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国連、核不拡散条約再検討会議を前に「重大な圧力」を警告

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】

核兵器不拡散条約(NPT)締約国による第11回再検討会議が、2026年4月27日から5月22日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる。締約国は、核不拡散をめぐる共通基盤をいかに見いだすかという喫緊の課題に向き合うことになる。

国連軍縮担当上級代表で事務次長の中満泉氏は、「NPTは、国際的な軍縮・不拡散体制の礎石であり、国際の平和と安全保障を支える極めて重要な柱としてしばしば言及されている」と述べた。

Izumi Nakamitsu, Under-Secretary-General and High Representative for Disarmament Affairs, at a press conference on the 11th Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT). Credit: Eskinder Debebe/UN Photo
Izumi Nakamitsu, Under-Secretary-General and High Representative for Disarmament Affairs, at a press conference on the 11th Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT). Credit: Eskinder Debebe/UN Photo

NPTは1970年に発効し、1995年に無期限延長された。この画期的な国際条約は、すべての締約国に対し、核兵器の拡散防止と核軍縮の推進を求めるとともに、原子力の平和利用を奨励している。核兵器国と非核兵器国を含む191カ国が締約国となっており、核兵器国も参加する唯一の法的拘束力を持つ枠組みであり続けている。再検討会議は通常、1970年以降5年ごとに開催されてきた。ただし、2020年に予定されていた会議はCOVID-19の影響で延期され、2022年に開催された。

今回の会議議長は、ベトナムのドー・フン・ベト国連常駐代表が務める。会議は第1週の一般討論で始まり、その後、条約の3本柱に沿ったテーマ別討議が行われる予定である。

会議には、外相を含む閣僚級代表のほか、主要な国際機関の高官も出席する。テーマ別討議と並行して、市民社会の参加者によるサイドイベントも開催される。今回の会議では、最終成果文書について合意に至らないまま閉幕した前回の再検討会議以降、NPTがどのように履行されてきたかが検証される。

会議に先立ち、中満氏は4月24日、国連本部で記者団に対し、締約国は今回の会議を、核不拡散をめぐる共通基盤を見いだす機会とすべきだと述べた。各国が最終的に避けなければならないのは、核拡散の拡大と、核兵器が意図的に使用される事態である。成果文書で合意に至ることは、締約国全体の共同責任だと中満氏は強調した。

NPT再検討会議は、地政学的緊張が深まり、主要な核兵器国が地域紛争に関与する中で開かれる。イランをめぐる現在の軍事衝突、とりわけ2022年以降続くウクライナ戦争は、各国の核拡散をめぐる認識を変化させている。

一部の専門家は、こうした状況が新たな軍拡競争の始まりにつながっていると指摘する。核兵器の「性能向上」をめぐる議論を進める国が増える一方、核兵器を「国家安全保障の究極の保証」とみなし、核兵器の取得に乗り出す可能性すら取り沙汰されている。中満氏は、こうした世論の高まりを、各国政府のNPTに対する公式立場とは別に存在する「拡散の推進要因」と位置づけた。さらに、核兵器の使用を示唆する言説が増えていることに懸念を示し、核兵器を保有する国が増えれば増えるほど、誤用や誤算によって核兵器が使用されるリスクが高まると警告した。

NPT under pressure. Image: INPS Japan

「核兵器の使用を防ぐことも、今回の会議における主要な焦点の一つとしなければならない。核兵器に関しては、繰り返しになるが、一国や二国の安全保障にとどまる問題ではない。国境を越え、私たちすべての安全保障に関わる問題である」と中満氏は述べた。「核兵器を保有する国が増えれば私たちの安全が保証されるという誤った認識に、終止符を打たなければならない」とも語った。

締約国の間で共有される「危機感」は、むしろNPTを「守り、維持する」方向へ各国を促す可能性がある。しかし中満氏は、核兵器に対する容認姿勢が広がりつつあることは、第2次世界大戦後から冷戦期を通じて築かれてきた成果を危うくしかねないと警告した。

Image: da-kuk/istock
Image: da-kuk/istock

現在の戦略的安全保障環境においては、先端技術の急速な進展も議論に影響を及ぼす要素となる。人工知能(AI)の登場は、各分野での活用への期待を高める一方、適切な歯止めがなければ悪用されるリスクもあり、国際社会で大きな議論を呼んでいる。

国連総会が、軍事分野におけるAIの利用と「国際の平和と安全保障への影響」について詳述した決議を採択したのは、2024年12月のことだった。ただし、この決議には、核兵器の文脈におけるAI利用への言及はない。

NPT再検討会議で軍事・核分野におけるAIの問題が議論されるのかと問われた中満氏は、核兵器の指揮統制システムへのAIの統合については「さまざまな場で議論され始めている」と述べ、今年ジュネーブでもさらなる協議が行われる予定だと説明した。NPT再検討会議は、この問題や軍事分野におけるAIガバナンスを本格的に議論する場ではないかもしれない。しかし、軍事分野でのAI利用に一定の歯止めを設ける必要性を含め、この問題について検討を深めるべきだとの認識は、締約国の間で共有されている。

「核兵器の指揮統制に関しては、当然ながら人間による監督が維持されなければならないという認識が高まっている」と中満氏はIPSの取材に対して語った。

中満氏は、欧州や中東で続く紛争をはじめ、国際社会が直面する諸課題がNPTに「重大な圧力」を及ぼしていると指摘した。

A view of United Nations Headquarters complex in New York City as seen from the Visitors’ Entrance. /UN Photo | Yubi Hoffmann.
A view of United Nations Headquarters complex in New York City as seen from the Visitors’ Entrance. /UN Photo | Yubi Hoffmann.

しかし、だからこそNPT再検討会議とその成果は一層重要性を増している。核拡散はさらなる不安定化と安全保障上の不安を招くだけだという共通認識が、今後4週間にわたる重要な対話を後押しすることになる。そしてその対話は、NPTの原則を堅持するという共通の決意につながらなければならない。(原文へ

INPS Japan

Toward a Nuclear Free World Banner 1
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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=王広濤(ワン・グアンタオ)

高市早苗首相の台湾をめぐる発言を発端とする日中間の外交上の緊張は、短期的には緩和の兆しをほとんど見せていない。両国関係は「新常態」に入りつつあるのかもしれない。

Guangtao Wang
Guangtao Wang

2026年初頭以降、日中双方は対抗措置の応酬を重ねてきた。1月6日、中国商務部は、日本向けのデュアルユース品に対する輸出管理を強化すると発表した。2月24日には、日本の20団体・機関を輸出管理リストに追加し、さらに20団体・機関を監視リストに載せた。3月24日には、自衛隊員が刃物を持って東京の中国大使館に立ち入る事件が発生し、国際的にも大きな注目を集めた。さらに、4月10日に公表された日本の2026年版外交青書では、中国の位置づけが「最も重要な隣国の一つ」から、単に「重要な隣国」へと格下げされた。

こうした一連の否定的な応酬を、どのように理解すべきだろうか。日中両国は当初から関係改善に消極的だったのか。それとも、現在の関係悪化は主として高市氏の台湾をめぐる発言に起因するものなのか。一部には、高市氏が自民党総裁となり、その後首相に就任した時点で緊張は避けられず、北京はもともと二国間関係に高い期待を抱いていなかったと見る向きもある。しかし、この解釈はやや決めつけが過ぎるかもしれない。

たしかに、高市氏が過去に中国関連の問題をめぐって行った発言を踏まえれば、中国政府が高市氏の台頭を歓迎していなかったことは事実である。それでも北京は当初、慎重に推移を見守る姿勢を取っていた。注目すべきは、高市氏が靖国神社参拝を控え、中国に関わる人権問題でも露骨な強硬姿勢を取らなかったため、中国側もハイレベル接触の可能性を残していたことである。2025年10月31日、両国首脳は韓国で開かれたAPEC首脳会議に合わせて会談しており、当時はなお、一定の外交的安定を維持し得る余地があったことを示している。

11月7日の高市氏の台湾をめぐる発言に対し、北京が強く反発した背景には2つの要因がある。第1はタイミングである。発言は首脳会談の直後になされたもので、意図の有無にかかわらず、外交の雰囲気を損ない、さらに重要なことに、中国指導部の政治的威信を傷つけるものと受け止められた。中国外交部が「奉示」、すなわち上層部の指示を受けて日本大使を呼び出したことは、この問題が最高政治レベルに達していたことを示している。第2は発言の中身である。台湾有事が日本による集団的自衛権の行使を可能にする事態に該当し得るという高市氏の示唆は、北京が明確なレッドラインとみなす一線を越えるものだった。日本側が何らかの有事対応計画を持っているとしても、現職首相が国会の場でその可能性に公然と言及したことは、これまでなかった。

一見すると、現在の状況は、2010年の尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺での衝突事件を機に悪化した日中関係を思い起こさせる。しかし今回は、より深く、長期にわたる影響を及ぼす可能性が高い。その背景には、3つの構造的要因がある。

第1は、台湾問題が占める中心的な位置である。尖閣諸島をめぐる領有権問題について、中国は少なくとも原則として、係争の存在を認めてきた。これに対し、台湾問題はあくまで内政問題として位置づけられている。北京の視点からすれば、外部からの関与は内政干渉にほかならない。この意味で、台湾は日中関係だけでなく、中国の対外関係全般を測る重要な指標となっており、今後もそうあり続ける可能性が高い。台湾をめぐる各国の立場や行動は、その国が中国の核心的利益を尊重しているか、また過去の政治的約束を守っているかを測る試金石として、ますます重視されるようになっている。こうした文脈のなかで、高市氏は発言を撤回していないだけでなく、さまざまな場で日台協力を強調しており、政策上の柔軟性には限界があることをうかがわせる。

第2は、政治的な意思疎通のチャンネルが弱体化していることである。過去には、二国間関係が困難に直面した際、中国との太いパイプを持つ日本の有力政治家がしばしば仲介役を担ってきた。安倍晋三政権や岸田文雄政権の時代には、首相の親書を携えた特使がたびたび中国を訪れ、対話の促進に努めた。自民党の連立パートナーだった公明党の関係者も、意思疎通の維持に寄与してきた。しかし現在、そうした役割を担ってきた政治家の多くは表舞台を去っている。

同時に、日本国内では対中強硬姿勢が政治的正当性を増している。関与や対話を訴える政治家は「親中派」と見なされるリスクを負い、最近の衆議院選挙では、そうした印象が一因となって議席を失った者もいるとされる。その結果、与党連合内でも野党内でも、中国と積極的に向き合おうとする人物、あるいは政治的にそれが可能な人物は少なくなっている。

第3は、関係改善に向けた明確な契機が乏しいことである。短期的には、すぐに外交的打開につながる機会はほとんど見当たらない。今年夏に愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会は、人的交流やスポーツ交流の場となり、草の根レベルから徐々に雰囲気を改善する可能性はある。しかし、二国間関係の実質的な進展には、最終的にハイレベルの政治的イニシアチブが不可欠であり、現時点ではその機運を欠いている。

関係改善に向けた一つの機会となり得るのが、11月に深圳で予定されているAPEC首脳会議である。2014年に北京で実現した安倍晋三首相と習近平国家主席の会談を先例に、日本は同様の首脳会談を模索する可能性がある。実現すれば、重要な転機となり得る。しかし、現在の緊張の高まりや日本国内の政治環境の変化を踏まえれば、そうした会談を実現することは、2014年よりも難しくなるかもしれない。

中国は、高市氏に台湾をめぐる発言を撤回するよう繰り返し求めてきた。日本の現在の政治状況を考えれば、撤回は見込みにくい。とはいえ、外交的な打開の余地が完全に失われたわけではない。注目すべきは、中国外交部の報道官が日本に対し、台湾に関する従来の立場を「誠実に、正確に、完全に表明する」よう繰り返し求めていることである。これは、意味のある対話を再開するための一つの前提条件を示唆している可能性がある。

それでも、双方に関係を安定させる意思があるなら、打開の機会はなお残されている。非政府間の交流チャンネルを広げることは、建設的な役割を果たし得る。感情的な言説に支配されるのではなく、国境を越えて、より均衡の取れた理性的な声が届く環境を整える必要がある。

しかし現時点では、相互認識は否定的なフィードバックの連鎖にますます左右されている。中国側では、政府が発出した渡航・留学に関する注意喚起が、日本を訪問したり日本で学んだりしようとする国民の意欲に大きな影響を及ぼしている。これは「政府主導型」の制約と呼べる。一方、日本側では、中国の否定的側面を強調するメディア報道が世論を左右し、中国との関わりをためらわせている。こうした動きは、メディア間競争の商業的論理を反映した「市場主導型」の制約と理解できる。

指導者レベルでは、東京は対話に前向きな姿勢を示し続けているものの、具体的な意思表示はなお限られている。たとえば、エマニュエル・マクロン仏大統領は以前、中国首脳をG7サミットに招待する意向を示していたが、日本はこれに懸念を表明した。最終的に、マクロン氏の訪日時にフランス政府は、中国首脳を招待しない方針を示した。しかし、日本が懸念を示すのではなく、むしろ招待を積極的に支持し、中国側も応じていれば、日中間のハイレベル接触の機会をつくり出せた可能性もある。

同様に、中国大使館で発生した自衛隊員による事件についても、高市首相と小泉進次郎防衛相は、迅速かつ実質的な対応を示さなかった。小泉氏は数日後、この事件について単に「遺憾」と述べるにとどまった。こうした抑制的な反応は、緊張緩和を意図したものだったのかもしれないが、同時に、危機を外交関係の立て直しにつなげる可能性を狭めるものでもある。

UN Photo
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王広濤(ワン・グアンタオ)は、中国・復旦大学日本研究センターの准教授。専門は、日本の国内政治と外交政策、日中関係、東アジア国際関係である。近年の主な論文に、International Affairs誌に掲載された「Bridging the Gap between International Relations and Area Studies」(2026年)および、The Journal of Contemporary China誌に掲載された「China’s Political Discourse on the Diaoyu/Senkaku Islands」(2026年)がある。また、日本政治、安全保障問題、日中関係について、国際メディアにも論評を寄稿している。

INPS Japan

Original URL: https://toda.org/global-outlooks/china-japan-relations-in-a-new-normal-insights-from-china/

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|ウズベキスタン|ナウルズに響く文化のモザイクと若者たちの旋律

【タシケントINS Japan/London Post=グルミラ・シュクロワ】

きょう、ウズベキスタン・ジャーナリズム・マスコミュニケーション大学に春が訪れ、私の心もまた春の息吹に包まれた。キャンパスでは、「ナウルズ(=ナウルーズ)の精神とアミール・ティムール帝国の文化」をテーマに、華やかな祝祭が繰り広げられていた。しかし、それは単なる催しではなかった。祖国と伝統、春とそれを育む大地、そして訪れるすべての人々が、ウズベク文化の時を超えた美しさの中で出会う、愛に満ちたひとときであった。

そこにあったのは、誇りに満ち、伝統が息づく文化の祭典であった。教員と学生たちは大学を壮大な文化の祭典へと変え、20を超えるパビリオンがそれぞれ異なる民族の文化を紹介していた。きらめく絹の民族衣装から、伝統料理の滋味豊かな香りに至るまで、キャンパスのあらゆる場所が一つの物語を語っていた。情熱と誇りをまとった学生たちは、古くからの風習、貴重な工芸品、春の空気に響き渡る民俗芸能を来場者に紹介する、いきいきとした語り部となっていた。一本の糸、一粒の香辛料、一つひとつの旋律が故郷をささやくようで、私はこの国への愛おしさで胸がいっぱいになった。

Photo: Gulmira Shukurova
Photo: Gulmira Shukurova

祭典には、各国大使、海外からの来賓、ウズベキスタン高等教育・科学・イノベーション相、政府関係者、メディア関係者、そして多くの熱意あふれる学生たちが集った。参加者は、演劇仕立ての寸劇、手仕事による装飾、歴史の一場面から響いてくるような旋律に彩られた、多彩な展示を巡った。なかでも私の心を最も動かしたのは、若者から年配者まで、人々が自らのルーツをこれほど誇らかに受け止めている姿であった。一つひとつのほほ笑み、刺繍を施した衣装の袖、古くから伝わる歌の一節一節に、心を奪われずにはいられなかった。

Photo: Gulmira Shukurova

大学そのものが春への詩となり、私はその空気までも愛おしく感じている自分に気づいた。創造的な活気は人々へと広がり、キャンパスはまさに文化のモザイクとなった。それは多様性の祝祭であると同時に、調和の祝祭でもあった。穏やかなナウルーズの陽光の下で、民族間の結束、寛容、共有された価値は、単なるスローガンではなく、人々が実際に生きる現実としてそこにあった。この大地に生まれた者として、私は涙が込み上げるほどの祖国への誇りを感じた。これこそがウズベキスタンである。多くの心が一つになって鼓動し、あらゆる文化が大切な客人として迎えられ、春が単なる季節ではなく、帰郷のように訪れる国なのである。

この集いは、祝日の楽しいひとときにとどまらず、人々に愛される伝統へと育ってきた。共同体の絆を強め、春がもたらす本当の力は再生と連帯にあることを、すべての人に思い起こさせるものでもある。深紅のベルベットのドレスをまとった若いウズベクの少女が、外国からの来賓に優雅に茶を差し出す姿を見たとき、私の胸は温かな思いで満たされた。学生たちが伝統的な帽子を年配の教授の頭にそっと載せると、教授が涙をぬぐう場面もあった。合唱団が5つの言語でナウルーズの歌を歌うのを聞きながら、私は祖国を愛するとはどういうことかを悟った。それは旗や演説によって示されるものではない。こうして静かに、喜びとともに、自らの文化遺産を分かち合うことなのである。

Photo: Gulmira Shukurova
Photo: Gulmira Shukurova

古代から伝わる旋律の胸に迫る響きから、料理を囲む人々の笑い声まで、この催しは幾世紀にもわたる時を一つにつないでいた。ナウルズの華やぎとアミール・ティムール帝国の不屈の精神は、現代の息吹と見事に溶け合い、すべての来場者の心に忘れがたい記憶を残した。そして、喜びの中で分かち合われる文化こそが、平和を語る最も誠実な言葉であるという静かな理解をもたらした。

Photo: Gulmira Shukurova

しかし私にとって、それはさらに深い意味を持っていた。人々の中に立ちながら、私はこの祝祭を一つの愛の表明として受け止めた。春への愛、伝統への愛、きらめく衣装をまとった少女たちへの愛、ドゥタールを奏でる少年たちへの愛。そして何より、ウズベキスタンへの愛である。この国は、美と愛国心が別々のものではなく、同じ鼓動の中に息づくものだということを、私に教えてくれた。

Photo: Gulmira Shukurova

太陽が屋根の向こうへ沈み、最後のパビリオンが敷物をたたむ頃、私は満ち足りた心でその場を後にした。そして、この愛をいつまでも胸に抱き続けようと、静かに心に誓った。なぜなら、この祭典は単なる一日ではなかったからである。それは、ウズベク人であるということが、春を愛し、人々を愛し、魂を揺さぶるほど豊かな文化とともに生きることなのだと、改めて思い出させてくれる一日であった。(原文へ

INPS Japan

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NPTの信頼性が重大な試練に

中満氏、核リスク高まる中で警告

国連本部INPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】

世界の核秩序を支えてきた基本的な取引が、強い圧力にさらされる中、再び外交の場で問われようとしている。今回は、NPT体制を維持するだけでは十分ではないかもしれない。国連軍縮担当上級代表の中満泉氏は各国に対し、来る第11回核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議を真剣かつ慎重に受け止めるよう促し、核の危険がいっそう現実味を帯びる中で、NPTは国際安全保障にとって極めて重要であると警告した。|英文版タイ語

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

同会議は4月27日から5月22日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる予定である。締約国は、半世紀以上にわたり核秩序を形づくってきた同条約の運用状況を検討する。国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満氏は、NPTを「国際的な軍縮・不拡散体制の礎」であり、「国際平和と安全の重要な柱」だと述べた。

こうした表現は、国連の軍縮外交の場ではおなじみのものだ。問題は、条約を取り巻く世界が、もはやかつての姿ではないことにある。

前回のNPT運用検討会議では、コンセンサスによる最終文書の採択に失敗した。それ以降、世界の安全保障環境はさらに厳しさを増している。戦争は脅威認識を塗り替え、核をめぐる言説が公の場で再び目立つようになり、軍備管理の枠組みは弱体化しつつある。核兵器国が核戦力の近代化を続ける一方で、多くの非核兵器国は、NPTの基本的取引を成す軍縮の約束が本当に守られているのか、疑問を強めている。

中満氏は締約国に対し、「集団的責任を極めて真剣に受け止める」こと、そして「誠意をもって協議に臨む」ことを求めた。そのうえで、同条約は核兵器国と非核兵器国の双方に「かけがえのない利益」をもたらしていると強調した。

中満氏の訴えは、単なる手続き上の呼びかけにとどまらない。そこには明確な政治的意味が込められていた。

NPTは三つの柱の上に成り立っている。核兵器の拡散を防ぐこと、核軍縮を進めること、そして保障措置の下で、原子力を平和的に利用する権利を守ることである。この均衡は、常に信頼を必要としてきた。非核兵器国は、保有・取得できるものについて制限を受け入れる。核兵器国は、軍縮を追求することを約束する。そしてすべての締約国は、原子力技術の平和利用による恩恵を共有することになっている。

しかし、この均衡はいま、目に見える形で緊張にさらされている。

多くの非核兵器国にとって、不満は明白である。非核兵器国には厳格な不拡散義務の履行が求められる一方、核兵器国は核戦力の近代化計画を正当化し、軍縮については、進展があるとしても極めて慎重で、ほとんど動きが見られない。これに対し、核兵器国とその同盟国は、今日の安全保障環境では急速な軍縮は現実的ではなく、抑止、安定、リスク低減を重視せざるを得ないと主張する。

中満氏は、核兵器国には特別な責任があると認める一方で、非核兵器国の安全保障上の懸念を軽視することはできないとも述べた。「核兵器をめぐって問われているのは、核兵器国の安全保障だけではなく、国際社会全体の安全保障である」と中満氏は語った。

この問題は、2026年の会議における中心的な論点となる。

もはや焦点は、外交官たちが再び各国の立場に配慮した文書をまとめられるかどうかではない。真の試練は、核兵器が再び国際政治の中心に戻りつつあると見る国々の間で、NPTが政治的信頼性を維持できるかどうかである。

United Nations Headquarters in New York City, view from Roosevelt Island. Credit: Neptuul | Wikimedia Commons.
United Nations Headquarters in New York City, view from Roosevelt Island. Credit: Neptuul | Wikimedia Commons.

中東は、この議論の中で最も敏感な争点の一つとなる。イランの核計画をめぐる緊張は未解決のままであり、中東に核兵器その他の大量破壊兵器のない地帯を設置するという長年停滞してきた目標は、地域安全保障、不拡散、そして二重基準への批判が絡み合う問題であり続けている。

中満氏は、イランは引き続き運用検討会議に参加する意向を示していると述べた。イラン政府の高官が代表団の一員として登録されていることにも言及した。「イラン政府から、これに反する連絡は受けていない」と中満氏は述べ、週末には、最終的に誰がニューヨークでテヘランを代表するのかが明らかになるとの見通しを示した。

イランの出席は重要である。同時に、他の国々が中東をめぐるより広範な問題をどのように位置づけるかも重要となる。長年にわたり、アラブ諸国や非同盟運動の加盟国は、中東に核兵器その他の大量破壊兵器のない地帯を設置するという目標の前進を求めてきた。この問題は、イランだけでなく、イスラエルの未申告の核保有状況や地域全体の安全保障上の不均衡とも関わっており、NPT外交を繰り返し複雑にしてきた。

したがって、2026年の運用検討会議は、複数の面で信頼性を問われながら幕を開けることになる。NPTは今なお不可欠な枠組みとして広く擁護されている。しかし、それを支えてきた政治的条件は揺らぎつつある。

中満氏は記者会見で、NPTが「空洞化」することを許してはならないと警告した。そのうえで、同条約の権威は、条約上の義務と政治的信頼性の双方を維持できるかどうかにかかっていると述べた。運用検討会議は、ウクライナでの戦争、イラン核計画をめぐる緊張、米ロ間に残る最後の主要な核軍備管理枠組みである新戦略兵器削減条約(新START)の将来をめぐる不確実性を背景に始まる。中満氏は、再び成果文書を採択できない事態を避けるには、各国が柔軟性と真摯さを示す必要があると指摘した。

これが、27日の開幕に影を落としている現実である。

国連にとって、NPT運用検討会議は単なる外交会合ではない。不信が国際政治の常態となった時代に、各国がなお共通の核秩序を守ることができるのかを問う試金石である。

核兵器国には、軍縮義務がなお信頼に足るものであると示せるかどうかが問われる。非核兵器国には、自らが受け入れた取り決めが、なお公平性、安全保障、抑制をもたらすものなのかが問われる。中東には、長年の約束が新たな危機を乗り越えられるかどうかが問われる。

NPTは崩壊しているわけではない。しかし、いま厳しい試練にさらされている。

27日にはじまるニューヨークで成功の尺度となるのは、代表団が体面を保てるかどうかではない。問われるのは、核リスクが再び国際政治の現実として語られる世界において、同条約が核の危険を低減するに足る政治的重みをなお備えていると証明できるかどうかである。

This article is brought to you with permission from American Television Network.

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Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/npt-credibility-on-the-line-as-nakamitsu-warns-nuclear-treaty-faces-critical-test

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タリバン新刑法が女性への暴力をどう扱うか

筆者は、タリバン復権前にフィンランドの支援を受けて研修を受けた、アフガニスタン在住の女性ジャーナリストである。安全上の理由から氏名は伏せられている。

【カブール IPS=匿名】

タリバンは、女性と子どもに対する家庭内暴力を事実上合法化する新たな法律を発表した。アフガニスタンの最高指導者ムッラー・ヒバトゥラー・アクンザダは1月、新たな刑法を導入する布告に署名した。この刑法は3部、10章、119条で構成され、暴力を合法化し、社会的不平等を制度化するとともに、奴隷制への回帰として広く非難される懲罰的措置を盛り込んでいる。

「これらの法律は、女性に対するさらなる攻撃であり、人権を露骨に侵害するものです」と、アフガニスタン国内で活動する女性の権利活動家ミトラさん(プライバシー保護のため仮名)は語る。

この法律は、複数の団体やメディアによって外部に漏れ、公にされた。人びと、とりわけ女性たちは衝撃を受けている。しかし、行動を起こすことも、声を上げることもできない。新刑法の下では、タリバン支配に反対したり、否定的に語ったりすること自体が犯罪とみなされ、刑事罰の対象となり得るからだ。

Educated Afghan women in Kabul’s informal economy, working in retail as Taliban rules curb professional opportunities. Credit: Learning Together.
Educated Afghan women in Kabul’s informal economy, working in retail as Taliban rules curb professional opportunities. Credit: Learning Together.

タリバン刑法第32条によれば、夫には妻や子どもを身体的に「しつける」権利が認められている。骨折がなく、目に見える出血もなければ、男性の行為は犯罪とはみなされず、刑事罰も科されない。

たとえ女性への暴力によって目に見える傷や骨折が生じたことが法廷で証明されたとしても、男性に科される刑罰は最長15日の禁錮にとどまる。

このタリバンの法律は、家庭内暴力を事実上合法化し、女性が司法に訴える道を閉ざすものとなっている。

また、同刑法第34条によれば、女性が夫の許可なく繰り返し父親の家や親族を訪ね、夫の家に戻らない場合、その女性と家族の双方が犯罪を犯したとみなされる。刑罰は最長3カ月の禁錮である。

新法の下では、妻が夫に従わない場合、夫には暴力によって妻を罰する権利が認められている。

このタリバンの布告は、脅迫や家庭内暴力に直面している場合であっても、女性にあらゆる状況で家にとどまることを強いるものだ。女性はもはや、自分の実家に身を寄せ、保護や避難を求めることさえできない。

人権団体ラワダリの文書によれば、タリバン刑法は2026年1月7日、ムッラー・ヒバトゥラー・アクンザダによって署名され、その後、施行のため各州の司法機関に配布された。

タリバンが出す布告は通常、司法機関の内部で秘密裏に保持され、一般市民にはモスクや地域の長老を通じて伝えられる。市民がその内容を知るのは、メディアや人権団体が文書を入手し、公表した場合に限られる。

タリバン支配の下で、アフガニスタン社会は事実上4つの階層に分けられている。犯罪に対する処罰は、犯罪そのものの性質ではなく、加害者の社会的地位によって左右される。

最上位に置かれるのは宗教学者であり、彼らには刑事罰ではなく、助言や注意が与えられるにとどまる。

次に位置づけられるのは、支配層に属する有力者たちである。村の長老や裕福な商人などがこれに含まれる。彼らには軽い処罰基準が適用され、通常は禁錮刑を免れる。

Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

中間層にはより厳しい処罰が科される。そして最下層に置かれる人びとには、公開むち打ちや過酷な禁錮刑が科される可能性がある。

新法はまた、「自由人」と区別する形で、奴隷を指す用語も用いている。アフガニスタンでは1923年に奴隷制が公式に廃止された。しかし新刑法の下では、人を奴隷のように扱う考え方が再び通常の慣行として位置づけられている。

たとえば、主人には従属する者をしつける法的権利があり、夫には妻をしつける権利があるとされる。これは、法の下の平等という原則を事実上解体するものだ。

ミトラさんは、これらのタリバン法は女性に対する明白な攻撃であり、あらゆる人権を侵害していると指摘する。こうした規則の施行によって、タリバンは女性を家の中に閉じ込め、どのような虐待にも沈黙して耐えることを強いているという。

「タリバンが第32条と第34条に記した内容は、身の毛がよだつものです。タリバンは女性を性的対象としてしか見ていません。これらの法律は、女性に対するあらゆる形の暴力を正当化するものです。女性は正義を求めることも、父親や兄弟の家に避難することもできません。実質的には、家庭内暴力の重圧の下で、女性を公式に監禁するものです」と、ミトラさんは語る。

これらの規定は、十分な議論もなく起草され、社会的な議論も国民の関与もほとんどないまま施行された。その存在が明らかになったのは、人権団体ラワダリが法律文書を入手し、パシュトー語のウェブサイトで公表したためである。署名後まもなく、同法はタリバンが運営する裁判所で処理されるよう、各州に送付された。

A woman sits in a public space in Kabul. Under new Taliban laws, a wife who visits her relatives without her husband’s permission faces up to three months in prison. Credit: Learning Together.

バダフシャン州ラーグ地区の住民マリヤムさんは、タリバンの法律が地元のムッラーによってモスクで告知されると、直ちに地区や村で施行され、すべての事件がその規則に基づいて裁かれると指摘する。

「私たちの村では、ほとんどの人が読み書きできません。教育を受けている人や女性の権利について知っている人でさえ、恐ろしくて何も言えません。たった一言でも口にすれば、地元の人びとがその人に敵対し、問題が起きます。女性たちはほかに選択肢がないため、夫の言うことを何でも受け入れざるを得ません」と、マリヤムさんは語る。

タリバンがアフガニスタンを掌握して以来、同勢力は人権を一貫して侵害する布告や法律を出し続け、女性を家の中に閉じ込めてきた。だが今回はさらに踏み込み、女性に対するあらゆる暴力に法的正当性を与えたのである。

ミトラさんは、すべての人権団体と国際社会に対し、タリバンのこうした行為に立ち向かい、女性たちが前時代的な奴隷制同然の制度に引き戻されることを許してはならないと訴えている。そして、世界がアフガニスタンの女性たちと連帯しなければ、彼女たちは取り返しのつかない状況に追い込まれ、深刻な人道危機に直面することになると警告している。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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国連に必要なのは「無難な人選」ではなく、勇気ある事務総長である

【ジュネーブIPS=ナイマ・アブデラウイ】

国際連合は、安逸のための組織としてつくられたのではない。必要不可欠な存在として創設されたのである。(第二次世界大戦という)破局的な惨禍の後に生まれた国連の使命は明確だった。国際の平和と安全を維持し、国際法を擁護し、人権を守り、人間の尊厳と発展を促進することである。

事務総長職もまた、単なる行政管理のために設けられたものではない。本来それは、道義的責任を担い、政治的決断を下し、必要なときには勇気を示す役職として構想されていた。

加盟国が次期事務総長の選出に臨む今、問われているのは国連の将来だけではない。国連という制度そのものの信頼性である。今日の世界に欠けているのは、制度の数ではなく、それを支える信頼である。

だからこそ、次の事務総長は慎重な官僚機構の管理者にとどまってはならない。いま世界に必要なのは、ビジョンと独立性、そして誠実さを備えた指導者である。たとえそれが有力加盟国の不興を買うことになっても、国連憲章を守り抜く意思を持つ人物でなければならない。

しかし現実には、誰にとっても受け入れやすいという理由で、誰にも本格的な異議を唱えそうにない候補が選ばれがちである。政治的には都合がよいかもしれない。だが、それは戦略的には近視眼的である。過度に慎重な事務総長は、短期的な外交上の安定を保つ一方で、長期的な制度の衰退を招きかねない。

国連に必要なのは、安全保障理事会における力関係を映す人物ではない。憲章の原則を体現する人物である。

加盟国が次期事務総長の選出に臨む今、問われているのは国連の将来だけではない。国連という制度そのものの信頼性である。今日の世界に欠けているのは、制度の数ではなく、それを支える信頼である。

だからこそ、次の事務総長は慎重な官僚機構の管理者にとどまってはならない。いま世界に必要なのは、ビジョンと独立性、そして誠実さを備えた指導者である。たとえそれが有力加盟国の不興を買うことになっても、国連憲章を守り抜く意思を持つ人物でなければならない。

事務総長職が、少数の有力国の意向に従って動いていると見なされれば、その役割は果たせない。この職において独立性は贅沢ではない。権威の源泉そのものである。

そして独立性には、誠実さが伴わなければならない。国連は、伝統的な意味での力をほとんど持たない。軍を指揮するわけでもなく、莫大な財政資源を掌握しているわけでもなく、国家に行動を強制することもできない。国連の最大の資産は正統性である。すなわち、個々の国家の利益を超えた価値を体現しているという信頼である。

その正統性は、事務総長個人の信頼性に大きく左右される。倫理的リーダーシップ、透明性、説明責任、一貫性―これらこそが、あらためてこの職を特徴づける資質でなければならない。

Dag Hammarskjöld, who understood that the Secretary-General was not merely a secretary to governments, but a servant of the Charter and, ultimately, of the peoples of the world.

この点で想起すべきは、ダグ・ハマーショルドである。彼は、事務総長が各国政府の単なる秘書ではなく、国連憲章に仕え、ひいては世界の人々に奉仕する存在であることを理解していた。静かな外交と道義的勇気は相反するものではなく、むしろ両立することを彼は示した。

また、事務総長の権威は軍事力や経済力から生まれるのではなく、独立性、誠実さ、そして必要なときに行動する意思から生まれることも示した。

次期事務総長をめぐっては、国籍や地域、近年では性別にも関心が集まりがちである。こうした論点が政治的に理解できることは確かである。だが、最も重要なのはそこではない。決定的な問いは、その人物がどこから来たかではなく、何を体現するのかである。

国連はしばしば「国家の組織」として語られる。だが国家は、人々に奉仕するために存在するのであって、その逆ではない。この原則が国家レベルで成り立つのであれば、国際レベルでもまた成り立たなければならない。したがって国連は、最終的には政府のものではない。憲章がその名において書かれた「人々」のものである。加盟国は国連を所有しているのではなく、それを託された受託者なのである。そして受託者は、自らのためではなく、責任を負うべき人々のために行動すべき存在である。

この理解こそが、次期事務総長の選定を導かなければならない。この地位に求められるのは、職務が単なる行政管理ではなく、国連憲章と国際法、そして世界の人々が不完全ながらも国連に託している信頼を守る責務であることを理解する人物である。

もっとも、選考プロセスそのものも、最後に一つの重い問いを投げかける。事務総長はしばしば「世界最高位の外交官」と呼ばれるが、その人物を選ぶうえで、世界の人々には直接の発言権がないのである。

その決定は周知の通り、拒否権を持つ少数の国々に委ねられている。これは政治的現実としては理解できるかもしれない。だが、かつてなく教育水準が高く、相互につながり、情報に通じた現代の世界市民に対して、それを説明することはますます難しくなっている。

だからこそ、将来的には新たな試みを考えてもよいのかもしれない。世界規模の協議、あるいは国際的な投票によって、この唯一無二のグローバルな職に誰が就くべきかについて、人々が自らの意思を表明できる仕組みである。

いまの時点では、やや空想的に聞こえるかもしれない。だが、そこには重要な論点が含まれている。もし国連が真に「われら人民」という言葉から始まるのであれば、その指導者を選ぶ際にも、人々の声はもっと明確に反映されるべきである。

その日が来るまでは、責任は加盟国にある。選ぶべきなのは、最も無難な候補でも、最も都合のよい候補でも、強大な政府を最も怒らせにくい候補でもない。選ぶべきは、憲章を守り、独立した立場から発言し、勇気をもって行動し、この職に誠実さを取り戻し得る候補である。

世界に必要なのは、慎重な管理者ではない。

世界に必要なのは、勇気ある事務総長である。(原文へ

ナイマ・アブデラウイは、国連ジュネーブ事務局(UNOG)のUNison職員代表。2004年から国際公務員を務める。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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チリは先に手を引き、モルディブは扉を閉ざした―国連事務総長選が映す静かな淘汰

チリがミシェル・バチェレ氏への支持を撤回したことで、礼儀正しい外交言辞の裏にある政治の現実が浮かび上がった。これに対し、モルディブがバージニア・ガンバ氏の推薦を取り下げたことは、立候補が制度上本当に終わるとはどういうことかを示した。同じ事務総長選でも、その意味はまったく異なっていた。

国連本部(ニューヨーク)ATN=アハメド・ファティ】

チリは、ミシェル・バチェレ氏への支持を単に撤回したのではない。国連事務総長選という苛烈な力学の中で、もはや彼女が勝ち残れるとは見ていないという判断を、外交的な美辞麗句に包んで示したのである。

公式には、チリ政府は、彼女の立候補が「実現可能ではなくなった」と説明した。平たく言えば、それは、この選考過程に現実的な勝ち筋を見いだせなくなったということだ。国連事務総長選は、拍手や好意的評価で決まるのではない。最終的にものを言うのは、安全保障理事会とその拒否権である。

この決定は、3月11日にホセ・アントニオ・カスト大統領が就任した後に下された。前任のボリッチ政権がバチェレ氏擁立を後押ししていたことを踏まえれば、これはチリ国内政治の急激な右傾化を反映した動きでもあった。

チリ政府の説明は、整然として慎重で、感情を排したものだった。バチェレ氏の立候補にはもはや現実的な成功の可能性がなく、他候補への支持に回るのではなく、中立を維持するというものである。だが、その背後にある政治的事情は決して隠されてはいなかった。ロイター通信によれば、カスト大統領はすでに、バチェレ氏と、彼女の推薦を支持したガブリエル・ボリッチ前大統領の双方を批判していた。今回の撤回は、驚きというより、すでに到来していた政治的現実を正式に確認したものにすぎなかった。

さらに外交筋の関心を引いたのは、チリが「このプロセスを左右する一部の重要なアクターとの見解の相違」に言及した点である。これは何気ない表現ではない。外交的な暗号に近い言い回しである。

『エル・パイス』紙も報じているように、最も有力な解釈は、チリ政府が、最終局面で実際に影響力を行使する主要国、特に安全保障理事会の常任理事国の間で、バチェレ氏への強い抵抗があると判断した、というものだ。同紙は、彼女が国連人権高等弁務官の任期末に公表した2022年の新疆報告書をめぐる中国との摩擦に加え、中絶の権利やイスラエルを含む諸問題での立場をめぐって、米国の保守派との対立もあった可能性を指摘している。ロイター通信も別途、アナリストのリチャード・ゴーワン氏の見解として、米国内の共和党系圧力が彼女の立候補を難しくしていたと伝えた。

「ここで公式説明は終わり、ここからは国連内でささやかれる非公式の見方になる。」

その見方は、より辛辣で単純だ。チリは盤面を見渡し、行く手を阻むマスが多すぎると判断した。そして、すでに拒否権による待ち伏せが予想される局面に向けて、これ以上バチェレ氏に政治的資本を注ぎ込むことを断念した、というのである。国連の選挙では、候補者が正式に脱落するはるか前から、政治的にはすでに深手を負っていることが少なくない。今回も、まさにその一例だったように見える。

ただし、チリの支持撤回が、バチェレ氏の立候補を手続き上終わらせたわけではない。ロイター通信は3月25日、メキシコが引き続き彼女を支持すると報じ、ブラジル政府関係者も支持継続の意向を示していると伝えた。国連の選出枠組みにおいては、候補者は加盟国によって推薦される。そのため、チリが手を引いても、他の国家による推薦が残る限り、バチェレ氏はなお選挙戦にとどまる。弱体化はしたが、消えたわけではない。

これに対し、バージニア・ガンバ氏のケースはまったく異なる。しかも、その意味ははるかに決定的である。

3月26日、国連報道官は、モルディブが、アルゼンチン出身の外交官で、元国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)を務めたバージニア・ガンバ氏の推薦を撤回したと明らかにした。ガンバ氏はモルディブ単独の推薦を受けていたため、この撤回によって彼女の立候補は事実上終わったとみられる。国連の事務総長選考に関する公式ページでは、推薦と推薦撤回が正式な手続きの一部として記録されている。だからこそ、これは単なる象徴的な行為ではなかった。手続き上、立候補が終わったことを意味していたのである。

この対比は示唆的である。チリによるバチェレ氏支持の撤回は、政治的な切断ではあったが、選挙戦の終わりを意味するものではなかった。メキシコとブラジルが、なお彼女の立候補を支えているからである。これに対し、モルディブによるガンバ氏の推薦撤回は、まったく別の意味を持っていた。推薦国が一国しかなく、その国が手を引けば、立候補は終わる。同じ選挙であり、外交的には同じように丁重な言葉で語られていても、その帰結は大きく異なる。

そして、そのことこそが、この国連事務総長選の実態を端的に物語っている。表向きには、誰もが磨き上げられた言葉で語る。だが非公式の世界では、落とし戸は静かに開くのである。(原文へ)

INPS Japan

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えん)

欧州右派は、トランプに近づきすぎた代償を学び始めている

ニューヨークATN=アハメド・ファティ

長長年にわたり、ドナルド・トランプへの近さは、欧州右派の一部にとって思想的な正統性を示す勲章だった。そこには、既成秩序への反発、文化戦争への傾斜、EUへの反発、そして不満の政治をあけすけな言葉で語る姿勢が込められていた。だが政治の世界では、昨日までの資産が今日の重荷に変わることがある。いま欧州右派の一部で浮かび上がっているのは、トランプ主義との全面的な決別ではない。むしろ、トランプに公然と近いこと自体が、選挙や政治の場で代償を伴い得るという認識が広がりつつあるという、より注目すべき変化である。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

その最も明確な警鐘が鳴ったのが、ハンガリーだった。

ヴィクトル・オルバンは、単なる再選を目指す保守派指導者ではなかった。彼は欧州における非自由主義的右派の象徴であり、トランプ陣営からは、強硬な右派統治が欧州でも通用し、成功し得ることの証しとして長く称賛されてきた存在だった。ハンガリーの選挙戦終盤には、J・D・ヴァンス副大統領がブダペストを訪れ、公然とオルバン支持を表明し、外部からの干渉だとする動きを非難した。トランプ本人も支援に加わり、選挙集会に電話で参加までした。だが、それでもオルバンは敗れ、16年に及ぶ政権に幕を下ろした。この敗北は、欧州右派における最も強固な政治ブランドの一つに深刻な打撃を与えた。ロイターはこの結果を、欧州極右の柱の一つが崩れた出来事と位置づけ、MAGAと結びついた政治に対する大陸全体の見直しを招いたと報じた。

重要なのは、オルバンの敗北が単なるハンガリー国内の出来事ではなかったという点である。それは、長く信じられてきた前提の限界を露わにした。トランプの支持表明は、思想的に近い勢力を鼓舞するというだけで、国外でも政治的価値を持つとみなされてきた。だが実際には、その近さは諸刃の剣である。支持層の一部を勢いづける一方で、指導者を主体性に欠ける存在に見せ、米国発の政治運動の地方支部のような印象を与えかねない。その運動はしばしば劇場型であり、その代償は他者に及ぶ。

ここで焦点に浮かび上がるのが、ジョルジャ・メローニである。

メローニはオルバンではなく、イタリアもまたハンガリーではない。だが彼女はいま、この新たな現実への対応を迫られている欧州右派の主要指導者の一人である。彼女とトランプとの距離が次第に明確になっているのは、単なる個人的な不和でも、一時的な外交上の対立でもない。それは、欧州のナショナリスト指導者が、トランプとの思想的な近さを保ちながらも、彼に従属しているように見られずに済むかどうかの試金石となっている。

最近の報道を見る限り、この亀裂は見かけだけのものではない。ロイターによれば、メローニがイラン危機をめぐるトランプの立場への支持を拒み、イタリアのさらなる軍事的歩調合わせにも慎重姿勢を示し、さらに教皇レオを攻撃するトランプの姿勢から距離を置いた後、トランプは公然と彼女を批判した。重要なのは、単なる意見の相違ではなく、そのタイミングである。オルバンの敗北によって、トランプとの公然たる一体化が、欧州右派がかつて考えていたような政治的追い風ではもはやなくなりつつあることが明らかになった、まさにその時期に、メローニは立ち位置の修正に動き始めた。

その意味で、メローニの姿勢は、裏切りというより自己防衛と読むべきだろう。

彼女は、より持続可能な路線を模索しているように見える。すなわち、ナショナリストとしての立場は保つ。保守政治家としてのアイデンティティも維持する。必要なときにはワシントンとの関係も生かす。だが、その近さが依存や従属に見える前に、はっきりと一線を引くのである。『同盟国であって、属国ではない』という言葉が説得力を持つのは、それが現実の不安に応えているからだ。欧州右派の指導者たちは、トランプの政治を称賛し、その言葉の一部を借り、彼の支持を歓迎することはできる。だが、いまや彼らが避けたいのは、トランプの影響下にあるように見えることである。

教皇の存在は、イタリアの事例をいっそう際立たせている。イランをめぐる対立であれば、戦略上の相違として説明できる。だが、教皇を巻き込む公然たる衝突は、イタリアではまったく別の意味を帯びる。それは、外交上の距離を、文化的にも分かりやすく、国内政治的にも訴求力を持つ問題へと変える。だからこそメローニは、イタリアの有権者に直感的に響く言葉で、トランプとの距離を広げる余地を得た。イランがこの亀裂に戦略的な意味を与えたのだとすれば、教皇はそれを政治的に避けて通れないものにしたのである。

もちろん、これは欧州右派全体が一斉にトランプ主義から離れつつあることを意味するわけではない。そう見るのは単純すぎるし、欧州政治はそれほど整然とは動かない。移民、国民的アイデンティティ、リベラルな制度への反発といった争点では、いまなおトランプの路線に明確な価値を見いだしている政党や指導者もいる。だが、オルバンの敗北とメローニの軌道修正が示しているのは、より微妙で、しかも重要な変化である。すなわち、トランプの『お墨付き』は、もはや無条件の追い風ではなくなりつつあるということだ。ある者にとってはなお支持層を勢いづけるが、別の者にとっては政治的な足かせにもなり得る。

おそらく、いま欧州右派のあいだで進行している本質的な変化はそこにある。もはや課題は、いかにトランプと歩調を合わせるかではない。そうした連携の中で自らが矮小化されるのを、いかに避けるかである。オルバンは全面的な接近路線を選び、そして敗れた。これに対しメローニは、より困難な道を探っているように見える。思想的な近さは保ちながらも、首輪の跡だけは見せないという道である。

今日の欧州において、それが政治的生存を保証するわけではない。だが少なくとも、それはますます賢明な選択に見え始めている。(原文へ

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/europe-s-right-is-learning-the-price-of-getting-too-close-to-trump

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中央アジア、新たな環境協力の段階へ

アスタナ地域環境サミット、気候・水・土地劣化に共同で対応

【アスタナ・タシケントINPS Japan/London Pos】

2026年4月22日から24日にかけてカザフスタンの首都アスタナで開かれている地域環境サミットは、中央アジアが気候変動、水不足、土地劣化といった複合的課題に対し、地域として本格的に共同対応へ踏み出す節目となる。環境問題を自然保護にとどまらず、安全保障、経済の安定、社会的福祉に関わる政策課題として位置づける動きが鮮明になっている。

RES 2026
RES 2026

中央アジアの環境問題は、一国だけで完結しない。アラル海の危機、国境をまたぐ水資源の非効率な利用、砂漠化、大気汚染はいずれも、個別の国家課題にとどまらず、地域全体の将来を左右する問題である。

とりわけ、アムダリヤ川とシルダリヤ川の流域で続いてきた持続可能性を欠く水管理は、生態系のみならず、各国経済の強靱性にも深刻な影響を及ぼしてきた。今回のサミットは、こうした共通課題を共有する段階から、共同で対処する段階へと進む具体的な一歩となる。

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会議では、環境政策を包括的に捉える8つの重点分野が議論されている。(1)気候変動の緩和、(2)食料安全保障と生態系の強靱性の確保、(3)自然災害リスクへの適応と経済的強靱性の強化、(4)大気汚染の削減と廃棄物管理の改善、(5)環境目標達成に向けた制度整備、(6)天然資源の持続可能な管理、(7)公正で包摂的なグリーン移行、さらに(8)環境・デジタル分野の能力強化である。

この議題設定は、環境問題を単なる保全の枠内に閉じ込めるのではなく、社会・経済の持続可能性と一体のものとして捉える発想を示している。

Image credit: United Nations
Image credit: United Nations

また、この取り組みが国連レベルで支持されていることは、会議に大きな政治的・国際的重みを与えている。環境問題がもはや自然保護だけの領域ではなく、安全保障や経済安定に直結する課題として認識されていることの表れでもある。

世界銀行やアジア開発銀行など国際金融機関の参加も重要である。環境分野の構想を具体的な事業へと結び付けるには、政治的意思だけでなく、多額の資金と高度な技術が不可欠だからだ。

今回のサミットで中心的な位置を占めるのが「グリーン移行(GX:グリーントランスフォーメーション:化石燃料中心の産業・社会構造をクリーンエネルギー主体へ転換し、脱炭素と経済成長を両立させる取り組み)」である。中央アジア諸国にとって、それは大きな機会であると同時に、重い課題でもある。

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一方で、グリーン経済への転換は、投資の呼び込み、技術革新の促進、新たな雇用の創出につながり得る。再生可能エネルギー、省資源技術、持続可能な農業の拡大は、今後の経済成長を支える柱となる可能性がある。

他方で、その実現には大規模な制度・産業改革が求められる。老朽化したインフラの更新、産業構造の転換、市民の環境意識の向上はいずれも容易ではない。だからこそ、「公正で包摂的なグリーン移行」が強調されている点は重要である。移行の負担と利益を社会全体でどう分かち合うかが問われている。

ウズベキスタンにとって、このサミットは自国の環境政策を国際社会に示す重要な場でもある。近年、同国は「Yashil Makon」「Toza Havo」「Bio Meros」「Territory Without Waste」「Eco-Culture」などの取り組みを進め、環境分野での積極姿勢を打ち出してきた。

Image: INPS Japan

中でも、アラル海地域の再生に向けた取り組みは大きな注目を集めている。この分野で進められている具体策は、ウズベキスタンを地域内のみならず国際的にも重要な協力相手として位置づけるものであり、投資誘致や国際連携の拡大にもつながり得る。

サミットでは、中央アジア各国首脳による共同宣言をはじめ、2026年から2030年を対象とする国連との地域協力プログラム、生物多様性、エコツーリズム、生態系保護に関する覚書、森林火災に対応する地域早期警戒システムの創設に向けた合意、さらに国境を越える「平和公園」構想など、複数の重要文書がまとまる見通しである。

Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain
Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain

これらは、環境事業の長期的推進と資金確保の基盤となり、地域協力を制度面から支えることになる。

今回の地域環境サミットは、中央アジアが地球規模の環境課題に対して、地域としてより主体的な役割を果たそうとしていることを示す場である。気候リスクの低減、天然資源の保全、持続可能な発展の確保に向け、統一的な地域戦略を築く試みが本格化している。

この会議は自国の成果を示す機会にとどまらない。国際連携を強め、投資を呼び込み、グリーン経済への移行をさらに前進させるための重要な外交・政策の舞台となる。(原文へ

INPS Japan/London Post

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次期国連事務総長は「選ばれる」のではない―「合意される」のだ

【国連本部ATN=アハメド・ファティ】

次期国連事務総長選びが始まった。少なくとも公式にはそうである。各国に書簡が送られ、候補者が推薦され、ビジョン・ステートメントも出そろった。今後数カ月のうちに、有力候補たちは加盟国との公開対話に臨み、改革、平和維持、そして多国間主義の将来について質問に答えることになる。

表向き、このプロセスは透明で秩序立ったものに見える。

だが、国連を長く見てきた者なら誰もが知っているように、事務総長選は演説で決まることはほとんどない。

勝敗を決めるのは、政治的な「算術」である。

Michelle Bachelet
Michelle Bachelet

公開された手続きの背後では、地域グループ、政治同盟、そして安全保障理事会の5常任理事国による拒否権が絡む静かな外交交渉が進んでいる。選挙戦の言葉はビジョンや指導力を前面に掲げるが、最終的な決着はもっと単純な一点に収れんする。すなわち、世界で最も力を持つ政府が「受け入れ可能」とみなす人物は誰か、ということである。

今年の候補者の顔触れは、その複雑な計算をよく映し出している。

ミシェル・バチェレ氏は、おそらく最も知名度の高い国際的経歴を携えて選挙戦に入った。チリ元大統領であり、元国連人権高等弁務官でもある同氏は、一国の指導者としての政治的重みと、国連高官としての制度的経験を併せ持つ。チリ、ブラジル、メキシコによる推薦は、中南米の一部諸国が国際的存在感のある候補を早い段階で結集軸にしようとしていることを示唆している。

Rebeca Grynspan
Rebeca Grynspan

バチェレ氏の訴えの中心にあるのは、国際協力が揺らぐ時代において多国間機関への信頼を取り戻すことである。これは国連外交で繰り返し語られてきたテーマでもある。戦争は増え、地政学的対立は鋭さを増し、国際機関への信頼は後退している。彼女の選挙戦は、国連がこの分断された世界に適応しつつ、創設時の原則を守り抜かなければならないと訴えている。

しかし、中南米からは別のタイプの候補も出ている。

現在、国連貿易開発会議(UNCTAD)事務総長を務めるレベッカ・グリンスパン氏である。コスタリカ元副大統領で、開発経済学を専門とする同氏は、貿易、金融安定、開発政策をめぐる取り組みを通じて、国連システム内で幅広い敬意を集めてきた。彼女の選挙戦が掲げるのは、国連をより機能的で、より説明責任のある、そして今日の世界経済の現実に即した組織へと立て直すことで、信頼性を回復するという路線である。

Rafael Grossi
Rafael Grossi

アルゼンチンは、現在国際原子力機関(IAEA)事務局長を務める職業外交官、ラファエル・グロッシ氏を推薦した。

その立候補は、いわば「テクノクラート型」の道筋を示している。グロッシ氏は長年にわたり、安全保障外交、核監視、国際交渉が交差する複雑な領域で活動してきた。彼の主張は明快である。国連は宣言を重ねるだけでなく、実際に成果を出すことに集中しなければならない、というものだ。

さらに、セネガル元大統領で、直近ではアフリカ連合(AU)議長も務めたマッキー・サル氏がいる。その推薦は、近年アフリカの外交官たちの間で繰り返し聞かれる声――今こそアフリカが再び国連を率いる番だ――を反映している。

アフリカから事務総長が出たのは、コフィ・アナン氏が退任してからすでに約20年も前のことである。54の加盟国を擁し、国連平和維持活動でも中核的役割を果たしてきたアフリカの多くの政府は、国連トップにおける新たな代表性がいまこそ必要だと考えている。

Macky Sall
Macky Sall

一見すると、この選挙戦は国連の将来像をめぐる異なるビジョンの競争に見える。

だが現実には、これは何十年にもわたり事務総長選出を左右してきた構造的な力によって形づくられている。

その最も重要な力が存在するのは、安全保障理事会の議場の中である。

国連憲章上、事務総長は安全保障理事会の勧告に基づき、総会によって任命される。実際には、これは候補者がさらに厳しい試練を通過しなければならないことを意味する。すなわち、米国、中国、ロシア、英国、フランスという5常任理事国のいずれからも拒否権を行使されないことである。

あらゆる選挙戦は、この現実を前提に組み立てられる。

ワシントンは通常、多国間機関を支持しつつも、西側同盟国との現実的な関係を維持できる候補を好む。北京とモスクワは、事務局を「政治的に積極介入する主体」にしない人物を選好することが多い。欧州諸国は、制度改革と国際協調を重視する傾向がある。

事務総長選がしばしば予想外の展開をたどるのは、このためである。

序盤の有力候補が、安全保障理事会による非公式のストロー・ポール(予備投票)が始まると、最有力であり続けるとは限らない。こうした非公開の投票では、各国政府がひそかに支持と「受け入れ不能ライン」を示す。常任理事国の一国からでも否定的な票が出れば、それだけで候補者の道が断たれることもある。

この過程の背後には、外交官たちがしばしば口にしながら、めったに制度化しないもう一つの要素がある。

地域持ち回りである。

国連憲章は、事務総長職に地域持ち回り制を定めてはいない。だが、このポストは長年にわたり、欧州、アジア、中南米、アフリカの間を緩やかに移ってきた。この慣行が、いまの選挙戦をめぐる主張の土台になっている。

アフリカ諸国にとって理屈は明快だ。アフリカは国連で最大の地域グループであり、平和維持や開発をめぐる議論でも中心的役割を担っている。それにもかかわらず、国際機関の最上層部における指導的地位は依然として限られている。アフリカ出身の事務総長を選ぶことは、この不均衡を是正する一歩になる。

その一方で、加盟国の間では別の論点も勢いを増している。

国連の約80年の歴史において、事務総長は一貫して男性だけであった。

国際機関全体でジェンダー平等を推進してきた各国政府にとって、次の国連トップは初の女性事務総長となり得る。もしこの論理が優勢になれば、争いはバチェレ氏とグリンスパン氏の2人に一気に絞られることになる。

さらに、地政学的な分断が深すぎる場合、熟練した外交官たちが水面下でしばしば語る第三の可能性もある。

大国間で政治色の強い人物に合意できないとき、彼らは時にテクノクラートに落ち着く。すなわち、イデオロギー上の対立をあまり背負い込まずに職務に就ける、評価の高い外交官である。この選挙戦でその人物像に当てはまるのがグロッシ氏である。

しかし、こうした複数の物語が同時に満たされることはない。

アフリカの候補を選べば、地域持ち回り論に応えることになる。女性を選べば、ジェンダー不均衡の是正につながる。テクノクラート型の外交官を選べば、安全保障理事会にとって無難な妥協案となる。

やがてこの選挙戦は、そうした優先順位の間で選択を迫られることになる。

当面は、公式対話と外交的な働きかけを通じて選挙戦が進んでいく。各国政府は耳を傾け、候補者は各地を回り、同盟関係はゆっくりと形を取っていく。

だが、その表のプロセスの下で、本当の計算はすでに始まっている。

問われているのは、単に誰がその職を望んでいるかではない。

世界で最も力を持つ政府が、今後5年間「この人物なら受け入れられる」と考えるのは誰か、ということである。

国連事務総長選は、常にこの静かな算術によって決まってきた。

今回だけが例外になると考える理由は、ほとんどない。

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/the-next-un-secretary-general-power-diplomacy-and-the-quiet-arithmetic-behind-the-race

INPS Japan

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