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相乗効果を力に、2030年までSDGsへの歩みを止めない(浅井伸行 SGI平和センター環境・人道部長)

【東京INPS Japan=浅井伸之】

SDGsの目標年である2030年まで、残すところあと4年となりました。残念ながら、169のターゲットの多くは、期限までの達成が困難とみられています。さらに憂慮すべきことに、一部の政治指導者はSDGsに否定的な姿勢を示し、これまでの前進に逆行する政策さえ進めています。|英語版

その一方で、私は2026年2月、バンコクの国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で開催された「アジア太平洋持続可能な開発フォーラム」に参加し、SDGsが今なお多くの政府にとって重要な指針であり続けていることを目の当たりにしました。

SDGs Goal No. 11
SDGs Goal No. 11

このフォーラムは毎年、選定されたSDGsについて各国の進捗を検証し、優れた解決策を共有するとともに、残された課題を明らかにするために開催されています。今年、重点的に取り上げられた目標の一つが、創価学会とSGIが長年にわたり取り組んできた目標11でした。私は、SGIがこの10年にわたり加盟しているSDGs市民社会ネットワークの支援を得て、同フォーラムに参加しました。

フォーラムでは、多くの政府関係者が、それぞれの目標に照らした進捗評価や具体的な取り組みを紹介しました。興味深かったのは、その発言の中で、関連する他の目標にもたびたび言及していたことです。

例えば、ある政府関係者は、目標11に掲げられた公共交通の改善について説明し、それが自動車から排出される温室効果ガスの削減につながり、目標13の達成にも貢献すると強調しました。また、目標5以外の目標を推進する際にも、ジェンダー平等の視点を取り入れていると述べた参加者もいました。

このように、複数の目標を常に念頭に置き、その相互のつながりを意識する姿勢は、SDGsが採択された当初には、それほど一般的ではありませんでした。しかし現在では、他の目標を犠牲にして一つの目標だけを達成することは許されない、という認識が共通理解となっています。これは非常に意義のある前進です。

ちなみに日本政府はこの点を重視し、国際社会において「シナジー・アプローチ」、すなわち相乗効果を重視する手法を推進しています。これと歩調を合わせ、環境省の関連機関である地球環境戦略研究機関(IGES)は、複数のターゲットの達成に同時に寄与する政策と、ターゲット間に対立やトレードオフを生じさせかねない政策の双方を示しています。

ここ数年、開発資金は減少し、複数の国連機関が財政危機に直面しています。この傾向は今後も続くとみられ、資金や援助をいかに効果的かつ効率的に活用するかが、ますます重要になっています。 こうした状況において、メディアプロジェクト「SDGs for All」は、SDGsをより幅広い視点から捉える機会を提供し、読者が世界の状況をより深く理解する一助となるものです。

このプロジェクトを通じて得た学びを胸に、私たちも2030年まで、最大限の努力を続けてまいります。

AI、核戦争、気候危機、飢餓など、相互に関連しながら人類の未来を脅かす地球規模の課題を報じ、人々の地球市民としての意識を具体的な行動へと結びつける「知のインフラ」としてのジャーナリズムを表現したイメージ。INPS Japanと創価学会インタナショナル(SGI)が推進する共同メディアプロジェクトは、ローマ宣言を継続的な国際協力と市民の行動へと発展させる「ローマ・プロセス」に貢献し得る情報基盤の一例である。イラスト:INPS Japan
AI、核戦争、気候危機、飢餓など、相互に関連しながら人類の未来を脅かす地球規模の課題を報じ、人々の地球市民としての意識を具体的な行動へと結びつける「知のインフラ」としてのジャーナリズムを表現したイメージ。INPS Japanと創価学会インタナショナル(SGI)が推進する共同メディアプロジェクトは、ローマ宣言を継続的な国際協力と市民の行動へと発展させる「ローマ・プロセス」に貢献し得る情報基盤の一例である。イラスト:INPS Japan
本稿は、INPS Japan創価学会インタナショナルと推進しているSDGs for Allメディアプロジェクトの報告書(2025年4月~26年3月までに配信されたプロジェクト記事をまとめたもの)に寄稿されたものである。

INPS Japan

SDGs for All 2026 Report
SDGs for All 2026 Report

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ロマの人々への特別な配慮なくして、ウクライナ復興の成功はない

【ブラチスラバIPS=エド・ホルト

Neda Korunovska, Vice President for Analytics and Results at the Roma Foundation for Europe
Neda Korunovska, Vice President for Analytics and Results at the Roma Foundation for Europe

ロシアによる全面侵攻が続く中、各国政府、援助機関、NGO、開発銀行、企業の代表らがポーランド・グダニスクに集まり、ウクライナ復興について議論した。すでに数十億ユーロ規模の復興支援が約束されている一方で、その復興をいかに効果的かつ透明性をもって、公平に進めるかという課題は依然として残されている。|英語版

戦争は、とりわけ社会的に脆弱な立場に置かれてきた人々に深刻な影響を及ぼしている。なかでもロマ(Roma)の人々は、住宅、医療、教育、雇用へのアクセスに以前から多くの障壁を抱えており、復興政策に特別な配慮がなければ、既存の格差がさらに固定化される恐れがあると、ロマ人権団体は警鐘を鳴らしている。

IPSは、ロマ・ヨーロッパ財団(Roma Foundation for Europe)で分析・成果担当副代表を務めるネダ・コルノフスカ(Neda Korunovska)氏に、なぜロマの声を復興計画に反映させることが不可欠なのか話を聞いた。

IPS:戦後のウクライナでは、どの程度の復興が必要になるのでしょうか。どのような復興が求められると考えますか。

コルノフスカ氏(以下NK):考えなければならないのは二つの側面です。

一つは、道路や住宅、インフラなど物理的な復興。もう一つは、社会そのものの再建です。

世界銀行や国連機関、EU、ウクライナ政府は毎年、今後約10年間を見据えた復興ニーズ評価を公表しています。キーウ経済研究所も復興費用を試算していますが、これらはいずれも経済モデルに基づくものです。

しかし、包摂的(インクルーシブ)な社会を築くために何が必要かを数値化することは、はるかに難しい課題です。現在の試算では、そのために必要な資金や政治的意思が十分に考慮されているとは言えません。

私たちの活動を通じて分かっているのは、復興を真に包摂的なものにすることは非常に難しいということです。

ウクライナ社会はもともと様々な分断を抱えていました。そして戦争によって、その分断はさらに深まりました。軍に従軍している人としていない人、国内避難民、国外避難民など、多様な立場の人々が存在しています。社会的結束を再構築する議論では、こうした違いを十分考慮しなければなりません。

さらに、戦争が長期化し続けていることも大きな障害です。新たな被害は今も毎年発生しており、政府の最優先事項は安全保障と防衛です。緊急対応に必要な資金すら毎年不足している状況であり、本格的な復興は極めて複雑なものになっています。

IPS:社会の分断について触れられましたが、戦後復興では「ある集団を他より優先すべきだ」という考え方がすでに存在しているのでしょうか。

NK:公式にはありません。しかし、実際には非公式な形で起きています。

私たちの最近の調査では、住宅被害に対する補償制度などで、その実態を確認しました。

例えば国内避難民(IDP)として登録するには、占領地域や戦闘地域に居住していたことを示す有効な身分証明書が必要です。身分証を持っていなかったり、登録住所が一致しなかったりすると、実際にそこに住んでいても支援を受けられません。行政機関も人手不足のため、結局は「誰を知っているか」という人間関係が大きく影響します。

これはウクライナだけでなく旧ソ連諸国では珍しくありません。病院の予約一つ取るにも、知人のつながりが役立つことがあります。現在のウクライナでも同じです。限られた資源しかないため、誰を優先するかは形式上ではなく、非公式なネットワークによって左右される場合があります。

その結果、社会的なつながり(ソーシャル・キャピタル)が乏しい人々ほど後回しにされてしまうのです。

IPS:ロマの場合、身分証明書を持たない人や土地・住宅の所有を証明できない人も少なくありません。戦後復興から取り残されることを特に懸念していますか。

NK:はい。非常に懸念しています。

戦争中に実施された社会的結束に関する調査でも、ロマとその他の住民との間には依然として大きな格差があることが示されています。唯一改善が見られたのは、ロマと非ロマが共に戦火を経験し、困難を共有した地域だけです。

しかし、それはウクライナ全土には広がっていません。これが私たちにとって大きな懸念です。

IPS:ロマだけでなく、他の少数民族も取り残される可能性がありますか。

NK:あります。ただし、その危険性が最も高いのはロマです。

ウクライナ社会には「ロマはこの国に属していない」「国外へ出ていくべきだ」と考える人が少なくありません。もちろん、ロシア系住民を含め、他の少数民族も戦後には様々な困難に直面するでしょう。

IPS:しかし、その中でもロマが最も深刻な課題を抱えているということですね。

The scene of a destruction caused by the war in Ukraine. Credit: UNOCHA/Dmytro Filipskyy
The scene of a destruction caused by the war in Ukraine. Credit: UNOCHA/Dmytro Filipskyy

NK:その通りです。教育、就労機会、言語、識字能力、居住地域など、あらゆる面で複合的な不利を抱えています。

農村部や孤立した地域、非公式居住地に暮らす人も多くいます。もちろん地域差はありますが、戦争によってこうした問題はさらに悪化しました。

しかも現在、それらに本格的に取り組もうという能力も政治的意思も十分ではありません。復興ではエネルギー、地雷除去、交通、住宅が優先されます。当然、多数派に関わる課題が優先されるでしょう。だからこそ、少数派であるロマは後回しになってしまうのです。

何世紀にもわたり、多くの人々はロマに対して否定的なイメージを抱いてきました。教師や技術者、電気技師として社会に貢献する存在ではなく、周縁化された集団として見られてきたのです。この固定観念こそが、今日の差別の根底にあります。

IPS:ロマの居住地も戦争で被害を受けています。戦後、補償も受けられず、そのまま放置される危険性がありますか。

NK:残念ながら、その危険性は十分あります。現在の補償制度では、多くのロマが正式な住宅所有者として認められていません。相続手続きが複雑だったり、不動産登記がされていなかったり、税金や行政手数料を支払えなかったりするからです。

彼らは怠けていたわけではありません。限られた収入の中で、書類手続きよりも食料や暖房を優先せざるを得なかったのです。

さらに住宅自体も簡易な材料で建てられている場合が多く、損壊しやすいという問題があります。しかし、こうした脆弱性は現在の補償制度では十分認識されていません。

IPS:では、ロマが復興から取り残されないためには何が必要でしょうか。

NK:私たちはロマの政治参加の拡大を求めています。しかし、それ以上に重要なのは、ロマ自身から直接話を聞き、彼らが直面している障壁を理解し、その知見を復興制度の設計に反映することです。

新しいウクライナは包摂的な国家でなければなりません。その理念を政治指導者自身が明確に示し、優先課題として位置付ける必要があります。

他国の戦後復興では、社会的結束を軽視した結果、さまざまな問題が起きました。戦時には愛国心やナショナリズムが強まります。戦前にロマを襲撃していた一部の準軍事組織のメンバーが、戦争では英雄視されるようになった例もあります。

Roma soldier in Uzhhorod, Ukraine. (c) Dmytro Myntyan

彼らの価値観は本当に変わったのでしょうか。私は戦後にロマへの大量虐殺が起こると言っているわけではありません。しかし、他国の経験では、戦後には家庭内暴力、女性殺害(フェミサイド)、民族・人種を理由とする暴力が増える傾向があることが分かっています。

一方で、多くのロマも祖国を守るために戦っています。小さな子どもがいる、あるいは識字能力の問題から兵役免除の対象となる人もいますが、それでも多くが志願して祖国防衛に参加しています。

彼らの貢献が、戦後に忘れ去られてはなりません。

コソボでも、ボスニア・ヘルツェゴビナでも、同じことが起きました。

IPS:政府関係者はこうした危険性を理解しているのでしょうか。

NK:率直に言えば、理解しています。ただ、今は戦争を戦いながら国家を維持しなければならないため、優先順位が極めて限られているのです。

IPS:戦後復興については、すでに議論が始まっていますか。

NK:議論そのものは適切な方向に進んでいます。問題は、それを実際の社会政策へどう落とし込むかです。ウクライナは地方分権が進んでいるため、地方自治体ごとの行政能力には大きな差があります。

ロマへの対応も地域によって大きく異なります。政策だけでなく、地方行政がそれを実行できるかどうかが重要です。現状では、例えば非公式住宅について代替的な所有証明を認める制度は整備されていません。

しかも被害があまりにも大きく、予算が不足しているため、行政はまず「手続きが簡単な案件」を優先せざるを得ない状況です。

IPS:最後に、なぜロマを戦後復興に包摂することが、ウクライナ全体にとって重要なのでしょうか。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

NK:「国民全体が甚大な被害を受けたのだから、なぜロマだけ特別扱いする必要があるのか」と考える人もいるでしょう。しかし、本当に問うべきなのは、新しいウクライナをどのような国として築くのかということです。

ロマを非公式経済へ追いやり、学校教育から排除してきた構造的な問題を放置することは、ウクライナ自身の利益にもなりません。この戦争で、ウクライナは多くのものを失いました。

だからこそ、これからは国民一人ひとりの力を最大限に生かすことが必要です。

誰もが自分らしく生き、それぞれの能力を経済、政治、文化の発展に生かせる社会を実現すること。それこそが、真の復興なのです。

INPS Japan/IPS UN BUREAU Report

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キューバ、最後の一手

この駆け引きの本質は、キューバの変革の条件を誰が決めるのかという一点にある。

メキシコシティーIPS=サンドラ・ヴァイス】

ベルリンの壁が崩壊し、東側共産圏が消滅してから37年。キューバでは社会主義体制の経済改革をめぐる議論が続いてきた。その論点は一貫している。国家による計画経済を縮小し、個人の裁量と責任を拡大すること―言い換えれば、非効率で腐敗した国家官僚機構を立て直すために、市場経済の要素をより積極的に取り入れるという発想である。|英語版

Map of Cuba. Credit: Wikimedia Commons

しかし、この間に大きな前進はほとんど見られなかった。自由化や市場開放の時期が訪れても、そのたびに統制強化へと揺り戻しが起きた。党や軍、官僚機構の保守派が何度も改革にブレーキをかけてきたのである。その背景には、改革が所得格差を拡大し、新たな富裕層への反発を生み出したことがある。そして何よりも、権力と統制を失うことへの恐れ、さらには「階級の敵」、すなわちキューバの文脈では米国帝国主義の浸透に対する警戒感があった。

底なしの穴への資金投入

ところが先週、事態は一気に動いた。

燃料不足のため多くの議員がハバナへ移動できず、定足数も十分ではないまま急遽招集された国会は、176項目に及ぶ包括的な改革プログラムを可決した。その内容は極めて広範囲に及び、多くの専門家が「歴史的改革」と評価している。

今回の改革では、社会主義経済の「聖域」とされてきた制度にもメスが入った。

まず、すべての国民を対象とした一律補助金制度は廃止され、今後は社会的弱者への重点的支援へと転換される。これは半世紀以上にわたり、国民がほぼ無料で食料や日用品を受け取ることを可能にしてきた配給制度「リブレタ(Libreta)」の終焉を意味する。近年、この制度は深刻な経済危機によって実質的に機能を失い、名目だけが残る状態となっていた。

もう一つの大きな転換点は地方分権である。

今後、国営企業や地方政府はハバナ中央政府への依存を減らし、人事や賃金を含む経営判断をより自主的に行えるようになる。

この極端な中央集権体制を痛烈に風刺した作品として知られるのが、フアン・カルロス・タビオ監督とトマス・グティエレス・アレア監督による1995年の名作映画『グアンタナメラ』である。同作品では、官僚主義のために遺体を埋葬するだけでも、島の東端サンティアゴ・デ・クーバから西端ハバナまで運ばなければならないという不条理が描かれている。

民間投資と市場開放へ

今回の改革では、国外へ移住したキューバ人(亡命者・移民)による国内への直接投資も認められる。

さらに、これまで協同組合に限られていた農業分野にも民間企業の参入が認められる。

かつて砂糖輸出大国として栄えたキューバ農業は現在、機械や肥料、技術、労働力の不足により壊滅的な状況にある。数百万ヘクタールもの農地が耕作されないまま放置され、食料の大半を輸入に頼っている。

輸入先には中国、トルコ、アラブ諸国が含まれるが、皮肉なことに、経済制裁下にある隣国アメリカからも食料を輸入している。

エネルギー分野でも民間投資が解禁される。また、個人が複数の民間企業を所有することも可能となる。

自由化はこれだけにとどまらない。

政府は貿易、外国投資、国際経済への統合を加速させる方針である。

具体的には、

  • 民間銀行やマイクロファイナンス機関の設立を認可
  • 外貨取引規制の大幅緩和
  • 個人・企業による外貨口座の自由な開設
  • 外国企業が国営人材派遣会社を介さず直接従業員を採用することを許可
  • 外国企業に対する国営企業との合弁義務の撤廃
  • 在外キューバ人による直接投資の解禁

などが盛り込まれた。

これらの措置によって、外国資本と新たな投資を呼び込むことが狙いである。

すでに遅すぎた改革か

実は、これらの改革の多くは何年も前から議論されてきたものだった。

中国やベトナムも長年にわたりキューバ指導部に市場改革を促してきた。歴史的な友好関係や地政学的・イデオロギー的な結び付きはあったものの、成果の見えないキューバ経済へ資金を注ぎ込み続けることに限界を感じていたからである。

15年前、ベネズエラから潤沢な石油供給を受け、米国ではバラク・オバマ政権が対キューバ関係改善を進めていた時期こそ、本来であれば改革を断行する絶好の機会だった。

しかし現在は状況がまったく異なる。

石油禁輸という「ダモクレスの剣」が頭上にぶら下がり、米国による介入の可能性も取り沙汰される中、国庫は空になり、国民からの政治的正統性も大きく失われている。

しかも、この改革が成果を上げるには、米国が制裁を解除し、キューバの世界経済への統合を後押しすることが不可欠である。

だが、現状ではそれは期待できない。

米国は地政学的優位を握っており、それ以上の政治改革を求めている。

マルコ・ルビオ米国務長官は数か月前、「政治改革と指導部交代が必要だ」と公言したが、ハバナ政府はこれを全面的に拒否している。

民主化の可能性

キューバ国会のホセ・ルイス・トレド議長は改革可決に際し、「改革は国家の社会的役割を放棄することを意味しない」と強調した。

Flag of USA
Flag of USA

一方、ワシントンの反応は冷ややかだった。

米国務省は今回の改革を「規模が小さく、遅すぎる上、表面的な煙幕に過ぎない」と一蹴した。

これは、体制への脅威が生じれば改革をすぐ撤回するという、キューバ政府の従来のやり方だという見方である。

双方の戦略は明確だ。

キューバは時間稼ぎを図り、秋の米中間選挙でトランプ大統領が勢いを失い、対キューバ強硬策への関心も薄れることを期待している。

一方、米国は当面ハバナを圧迫し続け、改革が本当に実行されるのかを見極める構えだ。

水面下での交渉では政治的圧力がさらに強まり、軍事介入という選択肢も完全には消えていない。

結局、このポーカーゲームの争点は一つである。

キューバの変革の条件を誰が決めるのか。

国民なき改革

しかし、この駆け引きの中で最も発言権が小さいのがキューバ国民である。

停電、水不足、食料不足に対する抗議デモは日常化しているが、そのたびに迅速かつ厳しく鎮圧されている。

ベネズエラとは異なり、キューバにはカリスマ的指導者や明確な政治綱領、幅広い支持基盤を持つ組織的野党は存在しない。

この状況は、当面は支配層に有利に働いている。

しかし、それが永続する保証はない。

改革が進み、国家への依存から自立する国民が増えれば、状況は変わる可能性がある。

東欧の民主化移行が示したように、市民社会はもちろん、残念ながら組織犯罪もまた、こうした変革期を巧みに利用する。

その結果として生まれる体制は、長期的混乱かもしれないし、マフィア型寡頭制かもしれない。あるいは民主主義へ向かう可能性もある。

民主化を実現するには、改革プロセスそのもの、とりわけハバナ政権に対し、慎重かつ国際的な支援が必要になる。

現時点でその役割を担いうるのは、メキシコやブラジル、そして国連やバチカンくらいしか考えられない。

European Union Flag
European Union Flag

欧州の存在感低下

現在のラテンアメリカにもEUにも、この問題を主導できる有効な超国家的枠組みや指導者は存在しない。

むしろEUは、キューバ問題において自ら影響力を失いつつある。

第一に、トランプ政権による制裁の結果、多くの欧州企業はキューバから撤退したが、ブリュッセルは有効な対抗措置を講じなかった。

さらに数日前、欧州議会では右派・保守派が多数を占める中、ミゲル・ディアス=カネル大統領への制裁と、キューバとの協力停止を求める決議が採択された。

これは、トランプ政権の対キューバ政策とほぼ軌を一にするものであり、欧州独自の戦略や利益を守ろうとする発想はほとんど見られなかった。

それは、EUが地政学・地経学の両面で存在感を失いつつあることを示す、また一つの象徴と言えるだろう。

サンドラ・ヴァイスは政治学者、元外交官。現在はフリーランス・ジャーナリストとして、『ディー・ツァイト』『ディー・ヴェルト』などドイツの主要紙に中南米情勢を寄稿している。出典: International Politics and Society(ドイツ・フリードリヒ・エーベルト財団〈Friedrich-Ebert-Stiftung〉Global and European Policy Unit発行)掲載記事。

INPS Japan

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2025年、武力紛争下の子どもへの暴力で政府軍が最大の加害者に

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン

武力紛争下の子どもたちに対する重大な権利侵害が過去最多を記録した。これは、国連の「子どもと武力紛争(CAAC)」に関する監視制度が1996年に創設されて以来、最悪の水準である。アントニオ・グテーレス国連事務総長の年次報告書によると、2025年に武力紛争当事者によって子どもに対して行われた重大な権利侵害は、国連が確認しただけで3万5558件に上った。こうした事案の増加は4年連続となる。|英語版

報告書のデータは、2025年中に発生し、国連によって確認された事例に基づいている。少なくとも2万4174人の子どもが、殺害や負傷、強制徴集、誘拐、性的暴力、人道支援の拒否などによって直接被害を受け、権利を侵害された。

被害者の少なくとも3分の1は女児だった。

2025 Annual Report of the Secretary-General on Children and Armed Conflict

子どもの殺害・負傷件数は2024年と比べて34%増加し、計1万4224人に達した。誘拐された子どもは5129人、人道支援の拒否事例は少なくとも8322件確認された。また、6607人の子どもが武装集団に徴集または利用され、1667人が武装集団との実際または疑われる関係を理由に拘束された。

今回初めて、CAAC制度の創設以来、政府軍が子どもに対する重大な権利侵害の最大の加害者となった。

政府軍は子どもの殺害・負傷だけでなく、学校や病院の破壊や軍事利用、人道支援へのアクセス妨害にも大きく関与していた。このような不処罰の風潮は、敵対行為の激化によってさらに強まっている。また、広域に被害を及ぼす爆発性兵器が人口密集地で使用されるケースが増加し、民間人の犠牲者を増大させている。さらに、人工知能(AI)や自律型兵器システムの利用拡大も紛争の様相を変えつつある。

最も多くの侵害が記録されたのは、イスラエル、パレスチナ占領地、ミャンマー、ソマリア、ナイジェリア、コンゴ民主共和国(DRC)だった。

イスラエル軍は報告書全体の重大な権利侵害の約3分の1に当たる1万2455件に関与していた。DRCでは4114件の重大な権利侵害が確認され、その中には519人の子どもの死亡と1067件の誘拐が含まれていた。

国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)のヴァネッサ・フレイジャー国連事務次長補は、子どもに対する侵害の頻度と深刻さは、国際法と子どもの保護されるべき権利に対する軽視が拡大していることを示していると警告した。

「2025年は、監視活動が始まって以来、子どもの保護という観点から疑いなく最も暗い年の一つであった」とフレイジャー氏は述べた。

2025年の「子どもと武力紛争」に関する国連事務総長年次報告書の発表会見に臨む、ヴァネッサ・フレイジャー国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)。写真:IPS/Naureen Hossain

「本来、子どもを守るべき責任を負う国家が、その苦しみを助長しているという事実は、国際法への敬意が深刻に損なわれていることを物語っている。人道性、区別原則、比例原則、必要性原則という国際人道法の根幹を成す原則は、例外なく守られなければならない。」

フレイジャー氏は6月18日の記者会見で、この報告書とその調査結果は「説明責任を果たすための手段」であると語った。

加盟国はこれを活用し、武力紛争下の子どもを保護するために必要な措置を講じるべきだという。また、現在も紛争が続く報告対象国にとっては、翌年までの間に侵害の削減と再発防止を目的とした合意を国連と結ぶ機会でもあると述べた。

フレイジャー氏によると、報告書の草案は3月の時点で対象国に共有されており、各国には少なくとも1カ月間、自国の証拠を提出し、国連の確認済みデータと照合する機会が与えられていた。

また、同氏の事務所は各国との開かれた対話を歓迎しており、各国が対話に応じるかどうかは各国自身の判断に委ねられていると付け加えた。

報告書は加盟国に対し、既存の平和・安全保障に関する合意を履行し、紛争時における民間人、とりわけ子どもの保護のため国際法を遵守するよう求めている。

また、紛争当事者に対しては、国連と協力して行動計画を策定・実施し、子どもに対する重大な権利侵害について国連が十分な監視・報告活動を行えるようアクセスを認めることを要請している。

さらに報告書は、テクノロジー企業やソーシャルメディア企業に対し、自社プラットフォームが武装集団による子どもの徴集や搾取に利用されることを防ぐ具体的措置を講じるとともに、説明責任の追及や子どもの保護メカニズムに協力するよう求めている。

デジタル技術の悪用は、平時であっても子どもの健全な成長に悪影響を及ぼし得る。十分な法的規制や監視体制がなければ、子どもは偽情報や徴集目的のコンテンツにさらされる危険性が高まる。

国連高官の一人はIPSの取材に対し、オンラインでの徴集は複数の紛争地域で広がる深刻な問題であり、責任ある対応を実現するためにさらなる資源投入が必要だと語った。

また同高官は、フレイジャー氏とその事務所が欧州連合(EU)の立法担当者らと協議し、「デジタルサービス法(DSA)」など既存の法制度がどのように子どもを保護できるか検討していることを明らかにした。

さらに同事務所は、コロンビアでTikTokと協力し、紛争下での子どもの徴集や利用を防ぐ戦略の実施にも取り組んでいる。

フレイジャー氏は各国政府に対し、武装集団との関わりを持っていた子どもの保護と社会復帰を支援する行動計画の採択を呼びかけた。

2025年には、UNICEF(国連児童基金)などの国連機関やそのパートナーの支援により、1万3112人の子どもが保護や社会復帰支援を受けた。

こうした取り組みには政治的意思だけでなく、ドナー国や当事国からの資金支援も不可欠である。また、国連、各国政府、紛争当事者との連携を通じて、説明責任の強化と予防措置へのさらなる投資も求められている。

フレイジャー氏は国連事務総長特別代表に就任する以前、2023~2024年の安全保障理事会非常任理事国期間中、マルタの国連常駐代表を務めていた。

特別代表としても安保理メンバーとしても、同氏は紛争地域を訪問し、被害を受けた子どもたちと直接対話してきた。

その経験から、今回の加害者リストに国家主体が含まれていることは特に深刻だと指摘する。国家主体は国連加盟国でもあり、本来であれば法の支配を守り、子どもを保護する立場にあるからだ。

「どの国であれ、9つもの国家主体が加害者リストに載っていることは容認できない。」と同氏は述べた。

特に衝撃的だったのは、多くの子どもの犠牲を生んだ事案の多くが、本来なら回避可能だったという事実である。

国家主体は兵器工場や敵対勢力の拠点を攻撃対象として選定する際、その近くに学校などの民間施設が存在し、攻撃の影響を受ける可能性があっても作戦を実行するケースが少なくない。

たとえ学校などが攻撃の直接の標的でなくても、攻撃を強行する判断自体が国際人道法への軽視と民間人被害への無関心を示している。

その結果、最も深刻な代償を払わされているのは子どもたちだと、フレイジャー氏は指摘した。

「国家による違反は、非国家主体によるもの以上に深刻だと考えている。この枠組みはもともと、法の外で活動する武装集団や非国家主体への対応を目的として創設されたものだからだ。」

「本来、法を守るべき国家が、その法を踏みにじる側に回っている。」

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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|視点|ローマ宣言の先へ―AIと核兵器の時代に築く「ローマ・プロセス」(浅霧勝浩INPS Japan理事長)

【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】

人類は今、二つの巨大な力を同時に手にしている。

一つは、都市を瞬時に消滅させ、文明そのものを破壊しかねない核兵器である。もう一つは、社会、経済、戦争、教育、医療、情報空間、そして人間の意思決定そのものを急速に変えつつある人工知能(AI)である。|英語版

この二つは性質こそ異なるが、重大な共通点を持つ。いずれも科学技術の成果でありながら、その運用を誤れば、人間が制御できない規模の被害を引き起こす可能性があることだ。

核兵器の危険は、爆発、放射線、気候変動、長期的な環境破壊という形で目に見える。一方、AIの危険は、より静かに社会へ入り込む。偽情報、監視、差別的なアルゴリズム、雇用の喪失、自律型兵器、軍事的誤算、人間の判断力の空洞化。AIがもたらす危機は、一度の爆発ではなく、制度や価値観を内側から変質させる形で現れる。

Borgo Laudato Si. Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
7月14日と15日の会場となったボルゴ・ラウダート・シ 
写真:浅霧勝浩/ INPS Japan

この二つの文明的リスクを同じ場で論じ、人類共通の倫理的課題として位置づけようとしたのが、7月14日から15日、16日にかけて開催された「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」であった。

会議には、ノーベル賞受賞者、元国家元首、科学者、AI研究者、核軍縮の専門家、宗教指導者、市民社会の代表、若者、ジャーナリストらが集った。会場となったのは、ローマ郊外カステル・ガンドルフォの教皇庁施設内にあるボルゴ・ラウダート・シと、ローマ市庁舎が置かれるカンピドーリオの丘である。

ボルゴ・ラウダート・シは、教皇フランシスコの環境回勅『ラウダート・シ』の精神を具体化する教育・対話の拠点として整備された場所である。自然、科学、宗教、社会正義を一つの枠組みで捉え、人間と地球の関係を問い直すことを目的としている。

そこで議論されたのは、単なるAI規制の技術論ではなかった。

問われたのは、人間の尊厳を守るために科学をどのように統御するのか、軍事的効率性の追求をどこで止めるのか、そして人類は自ら生み出した技術に対して道徳的責任を引き受けることができるのか、という根源的な問いであった。

会議最終日の7月16日、参加者はカンピドーリオの丘に集まり、「非武装かつ軍縮を進める平和のためのローマ宣言」を採択した。しかし、この宣言を単なる国際会議の成果文書として読むだけでは、その意味を十分に捉えることはできない。ローマ宣言の重要性は、AIと核兵器を別々の政策課題としてではなく、人間の判断を機械と軍事論理に明け渡してよいのかという共通の倫理問題として結びつけた点にある。

本稿では、この宣言の内容と会議全体の議論を検証するとともに、ローマで始まった対話を一過性の催しに終わらせず、国際的な制度、教育、市民社会、宗教、科学、メディアを結びつける長期的な取り組みへ発展させる必要性を論じたい。その継続的な実践を、本稿では「ローマ・プロセス」と呼ぶ。ローマ宣言を出発点として、AIの統治、核軍縮、科学者の責任、宗教的倫理、市民社会の行動、若者の参加、そして公共的ジャーナリズムを一つの流れへと結びつけていくための分析概念である。

AIと核兵器が交差する場所

Image: Nuclear warfare is a common theme of World War III scenarios. Such a conflict has been hypothesized to result in human extinction. Source: Wikimedia Commons.
Image: Nuclear warfare is a common theme of World War III scenarios. Such a conflict has been hypothesized to result in human extinction. Source: Wikimedia Commons.

人工知能と核兵器は、一見すると異なる問題に見える。

核兵器は20世紀の産物であり、AIは21世紀を象徴する技術である。核兵器は国家が保有する軍事力であるのに対し、AIの開発は民間企業、大学、研究所、軍、情報機関が複雑に関与する分散型の競争として進んでいる。

しかし、両者はすでに交差し始めている。

AIは、衛星画像の解析、ミサイル探知、標的選定、サイバー防衛、潜水艦の追跡、情報収集、戦場での意思決定支援などに導入されつつある。軍事機構において処理速度が重視されるほど、人間が考える時間は短くなる。

核危機において、その危険は極めて大きい。

過去の核兵器史では、誤警報、機器の故障、通信の混乱、訓練用データの誤認、政治的誤解によって、核戦争の瀬戸際にまで至った事例が繰り返されてきた。それでも最終的に破局を回避できたのは、現場の人間が警報を疑い、自動的な手続きを止め、判断を保留したからである。(例:ペトロフ事件

では、AIがその判断の一部を担うようになった場合、同じ抑制が働くだろうか。

Will AI kickstart a new age of nuclear power? Credit: Unsplash/Taylor Vick In a data centre (above), servers are high-performance computers that process and store data. Meanwhile, the United Nations has taken a firm stance that decisions regarding the use of nuclear weapons must rest with humans, not machines, warning that integrating Artificial Intelligence (AI) into nuclear command, control, and communications (NC3) presents an unacceptable risk to global security.
Will AI kickstart a new age of nuclear power? Credit: Unsplash/Taylor Vick

AIは高速である。しかし、速度は智慧ではない。AIは大量の情報を分析できる。しかし、分析は責任ではない。AIは確率を提示できる。しかし、核兵器を発射するか否かという決断の道徳的重みを理解することはできない。会議では、AIを核兵器の指揮・統制・通信システムに組み込むことの危険性が繰り返し指摘された。とりわけ懸念されたのは、AIへの過信によって人間の確認手続きが形骸化し、危機時の意思決定が加速されることである。

核抑止は、合理的な国家指導者が正確な情報に基づいて行動するという前提に立っている。しかし現実には、国家指導者も軍事組織も、恐怖、時間的圧力、誤情報、先入観、政治的計算の影響を受ける。

そこへ不透明なAIシステムが加われば、抑止の安定性が高まるとは限らない。むしろ、相手の意図を誤認し、先制攻撃への圧力を強め、偶発的なエスカレーションを引き起こす危険がある。

Prof. Karen Hallberg Secretary General, Pugwash Conferences on Science and World Affairs. Photo: Katsuhiro Asagiri/ INPS Japan
カレン・ホールバーグ教授パグウォッシュ会議事務総長 写真:浅霧勝浩/ INPS Japan

ノーベル物理学賞受賞者で、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ博士は、科学と技術そのものを敵視するのではなく、その社会的帰結に対して科学者が責任を負う必要性を強調した。

科学の発見は人間の知識を広げる。しかし、その知識が兵器、監視、抑圧、差別に利用される可能性を科学者が無視することはできない。AI研究者もまた、同じ岐路に立たされている。核兵器の開発に関わった科学者たちの多くが、後に核軍縮運動へ身を投じた歴史は、その責任の重さを物語っている。

「技術的に可能である」ということと、「社会として許される」ということは同じではない。

ローマ会議が示した第一の教訓は、AIの問題を技術者だけに任せてはならないということである。同時に、政治家だけに任せてもならない。

科学、倫理、法、宗教、市民社会、教育、メディアを横断する統治が必要なのである。

ローマ宣言が提示した倫理的転換

ローマ宣言の基底にあるのは、技術中心の安全保障から、人間中心の安全保障への転換である。

従来の軍事政策では、国家の安全は兵器の性能、抑止力、情報優位、迅速な意思決定によって測られてきた。しかし、兵器が高度化し、AIが戦争を加速させる時代において、その発想自体が人類の安全を損ないかねない。

国家が安全になろうとして兵器を増強すれば、相手国も対抗する。一方がAIを軍事利用すれば、他方も追随する。その結果、すべての国が技術的には強くなりながら、世界全体はより不安定になる。

ローマ宣言は、この安全保障の逆説に対し、人間の尊厳、国際法、対話、軍縮、倫理的責任を中心に据えるよう求めている。

その核心は、単に「危険なAIを規制する」ということではない。人間の生死を決定する権限を機械に委ねてはならないこと、核兵器を含む大量破壊兵器の使用を正当化してはならないこと、科学技術は公共善に奉仕しなければならないこと、そして平和は軍事的均衡ではなく信頼と協力によって築かれなければならないことにある。

これは技術政策の宣言であると同時に、文明の進路に関する宣言である。

ローマ宣言は、人類にこう問いかけている。私たちは、より速く判断する機械を求めているのか。それとも、より賢明に判断できる人間社会を築こうとしているのか。

ユヌス博士が問いかけた「AIは誰のためのものか」

2006年ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス博士
写真:浅霧勝浩/ INPS Japan

ローマ会議では、核軍縮やAIの軍事利用だけでなく、人工知能が社会や経済にもたらす影響についても活発な議論が交わされた。

その中心人物の一人が、2006年ノーベル平和賞受賞者であり、バングラデシュ暫定政府首席顧問を務めるムハマド・ユヌス博士である。

グラミン銀行の創設者として世界的に知られるユヌス博士は、長年にわたり「経済は人間のために存在する」という理念を訴えてきた。ローマでの発言でも、その視点は一貫していた。

AIそのものを否定するのではない。問題は、「AIが誰の利益のために設計され、誰がその恩恵を受けるのか」である。

現在のAI開発競争は、一部の巨大IT企業や国家による莫大な投資によって急速に進められている。その一方で、技術の恩恵は必ずしも社会全体へ公平に行き渡っているとは言えない。生産性が向上しても、その利益が少数の企業や投資家に集中すれば、格差はさらに拡大する。

AIによる自動化が進めば、多くの職種が代替される可能性もある。だからこそユヌス博士は、「AIは人間に奉仕するために存在しなければならない。」と繰り返し強調した。経済成長だけでは社会は豊かにならない。人間の尊厳を守る技術であるかどうかが問われているのである。

この視点は、今回のローマ宣言とも深く響き合っている。

AIガバナンスとは単なるリスク管理ではない。誰一人取り残さない社会を築くという、持続可能な開発目標(SDGs)の理念そのものでもある。

「AIは決断しない。決断するのは人間である」

ノーベル平和賞受賞者でフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ氏 写真:浅霧勝浩/ INPS Japan

今回の会議では、AIの急速な発展に対する警鐘も数多く鳴らされた。

ノーベル平和賞受賞者でフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ氏は、AI時代に最も危険なのは、人間が自ら考える力を失うことだと語った。

AIは膨大な情報を瞬時に処理できる。しかし、その情報が真実かどうかを判断する能力は持たない。生成AIが生み出す文章や画像は極めて自然になり、一般市民が真偽を見分けることはますます難しくなっている。

レッサ氏は、「民主主義は事実を共有できる社会で初めて成立する」と指摘した。事実が崩れれば、対話も合意形成も成り立たない。その意味で、AI時代の最大の課題は情報技術ではなく、市民が主体的に考える力を維持できるかどうかにある。

AIは判断材料を提示することはできるが、善悪を決めることはできない。またAIは、選択肢を示すことはできるが、その結果に責任を負うことはできない。会議全体を通じて繰り返し共有された認識は、「AIは決断しない。決断するのは人間である」という極めてシンプルな原則だった。

記者会見で示されたローマ宣言の実像

最終日の記者会見では、登壇者たちはローマ宣言の意義について改めて説明した。印象的だったのは、誰一人として、この宣言だけで世界が変わるとは語らなかったことである。むしろ繰り返し強調されたのは、「ここから対話を続けること」の重要性だった。

ローマ宣言は法的拘束力を持たない。各国政府に義務を課すものでもない。AI企業を直接規制する権限もない。しかし、科学者、政策決定者、宗教者、市民社会、若者が共通の倫理的基盤を確認したこと自体に大きな意味があると、登壇者たちは口をそろえた。

その姿勢は、1955年のラッセル=アインシュタイン宣言が、直ちに核軍縮を実現したわけではなく、その後のパグウォッシュ会議や国際的な対話の出発点となった歴史とも重なる。ローマ宣言もまた、一度限りの文書ではなく、継続的な国際協力へ発展させることが期待されているのである。

ローマ宣言採択後に開かれた記者会見の模様。 写真:浅霧勝浩/ INPS Japan
Senzatomica

ボルゴ・ラウダート・シの会場には、その理念を具体的な市民運動として実践してきたイタリアの核軍縮・平和教育プロジェクト「センザトミカ(Senzatomica)」の関係者も多数参加していた。

センザトミカは、「核兵器のない世界」を若い世代へ伝える展示会や対話プログラム、教育活動を長年展開してきた。今回の会議でも、専門家だけでなく市民や若者を議論へ結び付ける重要な役割を果たした。

ローマ宣言が社会に根付くかどうかは、政府間外交だけでは決まらない。こうした市民社会の継続的な実践こそが、その生命力を支えるのである。

撮影:浅霧勝浩/INPS Japan

「同苦」がAI時代にもつ意味

長岡良幸創価学会渉外局長 写真:INPS Japan
長岡良幸創価学会渉外局長 写真:INPS Japan

今回の会議で最も深い印象を残した発言の一つは、創価学会渉外局長の長岡良幸氏によるものであった。長岡氏は、AIを単なる技術や規制の問題としてではなく、「人間とは何か」を問い直す契機として捉えるべきだと語った。

AIは、人間を映し出す鏡である。その技術が人類に幸福をもたらすのか、それとも破壊をもたらすのかは、AI自身ではなく、それを設計し、運用し、利用する人間の価値観によって決まる。

「問題はAIではありません。最終的には、人間自身の問題なのです。」長岡氏はそう語り、人類には利己的になる自由もあれば、思いやりを選ぶ自由もあると指摘した。

その象徴的な例として紹介したのが、日本で報じられた一つの出来事だった。86歳の女性が、重病の夫の延命治療を続けるべきかどうかという人生最大ともいえる決断について、家族や医師だけではなく、ChatGPTにも相談したというニュースである。

長岡氏は、この女性を批判したわけではない。むしろ、この出来事は、人間が人生の最も重い倫理的判断においてまでAIへ助言を求める時代がすでに到来していることを示している、と受け止めた。

AIは医学論文を要約できるし、治療法を比較することもできる。さらに統計的に最も合理的な選択肢を提示することもできる。

しかし、家族を失う悲しみを共有することはできない。責任を引き受けることもできない。

だからこそ、人間に必要なのは、情報量ではなく、「人間性」なのである。長岡氏は、AI時代だからこそ教育が重要になると強調した。

知識を増やす教育ではなく、「人間の尊厳を理解し、他者への責任を育む教育」である。

この視点は、創価学会が長年掲げてきた人間教育の理念とも重なっている。

人工知能(AI)は、教育、医療、知識へのアクセスを前進させるかつてない可能性をもたらしている。しかし、その恩恵が真に生かされるかどうかは、民主的なガバナンス、倫理的な管理、そして十分な知識を備えた世界市民の存在にかかっている。画像:INPS Japan
地球市民教育のイメージ。 画像:浅霧勝浩・INPS Japan

「同苦」という人類共通の倫理

長岡氏の発言を聞きながら、筆者は会議に先立って行った、IPS(Inter Press Service)創設者であり国際ジャーナリズムの先駆者でもあるロベルト・サビオ博士へのインタビューを思い起こしていた。

Dr. Roberto Savio, founder of Inter Press Service. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Dr. Roberto Savio, founder of Inter Press Service. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

サビオ博士は、人類が直面している危機はAIそのものではなく、人間が他者への感受性を失いつつあることだと語った。博士は、「シンパシー(sympathy)」と「エンパシー(empathy)」を区別する。

シンパシーは、相手を気の毒に思うことである。一方、エンパシーとは、自分自身を相手の立場に置き、その苦しみを自らのものとして感じようとする姿勢である。このエンパシーに最も近い概念として、仏教の「同苦」の精神がある。同苦とは、他者の苦しみを自らの苦しみとして受け止めることである。それは単なる感情的な共感ではない。

相手の置かれた状況を理解し、その苦しみを軽減するために自ら行動しようとする倫理的態度である。

今回のローマ会議を通じて筆者が感じたのは、この「同苦」の精神こそが、AI時代における最も重要な倫理的基盤ではないかということである。

AIは情報を処理できる。しかし、痛みを感じることはできない。核抑止は恐怖によって均衡を維持できる。しかし、信頼を生み出すことはできない。

結局のところ、人類を結びつけるのは、効率でも技術でもなく、「他者の苦しみを自らの課題として受け止める力」である。

ジャーナリズムという「知のインフラ」

画像:INPS Japan

この会議を取材して改めて感じたのは、AI時代におけるジャーナリズムの役割である。

AIはいわゆる記事を書くことができ、ある程度の翻訳も要約もできる。映像さえ生成できる。しかし、「何が社会にとって本当に重要なのか」を判断することはできない。

ローマ会議では、科学者、宗教者、政策担当者、市民社会が、それぞれ異なる立場から議論を重ねた。

それらを結び付け、市民が理解できる形で伝えることこそ、ジャーナリズムの本来の使命である。

INPS Japanは長年にわたり、創価学会インタナショナル(SGI)との共同メディアプロジェクトを通じて、核兵器廃絶人間の安全保障持続可能な開発目標(SDGs)、平和教育などを継続して発信してきた。

その目的は単にニュースを届けることだけではない。

読者が世界で起きている出来事を自分自身の課題として考え、行動へ結び付けるための「知のインフラ(Knowledge Infrastructure)」を築くことである。

AIが情報を大量に生成する時代だからこそ、人間には情報を意味へと変換する営みが求められる。その役割を担うのが、責任あるジャーナリズムなのである。

AI、核戦争、気候危機、飢餓など、相互に関連しながら人類の未来を脅かす地球規模の課題を報じ、人々の地球市民としての意識を具体的な行動へと結びつける「知のインフラ」としてのジャーナリズムを表現したイメージ。INPS Japanと創価学会インタナショナル(SGI)が推進する共同メディアプロジェクトは、ローマ宣言を継続的な国際協力と市民の行動へと発展させる「ローマ・プロセス」に貢献し得る情報基盤の一例である。イラスト:INPS Japan
AI、核戦争、気候危機、飢餓など、相互に関連しながら人類の未来を脅かす地球規模の課題を報じ、人々の地球市民としての意識を具体的な行動へと結びつける「知のインフラ」としてのジャーナリズムを表現したイメージ。INPS Japanと創価学会インタナショナル(SGI)が推進する共同メディアプロジェクトは、ローマ宣言を継続的な国際協力と市民の行動へと発展させる「ローマ・プロセス」に貢献し得る情報基盤の一例である。イラスト:INPS Japan

終わりではなく、人類の選択の始まり

ローマ宣言は、AIがもたらすすべての課題を解決したわけではない。人工知能は今後も進化を続けるだろう。世界にはなお約1万2,000発の核兵器が存在し、核抑止への依存も依然として続いている。

さらに、自律型兵器(LAWS)の開発競争、AIによるサイバー攻撃、偽情報の拡散、監視社会の拡大など、新たな課題は次々と姿を現している。だからこそ、今回ローマで始まった対話の本当の意味は、宣言文そのものにあるのではない。

人類が初めて、AIと核兵器という二つの文明的リスクを、一つの倫理的課題として同時に議論し始めたことにある。この点にこそ、ローマ会議の歴史的意義がある。

ローマ宣言の成果と限界

Signing cerenomy of the Rome Declaration was held at the Campidoglio in Rome on July 16, 2026. Photo: Katsuhiro Asagiri / INPS Japan
Signing cerenomy of the Rome Declaration was held at the Campidoglio in Rome on July 16, 2026. Photo: Katsuhiro Asagiri / INPS Japan

ローマ宣言には明確な成果があった。

  • 第一に、AIと核兵器を「人間の尊厳」という共通の価値の下で捉え直したことである。
  • 第二に、科学者、AI研究者、宗教指導者、外交官、軍縮専門家、市民社会、若者が、分野を超えて共通の危機認識を共有したことである。
  • 第三に、人類の未来を技術だけではなく倫理によって導かなければならないという方向性を国際社会へ示したことである。

一方で、その限界も明らかである。

ローマ宣言には法的拘束力はない。AI企業を規制する権限もない。核兵器保有国に軍縮義務を課すものでもない。宣言だけで世界が変わることはない。

しかし、歴史を振り返れば、大きな変化は必ず理念から始まってきた。

1948年の世界人権宣言も、直ちに人権侵害をなくしたわけではない。1955年のラッセル=アインシュタイン宣言も、その日に核軍縮を実現したわけではない。

それでも、それらは国際社会の価値観を変え、その後の制度や運動を生み出す原点となった。ローマ宣言もまた、そのような歴史の出発点として評価されるべきである。

「ローマ・プロセス」という新たな視座

ローマ宣言が採択されたカンピドーリオの丘にある市庁舎。写真:Wikimedia Commons.
ローマ宣言が採択されたカンピドーリオの丘にある市庁舎。写真:Wikimedia Commons.

私は、このローマ宣言を起点とした長期的な国際的取り組み(「ローマ・プロセス(Rome Process)」)は、今回の会議が示した方向性を表現する分析概念として、有効であると考える。

ローマ・プロセスとは、政府間交渉だけを意味しない。科学者が研究倫理を問い続けること。教育者が人間の尊厳を育むこと。宗教者が倫理的対話を広げ続けること。市民社会が平和への行動を積み重ねること。企業が社会的責任を果たし続けること。

そして責任あるジャーナリズムが事実を伝え、市民が熟慮できる公共空間を守りつづけること。それらすべてを含む継続的な国際的実践である。

AIガバナンスも核軍縮も、一つの会議や一つの条約だけで完成するものではない。社会全体が学び、対話し、修正し続ける不断の営みが必要なのである。

AI時代に人類が守るべきもの

今回の会議を取材して最も強く感じたことがある。AIの未来を決めるのは、AIではない。核兵器をなくすのも、AIを人類の幸福のために活用するのも、結局は人間自身である。

だからこそ、人類が最後まで失ってはならないものがある。

それは、仏教で「同苦」と呼んできた精神である。他者の苦しみを、自らの苦しみとして受け止めること。その共感力こそが、科学を人類の幸福へ導き、政治を平和へ向かわせ、AIを人間のための技術として位置づけることを可能にする。

サビオ博士によれば、「声なき人々に声を与える」という責任ある報道に不可欠な「共感」とは、単に相手を気の毒に思うことではない。相手の立場に身を置き、その苦しみを自らの課題として引き受けようとする姿勢である。

その「同苦」の精神は、核兵器にもAIにも置き換えることのできない、人間だけが持つ力である。ローマ会議は、そのことを世界へ静かに、しかし力強く問いかけた。AI時代に人類が守るべきものは、人工知能ではない。

人間そのものである。

Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan
Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director of INPS Japan

そして、その未来は、一人ひとりが「同苦」の精神を選び取り、人間の尊厳をあらゆる技術や政策の中心に据えるところから始まる。

ローマで始まったこの対話が、一過性の国際会議に終わるのではなく、「ローマ・プロセス」として世界へ広がっていくならば、2026年のローマ宣言は、AI時代における新しい平和構築の原点として歴史に刻まれることになるだろう。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World
Toward a Nuclear Free World

INPS Japan

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軍事独裁政権による弾圧と亡命を経て、国際通信社インタープレス・サービス(IPS)の編集長、アフガニスタンにおけるコミュニティ・メディアの育成、さらには世界476大学を結ぶネットワークへ――。リカルド・グラッシ氏が歩んできた道と、その過程で築き上げたモデルは、「声なき人々に声を与え、情報を社会変革の力とする」というIPS創設者ロベルト・サビオ博士の理念、そして、世界市民を育むナレッジ・ネットワークの構築を通じて、読者が人類の直面する課題への問題意識を深め、それを具体的な行動へと結び付けられるようにするというINPS Japanの理念と、深く響き合っている。

【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】

リカルド・グラッシ氏は、そのジャーナリスト人生の多くを、「文章の主語」を変えることに費やしてきた。|英語版スペイン語イタリア語|CITIPLAT|

カブールのバーブル庭園で、同僚らとともに写るリカルド・グラッシ氏(中央)。資料:ポーランド人芸術家ゴシュカ・マチュガ氏による作品の一部。

アフガニスタンの首都カブールで若い記者たちの育成に携わり始めたころ、彼らの多くは、外国政府や国際機関、援助団体の動きを中心にアフガニスタンを報道する訓練を受けていた。ある日の編集会議で、グラッシ氏は彼らに新たな原則を示した。

「今日から、主役はアフガニスタンとアフガニスタンの人々です。皆さんはいずれ、この意味を理解するでしょう。今はただ、心に留めておいてください。」

その理念は、グラッシ氏が新たに立ち上げた「環境ニュース・コミュニケーション国際大学通信社(AIUNCA)」の中核をなしている。AIUNCAは、国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ)の支援を受け、アルゼンチンの国立アルトゥーロ・ハウレチェ大学と共同で設立された。

AIUNCAは、中南米、イタリア、スペイン、英国の476大学に属する500以上のメディアを結ぶ取り組みである。その目標は、国際的でありながら、紛れもなく地域に根差したネットワークを構築することだ。大学メディア、プロのジャーナリスト、学生、地域社会が、それぞれの言語、文化、優先課題に根差した信頼性の高い報道を生み出していく。

しかしAIUNCAは、単なる新しい通信社を目指しているのではない。グラッシ氏にとってそれは、伝統的なマスメディアが放棄してきた役割と、ソーシャルメディアを通じて拡散される破壊的な偽情報の双方に立ち向かう、新たな責任あるメディア・モデルである。

「混迷を越え、行動を促す(Beyond confusion, inspire action)」というモットーには、ジャーナリズムは、気候変動、戦争、格差、偽情報に翻弄される世界を描写するだけでは不十分だという同氏の信念が込められている。

Ricardo Grassi(Left) being interviewed by Katsuiro Asagiri (Right) who collaborated with him when Mr. Grassi organized the 1st Afghan Media Forum in 2007 in Kabul, Afghanistan.
Ricardo Grassi(Left) being interviewed by Katsuiro Asagiri (Right) who collaborated with him when Mr. Grassi organized the 1st Afghan Media Forum in 2007 in Kabul, Afghanistan.

何が起きているのかを人々が理解できるようにし、同じ問題に向き合う人々を結び、知識が対話と行動につながる条件をつくる。それこそがジャーナリズムの役割だというのである。

この信念は、インターネットが登場するはるか以前、言葉を発すること自体が命の危険を伴う時代に形づくられた。

「私の世代は皆、一連の独裁政権(オンガニア軍事政権を中心とする1966~73年の軍政)の下で育ちました。」と、グラッシ氏はアルゼンチンでの青年時代を振り返る。「欧州や米国にヒッピーがいたころ、私たちの国には軍事独裁政権がありました。」

1969年5月29日、アルゼンチンの軍事独裁政権に抗議して労働者と学生が蜂起した「コルドバソ」のさなか、コルドバ市のサン・フアン大通りに立ち上る煙。写真:『レビスタ・ヘンテ』/ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)

高校を卒業したグラッシ氏は、大学で学びながらジャーナリストとして働き始めた。言葉を操り文章を書くことに生来の才能があったが、ジャーナリズムは同時に、社会を揺るがしていた激動に関わるための手段でもあった。

政治弾圧、貧困、キューバ革命、そして解放の神学の台頭が中南米を大きく変えようとしていた。グラッシ氏は貧困地域に入り、住民の組織化を支援する一方、自らの政治活動はジャーナリスト組合での仕事とは切り離していた。

こうした経験を通して、ジャーナリズムは誰に奉仕すべきなのかという同氏の考えが形づくられていった。「恵まれた立場にある人間は、他者に奉仕しなければなりません。」ジャーナリズムは、すでに権力を持つ人々の動向を記録するだけでなく、困難な状況に置かれた人々と、人間的価値に一層深く関わるべきだと、グラッシ氏は考えた。

軍事政権下で働いた経験は、行間に意味を込めて書く技術も教えた。公然とは書けないことを暗示し、意図的に隠された事実を読み取る力である。

1973年のフアン・ドミンゴ・ペロン。同年、ジャーナリストのリカルド・グラッシ氏は、マドリードのプエルタ・デ・イエロにあったペロンの邸宅で、本人に2度インタビューした。写真:Museo Casa Rosada/Archivo General de la Nación(ウィキメディア・コモンズ経由、パブリックドメイン)

アルゼンチンが選挙とペロン派の政治復帰へ向かうなか、グラッシ氏はマドリードでフアン・ペロン元大統領に二度インタビューし、広く知られる存在となった。

民政復帰後、同氏は政治週刊誌の創刊と編集を任された。ただし、引き受けるにあたって一つの条件を提示した。それは、自らが「退屈な左翼新聞」と呼ぶような媒体にはしないことだった。

徹底してジャーナリスティックで、視覚的にも読者を引きつけ、宣伝員ではなくプロの記者が記事を書く媒体を目指した。

その週刊誌は、アルゼンチンで最も広く読まれる週刊誌の一つとなった。しかし、その成功によってグラッシ氏自身も一層目立つ存在となった。

1976年3月、軍部が政権を掌握すると、同氏は地下に潜った。公の場で働けなくなったため、木製玩具を作って生活した。しかし、知人たちは次々と拘束され、殺害され、あるいは「失踪」させられた。新聞には、見覚えのある名前が痛ましいほど日常的に掲載された。

1977年、ルハン大聖堂への巡礼に参加した「五月広場の母たち」。軍事独裁政権下で拘束され、「失踪」させられた子どもたちを捜す闘いの象徴として、この時初めて白いスカーフを身に着けた。写真:アデリナ・アライエ/Archivo Memoria Abierta(CC BY-SA 4.0)
1977年、ルハン大聖堂への巡礼に参加した「五月広場の母たち」。軍事独裁政権下で拘束され、「失踪」させられた子どもたちを捜す闘いの象徴として、この時初めて白いスカーフを身に着けた。写真:アデリナ・アライエ/Archivo Memoria Abierta(CC BY-SA 4.0)

1977年6月4日、グラッシ氏はアルゼンチンを脱出した。

Roberto Savio
Dr. Roberto Savio/ photo by Katsuhiro Asagiri

欧州への亡命の途上で、グラッシ氏はロベルト・サビオ氏とアルゼンチン人ジャーナリストのパブロ・ピアチェンティーニ氏が創設した国際通信社インタープレス・サービス(IPS)と出会った。

1978年初頭、IPS本部のあったローマに到着したグラッシ氏は、当初、スペイン語と英語の記事を編集する仕事に就いた。その後、編集長となり、世界各地を訪れながら、とりわけ中米で地域ニュースサービスの整備に携わった。

グラッシ氏にとってIPSは、単なる勤務先ではなかった。それは「一つの思想の学校」だった。アルゼンチンでの政治活動と報道経験を通して、すでに顧みられない人々の声を探す姿勢を身につけていたグラッシ氏に、IPSはその直感を体系的な国際的枠組みへと発展させる機会を与えた。

「途上国は、裕福な国々を主役とする物語の単なる舞台として描かれるべきではない。その人々、制度、紛争は、それぞれの社会が生きる現実の内側から報じられなければならない。」

IPSでグラッシ氏は、その後の活動の中核となるもう一つの視点を得た。「情報」と「コミュニケーション」の違いである。情報は、一方向に生産し伝達することができる。しかしコミュニケーションには、人々の間の交流、参加、関係性が不可欠である。

1980年代半ばにIPSを離れた後、グラッシ氏はアフリカと中南米で、地域のジャーナリスト、新聞社、研究機関、文化団体を結ぶコミュニケーション・ネットワークを組織した。当時はまだ、こうした交流を容易にするインターネットは存在していなかった。

この考え方は、後のアフガニスタンでの活動にも受け継がれた。

2007年、筆者はIPSインドの記者や日本のメディア関係者とともに、グラッシ氏がキリッド・グループおよびIPSと共同でカブールにて開催した「メディアは開発である―第1回アフガン・メディア・市民社会フォーラム」を取材した。撮影・編集:浅霧勝浩/INPS Japan。

グラッシ氏が初めてアフガニスタンを訪れたのは2003年だった。欧州委員会が支援するメディア事業を評価し、この分野の政策を提言することが目的だった。その後、パジュウォク・アフガン・ニュースの発展に関わり、キリッド・グループをはじめとするアフガニスタンのメディア、市民社会組織、ユネスコ・カブール事務所と協働した。

「問題の核心は、誰が主体となるかでした。」

グラッシ氏の目標は、外国人が恒久的に運営する組織を設立することではなかった。アフガニスタン人ジャーナリストを育成し、最終的には彼ら自身が全面的に運営できるようにすることだった。国際援助は、やがて援助そのものを不要にするものでなければならないという考えである。

アフガニスタンでの経験は、既製のモデルを携えてやって来る外国人専門家に対する同氏の懐疑も深めた。

ヘラート地震の被災地域で放送を行うキリッド・グループの移動ラジオ局。地域住民の声や支援情報を現地と全国に伝えた。写真:UNESCO

「ロンドンやワシントンでつくられたジャーナリズムの手法を、そのまま移植することはできない。報道は、その土地特有のコミュニケーション様式、社会的関係、世界の捉え方を反映しなければならない。」

その違いは、発音にさえ表れる。カンダハルで話されるパシュトー語はナンガルハルのものとは異なり、マザーリシャリーフのダリー語はカブールのダリー語とは異なる。

キリッドの各地域ラジオ局が信頼を得たのは、聴取者がそれを「自分たちのラジオ局」と感じたからだった。聞き慣れた声で語り、地域の現実を報じる一方、国内の他地域ともリスナーを結び付けた。

別の取り組みでは、パジュウォクの朗読グループが村々を訪れ、住民が集まる場でニュースや公共情報を読み聞かせた。識字能力が限られ、従来型メディアへのアクセスが乏しい地域では、重要な情報サービスとなった。

グラッシ氏はまた、ジャーナリストと市民社会組織を結び付けることにも取り組んだ。両者はしばしば互いを信用せず、本来あるべき形で関わり合っていないと考えたためだ。

アフガニスタン東部ジャジ地区で、ラジオによる識字番組を聞きながら教材を読む少年たち(2011年12月26日)。写真:U.S. Army/DVIDS(パブリックドメイン)

市民社会団体は抽象的なテーマや組織声明を通して発信する傾向がある一方、ジャーナリストは人間、出来事、物語を求める。しかし、信頼できる地域団体は、他の誰も持っていない情報を蓄積していることが少なくない。

グラッシ氏にとって両者を結ぶことは、ジャーナリズムの専門的独立性を守りながら、情報源を広げることを意味した。

「ジャーナリストは、ジャーナリストでなければなりません。」市民社会、大学、宗教団体との協力が、プロパガンダになってはならない。「プロパガンダを始めた瞬間、信頼と読者を裏切ることになります。読者はそれをすぐに見抜きます。」

2014年、グラッシ氏はロベルト・ラゼト氏とともに、研修とメディア開発を通じてIPSの伝統を継承する非営利団体「IPSアカデミー(IPSA)」を設立した。

IPSアカデミーから生まれたのが、「気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム」を意味する「CitiPlat」である。その構想の一端は、持続可能な開発における市民の役割をテーマに東京で開かれたシンポジウムのために、グラッシ氏が講演を準備したことに由来する。グラッシ氏がたどり着いた結論は、世界的な問題を理解しやすく地域に即した情報へと翻訳するメディアがなければ、市民は持続可能な開発に有意義な形で参加できないということだった。

支配的なメディアの議論は、依然として「いつもの顔ぶれ」の間に限られ、世界の大多数はそこから排除されているとグラッシ氏は指摘する。CitiPlatは、2019年、ユネスコのコミュニケーション、情報、科学部門の支援を得て、国際プログラムとして正式に発足した。気候変動をめぐる偽情報に対抗し、市民による解決策を可視化する国際的な情報ネットワークを構築してきた。UNESCOも、COP27で同氏が提唱した、悲観論ではなく科学的データと市民社会の連携を重視する取り組みを公式サイトで紹介している

そのモットーであり、現在はAIUNCAも掲げる「混迷を越え、行動を促す」は、互いに関連する二つの危機に応えるものだった。一つは、公共サービスとしてのジャーナリズムの衰退であり、もう一つは、誰を信頼すべきかを個人が判断する確かな手段を持てないまま、果てしないデジタル空間に偽情報が広がり続けていることである。

グラッシ氏のモットーであり、現在はAIUNCAも掲げる「混迷を越え、行動を促す」は、互いに関連する二つの危機に応えるものだった。一つは、公共サービスとしてのジャーナリズムの衰退であり、もう一つは、誰を信頼すべきかを個人が判断する確かな手段を持てないまま、果てしないデジタル空間に偽情報が広がり続けていることである。画像:INPS Japan

そのためCitiPlatは、大惨事だけに焦点を当てないことを選んだ。

UN Photo
UN Photo

世界各地では、個人や地域社会が生命を守り、問題を解決し、自らにできることとできないことを現実的に見極めながら行動している。CitiPlatは、そうした何千もの取り組みを報道し、他者の行動を促す教訓として共有することを目指している。SDGs for Allメディアプロジェクトは世界市民を涵養する観点から同様の取材アプローチを行っている:INPS Japan)

このモデルは当初から分権型だった。巨大な本部をつくり、そこから世界全体を管理するのではなく、地域に根差したプラットフォームを各地に構築しようとした。「情報の生産と発信を地域に根付かせなければ、それは決して人々には届きません。」言語、表現方法、地域の優先課題がそれぞれ異なるからだ。」と、グラッシ氏は説明する。

この原則を具体化した一例が、アフガニスタンにおける「コミュニティ・ストーリーテリング」である。最初に五つの地域が選ばれ、現地の市民社会パートナーであるインテグリティ・ウォッチ・アフガニスタンが、住民を選定して、自らの経験を報道するための研修を行った。グラッシ氏によると、同団体はタリバン当局と合意を交わし、女性もコミュニティ記者として参加することが認められた。

カブール郊外で、タリバン関係者と地域住民の会合を取材するアフガニスタン人女性記者ミーナ・ハビブ氏。タリバン復権後も、女性記者は厳しい制約の下で地域社会の声を伝え続けている。写真:Meena Habib/VOA

目標は、プロの記者が時折訪れて取材することではなかった。地域社会の人々自身が物語を伝える技術を身につけ、同じような課題に直面する他の地域と経験を交換できるようにすることだった。

AIUNCAは、この原則を大学を通してさらに拡大しようとしている。

Ricardo Grassi (Left) and Katsuhiro Asagiri (Right) Credit: INPS Japan

大学はすでに世界各地の都市や地域に存在する。比較的安定した組織であり、知識を蓄積し、新たな知識を生み出すとともに、将来の意思決定者となり得る若者を教育している。多くの大学はすでに、ラジオ局、テレビ局、ウェブサイト、ソーシャルメディアのプラットフォームを運営している。

したがって、基本的なインフラの多くはすでに整っている。必要なのは、調整、目的に応じた研修、共通の編集方針、そして大学メディアと地域社会を結ぶ仕組みだとグラッシ氏は主張する。

さらに、ほとんど活用されていない巨大な資源がある。一般市民には届かないまま蓄積されている、膨大な学術研究である。「研究と、その研究を伝えることの間には、大きな隔たりがあります。」AIUNCAは、プロのジャーナリストがこうした研究を「翻訳」することを提案している。それは単に一つの言語から別の言語へ訳すことではない。専門的な学術表現を、正確で理解しやすいジャーナリズムへと置き換えることである。

参加する各大学メディアは、それぞれの言語、表現方法、地域課題に対する編集上の重点を維持する。同時に、共通の編集計画に基づき、共同取材を実施し、記事を国際的に交換できるようにする。

このモデルは、アフガニスタンの地域ラジオ局でグラッシ氏が得た経験に基づいている。各ラジオ局は、より広域のネットワークに属しながら、地域固有のメディアであり続けた。それぞれの地域の言葉、発音、優先課題を反映していたからである。

AIUNCAは、同じ原則を国際的に応用する。地域のアイデンティティーを消し去ることのない、連携した世界的な運動である。

大学はまた、包摂的な公共対話の場にもなり得る。研究者、学生、ジャーナリスト、企業、政治家、市民社会団体、地域社会、先住民族を一堂に集めることができるからだ。こうした地域社会は、外部の記者が訪れ、自分たちの経験を解釈してくれるのを待つ必要はない。ジャーナリズムの基礎的な研修を受け、大学メディアのネットワークにアクセスすることで、自らの物語の発信者になれる。

AIUNCAの実現を可能にしたのは、IPSA/CitiPlatとアルゼンチンのアルトゥーロ・ハウレチェ国立大学との連携、同大学が持つイベロアメリカ諸大学ネットワークとのつながり、そしてユネスコの積極的な参加だった。

AIUNCA
Ricard2025年、ブラジルで開催されたCOP30で、同僚らとともに写るリカルド・グラッシ氏(左端)。写真提供:リカルド・グラッシ氏。

AIUNCAの構想は、発足からわずか5カ月後の2025年11月、ブラジルのベレンで開かれた国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)において、新たなメディア・モデルとして発表された。

「2023年初頭からその発展を支えてきた、熱意ある学術研究者、専門ジャーナリスト、献身的なAIUNCAメンバー、そして優れた運営チームの尽力によって実現しました。」とグラッシ氏は語る。

AIUNCAはCOP30で、中南米における気候偽情報の起源に関する研究、偽情報をリアルタイムで検知する「Factora AI」と呼ばれる試作システム、さらにアルゴリズムと人工知能の倫理的利用を促進するコミュニケーション計画を提示した。

これらは、ブラジル政府、国連事務局、ユネスコが創設した「気候変動に関する情報の健全性のための世界基金」の支援によって可能となった。

AIUNCAが環境問題を重視しているからといって、気候変動を他の問題から切り離して扱うわけではない。「それは持続可能な開発の問題全体に関わります。しかし、平和と戦争にも関わるのです。」気候変動、貧困、保健、教育、雇用、紛争、強制移動は、人々の生活のなかで相互に重なり合っている。

食料や医療、仕事の確保に苦しむ地域にとって、気候変動は遠い将来の問題に見えることがある。ジャーナリズムには、それが現在の現実とどのようにつながっているかを明らかにする役割がある。

AIを情報の検索・比較を担う「優秀な助手」として活用しながら、検証、判断、最終的な表現の責任は人間が担うべきだと説くリカルド・グラッシ氏。AI生成画像/INPS Japan。
AIを情報の検索・比較を担う「優秀な助手」として活用しながら、検証、判断、最終的な表現の責任は人間が担うべきだと説くリカルド・グラッシ氏。画像/INPS Japan。

グラッシ氏は、ジャーナリズムを変えつつある技術についても現実的である。公共の利益に奉仕するメディアは、ソーシャルメディア、アルゴリズム、AIに背を向けるのではなく、それらを効果的に活用する方法を学ばなければならないと考えている。同氏はAIを「非常に優秀な助手」と捉えている。資料を検索し、情報を比較し、何時間もの作業を節約できるからだ。しかし、支援を受けることと、自らの判断を明け渡すことの間には明確な一線を引く。

「危険なのは、自分の魂を人工知能に明け渡してしまうことです。そうなれば、人は考えなくなり、学ばなくなります。」

問いを立て、証拠を検証し、判断し、最終的な表現を決定する責任は、あくまでジャーナリストが負わなければならない。AIが生成する文章は、個人の声を、滑らかではあっても生命力のない平板な文章へと変えてしまうことがあまりに多いと、グラッシ氏は警告する。

報道における客観性についても、グラッシ氏の考えは明快だ。「重要なのは客観性ではありません。客観性とは、人を操作するためにつくられた神話です。重要なのは誠実さです。

ジャーナリストは必然的に、ある立場から世界を見る。平和、人権、環境正義への関与も、それ自体が一つの選択である。求められるのは、自らの立場を明らかにしつつ、情報が検証され、正確で、公正に報じられていることを保証することだ。

この哲学は、INPS Japanの活動とも深く響き合う。

浅霧勝浩(左)とリカルド・グラッシ氏(右)。写真:INPS Japan。

INPS Japanは、創価学会インタナショナル(SGI)と長年にわたり推進してきた「SDGs for All」メディアプロジェクトを通し、何が起きているかだけでなく、その背景、人間への影響、持続可能な開発目標との関係を分析報道によって明らかにする「知識インフラ」の構築を目指してきた。

記事はSDGsごとに整理され、関連報道と結び付けられている。そして、抽象的で圧倒されるほど複雑に見える問題を理解するための、身近な入り口として提示される。

想定されている読者は、単なる情報の消費者ではない。「同苦の精神」を持ち、不正義を見抜き、認識を行動へと変えることのできる、未来の地球市民である。

AIUNCAは、地域で生産され、学術的知見に裏付けられた報道を、相互補完的に提供できる可能性を持つ。

INPS Japanは、それらの記事を国際的な読者に適した形に編集し、日本語をはじめとするアジア諸言語に翻訳するとともに、環境問題を平和、人権、持続可能な開発と結び付ける、より広範な知識データベースの中に位置付けることができる。

現段階で、正式な協力関係はまだ結ばれていない。しかし今回の対話から、自然な第一歩が見えてきた。グラッシ氏の歩みと、CitiPlatおよびAIUNCAの創設に至った思想をこうして紹介することである。

その先には、国境や言語の壁を越える機会がほとんどない世界各地の地域社会の物語を共同制作し、より広く発信する可能性がある。

国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)代表を務めるジェフリー・D・サックス教授。2023年、MCCブダペスト平和フォーラムにて。写真:Elekes Andor/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)。

グラッシ氏は、この考え方を「コンバージェンス(連携・協働)」と呼ぶ。注目度や援助資金をめぐって競争するのではなく、互いに協力することを意味する。同氏はアフガニスタンでも、現地のパートナーとともに「アフガン・メディア・コンソーシアム」を設立し、この考え方を実践した。「共同制作と共同配信によって、費用を最適化し、社会的な波及力を高め、加盟メディアの存在感も強めることができました。」とグラッシ氏は説明する。

こうした精神のもと、AIUNCAはネットワーク拡大に向けた取り組みを進めている。その対象には、世界約2,000の大学・研究機関を結ぶ国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)の代表を務めるジェフリー・サックス教授、中南米司教協議会のメディア・ネットワーク、各大陸のコミュニティ・メディア、そして世界自然保護基金などが含まれている。

グラッシ氏は、国連の「平和の文化」の取り組みに関わった米国の平和活動家、デービッド・アダムズ氏との会話を振り返った。

デービッド・アダムズ氏 写真:Adriana Parmegiani/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

アダムズ氏は、世界各地で平和のために活動する団体を、海に点在する船に例えた。

それらを結び付けることは、船に帆を与えることだという。

今はまだ風が吹いていないかもしれない。しかし、いつか必ず風が吹き始める。そのとき、船は平和の方向へ進む準備ができている。

AIUNCAとは、風が吹き始める前に、その船々を結び付けようとするグラッシ氏の試みなのである。

静かな海で結ばれた船々が、やがて吹く風に備えて帆を上げる―変革の時が訪れたとき、平和構築に取り組む団体が共に前進できるよう結び付けようとするAIUNCAの試みを象徴している。画像:INPS Japan。
静かな海で結ばれた船々が、やがて吹く風に備えて帆を上げる―変革の時が訪れたとき、平和構築に取り組む団体が共に前進できるよう結び付けようとするAIUNCAの試みを象徴している。画像:INPS Japan。

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SDG

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アフガンメディアフォーラムを取材

カステル・ガンドルフォからカンピドーリオへ―AI革命の中心に人間の尊厳を

【ローマIPS=アリエル・F・デュモン】

人工知能(AI)、核戦争、世界の安全保障がもたらす課題をテーマにした国際会議で2日間にわたる討議を終えたノーベル賞受賞者、元国家元首・政府首脳、科学者、人権活動家、宗教指導者、市民社会の代表らは、人間の尊厳をAI発展の基盤に据えるよう求める共同宣言を採択した。

Pope Leo XIV during a meeting with the media on May 12, 2025 By Edgar Beltrán, The Pillar, CC BY-SA 4.0,
Pope Leo XIV during a meeting with the media on May 12, 2025 By Edgar Beltrán, The Pillar, CC BY-SA 4.0,

教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス』に着想を得て、ローマ市庁舎が置かれるカンピドリオで署名された同宣言は、人工知能を軍事的・商業的利益のみに委ねてはならないと明記している。また、人間の尊厳に立脚した国際協力、AIをめぐるグローバル・ガバナンスの構築、核軍縮に向けた努力の継続を呼びかけている。|英語版

主要国がAI開発にますます巨額の資金を投じるなか、参加者らは、人類がまさに重大な岐路に立っているとの認識を示した。今後下される選択は、将来の地政学的な勢力均衡だけでなく、意思決定が次第にAIへ委ねられていく世界における人間の未来と位置づけにも、決定的な影響を及ぼすことになる。

この点を強調したのが、ローマ市のロベルト・グアルティエリ市長である。市長は「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」が主催した今回の会合で司会を務め、これを「歴史的な会議」と評した。

武装なき平和と軍縮のためのローマ宣言」と名づけられた同宣言は、7月16日木曜日に署名された。グアルティエリ市長は、「世界的にも地域的にも、決定的に重要な問題は技術発展である。それは、個人の尊重、人間相互の平等、そして共通善のための民主的責任という基本的な倫理原則に導かれなければならない」と語った。

さらに市長は、今日ほど「経済成長、社会正義、人権、環境保護を結びつけた新たな発展モデルを推進できる国際的な連帯が世界に求められている時代はない。」と強調した。これは、教皇レオ14世が訴える「武装なき、武装を解く平和」とも呼応するものである。

人工知能に関する会議が記念撮影に臨む「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」の参加者ら。写真:浅霧勝浩/INPS Japan
Agnès Callamard, secretary general of Amnesty International being interviewed by Ariel F. Dumont Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan.
Agnès Callamard, secretary general of Amnesty International being interviewed by Ariel F. Dumont Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan.

その数時間前、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのアニエス・カラマール事務総長は、自律型兵器の開発に警鐘を鳴らしていた。「殺害の決定を機械に委ねるという発想は、私たちにとって到底受け入れられないものです。」

カラマール氏によれば、本当の危険は、人工知能が突然意識を持つことではない。人間の道徳的判断にのみ委ねられるべき責任を、AIへ移譲しようとする人間側の決断にある。

「機械が自ら支配者になると決めるのではありません。こうしたシステムをプログラムしているのは、私たち人間なのです。」とカラマール氏は説明した。

同氏は、AIが軍事作戦へ急速に組み込まれていることは、重大な変化を意味すると指摘した。AIシステムはすでに、膨大な量のデータを分析し、標的を特定して攻撃を提案することが可能であり、その一方で人間が介入する必要性は徐々に低下している。

カラマール氏は、自律型兵器だけでなく、軍事用語で「キルチェーン」と呼ばれるプロセスにAIが段階的に組み込まれていることにも、世界は細心の注意を払わなければならないと訴えた。「キルチェーン」とは、標的の特定から作戦の実行に至る一連の過程を意味する。

「最終的な決定権を形式上は人間が保持していたとしても、自動化システムへの依存が強まれば、軍事作戦の準備と遂行のあり方は根本的に変わります」とカラマール氏は述べた。さらに、これらの技術は膨大なデータに依存しており、そのデータ自体が操作されたり、歪められたりする可能性があると指摘した。

「分析や提案には偏りが生じる可能性があります。なぜなら、それらの基礎となるデータそのものが偏見を含んでいることがあるからです。ひとたび下された判断が取り返しのつかない結果を招きかねない状況では、誤った、あるいは差別的な意思決定がもたらす危険に常に注意を払わなければなりません。」

もう一つの危険は、AIが軍事力を飛躍的に増幅させることである。人工知能を利用すれば、1人のオペレーターが数十機、場合によっては数百機のドローンやその他の自律型システムを同時に監督できるようになり、軍事能力が大幅に強化される可能性がある。

「こうした技術開発は、国家間の戦略的競争という、より広い文脈の中で進められています。私たちは今、多くの政府が軍事的覇権を追求する時代に生きているのです。」とカラマール氏は結んだ。

Borgo Laudato Si. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

軍事上の問題にとどまらず、複数の登壇者が、この技術革命がもたらす地政学的影響についても強調した。欧州委員会の元委員長でイタリアの元首相でもあるロマーノ・プロディ氏は、米国と中国の対立が激化するなか、実効性ある国際規制の構築は著しく困難になっているとの見方を示した。

世界の分断が深まるなか、いかなる国も、人工知能、世界の安全保障、あるいは強大化を続ける技術の管理をめぐる課題に、単独で対処することはできないとプロディ氏は警告した。

この発言は、最終宣言の核心を先取りするものだった。宣言は、人工知能が新たな軍拡競争を加速させ、地政学的な亀裂をさらに広げる事態を防ぐためには、国際協力が不可欠な条件であると訴えている。

討議では、この技術革命がもたらす経済的、社会的影響にも焦点が当てられた。雇用の世界では、AIの急速な普及によって、特に若い世代の職業上の将来や、今後数年間に予想されるさまざまな職種の抜本的な変化について、すでに大きな懸念が生じている。

Image: INPS Japan

会議には、ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政府の元首席顧問を務めたムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長の長岡良幸氏、フィリピンのジャーナリストでノーベル平和賞受賞者のマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナルのアニエス・カラマール事務総長をはじめ、科学者や核問題の専門家ら、多くの国際的な有識者が参加した。

キングス・カレッジ・ロンドンが公表した研究によると、39カ国の数億件に及ぶ求人広告を分析した結果、自動化の影響を最も受けやすい職種では、求人件数が平均6.1%減少していることが明らかになった。また、残された求人では、これまで以上に高度で専門的な技能が求められるようになっている。

最終的に、今回の会議とローマ宣言は何を残すのだろうか。

最も重要なのは、参加者らが人工知能の発展そのものを否定せず、AIを恐れるべきものとは考えていないという点である。むしろ、人類に奉仕する限りにおいて、この技術は進歩を力強く推進する原動力になり得ると捉えている。

したがって、今後の責任は各国とその指導者に委ねられている。何よりもまず、人間の尊厳を最優先に据えなければならない。

いま問われているのは、人工知能によって何が可能になるのかということだけではない。権力を追求する論理が社会全体の責任を恒久的に押し流してしまう前に、社会、そして人類全体がAIにどのような限界を設けることを選択するのか――それこそが真の問いなのである。

Note: This article is brought to you by IPS Noram in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.

Toward a Nuclear Free World Banner
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ローマ宣言2026―AIの主導権を人類の手に取り戻すために

核の脅威に立ち向かう「団結した人類」

【ローマINPS Napan/London Post=浅霧勝浩/ラザ・サイード

ノーベル賞受賞者、科学者、宗教指導者、元国家元首、人工知能(AI)の研究者、企業関係者、市民社会の代表らが7月16日、ローマ市庁舎(カンピドーリオ広場)のパラッツォ・セナトーリオ内「ユリウス・カエサルの間」に集い、「人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコルおよび新たなデジタル発展モデルの時代における、武装なき平和と軍縮のためのローマ宣言(Rome Declaration for an Unarmed and Disarming Peace)」に署名した。|英語版

宣言は、人工知能、核兵器、自律型兵器システム、そして急速に発展するデジタル技術が相互に結びつく現代において、人類の生存に関わる最終的な意思決定は、常に人間の責任の下に置かれなければならないと強く訴えている。

Presidente da República, Luiz Inácio Lula da Silva, durante audiência com Sua Santidade o Papa Leão XIV. Biblioteca do Palácio Apostólico, Vaticano.Foto: Ricardo Stuckert / PR

宣言は、その核心を次の一文で表現している。「AIと核兵器という次なる軍拡競争が21世紀を規定してしまう前に、私たちはその軍拡競争そのものを止めなければならない。」

この宣言は、7月14日から16日にかけてローマ郊外カステル・ガンドルフォの教皇別荘内「ボルゴ・ラウダート・シ」で開催された「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議の成果として採択された。

会議には、世界各国の研究機関、国際機関、市民社会などから200人を超える参加者が集結。バチカンの主催の下、教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス(Magnifica Humanitas)』が掲げる「宗教を超えて共有される人類共通の価値」と「武装なき、そして軍縮を志向する平和」の理念を具体化する試みとして開催された。

「生と死を決めるのは人間でなければならない」

署名式では、登壇者が相次いでAIと核兵器がもたらす危機について警鐘を鳴らした。

ローマ教区代理のバルダッサーレ・レイナ枢機卿は、「「いかなる機械も、アルゴリズムも、自律型システムも、人類の存続に関わる決定を下してはならない。」と述べ、「生と死、平和と戦争、そして民族の未来に関する判断は、責任ある人間による完全かつ実質的な統制の下に置かれ続けなければならない。」と強調した。

Sharon Stone Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

平和大使として出席した俳優シャロン・ストーン氏は、「人間の尊厳はアルゴリズムではない。」と語り、テクノロジーが決して人間の価値そのものを代替できないことを訴えた。

また、ローマ市長ロベルト・グアルティエーリ氏は、開催都市を代表して歓迎の辞を述べた。

こうした人間中心の考え方は、会議に参加した創価学会渉外局長の長岡良幸氏が強調した宗教的・倫理的視点とも重なる。

長岡氏は、宗教者による作業部会と宗教間対話に参加した。異なる宗教的伝統を代表する参加者たちが2日間にわたって議論した結果、「人間の尊厳」こそ、あらゆる信仰の伝統が共有し、大切にできる普遍的価値であるとの全会一致の認識に至ったという。

「核兵器や自律型兵器の廃絶を求める声を広げるためには、宗教共同体が団結する必要があります。人間の尊厳を守ることが、そのための重要な鍵です」と長岡氏は語った。

核兵器の根底にある「人間への無感覚」

Edited by Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

宣言は、各国政府、企業、国際機関に対し、最先端AIの開発競争を減速させ、核兵器の増強を停止するとともに、検証可能かつ不可逆的な核兵器廃絶に向けた交渉を進めるよう求めている。

ノーベル物理学賞受賞者のデービッド・グロス教授は、世界は30年前よりも危険な軍拡競争のただ中にあると警告した。軍備管理条約の崩壊と核保有国の増加に懸念を示し、戦争と核による破局の危険を減らす政策への転換を訴えた。

長岡氏は、核兵器の廃絶は「人類にとって当然の責務である」と明言した。

「仏教者として、核兵器の根底には、人間性に対する極端な無感覚と、人類に対する重大な無責任さがあると考えています」

創価学会は国際機関や市民社会の諸団体と連携し、核兵器禁止条約(TPNW)の普遍化を一層推進していく方針だという。最終的な目標は核兵器の完全廃絶であり、その確信と決意は変わらないと長岡氏は語った。

同時に、自律型兵器をはじめとする新技術にも、核兵器と共通する倫理的・道徳的問題があると指摘した。創価学会では、こうした新技術や新兵器に関する新たな声明の準備を進めており、同じ問題意識を持つ人々に連帯を呼びかける国際的なアピールを検討しているという。

「無痛文明」が他者の苦しみを見えなくする

AIは、医療、教育、環境保全、科学研究などに大きな恩恵をもたらす可能性を秘めている。その一方で、軍拡競争を加速させ、偽情報を拡散し、戦争における責任の所在を曖昧にし、人間による重要な意思決定を弱める危険性も抱えている。

長岡氏は、人間が科学技術を発展させてきた本来の動機は、苦痛を軽減し、時間のかかる労働を減らし、生活をより快適にすることにあったと説明する。

しかし、苦痛を取り除くことだけを追求する文明には、見過ごしてはならない罠があるという。「文明が、いわゆる『無痛文明』へと向かい、自らの痛みを避けることばかりを求めるようになると、人間は他者の痛みに対しても鈍感になりかねません。その結果、人々は孤立し、人類の分断が深まっていきます。」

長岡氏は、他者の苦しみに対する感受性の喪失こそが、AI兵器や核兵器を生み出す根本的な問題につながると指摘した。

ローマ宣言は、技術革新そのものを否定しているのではない。技術の発展は、人間の尊厳と倫理的責任によって導かれなければならないと主張しているのである。

技術は人間の苦しみを軽減するために使われるべきであり、人々を分断し、破壊する手段となってはならない。

AIと核兵器は切り離せない

今回の会議の最大の特徴は、これまで別々の政策分野として論じられてきたAIと核兵器を、一つの倫理的・安全保障上の問題として捉えた点にある。

Father Andrea Ciucci of the Pontifical Academy for Life observed that human ingenuity can create masterpieces or cause devastation, and that AI and nuclear technology are no exceptions. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Father Andrea Ciucci of the Pontifical Academy for Life observed that human ingenuity can create masterpieces or cause devastation, and that AI and nuclear technology are no exceptions. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

両者は、人類の生存を左右する最終的な決定を誰が担うのかという、同じ根源的な問いを突き付けている。

宗教指導者、物理学者、AI研究者、安全保障の専門家、政策立案者が同じ場で議論を交わしたこと自体が、この問題の複雑さと緊急性を物語っていた。

教皇庁生命アカデミーのアンドレア・チウッチ神父は、人間の創造力は傑作を生み出すことも、破壊をもたらすこともでき、AIと核技術もその例外ではないと述べた。

シルヴァーノ・マリア・トマシ枢機卿とノーベル平和賞受賞者のマリア・レッサ氏は、急速な技術革新と地政学的不安定化が進む時代には、倫理的な羅針盤が不可欠であると訴えた。

シカゴ大学のダニエル・ホルツ教授は、世界が前例のない危険に直面していることを認めつつも、各国が対立ではなく協力を選ぶならば、世界をより安全にするための現実的な手段は残されていると述べた。

Press Conference。Credit: Katsuhiro Asagiri
Press Conference at Campidoglio, Rome. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

教育の本質は想像力

Credit: Simone Giara per Senzatomica

長岡氏は、核の危険に直面する若い世代へのメッセージとして、広島の被爆者から聞いた「平和教育の究極の本質は想像力である。」という言葉を紹介した。想像力とは、単に頭の中で出来事を思い描く能力ではない。他者の痛みを自分自身の痛みとして感じ取る感受性であるという。

「他者の苦しみを、どのように自分自身の苦しみとして受け止めることができるのか。その過程は教育にかかっています」

長岡氏の語る教育は、学校教育だけを意味しない。教えること以上に、互いに学び合うことが重要だと強調する。情報を伝える側と受け取る側が、互いに理解を深め、思想や哲学を育んでいく。その相互学習の過程こそが、平和を創造する教育の価値であるという。

会議では、イタリアの若者たちが主導する核兵器廃絶運動「センツァトミカ」の活動も紹介された。長岡氏は、若い世代が始めたこの取り組みを国際的に広げていきたいと語った。

「同じ懸念を共有し、核兵器やAI兵器の根底にある人類共通の病理への理解を深めることによって、人類の団結は広がります。その『団結した人類』こそが、核兵器の脅威に対する最強の武器なのです。」

国家だけでなく企業にも責任

ローマ宣言は、政府だけでなく企業にも責任ある行動を求めている。

現在、最先端AIの研究開発の多くは、多国籍テクノロジー企業によって進められている。実効性のあるAIガバナンスを実現するには、国家と民間企業の協力が不可欠である。

しかし、この宣言が直ちに国際政治の現実を変えるわけではない。

核保有国は依然として核戦力の近代化を進めている。AIの国際的な統治についても、国や地域によって異なる規制モデルが並立している。

宣言は高い倫理的原則を示しているものの、安全保障上の利益とAI開発の抑制をいかに両立させるかについては、具体的な制度設計が必要となる。各国に開発競争を抑制させるには、道徳的な訴えだけでなく、政治的、経済的、外交的な動機付けも求められる。

市民社会とメディアの役割

長岡氏は、核兵器廃絶に向けた機運を再び高めるうえで、メディアの役割は不可欠だと強調する。政治的、経済的な側面を報じるだけでなく、核兵器とAIが突き付ける道徳的・倫理的課題にも光を当てるべきだという。

「市民社会が一般の人々を励まし、その力をこのプロセスに結集していくうえで、メディアが果たせる役割は非常に大きいものです。」

市民社会もまた、教育と対話を通じて、人間の尊厳を守り、核兵器のない世界を実現する責任を担っている。歴史を振り返れば、多くの国際規範は、当初は道徳的な訴えとして始まり、やがて外交、条約、国際法へと発展してきた。

ローマ宣言も、直ちに世界の戦略的計算を変えるものではないかもしれない。しかし、AIと核兵器を、人間の尊厳、倫理、文明の未来という大きな枠組みの中で捉え直した意義は小さくない。

科学技術だけで、人類の未来を決めることはできない。倫理的責任を欠いた技術の進歩は、かつてない繁栄ではなく、かつてない危険をもたらす可能性がある。

人類の未来を誰が決めるのか

各国がAIへの投資を加速させる一方で、核兵器の近代化も進めている今、ローマから発せられた警告には、かつてない切迫感がある。

A conceptual illustration of a human rights-centred global development framework beyond 2030, envisioning the integration of sustainable development, social justice, labour rights, environmental stewardship, and international accountability under the United Nations human rights system. Illustration: INPS Japan
A conceptual illustration of a human rights-centred global development framework beyond 2030, envisioning the integration of sustainable development, social justice, labour rights, environmental stewardship, and international accountability under the United Nations human rights system. Illustration: INPS Japan

ローマ宣言が直ちに主要国の安全保障政策を変えることはないかもしれない。

しかし、この宣言は世界の指導者たちに、一つの避けて通れない問いを突き付けた。

アルゴリズムと自律型システムが社会を形づくる時代に、人類の未来を最終的に決定するのは誰なのか。

ローマ宣言の答えは明確である。

テクノロジーは人間の知恵を増幅するために存在すべきであり、人間に取って代わるために存在するのではない。

そして長岡氏が訴えたように、その原則を現実のものにする力は、政府や科学者だけにあるのではない。

宗教界、市民社会、メディア、教育者、そして若い世代が、人間の尊厳という共通の価値の下に結びつくこと。その「団結した人類」こそが、核兵器と人間の制御を離れたAIの脅威に立ち向かう、最も強力な力なのである。

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

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人工知能と人類の未来―ノーベル賞受賞者らが求めるAIの国際的ガードレール

【イタリア・ボルゴ・ラウダート・シIPS=アリエル・F・デュモン

Ariel F. Dumont
Ariel F. Dumont


「すみません、デイブ。それはできません。」

スタンリー・キューブリック監督が1968年公開の映画『2001年宇宙の旅』でスーパーコンピューター「HAL9000」に語らせたこの一言は、人工知能(AI)が人間の制御を離れることへの恐怖を象徴する、映画史に残る名場面となった。|英語版

それから58年―その問いは、かつてないほど現実味を帯びている。

この問題を議論するため、世界各国から200人を超える政治指導者、科学者、宗教者、平和活動家らが、ローマ近郊カステル・ガンドルフォの教皇夏季離宮内にある「ボルゴ・ラウダート・シ」に集結した。現在、この地には教皇レオ14世が滞在している。

会議は「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議」が主催し、「国際安全保障の未来」「新興技術のガバナンス」「軍縮」、そして「平和の経済の構築」を主要テーマとして3日間にわたり開催された。

参加者には、イタリア元首相・欧州委員会元委員長のロマーノ・プローディ氏、2006年ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政権首席顧問のムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長で池田平和・教育・対話センター所長の長岡良幸氏、2021年ノーベル平和賞受賞者でフィリピン人ジャーナリストのマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナル事務総長アニエス・カラマール氏をはじめ、世界を代表する科学者や核問題の専門家が名を連ねた。

Borgo Laudato Si Photo: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

開会式では、ローマ教皇庁・総合的人間開発省のファビオ・バッジョ次官があいさつし、会議全体を貫く理念を提示した。

「平和とは、単に戦争が存在しない状態ではありません。正義、相互信頼、法の支配への敬意、そしてすべての人間が持つ侵すことのできない尊厳の上に築かれる秩序なのです。」

議論を通じて浮かび上がった共通認識は明快だった。

AIの適切な規制は、平和、ひいては人類そのものの存続を守るために不可欠であるということだ。

AIはすでに軍事システムへ組み込まれ始めており、核拡散、サイバー戦争、高強度紛争のリスクを飛躍的に高め、国際秩序や倫理原則を揺るがしかねない。

登壇者の分析や立場はさまざまだったが、結論は一致していた。

AIそのものを恐れる必要はない。しかし、それはHAL9000のような存在になるまで放置してよいという意味では決してない。技術が制御不能になる前に、国際社会は適切な安全措置(ガードレール)を整備しなければならないという点で、ほぼ全員が一致したのである。

Filmed and Edited by Katsuhiro Asagiri, INPS Japan
Karen Hallberg, Argentine physicist and president of the Pugwash Conferences on Science and World Affairs. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

この懸念を強く訴えた一人が、アルゼンチンの物理学者であり、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ氏だった。

彼女はAIを「核エネルギーと同じ『デュアルユース(軍民両用)技術』」と位置づける。

核分裂はエネルギーや医療分野に画期的な恩恵をもたらした一方で、核兵器も生み出した。同様にAIも、科学研究や医療、さらには国際的な合意履行の監視などに大きく貢献できる半面、核兵器システムへ組み込まれれば極めて危険な不確実性をもたらす可能性があると警告した。

特に、衛星画像の分析や軍事状況の評価、さらには核兵器の指揮・統制に関わる意思決定にアルゴリズムが介在することは、人類の未来を左右する取り返しのつかない判断につながりかねないと懸念を示した。

「私は恐れているのではありません。懸念しているのです。そして、その懸念こそが、手遅れになる前に行動を起こす決意につながらなければなりません。」

ホールバーグ氏は、技術の進歩が政治による規制を追い越す前に、「予防原則」を適用するよう各国政府に求めた。

一方、長岡氏も危機感を共有しながら、その視点はやや異なる。

Yoshiyuki Nagaoka, Executive Director of the Office of External Relations at Soka Gakkai and Executive Director of the Ikeda Center for Peace, Learning, and Dialogue. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Yoshiyuki Nagaoka, Executive Director of the Office of External Relations at Soka Gakkai and Executive Director of the Ikeda Center for Peace, Learning, and Dialogue. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

AIそのものが危険なのではなく、それをどう使うかは人間自身に委ねられているというのである。

「結局のところ、問題は人間そのものに帰着します。私たちは、より利己的になることも、より思いやり深くなることもできます。」

長岡氏は、とりわけデジタル技術に囲まれて育つ若い世代の責任を強調した。

デジタルツールが生活のあらゆる場面に浸透し、人と人とのつながりが希薄化する危険性が高まるなか、人類の課題はAIを拒絶することではなく、人間固有の判断力を失わずにAIを活用することだという。

「意思決定においては、良心と知恵を守り続けなければなりません。」

教育と批判的思考こそが、人間や社会の判断に大きな影響を及ぼし得るAIに対する最大の防波堤になると語った。

さらに長岡氏は、最近テレビで見たあるエピソードを紹介した。

「86歳の日本人女性が、重い病気の夫の延命治療を終了するかどうかという苦渋の決断に直面し、家族ではなくChatGPTに相談したという話を耳にしました。」

長岡氏は、この選択自体を非難するのではなく、人生の最も重大な局面で、人々が機械との対話を信頼するようになる新しい社会のあり方について考える必要があると指摘した。

こうした「人間の責任」をめぐる問題意識は、マリア・レッサ氏の発言とも響き合っていた。

レッサ氏は討論を通じ、AIが民主主義にもたらす危険性――偽情報の爆発的拡散、世論操作、そして巨大テクノロジー企業への権力集中―について繰り返し警鐘を鳴らした。

「AIは単なる技術革新の問題ではありません。民主主義そのものの機能に関わる問題なのです。」

Muhammad Yunus,  Nobel Peace Prize laureate and Chief Advisor to Bangladesh. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan
Muhammad Yunus,  Nobel Peace Prize laureate and Chief Advisor to Bangladesh. Credit: Katsuhiro Asagiri/INPS Japan

さらに、会議で最も根源的な問題提起を行ったのはムハマド・ユヌス氏だった。

同氏は議論を経済の問題へと広げ、現代資本主義におけるAIの利用そのものを、人間中心の視点から問い直した。

「最大の問題は、一部の仕事が失われることではありません。富の集中がますます進むことです。」

AIは、ごく少数の企業が技術、データ、富を独占する一方で、多くの人々を経済活動から排除する社会を加速させる危険性があると警告した。

「AIは、人々から生活の糧、尊厳、そして自立する力を奪いかねません。」

未来はAIが人間に取って代わる経済ではなく、すべての人が参加し、起業し、機会を分かち合える経済でなければならないと訴えた。

そして世界の政治指導者に向けて、「AIは権力集中のための道具ではなく、すべての人々に奉仕するための技術でなければならない」と強く呼びかけた。

では、この先、私たちは何を選ぶべきなのか。

3日間の議論を経て、一つだけ確かなことがある。

A visual interpretation of HAL 9000, the fictional supercomputer in Stanley Kubrick’s 2001: A Space Odyssey, symbolising fears that artificial intelligence could escape human control.Image: INPS Japan.
A visual interpretation of HAL 9000, the fictional supercomputer in Stanley Kubrick’s 2001: A Space Odyssey, symbolising fears that artificial intelligence could escape human control.Image: INPS Japan.

AIはすでに私たちの社会の一部となっており、もはや後戻りはできない。

人類はAIを過度に恐れる必要もなければ、「未来最大の敵」と見なす必要もない。

しかし、なお答えの出ていない根本的な問いが残されている。

誰がAIを管理するのか。どのようなルールに基づいて管理するのか。そして、それはどのような社会のために使われるのか。

HAL9000が誕生して半世紀余り。

真の脅威とは、機械が人間になることではないのかもしれない。

むしろ、人間自身が、自ら考え、判断し、その選択に責任を負うという、人間らしさの本質を少しずつ手放してしまうことなのかもしれない。

Image: Katsuhuiro Asagiri, INPS Japan

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|視点|人間性を忘れるな(カレン・ホールバーグ教授パグウォッシュ会議事務総長)

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マナン・マンダラの市場と僧院

ネパール・マナン共同体の経済的成功と精神的実践が示す、新たな資本主義の可能性

【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=プリスタ・ラタナプラック

毎年11月、ネパール・カトマンズに暮らすマナン(Manang)共同体の人々は、資金や物資、人手などの社会的・物的資源を持ち寄り、スワヤンブ寺院で約3週間に及ぶ断食修行「ンンネ(Ngungne)」を行う。|英語版

参加者は真言を唱え、五体投地を繰り返し、数珠を手に祈りを捧げながら断食を続ける。

この厳しい修行は、マナンの人々の深い信仰心と精神的実践への献身を象徴している。しかし、その運営方法や共同体全体による資源の投入に目を向けると、そこには資本主義についての従来の理解を覆すような、極めて興味深いもう一つの姿が見えてくる。

資本主義の歴史は、これまで主として西欧型資本主義や自由市場経済の視点から語られてきた。しかし、マナン共同体が精神的な信念と親族関係を基盤にしながら、資本を生み出し、蓄積し、再分配し、さらに次世代へ継承してきた営みは、資本主義そのものを考え直す新たな視点を私たちに提供している。

ネパールでは、マナン共同体は社会的・宗教的活動よりも、卓越した商業活動によって広く知られてきた。

彼らの交易の歴史は数百年前にまでさかのぼり、近代国家が成立する以前から続いている。その交易ネットワークは、ヒマラヤを挟む異なる生態圏の社会を結び付けるとともに、内陸地域と海上交易圏をつなぐ重要な役割を果たしてきた。

マナン商人たちは、アジア各地に存在した他の商人ディアスポラとともに、西欧列強が火器と巨大な資本を武器に進出してくるまで、アジア交易の根幹を支えていた。

その後、多くの伝統的商人共同体の交易網は衰退したが、マナン共同体は数少ない例外として繁栄を維持し続けてきた。

マナン共同体がネパール政府から国際貿易の特権を与えられていたことはよく知られている。しかし、彼らの社会を長年にわたって支えてきた内部の社会制度や文化的価値観については、これまで十分な研究が行われてこなかった。

しかも、こうした特権が失われた後も彼らの商業活動は拡大を続けている。その事実は、この共同体の社会構造そのものを社会学的に検証する必要性を示している。

私の著書『Market and Monastery(市場と僧院)』では、共同体内部における「パートナーシップ」という独特の文化的論理に焦点を当てている。

この考え方は、経済的利益の追求だけでなく、共同体全体の社会的・精神的な理想を実現するうえでも、人々の関係性を形づくってきた。

数百年にわたりマナン商人の広域交易は発展を続け、その過程で生み出された豊かな余剰資金は、地域社会や宗教活動のための数多くの事業を支えてきた。

彼らは共同体全体で宗教儀礼を営み、大規模な親族の集まりを開催し、学校や道路、診療所、宗教施設を建設してきた。また、恵まれない人々への支援に加え、近年ではネパール社会全体を対象とした人道支援活動にも積極的に取り組んでいる。

Nepali Times

自己利益

マナン共同体における人間関係を形づくってきた「パートナーシップの論理」は、一見すると、新古典派経済学が前提とする「人間は自己利益を追求する存在であり、その行動は最終的に自己利益の最大化へ向かう」という考え方と大きく異なるものではないように見える。

もっとも、このような人間観は数ある文化的前提の一つにすぎず、その内容は社会によって大きく異なる。

私は、マナン共同体において、このパートナーシップの論理こそが、広大な地理的空間に分散しながらも、何世代にもわたって共同体を維持・発展させる社会的・経済的基盤を築いてきたと考えている。

もちろん、本書は理想社会を描こうとするものではない。

むしろ、協力と相互扶助によって繁栄してきた社会が、人間社会に必然的に存在する対立や利害衝突にどのように向き合い、それを乗り越えてきたのかを描いた記録である。

マナン共同体における協力関係は、人々の生まれつきの性質から自然に生まれたものではない。

それは、望ましい協力関係を育み、維持するために、社会制度や文化的慣習を意識的に築き上げてきた努力の積み重ねによる成果なのである。

Nepali Times

実際、この共同体にも葛藤や内部対立は存在してきた。

それでもなお、人々は協力関係を築き上げてきた。

つまり、本書は「社会がどのように機能するのか」を描いた物語でもある。

本書では、マナン共同体が南アジアや東南アジア各地の社会とどのように関わりながら、交易を維持すると同時に、社会的・精神的な理想を実現するための基盤を築いてきたのかをたどっている。

特に、共同体内部で協力とパートナーシップを促進してきた社会制度に焦点を当てている。

海外では、こうした制度が人々の信頼関係を育み、生産的な人間関係を支え、交易に関する知識や経験を共同体全体で共有することを可能にしてきた。

一方、故郷では、マナン共同体は宗教儀礼や共同体の祭礼を運営するために、人材や資金などの社会的・物的資源を持ち寄る精巧な仕組みを発展させてきた。こうした営みを通じて、人々は個人や事業のための資金を融通し合う一方で、共同体の持続可能性にとって欠かせない価値観を育み続けている。

宗教儀礼や祭礼は多様であり、それぞれが異なる親密さや条件のもとで、人々にさまざまな形の社会関係資本や金融資本をもたらしてきた。こうした社会慣習や礼節に深く根ざした制度は、共同体全体による貯蓄を可能にしている。

マナン共同体における資本形成は、人々の人生の目標を社会的、起業的、そして精神的な目的へと結び付ける過程の中で発展してきた。その過程では、資本の蓄積と再分配が、宗教的功徳や社会的評価、さらには共同体内の相互扶助の義務と不可分のものとして進められている。

共同体の内部では、事業資金を必要とする仲間を支援するため、無利子融資も広く行われている。

多くのマナンの人々は、この無利子融資こそが事業を立ち上げ、発展させる上で決定的な役割を果たしたと振り返る。こうした制度によって、人々は個人としてではなく共同体全体として経済的に発展し、豊かさを共有できるようになったのである。

数世代を経た現在、マナン共同体は豊かさだけでなく、高い教育水準も実現している。

国際貿易で得られた利益は、ネパールや東南アジア各国の正式な経済部門で新たな事業を立ち上げるための重要な種銭となった。多くのマナン商人は現地女性と結婚して海外に定住し、新たな産業を育ててきた。

彼らの投資分野は、観光業、ホテル業、自動車輸入、製薬、銀細工、ワイン醸造、農業など多岐にわたる。

2023年時点では、マナン共同体が所有する登録企業は、ネパール国内総生産(GDP)の約0.5%を生み出していると推計されている。共同体の人口は約7,000人で、ネパール全人口のわずか0.00025%にすぎないことを考えれば、この数字は驚くべきものである。

実際、マナン共同体による国際的な交易や企業活動は、ネパールだけでなく複数の国の経済を支えてきた。

例えば、カルマ・グループ(Karma Group of Companies)は、ネパール農業部門で最大の納税企業となっている。

共同体が豊かになり教育水準が向上するにつれ、若い世代は医師、技術者、パイロット、客室乗務員、芸術家、生物学者、BBC職員、国連職員など、幅広い分野で活躍するようになった。

約1,000人のマナン出身者が海外へ留学・就職し、その多くが送金を通じて、マナン社会奉仕委員会や女性団体が進める社会貢献・人道支援活動を支えている。

一方で、年長世代が共同体での宗教実践を重視するのに対し、若い世代は宗教儀礼への参加は減少している。その代わり、社会奉仕や人道支援など、より幅広い公益活動への関心を高めている。

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共有される富

マナン共同体では、富を個人だけで蓄え込んだり、他者と分かち合うことなく誇示したりすることは好まれない。

周囲に困窮する人々がいるにもかかわらず、自分だけが贅沢を楽しむことは、品位や社会性、さらには人格の欠如と見なされる。

他者が手に入れられない富を獲得することが名声や社会的地位につながる社会とは対照的に、マナン共同体では、「他者が本来なら実現できなかったことを可能にする力」を持つ人こそが尊敬される。

2010年、マナン共同体はインド・ブッダガヤでンンネ断食修行を開催し、約300人が参加した。

特筆すべきは、参加者が自ら旅費を負担しなかったことである。

代わりに43組の夫婦が資金を出し合い、巡礼全体を支援したことで、経済的に余裕のない人々も参加できるようになった。

一行は貸し切りバスで移動し、多くの参加者は、マナン共同体が資金を提供して建設した宿泊施設に滞在した。

このようにパートナーシップを形成することで、共同体はより多くの人々に宗教修行へ参加する機会を提供し、経済力の異なる人々が同じ精神的目標を追求できる環境を整えてきた。

こうした文化的価値観が、人々に私的な富を手放し、より大きな精神的・社会的・経済的目標のために活用しようという意識を育んできたのである。

マナン共同体における資本の蓄積と再生産のあり方は、「社会とは何のために存在するのか」という彼らの根本的な社会観、そして再分配と平等に対する価値観によって形づくられてきた。

この共同体では、資本は共同で蓄積され、広く共同体内を循環する。そのため、多くの人々が新たな投資のための資源を利用することができ、それがさらに新たな資本の創出へとつながっていく。

共同体による資本の蓄積は再分配を促進し、その再分配が共同体内部の経済格差を抑制してきた。

マナン共同体における資本主義的な営みは、多様な社会制度の中に深く組み込まれており、人々の相互依存関係と社会的つながりを重視する価値観の上に成り立っている。

これは、市場という経済制度が経済活動を人間関係から切り離し、その抽象的な市場原理が資本や労働、さらには自然資源にまで深刻な影響を及ぼし得る現代資本主義とは著しく異なる。

それに対してマナン共同体では、人と人との社会的関係そのものが社会的・経済的な安全網として機能し、自由市場がもたらす厳しい競争やリスクから人々を守っている。そして、再分配の仕組みが、私的な富の過度な集中を抑制する役割を果たしているのである。

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自由市場経済では、カール・マルクスが指摘したように、時間の経過とともに資本収益率と労働所得は乖離し、最終的には経済成長そのものを損なうことになる。

また、フランスの経済学者トマ・ピケティは、膨大な歴史資料を分析した結果、21世紀において既に莫大な資産を持つ人々への富の集中がさらに進んだことで、所得格差の拡大、公的債務の増大、そして金融危機が引き起こされてきたことを明らかにしている。

こうした不安定性は、私的な富の蓄積を原動力とする資本主義経済が内包する構造的矛盾の帰結である。

興味深いことに、ピケティがその処方箋として提唱する「富裕税」は、マナン共同体では古くからさまざまな形で実践されてきた累進的な共同体負担の仕組みに極めて近い。また、それは自由市場経済が生み出す所得・資産格差を是正する方法としてアダム・スミス自身が唱えていた考え方でもある。

社会的・経済的な安心を、個人が私有財産を蓄積することで得るのか、それとも福祉国家のような大きな共同体や、マナン共同体のような人間関係そのものに蓄えるのか――その選択は、経済合理性だけでは説明できない価値判断に委ねられている。

つまり、それは社会を構成する人々が共に選び取る倫理的な選択なのである。

このマナン共同体の事例は、経済学者ベンジャミン・フリードマンが著書『Religion and the Rise of Capitalism(宗教と資本主義の誕生)』(2021年)で展開した議論とも響き合う。

フリードマンは、アダム・スミスの18世紀の経済思想から、21世紀アメリカにおける市場の役割と限界をめぐる論争に至るまで、近代経済学の主要な概念や政策が宗教や神学の影響を受けながら形成されてきたことを明らかにしている。

彼が指摘するように、「神の見えざる手」をはじめとする近代経済学の基本理念は、決して価値中立的なものではない。

そこには、人間同士の関係性、あるいはむしろその欠如を前提とする、特定の倫理観や政治思想が存在している。

したがって、政治制度や経済制度をめぐる議論の本質とは、異なる倫理観や価値観をめぐる競争なのである。

異なる社会のあり方を知ることは、自らが当然と思い込んでいる社会的・道徳的価値観を相対化し、私たち自身が本当に望む社会を実現するために、どのような制度を築くべきかを考える契機となる。

『Market and Monastery(市場と僧院)』は、特定の価値観に根差した資本の形成・循環・再分配の仕組みが、社会をどのように形づくり、再構築していくのかを描いた物語である。

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そこでは、資本は格差を再生産するものではなく、むしろ格差を抑制するための手段として機能している。

そして本書は、マナン共同体が共同体全体として豊かさを実現してきた歩みを描いた物語でもある。

『Market and Monastery(市場と僧院)』は、マナン共同体の歴史のある一時期を対象に、その社会的営みを記録した民族誌である。数世紀にわたり、この共同体が比較的格差の少ない豊かな社会へと発展してきた過程を描いている。

民族誌的研究は特定の時代を切り取ったものである。しかし、そこから得られる示唆は、その時代を超えて普遍的な意味を持つ。

マナン共同体の社会的実践は、資本主義や社会についての支配的な西欧的理解に対する一つの対案を提示している。

彼らの事例は、資本の形成、蓄積、再生産の過程が世界中で一様ではないこと、そして異なる資本主義の形態が、それぞれ異なる社会的帰結をもたらすことを示している。

第一に、資本を生み出す動機は、必ずしも物質的利益だけではない。

第二に、人々は市場で互いに競争するだけではなく、協働することによって、個人では到底達成できない大きな目標を実現することができる。

さらに、その共同の努力によって生み出された経済的余剰は、共同体全体の資本として蓄積することも可能である。

資本は私有財産だけを意味するものではない。

さまざまな形で蓄積された資本を社会全体へ再分配することは、富を一部に集中させるよりも、より広範な経済活動と成長、そして繁栄を促す可能性がある。

マナン共同体に見られるこの独自の資本主義は、私的財産の個人的蓄積を基盤としたマックス・ウェーバーの西欧資本主義成立論に対し、新たな視座を提供するものである。

プリスタ・ラタナプラック氏は、ハーバード大学で経済学の学士号および文化人類学の博士号を取得。現在、タイ・チェンマイ大学社会学・人類学部准教授。これまでにラトガース大学、シンガポール社会科学大学、ネパール科学・人文学大学で教鞭を執めたほか、ネパールの統合開発研究所(IIDS)主任研究員も務めた。

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