ホーム ブログ ページ 3

悲嘆と希望が交錯するネパール

生存者や行方不明者の家族が求めているのは、愛する人が生きているのか、亡くなったのか、その消息だ

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ソニア・アワレ】

カトマンズの病院の敷地内では、至るところで死についての会話が聞こえてくる。「まだ顔は判別できますか?」「遺体の腐敗をどう防げばいいのでしょう?」|英語版

「もう4日もたっている。生きている可能性はないでしょう」

ここには、奇跡的な生還を伝える話はほとんどない。それでも、夕方の雨の中、ティーチング病院の外で待ち続ける家族たちは、わずかな望みにすがっている。多くの人はすでに運命を受け入れつつあり、最悪の事態に備え始めている。今、彼らが求めているのは、せめて遺体が見つかったという知らせだ。それによって、ようやく区切りをつけることができるからだ。

Photo SUMAN NEPALI

一方、何度も同じ話を繰り返し聞かれることに疲れ果て、カメラを持った記者たちを避ける人もいる。私たちは距離を置き、生存者たちのプライバシーを尊重し、その心の傷に配慮する。彼らの多くもまた、紙一重で死を免れた人々だからだ。

「あなたたちのカメラで、私たちの家族が戻ってくるんですか?」一人の女性が、涙を撮影しようと押し寄せる外国人記者団にそう問いかけた。親族が彼女をなだめようとしていた。

Photo SUMAN NEPALI1

ディル・クマリ・マスランギ・マガルさんは、病院の門の近くで、義理の兄と甥の写真を掲示していた。その周囲には、亡くなった人々の写真が何十枚も並び、行方不明者の名前を記した長いリストが張り出されている。彼女は、「このことを世界に伝えてほしい。どこかで誰かが2人を見かけているかもしれない」と話した。

「もう、希望を持つことしかできません」彼女は静かに言った。「たとえ遺体だけでも、見つかれば少なくとも何が起きたのか分かります。」

そばにいたディルガ・マヤ・クラミ・マガルさんも会話に加わった。彼女の甥も行方不明になっている。洪水が襲う前のその朝、彼女は3回電話をかけたが、甥は出なかった。

2人の女性とその家族は、もともとウダイプル出身だ。親族たちは8月26日の朝、ラスワで働いていた。現在も消息が分からないネパール国内の約2500人以上の中に、彼らも含まれている。トリスリ川をのみ込んだ泥流によって、中国側でもさらに約500人が行方不明となっている。

わずかに残る生還の知らせ

それでも、ごくわずかではあるが、生還の物語もある。8月28日夜、中国国境に近いティムレで、救助隊が倒壊した家屋のがれきの下から、かすかな泣き声を聞いた。隊員たちは必死に泥を掘り進め、6歳のマニシャちゃんを救出した。

ネパール軍は、水力発電所のトンネル内から80人以上の作業員を救助した。しかし、トリスリ川とその支流沿いにある12カ所の発電事業では、今も数百人が行方不明のままだ。

特殊装備を備えた中国とインドの救助隊も、取り残された人々の救出を急いでいる。

押し寄せた「泥の壁」

中には、行方不明の家族を探すため、自費でヘリコプターをチャーターしようと考えるほど追い詰められている人もいる。しかし政府は、限られたヘリコプターを救助活動に優先して使用する必要があるとして、民間による捜索は資源の浪費になる可能性があると自制を求めている。

スバシュ・タマンさんは、行方不明になった親族を探すためドゥンチェへ向かった。親族はいずれも観光バスの運転手だった。

そのうち2人は、国境で観光客を降ろした後、帰路についていた。午前8時31分までは連絡が取れていたという。巨大な泥流が押し寄せる約30分前だった。

タマンさんは、遺体が下流まで流されていないか確かめるためチトワンにも足を運び、現在はカトマンズにいる。私たちは、彼が警察官にこう話すのを耳にした。「ある場所で、みんなが救助を待っている夢を何度も見るんです。ヘリさえ使えれば……」

そして私たちの方を向き、切迫した声で言った。「あなたたちジャーナリストの力を借りて、少しでも早く見つけたいんです。」

8月26日の洪水以降、ラスワのガッテコロで行方不明となっているディネシュ・タマンさん、ケシャブ・タマンさん、アショク・クマール・グンボさん。3人はいずれも観光バスの運転手だった。

ネパール政府が発表する公式の死者数は、発見された遺体の数を基にしている。死者数は700人に迫っているが、最終的には数千人規模に達する可能性が高い。そうなれば、同じ地域にも甚大な被害をもたらした2015年の大地震以来、最悪の災害となる。

ようやく家族の死を受け入れ始めている人もいる。ケサリ・タマンさんは毎日病院を訪れている。この日の夕方、私たちは彼女が1枚の遺体写真を食い入るように見つめている姿を目にした。遺体の指には指輪があった。兄のサンカ・ブダさんが身につけていたものとよく似ているという。

兄はベトラワティで、流失した橋の近くにあるレストランを経営していた。警察の窓口では、遺体の身長は約5.6フィートで、比較的色白だったと説明された。遺体はカピルバストゥで発見されたため、タマンさん一家は身元を確認し、葬儀の手続きをするため、ピプラ病院の遺体安置所へ向かう準備を始めた。

「明日の早朝に出れば、10~11時間くらいで着くでしょう。もし本人でなければ、そのまま戻ってくるだけです。でも、たぶん兄だと思います」親族の一人が深いため息をつきながら話した。

Photos SUMAN NEPALI

公開されている遺体写真は目を背けたくなるほど痛ましく、こうした生々しい写真を人目に触れる場所に掲示することに疑問を呈する声もある。しかし今のところ、家族にとっては、それが身元を確認するほぼ唯一の手段なのである。

その後、私たちは顔立ちのよく似た若い女性たちの一団に出会った。全員が、たった一人の弟、サントシュ・ティン・タマンさん(23)の消息を探していた。8人姉妹の長女、シャンティ・マヤ・タマンさんによると、その日に新たに搬送された遺体の写真が病院から掲示されるのを待っているという。

サントシュさんはネパールと中国の国境近くにあるカフェでバリスタとして働いていた。災害が発生した時は休暇を取り、ケルン経由でカトマンズへ向かっていた。ネパール時間午前7時30分に出発しており、洪水が襲った時刻には国境付近にいたとみられている。

「姉妹たちとラクシャ・バンダンを過ごすために、5日間の休みを取ってくれていたんです。」シャンティ・マヤさんは話した。「両親から何度も電話がかかってきて、『弟は見つかったか』と聞かれます。私たちはずっと探し回っていますが、ここには弟の写真も、名簿に名前もありません。ビドゥルの避難所にもいませんでした。TikTokでも探しました」

Photos SUMAN NEPALI1
Photo: SUMAN NEPALI

姉妹たちはカトマンズで働いたり学んだりしながら、賃貸の一室で暮らしている。両親はラスワのボトレにいる。村は山の上にあるため両親は無事だが、村へ通じる道路は流失し、行き来することができない。

シャンティ・マヤさんはもう涙も枯れ、希望さえ使い果たしたようだった。そして淡々とした声で、こう付け加えた。「家族は無事です。でも村々はすべてなくなってしまいました。もう誰も残っていません。」


ネパールの洪水被災地を支援したい方は、首相災害救援基金への寄付が可能です。詳細については関連情報をご確認ください。

ソニア・アワレ:『Nepali Times』編集長。健康、科学、環境分野の記者も務める。気候危機、防災、開発、公衆衛生について、それぞれの政治的・経済的なつながりに注目しながら幅広く取材してきた。公衆衛生を学び、香港大学でジャーナリズムの修士号を取得している。

INPS Japan

関連記事:

「次が起きるか」ではなく、「次はいつ起きるのか」

エベレストを頂上から麓まできれいに

ヒマラヤ山脈の氷河、融解速まる

国連、カザフスタンの提唱で4月22日を「地球緑化国際デー」に制定

【アスタナINPS Japan/The Astana Times=アヤナ・ビルバエワ

国連総会は、カザフスタンが提唱した決議を採択し、4月22日を「地球緑化国際デー(International Day of Greening the Planet)」とすることを宣言した。カザフスタンが世界規模の環境協力を推進する取り組みにおいて、新たな一歩となる。世界のさまざまな地域から32カ国が共同提案国として決議に加わり、この構想に対する幅広い国際的支持を示した。

決議は8月31日、ニューヨークの国連本部で採択された。

この構想は、カシムジョマルト・トカエフ大統領が2025年9月、第80回国連総会一般討論演説で初めて提唱したものだ。

「地球緑化国際デー」が4月22日に定められたのは、この日が「アースデー(地球の日)」でもあるためだ。アースデーは、世界各地で大規模な植樹をはじめとするさまざまな活動が行われ、環境保護への意識と行動を促す国際的な記念日として広く定着している。

今回新たに設けられた国際デーは、こうした既存の世界的な環境意識と行動の伝統をさらに発展させるものとなる。

32カ国が共同提案国となったことは、この構想が地域を超えて幅広い支持を集めていることを示している。

新たな国際デーは、緑化や自然生態系の再生の重要性について世界的な認識を高めるとともに、各国政府、国連機関、国際・地域機関、市民社会をはじめとする関係者に、関連する取り組みや活動を進めるよう促すことを目的としている。

決議は、環境保護の強化、生態系の回復、緑地の拡大、そして環境に対する意識と文化の醸成に重点を置いている。

この構想は、カザフスタン国内で進められている環境キャンペーン「タザ・カザフスタン(Taza Kazakhstan)」とも方向性を同じくしている。同キャンペーンは、環境に対する責任ある姿勢を育み、公共空間の改善を図るとともに、市民の環境意識を高めることを目指している。

今回の決議採択は、トカエフ大統領が提唱した新たな国際構想を具体化したものであり、カザフスタンが多国間協力を通じて環境問題を国際社会の重要課題として推進しようとしている姿勢を改めて示した。

カザフスタンは、この国際デーの制定を通じて、生態系の回復と緑化を国際社会の議題においてさらに重要な位置に据え、各国が環境分野で掲げる約束を具体的な行動へと移すことを促そうとしている。

Original URL: https://astanatimes.com/2026/09/un-declares-april-22-international-day-of-planet-greening-at-kazakhstans-initiative/

INPS Japan

関連記事:

「目標は経済と主権の強化」カシム=ジョマルト・トカエフ カザフスタン共和国大統領インタビュー

中央アジア、新たな環境協力の段階へ

一つの海、五つの国、二つの未来―カスピ海が迎える次なる試練

パキスタンのジャーナリスト弾圧に厳しい批判

国連IPS=タリフ・ディーン

民主政権と権威主義体制の間を揺れ動いてきた南アジアの数少ない国の一つ、パキスタンで、ジャーナリストに対する締め付けが強まっている。その対象には、同国の政治情勢を取材する外国特派員も含まれる。パキスタンは推計人口2億5000万人を超え、インド、中国、米国、インドネシアに次ぐ世界第5位の人口大国である。|英語版

ある報告によれば、パキスタンは形式上、シャバズ・シャリフ首相率いる文民連立政権下にある。しかし政治アナリストや専門家は、軍部が広範な権限を掌握する実態を「立憲的軍部支配」、あるいは軍による根深い支配と評している。

政府によるジャーナリストへの弾圧に対しては、ジャーナリスト保護委員会(CPJ)、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国境なき記者団、パキスタン連邦ジャーナリスト組合から批判が相次いでいる。

CPJのアジア太平洋地域ディレクター、ベー・リー・イー氏はIPSの取材に対し、「国内の広範な地域でジャーナリストの取材活動を制限することにより、パキスタンは自らの国際的評価を傷つけている。」と語った。

「今回の新たな報道検閲の試みは、同国における報道の自由が悪化している現状を浮き彫りにするものだ。パキスタンは依然として、報道関係者の殺害や強制失踪が多発する、ジャーナリストにとって世界で最も危険な国の一つである。」

「シャバズ・シャリフ首相率いる政府は、こうした制限措置を撤回し、拘束や尋問を通じたジャーナリストへの圧力を直ちにやめなければならない。民主国家としての信頼を得ようとするのであれば、パキスタンは報道の自由を守るという憲法上および国際法上の義務を果たす必要がある。」

『ニューヨーク・タイムズ』8月10日付によると、政府は新たな規制を導入し、外国報道機関で働くすべてのジャーナリストに対し、パキスタンの主要3都市以外へ取材に赴く際、事前許可を得ることを義務付けた。

この規制は、パキスタン実効支配下のカシミール地方で行われた選挙を海外メディアが相次いで報じたことを受けて導入された。同地域は帰属をめぐる係争地で、6月初旬以降、さらなる政治的自治を求める抗議行動が続いている。

同紙によれば、パキスタンのジャーナリストは近年、検閲の強化や経済的圧力に直面している。ジャーナリストや人権団体によると、銀行口座の凍結、政府広告の停止、報道内容の強制削除、恣意的な逮捕や投獄などが行われているという。

Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.
Map of Pakistan/ Wikimwdia Commons.

国連教育科学文化機関(UNESCO)は2026年8月時点で、パキスタンによる最新のメディア規制について、個別の声明や直接的な批判を発表していない。

一方、新たに導入された「外国メディア活動円滑化ガイドライン2026」に対しては、CPJ、パキスタン人権委員会(HRCP)、アムネスティ・インターナショナルなど、報道の自由や人権を擁護する団体から強い反発が起きている。

ニューヨークに本部を置くCPJは、外国報道機関で働くジャーナリストに対し、イスラマバード、カラチ、ラホールの3都市以外で取材する際に事前許可を得るよう義務付ける新たなガイドラインを「強権的」と批判し、パキスタン当局に撤回を求めた。

この措置は、パキスタン実効支配下のカシミールで続く混乱に関する報道の検閲につながりかねない。

CPJが確認したガイドラインによると、国際メディアのジャーナリストに加え、ソーシャルメディアやウェブ媒体を含む外国報道機関に寄稿するパキスタン人ジャーナリストも対象となる。

これらのジャーナリストは、「正式な取材活動、特にイスラマバード、ラホール、カラチ以外での業務」を行う際、情報省から無異議証明書(NOC)を取得しなければならない。

CPJのアフガニスタン・パキスタン担当代表、ワリウラ・ラフマニ氏は次のように語った。

「外国メディア活動円滑化ガイドラインは、パキスタン当局が国際メディアの報道をさらに制限し、国内3大都市以外でジャーナリストが自由に取材することを妨げる道を開くものだ。さらに、ジャーナリストを行政的な報復措置にさらす危険もある」

Map of Kashimir
Map of Kashimir

「このガイドラインは、パキスタンにおける報道の自由に対する、またしても深刻な打撃である。とりわけパキスタン実効支配下のカシミールでの混乱を報じるジャーナリストは、すでに激しい弾圧に直面している。」

全5ページからなるこのガイドラインは、カシミールでの選挙や抗議行動に関する国際メディアの報道を政府が批判した数日後に導入された。

政府は、国際放送局アルジャジーラが、扇情的な報道を意味する「イエロー・ジャーナリズム」を行っていると非難した。アルジャジーラのウェブサイトへのアクセスも制限されている。

ガイドラインによれば、当局は「パキスタンの国家理念、主権、安全保障または公共秩序に反する行為」を理由に、ジャーナリストや報道機関の取材認定を停止または取り消すことができる。

国際メディアがデモ参加者と警察の衝突における警察側の暴力を報じた後、当局は、カシミールで選挙制度改革を求める抗議行動に関する報道を禁止した。また、携帯電話とインターネットの通信サービスも停止した。

CPJによれば、国際メディアは、7月27日に始まった投票を前に、少なくとも40人が死亡したと報じている。

CPJは、情報省に電子メールでコメントを求めたものの、回答はなかったとしている。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Repor

関連記事:

アフガン国境で緊張激化、パキスタンが反撃

|報道の自由|奪われた命、削られる予算、失われる地位

外国エージェント法―市民社会を抑圧する新たな権威主義の武器

膨らむ貿易額が覆い隠す、グローバル・サプライチェーン寸断の真の代償

【国連IPS=マクシミリアン・マラウィスタ】

世界の財貿易額は2026年上半期に約13兆7000億ドルに達し、前年同期比12.5%増加した。サービス貿易も10.5%伸び、両者を合わせた世界貿易額は2兆ドル増えた。これらの数字は貿易の拡大が続いていることを示すようにみえるが、増加の多くは取引量の伸びではなく価格上昇によるものである。|英語版

国連貿易開発会議(UNCTAD)の国際貿易・一次産品部によると、ホルムズ海峡における海上輸送の混乱がエネルギー供給を圧迫し、燃料費を高騰させ、海上物流を混乱させるとともに、幅広い産業で生産コストを押し上げている。貿易財の価格は2026年第1四半期に前年同期比3.6%上昇し、第2四半期には5.1%へと加速した。財貿易そのものは拡大を続けているものの、データとモデルに基づいて世界貿易の短期的な動向を予測するUNCTADの「ナウキャスト」は、第3四半期の世界貿易額が前年同期比4.2%増になると見込んでいる。これは、貿易額の伸びの相当部分を価格上昇が占める状況が続いていることを示している。

こうしたインフレを引き起こしているのが、約160日間に及ぶホルムズ海峡の混乱である。同海峡では、世界の海上石油貿易の25%、液化天然ガス(LNG)貿易の20%、海上輸送される肥料貿易のおよそ3分の1、さらに重要な石油化学製品のサプライチェーンが、海上貿易の流れからほぼ完全に遮断されている。「ホルムズ海峡トラッカー」によると、8月7日に同海峡を通過した船舶は約7隻で、危機前の通常時と比べて11.7%にすぎなかった。1日当たりの輸送量も、危機前の1030万に対し120万にとどまっている。

国際貨物運賃情報を提供するFreightosによると、中国・東アジア発―北米東岸向け航路における40フィートコンテナ換算単位(FEU)1個当たりの運賃は、5月の約4300ドルから7月には約9100ドルへと上昇した。同様に、中国・東アジア発―北米西岸向け航路でも、5月の2828ドルから7月には7550ドルへと跳ね上がった。

FEU運賃のこうした激しい変動は、燃料費高騰の影響を映し出している。前述のいずれの航路もホルムズ海峡付近を通らず、同海峡から数千マイルも離れている。それでも、海峡の混乱による影響は世界の海運網全体へと波及する。物流はあらゆる産業を支える基盤である。複数の航路でFEU1個当たりの輸送費が2倍を超える水準に上昇すれば、追加費用を賄うため、コンテナに積まれた商品の価格も引き上げざるを得ない。

その影響がとりわけ鮮明に表れているのが東アジアである。東アジアは世界の製造業の一大拠点であり、半導体と人工知能(AI)のグローバル・サプライチェーンの中核を担っている。この地域では、AIインフラ、デジタル技術、電動モビリティーへの需要が引き続き急速に拡大している。UNCTADによると、2026年第1四半期の重要鉱物の貿易額は前年同期比38%増加した。半導体は25%、蓄電池は15%、情報通信技術(ICT)製品は14%、電気自動車は11%それぞれ増加した。

しかし、ホルムズ海峡から地理的に離れているにもかかわらず、台湾や韓国の半導体製造施設は、安定した世界の海運網、適正な価格のエネルギー、石油化学原料に大きく依存している。燃料価格の高騰によって供給業者とメーカー間の部品輸送費が上昇し、電力、天然ガス、石油化学製品の値上がりによって生産コストも増大する。このため、取引数量の伸びがはるかに鈍くても、こうしたハイテク製品の輸出額は膨らみ続ける。

ホルムズ海峡の混乱は、世界の海上輸送システムがいかに密接につながっているかを示している。この戦略的な海上交通の要衝で通航が滞れば、石油とLNGの価格が上昇し、輸送費や産業用エネルギーコストが増大する。それが製造コストを押し上げ、最終的には国際的に取引される商品の価格上昇につながる。

その結果、東アジアのメーカー、北米の輸入業者、そして世界各地の消費者が、数千マイル離れた場所で起きた混乱の影響を受けることになる。相互依存を深めるサプライチェーンの各段階でこうした費用が積み重なるにつれ、実際の貿易量や実質的な経済生産の伸びがはるかに鈍くても、世界貿易の名目額は増加する。貿易額の増大が、必ずしも経済の力強さを意味するわけではないのである。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

関連記事:

大迂回路:サウジアラビアの紅海構想がホルムズ海峡の優位性に挑む

ホルムズ海峡からバグラムまで―米中対立は新たな戦略的前線へ

ホルムズ海峡―世界経済のボトルネック

「次が起きるか」ではなく、「次はいつ起きるのか」

この災害がいつ起きるのかを予測できた人はいなかった。しかし、いつか必ず起きることは、誰もが分かっていた。

ヒマラヤの津波

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=論説部】

5歳のキルティ・タマンちゃんは26日の朝、ベトラワティの教室にいた。その時、轟音とともに洪水が押し寄せてきた。キルティちゃんは同級生2人とともに、必死で高台へと駆け上がった。|英語版

夜になって、叔父が森の中で彼女を発見した。

キルティちゃんは、母親と姉が荒れ狂うトリスリ川の濁流にのみ込まれていくのを目の当たりにした。父親は出稼ぎ労働者としてマレーシアにいる。発見されて以来、彼女は一言も口をきいていない。

27日午後、本紙が印刷に回る時点で、ネパール中部を襲った大洪水の想像を絶する被害の全貌が、次第に明らかになりつつある。職員全員を失った銀行支店、生存者が一人もいない警察署、ジャナイ・プルニマ祭の巡礼者を満載したまま流されたバス。そして、行方不明になった家族を探してほしいと、インドから本紙編集部に相次ぐ電話――。こうした知らせが届くたびに、私たちは、この災害が奪った人命のあまりにも大きな代償を突きつけられている。

ネパールがこれほど大規模な災害に見舞われたのは、2015年の大地震以来である。インフラや財産への経済的被害という点では、今回の災害はネパール史上最悪となった。リモートセンシングによって、ネパール領内のランタン山北壁で雪崩が発生した地点を特定することができた。雪崩は、ネパールへ流れ込むトリスリ川の支流レンデ・コーラをせき止め、その天然ダムが水曜日の午前9時直前に決壊したことが分かっている。

国境のティムレでは土石流の高さが約80メートルにも達した。濁流は下流へ猛烈な勢いで押し寄せ、進路上にあるものをすべてのみ込んでいった。何一つ容赦しなかった。この災害がまさにこの時に起きると予測できた人はいない。しかし、いつか起きることは、誰にでも予想できたはずだ。

本紙はこれまで繰り返し、極端な気象現象が引き起こす洪水、氷河湖決壊洪水(GLOF)、そして国境を越えて被害を及ぼす気候災害に備える必要性を、政策決定者に訴えてきた。

2017年のバルン・コーラ洪水の後にも、2021年のメラムチ災害の後にも、そしてインド・シッキム州で10億ドル規模のダムを押し流したティースタ川洪水の後にも、私たちは同じことを訴えた。本紙のこの社説欄でも、アルン川、マルシャンディ川、トリスリ川に建設されたネパールの水力発電所が、こうした災害から何を学ぶべきかを書いてきた。

そして昨年7月8日のボテ・コシ洪水も、また一つの警鐘だった。

必要なのは「議論」ではなく「行動」だ

写真:スマン・ネパリ
写真:スマン・ネパリ

「この問題を引き起こしたのは私たちではない」「過去の炭素排出に対して補償を受けるべきだ」と主張するのは、国連気候サミットの演説では意味があるだろう。

しかし、「損失と損害(Loss and Damage)」のための資金が、私たちを救うほど入ってくるわけではない。私たちは、自分たち自身でこの危機に立ち向かわなければならない。自ら生き残るための戦略をつくらなければならないのである。

今回の災害は「自然災害」ではなかった。そこに自然なものなど何一つない。

化石燃料の燃焼による温室効果ガスの蓄積によって氷河が融解していることも、ヒマラヤを越えて流れる河川沿いに高額な水力発電所を建設したことも、河川に沿って幹線道路を造ったことも、その道路沿いに集落が拡大したことも、汚職や強欲も、そして統治の不備も――いずれも「自然」ではない。

私たちの祖先は、ヒマラヤから流れ下る川のすぐそばに住んではならないことを知っていた。

かつてネパールの町や村は、高い尾根沿いに築かれていた。氾濫原は食料を育てたり、水車を動かしたりするためだけに使われていた。橋は恒久的なものではなく、モンスーンの洪水で流されたら再建することを前提として造られていた。

しかし、経済的困窮、農村からの人口流出、そして道路へのアクセスを求める動きによって、人々は危険を十分承知しながらも川岸に住むようになった。

河岸沿いの居住地域についてハザードマップを作成し、地方自治体がそれに基づいて土地利用を厳格に規制していれば、今週、多くの命を救うことができたはずだ。

世界で最も若く、最も地震活動の活発な山岳地帯から流れ下る川のすぐ脇に住宅が建てられている限り、早期警戒システムだけでは人命を守ることはできない。

しかも、そのヒマラヤ山脈はいま、気候危機の影響をまともに受けている。

私たちは災害のたびに、耳にたこができるほど同じことを繰り返してきた。「すべての卵を一つのかごに入れてはならない」と。

莫大な借款を抱えて、ヒマラヤを越えて流れる河川に高額な水力発電所を連続して建設するのではなく、ネパールは全国各地により小規模な発電所を分散して整備し、リスクそのものを分散させるべきなのである。

水曜日の朝、たった一度の災害で、ネパールは12か所の水力発電所から合計440メガワットの発電能力を失った。

これは国内総発電能力の10%に当たる。河川沿いに設置されていた送電線や変電所も破壊された。

いつか必ず起きると分かっている災害への備えに関心が向かない背景には、一種の宿命論的な文化があるのかもしれない。

しかし、それは言い訳にはならない。

過去の政権がこの問題を軽視してきたとしても、テクノクラートや博士号取得者を擁するネパールの新政権は、地震と気候変動が複合してもたらす災害リスクに対処するための措置を講じなければならない。

ウィンストン・チャーチルはかつて、こう語ったとされる。「良い危機を決して無駄にしてはならない。」

今回の災害もまた、バレンドラ・シャハ首相とその政府にとって、捜索・救助、復旧・復興、そして将来の災害への備えにおいて、これまでとは異なる先を見据えた姿勢を示す機会となり得る。

災害が起きて初めて「備えなければならない」と思い出すようではいけない。その時には、すでに多くの人にとって手遅れだからだ。今週、まさにそれが悲劇として現実になった。

私たちはまたしても、過去の教訓を生かすことができなかった。

いまは国を挙げて喪に服すべき時である。同時に、2015年の大地震の際に示したのと同じ思いやりと助け合いの精神をもって、ネパールの人々が再び心を一つにする時でもある。

Original URL: https://nepalitimes.com/not-if-but-when-next

INPS Japan

関連記事:

ネパール中部の洪水、その翌日

ヒマラヤ山脈の氷河、融解速まる

雨漏りする屋根: 「アジアの世紀」脅かすヒマラヤ融解

セミパラチンスク閉鎖から35年―カザフスタンの「核なき選択」が今も世界に問いかけるもの

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

中央アジアのカザフスタン北東部には、いまなお冷戦の傷痕が残っている。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

セミパラチンスク核実験場では、1949年から1989年までの間に、ソ連が456回の核実験を実施した。周辺住民は放射線にさらされ、その健康と環境への影響は世代を超えて続いている。|英語版中国語インドネシア語

1991年8月29日、カザフスタンはこの核実験場を閉鎖した。それから35年を迎える今、この決断は改めて大きな意味を持っている。核兵器は再び各国の安全保障戦略の中で存在感を強めている。米国、ロシア、中国をはじめとする核保有国は核戦力の近代化を進めている。2026年2月には、米ロの戦略核戦力を制限する最後の条約だった新戦略兵器削減条約(新START)が失効した。5月には、第11回核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議が最終文書に合意できないまま閉幕した。

こうした時代に、カザフスタンの経験は根源的な問いを投げかけている。国家の安全は、最終的に核兵器を保有することに依存しなければならないのだろうか。

市民の力が核実験場を閉鎖へと導いた

1989年、詩人オルジャス・スレイメノフ氏は「ネバダ・セミパラチンスク」反核運動の立ち上げに尽力した。運動は核実験が人間にもたらす代償に光を当て、大規模な反核世論を生み出した。

ソ連崩壊後、カザフスタンの領土には大陸間弾道ミサイルと核弾頭が残された。当時、世界第4位の規模とされた核戦力である。しかし、新たに独立したカザフスタンは核保有国となる道を選ばなかった。核弾頭をロシアへ移送し、関連する核兵器インフラを廃棄し、非核兵器国としてNPTに加盟した。

Kazakh civil movement activists gathered to demand a nuclear test ban at the Semipalatinsk test site in August 1989. Photo credits: armscontrol.org.

https://astanatimes.com/2021/03/nevada-semipalatinsk-international-anti-nuclear-movement-commemorates-32-years-since-inception/
Kazakh civil movement activists gathered to demand a nuclear test ban at the Semipalatinsk test site in August 1989. Photo credits: armscontrol.org.

核被害国から軍縮外交の担い手へ

Official portrait of Kassym-Jomart Tokayev © President of the Republic of Kazakhstan
Official portrait of Kassym-Jomart Tokayev © President of the Republic of Kazakhstan

その後、カザフスタンはセミパラチンスクの経験を、より広範な核軍縮の取り組みへとつなげてきた。

カシムジョマルト・トカエフ大統領は、その歴史的な経験について厳しい言葉で語っている。

「核爆発はカザフスタンの国土に深刻な被害をもたらした。このような悲劇を二度と繰り返してはならない。わが国は核安全保障の原則を断固として守っていく。」と述べている。

カザフスタンは包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准し、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンとともに中央アジア非核兵器地帯の創設を推進した。

また2009年には、カザフスタンの提案を受け、国連総会が8月29日を「核実験に反対する国際デー」に制定した。

同国には世界各地の核爆発を探知する国際監視システムの施設が置かれているほか、オスケメンでは国際原子力機関(IAEA)が低濃縮ウラン(LEU)バンクを運営している。

LEU Bank Storage Facility/ Katsuhiro Asagiri
LEU Bank Storage Facility/ Katsuhiro Asagiri

核弾頭の「数」の向こうにあるもの

カザフスタンの核軍縮外交は、軍備管理交渉でしばしば脇に置かれがちな問題にも焦点を当ててきた。核兵器が人間に何をもたらすのか、という問題である。

セミパラチンスク周辺では、核実験の終了から数十年が経った今も、健康や環境への影響に対する懸念が続いている。

こうした経験は、核兵器禁止条約(TPNW)におけるカザフスタンの取り組みにも反映されている。同国は核兵器の禁止だけでなく、被害者支援や汚染された環境の修復を重視してきた。

同じく核実験によって深刻な被害を受けたキリバスとともに、カザフスタンはこれらの取り組みを支える国際的な資金制度の創設を推進している。

その基本にあるのは、将来の核兵器使用を防ぐだけでは十分ではなく、過去にもたらされた被害に対しても国際社会は責任を負うべきだ、という考え方である。

セミパラチンスク、広島、長崎、マーシャル諸島、キリバス。地理的にも歴史的にも異なるこれらの地域は、核時代が人間にもたらした被害によって結ばれている。

カザフスタンと市民社会の役割

Photo credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of IDN-INPS.
Photo credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan.

市民社会は、カザフスタンの核をめぐる歴史に当初から深く関わってきた。「ネバダ・セミパラチンスク」運動は、市民の声が核政策を動かし得ることを示した。

独立後もカザフスタンは、市民社会組織、人道支援機関、研究者、核実験被害者、若者、宗教団体などと協力し、核兵器が人間にもたらす影響を国際的な議論の中心に据える努力を続けてきた。

そうした組織の一つが創価学会インタナショナル(SGI)である。SGIは長年、核兵器廃絶を安全保障の問題だけではなく、人類の生存と尊厳に関わる問題として訴えてきた。

2022年にウィーンで開催された第1回TPNW締約国会議では、カザフスタンとキリバスが、核時代平和財団、SGIとともに、被害者支援と環境修復をテーマとする関連行事を開催した。

Mr. Hirotsugu Terasaki, Director General of Peace and Global Issues of SGI Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan.
Mr. Hirotsugu Terasaki, Chief Executive Director of SGI Peace Center Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan.

2023年には、在ウィーン国際機関カザフスタン共和国政府代表部、SGI、国際安全保障政策センター(CISP)が、セミパラチンスク核実験の影響をテーマとする行事をウィーンで開催した。同年、アスタナでは、カザフスタン外務省とCISPが、SGI、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)赤十字国際委員会(ICRC)などとともに、「核実験に反対する国際デー」を記念する会議を開催した。

こうした協力について、SGI平和センターの寺崎広嗣センター長は、カザフスタンと日本には共通するものがあると指摘している。

「カザフスタンの多くの人々も、核軍縮を求める同じ強い願いを共有しています。なぜなら、核被爆の実相を知っているからです。」と寺崎氏は、INPS Japanの取材に対して語り、広島・長崎の原爆投下を経験した日本の人々の思いとの共通性を指摘した。

市民運動がセミパラチンスク核実験場の閉鎖を後押ししたカザフスタンにとって、市民社会との連携は核軍縮外交の周辺的な要素ではない。その土台の一部なのである。

A Group photo of participants of the regional conference on the humanitarian consequences of nuclear weapons and nuclear-free-zone in Central Asia held on August 29, 2023. Photo Credit: Jibek Joly TV Channel.
A Group photo of participants of the regional conference on the humanitarian consequences of nuclear weapons and nuclear-free-zone in Central Asia held on August 29, 2023. Photo Credit: Jibek Joly TV Channel.

日本とカザフスタンを結ぶ核被害の経験

Kazakhstan-Japan
Kazakhstan-Japan

カザフスタンと日本の関係も、核被害という共通の歴史によって結ばれている。

広島と長崎は戦争における核兵器使用を経験し、セミパラチンスクは核実験による影響を経験した。

日本は被害を受けた地域との医学・研究協力を支援し、カザフスタンとともにCTBT発効促進にも取り組んできた。

2025年12月の訪日の際、トカエフ大統領は東京の国連大学で「核のリスクが再び高まっている」と警告した。広島、長崎、セミパラチンスクに言及しながら、核軍縮を前進させ、核の危険を減らすための具体的な行動を呼びかけた。

逆方向へ進む世界

トカエフ大統領の警告は、いま一層の切迫感を帯びている。

世界にはなお1万発を超える核弾頭が存在し、主要な核保有国は核戦力の近代化を続けている。新STARTの失効により、米国とロシアの戦略核戦力を包括的かつ法的拘束力をもって制限する枠組みは存在しなくなった。

5月のNPT再検討会議は最終文書を採択できず、実質的な合意に至らない結果はこれで3回連続となった。署名開放から30年を迎えた包括的核実験禁止条約(CTBT)も、いまだ発効していない。

核軍拡を抑制するための制度が弱体化する一方で、核兵器には再び戦略的重要性が与えられつつある。

記憶するだけでは足りない

Dauren Abenuly Aben  Credit: KazISS
Dauren Abenuly Aben  Credit: KazISS

カザフスタン戦略研究所のダウレン・アベン氏は、35周年を前にThe Astana Timesへの寄稿で、セミパラチンスクの教訓を簡潔に表現した。それは、単に記憶することではなく、「記憶し、行動する」ことだという。

核政策は通常、「抑止」「戦略的安定」「勢力均衡」といった言葉で語られる。

しかし、セミパラチンスクは別の尺度を突きつける。放射線にさらされた地域社会、汚染された土地、そして自らは核実験を経験していなくても、その影響を背負って生きる世代である。

1991年、カザフスタンは、自国領土に残された核戦力を国家の力の象徴として維持する道を選ぶこともできた。しかし、別の道を選択した。

その決断によって核兵器が世界からなくなったわけでも、核軍縮が不可逆的に進むことが保証されたわけでもない。

それでも一つの事実は残る。核保有国となる可能性を持っていた国が、その道を選ばなかったという事実である。

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN

11月30日から12月4日まで、ニューヨークの国連本部でTPNW第1回再検討会議が開かれる。核保有国の大半はいまも同条約の外にいる。

それでも、この条約が投げかける問いは、カザフスタンの経験が問いかけてきたものと重なっている。

核兵器を保有することは、本当に国家をより安全にするのか。

それとも、真の安全保障とは、核兵器そのものが存在しない世界を築くことなのか。

かつてのセミパラチンスク核実験場には、いまも爆発の痕跡が残っている。それは、人類がすでに核兵器によって何をしてきたのかを物語る記憶である。

しかし35年前、カザフスタンはこの場所に、もう一つの意味を与えた。

核兵器という仕組みから離れ、別の道を選ぶことができるという証しである。

いま問われているのは、世界の他の国々にも、同じ選択をする政治的意思が残されているかどうかである。

UN Photo
UN Photo

This article is brought to you by INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World
Toward a Nuclear Free World

INPS Japan

関連記事:

カザフスタンの不朽の遺産: 核実験場から軍縮のリーダーへ

カザフスタン、非核化の成功例を国連で示す―なお難題として残る中東

アスタナと東京、スマートシティ・エネルギー安全保障・核軍縮を軸に未来への絆を強化

核実験に反対する国際デーに 若者がグローバル・ヒバクシャ支援を世界に訴え

35年後も響くセミパラチンスクの教訓―カザフスタンとCTBTO、核実験禁止へ国際社会に行動呼びかけ

【東京/アスタナ/ウィーンINPS Japan=浅霧勝浩】

カザフスタンが旧ソ連のセミパラチンスク核実験場を閉鎖してから35年。世界で核兵器の役割が再び拡大し、核軍縮・不拡散体制が厳しい試練に直面するなか、カザフスタンと包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)は8月29日、核実験の恒久的な禁止に向け、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効を国際社会に強く呼びかけた。|英語版ドイツ語

Yermek Kosherbayev, Minister of Foreign Affairs of the Republic of Kazakhstan (Left) and Dr. Robert Floyd, Executive Secretary of the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty Organization (Right).

カザフスタンのイェルメク・コシェルバエフ外相とCTBTOのロバート・フロイド事務局長は、「核実験に反対する国際デー」に合わせて共同声明を発表。「核実験のない世界」の実現への決意を改めて表明するとともに、CTBTを発効させるための取り組みを強化すると宣言した。

声明は、2026年が核軍縮と核不拡散にとって複数の歴史的節目が重なる年であることを強調している。

その中心にあるのが、セミパラチンスク核実験場閉鎖35周年である。

450回を超える核実験の記憶

現在のカザフスタン北東部に位置するセミパラチンスク核実験場では、旧ソ連が40年以上にわたり450回を超える核実験を実施した。

The first USSR nuclear test "Joe 1" at Semipalatinsk, Kazakhstan, 29 August 1949. Credit: CTBTO
The first USSR nuclear test “Joe 1” at Semipalatinsk, Kazakhstan, 29 August 1949. Credit: CTBTO

広大な草原には今も実験施設の遺構が残り、核実験が人間と環境にもたらした被害の記憶を伝えている。

共同声明は、この場所を核実験による「危険な結果、人間のトラウマ、環境破壊」を示す厳しい実例と位置づけた。

カザフスタンはソ連崩壊直前の1991年8月29日、セミパラチンスク核実験場を閉鎖した。

声明によれば、この決断は単に一つの核実験場を閉じるだけにとどまらず、国際社会に「強力な政治的メッセージ」を送り、その後のCTBT採択につながる世界的な動きを後押しする重要な役割を果たした。

その8年後の2009年12月、国連総会はカザフスタンの提唱を受け、8月29日を「核実験に反対する国際デー」と定めた。

CTBT採択から30年

今年は、CTBTそのものにとっても大きな節目である。

CTBTは1996年9月10日に国連総会で採択され、同月24日に署名開放された。初日には71カ国が署名した。

共同声明によると、現在までに188カ国が署名し、179カ国が批准している。声明は、最近署名・批准したトンガ王国を歓迎し、一つ一つの新たな参加が核実験を許容しないという国際規範をさらに強化すると指摘した。

しかし、採択から30年を迎えても、CTBTはいまだ発効していない。

条約の発効には、条約附属書2(Annex 2)に指定された特定国すべての批准が必要だからだ。

コシェルバエフ外相とフロイド事務局長は、未署名・未批准国に速やかな参加を求め、とりわけ発効の鍵を握る残る附属書2諸国に対し、「核不拡散と軍縮へのコミットメントを示す」よう訴えた。

同時に、すべての国に既存の核実験モラトリアムを維持し、改めて確認するよう求めた。

中央アジアの「核兵器を持たない」という選択

2026年にはもう一つ、カザフスタンに深く関わる重要な周年がある。

2006年9月8日に署名された「セミパラチンスク条約」から20年を迎える。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

同条約によって中央アジア非核兵器地帯が創設された。共同声明はこれを「歴史的成果」と評価し、中央アジア地域が核不拡散と核軍縮に寄せる決意の証しだと強調した。

セミパラチンスクには、核兵器時代の二つの対照的な歴史が刻まれている。

一つは、数百回に及ぶ核実験とその被害の歴史。そしてもう一つは、その実験場を閉鎖し、核兵器に依存しない安全保障を模索してきた歴史である。

世界308施設が核実験を監視

共同声明は、核実験を探知するCTBT検証体制の整備についても成果を強調した。

現在、世界では293カ所の監視施設と15カ所の放射性核種実験施設、計308施設が認証され、国際監視制度(IMS)のネットワークは90%以上が完成しているという。

IMSは、地震波、放射性核種、水中音波、微気圧振動などを利用し、地球規模で核爆発の兆候を監視する仕組みだ。

声明はこれを、平和と安全保障に貢献するだけでなく、民生・科学分野にも恩恵をもたらす「独自の世界的資産」と評価した。

カザフスタン自身も、国立核センター(NNC)が5カ所のIMS観測施設を運用し、検証体制を支えている。

また、CTBTOの現地査察(OSI)の発展にもカザフスタンは重要な役割を果たしてきた。1999年、2002年、2005年、2008年には、セミパラチンスク核実験場を含むカザフスタン国内で4回の現地査察フィールド実験が実施された。

とりわけ1999年の実験はCTBTO史上初であり、2008年の演習は当時最大規模となった。

次の大規模統合現地査察演習「IFE26」は今年10月、ナミビアで開催される予定で、アフリカでは初めてとなる。

IMS/ CTBTO
IMS/ CTBTO
「これまでの成果を守り、再び前進を」

共同声明は、CTBTを核不拡散条約(NPT)と並ぶ世界の核軍縮・不拡散体制の「重要な柱」と位置づけた。

そして8月31日にニューヨークの国連本部で開催予定の「核実験に反対する国際デー」を記念する国連総会ハイレベル本会合への各国の参加を呼びかけた。

外交官だけでなく、研究者、メディア、非政府組織(NGO)などにも、核実験がもたらす壊滅的な危険について社会の認識を高めるよう求めている。

声明の結びには、CTBT採択から30年を迎えた国際社会が置かれている状況への強い危機感がにじむ。

この30周年を、これまで達成してきたことを振り返るだけの記念日ではなく、「行動への呼びかけ」としなければならない、と両氏は訴えた。

「苦闘の末に勝ち取った成果を守ること。核兵器のない世界に向けた勢いを再び生み出すこと。包括的核実験禁止条約を発効させ、核実験に恒久的かつ法的拘束力のある終止符を打つこと。」

35年前、セミパラチンスクで下された核実験場閉鎖という決断は、核実験を止めることは政治的意思によって可能だという前例を世界に示した。

CTBTが署名開放から30年を経てもなお発効していない今、そのセミパラチンスクの教訓は、過去の歴史ではなく、国際社会が現在直面している選択として改めて問いかけられている。

Toward a Nuclear Free World Banner
Toward a Nuclear Free World Banner

INPS Japan

関連記事:

セミパラチンスク閉鎖から35年―カザフスタンの「核なき選択」が今も世界に問いかけるもの

ドキュメンタリー映画『私は生きぬく(I Want to Live On)』がセミパラチンスク核実験の生存者の声を届ける

|視点|人生ががらりと変わる経験だった(イリヤ・クルシェンコCTBTO青年グループメンバー)

ネパール中部の洪水、その翌日

衛星画像が示す「ランタン北壁の氷河崩壊」はネパール国内で発生

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=クンダ・ディクシット】

首都カトマンズの真北約45キロに位置し、標高7245メートルを誇る雄大なランタン・リルン峰には、悲劇の歴史がある。

Kunda Dixit.
Kunda Dixit.

2015年4月、ネパール中部を襲ったマグニチュード7.8の大地震によって、同峰南壁で巨大な雪崩が発生した。雪崩は眼下の氷河へ崩れ落ち、ランタン村を埋め尽くした。少なくとも300人が死亡した。

そして8月26日、ネパール時間午前8時37分ちょうどに、中国との国境付近でマグニチュード4.4の地震が発生した。今回は、それとほぼ同時にランタン峰北壁で巨大な雪崩が起きた。

ランタン・リルン峰は全体がネパール領内にある。雪崩による大量の土砂と氷は、中国との国境をなすレンデ・コラ川をせき止めた。同川はモンスーンの雨で増水していた。

せき止められてできた湖は間もなく決壊し、泥と巨石が壁のようになってトリスリ川を猛スピードで流れ下り、ネパール国内を襲った。

少なくとも、プラネット・ラボの衛星画像を確認した専門家たちは、そのように分析している。

ただし科学者の間では、地震が北壁の斜面崩壊を引き起こしたのか、それとも雪崩そのものがあまりに巨大だったために地震波として観測される揺れを引き起こしたのかについて、なお見解が分かれている。

仮に地震が引き金だったとしても、崩壊した山では地球温暖化の影響によって雪と氷がすでに不安定な状態にあった。

さらに発生時期はモンスーン終盤で、山の斜面には大量の雪が積もっていた。氷河の後退によって取り残されたモレーン(氷河堆積物)は、かつて永久凍土によって固く固定されていたが、すでに大量の水を含んだ状態になっていた。

今回の災害自体はネパール国内の氷河に起因したとみられている。しかしそれでも、チベット高原を起点として国境を越える災害につながり得る、氷河湖決壊洪水(GLOF)、永久凍土の融解、モレーン崩壊という長期的な脅威が増大していることを浮き彫りにしている。

地震が引き金にならなくても、近年のヒマラヤでは、同じような複数の要因が重なって発生する「ヒマラヤの津波」ともいうべき大規模災害が相次いでいる。

2021年のチャモリ、同年のメラムチ、2023年のシッキム、2024年のタメ、2025年のボテ・コシ、そして2026年の今回の災害である。そのほぼすべてがモンスーン期に発生している。

昨年7月8日の洪水(下図参照)では18人が死亡した。ネパールと中国の貿易・観光にとって最も重要な国境検問所が押し流され、ネパール国内の幹線道路、水力発電所、送電線も破壊された。これらは最近になってようやく復旧工事が始まったばかりだった。

Nepali Times

科学者たちは昨年の洪水について、氷河表面に形成された複数の池が拡大して一体化し、やがて決壊したことで、大量の土砂や岩石が壁のようになって下流へ押し寄せたと分析している。

昨年は、中国側からネパールの地方当局に危険が警告されていたと報じられている。しかし今年は、事前の警告はまったくなかった。

しかも今回は、雪崩と洪水の発生地点が国境に非常に近かった。このため、土石流がラスワの国境検問所に到達するまでには、わずか数分しかなかったとみられる。

木曜日の朝までに、公式の死者数は160人を超え、その後さらに増加して数百人に達する可能性がある。

Nepali Times
Nepali Times

夜の間には、200キロ下流のナワルパラシ郡を流れるナラヤニ川で、人の遺体や家畜の死骸、さまざまな瓦礫が流れていくのが目撃された。

今回の災害によって、ネパールが国際的な気候変動交渉の場で訴えてきた「損失と損害(Loss and Damage)」の問題が、改めて大きく取り上げられることになるだろう。

とりわけ脆弱な山岳国において、気候危機が経済にもたらす損失は深刻である。今回のインフラや財産への被害額は、数十億ドル規模に達するとみられる。

わずか数分のうちに、ボテ・コシ川とトリスリ川沿いにある少なくとも6か所の主要水力発電所、送電線、変電所が破壊されるか、大きな損傷を受けた。

ヌワコットにあるネパールの象徴的な25メガワット級大規模太陽光発電所も、土砂に埋没した。

建設中の他の事業も壊滅的な被害を受けた。

ボテ・コシ川とトリスリ川に架かる少なくとも12本の橋が流され、その中には被災地点から70キロ下流に位置するものもあった。北部へ向かう幹線道路も各地で寸断された。

今回の災害は、2025年9月の「Z世代(GenZ)抗議運動」によって早期選挙が実施されてから、ほぼ1年後にネパールを襲った。

その選挙では、バレンドラ・シャー首相率いるRSPが地滑り的勝利を収めた。政権発足からまだ半年もたっていないなか、政府は今、緊急の捜索・救助活動と、壊滅的な被害を受けたトリスリ渓谷の復旧・復興という大きな試練に直面している。

長期的に見れば、ネパールは今後、発生頻度がほぼ確実に増えるとみられる地震や気候変動に起因する災害に対処するため、実効性のある戦略を構築しなければならない。

クンダ・ディクシットは『Nepali Times』の元編集長で、現在は同紙発行人。著書に『Dateline Earth: Journalism As If the Planet Mattered』、ネパール紛争を扱った3部作『A People War』がある。コロンビア大学でジャーナリズム修士号を取得。メディア教育にも携わり、ネパール調査報道センター(Centre for Investigative Journalism Nepal)の理事長を務めている。

Original URL: https://nepalitimes.com/central-nepal-flood-the-day-after

INPS Japan

関連記事:

チベット高原の下流に暮らすという危険

アジア太平洋地域、新たな災害リスク時代への備え

|防災|ネパールとブータン、地震緊急対応で連携

チベット高原の下流に暮らすという危険

ボテ・コシ川は中国国境を越えてネパールに流れ込む。防災もまた、国境を越える必要がある

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=スシム・タパリヤ】

ネパールは、中国のチベット高原の下流に位置している。しかし同国の災害対策には、これまで十分に目を向けられてこなかった重大な盲点がある。

上流で起きた災害は、そのまま下流の災害となる。それにもかかわらず、ネパールの洪水対策の多くは、2本のボテ・コシ川やカルナリ川、アルン川がネパール国内に入ってから始まっている。

チベット高原はアジアの主要河川のいくつかの水源となっているが、地球温暖化に伴い、同地域の氷河、氷河湖、永久凍土、さらには地形そのものが変化しつつある。ネパールにとって、ヒマラヤ山脈の反対側で起きた出来事が、やがて洪水となって押し寄せ、人命を奪い、インフラを破壊する可能性がある。

2本のボテ・コシ川はいずれもチベットを源流とする。一方はコダリで、もう一方はラスワでネパールに入る。いずれも急流となって深い峡谷を流れ、集落、水力発電施設、そしてネパールと中国を結ぶ2本の主要な貿易ルート沿いの道路を通過する。

問題は、単にネパールが洪水に脆弱だということではない。ネパールで洪水となる災害の原因が、国外で発生する場合があるということだ。昨年も、そして今年も、同じ川でまさにそれが起きた。

こうした災害に備えるには、川と同じように国境を越えて伝わる情報、調査研究、そしてコミュニケーションが必要になる。2年連続のモンスーン期に起きたボテ・コシ川の洪水は、その脆弱性を浮き彫りにした。

2025年7月8日、ラスワを流れるボテ・コシ川を突発的な洪水が襲った。少なくとも18人が死亡し、ラスワガディの友好橋が流失したほか、水力発電施設、送電線、変電所、ネパールと中国を結ぶ道路が被害を受けた。

昨年と同様、ネパール水文気象局は今週、国境のネパール側では大雨は観測されていなかったと発表した。洪水予報部門が洪水の発生を把握したのは、水がすでにベトラワティに到達してからだった。

ネパールには、中国側の降雨量や河川水位のデータを受け取る仕組みがない。しかし昨年も今週も、洪水がいったんネパール国内に入ると、当局はトリスリ川流域の下流住民に対し、速やかに一斉SMS警報を送った。

A glacial lake outburst flood surges through a Himalayan gorge, illustrating how hazards originating on the Tibetan Plateau can rapidly threaten communities, roads, bridges and hydropower infrastructure downstream in Nepal. AI-Illustrated Image: INPS Japan
A glacial lake outburst flood surges through a Himalayan gorge, illustrating how hazards originating on the Tibetan Plateau can rapidly threaten communities, roads, bridges and hydropower infrastructure downstream in Nepal. AI-Illustrated Image: INPS Japan

だが、洪水がすでに国内に入った後に送られる警報は、本来の意味での「早期警戒システム」とは言い難い。

2025年の洪水は、ネパールと中国の国境付近にあるレンデ川源流域で発生した氷河湖決壊が原因だった。衛星画像の分析によって、チベットにある氷河表面湖が突然排水されたことが確認された。

この事実は、ネパールがボテ・コシ川のリスクをどう捉えるかを根本的に見直す契機となるべきだった。

破壊的な洪水は、ネパールの監視網が及ばない国外で発生し、ネパールの予報担当者が通常注視している降雨パターンとは無関係に起こり、下流の地域社会にほとんど対応する時間を与えないまま到達する可能性があるからだ。

国際総合山岳開発センター(ICIMOD)が2026年に発表した氷河評価によると、ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ地域では氷河の減少が加速しており、2000年以降、氷の消失速度はおよそ2倍になった。

長期観測対象となっている38の氷河のうち、国際的な基準を満たす観測が行われているのはわずか7か所にすぎない。このため、山岳圏の雪氷環境の広い範囲が、依然として十分に観測されていない。

こうしたリスクは、単なる仮説ではない。

2025年に行われたポイク川―ボテ・コシ川流域、およびギロン川―トリスリ川流域という国境をまたぐ2つの流域の評価では、28の氷河湖が氷河湖決壊洪水(GLOF)の発生リスクが高いと判定された。

研究者らによると、最悪のケースでは洪水によって3000棟を超える建物、約50本の橋、9か所の水力発電施設、約50キロメートルの道路が危険にさらされる可能性がある。

研究チームは、これらの分析結果を、中国とネパールが共同で策定する災害リスク削減戦略に活用するよう提言した。

また2026年、チベット南西部にある別の氷河湖を調査した研究では、この湖の面積が1975年から2024年までの間に194%拡大したことが明らかになった。

シミュレーションでは、地滑りによって氷河湖決壊洪水が発生した場合、中国とネパール双方の建物が被害を受ける可能性が示された。このため研究者らは、早期警戒システムと地域レベルの災害防止体制の構築を求めている。

こうした事実を考えれば、「ネパールには十分な情報がない」という説明だけでは問題を捉えきれない。

衛星画像は存在する。氷河湖の一覧もある。水文モデルも構築されている。研究者たちは国境を越えて災害リスクを地図化し、どのインフラが被害を受ける可能性があるのかまで特定している。

むしろ不明確なのは、そうした知見が研究の世界から、人々の命を守るための制度や仕組みにどこまで確実に反映されているかという点だ。

昨年の洪水は、この制度上の問題を明確に示した。そして今週、さらに多くの犠牲者を出した洪水によって、その欠陥は一層明白になった。

国境を越えて流れる河川において、越境的な情報共有は単なる外交上の便宜ではない。それ自体が災害対策の一部でなければならない。

もっとも、ネパールが上流で起きていることをまったく把握できないわけではない。

8月13日、中国のニャラム付近で地滑りが発生し、東ボテ・コシ川の流れがせき止められた。河川水位が不吉なほど低下すると、ネパール当局は下流住民に警戒を呼びかけ、治安部隊が突然の増水に備えて川を監視した。

しかし、川がせき止められたことについて事前の警告はなかった。

プラネット・ラボから入手した衛星画像には、地滑りあるいは氷雪崩がレンデ川へ一気に流れ込み、川をせき止めたとみられる様子が写っている。

プラネット・ラボは、地滑り跡の下流に位置するレンデ川と、その川がすぐ下流でネパール国内に入る地点の画像を並べて示している。

効果的な早期警戒システムとは、単に携帯電話へメッセージを送ることではない。

Planet Labs juxtaposed images of the Lhengde River below the landslide scar and the point where it enters Nepal directly downstream.
Planet Labs juxtaposed images of the Lhengde River below the landslide scar and the point where it enters Nepal directly downstream.

世界気象機関(WMO)は早期警戒システムを、災害リスクに関する知識、監視・予測、情報伝達、そして対応への備えを一つにつなぐ連鎖として定義している。

ネパール自身の防災機関も、この違いを認識している。

国家災害リスク削減・管理庁(NDRRMA)の2024年報告書によると、ネパールは複数の災害に対応する「マルチハザード早期警戒システム」と、災害の影響予測に基づく行動計画の整備を進めている。

一方で同報告書は、政府機関、学術機関、その他の関係者の連携を強化する必要性も認めている。

2024年にボテ・コシ川/スン・コシ川およびトリスリ川流域の地域社会を対象に実施された研究では、ボテ・コシ川沿いの住民の間で氷河湖決壊洪水の危険性に対する認識が高いことが分かった。

そのうえで研究者らは、より強固な早期警戒システム、国境を越えた協力、住民への啓発、災害に強いインフラの整備を提言した。

米スティムソン・センターの評価も、リモートセンシングや地球観測技術の進歩によって、土砂を伴う洪水や極端な増水をネパールでリアルタイムに監視することは、技術的には可能だと指摘している。

いま問われているのは、これらすべてをどう結びつけるかである。

ネパールは、災害が発生した後の対応能力については実績を示してきた。

水曜日には、ネパール軍、武装警察隊、ネパール警察が直ちに動員された。軍および民間のヘリコプターが負傷者の緊急搬送に投入され、洪水がトリスリ川水系へ流れ込むのに合わせて、下流地域に警報が発令された。

しかし、救助活動は必然的に事後対応である。

ヘリコプターが飛び始める頃には、すでに橋が流され、道路が寸断され、集落が孤立している可能性がある。

防災で問われるべきなのは、「そこに至る前に何ができたのか」ということだ。

ボテ・コシ川の場合、それは中国との信頼できるデータ共有、氷河湖や不安定な地形の監視、衛星データや科学研究を政府のリスク評価に組み込むこと、そして上流で異常が確認された際に、地方当局、水力発電事業者、地域住民がどのように行動するかについて明確な手順を定めることを意味する。

さらに、災害後にどのように復旧・復興するかについても再検討する必要がある。

昨年の洪水で被害を受けたベトラワティ―ラスワガディ回廊は、今回も道路や橋が流されるなど、再び甚大な被害を受けた。

新たに明らかになった災害リスクを考慮せず、従来と同じインフラをそのまま再建するだけでは、同じ脆弱性を再びつくり出すことになりかねない。

ネパールがすべての洪水を予測することはできない。氷河の後退を止めることも、あらゆる地滑りの発生を防ぐこともできない。

しかし、上流で何らかの異変が起きた際、それをきっかけとして監視、情報共有、リスク評価、そして下流での備えが直ちに始動する仕組みを構築することはできる。

2025年の洪水は、情報が十分な速さで国境を越えられなかったときに何が起きるのかを示した。

そして8月26日の洪水は、国外で発生した災害要因が、いかに短時間でネパール全体を揺るがす国家的災害へと発展し得るかを、改めて突きつけた。

いまや問われているのは、ボテ・コシ川が洪水を起こし得ることをネパールが知っているかどうかではない。

次に上流で異変が起きたとき、行動するのに間に合うだけの早さで、その事実を知ることができるのか。

川がすでに国境を越えてから届く警報は、本当の意味での「早期警戒」とは呼べない。

それは、峡谷を押し寄せてくる巨大な土砂と濁流に備えるよう、人々に告げる最後の警告にすぎない。

Original URL: https://nepalitimes.com/the-danger-of-living-downstream-from-the-tibetan-plateau

INPS Japan

関連記事:

ネパールで警戒、チベット地震

氷河湖拡大、決壊リスクの下で暮らすヒマラヤの村々

ネパールのエネルギー転換に適した環境

クルルタイ選挙で高まる政党・議会・外交への期待 専門家が指摘

【アスタナINPS Japan/The Astana Times=アセル・サトゥバルディナ

カザフスタンで初めて実施された新議会「クルルタイ」の選挙は、単に同国の議会制度の枠組みを変えただけではない―。8月24日、アスタナでカザフスタン戦略研究所(KazISS)が主催した会合に参加した専門家らはこう指摘した。専門家らは、カザフスタンが憲法改革をより持続可能な政治制度へと具体化しようとする中、高い投票率、政党の役割拡大、さらに中央アジアをめぐる地政学的競争の激化が重要な要素になっていると強調した。|英語版

中央選挙管理委員会(CEC)が8月24日に発表した暫定結果によると、アディレット党はカザフスタン初のクルルタイ選挙で71.17%の票を獲得した。

アウイル人民民主愛国党は6.26%、レスプブリカ党は5.56%、アク・ジョル民主党は5.21%、全国社会民主党は5.11%だった。

一方、カザフスタン人民党は3.11%、バイタク緑の党は1.07%にとどまり、「すべての候補に反対」は2.51%だった。

カザフスタンの選挙法では、クルルタイで議席を獲得するためには、政党が少なくとも5%の得票率を確保する必要がある。暫定結果では、5政党がこの基準を突破した。

Zhandos Shaimardanov. Photo credit: KazISS

KazISSのジャンドス・シャイマルダノフ所長は、8月23日の選挙について、今年初めに導入された新たな憲政の枠組みを、法制度上の設計から実際の政治運営へと移す最初の試金石になったと述べた。

同氏は、74%を超える投票率と、5政党が5%の基準を上回ったという暫定結果を、新議会の性格を形づくる二つの重要な要素として挙げた。すなわち、一つの圧倒的な政治勢力が存在する一方で、複数の小規模政党もクルルタイに議席を持つ構図である。

「今後の課題は、有権者が示した選択が、新しいクルルタイの活動や立法上の優先課題、さらには各政党の日常的な政治活動にどのように反映されるのかを見極めることだ」とシャイマルダノフ氏は語った。

選挙は始まりにすぎない

イタリア・アジア研究所のドメニコ・パルミエリ所長は、今回の選挙は長い道のりの始まりにすぎないと指摘した。制度改革が実際に機能するかどうかは、選挙そのものでは判断できず、今後のクルルタイの実績によって評価されることになるからだ。

Domenico Palmieri. Photo credit: KazISS

「昨日はカザフスタンにとって非常に重要な日だった。しかし、それは新たな道の始まりにすぎない。これらすべての変化と改革は、今後数カ月、数年にわたって実行され、その経過を見ていかなければならない」とパルミエリ氏は述べた。

同氏は、2022年の大統領選挙、今年3月の憲法国民投票、そして8月23日の議会選挙を継続的に見てきた。

パルミエリ氏は、一院制議会への移行について、より効率的な制度となる可能性があると評価する一方、その実効性を判断できるのは、新たに選出された議員が実際に立法活動を始めてからだと指摘した。

「新しい議会と新しい議員がどのような仕事をするのかを見るためには、少なくとも6カ月は待つ必要があると思う」と同氏は語った。

選挙の技術的な運営については、円滑に進んだとの評価を示した。

パルミエリ氏が特に注目したのは、カザフスタン国民が投票に参加し、自国の発展について自らの意思を示そうとする姿勢だった。これはイタリアとは大きく異なるという。

カザフスタンでは有権者の約75%が投票したのに対し、イタリアでは投票率が50%に達すれば成功とみなされると同氏は述べた。

政党は有権者の要求に応えなければならない

政治学博士で、アルマトイにあるナリホズ大学の教授を務めるアンドレイ・カザンツェフ氏は、カザフスタンの高い投票率を、多くの国で政治参加が低下している世界的傾向との比較から分析した。

同氏は、その背景には、個人化の進展や従来型の政治に対する国民の関心低下があると指摘した。

Andrey Kazantsev in the center. Photo credit: KazISS

ただし、今回の高い投票率を、国民が政党政治そのものに強い関心を持つようになった証拠と解釈すべきではないとも述べた。

むしろ、国際情勢の不確実性が高まる中で、自国がどの方向へ進むのかという国民の幅広い関心を反映している可能性があるという。

「これは社会の関心が非常に高いことを示している。ただし、それは必ずしも政治そのものへの関心ではないだろう。一般の人々と話をしてみても、彼らが政党政治そのものに特別な関心を持っているとは限らない。しかし、彼らが関心を持っているのは未来だ。自分たちはどうなるのか、子どもたちはどうなるのか。そして世界で何が起きているのかを、毎日テレビで目にしている」とカザンツェフ氏は語った。

こうした国民の関心は、再設計されたカザフスタンの政治制度の下で、今後さらに重要になる可能性がある。

クルルタイ議員が地域別の選挙区ではなく政党名簿を通じて選ばれることになったため、政党は国民の期待を立法上の優先課題へと反映させるうえで、これまで以上に大きな責任を担うことになるとカザンツェフ氏は指摘した。

「需要は高い。今度は政党が供給する側にならなければならない」と同氏は述べた。

そのためには、政党が活動のあり方を近代化し、有権者の懸念をより的確に把握するとともに、国の将来について明確なビジョンを示す必要があるという。

政党がそれを実現できるかどうかは、新たな憲政モデルが意図された通りに機能しているかを測る最初の指標の一つになる可能性がある。

カザフスタン国境を越える影響

Senior Fellow at the Hudson Institute Ken Moriyasu, described Kazakhstan as “the most important swing state in the world.” Photo credit: cfive.org

米ワシントンを拠点とするハドソン研究所の上級研究員、森安健氏によれば、カザフスタンの政治的移行が持つ意味は、国内制度の変化だけにとどまらない。

森安氏は会合で、中央アジアの資源、貿易ルート、地政学的位置に対する国際社会の関心が高まっていると指摘した。

米国では、中国への重要鉱物依存を減らそうとする動きが強まる中、中央アジアへの関心が急速に高まっている。一方、中国は、海上貿易ルートの混乱による影響を受けにくいユーラシア大陸の陸上輸送ルートを、これまで以上に重視するようになっているという。

「中国も米国も、互いへの依存から距離を取ろうとしている。そして、その両者が中央アジアで出会っている。だからこそ、この地域への関心がこれほど高まっているのだ」と森安氏は語った。

こうした状況を踏まえ、同氏はカザフスタンの政治的移行を、中央アジア全体で進むより広範な結束の一部と位置づけた。

中央アジア諸国は近年、地域内の連携を強化し、国際社会においてより大きな集団的役割を果たそうとしている。

森安氏はその一例として、今年6月のキルギス共和国の国連安全保障理事会非常任理事国への選出を挙げ、地域諸国からのより強い支持がキルギスの議席獲得を後押ししたと指摘した。

Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain
Political Map of the Caucasus and Central Asia/ Public Domain

「この地域では徐々に統合が進んでいると思う。それは2016年、ウズベキスタンで新たな大統領、シャフカト・ミルジヨエフ氏が就任したころから始まったのではないか。そして、カザフスタンで進む権力の集約と安定化も、この大きな流れの一部だと思う」と同氏は述べた。

さらに、カザフスタン国内の政治制度がより明確で安定したものになれば、大国間競争が激化する中でも、同国が外交上の均衡を維持し、これまでのバランス外交を継続する能力を強化する可能性があると指摘した。

今後の動き

制度移行はすでに次の段階に入っている。

8月24日、カシムジョマルト・トカエフ大統領は、新たな憲法体制の実施が始まる中、国立銀行、国家保安委員会、最高司法評議会の各トップ、および人権委員を再任した。

カザフスタン憲法によると、中央選挙管理委員会が選挙の最終結果を正式に発表した後、トカエフ大統領はクルルタイの最初の会期を招集することになる。法律では、最終結果の公表から30日以内に開催しなければならない。

新議会が活動を開始すると、現政権はいったん総辞職することになる。

新憲法の下では、大統領はクルルタイに議席を持つ各政党会派との協議を経て、首相候補を指名する。

首相が任命されると、10日以内に政府の組織と閣僚構成を提案しなければならない。その後、閣僚はクルルタイとの協議を踏まえ、大統領によって任命される。

新憲法はまた、副大統領職の新設を定めている。

トカエフ大統領は、副大統領の人選について近く発表するとしている。

大統領は、新議会の最初の会期が始まってから2カ月以内に、クルルタイの承認を得て副大統領を任命しなければならない。

副大統領は国会議員を兼任することも、政党に所属することも認められない。

また、大統領が任期満了前に職を離れた場合には、副大統領が大統領権限を引き継ぐことになる。

Original URL: https://astanatimes.com/2026/08/kurultai-vote-raises-stakes-for-parties-parliament-and-foreign-policy-experts-say/

INPS Japan

関連記事:

カザフスタンの選挙は、同国と中央アジアに新たな政治時代の幕開けをもたらすか

日本とカザフスタンが接近―イラン危機がエネルギーと安全保障の優先課題を再編

プロジェクト・サファイア:米国とカザフスタンの安全な世界への使命30周年