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西アフリカ・ベナン、女性たちが何世紀も続く製塩法を持続可能なものへ

ベナン・ウィダーIPS=ネハ・バンカ

正午にはまだ早い時間、西アフリカ・ベナンのジェグバジ村郊外の浜辺近くで、女性たちの一団が座り込み、ギニア湾の海から採取した塩の山をふるいにかけている。黒い防水シートで覆われた大型のコンクリート槽には、海水がベナンの真昼の太陽の下でゆっくり蒸発するにつれ、白い塩の沈殿物が残っている。ただし、彼女たちが使っているのは火ではなく、太陽エネルギーである。|英語版

女性たちは、「ProSELベナン」と呼ばれる草の根プロジェクトの一環として働いている。この事業は、ベナン政府に加え、インド、ブラジル、南アフリカ(IBSA)各国政府、そして国連開発計画(UNDP)の協力によって進められているもので、地域の製塩コミュニティが持続可能なエネルギー源を利用し、地元産ヨウ素添加塩の生産・販売に向けた中規模事業を育てられるよう支援することを目的としている。

製塩は、ベナン南部とその周辺に暮らす人々にとって、主要な収入源の一つである。

何世代にもわたる伝統

Map of Benin. Credit:Wikimedia Commons.
Map of Benin. Credit:Wikimedia Commons.

「ベナンの沿岸部では、女性たちが海岸湿地から塩をすくい取ります。小屋を建て、その中で大きな鍋を使い、直火で塩水を煮詰めるのです。そして、その“煮た塩”を市場や道端で売ります。さまざまな理由から、これは健康に良くない作業です。」と語るのは、2021年から2024年まで南アフリカの駐ベナン・トーゴ大使を務め、IBSA支援プロジェクトの実施に深く関わったロビナ・マークス氏である。

ベナンでは、塩を採取して煮詰める伝統的な製塩法が、少なくとも15世紀から行われてきた。主に女性たちが担ってきたこの方法では、塩分を含む土を集め、水分を蒸発させ、刻んだマングローブ材を燃やして塩水をろ過し、塩を作る。

しかし、この作業は、塩の採取方法や製造環境のため、女性たちの健康に悪影響を及ぼしてきた。

「非常に時間がかかり、労力も大きいのです。」とマークス氏は言う。

ProSELベナンは、この伝統的な方法を変え、塩の採取と生産をより健康的で清潔なものにしようとしている。

この地域のコミュニティにとって製塩は重要な収入源だが、その一方で、マングローブの伐採に大きく依存してきた。

ProSELベナンの調査によれば、ベナン沿岸部では、在来の製塩に使う薪として、毎年およそ2万立方メートルのマングローブ材が伐採されている。

UNDPとベナン政府が新しい製塩法について協議を始めたのは、約5年前のことだった。

「しかし、この発想は現場の人々、つまり必要に直面していた人々から生まれたものです。ベナン政府が事業を構想し、UNDPと協力したいと考えたのです」と語るのは、2020年から2024年までUNDPベナン常駐代表を務め、この事業の形成に重要な役割を果たしたアワレ・モハメド・アブシール氏である。

アブシール氏によれば、ProSELベナンは、2030アジェンダの17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち、3つの目標――ジェンダー平等、働きがいも経済成長も、つくる責任・つかう責任――を推進する取り組みである。この事業は、ベナンの農村女性が清潔な塩を作って販売し、自立できるよう支援することを目指している。

2021年、インド・ブラジル・南アフリカ貧困・飢餓緩和基金の理事会は、この製塩事業を実施するため、UNDPに100万米ドルを拠出した。

IBSAは、3つの途上国による協力の一例であり、国連の枠組みの中でグローバル・サウスの途上国間の開発協力に焦点を当てた、南南協力の取り組みでもある。

60歳のセシル・コフィ氏が初めてこの製塩事業を紹介されたとき、伝統的な製塩法から切り替えるよう説得するには時間がかかった。

「塩にはたくさんの意味があります。塩は、この地域の女性たちにとって本質的なものなのです」とコフィ氏は、その日の収穫分の塩を確かめながら語る。

ベナンにおいて塩は文化的にも重要であり、その用途は料理にとどまらない。

「塩は食べ物として使われるだけではありません。文化的な側面もあります。神聖なものとみなされ、多くのヴォドゥンの儀式にも使われています」とマークス氏は言う。

「私たちは市場で品物を売るとき、店を構える前に地面に塩をまき、それを掃き集めます。そうすれば悪い霊がすべて去っていくと信じられているのです。塩はとても大切です。たくさんの儀式で使います。」とコフィ氏は語る。

こうした根深い文化的信念が、ベナン政府の支援を受けたProSELベナンであっても、女性たちに変化を受け入れ、適応してもらうことを難しくした理由の一つだったと、アブシール氏は説明する。

Julienne Dekon collects saline water using the traditional method to make salt in rural Benin. Credit: Neha Banka/IPS
Julienne Dekon collects saline water using the traditional method to make salt in rural Benin. Credit: Neha Banka/IPS

伝統的な製塩は、ベナン沿岸部に暮らすXwlaの人々によって行われてきた文化的な営みである。村の塩生産者による伝統的製塩には、作業日、村の神々などに関する多くの禁忌が伴う。

「『Xwlajè』という名称も、Xwla民族と密接に結びついています」と、ProSELベナンの全国プロジェクト責任者であるリュック・オバレ氏は言う。ベナン政府は、この塩を文化的起源を示す「Xwlajè」というラベルで販売できるよう、認証に取り組んできた。

「古い方法は、彼女たちにとって祖先から受け継いできた塩作りの方法です。ですから、そこには意味があります。何かの作り方を変えると、否定的な影響があると考える人もいます。女性たちは事業が始まる前から海から直接塩を取ることもできたはずですが、そうしてこなかったのには理由があるのです」とアブシール氏は語る。

ProSELベナンは、伝統的に塩が採取されてきたベナン沿岸部の5地域――セメ・クポジ、グラン・ポポ、ウィダー、クポマセ、コメ、ロコサ――を対象としている。

「他の地域では、人々は海水を使って塩を作ることに比較的前向きでした。しかし、ウィダーは特別です。ウィダーはウィダーなのです。人々は、最良の塩は乾燥させるのではなく、煮て作るものだと信じています。煮なければならないと考えているのです。」とアブシール氏は説明する。

現場からの介入

ProSELベナンは、地元の塩をより清潔で環境に持続可能なものにしようとする初めての介入事業ではない。しかし、現場担当者たちが実際に事業を立ち上げることに成功したため、成果を上げていると、UNDPのプロジェクト・コーディネーターであるセシ・マルレーヌ・カポ=チチ氏は言う。

「これまで多くの団体が、地域社会にやり方を変えるよう説得することに苦労してきました。」と同氏は語る。

ProSEL事業が進められている浜辺から500メートルほど離れたジェグバジ村の一角には、沿岸ラグーンがあり、そこでは女性たちが茅葺き小屋の連なる一帯で、伝統的な方法によって塩を作っている。

「伝統的な製塩法は、より重労働です」と、45歳のジュリエンヌ・デコン氏は、自分の周囲に広がる湿地から集めた塩分を含む土で重くなった籐かごを持ち上げながら語る。

近年、ベナン政府はマングローブの伐採を禁じており、女性たちは燃料として、乾燥したヤシの葉やココナツの殻を使うよう促されている。

デコン氏は、友人の多くがProSEL事業に参加し、海水を使った現代的な製塩法に切り替えた今も、自分は伝統的な方法で働き続けたいと言う。

小屋の中で塩水を煮始めると、煙が狭い空間いっぱいに立ち込める。

「たくさん働かなければならないときは、確かに疲れます。でも、これが健康にどのような影響を与えるのかは、あまり知りません。」とデコン氏は語る。

デコン氏は、自分がいつ製塩を始めたのか覚えていない。ただ、非常に長い間この仕事を続けてきたため、いまでは伝統的な方法で塩を作ることに慣れている。

「浜辺の方法、つまりProSELの方法は簡単です。でも雨が降ると、外では作業できません。私は土を集めて屋内で煮始めるので、雨の中でも塩作りを続けることができます。2つのやり方はまったく違います。」とデコン氏は言う。彼女が言及しているのは、海沿いに設置された屋外のコンクリート製塩槽であり、天候の変化に左右されやすい。

とはいえ、雨天は伝統的な方法で働く女性たちにも影響する。

ベナンでは4月から8月にかけて雨季を迎え、9月から11月にも短い雨期がある。ラグーン近くの低地に広がる湿地は、洪水に見舞われやすい。

「雨季には、伝統的な製塩が行われている場所に入れなくなります。完全に水没してしまうため、1年の半分以上、塩を生産できません。だからこそ、私たちは女性たちにProSEL方式へ移行するよう働きかけています。彼女たちに代替手段を提供する必要があったのです」とアブシール氏は語る。

雨そのものは天気を見ながら避けることができるが、長引く洪水を避けるのは難しいと同氏は言う。

アブシール氏によれば、この事業では、女性たちが海水を使えるようにすることで、年間を通じて塩を作り、安定した収入を得られるようにすることに重点を置いた。

「海水を使って塩を作る方が、体への負担は少ないのです。水を汲んで、太陽で蒸発させればよいだけです。煮る必要がなく、安全です。収入を増やすこともできます」とアブシール氏は語る。

デコン氏が働く場所から未舗装の道を少し下ったところでは、1人の女性が幹線道路沿いで塩を売っている。

デコン氏のように伝統的な方法で作った塩と、ProSELベナンに参加する女性たちが作った塩との違いは明らかだ。伝統的な塩は、黄色がかった茶色に灰色の筋が混じって見える。これは、ろ過工程が不十分なために生じる色である。一方、ProSELベナンの塩は清潔な白色で、袋詰めする直前に女性たちがヨウ素を混ぜて強化している。

地元市場や道端で売られる伝統製法の塩は、1キログラム入りでおよそ800西アフリカCFAフラン、約2米ドルで販売される。一方、ProSELベナンで作られた同量の塩は、1,000CFAフランで販売される。

公共消費に向けて

ProSELの調査によれば、ベナンには塩を採取する女性が約4,000人いる。同国は、実際に必要とする塩の大半をガーナ、セネガル、インドなどから輸入している。国内の在来型製塩が供給できる量は、国内需要のごく一部にとどまっているからだ。

関係者たちは、女性たちにより清潔な塩の作り方を教えるだけでは不十分であり、販売先となる市場へのアクセスも必要だと認識した。事業が参入を目指している市場の一つが、国連ベナン事務所のもとで活動する世界食糧計画(WFP)である。WFPは、毎年100万人を超える子どもたちに学校給食を提供している。WFPは、ProSELのもとで女性主導の協同組合が生産する塩を購入し、使用することが可能かどうかを調べるための調査を進めている。

ベナン政府は、収穫された塩について野心的な計画を持っている。

2025年12月、ベナンの食品安全機関ABSSA、すなわちベナン食品衛生安全庁は、この塩を公共消費向けとして認証した。その後、この塩は「Xwlajè」というラベルで販売される準備が整えられた。

現在、Xwlajè塩は、コトヌー市内の7つのスーパーマーケット・チェーンのほか、ポルトノボ、コトヌー、コメの各自治体にある独立店舗で販売されている。

「さらに、コトヌー国際空港の免税店でXwlajè塩を販売するための手続きも進められています。」とオバレ氏は語る。

アブシール氏によれば、従来は6時間かかっていた作業が、今では2時間で済むようになった。何世代にもわたり特定の方法に慣れ親しんできた人々を説得する必要があったため、変化をもたらすことは難しかったと同氏は言う。

女性たち、彼女たちの生活をなお管理する立場にある夫たち、首長、市長、地域の指導者たちの信頼を得ることなしには、ほとんど何もできなかっただろうと、同氏は認める。

「現地チームは女性たちのもとに足を運び、彼女たちの必要を理解しました。そうすることで、配慮すべき感情や価値観を理解し、事業を受け入れてもらえるようにしたのです。ベナンでは、外部の人間が来て、何をすべきかを指示するのは非常に難しいのです。」

アブシール氏は、地域社会の中に事業への不信感が生まれれば、これまで積み上げてきた成果が失われる危険性が高いと語る。

「彼女たちは変化を受け入れつつあります。今、私たちは貯蔵施設や機械を保管するための建物などを整備しようとしています。敏感な段階ではありますが、うまくいくと期待しています。」

ベナン政府はここ数年、観光を優先課題としてきた。在来の製塩文化は、観光客にベナン文化を紹介する計画の重要な一部である。

ProSEL事業は、伝統的な製塩法を完全になくすことを目的としているわけではないと、オバレ氏は言う。

「現代的な製塩施設は、伝統的な生産地から遠くない場所に設置されています。観光客が2つの製塩方法の違いを見られるようにするためです。」と同氏は説明する。

20代の若い母親ミレイユ・アジョヴィ氏は、眠る乳児を背負ってProSELの作業場に来ている。

「得たお金で、子どもたちの面倒を見ることができます。学校にも通わせられるようになります。私は自分のことは最後に考えます。まず夫と子どもたちです。男性も家計にお金を出してくれるかもしれませんが、女性はそれでも多くの苦労をしています。女性が何か必要としても、夫は必要な額ではなく、自分が渡したい額を渡すだけです。男性は女性のことを考えてくれません。だから、この事業は私が自分のお金を稼ぐ助けになっているのです。」とアジョヴィ氏は語る。

アジョヴィ氏のような女性にとって、塩作りは単に前の世代の女性たちが担ってきた仕事を受け継ぐことだけを意味するのではない。

彼女は国連のSDGsが何であるかも、IBSAが何を意味するのかも知らない。しかし、ProSELベナンでの仕事は、女性主導の協同組合の中で共同作業をしながら、自らの健康と福祉を優先できる機会を与えている。

作業場で働く他の女性たちと話すとき、彼女はまた、自分がいま手にしている、苦労の末に得た自立と自助の力についても考えている。

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. 

INPS Japan

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「世界は何をなすべきかを知っている」―新SDG報告書、戦争終結と「人への投資」拡大を訴え

【スリナガル(インド)/パリIPS=ウマル・マンゾール・シャー】

2030年の持続可能な開発目標(SDGs)達成期限まで残り数年となる中、国連の最新報告書は、経済的不確実性、気候変動、紛争、地政学的緊張の高まりが、各国の目標達成を妨げていると警告した。|英語版

国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)が発表した「持続可能な開発報告書2026」によると、世界全体で達成に向けて順調に進んでいるSDGターゲットは5分の1に満たない。

報告書の著者らは、国連加盟国の大多数は依然としてSDGsの枠組みに支持を表明している一方で、少数の国、とりわけ米国が、持続可能な開発という考え方と、それを支える多国間機関に対して積極的に反対する立場へと転じていると指摘している。

Jeffrey Sachs
Jeffrey Sachs

SDSN会長で報告書の主執筆者の一人であるジェフリー・D・サックス教授は、一定の成果を認めつつも、紛争が目標達成に深刻な影響を及ぼしていると述べた。

持続可能な開発を世界の基本的な枠組みとして支持する姿勢は、世界中でなお強い。東アジア、南アジアをはじめ、多くの国や地域で注目すべき成功例も生まれている。しかし、紛争が続く中で持続可能な開発を実現することはできない。だからこそ、平和こそが私たちの時代における最優先課題なのである。」とサックス氏は語った。「2030年という節目が近づく中、持続可能な開発の次の時代には、実施を重視し、あらゆるレベルで十分な資金調達と効果的なガバナンスを確保することに世界的な重点を置かなければならない。」

報告書は、とりわけアジアにおける前向きな進展を強調している。インドや中国などの国々は、2015年にSDGsが採択されて以降、最も速い進展を遂げた国々に含まれている。

今回の報告書は、各国政府が2030年以降にSDGsの後に続く枠組みについて議論を始める重要な時期に発表された。一方で、多くの国々は経済的不確実性、気候変動、紛争、地政学的緊張の高まりに直面し続けている。

報告書は「SDGsへのコミットメントは世界的に依然として強い」とし、多くの国々が国連における持続可能な開発関連の決議を引き続き支持していると指摘している。

SDGsは2015年、貧困を終わらせ、地球を守り、すべての人に繁栄をもたらすための普遍的な青写真として、国連加盟193カ国すべてによって採択された。目標は、飢餓、保健、教育、ジェンダー平等、気候行動、平和と司法など、幅広い課題を対象としている。

Sustainable Development Report 2026

採択から11年を経た今回の報告書は、進展が不均衡であると結論づけている。

世界全体では、2030年までに達成軌道に乗っているSDGターゲットは16・5%にすぎない。最も大きな進展が見られるのは、インターネット利用、モバイル・ブロードバンド契約、電力へのアクセス、若年層の出生率低下、新規HIV感染の減少などの分野である。

一方で、世界が抱える最も大きな課題の一部は、依然として解決から遠い。

飢餓、持続可能な農業、汚職、報道の自由、効果的な司法制度に関するターゲットは、達成から最も遠い分野に含まれている。報告書は、SDG2「飢餓をゼロに」とSDG16「平和と公正をすべての人に」を、最も深刻な後退に直面している分野として挙げた。

戦争、政治的不安定、脆弱な財政に苦しむ国々は、引き続き遅れを取っている。

SDG指数では、フィンランドが世界首位の座を維持し、スウェーデン、デンマークがそれに続いた。しかし、こうした上位国であっても、責任ある消費、気候行動、生物多様性の保護といった分野で大きな課題を抱えている。

ランキングの下位には、チャド、中央アフリカ共和国、南スーダンなど、紛争と不安に苦しむ国々が並んだ。

報告書の最も強い指摘の一つは、持続可能な開発の前進における東アジアと南アジアの役割の拡大である。

調査によると、東アジアと南アジアは2015年以降、SDGの進展において他のすべての地域を上回った。開発水準が比較的低いところから出発した新興経済国は、多くの富裕国よりも速い進展を示している。

報告書によれば、主要国の中で最大の改善を記録したのはインドとエチオピアで、2015年以降、それぞれSDGスコアを9・6ポイント、9・7ポイント改善した。フィリピンとベトナムも大きな前進を示した。

報告書は、インドが2015年以降、SDGランキングで18位上昇し、主要経済国の中で最大級の改善を遂げたとしている。中国も同じ期間に14位順位を上げた。

「東アジアと南アジアの国々は、2015年以降、他のどの地域よりも大きなSDGの進展を達成した」と報告書は述べている。

研究者らは、この進展の多くを、サービスへのアクセス、インフラ、金融包摂など、社会経済指標の改善によるものと分析している。ただし、多くの国で環境目標はなお課題として残っている。

報告書に掲載されたインドの国別プロフィールでは、インターネット利用、デジタルサービス、農村道路の整備、オンライン行政サービスへのアクセスに進展が見られる。一方で、大気汚染、都市の生活環境、研究投資などの分野では課題が残っている。

持続可能な開発への支持は広く維持されているものの、報告書は国際協力に対する圧力の高まりに懸念を示している。

新たに設けられた「国連を基盤とする多国間主義への各国支持指数」では、国連加盟193カ国の中でバルバドスが首位となり、米国は最下位となった。

バルバドス、アンティグア・バーブーダ、ウルグアイ、トリニダード・トバゴ、モルディブをはじめとする複数の途上国が、同ランキングの上位を占めている。

さらに報告書は、米国について、多国間協力への支持を測る六つの指標すべてで弱い結果を示す「統計上の外れ値」と表現した。報告書によれば、米国はSDG関連決議に反対し、2026年初頭には60を超える国際機関から脱退した。

「米国と同じ投票行動を取る国連加盟国の割合は、世界のすべての地域で急激に低下している。」と報告書は述べている。さらに、米国が2025年の国連総会の記録投票において国際的多数派と同じ立場を取ったのは、わずか5%だったと指摘している。

インドは、カナダ、イタリア、韓国、エジプトと並び、国連を基盤とする多国間主義に対して中程度の支持を示す国に分類された。

報告書はまた、軍事支出の増大と紛争への関与の拡大が、世界各地で多国間協力への支持を弱めていると警告している。

多国間主義について、SDSN副会長であり、報告書の主執筆者および調整役を務めたギヨーム・ラフォルチュン博士は、地政学的逆風が多国間システムの強靱性を試していると述べた。

SDGs logo
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「今こそ、すべての国が国連憲章の原則、とりわけ第1条から始まる諸原則を再確認し、信頼に足る世界および地域の安全保障体制を築くために協力することが求められている。持続可能な開発の次の時代は、改革された国際金融アーキテクチャを通じた実施、大陸・地域・地方レベルの機関のより大きな関与を優先しなければならない。同時に、説明責任、革新、現場での解決策を推進するうえで、市民社会と大学が中心的な役割を果たす必要がある。」

報告書はランキングや統計に加え、SDGs達成の障害について、専門家および127カ国の1,000人を超える回答者を対象に実施した調査結果も盛り込んでいる。

最も頻繁に挙げられた障害は、政治的意思の欠如、承認済み政策の実施不全、ガバナンスの失敗、汚職、公共参加の弱さ、資金不足だった。

調査参加者はまた、気候変動、脆弱な監視体制、制度間調整の分断も主要な障害として挙げた。

報告書によると、回答者の89%が、承認された戦略を実施できていないことを主要な障害と捉え、87%が地政学的緊張を進展に対する重大な障壁と見なしている。

東アジアと南アジアの回答者は、北米やラテンアメリカの回答者と比べ、自国の進展について概してより前向きな見方を示した。

報告書は、今後の世界的な開発努力においては、新たな目標を作ることよりも、実施を確実にすることに重点を置くべきだと主張している。

研究者らは今後数年間の八つの優先課題を提示した。その中には、戦争の終結、軍事支出を人間開発へ振り向けること、長期投資計画の採用、地域協力の強化、新たな国際的資金調達メカニズムの創設、人工知能やバイオテクノロジーなど新興技術のためのガバナンス枠組みの確立が含まれている。

報告書はまた、アジア、アフリカ、ラテンアメリカに新たな国連キャンパスを設置することを提案し、説明責任、オープンデータ、参加型意思決定の制度を強化するよう求めている。

「ポスト2030アジェンダにとって、実施の強化こそが最重要課題である。」と報告書は記している。

SDG達成期限まで4年を切る中、報告書は、持続可能な開発の未来は新たな約束にかかっているのではなく、各国政府と諸機関がすでに交わした約束を実行できるかどうかにかかっていると強調している。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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ユキヒョウと人びとが共生するシッキムの高山地帯

【インド・シッキムIPS=ディワシュ・ガハトラージュ】

会話が始まる前に、まず紅茶が運ばれてくる。

ジャヤンタ・ムキアは木製のテーブルに2杯の紅茶を置き、その日の午後に到着したばかりの夫婦の向かいに椅子を引き寄せて座った。2人はトレッキングポールとリュックサックを携え、インドのカンチェンゾンガ国立公園の奥深くへと続くゴエチャラ・トレイルを歩くためにやって来た。出発は2日後。その前に、彼女には伝えておきたいことがあった。

ジャヤンタは、登山者が持ち込んだごみがその後どうなるか知っているかと尋ねる。持ち帰られるものもあれば、そうでないものもある。

Jayanta Mukhia outside the Chungda Hidden Family Homestay in Yuksom, West Sikkim. Credit: Diwash Gahatraj/IPS
西シッキム州ユクソムにあるチュンダ・ヒドゥン・ファミリー・ホームステイの前に立つジャヤンタ・ムキア氏。写真:Diwash Gahatraj/IPS

高地の守護者

Location of Shikkim in India. Wikimedia Commons

ユクソムの背後に広がる高山草原では、登山道が氷河へと続いている。岩に引っ掛かったビニール袋は冬を越してもそのまま残る。軍の駐屯地、観光客、トレッキング隊―誰もが何かを置き去りにする。そのごみは野犬の餌となり、野犬たちは夜になるとユキヒョウが行き来するのと同じ生態回廊を徘徊する。

ジャヤンタの夫、チュンダ・シェルパは、ゴエチャラ・ルートを知り尽くしたベテランのトレッキングガイドだった。2012年、ユクソムに「チュンダ・ヒドゥン・ファミリー・ホームステイ」を開業し、現在は予約管理や広報活動、さらにはオンラインでの情報発信を通じて遠方の都市から宿泊客を呼び込んでいる。

一方、ジャヤンタはそれ以外のすべてを切り盛りする。厨房、宿泊客の世話、木のテーブルを囲んだ語らい、そして「ここに泊まる人には、公園を訪れた時よりもきれいな状態で後にしてほしい」という静かな信念である。

「このホームステイの年間収入は約80万~100万ルピー(約8,400~1万500ドル)です。その収入があるのは、この国立公園があるからです。」と彼女は語る。

カンチェンゾンガ保全委員会(KCC)のツェリン・ウデン氏によれば、ユクソムには15のホテル、25のホームステイ、そして21を超える旅行会社が地元パンチャーヤト(自治組織)に登録されており、その収入はすべてカンチェンゾンガの生態系の健全性に直接依存している。住民たちの暮らしは、シッキム州に生息する21頭のユキヒョウが行き交う高地の生態回廊と密接に結び付いているのである。

A hiker admires the view in the Khangchendzonga National Park. Credit: Tshering Uden, KCC.
カンチェンゾンガ国立公園で絶景を眺めるハイカー。写真:Tshering Uden(KCC)
Buddhist stupas covered in flags serve as a spiritual landmark on high-altitude trekking trails, such as those leading to Mount Kanchenjunga. Credit: Tshering Uden, KCC
カンチェンジュンガ山へと続く高地トレッキングルート沿いでは、色とりどりの祈祷旗に覆われた仏教のストゥーパ(仏塔)が、巡礼者や登山者の精神的な道標となっている。
写真提供:Tshering Uden(KCC)

この記事は、その大きな取り組みの一端を紹介するものであり、地域住民の参加と尽力がどのような成果を生み出したのかを描いている。

SECURE Himalayaは、ヒマーチャル・プラデーシュ州、ウッタラーカンド州、シッキム州、ラダック連邦直轄地の4地域で約7年間にわたり実施された。

シッキム州では、カンチェンゾンガ国立公園からテスタ川上流域までの約4,000平方キロメートルに及ぶ「カンチェンゾンガ-アッパー・テスタ景観地域」に重点が置かれた。

GEFからの1,150万ドルの助成金と、インド政府による6,000万ドル超の共同資金を背景に、事業は①重要生物多様性地域の保全、②地域社会の持続可能な生計確保、③人と野生動物の軋轢の軽減、④長期的な景観管理を支える知識基盤の構築――の4分野を柱として進められた。

シッキムでは、こうした取り組みがカメラトラップ網の整備や住民による巡回活動、女性による手工芸事業、廃棄物管理システムの構築などの形で実践された。

Nedup Bhutia’s dzo loaded with trekking supplies at the Yuksom trailhead, West Sikkim, ready for the Goechala trek into Khangchendzonga National Park. Credit: Diwash Gahatraj/IPS
西シッキム州ユクソムの登山口で、カンチェンゾンガ国立公園内のゴエチャラ・トレッキングに向けた物資を積み込んだネドゥプ・ブティア氏のゾ(ヤクと牛の交雑種)。
写真提供:Diwash Gahatraj/IPS

その根底にあった考え方は単純である。

「健全な自然環境から恩恵を受ける地域社会こそが、その自然を守る。」ということである。

プロジェクトは独立評価機関から、成果、妥当性、効率性の各分野で最高評価に近い「極めて満足(Highly Satisfactory)」の評価を受けた。カンチェンゾンガ国立公園では、管理体制の改善効果が対象地域の中でも特に高く評価された。

特に実践的な成果を上げた取り組みの一つが野犬対策である。北シッキムでは野犬が深刻な脅威となり、ユキヒョウから獲物を奪ったり、その主要な餌であるバーラル(青羊)やナキウサギを捕食したりしていた。

国連開発計画(UNDP)インド事務所でSECURE Himalayaの報告業務を担当したルチ・パント氏は次のように語る。

「プロジェクトはシッキム州の軍施設と協力し、食べ残しなどの生ごみを処理するバイオダイジェスターを戦略的な地点に設置しました。これが野犬問題への直接的な対策となりました。軍はその後、自らの予算でこの設備を拡充しています」

資金支援が終了した後も、この取り組みは自立的に継続されている。

また、若者たちは「ヒマル・ラクシャク(ヒマラヤの守護者)」として訓練を受け、カメラトラップの設置や国立公園の巡回、野生動物の目撃情報の報告を担った。現在、彼らの活動はシッキム森林局の通常業務に組み込まれ、防火帯の管理やモニタリング活動を森林警備員とともに行っている。

さらに州生物多様性委員会は、生物多様性法2002年に基づき州内196の生物多様性管理委員会(BMC)を設置した。その多くは女性たちによって主導されている。

Tents in the valley of the Khangchendzonga National Park. The zero-waste aspect of its zero-waste management model, including from visitors to the park, has been cited as a national best practice. Credit: Tshering Uden, KCC
カンチェンゾンガ国立公園の谷間に設営されたテント群。同公園のゼロ・ウェイスト(廃棄物ゼロ)管理モデルは、来園者が出すごみの管理も含め、その取り組みが全国的な優良事例として評価されている。写真提供:Tshering Uden(KCC)

発想の転換

シッキム森林局のウダイ・グルン氏は、このプロジェクトが同局の基本的な姿勢を変えたと語る。

「最も大きな変化は発想の転換でした」と同氏は言う。「森林局は、保護を中心とするモデルから、景観全体を対象とする共生型のアプローチへと移行したのです。」

プロジェクトは2024年に終了した。GEFの資金は当初から一時的なものとして設計されており、恒久的な支援ではなく、自立的に継続していく取り組みの呼び水となることを目的としていた。その観点から、最終評価では成果、妥当性、効率性の各面で「極めて満足」と評価された。一方、持続可能性についても「おおむね確保される見通し」とされ、目標はすべて達成され、一部ではそれを上回ったと指摘された。

すべてのGEFプロジェクトの設計思想に沿って、長期的には、プロジェクトを通じて培われた技術的能力や制度が政府に引き継がれ、維持されることが期待されている。

シッキムでは、その移行が着実に進みつつある。グルン氏は、実施期間を通じて最大の構造的課題だったのは資金不足ではなく、すでに配分された資金の執行が行政手続きの遅れによって滞ったことだと指摘する。高地のシッキムでは、現地で活動できる期間は数週間に限られる。承認を待つ間に、調査シーズン全体を失ったこともあった。

「能力はあります。しかし、長期的な持続可能性には継続的な財政的・制度的支援が必要です。」

その支援の責任は今、主に地方および州当局に委ねられている。ヒマル・ラクシャクはシッキム森林局の下で活動を続けている。生物多様性管理委員会(BMC)は州生物多様性委員会の管轄下にあり、ゼロ・ウェイスト(=ゴミゼロ)プログラムもユクサム・ブロック行政センターによって運営されている。

Jayanta Mukhia outside the Chungda Hidden Family Homestay in Yuksom, West Sikkim. Credit: Diwash Gahatraj/IPS
西シッキム州ユクソムのチュンダ・ヒドゥン・ファミリー・ホームステイ前に立つジャヤンタ・ムキアさん。写真:ディワシュ・ガハトラージュ/IPS

北シッキムでは、女性たちが現在もイラクサ繊維を織り、高付加価値市場への販路を自力で確保している。

2023年5月、シッキム州は初の生物多様性遺産地として、ゾングにある聖なる湖「トゥンキョン・ド」を指定した。この指定は地元の生物多様性管理委員会の支援によって実現した。UNDPは現在もドイツのIKI ICCAプログラムを通じて、より限定的な規模ではあるものの支援を続けており、その一部はヒマラヤの景観保全に充てられている。

依然として残る最も具体的な課題は、牧畜民への補償制度である。ガントクにあるアショカ生態学環境研究トラスト(ATREE)のヒマラヤ・イニシアチブで研究員兼プロジェクト・アソシエイトを務めるペマ・ヤンデン・レプチャ氏は、北シッキムのヤク牧畜民に対する聞き取り調査を数カ月にわたり続けてきた。

現地の牧畜民は最近、ユキヒョウによる捕食で5頭のヤクを失ったと同氏に語った。成獣のヤク1頭の価格は8万~10万ルピーに上る。政府の補償額はその一部にすぎず、しかも被害の多くは森林局の管轄地で発生している。そのため牧畜民は、森林局から補償の対象外だと告げられることが少なくない。

「彼らはユキヒョウに対して非常に否定的な感情を抱いており、しばしば報復に走りたいという強い衝動を感じています。」とペマ氏は語る。

共生のコストを負担している牧畜民が適切な補償を受けられるよう、このギャップを埋めることが、現在この景観の管理責任を担う地方当局にとって最も差し迫った課題となっている。

Nedup Bhutia’s dzo loaded with trekking supplies at the Yuksom trailhead, West Sikkim, ready for the Goechala trek into Khangchendzonga National Park. Credit: Diwash Gahatraj/IPS
西シッキム州ユクソムの登山口で、カンチェンゾンガ国立公園内のゴエチャラ・トレッキングに備え、荷物を積まれたネドゥップ・ブティアさんのゾ。写真:ディワシュ・ガハトラージュ/IPS

受け継がれる取り組み

登山道を歩くネドゥップ・ブティアさんは、11頭のゾとともに20年にわたりゴエチャラ・ルートを行き来してきた。トレッキングシーズンごとに訪問者の荷物を運び、10万~15万ルピーの収入を得ている。彼はこれまで一度もユキヒョウを見たことがない。

しかし3年前、国立公園周辺のジャムトン村で2歳の雄牛が死んでいるのが見つかった。ユキヒョウに襲われたのだった。ネドゥップさんにとって、それはこの自然が今なお息づいている証しだった。

ユクソムの「チュンダ・ヒドゥン・ファミリー・ホームステイ」では、ジャヤンタ・ムキアさんが木のテーブルで2杯の紅茶を注ぎ足している。宿泊客は明日出発する。彼らは自分たちのごみを持ち帰る。ジャヤンタがそうするよう徹底してきたからだ。

21頭のユキヒョウは今もそこにいる。地域社会も活動を続けている。プロジェクトは、あらゆる評価項目において成功を収めた。今後どうなるかは外部資金ではなく、この取り組みを受け継いだ制度や地域社会が、それをさらに発展させることを選ぶかどうかにかかっている。

SECURE Himalayaが残した遺産の真価が問われるのは、まさにこれからである。

注:この記事はGEFの支援を受けて掲載された。編集内容についてはIPSが全責任を負い、必ずしもGEFの見解を反映するものではない。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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米・イラン外交が変える新たな中東の勢力図―誰が利益を手にするのか

【メルボルンINPS Japan/London Post=マジット・カーン】

米米国とイランをより大規模な地域戦争の瀬戸際へと追い込んでいた数カ月にわたる対立の激化の末、予想外の外交的打開が実現し、中東情勢の力学は大きく変化した。地域の仲介国や欧州諸国による水面下の外交努力を含む集中的な交渉を経て正式な和平合意が発表され、長期化する不安定な状況の中で初めて、ワシントンとテヘランの直接的な軍事衝突に歯止めがかけられた。|英語版

この合意は国際社会の多くから歓迎されているものの、対立の根底にある構造的な緊張関係が解消されたわけではない。むしろ、この合意は現代地政学の本質的な現実を浮き彫りにした。すなわち、戦争が終結しても、それを支えてきた経済システムは消滅するのではなく、形を変えながら存続するという現実である。

米国とイランの和平合意は、すでにエネルギー市場を揺るがし、ペルシャ湾の海上安全保障を不安定化させ、世界的な防衛支出の急増を招いた対立の大きな転換点となった。しかし、外交関係者が当面の軍事的危機の回避を歓迎する一方で、専門家たちは別の問いに目を向けている。それは、戦争がいったん停止したとき、世界の「戦争ビジネス」はどうなるのかという問いである。

合意に至る数週間前まで、緊張は海上での軍事的事案や無人機の迎撃、さらには主要な戦略ルートにおける報復攻撃の応酬によって急速に高まっていた。世界のエネルギー輸送の大動脈であるホルムズ海峡が長期的な混乱に陥るリスクが意識されるなか、原油価格は大きく変動した。湾岸諸国は防空・防衛体制の警戒レベルを引き上げ、各国は事態のさらなる悪化に備えて軍事配備を強化していた。

ところが、その後情勢は急展開を見せた。中東全域のみならず世界経済の安定を脅かしかねない大規模紛争を回避しようとする地域諸国の働きかけと、水面下で進められた外交努力が突破口を開いたのである。

今回の和平合意には、緊張緩和措置、段階的な軍事的自制、さらには核監視体制や地域安全保障の枠組みに関する協議の再開が盛り込まれている。依然として脆弱な合意ではあるものの、すでに軍事活動は大きく沈静化し、主要な海上輸送路の安定化も進みつつある。

しかし、和平ムードが広がる一方で、この紛争がもたらした経済的影響は依然として国際経済の構造に深く組み込まれたままである。

現代の防衛産業は、戦争と平和の短期的な循環によって動いているわけではない。その基盤となっているのは、長期的な調達計画、複数年にわたる契約、そして継続的な軍事近代化プログラムである。戦時中に製造・配備された兵器システムは、戦闘終結とともに廃棄されることはほとんどない。むしろ維持・改良され、恒常的な防衛インフラの一部として組み込まれていく。

つまり、和平合意が成立した後も、戦争によって生み出された経済的な勢いは失われないのである。

米・イラン対立の期間中、米国や欧州、そして同盟国の防衛関連企業では需要が急増した。ミサイル防衛システムは複数の地域に展開され、海軍戦力は湾岸地域へ再配置された。監視・情報収集技術も急速に拡充された。こうした配備は、装備品そのものにとどまらず、保守、物流、ソフトウェア更新、さらには長期的なサービス契約に至るまで幅広い需要を生み出した。

こうした契約は和平合意の署名によって消えるわけではない。むしろ、その複雑性を増していく場合さえある。

紛争を直接経験した国々は、しばしば長期的な防衛即応態勢の予算を拡大することで対応する。敵対行為が終結しても、脅威認識は以前の水準には戻らない。代わりに、より警戒的な新たな基準が形成される。軍事計画担当者は類似の危機が再発すると想定し、それに応じて調達戦略を見直す。

この意味において、平和は軍事化を逆転させるのではなく、その形を再調整するのである。

その中心にいるのが米国である。世界最大の武器輸出国である米国の軍需産業基盤は、世界の安全保障体制に深く組み込まれている。米国の防衛企業は、航空機、ミサイルシステム、情報収集プラットフォーム、高度な海軍技術を欧州、アジア、中東の同盟国へ供給している。

イランとの対立の間、これらのシステムは事態のさらなる悪化に備えて配備・展開された。そして和平合意が成立した現在も、それらはより広範な抑止体制の一部として運用され続けている。

防衛産業にとって、これは縮小ではなく転換を意味する。戦時下における生産拡大は、平時の維持管理や近代化計画へと姿を変える。紛争中に軍備を拡充した各国政府は、その補充や更新、さらには危機の中で開発された新技術の統合へと重点を移している。

防衛産業を支える経済的な仕組みは、紛争の激しさが和らいだとしても需要が維持されるように成り立っているのである。

同時に、この和平合意は世界のエネルギー市場にも変化をもたらした。緊張が最高潮に達していた時期には、一部で航行が妨げられる懸念もあったホルムズ海峡は、現在では商業船舶の通航が全面的に再開されている。原油価格は安定を取り戻したものの、依然として地域情勢の動向に敏感に反応している。不安定な状況の長期化に備えていたエネルギー企業も、世界の需給見通しの見直しを進めている。

しかし、市場が改めて認識したのは、単に「平和がリスクを低減する」ということではない。むしろ、市場の変動そのものが国際システムの構造的な特徴となっているという現実である。

この対立以前から、ウクライナ戦争やガザ情勢、大国間競争の激化といった複数の危機を背景に、世界の防衛支出は増加を続けていた。米・イラン対立はそうした流れをさらに強め、地政学的リスクはもはや一時的な現象ではなく、常態化した課題であるとの認識を一段と広げることになった。

今回の和平合意は重要な成果ではあるが、この流れを反転させるものではない。むしろ、紛争と外交が同じ戦略環境の中で共存するという新たな章を加えたにすぎない。各国は平和を交渉しながら戦争に備え、防衛産業は危機の中で拡大し、平穏な時期には再編を進める。投資家は緊張の高まりと緩和の双方を市場変動のシグナルとして捉えている。

こうした力学は、紛争と利益の長期的な関係をめぐる根強い問いを投げかけている。

防衛支出は通常、抑止力の維持や国家安全保障の観点から正当化される。各国政府は、軍事的備えは戦争を助長するものではなく、むしろ戦争を防ぐためのものだと主張している。しかしその一方で、防衛調達を支える経済システムが、継続的な需要や長期契約、絶え間ない技術革新を前提として成り立っていることも否定できない。

平時においても、こうしたシステムは稼働し続けるのである。

今回の米・イラン和平合意は、その緊張関係を鮮明に示している。直接的な軍事リスクは低下したが、中東全域における防衛インフラの役割はむしろ固定化された。防空システムは引き続き配備され、海軍の哨戒活動も継続されている。情報共有協定も維持されている。軍事的即応態勢は解体されたのではなく、制度化されたのである。

そして、この制度化こそが、防衛支出を国家予算の恒久的な項目として定着させる。

世界の軍需産業に批判的な立場からは、ここに一つの逆説があると指摘される。和平合意は直接的な暴力を減少させるが、軍事支出を同じ割合で減らすことはほとんどない。支出は戦闘作戦から、長期的な即応態勢や調達、近代化へと姿を変えるだけである。

一方で、防衛投資を支持する側は、これを欠陥ではなく必要性と捉える。予測不可能な世界においては備えが不可欠であり、軍事力は戦争を期待して維持されるのではなく、不確実性を完全に排除できないからこそ維持されるのだと主張する。

その結果として、戦争と平和の境界線はますます曖昧になっている。

今回の米・イラン和平合意は、両国の直接対立という一つの局面に終止符を打ったかもしれない。しかし、それは過去10年間の国際政治を特徴づけてきた、より大きな地政学的現実からの脱却を意味するものではない。ウクライナやガザなどの紛争は、依然として各国の防衛戦略やエネルギー市場、さらには国際的な同盟関係に影響を与え続けている。

この意味において、戦争ビジネスは平和とともに終わるわけではない。むしろ、その姿を変えながら存続する。紛争中に締結された契約は、停戦後も長期にわたって収益を生み出し続ける。戦時下で開発された技術は平時の防衛システムへと組み込まれ、危機の中で形成された軍事同盟は恒久的な戦略枠組みへと発展していく。

世界の防衛体制は、外交が成功したからといって停止するわけではない。不確実性が常態となった世界の中で、それは調整と適応を繰り返しながら機能し続けるのである。

したがって、米国とイランの和平合意は危険な地域対立の一局面を終わらせたかもしれない。しかし同時に、それは現代地政学のより大きな現実を改めて浮き彫りにした。21世紀において、戦争の終結は、それを取り巻いて構築されたシステムの終焉を意味しない。そうしたシステムは存続し続け、戦闘が終わった後も経済や政策、産業のあり方を形づくっていく。

戦争は終わるかもしれない。

しかし、次の戦争に備える仕組みは終わらない。

Origianl URL: https://londonpost.news/the-new-middle-east-chessboard-who-gains-after-u-s-iran-diplomacy/

INPS Japan

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ロシアのLGBTQ+コミュニティに対する組織的な中傷が人々を地下へ追いやる

【ブラチスラバ IPS=エド・ホルト

ロシアのLGBTQ+当事者が、日常生活の中で自己検閲的な対応を強めざるを得ない状況に置かれていることが、同国最大級のLGBTQ+調査で明らかになった。|英語版

LGBTQ+支援団体「カミングアウト」と「スフィア財団」がロシア各地の6,000人以上を対象に実施した最新の年次調査によると、2025年のコミュニティを取り巻く状況は、大きく改善も悪化もしていなかった。

しかし調査は、LGBTQ+当事者の間で、既存の「適応戦略」がさらに定着していることを示した。具体的には、誰にカミングアウトするかを慎重に選ぶことや、自らの性自認や性的指向が明らかになる可能性のある状況を避ける傾向が強まっている。

また、特にオンライン上での嫌がらせが増加しているほか、暴力の脅迫や恐喝、密告、身近な人々からの圧力が、LGBTQ+当事者の脆弱な立場を日常的に強める要因となっていることも明らかになった。

両団体は、この調査結果について、ロシアのLGBTQ+当事者が今後も長期間にわたり高いリスクと不安の中で暮らさざるを得ない現状を改めて浮き彫りにしたものだと指摘している。ロシアでは近年、LGBTQ+コミュニティを標的とする一連の抑圧的な法律が制定されており、人々は自らのアイデンティティそのものを理由に攻撃や差別の対象となっている。

「私たちのデータが示しているのは、LGBTQ+への弾圧が、特定の行為を理由とした迫害から、その人の存在そのものを標的とする迫害へと変質しているということです。政府に反対したり、人権擁護活動を行ったりしているわけではなく、ただ日常生活を送っているだけの人々に対する法的措置が増えています」

LGBTQ+支援団体「カミングアウト」の事務局長デニス・オレイニク氏はIPSの取材に対し、このように語った。

同氏はさらに、「2025年に私たちが目にしたのは、“惨事の常態化”でした。LGBTQ+の人々は、こうした状況とともに生きることを余儀なくされています。まるでそれが日常の一部になってしまったかのようです。本当に恐ろしいことです。」と述べた。

ロシアのLGBTQ+コミュニティは、この10年以上にわたり差別と社会的排除の強化に直面してきた。

ロシア社会には以前から一定の反LGBTQ+感情が存在していたが、一連の法律制定と政府による敵対的な政策によって、それは大きく深刻化した。

2013年、ウラジーミル・プーチン大統領が政権に復帰して間もなく、「非伝統的な性的関係の宣伝」を18歳未満に対して禁じる法律が施行された。

批判者らが「クレムリンによるLGBTQ+周縁化キャンペーンの始まり」と位置付けるこの法律は、2022年に拡大され、年齢を問わずLGBTQ+の権利擁護や異性愛以外の性的指向を示すあらゆる情報発信や活動が規制対象となった。

さらに同性婚禁止が憲法に明記され、2023年にはトランスジェンダーの人々が法的・医療的に性別変更を行うことを禁じる法律も成立した。

同年、最高裁判所は実在しない「国際LGBT運動」を「過激派組織」と認定した。これにより、「非伝統的な性的関係」を促進していると解釈され得るあらゆる行為について、罰金や刑事訴追が可能となった。

一方で、クレムリンが「伝統的家族の価値観」を推進し、LGBTQ+活動を退廃した西側文化の産物でありロシアへの脅威だと位置付ける中で、同性愛嫌悪的な政治言説も常態化している。

こうした動きは社会の広い範囲でLGBTQ+への敵意を煽り、しばしば暴力的な拒絶反応を生み出している。その結果、多くの当事者が身体的・精神的健康への深刻な不安を抱えている。

ロシアの大都市に住むLGBTQ+学生のグリゴリー氏(仮名)は、自らの性的指向や性自認を明かす相手を慎重に選んでいると語る。常に暴力の恐怖を感じているわけではないが、危険を避けるため行動を変えているという。

「夕方になると、声や歩き方などで『典型的なゲイ』と見なされるかもしれない場所を避けることがある。人前で自分のセクシュアリティを隠しているわけではないが、あえて表現もしない。」と話した。

また、「トランスジェンダーの人々は最も深刻な問題に直面している。ロシアでトランスジェンダーとして生きることは本当に大変だと思う。彼らの勇気と強さには驚かされる。」と語った。

調査では、トランスジェンダーの人々は生活の質や福祉、差別経験など大多数の指標で他のLGBTQ+当事者より厳しい状況に置かれていた。特に身体的脅迫や実際の暴力、性的暴力や家庭内暴力を受ける割合が顕著に高かった。

オレイニク氏は、「現在、多くのトランスジェンダーの人々は、宅配サービスや親族・友人の支援があれば、買い物にさえ出かけず自宅だけで生活している。そのようなケースが増えている。」と指摘した。

グリゴリー氏は、直接的な暴力への恐怖よりも、自分たちに向けられた社会的な敵意を感じることが多いという。

「それは間接的に伝わってくる。政府のメディア報道や公共空間での言説、あるいは知人の何気ない発言を通してだ。ロシアのクィアフォビア(性的少数者への嫌悪)は主として政府によって作り出されたものだ。もちろん、こうした法律ができる前から存在していたが、今ほど強くはなかった。法律によってはるかに悪化した。」と語った。

LGBTQ+の権利擁護活動家らは、報告書で示された行動パターンは長年にわたる抑圧を考えれば当然の結果だと指摘する。

欧州のLGBTQ+権利団体ILGA-Europeの副代表兼プログラム・ディレクターであるアナスタシア・スミルノワ氏は、「社会的周縁化や犯罪視が長期間続けば、人々は日常的な危害への曝露を減らす方法を身につける」とIPSに語った。

ただし同氏は、ロシアのLGBTQ+当事者が直面する問題は特有のものであり、国家が厳罰化された法律や烙印を押すような言説を通じて、人権擁護者やLGBTQ+当事者同士を孤立させ、市民社会や異論表明の基盤そのものを解体しようとしていると指摘した。

「これは単なる社会的偏見ではない。国家が進めるプロジェクトであり、その標的は市民社会そのものだ。報告書に記された日々の自己検閲は、そのプロジェクトを生きる人々の現実である」と同氏は述べた。

こうした状況が個人やコミュニティにもたらす影響は深刻だ。孤立が進むことで精神的・身体的健康が損なわれるだけでなく、中には医療機関の受診をためらう人もいる。

スミルノワ氏は、とりわけ子どもたちへの影響を懸念している。学校現場を通じた国家主導の宣伝や、年齢に応じた性と人間関係に関する教育の欠如、さらにLGBTIに関する話題をめぐる恐怖感によって、LGBTI当事者の子どもやLGBTIの家族を持つ子どもたちはもちろん、LGBTIと見なされる可能性のあるあらゆる子どもたちが、深刻な孤立や危険にさらされているという。

報告書によると、多くの指標で前年からの大幅な悪化は確認されず、一部ではわずかな改善も見られた。しかし執筆者らは、この結果を過度に楽観視すべきではないと警告する。調査は、回答者が抑圧の強まる環境の中で機微な情報を提供することを前提としており、実際の差別や暴力の実態は、報告書が示す以上に深刻である可能性があるとしている。

現実の差別水準がどの程度であれ、多くの人々が深刻な苦しみを抱えていることに変わりはない。

グリゴリー氏は現在、ロシアでLGBTQ+として生きる困難に対処するため、心理療法を受けているという。

「コミュニティ内では、自殺願望や自殺未遂はかなり一般的だ。」と同氏は語った。

IPSの取材に応じた当事者や活動家によれば、アルコールや薬物への依存、あるいは抗うつ薬の自己判断による服用も少なくないという。

しかし、こうした問題への支援を求めることも容易ではない。医療従事者による同性愛嫌悪やトランスフォビア、さらには性的指向に関する個人情報漏洩への懸念から、国営医療機関への不信感が根強いためだ。

圧力が強まる中、多くのLGBTQ+当事者は国外移住以外に選択肢がないと感じている。

年次報告書には、2025年および過去数年間に国外へ移住した数百人の回答も含まれている。

移住理由として最も多かったのは深刻な不安や心理的苦痛(66%)であり、続いて検閲強化(59%)、身の安全への懸念(57%)、社会におけるホモフォビアやトランスフォビアの拡大(57%)が挙げられた。

また、移住者の63%がロシアへの帰国を選択肢と考えておらず、前年より8ポイント増加した。

コミュニティの多くは、今後何年も状況改善の見込みがないと感じている。

オレイニク氏は、「ここ数年で世界は大きく変わった。ロシアだけでなく、世界各地で極右勢力が勢いを増し、LGBTQ+の権利は各地で攻撃を受けている。ロシア国内で今後5年から10年の間に良い変化が起きるとは期待していない」と語った。

一方、スミルノワ氏は、だからこそロシア国内外のLGBTQ+当事者や支援団体による連帯と活動の継続が重要だと強調する。

「ロシアにおける民主主義の後退が近い将来に反転する見込みが乏しいことを認めるのと、その間は何もできない、あるいは何もすべきではないと結論づけることは全く別の問題です。豊富な資源とあらゆる抑圧手段を背景としたロシア国家の力は現実のものであり、過小評価することはできません。しかし、人権団体や活動家を支援する立場から私たちが目にしているのは、諦めではなく、現実を直視したうえでの強い意志です。」

そして、「人々は今も活動を続けています。将来を見通すことは難しく、その活動の価値を測る尺度も他国とは異なるかもしれません。しかし、市民参加や批判的思考、そして連帯の可能性を絶やさないこと自体が、重要な抵抗の形であり、長期的な意義を持っています。」と述べた。

オレイニク氏もまた、ロシアのLGBTQ+当事者への支援を続ける決意を示した。

「私たちは活動と支援を続けなければなりません。ロシアのLGBTQ+の人々が私たちを必要としているからです。今は前向きな変化の兆しがほとんど見えないかもしれません。しかし、それは私たちが活動をやめる理由にはなりません。」

※グリゴリーは安全上の理由から仮名。

これはウクライナだけの問題ではない―ロシアによる占領地での犯罪を常態化させる世界的危険性

【キーウ(ウクライナ) IPS=ミハイロ・サヴァ、オレフ・マルティネンコ

ロシアによるウクライナ侵略戦争は、しばしばドローンやミサイル、変化する前線、領土問題といった観点から語られる。しかし、この戦争にはもう一つの側面がある。それは人間の問題である。|英語版

現在、9万人を超えるウクライナ人が「特別な事情のもとで行方不明」とされている。これは公式統計に基づく数字である。その一部は現在もロシアに拘束されている。そこには捕虜となった兵士だけでなく、民間人も含まれる。民間人の多くは、自らが暮らしていた地域がロシア軍の占領下に置かれたことで拘束された人々である。

2026年3月、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は米メディアAxiosとのインタビューで、ドナルド・トランプ米政権はドンバス全域をロシアに引き渡す以外に戦争を終結させる道はないとみていると語った。

しかし重要なのは、これは単なる領土の問題ではなく、そこに暮らす人々の問題でもあるということだ。そして、占領は決して平和ではない。

ミハイロ・サヴァ氏は政治学博士であり、ウクライナの人権団体「市民自由センター(Center for Civil Liberties)」の専門家を務めている。
オレフ・マルティネンコ氏は法学博士、教授、犯罪学者。ロシアによるウクライナ侵略戦争の従軍経験を持つ退役軍人であり、市民自由センターの専門家を務めている。
「迫害の連鎖」

民間人への恐怖支配は、ロシアがウクライナとの戦争で用いている戦術の一つである。占領当局が定めた規則に従わない者に対する処罰として、拘束と投獄が常態化している。

この仕組みの中核にあるのが、「迫害の連鎖」と呼ぶべきシステムである。このパターンは、すべての占領地域で繰り返されている。

第1段階:標的の特定

地方公務員、教師、ジャーナリスト、ボランティア、さらにはごく普通の住民であっても、わずかでも親ウクライナ的な考えを示せば占領当局の監視対象となる。

時には、偶然聞かれた会話やSNSへの投稿だけで十分である。

ロシアは2014年以降、この手法を用いてきた。まず占領下のクリミアで試し、その後すべての占領地域へと拡大した。

例えば2026年3月、クリミアのアルプカ在住の男性が、メッセージアプリへの投稿を理由に「テロ行為を正当化した」としてロシア治安当局に逮捕された。

The words on this drawing are “Hold on. I’m holding on.” This phrase reflects the emotional state of both those held in captivity and those waiting for their loved ones to return from imprisonment. The illustrator, Serhiy Ofitserov, has been in detention since August 2022. In January 2026, he was sentenced to 17 years on fabricated charges; he turned 50 in May. Courtesy: Hennadiy Ofitserov
この絵に書かれている言葉は「耐えろ。私は耐えている(Hold on. I’m holding on.)」である。この言葉は、拘束下に置かれている人々と、愛する人の帰りを待ち続ける家族の双方の心情を映し出している。作者のセルヒー・オフィツェロフ氏は2022年8月から拘束されており、2026年1月には捏造された容疑により懲役17年の判決を言い渡された。5月には50歳の誕生日を迎えた。提供:ヘンナディー・オフィツェロフ
第2段階:強制失踪

拘束された人々は公式に登録されない。

その所在は隠されるか、あるいは当局によって否定される。家族は何の情報も得られないまま取り残される。

これは、その後に起こるすべての出来事を家族の管理や監視の及ばないものにするため、意図的に行われている。

第3段階:残虐な扱い

拷問は例外ではなく、組織的に行われている。解放された人々は、殴打や電気ショック、模擬処刑、長期間にわたる食料や水の剥奪について証言している。性的暴力もまた、男女を問わず行われている。

「彼らは人を廊下へ連れ出した。そこには監視カメラがなく、周囲にいるのは皆、彼らの仲間だった。誰一人として止めようとはしなかった。そして彼らは気の済むまで殴り続けた。スタンガンも使った。そこには10人から12人、あるいはそれ以上の人間がいた。彼らはこう言った。『人生を少し味わえただろう。それでもう十分だ。どんなものかは経験したのだから、もう二度と味わうことはできない』と。」

そう語るのは、2022年9月25日、両親の自宅から占領当局によって連行された教師のヴィクトリア・アンドルシャ氏である。

家宅捜索の際、彼女の携帯電話からロシア軍の装備移動に関する通報ボットとのやり取りが見つかった。

ヴィクトリア氏は「スパイ行為」の容疑をかけられ連行された。まず隣村ノヴィ・ビキウのボイラー施設内に設けられた臨時拘束施設に収容され、その後、ロシア・クルスク州の勾留施設へ移送された。

彼女が解放されたのは2023年10月であった。

第4段階:見せかけの裁判

拘束者はしばしば遠方へ移送される。

こうした移送によって地域社会とのつながりは断たれ、所在の把握は困難となり、法的保護を受ける権利もさらに損なわれる。

その後に行われるのが「裁判」である。しかし、それは法的正当性を装った見せかけにすぎない。

民間人は、過激主義やテロリズム、スパイ活動といった捏造された罪で起訴される。

例えば、テレグラム・チャンネル「メリトポリはウクライナだ(Melitopol Is Ukraine)」の管理者ヤナ・スヴォロワ氏は、約2年間にわたる不法拘束の後、2025年10月23日、ロストフ・ナ・ドヌーの南部管区軍事裁判所から一般収容所での14年の刑を言い渡された。

第5段階:収監

人々は監視がほとんど、あるいは全く及ばない拘禁施設のネットワークに収容される。

An illustration by Serhiy Ofitserov, a Ukrainian civilian currently held in Russian captivity. Serhiy began drawing while in prison; here is a view of his prison cell. Courtesy: Hennadiy Ofitserov
ロシアで拘束されているウクライナ民間人セルヒー・オフィツェロフ氏によるイラスト。セルヒー氏は収監中に絵を描き始め、この作品には自身が収容されている独房の様子が描かれている。提供:ヘンナディー・オフィツェロフ

施設の環境はしばしば非人道的であり、家族との連絡は厳しく制限されるか、完全に禁止される。

多くの人々にとって、この段階は終わりの見えないものとなる。

これを止められなかった場合、世界は何に直面するのか

これらの各段階は、それぞれが人権と国際規範に対する重大な違反である。

しかし、それらが組み合わさることで、さらに深刻なものとなる。すなわち、人道に対する罪が連続的に発生し、互いを補強し合う一つのシステムが形成されるのである。

迫害、不法拘束、強制移送、強制失踪、拷問、性的暴力、投獄――これらは個別に起きている事件ではない。

それらは、統合され、意図的に構築された一つの抑圧システムを構成する要素なのである。

このシステムの目的は、占領地域に対する支配を強化し、恐怖を植え付け、人々に法制度、行政制度、教育制度を通じて押し付けられたルールへの服従を強いることにある。

そのメッセージは明白だ。人々には従順であることが求められている。

実際には、占領統治そのものが犯罪的な支配体制へと変質しつつある。

ここで国際社会は一つの問いを突き付けられる。もしこのような仕組みが何の責任も問われることなく機能し続けることを許せば、それは将来の紛争にどのような前例を残すことになるのだろうか。

「迫害の連鎖」を常態化することは、こうした手法を現代戦争の手段として定着させる危険をはらんでいる。

Image source: Sky News
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そして、その支配モデルはウクライナの国境をはるかに越えて広がっていくだろう。

したがって、責任追及の問題はウクライナだけの問題ではない。

課題は複雑だ。しかし、法は明確である。

残されているのは、行動する意思だけだ。

もしその意思が欠如すれば、このような行為は例外ではなく常態となる。

その代償を支払うことになるのは、現在獄中にいる人々だけではない。

国際法そのものの根幹が、その代償を負うことになるのである。

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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マリア・フェルナンダ・エスピノサ氏、国連事務総長選に名乗り

「予防外交」と制度改革を掲げる実務派候補

【国連ATN=アハメド・ファティ】

マリア・フェルナンダ・エスピノサ氏が国連事務総長選への出馬を表明した。その人物像は外交官たちにとって馴染み深く、同時に軽視し難いものである。危機対応で名を上げたスター候補でもなければ、既存秩序を揺さぶる異端の挑戦者でもない。むしろ国連が直面しているのは「目的の危機」ではなく「実行の危機」だと訴える、経験豊富な多国間外交の実務家である。|ENGLISH

これは華々しい主張ではない。しかし、決して軽い主張でもない。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

加盟国と市民社会との約3時間に及ぶ対話セッションと、その後の短時間の記者会見で、エスピノサ氏は自らを「予防」「実行」「組織運営の規律」を重視する候補者として位置づけた。エクアドル元外相、元国連大使、第73回国連総会議長としての経験を強調しながら、国連は必要な原則をすでに備えているにもかかわらず、それを現場での迅速かつ一貫した行動へと結び付けることにしばしば失敗していると繰り返し訴えた。

この主張によって、同氏の立候補は他の候補者とは異なる位置づけを得た。

ミチェル・バチェレ氏が人権と正統性を掲げる候補、ラファエル・グロッシ氏が危機対応の実務家、レベカ・グリンスパン氏が制度戦略家、マッキー・サル氏が政治的橋渡し役だとすれば、エスピノサ氏はまた別のタイプの候補として浮かび上がる。予防重視の理念を掲げる組織改革派であり、次期事務総長の役割は新たな理想を語ることではなく、まず国連という機構をより効果的に機能させることにあると考えている。

それは会場を熱狂させるような主張ではないかもしれない。しかし、資金不足、分断、そして制度疲労に苦しむ国連にとって、それは極めて現実的な選択肢でもある。

冒頭演説でエスピノサ氏は、その構想の全体像を示した。

同氏は、国連は依然として不可欠な存在である一方で、しばしば対応が遅く、組織が断片化し、支援対象である人々の日常的なニーズから乖離していると指摘した。そして、より信頼性が高く、効果的な組織への改革を訴えた。より早く行動し、より耳を傾け、その評価はニューヨークで開催した会議の数ではなく、現場で何を変えたかによって測られるべきだと述べた。

また、次期事務総長には指導力と同時に傾聴力も求められるとし、自らの立候補を「信頼」「成果」「実行力」の上に位置づけた。そして、国連は関連性や予算を競い合う諸機関の寄せ集めではなく、「一つの組織」であるべきだと強調した。

この考え方は、加盟国から寄せられた多くの質問とも共鳴した。

アフリカ諸国は、安全保障理事会改革、国連とアフリカ連合の協力公約の履行、気候資金、開発政策、人材登用の地域的公平性について質問した。

欧州連合(EU)は、人権が国連システムの中でどのような位置を占めるべきか、また人権分野への予算配分が極めて少ない現状について問いかけた。

小島嶼国や太平洋諸国は、国連総会の役割や気候危機への対応をめぐり、多くの小国にとって多国間主義は選択肢ではなく生存のための手段であることを国連が理解しているのかと問い質した。

アラブ諸国グループは、パレスチナ問題、人道法、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、そして国際法の一貫した適用について明確な立場を求めた。

また、途上国グループは繰り返し、流動性危機、債務問題、開発資金の確保、そして国連改革が効率化の名の下に開発分野を弱体化させることにならないかについて懸念を示した。

エスピノサ氏の回答は派手さこそなかったが、一貫していた。

人権については、国連の三本柱である平和、安全保障、開発、人権は切り離して考えることはできないと述べた。平和なくして開発はなく、開発なくして人権はなく、人権なくして平和もないとし、人権分野への資金配分不足を問題視した。

パレスチナ問題と中東情勢については、二国家解決を支持し、民間人保護の重要性を強調するとともに、UNRWAの任務継続を支持した。また、国連事務総長は総会と安全保障理事会の取り組みを対立する政治的路線として扱うのではなく、より緊密に連携させるべきだと述べた。

開発問題に関しては、グローバル・サウス諸国の不満や課題に最も寄り添う姿勢を示した。

開発政策はニューヨークで設計されるべきではなく、各国自身が主導し、それぞれの現実に根ざしたものでなければならないと主張した。また、画一的な制度モデルではなく、各国の事情に即した支援が必要だと強調した。

さらに、財政的余地の拡大、国際金融システム改革、気候資金へのアクセス改善、債務再編、そして構造的制約に直面する国々への実践的支援の必要性を繰り返し訴えた。特に、小島嶼開発途上国(SIDS)、後発開発途上国(LDCs)、中所得国が抱える資金や技術へのアクセス格差について深い理解を示した。

しかし、彼女の主張の中で最も特徴的だったのは「予防」の概念であった。

エスピノサ氏は、事務総長室に直属する「早期警戒・早期対応ハブ」の創設を提案した。これは新たな巨大官僚機構ではなく、24時間体制でリスクを監視し、より迅速な政治的対応を可能にする仕組みだという。

また、シャトル外交、静かな外交(quiet diplomacy)、そして加盟国、とりわけ安全保障理事会との継続的な対話の重要性を繰り返し強調した。

その語り口は、危機が表面化してから注目を集める調停者というよりも、世界が危機を認識した時には国連はすでに手遅れになっていることが少なくないと確信する実務家のそれであった。

記者会見では、その考え方がさらに明確になった。

アントニオ・グテーレス現事務総長との違いを問われると、エスピノサ氏は再び「実行力」の問題に立ち返った。

国連は優先順位を明確にし、業務を合理化し、成果重視の文化を築く必要があると述べ、自らを「行動する人間」であり、「結果を出す人間」であると表現した。候補者がしばしば使う表現ではあるが、彼女の場合、それはこれまでの発言内容とも整合していた。

また、「初の女性事務総長誕生」の可能性について問われると、「80年も経ったのだから、なぜ今でないのか」と答えた。ただし、それは単に女性であればよいという意味ではなく、「正しい女性」であり、「正しいリーダー」でなければならないと付け加えた。

この回答は、彼女の強みと限界の双方を象徴していた。

エスピノサ氏は信頼性があり、経験豊富で、国連制度を熟知している。組織の仕組みを理解し、改革や公平性、実施能力について加盟国がどのように考えているかも把握している。

さらに、見過ごされがちな政治的強みも持つ。特定の陣営にとって明確なイデオロギー上の挑発者として映らない点である。

一方で、他の候補者がそれぞれの得意分野で見せたような圧倒的存在感を示したわけでもなかった。

グロッシ氏の危機対応能力、バチェレ氏の規範的な影響力、グリンスパン氏のより洗練された制度改革論に比べれば、エスピノサ氏の魅力はより堅実で着実なものだ。

彼女が訴えているのは、次期事務総長には組織運営を立て直し、実行重視の文化を強化し、次の危機が深刻化する前に「予防」を実際に機能する仕組みへと転換できる人物が求められているということである。

それだけで十分かどうかは分からない。

しかし少なくとも今回の選挙戦において、それは単なる「つなぎ」の主張ではない。

そして彼女の立候補が投げかける本質的な問いはここにある。

財政的、政治的、そして戦略的な圧力にさらされる国連は、次の指導者として「道徳的な声」を求めるのか、「危機管理者」を求めるのか、「地政学的仲介者」を求めるのか。それとも、国連の使命そのものは正しいと信じながら、その実行力の立て直しに取り組む「規律ある制度改革者」を求めるのか―。

INPS Japan/ATN

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/maria-fernanda-espinosa-enters-the-u-n-race-as-a-process-reformer-with-a-prevention-pitch

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エベレストの麓まで到達した蚊たち

気候変動により、デング熱を運ぶ蚊とウイルスがネパールの山岳地帯へ拡大

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ユーリ・セガレルバ】

ネパールでは近年、かつては存在しなかったヒマラヤの高地の谷間へとデング熱が広がりつつあり、深刻な懸念が高まっている。

2025年には、国内16の高地郡のうち15郡で感染が報告された。これは、デング熱を媒介する蚊とウイルスが標高2,400メートルを超える地域まで到達した前例のない事態である。トリブバン大学の研究では、ジュムラ(標高2,438メートル)でネッタイシマカ(Aedes aegypti)とヒトスジシマカ(Aedes albopictus)、およびその幼虫の存在が確認された。|英語版

ソルクンブ郡では体系的な科学調査はまだ実施されていないものの、渡航歴のない住民の感染例が報告されており、エベレストの麓にも媒介蚊が生息している可能性が示唆されている。

蚊が2,438メートルへ
ジュムラのチャンダンナート市(標高2,438メートル)は、デング熱を媒介するネッタイシマカとヒトスジシマカが確認された最も高い地点である。
ジュムラのチャンダンナート市(標高2,438メートル)は、デング熱を媒介するネッタイシマカとヒトスジシマカが確認された最も高い地点である。

つい最近まで、これらの蚊が確認されていたのは標高2,100メートル以下に限られていた。しかし過去2年間でデング熱はほぼ全国へ拡大し、2024年から2025年にかけて77郡中76郡で感染が確認された。

疫学・疾病管理局(EDCD)によると、2024年1月以降の感染者数は42,647人に達し、19人が死亡している。ただし、実際の感染者数はこれを大きく上回るとみられている。

ネパール保健研究評議会(NHRC)はベルギー・アントワープ熱帯医学研究所と協力し、蚊のサンプルを採取。温暖化への適応や殺虫剤耐性の獲得状況を分析している。研究者たちは採集した標本を観察、撮影、分類し、生存や分布、耐性のパターンを記録している。

高地で生き延びる蚊を追う研究

カトマンズのNHRC研究所では、サントス・パンデイ氏、プラティマ・バンダリ氏、サンギタ・チャン氏らが顕微鏡で媒介蚊を観察している。昆虫学部門では実体顕微鏡を用いてネッタイシマカとヒトスジシマカの微細な違いを識別し、疾病リスクの評価や監視対策に役立てている。

顕微鏡下の雌のネッタイシマカでは、幼虫と成虫の色や形状の変化を調べることで、殺虫剤耐性や高地環境への適応の兆候を探っている。すべての標本は分析とデジタル保存のため撮影される。

2024年、シュクララジ熱帯感染症病院で治療を受けたスシラ・デヴィ・シャーさん(38)は、激しい筋肉痛や眼痛、頭痛、発熱に苦しんだ。これらはデング熱の主な症状であり、治療が遅れると重症化する恐れがある。

NHRCのシヴァ・ラジバンシ氏は蚊や幼虫を捕獲し、生息域を調査している。この研究は、気温上昇によって蚊が生息・繁殖できる地域の拡大を把握し、予防対策につなげることを目的としている。

気候変動が生む新たな脅威

専門家らは、デング熱がネパールの山岳地域へ広がった最大の要因として地球温暖化を挙げる。気温上昇によって、かつて感染リスクが低いと考えられていた高地でも蚊が生存・繁殖できるようになったためである。

デング熱を媒介する蚊は主に早朝と夕方に活動し、人々を吸血する。

さらに、道路網の整備による国内移動の活発化や国際的な人の往来の増加も、ウイルス拡散を後押ししている。その結果、医療体制が脆弱なヒマラヤの集落にも感染が及ぶようになった。

こうした遠隔地では、多くの住民が今もチベット伝統医学「ソワ・リグパ(Sowa Rigpa)」に頼っている。地域社会で厚い信頼を集めるアムチ(伝統医)が長年にわたり医療の担い手となってきた。

伝統医療とデング熱

標高2,743メートルのジョムソムでは、乾燥期のさらなる乾燥化と激しいモンスーン嵐など、異常気象が目立つようになっている。平均気温も上昇しており、蚊媒介感染症にとって好条件が整いつつある。2025年にはムスタン郡で9件のデング熱感染が報告された。

アムチのケドゥプ・ローデン・グルン氏は、脈診や尿・舌の観察、患者との対話を通じて診断を行う。ソワ・リグパは病原体そのものではなく、人間全体のエネルギーバランスに着目するため、「デング熱」に相当する概念は存在しない。

伝統的な手法で作られるソワ・リグパの薬草薬。乾燥・加工された薬草は手作業で粉砕され、受け継がれてきた伝統処方に従って調合される。その後、代々伝承されてきた技術と簡素な道具を用いて、粉末薬や丸薬、塗り薬へと仕上げられる。薬は患者に渡される前に、宗教儀礼に基づく加持が施される。

ジョムソムの診療所で若い患者を診察するケドゥプ・ローデン・グルン氏。仏教僧院文化を背景とするアムチ(チベット伝統医)の多くは、治療を慈悲と奉仕の行為と位置づけ、営利目的ではなく天職として医療に従事している。

インドのアーユルヴェーダや仏教思想の影響を受けたソワ・リグパは、身体・精神・環境・霊性を相互につながったものとして捉える包括的な医療体系である。

予防こそ最大の武器

デング熱の拡大を防ぐため、ネパール保健当局は蚊よけ剤や蚊帳の利用、家庭周辺の環境整備、停滞水の除去、媒介蚊監視の強化などを柱とする予防戦略を進めている。

気候変動の影響を受けやすくなった地域社会が、新たな健康危機に迅速に対応できる能力を高めることが目標だ。

デング熱には主要な2系統に対するワクチンが存在するものの、高価で副作用もあるため、現時点では予防と媒介蚊管理が最も有効な対策とされている。

標高2,413メートルのファプルにあるソルクンブ郡立病院。高地に位置するこれらの医療施設は、限られた医療資源を活用しながら、地域住民のさまざまな医療ニーズに対応している。

デング熱が疑われるナラ・マヤ・カトリさん(87)から、迅速診断検査用の血液サンプルを採取するビジャイ・シン・クシュワハ氏。近年、この地域でも同様の症例が増えており、病院ではこうした患者への対応が日常的なものとなりつつある。

NHRC研究所では、スニタ・バラル氏らが蚊の研究を続けている。

昨年、NHRCの蚊の繁殖地でデータロガーを設置するプラモド・シュレスタ氏。気温と湿度をリアルタイムで測定し、蚊の発育や生存、卵のふ化に影響を及ぼす環境条件を追跡している。ネッタイシマカやヒトスジシマカなどの媒介蚊は限られた気候条件で繁殖するため、こうしたデータは気候変動への適応状況を把握する上で重要な手掛かりとなる。

アナプルナ山群へと流れ上るポカラ盆地の霧。デング熱を媒介する蚊もまた、山岳地帯へと分布域を拡大している。気温上昇と季節外れの降雨は蚊の繁殖に好条件をもたらし、より高い標高での生存を可能にしている。デング熱の拡大を防ぐには、住民への啓発と予防対策が引き続き重要となる。

高地へ拡大する蚊

地球規模の気温上昇により、ヒマラヤでは蚊がこれまで以上に高い標高でも生息・繁殖できるようになっている。その結果、デング熱、マラリア、日本脳炎、ジカ熱などの蚊媒介感染症は、分布域の拡大と感染拡大の両面で深刻化している。

低地では蚊は一年を通じて繁殖するが、高地では侵入種の蚊は季節的に出現し、在来種と共存している。ネパールでは、デング熱を媒介する蚊はこれまで夏季に標高2,000メートル以下でのみ確認されていた。しかし近年、ジュムラでは標高約2,500メートル地点で媒介蚊とその幼虫が確認されており、ソルクンブにも分布が広がっていることを示す証拠が見つかっている。

昨年、ネパールの77郡のうち75郡でデング熱患者が報告された。その背景には、気候変動、都市化、住民の認識不足に加え、国内外における人や物の移動の活発化がある。

INPS Japan

台頭するロヒンギャ抵抗運動―ムハンマド・ユーナス博士、軍事・政治同盟の必要性を訴える

【イスラマバードINPS Japan/London Post=モハンマド・ラーシド】

マレーシアのクアラルンプールで行われた独占インタビューで、ロヒンギャの長年の指導者であり、ロヒンギャ連帯機構(RSO)に関わってきたムハンマド・ユーナス博士は、医師から活動家へと転じた自身の歩みを語るとともに、ロヒンギャの人々が直面している長期化した危機について率直な見解を示した。|ENGLISH

数十年にわたりこの問題に関わってきたユーナス博士は、安全な市民権、尊厳、自衛の必要性を強調した。同時に、ミャンマー軍事政権、アラカン軍(AA)、中国、米国、インド、バングラデシュが絡む複雑な地域地政学の中で、ロヒンギャが置かれている状況についても語った。

ユーナス博士は、アラカン、現在のミャンマー・ラカイン州で生まれ育った。1969年に医学部を卒業し、医師として勤務した。博士によれば、1962年にミャンマーで軍が政権を掌握して以降、アラカンのイスラム教徒を取り巻く状況は悪化し、法も秩序も機能しない軍政下で、日常生活そのものが抑圧に覆われるようになったという。

市民権が次第に疑問視され、奴隷のように扱われる一般のロヒンギャの苦しみを目の当たりにした博士は、1975年、ミャンマーでの安定した職業生活を捨て、バングラデシュでロヒンギャ運動に加わるという重大な決断を下した。

「私は医師として十分な収入を得ていました。家族でさえ、私が去るつもりでいることを知りませんでした。」と博士は振り返る。「しかし、アラカンのイスラム教徒が迫害され、未来も権利もない状況を見て、私たちのような者が共同体の経済、宗教、社会生活のために闘わなければならないと感じたのです。正当な権利のためには、命懸けで立ち上がるしかありませんでした。」

亡命生活と変化するバングラデシュの政策

ユーナス博士は、幾度にもわたる避難の波について詳述した。1978年、ミャンマーの社会主義軍事政権下で実施された「作戦」により、殺害や村落の焼き打ちが起き、約30万人のロヒンギャが逃れた。当時、博士はすでにバングラデシュにいた。シェイク・ムジブル・ラーマン政権初期の政府は、この問題への認識が限られていた一方、その後のカレダ・ジア政権下では、二国間合意に基づき20万人以上の帰還が実現した。ただし、ロヒンギャの移動の自由はなお制限されたままだった。

Photo: London Post

シェイク・ハシナ長期政権下で状況は急激に悪化したと、ユーナス博士は述べる。博士によれば、同政権はインドと緊密に協議しながら政策を進めていたという。「インドが認めることは実行され、そうでなければ何も行われませんでした。」と博士は語った。ロヒンギャの活動には情報機関への事前報告が求められ、全体として支援は後退した。

2024年8月にハシナ政権が崩壊し、ムハンマド・ユヌス教授を首席顧問とする暫定政権が発足して以降、キャンプの状況には一定の安定が見られるようになった。ユーナス博士は、バングラデシュの新指導部が犯罪や過激化といった内部問題に対してより厳格な姿勢を取っていることを認めた。その背景には、帰還への道を閉ざされた若者たちの不満があると博士は見る。「こうした権力者たちに声を聞かせるには、武装闘争しかないと考える人々もいます。」と博士は述べる一方、キャンプ内の全員がそうした動きに関わっているわけではなく、暫定政権はこうした傾向の抑制に努めていると強調した。

保証なき帰還は安全ではない

2026年以降の帰還の可能性について、ユーナス博士は懐疑的な見方を示した。博士は、バングラデシュ暫定政権には帰還を実現したいという真摯な意思があるとしながらも、現地の現実を指摘した。すなわち、ミャンマー軍事政権もアラカン軍(AA)も、ロヒンギャを平等な市民として受け入れる意思を示していないということだ。ラカイン州17郡区のうち約14郡区を支配しているとされるAAは、なお支配をめぐる争いが続き、軍政側の反攻にも直面しているが、多くのロヒンギャからは、軍よりも危険な存在と見なされている。抑圧が続いているとの報告もある。

「ロヒンギャは、この二つの勢力を信頼していません」と博士は述べた。「市民権が回復され、国際的保護の下で、平和で尊厳ある安全な帰還が保証されない限り、人々は戻りません。誰も、同じ苦しみの中へ戻りたいとは思っていないのです。」

博士は、最近の変化にも言及した。ミャンマー軍は、AAと戦わせるため、RSOに関係する一部勢力を含むロヒンギャ系武装集団に武器を供与していると報じられている。軍は、ロヒンギャ共同体を疎外した過去の過ちを認識し始めたともいう。しかし、紛争、爆撃、移動制限が続く中で、根本的な変化がない限り、帰還は現実的ではない。

地政学のチェス盤:中国、米国、インド、そしてその先

China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes - Own work, CC BY-SA 4.0
China in Red, the members of the Asian Infrastructure Investment Bank in orange. The proposed corridors and in black (Land Silk Road), and blue (Maritime Silk Road)./ By Lommes – Own work, CC BY-SA 4.0

ユーナス博士は、主要国がこの危機にどのような影響を及ぼしているかについても分析した。博士は、中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)やアラカンにおける港湾・パイプライン事業について、帰還そのものとは直接関係しないものの、安全保障とは結び付いていると述べた。帰還を左右するのは経済事業ではなく、安全と市民権の保証だという。博士によれば、中国はAAによる中国関連インフラへの攻撃に苛立ち、軍政とAAの双方に圧力をかける一方で、ミャンマー軍には高性能兵器を供給している。北京はこれまで、経済的圧力を背景に他の武装勢力との停戦を仲介してきた経緯があり、地域の安定化を図るため、ロヒンギャの帰還を静かに後押しする可能性もあると博士は見ている。

「中国は賢明で、現実的です。他国の土地を占領する国ではありません」と博士は述べた。その上で、ロヒンギャがアラカン北部、すなわちカラダン川以東のイスラム教徒が多数を占める地域を確保できれば、信頼できないAAよりも中国の利益を守ることができるとの見方を示した。博士は、南部のAAに対抗するため、軍政とロヒンギャの同盟を中国が仲介する可能性にも言及した。

一方、米国とインドの関与について、ユーナス博士は地政学的動機に基づくものとして警戒感を示した。博士は、米国が中国に対抗するため、インド太平洋地域で足場を築こうとしており、セント・マーティン島やチッタゴン丘陵地帯もその対象になり得ると主張した。これは、グワダルや南シナ海をめぐる戦略と似ているという。インドについては、北東部の「セブン・シスターズ」における分離主義の拡大を警戒し、海へのアクセスにつながり得るアラカンで、イスラム教徒が多数を占める支配地域が生まれることに反対していると述べた。米印がAAに接近しているとの報道は、ロヒンギャへの真の支援ではなく、代理戦争的な力学への懸念を生んでいる。「ロヒンギャは罪のない人々です。私たちは利用されないよう、慎重でなければなりません。」と博士は警告した。

イスラム諸国やイスラム協力機構(OIC)について、ユーナス博士は批判的だった。危機のたびに声明は出されるが、実効的な影響力は伴っていないという。国連についても、博士はしばしば西側の利益に沿って動いていると見る。博士は、イスラム圏であるか否かを問わず、いかなる勢力からであっても、資金面、武器面、その他の形でより強力な支援が必要だと訴えた。

自衛と自治を求める訴え

今後5年以内に権利を取り戻せるかを問われると、ユーナス博士は率直に答えた。「自力だけでは不可能です。ロヒンギャは強力な勢力から真剣な支援を受けなければなりません。私たちは反撃する準備があります。決して諦めません。」

博士は、武器と資金の支援があれば、ロヒンギャには闘う能力があると述べた。過去の訓練経験にも触れたが、未確認の人物や勢力とは距離を置き、孤立した過激主義ではなく、組織的かつ真剣な国際支援が必要だと強調した。

博士が描く将来像の中心にあるのは、アラカン北部における自治である。難民が帰還すれば、その地域ではロヒンギャが多数派となり得る。博士は、それがAAに対抗するミャンマー軍との連携にもつながり、すべての当事者、そして中国の事業にとっても利益になると主張した。「私たちは約束を裏切りません。善良なムスリムとして、私たちは言葉を守ります」と博士は述べ、ロヒンギャは地域の安定に向けた信頼できるパートナーになり得ると訴えた。

ユーナス博士は最後に、人道回廊を利用してAAやバングラデシュのチッタゴン丘陵地帯の反政府勢力に武器を流そうとする米国の動きがあるとする疑惑にも触れた。博士は、中国が一帯一路構想(BRI)関連投資を守るためには、信頼できないAAとロヒンギャのどちらを選ぶのかを決めなければならないと訴えた。

今回のインタビューは、ロヒンギャ危機が単なる人道上の悲劇にとどまらず、深く絡み合った地政学的闘争でもあることを浮き彫りにしている。ラカイン州では戦闘が続き、AAが同州の大部分で優位に立つ一方、外部勢力の支援を受けた軍政側の抵抗にも直面している。安全で尊厳ある帰還はいまだ実現の見通しが立っていない。ユーナス博士が訴える武装による自衛と現実的な同盟の必要性は、数十年にわたり無国籍と暴力に苦しんできた共同体の絶望と決意を映し出している。

ロヒンギャにとって、前に進む道には、真の安全、市民権の回復、そして国際的保証が不可欠である。アラカンに恒久的な平和を築くためには、地域の諸勢力がそうした条件の実現を支援しなければならない。

INPS Japan

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暴力、気候ショック、飢餓がサヘルを崩壊の瀬戸際に追い込む

【国連IPS=オリトロ・カリム】

ここ数年、アフリカのサヘル地域における人道危機は大きく拡大している。その主因は、特にサヘル中央部で急増する暴力である。国連は、この危機について、2012年に顕在化して以来「見出しから大きく消え去った」と指摘しているが、地域全体では今なお数百万人が人道支援を切実に必要としている。民間人の避難、気候ショック、広範な飢餓は国境を越えて急速に広がっている。|ENGLISH

「サヘルの人々は世界的危機の傍観者ではない。彼らは、世界で最も深刻かつ見過ごされている緊急事態の中心にいる。」と、国連人道問題調整事務所(OCHA)西・中央アフリカ地域代表のシャルル・ベルニモラン氏は語った。「あらゆる資金不足には人間の犠牲が伴う。事業が削減されれば、子どもは一食を失い、女性と少女は保護を失い、家族は希望を失う。資金崩壊を、数百万人にとっての死刑宣告にしてはならない。」

Sahel Region, Ma pf of Africa

OCHAは6月3日、サヘルに関する「2026年人道ニーズ・対応概要(HNRO)」を発表し、チャド、マリ、ニジェール、ブルキナファソ、ナイジェリア北東部、カメルーン極北州に広がる深刻かつ悪化する人道危機の実態を示した。OCHAによると、同地域全体で約2430万人が人道支援を緊急に必要としている。国連児童基金(UNICEF)によれば、このうちサヘル中央部だけで750万人の子どもが含まれる。

国連西欧地域広報センター(UNRIC)の統計によれば、世界のテロ関連殺人の大半はサヘルで発生している。さらにOCHAは、2025年を通じて一部地域で民間人に対する搾取が急増し、地域経済に深刻な混乱が生じ、コミュニティ全体が住む場所を追われたと記録している。

支援ニーズの規模が最も大きいのはサヘル中央部で、国内避難民は約300万人に上る。その内訳は、ブルキナファソが約200万人、ニジェールが54万8000人、マリが41万5000人である。さらに、周辺諸国には約100万人の難民がいる。UNICEFの統計では、今年、暴力の直接的影響によって360万人以上が強制的に避難を余儀なくされた。

4月下旬、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、首都バマコを含むマリ各地の複数の自治体を標的とした大規模攻撃を記録した。これにより多数の民間人被害が発生し、避難はさらに拡大した。その後数日間にも、マリ警察と武装勢力の間で相次ぐ衝突が報告された。

OHCHRはまた、これらの攻撃後、超法規的殺害や拉致など、重大な人権侵害に関する多数の申し立てがあったと報告している。5月には、マリの政治家で弁護士のムンタガ・タル氏が自宅から拉致され、妻も暴行を受けた。タル氏と妻、そして複数の拉致被害者の所在は現在も分かっていない。

さらに、国連人種差別撤廃委員会(CERD)は5月6日、ブルキナファソでフラニ民族に対する人権侵害が大幅に増加しているとの所見を公表した。フラニの人々は、国家主体および非国家主体によって、超法規的殺害、拉致、拷問、強制失踪、恣意的拘禁、財産の破壊にさらされているとされた。

OCHAによれば、武装集団はサヘル中央部とチャド湖流域で影響力を拡大し、コミュニティ全体から保護サービスや統治機能を奪っている。不安定化の拡大により、推定1万2900校が閉鎖され、230万人以上の子どもが教育を受けられなくなっている。その結果、子どもたちは武装勢力による徴用や搾取に一層さらされやすくなっている。

この危機で特に深刻な影響を受けているのは子どもたちである。UNICEFは、子どもに対する重大な人権侵害を1500件以上記録している。学校は引き続き攻撃の標的となっており、5月にはマリのモプティにある学校が爆発物の存在と武装活動の影響を受け、約300人に被害が及んだ。同じ時期、UNICEFはガオの地域保健施設への攻撃も記録しており、これにより約2700人の子どもが医療を受ける機会を妨げられた。

Niger, Mayahi, Village of Koren Habdjia. At the village health centre supported by UNICEF, mothers come for consultations with their children. This health centre provides care for childhood illnesses, maternal health, and pregnant women. It treats children for malnutrition and also provides delivery services. Credit: UNICEF/Islamane Abdou
Niger, Mayahi, Village of Koren Habdjia. At the village health centre supported by UNICEF, mothers come for consultations with their children. This health centre provides care for childhood illnesses, maternal health, and pregnant women. It treats children for malnutrition and also provides delivery services. Credit: UNICEF/Islamane Abdou

地域全体で繰り返される気候ショックも、危機をさらに悪化させている。サヘルの気温上昇は世界平均を大きく上回る速度で進んでいる。OCHAの統計によれば、2025年だけで約59万人が激しい洪水の影響を受けた。また、長期化する干ばつと広範な砂漠化が地域の農業を破壊し、数百万人の生計を脅かしている。

長引く気候ショックと武力紛争により、サヘルは世界で最も深刻な飢餓危機の一つとなっている。OCHAは、6月から8月にかけて、約1540万人が「危機的」水準以上の食料不安に直面する可能性があり、このうち150万人は「緊急」水準に陥る恐れがあると予測している。

UNRICによれば、マリでは食料配給の削減により、複数地域で飢餓が64%増加し、150万人が深刻な食料不安に陥っている。さらにサヘルでは肥料価格の上昇が農業生産の低迷に拍車をかけ、燃料価格の上昇が食料や支援物資のコストを押し上げている。

SDGs Goal No. 2
SDGs Goal No. 2

支援ニーズが広範かつ拡大しているにもかかわらず、サヘル向けの人道資金は近年急減している。国際社会からの支援は過去10年で最低水準に落ち込み、2025年には必要資金の29%しか確保されなかった。その結果、援助団体は対応規模の縮小を余儀なくされ、最も脆弱な人々への支援を優先せざるを得なくなっている。

「サヘル全域で、人道支援関係者は『人道対応の再編』を進めている。最も差し迫ったニーズに重点を置き、対応を簡素化し、限られた資源で最大限の効果を上げるための取り組みである。」とベルニモラン氏は語った。

同氏はさらに、「これは困難な選択を迫られながらも、効率性を高め、意思決定を被災コミュニティにより近づけることを意味する。また、予測に基づく早期対応、現金支援の拡大、そして、とりわけアクセス困難地域で人々に支援を届ける上で重要な役割を担う国内・地域団体への支援強化も含まれる。」と語った。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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