ホーム ブログ ページ 3

|視点|9・11と「アメリカン・ドリーム」の終焉(ロベルト・サビオIPS創設者)

【ローマINPS Japan/IPS=ロベルト・サビオ】

Dr. Roberto Savio. Photo: Katsuhiro Asagiri, INPS Japan
Dr. Roberto Savio.

2001年9月11日、私はニューヨークにいた。コンサルタント契約を結んでいた国際連語を訪れるため、当時、私は頻繁にニューヨークを訪れていた。その朝、イタリアからのフライトによる時差ぼけもあって寝過ごし、目を覚ましたのは午前11時ごろだった。宿泊していたのは、国連本部からほど近いホテルだった。|英語版|

ロビーに下りると、スタッフから宿泊客まで、誰もが異常なほど取り乱していることに驚いた。顔見知りのベルボーイに声をかけようとしたが、彼は返事もせず走り去った。そこでフロントへ向かったが、全員が電話にかかりきりで、誰も私に注意を払わない。

ようやく顔見知りの一人が言った。「ツインタワーが攻撃された!」そう言うと、彼女も慌ただしく走り去った。

その瞬間、ジャーナリストの職業的本能に駆られた私は、タクシーを拾って現場へ向かおうと外に出た。しかし、通りはほとんど無人だった。車は一台も見当たらず、わずかにいた通行人も走っていた。おそらく皆、自宅へ戻ろうとしていたのだろう。

そこで私は、残された唯一の賢明な選択をした。テレビを見ることである。

映像は明白で、そして凄惨だった。しかし、キャスターたちは何が起きているのか全く分からず、私がそれまで見たこともないほど混乱していた。

事故ではなく攻撃であることは明らかだった。しかし、誰が? なぜ?

The North Tower (right) shortly after impact from American Airlines Flight 11 (the day's first attack) Credit: Wikimedia Commons.
The North Tower (right) shortly after impact from American Airlines Flight 11 (the day’s first attack) Credit: Wikimedia Commons.

私の記憶では、CBSやNBCの報道から伝わってきたのは、米国は世界の多くの国々を支援してきたはずなのに、なぜこれほどの憎しみを向けられるのか、そして冷戦が終わった今、この憎しみはいったいどこから来るのか、という深い困惑だった。

攻撃当日、そして翌日、ニューヨークは都市としての機能をほとんど失った。通りから人影が消え、商店もレストランもスーパーマーケットも閉まった。公共交通機関も大きく混乱していた。

私のホテルではスタッフの多くが出勤できなかったため、管理職の人々が即席のサンドイッチを作った。それが宿泊客に提供できる数少ない食事だった。誰もが自宅にこもり、衝撃を受け止めようとし、予測不能な危険を避けながら、テレビを見続けていた。

空から落下していく人々、灰に覆われたオフィスワーカーや消防士たち―そうした凄惨な映像に加え、事件の全体像を示す数字やデータが次第に伝えられるようになった。

そして、あの数日間に「アメリカン・ドリーム」は消え去った。

米国は第二次世界大戦後、世界の圧倒的な大国となった。冷戦期にはソ連という対抗勢力が存在したものの、多くの米国人にとって、自国は自由、民主主義、繁栄を体現する国だった。

戦後ヨーロッパの復興を支えたのも米国だった。歴史的には西洋世界の中心だったヨーロッパも、戦後の国際秩序の中では米国との同盟関係を軸に再建された。米国による開発援助もまた、世界各地で重要な役割を果たした。

しかし、こうした自国像は米国民の集合的な想像の中で大きく膨らみ、現実との隔たりも生じていた。9・11の少し前に報じられた世論調査でも、一般の米国人は、政府が実際よりはるかに多くの資金を海外援助に使っていると考えていた。

当時、人々を支配していた感情は「信じられない」というものだった。

The American Dream and the widening gap between perception and reality. From post-war reconstruction and Cold War leadership to global development assistance, the United States came to see itself as a guarantor of freedom, democracy and prosperity. Yet even before 9/11, a growing disconnect between Americans’ perceptions of their country’s role in the world and the underlying realities was becoming apparent. | Image: AI Generated
アメリカン・ドリームと、認識と現実の間で広がる隔たり。 戦後復興への貢献や冷戦期における世界的リーダーシップ、さらには世界各地への開発援助を通じて、米国は自らを自由、民主主義、繁栄を支える存在と捉えるようになった。しかし9・11以前からすでに、世界における自国の役割について米国民が抱く認識と、その実態との間には、次第に隔たりが生じつつあった。画像:INPS Japan

米国人は戦争や虐殺、さまざまな暴力について、新聞で読み、テレビで見てきた。自国の兵士が戦争に参加している時でさえ、その多くは遠く離れた場所で起きている出来事だった。

もちろん、米国がそれまで攻撃を経験していなかったわけではない。しかし、多くの米国人にとって、自国の大都市の中心部がこれほど大規模な攻撃の舞台になることは、ほとんど想像の外にあった。

それが現実に起きたという事実は、国家が国民の安全を必ず守ってくれるという信頼を揺さぶった。その後の戦争や政治的・経済的混乱と相まって、こうした不信は次第に深まり、今日の米国政治を形づくる重要な要素の一つになっていく。

アメリカン・ドリームがどのように徐々に色あせていったのかを本格的に分析するには、ここで与えられた紙幅では到底足りない。

それでも、私たちが知っていた米国を徐々に覆い隠し、ドナルド・トランプとイーロン・マスクに象徴される今日の米国へと変えていった一本一本の糸を、ここでたどってみたい。

まず、1980年代を振り返る必要がある。この時期に起きた一連の変化は、世界全体に大きな意味を持っただけでなく、米国内にも重大な影響を及ぼした。

Participants of the North-South Summit held in Cancun, Mexico in 1981. Credit: Wikimedia Commons.
Participants of the North-South Summit held in Cancun, Mexico in 1981. Credit: Wikimedia Commons.

その象徴的な出来事の一つが、1981年にメキシコのカンクンで開催された南北サミットだった。

私はこの首脳会議で広報を担当し、会議を内側から見ていた。当時を代表する国家首脳が集まり、インディラ・ガンジーからフランソワ・ミッテラン、ジュリウス・ニエレレ、ピエール・トルドーに至るまで、多くの指導者が国際協力を強化する必要性を訴えた。

一方、就任間もないロナルド・レーガン大統領が打ち出したのは、それまでとは明らかに異なるアプローチだった。私が会議の内側から受け止めた彼のメッセージは、国連を中心とした包括的な政治交渉に政策を委ねるよりも、各国自身の責任と選択を重視し、市場の自由と個人の活力を開発の原動力とする、というものだった。

1980年代を通じて、世界経済の考え方そのものにも大きな転換が起きた。

市場自由化、民営化、規制緩和、財政規律を重視する政策潮流が強まり、1989年には経済学者ジョン・ウィリアムソンが、ワシントンの政策機関の間でラテンアメリカ向けに広く共有されていると考えた一連の政策を「ワシントン・コンセンサス」と名づけた。

その後、この言葉は本来の定義を超え、市場原理を重視する新自由主義的な政策全般を象徴する言葉として広く使われるようになった。

グローバル化と国際競争が加速する中、多くの製造業が人件費の安い国々へ生産拠点を移した。米国内では、それまで中産階級を支えてきた多くの製造業の雇用が失われた。特に地方や旧工業地帯では、経済的に取り残されたという感覚が蓄積していった。

U.S. Army Staff Sgt. Salvador Lopez (right) and Spc. Ashley Shaw, both assigned to 1st Battalion, 4th Infantry Regiment, U.S. Army Europe, take a knee while descending a mountain ridge near Forward Operation Base Lane in Zabul province, Afghanistan, on March 8, 2009. DoD photo by Staff Sgt. Adam Mancini, U.S. Army. (Released)
U.S. Army Staff Sgt. Salvador Lopez (right) and Spc. Ashley Shaw, both assigned to 1st Battalion, 4th Infantry Regiment, U.S. Army Europe, take a knee while descending a mountain ridge near Forward Operation Base Lane in Zabul province, Afghanistan, on March 8, 2009. DoD photo by Staff Sgt. Adam Mancini, U.S. Army. (Released)

そして9・11が起きた。

米国はアフガニスタンで20年にわたる戦争を続け、2021年に撤退した。その間、2003年にはイラクに侵攻し、米軍は2011年に同国から主要部隊を撤収した。イラクでは国家機構の崩壊、宗派対立、アルカイダ系組織の活動、さらにシリア内戦など複数の要因が重なり、その後ISISが台頭する環境が形成された。中東全域の不安定化はさらに深まった。

この時期、米国人は自国が無敵ではないことを改めて思い知らされた。

ベトナム戦争のトラウマを克服したはずの世界最強の軍事大国が、圧倒的な軍事力を投入しても、政治的安定や持続可能な秩序を容易には築けない現実が明らかになったのである。

ブラウン大学の「Costs of War」プロジェクトによれば、アフガニスタンやイラクなどを含む9・11後の一連の戦争と対テロ政策に伴う米国の費用は、累計で約8兆ドルに達した。

しかし私の考えでは、アメリカン・ドリームに決定的な打撃を与えたのは、その数年後に起きた2008年の金融危機だった。そしてこの時もまた、私は偶然、その出来事を間近で目撃することになった。

金融市場では長年にわたって規制緩和と金融工学の高度化が進み、ますます複雑でリスクの高い取引が拡大していた。

1999年、ビル・クリントン政権下で成立したグラム=リーチ=ブライリー法によって、1933年銀行法、いわゆるグラス=スティーガル法が設けていた商業銀行と投資銀行の分離を支える主要な規制が撤廃された。

もちろん、これだけが2008年の金融危機を引き起こしたわけではない。金融サービスの統合や規制緩和は1999年以前から進んでおり、同法はそうした長期的な変化を象徴する出来事の一つだった。

2008年、住宅市場と複雑な金融商品を背景に膨張していたバブルが崩壊した。ウォール街の象徴だったリーマン・ブラザーズが破綻し、危機は米国から世界へと波及した。

Photo: Poverty in America Documentary 2017 on YouTube
Photo: Poverty in America Documentary 2017 on YouTube

多くの米国人が住宅、貯蓄、雇用に深刻な打撃を受けた。年金資産も危機にさらされた。その一方で、1980年代以降、労働組合の交渉力は低下し、実質賃金の伸び悩みや雇用の不安定化が続いていた。

多くの人々が不安定な雇用やパートタイム労働に追い込まれ、生活を維持するために複数の仕事を掛け持ちする人も珍しくなくなった。こうして、「政治や経済のエリートは、自分たちの現実の暮らしを理解していない。」という不信が広がっていった。

そして移民が、その不満を向ける対象にされるようになる。「移民が自分の仕事を奪う」「学校や病院の負担を増やす」「犯罪を増やす」―そうした主張が政治の中で力を持つようになった。

この挫折感と怒りは、後のトランプ現象を理解するうえで欠かすことのできない背景となる。

政治だけではない。宗教もまた、米国社会の変化に重要な役割を果たしてきた。

米国の福音派、とりわけ保守的な福音派は大きな政治勢力を形成している。その一部では、個人の成功、自己責任、小さな政府を重視する政治思想と宗教的価値観が強く結びついている。また、保守的福音派の一部には、聖書の終末論的解釈を背景に、イスラエルへの強固な支持を示す人々もいる。

こうした環境の中で、スティーブ・バノンらが唱えたナショナリズムや主権国家主義も広がった。近年では、イーロン・マスクをはじめとするテクノロジー界の有力者が政治に直接的な影響力を行使するようになり、従来の左右の政治対立だけでは捉えきれない反体制的な潮流も強まっている。

カトリック保守派の政治的存在感も高まり、J・D・ヴァンス副大統領はその象徴的な人物の一人となった。

経済的・社会的な不安を抱える人々が少なくない一方で、途方もない富がごく少数の人々に集中している。この対照そのものが、既存の政治・経済システムに対する不信をさらに深めている。

Religion, politics and inequality in a changing America. Conservative evangelical Christianity and Catholicism have become increasingly intertwined with political currents emphasizing nationalism and national sovereignty, while powerful technology figures have gained greater political influence. At the same time, the widening contrast between economic insecurity and extraordinary concentrations of wealth has deepened distrust of the country’s political and economic system. | Image: AI Generated
変わりゆく米国における宗教、政治、そして格差。 保守的な福音派キリスト教やカトリックは、ナショナリズムや国家主権を重視する政治潮流との結びつきを強める一方、テクノロジー界の有力者も政治への影響力を増している。同時に、経済的不安に直面する人々と、ごく一部に集中する莫大な富との格差が広がり、米国の政治・経済システムに対する不信をさらに深めている。|画像:INPS Japan

そこに通信技術の革命が重なった。

2004年にフェイスブック、2005年にレディット、2006年にツイッターが登場した。突然、何百万人もの米国人が、大手メディアを介さずに互いに直接つながることが可能になった。

Dr. Roberto Savio
Dr. Roberto Savio

私自身、かつてはインターネットの熱烈な支持者の一人だった。

しかし、「これから重要なのは、知っていることではない。どこを探せばよいかを知っていることだ」という趣旨の言葉を耳にした時、私は強い不安を覚えた。

何かを見つけても、それを自分自身の知識として身につけていなければ、ガチョウの羽を流れ落ちる水のように、何も残らないのではないか。より大きな問題は、インターネットの主要なサービスが、公共財としてではなく、利益を生み出すビジネスとして発展したことだった。

膨大な情報があふれる中で、いかに利用者の注意を引き、画面の前につなぎ止めるかが重要になった。その結果、センセーショナルで、感情を刺激し、驚きを与える情報ほど拡散されやすい環境が生まれた。

そこを虚偽情報や偏向した情報、陰謀論が利用した。かつてなら限られた場所で語られていただけの荒唐無稽な考えが、インターネットという巨大な拡声器を通じて、一瞬のうちに社会全体へ広がるようになった。その影響を最も効果的に利用したのが、政治的・思想的な過激派だった。

さらに近年では、若者の孤立やオンライン空間への依存をめぐる懸念が高まっている。

人と直接交流する代わりに、インターネットの仮想世界に長時間とどまり、今では人工知能(AI)を友人や助言者のように利用する人々も現れている。

これは、社会より個人を重視する伝統が強い米国に、新たな問いを突きつけている。

地球規模の課題は、もはや個別に切り離して捉えることはできない。気候変動、移民、経済不安、人工知能(AI)、民主的統治がますます相互に結び付く中で、それらの関係性を理解することは、市民としての不可欠な責任となっている。画像:INPS Japan
地球規模の課題は、もはや個別に切り離して捉えることはできない。気候変動、移民、経済不安、人工知能(AI)、民主的統治がますます相互に結び付く中で、それらの関係性を理解することは、市民としての不可欠な責任となっている。画像:INPS Japan

国家の縮小を「自由」と考え、税金を個人の労働の成果に対する過度な介入と捉え、医療などの社会保障政策を「社会主義」と結びつけて警戒する政治思想も、依然として強い影響力を持っている。

もちろん、米国社会ではこうした流れに対する反動も起きている。ニューヨークでは、自らを民主社会主義者と位置づけるゾーラン・マムダニが市長となり、ほかにも公然と進歩主義的な政策を掲げる政治家が登場している。

しかし、それは同時に激しい政治的分極化を伴っている。

互いを政治的な競争相手ではなく、国家や社会に対する脅威として語る言説が広がり、国民的合意へ向かう道筋は容易には見えてこない。

トランプは民主党やその政策をしばしば「共産主義的」と非難する。

政治は、社会の異なる意見を調整する仕組みであると同時に、今や社会を分断する強力な装置にもなっている。

未来は、かつての「夢のアメリカ」への単純な回帰には見えない。

オサマ・ビンラディンは、ツインタワーを破壊した時、自らの攻撃がその後これほど長く、複雑な連鎖を生み出すことになるとは想像もしなかっただろう。

しかし、9・11の遺産は戦争や政治だけで測られるものではない。私たちがもはや特別なことだとさえ認識しなくなった、日常の何気ない行動にも刻み込まれている。

9・11を契機として、航空保安は段階的に強化された。その後のテロ未遂事件などを受け、靴やベルトを外す検査、液体物の制限、スキャナーによる検査などが次々と加わった。

今日、空港に出発のかなり前に到着し、長い列に並んで保安検査を受けることに驚く人はいない。若い世代にとって、それはまるで自然法則のようなものだ。彼らは「それ以前」の世界を知らないからである。

かつては、今よりはるかに短い時間でチェックインを済ませ、そのまま搭乗口へ向かうことができた。その世界は、9月のある朝を境に変わり、二度と元には戻らなかった。

これこそが、テロリズムの最も静かな勝利なのかもしれない。テロは私たちの思想を変えただけではない。私たちの習慣を変えた。そして、かつて別の習慣があったことさえ思い出せなくなるほど、その変化を日常の一部にしてしまったのである。

さらに、このメカニズムが米国内だけにとどまらなかったことも考える必要がある。

The lasting legacy of 9/11 in everyday life. The attacks transformed not only geopolitics and security policy but also the routines of ordinary air travel. Stricter screening, restrictions on liquids and longer security procedures have become a “new normal” so familiar that younger generations have never known the world that existed before September 11, 2001. | Image: INPS Japan / AI Generated
日常生活に刻まれた9・11の長期的な影響。 9・11同時多発テロは、地政学や安全保障政策だけでなく、日常の航空旅行のあり方も大きく変えた。厳格化された保安検査、液体物の持ち込み制限、長時間に及ぶセキュリティー手続きは今や「新たな日常」となり、若い世代にとっては、2001年9月11日以前の世界を知らないほど当たり前のものになっている。|画像:INPS Japan

異なる歴史と社会的背景の中ではあるものの、欧州でもグローバル化、市場原理、移民、国家主権、そして既存の政治制度への不信をめぐる対立が深まってきた。

European Union Flag
European Union Flag

1992年に締結されたマーストリヒト条約は、現在の欧州連合(EU)を形づくる重要な基礎となった。その後EUは経済統合だけでなく、社会政策、人権、環境など幅広い領域に政策を発展させてきた。しかし、加盟国とEU機関の間で、どこまで権限を共有すべきかという問いは消えていない。

むしろ近年、各国で国家主権や国境管理を重視する政治勢力が台頭し、EU統合のあり方そのものが改めて問われている。今後、欧州の主要国で行われる選挙の結果は、EUの方向性にも大きな影響を与えるだろう。

もしこうした国々で主権国家主義勢力がさらに伸長するなら、トランプを「異常な存在」と見てきたヨーロッパ人自身が、皮肉にも彼が望んできた方向―EUの結束を内側から弱める方向―へ進むことになりかねない。

INPS Japan

関連記事:

なぜ今、「世界市民」がこれまで以上に重要なのか

アルカイダ、タリバン、そしてアフガニスタンの悲劇

|視点|ローマ宣言の先へ―AIと核兵器の時代に築く「ローマ・プロセス」(浅霧勝浩INPS Japan理事長)

国連人権高等弁務官の再任、投票が映した国際社会の亀裂

【ブリュッセルIPS=サミュエル・キング】

2026年7月24日、国連総会はフォルカー・テュルク国連人権高等弁務官をさらに4年間の任期で再任した。反対票を投じたのは、イスラエル、ロシア、米国など、わずか10カ国だった。|英語版|

テュルク氏はオーストリア出身の法律家で、コソボでの現地勤務から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、そして現在のジュネーブでの職務に至るまで、キャリアのほぼすべてを国連機関で積んできた。

そのため、2022年10月に人権高等弁務官に就任した当初は、歴代の高等弁務官に比べて慎重な姿勢を取るのではないかとの懸念もあった。しかし実際には、強大な国々による人権侵害についても声を上げてきた。

ロシアによるウクライナへの全面侵攻を批判し、米国の移民収容施設で相次いだ死亡事案について調査を求め、イスラエルによるガザでの残虐行為も非難してきた。一方で、イスラエルのガザでの行為を「ジェノサイド」と明言していないことや、中国、とりわけ新疆ウイグル自治区のウイグル人をめぐる状況について十分に声を上げていないとの批判も受けている。

今回の再任により、テュルク氏は1993年に同職が創設されて以来、初めて2期8年の任期を完全に務める人物となる見通しだ。

初期の人権高等弁務官の1人であるメアリー・ロビンソン氏も続投を望んでいた。しかし、9・11同時多発テロ後の米国による軍事介入や、2001年の国連「反人種主義世界会議」(ダーバン会議)をめぐる同氏の立場に米国が強く反発したため、任期延長は1年間にとどまった。

ダーバン会議ではイスラエル・パレスチナ問題が大きく取り上げられ、これに抗議したイスラエルと米国が会議から退席している。

現在、国連の人権制度全体が深刻な資金危機に直面しており、組織の継続性を確保することの重要性は増している。

国際秩序全般、とりわけ人権機関に対する米国の攻勢の一環として、国連機関への資金拠出が削減・停止されたことで、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は深刻な財政難に陥っている。職員削減を余儀なくされ、人権侵害が起きている国々で活動する能力も低下している。

こうした困難な時期に高等弁務官ポストが空席となったり、後任選びをめぐって対立が長期化したりすれば、さらなる混乱を招くことになっただろう。

急ぎ進められ、異論を呼んだ再任手続き

今回の投票は突然持ち上がり、手続きも急ピッチで進められた。

UN Secretary-General António Guterres addresses the preparatory ministerial meeting for the Summit of the Future. | Credit: UN Photo/Laura Jarriel.
UN Secretary-General António Guterres addresses the preparatory ministerial meeting for the Summit of the Future. | Credit: UN Photo/Laura Jarriel.

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、公募や公開の選考手続きを行わず、加盟国にも十分な検討時間を与えないまま、テュルク氏を再任する意向を各国に伝えた。グテーレス氏の2期目の任期が今年で終了することを考えれば、この措置には、次期事務総長に判断を委ねることを避けるとともに、再任への反対が広がる前に決着をつけたいとの意図があったとみられる。

大半の加盟国はこれを受け入れたが、米国は反発した。

米国は協議が不十分だったとして、直ちに投票の延期を求めた。欧州連合(EU)を代表して発言したアイルランドは米国の動議に反対し、延期案は63票対27票で否決された。米国代表は、この手続きを「典型的な国連の身内びいき」と非難。グテーレス事務総長が密室で取引を行ったと主張し、「相応の結果を招くことになる」と警告した。

一方、ロシアは別の手段に出た。テュルク氏の任期を2026年末までのわずか81日間だけ延長し、最終的な判断を次期事務総長に委ねる案を提出したのである。しかし、この提案も71票対19票で否決された。

テュルク氏の再任に反対票を投じたのは、アルゼンチン、ブルキナファソ、イスラエル、マリ、ニカラグア、ニジェール、北朝鮮、ロシア、トリニダード・トバゴ、米国の10カ国だった。その顔ぶれには、アルゼンチンやイスラエルのように米国と緊密な関係にある国々に加え、北朝鮮や、近年一つの勢力として連携を強めているサヘル地域の軍政3カ国など、ロシアと歩調を合わせる国々が含まれている。

トランプ政権下では、米国とロシアが同じ投票行動を取ることも、もはや驚くべきことではない。反対した国々の多くは、ニカラグアを含め、組織的な人権侵害を指摘されている。ロシアと北朝鮮はいずれも人権侵害に対する責任追及に強く抵抗している。米国はとりわけ、対イラン戦争や移民収容施設での死亡事案をめぐるテュルク氏の批判に反発していた。イスラエルはOHCHRについて、「10月7日の残虐行為を消し去り、国連の中立性を裏切った」と非難した。

一方、テュルク氏に反対するとみられていた国々の中にも、再任を支持した国があった。

再任に賛成した144カ国には、コンゴ民主共和国、スーダン、シリアも含まれている。いずれも現在、国連による厳しい人権監視の対象となっている国々だ。これは、特定の人権監視の仕組みに反発しているからといって、必ずしも国連の人権制度全体に敵対しているわけではないことを示している。また、国連から厳しい監視を受けている国であっても、OHCHRとの実務的な関係を維持することに一定の価値を見いだしている場合があることを示唆している。

脆弱さを増す国連の人権制度

13カ国が棄権し、26カ国が投票に参加しなかったことにも注目する必要がある。

その一部は手続き上の理由によるものだった。エクアドルとパラグアイは後に、検討するための時間がもっと必要だったと説明している。ペルーは、次期事務総長の裁量を狭めることへの懸念を棄権の理由として挙げた。ただし、その判断には、1980年から2000年まで続いた武力紛争の際に重大な人権侵害に関与したとされる治安部隊関係者に恩赦を与える法律など、ペルーの人権状況をテュルク氏が最近批判したことも影響していた可能性がある。

イラク、ニュージーランド、韓国、スリランカ、ウガンダも棄権した。

ニュージーランド政府は、その判断について「政策上ではなく、手続き上の理由によるもの」と説明した。しかし国内では強い批判を招いた。とりわけ、同国が最近、パレスチナ国家の承認を見送ったこともあり、反発は大きかった。

投票で明確な態度を示さなかった小国の中には、強大な国々から経済的あるいは政治的な圧力を受け、沈黙を選んだ国もあった可能性がある。また、明確な立場を示した場合に生じ得る不利益から自国を守るだけの力がないと判断した国もあっただろう。

つまり今回の投票は、人権高等弁務官への支持の度合いを示すだけでなく、各国、とりわけ小国が国際社会で置かれている脆弱な立場を映し出したものともいえる。強大な国々が国際秩序の中でますます力を振りかざすようになるなか、小国は、いつ明確な立場を取ることができ、いつ沈黙せざるを得ないのかを慎重に見極めなければならなくなっている。

再任がもたらした「継続性」

Volker Türk, United Nations High Commissioner for Human Rights, in Helsinki © Lauri Heikkinen, valtioneuvoston kanslia - FinnishGovernment, CC BY 2.0
Volker Türk, United Nations High Commissioner for Human Rights, in Helsinki © Lauri Heikkinen, valtioneuvoston kanslia – FinnishGovernment, CC BY 2.0

今回の再任によって、少なくとも当面、制度的な継続性は確保された。そしてテュルク氏自身も、その継続性を何のために生かすのかを明確にしている。

6月の演説でテュルク氏は、現在世界で起きていることを「国際法に対する前例のない、恥知らずな攻撃」と表現し、それが甚大な人的被害を引き起こしていると警告した。そのうえで、国際社会は基本原則を見失ってはならないと強調し、世界人権宣言と主要な人権条約は「これまで以上に重要になっている」と訴えた。

近隣で首脳会議を開いていたG7に向けたメッセージも明快だった。人権を単なる付け足しとして扱うのではなく、安定をもたらす力として議論の中心に据えるべきだ、というものだ。

しかし、正統性や道義的権威だけでは、OHCHRの活動資金を賄うことはできない。今後4年間、テュルク氏は、国連の人権保護機関を弱体化させようとする中国、ロシア、米国からの圧力に立ち向かわなければならない。

そして今回、テュルク氏の再任を支持した144カ国には、その一票を具体的な行動へとつなげる責任がある。

各国はOHCHRに十分な資金を確保するとともに、棄権した国々、とりわけ圧力や報復への懸念から棄権した国々を、人権制度を支える側に取り込んでいく必要がある。

人権を守るための国際社会の集団的な意思が、今なお力を持っていることを示さなければならない。

サミュエル・キングは、市民社会組織の国際ネットワーク「CIVICUS:市民参加のための世界同盟」で、欧州連合(EU)の研究・イノベーション枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」の助成を受ける研究プロジェクト「ENSURED:移行期の世界における協力の形成」に携わる研究員。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

関連記事:

国連報告書、詐欺拠点に人身取引された人々への重大虐待を詳述

アルビニズムの人たちに対する恐ろしい攻撃が報じられる

2030年以降に向けた人権を中心に据えた変革的アジェンダを目指して

スポンジ・ボブの海底都市に集まった180万人―ミームが映すエジプトのデジタル政治

【ニューヨークINPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

指導者はいない。組織もない。あるのはミームと風刺、そして圧倒的な拡散のスピードだけだ。|英語版|

約180万人のエジプト人が、アニメ『スポンジ・ボブ』に登場する架空の海底都市を舞台にしたFacebookグループへと集まった。

単なるデジタル上のジョークとして始まったこの現象は、現代のエジプト社会における集団表現のあり方、そして政治権力がそうした新しいつながりをどう受け止めているのかについて、思いがけない問いを投げかけている。

約200万人のエジプト人が、架空の海底都市へ足を踏み入れた。ところが、その物語は思いがけず、海の上にある「権力」について、極めて現実的なことを教えてくれる結果となった。

私は昨年、Z世代が抗議運動の「基本ソフト」をどのように書き換えているのかについて分析記事を書いた。そこで指摘したのは、従来の抗議運動の「振り付け」が変わったということだ。

カリスマ的な指導者はいない。本部もない。誰も読まないような分厚いマニフェストもない。内部に潜入されたり、幹部を逮捕されたり、あるいは政府との交渉に引き出されたりするような、従来型の政党組織も存在しない。

代わって登場した新しい公式は、「分散化」「ミーム」「スピード」である。

デジタル空間に小さな火花が散る。ひとつの冗談。ひとつのハッシュタグ。ひとつの共有された不満。

そして政府が「いったい誰がこの集まりを組織したのか」と問い始めるころには、すでに何十万人もの人々がそこに集まっている。

当時、私は実際の抗議運動について書いていた。まさか、その「エジプト編」をスポンジ・ボブが提供することになるとは思わなかった。

しかし、実際にそうなったのである。

海底に出現した「エジプトの町」

8月、エジプトで「カーア・アル=ハムール住民の苦情」と名付けられたFacebookグループが登場した。「カーア・アル=ハムール」は、アニメ『スポンジ・ボブ』で主人公と仲間たちが暮らす架空の海底都市「ビキニタウン」のアラビア語名である。

発想は、ばかばかしいほど単純で、それゆえに見事だった。エジプト人たちは、「もしビキニタウンがエジプトの町だったら」という設定で遊び始めたのである。当然のことながら、数日もしないうちに、その町には現実のエジプト社会でおなじみの問題が次々と持ち込まれた。

物価への不満。仕事の悩み。学校への苦情。大家とのトラブル。近所付き合い。

商店も開業し、架空の役人も登場した。官僚的なお知らせも次々と投稿された。

人々は人工知能(AI)を使って、エジプトの日常生活を海底世界に再現した。

どうやら海の底に逃げても、役所の書類仕事からは逃れられないらしい。

ところが、その単なるジョークを巨大な社会現象に変えることが起きた。人々が押し寄せたのである。

それも、驚くほど大量に。

グループは2週間足らずで約180万人のメンバーを集め、投稿は数万件に達した。

著名人や公人も次々と参加し、この架空の海底都市の「住民」を演じ始めた。8月23日には、グループは59日間の一時停止措置となり、再開予定日は10月22日と表示された。そして、この時点でスポンジ・ボブは思いがけず、エジプト政治の世界へ迷い込むことになった。

政治運動ではない、それでも180万人が集まった

このグループ自体が政治的だったわけではない。デモを呼びかけていたわけでもない。革命のマニフェストもない。政治組織でもない。

誰もパトリックをタハリール広場へ向かうデモの先頭に立たせようとしていたわけではない。それでも、200万人近い人々が一つの場所に自発的に集まった。

省庁が招集したわけではない。政党が組織したわけでもない。政府主催の青年会議がバスや弁当を用意したわけでもない。

そして、そもそも誰が率いているのかさえ、はっきりしなかった。

誰が何を組織しているのかを常に把握することに慣れた政治体制にとって、そこに不安の種が生まれる。現地報道では、治安当局がグループ管理者の経歴や思想的傾向を調べていると伝えられた。その後、論争が広がるなかで、管理者側は活動を停止した。

ただし、エジプト当局が閉鎖を命じたという公式な確認はない。それを事実として断定するのは適切ではない。しかし、公式な説明が何であったか以上に興味深いことがある。

エジプト人が、治安当局がスポンジ・ボブのジョークを投稿するFacebookグループを調べているかもしれないと聞いても、さほど驚かなかったことである。

そこに、この話の本質がある。

「自分の影」にさえ怯える権力

アブデル・ファッターフ・エルシーシ大統領の下で12年。現在のエジプトは、近代史上でも極めて中央集権的な政治体制を築いている。

大統領権限は強大だ。治安機構も強大である。組織的な反対勢力は分裂している。街頭デモはまれだ。かつて大規模な動員力を持っていたムスリム同胞団も、国内政治勢力としては事実上解体された。

政権が今にも崩壊しそうで、必死に権力にしがみついているという状況ではない。それでも時折、体制は、あまりに神経質になって「自分の影にさえ怯える」人を表す昔ながらのエジプトの表現そのもののように振る舞う。

12年がたち、今度はどうやら海の底まで調べなければならなくなったらしい。しかし、カーア・アル=ハムールに注目すべき、さらに重要な理由がある。この現象が、私が昨年指摘した新世代の行動様式にほぼ完全に当てはまっているからだ。

新しい世代は、上から下ではなく、横につながる。明確に「組織する」ことなく、組織化されていく。ユーモアを、誰もが理解できる共通言語へ変える。そして、官僚機構が追いつけない速度で動く。

私は以前、この新しい異議申し立ての「基本ソフト」を、「分散化」「ミーム化」「スピード」という3つの特徴で説明した。カーア・アル=ハムールは、抗議運動になることなく、その3つすべてを実演してみせた。

だからこそ興味深いのである。

「指導者は誰だ」「本部はどこだ」

呼び出すべき指導者はいない。組織図もない。分析すべきイデオロギーもない。明確な政治的アジェンダもない。ただ何百万人もの人々が、同じデジタルジョークを共有しているだけである。

治安当局の分析報告書を想像してみよう。「指導者は誰か?」誰にも分からない。「本部はどこか?」ビキニタウン。「イカルドの資金源は?」調査中。

「カーニさんは外国から資金提供を受けているのか?」まあ、彼の商売のやり方を考えれば、調べる価値はあるかもしれない。

「パトリックに政治的所属はあるのか?」不明。

もっとも、彼の知的能力なら、いくつかの上級職に就く資格は十分ありそうだ。風刺は勝手に出来上がる。

しかし、そこから浮かび上がる政治的な教訓は笑い話では済まない。

政治的な意味は別の場所へ移っていく

エジプト当局は長年、オンライン上の表現のかなりの部分を、治安や法律の問題として扱ってきた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、2025年の取り締まりでは、少なくとも29人のオンライン・コンテンツ制作者が逮捕または起訴された。

その中には、「公序良俗」や「家族の価値」といった幅広く解釈可能な容疑が適用されたケースも含まれている。

こうした環境では、人々はすぐに一つのことを学ぶ。

真剣な政治的発言が危険になれば、その政治的意味は別の場所へと移っていくのである。

歌へ。サッカーの応援歌へ。TikTok動画へ。ミームへ。皮肉へ。そして時には、もともと政治とは何の関係もなかった空間にまで流れ込んでいく。

だからといって、カーア・アル=ハムールを抵抗運動と見なすべきではない。

あらゆるバイラルなジョークを「アラブの春」の続編として解釈する誘惑には抗う必要がある。

大半の人々が参加した理由は、単純に面白かったからだ。

エジプト社会における「笑い」の力

しかしエジプトで、ユーモアは決して単なる娯楽ではなかった。それは社会の圧力を逃がす弁であり、非公式の新聞であり、ときには国民的な心の防衛手段でもある。エジプト人は、泣き続けていたのでは時間がかかりすぎるようなことを、笑い飛ばす。

そしてZ世代は、その本能をいわば「産業化」した。印刷機はいらない。必ずしも政党も必要ない。必要なのはスマートフォンとアルゴリズム、そして皆が加工し、共有したくなるほど突拍子もない何かだけである。

これは、政治的な組織化を従来型の組織構造で理解してきた政府にとって厄介な問題を生む。事務所なら閉鎖できる。議長なら逮捕できる。デモなら禁止できる。しかし、ミームとはどう交渉すればいいのか。

皮肉をどう尋問するのか。そして「反対勢力」がスポンジ・ボブだった場合、いったい誰が降伏文書に署名するのか。

「誰が背後にいるのか」

だが、さらに興味深い問いは、これほど強固な権力基盤を持つ政府が、なぜそこまで気にするのかということだ。政治体制の自信は、選挙結果や警察力、制度への支配だけで測られるものではない。時には、「放っておけること」こそが自信の表れになる。

200万人近い国民が、ばかばかしいジョークをめぐって集まっているのを見て、「まあ、単に楽しんでいるだけなのだろう」と判断できることだ。

すべての群衆が陰謀なのではない。すべての管理者が活動家なのでもない。すべての冗談の裏に革命が隠れているわけでもない。そして、あらゆるデジタル現象について、エジプト政治で何度となく繰り返されてきた問いを発する必要もない。

「背後にいるのは誰だ?」時には、本当に誰もいない。

そして、それこそが新しいデジタル時代を、旧来型の政治システムにとってこれほど理解しにくいものにしているのかもしれない。

私は昨年、Z世代は革命を起こしているというより、既存システムを「デバッグ」しているのだと書いた。だがカーア・アル=ハムールは、それとは少し違う可能性を示している。時には彼らは、何かをデバッグしようとすらしていない。ただ笑っているだけなのだ。

しかし、管理されていない人々の集まりすべてに政治的な意味を探すことに慣れた国家にとっては、笑い声さえ疑わしく聞こえ始める。

そして政権発足から12年が過ぎた今、問うべき居心地の悪い問題は、エジプト人が海の底で何をしているのかではないのかもしれない。

むしろ問われるべきなのは、上から見張っている側が、海の底から何かが浮上してくることを、なぜいまだにこれほど恐れているのかということである。

INPS Japan

関連記事:

デジタル時代に抗議を再定義するZ世代(アハメド・ファティATN国連特派員・編集長)

「アラブの春」はフェイスブック革命ではない(エマド・ミケイ:スタンフォード大学フェロー)

|国際報道の自由デー|政府に狙われるジャーナリストとネチズン

キルギスの発電所停止で4カ国が停電に

8月14日の大規模停電が浮き彫りにした中央アジア共通電力網の脆弱性

【The Astana Times=ソビル・クルバノフ、アメル・メトヤヒッチ】

8月14日午後2時37分ごろ、アルマトイの地下鉄が停止し、信号機の明かりが消えた。引き金となったのは、キルギスのトクトグル水力発電所で発生した2基の発電ユニットの停止だった。年間でも電力需要が最も高まる時期に、中央アジアの電力網から約600メガワットの供給力が失われたのである。|英語版|

その数分後には、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンの各地で消費者が停電に見舞われた。

ロイター通信は同日午後、地域全体で同時多発的な停電が発生したと報じた。その後の調査で、トクトグル水力発電所の300メガワット級ユニット2基の停止が発端だったことが判明した。

キルギス・エネルギー省は8月17日、技術的な不具合があったことを認めた一方で、その後に近隣諸国で発生した事態については責任を否定した。しかしその時点で、より広範な崩壊を防ぐため、緊急保護装置がカザフスタン南部地域を中央アジア統一電力システムから切り離していた。その代償として、地域最大級の都市を含む広い範囲で停電が発生した。

個別のインフラ障害そのものより重要なのは、それが明らかにした構造的な問題である。一国の一つの発電所で起きた停止が、4カ国の数百万人の消費者に影響を及ぼした。その影響を運んだのは、老朽化し、気候ストレス、急増する電力需要、そして脆弱な地域調整によってすでに圧力を受けていた電力システムだった。

しかも中央アジアは現在、ハイパースケールの人工知能(AI)データセンターを含むデジタルインフラの誘致先として自らを位置づけようとしている。こうした施設は、都市一つ分の需要に匹敵する数百メガワット規模の電力を、継続的に消費する。

「昨日の送電網」で動く今日の中央アジア

中央アジアは、異なる時代のために設計された相互接続型の電力網を受け継いだ。ソ連時代、中央アジアの5共和国は独立した国家電力網としてではなく、一つの統合電力システムとして運用されるよう設計されていた。その仕組みは、季節ごとの精密な電力交換に依存していた。

Sobir Kurbanov.

https://astanatimes.com/2026/09/one-plant-tripped-in-kyrgyzstan-four-countries-go-dark/
ソビル・クルバノフ

夏には、キルギスとタジキスタンが雪解け水や貯水池の放流を利用して水力発電を行い、電力を輸出した。冬には、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンが石炭火力やガス火力による電力を供給し、上流国が水を温存できるようにした。

しかし1991年のソ連崩壊後、商業上の対立、投資不足、そして2003年にトルクメニスタンが地域電力網から離脱し、イランと同期運用することを決めたことにより、地域協調は弱まった。

その影響は、2007年から2008年にかけての冬に表面化した。極寒、低水位、近隣諸国からの供給停止が重なり、タジキスタンは氷点下の気温のなかで深刻な電力危機に陥った。その後、ウズベキスタンは2009年12月に地域システムから完全に離脱し、国境を越える緊急事態に対処するための計画が欠如していることが露呈した。

その後、ウズベキスタンは電力網に復帰し、協力も大幅に改善した。しかし、基盤となるインフラの多くは更新されないままだ。

氷河の融解や河川流量の変動は水力発電の利用可能性を低下させているが、今年の問題は水不足ではなかった。キルギス・エネルギー省は、トクトグル貯水池には秋から冬にかけてタービンを通常運転するのに十分な水量があると推定していた。

今回の不具合はむしろ、このシステムが設計された時代の気候条件を超える高温ストレスによって発生した。極端な夏の暑さにより、複数の国で同時に季節的な電力需要のピークに近づき、変圧器の冷却効率が低下した。機器の温度が安全限界に近づくと、損傷を防ぐために保護システムが発電機を切り離した。

高温と高い電力使用量が重なったことで、高圧送電線は熱膨張してたわみ、送電線事故のリスクも高まった。トクトグルで突然600メガワットの供給が失われると、その不足分は電力網全体に波及し、他の部分に過負荷を生じさせた。

何に投資すべきか

キルギスの水力発電でカザフスタンの明かりを灯すことを可能にしている同じシステムが、キルギスで起きた障害によってその明かりを消すことも可能にしている。

カザフスタンは需要ピーク時にロシアからの電力輸入に依存しており、2027年までに自国の発電能力を拡大し、そうした輸入を終える計画を立てている。しかし、それだけではインフラ問題の解決にはならない。

地域の発電所や送電インフラの大部分は数十年前に建設されたもので、有効寿命の終わりに近づいている。必要なのは、設備更新、制御システム、予備供給力への投資である。

アメル・メトヤヒッチ

基本的な設備更新には、老朽化した火力・水力発電所の改修、過負荷状態にある変圧器や変電所の交換、そしてそれらをつなぐ高圧送電線の近代化が含まれる。

幸い、中央アジア電力網の運用上の中枢であるタシケントの調整給電センター「エネルギヤ」では、世界銀行の支援を受けて制御システムの近代化が進められている。

現代の給電運用には、不安定化が停電へと発展する前にそれを検知するため、リアルタイム監視、予測分析、自動化された非常時解析が不可欠である。しかし、既存の地域システムでは、こうした機能の多くがまだ限定的である。

8月14日のような事態の再発を防ぐには、大型発電ユニットの喪失を吸収できる地域全体の予備供給力を拡大することが極めて重要である。

「2026〜2032年の需給見通し」は、2032年までに発電量が消費量を上回ることを示す資料としてよく引用される。しかし、これは年間を通じたエネルギー量の比較であり、ピーク負荷の時間帯における供給力を示すものではない。その観点では、約3ギガワットの不足は解消されないままである。

蓄電は、この不足の一部を埋めることができ、すでにその効果も試されている。ウズベキスタン・エネルギー省は、最近導入されたエネルギー貯蔵システムが8月14日の混乱による国内への影響を抑えたと説明している。カザフスタンも同じ方向へ進みつつある。法案では、開発事業者が保証された供給可能容量を入札する容量市場オークションの創設が盛り込まれている。

効率化は、大規模に実施できる最も安価な選択肢である。効率改善によって、本来であれば新設しなければならなかった供給力を解放でき、新たな発電能力から得られる効果も高まる。産業設備の近代化、古い建物の断熱改修、老朽化した暖房・冷房システムの更新は、季節的ピーク時の負荷を下げ、高額な新規供給力への投資を先送りすることを可能にする。

電力網に先行して到来するデータセンター

カザフスタンは、AI時代への世界的な移行を成長機会として取り込もうとしており、その投資 commitments は急速に拡大している。

2026年6月にカシムジョマルト・トカエフ大統領が承認した「デジタル・カザフスタン」戦略のもと、NVIDIAとFirebird.aiは、エキバストゥズの「データセンター・バレー」を拠点とする100億ドル規模の投資パッケージに署名した。また、英国を拠点とするコンソーシアムJMOT04は、200メガワット規模の施設と、それに電力を供給する250メガワットのガス火力発電所を建設する覚書に署名した。

すでに締結された合意だけで、新たな電力負荷は約650メガワットに達している。さらに、ナスダック上場企業SuperX AI Technologyとの間で進められている1ギガワット規模のプロジェクト協議がまとまれば、その規模は2倍以上に膨らむ。

問題は立地である。カザフスタンの「2026〜2032年需給見通し」に示された地域別表では、エキバストゥズを含む北部地域は公式には余剰地域とされている。一方、シムケントやアルマトイを含む南部地域は大幅な不足地域である。

北から南へ電力を送ることでこの不足を埋める場合、北部の公式な余剰は実質的な不足へと変わる。つまり、カザフスタンのデータセンター建設計画は、表面上は余剰電力があるように見える地域に立地しているにすぎない。

S&Pグローバルによれば、カザフスタンの電力網への投資不足は、収益性の問題である。長年にわたり、消費者価格を低く抑えることを重視した料金政策が続いたため、低い収益率と予測しにくい価格が民間投資の意欲をそいできた。

最近の法改正により、料金決定は、カザフスタン最大の発電事業者であるサムルク・エネルゴの所有者も参加する委員会を通じて行われることになった。これにより、料金決定が発電事業者の経済性により配慮したものになる可能性がある。

繰り返す価値があるのは、JMOT04型の仕組みである。新たな大規模データセンターには、既存の公共電力網に依存するのではなく、専用の発電設備、蓄電設備、変電所への投資を義務づけるべきである。

自ら電源を持つ施設であれば、南部がすでに当てにしている余剰電力を奪うことはない。その条件が満たされるなら、エキバストゥズは不適切な立地ではなく、むしろ適切な立地となる。そしてカザフスタンは、AIブームを利用して、いずれにせよ必要としている発電投資を呼び込むことができる。

運用協定の必要性

世界銀行の予測では、中央アジア全体の電力需要は、人口増加と急速な経済発展により、2050年までに3倍に増える可能性がある。

技術投資だけでリスクを取り除くことは難しい。地域には、通常時と緊急時の双方において相互接続システムをどのように運用するかについて、新たな政治的合意も必要である。

通常時の運用には、国境を越える電力潮流に関する透明な計画、共同の投資計画、そして調整された緊急時対応手順が含まれるべきである。

中央アジアの相互接続は、大きな強みでもある。それは国境を越えて多様なエネルギー資源を融通し合うことを可能にするからだ。今後10年の課題は、この電力網を地域全体で強化することである。

8月14日は、意図せざるストレステストとなった。電力は数時間以内に復旧した。しかし、一つの地域的な障害がなぜ4つの国境を越えて広がったのかという問いは、発電所そのものではなく、システム全体に向けられるべき未解決の問題である。

投資が1年遅れるごとに、次の局地的な障害が地域規模の障害へと拡大する可能性は高まる。

ソビル・クルバノフとアメル・メトヤヒッチは、Nightingale Int. networkの専門家・フェローである。

本記事で表明された見解および意見は筆者のものであり、必ずしもThe Astana Timesの立場を反映するものではない。

Original URL: https://astanatimes.com/2026/09/one-plant-tripped-in-kyrgyzstan-four-countries-go-dark/

関連記事:

アスタナと東京、スマートシティ・エネルギー安全保障・核軍縮を軸に未来への絆を強化

中央アジアの水資源問題と解決策

欧州と中央アジアの水と食料安全保障:持続可能で公正な未来に向けた共通の課題(ヴィオレル・グトゥFAO事務次長兼欧州・中央アジア地域代表)

Z世代を覆う不安

【カイロINPS Japan/ London Post=ナダ・サブリーン】

誰も、うつ病になることなど望んではいない。それにもかかわらず、うつ病は今や数百万人の生活に重くのしかかり、富裕層か貧困層か、先進国か途上国かを問わず、人々を苦しめている。経済的な豊かさや技術の進歩を示す指標が伸びる一方で、不安や孤独感、社会的孤立も、とりわけZ世代やミレニアル世代の間で深刻化している。この逆説は、一見単純でありながら、実は極めて複雑な問いを私たちに投げかける。なぜ、富では必ずしも幸福を買えないのだろうか。|英語版|

うつ病に苦しむ人にとって最もつらいのは、病そのものではなく、その苦しみの深さを社会に理解してもらえないことなのかもしれない。うつ病を経験したエジプト人女性は、その思いを次のように語る。

 Nada Sabreen

「うつ病で最もつらいのは、病気そのものではなく、多くの人にその苦しみが見えていないと感じることです。身体の痛みなら目に見えるため、人は寄り添ってくれます。しかし心の痛みは、たとえ目の前でその人が次第に弱っていっても、多くの人には理解されないままなのです」

これは単なる一個人の証言ではない。周囲には見えない傷を抱え、声を上げられないまま苦しむ数百万人の悲劇を映し出している。

2025年版「世界幸福度報告書」が、富だけが幸福への道ではないと指摘しているのは偶然ではない。大規模な調査に基づいて毎年発表される同報告書は、社会的支援、信頼、自由、健康、寛容さなど六つの主要指標を通じて幸福度を分析している。フィンランドは8年連続で世界首位を維持した。また調査結果からは、幸福感を左右する要因として、人間関係の強さや相互の信頼が、所得水準だけの場合よりも大きな影響を持つようになっていることが明らかになった。お金は生活水準を向上させることはできても、孤独を追い払い、心の安らぎをもたらすことまではできない。

世界は、新しい世代が受け止めきれないほどの速さで変化してきた。COVID-19のパンデミック、戦争、地政学的緊張、気候変動、そして雇用の将来に新たな不安を投げかける人工知能(AI)革命―。これらすべてが慢性的な不安を生み出し、Z世代やミレニアル世代は、過去のどの世代よりも将来を強く意識せざるを得なくなっている。

ソーシャルメディアは、状況をさらに複雑にした。本来は人と人を結ぶ手段であったはずのソーシャルメディアが、絶えず他人と自分を比較する場になってしまうことも少なくない。今や不安は、失業への恐れや生活費の上昇だけに結びついているのではない。心理学者が「比較不安」と呼ぶものとも深く関係している。

若者がスマートフォンの画面を開けば、そこには自分より成功し、美しく、幸せそうに見える人々の姿が次々と流れてくる。しかし、その華やかな画像の裏側に隠された失敗や苦悩を知ることはない。こうした比較を続けるうちに、満たされないという感覚が心に定着し、人生がまるでゴールのない競争のように感じられるようになる。「世界幸福度報告書」も、若者の幸福感や生活満足度を最も大きく左右するのは、デジタル・プラットフォーム上のフォロワー数ではなく、人間関係の質であると指摘している。

いまや世界の幸福度指標を、メンタルヘルスの指標と切り離して読み解くことはできない。世界保健機関(WHO)によると、世界では約2億8000万人がうつ病に苦しんでいる。不安症とうつ病は、最も広くみられる精神疾患の一つとなっており、生活の質や生産性の低下を招いている。

複数の研究によれば、若者の不安やうつ病の割合は近年、特にCOVID-19のパンデミック以降、大幅に上昇した。メンタルヘルスの専門家は、経済的圧力、先行きの不透明感、社会的孤立、ソーシャルメディアの過度な利用などが重なり、Z世代やミレニアル世代を、それ以前の世代よりも不安やうつ病に陥りやすくしているとみている。世界とのつながりが最も強く、テクノロジーを最も自在に使いこなす世代であるにもかかわらずである。

最大の問題は、Z世代やミレニアル世代が不安やうつ病を打ち明けることを恐れなくなった一方で、社会の側が依然として、そうした告白を戸惑いや誤解をもって受け止めていることなのかもしれない。誰かが脚を骨折したり心臓手術を受けたりすれば、周囲はすぐに容体を気遣う。ところが、うつ病に苦しむ人に対しては、今なお「気を強く持て」「前向きに考えろ」「早く立ち直れ」と求めがちである。

精神医学は大きく進歩し、うつ病は治療可能な疾患であるとの理解も深まってきた。それでも、うつ病に伴う偏見は根強く、多くの人が適切な時期に助けを求めることを妨げている。

ここにこそ、最も重要なメッセージがある。幸福は売買できる商品ではなく、所得が増えれば自動的に得られるものでもない。それは、健全な人間関係、支え合う家族、心から信頼できる友人、そして人生の困難に一人で立ち向かっているのではないと感じさせてくれる社会から生まれるものである。優しいひと言、親身に耳を傾ける姿勢、そして誰かが自分の苦しみを分かってくれているという実感は、ときに回復への第一歩となる。

したがって、未来への真の投資は、経済だけでなく、人への投資から始まる。子どもたちを支える家庭、自ら助けを求めることは弱さではないと教える学校、そしてメンタルヘルスを、片隅に追いやったり隠すべき汚点とみなしたりするのではなく、総合的な幸福に欠かせない要素として扱う社会から始まるのである。

これこそが、大きな不安に覆われた現代から学ぶべき最も重要な教訓なのかもしれない。世界は、よりスマートな都市、より生産性の高い経済、そして距離を越えて人々を結ぶ通信手段を築くことには成功した。しかし、孤独や不安を和らげる点では、同じような成果を上げることができていない。

富があれば家を買うことはできる。しかし、家族の温もりを買うことはできない。最良の薬を手に入れることはできても、真の友人や、弱ったときに寄りかかることのできる肩を買うことはできない。結局のところ、真の幸福は、誠実な人間関係、相互の信頼、そしてどれほど孤独を感じても、自分の存在に気づき、理解してくれる誰かがいるという実感から生まれるのである。

ナダ・サブリーンは、世論動向、メンタルヘルス問題、地域社会の文化に関心を持つフリーランスのライター兼研究者。バシーラ世論調査センターおよびウェンス・センターに勤務した経験を持ち、エジプトの市民社会組織が実施する複数の取り組みに携わってきた。

INPS Japan

関連記事:

なぜ今、「世界市民」がこれまで以上に重要なのか

世界の「市民空間」が縮小―民主主義の危機とZ世代の抵抗

|アジア防災閣僚会議|FBOが国連開発アジェンダへの協力を表明

国連の未来は、敵対姿勢を強める米国に左右されるのか

【国連IPS=タリフ・ディーン】

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN

国連が創設81周年を迎える中、なお答えの出ていない一つの大きな問いがある。国連の未来はどうなるのか、という問題だ。

敵対姿勢を強める米国は、国連における活動を縮小させ、拠出金を削減し、分担金の未払いを続け、さらには最終的に国連そのものから脱退するのだろうか。|英語版|

これまでに米国は、世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の3つの国連機関に加え、国連人権理事会からも離脱している。

では、国連そのものが次の標的となる可能性はあるのだろうか。

来月開かれる国連総会に出席するパレスチナ代表団に対し、米国が査証(ビザ)の発給を拒否するとの報道を受け、先週の国連記者会見では、次のような質問が相次いだ。

「国連本部を世界の別の場所に移転することを検討すべきではないでしょうか。事務総長は、そのような手続きを開始できるのでしょうか。もし可能なら、どのような手続きになるのでしょうか。そして、米国が国連を『人質』に取ることになるのではありませんか。」

これに対し、ステファン・デュジャリック国連報道官は記者団にこう答えた。

UN Spokesperson Stéphane Dujarric
UN Spokesperson Stéphane Dujarric

「これは加盟国が判断すべき問題です。私の記憶が正しければ、国連の所在地については憲章に規定されています。このニューヨークという都市と国連は、過去81年間にわたり歴史を共有してきました。全体として見れば、それは良好な歴史だったと思います」

さらに記者から、「米国は、国連総会に出席するパレスチナ代表団へのビザ発給を拒否するとしています。国連はこの件を把握していますか。また、何らかの対応を取っていますか。」と問われると、デュジャリック報道官は、「そうした報道は承知しています。米国が国連本部協定に基づく責任を果たすことは、私たちにとって極めて重要です。その点について引き続き働きかけていきます。ただ、現時点で私たちが確認しているのは報道だけです。」と述べた。

ある報道によれば、米国は2026年1月7日に署名された大統領覚書に基づき、国連関連の31の機関・組織から離脱したという。これは、世界保健機関(WHO)やUNESCOといった主要機関からの従来の離脱に加わるものだ。

2026年1月のこの離脱指令では、とりわけ気候変動、開発、社会政策に関連する取り組みが対象とされた。

主な離脱先には、気候変動分野の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、社会・保健分野のUN Women(国連女性機関)や国連人口基金(UNFPA)、貿易分野の国連貿易開発会議(UNCTAD)、さらに国連人間居住計画(UN-Habitat)を含む各種地域委員会や事務所などが含まれている。

国連政治について幅広く執筆してきたサンフランシスコ大学政治学教授で中東研究プログラム部長のスティーブン・ズーンズ氏は、インタープレス・サービス(IPS)の取材に対し、安全保障理事会の構成や、国連本部が米国に置かれていること自体が「第2次世界大戦の時代の遺物になっている」と指摘した。

ズーンズ氏によれば、国連の歴史の大部分を通じて、米国は他のどの国よりも、米国以外の理事国がすべて賛成していた安全保障理事会決議案に拒否権を行使してきた。また、米国政府は国連に対する財政上の義務を繰り返し履行してこなかったという。

共和・民主両党の政権下で、米国は国連の司法機関、人道支援機関、調査委員会などを繰り返し攻撃してきたとズーンズ氏は指摘する。特に、国際人道法の履行をめぐって、その傾向は顕著だったという。

「米国によるイラクやイランでの戦争、さらに軍事力によって占領された領土について、イスラエルやモロッコによる併合を米国が承認したことは、国連憲章の基本原則をあからさまに軽視していることを浮き彫りにしている。」

さらに、「常任オブザーバー国であるパレスチナの代表団の入国を認めないことは、ニューヨークを国連本部所在地と定めた米国・国連間の協定に直接違反するものだ。」と述べた。

とはいえ、国連本部をニューヨークから移転することが現実的ではないと考えられる物流面、財政面、制度面での重大な理由が存在することも確かだ。

「それでも、この問題そのものが議論されるようになったという事実は、米国が国際社会でますます孤立しつつあり、国連のホスト国として皮肉な存在になっていることを示している。」とズーンズ氏は語った。

国際人道支援団体「コンシャンス・インターナショナル」のジェームズ・E・ジェニングス代表はIPSの取材に対し、米国が今後も国連への資金拠出を削減していく可能性は高いとの見方を示した。

特定の国連機関への資金提供を停止し、国連をさらに米国の影響下に置こうとする動きは、すでに始まっているという。

それが成功しなければ、トランプ大統領は米国が主導する別の国際機構を設立し、各国にどちら側につくのか選択を迫ることで、国連を脇に追いやろうとする可能性もあるとジェニングス氏は指摘する。

「今日の状況下で、国連を中心とするルールに基づく国際秩序が崩壊すれば、それは世界的な紛争を引き起こす確実な引き金となるだろう。」と語った。

Q:米国は、国連を自国の意向に従うよう再編することができるのでしょうか。

A:米政府が国連とその諸計画を再編しようとする動きを今後も続ける可能性は、国連本部そのものをニューヨークから移転させようとする動きよりも高いでしょう。

安全保障理事会はワシントンにとって有用な存在です。冷戦時代には、東側諸国による長期にわたる「ニェット(ノー)」に象徴されるように、世界の不満をぶつける対象として利用することができました。

一方、より最近では、ワシントンが中東で戦争を始めようとした際に、安全保障理事会が事実上それを止められない状況をつくることもできました。

多くの人々は、トランプ大統領が国連への影響力を強めるために攻撃的な姿勢を取っているだけだと考えています。しかし、それは彼という人物と、その手法を著しく見誤った判断でしょう。

実際には、彼が求めているのは単なる国連改革ではなく、国連そのものを完全に支配することです。

今年初め、自分は「これまで生きた中で最も強力な人物として認められるべきだ」と彼が豪語したことに注目した人なら、その言葉を文字どおり受け止めるべきでしょう。

彼の自我は、『ヨハネの黙示録』に描かれる底なしの淵のように、深さに限界のないブラックホールさながらです。

その目標がどれほど現実的かは、また別の問題です。

しかし、資金が多くの物事を動かす以上、そして長年にわたり国連の円滑な活動を支えてきた重要な要素の一つが米国の潤沢な資金提供だったことを考えれば、米議会が大統領の方針を覆す勇気を持つまでは、何が起きても不思議ではありません。

国連の主要な制度が試練にさらされていることは間違いありません。

大国による国連の政治的操作がもたらす長期的な影響は深刻です。その第一の実例として挙げられるのが、過去4分の3世紀にわたって、パレスチナ人の民族的権利が事実上消し去られてきたことです。

トルーマン政権が弱小国に圧力をかけ、1947年11月29日のパレスチナ分割決議に賛成させたことは、現地のアラブ住民の意思に反してイスラエル建国を強いることにつながり、国連憲章の精神にも反するものだったといえます。

国連憲章に抜本的な変更が加えられない限り、総会の影響力が安全保障理事会による世界政策への支配的影響力に取って代わることはできません。

もし米国が国連から完全に脱退したり、ワシントン主導の別の国際機構を創設したりすれば、現在の国連は、かつて存在した国際連盟と同じ運命をたどることになるでしょう。」とジェニングス氏は語った。

ある報道によれば、国連は現在、「UN@80」改革イニシアチブの一環として、ニューヨークに集中してきた機能の分散化を進めており、複数の世界規模の事務所や数百人分のポストを地域拠点へ移転している。

移転が進む国連の主要事務所・機関

・ユニセフ(UNICEF/国連児童基金):
ニューヨークにある世界本部機能の一部を、ケニアのナイロビへ移転。

・国連人口基金(UNFPA):
ニューヨークの世界本部機能をナイロビへ移転。

・UN Women(国連女性機関):
世界本部機能と本部予算で賄われるポストの一部を、ナイロビおよびドイツのボンへ移転。

・国連開発計画(UNDP):
ニューヨークから数百人規模のポストを欧州、主にボンとマドリードへ移転するとともに、その他の地域への機能移管も進めている。

The United Nations Office at Geneva (UNOG), housed at the historic Palais des Nations, is the second largest United Nations centre after the UN Headquarters in New York. The facility, an outstanding testimony to twentieth century architecture, is situated in the Ariana Park in Geneva, Switzerland.
The United Nations Office at Geneva (UNOG), housed at the historic Palais des Nations, is the second largest United Nations centre after the UN Headquarters in New York. The facility, an outstanding testimony to twentieth century architecture, is situated in the Ariana Park in Geneva, Switzerland.

一方、1988年、ヤセル・アラファト氏が国連で演説するためニューヨークを訪問しようとした際、米国がビザの発給を拒否したことがある。これに対し国連総会は米国に反発し、おそらく国連史上初めて、国連の最高政策決定機関である総会を一時的にジュネーブへ移した。これによって、パレスチナ解放機構(PLO)の指導者アラファト氏には、ニューヨークより政治的に敵対的でない環境と、演説の場が提供された。

1974年に初めて国連で演説したアラファト氏は、ジュネーブでの演説の冒頭、米国を皮肉るようにこう述べた。「1974年以来、私がこの名誉ある総会に2度目に出席する場所が、もてなしの街ジュネーブになるとは思ってもみなかった。」

1974年に国連総会で演説した際には、国連本部の外でアラファト支持派と反対派の数百人がデモを行っていたため、アラファト氏はそれを避けるようにヘリコプターで到着し、イースト川に面した国連本部敷地内のノース・ローンに着陸した。

ちなみに、ニューヨークのファースト・アベニューで反アラファト派のデモ参加者が、「アラファト、故郷へ帰れ(Arafat Go Home)」と叫んだ際、アラファト氏の支持者たちは、「それこそ、彼が望んでいることだ。」と応じたという。つまり、パレスチナ人が「帰ることのできる故郷」を持つことこそが、アラファト氏の求めていたものだったのである。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

関連記事:

米国は国連の『出口』に向かっているのか?

米国の国際機関離脱、世界に警鐘

米国は“ブラックリスト”で国連創設80周年サミットから政治指導者や代表を排除するのか?

都市・気候テック・メディアが交わる未来―持続可能な社会の新たな設計図

スマートシティ、気候テクノロジー、人工知能(AI)、そして新たなメディア環境――。それぞれの領域で進む革新が互いに結びつくとき、私たちが暮らす都市と社会はどのように変わるのか。CitiPlatは、これらの分野における将来的な融合と連携の可能性を検証し、持続可能で公平、かつ人々が相互につながる未来への道筋を探る。

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)編集部】

気候変動への対応と急速な都市化という、相互に深く関係する二つの課題に人類が直面するなか、従来の発想を超えた革新的な解決策への期待が高まっている。|英語版|

新興テクノロジー、変化する環境に適応した都市計画、そしてデジタル化によって変容するメディア。この三つの潮流が交差することによって、持続可能性、包摂性、社会のつながりそのものを再構築する可能性が生まれている。

しかし、技術革新だけで望ましい未来が保証されるわけではない。誰が新たな技術の恩恵を受けるのか。誰がデータを管理するのか。そして、その導入が新たな格差や環境負荷を生ますことはないのか。

今後数十年の都市生活、気候対策、そしてメディア環境を展望すると、技術の可能性とともに、こうした問いへの答えを探ることが不可欠になっている。

スマートで強靱な都市へ

2050年までに世界人口の3分の2以上が都市に暮らすと予測されている。

それだけに都市は今後、経済活動の中心であるだけでなく、気候変動、人口増加、社会格差、エネルギー安全保障など、人類が直面する重要課題への解決策を試す最前線となる。

未来の都市には、単に最新技術を導入する「スマートシティ」を超えて、環境や社会の変化に対応しながら進化できる強靱な都市システムを構築することが求められる。

垂直型都市開発―限られた空間をどう活かすか

都市を水平方向に際限なく拡大する従来型の開発が持続困難になるなか、「垂直型都市開発(Vertical Urbanism)」が注目されている。

高層建築の内部や外壁を利用した都市農業、垂直庭園、住宅・商業施設・公共空間を組み合わせた複合型超高層建築などによって、限られた土地を有効活用しながら環境負荷を抑えようという考え方だ。

シンガポールの「CapitaSpring」は、その一例である。51階建ての建物の中にオフィス、商業施設、緑地など複数の機能を取り込み、都市の高密度化と環境への配慮を両立させようとしている。

こうした取り組みは、人口密度の高い大都市が抱える土地不足への一つの答えとなる可能性がある。

一方で、高層・高密度化が地域社会の分断や住宅価格の上昇を招かないよう、誰もがアクセスできる公共空間や住宅をどのように確保するかも重要な課題となる。

分散型エネルギー―都市をより強靱にする

エネルギー分野でも大きな変化が起きている。

従来の大規模発電所から一方向に電力を供給するモデルに代わり、家庭や地域社会が再生可能エネルギーを自ら生産し、蓄電し、共有する「分散型エネルギーシステム」が広がりつつある。

米ニューヨークの「Brooklyn Microgrid」は、地域内で発電された電力を住民同士で取引するピア・ツー・ピア型システムの可能性を示してきた。

こうした仕組みは、中央の送電網に障害が発生した際にも地域内で一定の電力を確保できる可能性があり、災害への備えという点でも注目される。

将来的には、Teslaの「Megapack」のような大規模蓄電システムと地域の再生可能エネルギーを組み合わせることで、消費する以上のエネルギーを生み出す「エネルギー・ポジティブ」な地域社会も現実味を帯びてくる。

気候適応型インフラ―水と闘うのではなく共存する

気候変動によって豪雨、洪水、海面上昇などのリスクが高まるなか、都市インフラにも発想の転換が求められている。

その代表例がオランダのロッテルダムだ。

浮体式施設や、豪雨時には一時的な貯水池として機能する「ウォーター・プラザ」、水位の上昇に対応できる浮体式・水陸両用住宅など、「水を完全に排除する」のではなく「水と共存する」都市づくりが進められている。

こうした考え方は、海面上昇や洪水リスクにさらされる世界の沿岸都市や河川流域都市にとって、有力な適応モデルとなり得る。

気候テクノロジーはどこまで地球を救えるか

都市の変化と並行して、気候変動そのものに対処するテクノロジーも急速に発展している。

再生可能エネルギー、水素、二酸化炭素除去、さらには地球の気候システムそのものに働きかけようとするジオエンジニアリングまで、その範囲は広い。

だが、技術が高度になるほど、その費用、社会的影響、倫理的責任をめぐる議論も重要になる。

大気直接回収―空気からCO₂を取り除く

大気直接回収(Direct Air Capture=DAC)は、大気中から直接二酸化炭素(CO₂)を回収する技術である。

スイス企業Climeworksは、アイスランドで「Orca」をはじめとする施設を稼働させ、大気中から回収したCO₂を地中に固定する取り組みを進めてきた。

DACは、排出削減だけでは避けることのできないCO₂を除去する手段として期待され、ネットゼロ達成に向けた技術の一つとして位置づけられている。

ただし、現在のところコストや必要なエネルギー量は大きい。気候変動対策の主役はあくまで排出そのものを削減することであり、DACを大量排出の継続を正当化する手段にしてはならないとの指摘もある。

本格的な普及には、さらなる技術革新に加え、適切な政策支援と明確なルールづくりが欠かせない。

グリーン水素―脱炭素化が難しい分野への切り札

再生可能エネルギーを利用して水を電気分解し製造する「グリーン水素」も、カーボンニュートラル社会を支える技術として期待されている。

特に、鉄鋼や化学など電化だけでは脱炭素化が難しい産業や、航空・海運などの輸送分野で重要な役割を果たす可能性がある。

欧州では「Hydrogen Valley」と呼ばれる構想を通じて、生産、輸送、貯蔵、利用を一体化した水素エコシステムの構築が進められている。

しかし、大規模なインフラ整備や製造コストの低減、安全性の確保など、普及に向けた課題は少なくない。

ジオエンジニアリング―気候危機への「最後の手段」か

最も議論を呼んでいる分野の一つがジオエンジニアリング(気候工学)である。

例えば「太陽放射改変(Solar Radiation Modification=SRM)」では、地球に届く太陽エネルギーの一部を宇宙へ反射させることで、地球温暖化を一時的に抑えようとする。

理論上は急速な気温上昇を抑える可能性がある一方、降雨パターンや生態系への予測困難な影響、国家間の利害対立など重大な問題を伴う。

さらに、「誰が地球全体の気温を決めるのか」という根本的な問いも生じる。

そのため、この分野では科学研究だけでなく、透明性の高い国際的ガバナンスと、特に気候変動に脆弱な国々を含む幅広い議論が不可欠である。

デジタル時代に変貌するメディア

都市と気候テクノロジーが変わる一方、人々が世界を知り、理解するためのメディアも劇的な転換期を迎えている。

人工知能(AI)、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、ブロックチェーンなどの技術は、情報を「誰がつくるか」だけでなく、「どのように伝わるか」「誰が所有するか」まで変えつつある。

没入型メディア―ニュースを「体験する」時代へ

VRやAR技術の進歩によって、情報を読む、見るだけではなく、その出来事を疑似的に「体験する」メディアが現実になりつつある。

教育、報道、人道支援、気候変動啓発などへの応用も考えられる。

例えば、海面上昇に脅かされる島嶼国や森林破壊が進む地域を仮想空間で再現すれば、遠く離れた場所にいる人々にも気候危機をより身近な問題として伝えることができる。

こうした技術は、従来の記事や映像とは異なる形で共感を生み出し、人々の行動を促す可能性を持っている。

AIとジャーナリズム―効率化の先にある責任

AIはすでにジャーナリズムの現場に入り込んでいる。

文章作成、翻訳、データ分析、情報検索、画像やグラフの作成など、報道機関がAIを利用できる領域は急速に拡大している。

こうした技術は小規模な報道機関にも高度な分析能力を提供し、ジャーナリズムへの参入障壁を下げる可能性がある。

その一方で、AIが生成した誤情報、アルゴリズムの偏り、著作権、情報源の透明性、そして最終的な編集責任を誰が負うのかといった問題も浮上している。

AIが高度化すればするほど、人間のジャーナリストに求められるのは単なる情報の生成ではなく、事実を検証し、文脈を提示し、権力を監視し、社会に対して説明責任を果たす役割になるだろう。

ブロックチェーンと分散型メディア―「誰が所有するのか」を問い直す

ブロックチェーン技術は、コンテンツの所有権や報酬のあり方を変える可能性も持っている。

「Mirror」などの分散型プラットフォームでは、クリエーターが自らの作品を直接公開・管理し、従来の広告依存型モデルとは異なる方法で収益を得ることが模索されてきた。

こうした仕組みが成熟すれば、大規模プラットフォームがコンテンツ流通と広告収益を独占する現在の構造に変化をもたらす可能性がある。

しかし、技術的な複雑さ、価格変動、ガバナンス、違法コンテンツへの対応など、解決すべき課題も多い。

技術革新だけでは解決できない三つの課題

未来の都市、気候テクノロジー、メディアには大きな可能性がある。

しかし、それらが社会にとって本当に望ましいものになるかどうかは、技術そのものよりも、その設計と利用の仕方に左右される。

とりわけ重要なのは次の三つの課題だ。

  • 公平性とアクセス
    スマートシティや先端技術の恩恵が富裕層や一部の地域だけに集中すれば、新たな「デジタル格差」や「気候格差」を生みかねない。高齢者、低所得層、障害者、移民など、社会的に取り残されやすい人々も利用できる設計が不可欠である。
  • データとプライバシー
    AI、センサー、監視カメラ、IoT機器が都市空間に広がるほど、市民の行動に関する膨大なデータが収集される。利便性や安全性と引き換えに、過度な監視社会を生み出さないための法制度と透明性が求められる。
  • 環境面でのトレードオフ
    気候問題を解決するための技術であっても、エネルギーや鉱物資源を大量に消費し、新たな環境負荷を生み出す可能性がある。DACや水素、ジオエンジニアリングなどについても、技術の利点だけでなく、そのライフサイクル全体を評価する必要がある。

未来は「予測するもの」ではなく「つくるもの」

都市の革新、気候テクノロジー、そして新たなメディアの融合は、より持続可能で、公平で、人々が互いにつながる社会を築く大きな可能性を秘めている。

しかし、その未来が自動的に訪れるわけではない。

必要なのは、政府、企業、研究機関、市民社会、メディア、そして地域社会の協働である。

技術が何を可能にするのかを問うだけでは不十分だ。

その技術を何のために使うのか。誰のための都市をつくるのか。そして、どのような社会を次の世代に残すのか。

こうした問いこそが、未来を左右する。

気候変動、都市化、AI革命という大きな転換期を迎えるなか、未来とは単に予測する対象ではない。

政策、市民参加、国際協力、そして社会的責任を通じて、人類自身が意識的に「つくるもの」である。

技術的な創造力と人間の倫理的判断を結びつけることができるかどうか。

そこに、持続可能で包摂的な明日を実現できるか否かがかかっている。

Citizens, scientists, journalists and urban planners collaborate on a vision for a sustainable future, where green cities, renewable energy, climate resilience and responsible technology come together to serve people and the planet. Credit: AI-generated image / INPS Japan
Citizens, scientists, journalists and urban planners collaborate on a vision for a sustainable future, where green cities, renewable energy, climate resilience and responsible technology come together to serve people and the planet. Credit: AI-generated image / INPS Japan

Original URL:Envisioning Tomorrow’s Cities, Climate Tech and Media Landscapes

INPS Japan

関連記事:

アスタナと東京、スマートシティ・エネルギー安全保障・核軍縮を軸に未来への絆を強化

コミュニティーラジオが支えるタンザニアの気候レジリエンス

混迷を越え、行動を促す―リカルド・グラッシが描くジャーナリズム

ワシントン訪問を前に―習近平とグローバル・リーダーシップをめぐる競争

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています

【Global Outlook=孫太一(スン・タイイー)】

この1週間に起きた3つの出来事は、世界政治で広がりつつある亀裂を鮮明に映し出している。

中国の習近平国家主席は、上海協力機構(SCO)首脳会議に出席するためキルギスを訪問した後、エジプトを公式訪問した。エジプトでは国賓として手厚い歓迎を受け、人工知能(AI)、デジタル・インフラ、製造業、サプライチェーン、現地通貨建て決済などの分野に及ぶ一連の協力協定に署名した。一方、米ノースカロライナ州アッシュビルでは、20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が開催された。しかし、中国やロシアへの対応に加え、どのG20加盟国を会議に参加させるべきかをめぐっても意見が対立した。ほぼ同じ時期、米軍は再びイラン国内の標的を攻撃し、これに対してイランも報復に踏み切った。その結果、原油価格の動向やホルムズ海峡の安全保障をめぐる懸念が再び高まった。|英語版|

Taiyi Sun
Taiyi Sun

これらの出来事は、それぞれ独立した出来事ではない。そこから浮かび上がるのは、単なる米中間の覇権争いではなく、「国際的なリーダーシップはいかなる価値を提供すべきか」をめぐる新たな競争である。

エジプトにとって、中国との関係を深める理由は明確だ。米国は依然として同国にとって重要な安全保障上のパートナーであり、その関係を放棄することは現実的な選択肢ではない。しかし、イラン情勢の緊迫化やガザ紛争、さらに地域の貿易・海運を繰り返し混乱させる危機を受け、単一の大国への依存はこれまで以上に大きなリスクとなっている。そのためエジプトは、近年、指導部が「戦略的バランス」と呼ぶ外交路線を積極的に推し進めている。

中国は、こうした戦略に自然に適合する存在となっている。なぜなら、中国は米国とは異なる価値を提示しているからである。カイロで習主席は、産業発展、デジタル化の推進、インフラ整備、サプライチェーンの強化について語り、エジプトをアジア、アフリカ、欧州を結ぶ地域ハブとして発展させる構想を示した。さらに共同声明では、グローバル・サウス諸国の連携強化と、より代表性の高い国際機関の実現に向けた協力が呼びかけられた。

こうした姿勢は、多くの国々にとって、ワシントンのアプローチとの違いをますます鮮明に映し出している。米国は依然として、中国を大きく上回る強力な威圧手段を有している。金融制裁を発動し、企業や組織をドル決済システムから排除し、軍事力を行使するとともに、米国市場へのアクセスを外交上の圧力として利用することができる。一方、中国は近年、インフラ整備や産業基盤の強化、再生可能エネルギーのサプライチェーン、貿易ネットワーク、多国間制度などを築く「建設者」として、自らを位置づけようとしてきた。

もっとも、この違いを「善意の中国が破壊的な米国に取って代わる」という単純な図式として捉えるべきではない。中国もまた、独自の経済的な威圧手段を有しており、その輸出中心の経済モデルに対しては、各国で強い反発が広がっている。実際、直近のG20財務相会合では、米国は重要な成果を収めた。過度な貿易黒字や市場をゆがめる非市場的慣行への対処を盛り込んだ文言を19カ国が支持し、この問題では中国は孤立する形となった。各国が自国の経済的利益が脅かされていると受け止めた場合、米国には依然として幅広い国々を結集する強い力がある。

しかし、その一方で、同じG20会合は米国の立場が抱える別の側面も浮き彫りにした。

ウクライナで戦争が続く中、米国がロシアのアントン・シルアノフ財務相をG20の対面会合に再び招待したことに、欧州各国の当局者は反発した。一方、G20創設メンバーであり、アフリカ最大の経済大国である南アフリカは、会合そのものに招かれなかった。さらにカナダは、米国との通商交渉が決裂し、米国が数十億ドル相当のカナダ製品に50%の関税を課したことで、異例の貿易摩擦の渦中にある中で会合に臨んだ。

緊張は経済分野にとどまらない。トランプ米大統領は、毎年実施される米韓合同軍事演習「乙支フリーダム・シールド」の期間を、11日間から5日間へと突然短縮した。その理由として、自身と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との関係に加え、韓国が米国の対イラン軍事行動への支持を拒んだことを挙げた。長年にわたり維持されてきた同盟の枠組みの一つが、綿密な戦略的見直しの結果ではなく、数千キロ離れた別の戦争をめぐる意見の対立を一因として変更されたのである。

エジプトのような中堅国をはじめ、多くの国々にとって、こうした一連の出来事が示す教訓は極めて明快だ。「すべての卵を一つのかごに盛るな」――すなわち、一つの大国だけに依存してはならない、ということである。

こうした状況は、9月24日に予定されている習近平国家主席のワシントン訪問を理解する上でも重要な背景となる。その首脳会談に先立つ習主席の一連の外遊には、見過ごすことのできない象徴的な意味がある。習主席はまずキルギスで主要な多国間首脳会議に出席し、その後、エジプトで国賓として最高水準の歓迎を受けた。この外交日程は、ワシントンに対する控えめながらも明確なメッセージと受け止めることができる。習主席は、米国の歓心を得ようとする立場でワシントンを訪れるのではない。北京には米国以外にも協力相手があり、外交の舞台があり、選択肢があることを示した上で、ワシントン入りするのである。

だからこそ、外交儀礼は重要になる。トランプ大統領が5月に北京を訪問した際、中国側はレッドカーペットで迎え、軍による栄誉礼、21発の礼砲、国賓晩餐会など、最高水準の歓待を行った。トランプ氏自身も、習主席の答礼訪問では同等の待遇を約束している。北京が、その約束が目に見える形で示されることを期待するのは当然だろう。関税や台湾、イランといった重大な課題に比べれば、外交儀礼の細かな演出は些細な問題に思えるかもしれない。しかし、大国外交では国家としてどのような待遇を受けるか、すなわち地位や威信そのものが重要な意味を持つ。キルギスとエジプトで国賓級の歓迎を受けた後だけに、ワシントンでそれに見合わない待遇となれば、その落差は一層際立つことになる。

もっとも、トランプ氏にとっては、そこに国内政治上の難題がある。9月24日は、中間選挙まで6週間を切った時期に当たる。習主席を盛大に歓迎すれば、共和党候補が経済ナショナリズムや製造業の復活、対中強硬姿勢を掲げて選挙戦を展開する最中に、共和党の大統領が米国最大の戦略的競争相手を歓待する姿を映し出すことになり、対中強硬派に格好の攻撃材料を与えかねない。

こうした選挙日程は、現在の米国の対イラン政策を理解する上でも重要な手掛かりとなる。

トランプ政権は「オペレーション・エコノミック・アウトキャスト(Operation Economic Outcast)」を開始した。スコット・ベッセント財務長官はこれを、イランに残された資金調達ルートを断ち切るための「経済戦におけるDデー」と表現している。約60の団体、個人、船舶が制裁対象に指定され、デジタル資産、テクノロジー、金、航空、海運などの分野にも二次制裁の対象が拡大された。

しかし、「最大限の経済的圧力」への転換は、軍事的威圧が成功したことを意味するとは限らない。むしろ、その逆を示している可能性がある。米国の弾薬備蓄は大幅に減少し、国防総省は軍需企業に増産の加速を求めている。また、政権当局者は、中間選挙が終わるまでイランとの戦争をできるだけ表面化させたくないと考えているとも報じられている。8月下旬に実施されたロイター/イプソスの世論調査では、この戦争を支持した米国民はわずか31%にとどまった。さらに、燃料価格の上昇も政権にとって大きな政治的リスクとなっている。

そのため、経済的圧力には戦略的な狙いと政治的な狙いの双方がある。トランプ氏はテヘランへの圧力を一段と強化していると主張できる一方で、少なくとも理論上は、高強度の軍事作戦を長期間継続する必要性を減らすこともできる。

問題は、二次制裁を実効あるものにするためには、米国が同時に疎外し、圧力をかけ、あるいは威嚇している国々の協力が不可欠だという点である。そして、中国が依然としてイランと外部世界を結ぶ経済的生命線の中心に位置している以上、中国の協力もまた欠かせない。

ここに、習主席が現在展開している外交の、より深い意味がある。中国は、グローバル・サウスのすべての国に「ワシントンか北京か」の二者択一を迫り、自国を選ばせる必要はない。中国にとって望ましいのは、エジプトのような国々が複数の大国との関係を維持し、「戦略的自律性」を保とうとする世界である。

米国は依然として、より強力な威圧力を有しており、G20での貿易をめぐる議論が示したように、幅広い国々を結集する力もなお保持している。しかし、威圧力だけで国際的なリーダーシップを長期にわたって維持することはできない。9月24日を前に、ワシントンと北京の双方が認識すべきなのは、真の競争とは単に「どちらが相手により大きな代償を強いることができるか」を競うものではないということだ。問われているのは、自国の力によって他国により大きな安全と繁栄、そして何よりも「自ら選択する余地」をもたらすことができると、どちらがより説得力をもって示せるかである。

タイイ・スン(Taiyi Sun):ボストン大学政治学博士。クリストファー・ニューポート大学政治学准教授。『The Myth of War in the Taiwan Strait: Elite Perspectives from Beijing, Taipei, and Washington, amid the YiZhou Dilemma』(Lexington、2025年)の筆頭著者。また、『Disruptions as Opportunities: Governing Chinese Society with Interactive Authoritarianism』(University of Michigan Press、2023年)の著者であり、米国政治学会(APSA)が2021年に刊行した『Teaching Civic Engagement Globally』では共同編集者および執筆者を務めた。国内外のメディアにテレビ解説者、コラムニスト、専門家として定期的に出演している。Global Forum of Chinese Political Scientistsの主要刊行物『Global China』の編集責任者を務めるほか、中国語による日刊政治ブリーフィング『Inside the Beltway』を創設した。

Original URL:https://toda.org/global-outlooks/before-washington-xi-and-the-contest-over-global-leadership/

INPS Japan

関連記事

強硬な米国にどう向き合うか―グローバル・サウスが示す現実的な選択

トランプ・習首脳会談、台湾、イラン、そして世界の権力政治を議題に

グローバル・サウスの指導者たちが国際協力の新たな設計図を描く

中央アジア非核兵器地帯条約20周年―核軍縮の停滞に5カ国外相が警鐘

【東京INPS Japan=浅霧勝浩】

Central Asia Nuclear Free Zones
Central Asia Nuclear Free Zones

中央アジア5カ国が域内での核兵器を禁じる条約に署名してから20年。5カ国の外相はこの節目に合わせ、軍備管理の枠組みの機能不全、核戦力の近代化、そして国際的な不信の深まりが、世界の安全保障をますます緊迫させていると警告した。|英語版|

9月8日に発表された共同声明で、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの外相は、2006年9月8日にセミパラチンスクで署名された中央アジア非核兵器地帯条約(CANWFZ)への支持をあらためて表明した。同条約は2009年に発効し、全域が北半球に位置し、かつ二つの核保有国(中国とロシア)と直接国境を接する、現在も唯一の非核兵器地帯となっている。今年の20周年は、カザフスタンが条約の議長国を務める年に重なった。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

外相らは同条約について、かつて核兵器が実験され配備された地域が、世界の核軍縮を主導する存在へと変貌したことを示す象徴だと述べた。

その歴史が、この節目に重みを与えている。セミパラチンスク―現在のセメイ―はソ連の主要な核実験場であり、四国とほぼ同じ広さの敷地で、1949年から1989年にかけて456回の核実験が行われた。放射性降下物の影響を受けた人は150万人以上と推定され、健康被害は三世代に及んでいる。カザフスタンは1991年8月29日に実験場を閉鎖した。

今年は三つの節目が重なる。実験場閉鎖から35年、条約署名から20年、そして包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名開放から30年である。非核兵器地帯の構想そのものは、1993年9月の国連総会でウズベキスタンが最初に提唱したもので、締結に至るまでには13年を要した。

またも決裂したNPT再検討会議

この節目は、世界の核秩序にとって困難な時期に訪れた。外相らは核兵器不拡散条約(NPT)を、核拡散を防ぎ最終的に核兵器を廃絶するための取り組みの礎石だとあらためて位置づけた。その一方で、今年4月27日から5月22日までニューヨークで開かれた第11回再検討会議が実質的な成果を得られないまま閉幕したことに、遺憾の意を表明した。2015年、2022年に続き、コンセンサスに達しないまま終わった3回連続の再検討会議となった。

外相らはとくに、NPT第6条に基づく核軍縮の進展が不十分であること、主要な軍備管理の取り決めが停止していること、核戦力の近代化という憂慮すべき傾向が続いていることに懸念を示した。そのうえで核兵器国には特別の責任があるとし、新たな軍拡競争を防ぐため、検証可能な新しい枠組みを早急に構築するよう求めた。

再検討プロセスが行き詰まる一方で、非核兵器地帯は同体制のなかで比較的持続してきた成果として注目を集めた。再検討会議の傍らでカザフスタンが主催した会合では、国連軍縮研究所(UNIDIR)のロビン・ガイス所長が、中央アジア非核兵器地帯は安全保障を開発、環境保護、公衆衛生と結びつけた点に独自の貢献があると評価した。他方で核脅威イニシアティブ(NTI)のマーク・メラメド氏は、非核兵器地帯が上げてきた成果が今後も維持されるとは限らないと警告した。

Diplomats and nuclear policy experts attend a U.N. side event hosted by Kazakhstan marking the 20th anniversary of the Central Asia Nuclear-Weapon-Free Zone during the 2026 NPT Review Conference at U.N. Headquarters in New York.
Diplomats and nuclear policy experts attend a U.N. side event hosted by Kazakhstan marking the 20th anniversary of the Central Asia Nuclear-Weapon-Free Zone during the 2026 NPT Review Conference at U.N. Headquarters in New York.

署名開放から30年、いまだ発効しないCTBT

CTBTは9月24日、署名開放から30年を迎える。だが同条約は、いまだ発効していない。中央アジア5カ国は、一日も早い発効を求めるとともに、核爆発実験に反対する規範を損ないかねないいかなる行動も控えるよう、すべての国に呼びかけた。

この訴えに先立ち、実験場閉鎖の記念日であり国連が「核実験に反対する国際デー」と定める8月29日には、カザフスタンのイェルメク・コシェルバエフ外相と包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)のロバート・フロイド事務局長が共同声明を発表し、核実験を恒久的に終わらせるための国際的な行動をあらためて呼びかけていた。条約は法的には未発効のままだが、その仕組みの多くはすでに機能している。これまでに308施設が認証を受け、国際監視制度(IMS)は9割以上が完成した。

外相らはまた、NPTが認める五つの核兵器国が2014年、同地帯に消極的安全保証を与える議定書に署名したことを歓迎した。四カ国が批准を終えており、外相らは米国が批准手続きを完了させることへの期待を表明した。

IMS/ CTBTO
IMS/ CTBTO

分断する核秩序のなかの地域モデル

共同宣言は条約の枠を超えて軍縮教育を重視し、NPT発効の日にあたる3月5日の「軍縮・不拡散啓発国際デー」―キルギスの発意による―の継続的な実施を支持するとともに、若い世代が加わることの重要性を強調した。

非核兵器地帯は、核兵器を保有する国が負う軍縮義務の代わりにはならない。しかしセミパラチンスク条約が示しているのは、非核保有国が世界の核秩序の単なる傍観者ではないということである。集団で行動することによって、法的拘束力をもつ地域規範をつくり、核兵器国に安全保証を求める圧力をかけることができる。

The “Humanitarian Impact of Nuclear Weapons and the Central Asian Nuclear-Weapon-Free Zone” regional conference held in Astana on Aug 29, 2023. Photo credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan.
The “Humanitarian Impact of Nuclear Weapons and the Central Asian Nuclear-Weapon-Free Zone” regional conference held in Astana on Aug 29, 2023. Photo credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan.

中央アジアはまた、非核兵器地帯が地理的な禁止区域にとどまらないことも示してきた。5カ国はアフリカ原子力委員会、および1967年のトラテロルコ条約を運営するラテンアメリカ・カリブ核兵器禁止機構との間で覚書に署名した。2024年8月には、カザフスタンがアスタナで既存のすべての非核兵器地帯の代表による第2回会合を主催している。同時に、限界も明らかである。30年にわたる働きかけにもかかわらず、外相らが今回もあらためて設置を求めた中東での非核兵器地帯は、いまだ実現していない。

外交と人間の経験との結びつきも、同じく重要である。実験場の閉鎖を後押しした「ネバダ・セミパラチンスク」運動は、市民の声が核政策を動かしうることを示した。以来カザフスタンにとって、市民社会との協力は軍縮外交の付随物ではなく、その土台の一部であり続けてきた。

9月8日には、もう一つの起点がある。1957年のこの日、横浜の競技場に集った5万人の青年を前に、創価学の戸田城聖第二代会長は「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器を民衆の生存の権利を脅かす絶対悪と断じて、その廃絶を次代に託した。在家仏教団体である創価学会インタナショナル(SGI)の平和運動は、この宣言を原点としている。

その姿勢は近年、カザフスタンとの協働として具体的な形をとってきた。2022年にウィーンで開かれた核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会議では、カザフスタンとキリバスが核時代平和財団、SGIとともに、被害者支援と環境修復をテーマとする関連行事を開いた。翌年ウィーンでは、在ウィーン国際機関カザフスタン政府代表部、SGI、国際安全保障政策センター(CISP)が、セミパラチンスク核実験の影響を扱う行事を共催した。2023年8月29日にアスタナで開かれた地域会議は、カザフスタン外務省とCISPが、SGI、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、赤十字国際委員会(ICRC)とともに開いたもので、世代を超えて続く健康被害を証言する核実験被害の第三世代も参加した。CISPとSGIが制作したセミパラチンスクの被害者を描くドキュメンタリーは、ニューヨークの国連本部でTPNW第2回締約国会議に合わせて上映され、非核兵器地帯の代表がアスタナに集まった際にも上映された。

日本の読者にとって、この結びつきは直接的である。広島と長崎は戦争における核兵器の使用を経験し、セミパラチンスクは核実験がもたらす帰結を経験した。2025年12月に来日したカシムジョマルト・トカエフ大統領は、東京の国連大学で核のリスクが再び高まっていると警告し、広島、長崎、セミパラチンスクの名を挙げて、核の危険を減らす具体的な行動を訴えた。

President Kassym-Jomart Tokayev visited the United Nations University in Tokyo, where he delivered a lecture titled “Rebuilding Strategic Trust in an Era of Turbulence: Kazakhstan’s Vision for a More Just and Stable World”. Credit: Acorda.
President Kassym-Jomart Tokayev visited the United Nations University in Tokyo, where he delivered a lecture titled “Rebuilding Strategic Trust in an Era of Turbulence: Kazakhstan’s Vision for a More Just and Stable World”. Credit: Acorda.

条約の署名から20年。その意義は、中央アジアが何を拒んだかだけではなく、何を築き続けてきたかにあるのかもしれない。核兵器の位置をより小さく、その正当性をより乏しいものにし、そして最終的には不要なものにしていこうとする、地域の安全保障の枠組みである。

Note: This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World Banner
Toward a Nuclear Free World Banner

INPS Japan

関連記事:

|カザフスタン|2026年の中央アジア非核兵器地帯条約の議長国に就任

カザフスタンの不朽の遺産:核実験場から軍縮のリーダーへ

セミパラチンスク閉鎖から35年―カザフスタンの「核なき選択」が今も世界に問いかけるもの

深刻化する紛争とデジタル脅威の中、国連特別報告者が子どもの権利保護を訴え

【国連IPS=オリトロ・カリム】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は7月7日、「子どもの売買、性的搾取、性的虐待に関する国連特別報告者」を務めるキハラハント愛氏の報告書を国連総会に提出した。報告書は、世界各地で子どもを守るための措置を実施していく上で、同氏が掲げる目標と優先課題を明らかにしている。|英語版|

Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.
Photo: UN Secretary-General António Guterres speaks at the University of Geneva, launching his Agenda for Disarmament, on 24 May 2018. UN Photo/Jean-Marc Ferre.

国連人権理事会と連携して提出された報告書は、子どもを性的搾取や性的虐待の危険にさらしている構造的な障壁として、政府による監督の不十分さ、被害者への支援や司法サービスの不足、長期化・深刻化する危機などを挙げている。

「子どもの売買、性的搾取、性的虐待は複雑で、表面化しにくく、国境を越えて行われる。そのため、これらの問題に対処するには、強固な子ども保護制度と、各国内および国境を越えた実効的な協力が不可欠である。」と報告書は指摘している。

「子どもの売買、性的搾取、性的虐待への対応には、子どもの最善の利益を基礎とし、その尊厳、主体性、回復力を尊重する人権に基づくアプローチが必要である。」

報告書は主に、国連加盟国、国際機関、市民社会組織、人道支援機関から寄せられた情報をもとに、協力や説明責任を確保し、子どもに対する人権侵害を防止するための主要な仕組みを提示している。また、多様な関係者の世界各地からの視点や被害を生き延びた人々の実体験を取り入れ、ジェンダーへの配慮、障害の包摂、被害者中心、トラウマへの配慮、そして何よりも子どもの権利を基盤とする枠組みを通じて、保護、回復、リハビリテーション、司法へのアクセスを優先している。

これに先立つ3月10日の国連人権理事会第61会期では、前特別報告者のママ・ファティマ・シンガテ氏が、新たなデジタル技術によって加害者の虐待手法が一変し、オンライン空間が子どもにとってますます危険な場所になっていると警告した。

シンガテ氏は、デジタル技術の進歩が人権侵害の「新たな経路」を生み出すことを防ぐため、人道支援関係者、各国政府、その他の関係者が一層緊密に協力するよう求めた。

また同氏は4月20日、人権理事会に提出した最後の報告書について、子ども向けに分かりやすくした版を公表した。子ども自身が、自分たちに最も大きな影響を及ぼす議論に有意義な形で参加できるよう、情報へのアクセスを確保する重要性を強調したものである。

キハラハント氏は今後、歴代の特別報告者の取り組みをさらに発展させるとともに、これまで国連で十分な注目や継続的な取り組みがなされてこなかった問題にも焦点を当てる方針である。主な優先課題には、相互に絡み合う世界的危機に伴う「複雑、あるいは急速に変化する」問題や、デジタル環境における性的搾取の憂慮すべき増加が含まれている。

Ai Kihara-Hunt Photo: OHCHR
Ai Kihara-Hunt Photo: OHCHR

特別報告者は、オンライン空間では、子どもも発達しつつある能力に応じてさまざまな同意や意思表示を行うことができる一方、新たな技術の登場によって、その意味や取り扱いがますます複雑になり得ると指摘している。

とりわけ人工知能(AI)の急速な普及は、人道支援機関にとって大きな懸念となっている。AIによって、子どもを害するコンテンツの作成や拡散が容易になっているほか、本人の許可を得ない画像の収集や個人データの悪用も助長されているためである。

さらに報告書は、ソーシャルメディアやメッセージングアプリ、暗号資産などのデジタル技術が、武装集団への子どもの勧誘や人身取引、搾取を容易にする一方、加害者が捜査機関による摘発を免れる手段にもなっていると指摘した。

ユニセフ(UNICEF)の子ども保護専門官、アフルーズ・カヴィアニ・ジョンソン氏はIPSの取材に対し、「子どもの性的搾取や性的虐待の背景には、有害な社会規範、偏見、ジェンダー不平等、力関係の不均衡、貧困、子どもの保護・支援制度の脆弱さなど、さまざまな要因がある」と語った。

「今日では、デジタル環境がこうした被害にますます深く関わるようになっている。子どもたちは、デジタルプラットフォームを介したグルーミング、強要、性的搾取、性的虐待などの危険にさらされている。生成AIをはじめとする新興技術も、こうしたリスクの規模と深刻さを拡大させている。」

キハラハント氏の任務の柱の一つは、民間企業に対し、人権と子どものプライバシーを基礎とした、より厳格な安全対策を導入するよう求めることである。その責任は企業・組織そのものだけでなく、従業員、ボランティア、取引先など広範な関係者に及ぶ。

報告書はまた、市場原理や商業化、利益追求型の仕組みが、とりわけオンライン上で子どもの性的搾取を助長する有害な環境を生み出していないか、あるいはその防止にどのように貢献できるのかについても検証していくとしている。

「安全性を設計段階から組み込む『セーフティ・バイ・デザイン』のアプローチでは、プラットフォーム、メッセージングサービス、ゲーム環境、AIシステムが、子どもの売買や性的搾取、性的虐待を助長しかねない予見可能なリスクを評価し、軽減する必要がある。また、児童性的虐待コンテンツを積極的に検知し、通報し、削除することも求められる」と報告書は述べている。

「こうした責任にとどまらず、特別報告者は、企業が各国政府やその他の関係者と連携しながら、予防、安全確保、通報、子どもへの支援において、どのような積極的役割を果たすことができるかについても検討する考えである。」

報告書はさらに、武力紛争や人道危機の影響を受ける地域で暮らす子どもは、売買や性的搾取の危険が著しく高く、子ども時代にレイプや性的暴行を経験する可能性が世界平均のおよそ2倍に上ると指摘している。

このほか、強制的な避難や移住、自然災害、気候変動なども性的搾取のリスクを高める要因となっている。こうした状況では人道支援が大幅に制約されるため、子どもの保護措置や市民社会による介入も困難になることが多い。

ジョンソン氏は、「紛争、避難・移住、気候関連災害、公衆衛生上の緊急事態といった人道危機は、子どもの安全を守るための制度や仕組みを機能不全に陥らせる可能性がある」と指摘した。

「こうした危機は、子どもが危険にさらされる機会を増やす一方で、必要不可欠なサービスや支援へのアクセスを低下させる。」

さらに同氏は、「貧困や経済的困窮も、とりわけ金銭や物品、その他の利益と引き換えに搾取が行われる状況では、子どもの脆弱性を高める可能性がある」と語った。

「避難を余儀なくされた子ども、移動の途上にある子ども、障害のある子ども、人道危機の影響を受けている子どもは、複数のリスクが重なり合う状況に置かれることが多い。」

経済的不安定と格差も、子どもの性的搾取を引き起こす主要な要因である。報告書によれば、無国籍状態にある子どもなど、「公的な保護網の外側」に置かれた子どもたちは、成人や同年代の子どもから虐待を受けることが多く、場合によっては法執行機関の職員から被害を受けることさえある。

避難や移住を余儀なくされた子どもも同様に脆弱な立場に置かれており、拘禁や強制送還を恐れて犯罪被害を申告できない場合も少なくない。無国籍の子どもや移民の子どもは、支援サービスを利用するために必要な公的身分証明書を持っていないことが多いうえ、家族と離ればなれになっている場合も多い。その結果、保護してくれる大人の目が届きにくくなり、被害に遭う危険が大幅に高まる。

キハラハント氏は、歴代の特別報告者による取り組みを引き継ぎ、さらに発展させるため、子どもや若者の参加を優先し、子ども自身の力を高めることを重視した活動を進める方針である。

また、各国政府やテクノロジー企業、その他の関係者に対し、より安全なオンライン環境を構築するよう働きかける。さらに、公衆衛生や教育分野をはじめ、分野を越えた連携の強化を求めていく考えだ。

報告書は次のように指摘している。

「子どもの被害者やサバイバーのリハビリテーションにおける公衆衛生部門の役割は、単なる回復や社会復帰にとどまらない。刑事司法を中心とした対応から、子どもの健康と幸福を中心に据えた対応へと転換していくことも、その役割に含まれる。一方、教育部門は、以下でさらに詳しく述べるように、予防、保護、対応のあらゆる段階で重要な役割を果たす。」

INPS Japan/ IPS UN Bureau Repor

関連記事:

すべての子ども、すべての権利のために-危機的な影響を受けた子どもたちに心理社会的支援を届ける

「『ディープフェイクによる虐待は虐待だ』―生成AIが広げる新たな児童搾取危機にユニセフが警鐘」

シリアの移動文化バス―文化的公正を掲げ、戦禍の子どもたちに芸術と文学を届ける