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森林なくして、経済なし

森林産品への需要が高まるなか、自然を守り育てる持続可能な管理を

【カトマンズNepali Times=ジーミン・ウー】

お金が木になるわけではない。だが、私たちの繁栄の多くは木々に支えられている。

森林は、何兆ドル規模もの経済活動や何百万という雇用、そして私たちが口にする食べ物、吸う空気、依拠する気候といった不可欠な基盤を、静かに支えている。現実には、健全な森林なしに世界経済は成り立たない。

森林の価値は、木材にとどまらない。森林は土壌を安定させ、農業・食料システムや産業生産に欠かせない水を調節し、エネルギーや多様な森林産品を供給し、さらにレクリエーションやエコツーリズムの場も生み出している。

Image: Amazon forest landscape. Credit: Ecuador Government
Image: Amazon forest landscape. Credit: Ecuador Government

森林セクターだけでも、世界経済に年間約1兆5200億ドルの価値をもたらしていると推計される。さらに、世界の国内総生産(GDP)の半分以上にあたる約44兆ドルが、森林を含む自然に依存している。

20億人以上にとって、薪などの木質燃料は調理や暖房に欠かせない。さらに数億人が、生計を森林に直接依存している。木材以外にも、森林は食料、薬用資源、樹脂、繊維、飼料、観賞用植物を提供しており、世界で約58億人を支えている。こうした非木材林産物の価値は、少なくとも年間94億1000万ドルにのぼり、今後さらに拡大する可能性がある。

森林は炭素を蓄えることで、数十億ドル規模の損失をもたらしかねない気候変動の影響から経済を守る役割も果たしている。たとえばブラジルでは、熱帯林を農地に転換した結果、蒸発散、すなわち地表から大気へ水分が移動する働きが30%低下し、地域の気温上昇と天水農業へのリスク増大を招いている。森林がなければ、世界の食料生産は持続しえない。

SDGs Goal No. 15
SDGs Goal No. 15

さらに森林は、世界が鉄鋼やコンクリート、プラスチックといった高排出資材に代わる、気候にやさしい代替素材を基盤とするバイオエコノミーへと移行し始めるなかで、自然に根ざした解決策の一部でもある。人口が増加するなか、住宅建設に用いられる再生可能で持続可能な木材は、低炭素経済の柱となりうる。木材由来の繊維、食品包装材、さらには透明な「ガラス」に相当する新素材まで、すでに実用化されている。

これは、すでに過去最高水準にある森林産品への需要が、今後さらに増加することを意味する。たとえば2050年までに、世界は工業用丸太を10億立方メートル必要とする可能性がある。現在の年間生産量は40億立方メートルだが、そこにさらに需要が上積みされることになる。

もっとも、森林はすでに大きな圧力にさらされている。陸上生物多様性の最大80%が森林に生息しているにもかかわらず、森林減少と森林劣化の進行は世界全体で鈍化しつつあるとはいえ、なお他の経済用途のために伐採や転用が続いている。

気候変動が深刻化するなか、未来の世界経済は、より持続可能で、より循環型で、より自然と結びついたものへと変わらなければならない。そのためには、保全と生産を対立するものとしてではなく、一体のものとして結びつける必要がある。

国連食糧農業機関(FAO)は、生計を支え、生態系サービスを提供し、持続可能な産品を生み出す健全な森林というビジョンを実現するために必要な具体的措置を推進している。

まず重要なのは、需要の増大に応えることが、自然の再生能力を超えて資源を利用することを意味しないようにすることである。木材をより効率的に使い、木材製品のリサイクルと再利用を賢く進めれば、森林への圧力を軽減できる。

木造建築のように長期にわたって利用される用途では、炭素が数十年にわたり固定され、伐採された一本一本の丸太をより有効に活用できる。木材や非木材林産物の採取を生態学的限界の範囲内にとどめ、森林生態系の健全性を維持するうえで、持続可能な森林管理は不可欠である。

国際貿易もまた、世界の需給バランスを調整し、森林資源の豊かな地域が資源の乏しい地域を支えることを可能にする。だが、その前提として、貿易は強固な持続可能性基準と適切なガバナンスに支えられていなければならない。森林減少や非木材林産物の過剰採取を防ぎ、地域社会が確実に利益を得られるようにするためである。

また、小規模生産者から大規模生産者に至るまで、森林を守り責任ある管理を行う人々に報いるうえで、奨励制度や革新的な資金調達の仕組みも役立つ。

Photo: KUNDA DIXIT
Photo: KUNDA DIXIT

木材や竹などの再生可能資源を基盤とする拡大するバイオエコノミーは、さらなる発展の準備が整っており、有望な道筋を示している。ただし、それはあくまで持続可能な林業にしっかり根ざしている場合に限られる。そのためには、セーフガード、明確なルール、そして適切なガバナンスが不可欠である。

3月21日の「国際森林デー」にあたり、ひとつの結論が鮮明に浮かび上がる。森林なくして、経済は成り立たない。いま下される決定が、森林を守りながら、同時に将来世代のために強靱な経済を築けるかどうかを左右するのである。(原文へ

ジーミン・ウーは、国連食糧農業機関(FAO)林業部門ディレクター兼事務局長補である。

INPS Japan

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マンチェスターIPS=カルロス・スルトゥサ

英北部マンチェスター中心部には、イランとイスラエルの国旗が掲げられ、約半世紀前に打倒された国王と、亡命先から王位継承を主張するその息子の肖像が並んでいた。アヤトラ体制に代わる選択肢として、レザ・パフラヴィ氏を支持するイラン人たちのデモである。

「体制は、もう長くは続かない。移行期を導き、国の統一を保てるのはレザ・パフラヴィだけだ。」家族がイラン国内で報復を受けることを恐れ、フルネームの公表や写真撮影を拒んだ若い女性ナザニンさんは、IPSの取材に対してこう語った。

実際、彼女自身も祖国をよく知っているわけではない。英国生まれで、両親が1982年に逃れたイランを一度も訪れたことがない。両親が祖国を去ったのは、聖職者らに乗っ取られた革命によって、西側に支えられた約40年の専制体制が終わってから3年後だった。

それ以来、イランはシーア派イスラム神権体制の下にあり、異論には苛烈な弾圧が加えられてきた。1月初旬には新たな弾圧の波が押し寄せ、死者数をめぐる数字は大きく食い違っている。政府発表では約3000人だが、医師や記者が引用する内部報告では数万人に上るとされる。

マンチェスター中心部でナザニンさんは、2月28日にイスラエルと米国が始めた対イラン爆撃作戦に、すべての希望を託していると語った。

これまでにこの爆撃で、最高指導者アリ・ハメネイ師を含む1000人超のイラン人が死亡した。息子がその地位を引き継ごうとしている事実は、体制側がなお抵抗を続ける意思を示している。攻撃は軍事目標だけでなく、9000万人を超える国民生活を支える重要インフラにも及んでいる。

「聖職者たちは、平和的な抗議や正当な要求に対して、常に暴力で応じてきた。悲しいことだが、体制を終わらせるには、もうこれしか道がないのかもしれない。」と彼女は語った。

Remains of a bombed residence in Tehran, allegedly belonging to a nuclear scientist. The joint bombing campaign by Washington and Tel Aviv has resulted in over a thousand deaths, the vast majority of them civilians. Credit: Mirza Reza/IPS
断片化する反体制派

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2月24日に公表した「恣意的逮捕と強制失踪の津波」と題する報告書で、1月8日と9日に全国で起きたとされる虐殺の後、数万人が拘束されたと非難した。

実際、聖職者体制への反対は、この10年近くにわたり強まり続けてきた。2017年と2019年には、経済苦境に抗議する大規模デモが発生し、やがて政権打倒を求める声へと変わった。

さらに2022年から2023年にかけては、イスラムのベールを着用していなかったとして治安当局に拘束され、死亡した若いクルド人女性の事件をきっかけに、「女性・命・自由」運動が数カ月にわたり国を揺るがした。

レザ・パフラヴィ氏の肖像は、国内外の抗議行動で繰り返し掲げられている。だが、それでもイラン反体制派を最もよく表す言葉は「断片化」である。

君主主義者、共和主義者、連邦制支持派、改革派は共通の敵を抱えながらも、相互に足並みをそろえられずにいる。

“Yemen is a hero,” reads this mural in central Tehran. Despite the ongoing conflict in the Strait of Hormuz, Iran has yet to activate its Houthi allies. Credit: Mirza Reza/IPS

「亡命先には自称指導者が何人もいるが、国内に実質的な基盤はない。パフラヴィはイスラエルが好む選択肢であり、体制を離れた著名な改革派の一部を引き寄せてもいる。だが、それだけでは不十分だ」。イラン南東部バルーチ地域出身のアナリスト、メヘラブ・サルジョフ氏は、ロンドンからIPSの取材に対してこう語った。

サルジョフ氏はまた、1965年に結成され、1979年にモハンマド・レザ・パフラヴィ国王打倒の一翼を担ったイラン人民モジャヘディン機構(MEK)にも言及した。

「彼らは国内で高度に組織化され、情報網を持ち、破壊工作を実行する能力もある。だが、米国とイスラエルは、どうやら彼らを選択肢から外したようだ。」と同氏は述べた。

ただ、状況はさらに複雑である。ペルシャ系は人口のおよそ半数を占める一方、イランはアゼルバイジャン系トルコ人、クルド人、バローチ人、アラブ人などを含む多民族国家でもある。

サルジョフ氏は、「周縁の多様性とペルシャ中心部」という構図を指摘し、多くの勢力が、ある種の連邦制に向けた地方分権を求めていると語る。だが、アヤトラ体制も、パフラヴィ氏も、MEKも、そしてペルシャ系政治中枢の大半も、そのような選択肢を受け入れる構えはない。

では、新たな連邦的単位の境界は、民族に沿って引かれるのか、歴史に基づくのか、それとも地理的条件によるのか。合意の欠如は、暴力の長期化を予感させる。

「体制は殺戮を続けながら崩壊する。その後には、誰もができるだけ多くの領域支配を広げようとする“リビア型”の事態が待っている。内戦は不可避だ」

A daily scene in Iranshar, in southeastern Baluchistan, Iran. Sistan and Baluchestan is the most underdeveloped province, as well as the most affected by violence in the entire country. Credit: Karlos Zurutuza/IPS
不確実な崩壊後の秩序

現時点で、ワシントンとテルアビブは短期的な目標に集中しているように見える。その戦略の軸は、爆撃による体制打倒にある。だが、世界の多くのアナリストは、このような手法がその目的を達成した例はないと指摘している。

現在、米・イスラエルの攻勢は、ホルムズ海峡の航行を確保し、アラビア半島からの石油輸送を回復させることにも重点を置いている。米国は、この重要な海上輸送路をめぐる紛争によって生じたエネルギー価格への打撃を和らげたい考えだ。

CNNや『ニューヨーク・タイムズ』など米主要メディアは、CIAが将来的な地上攻勢への参加を視野に、クルド人ゲリラの武装支援を進めている可能性があると報じている。

国内情勢の不安定化が深まる中で最近結成された「イラン・クルディスタン政治勢力連合」は、軍事力を持つ地下政党5組織を束ねている。

これまでのところ、この連合はワシントンのそうした計画を明確には支持していない。だが、体制打倒と、自己決定権を含む民主的権利の獲得という目標を繰り返し強調している。

さらに、北西部のウルミアやタブリーズなどで歴史的な領土対立を抱えるアゼルバイジャン系トルコ人を含む、国内の他勢力と協力する用意も示している。

イスラエルのバル=イラン大学で中東研究の博士号を取得し、イランのクルド人をテーマに論文を書いた研究者ドゥンヤ・バショル氏は、楽観視は難しいと認める。

Map of Iran
Map of Iran

「イランにおけるトルコ系ナショナリズムは、ペルシャ・ナショナリズムの攻撃性だけでなく、隣国アゼルバイジャンやトルコとの民族的結びつき、さらにイラク領クルディスタン地域における複雑なクルド・トルコ関係からも力を得ている。」と、このトルコ人アナリストはアンカラからの電話取材でIPSに語った。

「アゼルバイジャン系トルコ人もクルド人も、内部の境界線を最大限主義的に引き始めている。したがって、対話や共存を訴える声があっても、衝突の発生を防ぐことはできないだろう。」と同氏は付け加えた。

バショル氏は、民族間対立が国内の他地域にも広がり得ると警告し、1979年の革命後にも同様の火種がすでに表面化していたと指摘する。その際は、1980年から1988年まで続いたイラン・イラク戦争によって、かろうじて封じ込められたという。

「国内には民族的な境界線が生まれるだろう。だが、人口が混在する大都市では何が起きるのか」と同氏は問いかける。

そして、それは「予測不能なシナリオ。」だと述べる。

「もし体制が崩壊すれば、混乱を回避できるのはテヘランに強力な政府が存在する場合だけだ。だが現時点では、パフラヴィであれ他の選択肢であれ、それを実現できることを示す材料は何もない。」(原文へ

INPS Japan/IPS

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体制転換―うまくいくこともあるが、たいていは失敗する

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

ドナルド・トランプは、戦争を終わらせることを公約に掲げて選挙戦を戦った。ベネズエラでの成功に気を良くした彼は、自らの軍事的成果に酔い、複数の国での体制転換を当て込んでいる。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ

米軍は、ベネズエラの指導者ニコラス・マドゥロとその妻を迅速かつ断固たる作戦で拘束し、米国へ連行した。カラカスの現政権は、もはや米国の意向に大筋で従うほかない状況に置かれている。

一方、イランに対する戦争をめぐるドナルド・トランプ大統領の狙いは、なお不明確なままである。その理由の一端は、同氏がさまざまな説明を口にしてきたことにある。すなわち、イランの核開発計画を最終的に破壊するため、中東に対するイランの脅威を終わらせるため、イラン国民を支援するため、そしてイランの「ひどい体制」を打倒するため―という具合である。だが、その論理は曖昧で、体制転換についても思いつきのように語っている印象が否めない。

トランプ氏は、この戦争の終わり方についても大げさな構想を抱いていたようだ。同氏は「無条件降伏」を唱え、その後継指導者の選定にも自ら関与すると示唆した。つまり、「イランの次の指導者を選ぶには、自分が関与しなければならない。」と言わんばかりである。

しかし、イランに対する電撃的勝利は実現せず、戦争終結の見通しも立っていない。しかも、新たな指導者はトランプ氏の関与なしに選ばれた。ムッラー体制の統治構造は極めて強固であり、指導部を急襲して排除すれば体制転換が起きるという期待は現実にならなかった。

それでもトランプ氏は、「ベネズエラで我々がやったことは、私の考えでは完璧な、まさに完璧なシナリオだった。」と語っていた。米誌『アトランティック』は、この姿勢を「国家全体に対する敵対的企業買収」と呼んでいる。いまや米政権はキューバにも「降伏」を求めている。エネルギー供給を事実上断たれ、経済が崩壊状態にあるキューバについて、トランプ氏は「やろうと思えば何でもできる」と述べ、ディアス=カネル大統領の退陣を要求している。

企業の世界では、敵対的買収が成功することもあれば、失敗することもある。トランプ氏が描く「政府の迅速な降伏」も同じである。イランに関して言えば、同氏はウォール街流の発想に惑わされていた。無責任にも、爆撃開始前からイラン国民に対し、政府を打倒するよう呼びかけていたのである。だが、イランでの体制転換という話は、いまや忘れ去られつつあり、トランプ氏自身も民主主義に強い関心を持っているようには見えない。彼の関心は、原油価格を引き下げ、株価を押し上げることにある。

過去からの教訓

体制転換―すなわち政権中枢を入れ替え、米国にとってより都合のよい政府を据えるという発想―は、米国外交において新しいものではない。体制転換の支持者は、しばしば日本やドイツを民主化成功の好例として挙げる。だが実際には、その目的は民主化そのものではなく、少なくとも第一義的には、米国と理念的に近い、あるいは米国に従順な政権を樹立することにある場合が少なくない。

もっとも、国家安全保障戦略の中でモンロー主義の徹底をうたった、いわば「トランプ版補論(Trump Corollary)=ドンロー主義」もまた新しいものではない。実際には、それはすでにケネディ、ニクソン、レーガン、ブッシュの各ドクトリンの中に見られた発想である。

トランプ氏の体制転換論と、カナダ、グリーンランド、パナマ運河に向けられた強硬な領土的野心は、1823年のモンロー主義、とりわけ1904年にセオドア=ルーズベルト大統領によって拡張されたその解釈を想起させる。このドクトリンは、ラテンアメリカへの米国の介入を正当化するものだった。20世紀初頭、米国は「自らの裏庭」とみなした中南米諸国に対し、軍事力と諜報活動を駆使して繰り返し介入した。たとえばコロンビアでは、パナマ運河支配のためにパナマ分離派を支援した。ドミニカ共和国には繰り返し介入し、キューバは1906年から1909年まで占領、その後もたびたび介入した。ニカラグアでは、いわゆる「バナナ戦争」の中で米企業ユナイテッド・フルーツの利益を守るために介入し、さらにメキシコ、ハイチ、ホンジュラスにも介入している。

『ニューヨーク・タイムズ』は最近、トランプ氏の現在の体制転換への熱意は、ドワイト・D・アイゼンハワーのそれに最も近いと指摘した。1953年から1961年までの2期の在任中、かつて冷徹な計算で知られた将軍アイゼンハワーは、次から次へとクーデターへ傾斜していった。1953年、米国は「アヤックス作戦」により、選挙で選ばれたイランのモハンマド・モサデク首相の打倒に成功した。モサデクは英国資本の石油産業を国有化しようとしていた。クーデターはCIAの支援を受けて成功し、米国は傀儡としてモハンマド・レザー・シャーを据えた。シャーは、いわゆるイラン革命と1979年のアヤトラ・ホメイニ師による独裁体制成立まで絶対的権力を握り続けた。

イランでの政権打倒に成功した後、アイゼンハワーはグアテマラにも介入した。大規模な土地改革を進めていた選挙で選ばれたハコボ・アルベンス・グスマン大統領は、1954年のクーデターで追放され、親米派のカスティージョ・アルマス大佐に取って代わられた。

この時期、米国政府は、特にアジア諸国がソ連陣営に接近するのを防ぐため、「ドミノ理論」も打ち出した。一つのドミノが倒れれば、他も連鎖的に倒れる、という考え方である。朝鮮戦争が休戦で終結したのもこの時期であり、ベトナム、ラオス、ビルマ、インドネシアなどが、アイゼンハワーの「ドミノ・リスト」に載せられた。

しかし、CIAが展開した体制不安定化工作は、しばしば逆効果をもたらした。インドネシアやシリアでは、介入の後にかえって政権が強化された。さらにアイゼンハワーは、キューバでの米国の影響力喪失という問題をケネディに引き継いだ。1961年4月のピッグス湾侵攻の失敗―フィデル・カストロ打倒を狙った作戦であった―は、その後何十年にも及ぶキューバ封鎖の出発点となり、トランプ氏はいま、それを体制転換によって終わらせようとしている。

近年における体制転換失敗の最も劇的な例は、疑いなく2003年にジョージ・W・ブッシュ政権下で始まったイラク戦争である。名目上の目的は、サダム・フセインを権力の座から引きずり下ろし、大量破壊兵器を廃棄することにあった。戦争によって体制そのものは崩壊したが、国連と米国の調査団は、現地で徹底的な査察を行ったにもかかわらず、大量破壊兵器を発見できなかった。さらに、イラクに秩序ある国家体制を築こうとする試みも失敗に終わった。こうした経験、そしてとりわけアフガニスタンへの20年に及ぶ軍事介入が悲惨な結末を迎えたことによって、体制転換という発想は決定的に信用を失った。

その含意は何か

外部から強制される体制転換の試みが教える最も重要な教訓は、介入はしばしば、本来は防止または解決しようとしていたはずの危機を、むしろ生み出してしまうということである。トランプ氏にとって、忌み嫌うマドゥロ政権を打倒する機会は、見過ごすにはあまりに魅力的だったのだろう。

体制転換や民主化の試みを数多く検証した学術研究は、三つの重要な知見を示している。

第一に、政権を単に排除するだけでは不十分だということである。たとえばイラクのサダム・フセインのように殺害する場合でも、あるいはベネズエラのように拉致する場合でも、その後に生じるのはしばしば混乱であり、国家崩壊であり、時には内戦である。そうである以上、今後のベネズエラ、キューバ、イランの展開を注意深く見守る必要がある。

第二に、体制転換後の民主化が成功する可能性は、その国にすでに民主主義の経験が存在していた場合の方が高い。しかし現実には、その条件が整っていない場合が多い。

そして第三に、もし真の目的が民主化にあるのなら―勢力圏の確保や石油供給の確保などではなく―単に選挙を実施するだけでは不十分である。アフガニスタンがその典型例である。むしろ、暴力を放棄し、開発援助と市民社会支援を柱とする長期的な取り組みを始める方が、はるかに有望である。

こうした知見に米政権が動かされるかどうか、あるいはそれを認めるかどうかは疑わしい。現時点で米大統領は、イラン政府の強い反発に直面しているにもかかわらず、なお高揚感に包まれている。しかも、その反発は驚くべきことに、同氏にとって予想外だったようである。かつて彼が掲げていた「無意味な戦争を終わらせ、新たな戦争は始めない」という約束は、いまや忘れ去られたかのようである。

※ハーバート・ウルフは、ボン国際軍民転換センター(BICC)の所長を1994年の創設から2004年まで務めた。現在は、BICC上級研究員。

Original URL:https://toda.org/global-outlooks/regime-change-sometimes-it-works-often-it-doesnt

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太陽光で危機をしのぐパキスタン―中東発のエネルギー不安の中で進む「静かなソーラー革命」

パキスタン・カラチIPS=ゾフィーン・エブラヒム

パキスタンでは、太陽光発電への転換が急速に進んでいる。電力料金の高騰と供給不安を背景に、家庭や企業は国家電力網への依存を減らしつつあり、その拡大は、米国・イスラエルによる対イラン戦争に伴う中東発のエネルギー危機の衝撃を和らげる一因ともなっている。とはいえ、燃料価格の上昇は依然として庶民生活を直撃しており、再生可能エネルギーの恩恵が社会全体に広く及ぶまでにはなお時間がかかる。

エネルギー専門家のワカル・ザカリア氏は、太陽光発電は「非常に合理的な選択」だと語り、自らそれを実践している。過去5年以上にわたり、自宅の屋上に設置した太陽光パネルによって電気料金を大幅に削減し、時には請求額がゼロになることもあった。余剰電力はネットメータリングを通じて売電してきた。

先月、同氏はさらに一歩踏み込んだ。電気自動車(EV)を2台購入し、太陽光パネルの増設と蓄電池容量の倍増によって、国家電力網からのほぼ自立を実現したのである。イスラマバードに拠点を置く環境コンサルティング会社「ハグラー・ベイリー・パキスタン」の最高経営責任者(CEO)である同氏は、「私はもはや彼らの燃料に頼らず、電力も必要としていない」と語った。

「自分の車を走らせているのは『神の手』だと私は呼んでいる」とザカリア氏は語った。

その投資効果もすでに明確だ。「蓄電池の費用を含めても、自家発電した電力のコストは1単位あたり約12ルピー(0.043米ドル)だ。一方、それをイスラマバード電力供給会社に約26ルピー(0.092米ドル)で売ることもできる。」と説明する。ただし、売電収入を得るには煩雑な手続きが必要なため、現時点では申請していないという。

ガソリン車から、1カ月前に購入したEVに乗り換えたことで、コスト差はさらに明確になった。ザカリア氏は、「自宅で発電した電力でEVを走らせた場合、走行1キロ当たりのコストは約2ルピー(0.0071米ドル)にすぎない。これに対し、従来のガソリン車では1キロ当たり27ルピー(0.096米ドル)かかっていた」と語った。

この試算には、ガソリン車で必要となる潤滑油やオイル・エアフィルター、ブレーキ関連などの定期的な整備費用は含まれていない。

Vaqar Zakaria’s white EV charges under rooftop solar panels at his home — powered by the sun. Credit: Vaqar Zakaria

「EVはほとんどメンテナンスを必要としない。」と同氏は付け加えた。

もっとも、ザカリア氏のように国家電力網への依存をほぼ断てる家庭は、なお一部にとどまる。

同氏は、電力会社が消費者を「プロシューマー(電力の利用者であると同時に生産者でもある存在)」として取り込む利益配分の仕組みを導入し、あわせて初期費用を支えるマイクロファイナンスを整備しない限り、太陽光発電をめぐる構図は大きく変わらないだろうと指摘する。そのためには、電力事業の民営化が必要だという。

それでも、蓄電池の有無を問わず、太陽光発電は多くの家庭にとって現実的な代替手段になっている。イスラマバードに拠点を置くエネルギー・環境分野のシンク・アンド・ドゥータンク「リニューアブルズ・ファースト」のデータマネジャー、ラビア・ババール氏は、「パキスタンで起きている変化は極めて大きい。電力消費者の国家電力網への依存は着実に低下している。」と語った。

バハール氏によれば、送電網由来の電力需要は、2025会計年度には2022会計年度比で11%減少した。背景には、家庭や企業による太陽光発電への切り替えがある。

「昼間に送電網から供給される電力は大幅に減っている。その結果、ガス火力発電所の稼働も以前より大きく落ち込んでいる。」とババール氏は説明した。

More than 100 young Pakistani women from across the country have been trained in and certified in solar roof installation by LADIESFUND Energy Pvt Ltd through Dawood Global Foundation’s Educate a Girl programme. They have solarised a women’s shelter, a church and an orphanage. Credit: LADIESFUND Energy (Pvt.) Ltd
2022年が転機に

エネルギー経済財務分析研究所(IEEFA)のエネルギー金融専門家、ハニア・イサード氏は、人々がより安価な選択肢の必要性を痛感した転機は2022年だったと振り返る。

「ロシアによるウクライナ侵攻を受けて液化天然ガス(LNG)価格が急騰し、パキスタンはガス不足に陥った。その結果、広範な停電が発生し、電気料金はこの数年でほぼ3倍になった。」と同氏は語る。

その結果、初期費用を負担できる家庭や企業は、高額で不安定な電力を使い続けるのではなく、太陽光パネルへの投資を選ぶようになったという。

独立系クリーンエネルギー・シンクタンク「EMBER」によると、エネルギーミックスに占める太陽光発電の割合は、2020年の2.9%から2025年末には32.3%へと上昇した。

この静かな「太陽光革命」は、いまや中東発のエネルギー危機に対する重要な緩衝役となりつつある。米国・イスラエルによる対イラン戦争でホルムズ海峡が閉鎖される中、今週公表されたリニューアブルズ・ファーストとエネルギー・大気浄化研究センター(CREA)の共同報告書は、その効果を明確に示した。

報告書の共同執筆者の一人であるババール氏は、「パキスタンの太陽光革命は、この国のエネルギー構造を静かに変えつつある。送電網への依存を減らし、LNGへの依存を抑えることで、多くの近隣諸国がなお持ち得ていない、世界市場の変動に対する耐性を生み出している。」と語った。

A house in rural Gilgit with solar panels. Credit: SHAMA Solar.

報告書によれば、パキスタンは太陽光発電の急拡大によって、2020年以降、石油・ガス輸入で120億米ドル超の支出を回避してきた。現在の価格水準が続けば、2026年だけでもさらに63億米ドルを節約できる見通しだ。

CREA共同創設者で主任分析官のラウリ・ミュリーヴィルタ氏は、今回の太陽光ブームが輸入負担を和らげ、湾岸地域からの石油・LNG価格ショックに対する備えになっていると指摘する。

産業界でも太陽光発電への転換が進み、LNG需要は大きく落ち込んでいる。

ババール氏は、「この変化は政府の政策にも直接影響を及ぼしている。パキスタン政府はLNGの長期供給契約の相手先に対し、余剰カーゴを国際市場に回せるよう契約見直しを求めている。国内のガス消費が急減し、国際市場では供給過剰が生じているからだ」と語った。

パキスタンは国内埋蔵量の減少を受け、2015年からLNGの輸入を開始した。用途の中心は電力部門で、国内電力供給の約4分の1を占め、次いで産業部門が続く。

ホルムズ海峡経由でカタールから供給されるLNGは、価格高騰に加え、家庭での太陽光発電への移行が進んでいることから、競争力を失いつつある。紛争前に一部のLNGがすでに到着していたことに加え、影響を受けたカーゴの不足分を国内ガスで補っているため、供給は4月中旬ごろまで維持される可能性があるという。

ババール氏は、「パキスタンはこれまで、変動の激しい国際LNG価格に常に脆弱だった。価格が急騰すれば、外貨準備に大きな圧力がかかる。」と語った。

イサード氏もこれに同意する。「太陽光発電は一定の緩衝役を果たしてきた。電力部門はインドネシアや南アフリカからの輸入石炭にも依存しており、当面は供給逼迫が深刻化する可能性は低い。加えて、季節的な水力発電の増加と穏やかな気候が、LNG火力需要の急増を抑えるだろう。現時点でパキスタンは、南アジアでより大きな打撃を受けているバングラデシュやインドとは対照的に、当面の危機を回避している。」

それでも生活苦は深まる

ただし、太陽光発電の拡大も、原油価格上昇の打撃から国民生活を守ることはできなかった。ガソリンと軽油の価格は、それぞれ1リットル当たり1.15米ドル、1.20米ドルに達し、同国史上最大となる20%の上昇を記録した。輸送コストの上昇は、交通運賃や食料品価格の値上がりに直結している。

SDGs Goal No. 7
SDGs Goal No. 7

ザカリア氏は、この危機が進むべき方向をはっきり示しているとみる。すなわち、EVの普及、ディーゼル依存の低減、そして再生可能エネルギーの拡大である。

「まずは二輪車から始めるべきだ」と同氏は提案する。理想を言えば、パキスタンにはEVを基盤とした大規模な公共交通システムが必要だという。さらに、貨物輸送をトラックから鉄道へ転換すれば、燃料コストは大幅に削減できると述べた。

またザカリア氏は、政府による石油配給や緊縮策を支持している。

先週、シェバズ・シャリフ首相はテレビ演説で、「地域全体が現在、戦争状態にある。」と述べ、政府職員の週4日勤務制や、3月16日から月末までの学校の春休みを発表した。政府職員の50%は交代制で在宅勤務とし、民間部門にも同様の措置を勧告した。

高等教育機関は燃料節約のためオンライン授業に移行し、連邦・州政府の会議もオンライン化された。政府機関向けの燃料手当も削減されている。

さらに緊縮措置の一環として、連邦・州の閣僚は2カ月分の給与と手当を返上し、国会議員の報酬も25%削減される。閣僚、議員、政府高官の海外出張は必要不可欠な場合に限られ、搭乗クラスもエコノミーに限定された。結婚式は招待客を200人までに制限し、食事も一品料理のみとされた。

庶民に重い「人間的代償」

だが、こうした措置も、サバ・ナスリーンさん一家の苦境を和らげるには至っていない。家政婦として働く52歳の2児の母は、「燃料価格の上昇で、私たちの暮らしは本当にやっていけなくなった。燃料が上がれば食料品の値段も上がる。果物や肉はほとんど買えず、いまでは牛乳や野菜さえ買えない。」と語った。

ラマダン明けを祝うイスラム教の祭りイード・アル=フィトルを目前に控え、ナスリーンさんは「娘たちのためにシアー・クルマを作れないイードは、物心ついて以来初めてだ。」と打ち明けた。シアー・クルマは、南アジアの多くのムスリム家庭で祝祭時に作られる、甘い細麺の伝統的なデザートである。

「ヴェルミチェリの箱は、今年は150ルピー(0.53米ドル)から300ルピー(1.07米ドル)へと値上がりした。」と彼女は話す。さらに、「それに、イランへの攻撃で祝う気持ちも薄れてしまった。心の底からうれしいと思えない。胸が重い。」と続けた。

太陽光革命は、多くの人にとって希望の光となっている。だが、ナスリーンさんのような家庭にとっては、日々の暮らしを守る闘いがなお続いている。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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ロシアと中国がホルムズ海峡決議案を否決 バーレーン、拒否権の壁に直面

【国連本部ATN=アハメド・ファティ】

バーレーンは、安全保障理事会に対し、世界で最も重要な海上交通路の一つであるホルムズ海峡における「航行の自由」を守るよう訴えた。だが、そこで改めて浮き彫りになったのは、国連においてなお権力政治が色濃く作用している現実だった。多数の理事国が決議案を支持し、1週間にわたって各国への働きかけが続けられ、文案もほとんど骨抜きになるまで修正された。それでも、常任理事国2カ国は数分でこれを葬ることができる。4月7日、ロシアと中国は、11カ国の賛成を得ていたバーレーン主導のホルムズ海峡の海上安全保障決議案に拒否権を行使した。露呈したのは安保理の機能不全だけではない。地域危機そのものを誰が、どのような枠組みで定義するのかをめぐる、より深い対立でもあった。

否決された今回の採決は、国連本部で繰り広げられた湾岸諸国による集中的な外交攻勢の帰結でもあった。国連関係者によれば、バーレーンのアブドラティフ・アル・ザヤニ外相は約1週間ニューヨークに滞在し、元国連大使でもあるアラブ首長国連邦(UAE)のラナ・ヌセイベ国務相とともに、安全保障理事会の全15理事国と断続的に協議を重ねた。バーレーンは拒否権行使を回避するため、決議案に大幅な譲歩を加えた。当初、「武力行使への道を開く」と懸念されていた文言は削除され、ロイター通信によれば、採決時点の文案には、武力行使の容認はもちろん、拘束力ある執行措置も明記されていなかった。

UAE Minister of State Lana Nusseibeh, the former Emirati ambassador to the United Nations,
UAE Minister of State Lana Nusseibeh, the former Emirati ambassador to the United Nations,

バーレーンが理事会で示した立場は明快だった。これは戦争拡大のためではなく、原則を守るための決議だというのである。採決後、アル・ザヤニ外相は、決議案が採択されなかったのは常任理事国による反対票のためだと述べた。これまでの報道や会合記録によれば、バーレーンは、イランによる海運妨害を「経済的威圧」の一形態であり、国際秩序に対する直接的な挑戦だと訴えてきた。湾岸諸国のメッセージは明確である。世界的な要衝が圧力にさらされているにもかかわらず、安保理が行動できないのであれば、それは自らの無力を公然と示すことに等しい。

米国は、この拒否権行使をさらに厳しい言葉で非難した。マイク・ウォルツ米国連大使は、ロシアと中国の対応を「新たな最低水準」と批判し、イランによる海峡封鎖が、ガザ、スーダン、コンゴなどの人道危機地域向けの医薬品や支援物資の輸送を妨げていると述べた。さらに同大使は、ロシアと中国が「世界経済を銃口の前に置く政権」の側に立っていると非難し、「責任ある国々」に対し、合法的な商取引と人道支援物資の輸送を守るため、海峡の安全確保で米国に加わるよう呼びかけた。米国の論点は明白だった。これは単なる海運問題ではない。安保理が戦略的恫喝を容認するのかどうか、そのこと自体が問われているのである。

フランスはバーレーン案を支持したが、ワシントンほど政治的緊張をあおることは避けようとした。ジェローム・ボナフォン仏国連大使は、この決議案の目的は「厳格に、純粋に防御的な措置」を促し、海峡の安全を確保しつつ、「エスカレーションの連鎖を招かない」ことにあると述べた。これは、ロシアと中国が実際に打ち出す前から、両国の中核的な反対論に先回りして応じたものでもあった。つまり、海上防護の文言が、より広範な軍事行動への法的・政治的な橋渡しとなりかねないという懸念である。フランスが示そうとしたのは、決議案はすでに徹底して防御的な内容にまで絞り込まれており、それでもなお拒否権が行使されたという事実だった。

これに対し、ロシアはバーレーン案を中立的な海上安全保障措置とはみなさず、危険な政治的手段と位置づけた。ワシリー・ネベンジャ国連大使は、国際法および海洋法の上で「危険な前例」を生み、和平努力と安保理の信頼性を損なうような決議は支持できないと述べた。また、提案国側がイランだけを不安定化の源として描く一方で、危機の「根本原因」だとロシアがみなす米国とイスラエルによるイラン領内への違法な攻撃には触れていないと批判した。ロシアの論理は一貫している。たとえ文案が弱められていても、最終的には悪意ある国家が安保理決議を武力行使の口実として利用する余地を残す、というのである。

GCC Ambassadors to the UN greet the members of the Security Council before the vote that crushed the resolution by the Chinese and Russian Veto
China's Ambassador to the UN Fu Cong
China’s Ambassador to the UN Fu Cong

中国の立場もおおむねロシアと軌を一にしていたが、より強く警戒していたのは全面的な緊張激化の危険であった。ロイター通信によれば、傅聡・中国国連大使は、米国が「文明全体の存続」を脅かしているこの局面で、こうした決議案を採択すれば誤ったメッセージを発することになると述べた。中国外務省もまた、安保理は緊張緩和、戦闘停止、対話再開に向けて機能すべきであり、「違法な戦争行為を追認する場」であってはならず、「火に油を注ぐ」ような対応は避けなければならないと表明した。中国は海峡での混乱そのものを擁護したわけではない。中国が拒んだのは、「海上安全保障」の名の下でイランへの軍事的圧力を正当化しかねない安保理の対応であった。

理事会を分断した本質的な亀裂は、まさにそこにあった。バーレーン、米国、フランスは、差し迫った海上安全保障の論理から主張した。ホルムズ海峡はあまりに重要であり、イランは一線を越えた以上、安保理は対応しなければならない、という立場である。これに対し、ロシアと中国は、順序と合法性の論理から反論した。まず止めるべきは、より大きな戦争そのものであり、その文脈を切り離した海運安全保障決議は、緊張拡大への裏口の承認になりかねない、というのである。結局、浮かび上がったのは国連では見慣れた構図だった。多数派は決議案を支持した。だが、拒否権がそれを退けた。

だが、この物語は否決で終わらなかった。新たな動きとして、ロシアと中国は、海上安全保障を含む中東情勢全体を対象とする代替決議案の回覧に踏み切った。ロイター通信によれば、その文案は、進行中の敵対行為の緩和と外交への回帰を求める内容である。国連外交筋によれば、この決議案は事前協議なしに「ブルー」に載せられたが、7日夜の時点では採決日程は設定されていなかった。この動きは、ロシアと中国が単にバーレーンの枠組みを封じるだけではなく、自らの枠組みへと議論を組み替えようとしていることを示している。

結局のところ、7日の会合は、単なる一つの決議案の否決ではなかった。そこでは、危機をどう定義するのかをめぐって、二つの競合する主張が正面からぶつかった。バーレーンは、この危機を航行の自由と世界経済への攻撃として安保理に位置づけようとした。これに対し、ロシアと中国はそれを拒み、米国とイスラエルの行動が引き起こした、より大きな戦争の帰結として捉え直そうとした。バーレーンは文言を和らげ、各国に働きかけ、11票を集めることもできた。だが、拒否権を越えることはできなかった。安全保障理事会にはなお、外交的勢いと現実の権力を分かつ決定的な一線がある。

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/bahrain-opens-u-n-presidency-with-iran-warning-but-no-regional-endgame

INPS Japan

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ホルムズ海峡からバグラムまで―米中対立は新たな戦略的前線へ

【イスラマバードLondon Post=ムハンマド・ラシッド】

米国と中国の戦略的競争は、台湾海峡や南シナ海にとどまらず、中東と中央アジアにも新たな前線を広げつつある。イランの原油輸出拠点カーグ島をめぐる緊張、ホルムズ海峡の海上交通、さらにアフガニスタン・バグラム空軍基地をめぐる思惑は、エネルギー安全保障と軍事的優位を軸に、米中対立がより多層的な局面に入ったことを示している。

冷戦後、中国は、かつてソ連、そしてその後のロシアが占めていた地政学的な位置に代わる形で、米国にとって最大の戦略的競争相手として台頭してきた。米国がなお軍事同盟や軍事介入に大きく依存して自国の利益を守ろうとしているのに対し、中国は主として経済的影響力の拡大に力を注ぎ、直接的な軍事衝突を避けてきた。

この対立の複雑さを改めて浮き彫りにしているのが、中東における最近の情勢である。米国、イスラエル、イランを巻き込む現在の紛争は、2026年初頭にイラン国内の複数の軍事施設が空爆を受けたことで激化した。国際社会の関心は、その直接的な被害だけでなく、世界のエネルギー市場や大国間競争に及ぼす影響にも向けられている。

London Post
London Post

焦点の一つとなっているのが、イラン南岸沖にある同国最大の原油輸出拠点、カーグ島である。同島は、イランの原油輸出の約9割を担う要衝だ。

トランプ大統領や米軍当局者の説明によれば、最近の攻撃は島内の軍事施設を標的としたが、主要な石油インフラは意図的に回避された。攻撃後も、カーグ島はおおむね稼働を維持している。ただ、米国は、イランが戦略的要衝であるホルムズ海峡の海上交通を妨害すれば、さらなる軍事行動に踏み切る可能性があると警告している。ここにエネルギー安全保障が重なり、事態の意味合いはいっそう大きくなっている。

中国は近年、イラン産原油の最大級の輸入国の一つであり、石油輸入全体の推定25~30%をイランに依存してきた。ロシアからの輸入拡大や戦略備蓄の積み増しによって調達先の多様化を図ってはいるものの、イラン産原油はなお中国のエネルギー供給における重要な柱である。今回の紛争を受けて、中国は供給混乱に備えるため、輸入の前倒しと備蓄の拡大を進めている。

一部のアナリストは、この地域における米国の行動、なかでもイラン攻撃へのイスラエルの関与には、中国のエネルギーアクセスを抑え込む狙いも含まれている可能性があるとみている。とりわけ、カーグ島を経由するイランの原油輸出に圧力をかけることで、中国のエネルギー安全保障を揺さぶろうとしている、という見方である。

こうした手法について批判的な論者は、中国の台頭を鈍らせることを狙った危うい戦略的賭けだと指摘する。しかも、米中の競争は中東だけにとどまらない。南アジアと中央アジアでも、そのせめぎ合いは新たな局面に入っている。

Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

トランプ大統領は最近、アフガニスタンのバグラム空軍基地に米国の拠点を再構築することへの関心を示した。同氏はこの基地について、とりわけ新疆など中国西部における核・軍事動向を監視するうえで戦略的に重要だと述べている。バグラムは中国の主要な核施設から1200マイル以上離れているものの、支持者は、情報収集・監視・偵察能力の強化につながる可能性があると主張する。これに対し、タリバン政権は外国軍のアフガン再展開を認めるいかなる提案も断固として拒否している。

一方、中国は慎重で計算された外交路線を崩していない。米国やその同盟国が関与する軍事紛争に直接踏み込むのではなく、北京は経済拡大と外交的関与を優先してきた。過去20年で中国は世界第2の経済大国へと成長し、「一帯一路」構想をはじめとする大規模インフラ計画や貿易連携を通じて、国際的な影響力を着実に広げてきた。

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

東アジアでは、南シナ海や台湾をめぐる緊張が依然として高い。米国は、中国の台頭に対抗するため、この地域での軍事展開と同盟強化を進めてきた。しかし中国は、軍事的エスカレーションを最後の手段と位置づけ、直接対決を避ける姿勢を維持している。

Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.
Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.

この慎重さには、ロシアのウクライナ侵攻から得た教訓もあるとみられる。プーチン大統領の下でロシアは大国としての地位を再主張しようとしたが、結果として長期化する戦争に深く絡め取られた。この紛争がロシアを戦略的に弱体化させたとみる向きは少なくなく、中国は同じ轍を踏むことを避けようとしているように見える。

地域外交の面でも、中国は存在感を強めている。現在、中国はパキスタンとアフガニスタンの緊張緩和を仲介している。国境を越える安全保障上の懸念に加え、とりわけパキスタン・タリバン運動(TTP)をめぐる武装勢力の活動によって、2026年初頭には衝突が激化しているためだ。中国の特使はパキスタンとアフガニスタンの間を行き来し、地域安定の維持に向けて対話と停戦を呼びかけている。

Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.
Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.

こうした仲介努力の背景には、この地域における中国の経済的利益がある。とりわけ、「一帯一路」構想の重要な柱である中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安定は北京にとって死活的に重要である。パキスタンが対テロ作戦で強硬姿勢を崩さない一方、中国はどちらか一方に露骨に肩入れすることを避けつつ、緊張緩和を促している。

中東、東欧、アジアで地政学的な火種が相次ぐなか、中国の長期戦略は一段と鮮明になっている。経済成長の勢いを維持し、利益にかなう場面では外交的関与を進める一方で、対米競争というより大きな国家戦略を損ないかねない戦争への深入りは避ける―それが中国の基本姿勢だと言える。(原文へ

INPS Japan

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世界大戦はすでに始まっているのか

【ウクライナ・キーウIPS=ニコライ・カピトネンコ】

近年、世界で深まる緊張と暴力、不確実性を直視せずにいることは、ますます難しくなっている。戦争の数は増え、軍事支出も拡大し、大国の発言は一段と強硬さを増している。中東における最近の緊張激化は、第3次世界大戦の始まりをめぐる議論を再び呼び起こした。イスラエルと米国によるイラン攻撃の影響は、少なくとも原油価格を注視する人々にとって、この地域をはるかに超えて波及している。

多くの大国の利害が交錯するなか、第三国も次の一手を見極めようとしながら、相次いで立場を表明している。核兵器がある以上、第3次世界大戦は起こり得ないという見方から、すでに始まっているという認識まで、意見は大きく割れている。では、実際に何が起きているのか。

ジャーナリズムと学術のあいだにある概念

歴史家が「世界大戦」と語るとき、それは過去の二つの特異な戦争を指す。規模の大きさ、多数の国家を巻き込んだ点、戦闘の激烈さ、そしてその後に及ぼした影響の性質が、これらを他のあらゆる戦争とは一線を画すものにしている。

こうした戦争が他とどう異なるのかを理解するには、20世紀の各武力紛争における人的被害、防衛支出、あるいは破壊の規模を示す図表に目を通せば十分である。

By Yousuf Karsh – Flickr: Sir Winston Churchill, Public Domain

もっとも、歴史家の見方は一様ではない。政治家としての方が知られるウィンストン・チャーチルはかつて、七年戦争を世界大戦と表現した。この18世紀の長期戦は、当時の主要列強の大半を直接戦闘に巻き込み、戦場はヨーロッパ、北米、大西洋、インド洋にまたがり、深刻な地政学的帰結をもたらした。これを世界大戦と呼んでも不思議ではない、という発想である。

これに対し、より保守的な歴史家であれば、こう反論するかもしれない。それは工業化国家同士による総力戦ではなく、戦闘の規模も、動員された軍隊の数も比較的限られていた。結果は重大だったとしても、体制そのものを組み替えるような性質のものではなかった、と。

過去数年、世界の武力紛争の数は増加を続けており、2024年は第2次世界大戦後で最も多い年となった。

「世界大戦」という言葉は、ジャーナリズム上の概念であると同時に、学術的概念でもある。効果を高め、注目を集め、あるいは比喩的な類推を行うために、第1次・第2次世界大戦以外の出来事にも用いられることがある。たとえば17世紀の三十年戦争、19世紀のナポレオン戦争、さらには冷戦さえも、世界大戦と呼ばれる場合がある。

その論理に従えば、今日ですら世界大戦の一部の要素を見ることはできる。ここ数年、武力紛争の件数は増え続けており、2024年は第2次世界大戦後で最悪の年となった。ある推計によれば、この年には36カ国で61件の武力紛争が記録され、過去30年の平均を大きく上回った。

An RQ-4 Global Hawk unmanned aircraft like the one shown is currently flying non-military mapping missions over South, Central America and the Caribbean at the request of partner nations in the region./ By U.S. Air Force photo by Bobbi Zapka, Public Domain
An RQ-4 Global Hawk unmanned aircraft like the one shown is currently flying non-military mapping missions over South, Central America and the Caribbean at the request of partner nations in the region./ By U.S. Air Force photo by Bobbi Zapka, Public Domain

世界の軍事支出も増加している。現在、その規模は世界経済の2.5%に達し、2011年以降で最高水準となり、2021年以降は上昇傾向が続いている。もっとも、これは依然として冷戦期の水準、すなわち通常3~6%だった時代に比べればかなり低い。こうした数字を見れば、近年、世界の安全保障環境が悪化していることは明らかである。だが、それはどれほど深刻なのか。

より学術的な立場からいえば、世界大戦とは、主要大国の大半が関与し、地球規模の広がりと総力戦としての性格を持ち、莫大な損失と破壊を生み、その終結によって世界そのものを大きく変えてしまう戦争である。そこでは、大国同士の直接的かつ大規模な武力衝突が不可欠の条件となる。

そして、これこそが「第3次世界大戦はすでに始まっている」という見方に対する最大の反論である。現代世界の不安定化がどれほど進もうと、大規模な地域紛争がどれほど激化しようと、国家がどれほど軍備に資金を投じようと、それだけでは世界大戦とはならない。必要なのは、大国が関与する大規模な軍事作戦である。

それは杞憂にすぎないのか
London Post.
London Post.

そうした事態は、長く起きていない。第2次世界大戦後から今日までの期間は、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間隔をはるかに上回っている。その背景で中心的な役割を果たしてきたのが核兵器である。核兵器は戦争の代償をあまりにも高く引き上げたため、大国はあらゆる手段でそれを回避するようになった。この抑止の仕組みは80年以上にわたり機能しており、今後もしばらく続くとみられる。

平和、より正確に言えば、大国間戦争の不在は、現在の国際秩序を支える中心的要素の一つであり続けている。国際機関や制度が崩壊したり弱体化したり、地域戦争が勃発したりすることはあっても、大国間戦争の可能性は依然としてきわめて低い。

第3次世界大戦説の支持者たちはしばしば、大国間の全面戦争がなくとも、別の形の対立はすでに進行していると指摘する。たとえばハイブリッド戦争、サイバー攻撃、代理戦争などである。たしかにそれは事実である。だが、こうした衝突はいずれも、破壊力という点では世界大戦より何段階も下にあり、総力戦としての性格も持たない。

歴史を通じて国家は、代理勢力を使って戦ったり、情報戦や通商戦、宗教戦争を繰り広げたりしてきた。だが、そうした戦争を、象徴的な意味を別にすれば、私たちは世界大戦とは呼ばない。

体制転換をもたらす戦争は、必ずしも世界大戦ではない

2003年のイラク戦争と異なり、今回のイラン攻撃が行われているのは、米国の覇権の下ではなく、少なくとも二つの力の中心が複雑に競い合う世界である。このことが新たな含意を生み、他国にも直接・間接に対応を迫っている。たとえば武器や情報の提供、どちらか一方への支持表明などである。

しかし、それによってこの戦争が世界規模のものになるわけではない。武器供与は地域紛争の大半で見られる常態的な慣行であり、同盟国やパートナーによる外交的・財政的支援も珍しくない。たとえ米軍が、ウクライナ製ドローンに見られるように、パートナーの技術や専門知識を利用したとしても、それはウクライナがこの戦争に引き込まれていることを意味しない。ロシア・ウクライナ戦争における米国の対ウクライナ武器供与が、米国自身の参戦を意味しなかったのと同じである。

世界大戦と呼ぶには、なお一つ決定的な要素が欠けている。すなわち、大国間の直接対決である。だが、世界大戦以外にも「システム戦争」と呼びうるものがある。そこでは重要なのは規模そのものよりも、その戦争がもたらす国際秩序の変容である。

先に挙げた三十年戦争、ナポレオン戦争、第1次・第2次世界大戦はいずれもシステム戦争だった。これらの戦争の後には、国際政治のルールが書き換えられ、講和会議や国際会議を通じて新たな秩序が打ち立てられた。システム戦争は、必ずしも世界大戦である必要はない。

覇権の危機、そして覇権をめぐる争いの始まりは、常に新たな戦争、軍拡競争、緊張激化の危険を伴う。

現在の不安定化と多様なリスクの増大は、主として将来の国際秩序をめぐる争いと結びついている。米国と中国は、ほとんど「トゥキュディデスの罠」に近づいている。これは、紀元前5世紀のペロポネソス戦争を引き起こしたのと似た戦略的論理である。当時、覇権国と挑戦国との力の差が縮まったことが、スパルタを予防戦争へと踏み切らせた。

London Post
London Post

今日では、米国覇権の衰退、中国の台頭、そして二極世界への接近が、超大国間の直接的な武力衝突の可能性を大きく高めるのではないかという、十分に根拠のある懸念が存在する。

控えめに言っても断固たる米政権の行動は、ワシントンがなお優位を保っているうちに、中国の地位を戦略的に弱めようとする予防的措置とみることもできる。こうした覇権危機の時期と覇権争いの始まりは、常に新たな戦争、軍拡競争、緊張激化の危険をはらんでいる。

私たちは、まさにそのような危機のただ中にいる。それは、世界各地の地域紛争が単に増えているというだけではなく、地球規模で影響力と権力が再配分されていることの表れであるという意味で、システム的危機である。この再配分は国際秩序の変化を伴わざるを得ない。なぜなら、ゲームのルールは力の均衡と結びついているからである。

もしある時点で、主要国の指導者たちが、戦争のリスクを取り、その代償を払うに値すると判断すれば、このシステム的危機は世界大戦へと転じるだろう。だが、スパルタ人自身の言葉を借りれば、それはあくまで「もし。」の話である。

ニコライ・カピトネンコ氏は、キーウ国立タラス・シェフチェンコ大学国際関係研究所の准教授であり、国際関係研究センター所長。

INPS Japan / IPS UN Bureau Report

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共生社会を育てる「Hand in Hand」―イスラエルで広がるユダヤ系・アラブ系統合教育

【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

ユダヤ系市民とアラブ系市民の分断が深まるイスラエルで、教育を通じて共生社会の土台を築こうとする試みが続いている。ヘブライ語で「Yad be-Yad」、アラビア語で「Yadn be-Yadn」と呼ばれる教育ネットワーク「Hand in Hand」は、ユダヤ系とアラブ系の子どもたちが対等な立場で共に学ぶ、バイリンガルかつ統合型の教育を実践している。|英語版ロシア語

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

Hand in Hand(イスラエル・ユダヤ・アラブ教育センター)は、ユダヤ系市民とアラブ系市民が共に生きる社会の実現を目指して設立された、イスラエルでも特異な教育ネットワークである。

同組織は1997年から1998年にかけて、イスラエル系アラブ人教師アミン・ハラフ氏と、イスラエル系米国人教師リー・ゴードン氏の2人の教育者によって創設された。当初はエルサレムとガリラヤの2校で、約50人の子どもたちが学ぶ小規模な出発だった。

現在では、同ネットワークはイスラエル国内6地域―エルサレム、ガリラヤ、ワディ・アラ、テルアビブ・ヤッファ、ハイファ、クファル・サバ―で教育活動を展開している。6つの小学校、5つの就学前施設、2つの中学校、1つの高校を擁し、3歳から18歳までの2000人超の子どもたちが学んでいる。

各校は単なる教育機関にとどまらない。対話を促し、共に生きる市民社会の基盤を育む地域の拠点としても機能している。

創設者たちは、「Hand in Hand は、ユダヤ系市民とアラブ系市民のあいだで拡大する社会的疎遠と信頼の欠如という、イスラエルが抱える最も深刻な存立上の脅威の一つに立ち向かうために設立された。状況を変える鍵は教育にあると私たちは信じている。」と述べている。

HiH Elementary School in Tel Aviv-Jaffa.The Hand in Hand education system is unique: Jewish and Arabic children study together in one class. Photo credit: Roman Yanushevsky.

両氏は、ユダヤ系とアラブ系の子どもたちが対等な条件のもとで共に学ぶ学校をつくることで、分断が固定化されたイスラエルの教育制度に一石を投じようとした。深い社会的亀裂と紛争の継続という現実のなかで、相互理解、平等、共生を育む場を教育の中に築こうとしたのである。

Hand in Hand は、創設以来、教育こそが社会変革の最も有力な手段の一つであるとの信念を掲げてきた。最初の学校はエルサレムに設けられ、両共同体の生徒、教師、家族が集う場となった。2023年には、英国の慈善家マックス・レインの名を冠する同校が、逆境を乗り越えた教育機関として表彰され、英国拠点の教育団体 T4 Education から「世界で最も優れた学校の一つ」と評価された。

バイリンガル教育と複眼的な学び

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

Hand in Hand の最大の特徴は、バイリンガルかつバイカルチュラルな教育方針にある。授業はヘブライ語とアラビア語の両方で行われ、両言語は等しく重視される。教室では、ユダヤ系とアラブ系の2人の教師が共同で指導にあたり、協働と平等の実践を子どもたちに示している。

こうした教育環境のもとで、生徒たちは日常的に両方の言語を聞き、話し、それぞれの文化に触れながら成長する。

カリキュラムもまた、ユダヤ系とアラブ系双方の歴史認識、物語、アイデンティティーを反映するよう設計されている。学校は難しい問題を避けるのではなく、歴史、帰属意識、紛争について率直に語り合うことを重視している。生徒たちは複数の視点に触れ、複雑な現実に敬意を持って向き合うための批判的思考力を養っていく。

平等もまた、この教育ネットワークの中核原則である。Hand in Hand は、ユダヤ系とアラブ系の双方が、学校環境のなかで代表性、発言権、影響力のすべてにおいて対等でなければならないと強調する。この考え方は教室にとどまらず、学校運営、保護者参加、地域活動にも及んでいる。どちらか一方が他方を従属させることのないよう、真のパートナーシップを制度として支えようとしている。

家庭と地域にも広がる共生の試み

HiH Middle School “Koolnah Yachad” (which means “all together” in Arabic) in Tel Aviv-Jaffa. Hand in Hand’s philosophy is the concept of shared society. Photo credit: Roman Yanushevsky.

同組織の理念を支えるもう一つの柱が、「共有社会」の構想である。学校は子どもたちを教育するだけでなく、家庭や地域社会のあいだに関係を築くことで、より広い社会に変化を促すことを目指している。

保護者たちは、共同活動や対話の場、地域づくりの取り組みに参加するよう促されており、その結果、生徒同士にとどまらない協力の輪が形成されている。

テルアビブ・ヤッファ校は、その象徴的な事例である。多様性を抱える一方で分断も根深い都市部に位置するこの学校は、社会経済的背景も文化的背景も異なるユダヤ系とアラブ系の家庭を結びつけている。学校は教育機関であると同時に地域センターでもあり、行事やワークショップ、対話プログラムを通じて社会的結束の強化を図っている。

Hand in Hand はまた、民主主義の価値と市民参加の重要性も重視している。生徒たちは、社会正義、人権、平等といったテーマについて議論するよう促される。さまざまな活動を通じて、主体的な市民として社会に関わる意義と、より包摂的な社会づくりに自らが果たしうる役割を学んでいく。

成果の一方で続く困難

Map of Israel and Palestine
Map of Israel and Palestine

もっとも、この取り組みは順風満帆ではない。政治的緊張、社会的反発、ときには学校や共同体に向けられた敵意ある行為にも直面してきた。それでも Hand in Hand は、理念を共有する教育者、保護者、支援者たちに支えられながら、着実に歩みを進めてきた。

同組織は長年にわたり、統合教育の先駆的モデルとして、イスラエル国内外で評価を高めている。卒業生たちは、分離された学校制度のなかで育った同世代と比べ、より高い寛容性、共感力、異文化理解を示す傾向があるとされる。多くの卒業生が、その後も共生を促進する取り組みに関わり続けている。

さらに Hand in Hand は、学校教育に加えて、ユダヤ系とアラブ系の成人同士の対話を促進する地域向けプログラムも展開している。そこには、リーダーシップ育成、文化行事、共同の市民プロジェクトなどが含まれる。学校の取り組みを社会全体へと広げ、長期的な変化につなげようという試みである。

イスラエル社会に横たわる深い分断を前に、教育だけで現実を変えることは容易ではない。それでも Hand in Hand の実践は、言語や歴史、記憶の違いを抱える人びとが、幼い時期から同じ空間で学び、対話し、共に生きる可能性を模索している点で、重要な意味を持っている。

ロマン・ヤヌシェフスキーは、イスラエルを拠点に活動するジャーナリスト、編集者である。中東情勢を専門とし、イスラエルの政治・安全保障、核政策、地域外交、共生社会の課題などについて取材・執筆を続けている。INPS Japan でも継続的に寄稿し、国際的な視点から地域の複雑な現実を伝えている。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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「雨が降ると、心臓の鼓動が速くなる」

最近の報告書によれば、アジアでは毎年およそ100件の自然災害が発生し、8000万人が影響を受けている。統計の背後には、暮らしの寸断、損壊した家屋、そして地域社会の力を奪う復旧の繰り返しがある。

【スリナガル/ニューデリー発 IPS=ウマル・マンゾール・シャー】

カシミールの州都スリナガルで雨が降り始めるとき、グラーム・ナビ・バットは、もはや雲を安堵の気持ちで見上げない。代わりに、見積もるように空を見つめる。側溝はどこまで耐えられるのか。川の水位はどれほどの速さで上がるのか。家のどの隅から雨漏りが始まるのか。床が湿ってきたら、子どもたちはどこで寝かせればいいのか。

「以前は雨が降ると、ほっとした。」と、バットは語る。水路沿いの低地に暮らす住民だ。「いまは、警告のように感じる。」

多くの日に、雨は洪水にならなくても生活を変える。数時間で道路は冠水し、店は早じまいし、スクールバスは引き返す。やがて親族同士で電話をかけ合い、同じ問いが繰り返される。「そっちは大丈夫か?」

インド、そして「新興アジア」(中国、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムなど、急速に発展する国々)に暮らす何百万人もの人々にとって、これが「新しい日常」になった。災害はもはや、世代に一度の稀な破局として訪れるのではない。繰り返し襲い、そのたびに修繕費や失われた賃金を生み、「回復が恒常的な営みになった」という感覚を残していく。

Map of India
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OECD開発センターの最近の分析によれば、新興アジアはこの10年間、年平均で約100件の災害に直面し、毎年およそ8000万人が影響を受けてきた。増加の主因は洪水、暴風雨、干ばつだ。同報告は、自然災害が1990年から2024年にかけて、インドに毎年平均でGDPの0・4%に相当する損失をもたらしたと推計している。

しかし、国の数字の背後には、より静かで切実な現実がある。繰り返される気候や天候の衝撃が、統計ではなく家計に吸収されていく過程だ。娘の教育のために積み立てた貯蓄。掛けで仕入れた商品の在庫。前の収穫から残しておいた農家の種銭。そうしたものが少しずつ削られていく。

洪水常襲地帯として知られる北インド・ビハール州で、3人の子どもを育てるスニタ・デヴィは、床に大切なものを置くのをやめたという。衣類は高い棚へ。穀物の入れ物は安全な隅へ。家族の書類はビニールに包んで保管する。

「水が来たら、子どもを連れて走るだけ」と彼女は言う。「あとは運に任せるしかない。壁は建て直せても、失った日々は戻らない」

Local residents in Kashmir’s capital, Srinagar, stack sandbags to safeguard their homes from floods in 2025. Credit: Umar Manzoor Shah/IPS

彼女の村は何十年も洪水と共に生きてきた。だが変わったのは、発生頻度と不確実性、そして負担の大きさだという。見出しになる大河川の洪水だけではない。突然の冠水、損傷した道路、決壊した堤防、水が引いた後に広がる感染症―そうした小さな衝撃の積み重ねが、暮らしを揺さぶる。

「以前は予測できた。いまはできない。水が急に来るときもあれば、長引くときもある。一度引いたと思ったら、また来ることもある」とデヴィはIPSに語った。

国連大学の「水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)」所長、カヴェ・マダニ教授はIPSに対し、アジアの「水の破綻(water bankruptcy)」は部門別の課題ではなく、国家安全保障の問題として扱うべきだと述べた。

「優先順位は、危機対応から“破綻管理”へ移りつつある。実態に即した把握、実効性のある上限設定、自然資本の保護、そして農家や脆弱なコミュニティを守る公正な移行が必要だ。」とマダニは言う。

OECD開発センターの報告は、新興アジアで2000年代初頭以降、洪水が最も顕著な増加傾向の一つになっていると指摘する。要因は地域によって異なるが、結果はどこも似通う。暮らしの混乱、損壊した家屋、そして地域社会を疲弊させる復旧の繰り返しである。

スリナガルで小さな店を営むバシール・アフマドは、入口近くに古い木製の棚を置いている。陳列用ではない。緊急時のためだ。雨脚が強まると、箱詰めの商品を床から素早く移す。

「店は小さい。利幅はもっと小さい。たった1日水が入るだけで、多くが台無しになる。客は来ない。配送も止まる。成り行きを見るしかない。」とアフマドは言う。

彼にとって最大の損失は、傷んだ商品だけではない。働けない日々そのものだ。日々や週ごとに家計をやりくりする家庭では、短い休業が長い危機に変わる。家賃は止まらない。学費も止まらない。ローンも止まらない。

OECDの分析は、コミュニティがすでに知っている厳しい現実を裏づける。災害の経済的な余波は、テレビカメラが去った後も続く。毎年のように損失が繰り返されれば、成長は削られ、家計の選択も変わる。家族はより頑丈な家づくりを先延ばしにし、小商いへの投資を避け、前に進むより立て直しに時間を奪われる。

「災害は、例外的な出来事ではなくなった。繰り返し襲う経済ショックになっている。問題は目先の被害だけではない。“反復”だ。反復は家計の回復力を削っていく」と、デリーを拠点とする気候リスク研究者リトゥ・シャルマ博士は言う。

シャルマは、インドの災害損失を見出しに出る割合だけで捉えるべきではないと強調する。日常生活に蓄積する圧力として見るべきだという。

「洪水は橋を壊すだけではない。受診を遅らせ、予防接種を中断させ、食料や医薬品の供給網を断ち、脆弱な家庭を債務の罠に追い込みかねない。気候の出来事が、社会の出来事になり、健康の出来事になり、教育の出来事になる。」

報告の地域比較では、負担は一様ではない。サイクロンや洪水にさらされる国ほど、GDPに対する平均年間損失が大きい傾向がある。インドは国の規模が大きいため、統計上は衝撃を吸収できるように見える。だがその規模は同時に、より多くの人々がリスクにさらされ続けることも意味する。地すべりの危険があるヒマラヤの斜面、サイクロンに備える沿岸部、洪水と熱波に悩む平野部―リスクは地理にも生業にも広く分散している。

気候影響を研究する経済学者ナサル・アリ教授は、実際の被害は非公式(インフォーマル)経済の領域に埋もれがちだと指摘する。

「フォーマル部門の企業は保険請求ができ、有利な条件で借り入れ、早く立ち直れる。だが野菜の露天商にはそれができない。小さな食料品店にもできない。日雇いの稼ぎ手が1人しかいない家庭にはなおさらだ。損失は即座に個々の家庭にのしかかり、回復にも最も時間がかかる。」とアリは語った。

彼は、災害の影響は不平等も深めると考える。貧しい世帯ほど、取り戻せないものを失うからである。

「裕福な家庭にとって屋根の損傷は改修の問題だ。だが貧しい家庭にとっては、湿った部屋で何週間も眠ることになり、感染症や欠勤、子どもの一時的な中退につながりかねない。」

報告は、アジア各地で切迫している政策課題にも目を向ける。災害に備える財源をどう確保し、開発資金を毎回、災害対応に振り向けざるを得ない状況をどう避けるのか、である。

分析が強調するのは「災害リスク・ファイナンス」だ。事後の救援に頼るのではなく、政府が事前に資金を準備しておく仕組みである。専用の災害基金や保険メカニズム、災害後に迅速に発動できる緊急融資などが含まれる。

コミュニティにとって、この議論は遠い話に聞こえるかもしれない。だが、その結果は回復の速さや支援のあり方に表れる。

「災害が起きたら、支援は早く届くべきだ。」と語るのは、ジャンムーのRSプラ地区で小さな食料品店を営み、豪雨時の冠水を繰り返し経験してきたミーナ・デヴィである。「店を閉めれば牛乳は傷む。客も買い物ができない。それから再開のために借金をする。支援が遅ければ、私たちはさらに苦しくなる。」

彼女の最大の恐怖は、単発の災害ではない。「次がいつも近い」と感じ続けることだという。「一度なら耐えられる。でも何度も何度も起きると、心の奥から疲れていく。」

シャルマにとって、備えは防災訓練以上のものだ。そもそもリスクへのさらされやすさを減らす計画が必要だという。

「避けられないリスクもあるが、多くは“どこに、どう建てるか”で増幅される。排水能力のないまま都市が拡大し、建設が氾濫原に広がれば、災害は予測可能になる。それは自然だけの問題ではない。政策の問題だ。」

スリナガルのバットは、住民が毎年同じ闘いを繰り返していると感じると言う。排水溝を掃除し、土のうを積み、家財を高い場所へ移し、親族に電話し、川の水位更新を見守る。一つ一つは小さな作業でも、終わりがないため消耗していく。

彼は壁に残る水位の跡を指さした。「いつも思うんだ。今年こそは少しは良くなるかもしれないって。でも雨が降ってくると、心臓の鼓動が速くなる。」

何があれば安全だと感じるか、と尋ねると、彼は大きな約束を語らなかった。語ったのは、ごく基本的なことだった。機能する排水路。崩れない道路。早い警報。間に合う支援。

ビハールのスニタ・デヴィにとって、望みはさらに単純だ。恐れずに計画できる季節である。「普通の人みたいに暮らしたい。水が壊したものを直すためにお金を使うんじゃなく、貯めたい。」(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ホルムズ海峡―世界経済のボトルネック

【メルボルンLondon Post=マジット・カーン】

最も狭い地点でも、ホルムズ海峡の幅は英仏海峡をわずかに上回るにすぎない。北にはイランの岩がちな海岸線、南にはオマーンの乾いた海岸が延びる。有史以来の大半の時代、この海峡は単なる通過点にすぎなかった。船舶が別の目的地へ向かう途中で通り過ぎる場所だったのである。だが今日、ここは地球上で最も重要な水路となり、その封鎖は、アナリストらがすでに「1970年代の石油危機以来最大の世界的エネルギー供給混乱」と呼ぶ事態を引き起こしている。

ホルムズ海峡の封鎖は、1970年代以来で最大の原油供給ショックを招き、WTI原油価格は1バレル=100ドルを突破、ブレント原油も112ドルに達した。2026年2月下旬に米国がイランに対する軍事作戦を開始して以降、その影響は驚くべき速さで広がり、湾岸からマニラのガソリンスタンドへ、カタールのLNGターミナルからブリュッセルの企業経営陣にまで及んでいる。

海峡には一方通行の2つの航路が設けられており、1日あたり約2000万バレルの石油が通過する。これは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イラク、カタールなどから輸送される、世界の海上石油取引量のおよそ20%に当たる。世界の1日の石油供給の5分の1が、超大型タンカー2列がようやく通れるほどの狭い水路を流れている。この事実は、長年にわたり戦略家たちを不安にさせてきた。かつては理論上の脆弱性にとどまっていたものが、いまや現実の危機となっている。

今回の危機は、何の前触れもなく訪れたわけではない。ワシントン、テルアビブ、テヘランの緊張は長年にわたって高まり続け、2025年6月には12日間に及ぶ空爆の応酬も起きた。ジュネーブでの新たな核交渉が決裂すると、全面戦争への流れを食い止めることは難しくなった。

2026年2月28日、米国はイランを攻撃した。テヘランの対応は即座に示された。3月2日、イスラム革命防衛隊(IRGC)の司令官は国営メディアを通じてホルムズ海峡の封鎖を表明し、通航を試みるあらゆる船舶を攻撃すると警告した。

この宣言は、海運各社の一斉撤退を招いた。マースク、CMA CGM、ハパックロイドなどの大手コンテナ海運会社は、ホルムズ海峡および関連航路の通航停止を決めた。同時に、フーシ派が支配するイエメンは、イスラエルおよび紅海を航行する商船への攻撃再開を表明し、スエズ運河を通る船舶はアフリカ南端の喜望峰経由への迂回を余儀なくされた。その結果、輸送日数は数週間延び、海運コストも上昇している。

3月中旬以降、イランは商船に対して少なくとも21件の攻撃を行ったことが確認されており、タンカーの通航量は当初約70%減少し、最終的にはほぼゼロに近づいた。150隻を超える船舶が湾内の沖合で停泊したまま、乗組員は待機を続け、積み荷は行き場を失っている。3月27日には、IRGCがさらに事態をエスカレートさせ、米国、イスラエル、およびその同盟国の港に「向かう、またはそこから出る」すべての船舶に対し、海峡を閉鎖すると発表した。

その後の価格上昇の速さは驚異的だった。ブレント原油価格は2026年3月8日、4年ぶりに1バレル=100ドルを突破し、ピーク時には126ドルまで上昇した。その上昇ペースは、近年のどの紛争時をも上回った。米政府当局者やウォール街のアナリストたちは、原油価格が前例のない1バレル=200ドルに達する可能性まで検討し始めている。ゴールドマン・サックスは4月のWTI価格を105ドルと予測しており、オプション市場でも、数カ月前なら現実味がないと見られていたシナリオが織り込まれつつある。

しかし、この危機は単なる石油危機ではない。現代世界がこれまで経験したことのない規模の、より広範な商品市場の混乱である。ホルムズ海峡は事実上閉鎖されたままであり、石油やガスだけでなく、アルミニウム、肥料、硫黄、ナフサなどの世界供給にも影響を及ぼしている。

湾岸地域は世界の尿素のほぼ半分、アンモニアの30%を生産しており、世界の肥料輸送の約3分の1がホルムズ海峡を通過している。尿素価格は戦争開始以降50%上昇した。LNG供給の混乱は肥料生産にも打撃を与え、北半球の春の作付け期を脅かすとともに、2026年後半にかけて世界の食料価格を押し上げる可能性がある。

経済モデルが示す影響も深刻だ。2026年第2四半期にホルムズ海峡の閉鎖によって世界の石油供給の約20%が市場から失われた場合、WTI原油の平均価格は1バレル=98ドルまで上昇し、世界の実質GDP成長率は、その四半期だけで年率換算2.9ポイント押し下げられると見込まれている。封鎖が第3四半期まで続けば、影響はさらに深刻化する。

この危機の影響が最も深刻に表れているのはアジアである。2024年には、ホルムズ海峡を通過した原油・コンデンセート輸送量の推計84%がアジア市場向けだった。中国も、自国の石油の3分の1をこの海峡経由で受け取っていた。その依存の代償が、いまアジア全域で現実のものとなっている。

影響は世界中に及んでいるが、とりわけ中東産石油への依存度が極めて高いアジアでは、この戦争が深刻なエネルギー不安を招いている。各国政府は対応に追われているものの、短期的な打開策をほとんど持ち合わせていない。バングラデシュでは、新たに発足した政権が大学を閉鎖し、石油備蓄施設の管理を軍に委ねた。インドでは、燃料価格をめぐる全国的な抗議行動が再燃し始めている。

フィリピンでは、ディーゼル価格がほぼ倍増した。紛争前は1リットルあたり52~53フィリピン・ペソ程度だったが、一部地域ではほぼ100ペソにまで跳ね上がり、物流網と公共交通部門に深刻な打撃を与えている。

台湾は、とりわけ深刻な脆弱性に直面している。世界的な半導体生産拠点である台湾は、ガス供給があと11日分しかないと報告した。世界のテクノロジー供給網を支える半導体工場を抱えるこの島にとって、これは単なるエネルギー危機ではない。現代世界のデジタル基盤そのものを揺るがす脅威である。

LNGへの影響はとりわけ深刻だ。石油には限られてはいるがパイプラインによる代替ルートがある一方、カタールのLNG輸出の約93%、UAEのLNG輸出の96%はホルムズ海峡を通過しており、これは世界のLNG取引量の19%を占める。世界のLNG供給は1日あたり3億立方メートル以上減少する見通しで、これは2021年にノルド・ストリームを通じて輸送された平均ガス量の2倍に相当する。

サウジアラビアとUAEはいずれもホルムズ海峡を迂回するパイプライン網を保有しているが、両国を合わせた迂回能力は日量350万~550万バレルにとどまる。一定の代替にはなるものの、ホルムズ海峡全体の輸送量を埋め合わせるには到底足りない。サウジ当局は原油輸出の一部を紅海沿岸のヤンブー港経由に切り替え、OPECプラスも追加増産を約束したが、規模からみて十分な解決策とは言えない。

イランは独自の代替航路も設けた。ララク島南側の主航路ではなく、同島北側に新たな輸送ルートを設定したのである。ある船舶はこのイラン航路の通航に200万ドルを支払ったと報じられ、その料金は中国元で革命防衛隊に支払われたという。これは異例の展開である。かつて世界が国際公共財の一部とみなしていた水路に、事実上、通行料を強制徴収する新ルートが出現したことになる。

各国は戦略石油備蓄の放出に踏み切り、サウジアラビアとUAEは海峡を迂回するパイプライン経由での原油輸送拡大を急いでいる。米国を含む各国政府も、価格抑制のため、過去最大規模の備蓄原油放出を打ち出した。だが、備蓄は本質的に有限である。石油業界幹部やアナリストたちは、4月中旬までにホルムズ海峡が再開されなければ、供給混乱はさらに深刻化すると警告している。

London Post.

湾内に足止めされている一隻一隻のタンカーの背後には、極めて複雑な地政学的計算がある。イランは衝動的にホルムズ海峡を封鎖したのではない。イラン指導部が長年、自らの「切り札」と位置づけてきた手段――すなわち、ワシントンやテルアビブに1発のミサイルも撃ち込むことなく、世界のエネルギー市場を麻痺させる能力――を行使しているのである。

ホルムズ海峡の封鎖が過去の石油供給混乱と異なるのは、その影響範囲の広さにある。湾岸地域からの石油輸出が完全に止まれば、世界の石油供給のおよそ20%が市場から消えることになり、その約80%はアジア向けである。

一方、ロシアは思いがけず有利な立場に立っている。この紛争は、原油市場におけるロシアの競争力を実質的に高めている。中東産原油が物流面で混乱に直面するなか、インドと中国はいずれも、ロシア産原油への依存を深める強い誘因を持つことになった。

3月29日には、パキスタンがエジプト、サウジアラビア、トルコとの外交会合を開き、海峡の再開について協議した。これは、この戦争を始めた当事国ではない国々までもが、その経済的打撃の拡大を抑えようと動いていることを示すものだ。米軍は3月19日に海峡再開に向けた作戦を開始したが、3月30日時点でも通航の混乱はなお深刻なままである。

30人を超える石油・ガストレーダー、企業幹部、ブローカー、海運関係者、顧問らとの対話で、繰り返し聞かれたのは、ひとつの認識だった。すなわち、世界はいまだこの事態の深刻さを十分に理解していない、ということである。多くが1970年代の石油危機との類似を指摘し、ホルムズ海峡の封鎖が長引けば、さらに大きな危機を招くと警告した。

ホルムズ海峡は、単なる航路以上の意味を持つ存在であり続けてきた。それは、集中と依存、そして途切れることのない輸送を前提に築かれてきた世界のエネルギー体制を象徴する場所である。その体制はいま、自然災害ではなく、人間の意図的な選択によって壊れつつある。いま世界に問われているのは、単にこの水路をどう再開するかではない。わずか21マイルの係争水域に世界経済の命運を委ねるような仕組みから、何かを学んできたのかどうかである。

イランが海峡で海運を脅かす意思と能力を保ち続ける日々は、世界をより深刻な経済的損害へと近づけていく。時間は刻々と過ぎている。マニラのガソリンスタンドの行列、カシミールの空になったガスボンベ、シカゴの商品先物市場の画面――世界はいま、依存の代償が現実のものとなっていく光景を見つめている。(原文へ

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