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日本の「踊る阿呆」に宿る精神

日本で暮らすネパール人にも響くかもしれない、この古き踊りと「美しき混沌」

カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ミキ・ウプレティ】

日本は、先端技術や富士山、侍の歴史、そして今や約30万人に迫るネパール人コミュニティーを通じて、多くのネパール人にとって身近な国となっている。しかし、日本文化の奥深い精神性には、ネパールではまだあまり知られていないものもある。その一つが「盆踊り」だろう。先祖の霊を供養する8月中旬の「お盆」の時期に各地で行われる夏の踊りである。|英語版

盆踊りには、日本古来の祖先崇拝と、6世紀に伝来した仏教の伝統が溶け合っている。人々は祈りを捧げ、家族で墓参りをし、地域の輪の中で踊りながら先祖の霊を迎える。約500年前には活気あふれる街頭文化として広まり、今日では日本各地で、それぞれ独自の振り付けや音楽を伴ったさまざまな形の盆踊りが受け継がれている。

All photos: MIKI UPRETY
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その中でも、四国・徳島の「阿波おどり」は別格の存在だ。普段は穏やかな地方都市が、この時期だけは一変する。

阿波おどりの特徴の一つに、右手と右足、左手と左足を同時に前へ出す「ナンバ」と呼ばれる独特の身体の使い方がある。これは、刀を左腰に差していた武士の時代の歩き方に由来するともいわれている。

この基本動作を身につけると、踊り手は「ヤットサー、ヤットサー」という躍動感あふれる二拍子のリズムに乗って前へ進む。一見すると、その場ですぐ参加できそうな単純な踊りに見えるが、本当にものにするには何年もの稽古が必要である。

「阿波」とは徳島の旧国名であり、「阿波おどり」とは文字通り「徳島の踊り」を意味する。約400年の歴史を持つこの祭りは、8月11日から15日までの5日間にわたって開催される。10万人を超える踊り手がそろいの衣装をまとい、真夏の蒸し暑さにもかかわらず、夕暮れから夜遅くまで踊り続ける。5日間の観光客は約110万人に達し、徳島市の人口をはるかに上回る人々が街を訪れる。

その数日間、徳島はまるで別世界に迷い込んだかのようになる。人波、熱気、太鼓、鉦、三味線――街全体が「美しき混沌」に包まれる。それでも、その混沌の中で際立つのが、安全対策や整然とした群衆誘導に表れる日本らしさである。

All photos: MIKI UPRETY
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阿波おどりの精神を象徴するのが、あまりにも有名なこの囃子言葉だ。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」

どうせ同じ「阿呆」なら、見ているだけでは損だ。ならば自ら踊ってしまおう――そんな意味である。

この精神は、約400年前、藍の交易で栄えた徳島の商人文化の中で育まれた。普段は倹約を重んじ、現実的な生活を送っていた人々も、年に一度のこの祭りだけは惜しみなく金を使ったという。

そこには、日本人の精神が持つ興味深い二面性が表れている。普段は控えめで感情を表に出さない人々が、ひとたび踊り手となれば、内に秘めていた情熱を一気に解き放つのである。

とはいえ、阿波おどりは決して無秩序な騒ぎではない。

踊り手たちは「連」と呼ばれる約1000もの統率されたグループに分かれ、連ごとに仕立てられたそろいの衣装を身につけて踊る。年齢も職業もさまざまなメンバーが、一年を通して練習を重ね、各連独自の振り付けを磨くとともに、夜通し踊り続けるための体力を養っている。

企業が組織する連もあり、社員たちは会社の看板を背負って踊る。一方、観光客も「にわか連」に加われば、その場で「踊る阿呆」の仲間入りをすることができる。

連の名前にも、阿波おどりならではのユーモアがあふれている。「のんき連」「阿呆連」「娯茶平」「風来坊」などがその例である。

中でも洒落が利いているのが、地元の医療系教育機関の学生たちがつくる「たけのこ連」だ。

日本語では、タケノコが育てば竹林、つまり「藪(やぶ)」になる。そして「藪医者」といえば、腕の悪い医者を意味する。将来立派な医師になると胸を張るのではなく、「この先、藪医者になります」と自らを笑いの種にしているのである。そこには、むしろ静かな自信が感じられる。

私が阿波おどりに強い思いを抱くのは、私の家族のルーツが徳島にあるからだ。徳島では幼いころから阿波おどりを身につけ、祭りそのものが地域のアイデンティティーと誇りの一部になっている。

数年前、カトマンズで、日本人教師たちが、日本への留学や就労を目指して日本語を学んでいるネパール人学生に阿波おどりを教えている場面に出会った。

しかし、教えている人たちは徳島出身ではなく、その指導には阿波おどりの本来の身体の使い方や理屈が十分に伝わっていないように感じられた。

私は思わず口を挟んだ。

「私に教えさせてください。阿波おどりをやるなら、きちんとやりましょう」

それ以来、私は毎年夏になるとカトマンズで、若いネパール人たちに「踊る阿呆」になる方法を教える日本人としての役割を喜んで引き受けている。

彼らの多くは、やがて日本で数年間、あるいはそれ以上にわたり勉強したり働いたりすることになるだろう。日本で困難に直面したとき、かつて「踊る阿呆」の精神に身を委ねたあの瞬間を思い出してくれたら、と私は願っている。

日本へ向かうネパール人に必要な準備とは、日本語を学ぶことだけではない。踊りを通じて、日本人が持つしなやかな強さや、困難を乗り越える精神に触れることもまた、大切なのではないだろうか。

徳島のDNAは今も生き続けている。そして私は、その文化的な遺産を、ネパールというもう一つの「美しき混沌」のただ中で伝えられることを誇りに思っている。

ミキ・ウプレティは、ライター、サイクリスト。かつては登山家、トレイルランナーとして活動し、1985年以来ネパールとの関わりを持ち続けている。

INPS Japan

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|インタビュー|ブラジルの先住民族コミュニティ(気候活動家・人権弁護士カイメ・シルベストレ氏)

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)=アレッサンドラ・ボナノーミ】

先住民族は、環境に与える負荷がごく小さいにもかかわらず、自然環境と密接に結びつき、それに依存して暮らしているため、気候変動の直接的な影響を真っ先に受けることが多い。先住民族は歴史的に土地を守り、自然と調和して生きる知恵を培ってきた。|英語版

ブラジルのアマゾン地域出身の気候活動家で人権弁護士のカイメ・シルベストレ氏へのインタビューを通じて、ブラジルの先住民族が直面する最大の問題は、土地を利用し、そこで暮らす権利を失いつつあることだと分かった。ブラジル政府や農場経営者は、威嚇をはじめとするさまざまな手段を用いて、先住民族を土地から追い出している。

An AI-generated editorial image depicts members of an Indigenous community overlooking deforested land in the Brazilian Amazon, where cattle ranching threatens ancestral territories, livelihoods and the global climate. Image: INPS Japan
An AI-generated editorial image depicts members of an Indigenous community overlooking deforested land in the Brazilian Amazon, where cattle ranching threatens ancestral territories, livelihoods and the global climate. Image: INPS Japan

シルベストレ氏によると、先住民族のコミュニティは政府から十分な支援を受けておらず、特に脆弱な立場に置かれている。先住民族に関する政策の策定と実施を担う政府機関として、国立先住民財団(FUNAI)がある。しかし前政権は、FUNAIがその役割を十分に果たすために必要な支援を提供しなかった。

その実態が如実に表れたのが、新型コロナウイルス感染症への対応である。先住民族のコミュニティには必要な医療支援が届かず、政府の怠慢によって多くの人が命を落とした。シルベストレ氏は「ブラジルだけでなく、世界中で先住民族とその土地を守らなければならない」と訴える。

同氏によれば、アマゾン熱帯雨林の開発を進めようとする動きの背景には、それがブラジル経済の成長につながるとの考えがある。しかし、シルベストレ氏はこの見方に異を唱え、そうした経済成長は一時的なものにすぎないと指摘する。一部の人々に短期的な利益をもたらすだけで、長期的な解決策にはならないという。また、アマゾンの森林破壊を引き起こしている主な要因として、畜産業を挙げている。

シルベストレ氏によると、昨年のブラジル・アマゾン地域における森林破壊は、過去10年間で最悪の水準に達した。一方で同氏は、環境や地球規模の気候バランス、さらには地球全体を守るうえで、アマゾンの生態系全体が極めて重要だと強調する。そのため、森林破壊について広く認識を高めることが不可欠だと考えている。問題を解決する一つの方法は、地球環境を真剣に考える政治家に投票し、当選させることだという。

CitiPlat

2022年にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会に参加したシルベストレ氏は、世界の指導者に対し、直ちに行動を起こすよう訴えている。「残された時間は少なくなっている」からだ。また、民間部門も政府を正しい方向へ導くうえで、重要な役割を果たせると考えている。

最後にシルベストレ氏は、気候変動対策に対する姿勢について、母国ブラジルと現在暮らすスイスを比較した。

同氏の観察によれば、スイスの人々は気候変動への対応に強い意欲を示しており、社会のあらゆる層が気候変動をめぐる議論に参加している。ただし、国土が比較的小さいことが、こうした取り組みを進めやすくしている面もあると指摘する。

一方、ブラジルは国土がはるかに広く、外部からアクセスすることが難しいコミュニティもある。さらにシルベストレ氏は、ブラジルでは多くの人々が日々の食料を確保することで精いっぱいであり、気候変動について考える余裕さえないという厳しい現実を指摘した。

ORIGINAL URL:Indigenous communities in Brazil

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水 > エネルギー > 食料

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ネパールは食料安全保障を「国家安全保障」の問題として早急に位置付ける必要がある

【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ

気候危機による異常気象、世界的なサプライチェーンの混乱、そして国内の政策運営の不備が重なり、ネパールの食料安全保障を脅かす「パーフェクト・ストーム(最悪の複合危機)」が生じている。|英語版

水、エネルギー、食料の相互連関が、今年ほど鮮明に浮かび上がったことはない。ネパールでは農地の60%以上が天水農業に依存している。毎年繰り返される肥料不足に西アジアでの戦争が追い打ちをかける一方、農村からの人口流出によって耕作放棄地も増えている。

先週6月29日の「田植えの日(Paddy Day)」は、例年になく盛り上がりを欠いた。恒例の泥遊びもほとんど見られず、田植えもあまり進まなかった。例年より降雨量の多いプレモンスーン期を受け、多くの農家が早めに田植えを始めたものの、本格的なモンスーンの到来は2週間遅れた。

こうした不安定なモンスーンは、ネパール各地で繰り返されるようになっている。雨を待つことに見切りをつけ、仕事を求めて出稼ぎに出る農家も少なくない。

降雨不足の影響で、2024/25年度のコメ収穫量は、前年度の600万トンから570万トンに減少した。スーパー・エルニーニョの動向を追う気象モデルは深刻な干ばつを予測しており、肥料不足も重なって、穀物収穫量はさらに落ち込む見通しだ。

ネパール開発研究所(NDRI)で生計・食料安全保障を担当する専門家、クリシュナ・パハリ氏は、「ネパールでは、コメなどの主食作物の生産が気候ショックに翻弄されている。今年はエルニーニョ現象の影響で、降雨量が平年を下回る見通しだ」と説明する。

国際栄養会議に出席中のローマから『ネパリ・タイムズ』の取材に応じたパハリ氏は、さらにこう語った。

「気候危機に、西アジアの紛争が引き起こした燃料や肥料の不足が追い打ちをかけている。こうした問題が続けば、ネパールの食料安全保障は一段と悪化するだろう」

かつてネパールは食料の純輸出国だったが、それも今は昔である。農業が抱える構造的問題の多くは気候危機以前から存在していたが、不安定なモンスーンと灌漑の未整備によって、状況はさらに深刻化している。昨年、ネパールは総額600億ルピーに上る100万トン超の穀物を輸入した。

カトマンズの統合開発研究所(IIDS)で食料安全保障とガバナンスを専門とするヤムナ・ガレ氏は、「ネパールは気候危機から深刻な影響を受けているが、気候変動に起因する災害が頻発し、農業資源や森林資源が失われた際の十分な復旧計画がない。」と指摘する。

さらに、「気候変動に対応し、栄養価にも優れた種子や品種の開発に十分な資源が投入されていない。その結果、輸入や援助に依存せざるを得なくなっている。」と語った。

ネパールでは人口の60%が農業に従事し、農業は国内総生産(GDP)の約4分の1を占めている。しかし、農村部では若者の流出が続き、地域に残る農家も換金作物を適正な価格で販売できない状況にある。

6月中旬、韓国政府は韓国国際協力団(KOICA)を通じ、タライ地方で気候変動に強いコメ生産と食料安全保障の強化を図る6年間の事業に、1200万ドルの無償資金協力を供与すると表明した。

専門家によれば、灌漑の整備によって、ネパールの農業生産性は最大30%向上する可能性がある。しかし、大規模な灌漑事業は、汚職やずさんな事業運営のため、数十年にわたって停滞している。

生産性の向上が重要である一方、生産された農産物をいかに損失なく消費につなげるかも大きな課題だ。収穫後の損失率は、穀物で15%、野菜や果物では40~50%にも達する。野生動物による農作物被害も深刻で、農村からのさらなる人口流出を招いている。

パハリ氏は、「収穫後の損失を減らすことは、人々に行き渡る食料を増やすことにつながる。そのためには、コールドチェーンや貯蔵施設、穀物サイロの整備・改善が必要だ」と指摘する。

このほか、加工によって食品の保存性を高める取り組みも必要だ。果物を乾燥させたり、ジャムに加工したりする方法が考えられる。また、学校給食では、子どもたちの好みに合わせてレシピや献立を工夫することもできる。

飢餓ゼロ

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

ネパールはこれまで、子どもの発育阻害(stunting)や消耗症(wasting)の削減で成果を上げてきた。しかし近年、開発援助の縮小・撤退によってその成果にも陰りが見え始め、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる2030年までの「飢餓ゼロ」の達成が危ぶまれている。

先月、ヘレン・ケラー・インターナショナルの支援を受け、ネパール全土の5歳未満児100万人を対象に実施された全国調査の結果が公表された。それによると、米国国際開発庁(USAID)が資金を拠出していた食料・栄養プログラムの終了に伴い、子どもの栄養不良が悪化している。急性栄養不良の割合は2025年の6.6%から今年は7.8%に上昇し、マデシ州では12.3%と国内で最も高かった。

パハリ氏は、「2030年までの『飢餓ゼロ』の達成に向け、ネパールは目標達成の軌道に乗っているとは言えない」としたうえで、「世帯の平均的な食料消費が改善しているのは、海外からの送金と社会保障制度によるところが大きい」と指摘した。

こうした状況を踏まえれば、問われるのは、RSP政権が食料増産と子どもの飢餓の削減に向け、どのような対策を講じてきたのかという点である。

スワルニム・ワグレ財務相は5月の予算演説で、農業部門の再生を「最優先課題」と位置付けた。しかし、農業に割り当てられた470億ルピーは予算総額の3%にも満たず、過去9年間で最低の水準となった。

しかも、その半分以上が化学肥料の輸入に充てられる。それでも、コメの田植え時期には毎年のように尿素肥料が不足している。

一部の専門家は、ワグレ財務相が商業的農業の振興と中間所得層の所得向上を重視していることについて、農村部で雇用を創出し、バリューチェーン全体の生産性向上につながると評価している。一方で、貧しい農家が取り残されるとの批判もある。

パハリ氏は、「この予算はネパールの中間所得層の活力を引き出すことに重点を置いており、その点では一定の合理性がある。しかし、ネパールの農家の大半は小規模農家だ。この層の問題に取り組まない限り、農業生産全体の拡大にはつながらない」と語る。

ヤムナ・ガレ氏は、他の多くの課題と同様、解決の鍵は政治的な優先順位と政策の実行にあるとみている。

「政策は政治的な選択の産物である。新たな政策の内容と予算規模を見れば、この政権が農業を優先課題とみなしていないことが分かる。その影響を最も強く受けるのは、社会的に周縁化され、排除されてきた人々だ」とガレ氏は指摘する。

一方、州政府による農業への予算配分は比較的手厚い。世帯レベルの食料不安が最も深刻なカルナリ州は、予算の21%以上を農業に充てている。また、急性栄養不良率が高いルンビニ州とマデシ州では、それぞれ予算の4%以上を農業に配分している。

ガレ氏は今月初め、アーメダバードで開催された世界銀行の地域政策対話で、南アジアの食料の未来を共に形作るための地域協力と政策対応をテーマとしたパネル討論の司会を務めた。

会合には南アジア各国から専門家、イノベーター、民間部門の関係者らが参加した。しかし、他国とは対照的に、ネパール政府の代表者の姿はなかった。「国内問題の解決」を優先する新指導部の下では、こうした招待を辞退することが常態化している。

参加者からは、ネパールの新指導部が会合を欠席したことで、インセンティブ、生産、市場をバリューチェーン全体で結び付け、農業のパラダイム転換を促す貴重な機会を逸したとの指摘も出た。

そして、クリシュナ・パハリ氏とヤムナ・ガレ氏は、奇しくも同じ言葉で問題の核心を言い表した。

「食料安全保障は国家安全保障である」

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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2025年は観測史上3番目の暑さ、最も暑い3年間が連続

新たなデータにより、2025年が観測史上3番目に暑い年だったことが確認された。科学者らは、排出量の増加に伴う大気中の温室効果ガス濃度の上昇を、気候温暖化の主因として挙げている。

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)編集部】

このほど公表された新たなデータによると、2025年は、1850年以降の観測記録で2024年、2023年に次いで3番目に暑い年となった。|英語版

英気象庁、イースト・アングリア大学(UEA)、国立大気科学センターが共同で取りまとめた気温データセット「HadCRUT5」によると、2023~2025年は観測史上最も暑い3年間となり、2025年の世界の年平均気温は1850~1900年の平均を1.41±0.09℃上回った。

2025年は観測史上3番目に暑い年であると同時に、世界平均気温の産業革命前からの上昇幅が1.4℃を超えた暦年としても、3年目となった。

An AI-generated editorial illustration depicts a warming Earth, with industrial emissions and drought-scarred land symbolizing the human-driven rise in greenhouse gases behind the three warmest years on record, from 2023 to 2025. Image: INPS Japan.
An AI-generated editorial illustration depicts a warming Earth, with industrial emissions and drought-scarred land symbolizing the human-driven rise in greenhouse gases behind the three warmest years on record, from 2023 to 2025. Image: INPS Japan.

予測に沿った推移

観測史上最も暑い3年間が続いたことについて、英気象庁の首席科学者スティーブン・ベルチャー教授(CBE)は、次のように述べた。

「2023年以降、世界の年間平均気温は急上昇している。2023~2025年の3年間の世界平均気温は、1850~1900年の平均を1.47℃上回った」

UEA気候研究ユニットのティム・オズボーン所長は、「世界の気温観測データは、世界各地の気候科学者による予測に沿って、地球温暖化が進み続けていることを示している」と語った。

「エルニーニョ・南方振動(ENSO)として知られる太平洋の自然な気候変動が、2023年と2024年の世界平均気温を一時的に約0.1℃押し上げ、近年の急激な気温上昇の一因となった。

この自然変動の影響は2025年までに弱まった。そのため、2025年に観測された世界平均気温は、基調的な温暖化の実態をより明確に示している。

温室効果ガスの排出量を大幅かつ継続的に削減すれば、人間活動による世界の気候変動を減速させ、最終的には食い止めることができる」

人間活動による温室効果ガス濃度の上昇

英気象庁の気候科学者コリン・モリス氏は、次のように述べた。

「世界の年間平均気温が長期的に上昇しているのは、人間活動によって大気中の温室効果ガス濃度が高まっているためである。一方、年ごとの気温変動は、主として気候システムの自然変動によるものだ」

世界気象機関(WMO)は昨年公表した「地球気候の現状」報告書で、過去10年間の観測結果と今後10年間の予測を組み合わせ、2015~2034年のデータを分析した。

CitiPlat
CitiPlat

その結果、現在の長期的な地球温暖化の水準は、1850~1900年の平均を1.37℃上回り、その推定範囲は1.34~1.41℃とされた。パリ協定に照らして温暖化の進行を評価する際には、単年または数年間の平均よりも、こうした長期的な温暖化水準の方が重要な指標となる。

英気象庁をはじめとする各機関の気候科学者は、世界の年平均地表気温の上昇について調査を進めている。これには、2023年と2024年に見られた顕著な気温上昇も含まれる。

専門家らはまた、近年の急激な気温上昇の要因として、2023年にエルニーニョ状態へ急速に移行したこと、地球のエネルギー収支の不均衡が大きく、海洋への熱の蓄積が進んだこと、さらに人為起源エアロゾルの排出量が減少したことなどを挙げている。

INPS Japan

ORIGINAL URL: 2025 continues series of world’s three warmest years

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氷河湖拡大、決壊リスクの下で暮らすヒマラヤの村々

エベレストを頂上から麓まできれいに

ヒマラヤにおける持続可能な廃棄物管理モデル

【クンブ地方Nepali Times=レイラ・エザット

カトマンズ空港では毎日、大きなバックパックや登山装備を抱えた数百人の旅行者が、エベレストへの玄関口であるネパール東部のクンブ地方へ向かう航空機に乗り込んでいる。トレッキングや登山、あるいは精神修養のためのリトリートなど、その目的はさまざまだが、この神聖なヒマラヤの渓谷は、氷雪に覆われた名峰に囲まれた唯一無二の冒険の舞台となっている。|英語版

しかし、その人気には代償も伴う。

クンブ地方には毎年、登山者やトレッカー、ポーターを合わせて約6万~10万人が訪れる。その結果、数千トンもの固形廃棄物が発生し、地球温暖化の影響ですでに大きな負荷を受けている脆弱な山岳生態系をさらに脅かしている。

登山道の清掃から始まった取り組み

こうした問題に対応するため、サガルマータ汚染防止委員会(Sagarmatha Pollution Control Committee:SPCC)は1991年から活動を続けている。

同委員会は、エベレスト・ベースキャンプや登山道、そして世界最高峰群の麓に点在する地域社会において、ごみ管理を担ってきた。

「私たちの最初の目標は、登山道をきれいにすることでした。」SPCCのヤンジ・ドマ・シェルパ氏はそう語る。

「人気のトレッキングルートではポイ捨てを大幅に減らすことができました。しかしその一方で、大量のプラスチック、缶、ガラス、電子機器、さらには医療廃棄物までが焼却・埋設されるという慣行は、ほとんど改善されませんでした。」

「ごみ」も資源になる

一方で希望もある。ネパールでは、アルミ缶、スチール缶、PETボトルなど、多くの資源ごみをリサイクルできる体制が整いつつある。また、生ごみは堆肥や家畜の飼料として再利用され、紙も地域住民によって再活用されている。

こうした循環型社会の実現を目指し、2022年、ナムチェ・バザールに「サガルマータ・ネクスト(Sagarmatha Next)」が設立された。この非営利団体は、地域住民や観光客に対して持続可能な廃棄物管理について啓発活動を行うとともに、SPCCの活動を支援し、シェルパ文化と自然環境を尊重する持続可能な観光の実現を目指している。

地域ぐるみで廃棄物管理計画を策定

Nepali Times

地域行政や住民からの要請を受け、サガルマータ・ネクスト共同設立者のトミー・グスタフソン氏は、コロラド大学ボルダー校の山岳地理学者・自然保護研究者アルトン・C・バイヤーズ氏、アリゾナ州立大学の環境人類学者ミラン・シュレスタ氏とネトラ・チェトリ氏らと協力し、SPCCや地域関係者とともに包括的な廃棄物管理計画の策定に取り組んだ。

「サガルマータ・ネクストとSPCCは、国立公園内にある70カ所以上の埋立地について、位置、規模、廃棄物の種類、環境への影響などを詳細に調査していました。」そう語るのはバイヤーズ氏である。

「地域住民の考え方を理解し、廃棄物管理計画の策定を望んでいることが分かってからは、それほど難しい作業ではありませんでした。」「私たちが重視したのは、リサイクル、再利用、ごみの削減、そして遠方から運ばれる加工食品ではなく、地域で生産される食品をより多く利用することでした。従来のように、ごみを燃やしたり埋めたりする持続可能性に欠ける方法から脱却することを目指したのです。」

国家地理学協会の支援を受けた計画

この計画は、2019年にナショナルジオグラフィック協会の助成を受けて策定され、2020年に完成した。その後2023年には、SPCCとクンブ・パサン・ラム農村自治体(KPLRM)が、この計画の主要な提言を取り入れた「クンブ持続可能廃棄物管理計画」を正式に策定した。以来、SPCCと自治体は、3段階から成る廃棄物管理システムを運用している。

① ごみの回収・分別

各集落に設置された「環境ステーション(Environmental Station)」で、ごみを回収し種類ごとに分別する。

② 中間処理

分別されたごみは「資源回収施設(Material Recovery Facility)」へ運ばれ、圧縮・梱包などの前処理が施される。

③ カトマンズへ搬送

前処理された廃棄物はカトマンズまで輸送され、リサイクルまたは最終処分される。

着実に整備が進むインフラ

これまでにSPCCは、①登山道や学校を中心に125基のごみ箱、②クンブ各地に9カ所の環境ステーション(さらに18カ所建設予定)、③ナムチェ・バザールに資源回収施設1カ所(ルクラにも新設予定)、を整備してきた。

資源回収施設は建設費が高額であるものの、クンブ地域の循環型廃棄物管理を支える重要なインフラとなっている。

意識を育む拠点「サガルマータ・ネクスト」

サガルマータ・ネクストは、環境教育の拠点としての役割を担うとともに、SPCCや地域住民による環境保全活動を財政面からも支援している。

「私たちの役割は、人々の意識を呼び覚ますことです。」そう語るのは、サガルマータ・ネクスト共同設立者であり、登山家でもあるトミー・グスタフソン氏である。元企業経営者でもある同氏は、2016年からネパールで暮らしている。

「ここを訪れるすべての人にインスピレーションを与え、ごみが回収されてからリサイクルされるまでの仕組みを理解してもらうことが私たちの使命です。」

「Carry Me Back」─一人1キロのごみを持ち帰る

SPCCとサガルマータ・ネクストは共同で、「Carry Me Back(私が持ち帰ります)」というユニークな取り組みを始めた。この活動では、トレッカー一人ひとりが、あらかじめ処理された1キログラムのリサイクル可能なごみを背負い、各地の回収地点からルクラ空港まで運ぶ。その後、ごみは航空機でカトマンズへ輸送され、リサイクルされる。サガルマータ・ネクストの運営責任者ラクシュマン・ラマ・ブロン氏はこう説明する。

「すべてのトレッカーが環境保全活動に参加できます。未来の世代や自然のために何かを残して帰ることで、この旅はより深い意味を持つものになります。」

4年間で45トン以上を搬送

この取り組みは、訪問者から高い評価を得ている。開始以来4年間で、3万5千人以上が参加し、45トンを超える廃棄物が山から運び下ろされた。一人当たり1キロという小さな負担であっても、多くの人が参加することで大きな成果につながっている。

Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC
Cleanup campaign organised by SPCC. Photo: SPCC

「ごみを見る目」を変える

サガルマータ・ネクストの目標は、ごみを回収することだけではない。「ごみに対する考え方そのものを変えること」が、その大きな使命である。センターでは、①クンブ地域の歴史、②山岳環境が直面する課題、③持続可能な解決策、④バーチャル・リアリティ(VR)体験、などを通して、来館者が地域の環境問題を体感できるよう工夫されている。

さらに館内にはアートギャラリーも設けられ、ネパール国内外のアーティストが、ごみや自然をテーマとした作品を展示している。2022年の開館以来、7万5千人以上がこの施設を訪れている。

アートも環境保全の力になる

Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT

https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom
Vulture sculptures by Ines Issa Villido, an environmental artist in residence at Sagarmatha Next in Fall 2025. Photo: SAGARMATHA NEXT
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

2025年秋、センターのアーティスト・イン・レジデンスとして滞在したエストニア人環境アーティスト、イネス=イッサ・ヴィリド氏は次のように語る。

「サガルマータ・ネクストは、問題が実際に起きている場所で、人々を結び付ける場です。」

「廃棄物は私の作品づくりに欠かせない素材です。ごみだからこそ、より力強くメッセージを伝えることができます。」

「創造力と技術を組み合わせ、ごみから美しい作品を生み出す作業は、とても刺激的で楽しいものです。」

UN Photo
UN Photo

世界の山岳地域へ広がる可能性

地域住民の協力を得ながら進められているこの廃棄物管理モデルは、将来的には世界各地の高山地域でも応用できる可能性がある。

ヒマラヤだけでなく、多くの山岳地帯が観光客の増加と廃棄物問題という共通の課題に直面している。

クンブで培われた経験は、そうした地域にとって貴重な先例となるかもしれない。

依然として残る課題

毎年春になると、SPCCの「アイスフォール・ドクター」たちがエベレストへ入り、ベースキャンプからキャンプ2までのルートに梯子や固定ロープを設置する。

彼らは最初に山へ入り、最後に山を離れる存在でもある。

そしてルート整備だけではなく、ごみを回収して山から運び下ろす役割も担っている。

ベースキャンプからカトマンズまで

回収されたごみはまずベースキャンプからゴラクシェプへ運ばれ、そこで種類ごとに分別される。

その後、ゾッキョ(ヤクと牛の交配種)によってナムチェ・バザールまで運ばれる。

さらにリサイクル可能なごみはラバでスルケまで運ばれ、そこからカトマンズへ輸送される。

ヤンジ・ドマ・シェルパ氏によると、2025年には7トン(7,000kg)の廃棄物Carry Me Backで5トン(5,000kg)がカトマンズへ運ばれ、リサイクル会社Blue Wasteへ引き渡された。

標高6,000メートル以上に残る「凍ったごみ」

The carry me back initiative launched by SPCC and Sagarmatha Next aims at encouraging trekkers and visitors to transport recyclable waste from collecting points throughout their descent to Lukla. The G-Adventures team carried 50 + bags from Namche to Lukla in May 2026. Photo: SPCC
https://nepalitimes.com/cleaning-up-mt-everest-top-to-bottom

しかし、本当の課題は標高6,000メートルを超える場所にある。

ベースキャンプより上では、ごみだけでなく人間の排泄物も氷の中に凍結したまま残されることが多く、高山生態系や人の健康への深刻な脅威となっている。この問題への対策として、現在エベレスト遠征隊には、4,000ドルのごみ保証金の支払いが義務付けられている。

登山許可証を取得した旅行会社が観光局へ保証金を納め、登山終了後にSPCCが規則の遵守状況を確認した上で返還される仕組みである。

2025年、ネパール政府とSPCCは、エベレストの環境保全をさらに強化するため、ごみの持ち帰りに関する新たな取り組みを進めている。

2015年からSPCCは、「8キログラム・ルール」を導入した。これは、登山者一人につき8キログラム以上のごみをベースキャンプより上から持ち帰ることを義務付ける制度である。さらに2026年の登山シーズンからは、そのうち少なくとも2キログラムはキャンプ2(標高約6,400メートル)より上で回収したものでなければならないという規定が追加された。

加えて、登山者にはSPCCが配布する携帯用排泄物回収袋(Human Waste Bag)の使用も義務付けられている。

同様の制度は人気登山ルートにも広がっており、アマ・ダブラムでは登山者に3キログラムのごみと排泄物の持ち帰りが求められる。SPCCは現在、ロブチェ峰やアイランドピークのベースキャンプにも管理事務所を設置し、廃棄物管理を行っている。

それでも課題はなお残る。
An environment station in Khumjung. Photo: YANGJI SHERPA

標高6,000メートルを超える場所では、ごみや排泄物の多くが氷に閉じ込められたまま残されている。

パキスタンでの登山経験を持つフランス人アルピニスト、バンジャマン・ヴェドリーヌ氏は、高所での廃棄物管理の難しさを目の当たりにしてきた。同氏によれば、ベースキャンプではごみや排泄物は箱やドラム缶に回収され、高所ポーターが背負って約5日かけて村まで運び、そこからラバで搬出されていた。

一方、標高の高い場所では、毎年専門チームがキャンプ2まで登り、回収できる廃棄物を持ち帰るものの、多くは依然として氷の中に取り残されたままだという。しかも、作業員たちは長期間高所に滞在する装備や支援を十分に持たず、それ以上高い場所へ向かうことも難しい。

ヴェドリーヌ氏は当時を振り返り、こう語る。「その取り組み自体は本当に素晴らしいものです。しかし、彼らが命懸けでキャンプ2まで登っていく姿を見るのは、とてもつらい経験でした。命を落とす危険さえあるのです。現実とは思えない光景でした。」

Drone credit: Public Domain.
Drone credit: Public Domain.

ドローンが未来を変える可能性

ヴェドリーヌ氏は、将来的にはドローンが高山での廃棄物輸送を大きく変える可能性があると考えている。ネパールではすでに、エベレストのキャンプ1から廃棄物を空輸する貨物ドローンの実証実験が成功している。現時点では、キャンプ3やキャンプ4といったさらに高所まで飛行できる性能には達していない。そのため現在も、ごみの回収はシェルパや外国人登山者、そして清掃活動に参加するボランティアに大きく依存している。

しかし技術が進歩すれば、高所で働く人々の危険を大幅に減らせる可能性がある。

変化は私たち一人ひとりから始まる

どれほど技術が進歩しても、本当の変化は私たち自身から始まる。

訪問者も地域住民も、それぞれが環境保全の担い手であることに変わりはない。

観光が変えたナムチェ・バザール

1960年頃まで、ネパールの山岳地帯の多くの住民は、農業と牧畜を中心とした生活を送っていた。

しかし、標高3,440メートルに位置するナムチェ・バザールは、エベレストへの玄関口という立地を生かし、大きく発展する可能性を秘めていた。

現在では、トレッキング観光の中心地であり、シェルパ文化の拠点、そして登山者が高所順応を行う重要な場所となっている。

だが、この変貌は比較的新しいものである。

ナムチェで1973年に最初のロッジ「クンブ・ロッジ」を開業したペンバ・ギャルツェン氏は、当時をこう振り返る。

「観光が本格化したのは1990年代に入ってからです。それ以前のナムチェは交易の町でした。谷から運ばれてきた米や水牛の皮と、チベットから運ばれてきた塩や肉を交換する重要な市場だったのです。」

当時の暮らしは決して豊かではなかった。

電気も水道もなく、暖房や調理には薪を使い、夜は石油ランプだけが頼りだった。

「谷の下まで水を汲みに行かなければなりませんでした。20リットルの水を運ぶだけでも20分ほどかかりました。当時の生活は本当に大変でした。」

ヒマラヤから世界へのメッセージ

今日、エベレストは世界中の人々を魅了し続けている。

しかし、その美しさを未来へ引き継ぐためには、登山者、地域住民、行政、研究者、そして企業が協力し続けなければならない。

クンブ地域で進められている取り組みは、単なる「ごみ処理」の事例ではない。

それは、自然保護、地域社会、観光、教育、芸術、そして科学を結びつけた持続可能な山岳管理のモデルである。

世界各地の高山地域が同様の課題に直面するなか、この「クンブ・モデル」は、ヒマラヤを越えて広く応用できる可能性を秘めている。

エベレストを守ることは、世界の山岳環境を守ることにつながる。

そして、その第一歩は、一人ひとりが自然に対する責任を自覚し、小さな行動を積み重ねることから始まるのである。

Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
レイラ・エザットは、ソルボンヌ大学で環境科学の博士号を取得。サンゴ礁から高山渓流に至るまで、水生生態系を専門とする研究者である。

INPS Japan/Nepali Times

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UNHCR:難民条約75周年―難民条約は今なお何百万人もの命綱(エリザベス・タンUNHCR 国際保護・解決局長)

【ジュネーブIPS=エリザベス・タン

1951年7月28日に署名のために開放された「難民の地位に関する条約(難民条約)」は、今年で75周年を迎えた。現在もなお、この条約は国際難民保護制度の礎であり、人類が採択した国際法上の最も重要な法的文書の一つであり続けている。|英語版

第二次世界大戦の惨禍を受けて誕生したこの条約は、極めてシンプルでありながら力強い原則を法制化した。それは、迫害や紛争、暴力によって故郷を追われた人々は、安全な場所に避難し、保護を受ける権利を有するという原則である。

戦争や迫害、突発的な社会の混乱は、いかなる国にも起こり得る。難民条約は、この普遍的な現実に基づき、「故郷を追われた人々は保護されなければならない」という理念の上に築かれた。

この75年間、難民条約は、第二次世界大戦後のヨーロッパから、アフリカ各地の独立闘争、インドシナ戦争、ラテンアメリカの軍事独裁政権下での迫害、そして近年のアフガニスタン、シリア、ウクライナ、スーダンに至るまで、紛争や迫害から逃れてきた人々にとって命綱となってきた。

現在、149か国が難民条約、1967年議定書、またはその双方の締約国となっており、この枠組みは国際法の中でも最も広く支持されている制度の一つとなっている。条約と議定書は、「難民」の定義を定めるとともに、難民が有する権利や、各国が保障すべき保護の基準を明確に規定している。

とりわけ重要なのが、「ノン・ルフールマン原則(強制送還の禁止)」である。これは、迫害や拷問、その他重大な危害を受ける恐れのある場所へ人々を送り返してはならないという原則であり、現在では国際慣習法として確立している。そのため、難民条約を批准していない国にも適用される。

また、この条約は「生きた法」として発展を続けてきた点も重要である。各国の実務や裁判所の判例、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の指針を通じて、ジェンダーに基づく迫害や武装勢力による強制徴兵、さらには気候変動の影響が紛争や迫害などと複合的に重なる状況における保護など、現代の新たな課題にも対応できるよう進化してきた。

UNHCR

一方、世界はかつてない規模の危機と不安定化に直面している。赤十字国際委員会(ICRC)によれば、2025年には世界で130件を超える武力紛争が発生し、4,160万人もの難民が故郷を追われたままとなっている。

難民・庇護問題を巡る議論は世界各地で二極化しているものの、庇護制度そのものに対する市民の支持は依然として高い。今年、29か国を対象に実施されたイプソス(Ipsos)の世論調査では、約3分の2の回答者が「戦争や迫害から逃れる人々には避難を求める権利がある」と支持している。

しかしながら、世界の難民保護制度はいま大きな負担に直面している。

難民の約70%は低・中所得国で受け入れられているが、これらの国々の多くは、自国の経済や開発上の課題も抱えている。また、難民の10人に7人は5年以上にわたり故郷を離れた生活を余儀なくされている。

こうした状況から、「難民条約は今日の複雑な人口移動や逼迫した庇護制度には適応できなくなっている。」と主張する声もある。

しかし、私たちはその考えには賛同しない。

難民条約は、国際的な保護を必要とする人とそうでない人を適切に区別するための枠組みを提供すると同時に、誰一人として迫害や拷問、重大な危害の危険がある場所へ送り返されないことを保障する制度である。

公平で効率的な難民認定手続きは、難民を保護するとともに、受入れ地域社会の安心感を高め、庇護制度への信頼を維持する上でも不可欠である。

UNHCRは、各国政府や関係機関との連携をさらに強化し、受入れ能力の不足を補いながら、難民認定が迅速かつ正確に行われるよう全力を尽くす用意がある。

一方で、難民保護を必要としない人に庇護を認めるべきではなく、そのような人々については、安全性と人間の尊厳が確保された形で帰還できるようにすることも、信頼できる庇護制度の重要な要素である。

同時に、国境管理は常に難民保護の原則に基づいて行われなければならない。

私たちは、難民申請へのアクセスを制限する措置、例えば国境での押し戻し(プッシュバック)、領域への入国拒否、強制送還などの実態を深く懸念している。

難民条約は、各国が国境を適切に管理しながら、国際的保護を必要とする人々を確実に保護するための明確な法的枠組みを提供している。

こうした課題は、深刻な資金不足によってさらに悪化している。

2026年6月末時点で、UNHCRの資金充足率はわずか31%にとどまっており、その結果、避難を余儀なくされた人々、とりわけ最も脆弱な人々に提供される不可欠な支援サービスが大きく制約されている。

難民条約75周年を迎えるに当たり、UNHCRは、庇護制度への新たな国際的コミットメント、より強固な国際協力、そして難民と受入れ地域社会への一層の支援を呼びかけている。

2026年を通じて、各国政府、市民社会、難民当事者、民間企業など幅広い関係者が参加する地域・国・世界レベルでの対話を開催し、難民保護を強化し、持続可能な解決策を前進させるための具体的な方策をともに模索していく。

難民条約は75年を経た今日もなお、故郷を追われた人々を守り、本当に保護を必要とする人々に庇護を提供し続けるという、国際社会全体の決意が試される存在なのである。

エリザベス・タンは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)国際保護・解決局長。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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髪を切ることは、自由を切り刻むこと―タリバン統治下で揺れるアフガニスタンの理髪師たち

筆者はアフガニスタン在住の女性ジャーナリスト。タリバン政権掌握前にフィンランド政府の支援を受けて報道研修を修了した。安全上の理由から氏名は公表していない。

【カブールIPS=匿名ジャーナリスト

カブールで理髪店を営むアフメド(仮名)は、かつてスマートフォンの中にさまざまな髪型の写真を保存していた。来店した客に見せて好みのスタイルを選んでもらい、その通りに髪を切っていたのである。若者の中には、自分で見つけた写真を持参する者も少なくなかった。特にイスラム教の祝祭「イード」の前には、店は連日大勢の客であふれていた。|英語版

しかし、そんな光景はもうない。

「以前はイードが近づくと、昼も夜も店で働き、ほとんど家に帰ることがありませんでした。店から客が途切れることもありませんでした。ところが、今では状況がすっかり変わりました。店を開けるのは午前10時か11時ごろで、午後4時か5時には閉めて家に帰ります。ただ時間をつぶし、一日を何とかやり過ごすために仕事へ行っているようなものです。」とアフメドは語る。

アフガニスタン、なかでも首都カブールでは、男性向けのヘアサロンや理髪店は、単に髪やひげを整えるためだけの場所ではなかった。男性や若者たちが集まり、お茶を飲みながら語り合う交流の場でもあった。近年では、SNSや世界的なファッションの流行に影響を受けた、現代的な髪型やひげのスタイルも人気を集めていた。

しかし、2021年8月にタリバンがアフガニスタンの実権を掌握すると、日常生活のさまざまな活動が制限されるようになった。こうした変化は、男性向けヘアサロンや理髪店の営業にも大きな影響を及ぼした。

2021年9月、タリバンは、とりわけカブールなどの都市部で、男性のひげを剃ったり整えたりすることを禁じる方針を打ち出した。そのようなサービスはシャリーア(イスラム法)に反するとされたのである。

新たな規則と監視体制の強化により、理髪師たちは従来のように仕事を続けることができなくなった。サービスの幅は狭まり、常に処罰への不安を抱えながら営業せざるを得なくなった。その影響は、理髪師と客双方の日常生活にすぐに現れた。

アフメドは理髪店の店主であると同時に、4人の子どもを育てる父親でもある。母親と2人の姉妹を含む家族全員が同じ家で暮らしており、この理髪店が一家唯一の収入源だ。

私は目立たないように彼へ取材するため、夫と5歳の息子を連れ、「息子の散髪に来た客」を装ってカブール中心部にある店を訪れた。

アフメドの店に入ると、かつてのヘアサロンの面影はほとんど残っていなかった。髪型やひげのスタイルを紹介する大きなポスターはすべて取り外されていた。今では、そうしたポスターを掲示することが認められていないからだ。店内はすっかり簡素になり、現代的なヘアスタジオというより、昔ながらの小さな理髪店のように見えた。

息子の散髪を終えたアフメドは、ハサミをそっとテーブルに置き、鏡にちらりと目をやった。そして、しばらく間を置いてから、ため息交じりに語った。

「私は18歳のときにこの仕事を始めました。この仕事に情熱を抱いていたのです。それから20年間、理髪師として働いてきました。ほんの5年前、こうした変化が起きる前までは、朝6時半に自転車で家を出て、7時には店を開けていました。そして夜10時まで一日中働き、子どもから大人、お年寄りまで、あらゆる人々の髪を切っていました。お客さんの数は、数え切れないほどでした。」

タリバンによる規制の下で、カブールの理髪師たちは現代的なヘアスタイルを提供できなくなり、恐怖や罰則、収入減に苦しみながら営業を続けている。Credit: Learning Together

アフメドの店はカブールのにぎやかな路地にある。以前、この店は単なる散髪屋ではなかった。順番を待つ客同士がお茶を飲みながら、サッカーから政治までさまざまな話題について語り合う、人々の交流の場だった。

当時を思い出しながら、アフメドは笑みを浮かべる。

「これは単なる仕事ではなく、人生そのものでした。毎日たくさんのお客さんが来て、YouTubeやお客さんが持ってくる写真を見ながら新しいスタイルを学びました。同業者との競争もあり、それが仕事への意欲につながっていたんです。」

しかし、その状況は2021年末から2022年初めにかけて一変した。

「勧善懲悪省(徳の推進・悪徳防止省)」、通称「風紀警察」の職員たちが理髪店を頻繁に巡回するようになったのである。

理髪師たちは、客のひげを剃ったり整えたりしてはならないこと、西洋風の髪型も避けるよう命じられ、違反すれば厳しい処分を受けると警告された。

「最初は、ひげを剃ってはいけないという話を耳にしただけでした。しかし、そのうち風紀警察の職員が実際に店を訪れるようになりました。日によっては、2、3人の職員が何時間も店内にとどまり、私が客の髪やひげをどのように整えているのかを監視していました。仕事をしている間も、何をしてよいのか、何をしてはいけないのかを逐一指示されました。」

当初の数カ月間は、こうした措置は一時的なものにすぎないという非公式な噂が広まっていた。多くの理髪師も、長くは続かないだろうと考えていた。しかし、やがて規則が厳格に適用されることが明らかになった。その後、規制は次第に強化され、当局による店舗の巡回も頻繁になっていった。

「正直に言えば、お客さんから頼まれても、新しい髪型を試す勇気はありませんでした。怖かったのです。理髪師仲間の多くが罰金を科され、中には一定期間、店を閉鎖させられた人もいました。」

この5年間、多くの理髪師が罰金や拘束、店舗の一時閉鎖あるいは営業停止など、さまざまな処分を受けてきた。職を変えた人もいれば、国外へ移住した人もいる。

一方で、アフメドのように困難な状況の中でも営業を続ける人もいる。しかし客層は変わり、収入は以前の半分にまで落ち込んだ。

「今ではお客さんとの会話も短くなり、来店する人も少なくなりました。かつて店いっぱいにあふれていた温かく活気ある雰囲気は、もう消えてしまいました。」

こうした状況の中で、理髪という仕事は、多くの理髪師にとってかつてのような創造性ややりがいを感じられる職業ではなくなっている。

「若い人たちは以前ほど身だしなみに気を使わなくなりました。店に来なくなった人も多いですし、来てもごく普通の髪型しか頼みません。実際には、みんな怖がっているんです。

「つい最近も、10代の少年の髪を切っていたところ、風紀警察の職員がやって来ました。私が少年の髪をスタイリングしているのを見ると、大騒ぎを始め、少年の髪を非常に短く切るよう強制しました。さらに、店を閉鎖すると脅されました。長い押し問答の末、最終的には罰金を科されるだけで済み、彼らは立ち去りました。」

アフガニスタンの理髪師たちの経験は、人間の創造性を完全に抑え込むことはできないと物語っている。アフメドのような人々は、困難や恐怖に直面しながらも、決してあきらめてはいない。彼らは、創造性や人とのつながり、そして希望が息づく小さな空間を守り続けている。こうした粘り強さは、地域社会が立ち直り、成長し、再建していく力を備えていることの表れでもある。

先行きは厳しいかもしれない。それでも、抵抗の精神と人間の希望は、変化が訪れ、暮らしと創造性が再び花開く日々が戻ってくる可能性をつなぎ止めている。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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気候リスクが多国間主義を進化させている

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=ジャナニ・ヴィヴェカナンダ

気候外交では、いま新たな潮流が生まれている。大きな影響を及ぼす議論の一部は、もはや正式な国際会議だけで交わされているのではない。公式日程と並行して設けられる、多様な主体による新たな対話の場が、正式な制度がどのような成果を上げられるかを、ますます左右するようになっている。

6月に開催されたロンドン気候行動週間(London Climate Action Week)は、こうした変化を鮮明に示した。それから1か月を経た現在、今後の会議日程を見ても、この流れは一層明らかである。

8月初旬には、関係機関がスリランカのコロンボに集まり、「ベンガル湾・気候・平和・安全保障対話(Bay of Bengal Climate, Peace and Security Dialogue)」を開催する。ベンガル湾という共有海域における気候リスクを、平和と安全保障をめぐる地域協力へとつなげることが目的である。

9月下旬には、Climate Week NYCが再び開催され、政界、金融界、企業の主要関係者が一堂に会する。

さらに10月には、ベルリン気候・安全保障会議(Berlin Climate and Security Conference)が開催され、気候安全保障をめぐる議論を、問題の診断から具体的な実行へどこまで前進させられるかが、引き続き問われることになる。

こうした対話の場は、いずれも多国間主義に取って代わるものではない。むしろ、多国間主義そのものが新たな形へと変化していることを示している。

政府も引き続きその場に参加している。しかし、そこには都市や地方自治体、司法機関や規制当局、投資家や保険会社、企業、市民社会組織、研究者、そして気候危機への対応が一刻を争う課題であることを私たちに訴え続ける若い世代も加わっている。

これは多国間主義の終焉ではない。

その再創造なのである。

これを「プルリラテラリズム(有志国・主体による協力)」と呼んでも、「連合形成」と呼んでも、「圧力の下での適応」と呼んでもよい。呼び方そのものは、それほど重要ではない。

重要なのは、気候ガバナンスが、多様な主体から成る一つのエコシステムによって、ますます担われるようになっているという現実である。このエコシステムは、既存の制度よりも迅速に関係者を結集し、最も効果的に機能する場合には、制度の縦割りによって分断されてきた各分野の専門知を結び付けることができる。

ベンガル湾対話は、その好例である。

この対話は複数の組織による共同の取り組みであり、ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアティブ(BIMSTEC)をはじめ、通常の気候問題をめぐる議論ではほとんど注目されない地域機構を通じて、地域的な気候協力の可能性を探っている。

これは重要である。なぜなら、地政学がいま、強烈な形で気候問題に回帰しているからだ。

今日、気候リスクは遠い未来の環境問題としてではなく、安全保障、貿易、経済の安定、公衆衛生、社会的結束へ連鎖的な影響を及ぼす「システム全体のリスク」として認識され始めている。

ロンドンでの議論でも、この認識が一貫して共有されていた。

言い換えれば、気候変動は、私たちの日常生活を支えるあらゆる制度や社会システムの脆弱性を試す**「ストレステスト」**となりつつあるのである。

新たな可能性

こうした認識の転換は、大きな可能性をもたらしている。

気候問題が「レジリエンス(回復力)」や「社会の安定性」の問題として理解されるようになることで、これまで気候問題に深く関与してこなかった人々が、それぞれの専門性や権限、資金を持ち寄るようになっているからだ。

ロンドンでは、水資源と自然環境が繰り返し重要な論点となった。

それは、水や自然が気候問題に代わるテーマだからではない。

温室効果ガス削減をめぐる政治的対立を超えて、多くの関係者が共通して取り組める入口となるからである。

水不足は誰の目にも明らかな危機であり、生態系の崩壊も現実の問題である。

サプライチェーンの混乱、食料価格の高騰、人々の移住といった問題は、専門知識がなくても理解できる。

つまり、水と自然は、気候危機を財務省、防衛当局、保険業界、規制当局、外交担当者など、多様な主体が行動に移せる「共通言語」へと翻訳する役割を果たしているのである。

このため、生物多様性の損失や生態系の劣化を、単なる環境問題ではなく、安全保障と経済的繁栄に関わるリスクとして位置付け始める政府が現れていることは重要である。

英国政府が最近、気候安全保障タスクフォースを設置したことは、その象徴的な例である。

気候や自然に関するリスクへの備えは、もはや一部の専門家だけの課題ではなく、国家運営そのものの中核的課題になりつつある。

落とし穴

しかし、この新しい多主体型の国際協力には危険もある。

それは、「自由参加型の多国間主義」が、「自由放任の断片化」へと陥る可能性である。

気候安全保障の分野ですら、私たちは依然として異なる専門分野や部門、データを十分につなげられていない。

議論は同じような参加者同士の閉じた場で行われがちであり、リスクが複雑化する一方で、従来と同じ説明を繰り返している。

その結果、連鎖的リスクについて語りながら、それを予測する仕組みは構築できていない。

「統合」の必要性を訴えながら、意思決定の仕組み自体は変わっていないのである。

このギャップは重大である。

自然環境の劣化は、ある日突然危機として表面化するまで静かに進行する。

インフラも、一見堅牢に見えていても、一度破綻すれば連鎖的な障害を引き起こす。

市場も、リスクを過小評価し続けた末に、一気に厳しく評価し直すことがある。

だからこそ、本格的な気候安全保障政策には、「危機認識」から「危機への備え」への転換が必要である。

そのためには、三つの変革が求められる。

第一に、水資源や自然環境に関するリスクを、他の地政学的リスクと同等に国家・地域のリスク評価へ組み込むことである。

第二に、気候安全保障を狭い政策分野に閉じ込めてはならない。

議論は、貿易、金融、産業政策、重要鉱物、食料システム、防災といった、実際に政策インセンティブが存在する分野で行われなければならない。

第三に、人々の知見と制度上の意思決定を結び付ける仕組みを整備する必要がある。

地域社会の経験を科学的分析や安全保障評価と結び付け、研究成果を実際の政策や外交上の選択肢へと変換していかなければならない。

今後の課題

こうした制度に縛られない柔軟な多国間協力は、正式な協力枠組みに取って代わるものではない。むしろ、制度の対応が遅れる中でも、世界は動き続けていることを示すものである。

その可能性は明らかだ。この広範なエコシステムは、金融や貿易からインフラ、保健、安全保障に至るまで、リスクを左右する手段を握る人々を結び付けることができる。

一方、落とし穴も同様に明らかである。共通の優先課題と説明責任がなければ、互いに結び付かない取り組みが乱立するだけで、全体として危機への備えにはつながらない。

ロンドン気候行動週間で私が目にした最も有意義な変化は、実務上のものではなく、実は問題の語り方にあった。

気候変動と自然の喪失がシステミック・リスクとして捉えられるようになれば、それらはもはや「誰かほかの人の問題」ではなくなる。自国の繁栄、貿易、健康、社会的結束を脅かすリスクとなるのである。

先進国の多くで有権者が内向き志向を強めている現在の政治状況にあって、こうした捉え方は重要である。

それは、脆弱な状況に置かれた国や地域への連帯を弱めるものではない。むしろ、危機を未然に防ぐことの必要性を、あらゆる国で政治的に理解され得る課題にする。

今後取り組むべき課題はそこにある。すなわち、衝撃が危機へと発展する前に、この新たな捉え方を生かし、問題への認識を具体的な備えへと転換することである。

Original URL: https://toda.org/global-outlooks/climate-risk-is-forcing-multilateralism-to-evolve/

INPS Japan

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AIはすでに数十億人の現実を書き換え始めている―しかし、その「現実」は女性を正しく映していない

【UNWOMEN/INPS Japan

133の人工知能(AI)システムを対象とした調査では、44%でジェンダーバイアスが確認され、26%ではジェンダーと人種の双方に関する偏見が認められた。一方、AIが生成した広告やコンテンツを公開前に人間が確認しているマーケティング担当者は、わずか51%にとどまっている。|英語版

7月6~7日にスイス・ジュネーブで開催される「国連AIガバナンス・グローバル対話(United Nations Global Dialogue on Artificial Intelligence Governance)」、続く7~10日の「AI for Good グローバル・サミット」を前に、UN Womenは、何が危機にさらされているのか、そしてジェンダー平等なデジタル社会を築くために何を変えなければならないのかを提起した。

1.AIがコンテンツを生み出す時代はすでに始まっている――その方向性を決める時間は残り少ない

生成AIは、マーケティングや広報業務において、日常的に最も広く利用される技術の一つとなっている。

英国だけを見ても、広告会社やメディア企業の88%が、すでに何らかの形で生成AIを活用している。しかし、差別的なアルゴリズムは、ジェンダー不平等や差別をさらに固定化する危険がある。

AIツールがコンテンツ制作や広告配信に大規模に組み込まれるにつれ、誰が社会に「見える存在」となるのか、どのように描かれるのか、そして誰の物語が語られるのかといった重要な判断が、人間による十分な検証やジェンダーの視点を欠いたまま、急速に下されつつある。

2.AIの偏見は「不具合」ではない――システム全体に共通する構造的問題である

大規模言語モデル(LLM)では、女性が「家庭」「家族」「子ども」と結び付けられる一方、男性は「ビジネス」「経営幹部」「給与」「キャリア」と関連付けられる傾向が一貫して確認されている。

また、性別を示す語句から文章を完成させる課題では、LLMの回答の約20%に、女性蔑視や性差別的な内容が含まれていた。女性を性的対象や夫の所有物として描写する例も見られた。

こうした偏見は、偶然に生じたものではない。女性と男性が長年にわたり不平等に表象されてきた情報を学習したAIシステムが生み出す、予測可能な結果である。

AIの偏見は、単なる技術設計上の不具合ではない。政策上の問題でもある。

138か国を対象にした調査では、国家AI戦略でジェンダーに言及している国は24か国にとどまり、具体的なジェンダー対応策を盛り込んでいる国はわずか18か国だった。

このままでは、将来のAIシステムそのものに不平等が組み込まれてしまう危険がある。

3.AIは女性と少女に対するオンライン暴力をさらに深刻化させている

UN Womenによれば、女性と少女はもともと男性に比べてデジタル空間へのアクセスが限られている。さらに、デジタル空間を利用する場合にも、オンライン暴力の被害を受ける可能性がはるかに高い。

女性の人権擁護者、活動家、ジャーナリストを対象とした調査では、約4人に1人がAIを利用したオンライン暴力を経験したと回答した。また、12%が本人の同意なく個人的な画像を共有された経験があり、その中には親密または性的な内容を含む画像もあった。さらに、6%がディープフェイクや改ざんされた画像・動画の被害を受け、4人に1人以上がデジタルメッセージを通じて望まない性的な働きかけを受けたと答えている。

AIは、こうした暴力をさらに悪化させている。ディープフェイクは、女性や少女を不均衡に標的とするAI悪用の最も目に見える例の一つである。

AI生成コンテンツが一般化するにつれ、嫌がらせ、情報操作、画像を利用した虐待の手段も、それに伴って拡大している。

4.AIを設計する場から女性が排除されている

生成AIは今後、技術集約型分野を中心に新たな雇用を生み出すと期待されている。

しかし、科学・技術・工学・数学(STEM)分野やAI業界において、女性は依然として少数派にとどまっている。

世界全体でAI関連人材に占める女性の割合は、わずか30%である。つまり、何十億人もの人々が利用することを前提にしたAIシステムを設計している人々は、その利用者を十分に代表しているとは言えない。この明らかな偏りが、問題をさらに深刻化させている。

5.AIによる雇用の変化は女性により大きな影響を及ぼす

AI産業以外で働く女性は、男性のほぼ2倍の割合で、自動化の影響を受けるリスクの高い職種に就いている。

さらに、AIをめぐる格差は、ジェンダー不平等だけにとどまらない。人種、障害、社会経済的地位、地域など、さまざまな要因が重なり合うことで、不利益はさらに増幅される。

もともとメディアや労働市場で十分に代表されていない人々ほど、AI時代にさらに取り残される危険が高い。

6.包摂的なAIは企業にも利益をもたらす

UN Womenが主導するアンステレオタイプ・アライアンス(Unstereotype Alliance)は、世界初のグローバル調査で、包摂的な広告が企業の利益、売上、ブランド価値にも好影響を与えることを明らかにした。

ジェンダー固定観念にとらわれない包摂的な広告を制作するブランドでは、短期売上が3.46%、長期売上が16.26%増加することが確認された。

さらに、そうしたブランドは消費者の第一選択となる可能性が62%高く、価格決定力は54%高まり、顧客ロイヤルティも15%向上するという結果が示されている。

AIが広告キャンペーンの企画・制作の中心となる中、包摂性をそのプロセスに組み込むブランドは利益を得る可能性が高い。一方で、それを怠るブランドは、評判面でも事業面でも大きなリスクに直面することになる。

2026年6月に公表されたアンステレオタイプ・アライアンスの実践ガイドは、マーケターが生成AIを利用するたびに、公開前に偏見を発見し、是正するための手法を示している。

AIのすべての段階にジェンダー平等を

UN Womenは、AIの開発、導入、運用、ガバナンスに至るライフサイクル全体に、ジェンダー平等、そして女性と少女の権利や経験を組み込むことを求めている。

AIは、安全性を確保したうえで意図的に活用されれば、ジェンダーステレオタイプを検出し、多様な人々の表象を広げ、アクセシビリティを大規模に向上させる可能性を秘めている。

しかし、その可能性が現実のものとなるかどうかは、政府、企業、AIの研究・開発に携わる専門家など、意思決定を担う人々の選択にかかっている。

そのためには、多様な背景を持つ女性や少女の声、専門知識、生活経験に加え、彼女たちとともに活動し、その課題を深く理解している市民社会組織の知見を取り入れることが不可欠である。

それこそが、ジェンダー平等なデジタル社会を築くための第一歩となる。

INPS Japan/UN WOMEN

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広島からの問い―核の影の下で生き続けるのか

【広島INPS Japan=浅霧勝浩】

被爆81年の平和宣言と国連事務総長メッセージは、崩れつつある核秩序の先に二つの未来を描いた 広島市長による今年の平和宣言は、追悼の言葉だけでは始まらなかった。最初に置かれたのは、核兵器を威嚇の道具に使う軍事侵攻、国際法を軽んじる大国の振る舞い、そして3回続けて成果文書を採択できなかった核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議であった。|英語版|

その順序には意味がある。81年前の惨禍は、過去に閉じ込められた記憶ではない。核兵器が再び国家の力を誇示し、相手を屈服させる手段として語られる現在と、直接つながっているからである。

松井一實市長は、不信が報復を生み、報復がさらなる暴力を正当化する世界を描いた。その先にあるのは「第三のヒロシマ・ナガサキ」かもしれない、と警告した。

同じ式典で、中満泉・国連事務次長(軍縮担当上級代表)が代読したアントニオ・グテーレス国連事務総長のメッセージは、その警告を一つの問いに凝縮した。人類は広島から何を学んだのか。平和な未来を選ぶのか。それとも、核による破滅の影の下で生き続けるのか。

これは、式典のための修辞的な問いではなかった。直後に示されたのは、核兵器削減の流れの逆転、核実験禁止規範の動揺、急増する軍事費、そして核による威嚇が横行する世界の姿であった。

一つは被爆者の記憶から語り、一つは国際制度の危機から語った。だが二つのメッセージがたどり着いた場所は同じだった。恐怖によって維持される秩序を安全と呼び続けるのか。それとも、対話、外交、国際法、信頼という、時間のかかる手段を再び安全保障の中心に戻すのか、という選択である。

個人の記憶を、世界の現在へ

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB
Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

平和宣言の中心に置かれたのは、核戦略ではなく人間だった。

そこには、原爆で皮膚が崩れ、顔が変わり果てた姉を記憶する女性がいる。3歳で被爆し、その後も病に襲われ、次はどのような病気になるのかという恐怖を抱えて生きた女性がいる。

そして、9歳で被爆した男性は、ロシアによるウクライナ侵攻で一般市民が犠牲になる光景を見ながら、争いのない世界をつくるには、まず自分の中の争う心を乗り越え、相手の考えを受け入れる努力が必要だと若者に訴えた。

この証言は、核兵器の被害が爆発の瞬間に終わらないことを思い起こさせる。放射線による病、家族の喪失、差別、将来への不安は、数十年にわたって人の生活を規定する。核兵器を保有することの戦略的な価値を論じるとき、その計算から消えやすいのが、こうした時間の長さである。

UN Photo
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グテーレス氏のメッセージは、被爆者の数が減るほど、その言葉の重要性は増すと指摘した。被爆証言は、悲劇を記録するだけのものではない。それは、核抑止という抽象的な概念を、人間の身体と生活の現実に引き戻す証拠でもある。

松井市長は市民と若者に、異なる価値観を持つ人々との国境を越えた交流を求めた。グテーレス氏は各国に、分断より対話、対立より協力を選ぶよう促した。一見すると規模の異なる二つの提案だが、根には共通の認識がある。国家間の不信も、社会の中で他者を理解しようとする力が失われたところから深まっていく、という認識である。

合意できなくなった核の「取引」

現在の危機を理解するには、NPTがどのような約束の上に成り立っているかを見る必要がある。

非核兵器国は核兵器を取得しない。核兵器国は核軍縮を誠実に進める。そして、原子力の平和利用は国際的な保障措置の下ですべての締約国に認められる。条約は、この三つを一つの取引として束ねてきた。

ただし、その枠組みは初めから完全ではなかった。インド、パキスタン、イスラエルは条約の外にあり、北朝鮮は脱退を表明した。条約上、核兵器国として特別な地位を認められた国々が軍縮を進めるという約束も、長年にわたって十分に実行されてきたとは言い難い。

NPT under pressure. Credit: INPS Japan
NPT under pressure. Credit: INPS Japan

2026年の再検討会議は、その不均衡に地政学的な対立が重なった。

最終文書では、イランが核兵器を求めてはならないとする文言が争点の一つとなった。米国などは、イランのウラン濃縮や国際原子力機関(IAEA)との協力をめぐり、より強い表現を求めた。イランは、自国だけが名指しされることに反発し、米国とイスラエルによる核施設への攻撃こそ国際法と不拡散体制を損なったと主張した。

だが、イラン問題は決裂の唯一の原因ではなく、より深い亀裂が表面化した場所であった。

ウクライナ戦争では、ザポリージャ原子力発電所など核関連施設の安全が脅かされてきた。中東では、1995年に約束された核兵器・大量破壊兵器のない地帯が今も実現していない。米英豪の安全保障枠組みAUKUSをめぐっては、非核兵器国への原子力潜水艦技術の移転が、保障措置にどのような前例をつくるのかという懸念が残る。

その一方で、中国は核戦力を拡大し、米国とロシアの軍備管理は後退し、核武装する九つの国はすべて戦力の近代化を進めている。核保有国とその同盟国が核抑止の重要性を高めながら、非核兵器国にだけ自制を求めれば、条約は核拡散を防ぐ制度ではなく、核を持つ国の特権を固定する制度ではないかという疑念が強まる。

NPT再検討会議が成果文書に合意できなかったのは、2015年、2022年、2026年と3回連続である。最後に合意できたのは2010年だった。

条約が明日なくなるわけではない。ほぼすべての国が参加するNPTに代わる枠組みもない。しかし、制度は一夜にして崩れるとは限らない。約束が繰り返し先送りされ、違反への批判が選択的に適用され、会議が合意なしに終わるたび、その制度に従う方が安全だという信頼が少しずつ失われていく。

中満氏が再検討会議後に述べたように、不拡散と軍縮は表裏一体である。核兵器国がNPT第6条の軍縮義務を実行しないまま、非核兵器国に核を持たないよう求め続けることはできない。問題は条約の文言ではなく、各国がその取引を今も信じているかどうかである。

軍縮が逆向きに進むとき

An AI-generated conceptual illustration shows opposing rows of strategic missile launchers beyond a broken restraint, symbolizing the collapse of binding arms-control limits and a renewed nuclear arms race in which each side’s pursuit of security increases the danger for all. Image: Katsuhiro Asagiri

その信頼を損なう兆候は、会議室の外にもある。

米国とロシアの戦略核戦力に検証可能な上限を設けてきた新戦略兵器削減条約(新START)は、2026年2月5日に失効した。世界の核兵器の大半を保有する両国の戦略核戦力に、法的拘束力のある上限がなくなるのは半世紀余りで初めてである。

核実験を禁じる規範も揺れている。2025年、米大統領が「実験」の再開に言及し、それが核爆発実験を意味するのかミサイル試験を指すのか明らかでない中、米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効を求める国連総会第1委員会の決議案に唯一反対した。爆発実験が実際に行われなくても、大国が長年の規範への支持を曖昧にすれば、他国に同じ行動を取る口実を与える。

軍事費も増えている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2025年の世界の軍事費は過去最高の2兆8870億ドルに達し、実質ベースで11年連続の増加となった。欧州では14%、アジア・オセアニアでは8.1%増えた。

各国には、それぞれの説明がある。ロシアの侵攻、中国の台頭、同盟国への不安、地域紛争への備え。どれも個別に見れば安全保障上の理由として理解できる。しかし、一国の備えは別の国には脅威に映る。相手の増強に備えて自国も増強し、その動きが再び相手の軍拡を促す。安全を求める行動が、全体として不安定を増すのが安全保障のジレンマである。

核抑止の支持者は、広島と長崎以来、戦争で核兵器が使われなかった事実を、その有効性の証しとして挙げる。だが、誤警報、機器の故障、情報の誤読、指導者の誤算によって、世界が核戦争に近づいた事例も複数ある。

2026年のNPT再検討会議に合わせて開かれた討論会では、その教訓が「幸運は安全保障戦略ではない」という言葉で表現された。核抑止は、将来のすべての指導者、情報、通信システムが、危機のたびに正しく機能することを必要とする。人工知能(AI)が警戒や指揮統制に組み込まれ、判断の速度が上がれば、誤りに気づいて修正する時間は短くなる可能性がある。

核抑止が過去に一定の役割を果たしたかという議論と、それが永続的に安全な制度かという問いは、同じではない。

禁止条約が担うもの―そして担えないもの

United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri
United Nations Headquarters Photo:Katsuhiro Asagiri

こうした状況で、核兵器禁止条約(TPNW)の第1回再検討会議が11月30日から12月4日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる。議長国は、かつて自国の核兵器を廃棄した南アフリカである。

2026年7月にトンガが加入し、TPNWへの署名、批准または加入という正式な行動を取った国は100カ国となった。うち締約国は75カ国である。

TPNWは、核兵器の開発、実験、生産、保有、使用、使用の威嚇を包括的に禁じる。さらに、核兵器の使用や実験で被害を受けた人々への支援と、汚染された地域の環境修復を締約国の義務とした。

ここにNPTとの違いがある。NPTが主として核保有国と非保有国の関係を管理するのに対し、TPNWは核兵器そのものを人道と国際法の問題として扱う。核兵器を誰が持つべきかではなく、そもそも持つことを許容できるのかと問うのである。

再検討会議では、核使用と核威嚇を例外なく拒む政治宣言、2022年のウィーン行動計画の履行状況、科学諮問グループの成果、被害者支援と環境修復の仕組み、核兵器廃棄を検証する国際的な機関、条約のさらなる普遍化が主要な課題となる見通しだ。

中でも注目されるのが、被害者支援と環境修復のための国際信託基金である。広島と長崎だけでなく、カザフスタンのセミパラチンスク、マーシャル諸島、太平洋の島々など、核実験の影響は今も続く。基金が具体化すれば、軍縮は将来の核弾頭数をめぐる交渉だけでなく、すでに生じた被害に誰が責任を持つのかという「核の正義」の問題にもなる。

TPNWには明らかな限界もある。核武装国は一国も参加しておらず、条約だけで核弾頭を廃棄させることはできない。その限界を無視すれば、禁止という規範と実際の軍縮との距離を見誤る。

しかし、核武装国の合意を待つだけでは進展しないことも、3回続けて合意できなかったNPT再検討会議が示している。NPTが核軍縮の法的義務を維持し、TPNWが禁止規範、被害者支援、環境修復、検証の方法を発展させる。二つの条約は、競争相手ではなく、それぞれの欠落を補う枠組みとして扱うことができる。

日本はどこに立つのか

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

広島平和宣言は、日本政府にTPNW再検討会議へのオブザーバー参加を求め、その先に早期の締約国入りを促した。

オブザーバーとして会議に出ることは、直ちに条約へ加入することを意味しない。米国の核抑止に依存するNATO諸国も、立場の違いを明確にした上で過去の締約国会議に参加している。

日本が参加すれば、核抑止に依存する安全保障政策との矛盾を問われることになるだろう。しかし同時に、被爆医療、放射線影響研究、証言の保存、被害者支援、環境修復、軍縮教育など、日本に蓄積された知識を具体的な制度づくりに生かすこともできる。

日本政府は長年、核保有国と非保有国の「橋渡し」を自らの役割としてきた。だが橋渡しには、双方が何を恐れ、何を不公正と感じているかを同じ場で聞くことが必要になる。一方の岸から離れたままでは、その役割の説得力は弱まる。

「現実」と呼ぶものを選び直す

二つのメッセージが市民にも行動を求めたのは、核政策が政府と専門家だけで決まるものではないからである。

核兵器を安全の保証とみなす考え方も、それを人道上許容できない兵器とみなす考え方も、教育、報道、選挙、文化、投資、日常の言葉を通じて社会の「常識」になる。その常識が、政府に許される政策の範囲を形づくる。

核兵器の影に怯える未来は、ある日突然、一人の指導者が選ぶとは限らない。核による威嚇を自国側のものなら容認し、軍拡を安全と同じ意味で語り、被爆者と核実験被害者の証言を記念日の中に閉じ込める。そうした小さな容認の積み重ねによっても選ばれていく。

核なき世界も、一度の会議で実現するものではない。被爆と核実験の実相を学ぶこと。異なる立場の人と話すこと。核威嚇を行う国が敵か味方かにかかわらず拒むこと。政府に軍縮義務の履行とTPNW会議への参加を求めること。被害者支援や軍縮教育を支えること。いずれも小さな行動だが、核兵器をめぐる社会の基準を変える行動でもある。

広島が今年世界に示したのは、楽観的な予言ではない。選択肢である。

核の恐怖を均衡させ続ける未来か。核兵器を必要としない共通の安全保障を築く未来か。

その問いに答えるために、専門家になる必要も、政府の許可を待つ必要もない。都市を焼き尽くすという威嚇に依存する安全を、自分は本当に安全と呼べるのか。まずそう問い直すことが、最初の政治的な行動となる。

Toward a Nuclear Free World
Toward a Nuclear Free World

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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