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力の論理が支配する世界を拒まねばならない

【ニュージーランド・ウェリントンIPS=ヘレン・クラーク】

2026年は深く憂慮すべき形で幕を開けた。世界の平和と安全の根幹と長く見なされてきた国際法は、かつてなく露骨に揺さぶられている。主権と抑制という中核原則は、公然と侵されている。

Board of Peace Logo
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私はこのほど、ダボスで開かれた世界経済フォーラムから帰国した。そこで米国のドナルド・トランプ大統領は、新たな「平和評議会(Board of Peace)」を発表した。国連安全保障理事会は当初、ガザの暫定的な行政(統治)を監督するための同組織を支持していた。現地では停戦が宣言されているにもかかわらず、人道状況はなお危機的であり、パレスチナの民間人は占領軍によって連日のように殺害され続けている。

だが、ダボスで披露された内容は、より憂慮すべき事態を示唆していた。発表された委員会の憲章には、ガザへの言及が一切ない。国連安保理の代替として位置づけられているように見えたのである。

「平和評議会」の招待メンバーの中には、国際刑事裁判所(ICC)に訴追されている2人が含まれている。さらに、同評議会の常任メンバーになるには10億ドルが必要とされる。これは国際社会の運営のあり方として適切ではない。「平和評議会」は、安保理が時限的に付与した任務のとおり、ガザで続く危機に全面的かつ緊急に集中すべきである。

「平和評議会」をこのように位置づける枠組みは、正統性がすでにさまざまな理由で疑問視されてきた多国間システムに対する、さらなる挑戦の一つにすぎない。

国連憲章は81年目に入った。とりわけ安全保障理事会をはじめ、憲章が定めた制度は、2026年ではなく1945年の世界を依然として反映している。常任理事国による拒否権の濫用―とりわけ国際法違反を免責する形での行使―は、その信頼性を根底から損ねてきた。

UN’s ‘responsibility to deliver’ will not waver, after US announces withdrawal from dozens of international organizations. Credit: UN Photo/Loey Felipe
UN’s ‘responsibility to deliver’ will not waver, after US announces withdrawal from dozens of international organizations. Credit: UN Photo/Loey Felipe

例えばロシアは、ウクライナに関する決議を阻止するため拒否権を繰り返し行使してきた。米国もまた、イスラエル・パレスチナに関する決議を阻むため、拒否権をたびたび用いてきた。安保理改革は必要であり、長年先送りされてきた。改革は過去にも実現している。1965年には実質的な改革が達成された。いま再び、これを成し遂げなければならない。

先週のミュンヘン安全保障会議では、変化する世界秩序にいかに対応すべきかについて、各国の政策決定者と議論を交わした。最近の動向が、私たちがこれまで前提としてきた国際秩序に重大な亀裂が生じていることを示しているとの、カナダのマーク・カーニー首相の見解に私も同意する。大小あらゆる国が連携し、力の論理に支配される世界を拒み、国際法に根ざした未来を守らねばならない。

エルダーズ*1)は、「力こそ正義(might is right)」という論理によって国際法を覆そうとするいかなる試みにも断固として反対する。私たちは、共有の価値と原則に根ざす国際秩序を改めて確認し、それを守り抜く。

いまは選択の時である。国際協力を長く支えてきた価値が分断と妨害によって侵食されるのを許すのか。それとも、国際社会が結束してそれらを守り、再生するのか。(原文へ

ヘレン・クラークはニュージーランドの政治家。1999年から2008年まで第37代首相を務め、2009年から2017年まで国連開発計画(UNDP)総裁を務めた。
*「エルダーズ(Elders)」は、主に南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が2007年に設立した、平和、人権、地球の持続可能性のために活動する世界的なリーダー・元首脳経験者らのNGOグループを指す国際組織。平和構築、紛争解決、人道危機の改善(ガザの大量虐殺警告など)に取り組んでいる。

IPS UN Bureau

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二度と繰り返さないために

2026年は、毛沢東派(マオイスト)紛争開始から30年、2006年の停戦から20年

【カトマンズNepali Times=クンダ・ディキシット】

2026年は、マオイスト紛争を終結させた「包括的和平協定(Comprehensive Peace Accord)」から20年であり、マオイスト(毛沢東派)が武装闘争を開始してから30年に当たる。

Kunda Dixit.
Kunda Dixit.

しかし終結から20年を経たいまも、ネパールでは、この紛争を国家として記憶し共有するための追悼や記念の取り組みが、ほとんど見られない。紛争ではネパール人約17,000人が命を落とし、1,330人以上がいまなお「行方不明者」として登録されたままだ。凄惨な戦争犯罪の加害者たちは白昼堂々と自由に歩き回り、なかには政府の閣僚を務めた者さえいる。

2006年の和平協定に盛り込まれた、戦争犯罪の責任追及や被害者救済を進める移行期正義(トランジショナル・ジャスティス)のプロセスは、宙に浮いたままである。歴史教科書には戦争がほとんど記されず、暴力の記憶も知識も持たない世代がすでに育っている。

多くの命が失われた「目的」は、いまや歴史の埃に覆われている。守られなかった約束、果たされなかった誓い、忘れられた犠牲―その一覧は長い。2015年の連邦共和制憲法が、戦争の終着点とされた。王制は廃止され、カトマンズから7つの州への権限移譲、包摂的で公正な社会の実現が約束された。

だが、その後に起きたのは、まるでジョージ・オーウェルの小説『動物農場』の再来である。ナポレオン、スノーボール、スクイーラーといった登場人物が次第にジョーンズ氏に似ていき、しまいには誰にも区別がつかなくなる(=革命の指導者たちが、時間とともに、打倒したはずの旧支配者と同じ存在になってしまった。)いまも革命を信じる元ゲリラがいる一方、多くは湾岸諸国やマレーシアへ出稼ぎに出た。子ども兵だった者は、すでに自分の子どもを持つ親になった。生存者や犠牲者遺族は喪失を抱えたまま苦しみ、記憶は薄れていく。人権団体が正義を追求するための国際支援も、先細りになっている。

それでも、革命を招きやすい「客観的条件」の多くは、いまもネパール社会に残っている。政治と政党の構造は、かつてないほど中央集権化した。連邦制は封建制に取って代わらなかった。憲法は女性や周縁化された集団のためのクオータ(割当)を定めたが、政党は抜け道を見つけ、親族や縁故者を優遇した。社会経済格差は30年前より広がり、汚職は「当たり前」になった。

この号(9ページ)に掲載したスディクシャ・トゥラダルの分析が結論づけるように、1950年以降に掲げられてきた「革命」は、いずれも最終目標を達成していない。シャハ王家はラナ家より大差なく、民衆の変革要求を受け入れながら、結局は民主主義を解体した。1980年、1990年、2006年には若者が民主化運動で街頭に立ったが、支配者たちは後戻りし、現状維持を温存した。

革命の土壌
Photo: KIRAN PANDEY/NEPALI TIMES ARCHIVE
Photo: KIRAN PANDEY/NEPALI TIMES ARCHIVE

1996年から2006年にかけて、ネパールの人々は「自分たちの名の下に」戦われた戦争に巻き込まれた。マオイストは「人民戦争」や「人民解放軍」といった、借用した概念を掲げたが、それはネパールの現実に必ずしも合うものではなかった。だが皮肉にも、その呼称は別の意味で的を射ていた。死に、苦しんだのは結局「人民」だったからである。

ネパールが自国領内で武力紛争を経験したのは、1814~1816年の英・ネパール戦争以来であった。それ以降、ネパール人は主として「他国の戦争」で戦ってきた。だが1990年代までに、ネパール社会には革命が起こり得る土壌が形成されていた。封建的な支配構造に加え、選挙で選ばれた政党の無関心と怠慢が、何百万人もの若者から仕事と機会を奪った。社会には苛立ちが蓄積していた。

ネパールは絶対王政から立憲君主制へ、議会制民主主義へと移行し、2005年には国王による軍主導のクーデターも経験した。しかし、支配者が説明責任を果たすようになったわけではない。政治の関心はしばしば、個人的、あるいは党派的な利害と野心に向けられていた。

同じパターンは2017年選挙後にも繰り返された。ネパールは6年間で5つの連立政権を経験し、首相は次々と交代した。離合集散の政局が続き、同じ顔ぶれが交代で政権の座に就く状況が常態化した。

そして再び、情勢を動かすには「引き金」だけが必要になった。その引き金となったのが、2025年9月8日である。Z世代の抗議者が掲げたスローガンや要求、怒りと焦燥は、1980年、1990年、2006年に王宮の門へ向かって行進した若い学生たちと驚くほど似ていた。その学生の一部は、当時関わっていた政党に加わり、いまでは50代、60代になっている。

Nepali TImes.
Nepali TImes.

彼らもかつては、怒りを抱えた若者だった。もう若くはないが、いまも怒りを失っていない者がいる。1990年以降、投資を呼び込み雇用を生み出すという政治の役割が十分に果たされないまま、若者の海外流出は半ば政策的に促されてきた。不満や圧力は国外へと押し出され、国内では支配層が椅子取りゲームを続け、国の行方への責任は曖昧になった。

中途半端な政変(「半革命」)が起きるたびに、新しい体制は、自らが追い落とした権力の振る舞いをなぞるか、あるいは必要な制度や基盤まで一緒に捨て去ってきた。3月の選挙、そしてその先で最も危険なのは、同じ過ちを再び繰り返すことである。古いものがすべて悪いわけではなく、新しいものがすべて良いわけでもない。

古いものと新しいものがせめぎ合ういまこそ、マオイスト紛争から学ばなければならない。そうでなければ、2026年、再び「新しいもの」が「古いもの」に似ていくことになる。

INPS Japan/Neali Times

Original URL: https://nepalitimes.com/editorial/not-ever-again

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なぜ米国の外交政策は大統領が変わっても生き続けるのか

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

私の人生の大半において、私は「権力とはこういうものだ」と考えてきた。指導者が語れば制度は従い、大統領が発表すれば国家機構は動く。権威は手続きに先立って、まず個人に宿る――そう理解していた。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

エジプトで育ち、中東・北アフリカ(MENA)地域のただ中で暮らしてきた私にとって、その前提は自然だった。この地域には、権威主義体制や独裁者、専制的な君主が少なくない。政府の動きには常に警戒心が伴う。公式説明をうのみにせず行間を読み、権力が一つの地位に集中すれば、組織はどれほど容易くねじ曲げられるかを学ぶ。多くの政治体制では、指導者は単なる「権力の顔」ではない。彼こそが、体制そのものなのである。

そうした世界観は、私がエジプトから欧州、そして米国へと移り、さらに85カ国以上を旅する中でも付きまとった。政治的権威をどう理解し、リスクや信頼性、意図をどう評価するか―その基準を形づくっていた。

しかし、機能する民主主義の内側に身を置かなければ、直感的には理解しにくい事実がある。それを理解するには、時間をかけ、現場に近い距離で経験することが必要だった。
米国では、指導者は強大な権力を持つが、主権者ではない。制度が必ず押し返すのである。

この違いは重要である。今日の米国では、外交政策が、まるでホワイトハウスを占める人物の性格や気質の延長にすぎないかのように語られがちだからだ。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

確かに、米国大統領は莫大な権限を持つ。軍を指揮し、外交を主導し、優先課題を定め、高官を任命し、世界に対する米国の姿勢の「トーン」を決める。大統領が発言すれば市場は反応し、各国政府は対応し、同盟関係は再調整を迫られる。その影響力は現実のものである。

米国の外交政策に関わるあらゆる重要な決定は、統治機構という巨大な仕組みに必ず直面する。議会は議論し、阻止する。裁判所は介入し、実行を遅らせる。官庁は政策を解釈し、ときに抵抗する。キャリア官僚(政権交代後も職にとどまる専門職の公務員)が、実施の在り方を形づくる。同盟国は、ワシントンのスローガンではなく、自国の利益に基づいて反応する。その結果、政策は往々にして、事前のレトリックよりも遅く、錯綜し、強く制約されたものとなる。

これは機能不全ではない。欠陥ではなく、制度が意図してそう設計されている。

権力が一つの地位に集中する政治体制を取材してきた私にとって、ワシントンを取材することは、権力の捉え方を根本から見直す作業だった。多くの国では、指導者が実行を望めば、それは即座に実現する。だが米国では、政策は交渉され、修正され、作り替えられ、時には実行に至る前に葬られる。

しばしば「政治ショー」と軽視されがちな議会は、実は外交政策において最も影響力のある主体の一つである。議会は予算を握り、制裁法を制定し、武器輸出を認可し、高官人事を承認し、行政を監視する。大統領の野心は、協力を拒む議員によってたびたび封じ込められる。これは政党間対立の問題ではなく、制度が内包する制約である。

The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.
The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.

もう一つ見落とされがちなのが、国家安全保障官僚機構だ。外交官、情報機関職員、国防関係者、行政官といったキャリア職員は、新大統領の就任とともに消えるわけではない。彼らは残り、説明資料を書き、選択肢を提示し、情報を解釈し、選挙のスローガンが消えた後も仕事を続ける。大統領が彼らに異を唱え、時に覆すことはできる。だが、何十年にもわたる制度的な思考を一夜にして消し去ることはできない。これが、選挙戦では急進的に見える外交方針が、実務では驚くほど一貫して見える理由の一つである。

司法もまた現実的な制約を加える。移民制限、非常権限、監視プログラム、制裁、大統領令(行政命令)―こうした措置は頻繁に裁判所に持ち込まれ、範囲を狭められ、実施を遅らされ、あるいは差し止められる。これはどちらの政党の大統領の下でも起きてきた。教科書上の理論ではない。現実にそう機能している。

加えて、同盟関係も制約として働く。NATO、G7、欧州連合、日本、韓国、情報共有の枠組み、地域的な連携枠組み――これらは米国の決定をただ受け取るだけの存在ではない。何が政治的・戦略的に持続可能かを形づくり、無謀な方針転換にはコストを課す。大統領が公然と同盟国を批判し、離脱をちらつかせることはできる。しかし、こうした関係の基盤は、その時々の政治よりもはるかに強靭であることが繰り返し示されてきた。

だからこそ、「米国の外交政策は特定の個人の偏見や世界観の反映にすぎない」という主張が出てきたとき、焦点は別にある。問題は、大統領が集会やインタビューで何を語ったかではない。制度が最終的に何を生み出したかだ。同盟は構造的に弱体化したのか、それとも言葉の揺れを超えて持続したのか。制裁は崩れたのか、維持されたのか。軍事的関与は消えたのか、それとも制度的惰性の中で続いたのか。敵対国は、言葉ではなく、具体的な政策によって戦略的利益を得たのか。

異なる政治文化の間で生きてきた私は、自然と比較する。私がよく知る多くの体制では、レトリックはすぐに現実になる。米国では、レトリックは制度と衝突する。この衝突は、大統領を苛立たせ、有権者を混乱させ、陰謀論を生むこともある。しかし同時に、それは権力集中に対する最も重要な安全装置の一つでもある。

ただし、居心地の悪い真実もある。制度は、外国勢力に乗っ取られなくても、その利益に奉仕してしまうことがある。**機能不全だけで十分なのだ。**分極化は結束を弱め、不信は制度を腐食させ、ちぐはぐな発信は同盟国を不安にさせる。政治的混乱は、敵対勢力にとっての機会を生む。ロシアや中国は、混乱の「作者」を支配する必要はない。その混乱が生む環境を利用すればよいのだ。

米国の外交政策は不完全で、ときに一貫性を欠き、強く政治化されている。だが、それは一人の人物の私的な記録ではない。制度、個性、法律、同盟、世論のせめぎ合いが生み出す結果である。

米国と国連を長年取材し、政府を間近で見つめ、異なる政治文化の間を行き来してきた経験を通じて、私は学んだ。この摩擦は弱さではない。権力集中に対する最後の防波堤の一つなのだ。

米国の外交政策を一人の人格に還元して語れると主張する人は、権力が実際にどう機能しているかを説明していない。彼らは、指導者が制度を支配する体制のモデルを、まさにそれを防ぐために設計された米国の制度に投影しているにすぎない。

そして皮肉なことに、その誤解こそが、権威主義体制が世界に信じ込ませたいことなのである。(原文へ

INPS Japan

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がんと闘うために自転車で走る

がん経験者と医療者がネパールを横断し、治療費支援の募金を呼びかけ

【カトマンズNepali Times=スディクシャ・トゥラダル】

ハルカ・ラマは2020年、膀胱がんと診断されたとき、「人生が終わってしまう。」と感じたという。治療は辛いもので、手術を2度受け、化学療法は計27回に及んだ。寛解したのは2022年である。一方でラマ自身は、治療費の工面に大きく苦しまずに済んだ。海外にいる人々を含む友人や支援者が、資金面で支えてくれたからだ。|英語版インドネシア語タイ語

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

しかし治療の過程で、経済的理由から入院や治療そのものを受けられない患者が少なくない現実も目の当たりにした。「私は友人に助けてもらえました。だが、入院して治療を受ける費用すら工面できない患者を大勢見ました。」とラマは言う。「何か行動しなければならないと思いました。」

熱心なサイクリストでもあるラマは2017年、高所マウンテンバイクレース「ヤク・アタック(Yak Attack)」に参加した際、救護担当として会場にいたドゥリケル病院(Dhulikhel Hospital)の整形外科医、ビカシュ・パラジュリと出会った。ラマががんと診断されたとき、パラジュリはドゥリケル病院で治療を受けるよう勧めたという。

治療を必要とする患者のために資金を集める方法を考える中で、ラマは「ヤク・アタック」に着想を得た。ネパールを自転車で横断しながら寄付を募るというアイデアである。ラマはドゥリケル病院と、サイクリストのグループ「サイクル・カルチャー・コミュニティ(Cycle Culture Community=CCC)」と協力し、ネパールの丘陵地帯を東から西へ走って募金を集める計画を立てた。

それから5年後の今月、東部パンチタル郡のチワバンジャン(Chiwabanjyang)から西部バイタディ郡のジュラガート(Jhulaghat)まで、サイクリストたちが募金ツアーを開始した。1月1日から27日まで、ネパールを横断する約1,800kmの行程である。

ラマとパラジュリに加え、カビタ・チトラカル、バイラジャ・マハルジャン、ケシャヴ・KCの5人が全行程を走破した。途中区間のみ参加した人も50人以上いたという。

先頭を走ったカビタ・チトラカルは、乳がんの治療中である。診断は4年前で、彼女はすでに母と姉(妹)を同じ病で亡くしていた。

Image credit: Adventist Review
Image credit: Adventist Review
自転車が救いに

「ふたりを失った直後に、今度は自分が病と闘うことになりました。ひとりで抱えるには二重の苦しさでした。」とチトラカルは語った。放射線治療を受けている最中、がんが肺に転移していることが分かり、医師から余命6か月と告げられたという。「抑うつ状態に陥りました。食事も取れず、眠れませんでした。」

そんな彼女を支えたのが、自転車だった。友人や家族が気持ちを保つためにサイクリングを勧め、甥が座りやすいよう座面を改造した自転車を用意してくれた。やがて、趣味として始めたサイクリングは、彼女の情熱へと変わっていった。

「山や森の中を走るうちにサイクリングが楽しくなり、心が軽くなっていきました。もう悲しみに沈まなくなりました。自転車は人生の見方を変えてくれた。」と、彼女はカトマンズで取材に語った。これまでに化学療法を8回受け、彼女の姿に励まされたという女性たちの声も届いているという。

「治療中、家族は私の支えでした。病に立ち向かい、人生を精一杯生きるよう背中を押してくれました。」とチトラカルは言う。「同じ状況にいる女性たちにも、勇気を届けたいのです。」

Location of Nepal
Location of Nepal

今回の旅で、チームは募金だけでなく啓発活動も行った。山道を上り下りしながら、11郡の14校を訪問し、がんに関する啓発プログラムを実施。地域の母親グループとも連携した。

同行した産婦人科医スーマン・ラージ・タムラカルは、「若い女性や少女に、乳がんと子宮頸がんのリスクを知ってもらい、検診やマンモグラフィー検査を受けるよう呼びかけました。旅の間に1,700人以上の少女や女性と対話しました。」と語った。

このツアーで集まった寄付は230万ルピーに達した。寄付金はドゥリケル病院に引き渡され、同病院は同額を上乗せして、治療費の支援を必要とする患者の費用に充てると約束している。

ラマは、「この旅を走り切れたこと自体が本当にうれしい。だが、それ以上に、目的のためにこれだけの資金を集められたことをうれしく思います。」と語った。

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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「午前零時まで残り85秒」―新START条約の失効危機にどう向き合うか

【米国INPS Japan/ Pressenza=ジョセフ・ガーソン】

「『ゲシュタポ・グレッグ』と呼ばれるグレゴリー・ボヴィーノ(=米国の移民・税関執行局(ICE)および国境警備分野で活動してきた高官級の治安当局者)をミネアポリスから外したのは、トランプ政権による看板の掛け替えにすぎない。憲法に基づく民主主義と移民に対する攻撃は、いまも各地のコミュニティで続いている。その一方で、気候危機から核兵器、貧困の拡大に至るまで、複数の危機は放置されたままだ。

ミネアポリス発の、恐ろしくも人を鼓舞する見出しや、ドナルド・トランプがイランとキューバに向けて再び放った脅しにかき消されがちだが、原子力科学者会報は、人類の存亡に関わる警告を改めて発した。終末時計は「真夜中まで残り85秒」―破滅までの距離としては史上最短である。

政府と私たちの断絶は、ICE(移民・関税執行局)や国境警備隊による殺害、残虐な強制送還だけに限られない。より危険なのは、軍備管理と核戦争回避をめぐっても、トランプとワシントンの多くの勢力の間に大きな隔たりがあることだ。

最近のYouGov世論調査によれば、
・米国の成人の72%が、米露の核兵器配備上限を維持すべきだと答えた。
・有権者の87%が、米国は配備上限の制限を尊重すべきだと答えた。
・81%が、新たな軍備管理交渉を支持すると答えた。

Image Credit: canberratimes.com.au
Image Credit: canberratimes.com.au

核軍備管理の起点は、ケネディ政権期、冷戦の最中に交渉されたマックロイ=ゾーリン合意にさかのぼる。同合意は、その後の軍備管理交渉——部分的核実験禁止条約、SALTⅠ・Ⅱ、NPT(核不拡散条約)、START諸条約—の基礎となった。もっとも、これは手放しで称えられる伝統ではない。交渉がしばしば、「次の軍拡競争がどの領域で進むか」をめぐる暗黙の了解を伴ったこともある。それでも今日まで、交渉を重ねる意義は小さくなかった。

いま、無制限の軍拡—ひいては人類の生存—に歯止めをかけてきた3つの柱が、危機にさらされている。
1)新START条約(New START)
2)包括的核実験禁止条約(CTBT)
3)そしてその結果として揺らぎかねない、軍備管理外交の「礎」とされる核不拡散条約(NPT)である。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

私たちは、2月5日に新START条約が期限を迎える現実に直面している。同条約はオバマ政権期に交渉され、米国とロシアの戦略核弾頭の配備数を、それぞれ1550発に制限してきた。

条文上、条約をそのまま「更新」すること(再締結)はできない。加えて新技術の進展もあり、この1年で後継条約を交渉する時間もなかった。だが、期限直前のいまでも、条約の核心的な上限制約を延長(extension)すること自体は禁じられているわけではない。

ロシアによるウクライナ侵攻が苛烈であることは否定しがたい。だが同時に、昨年9月、ウラジーミル・プーチンが条約の核心部分を延長する提案を行い、ドナルド・トランプも当時それを「良い考えだ」と述べていた点は見落とせない。その後、トランプ政権から目立った対応は示されていない。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

障害はトランプだけではない。下院外交委員会の委員長であるブライアン・マストや、同委員会の欧州小委員会委員長のキース・セルら共和党議員は、「新START条約はもはやロシアとの有意義な核軍備管理を前進させず、国際的核軍縮という、より広い目標にも寄与しない」と主張している。

核政策コミュニティの一部には、中国が戦略核を約600発規模へ増やし、核戦力の均衡(parity)に向かっているとの見立てがある。米国国内では、中国とロシアを同時に抑止・対処するには核戦力を拡大すべきだという圧力が強まっている。トランプ政権の行動指針のように扱われてきたヘリテージ財団の「プロジェクト2025」は、米国の核戦力を大幅に増強し、ロシアと中国の規模に「匹敵し、圧倒」するよう求めた。こうした増強は、歯止めのない危険な核軍拡競争を加速させかねない。

また、Arms Control Associationによれば、議会の有力筋の一部には、ドナルド・トランプが掲げる「ゴールデン・ドーム」ミサイル防衛構想が、軍備管理に代わる手段になり得るとの見方があるという。同構想は実効性に乏しい一方で、軍産複合体を潤す巨額の大型事業となり、米国の財政を危機に追い込みかねない。

比較的近い将来、米国が、続いてロシアが、既存ミサイルに搭載する弾頭数を増やす「弾頭の上積み(uploading)」によって、配備弾頭数を増やす可能性がある。ただし、いずれも直ちに実行できるわけではない。

A nuclear test is carried out on an island in French Polynesia in 1971. Credit: CTBTO
A nuclear test is carried out on an island in French Polynesia in 1971. Credit: CTBTO

新START条約の上限制約を延長しない危険に匹敵するのが、核実験再開を示唆するトランプの脅しである。包括的核実験禁止条約は、あらゆる核爆発実験を禁止する条約で、ビル・クリントン政権期に交渉された。だが米国では、批准に必要な上院67票を確保できず、批准国には含まれていない。中国も同様に批准していない。

しかし、北朝鮮を例外として、米国を含む世界の国々は、実際には核実験の停止を守ってきた。ところが11月、ロシアが核弾頭ではなく「原子力推進ミサイル」を試験したという報道と混同した可能性が指摘されるなか、ドナルド・トランプは「他国のように核兵器を実験する」と表明し、問われるとその発言をさらに強めた。

現実には、ネバダ核実験場には、核実験再開に必要な設備や体制が整っていない。準備には最大で3年を要し得る。それでも、威嚇を狙って、トランプが核弾頭の爆発を命じる可能性も否定できない。

Credit: United Nations
Credit: United Nations

こうした発言が、4月のNPT再検討会議までに撤回されるか、少なくとも趣旨が明確にされなければ、3つ目の極めて重要な条約—NPT—はいっそう損なわれる。そうなれば、スウェーデンやポーランドから韓国、日本に至るまで、米国の「拡大抑止(extended deterrence)」の核の傘が揺らぐことを懸念する国々で、核武装を検討する圧力が強まりかねない。

核実験に実際に踏み込むのかどうかは、トランプが国防予算案で何を提案するかを見極める必要がある。

新STARTの制限放棄核実験再開の可能性は、NPTのほころびを加速させる。NPTは、最大で50か国が核兵器を開発し得ると恐れられていた時代に、1972年に発効した。同条約は3本の柱に支えられている。
1)非核兵器国が核兵器国になることを放棄すること
2)しかし同時に、平和目的の原子力利用の権利を持つこと(条約の欠陥でもある)
3)そして、当初の核兵器国が、第6条で核兵器の完全廃絶に向けた誠実交渉を行うと誓約すること

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

だがP5(米国、英国、ロシア、フランス、中国)は、約束の履行や、過去のNPT再検討会議での合意(特に2010年に合意された13項目)の実施に消極的だった。その姿勢が非核兵器国多数派の反発を招き、対抗する枠組みとして核兵器禁止条約(TPNW)の交渉へとつながった。

NPTへの尊重と信頼は、深刻な水準まで低下している。直近2回の再検討会議はいずれも「失敗」と受け止められてきた。俗に言う「三振でアウト」の論理になぞらえれば、4月から5月にかけて開かれる次回NPT再検討会議も失敗に終わる可能性が高く、その場合、一部の国が条約から徐々に離脱し、独自の核戦力の開発に踏み出す事態が現実味を帯びる。トランプが同盟国への関与姿勢を不透明にしていることも、そうした動きを後押ししかねない。

こうした状況を受けて、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)による「行動を」との呼びかけが重なり、新STARTの上限制約を延長する必要性、さらにはそれを超えた取り組みに踏み出す重要性はいっそう高まっている。今後数日以内に参加できる行動として、次のような取り組みが挙げられる。

Joseph Gerson
Joseph Gerson
  • Back from the Brinkによる1月29日の「議会への一斉電話行動」
  • Arms Control Association、Friends Committee on National Legislation、Win Without War、Nuclear Threat Initiative(NTI)などの臨時連合を支え、議会に対して新STARTの延長を強く求めること(共和党議員も含める必要がある)。その際、トランプがかつて核軍縮や配備上限の尊重を口にしながら、新START延長には何もしないという矛盾を突くべきである。
  • もし新STARTの制限を失うなら、新条約の交渉開始を要求する段階に入る。

最後に強調しておきたい。核の危険を減らすには、トランプを退陣させる必要がある。ピュリツァー賞記者のシーモア・ハーシュは、ウォーターゲート事件で弾劾に直面したリチャード・ニクソンの「狂気と泥酔に支配された末期」と、現在の状況を重ね合わせた。孤立を深め、追い詰められ、歯止めを失いつつある「核の君主」が、破滅へと向かう過程で私たち全員を巻き込まないようにしなければならない。(原文へ

ジョセフ・ガーソン博士は、「平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン(Campaign for Peace, Disarmament and Common Security)」代表であり、「国際平和ビューロー(International Peace Bureau)」共同代表でもある。著書に『With Hiroshima Eyes: Atomic War, Nuclear Extortion and Moral Imagination』『Empire and the Bomb: How the U.S. Uses Nuclear Weapons to Dominate the World』などがある。

INPS Japan

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核軍縮の議論を止めてはならない

ウクライナ、戦禍で妊産婦死亡が急増


【ブラチスラバIPS=エド・ホルト

「妊婦の命が危険にさらされる緊急帝王切開だった。明かりは懐中電灯だけで、水もない。爆発音が途切れない中で手術をした。」こう語るのは、ウクライナ東部ハルキウ州立臨床病院の産科部長、オレクサンドル・ジェレズニャコフ医師である。|英語版ロシア語

Image source: Los Angeles Times
Image source: Los Angeles Times

同医師は、ロシアによる全面侵攻開始以来、自身が関わった医療行為の中でも「最も困難なものの一つ」だったと振り返る。だが、ロシア軍の砲撃にさらされる前線の都市で、極限状況下の医療に携わったのは一度にとどまらない。むしろ彼と同僚にとって、そうした現場は日常になりつつあるという。

「前線の都市にいる以上、これがいまの現実だ。警報は鳴りやまず、爆発音もほぼ毎日のように聞こえる。だから私たちは、ほとんど毎日こうして働いている」と、同医師はIPSの取材に語った。「命を救うため、未来を救うために、やるべきことをやるだけだ。そういう瞬間に考えるのは、命を救うことだけである。命は常に勝たねばならない。だから私たちは、この条件の下でも働くのだ。」

ジェレズニャコフ医師の勤務先も、ウクライナ各地の多くの医療施設と同様、戦争開始以来、繰り返し攻撃を受けて損傷してきた。世界保健機関(WHO)は、2022年2月24日の全面侵攻開始以降、医療への攻撃を記録・検証しており、その件数は公表時点によって数千件規模に上る。

この中には母子保健施設への攻撃も含まれる。影響は深刻で、最近公表されたデータは、妊産婦の健康に重大な悪影響が及んでいることを示した。

Staff look at the beginnings of construction of a bunkerised facility at Kharkiv City Multifunctional Hospital No. 25. Credit: UNFPA/Ukraine
Staff look at the beginnings of construction of a bunkerised facility at Kharkiv City Multifunctional Hospital No. 25. Credit: UNFPA/Ukraine

国連人口基金(UNFPA)が2025年12月10日に公表した分析によれば、紛争の長期化に伴い、ウクライナでは妊娠中または出産時に死亡するリスクが急増している。病院への反復的な攻撃と基礎サービスの崩壊により、女性はより危険な条件での出産を余儀なくされている。医療従事者は、暴力、慢性的ストレス、避難・移動、産科医療の広範な混乱が重なり、妊娠合併症の増加と、防ぎ得た死の増加を招いていると警告する。

同機関が国家統計を分析したところ、妊産婦死亡率は2023年から2024年にかけて約37%増加した。全国データがそろっている最新年は2024年である。妊産婦死亡率は出生10万件当たり、2023年の18・9人から2024年には25・9人へ上昇した。UNFPAは、その大半が予防可能な死亡であり、医療体制が極限の負荷の下でかろうじて機能している現実を映し出していると指摘する。

重篤な妊娠・出産関連合併症も増えている。最も危険な産科救急の一つである子宮破裂は44%増加した。妊娠高血圧症候群は12%超増え、重度の産後出血も約9%増加した(いずれも2023年から2024年)。受診までの遅れ、ストレス、避難、紹介ルートの寸断などが主な要因とされる。

Photo: Two newborn babies being cared for at a makeshift maternity clinic in Ukraine. Credit: UNICEF/2022/Ratushniak
Photo: Two newborn babies being cared for at a makeshift maternity clinic in Ukraine. Credit: UNICEF/2022/Ratushniak

前線地域の状況はとりわけ深刻である。UNFPAによれば、ヘルソンでは早産が全国平均のほぼ2倍に達し、死産率も国内最高水準にある。背景にはストレス、不安定な治安、医療へのアクセス困難があり、これらが早産や前期破水を引き起こし得るとしている。

医療体制への負荷を示すもう一つの指標が帝王切開率である。全国では28%を超え、WHOが示す推奨範囲(10~15%)をすでに上回る。前線地域では欧州でも高水準にあり、ヘルソンは46%、オデーサ、ザポリージャ、ハルキウは各32%に達する。UNFPA関係者によれば、これらの高率は、比較的安全な短い時間帯に合わせて分娩を計画せざるを得ない現実を反映している。同時に、外科的介入を要する妊娠合併症の増加を示す場合もある。

UNFPAウクライナ事務所の広報部長、アイザック・ハースキン氏はIPSの取材に対して、こう語った。「医療、とりわけ産科・新生児施設への攻撃は、妊産婦の健康に明確で深刻な結果をもたらしている。ウクライナは、妊婦、新生児、そして彼らを支える医療従事者のリスクを鋭く高める条件の下で、また一つ冬を迎えることになる。」

12月初旬には、UNFPAが支援するヘルソンの産科病院が砲撃を受けた。攻撃の最中、病院スタッフは分娩中の女性と新生児を、防護された地下の産科病棟へ移した。これは、激しい戦闘下で母子を守るため、政府がUNFPAなどの支援を得て整備してきた施設の一つである。

Photo: A woman holds her new born baby in a makeshift ward at a perinatal centre in Kyiv, Ukraine. © UNICEF/Oleksandr Ratushniak
Photo: A woman holds her new born baby in a makeshift ward at a perinatal centre in Kyiv, Ukraine. © UNICEF/Oleksandr Ratushniak

攻撃で全員が生存し、砲撃の最中に地下で女児が誕生した。だがハースキン氏は、これを「妊娠と出産がいま、どのような条件で行われているかを示す痛烈な例である。どの女性も、どの医療従事者も、本来直面すべきではない条件だ。」と語った。

ウクライナの戦争がもたらす破壊は、妊産婦医療にとどまらず、より広い生殖医療にも影響を及ぼしている。IPSは、ウクライナの女性たちから、妊産婦医療へ安全にアクセスできるか不安であることに加え、乳児を育てる環境への懸念から妊娠を避けている、という声を聞いた。

米国の人権団体「フィジシャンズ・フォー・ヒューマン・ライツ(PHR)」で国際アドボカシーを担当し、ウクライナ・プログラム調整官を務めるウリヤナ・ポルタヴェツ氏はIPSの取材に対して、「紛争の影響を受ける地域の女性には固有のリプロダクティブ・ニーズがある。しかし、産科病院が繰り返し爆撃され、エネルギー基盤が標的となって病院機能が制限され、妊婦が設備の整わない避難用シェルターに追い込まれる状況では、それに応えるのは非常に難しい。妊娠を考える女性は、病院が安全か、医療サービスにアクセスできるか、そして出産後、電気・暖房・水のない環境で子どもの世話ができるか―そうした要因を踏まえて判断せざるを得ない。」と語った。

ジェレズニャコフ医師も「こうした傾向は観察されている。」と付け加えた。「女性は、砲撃下での出産で自分と胎児の命を恐れるだけではない。住まいの安全、仕事、子育てに必要な日常の条件が失われた、不確かな将来も恐れている。理不尽な戦時下では、それは合理的な恐怖である。出生率が急落している理由の一つだ。」

Image source: Sky News
Image source: Sky News

一方で、戦争の影響は、女性が妊娠しにくくなる形でも現れているという。「慢性的ストレスや不安、睡眠障害は、コルチゾールの上昇を通じてホルモンバランスを崩し、生殖機能に直接影響する。持続的なストレスは、視床下部―下垂体―卵巣系の機能不全などホルモン異常を引き起こし得る。結果として、二次性不妊や早発卵巣不全、子宮内膜症の増加につながる。若年女性で、更年期様の状態が増えていることもすでに見られる。」と同医師は語った。

こうした「妊娠しにくさ」と妊産婦の健康への脅威は、ウクライナが人口危機に直面するさなかに進んでいる。UNFPAによれば、ロシアがクリミアを違法に併合し、ウクライナ東部の分離主義武装勢力への支援を強めた2014年以降、ウクライナは避難・移動、死亡、国外流出などを通じて推計1000万人の人口を失った。出生率も落ち込み、女性1人が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)は1人未満と、世界でも最低水準の一つになっている。

UNFPAは、妊産婦死亡の増加、合併症の増加、出産の安全性をめぐる広範な不安が悪循環となり、家族や地域社会、国家の復興に長期的な影響を及ぼし得ると警告する。

「これは人道危機であるだけでなく、敵対行為が終わった後もはるかに長く尾を引く人口危機でもある。妊産婦の健康を守ることは、ウクライナの長期的な復興と将来の安定に欠かせない。」とハースキン氏は語った。

実際、医療施設が広範に破壊された近年の他の紛争では、戦争が終わった後も長く、妊産婦医療や生殖医療への影響が続くことが示されている。損壊した施設の再建が進みにくいことに加え、避難・移動の継続や医療人材の不足が、女性が必要なサービスにアクセスする上での障壁となる。

Map of Syria
Map of Syria

「たとえばシリアを例に挙げたい。医療システムの再建は進み、施設の復旧もあって状況は改善している。だが、戦前の水準に戻るには数十年を要する。そして妊産婦医療は、紛争中も紛争後も優先順位が下がりやすい。資源は救急や外傷医療に向かいがちだ。シリアの女性は、今後も長い年月にわたり妊産婦医療へのアクセスに苦しむだろう。」国際人権団体に所属し、戦地医療に詳しい専門家は、安全上の理由から匿名を条件に、IPSに対してこう語った。

ジェレズニャコフ医師は、ウクライナの人口危機がさらに悪化することは避けられないと認める。「見通しとしては、さらに悪くなる。妊産婦医療システムの破壊は、戦争がすでに生み出している問題―女性と子どもの国外流出、命の損失、経済不安、心理的圧力―を一段と深刻化させる。」と語った。

ただし、いまからでも母子医療を改善する手だてはあるという。具体的には、プライマリ・ケアの強化、医療情報のデジタル化(電子カルテを含む医療情報システム)の改善、予防への投資、メンタルヘルス支援、医療提供体制の環境整備、法規制の整備、生殖医療に関する啓発を通じた死亡と障害の低減などが挙げられる。

また、比較的安全な地域に、国際パートナー(UNFPAやWHOなど)の支援を受けた「医療ハブ」を設け、サービス提供を確保する形で国際協力を発展させることも有効だとする。

「敵対行為が続く中であっても、私たちはシステムを適応させるために働くことができるし、そうしなければならない。」と同医師は語った。

そして同医師は、何が起ころうとも医療スタッフは仕事を止めないと誓った。砲弾が降り注ぐ中、懐中電灯の明かりだけを頼りに行った緊急帝王切開を思い起こしながら、「このような条件の下で子どもが生まれることは、いつも奇跡だ。それは、あらゆる困難を超えて働き続ける強い動機になる。」と語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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新START失効、米ロ核戦力に半世紀ぶり『上限なき時代』到来

米国とロシアの核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(New START)」が2月5日をもって失効し、歴史的な時代が幕を閉じた。その一方で、今後の行方をめぐる憶測が広がっている。

【国連IPS=タリフ・ディーン

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「2月5日は国際平和と安全保障にとって重大な節目だった」と述べた。事務総長はさらに、半世紀以上ぶりに、「世界の核兵器の圧倒的多数を保有するロシアと米国の戦略核戦力に、法的拘束力のある上限が存在しない世界に直面している」と指摘した。|英文版イタリア語

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

一方、米国のドナルド・トランプ大統領は先月、条約失効についてニューヨーク・タイムズ紙に対し、「失効するなら、それまでのことだ」と皮肉を込めて語り、同条約を「ひどい交渉の産物だ」と非難した。

トランプ大統領はさらに、「もっと良い合意をする」と述べ、世界で最も急速に核戦力を拡大している国の一つである中国に加え、「他の国々」も将来の条約に加えるべきだと主張した。しかし同紙によれば、中国側は「関心がないことを明確にしている」という。

現在、核兵器国は9か国で、米国、英国、ロシア、フランス、中国(いずれも安保理常任理事国)のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が含まれる。

これら9カ国が保有する核弾頭は推計で約1万2100~1万2500発。ロシアと米国で全体の約9割を占める一方、9カ国すべてが核戦力の近代化を進めている。

Jonathan Granoff, President, Global Security Institute
Jonathan Granoff, President, Global Security Institute

グローバル・セキュリティ・インスティテュート(Global Security Institute)代表のジョナサン・グラノフ氏はIPSの取材に対し、START条約は公式・非公式を問わず、少なくとも1年間は延長すべきだと述べた。
では、それは米政権が望む、中国を含む新条約を得るのと同程度に望ましいのか。答えは「ノー」だ。さらに、核兵器の普遍的廃絶に向けた交渉を求めた国際司法裁判所(ICJ)の全会一致の判断に従うこと、あるいは核拡散防止条約(NPT)第6条に体現された核軍縮の約束を履行することと比べても、同様に「ノー」である。

それでもグラノフ氏は、何もしないという選択は、「いま容易に取れる、脅威を減らすための控えめな措置」を、より良い道があるという理由だけで取らない、と主張していることに等しいと論じた。控えめでも前向きな一歩は、他の望ましい形で前進することの妨げにはならない。

新STARTを完全に失効させることは、米ロ両国が合理的な抑制を欠いたまま、先制使用も可能な数千発規模の核兵器を保持し続ける姿勢を世界に示すことになる――すなわち、人類を絶滅の危険にさらす力を管理できない主体として、自らの外交的無力さを露呈するに等しい、とグラノフ氏は警告した。条約延長が不可能だとする主張も説得力を欠く、と指摘する。

グラノフ氏によれば、米国側の第一の論拠は、「中国を抑制の枠組みに加えるには新たな条約が必要だ」という点にある。しかし、交渉を進める間、両国大統領の合意や大統領令などにより条約を1年間延長するという暫定措置は、中国を含む新条約の締結を妨げるものではない、と語った。

さらにグラノフ氏は、軍拡競争を正当化する議論は、「より精度が高く、実戦使用を想定した、より強力な核兵器」を増やすことの危険性を十分に考慮していないと指摘した。

グテーレス事務総長は、数十年にわたる成果の解体は、これ以上ないほど悪いタイミングで起きたとし、核兵器が使用されるリスクは「数十年で最も高い」と強調した。また事務総長は、「不確実性が広がるこの時代であっても、私たちは希望を見いださなければならない。これは、急速に変化する安全保障環境に適合した軍備管理体制を再構築する機会でもある。」と語った。

また、米ロ両大統領が核軍拡競争のもたらす不安定化と、それを防ぐ必要性を認識していると表明している点について「歓迎する」と語った。

United Nations Secretary-General António Guterres addresses the high-level pledging event on the Central Emergency Response Fund (CERF) 2026. Credit: UN Photo/Mark Garten
United Nations Secretary-General António Guterres addresses the high-level pledging event on the Central Emergency Response Fund (CERF) 2026. Credit: UN Photo/Mark Garten

さらにグテーレス事務総長は、「世界はいま、ロシア連邦と米国が言葉を行動に移すことを注視している。私は両国に対し、遅滞なく交渉の席に戻り、検証可能な上限を回復し、リスクを低減させ、共通の安全保障を強化する後継枠組みに合意するよう強く求める。」と語った。

事務総長はその上で、「不確実性が広がるこの時代であっても、私たちは希望を見いださなければならない。これは、急速に変化する安全保障環境に適合した軍備管理体制を再構築する機会でもある」と述べた。

また、米ロ両大統領が核軍拡競争のもたらす不安定化と、それを防ぐ必要性を認識していると表明している点について「歓迎する」と語った。

さらに事務総長は、「世界はいま、ロシア連邦と米国が言葉を行動に移すことを注視している。私は両国に対し、遅滞なく交渉の席に戻り、検証可能な上限を回復し、リスクを低減させ、共通の安全保障を強化する後継枠組みに合意するよう強く求める」と述べた。

Bulletin President and CEO Alexandra Bell moves the minute hand on the Doomsday Clock. (Image by Jamie Christiani)
Bulletin President and CEO Alexandra Bell moves the minute hand on the Doomsday Clock. (Image by Jamie Christiani)

こうした懸念があったからこそ、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)は2026年1月27日、「終末時計(Doomsday Clock)」を「真夜中まで残り85秒」に再設定した、という。

PNND共同代表のマーキー上院議員は昨年、米上院に対し、ポストSTARTの新たな合意をロシアおよび中国と交渉するよう政府に促す法案の草案を提出した。複数の上院議員が支持し、下院にも対応法案がある。しかし、トランプ政権には届いていないようだ、とPNNDは述べている。

さらにグラノフ氏はIPSに対し、科学的データは、米ロ間の全面核戦争が人類を絶滅させ得ることを明確に示していると語った。加えて、世界の核戦力の「2%にも満たない」規模の限定的な核兵器の応酬であっても、約500万トンのすすが成層圏に放出され、数十億人が死亡し、現代文明が壊滅的打撃を受ける可能性があるという。

「現実主義(リアリズム)に立てば、抑止のために、敵対国の核戦力を“複製”する必要はない」と同氏は言う。「現実主義はまた、中国が現在の約600発を持つことと、米ロ並みに配備核を1400発超へ増やすこと、あるいは前回の軍拡競争の頂点で米ロがそれぞれ3万発を保有していたことの間に、意味のある差はほとんどないことも示している」という。

「グラノフ氏は「世界の核戦力のごく一部が使われるだけでも、地球規模の破局は避けられない。正気の人間なら、誰にとっても受け入れがたい結末であることは明らかだ」と述べた。

さらに同氏は、相互確証破壊(MAD:Mutually Assured Destruction)から「自己確証破壊(SAD:Self-Assured Destruction)」へ移行したと表現できると指摘する。核保有9カ国のいずれかが数百発規模の核兵器を使用すれば、使用国自身も壊滅的被害を免れないためだ。すなわち、MADは今日、SADという新たな現実を示しているという。

Titan II ICBM - decommissioned nuclear missile - at the Titan Missile Museum, Green Valley, Sahuarita, Arizona. Credit: Stephen Cobb/Unsplash
Titan II ICBM – decommissioned nuclear missile – at the Titan Missile Museum, Green Valley, Sahuarita, Arizona. Credit: Stephen Cobb/Unsplash

一方、米国務省のウェブサイトには、次のような説明が掲載されている。

条約の構造(Treaty Structure):正式名称は「戦略攻撃兵器のさらなる削減及び制限のための措置に関する米国とロシア連邦との条約」。通称「新START条約(新戦略兵器削減条約)」。同条約は、ロシアの配備済み大陸間射程核兵器のすべてに検証可能な上限を課すことで、米国の国家安全保障を強化する。米国とロシア連邦は、条約を2026年2月4日まで延長することに合意していた。

戦略攻撃兵器の上限(Strategic Offensive Limits):新START条約は2011年2月5日に発効。両国は7年以内(2018年2月5日まで)に中核的な上限を満たし、その後、条約が有効である限り、その上限を維持する義務を負う。

総量上限(Aggregate Limits):米国とロシア連邦はいずれも2018年2月5日までに中核上限を達成し、その後も上限以下を維持してきた。上限は以下のとおり。

  • 配備済みICBM(大陸間弾道ミサイル)、配備済みSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)、および核兵器搭載可能な配備済み重爆撃機:700
  • 配備済みICBM、配備済みSLBM、核兵器搭載可能な配備済み重爆撃機に搭載された核弾頭:1,550(重爆撃機は1機を1弾頭として数える)
  • 配備・非配備を含むICBM発射装置、SLBM発射装置、核兵器搭載可能な重爆撃機:800

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. 

SDG

INPS Japan

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トランプ政権特使、米国の強力な保証支持を表明 英仏は部隊派遣を確約

【パリLondon Postチーム】

英国とフランスの軍は、ロシアとの停戦と和平合意が成立した場合、ウクライナ領内に部隊を展開する見通しとなった。英首相官邸(ダウニング街)は、パリで行われた高官級協議後、両国が**「和平合意が成立した場合の展開に関する意思表明(Declaration of Intent)」**に署名したと発表した。

英首相官邸によると、英キア・スターマー首相は、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と並んで記者会見し、和平合意が成立した後、ウクライナ各地に「軍事ハブ(拠点)」を設ける計画を明らかにした。署名した意思表明は、英仏両軍がウクライナで活動し、同国の領空や海域の安全確保、ウクライナ軍の再建支援に当たるための法的枠組み整備に道を開くとしている。

英首相官邸の声明は、「停戦後、英国とフランスは、部隊展開を円滑にするためウクライナ各地に『軍事ハブ』を設置し、兵器や装備のための防護施設を建設して、ウクライナの防衛能力を強化する」と説明した。意思表明には、将来の侵略を抑止する多国籍部隊の構想も盛り込まれたほか、英国が米国主導の停戦監視・検証メカニズムに参加することも含まれている。

スターマー氏は、和平の実現にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領が妥協に応じる意思を示す必要があると強調し、現時点でプーチン氏は交渉に前向きな姿勢を示していないとの認識を示した。その上で「追加制裁として、戦争資金源となっている石油タンカーや、いわゆる影の船団(シャドー・フリート)の運航事業者に対する制裁なども含め、ロシアへの圧力を維持する」と語った。

マクロン氏は、この合意が「強力な安全保障上の保証」を与えるものだと説明。ゼレンスキー氏は、恒久的な和平に向けた具体的な一歩だと評価した。

米国の関与も注目された。ドナルド・トランプ大統領の特使スティーブ・ウィトコフ氏と助言者ジャレッド・クシュナー氏が会合に同席した。ウィトコフ氏は、トランプ氏が安全保障上の保証を「強く支持している」と述べ、これらは「追加攻撃を抑止し、必要なら防衛するために設計されている。これほど強力なものは、誰も見たことがないほどだ」と語った。

クシュナー氏は、これらの手続きが「力による平和」を促進し、再び紛争が起きる可能性を低くすると述べ、意思表明を包括的な和平合意に向けた「大きな節目」だと位置づけた。

今回の発表は、ロシアによるウクライナへの攻撃が続く中で行われた。関係国で構成する「有志連合(Coalition of the Willing)」による外交努力の緊急性が改めて浮き彫りになっている。

INPS Japan/ London Post

Original URL: https://londonpost.news/trump-envoys-endorse-strong-us-guarantees-as-uk-france-commit-troops/

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干ばつが奪う子ども時代―北部ケニアの気候ショックがSDGsを試す

【ケニア・マンデラIPS=ロバート・キベット】

夜明け前の毎朝、10歳のアミナ・アダンは学校ではなく、マンデラ県ラフム郊外の干上がりつつある水場(ウォーターパン)へ向かう。クラスメートがノートを開くころ、アミナは体の半分ほどもある黄色い水用ポリタンクを運んでいる。|英語版韓国語

母親のファトゥマ・アダンは語る。いまの選択は「教育か家事か」ではない。「水か、生き延びるか。」だ。

「水がなければ食べ物もない。学校にも行けない。子どもが手伝わなければ、その日を乗り切れない。」

アミナの姿は、ケニアの乾燥・半乾燥地域(ASAL地域)に広がる危機の縮図である。長期化する干ばつが、貧困削減、食料安全保障、保健、教育―持続可能な開発目標(SDGs)の中核をなす成果を後退させている。

干ばつが制度の限界を超えて押し広げる

ケニア国家干ばつ管理局(NDMA)によれば、マンデラは依然として「危機段階(alarm phase)」にある。降雨不足が繰り返され、2025年10~12月の短雨期(ショートレイン)の降水量は長期平均の30~60%にとどまった。水場は干上がり、牧草地は荒廃し、牧畜に依存する世帯は食料と収入の柱を急速に失いつつある。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

食料・栄養安全保障に関する全国評価では、乾燥・半乾燥地域(ASAL)各県で215万人以上が緊急の人道支援を必要としており、6~59か月児の80万人超が急性栄養不良の治療を要するとされる。マンデラの保健当局は、家計の食料備蓄が尽き、家畜の乳生産も落ち込むなか、外来治療プログラム(OTP)への受診者が増えていると報告する。

危機はケニアにとどまらない。アフリカの角地域全体で、国連は、ケニア、ソマリア、エチオピアの約2400万人が、長年続く干ばつと気候ショックの結果、深刻な水不足に直面していると推計する。ユニセフは、干ばつに伴う避難によって域内の子ども270万人がすでに学校に通えなくなっており、状況が続けばさらに400万人が影響を受ける恐れがあると警告する。

「こうした気候ショックは、もはや一度きりの緊急事態ではない」とマンデラ県の教育担当者は語る。「慢性的な問題となり、子どもが成長し、学び、健やかに生きられるかどうかを左右している」。

教育が途切れ、未来が先延ばしにされる

マンデラ北部では、学校が危機の最前線に立たされている。教員たちは、教室の児童が減っていく様子を語る。牧草と水を求めて家族が移動し、子どもも連れていくためだ。移動しない世帯の子どもも、空腹と疲労のなかで集中できない。

SDGs Goal No. 4
SDGs Goal No. 4

マンデラ県の教育当局者アブディカディル・アダン・アリオによれば、干ばつの影響が強い学校では出席率が急落している。とりわけ女児が不利になる。水汲みや家事の負担が、まず女児にのしかかるからである。

開発の専門家は、影響は短期の学習遅れにとどまらないとみる。教育の中断は人的資本を弱め、長期的な経済生産性を損ない、将来の気候ショックへの適応力も低下させる。これはSDG4(質の高い教育)とSDG1(貧困をなくそう)への直接的な後退である。

「年々、子どもが学校を欠席するようになれば、被害は世代を超えて固定化する」と、北部ケニアで活動する人道教育の専門家アリ・アブディ博士は警鐘を鳴らす。

保健と栄養にかかる負荷

保健医療関係者は、干ばつが子どもを中心に、飢えと病気が重なって重篤化する危険な循環を加速させていると指摘する。水不足が深まるほど衛生状態は悪化し、下痢性疾患のリスクが高まる。栄養不良の子どもは感染症でいっそう体力を奪われやすい。

マンデラの遠隔地では、移動診療所が運営され、医療チームが栄養不良のスクリーニングを行い、治療食を配布し、重症例は安定化治療施設(センター)へ紹介している。多くは県政府と人道支援機関の連携によるものだ。

「早期発見は命を救っている」と、巡回プログラムに関わる栄養担当者は語る。「しかし患者数は増え続け、家族が支援にたどり着くまでの移動距離も長くなっている」。

生存戦略の破綻が招く保護リスク

干ばつで生計が崩れると、家庭は有害な対処手段に追い込まれる。人道支援機関は、児童労働や早婚、ジェンダーに基づく暴力(GBV)のリスクが高まっていると報告する。とりわけ社会的セーフティネットが弱い遠隔地の集落で影響が深刻だ。

女児は特に影響を受けやすい。資源が乏しくなると、まず教育が犠牲になることが多い。

「干ばつは、食べ物や水だけを奪うのではない。」とマンデラの地域リーダーは語る。「子どもから安全と尊厳をも奪っていく。」

効果が出ていること―子ども中心の統合的解決策
SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

危機の規模は大きい。だが、マンデラ県を含むASAL(乾燥・半乾燥)各県では、統合的な支援が、子どもに及ぶ最悪の影響を和らげ、SDGsの後退を防ぎ得ることを示す報告もある。

こうした圧力は、SDG3(すべての人に健康と福祉を)とSDG2(飢餓をゼロに)を脅かす。両分野は、気候の極端化が強まる以前には、緩やかながら改善が見られていた。

県政府とユニセフ、セーブ・ザ・チルドレンなどが支える移動式の保健・栄養クリニックは、遊牧や避難によって固定の医療制度から外れがちな家族にも届いている。栄養スクリーニング、予防接種、母子保健を一体で提供し、固定施設までの長距離移動を減らす。

ワールド・ビジョンなどの支援を受けて政府機関が実施する現金給付は、世帯が切迫した優先順位に応じて、食料や水、医療に支出できるようにする。研究では、現金支援が有害な対処行動を抑えるうえで有効で、危機のさなかでも子どもを学校にとどめる助けになり得ることが示されている。

SDGs Goal No. 6
SDGs Goal No. 6

また、給水車などによる水の搬送・配給、ボーリング井戸の修復、干ばつに強い水インフラへの投資は、深刻地域でのアクセスを安定させている。費用はかさむが、専門家は、SDG6(安全な水とトイレを世界中に)を守り、人道危機の反復を防ぐうえで不可欠だと指摘する。

住民主体の取り組みも成果を上げている。訓練を受けたボランティアが家庭単位で栄養スクリーニングを行い、リスクのある子どもを早期に把握して、状況が悪化する前に支援へつなげている。

「介入は組み合わせてこそ最も機能する」と、人道プログラムの担当者は言う。「保健だけでは足りない。水、食料、所得、保護が一体で動かなければならない」。

規模拡大と持続可能性という課題

こうしたプログラムは命を救っているが、欠落もある。資金サイクルは短く、対応は予防よりも後追いになりがちだ。地方当局は、干ばつに強い生計――干ばつ耐性作物の導入、家畜保険、代替収入源など――を拡大することが、悪循環を断つ鍵だと訴える。

開発アナリストは、持続的投資がなければ、干ばつは複数のSDGsにわたる成果を侵食し続け、長期的にはより高コストな緊急対応を繰り返すだけになると警告する。

「問題は、干ばつが戻ってくるかどうかではない」と、政府間開発機構(IGAD)の気候専門家ユーニス・コエチは語る。「戻ってきたとき、子どもを守るために制度が十分に強いかどうかである」。

分岐点に立つ子ども時代

ラフムに戻ると、ファトゥマ・アダンは、状況が改善すれば娘が通学を再開できることを願っている。だが、いまは生き延びることが優先だ。

「アミナには学んでほしい」と彼女は言う。「でもまず、生きなければならない」。

アフリカの角で気候ショックが強まるなか、影響は計り知れない。調整された長期的な対応がなければ、干ばつは水や食料だけでなく、子ども時代そのものを奪い続け、SDGsに向けた国際社会の取り組みを後退させかねない。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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気候変動、害虫、汚染がインド全土の作物損失を加速

【ニューデリー/SciDev.Net=ランジット・デブラジ】

昨年、ケララ州の稲の収穫期を、季節外れの雨が直撃した。雨天では収穫機が動かない。ところが、収穫した籾(もみ)を一時的に保管したり、水分を飛ばして乾燥させたりする施設が十分にない地域では、刈り取った米も稲わらも、露天に置けば短期間で傷む。結果として、食べる米だけでなく、家畜の飼料になる稲わらまで失われたという。地元の非営利団体タナール・トラストが伝えている。

打撃は減収だけではない。収穫の遅れや腐敗、雨水やカビによる汚染で品質が落ちれば、販売価格は下がり、収入も減る。場合によっては、食用に適さない作物になってしまう。

「作物損失は一律ではない。誰が、どの段階で、どのような損失を背負っているのかを丁寧に捉えることが、小規模・零細農家の生計を支える、公正で持続可能な農業の出発点になる。」カビタ・ミシュラ(農業研究機関CABIのジェンダー・包摂専門家)

こうした損失は、インド各地でいまや珍しくない。気候の振れ幅が大きくなり、害虫の動きも変わり、土壌や水を含む環境ストレスが、農業の前提そのものを揺さぶっているからだ。タナール・トラスト代表のウシャ・スーラパニはSciDev.Netに対し、「稲の収穫期に降る季節外れの雨は、もはや“例外”ではなくなった。雨が降れば機械収穫はできず、収穫を遅らせざるを得ない。その分、損失は膨らむ。」と語る。

しかも、豪雨や洪水は全体像の一部にすぎない。人の手による土地の劣化(過度な耕作や森林減少、土壌流出などにより、土の力が落ちること)が収量低下に拍車をかけ、気候条件の変化に押される形で、害虫や外来種は分布を広げ続けている。

Map of India
Map of India

果物と野菜の生産で世界最大級を誇り、米と小麦でも主要な生産国・輸出国であるインドにとって、作物損失は食料と経済の両面に直結する課題だ。国連食糧農業機関(FAO)によれば、害虫や病害によって世界の作物は毎年最大40%が失われる。インド国内に限っても、政府推計は約30%に達する。

損失を押し上げる要因は害虫や病害だけではない。極端気象と土地劣化が重なり、南アジアはとりわけ影響が大きい地域の一つだと、最近のFAO報告書は指摘する。同報告書は、世界で17億人が、土地劣化によって作物の収量が落ちている地域に暮らし、食料安全保障(安定して食料を確保できる状態)と生態系の健全性が同時に脅かされていると推計している。

真菌毒(マイコトキシン)

畑で目に見える被害の背後で、研究者がもう一つの重大リスクとして挙げるのが「汚染」だ。インドのウッタル・プラデシュ州でタタ・コーネル研究所が行った調査では、米、小麦、トウモロコシ、ソルガムなどの主食に、アフラトキシン(カビが産生する毒性物質で、マイコトキシンの一種)が高い濃度で検出された。健康被害の懸念に加え、汚染された穀物は売り物になりにくく、農家の所得にも響く。

同研究所アソシエイト・ディレクターのバスカル・ミトラは、作物損失の議論で見落とされがちな側面だと強調する。「マイコトキシンは、がんの原因として知られている。公衆衛生と、農家の所得損失という二つの観点から考えなければならない。」ミトラはSciDev.Netにこう語った。

一方で、FAO報告書には希望もある。AI(人工知能)やリモートセンシング(衛星などで地表を観測する技術)、ドローンがリスク情報をリアルタイムで提供し、早期警戒と先回りの対応を地域で強めつつある。輪作(作物を年ごとに替える)や被覆作物(地表を覆って土を守る作物)による土壌保全、総合的病害虫管理(IPM=農薬だけに頼らず、栽培法や天敵利用などを組み合わせて害虫・病害を抑える手法)といった、農家が培ってきた方法も、こうした技術で補強され始めている。

ただし、損失の影響は一様ではない。研究者によれば、女性、男性、若手農家は、担う役割や資源へのアクセス、意思決定権の差によって、直面するリスクも取り得る対策も変わる。この違いを踏まえなければ、地域の「レジリエンス」(危機に耐え、回復する力)は組み立てられないという。

農家の声を聞く

農業研究機関CABI(SciDev.Netの母体)の南アジア地域ディレクター、ビノード・パンディットは、インド中央稲研究所とCABIの「世界の作物損失の負担(GBCL)」プログラムが2025年9月から11月にかけて実施したワークショップで、次のように訴えた。「ジェンダーの視点から作物損失を理解することは、強靱な農業と包摂的なプログラム・政策の確かな土台になる。作物損失と食料不安に対処するため、研究と普及の現場は、ジェンダー中立の枠組みから、ジェンダーを意図的に組み込む行動へ転換する必要がある。」

ワークショップには科学者、普及指導員、農家が参加し、害虫、病害、気候ショックが地域ごとに作物へ及ぼす影響を検討した。焦点は、農家の経験に耳を傾け、損失の測り方そのものを見直すことにあったという。

CABIのカビタ・ミシュラはSciDev.Netに対し、「ワークショップは、オディシャ州で農家や普及指導員の声を聞き、害虫、病害、気候ショックに彼らがどう対処してきたかを学ぶ場だった」と説明した。「作物損失の影響が誰に、どのように及ぶのかを捉えれば、小規模・零細農家の生計に資する、より公正で持続可能な農業システムを築ける。」

マッピングとモデリング

ミシュラによれば、GBCLが進めるデータ収集、地図化、モデリングは、国内から大陸規模まで、作物損失のパターン理解を押し広げている。大規模な現地観測に、既発表の圃場試験データや科学文献を重ね、さらに自動テキストマイニング(文献から情報を機械的に抽出する手法)も組み合わせる。

衛星画像などのリモートセンシング技術は、極端気象の影響の監視や、害虫・病害の圧力の検出に用いられる。機械学習モデルは複数の衛星データを統合し、作物ストレスの初期兆候や、病害虫が広がりそうな兆しを捉えようとしている。

インドではすでに、インド宇宙研究機関(ISRO)のResourcesat計画の衛星データを使い、稲と小麦の生育を監視し、雑草の発生やストレスの兆候を地図化している。CABIのプロジェクトも、国内外の衛星データを活用し、害虫・病害の脅威を予測するモデルの精度向上を進め、早期発見と管理を支援している。

それでも、現場の声は冷静だ。技術だけでは増大する気候圧力を相殺できない。ケララ州では季節外れの雨が繰り返し農家を襲う。「雨が降ると、収穫した籾を保管するインフラも乾燥施設もなく、作物が腐ってしまう。」
スーラパニは、タナール・トラストとしてこう語る。「家畜の飼料に使う稲わらでさえ、カビを防いで保存できない。」

気候の極端化は換金作物にも及ぶ。スーラパニによれば、カルダモン農家は昨年の干ばつで収穫を失い、植え替えを迫られた。費用は農家にとって破滅的だという。

オゾン被害

もう一つの新たな脅威が、地表付近のオゾン濃度の上昇である。オゾンは大気汚染物質の一種で、植物の組織を傷つけ、登熟(葉から穀粒へ栄養が移る重要な段階)を妨げる。その結果、収量と品質の両方が落ちる。

地表オゾンが稲作に与える影響を研究してきたインド工科大学のジャヤナラヤナン・クッティプラスは、オゾン被害による米生産の損失だけで、インドは年に30億米ドル超を失っていると推計する。対策として、汚染排出の削減に加え、高いオゾン濃度に耐える品種の開発を挙げる。

中国や東アジアでも、オゾンは大きな減収をもたらし、巨額の経済損失につながると推定されている。ある研究は、中国でオゾン汚染により、小麦で33%、米で23%の収量損失が生じると推計した。

一方、オゾンは本来有害な汚染物質であるものの、CABIは制御された条件下で、害虫・病害対策の抗菌剤として活用できないかも探っている。

Ranjit Debraj Photo credit: Katsuhiro Asagiri

アジア太平洋地域では、いもち病(稲の主要病害)やトビイロウンカ(稲の害虫)などが主食作物への脅威であり続ける。これらはリモートセンシングデータと機械学習モデルを組み合わせることで追跡が可能になりつつあり、より早い警戒と、より狙いを定めた対応につながる可能性がある。

研究者と政策担当者に突きつけられている課題は、損失を減らすことだけではない。損失をより正確に測り、「いつ、どこで、どのように」作物が失われ、「誰が」そのコストを負担しているのかを可視化することが、気候変動下で実効性と包摂性を備えた対策を設計するうえで欠かせないとの認識が強まっている。(原文へ

本記事は「世界の作物損失の負担(GBCL)」の支援のもと、SciDev.Netのグローバル・デスクが制作した。

INPS Japan

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