【タシケントINS Japan/London Post=グルミラ・シュクロワ】
きょう、ウズベキスタン・ジャーナリズム・マスコミュニケーション大学に春が訪れ、私の心もまた春の息吹に包まれた。キャンパスでは、「ナウルズ(=ナウルーズ)の精神とアミール・ティムール帝国の文化」をテーマに、華やかな祝祭が繰り広げられていた。しかし、それは単なる催しではなかった。祖国と伝統、春とそれを育む大地、そして訪れるすべての人々が、ウズベク文化の時を超えた美しさの中で出会う、愛に満ちたひとときであった。
そこにあったのは、誇りに満ち、伝統が息づく文化の祭典であった。教員と学生たちは大学を壮大な文化の祭典へと変え、20を超えるパビリオンがそれぞれ異なる民族の文化を紹介していた。きらめく絹の民族衣装から、伝統料理の滋味豊かな香りに至るまで、キャンパスのあらゆる場所が一つの物語を語っていた。情熱と誇りをまとった学生たちは、古くからの風習、貴重な工芸品、春の空気に響き渡る民俗芸能を来場者に紹介する、いきいきとした語り部となっていた。一本の糸、一粒の香辛料、一つひとつの旋律が故郷をささやくようで、私はこの国への愛おしさで胸がいっぱいになった。

祭典には、各国大使、海外からの来賓、ウズベキスタン高等教育・科学・イノベーション相、政府関係者、メディア関係者、そして多くの熱意あふれる学生たちが集った。参加者は、演劇仕立ての寸劇、手仕事による装飾、歴史の一場面から響いてくるような旋律に彩られた、多彩な展示を巡った。なかでも私の心を最も動かしたのは、若者から年配者まで、人々が自らのルーツをこれほど誇らかに受け止めている姿であった。一つひとつのほほ笑み、刺繍を施した衣装の袖、古くから伝わる歌の一節一節に、心を奪われずにはいられなかった。

大学そのものが春への詩となり、私はその空気までも愛おしく感じている自分に気づいた。創造的な活気は人々へと広がり、キャンパスはまさに文化のモザイクとなった。それは多様性の祝祭であると同時に、調和の祝祭でもあった。穏やかなナウルーズの陽光の下で、民族間の結束、寛容、共有された価値は、単なるスローガンではなく、人々が実際に生きる現実としてそこにあった。この大地に生まれた者として、私は涙が込み上げるほどの祖国への誇りを感じた。これこそがウズベキスタンである。多くの心が一つになって鼓動し、あらゆる文化が大切な客人として迎えられ、春が単なる季節ではなく、帰郷のように訪れる国なのである。
この集いは、祝日の楽しいひとときにとどまらず、人々に愛される伝統へと育ってきた。共同体の絆を強め、春がもたらす本当の力は再生と連帯にあることを、すべての人に思い起こさせるものでもある。深紅のベルベットのドレスをまとった若いウズベクの少女が、外国からの来賓に優雅に茶を差し出す姿を見たとき、私の胸は温かな思いで満たされた。学生たちが伝統的な帽子を年配の教授の頭にそっと載せると、教授が涙をぬぐう場面もあった。合唱団が5つの言語でナウルーズの歌を歌うのを聞きながら、私は祖国を愛するとはどういうことかを悟った。それは旗や演説によって示されるものではない。こうして静かに、喜びとともに、自らの文化遺産を分かち合うことなのである。

古代から伝わる旋律の胸に迫る響きから、料理を囲む人々の笑い声まで、この催しは幾世紀にもわたる時を一つにつないでいた。ナウルズの華やぎとアミール・ティムール帝国の不屈の精神は、現代の息吹と見事に溶け合い、すべての来場者の心に忘れがたい記憶を残した。そして、喜びの中で分かち合われる文化こそが、平和を語る最も誠実な言葉であるという静かな理解をもたらした。

しかし私にとって、それはさらに深い意味を持っていた。人々の中に立ちながら、私はこの祝祭を一つの愛の表明として受け止めた。春への愛、伝統への愛、きらめく衣装をまとった少女たちへの愛、ドゥタールを奏でる少年たちへの愛。そして何より、ウズベキスタンへの愛である。この国は、美と愛国心が別々のものではなく、同じ鼓動の中に息づくものだということを、私に教えてくれた。

太陽が屋根の向こうへ沈み、最後のパビリオンが敷物をたたむ頃、私は満ち足りた心でその場を後にした。そして、この愛をいつまでも胸に抱き続けようと、静かに心に誓った。なぜなら、この祭典は単なる一日ではなかったからである。それは、ウズベク人であるということが、春を愛し、人々を愛し、魂を揺さぶるほど豊かな文化とともに生きることなのだと、改めて思い出させてくれる一日であった。(原文へ)
INPS Japan
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