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インドのLED化が示す、環境対策を支えるブレンデッド・ファイナンスの力

インド・ハイデラバードIPS=ステラ・ポール

ウズベキスタン・サマルカンドで開催される第8回地球環境ファシリティ(GEF)総会を前に、各国政府や開発機関は、急速に拡大する環境対策の資金需要にどう対応するかという、なじみ深い課題に向き合っている。公的予算が逼迫し、生物多様性や気候変動に伴うリスクが高まるなか、注目はブレンデッド・ファイナンスへと集まりつつある。これは、譲許的な公的資金と民間の商業投資を組み合わせ、大規模な資本動員を図る手法である。|ENGLISH

支持者は、この仕組みによって投資リスクを軽減し、従来なら資金確保が難しかった事業に民間資本を呼び込むことができると主張する。一方、批判的な見方をする人々は、こうした手法がなお公的支援に大きく依存しており、どの地域でも容易に再現できるとは限らないと指摘する。

インドのハイデラバードでは、世界最大級の自治体LED街路灯整備事業が、ブレンデッド・ファイナンスの実効性を示す代表的な事例として注目されている。

街路灯を気候資金へ転換する

急速に拡大し、気候変動の影響を受けやすい大都市ハイデラバードは、気温上昇とエネルギー需要の増大に対応するため、インドの「街路灯国家プログラム」(SLNP)の下で、街路灯を省エネ型のLEDに改修してきた。

この取り組みは、エネルギー効率サービス社(EESL)が国連環境計画(UNEP)およびアジア開発銀行(ADB)と連携し、GEFの支援を受けて実施した、より広範な「エネルギー効率市場の創出と維持」プログラムの一環である。

同プログラムでは、GEFによる無償資金と4億3400万米ドルを超える協調融資を組み合わせ、省エネ技術の大規模導入を進めた。

「環境資金の不足額は、年間で数千億ドル規模に及んでいる。これは、無償資金や政府開発援助(ODA)だけで埋められる規模ではない」と、GEFのプログラム責任者であるフレッド・ボルツ氏は語る。

「健全な地球環境を維持していくには、民間資本の動員が不可欠である。」

ブレンデッド・ファイナンスは、譲許的融資や保証、無償資金支援などを通じて民間投資家のリスクを抑え、収益の見通しが立ちにくい市場でも事業を実現しやすくする仕組みである。公的資金やフィランソロピー資金がリスクの一部を引き受けることで、再生可能エネルギー、生物多様性、持続可能なインフラなど、リスクが高いと見なされがちな分野にも民間資本を呼び込みやすくなる。

ハイデラバードでは、EESLがLED街路灯の設置費用を先行して賄い、その後に得られる電力費の削減分で費用を回収する仕組みを導入した。これにより、大ハイデラバード市公社(GHMC)は多額の初期支出を避けることができた。

初期段階で45万基を超える街路灯が交換され、その後の拡大によって対象地域は市内全域に及んだ。公共照明に伴う電力消費量はおおむね半減し、年間10億ルピー超(約1200万米ドル)の節約を生むとともに、炭素排出量の大幅削減にも寄与した。

節約分が資産となる仕組み

資金調達の仕組みは、「みなし節約」モデルに基づいていた。自治体は初期費用を支払う代わりに、電力費と維持管理費の削減分を検証したうえで、その削減分を返済原資として投資額を段階的に返済していく仕組みである。

支持者は、こうした仕組みによって、予算制約を抱える都市でもインフラの近代化が可能になると評価する。一方で、分析者は、このモデルが正確な削減予測、信頼できる維持管理、そして十分な行政能力に依存していると警告する。

専門家の間では、ブレンデッド・ファイナンスが最も効果を発揮するのは、公的機関が事業の実施と監督に積極的に関与し続ける場合だとの見方が共有されている。

ハイデラバードの事業には、中央監視制御システム(CCMS)が導入された。これにより、当局は電力使用量を把握し、故障を検知し、設備の稼働状況をリアルタイムで監視できるようになった。

このシステムは運用管理を強化するとともに、独立した検証に基づいて支払いを行う成果連動型の資金調達に必要なデータの蓄積にもつながった。

インド・ハイデラバード東部でLED化された街路灯。LED照明は、従来型照明に代わる費用対効果と省エネ性に優れた選択肢であり、設置地域に安心感をもたらしている。

Newly retrofitted LED street lights on the eastern edge of Hyderabad, in India. LED lights are a cost- and energy-efficient alternative to other lighting and bring a sense of security to the areas where they are installed. Credit: Stella Paul/IPS
炭素を超えて――気候資金から日常生活へ

住民にとって、LED化の効果は、財務や技術の言葉で語られるものというより、日々の暮らしや安全に対する実感の変化として受け止められることが多い。

カヴィタ・ラマヴァトさん(27)と夫のラヴィ・ラマヴァトさん(35)は最近、幼い2人の子どもを連れて、ハイデラバード東部郊外の急成長地域、ウッパル・バガトに移り住んだ。以前は約4キロ離れたウッパル・カランに住んでいた。家賃は安かったが、インフラは十分に整っていなかった。カヴィタさんは家事労働者として働き、ラヴィさんはオートリキシャの運転手をしている。

家賃はほぼ2倍になったが、街路照明の改善は一家の日常を変えた。

「この地域は以前より活気があり、道路も広く、明るく照らされています」と、カヴィタさんは自宅近くの路地に設置されたLED街路灯を指さしながら語った。「以前は、子どもの塾の送り迎えで一人で歩くのが怖かったのです」

今では、子どもたちは夕方になっても以前より長く外で遊ぶことができ、近隣の商店も遅くまで店を開けているという。ラヴィさんも、自宅前にオートリキシャを停めても、盗難や破損を心配しなくて済むようになったと話す。

都市計画の専門家は、公共照明の改善が、人々の移動、インフォーマルな経済活動、公共空間における安全への認識に影響を及ぼし得ると指摘する。とりわけ、女性や子どもにとって、その意味は大きい。

先週、カヴィタさんは自宅前で小さな果物屋台を始めた。明るくなった通りのおかげで、客足が増える日没後も仕事を続けることができる。

彼女の家族にとって、その恩恵は排出削減量や資金調達の仕組みで測られるものではない。公共空間で以前より安心して働き、少しでも収入を増やせるという、日々の生活の変化として表れている。

地元の街路から世界の金融モデルへ

ハイデラバードの経験は、気候変動緩和におけるブレンデッド・ファイナンスの可能性を示しているが、このモデルはエネルギー効率化の分野を超え、より幅広い領域へと広がりつつある。

世界各地では、GEFが支援するブレンデッド・ファイナンス事業が、生物多様性の保全、海洋保護、持続可能なサプライチェーンに投資を呼び込んでいる。これらの事業は、従来は投資を集めにくかった分野において、公的資金がどのように民間資本を引き出し得るかを示している。

例えばブラジルでは、「リビング・アマゾン・メカニズム」が、資本市場を活用した金融手段とフィランソロピー資金を組み合わせ、アマゾン地域の持続可能なサプライチェーンを支えている。この仕組みは、協同組合や地域の生産者を資金につなぐとともに、投資家であり買い手でもある企業ナチュラの参画によってリスクを軽減している。

同様に、IFC・GEF「グリーン・グローバル・サプライチェーン脱炭素化イニシアティブ」のような国際的プラットフォームは、新興市場の製造業者や供給業者に対し、環境目標に連動した長期融資を提供することを目指している。これにより、脱炭素化に向けた大きな障壁である、手頃な資金へのアクセス不足に対応しようとしている。

国家レベルでも、ブレンデッド・ファイナンスは、債務や債券を活用した革新的な金融手法を可能にしている。世界銀行の保証とGEFの譲許的資金によって支援されたセーシェルのブルーボンドは、借入コストを抑えながら海洋保全のために民間資本を調達できることを示した。

ラテンアメリカ・カリブ地域では、米州開発銀行(IDB)とGEFが支援する新たなファシリティが、債務自然保護スワップの拡大にブレンデッド・ファイナンスを活用している。これは、各国がより低いコストで債務を借り換え、その節約分を生物多様性の保全や気候レジリエンスの強化に振り向けることを可能にする仕組みである。

これらのモデルに共通する原則は明確である。公的資本や譲許的資金がリスクを引き受けることで、金融面のリターンだけでは投資を正当化しにくい分野にも、民間投資家が参入しやすくなるという点である。

都市を超えて市場を育てる

ハイデラバードの事業は、自治体インフラにとどまらなかった。インドのUJALAイニシアティブを通じて、EESLは需要を集約し、電球を一括調達することで、家庭向けLED照明の普及も進めた。

この手法により、LED電球の価格は大きく下がり、数百万世帯が省エネ型照明を手頃な価格で入手できるようになった。また、電気料金の請求に組み込む形で少額ずつ支払える仕組みも導入された。

公共インフラと家庭需要の双方に取り組むことで、このプログラムは、省エネ技術を導入するだけでなく、長期的に自立して機能する市場をつくることも目指した。

「環境面の成果を大規模に広げる道筋は、ブレンデッド・ファイナンスを通じて開かれる。公的資本は、民間資本が担わない役割を果たす。過大なリスクを引き受け、教訓を持続的な変化へと転換するための厳格な監視に資金を投じるのである。公的資金を排除すれば、成果もまた排除されることになる」と、ボルツ氏は述べた。

ブレンデッド・ファイナンスの試金石

気候資金と生物多様性資金をめぐる国際的な議論が活発化するなか、ハイデラバードは、ブレンデッド・ファイナンスが都市レベルでどのように機能し得るかを示す試金石として、ますます注目されている。

ハイデラバードに拠点を置くコンサルティング会社プロベンチャーのクリーンエネルギー専門家、スリニヴァス・コナ氏はこう語る。「LEDプログラムは、譲許的資金、公的部門による実施、節約分に基づく返済構造が連動することで、自治体による多額の初期支出を伴わずに都市インフラを拡充できることを示した」

同時に、同氏は課題も残ると指摘する。「こうしたモデルを他地域でどこまで容易に再現できるかは明らかではない。特に、歳入基盤が弱く、行政能力も低い小規模都市では難しい可能性がある。」と述べ、一部の設備で維持管理上の問題が報告されていることにも言及した。

それでも、ハイデラバードの経験は、世界的な金融をめぐる議論が、都市の日常生活に目に見える変化としてどのように表れるのかを垣間見せている。

先週、カヴィタ・ラマヴァトさんは、明るいLED街路灯の下、始めたばかりの果物屋台のそばに立ち、夕方の客が通り過ぎるなか、グアバやバナナを並べていた。

果物の販売にはリスクも伴うと、彼女は言う。それでも、その追加収入は、上昇する家賃や子どもの学校関連費を賄う助けになるかもしれない。

カヴィタさんにとって、ブレンデッド・ファイナンスの影響は、投資フローや政策の枠組みで測られるものではない。安全に働ける時間を延ばし、少しでも収入を増やし、子どもたちのためにより安定した未来を思い描けることに、その影響は表れている。

注:第8回地球環境ファシリティ総会は、2026年5月30日から6月6日まで、ウズベキスタン・サマルカンドで開催される。

本特集記事はGEFの支援を受けて掲載された。編集内容についてはIPSが単独で責任を負うものであり、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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紛争と住民避難が続くコンゴ民主共和国でエボラ流行、国際的懸念高まる

国連IPS=オリトロ・カリム

5月16日以降、コンゴ民主共和国(DRC)では、エボラ出血熱の検査確定例および疑い例が大幅に増加している。主な発生地はイトゥリ州で、ウガンダの首都カンパラでも、これとは別系統とみられる症例が確認された。流行は現時点で主にDRC東部に限られているものの、不安定な治安状況、住民の避難、鉱山労働に伴う人の移動と深く結びついている。このため、国際的な保健専門家の間では、十分な監視と対応が講じられなければ、感染がさらに拡大する恐れがあるとの懸念が高まっている。|英語版

5月17日現在、世界保健機関(WHO)は、DRCおよびウガンダで確認されたブンディブギョ型ウイルスによるエボラ出血熱の流行について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると判断した。一方、米疾病対策センター(CDC)は、この地域での感染拡大を受け、医療従事者や渡航者に対して健康警戒情報を発出している。ただしWHOは、現時点で他大陸への感染拡大リスクは低く、2005年の国際保健規則(IHR)で定義される「パンデミック」の要件には該当しないとしている。

WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は5月22日、ジュネーブで開かれた国連記者会見で、「リスク評価を改訂し、国家レベルでは『非常に高い』、地域レベルでは『高い』、世界レベルでは『低い』と判断している」と述べた。同氏によれば、DRCではエボラ出血熱の確定症例が82件、死亡者が7人確認されている。しかし実際の感染規模はこれを大きく上回るとみられ、疑い症例は約750件、疑い死亡例は177件に達している。

また、DRCから移動した人に関連する確定症例がウガンダでも2件報告され、そのうち1人は死亡した。さらに、長期間にわたり「高リスク接触」があったとされる米国人2人が、感染の疑いにより欧州へ搬送され治療を受けている。

対応活動は、広範な住民避難と長期化する紛争によって大きく制約されている。国連によると、5月21日にはイトゥリ州の病院が放火される事件が発生した。警察が感染防止上の理由から死亡した感染者の遺体を家族に引き渡すことを拒否したことに対し、親族らが反発したためである。

今回の流行は、とりわけイトゥリ州と北キブ州で深刻化している。これらの地域は長年にわたり武力衝突と人道危機の中心地となってきた。ここ数カ月だけでも暴力行為によって10万人以上が避難を余儀なくされており、人道支援活動に深刻な支障をもたらしている。

国連人道問題担当事務次長兼緊急援助調整官のトム・フレッチャー氏は、SNS「X」に投稿した声明で次のように述べた。

「私たちが人命救助活動を行っている現場は、世界でも最も厳しい環境の一つである。紛争が続き、人々の移動も非常に活発だ。武装勢力が支配する地域を含め、最前線で活動する対応要員が安全かつ継続的にアクセスできるよう取り組んでいる。対応活動が妨害されてはならない。影響を受けた地域全体において、空路、陸路、水路のすべてへのアクセスが不可欠である。」

ゲブレイェスス事務局長によれば、約400万人が緊急の人道支援を必要としており、200万人が避難生活を送り、1,000万人が深刻な食料不安に直面している。女性は介護、家事労働、最前線のサービス業務を担うことが多く、感染リスクが特に高い。妊婦も極めて脆弱な立場にあり、隔離措置の実施に伴ってジェンダーに基づく暴力の増加も報告されている。

こうした危険性は、最も深刻な被害を受けている北キブ州とイトゥリ州における保健医療システムの崩壊によってさらに悪化している。WHOによると、2025年には両州で150万人以上が基礎的な医療サービスへのアクセスを失った。また、医療施設の約85%が深刻な医薬品不足に直面している。

WHO人道支援活動部門責任者のテレサ・ザカリア氏は次のように語った。

「たとえ体調を崩していても、感染疑いがある人々は医療サービスを受けられず、結果として発見も診断もできない状況にある。流行対応と並行して、両州のすべての住民に対する基本的な保健サービスを確実に維持しなければならない。特に強制的に避難させられた人々や極めて脆弱な立場に置かれている人々への支援が重要である。」

人道支援の専門家らは、今後の流行封じ込めには、支援機関が感染拡大を抑制できるという住民の信頼を回復することが不可欠だと強調している。2013年から2016年にかけて西アフリカで発生したエボラ出血熱の大流行の記憶は今なお根強く、多くの地域社会が深いトラウマと人道支援への不信感を抱えている。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)のガブリエラ・アレナス氏によれば、一部の住民は治療を求めている一方で、エボラ出血熱そのものを「でっち上げ」と考える人々も存在する。

アレナス氏は次のように語った。

「人々はあの恐怖を覚えている。村々に広がった噂を覚えている。近隣住民が治療センターへ運ばれていったことを覚えている。エボラ流行時には、信頼と地域社会の受容こそが、封じ込め成功と感染拡大の分かれ目となる。」

Supplies handed over by UNICEF Chief Field Office Ibrahim Abdi Shire hands over supplies to the Provincial Health Directorate in Bukavu, South Kivu Province, DR Congo, on 20 May 2026. Credit: UNICEF/Christian Kalengera
Supplies handed over by UNICEF Chief Field Office Ibrahim Abdi Shire hands over supplies to the Provincial Health Directorate in Bukavu, South Kivu Province, DR Congo, on 20 May 2026. Credit: UNICEF/Christian Kalengera

5月22日、フレッチャー氏は、国連中央緊急対応基金(CERF)から最大6,000万ドルを拠出し、DRCおよび周辺国での封じ込め、治療、監視活動を支援すると発表した。またWHOは、最前線での支援のため国際スタッフ22人を派遣し、緊急対応基金から390万ドルを拠出したことを明らかにした。さらにWHOはアフリカCDCと連携し、現場対応要員の支援と脆弱な地域社会の保護を目的とした大陸規模のインシデント管理チームを設置している。

フレッチャー氏は次のように述べた。

「私たちは過去の流行から得た教訓を生かしている。封じ込めは地域レベルでの迅速かつ連携した対応にかかっている。各国政府との強力な連携と、影響を受けた国々における効果的な早期警戒・検知システムが必要だ。地域社会からの信頼は不可欠である。今後も影響を受けた人々に幅広い人道支援を提供し、彼らのニーズを理解するため緊密に対話を続ける。また可能な限り事前に物資を配備し、軍事的手法による支援提供は避けていく。」

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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フィリピンの先住民族指導者、古来の知恵を世界の舞台へ

サマルカンド(ウズベキスタン)IPS=キジト・マコエ】

毎年、フィリピンの深い森の上空に黒雲が立ちこめる季節になると、アプライ・カンカナエイ族の56歳、ミニ・バエイエンスは、注意深く空を見守る。

ある日の午後、薬草を採りに森へ入ろうとしていたとき、堂々たるフィリピンワシが樹冠の中から姿を現し、上空を舞った。外部の人々にとっては、それは希少な鳥が飛んでいる光景にすぎなかった。しかし、バエイエンスにとっては、それは「使者」だった。|ENGLISHMALAY

祖父は彼に、自然を注意深く観察することを教えていた。ワシが普段とは異なる時刻に現れることや、飛んでいく方向は、しばしば天候の変化や危険の兆しを示す。

その日、バエイエンスは森へ向かうのをやめた。数時間後、山々は激しい雨に打たれ、洪水と地滑りが相次いで発生し、近隣の集落を襲った。

フィリピンの先住民族は何世代にもわたり、環境破壊によってますます脅かされる土地で生き抜くため、伝統的知識に依拠してきた。

「ワシが現れる時間帯、曜日、月には特定の意味がある。そして、その地域の先住民族コミュニティだけが、フィリピンワシという野生生物が伝えるメッセージを読み解くことができるのです。」フィリピンの先住民族指導者ジョヴァンニ・レイエスは、バエイエンスの体験に基づくこの逸話をこう説明した。

レイエスはIPSの取材に対し、こうした警告は野生生物と人々の間に相互扶助の関係を生み出すと語る。

「ワシが人々に警告を与えると、人々はその見返りとして生息地を守るようになります。」とレイエスは言う。「その生息地を守ることが、結果として領域全体の保全につながるのです。」

ワシの出現が危険を告げることもある、と彼は説明する。

「ワシが現れたことで、大きな嵐が来ると人々は判断します。だから、危険を避けるため、誰も外へ出てはならないと言うのです。」

The 8th GEF Assembly
The 8th GEF Assembly

今週、ウズベキスタンのサマルカンドでは、第8回地球環境ファシリティ(GEF)総会が開かれている。各国閣僚、環境専門家、市民社会の代表らが集まり、地球規模の環境危機に対する資金調達の解決策を探る中、先住民族指導者たちは、バエイエンスのような物語が、しばしば見過ごされてきた真実を示していると訴える。すなわち、先住民族の知識は単なる文化遺産ではなく、生き残るための実践的な手段でもあるということだ。

国際的な環境資金の歴史において初めて、先住民族は保全事業の単なる受益者としてではなく、世界の気候・生物多様性目標の達成に不可欠な知識体系を持つパートナー、助言者、権利主体として、ますます認識されるようになっている。

GEF第9次増資サイクルは、大きな転換点を示している。先住民族は、世界に残された自然生態系を守り、その貢献を地球規模の保全活動に組み込むうえで、重要なパートナーとして正式に認められ、関与していく見通しである。

この転換の中心にいるのが、ジョヴァンニ・レイエスである。彼は、世界最大級の環境資金メカニズムの一つであるGEFに対する先住民族諮問グループ(IPAG)の議長を務めている。

フィリピン北部の山岳地帯コルディリェラ地方のサガダに生まれたレイエスは、カンカナエイ先住民族に属する。彼の権利擁護活動は、先住民族の領域で起きてきた「開発による侵害」を目の当たりにした経験から生まれた。

「先住民族コミュニティのために、そしてその代表として立場を築かなければならないと考えた大きな理由の一つは、私たちの地域で開発による侵害が起きてきたからです。大規模伐採や、コミュニティを水没させかねなかったダム建設も含まれます」と彼は語る。

彼の活動は、山奥の村々から地球規模の環境交渉の場へと広がっていった。そこで彼は、先住民族コミュニティは開発の障害ではなく、生態系の守り手として認識されるべきだと訴えている。

転機となったのは2011年である。レイエスは、フィリピン全土の先住民族の領域を地図化する取り組みに参加した。

先住民族コミュニティにとって、地図化とは単に境界線を引くことではない。何世紀にもわたって口承で受け継がれてきた知識を、政府や制度が認める証拠へと翻訳することを意味する。

「私たちは、地形、景観、境界に関する先住民族の知識を翻訳し、それを地図という物理的な形にしなければなりません。」とレイエスは説明する。

その地図は、法的・政治的闘いにおいて強力な道具となった。

「地図化は、私たちが自分たちが何者であるかを口頭で説明できるだけでなく、先住民族自身が作成した地図という形で、その領域を示す証拠を持っていることを政府に示すものです。」

そこから生まれたのは、古来の知識と現代科学との稀有な協働だった。

「そこには、伝統的知識と科学の調和があります。」とレイエスは言う。

今日、この組み合わせは、GPSによる地図作成などの技術を用いて、先住民族コミュニティが森林を監視し、炭素貯蔵量を測定し、生態系の健全性を評価するうえで役立っている。

「伝統的知識と実践を科学と調和させれば、森林の健康状態を判断するための一覧表を作成することができます。」と彼は語る。

しかし、そうした領域を守ることは依然として容易ではない。

レイエスによれば、先住民族が土地と結ぶ深い精神的なつながりは、しばしば開発事業との対立を生む。

「先住民族には、それぞれ聖地や神聖な儀礼の場があります。カトリック教徒や教会にとって大聖堂があるのと同じことです。」

川や小川、森林は、単なる天然資源ではない。それらは、生きた文化的景観の一部である。

「こうした宗教的・精神的価値が、どのような手段を用いてでもこれらの地域を守ろうとする強い意思を形づくってきたのです。」

しかし、抵抗にはしばしば代償が伴う。

「彼らの地域で開発が進められ、文化や精神的価値を理由にそれを拒むと、彼らは犯罪者扱いされ、テロリストと見なされるのです。」

レイエスは、フィリピンの先住民族が直面する闘いは、世界各地の先住民族コミュニティが直面する課題と重なっていると指摘する。

世界的に、土地収奪は先住民族、牧畜民、小規模農民にとって深刻化する課題となっている。とりわけ途上国では、土地保有制度の脆弱さ、所有権に関する文書の不足、統治の失敗により、コミュニティは土地を奪われやすい状況に置かれている。

アフリカからアジア、中南米に至るまで、農地、鉱物資源、保全地域、大規模投資事業への需要の高まりが土地をめぐる競争を激化させ、地域コミュニティを政府や民間投資家と対立させるケースが増えている。

何世代にもわたって土地を占有し管理してきたコミュニティであっても、正式な権利証書を持たない場合が多い。そのため、有力な利害関係者が、疑わしい取引、汚職、法の抜け穴を通じて広大な土地を取得しやすくなっている。

東アフリカのタンザニアには、農業やその他の商業事業のために土地を求める外国投資家から大きな関心が寄せられてきた。しかし、土地保有の安全性が欠如しているため、多くの農村コミュニティが土地喪失の危険にさらされている。分析者によれば、一部の投資家は正式な取得手続きを迂回し、村の当局と直接交渉してきた。このことが紛争を助長し、信頼を損ない、土地収奪との非難を引き起こしている。

伝統的な土地保護の仕組みが弱体化する中、影響を受けるコミュニティは、権利を守り、祖先伝来の土地や共同体の土地に対する法的承認を得るため、裁判、抗議行動、参加型の土地地図化にますます頼るようになっている。

ブラジルでは、先住民族グループがアマゾンで違法伐採、採掘、森林破壊に直面し続ける一方、気候変動と関連する干ばつや火災の激化にも耐えている。

かつてスワジランドと呼ばれたエスワティニでは、農村コミュニティが、繰り返される干ばつ、水不足、農業生産性の低下に苦しむようになっている。

文化的背景には大きな違いがあるにもかかわらず、先住民族は共通の現実を抱えている。彼らは世界で最も生物多様性に富む景観の中に暮らす一方で、環境劣化と気候変動による混乱の最も重い負担を背負っているのである。

レイエスがいまGEF評議会で提起しているのは、まさにこうした懸念である。

「ここでの先住民族の役割は、先住民族コミュニティに影響を及ぼす事項について、評議会に助言することです。」と彼は言う。

重要な課題の一つは、GEFを通じて資金提供される事業が、「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」の原則を尊重するよう確保することである。

「私は、自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意を含む一定の権利について評議会に助言しています。どのGEF機関が実施する事業であっても、先住民族の領域に入る事業は、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意を経なければなりません。」

GEF内で先住民族に対する認識が高まっていることは、重要な節目である。歴史的に、主要な環境資金機関は主に政府や国際機関によって設計され、先住民族が意思決定に参加する余地は限られていた。

今日では、先住民族代表が正式な助言の役割を担っている。これは、地球規模の環境目標は先住民族による管理なくして達成できないという、より広範な認識を反映している。

実際、レイエスは、先住民族はすでに世界で最も野心的な生物多様性目標の一つを上回っていると主張する。

昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2030年までに地球上の陸域と水域の30%を保護することを求めている。

「しかし、それは先住民族によってすでに達成されています」とレイエスは言う。「現在、先住民族が管理している地域は、およそ32%から40%に達しています。」

言い換えれば、多くの先住民族コミュニティは、各国政府がようやく達成を目指し始めた規模で、生態系を守り続けてきたのである。

この成果は、数十億ドル規模のプログラムによって生まれたものではなく、文化、信仰体系、伝統的実践に根ざした何世紀にも及ぶ管理の積み重ねから生まれたものだとレイエスは強調する。

「先住民族の領域は、保護されてきた流域や山々によって、炭素を吸収する能力という点で最も大きな貢献をしています。」とレイエスは言う。

サマルカンドで代表団が資金配分の優先順位、生物多様性目標、気候への野心について議論する中、レイエスは簡潔で力強いメッセージを発している。

「気候であれ、生物多様性であれ、条約の締約国に申し上げたい。先住民族の領域は、地球の心臓を形づくっているのです。」

彼は一呼吸置き、その比喩をさらに広げた。

「人の心臓が破壊され、傷つけられれば、身体は崩壊します。それと同じように、先住民族の領域が傷つけられれば、生態系は崩壊し、生物多様性も崩壊するのです。」

フィリピンの森では、コミュニティが今もワシの導きを仰いでいる。その地では、この真実は長い間理解されてきた。

先住民族指導者たちがいま訴えている課題は、世界の残りの人々がその声に耳を傾けるようにすることである。

第8回地球環境ファシリティ総会は、2026年6月6日までウズベキスタンのサマルカンドで開催されている。本特集記事はGEFの支援を受けて掲載された。編集内容についてはIPSが単独で責任を負うものであり、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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NPT再検討会議、合意に至らず閉幕――核の「取引」は一段と脆弱に

【国連本部INPS Japan/ATN=アハメド・ファティ

核兵器不拡散条約(NPT)の第11回再検討会議は、最終文書に関する合意に至らないまま国連本部で閉幕した。4週間にわたる外交交渉は、世界の核秩序を支える主要条約がなお存続している一方で、かつてないほど大きな圧力にさらされている現実を改めて浮き彫りにした。|英語版

4月27日から5月22日までニューヨークで開かれた同会議は、NPTの履行状況を検証する場であった。NPTは、核兵器を持たない国々が核兵器を開発しないことを約束し、核兵器国が核軍縮に取り組み、すべての国が保障措置の下で原子力の平和利用にアクセスできるという、基本的な取引の上に成り立っている。理論上、この条約は現代の国際安全保障において、今なお最も重要な合意の一つである。しかし2026年の再検討会議は、相互不信が深まり、戦争が続き、一部の国々が核兵器を廃絶すべき危険ではなく安全保障上の「保険」とみなす中で、この取引を維持することがいかに困難になっているかを示した。

結果は明白だった。合意には至らなかった。ベトナムのドー・フン・ビエット国連大使が議長を務めた会議では、内容を抑えた草案でさえ各国の一致を得られなかった。同大使はAP通信に対し、合意を阻んだ特定の一国があったわけではないと述べたが、主要な争点の一つとなったのは、イランが「核兵器の保有を目指し、開発し、取得することは決してできない」とする文言だった。この一文は単なる技術的な表現の問題にとどまらず、会議全体を貫く政治的亀裂を象徴する焦点となった。

Map of Iran
Map of Iran

イランは、自国だけが名指しされることに強く反発した。一方、米国などは、イランの核関連義務、透明性、ウラン濃縮、国際原子力機関(IAEA)との協力をめぐり、より強い文言を盛り込むよう求めた。これに対しイランは、自国の核施設への攻撃を指摘し、米国とイスラエルが国際法に違反し、自ら支持すると主張する合意そのものを損なっていると非難した。予想された展開だったとはいえ、会議にとって打撃は大きかった。すべての当事者に説明責任を求めることと、その説明責任が選択的に適用されているとの不信との間にある溝を、会議は埋めることができなかった。

問題はイランだけではなかった。イランは火元のすべてではなく、火花にすぎなかった。より根本的な問題は、NPTが現在、あまりにも多くの未解決の危機を同時に抱えていることにある。ウクライナ戦争と、ザポリージャ原子力発電所をはじめとする核関連施設周辺の危険は、2022年の再検討会議を決裂させる一因となった。

一方、中東における核兵器およびその他の大量破壊兵器のない地帯の設置に関する1995年の合意は、いまだ履行されておらず、重大な争点であり続けている。AUKUSは、海軍用原子力推進技術と保障措置をめぐる懸念をなお引き起こしている。北朝鮮は核兵器を保有したまま、依然として条約の枠外にある。中国の核戦力拡大、米ロ軍備管理体制の崩壊、そしてすべての核武装国による核戦力の近代化は、軍縮が意味ある方向へ進んでいるとの信頼を損なってきた。

今回の不調が重い意味を持つのはそのためである。NPT再検討会議が合意文書を採択できなかったのは、2015年、2022年に続き、これで3回連続となった。最終的なコンセンサス文書が採択されたのは2010年が最後である。会議の失敗は、ただちに条約の崩壊を意味するものではない。しかし、再検討プロセスそのものの信頼性が損なわれつつあることを示している。外交官たちは、NPTはいまなお世界の核秩序の土台であると言うことができるし、実際その通りでもある。だが、建物が崩れる前に、その土台にひびが入ることはある。

今回の会議から浮かび上がった最大の示唆は、非核兵器国の不満が高まっていることである。多くの国々は、明らかな二重基準が存在すると受け止めている。すなわち、非核兵器国はルールを守り、査察を受け入れ、核兵器を持たないことを求められる一方で、核兵器国は核戦力を近代化し、抑止戦略を拡大し、軍縮を先送りしているという認識である。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のような団体は、現実的な計画が欠如していることを批判し、核兵器国がより踏み込んだ約束に抵抗していると指摘している。こうした批判は、条約が今や核の特権を守る方向に大きく傾いていると考える非核兵器国の政府、とりわけそのような問題意識を持つ国々の間で、強い共感を呼ぶ可能性が高い。

ICAN
ICAN

アラブ諸国グループにとっても、今回の結果は中東問題を未解決のまま残すものとなった。1995年の中東決議は、周辺的な問題ではなかった。それは、NPTの無期限延長を可能にした政治的パッケージの一部だったのである。それから約30年が過ぎても、この地域にはなお、非核兵器地帯も、大量破壊兵器のない地帯も、イスラエルを含む合意された地域安全保障の枠組みも存在しない。中東における核兵器およびその他の大量破壊兵器のない地帯の設置をめぐる、国連決議に基づく年次会議プロセスは続いている。しかし2026年のNPT再検討会議は、アラブ諸国が期待していたような全会一致の支持を示すことはできなかった。この状況は、NPTがこの地域に対し、約束された政治的成果をもたらすことなく、忍耐だけを求めているとの認識をさらに強めるだろう。

今回の会議はまた、核施設への攻撃という問題にも改めて注目を向けさせた。これはもはや単なる技術的な安全上の問題ではない。今や、根本的な不拡散上の問題である。ウクライナやイランの核施設周辺での軍事活動は、NPT体制が容易には対処できない懸念を引き起こしている。核施設が戦闘における通常の攻撃対象となるなら、原子力の平和利用を保障するという約束を守ることは、はるかに困難になる。

一方、AUKUSが今回の会議を決裂させたわけではない。しかし、それはインド太平洋の将来にとって、引き続き重要な争点である。非核兵器国への原子力潜水艦技術の移転は、保障措置、先例、信頼をめぐる複雑な問題を提起している。オーストラリアは、NPTを完全に順守し続けると述べている。だが中国などは、そこに懸念すべき抜け穴を見ている。この問題は消えない。次の再検討サイクルでは、さらに重要性を増す可能性がある。

第三の教訓は厳しいが重要である。NPTは、ほぼすべての国がその枠内にとどまっているため、なお意義を持っている。しかし、その根底にある政治的取引は、ますます大きな圧力にさらされている。条約が存続しているのは、代替案がより悪いからである。だが、存続していることと健全であることは同じではない。

2026年再検討会議は、NPTを終わらせたわけではない。むしろ、外交上の言葉と戦略的現実との間に横たわる深い溝を浮き彫りにしたのである。各国は演説ではなお、この基本的な取引を称賛している。しかし、多くの国の行動は、核兵器の価値が以前にも増して高まっているかのように見える。そこに、この危機の核心的な矛盾がある。

結論を最も簡潔に言えば、NPTはなお存続しているが、それを支える信頼は失われつつある、ということだ。世界はニューヨークを後にするにあたり、より強固な核秩序を手にしたわけではない。残されたのは、もう一つの警告である。すなわち、軍縮、不拡散、地域安全保障が、選択的に取り上げられる論点ではなく、相互に結びついた義務として扱われなければ、次回の再検討会議はさらに厳しい問いに直面することになるだろう。それは、各国が文書に合意できるかどうかではない。そもそも各国が、NPTの根底にある取引をなお信じているのか、という問いである。

This article is brought to you with permission from American Television Network.

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/npt-review-ends-without-consensus-leaving-nuclear-bargain-more-exposed

Toward a Nuclear Free World Banner
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札束外交、見返り、豪華クルーズ――かつて国連選挙を汚した舞台裏

国連IPS=タリフ・ディーン】

2026年は、国連にとって節目の多い年になりそうだ。9月中旬に第81回国連総会を正式に主宰する新たな国連総会議長(PGA)が選出されるほか、現職のアントニオ・グテーレス事務総長(SG)が10年に及ぶ任期を終えて2027年1月に退任するのに伴い、新たな事務総長の選出と任命も行われる。|英語版

Thalif Deen
Thalif Deen

国連加盟国が安全保障理事会や各種国連機関の理事国入りを目指して選挙戦を繰り広げたり、票の獲得を図ったりしていた1960年代から70年代にかけて、投票はしばしば「札束外交」によって大きく汚された。世界の貧しい国々への援助拡大を約束する一方で、その多くには厳しい条件が付けられていたのである。

1950年代から60年代には、特に委員会室では挙手による投票が行われていた。しかしその後は、総会議場の高い位置に設置された、より高度な電子掲示板によって票数が集計されるようになった。安全保障理事会や国際司法裁判所の選挙では、秘密投票が行われた。

はるか昔、激しい選挙戦となったある投票では、石油に潤う中東のある国が、票の見返りとして、国連外交官らに高級なスイス製腕時計や、当時世界最大級の石油会社だった旧アラビアン・アメリカン石油会社の株式を配っているとの噂が流れた。

そして委員会室で投票の時間になると、右利きの代表も左利きの代表も手を挙げたが、石油に恵まれた候補への賛成票として最も多く掲げられた手には、スイス製腕時計が光っていたという。

逸話として語られるこの話は、国連を含む政府間機関の投票にかつてはびこっていた腐敗を象徴している。おそらくそれは、世界各国の多くの国政選挙と大差なかったのかもしれない。

重要な選挙を目前に控え、ある西欧の国は票の見返りに地中海の豪華クルーズを無料で提供した。また別の国は、総会議場で堂々と、高価なスイス製チョコレートのギフトボックスを配った。

モルディブの元国連大使で、後に同国外相を務めたファトゥラ・ジャミール氏は、国連によって小島嶼開発途上国(SID)に分類される資源の乏しい島国が、インフラ事業の資金支援を豊かな国々に求めていた当時のことを、IPSの取材に応じて語った。

A small island nation’s search for development aid becomes entangled with the quiet politics of vote-trading at the United Nations.

少なくとも伝統的な援助国であるアジアの豊かな国の一つが、真っ先に、しかも寛大に応じたという。その事業は全額無償で支援されることになった。文字通り、ただで、無償で、何の負担もなく―ただし条件が一つあった。

「国連で投票が行われ、それが貴国の国益に関わらない場合には、貴国の票をいただきたい。」

その国の外務省は、そう伝えてきたという。

おそらくそれは、半永久的な約束を意味していた。しかも、その「期限」は、海面上昇に脅かされ、地球上から消滅しかねない島国そのものが存続する限り、ということだった。この申し出は、巧妙な政治的見返りを伴うものだった。表向きには、何の条件も付いていないように見える開発援助である。

国連で最高の政策決定機関である総会の議長が、同数票の末にくじ引きで選ばれた例も少なくとも一度ある。

アジア・グループが単一候補の擁立に失敗したため、政治的に記憶されるこの争いは、1981年の第36回国連総会を前に行われた。議長職を争ったのは、イラクのイスマット・キッターニ、シンガポールのトミー・コー、バングラデシュのカワジャ・モハメド・カイザーの3人である。この選挙は、キッターニ、コー、カイザーの頭文字にちなみ、「3人のKの戦い」と呼ばれた。

第1回投票では、キッターニが64票、カイザーが46票、コーが40票を獲得した。しかしキッターニは、投票した加盟国総数に基づく必要多数には届かなかった。第2回投票では、キッターニとカイザーがそれぞれ73票を獲得し、同数となった。当時、出席し投票した加盟国は146カ国だった。

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN

この同数を解消するため、退任する総会議長は、議長選出手続に関する第21条に基づき、くじを引いた。この手続は『国連総会実行集』にも記録されている。

そして、まったくの偶然に左右された前例のない総会議長選挙で、くじ運はキッターニに味方した。ただし当時出回っていた冗談によれば、勝者はコイン投げで決まったという噂もあった。もっとも、その投げられたコインは、どうやら表が二つで裏がなかったらしい。

しかし近年では、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ・カリブ、そして西欧その他グループ(WEOG)を含む地域グループの間で、事実上の「停戦」が成立している。各グループは地理的ローテーションに従って順番に候補を立て、対立候補なしで選出されるようになった。

とはいえ、国連が担う広範で重大な使命の重みは、時折、イースト川沿いの「ガラスの館」を笑いに包む軽妙な瞬間によって和らげられてきた。国連は逸話の宝庫である。その中には実話もあれば作り話めいたものもあり、国連総会(UNGA)が主役を務め、安全保障理事会(UNSC)が政治的な脇役を演じる。

国連大使や各国代表が、投票の時間に広大な総会議場に集まるとき、選択肢は三つある。賛成、反対、棄権である。

しかし、最も興味深いのは第4の選択肢である。突然、トイレに駆け込みたくなることだ。席を空け、結果として「欠席」とみなされようとする慌ただしい動きは、問題が政治的に敏感である場合に起こる。

代表たちが自らの良心に従って投票できないとき、主に西側の援助国の怒りを買いたくないとき、あるいは本国から具体的な指示を受けていないまま不意の投票に直面したとき、彼らは席を離れ、トイレへ向かうのである。

マンハッタンのパーク・アベニューに隣接するタウンハウスで開かれた記者向け昼食会で、鋭いユーモア感覚を持つイタリアのフランチェスコ・パオロ・フルチ大使は、この第4の選択肢を、国連投票における「トイレ要因」と表現した。

During politically sensitive UN votes, some delegates were said to choose a “fourth option” — leaving the chamber to be counted absent rather than voting yes, no or abstaining. Image: INPS Japan
During politically sensitive UN votes, some delegates were said to choose a “fourth option” — leaving the chamber to be counted absent rather than voting yes, no or abstaining. Image: INPS Japan

この邸宅について、同大使は「ここはかつてグッチの所有だったが、今はフルチのものだ」と冗談を飛ばした。

さらに同大使は、この問題を解決する唯一の方法は、総会議場の後方に仮設トイレを設置することだと冗談めかして提案した。そうすれば代表たちは、便座に座って考え込みながらでも投票できるというわけである。だが当然ながら、この案に賛同する者はいなかった。

多くの場合、77カ国グループ、ラテンアメリカ・カリブ諸国、アフリカ連合(AU)、西欧その他グループ(WEOG)など、さまざまな地域グループや連合体は、投票に先立って非公開の場で方針を決め、合意に基づいて投票した。

1970年代から80年代にかけて、116カ国が加盟する非同盟運動(NAM)は、国連で最大かつ最も強力な政治連合の一つだった。NAMは1961年にベオグラードで創設され、ユーゴスラビア、インド、エジプト、ガーナ、インドネシア、ザンビア、キューバ、スリランカなどの国々が主導した。

原則として、116カ国は国連総会決議において足並みをそろえて投票し、隊列を乱すことはめったになかった。あるスリランカ大使は、コロンボの外務省から送られてきた、新任代表向けのある指示を振り返った。その文面はこうだった。

「予定外の突然の投票に直面し、外務省からの指示がない場合は、右を見てユーゴスラビアがどう投票しているかを確認し、左を見てインドがどう投票しているかを確認せよ。もし両国の大使が席を立って走り出したのが見えたら、そのまま彼らの後についてトイレへ向かえ。」

Voting by secret ballot. Credit: United Nations
Voting by secret ballot. Credit: United Nations
本稿には、IPS通信のシニアエディターであるタリフ・ディーン氏の著書『No Comment – and Don’t Quote Me on That』からの抜粋が含まれている。同氏は、かつて国連総会会期に参加したスリランカ代表団の一員であり、ニューヨークのコロンビア大学でジャーナリズム修士号を取得したフルブライト奨学生でもある。また、国連記者協会(UNCA)が毎年授与する国連報道優秀賞の金メダルを、2012年と2013年の2度にわたって共同受賞している。同書はAmazonで入手可能である。著者のウェブサイト経由のAmazonリンクは以下の通りである。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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大迂回路:サウジアラビアの紅海構想がホルムズ海峡の優位性に挑む

イスラマバードINPS Japan/London Post=モハマド・ラーシド】

世世界の目がホルムズ海峡に注がれるなか、サウジアラビアは紅海経由の代替ルートを静かに整備し、MSCとの提携を進めるとともに、巨大な東西パイプラインを最大限に活用していた。イランにとって最強の切り札は、いまや大きく弱体化している。|英語版

ホルムズ海峡をめぐる緊張が高まるなか、イランは長年、世界の石油・LNGのおよそ5分の1が通常通過するこの重要なチョークポイントの支配を、決定的な戦略カードとみなしてきた。テヘランは、封鎖や通航妨害を行えば、世界はイランの優位を認めざるを得ず、譲歩を迫られると考えていた。

しかし、国際社会の関心が同海峡に集中する一方で、サウジアラビアは代替ルートの整備を静かに進め、ホルムズ海峡を威圧の手段として使う有効性を大きく低下させていた。危機下において主流メディアの報道ではほとんど見過ごされてきたこれらの動きは、エネルギーと貿易の流れに重要な迂回手段を提供している。サウジアラビアは、世界のサプライチェーンの冗長性と強靭性を高める3つの主要施策を実行した。

紅海海運ネットワークの拡充

サウジアラビアは、ヤンブー、ジッダ、キング・アブドラ港など、紅海沿岸のインフラ整備と活用を加速させてきた。NEOMのような野心的なプロジェクトも、その一環である。これにより、輸出入のための実用的な西側回廊が形成され、貨物は紅海を経由し、可能な場合にはスエズ運河、あるいは南方ルートへと振り向けられる。

紅海ルートにも、バブ・エル・マンデブ海峡周辺におけるフーシ派の脅威など、固有のリスクはある。それでも、一定量の貨物についてはペルシャ湾を完全に迂回できる戦略的な代替手段となっている。

世界最大のコンテナ船会社MSCとの提携

世界最大のコンテナ船会社であるMediterranean Shipping Company(MSC)は、2026年5月、欧州・紅海・中東を結ぶ新たなエクスプレスサービスを開始した。この海陸複合輸送による「ランドブリッジ」ルートでは、船舶がスエズ運河を通過し、サウジアラビアの紅海側の港湾であるジッダ港とキング・アブドラ港に寄港する。その後、貨物はサウジ国内をトラックで輸送され、湾岸側のダンマームへ運ばれ、そこから他の湾岸拠点へフィーダー輸送される。

この海上輸送と陸上輸送を組み合わせたモデルは、コンテナ貿易においてホルムズ海峡を事実上迂回するものであり、欧州と中東地域全体の物流網の接続性を高めている。

東西原油パイプライン(ペトロライン)の最大活用

サウジアラビアが講じた最も有力な手段は、全長1200キロに及ぶ東西パイプライン、通称ペトロラインの稼働を拡大したことである。同パイプラインは、東部の湾岸油田地帯にあるアブカイク周辺を起点に、アラビア半島を横断し、紅海側の輸出拠点ヤンブーまで原油を輸送する。

このパイプラインは、もともと1980年代のイラン・イラク戦争時に同様の目的で建設されたものだが、現在の危機下で輸送能力は日量700万バレルまで引き上げられている。これにより、サウジ産原油、さらには将来的には他の湾岸諸国の原油も、ホルムズ海峡を通過せずに紅海経由で国際市場へ届けることが可能になった。

同パイプラインの持続的に運用可能と確認された輸送能力は大きいものの、危機以前にホルムズ海峡を通過していた地域全体の原油輸送量、歴史的には日量2000万バレル超と比べれば限界がある。また、攻撃や物流上の制約にも直面しており、イラン、イラク、クウェートなど、同海峡への依存度がはるかに高い湾岸輸出国にとって、完全な代替手段とはなり得ない。紅海ルートにも、フーシ派の脅威といった新たな脆弱性が伴う。

それでも、ホルムズ海峡が大きく混乱するなかで、サウジアラビアのこれらの取り組みが相当量の原油輸送を継続させてきたことは明らかである。

サウジアラビアの動きから利益を得る国と関係者

サウジアラビア自身は、信頼できるエネルギー供給国としての地位を強化するとともに、Vision 2030および国家交通戦略に沿って物流ハブ化を進め、イランからの圧力に対する脆弱性を低下させている。

欧州、インド、中国、日本、韓国などの主要石油輸入国にとっては、サウジ産原油、さらには迂回ルートで輸送される湾岸産原油へのアクセスが維持されることで、国際的な価格と供給の安定につながる。これにより、エネルギー価格の世界的な急騰を招きかねない供給不足を緩和できる。例えばインドは、代替輸送ルートという選択肢を得ている。

エジプトは、スエズ運河、SUMEDパイプラインとの接続、関連する紅海回廊を通じた通航量の増加によって恩恵を受け、物流ハブとしての役割を高めている。

UAE、バーレーン、カタール、クウェート、オマーンなど他の湾岸諸国も、MSCのランドブリッジ、共通インフラの強靭化、代替的な輸出入経路への潜在的なアクセスを通じて、間接的な利益を得ている。UAEもまた、フジャイラを活用した独自の迂回ルートを有している。

世界の海運・貿易においては、MSCをはじめとする事業者が新たな実用的ルートを確保し、サプライチェーンの安定化を通じて各国の産業を支えている。

欧州にとっても、バルト海沿岸などの港湾と中東地域をサウジアラビアの拠点経由でより迅速に結ぶ新たなMSCサービスから、直接的な恩恵を受けることができる。

これらのサウジアラビアの取り組みは、より大きな構造変化を示している。ホルムズ海峡はいまなお極めて重要であるものの、代替性を備えたインフラを構築するという戦略的先見性が、その「武器化」の効果を鈍らせている。情勢が変化するなか、パイプライン、港湾、複合輸送回廊へのさらなる投資は、中東におけるエネルギーと貿易の地図を恒久的に塗り替える可能性がある。

戦略的・地政学的影響

イランの影響力低下:
イランはもはや、ホルムズ海峡の封鎖によってサウジアラビアを麻痺させ、国際社会から即時の譲歩を引き出せると前提にすることはできない。サウジアラビアの動きは代替手段の存在を示し、イランの「優位性」というナラティブを切り崩している。

世界市場の強靭化:
代替ルートは供給の全面的崩壊を防いできた。ただし、価格はなお急騰し、在庫も大幅に取り崩されている。

長期的な変化:
これらの取り組みは、サウジアラビアのVision 2030に掲げられた物流分野の目標を前倒しで進めるとともに、パイプライン、鉄道、将来的なランドブリッジ、紅海インフラへの追加投資を促している。その結果、ホルムズ海峡の優位性は恒久的に低下する可能性がある。

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イランの核開発:中東が「核武装したテヘラン」を恐れる理由

エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー

イラン、米国、イスラエルの対立が激化する中、多くの分析家は、イランが新たな政治段階に入ったとみている。強硬派の治安関係者、軍と結びついたテクノクラート、革命防衛隊の司令官らが、1980年代以降で最も大きな実権を握る局面である。|RUSSIANENGLISH

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

イランの公式な国家機構はなお維持されている。しかし、欧米やイスラエルの複数の情報評価は、現在の指導部をめぐる環境について、実質的には治安機構を中心とする「戦時下の権力集中」と表現している。

この変化は重要である。なぜなら、現在イランの戦略政策を形づくっている多くの人物は、過去のイラン交渉担当者の世代に比べ、西側との妥協に明らかに関心が薄いように見えるからだ。

長年にわたる外交の崩壊、制裁の再発動、イラン核施設に対する破壊工作、そして軍事行動の威嚇が繰り返された結果、テヘラン内部では「イスラム共和国の存続を保証できるのは核抑止力だけだ」とする主張が力を増している。

数十年にわたり、イラン当局者は自国の核計画について、発電、科学研究、医療用同位体の生産といった民生目的のためのものだと公に主張してきた。しかし同時に、イランは通常の民生用原子力発電に必要な水準をはるかに超えてウラン濃縮を拡大してきた。

国際原子力機関(IAEA)によれば、イランは現在、兵器級に近い純度まで濃縮されたウランを保有しており、さらに濃縮すれば、理論上は複数の核装置を支え得る量の核分裂性物質を有している。

イラン側の見方

テヘランを突き動かしている論理は、イラン側の視点に立てば理解しにくいものではない。イランの戦略家たちはしばしば、核兵器を保有したことで外国主導の体制転換を免れた国々を引き合いに出す。

地域の議論で最も頻繁に挙げられるのは北朝鮮である。極度の国際的孤立と制裁にもかかわらず、平壌の核戦力は、米国による直接的な軍事侵攻の可能性を事実上排除した。

Photo Col Muammar el-Qaddafi of Libya addressing the UN General Assembly sessions in September 2009. Credit: United Nations
Photo Col Muammar el-Qaddafi of Libya addressing the UN General Assembly sessions in September 2009. Credit: United Nations

これに対し、サダム・フセイン政権下のイラクやムアンマル・カダフィ政権下のリビアのように、核抑止力を持たなかった体制は、兵器計画を放棄した、あるいは完成させられなかった後に、最終的に打倒された。

テヘランから見れば、こうした先例は明確なメッセージを発している。すなわち、核能力こそが外部からの介入に対する唯一の信頼できる「保険」なのかもしれない、ということである。

イラン当局者はまた、自国が極めて敵対的な安全保障環境に置かれているとも主張している。イランは米軍基地、敵対する湾岸君主国、そして核武装しているとみられるイスラエルに囲まれている。イランの強硬派は、核能力を単なる兵器ではなく、戦略的対等性と国家存続の象徴として位置づける傾向を強めている。

米国側の見方
The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.
The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.

一方、米国にとって、イランによる核兵器取得の阻止は、中東安全保障政策の中心的柱の一つとなっている。

ワシントンの懸念は、短期的なものと長期的なものの双方に及ぶ。共和、民主両党の歴代政権は、核武装したイランが地域を根本的に不安定化させ、核軍拡競争を誘発し、イスラエルや米国の同盟国を巻き込む戦争の危険を劇的に高める可能性があると主張してきた。

米情報当局者が懸念しているのは、「核の盾」の可能性でもある。このシナリオでは、イランは核抑止力による保護を背景に、ヒズボラ、イラクの民兵組織、イエメンのフーシ派といった地域の代理勢力を通じて、より攻撃的に行動する。敵対国は、核能力を持つ国家への直接報復をためらうだろうと見込むためである。

地域から見た脅威

イスラエルは、この脅威をさらに実存的なものとして捉えている。イスラエルの指導者たちは、政治的立場を問わず、イランに核兵器能力を持たせることは認めないと繰り返し表明してきた。

その理由は、戦略的なものでもあり、歴史的なものでもある。イラン当局者や革命防衛隊司令官は長年にわたり、イスラエルの破壊を求める言辞を用いる一方、地域全体で反イスラエル武装組織に資金と武器を提供してきた。

多くのイスラエル人にとって、イデオロギー上の敵意、弾道ミサイル開発、そして核能力が組み合わさることは、受け入れがたいリスクである。仮にイランが実際に核兵器を使用しなかったとしても――そもそも現時点でイランは核兵器を保有していない――そのリスクは消えない。イスラエルの防衛計画担当者は、イランの核爆弾が存在するだけで、イスラエルの行動の自由は大きく制約され、恒常的な戦略的脆弱性が生まれると主張している。

湾岸諸国もまた、深い警戒感を抱いている。これらの国のいくつかはテヘランと慎重な外交関係を維持しているものの、その懸念は小さくない。

London Post
London Post

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などは、イランの「核の傘」が、テヘランによるペルシャ湾での政治的・軍事的優位を可能にすることを恐れている。これらの政府が特に懸念しているのは、イランのミサイル戦力、代理勢力ネットワーク、そして地域各地のシーア派運動に対する影響力である。

そのため、多くの分析家は、核武装したイランが地域的な核拡散の連鎖を引き起こす可能性があるとみている。サウジアラビアは、イランが核の敷居を越えれば自国も核の選択肢を追求すると、繰り返し示唆してきた。トルコやエジプトも、いずれ自国の戦略態勢の見直しを迫られる可能性がある。

脅威は現実なのか

それでも一部の専門家は、差し迫った「イラン発の核の破局」への恐怖は誇張されることがあると指摘している。

仮にイランが核爆弾を製造したとしても、テヘランの指導部は一般に、情報機関からは自殺的というより合理的で体制存続を重視する存在とみなされている。歴史的に見れば、多くの核保有国は核兵器取得後、直接戦争のコストが飛躍的に高まったため、より慎重になったのであって、より無謀になったわけではない。この見方を支持する人々は、イランを敵対的ではあるが抑止可能な他の核保有国になぞらえている。

これに対する批判者は、中東の複雑性、代理戦争の役割、そして誤算の可能性を踏まえれば、イランは異なると反論する。また、リスクは意図的な核攻撃に限られないとも警告している。ミサイル、民兵組織、海上での偶発的衝突をめぐる地域危機が、核兵器の存在によって予測不能な形でエスカレートする可能性があるためである。

技術的に見れば、イランは過去のどの時点よりも核兵器能力に近づいているように見える。

科学国際安全保障研究所(ISIS)やIAEAの複数の評価によれば、イランは高濃縮ウランを十分に保有しており、兵器化されれば、数カ月以内に複数の核装置に必要な物質を生産できる可能性がある。

ただし、核分裂性物質の生産は課題の一部にすぎない。イランはなお、以下の段階を経る必要がある。

機能する核弾頭を製造すること、
それを小型化すること、
ミサイルシステムと統合すること、
そして信頼性のある実験またはシミュレーションを実施すること、である。

西側の情報機関の間では、これがどれほど速く実現し得るかについて見方が分かれている。一部の推計は、イランが政治的決断を下せば、比較的短期間で粗製の核装置を生産できる可能性があるとしている。しかし、信頼性のある実戦配備可能な核戦力を構築するには、相当長い時間を要する可能性が高い。

イランは理論上、何発の核爆弾を製造し得るのか。それは濃縮度、兵器設計の効率性、そしてテヘランがどれだけのウランを備蓄として保持するかによって異なる。最近の一部推計では、イランの現在の濃縮ウラン備蓄は、完全に兵器化された場合、おおむね5発から10発の単純な核装置に必要な物質を支え得るとされている。

Map of Middle East
Map of Middle East

これは、イランが現在核爆弾を保有していることを意味しない。テヘランが作戦運用可能な核兵器を組み立てたことを示す公的証拠は、なお存在しない。しかし、「核爆弾を持っていること」と「短期間で核爆弾を製造できること」との違いは、ますます狭まっている。

まさにこの点こそが、この問題をこれほど危険なものにしている。

イラン指導部にとって、核能力は体制存続を保証する究極の手段に見えつつある。一方、米国、イスラエル、そして複数のアラブ諸国にとって、同じ能力は、はるかに不安定な中東の始まりに見える。そこでは、抑止、代理戦争、核をめぐる瀬戸際政策が、これまで地域が経験したことのない形で併存する可能性がある。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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核の「危機一髪」が示す、核抑止は平和の保証ではない

国際的緊張が新たな核の脅威を招く

すべての人に教育を、教育にすべての力を

教育の構造改革は、場当たり的な決定だけでは実現しない

【カトマンズNepali Times=スディクシャ・トゥラダール】

バレンドラ・シャハ首相率いる政府は、学校教育の改善に向けた一連の施策を発表し、発足直後から矢継ぎ早に動き出した。しかし、その1か月後にあたる今週、政府はブルドーザーを投入し、少なくとも4校の地域運営の学校を含む河岸沿いの集落を一帯ごと取り壊した。|ENGLISH

マノハラ川とバグマティ川の河岸沿いの一画は、まるで戦場のような惨状を呈していた。学校の建物は瓦礫と化し、床は異様な角度に傾いていた。ある学校では、地元の区役所が2015年の地震時に国際赤十字委員会(ICRC)から提供されたテントを使い、運び出した机や椅子を並べて授業を続けていた。

1年生から8年生までの児童・生徒たちは深いショックを受け、自分たちの学校がなぜ取り壊されたのか理解できずにいた。教師たちにも答えはなかった。政府は、住まいを失った人々を移住させると説明し、住む場所を追われた子どもたちを受け入れるよう私立学校に求めた。

Nepali schoolchildren stand amid the ruins of a demolished community school as classes continue in a makeshift tent, underscoring the gap between education reform promises and the realities facing public schools. Image: INPS Japan

一方、河岸沿いの集落の取り壊しとは別に、全国の学校現場でも混乱が広がっている。先月就任したサスミット・ポカレル教育相が、就任直後から相次いで新たな方針を打ち出したためだ。

ポカレル教育相は、中等教育修了試験(SEE)後の進学準備講座を禁止した。続いて、5年生以下の児童については、上級学年に進むための年次試験を不要とする方針を示した。さらに、児童・生徒が教室で過ごす時間を減らし、屋外活動により多くの時間を充てるよう指示した。

「教科書を使わない金曜日」

ポカレル教育相は、バレンドラ・シャハ氏がカトマンズ市長だった当時の顧問であり、児童・生徒に実践的な技能や、芸術、音楽、農業などの創造的活動を学ばせる「教科書なしの金曜日」構想を主導した人物である。

もちろん、彼の決定には一定の合理性がある。大学進学のための「橋渡し」講座は過度に商業化され、生徒たちは入試準備のために高額な受講料を支払わざるを得なかった。保護者からは、小学生の子どもたちが年次試験にストレスを感じているとの声も上がっていた。また、屋外活動を義務づけることは、丸暗記中心の学習に代わる選択肢として位置づけられている。

大学における政党系の教職員組合や学生組織をすべて解体する計画も、広く歓迎された。これらの組織は政党の出先機関と見なされ、大学の日程を乱してきたと批判されていたためだ。

教育省がSEEの結果発表を従来の3か月後から1か月以内に短縮したこと、学士課程までの入学に市民権証明を必須とする規定を撤廃したこと、私立学校に10%の奨学枠を義務づけたことも、高く評価されている。

しかし、RSP政権の報道官も務めるポカレル教育相は、その後、一部の決定を撤回、または部分的に取り消した。そのため、教育現場には戸惑いが広がっている。さらに、旧政党が支配する自治体議会は、地元の学校は自分たちの管轄だとして、連邦教育省の新たな指示に従うことを拒んでいる。

「善意に基づくものであっても、決定は場当たり的で、断片的で、実行が難しい」と、ティーチ・フォー・ネパールの元代表キラン・ネパール氏は語る。「試験をなくすのであれば、子どもたちを評価する基準や仕組みは何になるのか。」

新政府の命令はあまりに拙速で、詰めが甘いとの指摘もある。試験なしに子どもを評価したり、教室の外で学ばせたりするには、教師に対するより充実した研修が必要である。

ポカレル教育相による進学準備講座の禁止には、強い反発も起きた。公立学校だけでは、生徒が自力で大学入学に備えるには十分ではないからだ。実際、全国のSEE合格率は2024年の48%から2025年には62%へ改善したが、その進展は全国の学校に均等に行き渡っているわけではない。

Education Minister Sasmit Pokharel in Parliament (centre).
Education Minister Sasmit Pokharel in Parliament (centre).

専門家は、政府がまず優先すべきだったのは、各地で非営利団体が進めている教員研修の充実や、公立学校の教員の意欲向上を後押しすることだったと指摘する。

「公立学校の教員の多くは正規の研修を受けているが、その技能を時代に即した効果的なものに保つには、定期的な再研修が必要である。」と、トリブバン大学の元副学長ケダル・マテマ氏は語る。

ネパールの子どもの約75%は公立学校に通っている。しかし、公立学校は資金も人員も不足しがちで、教師は暗記中心の教育に頼っている。公立学校の施設や教育の質が十分な水準に達していないため、多くの保護者は、より費用のかかる私立学校を選んでいる。一方、公立学校の質が高い地域では、私立学校への入学者は少ない。

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

「公立学校は、結束と寛容を備えた社会を築くうえで重要な役割を果たしている」とマテマ氏は付け加える。「公立学校は、経済的背景、民族、カーストの異なる子どもたちを一つの場に集め、共に学ぶ場である」

ネパールの農村部では、多くの生徒が教育を修了することに困難を抱えている。女子生徒の中退率は、児童婚や月経をめぐるタブーのため、依然として高い。娘を公立学校に、息子を私立学校に通わせる家庭も少なくない。

同時に、より良い学校を求めて都市部に子どもを送る家庭が増え、農村部の学校では児童・生徒数が減少している。専門家の推計によれば、ネパールの家庭は月々の支出の6.8%を学費に充てている。先進国ではこの割合は1.3%にとどまる。

「わが国では、多くの家庭が質の高い教育を求め、かなりの経済的負担を抱えながらも子どもを私立学校に通わせざるを得ないと感じている」とマテマ氏は言う。「公立学校の質を高めれば、この負担は軽減される。家庭は授業料を徴収する私立学校への依存を減らし、所得の相当部分を節約できるようになる」

実施を阻むギャップ

ネパールの識字率は80%に上昇し、多くの郡では、ほぼすべての子どもが就学するようになった。しかし、教育の質はそれに追いついていない。過去50年に誕生した歴代政権は、カリキュラムの改善や教員研修を通じて教育の質を高め、平等を確保するため、善意に基づく計画を打ち出してきた。だが、それらは途中で放棄されるか、適切に実施されなかった。

歴代政権は教育分野の問題を把握し、改革のための予算項目まで設けてきたように見える。しかし、どこかの段階で実施が行き詰まってきたのである。

課題は、政治的な不備、計画を最後まで遂行しない体質、何が機能し、何が機能しなかったのかを検証する監視・評価の不足にある。過去には、政治的不安定と頻繁な政権交代が学校教育に影響を及ぼしてきた。

「政府と学校の間にある隔たりが、あらゆる決定の実施にも隔たりを生んでいる」とキラン・ネパール氏は語る。

期待されているのは、RSPが3分の2の多数を占めることで、政策の実行力が高まることだ。ポカレル教育相はまた、学校を週休2日とする方針を発表し、所定の履修内容を終えられるよう、冬休みやその他の祝日を削減することも決めた。これは妥当な判断だったが、教育関係者は、年間の学校暦がすでに公表された後に決定が出されたと指摘している。

先週、シャハ首相の政令により、政府内の政治任用職1,500人が解任された。その中には、大学や教育関連機関の教員、理事会メンバーも含まれている。

今後の大きな課題は、空席を適格な人材で埋めること、そして前政権が任命した役職者を、単にRSP系の人物に置き換えるだけに終わらせないことである。

新政府はデジタル化を強く推進しており、テクノロジーを活用して、教室での授業の質を飛躍的に高めることもできるはずだ。また、教育の質向上に実績を持つ国内外のパートナーとも連携すべきである。

初等教育を無償化した「学校セクター改革計画」と「学校セクター開発計画」は、改革の出発点となり得る。ただし、その際には外国援助への過度な依存を減らす必要がある。

マテマ氏はこう語る。「最優先すべきは、公立学校の質を高めるための投資である。同時に、新政府が地方自治体の能力を強化し、その管轄下にある学校を効果的に管理・監督できるようにすることも、同じく重要である。」

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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世界的緊張の高まりで、若い世代の間に再び広がる核への不安

【INPS Japan/UN News=コナー・レノン】

冷戦期の緊張の時代を生きた多くの人々にとって、核戦争による終末的な破局の脅威は、常に頭から離れない不安であった。その脅威がいま、若い世代の間でも再び懸念として広がりつつある。

20世紀を生きた多くの人々にとって、ソ連と米国が文明を終わらせかねない核対決に突入する可能性は、最大の恐怖であった。

そうした破局が現実に起こり得る危険は、決して消え去ったわけではない。しかし、若い世代の意識の中では、気候危機や制御不能なAIツールといった、より差し迫って見える実存的脅威に取って代わられてきた。

しかし、核紛争の影が消えたわけではない。1945年に広島と長崎に原子爆弾が投下されて以来、核兵器が戦争で使用されてこなかった背景には、核不拡散条約(NPT)が56年にわたり果たしてきた役割もある。

核をめぐる言説の復活

近年、核をめぐる言説は再び勢いを増している。こうした中、国連は若い活動家たちに働きかけ、核兵器がなぜ戦場で二度と使用されてはならないのかを伝えようとしている。

「正直に言えば、核戦争は私にとって大きな関心事ではありませんでした」と、30歳のナタリー・チェンさんは語る。「私の周囲の同世代も同じです。ただ、ウクライナ戦争やガザ、イランをめぐる現在の紛争を考えると、軍縮は間違いなく重要な課題になっています」

UNODA/ Camila Perez Members of the second cohort of the Youth Leaders Fund.

香港出身で英国を拠点に活動するアートプロデューサーのチェンさんは、国連が運営する「核兵器のない世界のためのユース・リーダー基金(YLF)」に参加して以来、核軍縮の複雑さや基本原則、そして核兵器がなぜ世界平和にとって重大な脅威であり続けているのかについて学んできた。

チェンさんは4月30日、ニューヨークのポスター・ハウスで開かれたイベントに参加した。この催しは日本政府が主催し、国連軍縮部(UNODA)が支援したもので、YLF第2期生が制作した作品が紹介された。

このプログラムは、若者たちが軍縮や平和・安全保障の分野でより効果的に提言活動を行えるよう、必要な知識を提供することを目的としている。

「若者である私たちがその一部となることで、政治的プロセスは大きな力を発揮し得るのだと学びました」と、YLF参加者のアブドゥル・ムスタファザデさんは語る。ムスタファザデさんは、デジタルメディアを通じて地球規模の課題をより身近に伝えるアーティストである。

「軍縮をめぐる言葉は非常に専門的になりがちですが、私はアートを通じて、その内容を分かりやすく伝える方法を学びました。」

新たな世代が直面する脅威

UNODA/ Camila Perez Izumi Nakamitsu, High Representative for Disarmament Affairs at a Youth Leaders Fund event in New York.
UNODA/ Camila Perez Izumi Nakamitsu, High Representative for Disarmament Affairs at a Youth Leaders Fund event in New York.

国連軍縮部(UNODA)を率いる中満泉・国連事務次長兼軍縮担当上級代表は、若い世代に対し、なぜ核軍縮が重要な課題なのかを説明し、新たな専門家世代を育てることが急務だと指摘する。彼らは、NPTが創設された当時には存在しなかったAIやサイバー空間でのハッキングといった現代の脅威を身近なものとして育ってきた世代だからである。

「冷戦終結後の約30年間、私たちは幸いにも核兵器についてそれほど心配せずに済みました」と中満氏は語る。「しかし、地政学的な緊張は再び高まっています。軍縮コミュニティの問題の一つは、過去にどのように議論されていたかばかりを振り返りがちなことです。」

「しかし、核の指揮統制へのAIの統合など、議論するだけでも恐ろしい新たな課題が存在します。」

このイベントは、国連本部で5月22日まで開催されている2026年NPT再検討会議にあわせて開かれた。

中満氏は、専門用語には分かりにくい面があると認めつつも、半世紀以上の歴史を持つこの条約は、今なお極めて重要であると強調する。

「NPTが存在しない世界は、はるかに不安定なものになっていたでしょう。より多くの国が核兵器の取得を目指し、その結果、核兵器が使用される可能性も高まっていたはずです。条約が合意される前には、核兵器保有国は30から40カ国に増えると予測されていました。しかし、そうはなりませんでした。それはNPTがあったからです」

核兵器使用の常態化

ユース・リーダー基金は、若い核軍縮の提唱者たちが複雑な軍事ドクトリンを理解し、抑止論の立場に立つ人々とも説得力を持って緻密な議論を行えるよう支援する取り組みの一つである。

同時に、それは核兵器使用の常態化に歯止めをかけるための取り組みでもある。日本出身の中満氏は、この点に強い懸念を抱いている。

「小型の『低出力』核兵器なら実際に戦場で使用できるという、極めて危険な言説が生まれています。しかし、それは誤りです。広島と長崎で使用された爆弾は、今日であれば低出力核兵器に分類されるものです。」

「何が起きたのか、その記憶を風化させないことは絶対に不可欠です。日本が今後もその役割を果たし続けることを願っています。」と中満氏は語った。(原文へ

INPS Japan

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女性として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子、映画でよみがえる

カトマンズ国際山岳映画祭で伝記映画『Climbing for Life』上映へ

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ミキ・ウプレティ】

田部井淳子(1939〜2016)は、1975年に女性として初めてエベレスト登頂を成し遂げた登山家としてだけでなく、生涯を通じてネパールに寄り添い続けた、かけがえのない友人として記憶されている。

1975年は「国際婦人年」であった。そして2026年は、日本とネパールの外交関係樹立70周年に当たる。こうした節目の年に、5月30日、カトマンズ国際山岳映画祭(KIMFF)で田部井の伝記映画『Climbing for Life』が特別上映されることになったのは、まさに絶妙なタイミングと言える。

私はネパールに36年間暮らす日本人であり、田部井と同じ山岳会に所属していた。彼女に刺激を受けた世代の一人でもある。

田部井はエベレスト登頂後、世界的な称賛を浴びた。そして晩年、末期の病を患ってからも活動を制限することはなかった。家族に愛され、人生を全力で楽しみ、登山を続け、さらに2011年の東日本大震災で心に傷を負った若者たちを励まそうと、日本最高峰の富士山登山へと誘った。

伝説的女優・吉永小百合が、本作で田部井淳子を演じる。吉永にとって本作は出演124作目となる。長年にわたり第一線のスターであり続け、身体も鍛え続けてきた彼女の歩みは、頂点を極めた田部井の人生とも重なる。

Photo: © “Climbing For Life” Film Partner
Photo: © “Climbing For Life” Film Partner

若き日の田部井を演じるのは俳優・アーティストとして幅広く活躍する「のん」。彼女が田部井特有の何気ない仕草まで見事に再現していることに驚かされた。

さらに、佐藤浩市や天海祐希といった実力派俳優が、田部井の夫と生涯の親友を演じる。木村文乃と若葉竜也は子ども役として出演し、有名人の母を持つ家族が直面する葛藤を丁寧に描いている。

監督の阪本順治は、1989年以来、多くの日本映画の名作を世に送り出してきた人物で、日本アカデミー賞最優秀監督賞など数々の賞を受賞している。阪本監督は、「山に詳しくない人でも楽しめる作品を目指した」と語っている。

Director Junji Sakamoto. Photo: © “Climbing For Life” Film Partner
Director Junji Sakamoto. Photo: © “Climbing For Life” Film Partner

現代のヒマラヤ登山が商業化される以前、1975年の日本女子エベレスト隊は極めて特別な存在だった。本作は、黎明期の遠征登山が持っていた冒険精神を見事に映し出している。田部井家に残されていた登山道具から、若き日の淳子と後の夫が身につけていたシャツや登山靴、さらには家族の車に至るまで、細部が忠実に再現されている。

Junko Tabei at the summit of Mt. Everest in 1975.

私が知る田部井家の姿も、映画では驚くほどリアルに描かれていた。衣服や装備は、まるで本物そのもののようだ。もちろん、田部井がやや理想化されていると感じる人もいるかもしれない。しかしこれはドキュメンタリーではなく劇映画であり、それは自然なことだ。それでも本作は、現実の田部井淳子を誠実にスクリーンへ映し出している。

KIMFFの上映会には、カトマンズ在住の日本人たちも集う予定であり、この上映は、日本・ネパール外交関係樹立70周年記念事業の一つとして正式に認定されている。

田部井淳子はネパールとその人々を深く愛していた。晩年になっても、夫の政伸氏とともに、あるいは息子や娘とともに、何度もネパールを訪れトレッキングを楽しんでいた。幼い頃はアウトドアにほとんど関心を示さなかった子どもたちも、後には彼女を支える最大の理解者となった。

2015年、エベレスト登頂40周年の年、ネパールは大地震に襲われ、全国で約9000人が命を落とした。さらに地震による雪崩で、エベレスト・ベースキャンプでも多数の犠牲者が出た。

混乱が落ち着いた後、田部井と家族はカトマンズで記念イベントを開催した。大規模な集まりを催し、現地で消費活動を行うことで、ネパール経済の回復に少しでも貢献したいという思いからだった。同時に、困難な状況に置かれたネパールの友人たちの心を支えようと、語り合い、笑い合う場を作ろうとしていた。

Tabei family in Kathmandu in 2015.

このネパールへの思いやりは、彼女自身の経験にも根ざしていた。4年前、彼女の故郷もまた、地震と津波によって大きな被害を受けていたのである。私が田部井に最後に会ったのも、この2015年のカトマンズでのイベントだった。

彼女は翌年、亡くなった。病状がそこまで進行していたことを、周囲にはまったく感じさせなかった。今でも私は彼女にこう言いたい。「淳子さん、もう少し周囲に弱音を見せてもよかったのに。最後まで私はあなたに頼りっぱなしだった。でも、ネパールで暮らす今の私を支えてくれた恩返しを、結局何一つできなかった。」と。

この映画をKIMFFに招く企画は、映画祭ディレクターのラミヤタ・リンブーとの何気ない会話から始まった。「ぜひカトマンズで上映したい」という漠然とした願いを、私たちは共有していたのである。田部井家、日本大使館、キノフィルムズ、田部井淳子基金、そして田部井の親友であり私の恩師でもある北村節子氏など、多くの人々の支援に感謝している。

もし田部井が今も生きていたなら、この映画は制作されなかったかもしれない。だからこそ、この作品は彼女の魂からのメッセージなのだろう。今回の上映は、私たちにとっても、大スクリーンで田部井淳子の人生を見つめ直し、彼女との記憶を振り返る特別な機会となる。

INPS Japan

ミキ・ウプレティは、日本人作家、元登山家、トレイルランナー、開発援助活動家。1990年からネパール在住。本上映企画をKIMFFと共同で立ち上げた。

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