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ローマ宣言2026―AIの主導権を人類の手に取り戻すために

核の脅威に立ち向かう「団結した人類」

【ローマINPS Napan/London Post=浅霧勝浩/ラザ・サイード

ノーベル賞受賞者、科学者、宗教指導者、元国家元首、人工知能(AI)の研究者、企業関係者、市民社会の代表らが7月16日、ローマ市庁舎(カンピドーリオ広場)のパラッツォ・セナトーリオ内「ユリウス・カエサルの間」に集い、「人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコルおよび新たなデジタル発展モデルの時代における、武装なき平和と軍縮のためのローマ宣言(Rome Declaration for an Unarmed and Disarming Peace)」に署名した。|英語版

宣言は、人工知能、核兵器、自律型兵器システム、そして急速に発展するデジタル技術が相互に結びつく現代において、人類の生存に関わる最終的な意思決定は、常に人間の責任の下に置かれなければならないと強く訴えている。

Presidente da República, Luiz Inácio Lula da Silva, durante audiência com Sua Santidade o Papa Leão XIV. Biblioteca do Palácio Apostólico, Vaticano.Foto: Ricardo Stuckert / PR

宣言は、その核心を次の一文で表現している。「AIと核兵器という次なる軍拡競争が21世紀を規定してしまう前に、私たちはその軍拡競争そのものを止めなければならない。」

この宣言は、7月14日から16日にかけてローマ郊外カステル・ガンドルフォの教皇別荘内「ボルゴ・ラウダート・シ」で開催された「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議の成果として採択された。

会議には、世界各国の研究機関、国際機関、市民社会などから200人を超える参加者が集結。バチカンの主催の下、教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス(Magnifica Humanitas)』が掲げる「宗教を超えて共有される人類共通の価値」と「武装なき、そして軍縮を志向する平和」の理念を具体化する試みとして開催された。

「生と死を決めるのは人間でなければならない」

署名式では、登壇者が相次いでAIと核兵器がもたらす危機について警鐘を鳴らした。

ローマ教区代理のバルダッサーレ・レイナ枢機卿は、「「いかなる機械も、アルゴリズムも、自律型システムも、人類の存続に関わる決定を下してはならない。」と述べ、「生と死、平和と戦争、そして民族の未来に関する判断は、責任ある人間による完全かつ実質的な統制の下に置かれ続けなければならない。」と強調した。

Sharon Stone Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

平和大使として出席した俳優シャロン・ストーン氏は、「人間の尊厳はアルゴリズムではない。」と語り、テクノロジーが決して人間の価値そのものを代替できないことを訴えた。

また、ローマ市長ロベルト・グアルティエーリ氏は、開催都市を代表して歓迎の辞を述べた。

こうした人間中心の考え方は、会議に参加した創価学会渉外局長の長岡良幸氏が強調した宗教的・倫理的視点とも重なる。

長岡氏は、宗教者による作業部会と宗教間対話に参加した。異なる宗教的伝統を代表する参加者たちが2日間にわたって議論した結果、「人間の尊厳」こそ、あらゆる信仰の伝統が共有し、大切にできる普遍的価値であるとの全会一致の認識に至ったという。

「核兵器や自律型兵器の廃絶を求める声を広げるためには、宗教共同体が団結する必要があります。人間の尊厳を守ることが、そのための重要な鍵です」と長岡氏は語った。

核兵器の根底にある「人間への無感覚」

Edited by Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

宣言は、各国政府、企業、国際機関に対し、最先端AIの開発競争を減速させ、核兵器の増強を停止するとともに、検証可能かつ不可逆的な核兵器廃絶に向けた交渉を進めるよう求めている。

ノーベル物理学賞受賞者のデービッド・グロス教授は、世界は30年前よりも危険な軍拡競争のただ中にあると警告した。軍備管理条約の崩壊と核保有国の増加に懸念を示し、戦争と核による破局の危険を減らす政策への転換を訴えた。

長岡氏は、核兵器の廃絶は「人類にとって当然の責務である」と明言した。

「仏教者として、核兵器の根底には、人間性に対する極端な無感覚と、人類に対する重大な無責任さがあると考えています」

創価学会は国際機関や市民社会の諸団体と連携し、核兵器禁止条約(TPNW)の普遍化を一層推進していく方針だという。最終的な目標は核兵器の完全廃絶であり、その確信と決意は変わらないと長岡氏は語った。

同時に、自律型兵器をはじめとする新技術にも、核兵器と共通する倫理的・道徳的問題があると指摘した。創価学会では、こうした新技術や新兵器に関する新たな声明の準備を進めており、同じ問題意識を持つ人々に連帯を呼びかける国際的なアピールを検討しているという。

「無痛文明」が他者の苦しみを見えなくする

AIは、医療、教育、環境保全、科学研究などに大きな恩恵をもたらす可能性を秘めている。その一方で、軍拡競争を加速させ、偽情報を拡散し、戦争における責任の所在を曖昧にし、人間による重要な意思決定を弱める危険性も抱えている。

長岡氏は、人間が科学技術を発展させてきた本来の動機は、苦痛を軽減し、時間のかかる労働を減らし、生活をより快適にすることにあったと説明する。

しかし、苦痛を取り除くことだけを追求する文明には、見過ごしてはならない罠があるという。「文明が、いわゆる『無痛文明』へと向かい、自らの痛みを避けることばかりを求めるようになると、人間は他者の痛みに対しても鈍感になりかねません。その結果、人々は孤立し、人類の分断が深まっていきます。」

長岡氏は、他者の苦しみに対する感受性の喪失こそが、AI兵器や核兵器を生み出す根本的な問題につながると指摘した。

ローマ宣言は、技術革新そのものを否定しているのではない。技術の発展は、人間の尊厳と倫理的責任によって導かれなければならないと主張しているのである。

技術は人間の苦しみを軽減するために使われるべきであり、人々を分断し、破壊する手段となってはならない。

AIと核兵器は切り離せない

今回の会議の最大の特徴は、これまで別々の政策分野として論じられてきたAIと核兵器を、一つの倫理的・安全保障上の問題として捉えた点にある。

Father Andrea Ciucci of the Pontifical Academy for Life observed that human ingenuity can create masterpieces or cause devastation, and that AI and nuclear technology are no exceptions. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Father Andrea Ciucci of the Pontifical Academy for Life observed that human ingenuity can create masterpieces or cause devastation, and that AI and nuclear technology are no exceptions. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

両者は、人類の生存を左右する最終的な決定を誰が担うのかという、同じ根源的な問いを突き付けている。

宗教指導者、物理学者、AI研究者、安全保障の専門家、政策立案者が同じ場で議論を交わしたこと自体が、この問題の複雑さと緊急性を物語っていた。

教皇庁生命アカデミーのアンドレア・チウッチ神父は、人間の創造力は傑作を生み出すことも、破壊をもたらすこともでき、AIと核技術もその例外ではないと述べた。

シルヴァーノ・マリア・トマシ枢機卿とノーベル平和賞受賞者のマリア・レッサ氏は、急速な技術革新と地政学的不安定化が進む時代には、倫理的な羅針盤が不可欠であると訴えた。

シカゴ大学のダニエル・ホルツ教授は、世界が前例のない危険に直面していることを認めつつも、各国が対立ではなく協力を選ぶならば、世界をより安全にするための現実的な手段は残されていると述べた。

Press Conference。Credit: Katsuhiro Asagiri
Press Conference at Campidoglio, Rome. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

教育の本質は想像力

Credit: Simone Giara per Senzatomica

長岡氏は、核の危険に直面する若い世代へのメッセージとして、広島の被爆者から聞いた「平和教育の究極の本質は想像力である。」という言葉を紹介した。想像力とは、単に頭の中で出来事を思い描く能力ではない。他者の痛みを自分自身の痛みとして感じ取る感受性であるという。

「他者の苦しみを、どのように自分自身の苦しみとして受け止めることができるのか。その過程は教育にかかっています」

長岡氏の語る教育は、学校教育だけを意味しない。教えること以上に、互いに学び合うことが重要だと強調する。情報を伝える側と受け取る側が、互いに理解を深め、思想や哲学を育んでいく。その相互学習の過程こそが、平和を創造する教育の価値であるという。

会議では、イタリアの若者たちが主導する核兵器廃絶運動「センツァトミカ」の活動も紹介された。長岡氏は、若い世代が始めたこの取り組みを国際的に広げていきたいと語った。

「同じ懸念を共有し、核兵器やAI兵器の根底にある人類共通の病理への理解を深めることによって、人類の団結は広がります。その『団結した人類』こそが、核兵器の脅威に対する最強の武器なのです。」

国家だけでなく企業にも責任

ローマ宣言は、政府だけでなく企業にも責任ある行動を求めている。

現在、最先端AIの研究開発の多くは、多国籍テクノロジー企業によって進められている。実効性のあるAIガバナンスを実現するには、国家と民間企業の協力が不可欠である。

しかし、この宣言が直ちに国際政治の現実を変えるわけではない。

核保有国は依然として核戦力の近代化を進めている。AIの国際的な統治についても、国や地域によって異なる規制モデルが並立している。

宣言は高い倫理的原則を示しているものの、安全保障上の利益とAI開発の抑制をいかに両立させるかについては、具体的な制度設計が必要となる。各国に開発競争を抑制させるには、道徳的な訴えだけでなく、政治的、経済的、外交的な動機付けも求められる。

市民社会とメディアの役割

長岡氏は、核兵器廃絶に向けた機運を再び高めるうえで、メディアの役割は不可欠だと強調する。政治的、経済的な側面を報じるだけでなく、核兵器とAIが突き付ける道徳的・倫理的課題にも光を当てるべきだという。

「市民社会が一般の人々を励まし、その力をこのプロセスに結集していくうえで、メディアが果たせる役割は非常に大きいものです。」

市民社会もまた、教育と対話を通じて、人間の尊厳を守り、核兵器のない世界を実現する責任を担っている。歴史を振り返れば、多くの国際規範は、当初は道徳的な訴えとして始まり、やがて外交、条約、国際法へと発展してきた。

ローマ宣言も、直ちに世界の戦略的計算を変えるものではないかもしれない。しかし、AIと核兵器を、人間の尊厳、倫理、文明の未来という大きな枠組みの中で捉え直した意義は小さくない。

科学技術だけで、人類の未来を決めることはできない。倫理的責任を欠いた技術の進歩は、かつてない繁栄ではなく、かつてない危険をもたらす可能性がある。

人類の未来を誰が決めるのか

各国がAIへの投資を加速させる一方で、核兵器の近代化も進めている今、ローマから発せられた警告には、かつてない切迫感がある。

A conceptual illustration of a human rights-centred global development framework beyond 2030, envisioning the integration of sustainable development, social justice, labour rights, environmental stewardship, and international accountability under the United Nations human rights system. Illustration: INPS Japan
A conceptual illustration of a human rights-centred global development framework beyond 2030, envisioning the integration of sustainable development, social justice, labour rights, environmental stewardship, and international accountability under the United Nations human rights system. Illustration: INPS Japan

ローマ宣言が直ちに主要国の安全保障政策を変えることはないかもしれない。

しかし、この宣言は世界の指導者たちに、一つの避けて通れない問いを突き付けた。

アルゴリズムと自律型システムが社会を形づくる時代に、人類の未来を最終的に決定するのは誰なのか。

ローマ宣言の答えは明確である。

テクノロジーは人間の知恵を増幅するために存在すべきであり、人間に取って代わるために存在するのではない。

そして長岡氏が訴えたように、その原則を現実のものにする力は、政府や科学者だけにあるのではない。

宗教界、市民社会、メディア、教育者、そして若い世代が、人間の尊厳という共通の価値の下に結びつくこと。その「団結した人類」こそが、核兵器と人間の制御を離れたAIの脅威に立ち向かう、最も強力な力なのである。

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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人工知能と人類の未来―ノーベル賞受賞者らが求めるAIの国際的ガードレール

【イタリア・ボルゴ・ラウダート・シIPS=アリエル・F・デュモン

Ariel F. Dumont
Ariel F. Dumont


「すみません、デイブ。それはできません。」

スタンリー・キューブリック監督が1968年公開の映画『2001年宇宙の旅』でスーパーコンピューター「HAL9000」に語らせたこの一言は、人工知能(AI)が人間の制御を離れることへの恐怖を象徴する、映画史に残る名場面となった。|英語版

それから58年―その問いは、かつてないほど現実味を帯びている。

この問題を議論するため、世界各国から200人を超える政治指導者、科学者、宗教者、平和活動家らが、ローマ近郊カステル・ガンドルフォの教皇夏季離宮内にある「ボルゴ・ラウダート・シ」に集結した。現在、この地には教皇レオ14世が滞在している。

会議は「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議」が主催し、「国際安全保障の未来」「新興技術のガバナンス」「軍縮」、そして「平和の経済の構築」を主要テーマとして3日間にわたり開催された。

参加者には、イタリア元首相・欧州委員会元委員長のロマーノ・プローディ氏、2006年ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政権首席顧問のムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長で池田平和・教育・対話センター所長の長岡良幸氏、2021年ノーベル平和賞受賞者でフィリピン人ジャーナリストのマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナル事務総長アニエス・カラマール氏をはじめ、世界を代表する科学者や核問題の専門家が名を連ねた。

Borgo Laudato Si Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

開会式では、ローマ教皇庁・総合的人間開発省のファビオ・バッジョ次官があいさつし、会議全体を貫く理念を提示した。

「平和とは、単に戦争が存在しない状態ではありません。正義、相互信頼、法の支配への敬意、そしてすべての人間が持つ侵すことのできない尊厳の上に築かれる秩序なのです。」

議論を通じて浮かび上がった共通認識は明快だった。

AIの適切な規制は、平和、ひいては人類そのものの存続を守るために不可欠であるということだ。

AIはすでに軍事システムへ組み込まれ始めており、核拡散、サイバー戦争、高強度紛争のリスクを飛躍的に高め、国際秩序や倫理原則を揺るがしかねない。

登壇者の分析や立場はさまざまだったが、結論は一致していた。

AIそのものを恐れる必要はない。しかし、それはHAL9000のような存在になるまで放置してよいという意味では決してない。技術が制御不能になる前に、国際社会は適切な安全措置(ガードレール)を整備しなければならないという点で、ほぼ全員が一致したのである。

Filmed and Edited by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan
Karen Hallberg, Argentine physicist and president of the Pugwash Conferences on Science and World Affairs. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

この懸念を強く訴えた一人が、アルゼンチンの物理学者であり、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ氏だった。

彼女はAIを「核エネルギーと同じ『デュアルユース(軍民両用)技術』」と位置づける。

核分裂はエネルギーや医療分野に画期的な恩恵をもたらした一方で、核兵器も生み出した。同様にAIも、科学研究や医療、さらには国際的な合意履行の監視などに大きく貢献できる半面、核兵器システムへ組み込まれれば極めて危険な不確実性をもたらす可能性があると警告した。

特に、衛星画像の分析や軍事状況の評価、さらには核兵器の指揮・統制に関わる意思決定にアルゴリズムが介在することは、人類の未来を左右する取り返しのつかない判断につながりかねないと懸念を示した。

「私は恐れているのではありません。懸念しているのです。そして、その懸念こそが、手遅れになる前に行動を起こす決意につながらなければなりません。」

ホールバーグ氏は、技術の進歩が政治による規制を追い越す前に、「予防原則」を適用するよう各国政府に求めた。

一方、長岡氏も危機感を共有しながら、その視点はやや異なる。

Yoshiyuki Nagaoka, Executive Director of the Office of External Relations at Soka Gakkai and Executive Director of the Ikeda Center for Peace, Learning, and Dialogue. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Yoshiyuki Nagaoka, Executive Director of the Office of External Relations at Soka Gakkai and Executive Director of the Ikeda Center for Peace, Learning, and Dialogue. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

AIそのものが危険なのではなく、それをどう使うかは人間自身に委ねられているというのである。

「結局のところ、問題は人間そのものに帰着します。私たちは、より利己的になることも、より思いやり深くなることもできます。」

長岡氏は、とりわけデジタル技術に囲まれて育つ若い世代の責任を強調した。

デジタルツールが生活のあらゆる場面に浸透し、人と人とのつながりが希薄化する危険性が高まるなか、人類の課題はAIを拒絶することではなく、人間固有の判断力を失わずにAIを活用することだという。

「意思決定においては、良心と知恵を守り続けなければなりません。」

教育と批判的思考こそが、人間や社会の判断に大きな影響を及ぼし得るAIに対する最大の防波堤になると語った。

さらに長岡氏は、最近テレビで見たあるエピソードを紹介した。

「86歳の日本人女性が、重い病気の夫の延命治療を終了するかどうかという苦渋の決断に直面し、家族ではなくChatGPTに相談したという話を耳にしました。」

長岡氏は、この選択自体を非難するのではなく、人生の最も重大な局面で、人々が機械との対話を信頼するようになる新しい社会のあり方について考える必要があると指摘した。

こうした「人間の責任」をめぐる問題意識は、マリア・レッサ氏の発言とも響き合っていた。

レッサ氏は討論を通じ、AIが民主主義にもたらす危険性――偽情報の爆発的拡散、世論操作、そして巨大テクノロジー企業への権力集中―について繰り返し警鐘を鳴らした。

「AIは単なる技術革新の問題ではありません。民主主義そのものの機能に関わる問題なのです。」

Muhammad Yunus,  Nobel Peace Prize laureate and Chief Advisor to Bangladesh. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Muhammad Yunus,  Nobel Peace Prize laureate and Chief Advisor to Bangladesh. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

さらに、会議で最も根源的な問題提起を行ったのはムハマド・ユヌス氏だった。

同氏は議論を経済の問題へと広げ、現代資本主義におけるAIの利用そのものを、人間中心の視点から問い直した。

「最大の問題は、一部の仕事が失われることではありません。富の集中がますます進むことです。」

AIは、ごく少数の企業が技術、データ、富を独占する一方で、多くの人々を経済活動から排除する社会を加速させる危険性があると警告した。

「AIは、人々から生活の糧、尊厳、そして自立する力を奪いかねません。」

未来はAIが人間に取って代わる経済ではなく、すべての人が参加し、起業し、機会を分かち合える経済でなければならないと訴えた。

そして世界の政治指導者に向けて、「AIは権力集中のための道具ではなく、すべての人々に奉仕するための技術でなければならない」と強く呼びかけた。

では、この先、私たちは何を選ぶべきなのか。

3日間の議論を経て、一つだけ確かなことがある。

A visual interpretation of HAL 9000, the fictional supercomputer in Stanley Kubrick’s 2001: A Space Odyssey, symbolising fears that artificial intelligence could escape human control.Image: INPS Japan.
A visual interpretation of HAL 9000, the fictional supercomputer in Stanley Kubrick’s 2001: A Space Odyssey, symbolising fears that artificial intelligence could escape human control.Image: INPS Japan.

AIはすでに私たちの社会の一部となっており、もはや後戻りはできない。

人類はAIを過度に恐れる必要もなければ、「未来最大の敵」と見なす必要もない。

しかし、なお答えの出ていない根本的な問いが残されている。

誰がAIを管理するのか。どのようなルールに基づいて管理するのか。そして、それはどのような社会のために使われるのか。

HAL9000が誕生して半世紀余り。

真の脅威とは、機械が人間になることではないのかもしれない。

むしろ、人間自身が、自ら考え、判断し、その選択に責任を負うという、人間らしさの本質を少しずつ手放してしまうことなのかもしれない。

Image: Katsuhuiro Asagiri, INPS Japan

This article is brought to you by IPS NORAM in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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核時代からAI時代へ―人類は新たな平和の枠組みを築けるか

|視点|人間性を忘れるな(カレン・ホールバーグ教授パグウォッシュ会議事務総長)

核の「危機一髪」が示す、核抑止は平和の保証ではない

マナン・マンダラの市場と僧院

ネパール・マナン共同体の経済的成功と精神的実践が示す、新たな資本主義の可能性

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=プリスタ・ラタナプラック

毎年11月、ネパール・カトマンズに暮らすマナン(Manang)共同体の人々は、資金や物資、人手などの社会的・物的資源を持ち寄り、スワヤンブ寺院で約3週間に及ぶ断食修行「ンンネ(Ngungne)」を行う。|英語版

参加者は真言を唱え、五体投地を繰り返し、数珠を手に祈りを捧げながら断食を続ける。

この厳しい修行は、マナンの人々の深い信仰心と精神的実践への献身を象徴している。しかし、その運営方法や共同体全体による資源の投入に目を向けると、そこには資本主義についての従来の理解を覆すような、極めて興味深いもう一つの姿が見えてくる。

資本主義の歴史は、これまで主として西欧型資本主義や自由市場経済の視点から語られてきた。しかし、マナン共同体が精神的な信念と親族関係を基盤にしながら、資本を生み出し、蓄積し、再分配し、さらに次世代へ継承してきた営みは、資本主義そのものを考え直す新たな視点を私たちに提供している。

ネパールでは、マナン共同体は社会的・宗教的活動よりも、卓越した商業活動によって広く知られてきた。

彼らの交易の歴史は数百年前にまでさかのぼり、近代国家が成立する以前から続いている。その交易ネットワークは、ヒマラヤを挟む異なる生態圏の社会を結び付けるとともに、内陸地域と海上交易圏をつなぐ重要な役割を果たしてきた。

マナン商人たちは、アジア各地に存在した他の商人ディアスポラとともに、西欧列強が火器と巨大な資本を武器に進出してくるまで、アジア交易の根幹を支えていた。

その後、多くの伝統的商人共同体の交易網は衰退したが、マナン共同体は数少ない例外として繁栄を維持し続けてきた。

マナン共同体がネパール政府から国際貿易の特権を与えられていたことはよく知られている。しかし、彼らの社会を長年にわたって支えてきた内部の社会制度や文化的価値観については、これまで十分な研究が行われてこなかった。

しかも、こうした特権が失われた後も彼らの商業活動は拡大を続けている。その事実は、この共同体の社会構造そのものを社会学的に検証する必要性を示している。

私の著書『Market and Monastery(市場と僧院)』では、共同体内部における「パートナーシップ」という独特の文化的論理に焦点を当てている。

この考え方は、経済的利益の追求だけでなく、共同体全体の社会的・精神的な理想を実現するうえでも、人々の関係性を形づくってきた。

数百年にわたりマナン商人の広域交易は発展を続け、その過程で生み出された豊かな余剰資金は、地域社会や宗教活動のための数多くの事業を支えてきた。

彼らは共同体全体で宗教儀礼を営み、大規模な親族の集まりを開催し、学校や道路、診療所、宗教施設を建設してきた。また、恵まれない人々への支援に加え、近年ではネパール社会全体を対象とした人道支援活動にも積極的に取り組んでいる。

Nepali Times

自己利益

マナン共同体における人間関係を形づくってきた「パートナーシップの論理」は、一見すると、新古典派経済学が前提とする「人間は自己利益を追求する存在であり、その行動は最終的に自己利益の最大化へ向かう」という考え方と大きく異なるものではないように見える。

もっとも、このような人間観は数ある文化的前提の一つにすぎず、その内容は社会によって大きく異なる。

私は、マナン共同体において、このパートナーシップの論理こそが、広大な地理的空間に分散しながらも、何世代にもわたって共同体を維持・発展させる社会的・経済的基盤を築いてきたと考えている。

もちろん、本書は理想社会を描こうとするものではない。

むしろ、協力と相互扶助によって繁栄してきた社会が、人間社会に必然的に存在する対立や利害衝突にどのように向き合い、それを乗り越えてきたのかを描いた記録である。

マナン共同体における協力関係は、人々の生まれつきの性質から自然に生まれたものではない。

それは、望ましい協力関係を育み、維持するために、社会制度や文化的慣習を意識的に築き上げてきた努力の積み重ねによる成果なのである。

Nepali Times

実際、この共同体にも葛藤や内部対立は存在してきた。

それでもなお、人々は協力関係を築き上げてきた。

つまり、本書は「社会がどのように機能するのか」を描いた物語でもある。

本書では、マナン共同体が南アジアや東南アジア各地の社会とどのように関わりながら、交易を維持すると同時に、社会的・精神的な理想を実現するための基盤を築いてきたのかをたどっている。

特に、共同体内部で協力とパートナーシップを促進してきた社会制度に焦点を当てている。

海外では、こうした制度が人々の信頼関係を育み、生産的な人間関係を支え、交易に関する知識や経験を共同体全体で共有することを可能にしてきた。

一方、故郷では、マナン共同体は宗教儀礼や共同体の祭礼を運営するために、人材や資金などの社会的・物的資源を持ち寄る精巧な仕組みを発展させてきた。こうした営みを通じて、人々は個人や事業のための資金を融通し合う一方で、共同体の持続可能性にとって欠かせない価値観を育み続けている。

宗教儀礼や祭礼は多様であり、それぞれが異なる親密さや条件のもとで、人々にさまざまな形の社会関係資本や金融資本をもたらしてきた。こうした社会慣習や礼節に深く根ざした制度は、共同体全体による貯蓄を可能にしている。

マナン共同体における資本形成は、人々の人生の目標を社会的、起業的、そして精神的な目的へと結び付ける過程の中で発展してきた。その過程では、資本の蓄積と再分配が、宗教的功徳や社会的評価、さらには共同体内の相互扶助の義務と不可分のものとして進められている。

共同体の内部では、事業資金を必要とする仲間を支援するため、無利子融資も広く行われている。

多くのマナンの人々は、この無利子融資こそが事業を立ち上げ、発展させる上で決定的な役割を果たしたと振り返る。こうした制度によって、人々は個人としてではなく共同体全体として経済的に発展し、豊かさを共有できるようになったのである。

数世代を経た現在、マナン共同体は豊かさだけでなく、高い教育水準も実現している。

国際貿易で得られた利益は、ネパールや東南アジア各国の正式な経済部門で新たな事業を立ち上げるための重要な種銭となった。多くのマナン商人は現地女性と結婚して海外に定住し、新たな産業を育ててきた。

彼らの投資分野は、観光業、ホテル業、自動車輸入、製薬、銀細工、ワイン醸造、農業など多岐にわたる。

2023年時点では、マナン共同体が所有する登録企業は、ネパール国内総生産(GDP)の約0.5%を生み出していると推計されている。共同体の人口は約7,000人で、ネパール全人口のわずか0.00025%にすぎないことを考えれば、この数字は驚くべきものである。

実際、マナン共同体による国際的な交易や企業活動は、ネパールだけでなく複数の国の経済を支えてきた。

例えば、カルマ・グループ(Karma Group of Companies)は、ネパール農業部門で最大の納税企業となっている。

共同体が豊かになり教育水準が向上するにつれ、若い世代は医師、技術者、パイロット、客室乗務員、芸術家、生物学者、BBC職員、国連職員など、幅広い分野で活躍するようになった。

約1,000人のマナン出身者が海外へ留学・就職し、その多くが送金を通じて、マナン社会奉仕委員会や女性団体が進める社会貢献・人道支援活動を支えている。

一方で、年長世代が共同体での宗教実践を重視するのに対し、若い世代は宗教儀礼への参加は減少している。その代わり、社会奉仕や人道支援など、より幅広い公益活動への関心を高めている。

Nepali Times

共有される富

マナン共同体では、富を個人だけで蓄え込んだり、他者と分かち合うことなく誇示したりすることは好まれない。

周囲に困窮する人々がいるにもかかわらず、自分だけが贅沢を楽しむことは、品位や社会性、さらには人格の欠如と見なされる。

他者が手に入れられない富を獲得することが名声や社会的地位につながる社会とは対照的に、マナン共同体では、「他者が本来なら実現できなかったことを可能にする力」を持つ人こそが尊敬される。

2010年、マナン共同体はインド・ブッダガヤでンンネ断食修行を開催し、約300人が参加した。

特筆すべきは、参加者が自ら旅費を負担しなかったことである。

代わりに43組の夫婦が資金を出し合い、巡礼全体を支援したことで、経済的に余裕のない人々も参加できるようになった。

一行は貸し切りバスで移動し、多くの参加者は、マナン共同体が資金を提供して建設した宿泊施設に滞在した。

このようにパートナーシップを形成することで、共同体はより多くの人々に宗教修行へ参加する機会を提供し、経済力の異なる人々が同じ精神的目標を追求できる環境を整えてきた。

こうした文化的価値観が、人々に私的な富を手放し、より大きな精神的・社会的・経済的目標のために活用しようという意識を育んできたのである。

マナン共同体における資本の蓄積と再生産のあり方は、「社会とは何のために存在するのか」という彼らの根本的な社会観、そして再分配と平等に対する価値観によって形づくられてきた。

この共同体では、資本は共同で蓄積され、広く共同体内を循環する。そのため、多くの人々が新たな投資のための資源を利用することができ、それがさらに新たな資本の創出へとつながっていく。

共同体による資本の蓄積は再分配を促進し、その再分配が共同体内部の経済格差を抑制してきた。

マナン共同体における資本主義的な営みは、多様な社会制度の中に深く組み込まれており、人々の相互依存関係と社会的つながりを重視する価値観の上に成り立っている。

これは、市場という経済制度が経済活動を人間関係から切り離し、その抽象的な市場原理が資本や労働、さらには自然資源にまで深刻な影響を及ぼし得る現代資本主義とは著しく異なる。

それに対してマナン共同体では、人と人との社会的関係そのものが社会的・経済的な安全網として機能し、自由市場がもたらす厳しい競争やリスクから人々を守っている。そして、再分配の仕組みが、私的な富の過度な集中を抑制する役割を果たしているのである。

Nepali Times

自由市場経済では、カール・マルクスが指摘したように、時間の経過とともに資本収益率と労働所得は乖離し、最終的には経済成長そのものを損なうことになる。

また、フランスの経済学者トマ・ピケティは、膨大な歴史資料を分析した結果、21世紀において既に莫大な資産を持つ人々への富の集中がさらに進んだことで、所得格差の拡大、公的債務の増大、そして金融危機が引き起こされてきたことを明らかにしている。

こうした不安定性は、私的な富の蓄積を原動力とする資本主義経済が内包する構造的矛盾の帰結である。

興味深いことに、ピケティがその処方箋として提唱する「富裕税」は、マナン共同体では古くからさまざまな形で実践されてきた累進的な共同体負担の仕組みに極めて近い。また、それは自由市場経済が生み出す所得・資産格差を是正する方法としてアダム・スミス自身が唱えていた考え方でもある。

社会的・経済的な安心を、個人が私有財産を蓄積することで得るのか、それとも福祉国家のような大きな共同体や、マナン共同体のような人間関係そのものに蓄えるのか――その選択は、経済合理性だけでは説明できない価値判断に委ねられている。

つまり、それは社会を構成する人々が共に選び取る倫理的な選択なのである。

このマナン共同体の事例は、経済学者ベンジャミン・フリードマンが著書『Religion and the Rise of Capitalism(宗教と資本主義の誕生)』(2021年)で展開した議論とも響き合う。

フリードマンは、アダム・スミスの18世紀の経済思想から、21世紀アメリカにおける市場の役割と限界をめぐる論争に至るまで、近代経済学の主要な概念や政策が宗教や神学の影響を受けながら形成されてきたことを明らかにしている。

彼が指摘するように、「神の見えざる手」をはじめとする近代経済学の基本理念は、決して価値中立的なものではない。

そこには、人間同士の関係性、あるいはむしろその欠如を前提とする、特定の倫理観や政治思想が存在している。

したがって、政治制度や経済制度をめぐる議論の本質とは、異なる倫理観や価値観をめぐる競争なのである。

異なる社会のあり方を知ることは、自らが当然と思い込んでいる社会的・道徳的価値観を相対化し、私たち自身が本当に望む社会を実現するために、どのような制度を築くべきかを考える契機となる。

『Market and Monastery(市場と僧院)』は、特定の価値観に根差した資本の形成・循環・再分配の仕組みが、社会をどのように形づくり、再構築していくのかを描いた物語である。

Nepali Times

そこでは、資本は格差を再生産するものではなく、むしろ格差を抑制するための手段として機能している。

そして本書は、マナン共同体が共同体全体として豊かさを実現してきた歩みを描いた物語でもある。

『Market and Monastery(市場と僧院)』は、マナン共同体の歴史のある一時期を対象に、その社会的営みを記録した民族誌である。数世紀にわたり、この共同体が比較的格差の少ない豊かな社会へと発展してきた過程を描いている。

民族誌的研究は特定の時代を切り取ったものである。しかし、そこから得られる示唆は、その時代を超えて普遍的な意味を持つ。

マナン共同体の社会的実践は、資本主義や社会についての支配的な西欧的理解に対する一つの対案を提示している。

彼らの事例は、資本の形成、蓄積、再生産の過程が世界中で一様ではないこと、そして異なる資本主義の形態が、それぞれ異なる社会的帰結をもたらすことを示している。

第一に、資本を生み出す動機は、必ずしも物質的利益だけではない。

第二に、人々は市場で互いに競争するだけではなく、協働することによって、個人では到底達成できない大きな目標を実現することができる。

さらに、その共同の努力によって生み出された経済的余剰は、共同体全体の資本として蓄積することも可能である。

資本は私有財産だけを意味するものではない。

さまざまな形で蓄積された資本を社会全体へ再分配することは、富を一部に集中させるよりも、より広範な経済活動と成長、そして繁栄を促す可能性がある。

マナン共同体に見られるこの独自の資本主義は、私的財産の個人的蓄積を基盤としたマックス・ウェーバーの西欧資本主義成立論に対し、新たな視座を提供するものである。

プリスタ・ラタナプラック氏は、ハーバード大学で経済学の学士号および文化人類学の博士号を取得。現在、タイ・チェンマイ大学社会学・人類学部准教授。これまでにラトガース大学、シンガポール社会科学大学、ネパール科学・人文学大学で教鞭を執めたほか、ネパールの統合開発研究所(IIDS)主任研究員も務めた。

INPS Japan

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米国の軍事司教、戦争のさなかに注目を集める―米国で最も重要なカトリック指導者の一人

【ワシントンDC INPS Japan/ National Catholic Register=ヴィクトル・ガエタン

中東で戦火が広がる中、米軍を管轄する世界唯一の教区を率いる大司教は、バチカン外交と、戦地に立つ兵士たちが直面する重い倫理的現実との間で難しい舵取りを担っている。

イランとの戦争は、ティモシー・ブログリオ大司教にとって決して遠い世界の出来事ではない。

ブログリオ大司教は、米国軍事大司教区(Archdiocese for the Military Services=AMS)のトップとして、世界中に展開する米軍将兵とその家族を司牧する、米国唯一の「国境を持たない教区」を率いている。

昨年のクリスマスにブログリオ大司教が訪問したバーレーン、クウェート、カタールの3つの米軍基地は、その後、2月28日に米国とイスラエルが開始した対イラン戦争の中で、イランによる攻撃を受けた。

一方、教皇レオ14世の下でバチカンは、対話を尽くす前に国際法を軽視して軍事力に訴える動きへの懸念を強めている。そのような中、戦争と平和、人間の尊厳の優先という教会の教えを、極めて繊細な問題について公に示す役割を担うことが多いのがブログリオ大司教である。

Last December, Archbishop Timothy Broglio visited the only permanent U.S. military base in Africa, Camp Lemonnier in Djibouti, on the continent’s east coast. He met with U.S. Army Maj. Gen. Matthew Brown, commander of the Combined Joint Task Force-Horn of Africa. China, France, Japan, and Italy also operate military bases in Djibouti. (Photo: Sgt. Vivian Ainomugisha )
Last December, Archbishop Timothy Broglio visited the only permanent U.S. military base in Africa, Camp Lemonnier in Djibouti, on the continent’s east coast. He met with U.S. Army Maj. Gen. Matthew Brown, commander of the Combined Joint Task Force-Horn of Africa. China, France, Japan, and Italy also operate military bases in Djibouti. (Photo: Sgt. Vivian Ainomugisha )

世界80か国に広がる「国境なき教区」

ブログリオ大司教が率いる教区の規模は途方もない。

米国軍事大司教区には、世界80か国、750か所に及ぶ米軍基地で勤務する約180万人のカトリック信徒が所属しており、これは世界中の米軍関係者全体の約20~25%に相当する。

大司教はナショナル・カトリック・レジスター紙の取材に対し、次のように語った。

「現役の従軍司祭が500人いれば、必要な牧会活動を十分に行うことができます。」

しかし実際には、陸・海・空軍などを合わせても従軍司祭は約200人しかおらず、そのうち昨年10月時点で陸軍の現役および予備役として活動していたのは137人にとどまっていた。

バチカン外交を知り尽くした司教

ブログリオ大司教は、この困難な任務に極めてふさわしい経歴を持つ。

国際法にも精通した熟練の外交官であり、1990年から2001年まで11年間、ローマでヨハネ・パウロ2世教皇の国務長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿の主席秘書を務めた。

その後はドミニカ共和国教皇大使およびプエルトリコ使徒代表(2001~2007年)を歴任し、さらにパラグアイやコートジボワールでも教皇庁を代表する外交任務に携わった。

また、教皇レオ14世と同様に語学に堪能で、英語のほか、フランス語、スペイン語、イタリア語を自在に操る。

実際に会って話すと、その決断力と物事を的確に見極める姿勢が印象的である。質素な黒いスーツと司祭服のカラーを身に着けていなければ、四つ星提督と見間違えてしまうほどの威厳を備えている。

While in Djibouti, Africa’s smallest country with 1.1 million citizens, Archbishop Broglio visited a local Catholic school, together with Bishop Jamal Daibes, the country's only bishop, who was appointed by Pope Francis in 2024. (Photo: Senior Airman Michelle Ferrari)Public Domain
While in Djibouti, Africa’s smallest country with 1.1 million citizens, Archbishop Broglio visited a local Catholic school, together with Bishop Jamal Daibes, the country’s only bishop, who was appointed by Pope Francis in 2024. (Photo: Senior Airman Michelle Ferrari)Public Domain

五つの政権の下で米軍を支える

ブログリオ大司教は、2007年末にベネディクト16世教皇によって米国軍事大司教に任命された。

以来、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ジョー・バイデン、そしてドナルド・トランプ大統領の2期にわたる政権という、性格の異なる5つの政権の下でこの教区を率いてきた。

世界各地の米軍基地を頻繁に訪問し、ミサを司式し、秘跡を授け、兵士たちの霊的支えとなり、また現地の宗教指導者との交流も行っている。

軍務がもたらす「道徳的傷つき」

戦地での任務が兵士たちに与える影響について尋ねられると、ブログリオ大司教は次のように語った。

「兵士たちは非常に大きな影響を受けます。統計的に見ても、誰もが何らかの心の傷を負って帰還すると言ってよいでしょう。もちろん、すべてが精神疾患として診断されるほど深刻というわけではありません。しかし、何らかのトラウマを抱えて帰ってくるのです。」

とりわけ軍人が直面する倫理的葛藤について、大司教は**『モラル・インジャリー(Moral Injury=道徳的傷つき)』**という問題に向き合う重要性を強調した。

「戦時には、平時であれば決してしないような行為をせざるを得ないことがあります。そのため、心の癒やしが必要になるのです。」

こうした倫理的葛藤には、「道徳的に問題がある」と感じる命令に従わなければならない場合や、信仰生活を維持することが難しくなる任務も含まれる。

大司教は次のような実例を紹介した。

「今朝、イラク戦争に従軍した海兵隊員と話しました。彼は任務から戻って初めて、その日が復活祭の日曜日だったことに気づいたのです。熱心なカトリック信者でしたから、とても心を痛めていました。」

近年では、昨年9月に米国防総省がカリブ海および太平洋で麻薬密輸組織が使用していたとされる船舶を爆撃したことも、こうした倫理的問題を提起した。

これを受けてブログリオ大司教は昨年12月、次のような声明を発表した。

「麻薬との闘いにおいても、目的が手段を正当化することは決してありません。手段そのものが道徳的であり、常に一人ひとりの人間の尊厳を尊重するものでなければなりません。」

このメッセージは、2025年のカトリック・メディア協会賞において、「教区司牧メッセージ部門」最優秀賞を受賞した。

さらに復活祭の日曜日には、CBSテレビの報道番組『Face the Nation』に出演し、イランとの戦争について、「カトリックの教えに照らして正当化できる戦争ではない」と述べた。

司会者から、「そのような状況で従軍するカトリック信者にどのような助言を与えるか」と問われると、大司教は簡潔にこう答えた。

「できる限り危害を少なくし、罪のない人々の命を守るよう努めなさい。」

1999年のセルビア空爆―バチカン外交の最前線で

今年の対イラン空爆は、ブログリオ大司教が米国主導の軍事行動に直面した最初の経験ではない。

1999年、ヨハネ・パウロ2世教皇の国務省(国務院)に勤務していた当時、ブログリオ大司教は、米国とNATOに対し、カトリックと正教会双方の復活祭期間中だけでもユーゴスラビアへの空爆を停止するよう求める教皇庁の外交努力の一翼を担っていた。

教皇庁は、一時停戦が実現すれば交渉や人道支援の道が開かれると期待していた。しかし、ユーゴスラビア側が停戦に応じたにもかかわらず、NATOは正教会の復活祭の週末に空爆をさらに激化させた。

当時、米国とNATOは、コソボで行われているとされた「民族浄化」を阻止することを軍事介入の目的として掲げていた。

当時を振り返り、ブログリオ大司教はこう語る。

「宗教ごとの大切な祝祭日は、当然尊重されるべきだと私は考えています。その意味で、あの出来事は非常に残念でした。」

さらに、

「あのような外交的働きかけを行うときには、何らかの前向きな成果が得られることを期待します。ですから、空爆が止まらなかったことへの最初の感情は失望でした。」

と述べた一方で、現実も冷静に見据えていた。

「もっとも、そうした働きかけは常に現実を踏まえて行われます。中世の『パクス・ロマーナ(ローマによる平和)』の時代ではありません。教皇には、もはや自らの意思を各国に強制できるような権力はないのです。」

「好機を逃さない」という米国の伝統

記者はさらに、米国がイスラム教のラマダン(断食月)やイランの新年「ノウルーズ(Nowruz)」など、宗教的に重要な時期にも軍事行動を行うことは最近の傾向なのかと尋ねた。

ブログリオ大司教は、こう答えた。

「実は、アメリカ建国の父ジョージ・ワシントンも、クリスマスの日にイギリス軍への攻撃を指揮しています。ですから、アメリカには建国当初から『カルペ・ディエム(Carpe Diem)』、つまり『好機を逃さず行動する』という伝統が多少なりともあるのです。」

差別なのか、それとも無理解なのか

米国の外交・安全保障政策への懸念が高まる一方で、米国軍事大司教区は今年、大きな成果も勝ち取った。

EWTNニュースが昨年10月に報じたように、ブログリオ大司教は、米陸軍で働く信徒職員(カテキスト〈信仰教育担当者〉、カトリック共同体コーディネーター、典礼音楽担当者など)の突然の解雇に強く抗議した。

ブログリオ大司教は本紙の取材に対し、こう振り返る。

現在の従軍司祭だけでは、解雇された信徒職員が担っていた業務を到底補うことはできず、結果として礼拝活動そのものが大きく損なわれることになる。

そこでまず陸軍長官と陸軍従軍司祭総監に直接申し入れを行った。

A confirmation in the chapel at Camp Lemonnier on Dec. 19, 2025. (Photo: Sgt. 1st Class Kenneth Tucceri)Public Domain
A confirmation in the chapel at Camp Lemonnier on Dec. 19, 2025. (Photo: Sgt. 1st Class Kenneth Tucceri)Public Domain

しかし、状況は改善されなかった。

「話し合いで成果が得られなかったため、私は公開書簡を発表しました。そして、それが状況を動かしたのです。」

その結果、

「以前存在していたポストは、現在すべて復活しています。本当にうれしく思います。」

実際、『Military Times』によれば、米陸軍は今年1月から宗教支援スタッフの採用を再開している。

問題は予算ではなく「姿勢」

記者から「問題は予算不足だったのか、それとも宗教に対する姿勢だったのか」と問われると、ブログリオ大司教は即座に答えた。

「姿勢です。」

そして続けた。

「表向きは予算の問題だと言われました。しかし、本当はそうではありませんでした。」

さらに、大司教は軍の宗教環境について率直に語った。

「従軍司祭団はプロテスタント、とりわけ福音派の牧師が多数を占めています。そのため、多少の偏りがあることは否定できません。」

ただし、それは組織全体というよりも、重要な立場に就いている個人によるところが大きいという。

「全体として見れば、多くの人は協力的です。」

一方で、根本的な問題は「無理解」にあると指摘する。

「問題は、カトリック教会がどのようなことを必要としているのか、多くの人が知らないことです。私たちにとって何が重要なのかを理解していない人が少なくありません。」神の国を築く――若い兵士たちへの宣教

ブログリオ大司教は、2007年に軍事大司教への就任を受け入れた際、一つだけ予想していなかったことがあったという。

それは、教区の財政状況だった。

「ワシントンに着いて初めて、『この任命は断るべきだった』と思いました。」

と大司教は笑いながら振り返る。

「教区はほとんど破産状態で、私は資金集めの経験など全くありませんでした。しかし、それも学んでいくものです。」

現在では、資金調達だけでなく、軍に勤務する若いカトリック信徒のための新しい宣教モデルづくりにも力を注いでいる。

その代表例が**「チーム・セント・ポール(Team St. Paul)」**である。

これは、18歳から29歳までの軍人を対象に、米軍基地でフルタイムの宣教活動を行う新しい使徒職(アポストレート)である。

また、聖職者への召命(しょうめい)を育む取り組みも着実に成果を上げている。

例えば今年4月には、西海岸で開催された軍事大司教区の召命識別リトリートに、過去最多となる38人の男性が参加した。

軍のカトリック信徒にとって最も協力的だった政権

これまで仕えた5つの政権について尋ねられると、ブログリオ大司教は、ジョージ・W・ブッシュ政権とトランプ政権との関係が最も円滑だったと語った。

「私にとっては、その二つの政権の時代が最も仕事をしやすかったのです。」

一方、

「オバマ政権とバイデン政権では、軍を一種の『社会実験の場』として利用しようとする傾向がありました。」

と指摘した。

そして、

「ある時点では、『はい、承知しました』と言って命令に従うしかありませんでした。」

と振り返る。

具体例として、大司教はトランプ第1・第2政権が、ジェンダー・イデオロギーに基づく政策を終了させたことを挙げた。

「そうした社会実験の多くは大統領令によって導入されました。そして同じように、大統領令によって廃止されたのです。」

さらに、

「軍という組織は比較的保守的ですから、多くの人がこうした変化を歓迎したと思います。」

と述べた。

「正戦論」は「いかなる犠牲を払っても平和を守る」という意味ではない

最後にブログリオ大司教は、カトリック教会の**正戦論(Just War Theory)**について見解を語った。

まず、大司教はカトリックの社会教説に対する誤解を戒めた。

「危険なのは、カトリック社会教説を、何らかの社会民主主義的イデオロギーと同一視してしまうことです。」

同時に、正戦論についても別の誤解があると指摘する。

「もう一つの危険は、正戦論を『どんな犠牲を払ってでも平和を守ること』と同じ意味だと考えてしまうことです。」

そして、

「そのように描こうとする人もいます。しかし今日、アメリカが第二次世界大戦に参戦した必要性そのものを否定する人はほとんどいないでしょう。」

と語り、カトリック教会の正戦論は無条件の平和主義とは異なるとの認識を示した。

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。2024年4月、本記事の研究のためガエタン氏が初来日した際にINPS Japanの浅霧理事長が東京、長崎、京都に同行。INPS Japanではナショナル・カトリック・レジスター紙の許可を得て日本語版の配信を担当した(With permission from the National Catholic Register)」。英文の原文は同誌に掲載。

*ナショナル・カトリック・レジスター紙は、米国で最も歴史があるカトリック系週刊誌(1927年創立)

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同盟国が重荷となるとき

【ニューヨークIPS= アロン・ベン=メイアー

過去30年余りを振り返っても、一人の米国大統領にこれほどまで自らの外交・安全保障戦略を賭けた外国首脳はいないだろう。ベンヤミン・ネタニヤフ首相ほど、ドナルド・トランプ大統領に深く依存した指導者はいなかった。|英語版

トランプ大統領は米国大使館をエルサレムへ移転し、2015年のイラン核合意(JCPOA)から離脱し、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認した。そして2026年2月には、ネタニヤフ首相が30年以上にわたり米国に働きかけ続けてきた対イラン戦争の口火を切る攻撃に、米国もイスラエルとともに踏み切った。

両者の蜜月関係は揺るぎないものに見えた。しかし、その関係は決して無条件ではなかった。両者の利害が一致していることが、その前提だったのである。

ところが2026年6月、その利害は決定的に食い違った。この決裂は、ネタニヤフ首相が長年目を背けてきた現実を浮き彫りにした。イスラエルの安全保障と自身の政治的延命が相反する局面では、彼は国家ではなく、自らの生き残りを優先するという現実である。

両者の決裂の引き金となったのは、一通の覚書だった。

6月17日、トランプ大統領は、パキスタンの仲介によってまとめられた「イスラマバード覚書」に署名し、自ら開戦を後押ししたイランとの戦争に正式な終止符を打った。

14項目から成るこの枠組みは、レバノンを含むすべての戦線での恒久的な敵対行為の停止、ホルムズ海峡の再開放、イラン港湾に対する米海軍の封鎖解除、イラン産原油輸出への制裁免除を盛り込んでいる。さらに、米国と地域諸国が総額3,000億ドル規模の復興基金を設立し、世界各地で凍結されているイラン資産の段階的解除に向けた交渉を進めることも明記された。

しかし、この合意には、イスラエルが戦争によって達成しようとしていた核心的な目的が欠けていた。

イランの核開発問題をめぐる交渉は後日に先送りされ、弾道ミサイルや地域の代理勢力については何も盛り込まれていなかった。

要するに、トランプ大統領が望んだのは、短期戦によってイランを交渉の場に引き出すことだった。一方、ネタニヤフ首相が望んでいたのは、イランを中東の地域大国として再起不能なほど弱体化させることだった。

戦闘が続いている間、この二つの構想は共存できた。しかし、和平が現実味を帯びた瞬間、両者の両立は不可能となった。

そこでネタニヤフ首相は、この和平を葬ろうと動き出した。

ベザレル・スモトリッチ財務相は、この合意を「イスラエルにとっても自由世界にとっても悪いものだ」と非難した。イタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相も、「トランプ氏の合意はわれわれを拘束しない」「イスラエルは米国に従属しているわけではない」と公言した。そしてイスラエル軍は、レバノンへの空爆を続けた。

6月14日、合意文書への署名が数時間後に迫る中、イスラエルはベイルートを攻撃した。これに激怒したトランプ大統領は、直ちにネタニヤフ首相へ電話をかけた。

その電話は、外交儀礼とは程遠いものだった。

トランプ大統領はネタニヤフ首相に対し、「ビビ、気を付けた方がいい。さもないと、近いうちに本当に孤立することになる」と警告した。

さらにその後の電話では、やり取りはいっそう激しさを増した。米政府関係者の説明によれば、トランプ大統領はネタニヤフ首相を「正気ではない」と非難し、恩知らずだと責めたうえで、「私がいなければ、君は今ごろ刑務所にいただろう」と突き放したという。

この最後の一言こそ、すべてを物語っている。

ネタニヤフ首相に残された唯一の政治的命綱は、戦争である。

イスラエルが戦争を続けている限り、選挙は行われない。選挙がなければ、彼は政権にとどまり続けることができる。そして政権の座にある限り、失脚の時まで、自らに対する汚職裁判を先送りし続けることができる。

ネタニヤフ首相にとって、和平は単に不都合なものではない。それは、自らの政治生命を脅かす存在なのである。

米情報機関は、ネタニヤフ首相がトランプ大統領のイラン和平構想を積極的に破綻させようとしているとホワイトハウスに警告したと報じられている。また、複数の分析者は、トランプ大統領が自国の同盟国を相手に仲介役を務めなければならない状況に追い込まれていると指摘した。

戦争を求め続けてきた人物が、今や和平実現の最大の障害となったのである。

そして、世界に向けて示されることになった決定的な場面が訪れた。

6月18日、J・D・ヴァンス副大統領はホワイトハウスの演壇に立ち、近年の米政権がイスラエルに向けたものとしては異例の厳しい叱責を行った。

「ドナルド・J・トランプ大統領は、今この世界でイスラエルに理解を示している唯一の国家指導者である。」

「もし私がイスラエル政府の閣僚なら、自国に残された唯一の強力な同盟国を攻撃するようなことはしない。」

さらに彼は、警告とも脅しとも受け取れる言葉を続けた。

「過去3か月間、イスラエルの本土を守ってきた防衛兵器の3分の2は、米国人の手によって造られ、米国の納税者の負担によって賄われたものだ。」

そして、イスラエルの問題はトランプ大統領にあると考えている者は、「現実を直視すべきだ」と付け加えた。

それは、イランとの和平合意を守るために、イスラエルの空を守る兵器を誰が供給しているのかを突きつける警告だった。

しかし、この警告は聞き入れられず、その代償は膨らみ続けている。

6月19日には、米国とイランの実務者協議がスイスのビルケンシュトックで開かれる予定だった。しかし、その前夜、イスラエル軍がレバノン南部を空爆し、レバノン保健省によれば47人が死亡、多数が負傷した。

イランは、戦闘停止が保証されない限り協議には応じないと主張した。

ヴァンス副大統領は訪問を取りやめ、協議は決裂した。

翌20日、イランは、イスラエルの攻撃は合意違反に当たるとして、ホルムズ海峡を再び封鎖すると発表した。

ヴァンス副大統領が和平合意の維持に奔走する一方で、スモトリッチ財務相は公然とこう述べた。イスラエルは、ヒズボラが武装解除するまで「必要な限り何年でも」レバノン南部に駐留し続け、撤退するつもりはない。そして、この方針には首相も同意している、と。

それは、イスラエル最大の後ろ盾である米国が自らの外交的威信を懸けて築こうとしていた和平を、意図的に妨害するための発言だった。

ここに問題の核心がある。そしてそれは、ネタニヤフ首相、スモトリッチ財務相、ベン=グヴィル国家安全保障相が理解しようとしない点でもある。

イスラエルは、財政面でも、軍事面でも、外交面でも、米国にほぼ全面的に依存している。

ワシントンは、国際社会からの批判を受け止め、国連安全保障理事会で拒否権を行使し、イスラエルの兵器庫を補充し続けてきた存在である。

トランプ大統領自らが署名した和平合意に公然と反旗を翻すことは、大胆な国家戦略ではない。

それは、イスラエルが決して失うことのできない唯一の同盟国に対する侮辱であり、自らの政権維持と国家利益を混同した政府による危険な誤算である。

その影響は、この一件だけでは終わらない。

U.S. and Israeli army officers talk in front a US Patriot missile defense system. Credit: Jack Guez/Getty Images Source: Council on Foreign Relations

いま米国が求めているのは、安定した中東、開かれた海上輸送路、そして終わりなき戦争ではなく、イランとの管理された外交関係である。

一方、ネタニヤフ首相が必要としているのは、戦争そのものだ。

これは、一時的な政策の違いではない。

両者は構造的に相容れず、ネタニヤフ首相が権力の座にある限り、この衝突は繰り返されるだろう。

長年にわたりイスラエルの安全保障を支えてきた米イスラエル関係の構図は、静かに反転した。

かつての敵は交渉相手となり、不可欠だった同盟国は足かせとなったのである。

この関係は、首脳会談や友好を演出する写真撮影によって修復されるものではない。

修復されるとすれば、それは、自らの政治生命を戦争の継続に依存しない指導者がイスラエルに誕生した時だけである。

それまでは、この亀裂は一時的に耐え忍ぶべき危機ではない。新たな常態である。

ネタニヤフ首相の傲慢な厚顔さは、ついに自らに跳ね返ってくることになるだろう。

アロン・ベン=メイアー博士は、人道的紛争解決研究所(Institute for Humanitarian Conflict Resolution)所長。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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被爆者の記憶を未来へ―軍縮教育が拓く核兵器なき世界(砂田智映SGI平和センター軍縮・人権部長)

【東京INPS Japan=砂田智映】

2025年、広島・長崎への原爆投下から80年という節目を迎えた。しかし、その足元にある国際情勢は、これまでにないほど緊迫し、混迷を極めている。|英語版

ウクライナや緊迫する中東情勢など、世界各地で新たな紛争の火種が広がっている。核兵器の使用の威嚇や核施設への攻撃など、核の脅威は高まり続ける一方だ。国際社会がいまだ「核の抑止力」という思考から脱却できず、自国の安全保障のために核を必要とする姿勢に固執している現状に、深い危機感と焦燥感を禁じ得ない。核兵器が存在し続ける限り、人類滅亡の脅威は常に私たちの隣にある。

Credit: Soka Gakkai

この深刻な状況を打破すべく、創価学会インタナショナル(SGI)では、草の根の平和軍縮教育や意識啓発運動を続けている。その取り組みの一つが、「被爆者の肖像―80年の記憶」展である。芸術の力で被爆の実相を伝えるこの展示では、広島・長崎の被爆者52名の肖像と平和へのメッセージを伝えている。

展示会場で、忘れられない出会いがあった。母親と来場した中学二年生の女子生徒である。彼女はこれまで、原爆投下の事実を詳しく知らなかったという。初めて目にする凄惨な事実にショックを受け、途中で泣き出してしまった。

しかし、彼女は勇敢にも、もう一度最初のパネルから展示を見直したのである。そして、52名の被爆者たちのメッセージを、一文字一文字、丁寧にノートに書き写していった。「家に帰ったら作文にして、クラスメイトと共有したい」―そう語ってくれた彼女は、後日、約束通り作文を書き上げ、その作品が市の冊子に掲載されたという嬉しい報告をもらった。原爆を知らなかった一人の少女が、展示をきっかけにただ知識を得るだけでなく、被爆の実相を周囲に語り継ぐ「主体者」へと見事に成長を遂げた。その姿に深い感動を覚えるとともに、私は教育が持つ無限の可能性と重要性を、改めて痛感したのである。

では、私たちが進めるべき「軍縮教育」で最も大切なものとは何だろうか。被爆者である小倉桂子さんの言葉が、その核心を示している。 「軍縮教育で最も大切なのは、『他者の痛みに対する想像力』です。海の向こうで泣いている子がいたら、その涙を自分のこととして感じられるかどうか。もしここに核兵器が落ちたら、自分の愛する家族はどうなるのか。その具体的な痛みを想像できる人を一人でも増やすことが、核兵器を『使わせない』最大の抑止力になります」

いざ平和が崩れた時に、心と身体に消えない傷を負い、涙を流すのは誰なのか。その具体的な痛みに想像力を働かせることができる人間を、一人でも多く育てること。それこそが、核のボタンを押させないための最も強固な壁となるはずだ。

国際情勢がどれほど絶望的に見えようとも、私たちは希望を失わず平和を訴えていく。現実を変えていく力は、私たち一人ひとりの「人間の意志」の中にこそあると確信するからだ。そして、その意志を育み、連帯2させていくものこそが教育の力に他ならない。

核兵器のない世界の実現という、険しくも絶対に成し遂げねばならない目標へ向け、目の前の一人との対話、そして草の根レベルでの行動を、粘り強く続けていきたい。

本稿は、INPS Japan創価学会インタナショナルと推進している核廃絶メディアプロジェクトの報告書(2025年4月~26年3月までに配信されたプロジェクト記事をまとめたもの)に寄稿されたものである。

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Toward a World without Nuclear Weapons
Toward a World without Nuclear Weapons

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平和に賭けるオマーン ―「賢明な中立」が示す中東外交の新たな可能性

【INPS Japan/London Post=モハメド・サブリーン】

数十年に一度とも言える激動の時代を迎えている中東において、ハイサム・ビン・ターリク国王の指導の下、オマーン国は独自の外交路線を貫いている。|英語版

その外交は、対立する陣営のいずれかに与する「陣営外交」や二極化を基盤とするものではない。対話こそが、安全保障と安定を実現するための最もコストが低く、持続可能な手段であるという信念に基づいている。

穏健な外交姿勢で知られる首都マスカットは、ホルムズ海峡の将来をめぐる懸念を払拭するとともに、国際法の原則を堅持する姿勢を改めて示した。

ハイサム国王のフランス訪問を前に、オマーンのバドル・アル・ブサイディ外相は、モンテカルロ・インターナショナル・ラジオとの独占インタビューで、オマーンはホルムズ海峡を通航する船舶に通行料を課すことに反対しており、それは「国際法上認められていない」との立場を明確にした。

一方で、船舶会社との間で、自発的な「海事サービス」に関する協力を協議する可能性は排除しなかったものの、航行の自由と国際法を尊重する姿勢に変わりはないと強調した。

こうした発言は、オマーンがイランと米国との間で締結された覚書の履行を支援するとともに、地域の緊張緩和に向けた外交努力を続ける中で行われたものである。

ホルムズ海峡の安全確保

アル・ブサイディ外相は、ホルムズ海峡について、世界経済のみならずイランを含む地域諸国にとって極めて重要な海上交通路であることから、「すべての国にとって安全で、安心して、自由に航行できる海峡であり続けること」をオマーンは重視していると述べた。

また、マスカットとテヘランの対話は、将来のいかなる取り決めも国際法に合致することを前提としていると説明した。

オマーンは国連海洋法条約(UNCLOS)を遵守しており、海峡に関する新たな制度も国際法の枠内で構築されるべきだとの立場を示した。

ホルムズ海峡の利用料徴収をめぐる議論についても、オマーン政府は通航料の徴収には反対する姿勢を改めて表明した。

しかしその一方で、航行安全の向上、緊急時対応、海洋汚染対策などの海事サービスについては、マラッカ海峡やシンガポール海峡で採用されている仕組みを参考にした協力の可能性を検討する余地があるとしている。

こうした制度は、海峡を利用する各国や海運企業との協議を経て導入されるべきものであり、その目的は新たな負担を課すことではなく、航行の安全性とサービスの質を向上させることにあると外相は強調した。

「対話」を国家のアイデンティティとする外交

アル・ブサイディ外相の発言は、オマーンが対話を外交の柱としていることを改めて示している。

近年、米国とイランの仲介役を務めてきた同外相は、単に湾岸諸国の代表としてではなく、武力が外交に取って代わりつつある時代にあって、「対話そのもの」の価値を擁護する外交官として語った。

オマーン外交の最大の特徴は、仲介を一時的な戦術や政治的利益を得るための手段とは考えず、国家としてのアイデンティティそのものと位置付けている点にある。

Map of Oman Credit: Wikimedia Commons

数十年にわたり、マスカットは対立する当事者すべてとの対話の窓口を維持してきた。その結果、深刻な分断が続く中東において、極めて希少な信頼を獲得している。

実際、この外交姿勢は単なる「消極的中立」ではない。

戦争を未然に防ぎ、対立を橋渡しすることを目的とした、積極的な関与なのである。

そのためオマーンは、イラン核問題をはじめ数多くの地域紛争において、秘密交渉・公開交渉双方の重要な舞台となってきた。

アル・ブサイディ外相は、解決の好機が存在したにもかかわらず交渉が停滞したことに遺憾の意を表し、外交努力を損なうことは地域の安定にも国際社会の安全保障にも資するものではないと指摘した。

交渉に代わるものは、さらなる緊張と不確実性しかないというのである。

現実主義に基づく地域秩序

こうした考え方は倫理的理念だけから生まれているのではない。

中東という地域の現実を冷静に見据えた結果でもある。

中東はもはや新たな戦争に耐えられる状況ではない。

また、湾岸地域の安全保障は、地域だけの問題ではなく、エネルギー安全保障、国際貿易、そして海上交通路の安全と密接に結びついている。

そのためオマーンは、対話、相互尊重、内政不干渉を柱とする地域安全保障体制の構築を目指している。

これらはいずれも、数十年にわたりオマーン外交を支えてきた基本原則である。

軍事力だけでは平和は築けない

アル・ブサイディ外相の発言からは、軍事力によって地域秩序を再編しても真の安定は実現できないという認識もうかがえる。

特にパレスチナ問題をはじめとする政治的公正を欠いた地域秩序は、どれほど強固に見えても、いずれ崩壊する運命にあるとの見方を示している。

近年の経験は、軍事力が一時的に勢力均衡を変えることはできても、恒久的な平和を生み出すことはできないことを証明している。

時間がかかり、複雑であっても、持続的な平和を築く唯一の道は対話なのである。

「オマーン・モデル」の重要性

中東が急速な変化を迎える現在、オマーンの外交モデルはこれまで以上に重要性を増している。

特定の陣営に立つ国よりも、あらゆる当事者と対話できる国の価値が高まっている。

信頼される仲介者は、新しい地域秩序を支える不可欠な存在となっている。

ハイサム国王の下でのオマーン外交を特徴づけるのは、「賢明な中立(Smart Neutrality)」という長年の外交哲学を継承している点である。

この中立は単なる傍観ではない。

国家としての自主的な意思決定を守りながら、陣営対立や二極化に巻き込まれることなく、すべての関係国との対話を維持する能力を意味する。

マスカットは、この外交哲学を真の国力へと昇華させた。

競合する地域大国や世界の主要国すべてと均衡ある関係を維持できる数少ない国家となっているのである。

静かな尊敬を集める外交

ハイサム国王が国際社会から厚い信頼を集めている最大の理由は、実現できない約束や過度なレトリックを掲げないことにある。

現実主義、冷静さ、そして約束を確実に履行する姿勢を一貫して貫いてきた。

その結果、オマーンの発言は、中東のみならず国際社会の重要課題においても大きな重みを持つようになった。

オマーンの経験は、「知恵」は「力」の対極ではなく、むしろ力の最も持続的で影響力ある表れであることを示している。

知恵が国家としての自主性と均衡感覚に支えられるとき、その国は声高に主張することなく、自然と尊敬を集めることができる。

だからこそ今日、オマーンは単なる危機の仲介者ではない。

それは、「知恵は時として武力以上の影響力を持ち、敵対する者同士に橋を架けることこそが、戦場では決して得られない戦略的成果を生み出す」**ことを世界に示す、一つの外交モデル

モハメド・サブリーンは、エジプトの有力紙**『アル・アハラム』**の編集責任者(Managing Editor)。国際情勢、中東の地政学、アジア問題、環境問題、持続可能な開発を専門とするシニア・ジャーナリスト兼アナリストであり、United World Research Centerのシニア・エキスパートも務める。また,『Al-Ahram Weekly』(エジプト)、『Al-Masry Al-Youm』(エジプト)、『The Korea Times』(韓国)、『New Straits Times』(マレーシア)、新華社通信、中国日報(China Daily)、『China Today』(中国)、『Al-Sabah』(イラク)、『Ad-Dustour』(ヨルダン)、『An-Nahar』(クウェート)**など、数多くの国際メディアで定期的にコラムを執筆している。

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武力紛争、資金削減、サプライチェーンの混乱が世界の飢餓リスクを一段と深刻化

【国連本部IPS=マクシミリアン・マラウィスタ

武力紛争、経済的混乱、そして気候変動による圧力が、世界で最も脆弱な地域における食料不安を一層深刻化させている―。国連世界食糧計画(WFP)と国連食糧農業機関(FAO)が共同で公表した最新の「飢餓ホットスポット報告書(2026年6~11月見通し)」は、このように警告している。|英語版

報告書は、2026年6月から11月にかけて深刻な食料不安の悪化が予測される13の「飢餓ホットスポット」を分析した。その中でも、イエメン、パレスチナ自治区、スーダン、南スーダン、ソマリア、ナイジェリア、ハイチが、特に深刻な懸念地域として挙げられている。

報告書によれば、13地域のうち12地域で、食料不安を引き起こす最大の要因は武力紛争である。

さらに、過去5年間で世界の紛争件数は約2倍に増加し、2025年には世界人口の6人に1人が武力紛争や暴力の影響を受けたとしている。

また、2025年時点で約1億1,730万人が強制的な避難を余儀なくされており、受け入れ地域の負担を著しく増大させるとともに、食料不安をさらに深刻化させているという。

複数地域で飢饉の危険性

報告書は、複数の地域で飢饉(Famine)の危険性が依然として続いていることにも警鐘を鳴らしている。

中でもスーダンは世界で最も深刻な食料危機の一つに直面していると指摘された。

さらに、イエメン、ガザ地区、南スーダン、ソマリアでも飢饉発生の危険性が続いている。

また、ナイジェリアとソマリアについては、食料安全保障の見通しが一段と悪化したことから、警戒レベルが最高水準へ引き上げられた。

今後の見通し期間中、両国では人口の大部分が壊滅的なレベルの食料不安に直面する可能性があるとしている。

特にナイジェリアでは、約3,480万人が深刻な急性食料不安に直面すると予測されており、すべてのホットスポットの中で最大規模となる見込みである。

サプライチェーンの混乱が危機を増幅

食料不安の最大要因は依然として武力紛争だが、経済的圧力やサプライチェーン(供給網)の混乱も新たな脆弱性を生み出している。

6月18日に行われた報告書発表会で、WFPとFAOの担当者は、世界の物流網の混乱が食料危機をさらに悪化させる恐れがあると警告した。

London Post
ホルムズ海峡  資料:ロンドンポスト

FAOによれば、世界の石油供給量の約4分の1と、世界の肥料貿易の約3分の1がホルムズ海峡を通過している。

そのため、海峡で輸送が妨げられれば、燃料価格や輸送費、保険料、さらには肥料価格までもが上昇する可能性がある。

FAOは、こうした影響が連鎖的に広がることで、人道支援活動のコストが増加し、食料価格が上昇するとともに、すでに深刻な食料不安に直面している人々への支援物資の到着が遅れる恐れがあると指摘している。

もともと購買力が極めて低い世帯や、慢性的な資金不足に苦しむ人道支援機関にとって、こうしたコスト増加は極めて深刻な影響を及ぼす。

気候変動リスクも拡大

WFPとFAOは、気候変動によるリスクも高まっていると警告する。

特にエルニーニョ現象によって降雨パターンが不規則となり、多くの脆弱地域で農業生産が混乱する可能性があるという。

半減した支援資金、倍増した飢餓人口

一方で、人道支援機関は、対応に必要な資金そのものを失いつつある。

WFPとFAOによれば、人道支援機関への資金提供は2022年から2025年の間に約59%減少した。

これは2016~2017年当時と同程度の低水準である。

しかし同じ期間に、深刻な急性食料不安に直面する人口は約2倍に増加した。

つまり、人道支援機関は2016~2017年当時の半分以下の資金で、2倍の支援対象者に対応しなければならない状況に置かれている。

支援ニーズが増え続ける一方で資金は減少しており、多くの機関は支援規模の縮小を余儀なくされている。

「地域で食料を生産することが解決策の一つ」

インタープレスサービス(IPS)は記者会見で、サプライチェーンの混乱への対応策について質問した。

これに対し、FAO緊急・レジリエンス局長のライン・ポールセン氏は、地域での食料生産能力を強化することが解決策の一つだと語った。

同氏は、スーダンでは1,770万ドルの投資によって約5億1,500万ドル相当の食料生産が実現したと説明した。

また、一部地域では、紛争や物流混乱が続く中でも、雑穀(ミレット)栽培によって数十万世帯の生活を支えることができたという。

「地域での生産を重視することが答えの一部です。」

ポールセン氏はそう強調した。

FAOによれば、このミレット生産プログラムでは、1ドルの投資につき約29ドル相当の食料生産が実現した計算になる。

飢饉は防ぐことができる

A local farmer harvests sorghum produced from seeds donated by the Food and Agriculture Organization (FAO) through the “Improving Seeds” project. Credit: FAO/Fred Noy

WFPとFAOは、現代の飢饉の多くは予測可能であり、防ぐことも可能だと強調している。

そのためには、

  • 継続的な資金提供
  • 人道支援への安全なアクセス
  • 危機が深刻化する前の早期対応

が不可欠である。

両機関は、こうした取り組みこそが、深刻な食料不安が破局的な飢饉へと発展するのを防ぐ鍵になると訴えている。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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核時代からAI時代へ―人類は新たな平和の枠組みを築けるか

【バチカンシティINPS Japan=浅霧勝浩

広島と長崎への原子爆弾投下によって人類が核時代に突入してから、すでに80年以上が過ぎた。いま世界は、科学や産業の領域をはるかに超える影響をもたらす、もう一つの技術革命に直面している。核兵器は今なお、わずか数時間のうちに文明を破壊し得る力を持つ。その一方で人工知能(AI)は、軍事計画、情報収集、サイバー作戦、戦略的意思決定のあり方を急速に変えつつある。こうした変化は、第2次世界大戦後に築かれた国際制度が、そもそも想定していなかったものである。|英語版中国語

Global Nobel Laureates Assembly on AI and Nuclear War

このような状況を背景に、ノーベル賞受賞者約30人とノーベル賞受賞団体の代表、元国家元首・政府首脳、AI研究の第一人者、科学者、カトリック関係者、市民社会の代表らを含む200人以上が、7月14日から16日まで、カステル・ガンドルフォの教皇庁庭園内にあるボルゴ・ラウダート・シに集う。

「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」には、科学、技術、平和構築、倫理の分野で世界を代表する人々が参加し、21世紀を特徴づける重要な問いに向き合う。

人工知能は平和を築く力となり得るのか。それとも、すでに不安定化している核時代において、戦争の危険をさらに深刻化させるのか。

3日間にわたる会議は7月16日にローマで閉幕し、「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。同宣言は、人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、デジタル・ガバナンス、新たな技術開発モデルに対応するための原則と提言を示すことを目的としている。

戦略的岐路に立つ世界

この会議が今、開催されるのは偶然ではない。

国際安全保障環境は、かつてなく不安定になっている。ロシアによるウクライナ侵攻は、冷戦後の欧州安全保障秩序を揺るがしている。中東で続く紛争は、さらに広範な地域的エスカレーションへの懸念を高めた。主要国間の関係が悪化するなか、核兵器をめぐる威嚇的な言説も、ここ数十年見られなかったほどの激しさで国際政治に戻ってきた。

同時に、9つの核保有国すべてが核戦力の近代化、あるいは拡張を進めている。かつて戦略的競争を管理する役割を担っていた軍備管理の枠組みの多くは弱体化し、失効し、あるいは政治的に機能不全に陥っている。対立国間の意思疎通の経路も狭まり、誤解や誤算が重大な危機を招く危険性が高まっている。

AIは、こうした不安定な環境のなかへ、驚異的な速度で入り込みつつある。

AIシステムはすでに、膨大な情報の処理、パターンの特定、軍事計画の支援、サイバー能力の強化、従来は人間が数時間から数日をかけて行っていた判断の迅速化を可能にしている。将来的には、危機予防、軍縮検証、早期警戒を支援する新たな手段となる可能性もある。

しかし、同じ能力が危機を一層危険なものにする恐れもある。

AIは、緊急時に政治指導者や軍指導者が判断を下すまでの時間を短縮させる可能性がある。不正確あるいは誤解を招く分析を生成し、偽情報を増幅し、指揮統制システムをサイバー攻撃に対して脆弱にし、国家が自動化技術により多くの権限を委ねることを促しかねない。

中心的な懸念は、機械が独自の判断で核兵器の発射を決定することだけではない。より差し迫った危険は、情報が不完全で、一度の誤りが取り返しのつかない結果をもたらす極度の緊張状態において、AIが生成した情報、予測、提言が人間の意思決定に影響を及ぼすことである。

人類はしたがって、これまで経験したことのない課題に直面している。

問われているのは、核兵器をどのように管理するかだけではない。技術革新が政治的判断力を追い越してしまう前に、人工知能、軍事力、核使用をめぐる意思決定の関係をいかに統治するかという問題である。

なぜバチカンなのか

Presidente da República, Luiz Inácio Lula da Silva, durante audiência com Sua Santidade o Papa Leão XIV. Biblioteca do Palácio Apostólico, Vaticano.

Foto: Ricardo Stuckert / PR

開催地にバチカンが選ばれたことには、深い象徴的意味がある。

教皇庁は核兵器を保有せず、通常の意味での軍事力もほとんど持たない。しかし、世界の大多数の国々と外交関係を結び、戦争と平和をめぐる議論において、人間の尊厳、道義的責任、民間人の保護を中心に据えるよう、長年にわたり訴えてきた。

会議が開かれるボルゴ・ラウダート・シは、カステル・ガンドルフォの教皇別荘庭園内に設けられた教育・環境施設である。主催者によれば、今回の会議は、AI時代における人間の保護を主題とする教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス』の理念に触発されている。

会議が掲げる「非武装かつ軍縮を促す平和」という理念は、単に戦争が存在しない状態を超えた平和観を示している。

「非武装の平和」とは、軍事力を際限なく増強することによって安全を恒久的に維持できるという考えを否定するものである。「軍縮を促す平和」とは、兵器を削減するだけでなく、軍事化を持続させる政治的不安、国家間の対立、経済構造そのものを変革しようとする考え方である。

この視点によって、議論は単なる技術的安全性の問題を超えていく。

ますます強力になる技術が政治、経済、情報、戦争のあり方を変えるなかで、人類はどのような社会を築こうとしているのか。それはまた、技術革新が人間の尊厳に従属し続けるのか、それとも人間が自ら生み出した技術に徐々に従属していくのかという、より根源的な倫理的問いを突きつけている。

政府だけでは解決できない時代

今回の会議の最も重要な特徴の一つは、未来を形づくるあらゆる技術を、もはや政府だけで統治することはできないという現実を認識している点にある。

冷戦時代、核外交の中心的主体は国家だった。核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)などの取り決めは、核兵器、運搬手段、核兵器製造に必要な物質を国家が管理していたからこそ、政府間交渉によって形成された。

しかし、人工知能をめぐる現実は根本的に異なる。

現在、世界で最も高度なAIシステムの多くを開発しているのは、政府だけでなく、民間企業、大学、研究機関である。テクノロジー企業のなかには、多くの政府に匹敵し、場合によってはそれを上回る計算資源、データ、専門知識を保有するところもある。企業の研究部門内部で下される決定が、世界規模の政治的、社会的、安全保障上の影響をもたらし得る時代なのである。

したがって、効果的な統治には、従来型の外交を超えた仕組みが必要となる。

国家、テクノロジー企業、科学者、大学、国際機関、宗教界、市民社会による持続的な協力が不可欠である。

だからこそ今回の会議では、ノーベル賞受賞者、AI企業、世界有数の大学・研究機関、核軍縮団体、バチカンを中心とするカトリック関係者、そして仏教を基盤とする創価学会などの市民社会組織が一堂に会する。

参加者や協力機関には、OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、AARUの関係者をはじめ、ノーベル女性イニシアチブ、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、パグウォッシュ会議、ユヌス・センター、『原子力科学者会報』などが含まれている。

Global Nobel Laureates Assembly on Artificial Intelligence and Nuclear War
Global Nobel Laureates Assembly on Artificial Intelligence and Nuclear War

また、欧州、アジア、北米、オーストラリアを代表する大学・研究機関も参加する予定である。

この会議の意義は、参加者の知名度だけにあるのではない。そこに代表されている分野と共同体の多様性にこそある。

政府だけに依存するのではなく、科学、技術、倫理、宗教、市民社会が共通の存亡的リスクに向き合い、接点を見いだそうとする、新たな国際ガバナンスの姿をこの会議は映し出している。

核弾頭からアルゴリズムへ

核時代の大部分において、軍備管理交渉が対象としてきたのは物理的な物体だった。核弾頭、ミサイル、爆撃機、潜水艦、核物質、核実験施設などである。

AI時代は、これまでとは異なる課題をもたらす。

アルゴリズムはミサイルのように目に見えるものではない。ソフトウェアは短期間で変更でき、データはほぼ瞬時に国境を越える。平和目的で開発された民間システムが、軍事目的に転用されることもある。重要な技術がコードやネットワーク、民間企業が管理する計算基盤の内部に組み込まれている場合、検証、説明責任、透明性の確保は格段に難しくなる。

将来の軍備管理や安全保障の枠組みは、兵器そのものだけでなく、その使用に関する情報を提供し、運用を誘導し、意思決定を加速させるデジタルシステムまで統治しなければならない可能性がある。

かつては理論上の問題とみなされていた問いが、急速に現実味を帯びている。

人工知能を核兵器の指揮統制システムに組み込むことを、果たして認めるべきなのか。自律型兵器に対して、どの程度の人間による監督を維持しなければならないのか。危機の最中に複数のAIシステムが相反する警告を発した場合、国家はどう対応すべきなのか。民間のAI企業が開発した製品が軍事目的に転用された場合、企業にどのような責任を求めるべきなのか。そして、信頼できる安全措置を構築できる国際機関は存在するのか。

今回の会議が、これらすべての問いに3日間で答えを出すことはできない。

しかし、核問題の専門家、ノーベル賞受賞者、AI開発者、研究者、宗教関係者、平和活動家を同じ場に集めることで、これまで互いに切り離されたまま進められてきた議論に、共通の言語をもたらす可能性がある。

国際ガバナンスの新たな章となるか

歴史を振り返れば、人類は存亡に関わる脅威に直面するたびに、新たな理念、制度、規範をつくり出してきた。

1955年のラッセル=アインシュタイン宣言は、核兵器が人類の生存そのものを危険にさらしていると警告した。1957年に始まったパグウォッシュ会議は、冷戦によって分断された科学者たちの間に意思疎通の経路を開いた。その後、NPTが国際的な核秩序の中心的枠組みとなった。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

2017年に採択された核兵器禁止条約は、核兵器が国際人道上の原則と相いれないことを明確にし、核抑止に対する人道的、道義的な異議をさらに強めた。

世界ノーベル賞受賞者会議が将来、こうした歴史の系譜に連なるものと評価されるかどうかは、まだ分からない。

国際会議で採択される宣言が、一夜にして政策を変えることはほとんどない。法的拘束力も、履行を強制する仕組みも、当面の政治的支持も欠く場合がある。文言は理念的なものにとどまり、その影響が目に見えるようになるまでに何年もかかることもある。

しかし宣言は、国際的な議論の前提そのものを変えることがある。

ラッセル=アインシュタイン宣言は核兵器を廃絶しなかったが、国際的な運動を生み出すきっかけとなった。第1回パグウォッシュ会議は冷戦を終わらせなかったが、のちの軍備管理外交に貢献する人間関係を築いた。世界人権宣言は当初、法的拘束力を持たなかったが、やがて国際法と政治的正統性の基礎的な規範となった。

したがってローマ宣言の重要性は、直ちに具体的な合意を生み出すかどうかよりも、政府、テクノロジー企業、大学、国際機関、市民社会を巻き込む持続的なプロセスを開始できるかどうかにかかっているのかもしれない。

より大きな問いは、危険な慣行が固定化されてしまう前に、新たな規範を築くことができるかどうかである。

ローマ宣言に向けて

Palazzo Senatorio Credit: Di Tournasol7 - Opera propria, CC BY-SA 4.0
Palazzo Senatorio Credit: Di Tournasol7 – Opera propria, CC BY-SA 4.0

会議は7月16日、ローマのカピトリーノの丘で開かれる公式会合をもって最高潮を迎え、そこで「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。

同文書は、人工知能、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコル、新興のデジタル開発モデルの時代に対応することを目的としている。主催者によれば、協力、人間の尊厳、全人的発展、諸国民間の平和に基づく国際安全保障のあり方を促進する内容となる。

重要なのは、宣言が幅広い倫理的訴えを超えて、どこまで踏み込むかである。

核兵器や自律型兵器のシステムに対する「意味のある人間の統制」を求めるのか。核使用をめぐる意思決定にAIが果たす役割を制限する提案を示すのか。民間AI企業の責任を明確にするのか。新たな国際的監視、対話、検証の仕組みを提案するのか。そして、理念を政策へと転換するための継続的なプロセスを確立するのか。

その答えによって、この会議が主として象徴的な出来事にとどまるのか、それとも人工知能、核リスク、人間の安全保障をめぐる、より広範な「ローマ・プロセス」の出発点となるのかが決まるだろう。

広島、長崎から80年以上を経たいま、人類は再び、文明の未来を根底から変え得る技術に直面している。

核兵器は今なお、人間が自らの社会を破壊し得る最も直接的な手段である。その一方で人工知能は、核兵器が実際に使用されるか否かを左右する判断の速度、複雑性、性格に影響を及ぼし始めている。

したがって、決定的な課題は、人類が核兵器を管理できるかどうかだけではない。

人工知能が人間の判断を置き換えるのではなく、それを支えるようにすること。壊滅的な誤りの危険を増幅するのではなく、それを減らすようにすること。そして戦争ではなく、平和に貢献するようにすること。そのための制度を、人類は構築できるのかが問われている。

その答えが、カステル・ガンドルフォでの3日間の協議だけから生まれることはないだろう。

しかし、そこで始まる対話は、技術、安全保障、人間の責任をめぐる今後の国際的議論に、長期にわたって影響を与える可能性がある。

UN Photo
UN Photo

INPS Japanは会議期間中、カステル・ガンドルフォおよびローマから現地取材を行い、7月16日のローマ宣言発表後に続報となる分析記事を配信する予定である。This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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米国に異を唱え、その代償を払った国連事務総長 ― ブトロス・ブトロス=ガリの軌跡

【国連IPS=タリフ・ディーン

エジプトの元外相ブトロス・ブトロス=ガリが1991年末、国連事務総長選に立候補した際、最大のライバルはジンバブエの外相だったバーナード・チゼロ氏だった。当時、事務総長ポストは地域持ち回りの慣例に基づきアフリカに割り当てられており、選挙戦が本格化する中、ブトロス=ガリは長年の友人でもあったチゼロ氏との印象深い出来事を後に振り返っている。|ENGLISH

アフリカで開かれたある国際会議で二人が英語で会話を交わしていると、チゼロ氏は突然フランス語へ切り替えた。

その意図を察したブトロス=ガーリは、チゼロ氏の肩を抱きながら冗談交じりにこう言ったという。

「バーナード、フランスの支持を得たいのなら、フランス語を話すだけでは足りない。英語もフランス語なまりで話さなければならないよ。

安全保障理事会の常任理事国で拒否権を持つフランスは、自国語へのこだわりが非常に強いことで知られており、フランス語を話せない候補者には拒否権を行使した可能性さえあった。

実際、国連事務総長を目指す者は、フランス語を実務レベルで使えなければ、あるいは少なくとも習得する意思を示さなければ選出は極めて困難だとされてきた。フランスはフランス語を「国際外交の言語」と位置付けているからである。

そこで一つの疑問が浮かぶ。

現在、次期国連事務総長選に立候補している候補者のうち、英語とフランス語の双方を流暢に話せる人は何人いるのだろうか。

国連創設以来81年間、その実務言語の中心は英語とフランス語である。中国語、アラビア語、スペイン語、ロシア語も公用語ではあるが、日常業務では英語とフランス語が主に使用されてきた。

英語、アラビア語、フランス語を自在に操ったブトロス=ガーリは、1992年1月から1996年12月まで「世界で最も困難な仕事」と称される国連事務総長を務めた。

記者会見で3か国語を話せることについて尋ねられた際、彼は笑いながらこう答えた。

「私の第一言語はアラビア語です。妻とけんかをするときはアラビア語でけんかをしますから。

「事務総長の独立」は神話なのか

Photo: UNON – United Nations Office at Nairobi
Photo: UNON – United Nations Office at Nairobi

ブトロス=ガリは、「国連事務総長の独立性」は、国連の外部で語られる神話にすぎないと指摘していた。

国際公務員である事務総長は就任と同時に自国への政治的忠誠を捨て、いかなる政府からも指示を求めたり受けたりしてはならない―これは国連憲章第100条に明記されている。

しかし実際には、歴代9人の事務総長のほぼ全員が、大国との政治的妥協を重ねてきた。

その内幕を最も率直に明かしたのがブトロス=ガリだった。

彼は、米国の拒否権によって唯一再選を阻まれた国連事務総長である。

1996年、安全保障理事会では15か国中14か国がブトロス=ガリ支持に回った。

英国、フランス、ロシア、中国という他の常任理事国4か国もすべて支持していた。

それでも米国は単独で拒否権を発動した。

本来ならば、慣例として反対する国は棄権し、多数意思を尊重するのが外交上の作法だった。

しかし米国は、圧倒的多数の支持を無視した。

民主主義を世界に説く米国が、多数決の原則を国連では受け入れなかったのである。

「Yes Manではなく、Yes Sir Man」

ブトロス=ガリは歴代事務総長の中でも比較的米国に従わなかった人物として知られる。

もちろん、ワシントンの圧力に屈した場面もあった。

しかし、米国の国益を守るためだけに国連を動かすことには最後まで抵抗した。

元国連事務次長のサミール・サンバル氏は先週IPSに対し、事務総長退任後の興味深いエピソードを明かした。

ある日、かつてのライバルだったチゼロ氏がブトロス=ガーリに尋ねた。

「あなたは『アメリカのイエスマン』と言われていた。それなのになぜアメリカは再選を阻止したのか。」

ブトロス=ガーリは、持ち前のユーモアを交えて答えた。

「アメリカが求めていたのは『Yes Man』ではない。『Yes Sir Man』だったのだ。」

米国に配慮しても再選できなかった

1999年に出版した回顧録『Unvanquished: A US-UN Saga(敗れざる者―米国と国連の物語)』の中で、ブトロス=ガーリは、米国がいかに国連と事務総長を自国の利益のために利用してきたかを詳細に描いている。

ワシントンからは「米国に対して独立しすぎている」と批判された。

しかし実際には、彼自身、米国の支持を得るために可能な限りの配慮を行っていた。

それでも米国だけが再任に反対した。

回顧録の中で彼は、当時のウォーレン・クリストファー国務長官との会談を紹介している。

「私は、ワシントンの要請で、多くのアメリカ人を国連職員に任命した。他の加盟国が反対していたにもかかわらずだ。」

「私はそうしたのは、事務総長として職務を遂行するために米国の支持が必要だったからだ、と説明した。」

しかしクリストファー長官は何も答えなかった。

1992年に就任した時点で、国連管理部門職員の約半数がアメリカ人だった。

しかし米国が負担していた通常予算は全体の25%にすぎなかった。

「この2人は解任してほしい」

1993年にクリントン政権が誕生すると、新政権はブッシュ政権時代に任命された2人のアメリカ人国連事務次長―リチャード・ソーンバーグ氏とジョセフ・バーナー・リード氏――を解任するよう求めた。

彼らは本来、加盟国ではなく国連だけに責任を負う国際公務員だった。

それにもかかわらず、クリントン政権が支持する別のアメリカ人に交代させられた。

ブトロス=ガリは選挙前、ジョン・ボルトン米国務次官補(国際機関担当)が前任のハビエル・ペレス・デクエヤル事務総長について、「米国の利益への配慮が足りなかった」と不満を抱いていると聞かされた。

そこで彼はボルトンにこう語った。

「私は米国の政策を真剣に尊重しています。」

さらに、

「米国の支持がなければ、国連は機能停止に陥るでしょう。」

とも述べている。

「米国だけで事務総長を解任できるのか」

ブトロス=ガリは、クリストファー長官から「再選に立候補しない」と自ら公表するよう求められたことも明かしている。

しかし彼は拒否した。

「米国の一方的な命令だけで国連事務総長を辞めさせることなどできるのでしょうか。」

「他の14か国の安全保障理事会理事国の権利はどうなるのですか。」

そう問い返したという。

クリストファー長官は何か聞き取れない言葉をつぶやいた後、不機嫌そうに電話を切った。

「友人のふりをして足を折る」

1996年には、当時のマデレーン・オルブライト米国連大使が、国務省の指示を受けてブトロス=ガリ排除に執着していたという。

アメリカ人事務次長ジョセフ・バーナー・リード氏によれば、オルブライト大使はこう語っていた。

「私はブトロスに、自分が友人だと思わせる。そして最後に彼の足を折る。」

ブトロス=ガリは後にこう書いている。

「彼女は終始穏やかな表情と友好的な笑顔を崩さず、友情や敬意を語り続けながら、私の権威を失墜させ、私の評判を傷つける機会を一つも逃さなかった。」

さらに彼は、あるインド人学者の言葉を思い出したという。

「外交と欺瞞の間には何の違いもない。」

ユニセフ人事でも米国の影響力

ブトロス=ガリは、ビル・クリントン大統領から、米疾病対策センター(CDC)元所長ウィリアム・フォーギー氏をユニセフ事務局長に任命するよう求められたことも明かしている。

しかし当時はベルギーとフィンランドが優秀な女性候補を擁立していた。

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN

さらに米国は国連分担金を滞納し、国連への批判も繰り返していた。

そのため加盟国の間では、

「ユニセフ事務局長は必ずアメリカ人でなければならない」

という暗黙の了解は崩れ始めていた。

ブトロス=ガリはオルブライト大使にこう伝えた。

「米国が女性候補を推薦するのであれば、その後のことは私も考えます。」

するとオルブライトは目をむき、不満そうな表情を浮かべたという。

最終的に米国は、元米国平和部隊(Peace Corp)総裁のキャロル・ベラミー氏を新たな候補として推薦した。

非公式投票では、フィンランドのエリザベス・レーン氏が15票、ベラミー氏が12票を獲得した。

しかしブトロス=ガーリ氏は、米国が1947年のユニセフ創設以来維持してきた同ポストを引き続き確保できるよう、ベラミー氏を軸に合意形成を図るよう理事会議長に求めたという。

この記事は、タリフ・ディーン氏(国際通信社インタープレスサービス北米理事・国連総局顧問)が2021年に出版した国連に関する著書「コメントはありません、それについては引用しないでください」の内容をもとに構成されている。ディーン氏は、かつてスリランカ政府代表団の一員として国連総会に参加し、コロンビア大学大学院でジャーナリズム修士号を取得したフルブライト奨学生である。また、国連記者協会(UNCA)が授与する国連報道賞金賞を2度(2012年、2013年)受賞している。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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