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気候正義:島嶼のレジリエンス

【Inter Press Service】

海面上昇、サンゴ礁の死滅、種の絶滅——。そんな見出しが世界を覆う中、多くの人は「失われていく物語」ばかりに目を向けがちです。
しかし、気候変動の最前線は、希望の最前線でもあるとしたらどうでしょうか。

ガラパゴス諸島からセーシェル、ニュージーランドからパラオまで、島々は異なる物語を紡いでいます。
それはレジリエンス(回復力)、再生、抵抗の物語です。

世界のシステムが停滞し分断が進む中、島嶼コミュニティは一歩先を行き、
緻密かつ緊急性をもって生態系の再生に取り組んでいます。
被害者ではなく、革新者として。

山から海まで、本来の生態系を回復することで、これらのコミュニティは「実践としての気候正義」の姿を世界に示しています。

その成果は明確です。

パルミラ環礁では、ネズミの駆除によって在来樹木が50倍(5,000%)に増加。
その樹冠は今、マンタが泳ぐサンゴ礁を守っています。

カマカ島では、100年もの間姿を消していた鳥が帰還しました。

これらは孤立した奇跡ではありません。再現可能なモデルなのです。

だからこそ、この6月、フランス・ニースで開催される第3回国連海洋会議(UNOC3)には、
世界中のリーダー、科学者、コミュニティの声が集まります。

それは単なるイベントではなく、チャンスです。
—— 島嶼主導のソリューションを広げるチャンス
—— 回復のための資金を源流に届けるチャンス
—— 先住民の知恵を世界の政策に反映させるチャンス

耳を傾け、学び、行動する場となります。

その一例が「アイランド・オーシャン・コネクション・チャレンジ」
50のパートナー、20の生態系、1つのビジョン。
2030年までに40の島―海洋システムを包括的に再生**する取り組みです。

これは単なる環境保護運動ではありません。
気候正義であり、生物多様性の正義でもあり、食料安全保障、文化の継承、経済革新なのです。
しかもそれは、昔から土地と海のリズムを知るコミュニティ自身が主導しています。

地域の行動が世界の未来を形作る力があります。
解決策を実践している人々の声を届けることにも。
そして、権利を守り、生態系を回復し、希望を再生する活動を支援することにも力があります。

「島々の海」は再び立ち上がれるのです。
潮ではなく、決意によって。

ぜひ、ニースでのUNOC3に参加するか、この運動をフォローしてください。
科学を支援し、コミュニティを応援し、ソリューションを広めましょう。

今日、島に投資することは、明日の海を守ることなのです。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

核不拡散再検討会議の議題、依然として不透明

【ニューヨークIPS=ナウリーン・ホセイン】

核兵器不拡散条約(NPT)が地政学的な打算と不信の重圧によって崩壊することは決して許されない—国連で開催された準備委員会で各国はそう訴えた。

今年4月28日から5月9日にかけて開かれた「2026年NPT再検討会議に向けた第3回準備委員会」では、条約および来年の再検討会議に関連する手続き上の課題が議論された。これは再検討会議に向けた最後の準備会合であり、各国がNPTの原則を再確認する貴重な機会でもあった。

会期中、各国代表団は自国の立場を表明し、2026年会議の議題を形作る勧告案について討議を重ねた。加盟国のみならず、市民社会団体も核兵器問題の緊急性を強調し、加盟国に行動を求めた。

ICAN
ICAN

「核兵器の存在は依然として、地球上の生命の存続を脅かす最も切迫した危機のひとつです。」と「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のアドボカシー担当官フロリアン・エブレンカンプ氏は語った。さらに、「NPTの不拡散規範が地政学的な打算と不信の重圧によって崩れることがあってはなりません。NPTの将来を確かなものにするためには、加盟国が明確なメッセージを発する必要があります—核兵器は拡散されず、共有されず、正当化されてもなりません。」と続けた。

委員会議長を務めたのはガーナの国連常駐代表であるハロルド・アジェマン大使。会期冒頭で記者団に対し、「2026年再検討会議の成功は、加盟国がNPT上の義務履行においていかなる政治的意思を示すか、また既存の約束履行に対する説明責任をいかに強化するかにかかっている。」と語った。

アジェマン大使はさらに、「核軍縮における実質的な進展の欠如、そして新たな拡散のリスクが、非核世界の実現を目指して築かれてきた規範と体制を脅かしていることに、多くの人々が懸念を抱いている。」と語った。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri

今回の第3回準備委員会は、世界的に核拡散とエスカレーションへの不安が高まる中での開催となった。インドとパキスタン間の最近の軍事衝突により、2つの核保有国間の戦争懸念が世界に広がっている。また、4月以降、イランと米国は新たな核合意に向けた交渉を続けているが、イランの核開発制限を巡って膠着状態に陥る場面も見られた。

さらに、ロシアとウクライナの戦争など他の大国間の緊張も加わる中、各国がNPTの義務を誠実に履行し、不拡散に向けた緊急の行動を取るべき局面となっていた。しかし、会期終了時点で勧告案は合意に至らず、改訂版もコンセンサスを得ることはできなかった。こうした結果は、これまでの準備会合でも成果文書が採択されなかったという懸念すべき傾向を引き継いだものとなった。

5月9日の閉会に際して、エジプト代表団の1人は「透明性と説明責任をめぐる強化された手続きにおいて、期待された進展は得られず、遺憾である。議論自体は成熟しており、相互尊重と多国間主義への誠意ある姿勢に支えられていた。」と語った。

多くの代表団はNPTへのコミットメントと再検討プロセス強化への意志を改めて表明したが、一方で「複雑な地政学的状況」が合意形成の大きな障害となっていることも繰り返し言及された。

市民社会団体も今回の合意不成立に失望の意を示した。ICANは「現状のリスクに対する恐るべきまでの緊張感の欠如」を反映していると非難。さらに「Reaching Critical Will」は、核保有国が国際法とNPT上の義務に背いて核兵器廃絶に応じていないと強く批判した。

Ambassador Dang Hoang Giang, Permanent Representative of Vietnam to the United Nations. / UN Photo.

「NPT再検討会議(RevCon)は、2026年4月27日から5月22日までニューヨークで開催される予定であり、議長にはベトナムの国連常駐代表が指名された。」ダン・ホアン・ザン国連常駐代表は、議長として「包摂的で透明性があり、バランスの取れた議事運営」を旨とし、すべての加盟国の視点と利益が尊重されるよう努める意向を示した。

「今後の道のりは決して平坦ではありませんが、私たちは、集団的な知恵と共有された決意によって有意義な進展が実現可能であると確信しています。強固で効果的な条約は、すべての人々にとって、より安全で安心な世界を築く力となるでしょう。」とザン大使は語った。

核兵器の存在とその脅威はいまだに世界に重くのしかかっている。だからこそ、核兵器を単なる歴史の遺物として片付けることはできない。現代の地政学にもその影響は色濃く残っている。もし核不拡散の精神が今なお生きているのであれば、国際社会はNPTやその他の軍縮条約を積極的に擁護し続けるべきであり、一部の国々だけに世界の議題を左右させてはならない。これは不断の取り組みが求められる課題であり、不拡散と多国間主義が今後も損なわれないよう、国際社会は警戒を怠ってはならない。(原文へ

This article is brought to you by IPS Noram in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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|カザフスタン|アルジャジーラのインタビューに見る均衡ある外交と改革

【アスタナThe Astana Times=ダナ・オミルガジー】

5月29日に行われたアルジャジーラのインタビューで、カシムジョマルト・トカエフ大統領は、カザフスタンの外交政策、経済発展、政治改革への取り組みについて語った。大統領は、世界の変化に適応しつつも、国内の安定維持、パートナーシップ強化、そして長期的かつ実践的な改革の推進に引き続き取り組む姿勢を強調した。

均衡的かつ予測可能な外交政策

トカエフ大統領は、カザフスタンの外交政策は引き続き安定しており、伝統的な原則に基づいていると語った。

「外交政策に大きな改革を加えているわけではありません。なぜなら外交は非常に保守的な分野だからです」と語った。カザフスタンは引き続き大国間のバランスを取りつつ、自国の国益を守る政策を継続しているという。

また、大統領は、世界情勢の変化を受けて、輸送ルート多様化の重要性を指摘し、トランス・カスピ海国際輸送回廊、いわゆる「ミドル・コリドー(Middle Corridor)」の役割を強調した。

Middle Corridor. Photo credit: TITR
Middle Corridor. Photo credit: TITR

「我々にとって優先課題は、対外的な輸送ルートを多様化することです。」と語った。

カスピ海パイプライン・コンソーシアム(CPC)がロシアを通過していることによる依存リスクが指摘されているが、トカエフ大統領はロシアを引き続き戦略的パートナーと位置づけた。

「我々はロシアとの戦略的パートナーシップを堅く信じています。」と述べ、同時に代替ルートの整備も進めていることを明らかにした。

グローバル協力における役割

トカエフ大統領は多国間主義(マルチラテラリズム)の推進と国連改革への強い支持を表明し、中堅国であるカザフスタンの役割強化が必要だと主張した。

「多国間主義は弱体化しています……これは世界にとって大きな課題です。」と語った。

カザフスタンが最近、BRICSグループでオブザーバー資格を得たことについては、現実的な姿勢を示した。

「まずはBRICSが、宣伝されている通り本当に効果的な国際組織になるのかを見極めるべきです。」と語った。

Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons
Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons

経済成長

トカエフ政権下でカザフスタン経済は大きく成長し、GDPは2019年以降、55%増加した。しかし大統領は、国内の富の不均衡が依然として課題であると認めた。

「これは大統領として私が非常に懸念している問題です」と語った。

アルジャジーラの記者によると、「国内では最富裕層1%が約30%の富を保有している一方、所得分布の下位50%は5%未満の富しか保有していない。」というデータがある。

この状況を改善するため、大統領はインフラ整備、デジタル化とAI、農業、輸送・物流の4つを重点分野として挙げた。また、依然として石油・ガス輸出が経済の中心を占めているものの、今後はより多様化した経済への移行を目指していると語った。

「カザフスタンは2060年までに石油・ガス中心の経済から多様な経済へと転換することを目指しています。」と語った。

デジタル化も重要な優先事項だという。

「私の夢は、カザフスタンがいつか完全にデジタル化された国になることです……5年以内にそれは十分可能です。」と強調した。

着実な政治改革

Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV
Kazakhstan celebrates peoples unity day. Cedit Silkway TV

トカエフ大統領は国内の改革プログラムにも言及し、政治的安定の重要性を訴えた。

「安定がなければ改革も近代化も、社会の変革もありません。」と語った。

大統領は、一度限りの7年制大統領任期の導入や、旧支配層に対する汚職捜査などを進展例として挙げた。

政治改革は今後も継続すると明言している。

「カザフスタンは改革志向の国です。我々は引き続き改革を進めていきます。」と語った。

未来へのビジョン

将来を見据えて、大統領は長期的な視点の重要性を強調した。

「AI、デジタル化、若い世代への教育に注力するべきです……国家間の紛争や戦争は時代遅れのものに見えます。」と語った。

UN Photo
UN Photo

そして最後に、国家リーダーとしての姿勢と民主主義の原則を明確に表明した。

「大統領は神の使者ではなく、国家の管理者です。私はすでに2029年には退任することを表明しています。これは国民の要請なのです。」と締めくくった。(原文へ

INPS Japan/The Astana Times

Oritinal Link: https://astanatimes.com/2025/05/president-tokayev-outlines-balanced-diplomacy-and-reforms-in-al-jazeera-interview/

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これらの太古の海洋生物は気候変動を生き延びられるのか?


【インド・ブバネシュワル IPS=マニパドマ・ジェナ】

11月になると、東インドのオディシャ州沿岸のわずか5キロメートルの浅瀬に、数万匹のオリーブリドリウミガメ(Lepidochelys olivacea)の雄が集まり始める。雌の到着を待つためだ。

この太古の海洋生物の生存は、適切なつがい形成と交尾に大きく依存してきた。しかし、世界中の研究結果は、長期的には交尾場で雄の数が減少し、雌が圧倒的多数になる可能性があることを示唆している。

いくつかの研究では、気候変動による砂温度の上昇により、孵化する子ガメの性比が雌に偏っていることが明らかになっている。

妊娠したリドリウミガメは、深さ約18インチのフラスコ型の巣穴を掘り、120〜150個の卵を産む。産卵後、後肢で砂をかけて巣を覆い、45〜55日間砂の中で自然孵化させる。小さな子ガメは夜間、表面の砂が冷えるのを待って自力で地上に出て、月光や星明かりが水面に反射する明るい地平線を頼りに海へと走る。

ウミガメは温度依存性の性決定を持つため、産卵地での孵化温度の上昇は、個体群の「極端な雌化」を引き起こす可能性があると科学者たちは警鐘を鳴らしている。

孵化性比、雌に大きく偏る?

オディシャ州ルシクリヤ海岸で15年間行われた研究では、孵化するオリーブリドリウミガメの性比は平均71%が雌で、年によっては90%以上に達することもあった。

オディシャ州のガヒルマタとルシクリヤは、オリーブリドリウミガメの世界最大級の産卵地であり、同規模の産卵地はメキシコとコスタリカにも存在する。

「2009年から20年の11年間、大半の年で雌に偏った性比が確認され、2011年と20年に最も高かった」と、インド科学研究所(IISc)生態科学センターのカルティク・シャンカー教授は、ダクシン財団による研究成果についてIPSに語った。

ウミガメの卵は、摂氏25〜35度という狭い温度範囲内でのみ正常に孵化できる。この範囲を超える高温では、孵化率が低下し、形態異常の増加が確認されている。

Comprehensive impact of climate change on all species of sea turtles and suggested mitigation strategies. Credit: Extracted from open-access study by Nikolaos Simantiris
The nesting site in Odisha, on India’s east coast, is home to thousands of sea turtles during mating season. Courtesy: Dakshin Foundation

孵化温度の「ピボタル(分岐)温度」は約29度で、この温度では性比が1対1に近づく。それより高温では雌が多く、低温では雄が多くなる。

たとえば孵化温度が平均30度から31度に1度上がっただけで、孵化成功率が最大25%低下する可能性があるという研究もある。

国際自然保護連合(IUCN)は、一部の産卵地では緑ウミガメの孵化性比が雌99%という極端な例も報告している。

WWFインドの海洋種リーダーであるムラリダラン・マノハラクルシュナン氏はIPSに対し、「通常は50:50の性比が理想とされますが、熱帯や温帯など地理的な違いにより、60:40や70:30も許容範囲です。しかし、極端な雌偏りが5〜10回続く場合は警戒が必要で、緩和措置が求められます」と語った。

暑すぎる気候=異常な孵化

近年の気候変動は、性比の偏りだけでなく、さらに深刻な影響をもたらす恐れがある。長期的には、繁殖頻度の低下、卵の受精率低下による孵化成功率の低下が懸念されている。

Trained community youngsters called Marine Scouts carry green turtle Kai to release her into the Indian Ocean in Watamu, Kenya. Credit: Manipadma Jena/IPS

さらに高温は胚の発育を早め、孵化期間が短縮されることで、より小型で運動能力の低い、エネルギー蓄積能力の低い子ガメが生まれ、生存率が低下する。

Kai a 3-year-old green sea turtle is released back into the turquoise waters of the Indian Ocean off Kenya’s coast after hospitalization. As temperatures rise, will more hatchlings be born in controlled environments rather than in the wild? Photo Credit: Manipadma Jena/IPS

すでに脅かされてきたウミガメたち

温暖化は新たな脅威だが、ウミガメたちはこれまでも様々な人為的な圧力にさらされてきた。主なものは、漁業用の網(特に底引き網)による混獲、港湾や観光施設の建設、海岸浸食や砂の採取による産卵地の減少などである。

卵や肉の密猟は地元住民の意識向上で大幅に減少したが、人工照明による光害は増加している。これにより、孵化した子ガメが海とは逆方向に向かい、多くが命を落とす。

実際、オリーブリドリウミガメの子ガメが成体になる確率は、海に入った1,000匹のうちわずか1匹とされている。

最も豊富なオリーブリドリ、だが今後は?

オリーブリドリウミガメは世界で最も個体数が多い海洋ウミガメとされているが、2008年にIUCNは過去の推定で世界的な個体数が約30%減少したことから「危急種(Vulnerable)」に指定した。

ただし、IIScのシャンカー教授ら一部の科学者は「現在のインド沿岸のオリーブリドリは好調」とみている。

Rising temperatures impact the sex ratio of olive ridley hatchlings. Courtesy: Dakshin Foundation

これまで温暖化の影響研究は北西大西洋や地中海で主に行われてきたが、今回のダクシン財団の研究はオリーブリドリに特化したものとして貴重だ。

オリーブリドリは全長60〜70センチ、体重35〜50キロの中型種。スペイン語で「到来」を意味するアリバダ(arribada)という集団産卵行動で知られ、これはユニークである反面、人為的な環境変化や温暖化の影響を受けやすい。

コミュニティの力がカメを守る

今年2月、ルシクリヤ海岸では過去最多の80万個の巣が確認された。ボランティアたちは「海岸はウミガメで埋め尽くされ、歩く場所もないほどだった」と話す。こうした成果は、地域住民主体の保護活動の賜物だ。

政府は産卵期の4か月間、禁漁区域を設定し、漁師に補償金を支払っている。国際的にもウミガメ製品の取引は禁止されている。だが最大の成果は、NGO、政府、沿岸警備隊、地元の漁師を含むボランティアの一体的な取り組みにある。

若い子どもたちまでが進んで保護活動に参加している。地元ボランティアは孵化した子ガメを安全に海へ送り出し、巣の監視やフェンス設置、夜間の見回りも行う。かつて盛んだった卵の密猟は減ったが、犬や鳥による捕食リスクは残っている。

長期的な追跡調査が鍵

シャンカー教授によると、「私たちはまだオディシャ州でのみ研究しており、長期的な人口動態を把握するには何十年もの追跡調査が必要です。ウミガメは長寿で成熟も遅いため、変化は数年単位で現れます」と述べている。

将来的には、より正確な性比データを得るため、胚成長モデルの活用などさらなる研究が計画されている。(原文へ)

INPS Japan/IPS UN Bureau

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名前に込められた意味とは? 「ボブ神父」から「教皇レオ14世」へ

新たに選出されたレオ14世教皇は、自身の名の由来となった偉大な先人から力を得て、祖国の人々に対峙できるだろうか?

【Religion News Service=ヴィクター・ガエタン】

米国のカトリック信徒からは「ボブ神父」、ペルーのカトリック信徒からは「パドレ・ロベルト」と呼ばれて親しまれてきたロバート・プレヴォスト枢機卿は、「レオ14世」という名を選ぶことで、近代カトリックの礎を築いたレオ13世教皇(在位:1878~1903年)の系譜に自らを結びつけた。

レオ13世は、カトリック社会教説の父として知られており、1891年に発表された回勅『レールム・ノヴァールム(資本と労働について)』は、労働者の権利と公正な賃金、労働組合の正当性を擁護しつつ、私有財産の重要性も説いた。

また、身長約158cmと小柄ながらも精力的な教皇であり、神学者、霊的指導者、外交官としても数々の貢献を果たした。特に当時の米国によるい勢力拡大に警戒感を抱いていたことでも知られる。

1878年に即位した当時、バチカンはイタリア政府との間で緊張状態にあり、1871年にイタリア軍がローマを占領し教皇領を奪取、ローマをイタリア王国の首都と定めた直後だった。前任者ピウス9世と同様、レオ13世も使徒宮殿に閉じこもり、「自ら望んだ囚人」と称し、バチカンの主権回復を静かに待ち続けた。

St. Peter's Basilica in Vatican City
St. Peter’s Basilica in Vatican City

行政的負担から解放された教皇は、祈りと執筆に専念できるようになり、25年の治世で実に85本もの回勅を発表。1879年の回勅『アエテルニ・パトリス(キリスト教哲学の復興について)』では、聖トマス・アクィナスの神学と哲学を再評価し、以後トマス主義が現代カトリック思想の中核をなすこととなった。

また、1888年にはブラジル司教団宛に『イン・プリュリミス』を発表し、奴隷制度の全面廃止を強く訴えた。これは教会が公に奴隷制廃止を支持した初の文書であり、同年ブラジルで奴隷制が正式に廃止される契機ともなった。

『レールム・ノヴァールム』は、貧困層への深い共感を示しながらも、社会主義や自由放任資本主義のいずれにも偏らず、正義を求めるカトリック信徒の社会参加を促す内容となっている。これは現在でもラテンアメリカを中心に多くの司教たちによって実践されており、かつてペルーで長年活動したプレヴォスト新教皇の歩みとも重なる。

プレヴォスト神父は1985年から1998年にかけてペルーで宣教活動を行い、経済危機と政治的不安(テロを含む)に直面。2018年に司教として帰任した際には経済は改善していたものの、格差問題は依然深刻だった。

外交面でもレオ13世は注目される。ヴァチカンの外交官養成学校(1701年設立)で訓練を受け、1843~1846年にベルギー公使(教皇大使)を務めた経験がある。領土を失ったバチカンにとって中立性は交渉力の源となり、1885年にはドイツとスペイン間のカロリン諸島領有問題で、オットー・フォン・ビスマルク宰相の要請により仲裁を行った。

1886年には中国(清朝)の光緒帝がバチカンとの直接外交を望んだが、フランスの干渉により実現しなかった。それでも当時の中国の新聞には「教皇は軍も領土も持たない、ダライ・ラマのような存在であり、政治的な罠の恐れなく開かれた外交が可能だ。」との評価が掲載された。

また、1898年のハーグ平和会議にあたっては、ロシア皇帝ニコライ2世もバチカンの仲介を求めた。

米国についてもレオ13世は深く注目していた。米国は1898年の米西戦争により、スペインの植民地支配を打ち破り、カリブ海のプエルトリコ及び太平洋のグアム、フィリピンを獲得し、キューバを保護国とした。この米国の軍事力を背景とした勢力拡大の動きは、カトリック諸国における教会施設や教育機関への直接的圧力となるとともに、反カトリック的性質も帯びていた。

バチカンを訪れた当時のフィリピン民生長官ウィリアム・ハワード・タフト(後の米大統領)との会談で、教皇は修道会の土地を米国に売却するという要求を拒否した。

レオ13世の時代に始まった米国の軍事的覇権に対する警戒心は、今日の教皇にも受け継がれる可能性がある。新教皇レオ14世は、同様の挑戦にどのように向き合うだろうか? 彼は自国アメリカの力に立ち向かう強さと独立心を示せるだろうか?

前任者の足跡を辿るなら、彼には模範がある。

レオ13世はあるミサの最中に衝撃的な幻視を体験し、これに衝き動かされて「聖ミカエルの祈り」を作り、1884年頃から世界中のミサ後に唱えるよう司祭に求めた。この祈りは今でも悪に立ち向かう者たちに推奨されており、世界中で復活の動きを見せている。

聖ミカエルの祈り:

大天使聖ミカエル、戦いにおいて我らを護り、悪魔の凶悪なるはかりごとに勝たしめ給え。
天主の彼治め給わんことを伏して願い奉る。
ああ天軍の総帥、
霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊するサタンおよびその他の悪魔を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え。アーメン

新教皇レオ14世の選出が発表された5月8日は、聖ミカエルの出現の祝日でもある。

彼は最初の演説でこう語った。「神は私たちを愛しておられる。神はすべての人を愛しておられる。そして悪は決して勝利しない!」

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。この記事の内容はRNSの公式見解を反映するものではない。

Original URL: What’s in a name? Father Bob becomes Pope Leo XIV

Religion News Service

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国連海洋会議(UNOC)に向けて、海洋保護の国際的機運が加速

【タンザニア・ダルエスサラームIPS=キジト・マコエ】

フランス・ニースで開催される第3回国連海洋会議(UNOC)に向け、海洋ガバナンスや保全資金、再生的なブルーエコノミー(海洋経済)への転換に向けた機運が高まっている。海洋保護を訴える活動家たちは、「今こそが海洋の未来を左右する分岐点」だと警鐘を鳴らしている。

「海は地球上すべての生命を支えている」と語るのは、自然と人々のための高い目標連合(HAC)』のシニア・プログラムマネージャー、リタ・エル・ザグルール氏。彼女は、海洋保護が食料安全保障や文化的遺産、経済、そして人々の暮らしの根幹に関わっていると強調する。

OECDの最新データによると、もし「海洋経済」が一国として扱われた場合、2019年には世界第5位の経済規模に相当していたという。海洋は32億人に食料を提供し、世界のGDPに年間2.6兆ドル貢献している。

しかし現在、海洋のうち正式に保護されている区域はわずか8.4%に過ぎない。活動家たちは、この数字を2030年までに少なくとも30%に引き上げる必要があると主張しており、これはグローバル生物多様性枠組みと2023年に合意された公海等生物多様性協定(BBNJ)でも再確認された目標である。

「この条約の議論は8年前から始まっていました。発効には60か国の批准が必要ですが、現在はまだ21か国にとどまっています。UNOCはこの流れを加速させる重要な節目です。」とエル・ザグルール氏は語った。

約束から行動へ――実施への転換が鍵

活動家と政策立案者の双方が「宣言」から「実行」への転換を訴えている。

「2030年まで、もう5年しかありません。もはやレトリック(言葉)だけでは不十分です」とエル・ザグルール氏は警告する。

実際、各地では有効な取り組みが始まっている。エクアドル、コスタリカ、コロンビア、パナマが連携する東部熱帯太平洋海洋回廊(CMAR)では、5つの海洋保護区が接続され、生態系の管理が強化された。マーシャル諸島はスイスよりも広い海域を禁漁区域に指定し、オーストラリアも2024年に国家海域の52%以上を保護区に拡大した。

「所得水準にかかわらず、進展は可能であることをこれらの事例が示しています。ただし、まだまだ不十分です。」と彼女は語る。

海洋保護のための資金――現場に届く資金を

最大の障壁のひとつが資金である。

「海洋保護に取り組む沿岸地域の人々に、直接資金が届く仕組みを整える必要があります」とエル・ザグルール氏。HACでは、2万5000~5万ドルの小規模助成金を迅速に提供する新たな仕組みを導入したが、「これは始まりに過ぎない」と話す。

モナコの「ブルーエコノミー金融フォーラム(BEFF)」を共催するDynamic PlanetのCEO、クリスティン・レクバーガー氏も、海洋保護における民間金融の役割を再考すべきだと強調する。

「これまでのビジネスモデルは、資源の採取と汚染に偏っていました。保護や再生への投資はほとんど行われていません。私たちは海洋再生型経済へとモデルを転換しなければならないのです。」

レクバーガー氏によれば、「30×30目標」を達成するには、今後5年間で19万か所の小規模海洋保護区を、各国の領海内に設置する必要があるという。

「海洋生態系を回復させつつ、経済的なリターンも生むスマートなプログラム、投資商品、スケール可能な取り組みが求められています。これは単なる環境問題ではなく、経済的な好機でもあるのです。」

彼女の主導する「Revive Our Ocean」は、海洋保護が沿岸地域の繁栄につながることを示すため、信頼あるパートナーと協働している。また、ニースで開催予定の「海洋・沿岸レジリエンス・リスク会議」では、市長や知事といった地方のリーダーたちも議論に参加する。

「すでに海岸線を保護し、気候レジリエンスや観光の恩恵を得ている自治体もあります。そうした成功例がさらに広がってほしいと期待しています。」と彼女は語った。

フランスの役割と今後の展望
Flag of France
Flag of France

開催国フランスは、UNOCに向けて強い政治的支持を打ち出している。フランス政府はHACや他の団体と連携し、会議の場で新たな海洋保護区の創設を各国に働きかけている。

「8.4%という現状を、30%に近づけていきたいと考えています。しかし、面積を拡大するだけでなく、その区域が効果的に管理され、包括的かつレジリエント(回復力のある)**ものであることが重要です」とエル・ザグルール氏は述べた。

そして、こう締めくくった。

「各国の閣僚と技術専門家が連携し、さらなる野心的な取り組みを推進できるよう、私たちは協力しなければなりません。今こそ、海洋保護を4倍に拡大し、それを誰一人取り残すことなく実現する時なのです」

太平洋諸国の声と行動

太平洋諸国代表のフィリモン・マノニ氏(Pacific Ocean Commissioner)は、海洋ガバナンスと気候変動へのレジリエンス構築に対するこの地域の揺るぎない姿勢を改めて強調した。小島嶼国が多くを占める太平洋地域だが、SDG14の推進やコミュニティ主導の海洋保全など、海洋保護において世界をリードしてきた。

Image source: Blue Pacific
Image source: Blue Pacific

「この会議は、私たち太平洋諸国にとって極めて重要な機会です。気候変動会議では脇に追いやられがちな海洋と気候の問題を、世界に向けて発信できる数少ない場です」とマノニ氏。

同氏の最重要課題は、BBNJ協定(国家管轄権を超える生物多様性保全に関する条約)の早期批准だ。これにより、法的空白の多い公海における無秩序状態を終わらせることができるとする。

「いま行動を起こさなければ、これまで各国の海域で築いてきた海洋保護の成果が無駄になる可能性があります」と警告するマノニ氏は、海洋プラスチック汚染に対処するための法的拘束力あるグローバル条約の締結や、海洋劣化を助長している国際貿易システムの見直しも訴えた。

「私たち小島嶼開発途上国(SIDS)は、いまもなおプラスチック廃棄物の重荷を背負わされ続けています。」と彼は述べ、抜本的な制度改革の必要性を強調した。

ニースでのUNOCは、今後の海洋保護の行方を占う極めて重要な転換点となるだろう。成功の鍵は、勇ましい声明だけでなく、その後にどれだけ具体的な行動を起こせるかにかかっている。

世界の海と、海に依存して生きる数十億の人々の未来が、今、問われている。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau

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|視点|イランと核不拡散体制の未来(ラザ・サイード、フェレイドン)

【ロンドン/テヘランLondon Post=ラザ・サイード・フェレイドン】

2025年、核外交が一層複雑化する中、イランは依然として核不拡散条約(NPT)をめぐる国際的議論の中心にある。かつて多国間主義の勝利と称賛されたNPTは、現在、制度的不平等と地政学的なダブルスタンダードによって存続の危機に直面している。イランの核計画は、西側諸国の長年の監視対象であり、平和的な核エネルギーを求める国家と、核保有国に有利な体制との間の緊張を象徴している。本稿では、NPTを存続させるには、歴史的な不正義を是正し、イランの国際的な査察順守を正当に評価し、非同盟諸国に過度な負担を強いる体制の改革が必要である。
歴史的背景:NPT下でのイランの核の歩み

イランが核技術に関与し始めたのは、1950年代の米国主導の「平和のための原子力」計画であった。これは、核拡散防止を条件に、民生用核技術の利用を促進するものであった。イランは1970年にNPTを批准し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、NPT第4条に基づき、平和的核利用の権利を主張し続けた。しかし、1979年のイスラム革命後、イランの核計画は国際的な対立の火種となった。

2002年にナタンツおよびフォルドウの未申告のウラン濃縮施設が明らかになり、イランが秘密裏に核兵器を開発しているとの疑惑が高まった。しかし、IAEAの査察でも決定的な証拠は得られず、2007年の米国家情報評価(NIE)は、イランが2003年に核兵器開発を中止していたと結論づけている。それにもかかわらず、制裁は強化され、イランの合法的な権利と国際的不信とのギャップが露呈した。

JCPOA:外交の成功とその破綻
Photo credit: Tasmin News Agency.
Photo credit: Tasmin News Agency.

2015年に成立した括的共同行動作業計画(JCPOA)は、歴史的な合意であった。イランはウラン濃縮を3.67%に制限し、在庫を98%削減、IAEAによる24時間監視を受け入れた見返りに、経済制裁解除を得た。2018年までに、IAEAは15回にわたってイランの順守を確認していた。

しかし、トランプ政権下で米国が一方的に離脱し、制裁を再開。これによりイランは2000億ドル以上の石油収入を失い、経済は大打撃を受けた。イランがその後、濃縮度60%への引き上げなどの対応を取ったことは挑発とみなされたが、イラン側はNPT第10条に基づき「最高国益が危機にある場合」に合法であると主張している。

2025年:停滞する外交と高まる緊張

2023年、バイデン政権のJCPOA復活の試みは、米国内の反対と、イラン側の制裁解除保証の要求により失敗。2025年現在もイランの核計画はIAEAの査察下にあり、60%濃縮ウラン142kgは、核兵器1発分に必要な250kgには遠く及ばない。

IAEA
IAEA
「グランド・バーゲン」の偽善

NPTは、「非核兵器国が核兵器を放棄する代わりに、核兵器国が核軍縮を行う」という約束に基づいていたが、実態はそうなっていない。米・露・中・仏・英の5か国だけで1万2500発以上の核弾頭を保有し、近代化を進めている。一方でイランは、NPT第4条に適合した民生用計画で過剰な監視を受けている。

元イラン核交渉担当のセイエド・ホセイン・ムサヴィアン博士はこう語る:
「NPTのダブルスタンダードは正当化できない。イランは合法的な濃縮を行っているのに罰せられ、核兵器国は軍縮義務を無視している。この偽善が不信を生んでいる。」

制裁という武器と人道的代償

米国およびEUの制裁は、核不拡散という名目から「集団的懲罰」に転じている。2025年、イランのインフレ率は約50%、失業率は30%に達し、金融封鎖による医薬品不足は多くの予防可能な死を招いている。このような圧力は、外交を主張するイラン国内の穏健派を弱体化させ、強硬派を利している。

地域の現実:核に囲まれたイラン

イランの安全保障環境には、米軍基地、NATO加盟国トルコ、核保有国パキスタン、そして推定90発の核を保有するイスラエルがある。さらに2023年、サウジアラビアは「イランが核兵器を持つなら、我々も追随する」と発言。にもかかわらず、西側諸国はこうした文脈を無視し、イランのみを脅威として描いている。

Map of Middle East
Map of Middle East
専門家の見解

ナデル・エンタサール博士(南アラバマ大学)
JCPOAは外交の成功例だったが、その崩壊は、より強力な検証制度と各国の誓約順守を保証する新たな枠組みの必要性を示している。

ロバート・リトワク(ウィルソン・センター)
軍事的選択肢ではなく、封じ込めと外交による対応を提唱。

トリタ・パルシ博士(クインシー研究所)
「JCPOAの崩壊はイランの失敗ではなく、米国のリーダーシップの欠如が原因。信頼回復には、合意の尊重とイランの正当な安全保障への配慮が不可欠。」

ナルゲス・バジョーリ博士(ジョンズ・ホプキンス大学)
「制裁はイランの体制を強化し、外交無力論を助長している。NPTは、公平性を軸とした改革が必要だ。」

イランが求める公正な枠組み

1. 平和的核利用の権利
60%の濃縮ウランは癌治療など医療用途に用いられる。NPT第4条に準拠しているにもかかわらず、イランは米国の同盟国とは異なる制約を受けている。

2. 安全保障の保証
外国の介入やイスラエルの核への懸念を解消するためには、1975年のヘルシンキ合意のような地域安全保障協定が必要。

3. IAEAの脱政治化
2020年、故天野之弥前事務局長は、米国の情報機関がイラン査察に強い影響を与えていたと認めた。中立性の回復が不可欠。

2025年に向けた道筋
  • JCPOAの復活と拘束力のある保証
    国連安保理による批准、INSTEX(欧州の対イラン決済手段)を通じた制裁回避などが鍵。
  • 中東非核兵器地帯(NWFZ)の設立
    1974年以来の提案。イスラエルの核とアラブ諸国の不安に対応。2024年に国連主導で再活性化したが、米国とイスラエルの抵抗が課題。
  • 核軍縮の世界的促進
    TPNW(核兵器禁止条約)は70か国が批准したが、核保有国は参加を拒否。
  • 経済的威圧の終焉
    制裁緩和は査察順守とセットで行うべき。EUによる2024年の医薬品・食料人道回廊は重要な先例。

結論:より公平な核秩序へ

NPTの未来は、理想と現実のギャップを埋める制度改革にかかっている。イランの経験は、懲罰的な対応、軍縮の偽善、地政学的偏見という制度的欠陥を浮き彫りにしている。トリタ・パルシ博士が述べるように:

「イランは問題そのものではない。NPT体制の欠陥を映す鏡である。」

NPTが存続するには、非核保有国の権利尊重、核軍縮の履行、外交重視の枠組みへの進化が求められる。そうでなければ、NPTは覇権の道具と見なされ、イランのみならず、国際的な核統治の崩壊を招く恐れがある。

参考文献

  • IAEA(2025)『イランにおける検証と監視報告』
  • 米国家情報長官室(2007)『イラン:核の意図と能力』
  • セイエド・ホセイン・ムサヴィアン(2024)『NPTのダブルスタンダード』カーネギー財団
  • トリタ・パルシ(2023)『制裁の影の下での外交』クインシー研究所
  • ナルゲス・バジョーリ(2024)『核武装地域におけるイランの安全保障ジレンマ』ジョンズ・ホプキンス大学出版
  • アームズコントロール協会(2025)『世界の核兵器保有国レポート』

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包括的取引でサウジアラビアへの原子力提供を検討中の米国

【ワシントンDC IPS=イヴァン・エランド】

トランプ政権は現在、サウジアラビアにおける商業用原子力産業の発展、さらにはウラン濃縮の国内実施への道を開く可能性のある取引を模索していると報じられている。

だが、この取引は中止されるべきだ。なぜなら、米国にとっては負担とリスクが増すばかりで、それに見合う見返りはほとんど得られないからである。

2020年から21年初頭にかけて、トランプ政権は「アブラハム合意」に基づき、イスラエルとバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、モロッコ、スーダンとの国交正常化を仲介した。しかし、サウジアラビアに対してもイスラエルを主権国家として認め、同様の関係を築くよう働きかけたが、成果は得られなかった。

バイデン政権はこの路線を引き継いだが、2023年のハマスによるイスラエル攻撃とそれに続くガザ戦争を受けて、サウジアラビアを巻き込むのは一層困難となった。民間人の死者の増加と人道危機の拡大により、パレスチナ問題の注目度が上昇し、地域全体でイスラエルに対する反感が高まったためである。

この状況下、サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化の前提として、「独立したパレスチナ国家の創設に向けた意味ある措置」を取るよう要求した。2025年の現在に至るまで、サウジ政府はトランプ前大統領による「パレスチナ国家に関する要求を取り下げた」との主張を否定し続けている。

戦争終結への努力が実らない中、第2次トランプ政権は、まず米サウジ間の新たな合意を起点に、イスラエル・サウジ和解への取り組みを再始動しようとしているようだ。これは米国エネルギー省のクリス・ライト長官の発言からも示唆されている。

だが問題は、この「包括的取引」により利益を得るのが関係各国(イスラエルとサウジアラビア)であり、調整役を担う米国だけがコストとリスクを背負うことにある。サウジアラビアは以前から原子力発電の導入を切望しており、イスラエルにとっても、強力なアラブのライバルを封じ込め、新たな反イラン同盟国を得る好機となる(ただしサウジアラビアとイランは近年、一定の融和を模索しているため急ぐ必要があるだろう。)

さらにサウジアラビアは、かねてより正式な安全保障条約も求めている。この条約は、米国による防衛を見返りに安価な石油を提供するという、F.D.ルーズベルト大統領とサウジアラビアのイブン・サウード国王との間の非公式な取り決めを、制度化するものである。

しかしながら、米国の国家債務が37兆ドルに上る今、なぜ新たな“扶養国”を引き受け、しかも安全保障の対価を払おうとしない相手に肩入れする必要があるのだろうか(これはトランプ氏が他の同盟国にも頻繁に向ける批判である)。米国はもはやFDRの時代のように石油不足に悩まされておらず、シェールガス革命により再び世界最大の産油国となっている。

サウジアラビアとの正式な安全保障条約は、さらに財政的負担を増やし、米軍を中東に深く関与させ、もしサウジアラビアが近隣国と武力衝突すれば、米兵が戦場に送られるリスクをもたらす。

さらに、サウジアラビアに原子力技術を提供した場合、何が起き得るだろうか? 過去、イスラエル・サウジ合意の交渉が頓挫したのは、サウジアラビアが「商業用原子力プログラムを核兵器開発に転用できないよう制限する措置」に反対したためだった。つまり、イランの核能力に対抗するため、核兵器の開発や他国への技術移転の可能性を残したいという意図がうかがえる。

実際、サウジアラビアは長年、核燃料として輸入する低濃縮ウランではなく、自国でウランを濃縮し、場合によっては核兵器級まで高められる能力を保有したいと望んできた。

米国国内では「サウジアラビアはロシアや中国から技術を得るかもしれない」との懸念もあるが、同国が核拡散防止のためのセーフガードを拒むのであれば、どの国が技術を提供しても結果は変わらない。

したがって、トランプ政権は、イスラエルとサウジアラビアの和解という現時点では見込みの薄い目標のために、こうした取引に応じるべきではない。たしかに、両国の国交正常化は中東にとって望ましいビジョンである(それが単にイラン孤立化の手段でなければ)かもしれないが、その実現のために米国が法外な要求に応じることは、割に合わない。

結局のところ、国交正常化は両国にとって利益のあるものであるべきであり、両国政府の交渉によって達成されるべきだ。米国が過保護に手助けする必要はない。(原文へ

イヴァン・エランド氏は、インディペンデント研究所の上級研究員であり、同研究所「平和と自由センター」の所長。かつてCato研究所の国防政策部門ディレクターを務め、また15年間にわたり米議会で国家安全保障問題に従事していた。近著に『War and the Rogue Presidency: Restoring the Republic after Congressional Failure』がある。
原文出典:https://www.independent.org/person/ivan-eland/
出典:Responsible Statecraft
※本記事の見解は筆者個人のものであり、クインシー研究所およびその関係者の立場を必ずしも反映するものではない。

INPS Japan/IPS UN Bureau

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核兵器不拡散条約再検討会議に向けた軍縮対話の促進

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】

第二次世界大戦終結以来、核軍縮の重要性がこれほどまでに問われたことはなかったかもしれない。核兵器を保有する国(核兵器保有国)同士、また核兵器保有国と非保有国との間に広がる溝が深まる現在において、軍縮の必要性は一層切実なものとなっている。

2026年に開催されるNPT再検討会議に向けた準備委員会(4月28日~5月9日)のサイドイベントとして、専門家によるパネル討論が国連本部近くのチャーチセンターで行われた。このイベントは、創価学会インタナショナル(SGI)とカザフスタンの国連常駐代表部の共催によるもの。

William Potter, the director of the James Martin Center for Nonproliferation Studies
William Potter, the director of the James Martin Center for Nonproliferation Studies

新たな紛争が発生し、既存の紛争が長期化・激化するなか、核兵器の位置づけを含む安全保障の在り方について、国際社会が合意形成を目指す必要性は増している。ジェームズ・マーティン不拡散研究センター所長のウィリアム・ポッター氏は、核兵器をめぐる規範の「浸食」について懸念を表明。「世界は混乱状態にあります。従来の同盟国と敵対国の境界も曖昧になっています。」と語った。

ポッター氏は、核兵器保有国と非保有国の間で核軍縮に対する緊急性の認識に大きな隔たりがあると指摘した。

SGIの砂田智映平和・人権部長は、「本当の敵は核兵器そのものではなく、それを正当化し、使用を合理化する思考そのもの」と語る。「他者を脅威や障害とみなして排除しようとする思考、人間の生命の尊厳を軽視する考え方こそが危険なのであり、私たちはそのような思考に立ち向かわなければなりません。」と訴えた。

世界の一部の大国が核兵器の配備制限の緩和を検討するなかでも、核兵器禁止に向けた外交的手段は有効に機能している。その一例が、地域ごとの条約で定められた非核兵器地帯(NWFZ)の設立である。

Nuclear Weapon Free Zones. Credit: IAEA
Nuclear Weapon Free Zones. Credit: IAEA
Gaukhar Mukhatzhanova, Japan Chair for a World Without Nuclear Weapons (VCDNP)
Gaukhar Mukhatzhanova, Japan Chair for a World Without Nuclear Weapons (VCDNP)

アフリカ、中南米、太平洋、中東、中央アジア、東南アジアでは、各国が核兵器の保有や実験を行わないことに合意している。こうした非核兵器地帯は、核を保有しない国々が自らの地域安全保障の枠組みを主体的に定める手段にもなっていると、VCDNP(核軍縮・不拡散に関するウィーンセンター)の「核兵器のない世界」実現に向けた日本政府支援プログラム議長を務めるガウハル・ムハジャノヴァ氏は語った。

このサイドイベントでは、「核兵器の先制不使用(NFU)」政策にさらなる重みを持たせることの重要性も議論された。NFUとは、核保有国が他の核保有国との戦争で先に核兵器を使用しないという誓約である。

現時点でNFUを明確に掲げているのは中国のみであり、他のP5構成国(米、英、仏、露)、ならびにパキスタンや北朝鮮は、核兵器の先制使用を排除していない。インドもNFU政策を取っているが、生物・化学兵器攻撃への報復は例外とする条項がある。

Adedeji Ebo,Director and Deputy to the High Representative of the United Nations Office of Disarmament Affairs (UNODA)
Adedeji Ebo,Director and Deputy to the High Representative of the United Nations Office of Disarmament Affairs (UNODA)

このような先制不使用の誓約をより広く支持することで、誤解や誤算による壊滅的事態を防げる可能性がある。核関連の条約交渉においては、国連軍縮局(UNODA)副代表であるアデデジ・エボ氏が言及する「信頼醸成の対話」が不可欠だ。これは報告や透明性の強化を通じて実現される。

今年のNPT準備委員会(PrepComm)は、この問題に関する議論から始まった。オーストリア外務省軍縮・軍備管理・不拡散局のアレクサンダー・クメント局長は、NPTに関する協議の中で、核保有国は核兵器の保有によって安全保障が確保されていると感じているため、現状維持を優先する傾向が強く、政治的にも優位に立っていると指摘した。これは明らかなパワーバランスの不均衡を示している。

Alexander Kmentt, Director of the Disarmament, Arms Control, and Non-Proliferation Department of the Austrian Ministry of Foreign Affairs photo credit: OPANAL

今年のNPT準備委員会や核兵器禁止条約(TPNW)締約国会合のような会議は、各国代表団やその他の関係者が十分な知識を持ち、自信をもって発言できる環境を整えることが求められている。

エボ氏は、「核軍縮を実質的に前進させるためには、非核保有国の存在が不可欠です。」と強調した。

また、核の傘の下にある国々(核保有国との間で核による安全保障の取り決めを結んでいる国々)は、自らの立場を活かし、非核保有国の非拡散方針を支援すべきだと述べた。  

また、核をめぐる議論を「専門的な領域に閉じ込めず、誰もが関われるようにする」必要性についても述べた。外交官をはじめとした核問題に関与する人々には、正確な知識が求められる。同時に、エボ氏は、一般市民や草の根運動によって、選挙で選ばれた指導者に核軍縮の責任を問い、行動を促すことができる可能性にも言及した。この問題を政治家の関心事項に押し上げることで、「無視するのが難しくなる」と語った。

彼は最後に、「核の問題は、国家だけに任せておくには重要すぎます。」と語った。

Chie Sunada, SGI’s Director of Disarmament and Human Rights

SGIのようなNGOや市民社会団体を通じた軍縮・非拡散教育も進められている。1957年以降、核軍縮はSGIが推進する「平和の文化」の広範な取り組みの一環として位置づけられてきた。砂田氏は、教育が「力強く、国境を越えた連帯意識」を育む上で重要な役割を果たすと語った。

そのためにSGIは、広島・長崎の原爆被害を体験した被爆者による証言を国内外で共有する講演や、年間1万人以上に届けられるワークショップなどを実施している。

パネルでは、国際的な外交努力と草の根運動の両面から核軍縮の取り組みを評価した。核関連の条約が尊重され、順守されるためには、根本において「核兵器に対するタブーとは何か」についての共通認識(例えば、先制不使用や完全禁止など)が必要である。

ムハジャノヴァ氏は、政策決定者、外交官、研究者、そして一般市民の間でも、この「核兵器に関する理解」が異なっている点を指摘し、2026年のNPT再検討会議(2026年4月27日~5月22日)に向けて共通の基盤を探る議論の必要性を訴えた。(原文へ

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INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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悲しみから行動へ―バルカン半島における民主主義刷新への要求

【モンテビデオIPS=イネス・M・ポウサデラ】

バルカン半島で起きた3つの壊滅的な出来事が、体制改革を求める力強い運動を生み出した。ギリシャで57人が死亡した列車衝突事故、北マケドニアで若者59人が命を落としたナイトクラブ火災、そしてセルビアで15人の命を奪った鉄道駅屋根の崩落―これらの悲劇は、単なる偶発的な事故ではなく、放置された安全規制、違法に発行された許認可、そして監視の形骸化といった「構造的失敗」の帰結であり、共通の要因は“腐敗”であった。

こうした運動の先頭に立っているのは、若者、特に学生たちである。そして被害者の家族も、変革を求める強力な声となっている。ギリシャでは「テンピ事故の遺族協会」が、説明責任を求める正統な声として台頭した。北マケドニアでは、抗議運動が経済的・政治的分断を超えて市民を結びつけ、若者の将来への希望のなさと蔓延する腐敗に対する広範な幻滅感が集約された。セルビアの運動は、約400の都市や町に広がり、犠牲者への黙祷後に「30分間の騒音」を鳴らすなど、革新的な抗議手法を生み出している。

3か国はいずれも、国民の記憶に新しい時期に民主化を果たしている。ギリシャは約50年前に軍事政権が崩壊し、北マケドニアとセルビアは1990年のユーゴスラビア解体を経て共産主義から脱した。だが現在、これらの社会には深い幻滅が広がっている。縁故主義、腐敗、パトロネージ(政治的見返り)は蔓延し、国家機能は国民のためではなく、エリートの利益のためにあるかのようだ。特にセルビアでは、北マケドニアほどではないにせよ、政府が権威主義的な方向に傾いている。最も大きな失望を抱いているのは、民主化後に育ち「もっと良い社会」を期待してきた若者たちだ。

2023年2月にギリシャで起きた鉄道事故は、慢性的な投資不足と維持管理の欠如により崩壊した鉄道システムの姿を露呈した。これは腐敗した契約慣行と密接に関係している。政府の否定や無反応に対し、遺族が雇った民間調査員は、衝突直後に多くの乗客がまだ生存していたものの、その後の火災――おそらくは申告されていなかった可燃性化学物質の積載によって引き起こされた火災――によって死亡したことを突き止めた。

北マケドニアでは、3月に火災が発生した「パルス」ナイトクラブがまさに“事故を待つ時限爆弾”だった。工場跡地を改装した建物で、実質的に出口は1つのみ。非常口は施錠され、可燃性素材が多用され、消防設備は皆無。しかも、営業許可証は違法に発行されていた。

セルビア・ノヴィサドの鉄道駅で2024年11月に起きた屋根崩落事故も同様だ。同駅は中国企業との秘密契約で改修されたばかりだったが、安全よりも利益が優先されていたことが悲劇を招いた。

3か国に共通しているのは、過剰な民間資本の影響力が行政を支配し、安全性が私益の犠牲になったことだ。市民社会団体、ジャーナリスト、野党政治家らが警鐘を鳴らし続けていたにもかかわらず、警告は無視されてきた。北マケドニアの抗議スローガン「私たちは事故で死んでいるのではない、腐敗で死んでいる」には、その怒りが凝縮されている。ギリシャでは「彼らの政策が人命を奪った」、セルビアでは「お前たちの手は血で汚れている」と政府に訴える声が上がった。セルビアの「私たちは皆、あの屋根の下にいる」というスローガンには、腐敗が生み出す構造的脆弱性への共通の恐怖が表現されている。

3か国の抗議者は、共通する要求を掲げている。直接的な加害者だけでなく、安全規則違反を可能にした行政官への責任追及、政治的干渉のない透明な調査、そして腐敗の根本的原因に対処する制度改革だ。彼らは、選挙だけでなく、制度化された監視機構と公共の関与による説明責任の確保が、民主主義に不可欠であると理解している。

政府の対応は、予測可能なパターンを辿っている。小さな譲歩を見せたあと、怒りの本質的な解決ではなく、事態の“管理”に動くのである。

北マケドニアでは、内務大臣がナイトクラブの営業許可が違法であったことをすぐに認め、クラブ経営者や公務員など20人の身柄を拘束した。しかし抗議者たちはこれを“スケープゴート探し”であり、制度的改革ではないと捉えている。ギリシャでは列車事故の原因を「悲劇的な人的ミス」として片付けた後に運輸大臣が辞任したが、調査は遅々として進まず、証拠隠蔽や政治的責任回避が指摘されている。セルビア政府は一時的に一部の機密文書を公開し、要求に応える姿勢を見せたが、抗議が継続するとヴチッチ大統領は一転し、抗議者を「西側諸国の諜報機関の傀儡」と非難し始めた。

象徴的なジェスチャーのあとに本質的改革への抵抗が続き、時に抗議の弾圧まで伴うこの対応は、政府と市民の間に深い「信頼の欠如」があることを示している。改革の実行が、そもそも腐敗した機関に依存している限り、改革を信じることはできない―それが、なぜ市民たちが国際基準と市民社会による監視の導入を重視しているかの理由である。

これらの悲劇による感情的な衝撃は、通常なら政治に関心を持たない市民をも動員し、改革への圧力を高める「政策の窓」を生み出した。だがその窓が、目に見える変化のないまま閉じてしまうのか、それとも持続的な圧力が意味ある制度改革を導くのかは、今後にかかっている。

これらの運動が直面する課題は多い。感情的な高まりが落ち着いた後も動員を維持できるか、政府の表層的な改革アピールに取り込まれずに済むか、そして明白な過失への批判から、実現可能かつ変革的な制度提案へと舵を切れるかどうか――である。歴史が示すように、真の改革は稀であり、政府が行動しなければ、怒れる民意はポピュリスト政治家に取り込まれ、逆に反動的な目的に利用される危険性もある。

それでも希望はある。今回の抗議運動には、既存の政治的分断を越えて広範な市民連携が見られる。要求は抽象的ではなく、具体的で文書化された行政の失敗に基づいており、的を絞った制度改革の提案に繋がっている。犠牲者の記憶を尊重するという倫理的重みは、運動のエネルギーを持続させる資源となる。そしてこの運動は、経済的苦境のなかですでに正統性を問われていた腐敗エリート層の統治に追い打ちをかけている。

バルカン半島各地の広場に集まり続ける抗議者たちは、「市民のための民主主義」という力強いビジョンを体現している。繰り返し裏切られてきた民主主義の約束を取り戻そうとするその姿は、「本来、民主主義における権力とは、全ての人のために存在するべきものだ」と私たちに改めて気づかせてくれる。(原文へ

イネス・M・ポウサデラは、市民社会国際連合(CIVICUS)の上級研究員であり、「CIVICUS」の共同ディレクター及びライター、「世界市民社会レポート」の共同著者。

INPS Japan

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