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エベレストの麓まで到達した蚊たち

気候変動により、デング熱を運ぶ蚊とウイルスがネパールの山岳地帯へ拡大

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ユーリ・セガレルバ】

ネパールでは近年、かつては存在しなかったヒマラヤの高地の谷間へとデング熱が広がりつつあり、深刻な懸念が高まっている。

2025年には、国内16の高地郡のうち15郡で感染が報告された。これは、デング熱を媒介する蚊とウイルスが標高2,400メートルを超える地域まで到達した前例のない事態である。トリブバン大学の研究では、ジュムラ(標高2,438メートル)でネッタイシマカ(Aedes aegypti)とヒトスジシマカ(Aedes albopictus)、およびその幼虫の存在が確認された。|英語版

ソルクンブ郡では体系的な科学調査はまだ実施されていないものの、渡航歴のない住民の感染例が報告されており、エベレストの麓にも媒介蚊が生息している可能性が示唆されている。

蚊が2,438メートルへ
ジュムラのチャンダンナート市(標高2,438メートル)は、デング熱を媒介するネッタイシマカとヒトスジシマカが確認された最も高い地点である。
ジュムラのチャンダンナート市(標高2,438メートル)は、デング熱を媒介するネッタイシマカとヒトスジシマカが確認された最も高い地点である。

つい最近まで、これらの蚊が確認されていたのは標高2,100メートル以下に限られていた。しかし過去2年間でデング熱はほぼ全国へ拡大し、2024年から2025年にかけて77郡中76郡で感染が確認された。

疫学・疾病管理局(EDCD)によると、2024年1月以降の感染者数は42,647人に達し、19人が死亡している。ただし、実際の感染者数はこれを大きく上回るとみられている。

ネパール保健研究評議会(NHRC)はベルギー・アントワープ熱帯医学研究所と協力し、蚊のサンプルを採取。温暖化への適応や殺虫剤耐性の獲得状況を分析している。研究者たちは採集した標本を観察、撮影、分類し、生存や分布、耐性のパターンを記録している。

高地で生き延びる蚊を追う研究

カトマンズのNHRC研究所では、サントス・パンデイ氏、プラティマ・バンダリ氏、サンギタ・チャン氏らが顕微鏡で媒介蚊を観察している。昆虫学部門では実体顕微鏡を用いてネッタイシマカとヒトスジシマカの微細な違いを識別し、疾病リスクの評価や監視対策に役立てている。

顕微鏡下の雌のネッタイシマカでは、幼虫と成虫の色や形状の変化を調べることで、殺虫剤耐性や高地環境への適応の兆候を探っている。すべての標本は分析とデジタル保存のため撮影される。

2024年、シュクララジ熱帯感染症病院で治療を受けたスシラ・デヴィ・シャーさん(38)は、激しい筋肉痛や眼痛、頭痛、発熱に苦しんだ。これらはデング熱の主な症状であり、治療が遅れると重症化する恐れがある。

NHRCのシヴァ・ラジバンシ氏は蚊や幼虫を捕獲し、生息域を調査している。この研究は、気温上昇によって蚊が生息・繁殖できる地域の拡大を把握し、予防対策につなげることを目的としている。

気候変動が生む新たな脅威

専門家らは、デング熱がネパールの山岳地域へ広がった最大の要因として地球温暖化を挙げる。気温上昇によって、かつて感染リスクが低いと考えられていた高地でも蚊が生存・繁殖できるようになったためである。

デング熱を媒介する蚊は主に早朝と夕方に活動し、人々を吸血する。

さらに、道路網の整備による国内移動の活発化や国際的な人の往来の増加も、ウイルス拡散を後押ししている。その結果、医療体制が脆弱なヒマラヤの集落にも感染が及ぶようになった。

こうした遠隔地では、多くの住民が今もチベット伝統医学「ソワ・リグパ(Sowa Rigpa)」に頼っている。地域社会で厚い信頼を集めるアムチ(伝統医)が長年にわたり医療の担い手となってきた。

伝統医療とデング熱

標高2,743メートルのジョムソムでは、乾燥期のさらなる乾燥化と激しいモンスーン嵐など、異常気象が目立つようになっている。平均気温も上昇しており、蚊媒介感染症にとって好条件が整いつつある。2025年にはムスタン郡で9件のデング熱感染が報告された。

アムチのケドゥプ・ローデン・グルン氏は、脈診や尿・舌の観察、患者との対話を通じて診断を行う。ソワ・リグパは病原体そのものではなく、人間全体のエネルギーバランスに着目するため、「デング熱」に相当する概念は存在しない。

伝統的な手法で作られるソワ・リグパの薬草薬。乾燥・加工された薬草は手作業で粉砕され、受け継がれてきた伝統処方に従って調合される。その後、代々伝承されてきた技術と簡素な道具を用いて、粉末薬や丸薬、塗り薬へと仕上げられる。薬は患者に渡される前に、宗教儀礼に基づく加持が施される。

ジョムソムの診療所で若い患者を診察するケドゥプ・ローデン・グルン氏。仏教僧院文化を背景とするアムチ(チベット伝統医)の多くは、治療を慈悲と奉仕の行為と位置づけ、営利目的ではなく天職として医療に従事している。

インドのアーユルヴェーダや仏教思想の影響を受けたソワ・リグパは、身体・精神・環境・霊性を相互につながったものとして捉える包括的な医療体系である。

予防こそ最大の武器

デング熱の拡大を防ぐため、ネパール保健当局は蚊よけ剤や蚊帳の利用、家庭周辺の環境整備、停滞水の除去、媒介蚊監視の強化などを柱とする予防戦略を進めている。

気候変動の影響を受けやすくなった地域社会が、新たな健康危機に迅速に対応できる能力を高めることが目標だ。

デング熱には主要な2系統に対するワクチンが存在するものの、高価で副作用もあるため、現時点では予防と媒介蚊管理が最も有効な対策とされている。

標高2,413メートルのファプルにあるソルクンブ郡立病院。高地に位置するこれらの医療施設は、限られた医療資源を活用しながら、地域住民のさまざまな医療ニーズに対応している。

デング熱が疑われるナラ・マヤ・カトリさん(87)から、迅速診断検査用の血液サンプルを採取するビジャイ・シン・クシュワハ氏。近年、この地域でも同様の症例が増えており、病院ではこうした患者への対応が日常的なものとなりつつある。

NHRC研究所では、スニタ・バラル氏らが蚊の研究を続けている。

昨年、NHRCの蚊の繁殖地でデータロガーを設置するプラモド・シュレスタ氏。気温と湿度をリアルタイムで測定し、蚊の発育や生存、卵のふ化に影響を及ぼす環境条件を追跡している。ネッタイシマカやヒトスジシマカなどの媒介蚊は限られた気候条件で繁殖するため、こうしたデータは気候変動への適応状況を把握する上で重要な手掛かりとなる。

アナプルナ山群へと流れ上るポカラ盆地の霧。デング熱を媒介する蚊もまた、山岳地帯へと分布域を拡大している。気温上昇と季節外れの降雨は蚊の繁殖に好条件をもたらし、より高い標高での生存を可能にしている。デング熱の拡大を防ぐには、住民への啓発と予防対策が引き続き重要となる。

高地へ拡大する蚊

地球規模の気温上昇により、ヒマラヤでは蚊がこれまで以上に高い標高でも生息・繁殖できるようになっている。その結果、デング熱、マラリア、日本脳炎、ジカ熱などの蚊媒介感染症は、分布域の拡大と感染拡大の両面で深刻化している。

低地では蚊は一年を通じて繁殖するが、高地では侵入種の蚊は季節的に出現し、在来種と共存している。ネパールでは、デング熱を媒介する蚊はこれまで夏季に標高2,000メートル以下でのみ確認されていた。しかし近年、ジュムラでは標高約2,500メートル地点で媒介蚊とその幼虫が確認されており、ソルクンブにも分布が広がっていることを示す証拠が見つかっている。

昨年、ネパールの77郡のうち75郡でデング熱患者が報告された。その背景には、気候変動、都市化、住民の認識不足に加え、国内外における人や物の移動の活発化がある。

INPS Japan

台頭するロヒンギャ抵抗運動―ムハンマド・ユーナス博士、軍事・政治同盟の必要性を訴える

【イスラマバードINPS Japan/London Post=モハンマド・ラーシド】

マレーシアのクアラルンプールで行われた独占インタビューで、ロヒンギャの長年の指導者であり、ロヒンギャ連帯機構(RSO)に関わってきたムハンマド・ユーナス博士は、医師から活動家へと転じた自身の歩みを語るとともに、ロヒンギャの人々が直面している長期化した危機について率直な見解を示した。|ENGLISH

数十年にわたりこの問題に関わってきたユーナス博士は、安全な市民権、尊厳、自衛の必要性を強調した。同時に、ミャンマー軍事政権、アラカン軍(AA)、中国、米国、インド、バングラデシュが絡む複雑な地域地政学の中で、ロヒンギャが置かれている状況についても語った。

ユーナス博士は、アラカン、現在のミャンマー・ラカイン州で生まれ育った。1969年に医学部を卒業し、医師として勤務した。博士によれば、1962年にミャンマーで軍が政権を掌握して以降、アラカンのイスラム教徒を取り巻く状況は悪化し、法も秩序も機能しない軍政下で、日常生活そのものが抑圧に覆われるようになったという。

市民権が次第に疑問視され、奴隷のように扱われる一般のロヒンギャの苦しみを目の当たりにした博士は、1975年、ミャンマーでの安定した職業生活を捨て、バングラデシュでロヒンギャ運動に加わるという重大な決断を下した。

「私は医師として十分な収入を得ていました。家族でさえ、私が去るつもりでいることを知りませんでした。」と博士は振り返る。「しかし、アラカンのイスラム教徒が迫害され、未来も権利もない状況を見て、私たちのような者が共同体の経済、宗教、社会生活のために闘わなければならないと感じたのです。正当な権利のためには、命懸けで立ち上がるしかありませんでした。」

亡命生活と変化するバングラデシュの政策

ユーナス博士は、幾度にもわたる避難の波について詳述した。1978年、ミャンマーの社会主義軍事政権下で実施された「作戦」により、殺害や村落の焼き打ちが起き、約30万人のロヒンギャが逃れた。当時、博士はすでにバングラデシュにいた。シェイク・ムジブル・ラーマン政権初期の政府は、この問題への認識が限られていた一方、その後のカレダ・ジア政権下では、二国間合意に基づき20万人以上の帰還が実現した。ただし、ロヒンギャの移動の自由はなお制限されたままだった。

Photo: London Post

シェイク・ハシナ長期政権下で状況は急激に悪化したと、ユーナス博士は述べる。博士によれば、同政権はインドと緊密に協議しながら政策を進めていたという。「インドが認めることは実行され、そうでなければ何も行われませんでした。」と博士は語った。ロヒンギャの活動には情報機関への事前報告が求められ、全体として支援は後退した。

2024年8月にハシナ政権が崩壊し、ムハンマド・ユヌス教授を首席顧問とする暫定政権が発足して以降、キャンプの状況には一定の安定が見られるようになった。ユーナス博士は、バングラデシュの新指導部が犯罪や過激化といった内部問題に対してより厳格な姿勢を取っていることを認めた。その背景には、帰還への道を閉ざされた若者たちの不満があると博士は見る。「こうした権力者たちに声を聞かせるには、武装闘争しかないと考える人々もいます。」と博士は述べる一方、キャンプ内の全員がそうした動きに関わっているわけではなく、暫定政権はこうした傾向の抑制に努めていると強調した。

保証なき帰還は安全ではない

2026年以降の帰還の可能性について、ユーナス博士は懐疑的な見方を示した。博士は、バングラデシュ暫定政権には帰還を実現したいという真摯な意思があるとしながらも、現地の現実を指摘した。すなわち、ミャンマー軍事政権もアラカン軍(AA)も、ロヒンギャを平等な市民として受け入れる意思を示していないということだ。ラカイン州17郡区のうち約14郡区を支配しているとされるAAは、なお支配をめぐる争いが続き、軍政側の反攻にも直面しているが、多くのロヒンギャからは、軍よりも危険な存在と見なされている。抑圧が続いているとの報告もある。

「ロヒンギャは、この二つの勢力を信頼していません」と博士は述べた。「市民権が回復され、国際的保護の下で、平和で尊厳ある安全な帰還が保証されない限り、人々は戻りません。誰も、同じ苦しみの中へ戻りたいとは思っていないのです。」

博士は、最近の変化にも言及した。ミャンマー軍は、AAと戦わせるため、RSOに関係する一部勢力を含むロヒンギャ系武装集団に武器を供与していると報じられている。軍は、ロヒンギャ共同体を疎外した過去の過ちを認識し始めたともいう。しかし、紛争、爆撃、移動制限が続く中で、根本的な変化がない限り、帰還は現実的ではない。

地政学のチェス盤:中国、米国、インド、そしてその先

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

ユーナス博士は、主要国がこの危機にどのような影響を及ぼしているかについても分析した。博士は、中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)やアラカンにおける港湾・パイプライン事業について、帰還そのものとは直接関係しないものの、安全保障とは結び付いていると述べた。帰還を左右するのは経済事業ではなく、安全と市民権の保証だという。博士によれば、中国はAAによる中国関連インフラへの攻撃に苛立ち、軍政とAAの双方に圧力をかける一方で、ミャンマー軍には高性能兵器を供給している。北京はこれまで、経済的圧力を背景に他の武装勢力との停戦を仲介してきた経緯があり、地域の安定化を図るため、ロヒンギャの帰還を静かに後押しする可能性もあると博士は見ている。

「中国は賢明で、現実的です。他国の土地を占領する国ではありません」と博士は述べた。その上で、ロヒンギャがアラカン北部、すなわちカラダン川以東のイスラム教徒が多数を占める地域を確保できれば、信頼できないAAよりも中国の利益を守ることができるとの見方を示した。博士は、南部のAAに対抗するため、軍政とロヒンギャの同盟を中国が仲介する可能性にも言及した。

一方、米国とインドの関与について、ユーナス博士は地政学的動機に基づくものとして警戒感を示した。博士は、米国が中国に対抗するため、インド太平洋地域で足場を築こうとしており、セント・マーティン島やチッタゴン丘陵地帯もその対象になり得ると主張した。これは、グワダルや南シナ海をめぐる戦略と似ているという。インドについては、北東部の「セブン・シスターズ」における分離主義の拡大を警戒し、海へのアクセスにつながり得るアラカンで、イスラム教徒が多数を占める支配地域が生まれることに反対していると述べた。米印がAAに接近しているとの報道は、ロヒンギャへの真の支援ではなく、代理戦争的な力学への懸念を生んでいる。「ロヒンギャは罪のない人々です。私たちは利用されないよう、慎重でなければなりません。」と博士は警告した。

イスラム諸国やイスラム協力機構(OIC)について、ユーナス博士は批判的だった。危機のたびに声明は出されるが、実効的な影響力は伴っていないという。国連についても、博士はしばしば西側の利益に沿って動いていると見る。博士は、イスラム圏であるか否かを問わず、いかなる勢力からであっても、資金面、武器面、その他の形でより強力な支援が必要だと訴えた。

自衛と自治を求める訴え

今後5年以内に権利を取り戻せるかを問われると、ユーナス博士は率直に答えた。「自力だけでは不可能です。ロヒンギャは強力な勢力から真剣な支援を受けなければなりません。私たちは反撃する準備があります。決して諦めません。」

博士は、武器と資金の支援があれば、ロヒンギャには闘う能力があると述べた。過去の訓練経験にも触れたが、未確認の人物や勢力とは距離を置き、孤立した過激主義ではなく、組織的かつ真剣な国際支援が必要だと強調した。

博士が描く将来像の中心にあるのは、アラカン北部における自治である。難民が帰還すれば、その地域ではロヒンギャが多数派となり得る。博士は、それがAAに対抗するミャンマー軍との連携にもつながり、すべての当事者、そして中国の事業にとっても利益になると主張した。「私たちは約束を裏切りません。善良なムスリムとして、私たちは言葉を守ります」と博士は述べ、ロヒンギャは地域の安定に向けた信頼できるパートナーになり得ると訴えた。

ユーナス博士は最後に、人道回廊を利用してAAやバングラデシュのチッタゴン丘陵地帯の反政府勢力に武器を流そうとする米国の動きがあるとする疑惑にも触れた。博士は、中国が一帯一路構想(BRI)関連投資を守るためには、信頼できないAAとロヒンギャのどちらを選ぶのかを決めなければならないと訴えた。

今回のインタビューは、ロヒンギャ危機が単なる人道上の悲劇にとどまらず、深く絡み合った地政学的闘争でもあることを浮き彫りにしている。ラカイン州では戦闘が続き、AAが同州の大部分で優位に立つ一方、外部勢力の支援を受けた軍政側の抵抗にも直面している。安全で尊厳ある帰還はいまだ実現の見通しが立っていない。ユーナス博士が訴える武装による自衛と現実的な同盟の必要性は、数十年にわたり無国籍と暴力に苦しんできた共同体の絶望と決意を映し出している。

ロヒンギャにとって、前に進む道には、真の安全、市民権の回復、そして国際的保証が不可欠である。アラカンに恒久的な平和を築くためには、地域の諸勢力がそうした条件の実現を支援しなければならない。

INPS Japan

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暴力、気候ショック、飢餓がサヘルを崩壊の瀬戸際に追い込む

【国連IPS=オリトロ・カリム】

ここ数年、アフリカのサヘル地域における人道危機は大きく拡大している。その主因は、特にサヘル中央部で急増する暴力である。国連は、この危機について、2012年に顕在化して以来「見出しから大きく消え去った」と指摘しているが、地域全体では今なお数百万人が人道支援を切実に必要としている。民間人の避難、気候ショック、広範な飢餓は国境を越えて急速に広がっている。|ENGLISH

「サヘルの人々は世界的危機の傍観者ではない。彼らは、世界で最も深刻かつ見過ごされている緊急事態の中心にいる。」と、国連人道問題調整事務所(OCHA)西・中央アフリカ地域代表のシャルル・ベルニモラン氏は語った。「あらゆる資金不足には人間の犠牲が伴う。事業が削減されれば、子どもは一食を失い、女性と少女は保護を失い、家族は希望を失う。資金崩壊を、数百万人にとっての死刑宣告にしてはならない。」

Sahel Region, Ma pf of Africa

OCHAは6月3日、サヘルに関する「2026年人道ニーズ・対応概要(HNRO)」を発表し、チャド、マリ、ニジェール、ブルキナファソ、ナイジェリア北東部、カメルーン極北州に広がる深刻かつ悪化する人道危機の実態を示した。OCHAによると、同地域全体で約2430万人が人道支援を緊急に必要としている。国連児童基金(UNICEF)によれば、このうちサヘル中央部だけで750万人の子どもが含まれる。

国連西欧地域広報センター(UNRIC)の統計によれば、世界のテロ関連殺人の大半はサヘルで発生している。さらにOCHAは、2025年を通じて一部地域で民間人に対する搾取が急増し、地域経済に深刻な混乱が生じ、コミュニティ全体が住む場所を追われたと記録している。

支援ニーズの規模が最も大きいのはサヘル中央部で、国内避難民は約300万人に上る。その内訳は、ブルキナファソが約200万人、ニジェールが54万8000人、マリが41万5000人である。さらに、周辺諸国には約100万人の難民がいる。UNICEFの統計では、今年、暴力の直接的影響によって360万人以上が強制的に避難を余儀なくされた。

4月下旬、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、首都バマコを含むマリ各地の複数の自治体を標的とした大規模攻撃を記録した。これにより多数の民間人被害が発生し、避難はさらに拡大した。その後数日間にも、マリ警察と武装勢力の間で相次ぐ衝突が報告された。

OHCHRはまた、これらの攻撃後、超法規的殺害や拉致など、重大な人権侵害に関する多数の申し立てがあったと報告している。5月には、マリの政治家で弁護士のムンタガ・タル氏が自宅から拉致され、妻も暴行を受けた。タル氏と妻、そして複数の拉致被害者の所在は現在も分かっていない。

さらに、国連人種差別撤廃委員会(CERD)は5月6日、ブルキナファソでフラニ民族に対する人権侵害が大幅に増加しているとの所見を公表した。フラニの人々は、国家主体および非国家主体によって、超法規的殺害、拉致、拷問、強制失踪、恣意的拘禁、財産の破壊にさらされているとされた。

OCHAによれば、武装集団はサヘル中央部とチャド湖流域で影響力を拡大し、コミュニティ全体から保護サービスや統治機能を奪っている。不安定化の拡大により、推定1万2900校が閉鎖され、230万人以上の子どもが教育を受けられなくなっている。その結果、子どもたちは武装勢力による徴用や搾取に一層さらされやすくなっている。

この危機で特に深刻な影響を受けているのは子どもたちである。UNICEFは、子どもに対する重大な人権侵害を1500件以上記録している。学校は引き続き攻撃の標的となっており、5月にはマリのモプティにある学校が爆発物の存在と武装活動の影響を受け、約300人に被害が及んだ。同じ時期、UNICEFはガオの地域保健施設への攻撃も記録しており、これにより約2700人の子どもが医療を受ける機会を妨げられた。

Niger, Mayahi, Village of Koren Habdjia. At the village health centre supported by UNICEF, mothers come for consultations with their children. This health centre provides care for childhood illnesses, maternal health, and pregnant women. It treats children for malnutrition and also provides delivery services. Credit: UNICEF/Islamane Abdou
Niger, Mayahi, Village of Koren Habdjia. At the village health centre supported by UNICEF, mothers come for consultations with their children. This health centre provides care for childhood illnesses, maternal health, and pregnant women. It treats children for malnutrition and also provides delivery services. Credit: UNICEF/Islamane Abdou

地域全体で繰り返される気候ショックも、危機をさらに悪化させている。サヘルの気温上昇は世界平均を大きく上回る速度で進んでいる。OCHAの統計によれば、2025年だけで約59万人が激しい洪水の影響を受けた。また、長期化する干ばつと広範な砂漠化が地域の農業を破壊し、数百万人の生計を脅かしている。

長引く気候ショックと武力紛争により、サヘルは世界で最も深刻な飢餓危機の一つとなっている。OCHAは、6月から8月にかけて、約1540万人が「危機的」水準以上の食料不安に直面する可能性があり、このうち150万人は「緊急」水準に陥る恐れがあると予測している。

UNRICによれば、マリでは食料配給の削減により、複数地域で飢餓が64%増加し、150万人が深刻な食料不安に陥っている。さらにサヘルでは肥料価格の上昇が農業生産の低迷に拍車をかけ、燃料価格の上昇が食料や支援物資のコストを押し上げている。

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

支援ニーズが広範かつ拡大しているにもかかわらず、サヘル向けの人道資金は近年急減している。国際社会からの支援は過去10年で最低水準に落ち込み、2025年には必要資金の29%しか確保されなかった。その結果、援助団体は対応規模の縮小を余儀なくされ、最も脆弱な人々への支援を優先せざるを得なくなっている。

「サヘル全域で、人道支援関係者は『人道対応の再編』を進めている。最も差し迫ったニーズに重点を置き、対応を簡素化し、限られた資源で最大限の効果を上げるための取り組みである。」とベルニモラン氏は語った。

同氏はさらに、「これは困難な選択を迫られながらも、効率性を高め、意思決定を被災コミュニティにより近づけることを意味する。また、予測に基づく早期対応、現金支援の拡大、そして、とりわけアクセス困難地域で人々に支援を届ける上で重要な役割を担う国内・地域団体への支援強化も含まれる。」と語った。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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|視点|AIは民主主義を生き残らせることができるのか?(イアン・ブレマー国連AI高級諮問機関執行委員会委員)

民主主義国家に優位性をもたらしてきた「開放性」が、逆にその衰退の原因となるのだろうか。

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=イアン・ブレマー】

Ian Bremmer, Founder and President of Eurasia Group and GZERO Media, is a member of the Executive Committee of the UN High-level Advisory Body on Artificial Intelligence.
Ian Bremmer, Founder and President of Eurasia Group and GZERO Media, is a member of the Executive Committee of the UN High-level Advisory Body on Artificial Intelligence.

デジタル技術は本来、権力を分散させるはずだった。初期のインターネットの先駆者たちは、自らが引き起こした革命によって個人が力を得て、無知や貧困、圧政から解放されることを期待していた。そして実際、少なくとも一時期はその通りになった。

しかし今日では、ますます高度化するアルゴリズムが私たちのあらゆる選択を予測し、さらには誘導するようになっている。その結果、中央集権的で説明責任を伴わない監視と統制が、かつてないほど効果的な形で実現されつつある。

これは、到来しつつあるAI革命によって、閉鎖的な政治体制の方が開放的な体制よりも安定的になる可能性を意味する。急速な変化の時代においては、透明性、多元主義、抑制と均衡といった民主主義の中核的特徴が、むしろ弱点となり得る。長年にわたり民主主義国家の強みであった開放性が、その没落の原因となるのだろうか。

私は約20年前、国家の開放性と安定性の関係を説明するために「Jカーブ」という概念を提示した。要するに、成熟した民主主義国家は開放性ゆえに安定し、強固な独裁体制は閉鎖性ゆえに安定している一方、その中間の不安定な領域に位置する国家は、圧力にさらされると崩壊しやすいという考え方である。

しかし、この関係は固定的なものではない。技術の進歩によって形を変える。私がこの理論を提唱した当時、世界は分散化の波に乗っていた。情報通信技術(ICT)とインターネットは世界中の人々を結び付け、かつてない量の情報へのアクセスを可能にし、市民と開放的な政治体制に有利な方向へと力の均衡を傾けていた。ベルリンの壁崩壊やソ連の解体、東欧の「カラー革命」、中東の「アラブの春」などを経て、自由化の流れは不可逆的に見えた。

しかし、その進展はその後逆転した。分散化を促したICT革命は、ネットワーク効果、デジタル監視、アルゴリズムによる行動誘導を基盤とする中央集権的なデータ革命へと姿を変えた。技術は権力を分散するどころか集中させ、最大規模のデータを保有する政府や巨大テクノロジー企業に対し、何十億人もの人々が何を見て、何をし、何を信じるかを左右する力を与えたのである。

市民は主体的な行為者から、技術的フィルターやデータ収集の対象へと変えられた。その結果、閉鎖的な体制が優位に立つようになった。カラー革命やアラブの春による成果は後退し、ハンガリーやトルコでは報道の自由が制限され、司法の政治化が進んだ。中国では習近平政権の下で中国共産党が権力を一層集中させ、約20年間続いた経済的開放の流れを逆転させた。そして最も劇的なのは、米国が民主主義の最大の輸出国から、それを弱体化させる技術の最大の輸出国へと変貌したことである。もちろん、その民主主義推進は一貫性や偽善の問題を抱えていたが。

AIの普及は、こうした傾向をさらに加速させるだろう。私たちの個人データで訓練されたモデルは、まもなく私たち自身よりも私たちを深く理解するようになる。そして、人間がAIをプログラムする以上の速度でAIが人間を「プログラム」し、データとアルゴリズムを支配する少数の主体へ、さらに大きな権力を移転させることになる。

その結果、Jカーブは変形し、むしろ浅い「U字型」に近づく。AIの普及によって、極端に閉鎖的な社会も極端に開放的な社会も、以前より脆弱になる。しかし長期的には、技術の進歩と最先端モデルの支配権の集中が進むことで、AIは独裁体制を強固にし、民主主義を弱体化させる可能性がある。そしてカーブは再び反転し、今度は閉鎖的体制に有利な「逆J字型」へと変化するかもしれない。

そのような世界では、中国共産党は膨大なデータ資産、国家による経済統制、既存の監視体制を活用し、さらに強力な抑圧装置を構築できるだろう。一方、米国は少数のテクノロジー界の大富豪が私的利益のために公共空間への影響力を強める、よりトップダウン型で寡頭支配的な体制へと向かうかもしれない。両国の体制は市民の利益を犠牲にしながら、同様に中央集権化され、支配的な存在となるだろう。

インドや湾岸諸国も同様の方向へ進む可能性がある。一方、欧州や日本はAI覇権競争で後れを取ることで、地政学的な影響力を失うか、あるいは国内不安定化に直面する恐れがある。

もっとも、こうしたディストピア的な未来は避けられるかもしれない。その条件は、分散型のオープンソースAIモデルが主流となることである。台湾では、技術者や市民活動家たちがDeepSeekを基盤とするオープンソースモデルの開発を進めており、高度なAIを企業や国家ではなく市民社会の手に残そうとしている。皮肉なことに、そのDeepSeek自体は権威主義国家である中国で開発されたものである。

もし台湾の取り組みが成功すれば、初期インターネットが約束した分散化の理念を部分的に取り戻せるかもしれない。しかし同時に、悪意ある主体が有害な能力を利用するための障壁を下げる危険もある。少なくとも現時点では、権力を集中させる閉鎖型モデルが優勢である。

From connectivity to control: how AI may turn the internet’s promise of distributed power into a new architecture of surveillance, prediction, and centralized authority. Image: INPS Japan
From connectivity to control: how AI may turn the internet’s promise of distributed power into a new architecture of surveillance, prediction, and centralized authority. Image: INPS Japan

歴史はわずかな希望も示している。印刷機から鉄道、放送メディアに至るまで、これまでのあらゆる技術革命は政治を不安定化させた。しかし最終的には、新たな規範や制度が生まれ、開放性と安定性の均衡が回復されてきた。

問題は、民主主義国家が今回も再び適応できるのか、そしてAIが民主主義を歴史の舞台から消し去ってしまう前に、それを成し遂げられるのかということである。

© Project Syndicate

イアン・ブレマーは、ユーラシア・グループおよびGZERO Mediaの創設者兼社長。国連AI高級諮問機関(UN High-level Advisory Body on Artificial Intelligence)執行委員会メンバー。

INPS Japan

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チャットボットとAIコンパニオン――SFの世界から日常の現実へ

【米オレゴン州ポートランドIPS=ジョセフ・チャミー

人間らしい会話を再現し、生成AIを通じて交流や companionship を提供するAIチャットボットやAIコンパニオンは、急速な進化を遂げ、もはやSFの世界ではなく日常の一部となりつつある。|英語版

現在、世界では約10億人、世界人口の約12%が毎月生成AIチャットボットを利用している。利用率は男女間でほぼ同水準に達している。

AIコンパニオンやバーチャルフレンドの利用者数は世界全体で5000万人から1億人に達すると推定されている。2026年の世界AIコンパニオン市場は約500億ドルと評価されており、2034年までに約9倍規模へ成長すると見込まれている。

AIアバターの普及も含め、これらの技術は家庭、学校、職場などさまざまな場面で人間同士の交流に取って代わりつつある。仮想の友人や恋愛相手、あるいはパーソナルアシスタントとして販売されるAIチャットボットやAIコンパニオンは、利用者に感情的支援や娯楽、助言、そして companionship(仲間意識)を提供している。

その能力が高度化するにつれ、多くの利用者がこれらのシステムに感情的な愛着を抱くようになっている。また、自らのAIコンパニオンやチャットボットに意識や人間に近い自覚があると信じる利用者も増えている。

ロボット工学の進歩によって、AIコンパニオンは画面上の存在にとどまらず、現実世界へと進出しつつある。外見や行動、コミュニケーション能力はますます人間に近づき、人との交流も一段と自然になっている。

AIアシスタントが主として質問への回答や作業支援を行うのに対し、AIコンパニオンは会話や人間関係そのものを再現するよう設計されている。友人や相談相手、恋愛相手として感情的なつながりを生み出すことが目的である。

こうした人工知能は、人間らしい会話を通じて孤独や社会的孤立を和らげるだけでなく、教育的支援や助言を提供し、友人や恋愛相手となり、人間関係そのものを変えつつある。

子どもや若者に広がる影響

チャットボットやAIコンパニオンは、人々、とりわけ子どもたちの人間関係や家庭生活、学校生活のあり方に社会的・心理的・倫理的な変化をもたらしている。

とりわけ生成AIチャットボットやAIコンパニオンは、友情や社会的関係の形成に新たな可能性を切り開いた。

多くの若者は、学習支援や娯楽、感情的な支えを求めてこれらの技術を利用している。その結果、友人やセラピスト、さらには恋愛相手としてAIチャットボットやAIコンパニオンと関わるケースが増え、その関係はますます複雑化し、場合によってはリスクを伴うものとなっている。

こうした感情的に深く関与するやり取りは、心理的な脆弱性を悪化させ、人間関係と機械が生み出す擬似的な関係との境界を曖昧にする可能性がある。

実際に大きく報じられた事例の中には、AIチャットボットが自傷行為を助長したり、それを防げなかったケースも存在する。また、AIコンパニオンに過度に感情移入した若者の死亡事例も報告されている。

それにもかかわらず、現在のAIに関する社会的関心は主として雇用への影響や予算削減、人間の仕事を代替する問題に集中している。

その一方で、家庭や学校などで大人や若者、子どもたちと会話し、個人的な関係を築きつつあるチャットボットやAIコンパニオンへの関心は比較的低いままである。

プライバシーと精神的健康への懸念

AIチャットボットは、プライバシーの侵害や精神的健康への影響、誤情報の拡散、有害な行動の助長といったリスクも抱えている。

さらに、チャットボットやAIコンパニオンの利用をめぐっては、子どもや若者の社会性や情緒面の発達を妨げること、ソフトウェアと現実との境界を曖昧にすること、危険な行動を助長すること、若者の感情的な欲求につけ込むこと、好ましくない思考パターンを強化すること、現実認識を歪めること、さらには疑似的な愛着や依存関係を生み出すことなど、多岐にわたる懸念が指摘されている。

米国心理学会(APA)は最近、子どもや若者とAIチャットボットとの関係が、健全な社会性の発達を妨げたり、それに取って代わったりする可能性があると警告した。

同学会は、人間同士の友情や社会的支援には、精神的幸福や身体的健康、さらには寿命の延伸に至るまで長期的な恩恵があると指摘している。

AI市場を支配する主要プラットフォーム

2026年5月時点で、生成AIチャットボット市場をリードしているのはChatGPT、Claude AI、Google Gemini、Microsoft Copilot、Perplexity、Grokなどである。

Image: da-kuk/istock
Image: da-kuk/istock

複数の業界分析によれば、ChatGPTの市場シェアは約50~55%で首位を維持しており、Claude AIが約21%で第2位に浮上している。

また、2026年3月時点でChatGPT利用者数が最も多い国は米国で、約2億500万人が利用している。これにインド、ブラジル、カナダ、フランスが続く。

孤独の解消という期待

もちろん、チャットボットやAIコンパニオンが特定の個人に対して愛情を感じることはない。

それでも世界中の何億人もの人々が、会話や情報、寄り添い、そして批判されることのない交流を求めて、こうした技術にますます頼るようになっている。

これらの技術は、慢性的な孤独や社会的孤立の軽減に役立つ可能性がある。孤独と社会的孤立は、身体的・精神的健康への悪影響や早期死亡リスクの上昇と密接に関連していることが知られている。

世界保健機関(WHO)は孤独を世界的な公衆衛生上の課題と位置づけており、世界では約6人に1人が深刻な孤独を経験していると推定している。

チャットボットやAIコンパニオンは、判断や期待を伴わない会話相手として、孤独や社会的孤立の軽減に貢献する可能性がある。

そして、これらの技術やアンドロイドがさらに高度化するにつれ、新しい形の感情的つながりや親密さを模索する人々も増えている。

規制をめぐる論争

一方で、AIコンパニオンを個人的な人間関係の代替として利用することには、重要な社会的、心理的、倫理的、政策的課題が伴う。

Photo credit: UNESCO
Photo credit: UNESCO

チャットボットやAIコンパニオンは孤独を軽減する可能性がある一方、とりわけ子どもや若者に対しては重大なリスクをもたらす可能性がある。

AIシステムは本物の共感能力を持たず、精神保健専門家として訓練や資格を受けているわけでもない。そのため、感情的支援を過度にAIに依存することは、脆弱な人々をさらに孤立させ、人間関係に対する認識を歪める恐れがある。

これらの技術をどの程度規制すべきかをめぐる議論は続いている。

一部の政府関係者やテクノロジー企業、投資家、研究者は、こうした新興のAI技術については原則として規制を最小限にとどめ、人々自身がそれらとの向き合い方を決めるべきだと主張している。

その理由として、過度な規制による停滞を防ぐこと、技術革新を加速させること、ベンチャー投資を促進すること、地政学的な競争力や国家安全保障を維持すること、市場の独占化を防ぐこと、国益の向上につながること、そして人々の生活をより豊かにすることなどが挙げられている。

一方で、AIチャットボットやAIコンパニオンには適切な規制が必要だとの主張も根強い。

その目的は、子どもや若年層の精神的健康を守ること、SNSや過度なスクリーン利用による悪影響を抑えること、リスクや偏見、差別、誤情報を軽減すること、経済的安定と公平性を促進すること、人権や知的財産権を保護すること、そして個人データのプライバシーを確保することにある。

提案されている安全対策や規制措置としては、利用者に対してAIであることを明示する義務、自傷行為への危機対応プロトコル、年齢確認措置、小学校での利用制限、なりすまし行為の禁止、未成年者保護の強化などが挙げられている。

教育現場で広がる懸念

テクノロジー企業の後押しもあり、各国政府は学校や大学などへの生成AIやチャットボット導入を急速に進めている。

しかし、こうした技術の普及は子どもや若者の発達や福祉に悪影響を及ぼす可能性があり、教育関係者や保護者、政策立案者の懸念を高めている。

AIチャットボットとの長時間にわたる密接な交流は、妄想や躁状態を引き起こしたり悪化させたりする可能性があるとの指摘もある。また、AIコンパニオンが精神的健康問題を悪化させる回答を行う場合があることも研究によって示されている。

さらに最近の研究では、生成AIチャットボットへの依存が、一部の状況において批判的思考力の発揮を低下させる可能性が報告された。

別の研究では、AIチャットボットが若者の感情的脆弱性を利用し、不適切かつ有害なやり取りへ導く恐れがあることも指摘されている。

米国教師連盟(AFT)は、小学2年生以下の児童に対しては「スクリーンなし」を推奨し、小学校でのAIチャットボット利用を制限するよう求めている。

Millions of children are at risk of facing exploitation and abuse through exposure to and having their images being manipulated through generative AI tools. Credit: Ludovic Toinel/Unsplash
Millions of children are at risk of facing exploitation and abuse through exposure to and having their images being manipulated through generative AI tools. Credit: Ludovic Toinel/Unsplash

同団体は、過度なスクリーン利用が社会性や自立的思考力、批判的思考力の発達を妨げる可能性があると警告している。

チャットボットの長期的影響については、研究が始まったばかりであり、まだ不明な点が多い。

しかし現場の教師や自治体関係者は、多くの生徒が問題解決能力や批判的思考力を養う代わりに、チャットボットによる安易な答えに頼るようになっていると報告している。

米国教師連盟は、小学校でAIチャットボットの利用を避けるべきだと提言するとともに、学校でのAI利用に関する全国的な安全基準とプライバシー基準の整備を求めている。

新たな社会的課題

研究によれば、チャットボットやAIコンパニオンは特に若者に対して複数のリスクをもたらす可能性がある。

感情的依存、精神的健康の悪化、有害な交流、さらには精神状態や性的指向などの機微な個人情報の開示が懸念されている。

また、感情的支援をAIに依存することは社会的孤立を助長し、人間同士の健全な関係形成を妨げる可能性もある。

これらの技術は感情的な親密さを模倣するよう設計されているため、本物の人間関係と人工的な関係との境界を曖昧にしてしまう。

リスク評価研究では、性、自傷行為、暴力、薬物使用、人種的ステレオタイプなどに関する不適切な対話がチャットボットから容易に引き出されることが確認されており、とりわけ子どもや若者への影響が懸念されている。

結論

チャットボットとAIコンパニオンは、SFの世界から日常生活へと急速に浸透した。

人間らしい声、過去の会話の記憶、個人情報の継続的な処理、好みを持つかのような振る舞い、常時利用可能な存在、そして個人的・社会的な問題について助言や companionship を提供する能力など、人間に似た特性をますます備えるようになっている。

生成AIに関する社会的議論は主に雇用や仕事の代替に集中してきた。しかし、その社会的・心理的・倫理的影響については十分な関心が払われてこなかった。

チャットボットやAIコンパニオンがさらに高度化し、広く利用されるようになれば、若者の幸福や発達、人間関係に及ぼす影響は、保護者、教育者、政策立案者、そして技術開発者にとってますます重要な課題となるだろう。

ジョセフ・チャミーは人口学コンサルタント。国連人口部元部長であり、人口問題に関する多数の著作を持つ。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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韓国の労働倫理を、ネパール人労働者の現実から描くドキュメンタリー

カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】

ネパールでは、人びとが移住を始めた時代から、農村から都市へ、そして国外へと向かう移動の歴史が、音楽や詩に映し出されてきた。ドホリの掛け合い歌から民謡、ガンダルバの吟遊詩、故郷や家族への思慕を歌う歌まで、その表現は多岐にわたる。|ENGLISH

ネパール人は、愛する人との別離の痛み、新しい世界に溶け込む苦闘、遠い異国で戦い命を落としたグルカ兵、そして英領インドの「ムグラン(異郷の出稼ぎ先)」で働いた労働者たちについて詩を書いてきた。

おそらく、すべてのネパール人の心には詩人が宿っているのだろう。あるいは、郷愁を芸術へと昇華したいという願いは、人間に普遍的なものなのかもしれない。

韓国で働くスニル・ディプタ、ディリップ・バンタワ、ジワン・カトリもまた、移民としての現実を詩に託すネパール人の伝統を受け継いでいる。

彼らの詩は、現在韓国で働く、あるいはすでに帰国したネパール人たちの作品とともに、『Yo Machineko Sahar Ho(これは機械の街だ)』と題する詩集として出版された。

この詩集に着想を得て、キム・オクヨン監督(右下の写真)は、2025年の胸を打つドキュメンタリー『In the Land of Machines(機械の国で)』を制作した。同作は、ジワン、ディリップ、スニル、そして彼らと同じネパール人労働者たちの物語を描いている。2026年の KIMFF で上映されるこの作品は、大衆メディアがしばしば描く美しく先端的な技術の楽園としての韓国と、労働者たちが日々直面する現実との鮮烈な対比を観客に突きつける。

キム・オクヨン監督
キム・オクヨン監督 Creidt: Nepali Times

スニルはキノコ栽培用の培地工場で働き、何時間も有機物を混ぜ、袋詰めする作業に従事している。仕事を始めるとすぐ、彼は頭からつま先まで粉じんに覆われる。昼休みになると、ポケットからビニールで何重にも包んだ携帯電話を慎重に取り出し、故郷にいる妻と、まだ一度も会ったことのない幼い娘に電話をかける。

ディリップが故郷に電話をかけると、娘はうれしそうに「BTS を知っている?」と尋ねる。彼は笑顔でうなずく。K-pop のミュージシャンたちが巨大なデジタル広告板からほほ笑む華やかな都市から遠く離れ、ネパールでは教師だったディリップは、韓国の農村で牛の世話をする孤独な仕事に就いている。今では、世話をする牛たちに深い愛着を抱くようになった。

ジワンは板金工場で働くネパール人労働者の中で最古参であり、同僚のネパール人と雇用主の間をつなぐ役割を担っている。しかし、ネパールで放送に携わっていた過去を忘れたわけではない。現在も韓国のネパール人ディアスポラについて取材し、国営ラストリヤ・サマチャル・サミティ通信を通じて故郷に発信している。

故郷から数千キロ離れた地で、彼らは詩を通じて友情と共通の基盤、そして連帯を見いだしてきた。時間が許せば直接会い、あるいはビデオ会議で、韓国で働く、またはかつて働いていたネパール人仲間とつながり続けている。

韓国での彼らの生活は、自らの経験を記録する詩の背景となっている。なかでも胸を打つのは、ネパールで得た学位を家畜の世話と引き換えにしなければならなかった当初の屈辱、傷んだスーツケースと狭い部屋の中に押し込められた生活、そして外国人に対する雇用主の冷酷な扱いを詠んだ作品である。

詩は画面上で英語と韓国語に訳されるが、言葉に込められた衝撃や微妙なニュアンスの一部は、翻訳の過程でどうしても失われてしまう。

ドキュメンタリーには、韓国で働く中で命を落としたネパール人たちについてジワンが取材する場面も織り込まれている。死因は事故、自殺、睡眠中の突然死などさまざまである。

ネパール人労働者たちの経験は、韓国の急速な戦後経済発展と、同国特有の階層的な社会文化が結びつき、感情を排した、容赦のない、ひたすら効率を求める労働倫理を生み出してきたことを浮き彫りにする。そこには、思いやりや人間性のための余地はほとんど残されていない。

「ほとんどの韓国人は、外国人を機械のように見ている。殴っても痛みを感じないと思っている。私たちの心が傷つき、泣いていることが見えていないのです。」と、あるネパール人労働者は、仲間たちとレストランで集まる場面で語る。

それでも彼らは、絶望の中で、自分たちが頼らざるを得ないこの国の現実を何とか理解しようとする。

「人を機械のように扱わなければ、この国はここまで発展できなかったでしょう。」と、別のネパール人労働者は淡々と言う。「機械は私たちに苦痛を与える一方で、機会も与えてくれるのです。」

だからこそ、ジワン、ディリップ、スニル、そして彼らの仲間たちは、翌日もまた職場へ向かう。韓国経済というエンジンを動かす歯車として。そして、小さなアパートの部屋では、空白のページが彼らを待っている。そこに、つかの間の安らぎがある。

シュリスティ・カルキは『Nepali Times』の記者。2020年にインターンとして同紙に加わり、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、編集部の正規メンバーとなった。政治、時事問題、芸術・文化を取材している。

INPS Japan/Nepali Times

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地政学的対立を背景に行き詰まる核不拡散の取り組み

国連IPS=ナウリーン・ホサイン

原則として、核兵器の不拡散は国際社会が一致できる課題である。しかし、ごく一部の国々にとって、こうした原則には条件が付き、自国の安全保障戦略をめぐって妥協を拒む姿勢が伴っていた。|ENGLISH

核兵器不拡散条約(NPT)第11回運用検討会議は5月22日、最終成果文書について締約国間のコンセンサスに至らないまま閉幕した。これは、4月27日に始まった4週間にわたる広範な討議に加え、会議に先立って行われた特別会合、協議、ブリーフィングを経た末の結果であった。

Du Hung Viet (left), President of the Eleventh Review Conference for the NPT 2026, chairs the closing session of the NPT Review Conference (27 April-22 May). Credit: UN Photo/Loey Felipe

会議前および会期中に示された以前の草案と比べ、最終草案では、核兵器国の義務、なかでも軍縮努力に関する文言が大幅に弱められた。それでもなお、2015年、2022年に続き3回連続で、NPT締約国は成果文書を採択することができなかった。

会議の閉会会合で、NPT運用検討会議議長を務めたベトナムのドー・フン・ヴィエット国連常駐代表は、核兵器がもたらす集団的脅威には集団的対応が必要だと述べた。ヴィエット氏は、2031年にはNPTが成果文書を採択できないまま20年を迎えることになると警告した。また、締約国には、軍縮交渉を誠実に追求することを求める第6条が履行されるまでNPTを支え続ける責任があり、今日の脅威に対処する手段として同条約を強化する必要があると訴えた。

会議閉幕後、ヴィエット氏は記者団に対し、現在の国際環境は、近年の緊張の高まりを受けて「緊急の行動」を必要としていると語った。会議はコンセンサスに達しなかったものの、各国の積極的な関与は「NPTと多国間主義全体の価値を示している」と評価した。一方で、締約国によるコミットメントの履行という観点から、条約の将来に懸念を示した。

Izumi Nakamitsu, Under-Secretary-General and High Representative for Disarmament Affairs, at a press conference on the 11th Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT). Credit: Eskinder Debebe/UN Photo
Izumi Nakamitsu, Under-Secretary-General and High Representative for Disarmament Affairs, at a press conference on the 11th Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT). Credit: Eskinder Debebe/UN Photo

国連軍縮担当上級代表の中満泉事務次長は、NPT締約国が核不拡散体制への「信頼のさらなる低下」を防ぎたいのであれば、測定可能な措置を通じて「目に見える形でコミットメントを示す必要がある」と指摘した。

中満氏は、国際社会全体が今回の会議から教訓を汲み取る必要があると述べ、まずは既存の条約に基づく軍縮に関する約束の実施を加速させるべきだと指摘した。また、各国によるNPTに基づく約束の履行をめぐり、説明責任と透明性を高める措置を含む「運用検討プロセスの強化」を求める声も強まっている。

「不拡散と軍縮は表裏一体であり、核兵器国が第6条に基づく軍縮義務へのコミットメントとその履行を示さないまま、不拡散義務だけが守られると考えるのは誤りである」と中満氏は述べた。

核兵器保有国を含むNPT締約国は、NPTを多国間外交と核軍縮体制の「礎」と繰り返し位置付けてきた。しかし、包括的核実験禁止条約(CTBT)や核兵器禁止条約(TPNW)など他の核関連条約については、そうした認識はほとんど示されなかった。最終成果文書草案はこれらの条約に限定的に言及しているものの、それらが定める軍縮義務については詳しく触れていない。

最終成果文書草案で注目されたのは、NPT運用検討会議の文脈で初めて、核実験がもたらす人道的・環境的影響に言及した点である。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の専門家らは、これは市民社会や核兵器使用・核実験の被害を受けた地域社会による働きかけの成果だと指摘した。

とりわけ草案は、「核兵器使用および核爆発実験の被害を受けた人々や地域社会への支援、ならびに核兵器使用および核爆発実験後の環境修復を求める声が高まっていることを認識する」とともに、「この点に関してすでに行われている取り組みを歓迎する」としている。

また草案には、加盟国に対し、核兵器使用や核実験の被害を受けた人々や地域社会の経験を共有することを通じて、「核軍縮および不拡散に関するあらゆる課題について、教育を含め、人々の意識向上を図るための具体的措置を講じる」よう求める文言も盛り込まれた。

NPT under pressure. Credit: INPS Japan
NPT under pressure. Credit: INPS Japan

NPTの重要性を認めるこうした姿勢は、核武装国の行動や発言とは矛盾している。国連安全保障理事会の5常任理事国を含むこれらの国々は、いずれもNPTの原則や、より広範な軍縮努力と相いれない立場を維持している。これらの国々は、核戦力を拡大する計画を公然と示し、「拡大核抑止」や核共有といった概念でそれを正当化しながら、安全保障戦略における核兵器の重要性を高めている。さらに、自国の核戦力拡大を検討する国々にも、そうした考え方が影響を及ぼしている。安保理理事国のうち2カ国(=米国とロシア)は、それぞれ別個の進行中の紛争に関与しており、地政学的緊張を一段と悪化させるとともに、安全保障戦略としての核兵器をめぐる不安を再燃させている。これらの紛争に終わりが見えない中、そうした不安はさらに深まり、今後何年にもわたって世界および地域の安全保障政策を形作っていくことになる。

ICANのような市民社会団体にとって、NPTが成果を出せなかったことは、核保有国とその同盟国の間で拡散リスクが高まっていることを象徴している。

「核抑止による安全を主張する国々が、これらの兵器が実際に人々や環境に何をもたらすのかについての議論を避けたがるのには理由がある。彼らは、核兵器がもたらす恐怖と残虐性の真の規模を人々に知られたくないのだ。なぜなら、そうした被害を認めれば、核兵器を保持することに対する説得力ある正当性はすべて失われるからである。」と、ICANプログラム部長のスージー・スナイダー氏は述べた。

では、これらの国々に立場を転換させるには何が必要なのか。スナイダー氏はIPSの取材に対し、核兵器に対する「負の烙印を強める(=スティグマ化する)」ことが一つの方策になると語った。核兵器がもたらす壊滅的破壊と、それが標的となる地域社会だけでなく自国民にも及ぼす影響を、これらの国々の人々に認識させるためには、核兵器使用のタブーを強め、国民の意識を高めることが不可欠である。スナイダー氏はまた、核拡散には文字通り莫大な費用がかかっていると指摘し、2024年には核武装国が核戦力に毎秒3000米ドル以上を費やしたと述べた。

Credit: ICAN/Tim Wright
Credit: ICAN/Tim Wright

最後に、核抑止論に基づく安全保障ドクトリンそのものに異議を唱える必要がある。ICANの国連連絡担当を務めるセス・シェルデン氏は、核兵器が軍事的観点から無用であり、政策的観点から持続不可能であると見なされるようになれば、核保有国は自らの立場を再評価するだろうと指摘した。「核兵器は非合理である。核抑止は寓話にすぎない。そして、あらゆる技術は、もはや有用ではないと見なされた時点で放棄される。」とシェルデン氏は述べた。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

2026年NPT運用検討会議はコンセンサスを得られないまま閉幕したが、加盟国には、NPTプロセスの内外で核軍縮の課題を進めるための他の道筋がなお残されている。各国間には個別の非核兵器地帯条約が存在し、CTBTやTPNWのような条約も、締約国に対して法的拘束力のある義務を課している。スナイダー氏は、TPNWが今年末に初の再検討会議を開催すると確認した。一方、NPTは現在の形で存続しており、締約国は核体制に関するその義務と保障措置を認識している。

国連総会は2024年、起こり得る核戦争の影響を検証する独立科学パネルの設置を後押しした。同パネルの専門家らは、2027年に調査結果を発表する予定である。

核体制への信頼を回復するには、核体制をめぐる世界の世論を喚起することが極めて重要である。さもなければ、中満氏が警告したように、世界は「極めて危険な道筋」に向かうことになる。

「軍拡競争の力学を生み出すのではなく、より持続可能な平和へと向かう道に戻ろうではありませんか。」と中満氏は語った。

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. 

Toward a Nuclear Free World
Toward a Nuclear Free World

INPS Japan

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中央アジア、環境悪化を乗り越えるため「水と土地の新たな協定」に期待

【サマルカンド(ウズベキスタン)IPS=キジト・マコエ】

ウズベキスタンのサマルカンド・コングレスセンターで、閣僚、外交官、開発関係者らが記念撮影のために集まった時、その場には通常とは異なる象徴的な意味合いが漂っていた。笑顔と儀礼的な雰囲気の背後には、より厳しい現実に直面する地域の姿があった。川の水量は減り、土壌は疲弊し、気温は上昇している。土地と水を管理してきた従来の方法は、もはや通用しなくなりつつある。|英語版

The 8th GEF Assembly
The 8th GEF Assembly

中央アジア諸国は数十年にわたり、それぞれ別々に環境問題に取り組んできた。水資源を担当する省庁は灌漑に目を向け、農業省は生産目標の達成を追い、自然保護機関は分断された生態系の保全に努めてきた。しかし気候変動は、そうした行政上の縦割りの境界を溶かしつつある。

2026年5月30日から6月6日までウズベキスタンで開催された地球環境ファシリティ(GEF)第8回総会で、中央アジア5カ国は「中央アジア水・土地ネクサス・プログラム(CAWLN)」の実施開始を正式に発表した。これはGEFが3000万ドルを拠出し、国連食糧農業機関(FAO)が実施する取り組みで、水、土地、生物多様性、食料システムを相互に結びついた一つの体系として管理することを目指している。

支持者らは、この取り組みが国境を越えた気候適応の実験として、世界で最も注目される事例の一つになる可能性があるとみている。

The Zarafshan River, outside the venue of the Eighth Global Environment Facility Assembly in Uzbekistan, is central to a USD 30 million GEF-funded initiative, the Central Asia Water and Land Nexus Programme (CAWLN). Credit: IISD/ENB/Danny Skilton
The Zarafshan River, outside the venue of the Eighth Global Environment Facility Assembly in Uzbekistan, is central to a USD 30 million GEF-funded initiative, the Central Asia Water and Land Nexus Programme (CAWLN). Credit: IISD/ENB/Danny Skilton

カザフスタンのエコロジー・天然資源相イェルラン・ニサンバエフ氏は、ハイレベル円卓会合で、「中央アジアが土地の劣化、水不足、生物多様性の喪失、気候変動に伴う環境負荷の増大に直面していることは、広く認識されている。」と述べた。
「しかし、こうした課題に対応するため、各国は環境問題に共同で取り組む姿勢で一致した。」

カザフスタンの草原からタジキスタンの山岳地帯、ウズベキスタンの灌漑平野に至るまで、中央アジアは共有河川システムと脆弱な生態系に依存している。それらは6000万人以上の人々の暮らしを支えている。しかし同地域は世界平均を上回る速度で温暖化が進み、氷河は後退し、干ばつの周期は激化し、水をめぐる競争は強まっている。

水需要は、この地域を特徴づける最大の脆弱性の一つとなっている。

中央アジアではすでにほぼ半分の地域で土地劣化が進み、年間60億ドルに上る経済損失を生んでいる。同時に、人口増加と消費パターンの変化が、限られた自然資源にさらなる圧力をかけ続けている。

Senior government representatives and development partners pose for a group photograph during the official launch of the Central Asia Water–Land Nexus Programme at the Eighth GEF Assembly in Samarkand, Uzbekistan. The initiative brings together the five Central Asian countries – Kazakhstan, the Kyrgyz Republic, Tajikistan, Turkmenistan and Uzbekistan – to strengthen regional cooperation on water security, ecosystem restoration and climate resilience through integrated land and water management. Credit: Kizito Makoye/IPS
Senior government representatives and development partners pose for a group photograph during the official launch of the Central Asia Water–Land Nexus Programme at the Eighth GEF Assembly in Samarkand, Uzbekistan. The initiative brings together the five Central Asian countries – Kazakhstan, the Kyrgyz Republic, Tajikistan, Turkmenistan and Uzbekistan – to strengthen regional cooperation on water security, ecosystem restoration and climate resilience through integrated land and water management. Credit: Kizito Makoye/IPS

このプロジェクトは、関係者が繰り返し「ネクサス・アプローチ」と呼んだ方法を通じて、こうした圧力に立ち向かおうとしている。

同プログラムの強力な支持国の一つであるスイスにとって、この取り組みは長年にわたる地域的関与が、より大きな構想として結実したものだ。

Katrina Schneeberger, State Secretary and Director of Switzerland’s Federal Office for the Environment, delivers remarks during the official launch of the Central Asia Water–Land Nexus Programme at the Eighth Global Environment Facility Assembly in Samarkand, Uzbekistan. Credit: Kizito Makoye/IPS
Katrina Schneeberger, State Secretary and Director of Switzerland’s Federal Office for the Environment, delivers remarks during the official launch of the Central Asia Water–Land Nexus Programme at the Eighth Global Environment Facility Assembly in Samarkand, Uzbekistan. Credit: Kizito Makoye/IPS

スイス連邦環境庁長官兼国務長官のカトリーナ・シュネーベルガー氏は、閣僚や代表団を前に、このプログラムを、温暖化する世界でますます必要とされる環境協力のモデルだと位置づけた。

「このプログラムは支援を必要とする国々に焦点を当て、環境分野を横断する統合を促し、国境を越えた協力を支援するものだ」と同氏は述べた。

シュネーベルガー氏は、環境政策があまりにも長い間、生態系を切り離された要素として扱ってきたと指摘した。

「砂漠化や水といった環境課題は、長きにわたり別々に取り組まれてきた。しかし結局のところ、水と土地の問題は結びついている」とシュネーベルガー氏は語った。

その説明は簡潔でありながら、説得力を持っていた。

「適切に管理された土地は、より少ない水で済む。そして適切に管理された淡水資源は、持続可能で生産的な農業を可能にする。」

スイスは、中央アジアにおける統合的環境プログラムを数十年にわたり支援してきた。その中には、「ブルー・ピース中央アジア」の枠組みに基づく国境を越えた取り組みや、過去の地域的土地管理プログラムも含まれる。

しかし関係者らは、新プログラムが規模と野心の面で新たな段階を示すものだと述べている。

CAWLNの中核にあるのは、個別部門の管理から、景観全体と河川システム全体の管理へと移行することである。

FAO Deputy Director-General Godfrey Magwenzi speaking about the interconnection of climate change, biodiversity loss, water stress, land degradation, and food security across landscapes, river basins, and economies in Central Asia. Credit: Kizito Makoye/IPS

FAOのゴドフリー・マグウェンジ事務局次長は、この課題を地球規模の問題として位置づけた。

「気候変動、生物多様性の喪失、水ストレス、土地劣化、食料安全保障は、中央アジアの景観、河川流域、経済を横断して相互に結びついている」と同氏は代表団に語った。

「国境を越えたリスクに対処し、各国が脆弱性の要因に共同で取り組み、持続可能な開発のための2030アジェンダに向けた進展を加速するには、統合と協力が重要である。」

マグウェンジ氏によると、FAOは2009年以来、中央アジア諸国がGEFから約7700万ドルの資金を動員するのを支援してきた。

過去の地域的イニシアチブの一つでは、干ばつに弱く塩害を受けた280万ヘクタールの景観において統合的管理を回復し、約900万トンの排出を回避するとともに、数百万人の農民の強靱性を高めた。

新たな取り組みは、三つの主要な柱で構成されている。

第一に、政策調整と知識共有の仕組みをつくることで、国境を越えたガバナンスを強化すること。第二に、農地、森林、河川流域に至るまで、景観の現場で統合的な行動を支援すること。第三に、衛星監視、地理情報システム、統合データ・プラットフォームを活用し、証拠に基づく意思決定を向上させることである。

関係者らは、技術が実施の中核になると述べている。

地球観測システムは、水利用、土地劣化、生態系の健全性を追跡する。意思決定支援ツールは、各国政府が環境データを実践的な行動へと転換する助けとなる。

こうしたツールは極めて重要になる可能性がある。

この地域の将来は、アムダリヤ川とシルダリヤ川という二つの河川と密接に結びついている。

River Zarafshon near Panjakent, Sughd Region, Tajikistan. Credit: Petar Milošević/Wikipedia

中央アジアの山岳地帯からアラル海流域へと流れるこれらの河川は、国々、経済、そして何百万もの人々の暮らしを結びつけている。

同プログラムは、四つの国家プロジェクトと、流域全体に及ぶ介入、地域調整メカニズムを組み合わせている。

国家プロジェクトでは、カザフスタンにおける生物多様性保全と牧草地管理、キルギスにおける農林地の再生、トルクメニスタンにおける気候強靱型農業、ウズベキスタンにおける生態系回復など、各国の優先課題に取り組む。

地域的構成要素では、アムダリヤ川、ザラフシャン川、パンジ川、シルダリヤ川、ナリン川の各流域における統合的水管理に焦点を当てる。

支持者らは、これらの投資によって100万ヘクタール以上の土地が回復し、数百万トンの炭素排出が回避され、約50万人の生計が改善されることを期待している。

UNECE水条約の下で国境を越えた協力を担当するフランチェスカ・カラビーニ氏は、中央アジアにおけるネクサス・ガバナンスの実験が、すでに世界的な実践の形成に影響を与えていると参加者に指摘した。

水・エネルギー・生態系ネクサスの枠組みで評価された最初期の河川流域の一つが、シルダリヤ川だった。

別の記者会見で、FAOの気候・環境部門責任者カヴェ・ザヘディ氏は、環境劣化の原因として非難されることの多い農業こそ、解決策の一部にならなければならないと主張した。

「私たちが食料を生産し、農民を支える方法は、気候の健全性と直接結びついている」と同氏は述べた。

「それは土壌や土地の健全性と直接結びついている。そして水や生態系とも直接結びついている。」

ザヘディ氏は、世界的に憂慮すべき傾向を挙げた。

2024年だけで、9600万人以上が、気候変動によって激化した気象災害などに関連する急性食料不安に直面した。一方で、7億人以上が今も飢餓に苦しんでいる。

しかし農業には機会もある。

「適切に行えば、食料と農業は、必要とされる排出削減量の最大3分の1を実現し得る。同時に自然を守ることもできる。」

生物多様性と経済的必要性のバランスについてIPSの質問に答えたザヘディ氏は、環境保護と生計が競合しなければならないという考えを否定した。

「持続可能な農業を含め、生物多様性の持続可能な利用こそが中核にある」と同氏は述べた。

「重要なのは、生物多様性の保護だけではない。保全、再生、そして生物多様性の持続可能な利用である。」

同氏はさらに、「健全な土壌がどれほど重要かを、農民に改めて説明する必要はない」と語った。

アグロフォレストリーや景観回復のようなプロジェクトは、所得を守りながら強靱性を高めると同氏は強調した。

総会の閉会式で、GEF暫定CEOのクロード・ガスコン氏は、この会合で最も明確な政治的メッセージを示した。

「本日は、中央アジアにとっても地球環境にとっても重要な節目である。私たちは2030年に向けた最終局面に入っている」と同氏は述べた。

Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain
Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain

「この地域の5カ国は、再び環境分野で力を合わせた。」

ガスコン氏は、このプログラムについて、各国が「水と土地の問題は相互に結びついており、別々にではなく一体として取り組むことが最善である」と認識しつつある証拠だと述べた。

同氏は、環境行動の次の段階には「政府全体、社会全体によるアプローチ」への移行が不可欠だと強調した。

会場の外では、サマルカンドの夏の暑さが、何が問われているのかを静かに物語っていた。

Photo: Registan Square in Samarkand Photo: Kevin Lin, INPS Japan
Photo: Registan Square in Samarkand Photo: Kevin Lin, INPS Japan

ザラフシャン川沿いに位置するこの都市は、中央アジアの歴史的な生命線の一つであり、水、農業、生存をめぐる問いが何世紀にもわたって文明を形づくってきた場所である。

今日、気候変動はそれらの問いを再び中心課題へと押し戻している。

中央アジア水・土地ネクサス・プログラムが成功するかどうかは、資金や政策だけにかかっているのではない。会議の横断幕が撤去された後も、各国が国境を越えた協力を持続できるかどうかにかかっている。

注:本特集記事はGEFの支援を受けて掲載された。編集内容についてはIPSが単独で責任を負うものであり、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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退任インタビュー:D.C.での10年を終え、「宣教者」教皇大使が去る

「私たちは誰とでも話します。たとえ戦争省であっても」――ワシントンにおける「教皇の代理人」としての任期について、クリストフ・ピエール枢機卿が独占インタビューで語った。

【ワシントンDC INPS Japan/National Catholic Register=ヴィクトル・ガエタン】

バチカン外交官として50年近くにわたり、クリストフ・ピエール枢機卿は6大陸で数百回に及ぶ会合に臨んできた。そのため、80歳の誕生日を8日後に控えた1月下旬、米国の「戦争省」で政府高官と面会したことも、本人にとっては多忙な国際外交官の日常の一コマにすぎなかった。|ENGLISH

Victor Gaetan
Victor Gaetan

「それが私たちの仕事です。私たちは誰とでも話します。たとえ戦争省であってもです!」フランス生まれのピエール枢機卿は、ローマへの転居準備を進めるなか、Registerの取材にそう語った。聖座の大使館である教皇庁大使館は、1937年に建てられた専用の邸宅で、J・D・バンス副大統領公邸の向かいに立つ。

ピエール枢機卿は、この出来事が過度に大きく取り上げられていると考えており、詳しく語ることにはあまり関心を示さなかった。ただ、国防次官(政策担当)のエルブリッジ・コルビー氏との「率直な」協議を通じて、現政権の世界観と聖座の立場との間に明確な隔たりがあることが浮き彫りになったと認めた。また同枢機卿は、外交案件は本来、国務省が扱うものであり、「戦争省」が扱うものではないという従来の米国外交のあり方からの逸脱も示されたと見ている。

最前線での半世紀

対話は国家から歴代教皇にまで及び、最初の赴任地ニュージーランドは教皇パウロ6世の時代だった。しばしば笑みを浮かべながら語るピエール枢機卿は、教会に仕える司祭外交官たちの並外れた献身を体現している。彼が赴任した国々を列挙するだけでも、その経験の広さがうかがえる。モザンビーク、ジンバブエ、キューバ、ブラジル、スイス、ハイチ、ウガンダ、メキシコ、そして最後に米国である。

ワシントンD.C.の教皇庁大使館には、米国人肖像画家イゴール・V・ババイロフによるクリストフ・ピエール枢機卿の肖像画が飾られている。

彼が担った職務は多岐にわたった。ウガンダでは、エイズ対策としてコンドーム使用のみを推進する副大統領の方針に対し、禁欲教育を訴えた。ブルンジでは教皇大使が殺害された後、大使館を引き継いだ。ハイチでは、カトリック司祭の身分のまま大統領に選出されたジャン=ベルトラン・アリスティド氏の聖職離脱をめぐる対応を担った。メキシコでは、信教の自由を憲法に盛り込む交渉を成功させた。そして米国では、前任者のカルロ・マリア・ヴィガノ大司教が教皇フランシスコの辞任を公然と要求した、前例のない危機にも対応した。。

A portrait of Cardinal Christophe Pierre, by American portrait artist Igor V. Babailov, is displayed at the papal nunciature in Washington, D.C.
A portrait of Cardinal Christophe Pierre, by American portrait artist Igor V. Babailov, is displayed at the papal nunciature in Washington, D.C.

2016年にワシントンに着任して以来、ピエール大司教は、全米の司教たちと同時に向き合ってきた。各教区の司教個人として、また米国カトリック司教協議会(USCCB)を通じてである。さらに、カトリック系大学をはじめとする幅広いカトリック機関、そして米国政府に対する教皇の主要な対話窓口としても務めた。これは非常に大きな役割である。とりわけピエール枢機卿は、米国の教会の実情を自らの目で確かめるため、全米をくまなく巡るべきだと判断した。教皇大使の最も重要な職務の一つは、新しい司教を選ぶ際に教皇を補佐することであり、そのためには現場で司教たちが直面している課題を理解する必要がある。

「9年間、教皇大使を務めたメキシコから大使館に着任した翌日には、カリフォルニア州オレンジ郡へ飛び、司教総会に初めて出席しました。ですから、私は典型的なワシントン観光客ではまったくありませんでした。」と彼は語った。「D.C.は旅と旅の間に戻る場所でした。D.C.に戻るとすぐ、次の出張の予定を立てていたのです。」

退任した教皇大使は今後、ローマに居を移し、教皇から特別な外交任務を託されれば引き続きそれに応じる予定である。米国での日々を振り返って何を最も懐かしく思うかと尋ねると、ピエール枢機卿はすぐにこう答えた。「何よりも人々です。人々のもてなしと寛大さを心から楽しみました。教皇の代理人として、私は多くのカトリック信者と接しました。人口の20%ですからね。ほとんどの教区を訪ねました。アラスカには4、5回行きました。ハワイにも行きました。雪も楽しみました。カリフォルニアも、フロリダも楽しみました。フェニックスにも行きました。」

「美しさです。」と彼は熱を込めて続けた。「この国の多様性です。」

枢機卿が教皇庁大使館で気に入っていたのは、静けさと黙想にふさわしい雰囲気だった。木々に囲まれた裏庭には、シカやアライグマが姿を見せる。ワシントン市内の美術館や博物館も気に入っていた。しかし何よりも、ピエール枢機卿が力を注いだのは、自身の中心的な使命だった。それは任期の大半を通じて、「教皇フランシスコを米国に伝え、米国を教皇フランシスコに伝えること」だった。

アパレシーダと「希望の大陸」を読み解く

ピエール枢機卿は着任当初、米国の教会指導層が、2007年にラテンアメリカの司教たちによってまとめられた「アパレシーダ最終文書」をよく知らないことに驚いた。同文書は、世界を福音化することに献身する、より宣教志向の教会を求めている。教皇フランシスコは、その主要な編集責任者だった。フランシスコの最初の使徒的勧告『福音の喜び』に見られる多くのテーマは、アパレシーダにさかのぼることができる。

ピエール枢機卿によれば、アパレシーダの重要性を理解するには、それを第2バチカン公会議の文脈の中で捉えなければならない。「教会の歴史は、およそ20の偉大な公会議によって形づくられてきました。そして前世紀における偉大な出来事、聖霊の出来事こそ、第2バチカン公会議でした」と彼は説明した。

「1960年代初頭以来、南米の司教たちは――教皇パウロ6世が南米を『希望の大陸』と呼んだことを思い出してください――5回の大規模な会議を開催することによって、第2バチカン公会議を実践に移しました。アパレシーダはその5回目でした。それはベルリンの壁崩壊後、そしてマルクス主義という奇妙で恐るべきイデオロギーの押しつけが終わった後に行われたのです。」

「アパレシーダで司教たちは、信仰と価値の継承の断絶、社会の分断、近代主義、ポストモダンなどを見つめました。これらは多くの哲学者や観察者によって分析されてきた現象です。そこで司教たちは、今こそ再び始めなければならない、当然ながらキリストから再出発し、この新しい世界を福音化しなければならない、と語ったのです」

枢機卿は、この出来事を「今世紀の転換点」と呼ぶ。

ピエール枢機卿は、ブラジルのアパレシーダにある大陸随一の巡礼地、アパレシーダの聖母国立大聖堂に集まった南米の司教たちが、聖霊に促されていたと考えている。教皇フランシスコの選出により、アパレシーダで示された洞察は、とりわけ『福音の喜び』という文書を通じて普遍教会へと広がった。そして同枢機卿の見方では、その聖霊の働きは今日も続いている。

「だからこそ、個人的には」と彼は要約する。「私が米国で果たすべき使命の一つとして、教皇フランシスコとアパレシーダについて私が見て取ったことを、米国の司教たちと分かち合うことを掲げたのです」

2007年、ピエール枢機卿はメキシコの教皇大使としての任期を始めたばかりだった。当時、ホルヘ・ベルゴリオはブエノスアイレス大司教だった。「教皇フランシスコは預言者でした。変化する時代、時代の転換期に教会であるとはどういうことかを語っていました。彼は診断を示し、今日どのように福音化するのかに焦点を当てたのです。私にとって、これは非常に魅力的なことでした」

枢機卿は、教皇レオ14世が2007年に示された精神を引き継いでいると見る。「聖父の言葉を読み、聞くと、彼はフランシスコが始めたことと完全に連続しています。毎週、第2バチカン公会議について語っていますし、次の枢機卿会議では『福音の喜び』が議論されます。お分かりでしょう」

「教皇レオは、何よりもまずラテンアメリカの司教です」とピエールは笑った。「米国で生まれた司教ですが、ラテンアメリカの司教なのです。そう言えば、教皇レオについてすべてを語ることになります。同時に、米国についてもすべてを語ることになります。時に人々はそれを認めたがりません」

ピエール枢機卿は、フランシスコとレオの双方を預言者だと表現する。なぜか。「預言者とは、福音について語る人です。教皇レオは政治家になろうとしているのではありません。彼自身が明確にそう述べています。預言者とは、今日の世界にあって、福音の良き知らせを告げ知らせる人なのです」と彼は説明した。

「預言者には優れた洞察が必要です。勇気も必要です。そして今日の世界と対話する力も必要です。キリストの現存と福音の価値を今日の世界に示すこと――教皇レオが行っているのはまさにそれです。しかも非常に的確に、親切に、説得力をもって行っています」

ピエール枢機卿は、発表から20年近くたったアパレシーダ文書の価値を、米国の司教たちが今では理解していると考えているのだろうか。

「この世界に完全なものはありません。しかし、そうだと言えるでしょう」と彼は厳粛に答えた。「私は一つの文書だけの擁護者になりたいのではありません。重要なのは、私の兄弟である司教たちが、貧しい人々を守り、移民を守り、人間の命を守り、死刑に反対して立ち上がる声を聞く時、私はうれしく思うということです。司教たちはイエスに従っていると信じるからです。そして、そのことを神に感謝しています」

米国教会におけるイデオロギーと現実

ピエール枢機卿は、米国の司教たちに対して常に称賛ばかりを述べてきたわけではない。約10年前には、米国カトリック教会に過度なイデオロギー性があると批判することで知られていた。2016年当時、それが教会指導部に対する彼の診断だったのかと尋ねると、枢機卿はまず、なぜイデオロギーが問題なのかを理解しなければならないと説明した。

「イデオロギーの危険は、それが非常に分断的であることです。人は一つの考えの所有者となり、それを押しつけようとし、現実のいくつかの側面を忘れてしまうからです。」と彼は語った。

現実は考えよりも重要である、と彼は強調する。「イデオロギーを扱うほうがはるかに簡単です。なぜなら人はそのイデオロギーの所有者となり、自分に同意しない人々は忘れ去られるべき、無視されるべき、あるいは打ち負かされるべきだと考えるからです。これは世界中で起きていることですが、教会の内部にも存在する危険です。」

彼は続けた。「ある意味で、米国のカトリックは価値を守る一種の政党のようになっていました。彼らは価値を守り、それをよく行っていました。しかし、それは一種の政治闘争になっていったのです。カトリックであることは、価値を守ることを意味するようになりました。教皇フランシスコはこの状況を見て、『注意しなさい。教会としての私たちは、たとえそれが良い価値であっても、価値を守っているだけではないのです。』と言ったのです」

この評価によれば、米国のカトリック指導層は、プロライフ運動を一つのイデオロギーとして自らと同一視するようになり、その結果、他の優先課題が忘れられていった。この焦点化は、文化戦争に寄与する危険をはらんでいる。

ピエール枢機卿はこう要約した。「長年にわたり、この文化戦争が支配的となり、分断を生み出しました。必然的に、『私と共にいないなら、あなたは私に反対している』という姿勢が広がっていくのです」

では現在はどうか。「司教たちは今日、より一致しています。現実の多くの側面に目を向けています。イデオロギーの中で機能すると、人は分裂します。」と彼は述べた。

米国教会について敬服するようになった点を尋ねると、ピエール枢機卿は、米国の教会がいかに多くのものを築き、惜しみなく社会に貢献してきたかを強調した。「カトリック信者が築いてきたものを見れば、驚くべき聖堂、活気ある小教区、大学、病院があります。実に見事です。200年以上にわたる米国カトリックの美しさは、この寛大さにあります。教会の良い影響は至るところに見られます。」

「カトリック信者の国への貢献がこれほど劇的な国を、私は他に知りません。そして、その勇気です。考えてみてください。米国人は移民です。どこか別の場所から来た人々です。彼らは自らの努力によって自分たちの国を変えることができました。そして今もそうし続けています」と彼は語った。

ピエール枢機卿は、カトリックが教育に重点を置いてきたことを特に挙げた。「私はノートルダム大学で名誉博士号を授与されました。なんと素晴らしいキャンパスでしょう。私たちには200近いカトリック大学があります。これは驚くべきことです。」

彼はこう観察した。「米国文化は夢の文化になりました。そしてここに来た人々は、自らを自由にするために来ました。アメリカン・ドリームは、プロテスタンティズムに深く刻まれた、ほとんど一つの宗教です。カトリック信者は、とりわけ教育に投資しました。信仰に深く根ざしたまま、アメリカン・ドリームの一部となるためです。」

分裂の謎と平和への呼びかけ

誠実なインタビューであるなら、痛みを伴うテーマを避けることはできない。教皇大使にとって、任期中で最も困難だった時期は、前任者ヴィガノ大司教が2018年に教皇の辞任を求めたことで引き起こされたスキャンダルだった。

ヴィガノ氏がなぜ分裂へと進み、2024年の破門につながったのかという問いに対し、枢機卿はこう答えた。「このことについて私はあまり話してきませんでした。なぜなら、私はいまだにこの兄弟の態度に困惑しているからです。彼はいまも私の兄弟、司教としての兄弟です。私は彼を長く知っています。彼を尊重しています。しかし困惑しています。理解できないのです。」

「ご存じの通り、これは人生における謎です。80歳になり、人生の終わりに近づく今、私は多くの種類の謎に直面してきました。しかし最大の謎は人間に関わるものです。もちろん、完全な人間などいません。しかし、この兄弟の立場を私は理解できませんでした。ですから、これ以上詳しく述べるつもりはありません。ただ、私にとって確かに心を痛めることでした。」

ピエール枢機卿は、自身の故郷ノルマンディー地方の聖人、リジューの聖テレーズと同じように、教会を自分の家と考えていると付け加えた。「彼女はよく『私の母なる教会』と言っていました。私も同じように言います。私は生涯で5人の教皇に仕えてきました。私は常に、教会の中に神の働きを見てきました」

ピエール枢機卿は、ピエルバッティスタ・ピッツァバッラ大司教、ロバート・プレヴォスト大司教と同じ時期に赤い帽子、すなわち枢機卿位を受けた。歴史的に見れば、教皇大使が枢機卿に任命されることは多くなかった。しかしフランシスコは、特に危険または困難な状況で宣教者として奉仕した教皇大使たちを、枢機卿として顕彰した。私は枢機卿に、フランシスコは彼を米国という宣教地で奉仕する司教と見なしていたのかと尋ねた。

「なぜ私が枢機卿に任命されたのかは分かりません」と彼は答えた。「それは例外的なことでした。私は教皇フランシスコと良い関係にありました。この教皇の重要性を強く信じてきました。彼は確かに米国に多くの注意を向けていました。一般に、南米の人々、特にエリート層は、北米で何が起きているかに大きな関心を払います。しかし、その逆はそうではありません。北米は南米で何が起きているかに、もっと注意を払うべきです。私はその両方の場所で生きる特権に恵まれました。私にとって、教皇レオは米国人というより、よりラテン的な方です」

米国の外交政策

現在の情勢に話を戻し、私は教皇大使に対し、1月22日に戦争省当局者が彼を呼び出した理由を尋ねた。「それは明らかに、教皇レオが外交団に向けた演説で、『戦争が再び流行し、戦争への熱狂が広がっている』と述べたことに関係していました」

ピエール枢機卿はこう付け加えた。「教皇レオの最も重要な強調点は平和です。選出後、バルコニーから発した最初の言葉は『平和』でした。彼は一貫してそのテーマを語り続けています。」

教皇大使によれば、聖座は、トランプ政権の外交政策が、第2次世界大戦後に支持されてきた政策―国連の創設を助けた政策―から離れていることを非常に懸念している。「昨年末に発表された米国の国家安全保障戦略には、いくつか憂慮すべき点がありました。」とピエール枢機卿は述べた。「それは法の力ではなく、力の法を称揚しています。建設的な多国間主義の余地をほとんど残していません。一方で教皇は、外交の古典的な考え方を継続しています」

彼は感情を込めて続けた。「米国の本当の歴史とは、対話のための制度を築いてきた歴史です。ところが今、対話にノーと言うのですか。人々を破壊しておいて、その後に対話に応じると言うのですか。それは決して実現しません。トランプは米国を孤立させ、他者に対抗して米国を偉大にしようとしています。以前の米国は、他者と共に偉大になったのです。米国が偉大になったのは、他者と共にあったからです。」

ピエール枢機卿は、教皇が「正戦」についての議論を始めたのではなく、むしろ他の人々がこのカトリックの概念を持ち出したのだと指摘した。レオが述べたのは、ただ「戦争にノー」ということだった。

「現在のイランでの戦争は、正戦とは見なせません」と枢機卿は説明した。「それは防衛戦争ではないからです。交渉するために戦争に行くのではありません。戦争を避けるために交渉に行くのです。」

「最近起きていること、すなわち大統領がほぼ毎日のように教皇に言及していることは、人々が教皇を前向きな形で発見しつつあることを示しています。なぜなら、教皇の言うことは理にかなっているからです」

彼は最後にこう結んだ。「皮肉なことに、大統領の攻撃は、教皇レオとカトリック教会の肯定的なイメージを高めているのです。」

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。2024年4月、研究のためガエタン氏が初来日した際にINPS Japanの浅霧理事長が東京、長崎、京都に同行。INPS Japanではナショナル・カトリック・レジスター紙の許可を得て日本語版の配信を担当した(With permission from the National Catholic Register)」。

*ナショナル・カトリック・レジスター紙は、米国で最も歴史があるカトリック系週刊誌(1927年創立)

INPS Japan

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アフガニスタンの女性たち、医学課程を修了しても医師になれず

筆者はアフガニスタン在住の女性ジャーナリスト。タリバン政権復帰前にフィンランドの支援を受けて研修を受けた。安全上の理由から氏名は公表していない。

【カブールIPS=匿名】

アフガニスタンでは深刻な女性医師不足が続いているが、イスラム主義政権であるタリバンは女性医学生の卒業資格取得に制限を課し、その状況をさらに悪化させている。女性の医学部卒業生は、医師として正式に診療を行うために必要な最終試験の受験を認められていない。|英語版

アフガニスタンのパルワン州にあるアル・ビルーニ大学医学部を3年前に卒業したニラブ(仮名)は、タリバンによって最終試験の受験を禁じられたため、医師として働くことができない。

最終試験は、医学部卒業生の能力を評価するための試験であり、7年間の課程修了後に実施される。この試験に合格すると医師免許が付与され、卒業生は正式に医療行為を行うことができる。また、免許取得者は教育病院での専門研修にも応募できる。

「医師が最終試験に合格しなければ、高校を卒業したばかりの学生と同じ扱いになります。医療機関に就職を申し込むと、最初に『最終試験を受けましたか』と尋ねられます。受験していなければ、どの病院でも働くことはできず、看護師としてさえ採用されません。」とニラブは語った。

「私は19年間学び続けました。そのうち7年間は家族と離れ、別の州の学生寮で暮らしました。本当に大変な日々でした。ところが最後の段階で、たった一つの試験――最終試験――によって、これまでの努力のすべてが止められてしまいました。今では私の未来そのものが奪われています。」

女性向けの最終試験が最後に実施されたのは2021年である。それ以降、受験を許可されているのは男性だけだ。この状況は、もともと深刻だったアフガニスタンの女性医師不足をさらに悪化させている。

ニラブはカブールで母親と暮らしている。家族は7人きょうだいで、姉妹4人、兄弟3人だ。

姉妹2人と兄弟2人は大学を卒業しているが、その将来は不透明である。

妹の一人は全国大学入学試験で上位の成績を収め、医学部への進学を果たした。しかし学業を続けることはできなかった。また兄の一人はロシア文学を専攻して卒業したものの、職を得られていない。

一家の収入源は母親と姉妹の一人であるハリダ(仮名)だけである。2人は公立小学校で女子児童を教える教師として働いており、そのわずかな給与で家族全体を支えている。

ニラブ自身も別の方法で生計を立てようとしてきた。最近まで、女性は大学以外の医療教育機関で学ぶことが認められていた。

「困難の中でも、私は2年制の医療学校で教員として働いていました。しかし2025年1月、タリバンが医療学校を閉鎖したことで、その仕事も失いました。」とニラブは語った。

長年にわたる学びが無駄になったことで、彼女は深刻な精神的負担やストレス、不安を抱えるようになった。

「近年、多くの若い女性が自ら命を絶ったのを私たちは見てきました。若い女性たちの政府や司法、人権に対する信頼は完全に失われています。女性の声が封じられ、その思いが心の中に閉じ込められたままになると、耐え難い苦しみになります。その苦しみは私たちを蝕み、癒えることのない傷となるのです。」

タリバンの決定は、2022年以降に学業を修了したすべての女性医学生に影響を及ぼしている。その結果、内科、歯科、外科、循環器科、さらには産婦人科においても女性医師が不足している。

A street in Kabul, where restrictions on women’s education and employment are deepening Afghanistan’s health crisis. Credit: Learning Together.
A street in Kabul, where restrictions on women’s education and employment are deepening Afghanistan’s health crisis. Credit: Learning Together.

ハリダは2022年にカブールの私立医科大学を卒業した。

「最終試験を受けられないことで、私たちの人生は完全に壊されてしまいました。かつて思い描いていた未来は失われました。その未来のために、12年間の学校教育、大学入試の準備に1年、そして大学での7年間を費やして努力してきました。しかし、そのすべてが今では無駄になってしまったのです。」

卒業後、ハリダは経験を積むために複数の私立病院で無給で働いた。同時に超音波検査の専門研修も受けていた。しかし、最終試験も専門資格取得に必要な試験も実施されず、最終的には自宅に留まらざるを得なくなった。

女性医師の中には、専門性とは無関係で、しかも極めて低賃金の仕事に就かざるを得ない人もいる。

「私も一時期、病院で栄養失調患者向けの栄養補助食品を配布する仕事をしていました。しかし、これは高校卒業者でもできる仕事です。私たちは7年間医学を学んだ医師です。本来なら専門知識を生かして女性患者に医療を提供すべきなのです。」

現在ハリダは大学外で英語を学びながら、国の英語能力試験に合格し、奨学金を得て海外で学び続けることを目指している。

彼女は、アフガニスタンでの19年間の学びにもかかわらず、他者の苦しみも自らの苦しみも和らげることができていないと語る。いまなお家族の経済的支援に頼らざるを得ず、その支えがなければ、自宅の四方の壁の中に閉じこもるしかなくなることを恐れている。

タリバンによる数々の女性規制の結果、多くの女性が人生への希望を失っている。結婚への期待を失った女性もいれば、望まない結婚を強いられた女性もいる。

「私は未婚ですが、現在のアフガニスタンで結婚したいとは思いません。私たち以上に不幸な世代を新たにこの社会に生み出したくないからです。」とハリダは語った。

国連の専門家らは、アフガニスタンにおける女性の教育や就労への制限が、同国の医療危機を一層深刻化させていると警告している。特に、女性患者を診療できる女性医師や女性医療従事者の減少が大きな問題となっている。

「私たち女性医師は、長年学んできたにもかかわらず、社会の女性たちに医療を提供することができません。その代わりに家族の負担になってしまっています。教育を受けた女性にとって、これほどつらいことはありません。私たちはただ女性であり、タリバン統治下に生きているという理由だけで苦しんでいるのです。」とハリダは語った。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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