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ベネズエラ、岐路に立つ

【ウルグアイ・モンテビデオIPS=イネス・M・ポウサデラ】

An image circulating online shows Venezuela’s president handcuffed and giving a thumbs-up, flanked by individuals in DEA jackets, amid unverified claims of a U.S. law-enforcement operation.
An image circulating online shows Venezuela’s president handcuffed and giving a thumbs-up, flanked by individuals in DEA jackets, amid unverified claims of a U.S. law-enforcement operation.

米特殊部隊は1月3日、カラカスの大統領公邸でニコラス・マドゥロ大統領と妻を拘束し、連行した。その過程で、ベネズエラの治安要員少なくとも24人と、キューバの情報要員32人が死亡した。

これを受け、ベネズエラの反体制派の一部は一瞬、希望を抱いた。2024年7月の選挙で敗れながら権力に居座り、民主的移行が阻まれてきた状況を、米国の介入がついに動かすのではないか――との見方が出たためだ。

だが、その期待は数時間で打ち砕かれた。トランプ大統領は、米国が今後ベネズエラを「運営する」と発表し、副大統領のデルシー・ロドリゲスが後任として宣誓就任した。主権は一度ならず二度、踏みにじられた。民意を簒奪した権威主義体制によって、そして国際法を意図的に破った外部勢力によってである。

冷笑的な介入

トランプ政権の下で、米国は民主主義を掲げる建前すら後景に退けた。介入は「麻薬対策作戦」を名目に正当化されたが、トランプはベネズエラの石油埋蔵量やレアアース(希土類)鉱床、投資機会への関心を隠さなかった。優先順位は一貫して、米国の地域覇権である。ベネズエラ国民の自己決定権への軽視も露骨だった。反体制派指導者マリア・コリナ・マチャドについて問われると、トランプは「敬意」や「指導力の器」に欠けるとして退けた。ベネズエラの民主化運動に対し、米国の関心は原則ではなく利害にある――そう受け取らざるを得ない発言であった。

map of venezuela
map of venezuela

皮肉にも、この介入は、マドゥロが長年の宣伝でも作り出せなかった効果をもたらし、反帝国主義の言説に再び勢いを与えた。ラテンアメリカの権威主義体制は従来、米国介入の脅威を口実に弾圧を正当化してきたが、それは主として過去の歴史に根差す主張でもあった。ところが今回、トランプはその「過去」を現在の現実に変え、独裁者たちに権威主義支配を継続するための格好の口実を与えた。

国際社会の反応も同様に示唆に富むものだった。国家主権を最も強く擁護したのは、中国、イラン、ロシアといった権威主義国家である。自国民の権利を日常的に侵害しているにもかかわらず、これらの国々は「ベネズエラの人々との連帯」を表明し、国際法の擁護者を自任した。戦後(1945年以降)の国際秩序の基礎原則を公然と踏みにじったのはトランプであり、その結果、世界でも最も抑圧的な体制の指導者たちが、相対的に理性的な存在に見えてしまう状況が生まれた。こうしてラテンアメリカ全域で政治議論の焦点も大きく移り、いまや問われているのは「ベネズエラの民主主義をいかに回復するか」ではなく、「次なる米国の軍事介入をいかに防ぐか」となっている。

権威主義は続く

一方で、ベネズエラの権威主義体制は崩れていない。マドゥロはニューヨークの法廷に立っているかもしれないが、彼を支えた構造――腐敗した軍、キューバ情報機関の浸透、恩顧主義のネットワーク、抑圧装置――は手つかずのままだ。ロドリゲスは選挙を避けるため、「マドゥロがいつでも戻り得る」との含みを口実に時間を稼ぎつつ、米企業との石油取引を水面下で進め、権威主義的支配の再強化を図る可能性が高い。ロドリゲスにとってもトランプにとっても、民主主義は資源権益の確保にとっての障害に映る。

ベネズエラの市民社会にとって、これは深刻なジレンマである。宣誓就任の場でロドリゲスは、自身を権力の座に押し上げた作戦を非難し、ベネズエラは「いかなる帝国の植民地にも二度となることはない」と誓った。国旗を前面に掲げ、体制の継続を「西側帝国主義への愛国的抵抗」と位置づけたのである。

この構図では、かねて民主化のための国際的圧力を訴えてきた反体制派の活動家は、外国勢力と結託する「反逆者」として描かれやすくなる。だがその一方で、ロドリゲス自身は、キューバ情報機関の関与やイランの石油関係者、ロシアの軍事顧問を受け入れてきた体制の中枢にいた人物でもある。しかも今や米国との石油取引を交渉し、民間投資を可能にする法改正まで約束することで、自ら掲げた「越えてはならない一線」を踏み越えつつある。

Evelis Cano, mother of political prisoner Jack Tantak Cano, pleads with the police for her son’s release outside a detention centre in Caracas, Venezuela, 20 January 2026. Credit: Gaby Oraa/Reuters via Gallo Images
Evelis Cano, mother of political prisoner Jack Tantak Cano, pleads with the police for her son’s release outside a detention centre in Caracas, Venezuela, 20 January 2026. Credit: Gaby Oraa/Reuters via Gallo Images
ベネズエラのためのベネズエラの解決策

ただし、体制には綻びの兆しもある。マドゥロの不在によって、与党内の摩擦が表面化した。たとえば、800人を超える政治犯の釈放要求にどう応じるかをめぐり、対応方針の対立が見えている。これは民主化勢力にとって、状況を動かし得る余地になり得る。

いまこそ民主的反体制派は、主導権を取り戻すべきだ。介入直後、政治犯の家族は収容施設の前で夜通しの抗議行動を行い、釈放を求めた。政府が応じたのは一部にとどまっている。市民社会はこうした声を増幅し、移行に必要なのは単なる「顔ぶれの交代」ではなく、抑圧装置の解体であることを明確にしなければならない。

市民社会組織の幅広い連合は、民主的移行への道筋を示す10項目の要求を発表した。求めているのは、政治犯の即時・無条件の釈放、不正規武装集団の解体、人権監視団と人道支援の制約のない受け入れ、そして何より、国際監視団の下での自由で公正な大統領選挙である。これらは石油契約の条件としてではなく、ベネズエラを代表すると名乗るいかなる政府にとっても譲れない最低条件として、国際社会が支持すべき要求である。

ベネズエラの民主勢力の前には、二つの道がある。トランプとロドリゲスが資源を切り分けるのを傍観し、周縁化を受け入れるのか。あるいは、この混乱の局面を利用して、真にベネズエラ自身の民主化の課題を前に進めるのか。必要なのは、マドゥロの権威主義とトランプの介入の双方を退け、ロドリゲス政権が主張するいかなる正統性も、米軍や石油契約ではなく、有権者の意思からのみ生まれるべきだと突きつけることである。だが、機会の窓は急速に閉じつつあるかもしれない。問われているのは、民主化運動がその瞬間をつかみ、長く希求してきた国を築けるのか、それとも他者に運命を委ねる「観客」にとどまるのか、である。(原文へ)

イネス・M・ポウサデラはCIVICUS(シビカス)調査・分析部長。CIVICUS Lens共同ディレクター兼ライターで、「市民社会報告書(State of Civil Society Report)」の共著者でもある。ウルグアイのオルト大学(Universidad ORT Uruguay)で比較政治学教授を務める。取材・問い合わせ:research@civicus.org

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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新たな植民地主義の時代

タンザニアの学校、クリーン・クッキング推進へ「エネルギークラブ」を設立

【タンザニア・ドドマIPS=キジト・マコエ】

いコック帽に色あせたエプロン姿のマリア・ジョセフさんが、タイル張りの厨房の床にしっかりと足を踏ん張る。巨大なアルミ鍋から立ちのぼる湯気のなか、彼女は両手で木製のへらを握り、鍋底で焦げつきかけた米を力強くかき返していく。|英語版

手首を返すたび、鍋底の米が上へと返され、規則正しく混ざり合っていく。米はやわらかな波のように揺れるが、鍋の縁からこぼれることはない。額には汗がにじみ、湯気が顔を包む。それでも彼女はひるまない。鍋の縁に沿ってへらを走らせ、正確な手つきで丁寧にこそげ取っていく。

だが、少し前まで、タンザニアの首都ドドマにあるブンゲ女子中等学校のこの厨房は、煙に包まれていた。空気は目を刺し、喉を締めつけた。昼になる頃には、パチパチと燃える薪の前に何時間も立ち続けたせいで、彼女の声はかすれていた。

「煙が本当にひどかったです」と彼女は語る。

「しかも、食事の準備にとても時間がかかっていました。」と振り返る。

その安堵の表情は、厨房の外へと広がる、より大きな物語を物語っている。

生徒たちによる働きかけ
SDGs
SDGs

ブンゲ女子中等学校は、クリーン・クッキング・エネルギーの普及を進めるより広範な取り組みの一環として、生徒主導の「エネルギー・クリーン・クッキングクラブ」を立ち上げた。これは、汚染をもたらす燃料からの脱却を目指す国の取り組みの中で、10代の女子生徒たちをその担い手の前面に据える試みである。この取り組みは、日々の暮らしの経験と政策改革を結びつけるものであり、持続可能な開発目標(SDGs)の理念とも密接に結びついている。

手頃でよりクリーンな燃料の普及を通じて、このクラブは目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」を後押ししている。毎年数千人のタンザニア人の命を奪っている室内空気汚染に取り組むことで、目標3「すべての人に健康と福祉を」にも貢献する。また、薪集めや煙にさらされる負担が女性や少女に偏っている現状を和らげることで、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」を支えている。

さらに、学校生活の中にエネルギー・リテラシーを取り入れることは、目標4「質の高い教育をみんなに」の達成にもつながる。木炭への依存を減らすことは、森林破壊の抑制を通じて目標13「気候変動に具体的な対策を」目標15「陸の豊かさも守ろう」に資する。政府、学校、民間の連携によって進められている点で、この取り組みは目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」も体現している。

このクラブの際立った特徴は、これまで省庁の会議室で語られてきたクリーン・クッキングの議論を、10代の少女たち自身の実践へと移した点にある。

Students of Bunge Girls Secondary School in Dodoma pose for a group photo during the launch of their Clean Cooking Energy Club, an initiative placing Tanzanian schoolgirls at the forefront of Africa’s transition away from polluting fuels. The student-led club links classroom learning to the global push for clean energy access, as governments and development partners intensify efforts to reduce household air pollution affecting 2.3 billion people worldwide. Credit: Kizito Makoye/IPS
バイオマス依存の高い代償

リチャード・ムサナ校長は、旧来の方式がもたらしていた負担をよく覚えている。

「薪を使っていた頃は、わずか3カ月で1050万タンザニア・シリング(約4000米ドル)を支出していました。学校にとって大きな負担でした」と彼は語る。

負担軽減を求めて、学校は改良型木炭へと切り替えた。煙はやや減ったが、費用は依然として高かった。

「改良型木炭でも、毎月約275万3334タンザニア・シリング(約1000米ドル)かかっていました」とムサナ校長は言う。
「それでも高すぎました。」

転機となったのは、政府のクリーン・クッキング推進策であった。エネルギー省の支援を受けた官民連携により、学校は液化石油ガス(LPG)システムを導入した。現在では、1トンのガスで2カ月間まかなえるという。

「ガスを使うことで、月々の費用は275万3334シリングから135万5300シリング(約500米ドル)にまで減りました」とムサナ校長は話す。
「大きな節約になっています。このエネルギーは利用者に優しく、特に調理師たちにとって助かっています。」

改修された厨房の内部では、すすで黒ずんでいた壁がきれいにされ、鍋はパチパチと燃える炭火ではなく、制御された青い炎の上で煮立っている。

再びコンロの前に立つマリアさんは、鍋のふたを持ち上げ、さらに勢いよく立ち上る蒸気を逃がした。

「この近代的なコンロで料理するのが好きです」と彼女は言う。
「煙が出ないし、もう目がかゆくなりません。」

国家目標

クラブ発足式で、サロメ・マカンバ・エネルギー副大臣は政府の目標を明らかにした。

Photo: Ms. Shefali Ghosh from Savar, near Dhaka, teaches her daugher in the kitchen. Credit: The World Bank
Photo: Ms. Shefali Ghosh from Savar, near Dhaka, teaches her daugher in the kitchen. Credit: The World Bank

「私たちの目標は、2030年までにすべての家庭とすべての施設がクリーン・クッキング・エネルギーを利用するようにすることです」と彼女は述べた。「クリーン・クッキング・エネルギーの利用率は、2021年の6.9%から、2025年現在では23.2%にまで伸びています。」

この取り組みは、まさに時宜を得たものである。2024年に開催された「アフリカ・クリーン・クッキング・サミット」では、汚染燃料からの転換を加速させるため、世界の指導者たちが過去最高となる22億米ドルの拠出を約束した。

国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界では依然として推計23億人が汚染燃料で調理している。サハラ以南アフリカでは、バイオマスへの依存が依然として支配的であり、森林破壊、室内空気汚染、炭素排出の増加を招いている。

タンザニアでは、施設部門の遅れが際立っている。学校、病院、刑務所など、1日100人以上に食事を提供する3万を超える大規模施設のうち、クリーン・クッキング・システムを導入しているのはわずか1136施設にすぎない。残る施設の多くは、依然としてバイオマスに頼っている。

教科書から台所へ

学校の中庭では、エネルギー・クリーン・クッキングクラブのメンバーたちが日常的に集まっている。ノートと計量カップを手に、木炭とガスでの沸騰時間を比較し、家庭で木炭にかかる費用を計算し、換気の悪い厨房で煙がどのようにたまるかを示す図を描いている。

「両親は、ガスは高すぎると思っています」と話すのは、5年生のレヘマ・マリヤさん。
「でも、毎週木炭にいくら使っているのかを見せると、考え方が変わり始めます。」

16歳のリリアン・マサウェさんにとって、この問題は個人的な意味を持つ。

「もし祖母がもっと良い調理用コンロを使っていたら、毎晩せき込むこともなかったはずです」と彼女は言う。

政府統計によれば、タンザニアでは伝統的な調理法に起因する家庭内空気汚染によって、年間推計3万3000人が命を落としている。最も大きな影響を受けるのは女性と子どもたちである。

薪集めは、女性や少女を暴力の危険にさらす。母親の背中におぶわれた乳児は、換気の悪い台所で有害な煙を吸い込む。多くの家庭にとって、木炭は好みではなく、貧困と限られたインフラによって選ばざるを得ない現実なのである。

転換を支える資金調達
Map of Tanzania
Map of Tanzania

当局者らは、鍵となるのは手ごろな価格だと指摘する。マイクロクレジットや従量払い方式を通じて、各家庭は改良型コンロやLPGシステムを、初期費用の全額を一度に支払うことなく導入できる。

この転換はまた、特に女性にとって、クリーン・クッキング技術の販売や整備に携わる経済的機会とも見なされている。

「クリーン・クッキングへの移行は、政府だけの事業ではありません」と、クラブ発足後にマカンバ副大臣は語った。
「市民、学校、宗教団体、地域の指導者たちの参加が必要です。」

一歩を踏み出す世代

再び学校の中庭。午後のベルが鳴っても、議論は続いていた。

「エネルギーは、単なる電気のことではありません」と、ある生徒は言う。
「健康や森林、気候、そして私たちの母親たちに関わることなのです。」

クラブのメンバーたちは各家庭からデータを集めており、その結果を地元当局に提示する計画である。多くの生徒にとって、この活動は極めて個人的な意味を持つ。

「煙がなぜ危険なのかを母に説明すると、母はこれまでとは違う受け止め方をしてくれます」と、クリーン・クッキング推進役の一人であるスザンナ・キボナさんは話す。

タンザニアのクリーン・クッキングへの移行は、単にコンロを置き換えることではない。それは、習慣を変え、知識を広げ、日々の暮らしを形づくる意思決定への参加を広げることでもある。

ブンゲ女子中等学校では、かつて政策決定者だけのものだった議論に、10代の少女たちが加わり始めている。彼女たちは、台所の煙を気候変動への公約と結びつけ、家庭の支出を国家の改革へとつなげている。

「私たちは、明日のより良いリーダーになるための準備をしています」とマリヤさんは語った。

This article is brought to you by IPS NORAM in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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INPS Japan

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氷河湖拡大、決壊リスクの下で暮らすヒマラヤの村々

マナンの村々は、決壊の危険を抱える氷河湖の直下に暮らす

【マナンNepali Times=ドゥルガ・ラナ・マガル】

1月の淡い陽光を受け、湖面を覆う淡い緑色の氷が鈍くきらめく。半透明の凍結面の下には、暗い水が透けて見える。ネパール中部、マナスル山麓に広がるトゥラギ氷河湖(Thulagi Glacial Lake)である。気候温暖化の影響で拡大しており、ヒマラヤの氷河湖の中でも危険度が高い湖の一つに数えられる。

The Nepali Times
The Nepali Times

標高は4,050メートル。息をのむような景観が広がる一方で、その美しさは、拡大する湖が下流のマルシャンディ渓谷にもたらし得る脅威を覆い隠している。湖は全長4・5キロのトゥラギ氷河の末端に位置し、地元グルンの人々は「ドナ・タル(Dona Tal)」と呼ぶ。出現は1960年代にさかのぼるという。47歳の地元ガイド、チャンドラ・バハドゥル・グルン氏は、約20年にわたりトレッカーをここへ案内してきた。

Yaks graze below Thulagi Himal (7,059m) and Mt Manaslu (8,163m) along the Dona Khola that drains the lake.
トゥラギ・ヒマール(7,059m)とマナスル(8,163m)の麓を流れるドナ・コラ(Dona Khola)の周辺では、ヤクが草をはんでいる。

マナンのトゥラギ氷河湖は、気候変動の影響による決壊洪水(GLOF)の危険が指摘され、ネパールでリスクが高いとされる47の氷河湖の一つに数えられている。

「ドナは昔は小さかったが、いまは大きくなった。」グルン氏は、後退し縮小した氷河を指さしながら説明する。かつてはトレッカーも氷河の反対側へ回り込むことができたが、現在は氷河が池状の水たまりに覆われ、モレーン(堆積地形)から落下する岩も増え、危険が増しているという。

そして、淡々とこう付け加える。「この湖はいずれ、遅かれ早かれ決壊するだろう。」

トゥラギ湖を20年間案内してきた地元ガイド、チャンドラ・バハドゥル・グルン氏。

カトマンズに本部を置く国際総合山岳開発センター(ICIMOD)は、過去20年にわたりトゥラギ湖を調査してきた。1960年代の地形図や初期の衛星画像を見ると、当時の湖は現在よりはるかに小さかったことが分かる。

1994年、マルシャンディ水力発電プロジェクト建設時に、ドイツ地質・天然資源研究所とネパール水文気象局が湖を測量したところ、すでに湖の長さは2kmに達していた。近年の調査では、その後も拡大を続け、面積は現在1平方kmを超えたとされる。

ICIMODは2020年、湖の規模、地すべりや雪崩の可能性、そして「氷を核に持つモレーン堤」が徐々に崩壊していくリスクなどを理由に、ネパールとチベットにまたがる危険な氷河湖の一つとしてトゥラギを挙げた。

2018年には、ウメシュ・K・ハリタシャ(Umesh K Haritasya)氏が率いる氷河学者チームが、トゥラギ、ロウアー・バルン(Lower Barun)、イムジャ(Imja)の3つの氷河湖の変遷を扱った学術論文を発表した。1976年時点でも、トゥラギはクンブ地域のイムジャ氷河湖の2倍、ロウアー・バルンの6倍の規模があったという。チームは湖の深さを79mと測定し、水量は3,610万m³に達すると推計した。

Local guide Chandra Bahadur Gurung has been taking trekkers up to Thulagi Lake for 20 years.
Local guide Chandra Bahadur Gurung has been taking trekkers up to Thulagi Lake for 20 years.

その後、トゥラギは他の2湖に比べると増加ペースが緩やかだとされる。周囲の山の影で日射が抑えられること、狭い谷地形のため氷河の崩落(カービング)が相対的に少ないことが理由に挙げられている。

それでも、トゥラギが決壊洪水(GLOF)を起こせば、マルシャンディ川沿いの4つの水力発電事業と、ベシサハール(Besisahar)やドゥムレ(Dumre)などの集落に重大な危険をもたらすとして、科学者や専門家は長年警鐘を鳴らしてきた(地図参照)。

湖の水はドナ・コラへ流れ込み、やがてマルシャンディ川へ合流する。そのドナ・コラでは、49.9MWのドナ・コラ水力発電プロジェクトが、総事業費100億ルピーで建設中である。さらに同じ川で、42MWの「スーパー・ドナ・コラ」プロジェクトも計画されている。

「氷河湖決壊の引き金になり得る要因の一つは、急峻な側方モレーンだ。急速に融解する永久凍土によって弱体化する可能性がある」。2018年研究チームに参加したリーズ大学研究者スコット・ワトソン(Scott Watson)氏はそう話す。

住民は、まさにワトソン氏が指摘する変化を目撃している。数年前まではトゥラギの源流部に比較的容易に到達できたが、いまは氷や落石が増え、危険が高まっているという。

The 50MW Upper Marsyangdi Hydropower Project station in Lamjung. A Thulagi Lake outburst would damage four hydropower projects on the Marsyangdi and its tributaries.
ラムジュンにある50MWのアッパー・マルシャンディ水力発電所。トゥラギ湖が決壊すれば、マルシャンディ川本流および支流の4事業が被害を受ける恐れがある。
GLOF(氷河湖決壊洪水)警報

氷河学者のリジャン・バクタ・カヤスタ(Rijan Bhakta Kayastha)氏は1994年からトゥラギを研究しており、湖の末端モレーンが「上部は岩混じりの土壌、内部(核)は氷」という構造であることを突き止めたチームの一員でもある。

2020年、カヤスタ氏のチームは、想定されるGLOFの流下経路をモデル化した研究を公表した。湖が決壊した場合、洪水は2.5時間でダラパニ(Dharapani)に到達し、39km下流のバフンダンダ(Bahundanda)には4時間で達すると推定した。

洪水の波高はダラパニで13.7m、最も危険とされるタール(Taal)に達する時点では15mになるという。タールは、マルシャンディ川面からわずか数メートルの高さに位置するため、被害を受けやすい。

ただし研究は、次のようにも結論づけている。「トゥラギ氷河湖の規模と堤の大きさを考えると、落石や雪崩によってモレーン堤が破堤する可能性は低い。ただし地震や気候変動の影響については別途研究が必要である。現時点で、この氷河湖が直ちに、あるいは差し迫って決壊する兆候はない。」

2021年の記憶

マナン渓谷の住民の多くは、2021年にマルシャンディ川で起きた洪水の記憶をいまも引きずっている。洪水では、チャメ(Chame)やダラパニ、ナソ(Naso)、タールなどで家屋や集落の一部が流された。

ダラパニでマルシャンディ川沿いに育ったカマルカリ・グルン(Kamarkali Gurung)さんは、穏やかだった川が一変し、猛威を振るうとは想像もしなかったという。貯金を投じ、17室の3階建ての宿を建てた。洪水が襲った6月の夜、家族はたまたま外出していたが、宿は濁流にのまれた。

「スプーン一本すら残らなかった。すべて消えた」。カマルカリさんはそう語る。「宿を失うのは、愛する人を失うのと同じくらいつらかった。いまはマルシャンディ川が私の家の中を流れている。もう戻れない。」

〈生存者〉カマルカリ・グルンさんの宿は2021年の洪水で流失した。現在はダラパニの借家で宿を続けている。

同じくホテル経営者のスレンドラ・グルン(Surendra Gurung)さんも、洪水当夜ダラパニにいた。村へ押し寄せる轟音を、今も鮮明に覚えているという。「生きるか死ぬか分からなかった。」

シランタル(Sirantal)村は川面からわずか10mの場所にあり、洪水で壊滅した。32人が軍のヘリコプターで救助され、住民の多くは現在タールへ移転している。

シンハ・バハドゥル・グルン(Singha Bahadur Gurung)さんは20年間ロッジを営んでいた。

その一人、シンハ・バハドゥル・グルン(Singha Bahadur Gurung)さんは、シランタルで20年間ロッジを営んでいた。
「買う必要があったのは米くらいだった。シランタルの土はそれほど肥沃だった」と振り返る。

いま、彼の村があった場所をマルシャンディ川が流れている。「洪水以来、6月から8月に雨が降るたびに恐怖を感じる」

2021年の洪水は雨期に発生し、流域を襲った異例の豪雨が原因だった。しかし、もしマルシャンディ川で氷河湖決壊洪水(GLOF)が発生すれば、被害はさらに壊滅的になる可能性がある。

タールでホテルを営むロシュニ・ガレ(Roshni Ghale)さん(46)は、洪水で近隣の家々が飲み込まれるなか、家族とともに近くの洞窟へ逃げ延びた。「洪水後の半年間は生活を立て直すのに必死で、空腹のまま眠る夜も何度もあった」と振り返る。洪水から4年が経ち、観光は徐々に回復しているが、共同体の心の傷はいまも癒えていない。

ロシュニ・ガレさんは、2021年の洪水後、タールでホテルを再建するのに6か月を費やした。洪水から4年が経ち、観光は着実に回復している。

洪水後、政府は住民の移転・再定住について協議を始めたが、いまのところ「空約束」に終わっている。そもそも、観光業で生計を立ててきた経験豊富な宿主が多いこの地域で、人々は先祖代々の土地と共同体を離れ、別の場所で一からやり直すことに消極的だ。

2021年の洪水で被災したシランタルなどの住民の多くは、上流側のタールへ移転した。しかし、そのタール自体も同年の雨期洪水の被害を受けている。

シランタルなどの村々でマルシャンディ川の2021年洪水を生き延びた住民の多くは、上流にあるタール村へ移り住んだ。しかし、そのタールも同じ2021年のモンスーン洪水で被害を受けている。
防災の現実

マナンを含むネパール各地では、氷河湖決壊洪水(GLOF)のリスク評価や被害想定が重ねられ、警告も発せられてきた。にもかかわらず、マルシャンディ川沿いとタールに早期警報システムが設置されたのは、2021年になってからだった。

しかし、それ以外の備えは十分とは言えない。専門家は、早期警報と防災体制はマルシャンディ流域だけでなく、トゥラギ湖そのものと周辺でも不可欠だと指摘する。

住民の間でも、谷の奥で拡大する湖がもたらす危険への認識は高まりつつある。一方で、世代を超えて暮らしてきた家や共同体を離れることには強い抵抗がある。ドナ・コラの水力発電事業は雇用を生み、地元自治体はトゥラギ湖までのハイキング道を整備しており、湖は観光資源にもなりつつある。

「マナンでは雪が減り、雨が増えた。マルシャンディ川は流路を変え、予測が難しくなっている」。トゥラギが位置するナソ農村自治体ワード1の議長、ミン・ラシ・グルン(Min Rashi Gurung)氏はそう語る。

一方で、支援の動きも出てきた。グリーン・クライメート・ファンド(GCF)は2025年、トゥラギを含む5つの氷河湖でGLOFリスクを低減するため、3,610万ドルの無償資金協力(グラント)を承認した。事業は政府と国連開発計画(UNDP)が運営する。

ネパール水文気象局のディンカル・カヤスタ(Dinkar Kayastha)氏によれば、事業は次の会計年度に開始され、イムジャ湖やツォ・ロルパ(Tso Rolpa)で行われたのと同様に、トゥラギを含む4つの氷河湖で水位を下げるなどの対策が実施される予定だという。

Original URL: https://nepalitimes.com/multimedia/hotter-himalaya-melts-glaciers

INPS Japan/Nepali Times

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「『ディープフェイクによる虐待は虐待だ』―生成AIが広げる新たな児童搾取危機にユニセフが警鐘」

【国連IPS=オリトロ・カリム】

国連児童基金(ユニセフ)の新たな調査で、生成型人工知能(AI)を用いて、何百万人もの子どもの画像が性的に加工・改変される被害が広がっている実態が明らかになった。ユニセフは、強固な規制枠組みと、各国政府とテック・プラットフォームの実効的な協力がなければ、この拡大する脅威は次世代に壊滅的な影響を及ぼしかねないと警告している。

独立機関で、児童の性的搾取・虐待を追跡する「チャイルドライト(Childlight)・グローバル子ども安全研究所」の2025年報告書は、近年、テクノロジーを介した児童虐待が急増していることを示した。米国では、2023年に4700件だった関連事案が、2024年には6万7000件超へと跳ね上がった。これらの相当部分に、ディープフェイク(現実に見えるよう精巧に生成されたAI画像・動画・音声)が関与していたという。なかでも「ヌーディフィケーション(nudification)」と呼ばれる、AIツールで写真の衣服を剥いだように見せたり改変したりして、捏造の裸体画像を作り出す行為が広く拡散している。

UNICEF
UNICEF

ユニセフ、国際刑事警察機構(インターポール)、そしてECPATインターナショナル(End Child Prostitution in Asian Tourism=子どもの性的搾取に反対する国際組織)による共同研究は、11か国におけるオンライン上の児童性的虐待コンテンツ(CSAM)の流通状況を調査し、過去1年だけで少なくとも120万人の子どもが、性的に露骨なディープフェイクに画像を加工される被害に遭ったと推計した。これは、およそ「子ども25人に1人」―「教室に1人」―が、すでにこの新たなデジタル虐待の犠牲になっていることを意味する。

「子どもの画像や身元が使われた場合、その子どもは直接、被害者である」とユニセフの担当者は述べた。「たとえ特定可能な被害者がいない場合でも、AI生成の児童性的虐待コンテンツは、子どもの性的搾取を『当たり前』のものとして正当化し、虐待コンテンツへの需要をあおり、支援が必要な子どもを特定し保護するという点で、法執行機関に重大な困難を突き付ける。ディープフェイクによる虐待は虐待であり、そこにもたらされる害は、決して『偽物』ではない」

英国の全国警察本部長協議会(NPCC)による2025年の世論調査は、2019年から2024年の間にディープフェイク虐待が1780%増加したと報告した。クレスト・アドバイザリーが実施した英国全土の代表性を備えた調査では、回答者の約59%(3人に2人近く)が、自分がディープフェイク虐待の被害者になることを懸念していると答えた。

さらに34%は、知人の性的または親密なディープフェイクを作成した経験があると認め、14%は、面識のない相手のディープフェイクを作成したと答えた。調査はまた、女性と少女が不均衡に標的にされていること、そして拡散の場として最も多いのがソーシャルメディアであることも示した。

研究では、ある人物が恋人の「親密な」ディープフェイクを作成し、本人にそれを明かしたうえで、口論の後に第三者へ拡散する、という想定事例も提示した。驚くべきことに、回答者の13%がこの行為を「道徳的にも法的にも容認できる」とし、さらに9%が「どちらでもない」と答えた。NPCCは、この行為を容認する傾向が、ポルノを積極的に消費し、「一般に女性蔑視とみなされ得る」信条に同意する若年男性ほど強い、とも報告した。

受賞歴のある活動家でインターネット著名人のキャリー=ジェーン・ビーチ氏はNPCCに対し、次のように語った。「私たちは極めて憂慮すべき時代に生きている。デジタル空間で早急に決定的な行動を取らなければ、娘たち(そして息子たち)の未来が危機にさらされる。安全策も、法律も、ルールもないまま育った子どもたちの世代があり、その『自由』が生んだ暗い波及効果を、いま目の当たりにしている」

ディープフェイク虐待は、子どもに深刻で長期的な心理的・社会的影響をもたらし得る。強い羞恥、不安、抑うつ、恐怖を引き起こすことが多く、ユニセフは新たな報告書で、ディープフェイク虐待によって子どもの「身体、アイデンティティ、評判」が、遠隔から、見えない形で、しかも恒久的に侵害され得ると指摘した。加害者による脅迫、恐喝、金銭要求につながるリスクもある。侵害の感覚に、デジタル内容の恒久性と拡散性が重なることで、被害者は長期的トラウマや不信感、社会的発達の阻害に直面しかねない。

「自分の画像が性的に加工されたコンテンツに改変されたと知ったとき、多くの子どもが急性の苦痛と恐怖を経験する」と、ユニセフの子ども保護専門官アフルーズ・カヴィアニ・ジョンソン氏はIPSに語った。「子どもたちは羞恥心や烙印(スティグマ)を訴え、それは自分のアイデンティティをコントロールできないという喪失感によっていっそう深まる。被害は現実で、長く続く。性的に加工されたディープフェイクとして描かれることは、子どものウェルビーイングに深刻な打撃を与え、デジタル空間への信頼を損ない、日常の『オフライン』の生活においてすら安全でないと感じさせる」

国際電気通信連合(ITU)電気通信開発局のコスマス・ザヴァザヴァ局長は、オンライン虐待が身体的被害へと転化し得る点も付け加えた。

「人工知能と子どもの権利」に関する共同声明で、ユニセフ、ITU、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)、国連子どもの権利委員会(CRC)など主要な国連機関は、子ども、親、養育者、教師の間で、AIリテラシーが広く不足していると警告した。AIリテラシーとは、AIシステムの仕組みを理解し、批判的かつ効果的に関わるための基礎的能力を指す。この知識ギャップは若年層をとりわけ脆弱にし、被害者や周囲の支援者が、標的化の兆候を見抜き、通報し、十分な保護や支援サービスにつながることを難しくする。

国連はまた、責任の相当部分がテック・プラットフォーム側にあると強調し、多くの生成AIツールが、デジタル上の児童搾取を防ぐ実効的な安全策を欠いていると指摘した。

「ユニセフの見立てでは、ディープフェイク虐待が広がる一因は、法・規制の枠組みが技術の進展に追いついていないことにある。多くの国では、AI生成の性的に加工された子どもの画像が、児童性的虐待コンテンツ(CSAM)として明確に認識されていない」とジョンソン氏は述べた。

ユニセフは各国政府に対し、CSAMの定義をAI生成コンテンツまで更新し、「その作成と流通の双方を明確に犯罪化」するよう求めている。ジョンソン氏によれば、テクノロジー企業には、同氏が「セーフティ・バイ・デザイン(安全性の組み込み)」と呼ぶ措置や、「子どもの権利への影響評価」を導入することを義務付ける必要がある。

ただし同氏は、法律や規制は不可欠である一方、それだけでは十分ではないとも強調した。「性的虐待や搾取を容認したり軽視したりする社会規範も変わらなければならない。子どもを効果的に守るには、より良い法律だけでなく、意識、執行、そして被害を受けた人への支援をめぐる実質的な変化が必要だ」

問題は、商業的インセンティブによってさらに複雑化している。AI画像ツールが生む利用者の関与、購読、話題性からプラットフォームが利益を得ることで、より厳格な保護策を導入する動機が弱まるためだ。

Grok logo 

その結果、テック企業がガードレール(安全策)を導入するのは、重大な社会的批判が噴出した後―子どもがすでに被害を受けた後―になりがちだ。例として挙げられるのが、X(旧ツイッター)のAIチャットボット「Grok」である。ユーザーのプロンプトに応じて、同意のない性的ディープフェイク画像を大量に生成していたことが判明した。国際的な反発が広がるなか、Xは1月、Grokの画像生成ツールをXの有料購読者に限定すると発表した。

ただしGrokをめぐる捜査は継続している。英国と欧州連合(EU)は1月以降、調査を開始し、フランスでは2月3日、検察が、CSAMとディープフェイクの流通にプラットフォームが関与した疑いに関する捜査の一環として、Xのオフィスを捜索した。Xのオーナーであるイーロン・マスク氏も事情聴取のため召喚された。

国連関係者は、AIシステムの成長や収益創出を認めつつも、子どもをオンラインで守る規制枠組みが不可欠だと強調する。「当初、彼らはイノベーションを阻害することを懸念しているように感じられた。しかし私たちのメッセージは極めて明確だ。AIを責任ある形で展開すれば、利益も出せるし、事業もできるし、市場シェアも取れる」と、国連の高官は語った。「民間セクターはパートナーである。だが望ましくない結果につながる動きが見えたときには、危険信号を出さなければならない」(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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シリアの移動文化バス―文化的公正を掲げ、戦禍の子どもたちに芸術と文学を届ける

【シリア・アル・アズラクIPS=ソニア・アル=アリ

シリア北部アル・アズラクのキャンプで、10歳のアビール・アル=カッドゥールは、色鮮やかな本に見入っていた。すぐそばには、「文化バス」と記されたバスが停まっている。その周りには、初めて集団で絵を描く活動に参加した子どもたちが目を輝かせながら集まっていた。少し離れた場所では、高齢の住民たちが静かに腰を下ろし、農業や政治、文学に関する本を手に取っている。そうした本を手にするのは、何年ぶりか、あるいは初めてという人も少なくない。

アビールは笑顔でこう語った。

「私は物語や科学の本を読むのが大好きです。この地域には公共図書館がなく、本を買うお金もありません。だから、この取り残されたキャンプに移動図書館が来てくれて、本当にうれしかったのです。私は家族とともに、ここで5年以上暮らしています。」

さらに、こう続けた。

「以前は、テントが私たちの孤立の象徴のように思えていました。でも文化バスが来てから、ようやく自分たちも祖国の一部なのだと感じられるようになりました。文化が、ほかの町や地域と同じように、私たちのもとにも届いていると感じたのです。」

シリア各地の都市やその周辺の村々を巡る色鮮やかなバスは、行く先々で人々の目を引いている。これはスクールバスでも、ありふれた交通手段でもない。いま人々に親しまれている「文化バス」である。シリア文化省が立ち上げたこの取り組みは、子どもから大人までを対象に、多様な書籍や小説、短編作品を備え、都市中心部から遠く離れた農村地帯や避難民キャンプを巡回している。そうした地域では、資源不足により図書館サービスが著しく不足している。

Displaced children choose their favourite stories inside the cultural bus in the Al-Azraq camp in northern Syria. Credit: Sonia Al Ali/IPS
忘れられた地域に読書文化を広げる

文化バスは今年初め、移動図書館として運行を開始した。停車するたびに、その場は小さな文化の祭典のような空間となり、子どもたちに喜びを広げている。だが、この取り組みの狙いは、一時的な高揚感にとどまらない。読書を一過性の体験ではなく持続的な習慣として根づかせ、地域社会の文化的な営みに再び活気を取り戻すことを目指している。

文化バスのプロジェクト・マネジャー、モハンマド・ムラド氏は、この事業の意義をこう語る。

「シリアで14年にわたって続いた戦争のなかで、多くの学校が破壊され、一世代まるごとの子どもたちが教育を受ける権利を奪われました。だからこそ文化バスは、子どもたちを再び本に親しませ、読書への関心を育み、シリアの豊かな文化遺産に触れてもらうことに力を注いでいます。また、自国の歴史的遺跡や、ガラス工芸、石けん作りといった伝統技術を知る機会にもなっています。私たちの指針は『文化、意識、再建』です。」

Map of Syria
Map of Syria

ムラド氏によれば、文化省がこの移動型プロジェクトを立ち上げた背景には、質の高い文化活動を求める社会の強い声がある。シリア初の試みとなるこの事業では、2台のバスが運行されており、1台は子ども向け、もう1台は大人向けである。これまでにダマスカス農村県、デリゾール、ラタキア、タルトゥース、バニヤスのほか、クネイトラ、アレッポ、イドリブに至るまで、39地域を巡回し、多彩な文化活動を展開してきた。

各バスには、あらゆる年齢層に向けて選ばれた数千冊の本や小説、物語を備えた移動図書館が設けられている。車内には作家や詩人のボランティア・チームも加わり、娯楽性と教育性を兼ね備えた多彩な活動を展開している。

ムラド氏はこう説明する。

「子どもたち向けには、共同読書、作文や絵画のワークショップ、伝統的な『ハカワティ(語り部)』による語り、さまざまな文化コンテストなど、双方向型の催しを行っています。地元のNGOや学校、ボランティア団体と連携し、できるだけ多くの村や町に足を運べるよう工夫しています。」

さらに同氏は、この取り組みは一時的な催しではなく、持続可能な文化政策の柱だと強調する。その目的は、文化を誰もが享受すべき権利として位置づけ、知識を個人とシリア社会の再建を支える基盤として取り戻すことにある。

文化的公正の実現へ

文化バスは、文化を特権ではなく公共の権利として位置づけ、シリアの隅々にまで届けようとしている。

プロジェクト監督者のサルワ・アル=アサアド氏(33)は、この活動を支える原動力についてこう語る。

「私たちの目標は、シリアのあらゆる地域で、人々に文化を届けることです。子どもたちが遠くの図書館や文化センターに足を運ぶのを待つのではなく、私たちのほうから子どもたちのもとへ向かいます。何年もの間、一度も文化活動が行われていない遠隔地の村々からも、訪問の要請が寄せられています。」

アル=アサアド氏は、このプロジェクトの強みは地域社会を中心に据えたアプローチにあると強調する。訪問先は、それぞれの地域住民が抱える具体的なニーズに基づいて選ばれる。戦争の傷跡が深い地域では、子どもたちが感情を表現できるよう、美術療法的な活動を行う。一方、文化に触れる機会の乏しい都市では、詩の夕べや音楽公演を開き、地域に活気を取り戻そうとしている。

厳しい地形による移動上の困難や、資金確保をめぐる継続的な課題にもかかわらず、サルワ・アル=アサアド氏はひるまない。市民から寄せられる大きな反響こそが、彼女たちを前へ進ませる力となっている。より多くの地域に活動を広げるため、新たなバスの導入計画もすでに進んでいる。

「こうした取り組みは、単に読書や学びを促すだけではありません。子どもや若者たちの中に希望の種をまき、創造力に火をともすのです」とアル=アサアド氏は語る。

「同時に私たちは、それぞれの地域の社会的・教育的背景に即したプログラムを通じて、損傷を受けた文化センターを再び地域の文化拠点としてよみがえらせることも目指しています。」

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

文化バスの重要性は、シリアの深刻な教育危機を背景に、いっそう際立っている。UNICEFの政治移行前の推計によれば、7000校を超える学校が損傷または破壊された。さらに多くの学校が避難所として転用され、残された学校では深刻な過密が生じている。

統計が示す現実は厳しい。現在、240万人を超える子どもたちが学校に通えておらず、さらに100万人が中途退学の危機にさらされている。こうした状況の中で、移動図書館のような文化・教育の取り組みは、もはや補助的な存在ではない。失われかねない世代にとって、極めて重要な命綱なのである。

文化バスは今日も旅を続け、シリアの文化地図を描き直している。

それは絶えず動き続ける地図であり、扉が開くたびに一筋の希望を運んでくる。このバスが運んでいるのは、単に人をある場所から別の場所へ移すことではない。知識そのものを、静まり返った図書館からにぎわう広場へ、都市の中心から最も辺境の村へと届けているのである。

その歩みを通じて、文化バスは、シリアの人々と本の世界との間で断ち切られてしまった絆を、少しずつ、しかし確かに結び直している。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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才能の浪費:タリバンの制約下で「適応」を迫られるアフガンの高学歴女性たち

※筆者はアフガニスタン在住の女性ジャーナリスト。タリバン復権前にフィンランドの支援を受けて研修を受けた。安全上の理由から身元は非公表。

【カブールIPS=匿名女性記者】

アフガニスタンの首都カブールでは、若い女性たちが市場の屋台で刺繍や仕立て、ビーズ細工の制作・デザインなどに従事している。コンピューター・ソフトの開発や報道など、学んだ専門分野で働くはずだった女性も多い。だが、そうした分野での就労機会が閉ざされたためだ。

タリバンが2021年に権力を奪還して以降、高学歴の女性は公的職から排除され、正式な雇用の多くから締め出されてきた。生活を維持し、失業による精神的負担を避けるため、専門とは無関係の仕事に就く女性が増えている。

女性の就労は厳しく制限され、ほとんどの女性がオフィス勤務やメディアなど、教育や職歴に直結する分野で働くことを禁じられている。

「専門の仕事が見つからない」——IT卒業生のリダ

リダ(仮名)はコンピューターサイエンスの学位を持ち、以前は経済省でIT担当として6年以上勤務し、安定した収入を得ていた。だが現在は、カブール南東部で仕立て仕事をしながら小さな店を営んでいる。

Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

夫は地方開発省に勤務していたが、10年前にカブールで起きた爆発事件で死亡した。リダは5人の子どもを抱え、兄の家族と同居している。生活は厳しく、家計を支えるため、息子の1人は路上でビニール袋を売っている。下の息子は学校に通っているが、娘の教育はタリバンの布告によって中断されたままだという。

「タリバンが戻ってきたとき、私は職場を追われました」とリダは語る。「この4年間、専門の仕事は見つからず、店で働くしかありませんでした。」

仕事を求め、多くの女性がカブールの非公式経済(インフォーマル部門)に流入しているが、機会は限られ競争も激しい。女性が働ける場は、女性向け衣料や化粧品を扱い、女性客を対象とする店舗にほぼ限られている。

さらに、女性が店を運営するためには、男性の家族や代理人が先に営業許可を取得しなければならない。そのうえで女性が販売員や助手として働く形となり、給与は固定給か歩合制で支払われるのが一般的だ。

「仕立ての工房で働くのは非常につらいです」とリダは言う。「せめて、自分の専門に近いコンピューター関連の仕事ができればと思います。」

「記者ではなく店番に」——報道を学んだムルサル
Press freedom watchdogs say the arrest of Wall Street Journal reporter Evan Gershkovich is a sign of the Kremlin’s greater intolerance of independent voices.
Press freedom watchdogs say the arrest of Wall Street Journal reporter Evan Gershkovich is a sign of the Kremlin’s greater intolerance of independent voices.

ムルサル(仮名、27歳)も同じような境遇にある。ジャーナリズムを学び、8年間、複数のメディアで記者として働いた。タリバン復権前は、ジャーナリスト支援の団体に勤め、収入や福利厚生にも恵まれていた。

だが今、ムルサルは店を営む側に回った。民間メディアには多くの女性を吸収する余力がなく、ニュースを伝える代わりに、女性向けの伝統衣装や関連商品を売って生計を立てている。

「最初は、自分がとても安く見られているように感じました。」とムルサルは言う。「周囲の視線も気になりましたし、家族も、私がこの仕事をしていることをあまり快く思っていませんでした。」

アフガニスタンでは、女性が店を切り盛りするのは一般的ではない。ムルサルはカブール南西部で女性用衣料を売り、両親と暮らしている。両親は元政府職員だが、現在は失業している。

「姉妹が6人、弟が1人います」とムルサルは話す。「姉妹たちが自立するまで、私は結婚できません。家族を支える責任が私にあるからです。」弟はまだ10歳だという。

ムルサルの月収は約1万アフガニ(約127ユーロ)ほど。家族が何とか暮らすにも十分とは言いがたい。それでも、就労環境はさらに厳しさを増している。

ムルサルによれば、「勧善懲悪省」の職員が週に3回、店を訪れ、一日中マスクの着用を徹底させる。息苦しいだけでなく、女性用の寝間着に印刷された写真や図柄を隠す、あるいは撤去するよう命じられることもある。

「商品を隠したら、お客さんは何を選べばいいのか分かりません。」とムルサルは訴える。

逆境のなかの「抵抗」

彼女たちは、積み重ねてきた学びが生かされない現実に苦しみながらも、店を続けることで、権利侵害に屈しない姿勢を示している。家族を支える収入は必要だが、痛みの核心は、技能と夢が専門の場で封じられている点にある。

それでも、厳しい制約下で働き続けることは、生計のためだけではない。社会から姿を消すことを拒み、できる形で関わり、貢献し続ける—その営み自体が、静かな意思表示になっている。

タリバンの制約は機会を狭めても、志や変化への意欲まで奪うことはできない。アフガンの女性たちは沈黙せず、公共空間にとどまり続ける。自分たちは「見えない存在」ではないと示している。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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「誰も被爆者であってはならない」 若き日本人活動家、被爆証言を伝える移動式ミュージアム構想

日本の若い平和活動家が、被爆者の証言を語り継ぐ移動式ミュージアムの設立を通じて、世界の核軍縮を後押ししようとしている。

【INPS Japan/ 国連ニュース】

広島とともに第二次世界大戦末期に原子爆弾が投下された長崎出身の中村涼香さんは、被爆者の体験を広島と長崎の外にも伝えることを目指している。

被爆者である祖母を持つ中村さんは、2025~2026年の「SDGsヤング・リーダーズ」17人の一人に選ばれた。毎年3月5日に記念される「軍縮・不拡散に関する意識向上のための国際デー」を前に、UN Newsの取材に応じた。

UN Photo

中村さんは、「世界には1万2000発を超える核兵器が存在しており、誰もが原爆の被害者となり得る」と危機感を示した。

また、高校時代に平和活動を始め、地元・長崎で署名活動や被爆者との交流に取り組んできたと振り返った。

中村さんは、原爆の残酷さと恐ろしさを自らの体験に基づいて伝え続けてきた被爆者に深い敬意を示し、「人は歴史を忘れがちだからこそ、この街の悲劇と、人々が経験したことを記憶し続けなければならない」と語った。

その一方で、こうした活動の多くがボランティアによって支えられている現状に触れ、「どのように継続していくかが課題だ」と指摘した。その上で、若い世代が関心を持ち、参加したくなるような新しい形の活動が必要だとの考えを示した。

© Suzuka Nakamura As a high school student in Nagasaki, Suzuka Nakamura (centre) collects signatures for the eradication of nuclear weapons. (file)
移動式原爆ミュージアム

中村さんは大学進学後、若者が核兵器廃絶に向けて取り組むことのできるコミュニティーづくりを始めたという。

現在は、核兵器廃絶の重要性を伝えるため、移動式原爆ミュージアムの構想を進めている。

中村さんは、被爆者が設立した反核団体日本被団協が2024年にノーベル平和賞を受賞して以降、広島や長崎を訪れて学ぼうとする人が増えたと述べた。

その一方で、「広島と長崎以外には、この問題について学べる場がほとんどない。」と指摘。日本各地、さらには世界へと巡回できる移動式ミュージアムが実現すれば、平和や人権など、社会にとって不可欠な課題について対話を広げる機会になるとの見方を示した。

被爆者から受け継ぐ教訓

中村さんはまた、国連について「世界中の人々が集い、今後どのように生きていくべきかを話し合い、決定するための不可欠な場だ。」と評価した。

SDGsヤング・リーダーとして活動することで、各国の若者や関係者とのネットワークを築き、多様な考え方に触れることができるとしている。

さらに、核軍縮を直接掲げる特定のSDGs目標は存在しないものの、この問題はすべての目標に関わる横断的課題だと強調し、「核兵器が存在する限り、持続可能な世界は実現できない。」と訴えた。

被爆者から学んだ最も大きな教訓の一つは「忍耐」だという。

中村さんは、「この問題は非常に大きく、自分の生きている間に解決できないかもしれない。それでも活動を止めないためには忍耐が必要だ。私たちは続けなければならない。前に進み続けなければならない」と語った。(原文へ

Origiinal URL: https://news.un.org/en/story/2026/03/1167101

INPS Japan

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高市首相訪米へ イラン戦争の余波の中で問われる日米同盟の代償

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

高市早苗首相は来週、イラン戦争をめぐりドナルド・トランプ米大統領と「率直な協議」を行う構えでワシントンを訪れる。しかし、中東にエネルギーを依存し、安全保障では米国に依拠する日本にとって、「率直さ」は掲げるほど容易なものではない。日本の主要メディアは、3月19日の首脳会談を、戦争の経済的代償が日本に及ぶなかで、日本政府がどこまで本音を語れるのかを測る試金石と位置づけている。(毎日新聞

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

日本政府の立場は、意図的に慎重に整えられている。高市首相は、この紛争は日本の安全保障関連法制上の「存立危機事態」には、なお該当しないとの認識を示している。この線引きは、国内政治の文脈で重い意味を持つ。経済的打撃が生じていても、それが直ちに、より正式な安全保障上の関与へと転化する事態を避けるためである。言い換えれば、日本政府は、戦争が日本の法的枠組みの内部に入り込むことを防ごうとしているのであり、現時点で顕在化しているのは、あくまで経済的衝撃である。(ジャパンタイムズ

しかも、その経済的衝撃は抽象論ではない。ル・モンドは、ホルムズ海峡の航行がほぼ停止状態に陥ったことで、アジア向けの石油輸入が直接圧迫されていると報じ、高市首相が安定的なエネルギー供給の確保に向けて「あらゆる可能な措置」を講じると述べたと伝えた。フィナンシャル・タイムズによれば、原油輸入の大幅な減少が見込まれるなか、日本政府は備蓄放出によって「先手を打つ」方針だという。日本は8カ月を超える備蓄を保有しているが、それは時間を稼ぐ手段ではあっても、脆弱性そのものを消し去るものではない。(Le Monde.fr

国際市場全体の動揺も、各国に対応を迫る水準に達している。国際エネルギー機関(IEA)は3月11日、加盟32カ国が緊急備蓄から計4億バレルを市場に供給することで合意したと発表した。これは、IEA史上最大の協調放出である。アラブ・ニュースはこの決定を引用し、戦争と湾岸地域からのエネルギー供給混乱によって引き起こされた価格急騰を抑え込むため、各国政府が対応を急いでいると報じた。(IEA

日本にとってこの展開が重い意味を持つのは、主要経済国のなかでも、日本がとりわけ選択肢の限られた国の一つだからである。中国は既存ルートを通じてイラン産原油へのアクセスを維持しており、インドも、すでに航行中の一部ロシア産石油貨物について、米国から一時的な制裁免除を受けている。これに対し日本政府は、ロシア産原油に関する免除措置の活用を検討しつつも、それをG7との協調や外交上の代償と慎重に天秤にかけている。ロイターは金曜日、日本政府がこの選択肢を検討しているものの、それは広範なエネルギー安全保障上の判断の一部にとどまると報じた。(ロイター

もっとも、高市首相が手ぶらでワシントンに向かうわけではない。ロイターによれば、日本は今回の首脳会談で、米国主導のミサイル防衛構想「ゴールデン・ドーム」への参加を表明する見通しである。これは、戦争が日本経済を圧迫するなかでも、日本政府がなお対米戦略協調を深める意思を持っていることを示す。今回の訪米が緊張を帯びるのはこのためである。日本は、エネルギー面での負担軽減を求める局面で、防衛面ではさらに重い責任を引き受けようとしている。忠実な同盟国であることは依然として期待されているが、安価な燃料がその見返りに含まれているわけではない。(ロイター

日本の報道は、この板挟みの構図を比較的率直に伝えている。毎日新聞は共同通信を引用し、高市首相がトランプ大統領に対し、イラン問題を率直に提起する意向だと報じた。ジャパンタイムズは、日本政府の対応ににじむ法的・政治的慎重さに着目し、政府が同盟管理と自動的なエスカレーションとをいかに慎重に切り分けようとしているかを浮かび上がらせている。これは反米的な姿勢ではない。むしろ日本政府は、戦略的連帯には相応の代償が伴うという現実を、ワシントンに伝えようとしているのである。(毎日新聞

この首脳会談の焦点は、高市首相が率直に語るかどうかではない。外交の文法に照らせば、首相はおそらく十分に率直であろう。真に問われているのは、米国の最も緊密なアジアの同盟国の一つである日本が、ワシントンの安全保障戦略を支持しながらも、中東戦争の経済的余波によって深刻な打撃を受け得るという現実に、トランプ氏がどこまで耳を傾けるかである。もし日本が、防衛協力の拡大だけを持ち帰り、エネルギー不安に対する十分な安心材料を得られないまま帰国するなら、その教訓は重い。この同盟では、率直な対話が許容されても、負担を引き受ける覚悟の方が、なお強く求められていることを示すことになる。(毎日新聞

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/japan-pm-sanae-takaichi-candid-test-in-washington

INPS Japan

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豪州の継続的課題―ブッシュファイア

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン

2026年初頭、オーストラリア南東部ビクトリア州は、大規模なブッシュファイア(山火事)に再び見舞われた。気温が45度を超える熱波が続いた後、ロングウッドとウォルワ周辺で発生した火災が急速に拡大し、広い地域に被害が及んだ。ジャシンタ・アラン州首相が「災害状態(state of disaster)」を宣言したことは、危機の深刻さを物語っている。今回の火災は、2019~2020年の「ブラック・サマー」以来、州にとって最大級の災害と位置づけられている。火勢がいったん弱まり、当面の危険が後退するにつれ、焦点は長期にわたる復旧・復興へと移った。

復旧とは、焼け焦げたがれきを片づけ、建物を再建するだけではない。経済、環境、社会の回復を同時に進める、多面的な課題である。気候変動によって災害が激しさを増す中、ビクトリア州が復旧・復興をどのように進めるのかに国際的な関心が集まっている。

Map of Australia
Map of Australia

可燃物の蓄積が進む中、突風を伴う強風が重なり、2026年1月初旬に発生した火災は急速に拡大した。1月10日に「災害状態」が正式に宣言された時点で、焼失面積はすでに30万ヘクタールを超えていた。この宣言により、緊急サービス当局は住民避難や資源配分について特別な権限を得て、対象は18の地方自治体区域に及んだ。ストラスボギーやトウォングなどでは状況が急速に悪化し、数千人が避難を余儀なくされた。住民は炎に追われ、持ち物や生活の基盤を残したまま退避することになった。

赤く染まった空と、森林から立ち上る煙柱の映像は、豪州で自然災害が激化している現実を改めて印象づけた。避難した住民の多くは、衝撃が冷めやらぬ中、救援センターで開かれた復旧に向けた初期会合に参加した。これらの会合は、政府と住民の情報共有や連絡体制を整え、被害状況について公式に説明する場となった。「災害状態」の宣言は、被災地域が復旧や生活再建を進めるための法的・財政的な支援枠組みを確保する意味も持っていた。

現場の安全が確認されると、エマージェンシー・リカバリー・ビクトリア(Emergency Recovery Victoria)と各自治体のチームが被害査定に着手した。衛星画像と地上調査を組み合わせ、900棟を超える建物の被害が確認され、その中には数百棟の住宅も含まれている。復旧の最初の課題は、電力、水道、通信といった基幹インフラの回復だった。火災の最盛期には3万世帯以上が停電し、地域によっては灰や消火薬剤の影響で安全な飲料水の確保が難しくなった。公益事業者は数百人規模の技術者を投入し、防護柵や道路標識、さらに数千キロに及ぶ送電線の修復を進めた。大きく景観が変わった地域でも、住民の日常生活をできるだけ早く取り戻すことが目標とされた。

2026年の火災による経済的打撃を受け、州政府と連邦政府は迅速に財政支援を実施した。共同の災害復旧資金手当制度(Disaster Recovery Funding Arrangements)のもとで、食料や衣類、医薬品など生活必需品の購入を支援する給付が開始された。

農業被害も深刻で、最初の1週間だけで1万5000頭を超える家畜が失われた。ヒュームおよびゴールバーン・バレー地域の農家にとって、これは経済的損失だけでなく精神的にも大きな打撃となった。牧草地やフェンス、飼料保管施設が焼失し、生き残った家畜も厳しい環境に置かれている。被災農地に緊急の飼料や水を届けるため、大規模な支援輸送が行われた。

SDGs Goal No. 15
SDGs Goal No. 15

この危機に対応するため、最大7万5000ドルの一次生産者向け復旧助成金が設けられた。がれき撤去や農業経営の再建に必要な費用を支援するもので、家畜の適切な処理、農場インフラの再構築、牧草地の回復などが対象となる。長期的には、土壌の健全性回復とともに、焼失地で広がりやすい外来雑草の侵入対策も重要な課題となる。

火災は交通網にも大きな混乱をもたらした。危機の最中、多くの地域が事実上孤立し、ヒューム・ハイウェイやマレー・バレー・ハイウェイなど主要道路が火災接近や倒木の危険により閉鎖または通行制限された。復旧チームにとって道路の再開は最優先事項だった。道路は救援物資や復旧資材の輸送、避難者の帰還を支える重要な交通路だからである。

環境被害も甚大だった。ローソン山やウォナンガッタを含む広大な森林や州立公園が深刻な被害を受け、野生生物の犠牲は数百万に達すると推計されている。火の回りが速く強度も高かったため、移動の遅い動物は逃げることができなかった。現在、環境修復が進められており、灰の流出から水源を守る対策や、未焼失地に生き残った動物への給餌・給水支援が進められている。

火災後の水質悪化も懸念されている。植生が失われることで土壌侵食が進み、豪雨時に土砂が河川や貯水池へ流れ込む危険が高まる。これは水生生物の生息環境だけでなく、飲料水の安全性にも影響を与える可能性がある。

一方で、物理的な被害以上に深刻なのが心理的影響である。避難の恐怖や住居の喪失、環境破壊の目撃は、長期にわたり不安や悲しみを残す。被災者の心の回復は、復興の重要な課題の一つとなっている。

復旧が再建段階へ移る中、ビクトリア州民が直面するのは、安全で持続可能な形で地域をどう再建するかという課題である。今回の火災は、極端な気象条件にさらされる地域の都市計画や建築基準をめぐる議論を再び活発化させた。保険料の急騰や新たな火災危険度基準への対応など、土地への帰還を望む住民には大きな負担がのしかかっている。

州政府は、より耐災害性の高い住宅の整備を検討している。賃貸住宅供給を目的とした「ビルド・トゥ・レント」方式や耐火素材を用いた住宅開発、さらに地域単位で電力供給を維持できるマイクログリッドの整備などが進められている。しかし、その費用負担をどう抑えるかが引き続き課題となっている。

一部地域では、長期的に危険度が高い地域から移転する「管理された撤退」という選択も議論されている。災害の頻発は、都市・地域計画の見直しを迫っている。今回の復旧は単なる元通りの再建ではなく、自然環境の中でどのように暮らすのかを改めて考える機会でもある。再建の各段階に回復力を組み込むことで、ビクトリア州は火災多発地域に向けた新たなモデルを示そうとしている。

Dr. Majid Khan, Bureau Chief(London Post for Australia)/Writer and Analyst
Dr. Majid Khan, Bureau Chief(London Post for Australia)/Writer and Analyst

豪州では大規模火災のたびに政策の見直しが行われる。今回も計画的焼き払いの有効性や国立公園での燃料管理をめぐり、さらなる調査を求める声が上がっている。高温と乾燥が常態化する中、従来の手法だけでは不十分だとの認識が広がり、先住民の火入れの知見を現代技術と組み合わせる動きも検討されている。

政策面では、観光業や農業など地方経済の脆弱性も浮き彫りになった。政府は、自然災害の影響を減らす気候対応型の取り組みを通じ、産業の持続性を高める方策を検討している。復旧から得られた教訓を生かし、より柔軟で先を見据えた政策体制の構築を目指している。

ビクトリア州の復旧の取り組みは、豪州を超えて国際的な関心を集めている。気候変動による災害が世界各地で増える中、ここで得られる教訓は多くの地域にとって参考となる。暮らし、経済、環境のバランスをどう取るかという課題に対し、ビクトリア州の経験は重要な示唆を与えるだろう。さらに、豪州が2026年のCOP31気候会議の開催を目指していることも、国内政策への注目を高めている。復旧の行方は、もはや州だけの問題ではなく、世界が共有する課題となっている。(原文へ

INPS Japan

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勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

イランは、この戦争に古典的な意味で「勝つ」ことを目指しているのではないのかもしれない。むしろ、生き延び、戦争を長引かせ、その代償を他のすべての当事者にとってより高くすることを狙っている可能性がある。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

米国とイスラエルとの紛争が、大規模攻撃による初動の衝撃を越え、より消耗的な段階へと移るなかで、イランから浮かび上がってくる論理は、どうやらそこにあるようだ。ロイター通信は火曜日、イランが決定的な戦場での勝利ではなく、持久力、ミサイルによる圧力、地域のエネルギーの流れへの攪乱を通じて、米国とイスラエルの双方を疲弊させようとする消耗戦を追求していると報じた。(Reuters

これは、強さというより計算に基づく戦略である。イランは軍事的に大きな損失を被り、核関連施設や指揮インフラの一部にも深刻な損害を受けた。それでもなお、戦争を継続させ、そのコストを高く保つのに十分なミサイル能力、国内の結束力、そして地域的な影響力を保持しているように見える。ロイター通信によれば、革命防衛隊は戦場での意思決定に対する統制を強め、イランはさらに戦時体制へと移行しており、少なくとも現時点で国内に大規模な不安定化の兆候は見られない。(Reuters

それは、イランが安心していることを意味しない。危険のかたちが変わったということである。

消耗戦とは、自国が敵を圧倒できないことを理解しながらも、それでも相手を疲弊させることはできると信じる国家の戦略である。イランの現在の計算は、攻撃を耐え抜き、攻撃を続けるのに十分な能力を維持しつつ、戦争の代償を拡大させることで、他方でさらなるエスカレーションを支持する政治的意思を揺るがせることにあるようだ。その構図においては、生き延びること自体が戦略的成果となる。

エネルギー戦線は、その発想の中核にある。AP通信は、この戦争によって、湾岸地域の主要なパイプライン、製油所、輸出ターミナル、海上輸送路が危険にさらされており、世界の原油のおよそ5分の1と液化天然ガスの大きな割合が通過するホルムズ海峡が深刻に混乱していると報じた。地域の供給インフラに長期的な不安定化や損害が及ぶ可能性が市場に織り込まれるなか、ブレント原油は急騰している。(AP News

このことは、弱体化した立場にあっても、イランに一定のてこを与える。イランは、空軍力や精密打撃能力において米国やイスラエルに対抗できないかもしれない。だが、それでもなお、この紛争を世界にとって不快なものにすることはできる。石油市場、海上保険、ガス供給、そして遠く離れた各国の首都におけるインフレ計算を揺さぶる戦争は、もはや単なる軍事的対決ではない。国際的な帰結を伴う圧力戦へと変わるのである。

これは、戦場だけでは、より大きな戦略的争点に決着がつかない可能性があるからこそ重要である。攻撃後であっても、イランの核計画に何がどれだけ残っているのかという重要な問いは残ったままだ。ロイター通信によれば、国際原子力機関(IAEA)は、60%まで濃縮されたイランのウランのかなりの部分がおそらくイスファハンに残っているとみており、査察官はいまだ被害を受けた施設の状況を完全に検証できるだけの立ち入り権限を得ていない。核計画は大きな打撃を受けたが、なお重要な不確実性が残っている。(Reuters

その不確実性は、政治的にはテヘランに有利に働く。イランが残存的な核能力を保持し、ミサイルによる圧力を維持し、さらに広範な経済的コストを課し続けることができれば、敵対国は損害を与えはしたが、決定的な最終結果には至らなかったと主張できる。この地域特有の冷厳な戦略言語においては、それは国内的・政治的には、敗北ではなく「包囲下での持久」として売り込むことが可能になる。

またそれは、イラン国内の体制崩壊が間近に迫っているという外部の期待が見当違いである可能性を説明するものでもある。米国をはじめ外部には、十分な軍事的圧力をかければイラン体制は内側から崩れるはずだという、繰り返し現れる見方がある。だが、外部からの攻撃は、逆に国内規律を強化し、指揮系統をより引き締め、戦時下で異議申し立てをさらに困難にすることもある。ロイターの報道は、革命防衛隊が支配力を強め、爆撃下で国民的連帯が高まるなど、現在の局面がまさにその方向へ進んでいることを示唆している。(Reuters

もちろん、これはイランが勝っているという意味ではない。そうではない。イラン経済は、この戦争段階に入る前からすでに圧迫されていた。軍事的損失も現実のものである。核インフラも損なわれた。だが、消耗戦は、すべての戦線での優位を必要としない。必要なのは、痛みを与え続けるだけの能力と、立ち続けるだけの政治的意思である。

だからこそ、この局面は初動の段階よりも危険になりうる。最初の段階が衝撃の段階だったとすれば、今は持久の段階である。もしイランの戦略の中心がいまや持久にあるのだとすれば、真の勝負を決めるのは、どちらがより強く打つかではなく、どちらが先に疲れるかかもしれない。そして、そうした戦争こそが、しばしば誰もが当初語っていたよりも長引き、より大きな代償を伴い、そしてより不完全なかたちで終わるのである。(Reuters

INPS Japan

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/not-victory-but-endurance-iran-s-attrition-strategy-comes-into-focus

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