良好な環境、手頃な価格の住宅、そして個人の自由こそが、社会の進歩を測るうえで、ますます重要な尺度になるべきだ。

経済成長は、こうした目標の実現に貢献し得る。しかし、成長はそれ自体を目的とするのではなく、より良い社会を実現するための手段として位置づけるべきである。

環境の持続可能性を高める機会

人口が緩やかに減少することは、天然資源や土地、水資源、生態系への負荷を軽減する機会にもなり得る。

人口が減れば、将来的には新たな建物や道路の必要性が小さくなり、その他のインフラへの投資も抑えられるかもしれない。特定の資源に対する需要が減少すれば、環境保護や生態系の回復も進めやすくなる可能性がある。

ただし、人口が減るだけで気候変動や環境破壊が止まるわけではない。

技術革新、クリーンエネルギーへの転換、責任ある消費行動、そして持続可能性の高い生産方式への移行は、引き続き不可欠である。各国政府は、環境分野の研究を支援するとともに、実効性のある法律や規制、経済的な優遇措置を導入していく必要がある。

重要なのは、人口構造の変化を、意図的かつ積極的な環境政策と結びつけることである。

技術の進歩を、より多くのものを生産し、消費するためだけに利用するのではなく、環境への悪影響を減らし、すでにある資源の利用効率を高めるために、これまで以上に活用していくことができるはずだ。

人生を豊かにする時間を取り戻す

現代社会では、経済的な生産量、消費、生産性によって成功が測られることが多い。しかし、人が充実した人生を送るための条件は、そうした指標だけでは捉えきれない。

家族と過ごす時間、創作活動、スポーツ、旅行、文化活動、学び、そして地域社会との交流は、個人の幸福や生活の充実に大きく寄与する。

絶え間ない量的拡大への依存度が低い社会であれば、技術進歩がもたらす恩恵の一部を、労働時間の短縮や個人の自由の拡大という形で人々に還元する道を選べるかもしれない。

もちろん、経済成長のペースが鈍化するだけで、余暇が自然に増えるわけではない。

そのためには、生産性の向上、経済的利益のより公正な分配、柔軟な働き方、そして十分に検討された社会政策が必要となる。

目指すべきは、社会に不可欠なサービスを犠牲にして労働時間を短縮することではない。経済活動の仕組みを見直し、効率化によって得られた成果が、人々の日々の暮らしの向上にもつながるようにすることである。

高齢世代の役割を見直す

人口減少に伴う最も深刻な課題の一つは、人口に占める高齢者の割合が高まることである。

働く世代が少なくなる一方で、年金、医療、長期介護といった制度を支える負担は、ますます大きくなっていく。

この課題を軽視することはできない。しかし同時に、高齢化そのものに対する私たちの見方も変える必要がある。

従来の定年年齢を過ぎても、身体的に活動的で、知的な関心を持ち続け、社会に有意義な貢献を果たせる高齢者は少なくない。

柔軟な就労制度、専門性を生かしたパートタイムの仕事、後進への助言や指導、教育活動、地域社会への参加などは、高齢世代がより長く活躍し続ける助けとなる。

日本は、その可能性を具体的に示している。2023年には、65歳以上の就業者数が過去最多の914万人に達し、高齢者の各年齢層で就業率も過去最高を記録した。各地のシルバー人材センターでは、退職者に庭仕事や子育て支援、事務作業など、地域での短期的な仕事を紹介している。こうした仕組みは、多くの高齢者に収入を得る機会を提供すると同時に、地域社会のなかで役割を持ち続けることを可能にしている。

高齢世代が培ってきた経験は、子育て支援、世代を超えた学び、家族への支援にも生かすことができる。ただし、こうした関わりは本人の自発的な意思に基づくものでなければならず、専門的なケアが必要な場合に、それを代替するものであってはならない。

高齢者を主として経済的な負担と捉えるのではなく、その知識や経験、そして社会に貢献し続ける可能性を正当に評価すべきである。

同時に、必要な人が利用できる医療体制、疾病予防、そして尊厳ある長期介護を実現するための投資も欠かせない。

日本は、身体を持ち上げる介助機器から見守りセンサーに至るまで、介護技術にも積極的に投資してきた。その経験は、こうした技術が介護職員の身体的な負担を軽減できる一方で、人によるケアそのものに取って代わることはできないと示している。

Older adults share their skills with younger neighbors in a Japanese community garden, while a caregiver supports another senior nearby. | Image: AI Generated
Older adults share their skills with younger neighbors in a Japanese community garden, while a caregiver supports another senior nearby. | Image: AI Generated by INPS Japan.

際限のない新規建設より、既存の都市をより良く

建築家であり、都市開発の専門家でもある私は、とりわけ建築や都市環境の分野に大きな可能性を感じている。

これまで数十年にわたり、都市開発はしばしば「拡大」と同義だった。建物を増やし、道路を延ばし、インフラを整備し、新たな土地を次々と開発する。その繰り返しである。

しかし、人口減少は、こうした都市開発のあり方を見直すよう私たちに促している。

ブダペストは、そのことを考えるうえで示唆に富む事例である。

ハンガリーの2022年国勢調査によれば、首都ブダペストでは約16万戸の住宅が「居住者なし」に分類されている。ただし、この区分には、恒常的な居住以外の目的で利用されている物件も含まれる。

一方、国際的な住宅支援団体ハビタット・フォー・ヒューマニティのハンガリー組織は、国内で手頃な価格の住宅が深刻に不足していると指摘し、数十万世帯が低家賃の賃貸住宅を必要としていると推計している。

この対照的な現実は、重要な問いを投げかける。都市を拡張し続ける前に、すでにある建物をもっと有効に活用するべきではないだろうか。

既存建物の改修や用途転換、空き家を住宅として再び利用するための優遇措置、そして手頃な家賃で借りられる住宅の供給を促進する政策は、不必要な新規建設や資源消費を抑えながら、居住環境を改善することにつながる。

もちろん、居住者のいない物件がすべて住宅として適しているわけでも、実際に利用可能なわけでもない。それでも、既存の住宅ストックをより適切に管理し、有効活用することは、都市政策の中心的な目標になるべきだ。

日本の状況は、この問題の規模と、取り得る対応策の両方を示している。

2023年の住宅・土地統計調査によると、日本の空き家は過去最多の900万戸に達し、住宅総数の13.8%を占めた。この割合は、ハンガリーの13%と驚くほど近い。

そのうち約386万戸は売却用でも賃貸用でもなく、多くが利用されないまま放置されている。

こうした状況に対応するため、全国数百の自治体が「空き家バンク」を設け、空き家と新たな居住希望者を結びつけている。また、2015年以降、国の法律に基づき、自治体は適切に管理されていない住宅について、所有者に修繕や解体を求めることができるようになった。

同じ考え方は、公共インフラにも当てはまる。

学校、地域施設、公園、交通網などは、拡大を当然の前提とするのではなく、サービスの質、利用しやすさ、そして変化する人口構造に応じて計画していくべきである。

この点でも、日本から学べることは多い。

富山市は約20年にわたり、路面電車やバスの路線沿いに住宅、店舗、サービス施設を集約する「コンパクトシティ」戦略を進めてきた。経済協力開発機構(OECD)も2012年に、この取り組みを取り上げている。

また、日本では児童・生徒数の減少に伴い、2004年から2023年までに8850校の公立学校が閉校した。現在も建物が残っている廃校のうち、4分の3近くが地域交流施設、事務所、福祉施設、工房、宿泊施設などとして再活用され、新たな役割を担っている。

人口減少を受け入れながら、家族を支える

人口減少を受け入れることは、出産に反対したり、家族が子どもを持つことを思いとどまらせたりすることではない。

むしろ、その逆である。

家族に対する実質的な支援を充実させ、すべての子どもが質の高い教育と医療、文化的な機会、そして安全で健康的な環境を享受できるようにすべきだ。

目指すべきは、経済的・社会的な障壁によって不必要に妨げられることなく、一人ひとりが子どもを持つかどうかを自由に決められる社会を築くことである。

子ども一人ひとりが得られる機会や幸福は、国全体の出生統計と少なくとも同じくらい重要である。

家族を支援することと、人口が少なくなる将来に備えることは、決して矛盾しない。責任ある政府は、その両方に取り組むべきである。

21世紀に向けた新たなロードマップ

人口が減少し、高齢化が進む可能性のある社会への移行に向き合うには、人口の将来推計を示すだけでは不十分である。

経済学者、政策立案者、建築家、都市計画の専門家、環境科学者、医療関係者、教育者の間に、新たな協力のあり方が求められる。

これらの専門家が力を合わせ、人口が増え続けるとは限らない社会に向けた長期的なロードマップを描く必要がある。

そのロードマップでは、環境の持続可能性、既存資源の効率的な活用、世代間の連帯、質の高い公共サービス、そして一人ひとりが生きがいのある人生を送る機会を優先すべきである。

これまでの事例が示すように、人口構造の転換が世界でも最も進んだ国の一つである日本は、こうした取り組みを構想し、実践していくうえで重要な役割を担うことができる。

ハンガリーをはじめとする欧州諸国など、高齢化が進む他の社会も、日本の経験から学ぶと同時に、それぞれの解決策を持ち寄ることができるだろう。

人口動態の現実を受け入れることと、その現実に屈することを混同してはならない。

おそらく21世紀の最大の課題は、どうすればさらに多くを生産し、消費し、際限なく成長できるかということではない。

むしろ、すでにあるものを生かして、どうすればより良く生きられるかということなのだ。

人口が減る社会であっても、より豊かな暮らしを目指すことはできる。

そして、それこそが「進歩」という言葉の、より意味ある定義なのかもしれない。

サンドール・ハべルマン:ハンガリーの建築家。建築学修士。不動産開発およびプロジェクトマネジメントの分野で、数十年にわたる豊富な国際経験を持つ専門家。主な関心分野は、持続可能な都市開発、人口動態の変化、住宅問題、経済発展と生活の質の関係など。

INPS Japan

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ナビ・ピレイ氏のノーベル平和賞受賞―攻撃にさらされる国際法秩序への信任表明

【プレトリア、南アフリカIPS=フランス・フィルユーン】

南アフリカの著名な法学者で国際裁判官のナバネセム(ナビ)・ピレイ氏に2026年のノーベル平和賞が授与されたことは、世界の正義の実現に向けて尽力してきた一人の卓越した人物の功績をたたえる以上の意味を持つ。|英語版|

今回の受賞は、より大きな国際情勢を反映していることは明らかだ。国際法秩序が圧力にさらされ、その正当性が問われている時期に授与されたからである。

ピレイ氏への評価は、国際法が必ずしも十分に適用されていないとしても、平和な世界の実現には不可欠であるという信念を改めて確認するものでもある。

歴史を切り開いた功績

南アフリカにとって、今回の受賞は誇るべき出来事である。ピレイ氏は、1960年に受賞した反アパルトヘイト運動の指導者アルバート・ルツーリ、1984年の宗教指導者で人権活動家のデズモンド・ツツ大主教、1993年に共同受賞したネルソン・マンデラ元大統領とF・W・デクラーク元大統領に続き、南アフリカ出身者として5人目のノーベル平和賞受賞者となった。

また、南アフリカの女性としては初の受賞者でもある。歴史的に「欧米出身の高学歴の白人男性」が受賞者の大半を占めてきた傾向から、さらに一歩踏み出すものといえる。

これまでの南アフリカ出身の受賞者と同様、ピレイ氏の功績においても、アパルトヘイト(人種隔離政策)と白人少数支配に対する闘いが重要な位置を占めている。

しかし、そこには大きな違いがある。マンデラ氏が和解の世界的な象徴となったのに対し、ピレイ氏は南アフリカの闘争から得た教訓を国際社会へと持ち込み、自ら指導者として、また国際機関の制度づくりを担う先駆者として活躍した。

ピレイ氏が担ったのは、最も深刻な人権侵害の責任者を法的に裁くための国際司法制度を一から築き上げるという、極めて困難な仕事だった。

1994年のルワンダ虐殺を受けて国連が設置したルワンダ国際刑事裁判所では、最初の裁判官の一人を務めた。また、2003年から2008年にかけては、国際刑事裁判所(ICC)の初代裁判官団の一員を務めた。

その人格と行動力は、発足間もないこれらの司法機関に重みと正当性を与えた。先駆的な貢献を通じて、ピレイ氏は人権侵害の責任を追及する国際社会の取り組みを象徴する存在となったのである。

私が知るナビ・ピレイ氏

国際人権法を研究する私は、ピレイ氏がタンザニアのアルーシャに置かれたルワンダ国際刑事裁判所の所長を務めていた頃、初めて本人と会った。

そのとき強く印象に残り、その後も変わらず感銘を受けてきたのは、驚くほど親しみやすい人柄だった。謙虚で気取らず、他者のために惜しみなく時間を割く人物であり、勇気があり、信念を貫き、決して揺るがない人としても知られている。

ノーベル賞委員会から勇気を称賛された際、ピレイ氏は、持ち前の飾らない姿勢で、自分は独立した法的判断に基づき、正義の明確な原則を適用してきただけだと答えた。その言葉を聞いて、私は思わず微笑んだ。

初めて会ったとき、私はプレトリア大学で人権を学ぶ学生たちとともに、裁判の傍聴のためタンザニアを訪れていた。

多忙を極めるピレイ判事には、日中、私たちと十分に話す時間がなかった。それでも、夜に宿泊先のホテルで会うことを申し出てくれた。

驚いたことに、彼女は運転手も随行員も伴わず、自ら車を運転して現れた。そして何時間にもわたり、学生たちの質問に答え、裁判所の仕事について語ってくれた。

その後も、同じような交流が何度も続いた。

こうした経験を通じて私が理解したのは、ピレイ氏にとって人権擁護のための国際機関とは、人々から遠く離れた存在ではなく、人々自身のためにあるべきものだということだった。

その「人々」には、将来、自らの社会のあり方を形づくる担い手となってほしいと彼女が願っていた、アフリカの若者たちも含まれていた。

アパルトヘイトとの闘いから国際的な正義の実現へ

南アフリカのアパルトヘイト、ルワンダのジェノサイド(集団殺害)、そしてパレスチナ占領地の問題に至るまで、ピレイ氏の歩みを貫いているのは、一つの確固たる信念である。

それは、法には権力の濫用を抑え、被害者を保護し、権力者の責任を追及する力があるという信念だ。彼女は活動の舞台が広がるたびに、その原則をより大きな規模で実践してきたのである。

ピレイ氏は1941年、南アフリカのダーバンで、インド系タミル人の家庭に生まれた。幼い頃から人種差別と性差別の両方を身をもって経験した。

それでも法律家としての道を切り開き、1967年には、居住する州で非白人女性として初めて弁護士事務所を開設した。

アパルトヘイトに反対した多くの弁護士と同様、彼女も不正義を支えていた法制度そのものを利用して、その不当な運用に異議を唱えようとした。政治活動家の弁護を引き受け、拷問の実態を明らかにし、政治犯に対する処遇の改善を求めた。

また、南アフリカの民主的な新憲法における平等条項の形成に貢献した「全国女性連合(Women’s National Coalition)」にも参加した。

この憲法は、人種、性別、性的指向などを理由とする差別を禁止している。

アパルトヘイト終結後の1995年、マンデラ大統領はピレイ氏を高等裁判所判事に任命した。

人道に対する罪としての強姦

同じ1995年、ピレイ氏はタンザニアで国際裁判官としての職務に就いた。

国際司法の歴史に残る彼女の最も重要な貢献の一つは、ルワンダ国際刑事裁判所が1998年に下した画期的な判決にある。

数千人の虐殺に関与したとして起訴されたジャンポール・アカイェスの裁判で、ピレイ判事ともう一人の裁判官は、証人たちに性暴力について質問した。

この尋問によって、それまで十分に明らかにされていなかった被害の実態が法廷で語られるようになり、強姦を訴因に加えるための起訴状変更につながった。

その結果、強姦を「人道に対する罪」と認定する判決が下された。さらに、強姦やその他の性暴力がジェノサイドを構成し得ることも確立された。

この判決は、国際刑事法廷によるジェノサイドの初の有罪判決であると同時に、強姦を人道に対する罪として個人に有罪判決を下した初の事例となった。

これにより、女性や少女に偏って被害が及ぶ犯罪についても、加害者の責任をより広く追及する道が開かれた。

ピレイ氏は、次のように述べている。

「太古の昔から、強姦は戦争の戦利品のように扱われてきました。しかし今後は、戦争犯罪として扱われることになります」

国連における人権擁護

2008年から2014年にかけて、ピレイ氏は国連人権高等弁務官を務めた。グローバルサウス出身の女性として初めて、この職に就いた人物だった。

この役職では、裁判官とは異なる形の指導力が求められた。

裁判官として事件に判決を下すのではなく、各国政府と向き合い、人権侵害に立ち向かい、国家が国際的な義務を果たすよう働きかけなければならなかったからである。

在任中、世界金融危機の余波、アラブの春、シリア内戦など、国際社会が激動に見舞われるなか、ピレイ氏は国連の人権活動を導いた。

その発言は、常に明確な原則に裏打ちされていた。経済的な都合、国家主権、政治的な便宜のために、人権が犠牲にされてはならないという原則である。

ピレイ氏の在任期間は、国連の人権分野で重要な進展が見られた時期とも重なっている。

彼女は、性的指向や性自認にかかわらず平等な権利を保障すること、差別禁止法を整備すること、ヘイトクライム(憎悪犯罪)を適切に記録することを、一貫して訴え続けた。

2001年には、故郷ダーバンで国連の「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連する不寛容に反対する世界会議」が開催された。

同会議で採択された「ダーバン宣言」は、人種差別や外国人排斥に対抗する国際的な行動方針を示すとともに、奴隷制を人道に対する罪として認めた。

ピレイ氏自身は2001年の会議で公式な役割を担っていなかったが、国連人権高等弁務官に就任してからは、その後の検証・再検討過程に深く関与した。

彼女は、ダーバン宣言をめぐる誤った解釈や説明に反論し、同宣言が反ユダヤ主義を非難し、ホロコーストの記憶を継承し、イスラエルの安全に対する権利を認めている点を強調した。

2009年に開催されたダーバン・レビュー会議では、米国を含む複数の西側諸国がボイコットしたにもかかわらず、182か国の支持によってダーバン宣言を再確認する合意形成に貢献した。

この役割は、基本的人権の原則を損なうことなく、対立や反発を乗り越えようとする彼女の強い決意を示すものだった。

ピレイ氏の在任中には、女性の権利に関する独自の貢献もあった。

予防可能な妊産婦の死亡を、単なる公衆衛生上の問題ではなく、人権問題として認識すべきだと主張したのである。

その指導の下、国連人権高等弁務官事務所は2012年、画期的な指針を策定した。

この指針は、各国政府に対し、差別の解消、妊産婦医療の改善、回避可能な死亡に対する説明責任の確保に取り組むことを求めるものだった。

パレスチナ問題とジェノサイド

近年、ピレイ氏は、国連での最後の公式任務として、「パレスチナ占領地(東エルサレムを含む)およびイスラエルに関する独立国際調査委員会」の委員長を務めた。

ガザでの戦争に関する調査を含め、同委員会の調査活動と報告結果は、大きな論争を呼び、特にイスラエルと米国から強い批判を受けてきた。

それでも任務に取り組み続けた姿勢は、彼女の活動を特徴づける本質的な点を示している。

法の原則を適用することが最も困難になるのは、政治的に強大な勢力が自らへの検証や監視を拒むときである。そして、まさにそのようなときこそ、法の原則を適用する必要性が最も高まるのである。

希望が求められる時代に

今回の受賞の時期は、極めて象徴的である。

そのわずか数日前、米国のドナルド・トランプ大統領は国際刑事裁判所(ICC)を「邪悪な存在」と呼び、同裁判所の全構成員に辞任を求めていた。さらに米国は、今回の受賞に対する反応として、ICCに制裁を科した。

ノーベル賞委員会は、ICCの元裁判官を顕彰することによって、現在まさに「攻撃にさらされ」、裁判官たちが「制裁対象」となっている国際司法機関を擁護する姿勢を示したのである。

今回の受賞は、イスラエルの国際的な孤立が深まるなかでの出来事でもある。

ピレイ氏が率いた調査委員会は2025年、イスラエルがガザでジェノサイドを行っているとの結論を示した。

同委員会の調査結果は、法的拘束力を持つ司法判断ではない。

しかし、強い政治的反発に直面しながらも、残虐行為の疑惑を記録し、加害者の責任追及を前進させるうえで、重要な貢献を果たしている。

最近85歳の誕生日を迎えたピレイ氏は、近く再びジェノサイドをめぐる司法判断に関わる可能性がある。

2019年以来、ピレイ氏は、ガンビアがミャンマーを相手取って国際司法裁判所(ICJ)に提起した、ロヒンギャに対するジェノサイド疑惑をめぐる訴訟で、特任裁判官を務めている。

2026年1月に公開審理が行われたこの事件では、2026年後半、あるいは2027年初めに判決が下されると見込まれている。

ピレイ氏のノーベル平和賞受賞は、国際的な正義が勝利を収めたことを意味するものではない。

しかし、その実現のために築かれてきた制度が、今なお守るに値するものであることを思い起こさせてくれる。

ピレイ氏を顕彰することは、これまでに達成された成果を評価するだけではない。私たちが決して失ってはならないものを、改めて確認することでもある。

フランス・フィルユーン:プレトリア大学国際人権法教授、南アフリカ研究講座イニシアチブ(SARChI)国際憲法学研究講座長

この記事は、The Conversationに最初に掲載された論考を転載したものです。

INPS Japan

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地平線の向こうへ―エチオピアからユーラシアの中心へ

エチオピア人記者が訪ねたアスタナ―カザフスタンの文化的多様性、経済変革、外交的影響力、技術革新への挑戦を探り、両国の協力の可能性を考える。

【アジズアベバ(エチオピア)INPS Japan/Gazette Plusバサズネウ・ウォンドムネ】

旅の始まり――アディスアベバからカザフの大草原へ

アディスアベバのボレ国際空港を飛び立ち、眼下に広がるエチオピアの起伏に富んだ高原が雲の下へと消えていくのを眺めながら、私は胸の高鳴りを感じていた。これから始まるのは、大陸を越える旅だ。アフリカの角に位置し、古くから外交の歴史を育んできたエチオピアから、中央アジアの風が吹き抜ける広大な草原へと向かう。

目的地は、カザフスタン共和国の首都アスタナ。近代的な都市景観が印象的な街である。

エチオピア人記者として、大陸を越えて国際的な出来事を取材する機会に恵まれることは、常に光栄なことだ。

しかし、今回の旅には特別な期待があった。

Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV
Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV

ユーラシアの交易路が交差する戦略的な位置にあり、急速な技術革新を進め、国際対話の舞台として存在感を高めている国を、自分の目で確かめることができるからだ。カザフスタンは、その国土の広大さと地理的重要性において、際立った存在である。面積は約270万平方キロメートルに及び、世界第9位の国土を持つ。海への出口を持たない内陸国としては世界最大だ。

アジアと欧州をつなぐ大陸横断の要衝に位置し、中国とロシアの両大国と長い国境を接している。まさにユーラシア大陸の中心を支える国といえる。

また、イスラム教徒が人口の多数を占める国の中では、世界最大の国土面積を持つ。

国内には131を超える民族集団が暮らしており、人口の約63%を占めるカザフ人のほか、ロシア人、ウズベク人、ウクライナ人、ドイツ人、タタール人、ウイグル人など、多様な人々が共存している。

宗教面でも、登録された18の宗教・宗派が存在し、近代的な世俗国家の枠組みの下で、比較的平和な共存関係を築いている。

アスタナ国際空港に到着すると、草原特有の澄んだ空気が私を迎えてくれた。それは、この未来的な大都市を取り囲む広大な大地の存在を感じさせるものだった。

空港から私は、アスタナの外交・商業地区の中心部に位置する高級ホテル、サアド・ホテル・アスタナへと向かった。ホテルは、まるで世界各地から人々が集まる交差点のようだった。ロビーは活気に満ち、世界中から首都に集まった国際会議の代表団、記者、研究者、外交官たちでにぎわっていた。

アスタナでの最初の数時間、私はこのホテルで強い印象を受けた。アフリカ、中東、欧州、アジア各地から訪れた取材仲間と顔を合わせ、温かくあいさつを交わした。

カメラのシャッター音が響き、録音機材の準備が進む。公式行事が始まる前には、ホテルのラウンジで集合写真を撮影した。その写真は、国境を越えた記者同士の連帯感を記録するものとなり、互いへの敬意と、共通する職業上の使命を感じさせた。そこには、確かな高揚感があった。

アスタナでは、世界的な倫理問題、環境に対する責任、そして将来の技術をどのように管理していくべきかという重要な課題について、議論が始まろうとしていたのである。

世界的対話の中心で―世界伝統宗教リーダー会議事務局会合

Photo by Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Photo by Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

今回、私がエチオピアからカザフスタンを訪れた最大の目的は、2026年10月7日に開催された「世界伝統宗教リーダー会議」の第24回事務局会合を取材することだった。

会場は、国際的な高官級対話が繰り広げられる活気ある空間となっていた。壮麗な会議場に足を踏み入れると、綿密な運営体制と、会合全体を包む厳粛な雰囲気が強く印象に残った。

さまざまな文化的、学術的、政府関係の背景を持つ代表者たちが席を並べ、その周囲には国際的なオブザーバーや閣僚級の参加者が集まっていた。

私は報道関係者席に着き、同時通訳用のヘッドセットを装着した。

ロシア語、カザフ語、英語、アラビア語、フランス語による同時通訳が流れ、言語の壁を越えた国際的な意思疎通を可能にしていた。

会合の議長を正式に務めたのは、カザフスタン共和国のエルラン・カリン副大統領であり、世界伝統宗教リーダー会議の事務局議長でもある。

カリン副大統領は中央演壇に立ち、落ち着いた、威厳ある態度で開会の辞を述べた。その中で、国際協力と建設的な対話に対するカザフスタンの強い決意を表明した。また、複雑な国際課題に対して倫理的な共通認識を築くことのできる中立的な対話の場として、アスタナの役割を強調した。

私は一日を通じてヘッドセットに耳を傾け、世界各地から集まった著名な登壇者たちの発言を熱心に聞いた。

カリン副大統領は、会合の戦略的な議題を示し、国際情勢の不確実性が高まる時代における責任ある指導力の必要性を訴えた。

アブドゥルラフマン・アブドゥッラー・アルザイド氏は、共通の倫理的価値観と、国際社会の安定を促進するうえで指導者が果たすべき役割について、力強い発言を行った。

Mohamed Abdelsalam Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan.
Mohamed Abdelsalam Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan.

イスラム長老評議会のムハンマド・アブドゥルサラーム事務総長は、東洋と西洋の社会の間で相互尊重を育み、建設的な関係を築くことの重要性を強調した。

会合では、その後も重要な発言が相次いだ。

アブドゥルラフマン・ムーサ氏は、若者の参加、現代教育、そして幅広い知識へのアクセスを通じて過激主義に対抗することについて述べた。

チウ・シュアン氏は、アジアのさまざまな伝統に共通する文化的調和、平和共存、地域協力について見解を示した。

コーカサス・ムスリム宗務局の議長であるシェイフル・イスラム、アッラーシュクル・パシャザデ師は、民族間の寛容と国境地域における平和構築の歴史的教訓について語った。

国連文明の同盟(UNAOC)のニハル・サアド局長は、紛争を緩和するうえで、多国間政治機関と国際的な社会組織の連携が不可欠であると強調した。

イーゴリ・ヴィジャノフ氏は、急速に変化する世界において、伝統的な道徳的価値観をいかに維持していくかについて考察した。

最後に、アフラ・ムハンマド・アルガフェリ氏は、平和構築と社会的結束の促進において、女性や地域社会の指導者が果たす不可欠な役割を力強く訴えた。

今回の会合を歴史的なものにしたのは、三つの喫緊の課題について、具体的な国際的取り組みに焦点が当てられたことだった。

Religious leaders, representatives of international organizations and Kazakh officials gather for the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions at the Palace of Peace and Reconciliation in Astana on October 7, 2026. The gathering reflected Kazakhstan’s longstanding efforts to turn interfaith dialogue into practical international cooperation. Photo: The press service of the congress.
Religious leaders, representatives of international organizations and Kazakh officials gather for the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions at the Palace of Peace and Reconciliation in Astana on October 7, 2026. The gathering reflected Kazakhstan’s longstanding efforts to turn interfaith dialogue into practical international cooperation. Photo: The press service of the congress.

第一の枠組みは、人工知能(AI)の倫理に関するものである。高度なデジタル技術が日常生活のさまざまな場面に浸透するなかで、人間の自律性と尊厳を守り、適切な倫理的監督を確保することを目的とした先駆的な政策文書として位置付けられている。

第二の枠組みは、環境への責任と気候変動対策に関するものである。気候変動に共同で立ち向かい、世界的に持続可能な資源管理を推進するという共通の決意を示した。

第三の重要な取り組みが、カザフスタンとローマ教皇庁の共同構想である「治癒不能の病気を抱える子どもの権利憲章」だった。この重要な文書は、治癒の見込みがない病気を抱える子どもたちの尊厳と権利を守るための国際的な指針を示すものである。

子どもたちが人間として尊重され、専門的な医療と緩和ケア、心理的支援を受けられること、そして家族に対しても包括的な支援が提供されることを目指している。

こうした合意形成の過程を目の当たりにして、私は、アスタナが緊急性の高い国際課題について倫理的な合意を築くための、実効性ある国際対話の場となっていることを実感した。

アスタナの建築・文化・歴史を訪ねて

会議場での集中的な議論の合間に、私はアスタナの文化や建築を広く見て回る機会にも恵まれた。

カザフスタンの発展モデルが実際にどのような姿をしているのかを自分の目で確かめたいと思い、カメラを手に、首都を象徴する建築物をいくつか訪れた。

Palace of peace and reconciliation, CC BY-SA 3.0
Palace of peace and reconciliation Credit: The Astana Times

最初の訪問先は、世界的に知られる「平和と和解の宮殿」だった。現地では「ベイビトシリク・ジャネ・ケリシム・サライ」と呼ばれている。著名な建築家ノーマン・フォスター卿が設計した、高さ62メートルのガラスと鉄骨による壮麗なピラミッド型建築である。この建物は、国際的な団結を目指すカザフスタンの姿勢を象徴する存在として、首都にそびえ立っている。

私は建物の足元に立ち、巨大な外観を撮影しながら、その二つの役割について考えた。

一つは建築芸術の傑作としての役割。そしてもう一つは、国際対話の拠点としての役割だ。建物の内部には、本格的なオペラホール、研究施設、大規模な会議場などが設けられている。ガラス張りの頂部には、芸術家ブライアン・クラークが制作したハトをモチーフとするステンドグラスが施され、その下で世界各地の代表者たちが会合を開いている。

Nursultan Mosque, Astana, Kazakhstan. credit: Красный
Nursultan Mosque, Astana, Kazakhstan. credit: Красный

次に私は、中央アジア最大級のモスクの一つであり、現代ユーラシア建築を代表する建造物でもあるハズレット・スルタン・モスクを訪れた。モスクに近づくにつれ、伝統的なイスラム建築とカザフ民族の装飾様式が融合した壮麗な姿に圧倒された。巨大な中央ドームを囲むように、高さ77メートルの4本のミナレット(尖塔)が立っている。

私はまず、広大な大理石の広場から写真撮影を始めた。建物の整然とした幾何学的な線が、澄み切ったカザフスタンの青空に美しく映えていた。内部に入る際には靴を脱ぎ、広々とした礼拝堂の絨毯の上に足を踏み入れた。

柔らかく、精緻な模様が織り込まれた絨毯には、鮮やかなターコイズブルー、青、金色が用いられていた。頭上には巨大なクリスタルのシャンデリアが高い天井からつるされ、広大な内部空間を照らしていた。私は木彫りの装飾、ステンドグラス、金箔や伝統的なカザフ模様で飾られた壮麗な入口の扉など、職人たちの精緻な仕事を丁寧に撮影した。

訪問中には、地元の礼拝者や案内人と親しく言葉を交わす機会にも恵まれた。

そこで撮影した写真には、カザフスタンの人々の温かいもてなしの心が記録されている。

カザフスタンの豊かな文化的多様性をより深く理解するため、私はアスタナ市内にあるキリスト教の礼拝施設も訪問した。訪れた場所には、ロシア正教会の大聖堂やカトリック教会の聖堂が含まれていた。

正教会の大聖堂内部は、まさに畏敬の念を抱かせる光景だった。豪華な金箔が施されたイコノスタシス(聖障)、聖人たちを描いた歴史的なイコン、金色に輝く十字架が並び、長い宗教的伝統を感じさせた。

黒い祭服をまとった地元の聖職者たちと並んで立ちながら、私はこの地域における正教会の歴史的な起源と、イスラム教徒が多数を占める社会の中で維持されてきた平和的な共存について学んだ。

カトリック教会の訪問でも、聖職者たちと交流する機会があった。こうした訪問を通じて、私は数多くの写真を撮影した。それらは、アスタナの静かな礼拝施設の中で、エチオピア人記者と地元の聖職者たちが文化の違いを超えて交流する姿を記録したものとなった。

An international delegation of journalists visiting a Catholic church in Astana. Photo: MFA Kazakhstan
An international delegation of journalists visiting a Catholic church in Astana. Photo: MFA Kazakhstan

カザフスタン――国家形成の歴史、地政学、そして未来の経済

政府関係者、研究者、地元住民との対話を重ねるなかで、私は現代カザフスタンを支える歴史的な歩みについて、理解を深めることができた。

カザフスタンの国家としての歴史は、決して独立後の30数年間だけに限られるものではない。

その起源は、1465~1466年にケレイとジャニベクによって建国されたカザフ・ハン国にまでさかのぼる。その国家形成の基盤には、ユーラシアの大草原で何世紀にもわたって受け継がれてきた統治の伝統と地域交易の歴史がある。

一方、現代国家としての新たな歩みは、1990年10月25日、国家主権宣言が採択されたことから始まった。この歴史的な節目は、現在、毎年「共和国の日」として祝われている。続いて1991年12月16日には、国家独立に関する憲法的法律が制定された。

2026年12月に独立35周年を迎えようとしているカザフスタンが、その間に遂げた変貌は目覚ましい。

大きな転機となったのは、1997年12月10日である。

この日、首都は南部のアルマトイから北部のアクモラへと正式に移転された。アクモラは翌1998年にアスタナへと改称された。それから四半世紀余りの間に、アスタナは静かな草原の都市から、最先端の行政・経済・外交機能を備えた、輝く近代都市へと発展した。

View of the central part of Astana. Photo: Katsuhiro Assagiri/INPS Japan.
カザフスタンの首都アスタナ中央部の景色 写真:浅霧勝浩/INPS Japan.

政治制度の変化も、都市の発展と歩調を合わせて進められてきた。2022年の包括的な憲法改革に続き、2026年3月15日には大規模な憲法改正のための国民投票が実施され、改正内容は7月1日に発効した。これにより、大統領の任期は再選のない7年間とされ、市民のデータ保護に関する権利も強化された。

さらに2026年8月23日には、145議席からなる新たな一院制議会「クルルタイ」の選挙が実施された。同議会は8月28日に初会合を開き、8月31日には新設された副大統領職の任命が行われた。

今日、カザフスタンは中央アジア経済を牽引する主要国であり、世界銀行の所得分類では高中所得国に位置付けられている。2025年の国内総生産(GDP)は3060億米ドルに達し、実質成長率は6.5%を記録した。2026年7月までに、累積の対内直接投資純流入額は1500億米ドルを超えた。

特に注目すべきなのは、経済の多角化が着実に進んでいることである。2025年には、GDPに占める製造業の割合が12.8%となり、鉱業の11.7%を上回った。製造業は7%の成長を記録した。

それでも、カザフスタンの天然資源の豊富さは依然として世界有数である。同国は世界の主要な原油輸出国であり、ウランの最大生産国でもある。2025年には、世界のウラン鉱山生産量のおよそ40%を供給した。さらに、銅、亜鉛、レアアースなどの鉱物資源も豊富に埋蔵されている。

農業分野でも重要な役割を果たしている。2025~2026年度の穀物販売年度には、穀物と小麦粉の輸出量が1550万トンに達し、中央アジア、中東、北アフリカ、欧州に重要な食料を供給した。

地政学的に見ると、カザフスタンは「ミドル・コリドー(中間回廊)」、すなわちカスピ海横断国際輸送ルートにおいて、極めて重要な位置を占めている。この輸送回廊は、中国から中央アジア、カスピ海、南コーカサス、トルコを経由して欧州へとつながっている。国際貿易が特定の物流上の要衝に過度に依存することを避けるうえで、このルートは重要な役割を果たす。そのためカザフスタンは、世界のサプライチェーンの強靱性を高めるうえで、欠かせない結節点となっている。

Kazakhstan marks the 35th anniversary of the closure of the Semipalatinsk Nuclear Test Site, recalling the Nevada–Semipalatinsk anti-nuclear movement and highlighting continued cooperation between government and civil society for nuclear disarmament. Image: INPS Japan.
Kazakhstan marks the 35th anniversary of the closure of the Semipalatinsk Nuclear Test Site, recalling the Nevada–Semipalatinsk anti-nuclear movement and highlighting continued cooperation between government and civil society for nuclear disarmament. Image: INPS Japan.

また、国際社会におけるカザフスタンの道義的な存在感は、核軍縮の歴史とも深く結びついている。1991年8月29日、正式な独立に先立ち、カザフスタンはセミパラチンスク核実験場を自発的に閉鎖した。その後、ソ連崩壊に伴って同国に残された、当時世界第4位の規模に相当する核兵器を放棄した。

さらに、中央アジア非核兵器地帯の設立にも貢献し、2017年からは国際原子力機関(IAEA)の低濃縮ウラン(LEU)バンクを受け入れている。

こうした現実的な外交政策によって、カザフスタンは信頼されるミドルパワー(中堅国家)として、国際的な調停役を担うようになった。

その実績には、シリア和平に向けた「アスタナ・プロセス」の協議開催、2024年5月のアルマトイにおけるアルメニアとアゼルバイジャンの外相協議の仲介などがある。

また、2017年から2018年にかけて国連安全保障理事会の非常任理事国を務め、2024年にはゴラン高原での国連平和維持活動に、カザフスタンとして初めて独立した国別部隊を派遣した。

技術革新と環境政策の分野でも、同国は急速な前進を遂げている。

2024年の国連電子政府発展指数では世界第24位に入り、公共サービスの90%がオンラインで利用できるようになっている。ITサービスの輸出額は、2025年に11億4200万米ドルへと急増した。

同国は2025年、国際人工知能センター「Alem.ai」と、国家スーパーコンピューティング基盤「Alem.Cloud」を立ち上げた。

Alem AI Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Alem AI Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

環境面では、2005年に完成したコクアラル・ダムによって北アラル海の再生を進めてきた。現在は2060年までのカーボンニュートラル達成を目指す国家戦略を推進しており、2026年の最初の9カ月間には、総発電量に占める再生可能エネルギーの割合が8.5%に達した。

エチオピア人記者の省察――国と人々をつなぐ架け橋

アディスアベバへの帰途につく準備をしながら、私はアスタナでの最後の夜を、明かりに彩られた街の景色を眺めて過ごした。

今回の訪問は、記者としての私にとっても、一人のエチオピア人としての私にとっても、深く心に残る経験となった。

エチオピアとカザフスタンの間には、言葉にしなくても感じられる、深い共通性がある。

エチオピアは、アフリカ連合(AU)の本部を擁するアフリカ外交の中心地であり、長年にわたってアフリカの独立、多国間協調、国家主権の尊厳を象徴する存在であり続けてきた。

これと驚くほど似た形で、カザフスタンもまた、ユーラシアの外交的中心地として存在感を高めている。

大陸を隔てるさまざまな分断を乗り越えようとする、中立的かつ建設的なミドルパワーとして、その役割を積極的に担っているのである。

私たちの両国は、真の安全保障と国家の発展が、開かれた対話、主権の尊重、経済的な革新、そして誇りある文化遺産の上に築かれるものであることを理解している。

アスタナへの旅を通じて、私は、現代の国際外交が真に力を発揮するためには、文化に対する開かれた姿勢と、明確な経済的展望が不可欠であることを実感した。

世界の分断が目立つ現代において、カザフスタンは、一国が自らの地理的な位置、多民族社会としての多様性、技術革新の勢いを生かしながら、平和と貿易の架け橋を築くための、示唆に富むモデルを提示している。

Basaznew Wondmneh
Basaznew Wondmneh

私はエチオピアへと帰国した。

持ち帰ったのは、事実や統計、演説の内容を書き留めた取材ノートだけではなかった。

ハズレット・スルタン・モスクの壮麗なアーチ、平和と和解の宮殿の未来的な建築美、キリスト教の礼拝施設に漂う穏やかな温かさ、そしてサアド・ホテル・アスタナで出会った各国の取材仲間たちの笑顔。

そうした光景を収めた数多くの写真と、豊かな思い出もまた、私の大切な収穫だった。

アスタナは今、ユーラシアへと開かれた活気ある玄関口であり、現代の発展を象徴する都市として輝いている。

そこは、大草原が育んできた歴史的遺産と、未来へと限りなく広がる技術革新の可能性が出会う場所なのである。

INPS Japan

Original URL: https://gw.press.et/en-digital-content/share/en-stories/4q7znb0qsbd0z2w2medgqyhzxy

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|カザフスタン|宗教指導者らが3文書を採択―対話から平和と人間の尊厳を守る共同の行動へ

【アスタナ、INPS Japan/フィデス通信=パオロ・アファタート】

10月7日にカザフスタンの首都アスタナで開催された「世界伝統宗教リーダー会議」の第24回事務局会合は、宗教間対話が新たな段階へと進みつつあることを鮮明に示した。議論から協力へ、相互理解から人類が直面する重大な課題に対する共通の解決策の模索へと、活動の重点が移りつつあるのである。

この変化についてフィデス通信に語ったのは、会合に参加した教皇庁諸宗教対話省のロラン・バサネー神父(イエズス会、部長)である。バサネー神父は、こうした取り組みを「スピリチュアル外交」と表現した。|スペイン語|イタリア語|フランス語|ドイツ語|中国語|英語|

それは国家間外交に代わるものでも、宗教が政治的な役割を担おうとする試みでもない。宗教指導者たちが出会い、互いの声に耳を傾け、それぞれが持つ道徳的権威を社会のために生かすことのできる、もう一つの対話の場を意味している。

アスタナでの会合では、人工知能(AI)、気候変動、治癒が見込めない病気を抱える子どもたちの保護という、一見すると異なる三つの課題に関する文書が採択された。

しかし、これらの文書には共通する根本的な問いがある。技術、環境、地政学的な変化が、各国の制度や国際機関による共通の対応を上回る速さで進むなか、いかにして人間の尊厳を守ることができるのか、という問いである。

対話から共同の行動へ

「世界伝統宗教リーダー会議の第24回事務局会合は、スピリチュアル外交の価値と有用性を改めて確認するものとなりました」

バサネー神父はフィデス通信にこう語り、「スピリチュアル外交」という表現が、今回の場合はカザフスタンのエルラン・カリン副大統領をはじめ、会議の関係者によって用いられていることに言及した。

バサネー神父は、この会合が持つ独特の性格についても説明した。

「政治的な側面があることは避けられません。参加者の中には、特に一部のイスラム教指導者や国家機関と関係のある代表者など、政府とのつながりを持つ人々もいるからです」

しかし、カトリック教会が何よりも重視しているのは、「兄弟愛と霊的なつながりに基づく出会いを通じて、私たちに何ができるのか、どのように協力できるのかを考えること」だという。

ここに、アスタナで続けられてきた宗教間対話の最も重要な変化がある。

長年にわたり、宗教間対話は主として相互理解を深めるためのものであった。

「それは必要な段階です。ともに行動するためには、まず相手を知り、その信仰、人生観、歴史、そして大切にしている価値観や感受性を理解しなければなりません」

バサネー神父はそう述べたうえで、次のように続けた。

「しかし、その段階を経た今、具体的な協力という第二の段階へ進む道が開かれています。今日、私たちが目指しているのは、出会いを通じて、より実践的な取り組みの道を見いだすことです」

つまり、今求められているのは、対話だけでなく行動である。

アスタナで取り上げられた三つの課題の選択は、まさにこの変化を反映している。

人工知能、気候危機、弱い立場に置かれた子どもたちの保護は、いずれも精神的・宗教的な視点を切り離して考えることのできない問題である。

同時に、これらは各国の法制度による対応が難しく、あるいは変化の速さに追いつけていない分野でもある。

バサネー神父によれば、カトリック教会には、こうした課題についてすでに蓄積された重要な教えがある。その例として、教皇レオの回勅『マニフィカ・フマニタス(Magnifica Humanitas)』や、教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』を挙げた。

これらの文書に共通しているのは、こうした課題が政府や巨大テクノロジー企業、専門家だけに関わるものではなく、すべての人に関係しているという認識だと、神父は強調する。

「これらの問題は、信仰や精神性を持つ人間にも関わっています。信仰を持つ人々や宗教共同体もまた、社会の一員であり、市民だからです」

バサネー神父は、アスタナで採択された文書について、「法的拘束力を持つ文書ではありません」と認めつつも、「意思決定を担う人々が考える際の枠組みを提供し、その検討に貢献することができます」と述べた。

これこそが、神父の言う「表舞台には立たない声」の役割である。

政治的・経済的な権力に属することなく、それらの意思決定に伴走し、考えるべき方向を示す声である。

そこにあるのは、責任を分かち合うという考え方だ。

「私たちは皆、同じ人類に属し、同じ地球に暮らしています。政治、経済、金融、精神的・宗教的な分野など、それぞれが持つ能力や役割は異なります。しかし、誰もが共通善の実現に貢献することを求められているのです」

スピリチュアル外交は、政治的な意思決定者に取って代わるものではない。

むしろ、政策や決定が人間と社会にどのような影響を及ぼすのかを問い直す道徳的な視点を、議論に加えるものなのである。

三つの文書に共通する課題――人間の尊厳

アスタナで採択された三つの文書は、それぞれ異なる分野を扱っている。しかし、いずれも人間の尊厳を守り、人類の未来に対する共通の責任を果たすという、一つの問題意識に基づくものとして捉えることができる。

第一の文書は、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領の提唱によって策定された「宗教分野における人工知能の利用に関する倫理規範」である。

その出発点となっているのは、AIが宗教共同体の活動にも浸透しつつあるという、ますます明らかになっている現実である。

新しい技術は、情報発信や教育、コンテンツ制作、人々との交流、とりわけ若い世代とのつながりを深めるために活用できる。

しかし、だからこそ、宗教的感情を操作したり、憎悪を広めたり、信仰の内容を歪めたりする手段にもなり得る。

この倫理規範は、宗教共同体におけるAIの利用が、人間の尊厳と精神的・宗教的価値観の尊重に基づくものとなるよう、道徳的・倫理的な指針を示すことを目指している。

ここで問われているのは、単なる技術上の問題ではない。

宗教界には、技術そのものに先立つ根本的な問いを投げかける役割がある。

それは、人工知能に「何ができるのか」だけではなく、「何をさせることが許されるのか」という問いである。

第二の課題は、気候危機である。

採択された「気候変動との闘いにおける宗教の役割」に関する文書は、環境保護を政府の政策だけに委ねることはできないという認識を示している。

宗教共同体は、信仰を持つ人々に対して、自然界に対する責任を自覚するよう促し、持続可能な生活習慣を広めるとともに、資源の無秩序な開発や気候変動に伴う災害がもたらす影響に注意を向けさせることができる。

こうした影響は、特に社会的に弱い立場に置かれた人々に深刻な被害を及ぼす。

ここでも、精神的・宗教的な価値観が社会的責任として具体化される。

気候危機は、単なる科学的・経済的な問題ではない。

それは、人類が地球や資源、そして将来世代との関係をどのように捉えるかという問題でもある。

第三の文書は、「終末期にある子どもの権利憲章」である。

この文書は、人間の尊厳という問題を、より直接的で切実な次元から捉えている。

カザフスタンとバチカン市国による共同の取り組みとして提示されたこの憲章は、治癒が見込めない病気を抱える子どもたちの尊厳を、その中心に据えている(フィデス通信、2026年10月2日付参照)。

憲章は、人間としての尊厳を尊重したケア、医療および緩和ケアを受ける権利、心理的支援を受ける権利を確認している。

さらに、宗教間対話にとって特に重要な側面も盛り込まれている。

それは、子ども本人と家族の宗教的なニーズや世界観を尊重しながら、精神的・宗教的な支援を提供することである。

この第三の文書では、技術や政治に関する議論に代わって、他の二つの文書にも通底する根本的な問いが前面に現れる。

人間は、単なるデータでも、消費者でも、サービスの受け手でもないということである。

人工知能、環境問題、そして子どもの病気という三つの異なる分野は、こうして一つの原則を再確認する場となっている。

人間の尊厳は、効率性や技術、経済的利益よりも優先されなければならない。

対話から「グローバル平和運動」へ

第24回事務局会合で議論された「グローバル平和運動(Global Peace Movement)」構想は、アスタナが推進するスピリチュアル外交の次なる段階となる可能性を秘めている。

トカエフ大統領が提唱したこの構想は、宗教的・精神的なメッセージを、より継続性のある協力の仕組みへと発展させることを目指している。

第8回世界伝統宗教リーダー会議のテーマである「未来のための相乗効果(Synergy for the Future)」は、ここで具体的な行動につながる意味を持つことになる。

戦争や社会の分断、対立の激化、信頼の危機に直面する世界において、さまざまな宗教共同体が持つ力を結集し、共通の課題に取り組もうというのである。

そのなかでも、特に慎重な対応を要する課題がある。

それは、宗教的信念が操作されたり、武力紛争や敵意、ヘイトスピーチをあおる口実として悪用されたりすることを防ぐことである。

この責任は、宗教指導者たちに直接関わる。

宗教は、人々を分断し、暴力を正当化するために利用されることもある。しかし一方で、和解を促す力にもなり得る。

スピリチュアル外交は、まさに後者の可能性を強める必要性から生まれてきたのである。

アスタナで提示された資料によれば、この運動では、紛争地域で特に攻撃や破壊の危険にさらされやすい礼拝施設の保護に向けて、国連文明の同盟(UNAOC)と協力する取り組みも構想されている。

また、若者、研究者、メディア関係者が参加する恒久的な活動を通じて、若い世代の間に寛容と相互尊重の文化を育むことも目指している。

ここに、宗教間対話のための会議と、平和を支える本格的な基盤との違いがある。

会議は宣言を生み出すことができる。しかし、運動は、人々のつながりや人材育成、ネットワーク、そして長期にわたって継続できる行動を育むことができる。

スピリチュアル外交が示しているのは、宗教指導者たちが持つ道徳的な影響力、教育的な役割、地域社会とのつながりを通じて、政治指導者の思考や判断を豊かにできるという可能性である。

そのうえで、今問われているのは、異なる宗教的伝統を持つ人々が、個人の尊厳と平和、そして地球の未来を守るために、何をともに実行できるかということである。

この観点から見れば、「グローバル平和運動」は、その可能性を具体的に試す重要な試金石となるだろう。

(フィデス通信)Original URL:

フィデス通信は、バチカンの通信社であり、聖フィデスは古代ローマのキリスト教徒の殉教者で聖人です。フィデス通信は、信頼を意味するラテン語で、バチカンの公式な通信を担当している。INPS Japanはフィデス通信をはじめ世界10数か国から参加した国際記者団とともに、世界伝統宗教リーダー会議第24回事務局会合を取材した。
アスタナのカトリック教会を訪問した国際記者団
アスタナのカトリック教会を訪問した国際記者団(中央の神父の右がパオロ・アファタート記者。左がINPS Japanの浅霧記者。)

INPS Japan

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河口慧海から川喜田二郎へ

仏陀の教えを求めた河口慧海から半世紀―その足跡をたどった日本人類学者が見た民主化後のネパール

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=サリル・スベディ】

約100年前、日本の禅僧・河口慧海(1866~1945)が、ネパール、チベット、インドへの壮大な旅を終えて帰国したとき、その冒険譚は日本中で大きな話題となった。一方で、そのあまりにも数奇な体験談を信じようとしない人々も少なくなかった。とりわけ「仏陀の国」とされるネパールや、鎖国状態にあったチベットについて語られた内容は、多くの人にとって現実離れした物語のように映ったのである。|英文版|

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河口慧海が亡くなってから8年後の1953年、日本の人類学者・地理学者である川喜田二郎は、ネパール政府の招きにより、11人から成る日本調査団の一員として初めてネパールの土を踏んだ。

当時を振り返り、川喜田教授はこう語る。「1950年代半ばのカトマンズは、ゆったりとした時間が流れる街でした。私は深い安らぎを感じると同時に、この未知の国には、まだ誰も知らない世界が数多く残されているという期待に胸を躍らせました。」

しかし、川喜田氏の人生を大きく変える出来事は、カトマンズではなくポカラで待っていた。フェワ湖畔で日なたぼっこをしていた彼は、かつて河口慧海をトゥクチェ村で迎え入れた人物の息子たち、アナン・マン・シェルチャンとクリシュナ・マン・シェルチャンに偶然出会う。

二人は、半世紀前に村を訪れた「不思議な日本人僧侶」の数々の逸話を語って聞かせた。実は、それまで川喜田氏は河口慧海という人物をまったく知らなかった。しかし、その話を聞いた瞬間から、彼は強く魅了される。「この人物についてもっと知りたい。」その思いが、後に彼のライフワークとなる「河口慧海の足跡を追う旅」の出発点となった。

ポカラでは、もう二人の重要人物とも出会っている。一人は、後にネパール研究の第一人者として知られるスイス人地質学者トニ・ハーゲンである。当時、ハーゲンはポカラのスイス・ミッション病院を拠点にネパール全土の地質調査を進めており、二人は互いの調査成果について意見を交わした。

Kawaguchi as Tibetan lama, Darjeeling. Photo: Public Domain
チベット僧の姿をした河口慧海。ダージリンにて。写真:パブリック・ドメイン

川喜田氏は当時を懐かしみながら語る。「トニは実に精力的で、ユーモアにあふれた人物でした。」もう一人は、当時ポカラ地方の行政長官(バダ・ハキム)を務めていたプラン・シンである。彼は第二次世界大戦中、イギリス領インド軍の兵士としてマレーシアやビルマ戦線に従軍し、日本軍と戦った経歴を持っていた。

やがて川喜田氏は、自らがポカラまで歩いてきた登山道が、50年以上前に河口慧海が通った道とほぼ同じであることに気付く。その偶然は、彼の探究心をさらにかき立てた。「驚きと同時に、強い好奇心が湧き上がりました。河口慧海について、できる限り多くのことを調べようと決心したのです。そして、ネパールの友人たちの助けがあったからこそ、それが可能になりました。」

川喜田氏は調査のため、河口慧海が滞在したトゥクチェにも足を運んだ。そこで彼は、慧海がタク・コーラからムスタン地方を経てチベットへ入ったことを確認する。慧海は、その道中で地図を作成し、村々の人口や生活、社会の仕組みなどを克明に記録していた。さらにトゥクチェの後は、ツァランやマルファに滞在し、仏教経典の研究に没頭した。

しかし、外国人がほとんど訪れることのなかった当時のヒマラヤでは、その熱心な調査活動は地元住民の警戒を招いた。中には、慧海を英国のスパイではないかと疑う者もいたという。

疑惑を避けるため、慧海はダウラギリ山麓の険しい道を北上し、ドルポ地方トルポへ向かった。そこでは、チベット仏教以前から伝わる古代宗教ボン教(Bon)についても貴重な調査を行っている。川喜田氏は、その足跡をまるで探偵のように一つひとつたどっていった。

「探検家」ではなく、真理を求めた巡礼者―河口慧海の足跡を追って

トルポへ向かう険しい山道をたどりながら、川喜田二郎氏は、河口慧海が残した日記や地図を一つひとつ現地の証言と照らし合わせていった。その結果、驚くべき事実が明らかになる。慧海の記録は、驚くほど正確だったのである。

村人たちの証言と日記の記述は見事に一致し、人口や集落の配置、地図、スケッチ、さらには山々の位置や形状に至るまで、ほとんど誤りが見当たらなかった。川喜田氏は語る。「村の人口も、地図も、スケッチも、山々の描写も、実に正確でした。」

そして、こう付け加える。「残念なのは、河口慧海自身が、自らの生涯をかけた仕事が正当に評価される日を見ることなく亡くなったことです。」

トルポで案内人と別れた慧海は、その後は荷物を自ら背負い、外国人であることを隠すためチベット僧に変装して、閉ざされたチベットへと足を踏み入れた。当時のチベットは外国人の立ち入りを厳しく禁じており、正体が知られれば命さえ危うい状況だった。

それでも慧海は、およそ2年間にわたりチベット各地で仏典の研究を続けた。しかし、やがて当局に日本人であることが発覚し、追われる身となる。彼は命からがらダージリンへ逃れ、その後、ネパール東部を経由して再びカトマンズへ戻った。

そこで慧海は、当時ネパールを統治していたラナ政権の実力者、チャンドラ・シャムシェル首相との謁見を果たす。この訪問の際、慧海は後に広く知られることになる一通の書簡を首相へ送っている。その内容は、一介の旅僧の手紙とは思えないほど大胆なものだった。

川口がラナ首相に提出した献策文書は、ネパール語による教育の大切さを強調した川口に感銘を受けたディキシット家(Nepali Times社主)が膨大なネパール語による文献・雑誌とともに大切に保管している。資料:Nepali Times
川口がラナ首相に提出した献策文書は、ネパール語による教育の大切さを強調した川口に感銘を受けたディキシット家(Nepali Times社主)が膨大なネパール語による文献・雑誌とともに大切に保管している。資料:Nepali Times

慧海は、国家統治のあり方について率直な助言を述べ、イギリス領インドとの外交では冷静さを失わないこと、政治戦略を慎重に進めること、そして権力者の周囲に集まる追従者に惑わされないことなどを説いたのである。

川喜田氏は、慧海の旅の本当の目的について次のように説明する。「河口慧海がチベットを目指したのは、仏陀の教えをできるだけ原典に近い形で伝える経典を探し求めるためでした。彼は、それらの経典がチベットで大切に守られていると信じていたのです。」

慧海はしばしば、英国のためのスパイ、あるいは明治日本政府の密偵ではないかと疑われた。しかし川喜田氏は、そのような見方をきっぱりと否定する。「河口慧海は、英国のスパイだとか、日本政府の密偵だとか言われることもありました。しかし、彼の本当の姿は、ただ一人で真理を求めて歩き続けた旅人であり、歴史家であり、そして巡礼者だったのです。」

その言葉には、長年にわたり慧海の足跡を追い続けてきた研究者としての深い敬意がにじんでいる。実際、川喜田氏自身も1950年代にネパール各地を精力的に踏査した最初期の外国人文化人類学者の一人であり、その後のネパール研究に大きな足跡を残した。

しかし彼は、単なる研究者では終わらなかった。1970年代初頭には、ネパール中西部ミャグディ郡でロープウェー(索道)や上水道整備などの地域開発事業にも深く関わることになる。その経験は、彼の「開発とは何か」という考え方を大きく形づくっていくことになる。

「開発は人が育てるもの」―川喜田二郎がネパールに託した未来

1950年代にネパール各地を踏査した川喜田二郎氏は、研究者としてだけでなく、地域開発にも深く関わった。1970年代初頭には、ネパール中西部ミャグディ郡でロープウェー(索道)や上水道整備事業の実現に尽力した。

その経験を通して、川喜田氏が最も強く印象づけられたのは、地域住民が自ら進んで事業に参加する姿だった。住民たちが自発的に協力し合うことで、プロジェクトは着実に発展していったのである。

こうした経験から、川喜田氏は、人々が自ら管理・運営できる「小さな開発(Small is Beautiful)」こそが持続可能な発展につながるという信念を抱くようになった。彼は次のように語る。「ネパールに必要なのは、その土地の社会や暮らしに柔軟に溶け込む、小規模なプロジェクトです。」

さらに、住民参加型の地域づくりこそが民主社会の基盤になると強調する。「ネパールの村々は、それぞれが自立した共同体であるべきです。地域の人々が共通の目標に向かって自発的に力を合わせることで、地域社会は自ら成長していくことができます。」

この考え方は、後に世界的に広く知られることになる川喜田氏独自の発想法―「KJ法(Kawakita Jiro Method)」にも通じている。川喜田氏は、スイスの地質学者トニ・ハーゲン、イタリアの東洋学者ジュゼッペ・トゥッチと並び、外国人による本格的なネパール人類学研究の草分け的存在となった。日本語・英語による数多くの論文に加え、『Hill Magars and Their Neighbours』『Nurturing Creativity in the Himalaya』『People of Nepal Himalaya』(H.木原編)などの主要著作を発表し、ネパール研究の発展に大きく貢献している。

取材当時、川喜田氏は「これまでとはまったく異なる内容になる」という新著を執筆中だった。教え子たちは、その本には川喜田氏が長年考え続けてきた開発、近代化、そして伝統に対する思想が集大成されるだろうと期待を寄せていた。

UN Photo
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日本では、川喜田氏は「KJ法」の創始者として熱狂的な支持を集めている。ネパール研究者の高山龍三教授や、若き日にネパールを共に歩いた仲間たち、さらには東京外国語大学のネパール研究者・石井溥教授らも、その思想に大きな影響を受けた一人である。

KJ法は、先入観を持たずに現実を観察し、収集した情報を創造的に整理・統合して、新たな発想を導き出す問題解決法である。単に数値データを集めるだけではなく、現場で得られる質的な情報や、人々の暮らしの実感を丁寧に拾い上げることを重視する。

川喜田氏は、この方法について次のように説明する。「論理的な枠組みを理解すれば、決して難しいものではありません。この方法は、ごく普通の人々が生きている現実を描き出そうとするものです。だからこそ、社会のエリートたちには好まれないのかもしれません。」そして、その本質を一言で表現する。「答えは上から与えられるものではありません。現場から生まれるものなのです。」民主化を歩み始めたネパールについて、川喜田氏は希望と課題の双方を見据えていた。「今のネパールは、20世紀初頭の日本によく似ています。社会全体が大きな転換期を迎えているのです。」

もちろん、急激な変化はネパールだけの現象ではない。

「こうした変化は世界中で起きています。しかし、民主主義を十分に機能させるためには、現在の官僚制度に大きな改革が必要です。残念ながら、いまのエリート層は自らの利益を追うことに忙しすぎます。」その言葉には、長年ネパール社会を見つめ続けてきた一人の研究者としての率直な思いが込められていた。

一方で、川喜田氏は自国・日本の将来にも強い危機感を抱いていた。質素な生活を好み、少食で、よく笑う。日本の学術界で高い評価を受けながらも、少しも驕ることのない人物だった。

The Khumbu Valley in the Heart of the Himalaya. View on Ama Dablam. Photo: LAXMAN LAMA BLON https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom
ヒマラヤ山脈の中心部に位置するクンブ渓谷。アマ・ダブラムを望む壮大な景観が広がるこの地には、世界中から多くの人々が訪れる。写真:LAXMAN LAMA BLON

しかし、その穏やかな表情の奥には、日本社会への深い憂慮があった。「日本社会は、先の見えない暗闇へ向かって進んでいるように感じます。若い世代は心の拠り所を見失い、小さなことにも苛立つようになっています。」そして、人生の残された時間をどのように生きるかについて、静かにこう語った。

「私に残された時間は多くありません。その時間を、私が心から愛する国、ネパールのために使いたいのです。」その思いを形にするため、川喜田氏はポカラに学校を設立する計画を進め、資金集めにも奔走していた。

河口慧海は、仏陀の教えの源流を求めてヒマラヤを越えた。半世紀後、川喜田二郎は、その足跡をたどりながら、ネパールという国そのものから多くを学んだ。一人は真理を求める巡礼者として、もう一人は人々の暮らしに寄り添う研究者として―。

二人の日本人がネパールに残した足跡は、それぞれ異なる時代を生きながらも、人と文化への深い敬意という一点で静かにつながっている。

INPS Japan

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アスタナ、23年の歩み―「信頼を築く外交国家」の台頭

【アスタナINPS Japan/Atlantica Africa=ナスララ・ベルカヤテ博士】

Dr Nasrallah Belkhayate

2026年10月7日、カザフスタンの首都アスタナで開催された「世界伝統宗教リーダー会議」の第24回事務局会合は、歴史的な視点から捉える必要がある。この会合だけを取り上げれば、世界各地で開かれている数多くの宗教間対話の一つに見えるかもしれない。しかし、これまでの歩みを振り返ると、そこには異なる姿が浮かび上がる。カザフスタンは2003年以来、宗教間対話のために始めた取り組みを、着実に本格的な外交基盤へと発展させてきた。世界伝統宗教リーダー会議は、もはや単なる会合ではない。国際社会における同国の存在感を高める外交手段となりつつある。

この変化がとりわけ重要なのは、カザフスタンが、その地理的条件ゆえに独自の外交姿勢を求められる国だからである。ロシア、中国、欧州、中央アジア、そしてイスラム世界の間に位置するカザフスタンには、外交の方向性を一つに絞るという選択肢はない。同国が進めてきた「マルチベクトル外交(多角的外交)」の本質は、まさに複数の方向に対話と協力の扉を開き続けることにある。世界伝統宗教リーダー会議は、この外交方針に独自の側面を加えている。国家間のバランスを取るだけでなく、国境を越えて広がる社会、伝統、宗教的権威が互いに関わり合うための枠組みを提供しているのである。

ここに、23年間の歩みから得られる第一の教訓がある。地理的条件は制約となり得る一方で、独自の役割を生み出すこともできる。カザフスタンは、複数の大国や地域勢力が交差する場所に位置している。アスタナは、この立地を弱点ではなく、外交上の資産へと転換しようとしている。カザフスタンは、従来の意味での大国になろうとしているわけではない。大国や地域の主要国、宗教指導者たちが、立場の違いを超えて対話を続けられる場となることを目指しているのである。

今回の第24回事務局会合は、こうした外交が新たな段階に入りつつあることを示している。世界伝統宗教リーダー会議の事務局長を務めるエルラン・カリン氏の発言は、その方向性をよく表している。目標は、もはや単に対話を支援することではない。宗教団体や国連、その他の国際機関と協力し、さまざまな構想を「合意文書と具体的な行動」へと結びつけることにある。この転換は極めて重要だ。会議を開催することを中心とした外交から、合意を実行に移す外交へと、活動の重点が移りつつあるからである。

専門家や市民社会の代表が参加する評価制度を導入しようとする動きも、同じ方向を示している。組織が自らの成果を検証し、その結果を評価する必要性を受け入れてこそ、影響力は高まる。したがって、本質的な変化は宣言の数を増やすことではなく、宣言がその後どのような成果につながったかを明らかにすることにある。大会が終わった後も、どれだけの取り組みが継続されているのか。そのうち、いくつが具体的な事業となったのか。そして、どれほどの取り組みが測定可能な成果を生み出したのか。カザフスタンが築いてきた外交モデルの信頼性は、今後ますます、こうした問いへの答えによって左右されることになるだろう。

成果を重視するこの姿勢は、カリン氏のもう一つの発言にも新たな意味を与えている。

「人間とその尊厳は、あらゆる意思決定の中心に置かれなければならない」

この言葉は、今回アスタナで議論された三つの主要課題を貫く共通の理念を示している。人工知能(AI)、気候変動、そして治癒が見込めない病気を抱える子どもたちの保護である。一見すると異なる三つの問題だが、その根底には同じ問いがある。技術、気候、そして力関係が急速に社会を変化させるなかで、私たちはいかにして人間の尊厳を守ることができるのか、という問いである。

人工知能(AI)は、こうした新たな段階の真価を問う、最も明確な試金石となるだろう。イスラム教指導者のアッラーフシュクル・パシャザデ師(シェイフルイスラーム)は、「AIには魂がないため、礼拝において人間の代わりになることはできない」と改めて指摘した。

この発言を、単なる宗教的見解として片づけることは容易だろう。しかし、それでは、この言葉が持つより広い意味を見落とすことになる。そこには、今や世界共通の課題となった問いが含まれている。機械は、いつの間にか人間に代わる権威となることなく、人間を支援できるのだろうか。最終的な判断を下す人間の責任を肩代わりすることなく、言葉や助言、解釈を生み出すことができるのだろうか。

中国仏教協会のチウ・シュアン副会長も、異なる立場から同様の懸念を表明した。同氏によれば、人工知能の発展は、生命と正義、そして「侵すことのできない人間の尊厳」を尊重するものでなければならない。

異なる宗教的伝統の間に見られるこうした認識の一致は、今回の会合で特に注目すべき点の一つである。宗教界は、もはや宗教同士の対話だけを目指しているのではない。社会を根本から変えようとしている技術に、どのような限界を設けるべきかという世界的な議論にも参加し始めているのである。

まさにここに、カザフスタンが国の規模に左右されない、新たな影響力を獲得する可能性がある。米国や中国をはじめとする大国は、極めて高度な技術力を持っている。カザフスタンが人工知能のあらゆる分野で、これらの国々と競争できるわけではないことは明らかだ。

しかし、国際社会における力とは、単に技術を開発する能力だけではない。その技術をどのように利用すべきかを定めるルールの形成に、どれだけ貢献できるかということでもある。世界伝統宗教リーダー会議は、こうした規範形成をめぐる議論が具体化する場の一つとなり得る。

同じ考え方は、気候変動にも当てはまる。今回の会合では、アゼルバイジャンのバクーで開催された第29回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP29)において、宗教指導者たちがすでに表明していた立場が改めて取り上げられた。

ここでも、宗教共同体が果たし得る役割は、道徳的な声明を発することにとどまらない。宗教共同体には、地域社会に根ざしたネットワークや礼拝施設、社会的に認められた指導者がおり、国際機関が必ずしも持ち合わせていない人々を動員する力がある。したがって、世界共通の目標を、地域社会における具体的な行動へと結びつける役割を担うことができる。

チウ・シュアン副会長が言及した「相互依存」の原理は、この問題にさらなる深みを与える。人間と自然が相互につながっているのであれば、気候変動はもはや環境政策だけの問題として捉えることはできない。それは、食料安全保障、水へのアクセス、移住、社会の安定、そして国際安全保障にも関わる問題となりつつある。ここで、精神的・宗教的な価値観は、極めて現実的な地政学上の課題と結びつくのである。

治癒が見込めない病気を抱える子どもたちの保護は、この三つの課題を結ぶ枠組みの最後の要素である。

アスタナで議論された取り組みは、医療だけを対象とするものではない。医療サービスに加え、人間の尊厳、心理的支援、精神的・宗教的なケア、そして子ども本人と家族の信仰や価値観への尊重を一体的に捉えるものである。

この考え方が重要なのは、宗教間対話から生まれた組織が、自らの本来の性格を失うことなく、人道的な問題にも取り組めることを示しているからだ。

こうして、世界伝統宗教リーダー会議の活動を貫く共通の理念が明らかになる。グローバル化のなかで技術的な問題として扱われがちな課題に、人間そのものを中心に据える視点を取り戻そうとしているのである。

人工知能は技術革新の問題として、気候変動は温室効果ガス排出の問題として、病気は医療の問題として捉えることができる。しかし、アスタナは、そこにもう一つの問いを投げかけている。こうした変化のなかで、私たちは人間をどのような位置に置こうとしているのか、という問いである。

この変化は、事務局会合に合わせて行われた一連の会合が持つ意味も説明している。

アッラーフシュクル・パシャザデ師が継続して参加していることは、この外交的枠組みにおけるコーカサス地域の重要性を示している。エジプトのイスラム教スンニ派の権威ある機関、アル・アズハルとの協力に関する協議は、教育と宗教間対話の新たな可能性を開く。ムスリム世界連盟の継続的な参加は、主要な国際イスラム組織とのつながりを維持する役割を果たしている。また、英国国教会との関係は、アスタナのネットワークがイスラム世界の枠を超えて広がっていることを物語っている。

こうした多様性は、単なる形式的なものではない。それ自体が、世界伝統宗教リーダー会議の外交的な資産なのである。

参加者たちにとって、同じように集まりやすい別の場所が必ずしも存在しない場合、その対話の場は特別な価値を持つ。コーカサス、エジプト、湾岸諸国、アジア、キリスト教文化圏の欧州、そしてその他の宗教的・文化的地域の代表が、政治的な立場を一致させることなく、同じ枠組みのなかで対話できるのである。

これが、アスタナの外交に「トラック2外交(非政府主体による対話)」としての側面を与えている。ただし、そこには独自の特徴がある。

従来のトラック2外交は、政治当局者間の公式な交渉に向けた環境整備を目的とすることが多かった。一方、世界伝統宗教リーダー会議は、社会、宗教的権威、地域共同体、文化的な代表者とも関係を築いている。そのため、政治関係が悪化した場合でも、人間同士のつながりを維持できる場合がある。こうした関係を通じて、危機が顕在化する前の段階から働きかけることが可能になるのである。

もっとも、すでに実証された成果と、今後の可能性として語られている構想は、明確に区別する必要がある。

カザフスタンが2003年以来、宗教間対話のための持続的な枠組みを築いてきたことは確かである。また、2026年の会合が、実践的な取り組みや専門的知見の活用、国際協力の強化を目指していることも明らかだ。

その一方で、将来的な「精神的安全保障理事会」や、恒久的な国際仲介機関の創設という構想は、現段階では仮説の域を出ない。発表された仕組みが実際に成果を生み出して初めて、その構想は信頼性を獲得することになる。

だからこそ、「グローバル平和運動(Global Peace Movement)」の発表には、特に注意を払う必要がある。

その重要性は、名称そのものにあるのではない。すべては、この構想がどのような制度的な仕組みとして具体化されるかにかかっている。

事業を立ち上げ、協力相手を結集し、成果を検証し、危機の際にも対話の経路を維持できる恒久的なネットワークへと発展するのであれば、それは大きな進展となるだろう。しかし、単なる新たな宣言にとどまるのであれば、その影響力は必然的に限定されることになる。

2028年という節目は、こうした変化に歴史的な意味を与えている。

2027年には第25回事務局会合が予定されており、2028年には第1回世界伝統宗教リーダー会議の開催から25周年を迎える。カリン氏は、これらの節目を、過去の成果を評価するだけでなく、「新たな段階へ進む」機会であると明確に位置づけている。

したがって、今後の予定は、カザフスタンにとって貴重な機会となる。25年間にわたって積み重ねてきた経験を、より体系的な制度的枠組みへと発展させることができるからだ。

そのような枠組みは、単純な原則に基づいて構築できるだろう。個別の宣言を増やすのではなく、その後の取り組みを充実させるという原則である。

平和、人工知能、気候変動、人間の尊厳に関する常設作業部会の設置。国連やその他の国際機関との協力関係の構築。独立した専門家の参加。試験的な事業の実施。進捗を測定するための指標の導入。そして何よりも、会合と会合の間も活動を継続することである。

そうなれば、世界伝統宗教リーダー会議は、もはや単発の行事ではなく、継続的な取り組みの過程そのものとなる。

このような変革は、現代の多国間主義が抱える弱点の一つにも応えることになる。それは、理念を宣言することと、その理念を実行に移すことの間に存在する隔たりである。

多くの国際文書は圧倒的多数の賛成によって採択される。しかし、その実際の影響は、最終的には組織や社会がそれらを実施できるかどうかにかかっている。カザフスタンは、自国の規模に応じた形で、宣言そのものと同じくらい、その後の実施と検証を重視する外交のあり方を試みることができるだろう。

そうなれば、国際社会におけるカザフスタンの立ち位置も、これまでとは異なる視点から理解できるようになる。

その強みは、大国に取って代わろうとすることではなく、特定の一国の専属的な手段となることなく、複数の大国にとって有益な存在であり続けられる点にある。

これは極めて重要な違いである。世界が対立する陣営へとますます分断されるなか、異なる勢力の間に橋を架け続けられる国家の価値は、必然的に高まっていく。

もっとも、「アスタナはユーラシアのジュネーブである」という表現には慎重であるべきだろう。

ジュネーブには、1世紀以上をかけて築かれてきた卓越した国際機関の集積と、その活動を支える制度的な歴史がある。アスタナは、まだその段階には達していない。

しかし、カザフスタンはジュネーブを再現しようとするのではなく、異なる独自の役割を築くことができる。その可能性は、外交、精神的・宗教的価値観、倫理、技術、そして紛争予防が交差する領域にある。

ここにこそ、世界伝統宗教リーダー会議の歴史が特別な意味を持つ理由がある。

2003年当時の試みは、基本的には対話の場を創設することだった。それが2026年には、実践的な取り組み、専門家による評価、国連との協力、人間の尊厳、人工知能、気候変動、子どもの保護、そしてグローバル平和運動といった言葉で語られるようになっている。

23年間で、活動の重心は対話から行動へと移ってきた。参加者の数以上に注目すべきなのは、この変化そのものなのである。

したがって、今後数年間の課題は、カザフスタンが対話を重視する国であることを世界に納得させることではない。その能力はすでに示されている。

これから問われるのは、対話によって、他の仕組みでは容易に生み出せないもの―信頼、紛争の予防、規範、そして場合によっては具体的な解決策―を生み出せると証明することである。

それは、これまでより困難な目標であると同時に、はるかに戦略的な意味を持つ目標でもある。

さらに、そこから派生する第二の効果も考えられる。

世界伝統宗教リーダー会議が、倫理的規範の形成や紛争の仲介において信頼できる場となることに成功すれば、その影響力は宗教分野にとどまらなくなるだろう。

人工知能に関する議論は科学者や政府の関心を集め、気候変動に関する議論は国際機関の参加を促し、弱い立場に置かれた子どもたちに関する議論には人道支援関係者が加わる可能性がある。

そうなれば、宗教は会議が扱う唯一の主題ではなくなる。世界的な変化を、より人間的な形で管理し、方向づけていくための重要な入り口の一つとなるのである。

第三の波及効果も、すでに見え始めている。カザフスタンは、自国の地理的な位置を、国際制度のなかでの地位へと徐々に転換できる可能性がある。

ユーラシアの中心に位置することは、地理的な事実である。

ユーラシアにおける特定の対話の中心となることは、政治的な選択である。

そして、世界各地の関係者が仲介や調停の機能を求めて集まる場となることは、外交努力によって築き上げる成果である。

この最後の段階に到達できるかどうかが、この取り組みの歴史的意義を決定づけることになるだろう。

現時点で提示できる仮説は、具体的であり、将来的に検証することも可能だ。

2028年までに、アスタナで発表された約束が、恒久的な制度、成果を測定できる事業、そして持続的な国際協力関係へと結びつけば、世界伝統宗教リーダー会議は、制度としての第二世代に入ったと評価できるだろう。

反対に、採択された文書や打ち出された構想が、実質的には宣言にとどまるのであれば、このモデルは強い象徴的価値を維持するものの、国際的な規範形成に影響を及ぼす力を備える段階には到達しないことになる。

創設から23年を経た今、カザフスタンは宗教の枠をはるかに超える問いに直面している。

もはや問われているのは、アスタナが世界の主要な宗教的・精神的伝統の代表者を一堂に集められるかどうかではない。その能力はすでに証明されている。

今、問われているのは、人々を集めるその力を、持続的に行動し、成果を生み出す能力へと転換できるかどうかである。

そして、おそらくここに、カザフスタンの外交モデルが持つ最も際立った特徴がある。

軍事力、資源、技術、資本によって国家の力が引き続き測られるこの時代に、もう一つの力が次第に価値を増していくだろう。

それは、他の主体がもはや信頼を築けなくなったときにも、信頼を生み出すことのできる力である。

カザフスタンが目指しているのは、すでに多くの大国がひしめく国際社会に、もう一つの勢力として加わることではない。

目指しているのは、「信頼を生み出す力を持つ国家」になることなのである。

そして、この構想が2027年から2028年にかけて実際の成果によって裏づけられるならば、それは独立以来のカザフスタンが築いてきた外交の歴史において、最も独創的な遺産の一つとなるかもしれない。

Financial Afrik(フィナンシャル・アフリク)は、アフリカの経済・金融・地政学を専門とする通信社。市場動向や投資、国際関係を現地の視点から伝え、アフリカの変化が世界経済や国際社会に及ぼす影響を理解するうえで有益な情報を提供している。主要6つのSNSで延べ約59万6000人のフォロワー・登録者を擁し、アフリカと世界をつなぐ情報発信を展開している。INPS Japanはフィナンシャル・アフリクをはじめ世界10数か国から参加した国際記者団とともに、世界伝統宗教リーダー会議第24回事務局会合を取材した。
アスタナのヌルスルタンモスクを訪問した国際記者団。最も右に立っているのがフィナンシャル・アフリク編集長であるナスララ・ベルカヤテ博士。写真:カザフ外務省

Original URL:Astana, Twenty-Three Years On: The Emergence of a Power of Trust – Atlantica Africa

INPS Japan

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【メルボルンINPS Japan/London Post=マジッド・カーン】

中東上空でミサイルが発射され、ロシアの無人機がウクライナの都市を攻撃するとき、世界が目にするのは炎上する建物、避難所へ向かう市民、そして破壊された都市の姿である。しかし戦場から遠く離れた金融市場では、まったく異なる反応が起きている。投資家たちは、防衛関連株の値動きを注視している。

2026年、戦争と金融市場の結びつきは、世界経済を特徴づける重要な現象の一つとなった。ウクライナや中東で大量の兵器が消費されるなか、各国政府は備蓄を補充し、軍事予算を拡大し、兵器調達を加速させている。

その結果、防衛企業は生産能力を増強し、工場を拡張し、業績見通しを引き上げている。危険な世界は、防衛産業にとって大きな市場にもなっているのである。

戦場と企業収益を結ぶメカニズム

もちろん、防衛企業が戦争を引き起こしているわけではない。また、軍需関連株を購入するすべての投資家が、人々の苦しみに賭けているわけでもない。戦争には複雑な政治的、歴史的、戦略的背景がある。

しかし、いったん戦闘が始まれば、一つの強力な経済メカニズムが作動する。兵器が消費される。備蓄が減少する。 政府が補充を決定する。 企業が生産を拡大する。 契約が増える。そして売上高と利益が伸びる。

こうして、戦場と企業の貸借対照表が結びついていく。

7月23日、米防衛大手ロッキード・マーティンは、ウクライナ戦争やイランをめぐる軍事的緊張によってミサイルなどの需要が拡大していることを背景に、2026年通期の売上高と利益見通しを上方修正した。

同社の第2四半期の売上高は201億ドルに達し、前年同期比11%増加した。受注残高は約2300億ドルとなり、ミサイル・火器管制部門の売上高は約20%増の41億ドルに達した。

また、高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」の迎撃ミサイル増産に関連する350億ドル規模の契約も、同社の成長を支えている。

株式市場もすぐに反応した。ロッキード・マーティンとRTXが業績見通しを引き上げると、ロッキード株は10.6%、RTX株は7.7%上昇した。投資家が、軍事需要の長期化を織り込んだ結果である。

レイセオンを傘下に持つRTXも、2026年第2四半期に247億ドルの売上高を記録した。前年同期比14%増で、防空・ミサイル防衛システムへの旺盛な需要が業績を押し上げた。同社の受注残高は2890億ドルに達し、その後、2026年通期の売上高と利益予想も上方修正された。

ミサイル1発が新たな需要を生む

こうした数字は、単なる企業決算ではない。戦争が経済の中をどのように伝わっていくのかを示している。航空機を撃墜するために迎撃ミサイルが1発使用されれば、その分を補充するために新たなミサイルが必要になる。ウクライナで砲弾が1発発射されれば、その砲弾を補充するための発注が、欧州や米国のどこかで行われる。

無人機が防空システムによって撃墜されれば、迎撃弾や関連装備の追加調達が検討される。戦争が兵器を消費し、政府が追加発注し、企業が増産し、投資家が将来の収益増加を予測する。現代の防衛産業が、戦争を始める政治的決定そのものに関与しなくても、紛争によって経済的な恩恵を受けることができるのはこのためである。

停戦後も続く「再軍備サイクル」

さらに重要なのは、戦争が終わったからといって軍事需要が直ちに消えるわけではないことである。戦闘によって兵器備蓄の不足を経験した政府は、停戦後も従来の軍事予算に単純に戻るとは限らない。むしろ、「以前の備蓄量では足りなかった」と判断する可能性が高い。その結果、より多くのミサイル、無人機、航空機、レーダー、砲弾を保有しようとする。

つまり、停戦そのものが新たな軍事支出を生み出すこともある。戦争が終われば、防衛企業の株価に織り込まれていた目先の地政学的リスクは低下するかもしれない。しかし同時に、停戦は長期的な兵器補充サイクルの始まりにもなり得る。

軍関係者は戦場で使われた兵器の性能を分析する。高い効果を示した兵器は追加発注される。十分な成果を上げなかった兵器は改良され、場合によっては新しいシステムへ置き換えられる。こうして戦争は、将来の軍事調達を決める「実験場」としての役割も果たす。

世界規模で進む軍備拡大

世界の防衛産業は、最近の米国とイランをめぐる軍事的対立が激化する以前から、すでに拡大を続けていた。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表している最新の包括的データによれば、2024年の世界の軍需・軍事サービス企業上位100社の兵器関連売上高は6790億ドルに達し、当時として過去最高を記録した。

そのうち77社が前年より兵器関連売上高を伸ばした。SIPRIは、旺盛な需要と巨額の受注残高を背景に、軍需企業の売上高は今後も増加する可能性が高いとみている。

2026年の世界を見ると、その構造はさらに鮮明になっている。

欧州ではロシアへの警戒から再軍備が進む。中東では、イランや地域情勢の不安定化を背景に、各国がミサイル備蓄や防空能力を拡充している。アジアでも、中国をめぐる安全保障上の懸念や将来の軍事衝突の可能性を背景に、防衛支出が増えている。

世界規模の軍事調達サイクルが形成されつつあるのである。

恐怖が需要を生む。→需要が契約を生む。→契約が生産を生む。→生産が利益を生む。→そして金融市場が、その利益を評価する。

雇用と安全保障、そして倫理的ジレンマ

数十億ドル規模の防衛契約を獲得した企業は、数千人の雇用を生み、生産設備を拡張し、長期間にわたる安定した収益を投資家にもたらすことができる。地域社会にとって、新しい軍需工場は雇用と税収を意味する。政府にとって、国内の防衛産業基盤は国家安全保障に不可欠な存在でもある。

しかし、そこには大きな倫理的問題がある。戦争が巨大な商業的機会を生み出すとき、その利益構造は政治にどのような影響を及ぼすのか。

軍需企業が特定地域の主要な雇用主となれば、政治家には軍事計画や防衛予算を守ろうとする動機が生まれる。軍需産業が地域経済を支えるようになれば、防衛支出の削減は政治的に難しくなる。投資家の資産が防衛企業の収益に依存するようになれば、地政学的不安定そのものが、金融市場において利益を期待される要因となる。そこには、無視できない「経済的利害関係」が形成される。

「戦争に備えること」が恒常的産業に

こうした現象が示しているのは、現代の経済が軍事支出と深く結びついているという現実である。もはや戦争への備えは、一時的な非常措置ではない。それ自体が恒常的な経済部門となっている。

しかし、戦争のただ中で暮らす市民にとって、この議論は決して抽象的なものではない。彼らが経験するのは、破壊された住宅やインフラ、避難、物価上昇、物資不足、そして家族や友人の死である。政府にとって、戦争は莫大な支出である。

防衛企業にとっては、莫大な需要である。

金融市場にとっては、各国政府が次にどこへ資金を投じるのかを示すシグナルである。これが、2026年の戦場と株式市場を結ぶ、居心地の悪い現実である。中東の空を飛ぶミサイルや、ウクライナ上空を飛行する無人機は、単なる軍事的出来事ではない。それらは政府予算、企業の受注台帳、そして投資家のポートフォリオへと伝わっていく経済的なシグナルでもある。

戦争は、朝に都市を破壊し、数カ月後には新しい軍事調達契約を生み出すことがある。停戦は戦闘を止めても、その後何年にもわたる兵器補充を引き起こすことがある。そして新たな脅威は、最初のミサイルが発射される前から需要を生み出すことさえある。

世界はこれからも、戦争が一刻も早く終わることを願い続けるだろう。しかし防衛産業はますます、戦争が長期化する可能性、あるいは次の戦争が起きる可能性に備えることを前提として構築されている。そこにこそ、現代の戦争がこれほど大きな経済力を持ち、その周囲に形成された企業利益や政治的利害から切り離すことが困難になっている理由がある。

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血と巨利―米・イラン衝突の背後にある戦争ビジネス

欧州兵器生産のグリーンウォッシング

軍事衝突と内戦の続発で、武器売上と死者数が急増

カザフスタンで宗教指導者らがAIと気候危機への対応を訴え

【イスタンブールINPS Japan/Haber7=エネス・クルチ】

トルコのニュースサイト「Haber7」のコラムニスト、ミュルセル・ギュンドードゥ記者によると、カザフスタンの首都アスタナで開催された「世界伝統宗教リーダー会議」の事務局会合で、人工知能(AI)、気候危機、そして難病を抱える子どもたちの権利に関する重要な決定がなされた。|トルコ語|

「平和と和解の宮殿(Palace of Peace and Reconciliation)」 写真:浅霧勝浩/INPS Japan

ギュンドードゥ記者がアスタナから伝えたところによると、カザフスタンは2028年に開催予定の第9回世界伝統宗教リーダー会議に向け、着実に準備を進めている。世界が直面する諸課題に対し、精神的・宗教的な視点から持続可能な解決策を見いだそうと、積極的な外交活動を展開している同国は、首都アスタナに世界伝統宗教リーダー会議の事務局メンバーを招集した。

2026年10月7日、アスタナの「平和と和解の宮殿(Palace of Peace and Reconciliation)」のアトリウムホールで開催された第24回事務局会合には、世界20か国からさまざまな宗教団体の代表者、政府関係者、専門家らが参加した。

多数の参加者や報道関係者が見守るなか、会合の進行役を務めたのは、世界伝統宗教リーダー会議の事務局副議長で、カザフスタンのエルジャン・アシュクバエフ第一外務次官だった。

開会に当たり、カザフスタンのエルラン・カリン副大統領兼世界伝統宗教リーダー会議事務局長が演説し、出席者に謝意を表した。

カリン氏は、カザフスタンの憲法が掲げる基本的価値である団結、寛容、人間の尊重の重要性を強調し、「トカエフ大統領の指導の下、わが国が推進する平和外交の基盤となっているのは、まさにこれらの憲法上の価値観です」と述べた。

「人間の行いによって、陸と海の秩序が乱された」

Fatih Mehmet Karaca, Deputy President of Türkiye’s Presidency of Religious Affairs. Credit:Nokta Gazetesi
トルコ宗務庁の**ファティフ・メフメト・カラジャ副長官 出典:Nokta Gazetesi(トルコ)

トルコを代表して会合に出席した同国宗務庁のファティフ・メフメト・カラジャ副長官は、気候変動との闘いにおいて宗教が果たす役割について演説した。

カラジャ氏は、イスラム教の聖典クルアーン(コーラン)の一節を引用しながら、環境問題に対する人間の責任を強調した。

「クルアーンの『ルーム章』第41節には、『人間が自らの手で行ったことによって、陸にも海にも乱れが生じた。アッラーは、人々が正しい道に立ち返るよう、自らの行いの報いの一部を味わわせる』と記されています。また、『夜の旅章』第27節には、『浪費する者たちは悪魔の仲間であり、悪魔はその主に対して極めて恩知らずである』と説かれています」

カラジャ氏は、環境に対して一人ひとりが負う責任を強調し、「誰もが、次の世代にどのような世界を残すのかを真剣に考えなければなりません」と訴えた。

AIと気候危機に関する文書を採択

会合では、2025年に開催された第8回世界伝統宗教リーダー会議に関連する二つの共同文書、「気候変動との闘いにおける宗教の役割」と「宗教分野における人工知能の利用に関する倫理規範」が提示され、採択された。

カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領の提唱によって策定されたAIに関する文書は、宗教分野において、人工知能が道徳的な主体となることはできず、責任は常に人間が負うべきであり、技術を神聖視してはならないという原則を強調している。

この取り組みは、AIに宗教的権威を与えることを防ぐとともに、クルアーン、福音書、トーラー(モーセ五書)などの聖典が改変されたり、内容を歪められたりすることを防止する狙いがある。

会合では、こうした原則を実際の取り組みに反映させていくことが決定された。

難病を抱える子どもたちを守る共同イニシアチブ

2026年10月7日、カザフスタンの首都アスタナで開催された第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合で発言するエルラン・カリン副大統領(事務局長)。従来の外交を補完し、信頼醸成に貢献するスピリチュアル外交の重要性を強調した。|写真:会議広報担当

今回の事務局会合では、カザフスタンとバチカンの共同イニシアチブとして策定された「治癒不能な病気を抱える子どもの権利憲章」も紹介された。

この文書は、10月2日から3日にかけて開催されたカザフスタンとバチカンの合同コロキウムで合意されたものである。

憲章は、子どもの尊厳を守るとともに、包括的な医療、心理的支援、精神的・宗教的なケアを提供し、家族が治療や支援の過程に参加できるようにすることを目指している。また、子どもと家族の宗教的なニーズにも十分な配慮を払うことを重視している。

会合は、事務局会合の議事録の承認に続き、カリン副大統領による閉会の挨拶と参加者全員による記念撮影をもって終了した。

世界各国から宗教指導者や国際機関の代表が参加

今回の事務局会合には、国際的に著名な宗教指導者や関係機関の高官が多数出席した。

主な参加者は以下のとおり。

  • サウジアラビア: ムスリム世界連盟のアブドゥルラフマン・アブドゥッラー・アルザイド事務次長(組織広報担当)
  • バチカン: 教皇庁諸宗教対話省のロラン・バサネー部長
  • アラブ首長国連邦(UAE): ムスリム長老評議会のムハンマド・アブドゥッサラーム事務総長、寛容・共生省のアフラ・アルサブリ局長
  • エジプト: アル・アズハルの最高指導者の首席補佐官を務めるアブドゥルラフマン・ムーサ大使
  • 中国: 中国仏教協会のチウ・シュアン副会長
  • アゼルバイジャン: コーカサス・ムスリム宗務局長のアッラーフシュクル・パシャザデ師(シェイフルイスラーム)
  • 米国: 国連文明の同盟(UNAOC)のニハル・サアド局長
  • ロシア: モスクワ総主教庁対外教会関係局のイーゴリ・ヴィジャノフ副局長(首席司祭)

今回の会合は、世界の主要な宗教・宗派の代表者や国際機関の関係者が一堂に会し、人工知能の倫理的利用、気候変動への対応、そして病気を抱える子どもたちの尊厳と権利の保護という共通課題について、具体的な協力を進める機会となった。


エネス・クルチ(Enes Kılıç)Haber7.com ニュース編集者:Haber7.comは、トルコ最大の都市イスタンブールに本社を置く、トルコ語のオンライン・ニュースポータルである。運営会社はNokta Elektronik Medya A.Ş.で、ゼネラルマネージャー兼編集長はオスマン・アテシリ(Osman Ateşli)氏が務める。テレビ局「Kanal 7」、ラジオ局「Radyo 7」、ニュース専門局「Ülke TV」と同じメディアグループに属し、国内政治、経済、国際ニュース、スポーツ、地方ニュースなど幅広い分野を速報中心に配信している。2025年9月には、トルコ・マラティヤで開催された第4回「ホシュハンル黄金のアンズ賞」で「年間最優秀ニュースサイト賞」を受賞した。INPS JapanはHaber7.comのコラムニスト、ミュルセル・ギュンドードゥ記者(左から二番目)をはじめ世界10数か国から参加した国際記者団とともに、「AI & Digital Bridge 2026」及び「世界伝統宗教リーダー会議第24回事務局会合」を取材した。

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宗教や文化の違いを超えて対話の架け橋を築いてきたカザフスタン。アスタナに集まった宗教リーダーや国際機関の関係者たちは今、その対話を具体的な行動と成果につなげる必要性を強調している。

【アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

Erlan Karin, Vice President of Kazakhstan and Head of the Secretariat of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions, addresses the 24th Secretariat meeting at the Palace of Peace and Reconciliation in Astana on October 7, 2026. He emphasized the role of spiritual diplomacy in building trust and complementing conventional diplomatic efforts. | Photo: Congress Press Service
2026年10月7日、カザフスタンの首都アスタナで開催された第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合で発言するエルラン・カリン副大統領(事務局長)。従来の外交を補完し、信頼醸成に貢献するスピリチュアル外交の重要性を強調した。|写真:会議広報担当

戦争や政治的不信、価値観の対立によって世界の分断が深まるなか、カザフスタンは20年以上にわたり、独自の外交的取り組みを続けてきた。異なる宗教の代表者たちが対話を継続できる場を維持することである。今週アスタナで開かれた会合で、エルラン・カリン副大統領は、そうした対話を続けるだけでは、もはや十分ではないことを明確にした。|英語版|タイ語|

「スピリチュアル外交は、特別な役割を果たすことができます。政治的な交渉に取って代わるものではありませんが、それを補完し、外交対話が困難な状況でも意思疎通の経路を維持することができるのです。」とカリン副大統領は参加者に語った。

この発言があったのは、10月7日に「平和と和解の宮殿」で開催された第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合でのことだった。

公式参加者名簿には、宗教共同体、国際機関、カザフスタン政府機関などから計38人が記載されており、会議の宗教的・地理的な多様性を示していた。

この会議は、2003年にカザフスタンの初代大統領ヌルスルタン・ナザルバエフ氏の提唱によって創設された。第1回会議には、13か国から17の代表団が集まった。

以来、3年ごとに主要な大会を開催するとともに、事務局を通じて継続的な交流を維持する国際的な枠組みへと発展してきた。

2022年の第7回会議には、ローマ教皇フランシスコとイスラム教スンニ派の最高学府アズハルのアフマド・アルタイーブ総長が参加した。2025年9月の第8回会議では、宗教界や国際機関の代表者らが集い、「アスタナ平和宣言」を採択した。

Kazakhstan’s Legacy of Interfaith Dialogue. This illustration traces the Congress of Leaders of World and Traditional Religions from its founding in 2003 under President Nursultan Nazarbayev to the historic 2022 gathering attended by Pope Francis and Al-Azhar’s Grand Imam Ahmed Al-Tayeb, and the adoption of the Astana Peace Declaration in 2025 under President Kassym-Jomart Tokayev. Together, these milestones reflect Kazakhstan’s enduring efforts to promote interfaith dialogue, mutual understanding and global peace. | Image: AI-generated illustration/INPS Japan
カザフスタンが築いてきた宗教間対話の歩み。 このイラストは、初代大統領ヌルスルタン・ナザルバエフ氏の主導による2003年の「世界伝統宗教リーダー会議」の創設から、ローマ教皇フランシスコとイスラム教スンニ派の最高学府アズハルのアフマド・アルタイーブ総長が参加した2022年の歴史的な会議、そしてカシムジョマルト・トカエフ大統領の下で2025年に採択された「アスタナ平和宣言」に至るまでの歩みを描いている。これらの節目は、宗教間対話、相互理解、世界平和の促進に向けてカザフスタンが積み重ねてきた継続的な取り組みを象徴している。|画像:AI生成イラスト/INPS Japan

ロシアと中国に挟まれ、複数の大国との関係を重視する外交政策を進めるカザフスタンにとって、この会議は、政治的な利害が必ずしも一致しない政府、宗教、文明が出会う場を提供するという、同国の幅広い外交姿勢を体現する取り組みの一つとなっている。

しかし、参加者たちは今、こうした交流が会議場の外の現実にどのような影響を及ぼし得るのか、という問いを強く意識するようになっている。

Father Laurent Basanese of the Holy See’s Dicastery for Interreligious Dialogue addresses the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions in Astana on October 7, 2026. He emphasized the Vatican’s longstanding commitment to the initiative and the importance of translating interfaith declarations into sustained cooperation. | Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
ローマ教皇庁宗教間対話省のロラン・バサネーゼ神父。写真:浅霧勝浩/INPS Japan.

会議が終わっても続く対話

ローマ教皇庁宗教間対話省を代表して出席したロラン・バサネーゼ神父は、バチカンが2003年の創設以来、この取り組みを支援してきたことを振り返った。

同神父は、2022年の教皇フランシスコの参加に言及するとともに、宣言を採択した後も取り組みを続けることの重要性を強調した。

宣言が信頼に値するものとなるかどうかは、最終的には、それに賛同した人々が採択後も協力を続ける意思を持っているかにかかっているという。

Mohamed Abdelsalam, Secretary-General of the Muslim Council of Elders, addresses the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions in Astana on October 7, 2026. He emphasized the need to translate interfaith declarations into concrete action for peace and human fraternity. | Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
イスラム長老評議会のムハンマド・アブデルサラム事務総長。宗教間対話の宣言を、平和と人類の友愛に向けた具体的な行動へと結びつける必要性を強調した。|写真:浅霧勝浩/INPS Japan

同様の問題意識は、イスラム長老評議会のムハンマド・アブデルサラム事務総長からも示された。実行に移されない原則は、結局、紙の上の言葉にとどまってしまう危険があると警告したのである。

「実行されない宣言は、その機能を失ってしまいます」と同事務総長は述べた。これは会議の議事録に記録されている発言である。

対話の継続と具体的な協力の重要性は、国連側からも強調された。

国連文明の同盟(UNAOC)のニハル・サード・ディレクターは、文化や宗教の違いを超えた協力を促進するため、カザフスタンが長年にわたり取り組んできたことに謝意を表明した。

サード氏は、気候変動への対応や人工知能(AI)がもたらす倫理的課題に宗教指導者が果たし得る役割を指摘した。政府や技術専門家による取り組みに加え、地域社会に働きかける宗教共同体の影響力を生かすことができるという。

AIについてサード氏は、倫理を「後から付け加えるのではなく、AIシステムの設計段階から組み込む」ことが必要だと強調した。

Nihal Saad, director of the United Nations Alliance of Civilizations. Photo credit: The Astana Times.
国連文明の同盟(UNAOC)のニハル・サード・ディレクター。|写真提供:The Astana Times

この発言は、急速に進む技術革新をいかに人間の価値観に基づく責任あるものにするかという国際的な議論の中に、世界伝統宗教リーダー会議の取り組みを位置づけるものだった。

理念を具体的な取り組みへ

宗教間対話により実践的な役割を持たせようとするカザフスタンの最新の取り組みは、今回の会合で採択された2つの文書に結実した。一つは、気候変動への対応における宗教の役割を示した文書。もう一つは、宗教的な場面でのAI利用に関する11の倫理原則を定めた文書である。

いずれも、2025年の世界伝統宗教リーダー会議でカシムジョマルト・トカエフ大統領が提唱した構想を具体化したものだ。

国際宗教間・宗派間対話センターのグルサナ・コジャバイ理事長は、気候変動に関する文書が、宗教関係者、外交官、専門家ら26人の協力を得て策定されたことを説明した。

この文書には、カザフスタンの文化的遺産に根ざす「アマナト(Amanat)」という考え方が取り入れられている。それは、ある世代が託されたものを守り、次の世代へ責任を持って引き継ぐという倫理観である。

一方、宗教関係者、研究者、技術専門家ら24人による宗教間委員会で内容が練り上げられたAI倫理規範は、人間の尊厳、信教・良心の自由、宗教に関する個人情報の保護、アルゴリズムによる心理的操作の危険などを扱っている。

策定作業には、日本の神道関係者や中国の道教指導者をはじめ、中央アジアをはるかに超える地域のさまざまな宗教的伝統の代表者が参加した。

今回の会合では、これとは異なる形の協力も取り上げられた。

Yerzhan Ashikbayev, Kazakhstan’s First Deputy Minister of Foreign Affairs, addresses the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions in Astana on October 7, 2026. He presented a joint Kazakhstan–Holy See initiative to protect the rights and dignity of children with incurable diseases. | Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
2026年10月7日、カザフスタンの首都アスタナで開催された第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合で発言するイェルジャン・アシクバエフ外務第一次官。カザフスタンとローマ教皇庁が共同で進める、治癒困難な病気を抱える子どもの権利と尊厳を守るためのイニシアティブを紹介した。|写真:浅霧勝浩/INPS Japan

カザフスタンのイェルジャン・アシクバエフ外務第一次官は、ローマ教皇庁との共同イニシアティブとして、治癒困難な病気を抱える子どもの権利と尊厳を守るための憲章を紹介した。

カザフスタンと教皇庁は、10月2日から3日にかけてアスタナで開かれた別の会合で、この憲章の文案について合意していた。今回の事務局会合では、その国際的な推進に向けた今後の取り組みが支持された。

「医学の力が限界に達しても、私たち人間の責任がそこで終わるわけではありません」とアシクバエフ外務第一次官は発表原稿の中で述べている。

憲章は、緩和ケア、苦痛の軽減、保護者の意思決定への参加、子どもと家族への支援を重視している。

医療や生命倫理の専門的な知見も取り入れた憲章の策定は、宗教間で築かれた関係が、人道分野での協力へと発展し得ることを示している。

スピリチュアル外交の次なる課題

もっとも、こうした取り組みによって、国際協力を阻む政治的な困難が解消されるわけではない。

採択された2つの倫理文書はいずれも勧告的な性格を持ち、法的拘束力はない。その影響力は、宗教団体、政府、技術企業などが提言を実際の行動に移すかどうかにかかっている。|英語版|

こうした取り組みの背景には、中央アジアが直面する安全保障上の課題もある。アフガニスタン情勢が周辺地域の安定に影響を及ぼすなか、カザフスタンは国連との協力を通じて、テロ対策や暴力的過激主義の防止に取り組んできた。

安全保障と宗教的多様性の尊重という課題に向き合いながら、異なる宗教の指導者たちが対話を続けられる国際的な枠組みを20年以上にわたって維持してきたことは、カザフスタン外交の重要な特徴の一つである。

The pyramid-shaped Palace of Peace and Reconciliation in Astana, Kazakhstan, hosted the 24th Secretariat meeting of the Congress of Leaders of World and Traditional Religions on October 7, 2026. The landmark symbolizes Kazakhstan’s longstanding commitment to promoting interfaith dialogue, mutual understanding and global peace. | Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
カザフスタンの首都アスタナにあるピラミッド形の「平和と和解の宮殿」。2026年10月7日、第24回「世界伝統宗教リーダー会議」事務局会合が開催された。宗教間対話、相互理解、世界平和の促進に向けたカザフスタンの長年の取り組みを象徴する建築物である。|写真:浅霧勝浩/INPS Japan

会合の閉幕に際し、カリン副大統領は、宗教指導者間の協力を強化し、スピリチュアル外交により実践的な国際的役割を持たせることを目指す「平和のためのグローバル運動」構想について、作業を進めるよう呼びかけた。

構想案と段階的な実施計画は、2028年の第9回世界伝統宗教リーダー会議に先立ち、2027年に検討される予定である。

ただし、これはまだ提案段階にあり、確立された平和構築の仕組みではない。それでも、この構想はカザフスタンの取り組みが重要な転換点を迎えていることを示している。

異なる宗教の指導者たちが、立場の違いを超えて一堂に会することができると示す段階から、共に何を成し遂げられるのかを問う段階へと移ろうとしているのである。

23年にわたり、カザフスタンは対話を継続する力を示してきた。これから問われるのは、その対話がアスタナの外の世界を変える力となり得るかどうかである。(SDGs for All)(Inter Press Service)

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

SDGs for All
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中東は核をめぐる膠着状態を打開できるか

中東条約機構(METO)が提示する、イスラエル人とイラン人による既成概念にとらわれない「大量破壊兵器のない中東」構想

【パリ/エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

核兵器、化学兵器、生物兵器のない中東を実現するという構想は、何十年にもわたり、この地域で最も困難な外交課題の一つであり続けてきた。|英語版|アラビア語|ロシア語|トルコ語|

市民社会のイニシアチブとして始まり、正式に登録された組織へと発展した中東条約機構(Middle East Treaty Organization=METO)は、いま、この構想を実際に機能し得る交渉の枠組みへと具体化しようとしている。

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

METOが掲げる目標は、あらゆる大量破壊兵器のない中東を実現し、その先に地域の安全保障と平和を築くことである。同組織は、核・化学・生物兵器を包括的に対象とする条約草案を策定し、改訂を重ねてきた。それは完成された協定として各国政府に採択を求めるものではなく、政府間交渉の青写真となり得るものとして提示されている。

METOの設立に携わった中心人物の中には、イスラエルの平和・軍縮活動家シャロン・ドレフと、イラン出身の紛争解決専門家エマド・キヤエイがいる。ドレフは2007年以来、イスラエルで核軍縮に取り組み、METOの創設者兼事務局長を務めている。キヤエイは同組織の理事の一人で、長年にわたり外交、紛争解決、イラン核問題に携わってきた。

二人の歩みは、より根本的な問いへの答えを探る試みでもある。

中東で最も危険な対立をめぐって敵対する立場に置かれてきたイスラエル人とイラン人が、まさに両国を対立させてきたその問題について協力することは可能なのだろうか。

「私たちは時限爆弾の上に座っている」

Sharon Dolev
Sharon Dolev

ドレフにとって、核問題は彼女が活動を始めるはるか以前から身近な存在だった。

彼女が育ったのは、ディモナからそれほど遠くないイスラエル南部の都市アラドだった。そこでは、イスラエルが核兵器を保有しているとの認識が広く共有されながら、それについて公然と語られることはほとんどなかった。

「私はその秘密とともに育ちました。」と彼女は振り返る。

「考えない。語らない。それが当たり前でした。」

2007年、ドレフはグリーンピース・インターナショナルで核軍縮に取り組み始めた。その後、同団体が世界規模の核軍縮キャンペーンを終了すると、彼女は独自に活動を続けることを決意した。

活動を重ねるにつれ、核軍縮は地域の安全保障と切り離して考えることはできないとの確信を深めていった。

「たとえ多くのイスラエル人に、核兵器のない世界を望んでもらうことができたとしても、地域全体の解決策がないまま核兵器を手放しても安全だとイスラエル人に信じてもらうことはできません。」

ドレフにとって、問題は宣言が不足していることではなかった。アラブ諸国、イラン、イスラエルはいずれも、それぞれ異なる形で「大量破壊兵器のない中東」という構想に言及してきた。

欠けていたのは、各国が実際に参加できるようにする具体的なモデルだったと、彼女は考えた。

そして彼女は単純な結論にたどり着いた。

「なぜそのような地帯は実現不可能なのか。」を延々と論じ続けるのではなく、誰かが実際にその仕組みを設計してみなければならない、と。

イランからの視点

キヤエイがこの問題に取り組むようになった経緯は、ドレフとは大きく異なっていた。

イラン出身で、紛争解決、国際関係、外交に携わってきた彼は、長年にわたりイランと欧米諸国との核をめぐる対立を追ってきた。

彼にとって核問題は、イランと米国の間のより大きな意思疎通の失敗、さらには中東地域全体の外交的枠組みの欠如という問題の一部だった。

Emad Kiyaei
Emad Kiyaei

「選択肢の一つは戦争です。もう一つは外交です。」とキヤエイは語る。

「では、外交的なアプローチを取りながら、それを技術的に確かで、なおかつ政治的にも実行可能な解決策によって支えるには、どうすればよいのか。」

彼は仕事を通じて、核物理学者、技術者、政策立案者、外交官らと接するようになった。そして、包括的な国際監視の下で、イランの核計画が平和目的にとどまっていることを立証できる仕組みの構築に関わった。

その経験から、同じ論理はイラン一国を超えて応用できるのではないかと考えるようになった。

国際的な仕組みによって一国の核活動が平和目的に限定されていることを検証できるのであれば、なぜすべての国を対象とする地域的な制度を構築できないのか。

やがて、その問いはさらに大きなものへと発展した。

中東全域を、核不拡散、検証、軍縮に関する共通の制度の下に置いたら、何が起こるのか。

イスラエル人とイラン人

ドレフとキヤエイが初めて出会ったのは国連だった。

キヤエイは、核兵器について公然と語っているイスラエル人がいると耳にした。最初の反応は信じ難いというものだった。

「イスラエル人が核兵器について語るとは、なんという大胆さだと思いました。」

彼は反論するつもりで、ドレフの話を聞きに行った。

ところが実際に耳を傾けてみると、二人が主張していることの多くは驚くほど共通していた。

やがて二人の関係は、正式な会合で顔を合わせるだけのものではなくなった。

ある時期、ドレフは深刻な個人的危機に直面していた。長い闘病の末に父親を亡くし、その直後にはパートナーも彼女のもとを去った。それでも彼女は国連に赴き、条約草案について説明を続けていた。

様子がおかしいことに気付いたキヤエイは、二人だけで話そうと持ちかけた。

結局、その時二人が語り合ったのは、イランでもイスラエルでも核兵器でもなかった。家族やそれぞれの人生についてだった。

ドレフは後に、その出会いを、二人が「きょうだいのような関係になった」瞬間だったと表現している。

キヤエイにとって、この人間的なつながりはMETOの理念の中心となった。

「イスラエル人、イラン人、アラブ人、パレスチナ人、その他どんな人たちであっても、一緒にこの未来をつくることなど本当に可能なのか、とよく聞かれます。私たちは、もちろん可能だと答えます。」

彼によれば、出発点は、国籍や政治的アイデンティティー、歴史的対立を見る前に、まず相手を一人の人間として見ることである。

「不可能」から条約草案へ

ドレフが最初の草案づくりに取り掛かった時、外交官や専門家から何度も「そのような条約は実現できない」と言われたという。

核・化学・生物兵器のすべてを対象とする既存の地域的なモデルはなかった。しかも対象となる国々は深刻に対立しており、その多くは正常な外交関係すら持っていなかった。

「ですから、最初の草案を書いた時でさえ、うまくいくとは思っていませんでした。」とドレフは振り返る。

当初の目的は、どこに技術的な障害があるのかを洗い出し、それを相互不信という政治的問題から切り分けることだった。

しかし、その草案は次第に中東各国の外務省の間を回るようになった。

ドレフによれば、その反応は活動家たちを驚かせた。草案は単なる非現実的な理想論として退けられるのではなく、外交官たちが批判し、修正し、交渉することのできる文書として扱われるようになったのである。

それこそが、まさに狙いだった。

草案はその後、複数回の改訂を重ねた。METO自身、この文書を、各国政府がそのまま採択することを期待する完成済みの条約ではなく、専門家や外交官との協議を通じて変化し続ける「生きた文書」と位置付けている。

「私たちがしなければならなかったのは、各国が『実現したい』と言っていることを、本当に実現したいのだと仮定することだけでした」とドレフは語る。

問いが「そんなことは可能なのか」から「どうすれば実現できるのか」へと変わった時、議論そのものも変わり始めた。

本当の目的は軍縮よりも大きい

METOにとって、大量破壊兵器のない地域を実現すること自体が、プロセスの最終目的ではない。

核・化学・生物兵器をめぐる交渉は、利害が大きく異なる国々を同じテーブルにつかせることのできる数少ないテーマの一つだと同組織は考えている。

そして、その交渉のプロセスそのものが、意思疎通を生み、信頼を育て、協力の習慣を築くことにつながる。

「何より重要なのは、そのプロセスです。そこから信頼が生まれ、橋が架けられるからです。」とキヤエイは語る。

だからこそ、METOの活動は条約草案の作成だけにとどまらない。

外交、教育、市民への啓発、研究、他の市民社会組織との協力など、多岐にわたっている。

その先にある構想は極めて野心的だ。

地域協力が例外ではなく、ごく当たり前のものとなる中東である。

「徹底して『愛』の側に立たなければならない」

近年続く戦争によっても、ドレフとキヤエイがこのアプローチを諦めることはなかった。

むしろ逆だった。

二人は、暴力によって軍事的解決には限界があることが明らかになった一方、社会同士の信頼を築くことはこれまで以上に困難になったと指摘する。

そこには一つの逆説がある。

地域協力が最も困難になったまさにその時、地域協力の必要性は一層高まっているのである。

「私たちは反対側の極端にまで行かなければなりません」とキヤエイは語る。

「暴力や破壊、戦争を唱える過激派がいるのなら、私たちはもう一方の極端にまで行く必要があります。」

彼が意味するのは、思いやり、対話、そして一国の政府の行動を、その国のすべての人々と同一視することを意識的に拒む姿勢である。

「敵を憎む方が、私にとってはずっと簡単です。」と彼は言う。

「だからこそ、私たちはそれと闘わなければならないのです。」

地域が憎悪に深く沈めば沈むほど、人々はそれに抗う努力を、より意識的に続けなければならないと彼は考えている。

戦争によって、この構想の必要性は高まったのか

ドレフの答えは単純ではない。

イエスでもあり、ノーでもある。

地域的な安全保障メカニズムの必要性は以前より明白になった。しかし同時に、相互不信の深刻さも一段と明らかになっている。

軍事衝突は外交の必要性をより強く認識させる一方で、外交そのものを一層困難にする可能性がある。

一方、ドレフは、繰り返される攻撃が軍事力の根本的な限界も示したと考えている。

「イランの核計画は軍事力では止められないことが明らかになったのです。」

それによって、従来は政治的に非現実的だと思われていた別の選択肢を検討する余地が生まれていると、彼女は見る。

キヤエイはさらに踏み込む。

10月7日以降の出来事から得られる教訓の一つは、一国の安全保障を、近隣諸国が恒久的に不安定な状態に置かれることの上に築くことは、最終的にはできないということだと語る。

「軍事力では平和を実現できないということです。……私たちには別の道が必要です。暴力を超えた道です。」

中東の紛争は、もはや単純な二国間対立ではない。

イラン、イスラエル、米国、あるいはその他の国々が関わる戦争は、たちまち中東全域に影響を及ぼす。

だからこそ、地域的な安全保障の枠組みは、これまで以上に重要になっているとキヤエイは考えている。

イスラエルを交渉のテーブルへ

METOにとって最大の難題は、依然としてイスラエルの参加である。

しかしドレフによれば、「大量破壊兵器のない中東」をめぐる外交の言葉遣いは変わりつつある。

単にイスラエルに一方的な措置を要求するのではなく、その安全保障上の懸念にも対応しながら、将来的にイスラエル自身が参加できる制度をどのように設計するかという方向へ、議論を進めることができる。

「最大の変化は、まだ私たちの政府から生まれたものではありません。」と彼女は語る。

「最大の変化をもたらしたのは外交官たちです」

いま重要なのは、イスラエルに単に「参加すべきだ」と迫ることではない。

イスラエルが現実的に参加することのできる枠組みをつくることである。

ドレフにとって、それは、この地域的なプロセスがイスラエルの安全保障に対する脅威なのではなく、長期的な安全保障体制の一部となり得ることを、イスラエルの政策決定者に理解してもらうことを意味する。

エルサレムからテヘランへ続く道

METOが最終的に描く未来は、核兵器の問題をはるかに超えている。

キヤエイが思い描くのは、現在の国境や政治的対立が、人々の移動や貿易、協力を妨げることのない地域である。

ドレフにも似たイメージがある。

中東を横断する列車に乗り、エルサレムで朝食をとり、ダマスカスかベイルートで昼食をとり、テヘランで夕食をとる。

そんな未来である。

ユートピアのように聞こえる。

しかし二人は、そうではないと言う。

かつてヨーロッパも、同じように終わりのない戦争の連鎖に閉じ込められているように見えたと、二人は指摘する。

欧州連合(EU)が誕生したのは、何世紀にもわたる対立が突然消え去ったからではない。

政治指導者たちが、戦争の連鎖を再び繰り返しにくくするための制度を構築したからである。

「私たちも、それほど違うわけではありません」とキヤエイは語る。

「私たちにもできるのです。」

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World
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