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極端な暑さが北東部ケニアの「働きがい」をむしばむ

【ケニア・ガリッサIPS=チェムタイ・キルイ】

水水曜日の午前9時。ハワ・フセイン・ファラは、気温が上がっていくのを感じながら、露店の支度をしていた。午前6時に起きて3人の子どもを学校へ送り出し、ガリッサ中心部の露天市場「スーク・ムグディ」に向かい、売る果物を仕入れる。|英語版イタリア語

木の柱に布を掛けただけの簡素な屋台だが、日陰でも熱気はこもり、空気は乾いている。木の台にはバナナやスイカ、マンゴーが並ぶ。直射日光は避けられても、暑さは和らがない。

Map of Kenya

「これだけ暑いと、お客さんが来なくなります。いったん店を閉めて、涼しくなるまで家で休むしかありません。」ファラは水のボトルを手に取り、そう語った。

ケニア北東部の乾燥地帯に位置するガリッサはいま、一年で最も暑い季節にある。例年、1月から3月の日中の最高気温は36℃前後だ。だが、郡の気象当局責任者サミュエル・オディアンボによれば、2月上旬には38℃に達し、体感温度(いわゆる「感じる暑さ」)は41℃を超えた。

同程度の高温は過去にも記録されてきた。だがオディアンボは「最近のデータでは、高温がより長く続き、平年を上回る日が連続する傾向が強まっています。」と指摘した。気象当局は、屋外に長時間いることが熱中症や脱水、皮膚へのダメージの危険を高めるとして、暑さへの注意喚起を出した。

「この傾向が続けば、3月には40℃を超える可能性があります。」とオディアンボは語った。

ファラにとって、この暑さは「働ける時間の短縮」を意味する。正午になるころには疲れが一気に出る。
「体がだるくて、汗が止まりません。朝だけで水を2〜3リットル飲みます。しかし、こんなに水を飲んでも、体が楽になっているのか分かりません。」

彼女は涼しい季節より、屋台をおよそ4時間早く閉めるようになった。利幅が小さいだけに、営業時間の短縮はそのまま痛手になる。涼しい日は週の売上が約7000シリング(約54米ドル)だが、暑さが続くと約4000シリング(約31米ドル)まで落ち込み、ほぼ半減する。

売れ残った果物はすぐに傷み、柔らかくなる。2日後には値下げするか、損失を抑えるため、ジュース用として近くの食堂などに安く卸す。固定給も保障もない。失った1時間は、そのまま失収入になる。

北東部最大の交易拠点であるガリッサの経済は、家畜市場に支えられている。国際家畜研究所(ILRI)のデータによれば、地域の生計が家畜に強く依存していることは、暑さの影響を受けやすい要因でもある。極端な暑さで家畜の健康状態が悪化したり、買い手が市場に来なくなったりすれば、地域の資金の動きが鈍り、ファラのような小規模商人の客足も減る。影響が連鎖しやすい構造だ。

Emily Ndung’e, a motorcycle taxi rider in Garissa Town, northeastern Kenya, says prolonged high
temperatures are affecting her income as fewer customers travel during the hottest hours. Credit: Chemtai Kirui/IPS
Emily Ndung’e, a motorcycle taxi rider in Garissa Town, northeastern Kenya, says prolonged high
temperatures are affecting her income as fewer customers travel during the hottest hours. Credit: Chemtai Kirui/IPS

バイクタクシーの運転手、エミリー・ンドゥングエも同様の打撃を受けている。猛暑の間、日収は1500シリング(約11.50米ドル)から、わずか500シリング(約3.80米ドル)に落ち込んだ。

防護具を身につけるほど熱が体にこもり、道路脇で何時間も客を待つことになる。
「暑さで発疹が出て、汗が止まりません。それでも子どもを養うための仕事だから、外に出なければならないのです。」

日陰はほとんどなく、点在する木陰を移動しながら次の客を待つ。日が落ちてもコンクリートの家やトタン屋根の室内に熱がこもり、体が十分に回復しない。

ケニア気象局の気候科学者で、IPCCの国内担当窓口でもあるパトリシア・ニィングロは、「夜が暑いと、日中の暑さで受けた負担から体が回復できません。」と語った。

ガリッサの気温上昇への懸念は、これまでも国会で取り上げられてきた。2022年には、当時ガリッサ選出の議員だったアデン・ドゥアレが、「住民の不安」を理由に環境省へ正式に申し入れた。省は、気候変動に伴う平年を上回る高温を認めた。

現在、ドゥアレは保健相を務める。2025年10月には「ケニア気候変動・保健戦略(2024〜2029年)」の立ち上げを主導し、国内で初めて暑さに関連する死亡を把握する枠組みが盛り込まれた。

しかし、極端な暑さへの具体的な対応は限られたままだ。ガリッサには郡の「気候変動行動計画(2023〜2028年)」があるが、主眼は干ばつや洪水、家畜の病気である。猛暑時の労働時間の調整や、暑さをしのげる公共スペース、給水・水分補給ポイントといった対策は盛り込まれていない。

国家干ばつ管理局は、任務は干ばつ関連のリスク対応であり、「暑さそのもの」は枠組みの対象外だと説明する。暑さに関する問い合わせは気象局へ、という対応にとどまった。

ファラは、その空白を日々の損失として受け止めている。「政府からは何の助けもありません。私たちは暑さで苦しんでいるのに、日陰すら足りない。郡には税金を払っていますが、損は全部、私の負担です。」

ケニアでは、インフォーマル部門で働く人が労働者の約8割を占める。ILOの2024年7月報告書は、アフリカが世界で最も暑さの影響を受けやすい労働が多い地域だと指摘し、労働者の92.9%が高温環境の影響を受けているとした。ILOは、極端な暑さで労働能力が最大約50%低下し得ると警告している。生産性の低下による世界の損失は、2030年までに2.4兆米ドル規模に達する見通しだという。

SDGs Goal No. 8
SDGs Goal No. 8

極端な暑さは、SDG8.8(安全な労働環境)を脅かし、SDG13(気候変動対策)の遅れも示している。NCCAPは大規模農業とエネルギー基盤を優先し、露店市場などインフォーマル労働を守る具体策が乏しい。

暑さは誰にでも襲うが、負担の出方は平等ではない。研究者によれば、ガリッサの女性は「二重の負担」を抱えている。日中は市場で高温にさらされ、帰宅後は風通しの悪い家で、子どもや高齢者の世話など無償のケア労働を担う。結果として、負荷がほぼ一日中途切れない。

米シンクタンクの大西洋評議会(Atlantic Council)気候レジリエンスセンターの研究は、家事労働も含めると、暑さによって女性の総労働負担が最大260%増える可能性があると報告した。

「これは、弱い立場の人ほど重くのしかかる“逆進的な税金”のようなものです。」こう語るのは、気候レジリエンス・フォー・オール(CRA)のCEO、キャシー・ボウマン・マクラウドである。彼女はフリータウン(シエラレオネ)などの研究を引き合いに、「暑さによる中断で、インフォーマル市場で働く女性は収入の最大60%を失う可能性があります。」と語った。

SDGs No. 13
SDGs No. 13

「体は常に攻撃されていると錯覚します。インドで試験的に導入が始まっている『暑さ保険(熱波で働けない損失を補う仕組み)』のような手立てがなければ、危機は収入だけでなく、体の回復力そのものも削っていくのです。」—マクラウドはそう付け加えた。

アフリカで最初に国として「暑さ対策計画(HAP)」を採用したのはシエラレオネである。これは、極端な暑さがもたらす健康被害と経済損失に備え、対応し、影響を減らすための包括的な政策枠組みだ。

ニィングロとともに『ケニアの気候の現状2024』を共同執筆したジョイス・キムタイ医師は、各地域に合わせた暑さ対策計画の整備こそ「いま最も急ぐべき適応策」だと語る。「暑さは静かな殺し屋です。経済への影響が十分に数字で示されていないため、政策が気温上昇に追いついていないのです。」

首都ナイロビの郡では、極端な暑さの際に労働時間を調整したり公共の涼み場を開放したりできる枠組み案を試行中である。まだ正式採用には至っていないが、キムタイは他の郡のモデルになり得ると期待する。

ガリッサの気温が40℃に近づくなか、ファラは一人でしのぐしかない。傷み始めた果物を片づけ、店を4時間早く閉め、その損失を自分で抱える。

彼女の暮らしを支える仕組みは、まだない。あるのは暑さだけだ。(原文へ)

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. 

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【カトマンズAPIC=浅霧勝浩、ラムヤッタ・リンブー】

私は当時22歳で、長距離トラックの運転手をしている夫と生後数カ月の娘の3人家族で、慎ましいながらも幸せな生活を送っていました。当時の夫の仕事は、荷物を遠くカトマンズやインドのダージリンにまで運送するものだったので、一度の仕事で、数日は家に帰ってこられませんでした。私は、娘の面倒を見ながら、道端に屋台を設けてお茶を商っていました。

そんな私達の日常が突然狂わされたのは、夫が仕事で留守中のある日のことでした。幼い娘が突然肺炎に罹り、村のクリニックに連れていったところ、抗生物質がないので、何とかカトマンズの病院まで行くしかないと言われたのです。私の村からカトマンズまではバスで7時間の距離でした。途方にくれていると、夫の運転手仲間と知人が「カトマンズよりもインドのパンタにいい病院がある。望むなら子供をすぐに乗せていってあげよう」と申し出てくれました。

私達親子は藁にも縋る思いでその運転手の車に乗せてもらい、インドを目指しました。ところが、国境を越えるとその人物は豹変し、私達親子を人買いに売り払ったのです。私達はその仲買人に、インド国境の町からムンバイのKamatipura地区にある売春宿まで連れて行かれ、そこで親子で約200ドルで転売されました。ムンバイは私には初めての土地だったし、ネパール語しか話さない私は、自分の存在を証明するものを何も持っていませんでした。 

売春宿に到着するとすぐ私は愛する娘から引き離されました。売春宿の男達は「娘を返して」と必死に抵抗する私を殴りつけ、強姦したうえで、「借金を返すまで『性奴隷』としてここで働くか、娘の命を諦めるか好きなほうを選べ」と脅迫してきました。娘の命を守るため、売春婦になる道を選択するしかありませんでした。

売春宿で私に与えられた仕事場兼住居は、染みだらけの等身大のマットレスより若干大きなスペースのみで、病院のカーテンのようなものでかろうじて仕切られた空間で客をとらされました。そこには当時13人の少女達が監禁されており、皆私のように騙されて連れてこられたネパール人の少女達でした。生き地獄の中で、同郷の彼女達に囲まれていたことが唯一の心の慰めでした。

それから2年間、「Pleasure:快楽」という名の下に、毎日20人近くの男性を相手に、言葉では説明できないような行為を強制されました。最初のうちは、売春宿のオーナーに「なんとか娘に会わせてほしい」と繰り返し懇願しました。しかし、その話を持ち出すと、必ず激しく怒鳴られ、殴りつけられました。私はそのうち懇願するのをやめ、代りに、娘の笑顔を心に思い浮かべながら「きっとこの地獄を生き抜いて娘を取り戻す日がくる」と自分に言い聞かせることにしました。

その後、私を逃がしてくれるという客が現れたこともありましたが、娘の身の上を考えて断りました。そんなある日、通りで皿洗いをしている女性が親しく声をかけてくれるようになり、私の娘を探し出してくれると約束してくれました。私はひたすら日々の生活を耐え、祈り続けました。 

そしてこの地獄から解放される日がやってきました。「MAITI NEPAL」というNGOが、警察と合同で私達のいる売春宿に踏み込んでくれたのです。そしてその日は、奇しくもあの皿洗いの女性が約束を守って、私の愛する娘を連れてきてくれた日だったのです。2歳半になっていた娘は、体中傷だらけで皮膚病に犯され、まだ話すこともできませんでした。でも、生きて再会することができたことを、神に心から感謝しました。MAITI NEPALは私達親子をシェルターに受け入れてくれたほか、私達に代って夫を探してくださり、お陰で数カ月後に、カトマンズで親子3人再会を果たすことができました。

私はその後、MAITI NEPALのフルタイムスタッフとして夫と共にムンバイに戻ってきました。私達はMAITI NEPALのスタッフや心あるインドのボランティアと共に、かつての私達親子が経験した境遇にある娘達を見つけ出し、救出するために日々活動しています。娘は、今は6歳になり、私の故郷で母に育ててもらっています。娘には4~6カ月おきに会いに行っています。

私がムンバイに敢えて戻ってきたのには多くの動機付けがありましたが、その中でも最も大きなものは娘の存在でした。彼女はMAITI NEPALのお陰で、今は母の下で普通の人生を夢見て生きていくことができます。しかし、私達のように救出を待っている人達はまだたくさんいます。彼女達の娘達には、売春宿で育ち、いずれは売春宿のオーナーに母と同じ「性奴隷」として引き渡される運命が待っているのです。

Maiti Nepal/ photoby Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan
Maiti Nepal/ photoby Katsuhiro Asagiri, President of INPS Japan

私が売春宿で出会った不幸な娘達–14歳までに12回も堕胎手術を受けさせられた娘、わずか8歳で売られてきた娘、売春宿のオーナーに接客を拒否して陰部に硫酸を撒かれて拷問をうけた娘、激しい拷問と殴打で酷い姿にされた娘、胸や乳首に煙草の火を押し付けられて接客を強要された娘–世間は私達を売春婦として軽蔑し無視する。彼女達の痛みがわかる私達が立ち上がらなければ、世界の誰も彼女達を助けてはくれないもの。

私は決して「犠牲者」として見られたくはありません。私は、この人間の尊厳を踏みにじる人身売買を根絶するためにはいつでもこの命を捧げる覚悟をもつ「Activist:活動家」、あるいは人身売買の「生き残り」としての気概を持ってこの問題に取り組んでいくつもりです。

Kamatipura:
世界有数の歓楽街で、地元では「Cages:かご」と呼ばれている。ここで売春婦達は施錠された檻の中での生活を余儀なくされており、外から見ると「かご」に見えるところからその呼称がついたと言われている。マイリは、肌の白いネパール人少女達が多く売春を強要されていると言う。 

マイリ親子の場合、救出後、夫との再会を果たせたが、MAITI NEAPLが保護した少女達の中には、家族に引き取りを拒否され、村に帰ることもできない娘達も少なくない。ましてや、配偶者が受け入れるケースは極めて稀である。(原文へ

(ネパール取材班:財団法人国際協力推進協会浅霧勝浩、ラムヤッタ・リンブー)

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【カトマンズNepali Times=シャム・テクワニ】

上海で拘束されたインド人旅行者、パキスタンのシンド州をめぐって蒸し返された主張、そしてネパール政府が発行した新紙幣―この1週間に起きた3つの出来事は、南アジアで「象徴(=メッセージ/政治的シグナル)」が領土問題の重みを帯び、対立を刺激し得る現実を示した。危険は軍事力それ自体ではない。歴史認識や領土へのこだわりが、日常の手続きや表現を通じて政治の武器になり、緊張を積み重ねていく点にある。

Map of India and China
Map of India and China

最初の出来事は中国の上海空港で起きた。アルナーチャル・プラデーシュ州出身の若い女性が空港で拘束された。中国当局が問題にしたのは本人の素行ではなく、出身地の帰属をめぐるインド・中国間の領土対立である。国境線の捉え方が異なれば、同じ旅券でも「認める/認めない」の扱いが変わる。この女性は国家間の争点が表面化する現場に突然置かれた形である。

次に、インド国防相が「シンド州(パキスタンに帰属)はいつかインドに戻るかもしれない」と発言した。これはインド国内向けには歴史や「かつての地理」を想起させる言い回しに見える。しかし周辺国では意味が変わる。パキスタン側では、単なる修辞ではなく自国の領土に関する含意を持つ発言として警戒が広がった。分離独立と戦争の記憶が現在も政治に影響する南アジアでは、過去の国境に触れる言葉が不安を呼び戻しやすい。

NPR 100 banknote, launched in late 2025, featuring an updated political map of Nepal that includes the disputed territories of Kalapani, Lipulekh, and Limpiyadhura, sparking ongoing territorial discussions with India.

3つ目はネパールの新紙幣である。2020年に公表した政治地図を反映し、リプーレク、カラパニ、リンピヤドゥラといったインドとの係争地を含む地名が記された。ネパール側は「通常の手続き」と説明したが、紙幣に境界を描く行為は中立的には見えにくい。紙幣は日常的に流通するため、そこに示された線は「この領域は自国のものだ」という立場を繰り返し可視化する効果を持つ。国境をめぐる議論に先回りして立場を示す政治的メッセージになり得る。

こうした3つ事例は小さなニュースに見える。だが共通しているのは、未解決の領土問題や歴史認識の対立を再び前面に押し出し、疑念の連鎖を起こす力を持つ点である。旅券の扱い、政治家のひと言、紙幣の図柄といった小さな動きが「相手の狙いは何か」という解釈を呼び、解釈が次の反応を生み、対立が膨らむ。南アジアではこの反応が速い。

背景には、争いの表れ方が変わっている現実がある。軍事行動だけが緊張を生むのではない。地図の描き方、壁画の図柄、ビザの形式、紙幣に印刷する国境線、地名の呼び方、政治家の発言といった「表現」や「手続き」が、領土主張の一部として受け止められる局面が増えている。行為は小さくても、読み取られる意味は大きくなる。

中国によるアルナーチャル・プラデーシュ出身者の旅券の扱いは典型である。これは単なる書類処理ではなく、「この地域の帰属をどう見るか」という中国の立場を日常の場面で示す行動として機能する。空港の入国審査という通常の手続きの中で、旅行者の扱いを通じて中国の主張を実際の対応として見せる。武力を使わずに争点を日常の接点に持ち込み、相手国(=インド)に圧力をかける手法である。負担を負うのは目の前の個人だが、狙いは相手国へのメッセージにある。国境問題の現場は山岳地帯だけでなく、空港の入国審査ブースにも及ぶ。

Flag of India and Pakistan.
Flag of India and Pakistan.

一方、インド国防相の発言は別の方向から緊張を生む。現行国境を直ちに否定する表現でなくとも、現在の国家枠を越える歴史的地理を呼び起こすため、受け手には領土的含意として映り得る。国内で「遺産」や「文明の記憶」として語られる言葉が、周辺国では「意図の表明」と受け取られ、不信を残す。

ネパールの紙幣も象徴を用いた意思表示である。小国であっても象徴を通じて立場を示し、相手の圧力に対抗できる。問題は、こうした象徴が一度「譲れない原則」として固定されると、調整が難しくなる点にある。

本来なら、摩擦が拡大する前に受け止め冷却する制度が必要である。しかし南アジアでは衝撃を吸収する地域的枠組みが弱い。南アジア地域協力連合(SAARC)は十分に機能しているとは言い難く、敏感な争点が生じた際の調整の場になり切れていない。加えて、ネパールやバングラデシュなどインドと密接な国々との関係は国内政治の影響を受けやすく、温度差が大きく振れやすい。小さな出来事が政治姿勢として固まり、対話の余地が狭まる前にブレーキをかける仕組みが乏しい。

危険は、通常の戦争のように一気に噴き上がることではない。象徴と手続きの応酬が積み重なる一方で、抑制装置も出口戦略も欠いたまま緊張が慢性化することである。信頼は静かに摩耗し、外交は事後対応に矮小化する。国内政治は感情に左右され、外部勢力の関与は増幅する。反復される刺激はやがて規範化し、修正が困難な「常態」へと変わっていく。

空港で旅券の扱いをめぐる判断が下されるとき、個人は国家間対立の最前線に立たされる。危機は当人が原因ではない。地図の解釈と政治の思惑が、個人の輪郭を借りて表面化しているにすぎない。

南アジアが象徴を無制限に政治の武器にしない節度と、摩擦を吸収する仕組みを強化できない限り、対立は軍事力だけでなく、日常の手続きや表現を通じても続いていく。(原文へ

INPS Japan/Nepali Times

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力の論理が支配する世界を拒まねばならない

【ニュージーランド・ウェリントンIPS=ヘレン・クラーク】

2026年は深く憂慮すべき形で幕を開けた。世界の平和と安全の根幹と長く見なされてきた国際法は、かつてなく露骨に揺さぶられている。主権と抑制という中核原則は、公然と侵されている。

Board of Peace Logo
Board of Peace Logo

私はこのほど、ダボスで開かれた世界経済フォーラムから帰国した。そこで米国のドナルド・トランプ大統領は、新たな「平和評議会(Board of Peace)」を発表した。国連安全保障理事会は当初、ガザの暫定的な行政(統治)を監督するための同組織を支持していた。現地では停戦が宣言されているにもかかわらず、人道状況はなお危機的であり、パレスチナの民間人は占領軍によって連日のように殺害され続けている。

だが、ダボスで披露された内容は、より憂慮すべき事態を示唆していた。発表された委員会の憲章には、ガザへの言及が一切ない。国連安保理の代替として位置づけられているように見えたのである。

「平和評議会」の招待メンバーの中には、国際刑事裁判所(ICC)に訴追されている2人が含まれている。さらに、同評議会の常任メンバーになるには10億ドルが必要とされる。これは国際社会の運営のあり方として適切ではない。「平和評議会」は、安保理が時限的に付与した任務のとおり、ガザで続く危機に全面的かつ緊急に集中すべきである。

「平和評議会」をこのように位置づける枠組みは、正統性がすでにさまざまな理由で疑問視されてきた多国間システムに対する、さらなる挑戦の一つにすぎない。

国連憲章は81年目に入った。とりわけ安全保障理事会をはじめ、憲章が定めた制度は、2026年ではなく1945年の世界を依然として反映している。常任理事国による拒否権の濫用―とりわけ国際法違反を免責する形での行使―は、その信頼性を根底から損ねてきた。

UN’s ‘responsibility to deliver’ will not waver, after US announces withdrawal from dozens of international organizations. Credit: UN Photo/Loey Felipe
UN’s ‘responsibility to deliver’ will not waver, after US announces withdrawal from dozens of international organizations. Credit: UN Photo/Loey Felipe

例えばロシアは、ウクライナに関する決議を阻止するため拒否権を繰り返し行使してきた。米国もまた、イスラエル・パレスチナに関する決議を阻むため、拒否権をたびたび用いてきた。安保理改革は必要であり、長年先送りされてきた。改革は過去にも実現している。1965年には実質的な改革が達成された。いま再び、これを成し遂げなければならない。

先週のミュンヘン安全保障会議では、変化する世界秩序にいかに対応すべきかについて、各国の政策決定者と議論を交わした。最近の動向が、私たちがこれまで前提としてきた国際秩序に重大な亀裂が生じていることを示しているとの、カナダのマーク・カーニー首相の見解に私も同意する。大小あらゆる国が連携し、力の論理に支配される世界を拒み、国際法に根ざした未来を守らねばならない。

エルダーズ*1)は、「力こそ正義(might is right)」という論理によって国際法を覆そうとするいかなる試みにも断固として反対する。私たちは、共有の価値と原則に根ざす国際秩序を改めて確認し、それを守り抜く。

いまは選択の時である。国際協力を長く支えてきた価値が分断と妨害によって侵食されるのを許すのか。それとも、国際社会が結束してそれらを守り、再生するのか。(原文へ

ヘレン・クラークはニュージーランドの政治家。1999年から2008年まで第37代首相を務め、2009年から2017年まで国連開発計画(UNDP)総裁を務めた。
*「エルダーズ(Elders)」は、主に南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が2007年に設立した、平和、人権、地球の持続可能性のために活動する世界的なリーダー・元首脳経験者らのNGOグループを指す国際組織。平和構築、紛争解決、人道危機の改善(ガザの大量虐殺警告など)に取り組んでいる。

IPS UN Bureau

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二度と繰り返さないために

2026年は、毛沢東派(マオイスト)紛争開始から30年、2006年の停戦から20年

【カトマンズNepali Times=クンダ・ディキシット】

2026年は、マオイスト紛争を終結させた「包括的和平協定(Comprehensive Peace Accord)」から20年であり、マオイスト(毛沢東派)が武装闘争を開始してから30年に当たる。

Kunda Dixit.
Kunda Dixit.

しかし終結から20年を経たいまも、ネパールでは、この紛争を国家として記憶し共有するための追悼や記念の取り組みが、ほとんど見られない。紛争ではネパール人約17,000人が命を落とし、1,330人以上がいまなお「行方不明者」として登録されたままだ。凄惨な戦争犯罪の加害者たちは白昼堂々と自由に歩き回り、なかには政府の閣僚を務めた者さえいる。

2006年の和平協定に盛り込まれた、戦争犯罪の責任追及や被害者救済を進める移行期正義(トランジショナル・ジャスティス)のプロセスは、宙に浮いたままである。歴史教科書には戦争がほとんど記されず、暴力の記憶も知識も持たない世代がすでに育っている。

多くの命が失われた「目的」は、いまや歴史の埃に覆われている。守られなかった約束、果たされなかった誓い、忘れられた犠牲―その一覧は長い。2015年の連邦共和制憲法が、戦争の終着点とされた。王制は廃止され、カトマンズから7つの州への権限移譲、包摂的で公正な社会の実現が約束された。

だが、その後に起きたのは、まるでジョージ・オーウェルの小説『動物農場』の再来である。ナポレオン、スノーボール、スクイーラーといった登場人物が次第にジョーンズ氏に似ていき、しまいには誰にも区別がつかなくなる(=革命の指導者たちが、時間とともに、打倒したはずの旧支配者と同じ存在になってしまった。)いまも革命を信じる元ゲリラがいる一方、多くは湾岸諸国やマレーシアへ出稼ぎに出た。子ども兵だった者は、すでに自分の子どもを持つ親になった。生存者や犠牲者遺族は喪失を抱えたまま苦しみ、記憶は薄れていく。人権団体が正義を追求するための国際支援も、先細りになっている。

それでも、革命を招きやすい「客観的条件」の多くは、いまもネパール社会に残っている。政治と政党の構造は、かつてないほど中央集権化した。連邦制は封建制に取って代わらなかった。憲法は女性や周縁化された集団のためのクオータ(割当)を定めたが、政党は抜け道を見つけ、親族や縁故者を優遇した。社会経済格差は30年前より広がり、汚職は「当たり前」になった。

この号(9ページ)に掲載したスディクシャ・トゥラダルの分析が結論づけるように、1950年以降に掲げられてきた「革命」は、いずれも最終目標を達成していない。シャハ王家はラナ家より大差なく、民衆の変革要求を受け入れながら、結局は民主主義を解体した。1980年、1990年、2006年には若者が民主化運動で街頭に立ったが、支配者たちは後戻りし、現状維持を温存した。

革命の土壌
Photo: KIRAN PANDEY/NEPALI TIMES ARCHIVE
Photo: KIRAN PANDEY/NEPALI TIMES ARCHIVE

1996年から2006年にかけて、ネパールの人々は「自分たちの名の下に」戦われた戦争に巻き込まれた。マオイストは「人民戦争」や「人民解放軍」といった、借用した概念を掲げたが、それはネパールの現実に必ずしも合うものではなかった。だが皮肉にも、その呼称は別の意味で的を射ていた。死に、苦しんだのは結局「人民」だったからである。

ネパールが自国領内で武力紛争を経験したのは、1814~1816年の英・ネパール戦争以来であった。それ以降、ネパール人は主として「他国の戦争」で戦ってきた。だが1990年代までに、ネパール社会には革命が起こり得る土壌が形成されていた。封建的な支配構造に加え、選挙で選ばれた政党の無関心と怠慢が、何百万人もの若者から仕事と機会を奪った。社会には苛立ちが蓄積していた。

ネパールは絶対王政から立憲君主制へ、議会制民主主義へと移行し、2005年には国王による軍主導のクーデターも経験した。しかし、支配者が説明責任を果たすようになったわけではない。政治の関心はしばしば、個人的、あるいは党派的な利害と野心に向けられていた。

同じパターンは2017年選挙後にも繰り返された。ネパールは6年間で5つの連立政権を経験し、首相は次々と交代した。離合集散の政局が続き、同じ顔ぶれが交代で政権の座に就く状況が常態化した。

そして再び、情勢を動かすには「引き金」だけが必要になった。その引き金となったのが、2025年9月8日である。Z世代の抗議者が掲げたスローガンや要求、怒りと焦燥は、1980年、1990年、2006年に王宮の門へ向かって行進した若い学生たちと驚くほど似ていた。その学生の一部は、当時関わっていた政党に加わり、いまでは50代、60代になっている。

Nepali TImes.
Nepali TImes.

彼らもかつては、怒りを抱えた若者だった。もう若くはないが、いまも怒りを失っていない者がいる。1990年以降、投資を呼び込み雇用を生み出すという政治の役割が十分に果たされないまま、若者の海外流出は半ば政策的に促されてきた。不満や圧力は国外へと押し出され、国内では支配層が椅子取りゲームを続け、国の行方への責任は曖昧になった。

中途半端な政変(「半革命」)が起きるたびに、新しい体制は、自らが追い落とした権力の振る舞いをなぞるか、あるいは必要な制度や基盤まで一緒に捨て去ってきた。3月の選挙、そしてその先で最も危険なのは、同じ過ちを再び繰り返すことである。古いものがすべて悪いわけではなく、新しいものがすべて良いわけでもない。

古いものと新しいものがせめぎ合ういまこそ、マオイスト紛争から学ばなければならない。そうでなければ、2026年、再び「新しいもの」が「古いもの」に似ていくことになる。

INPS Japan/Neali Times

Original URL: https://nepalitimes.com/editorial/not-ever-again

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|1923-2023|ネパール・イギリス友好条約100周年は、かつてネパールの指導者が戦略的思考を持っていた時代を想起させる。

なぜ米国の外交政策は大統領が変わっても生き続けるのか

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

私の人生の大半において、私は「権力とはこういうものだ」と考えてきた。指導者が語れば制度は従い、大統領が発表すれば国家機構は動く。権威は手続きに先立って、まず個人に宿る――そう理解していた。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

エジプトで育ち、中東・北アフリカ(MENA)地域のただ中で暮らしてきた私にとって、その前提は自然だった。この地域には、権威主義体制や独裁者、専制的な君主が少なくない。政府の動きには常に警戒心が伴う。公式説明をうのみにせず行間を読み、権力が一つの地位に集中すれば、組織はどれほど容易くねじ曲げられるかを学ぶ。多くの政治体制では、指導者は単なる「権力の顔」ではない。彼こそが、体制そのものなのである。

そうした世界観は、私がエジプトから欧州、そして米国へと移り、さらに85カ国以上を旅する中でも付きまとった。政治的権威をどう理解し、リスクや信頼性、意図をどう評価するか―その基準を形づくっていた。

しかし、機能する民主主義の内側に身を置かなければ、直感的には理解しにくい事実がある。それを理解するには、時間をかけ、現場に近い距離で経験することが必要だった。
米国では、指導者は強大な権力を持つが、主権者ではない。制度が必ず押し返すのである。

この違いは重要である。今日の米国では、外交政策が、まるでホワイトハウスを占める人物の性格や気質の延長にすぎないかのように語られがちだからだ。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

確かに、米国大統領は莫大な権限を持つ。軍を指揮し、外交を主導し、優先課題を定め、高官を任命し、世界に対する米国の姿勢の「トーン」を決める。大統領が発言すれば市場は反応し、各国政府は対応し、同盟関係は再調整を迫られる。その影響力は現実のものである。

米国の外交政策に関わるあらゆる重要な決定は、統治機構という巨大な仕組みに必ず直面する。議会は議論し、阻止する。裁判所は介入し、実行を遅らせる。官庁は政策を解釈し、ときに抵抗する。キャリア官僚(政権交代後も職にとどまる専門職の公務員)が、実施の在り方を形づくる。同盟国は、ワシントンのスローガンではなく、自国の利益に基づいて反応する。その結果、政策は往々にして、事前のレトリックよりも遅く、錯綜し、強く制約されたものとなる。

これは機能不全ではない。欠陥ではなく、制度が意図してそう設計されている。

権力が一つの地位に集中する政治体制を取材してきた私にとって、ワシントンを取材することは、権力の捉え方を根本から見直す作業だった。多くの国では、指導者が実行を望めば、それは即座に実現する。だが米国では、政策は交渉され、修正され、作り替えられ、時には実行に至る前に葬られる。

しばしば「政治ショー」と軽視されがちな議会は、実は外交政策において最も影響力のある主体の一つである。議会は予算を握り、制裁法を制定し、武器輸出を認可し、高官人事を承認し、行政を監視する。大統領の野心は、協力を拒む議員によってたびたび封じ込められる。これは政党間対立の問題ではなく、制度が内包する制約である。

The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.
The western front of the United States Capitol. The Neoclassical style building is located in Washington, D.C., on top of Capitol Hill at the east end of the National Mall. The Capitol was designated a National Historic Landmark in 1960.

もう一つ見落とされがちなのが、国家安全保障官僚機構だ。外交官、情報機関職員、国防関係者、行政官といったキャリア職員は、新大統領の就任とともに消えるわけではない。彼らは残り、説明資料を書き、選択肢を提示し、情報を解釈し、選挙のスローガンが消えた後も仕事を続ける。大統領が彼らに異を唱え、時に覆すことはできる。だが、何十年にもわたる制度的な思考を一夜にして消し去ることはできない。これが、選挙戦では急進的に見える外交方針が、実務では驚くほど一貫して見える理由の一つである。

司法もまた現実的な制約を加える。移民制限、非常権限、監視プログラム、制裁、大統領令(行政命令)―こうした措置は頻繁に裁判所に持ち込まれ、範囲を狭められ、実施を遅らされ、あるいは差し止められる。これはどちらの政党の大統領の下でも起きてきた。教科書上の理論ではない。現実にそう機能している。

加えて、同盟関係も制約として働く。NATO、G7、欧州連合、日本、韓国、情報共有の枠組み、地域的な連携枠組み――これらは米国の決定をただ受け取るだけの存在ではない。何が政治的・戦略的に持続可能かを形づくり、無謀な方針転換にはコストを課す。大統領が公然と同盟国を批判し、離脱をちらつかせることはできる。しかし、こうした関係の基盤は、その時々の政治よりもはるかに強靭であることが繰り返し示されてきた。

だからこそ、「米国の外交政策は特定の個人の偏見や世界観の反映にすぎない」という主張が出てきたとき、焦点は別にある。問題は、大統領が集会やインタビューで何を語ったかではない。制度が最終的に何を生み出したかだ。同盟は構造的に弱体化したのか、それとも言葉の揺れを超えて持続したのか。制裁は崩れたのか、維持されたのか。軍事的関与は消えたのか、それとも制度的惰性の中で続いたのか。敵対国は、言葉ではなく、具体的な政策によって戦略的利益を得たのか。

異なる政治文化の間で生きてきた私は、自然と比較する。私がよく知る多くの体制では、レトリックはすぐに現実になる。米国では、レトリックは制度と衝突する。この衝突は、大統領を苛立たせ、有権者を混乱させ、陰謀論を生むこともある。しかし同時に、それは権力集中に対する最も重要な安全装置の一つでもある。

ただし、居心地の悪い真実もある。制度は、外国勢力に乗っ取られなくても、その利益に奉仕してしまうことがある。**機能不全だけで十分なのだ。**分極化は結束を弱め、不信は制度を腐食させ、ちぐはぐな発信は同盟国を不安にさせる。政治的混乱は、敵対勢力にとっての機会を生む。ロシアや中国は、混乱の「作者」を支配する必要はない。その混乱が生む環境を利用すればよいのだ。

米国の外交政策は不完全で、ときに一貫性を欠き、強く政治化されている。だが、それは一人の人物の私的な記録ではない。制度、個性、法律、同盟、世論のせめぎ合いが生み出す結果である。

米国と国連を長年取材し、政府を間近で見つめ、異なる政治文化の間を行き来してきた経験を通じて、私は学んだ。この摩擦は弱さではない。権力集中に対する最後の防波堤の一つなのだ。

米国の外交政策を一人の人格に還元して語れると主張する人は、権力が実際にどう機能しているかを説明していない。彼らは、指導者が制度を支配する体制のモデルを、まさにそれを防ぐために設計された米国の制度に投影しているにすぎない。

そして皮肉なことに、その誤解こそが、権威主義体制が世界に信じ込ませたいことなのである。(原文へ

INPS Japan

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がんと闘うために自転車で走る

がん経験者と医療者がネパールを横断し、治療費支援の募金を呼びかけ

【カトマンズNepali Times=スディクシャ・トゥラダル】

ハルカ・ラマは2020年、膀胱がんと診断されたとき、「人生が終わってしまう。」と感じたという。治療は辛いもので、手術を2度受け、化学療法は計27回に及んだ。寛解したのは2022年である。一方でラマ自身は、治療費の工面に大きく苦しまずに済んだ。海外にいる人々を含む友人や支援者が、資金面で支えてくれたからだ。|英語版インドネシア語タイ語

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

しかし治療の過程で、経済的理由から入院や治療そのものを受けられない患者が少なくない現実も目の当たりにした。「私は友人に助けてもらえました。だが、入院して治療を受ける費用すら工面できない患者を大勢見ました。」とラマは言う。「何か行動しなければならないと思いました。」

熱心なサイクリストでもあるラマは2017年、高所マウンテンバイクレース「ヤク・アタック(Yak Attack)」に参加した際、救護担当として会場にいたドゥリケル病院(Dhulikhel Hospital)の整形外科医、ビカシュ・パラジュリと出会った。ラマががんと診断されたとき、パラジュリはドゥリケル病院で治療を受けるよう勧めたという。

治療を必要とする患者のために資金を集める方法を考える中で、ラマは「ヤク・アタック」に着想を得た。ネパールを自転車で横断しながら寄付を募るというアイデアである。ラマはドゥリケル病院と、サイクリストのグループ「サイクル・カルチャー・コミュニティ(Cycle Culture Community=CCC)」と協力し、ネパールの丘陵地帯を東から西へ走って募金を集める計画を立てた。

それから5年後の今月、東部パンチタル郡のチワバンジャン(Chiwabanjyang)から西部バイタディ郡のジュラガート(Jhulaghat)まで、サイクリストたちが募金ツアーを開始した。1月1日から27日まで、ネパールを横断する約1,800kmの行程である。

ラマとパラジュリに加え、カビタ・チトラカル、バイラジャ・マハルジャン、ケシャヴ・KCの5人が全行程を走破した。途中区間のみ参加した人も50人以上いたという。

先頭を走ったカビタ・チトラカルは、乳がんの治療中である。診断は4年前で、彼女はすでに母と姉(妹)を同じ病で亡くしていた。

Image credit: Adventist Review
Image credit: Adventist Review
自転車が救いに

「ふたりを失った直後に、今度は自分が病と闘うことになりました。ひとりで抱えるには二重の苦しさでした。」とチトラカルは語った。放射線治療を受けている最中、がんが肺に転移していることが分かり、医師から余命6か月と告げられたという。「抑うつ状態に陥りました。食事も取れず、眠れませんでした。」

そんな彼女を支えたのが、自転車だった。友人や家族が気持ちを保つためにサイクリングを勧め、甥が座りやすいよう座面を改造した自転車を用意してくれた。やがて、趣味として始めたサイクリングは、彼女の情熱へと変わっていった。

「山や森の中を走るうちにサイクリングが楽しくなり、心が軽くなっていきました。もう悲しみに沈まなくなりました。自転車は人生の見方を変えてくれた。」と、彼女はカトマンズで取材に語った。これまでに化学療法を8回受け、彼女の姿に励まされたという女性たちの声も届いているという。

「治療中、家族は私の支えでした。病に立ち向かい、人生を精一杯生きるよう背中を押してくれました。」とチトラカルは言う。「同じ状況にいる女性たちにも、勇気を届けたいのです。」

Location of Nepal
Location of Nepal

今回の旅で、チームは募金だけでなく啓発活動も行った。山道を上り下りしながら、11郡の14校を訪問し、がんに関する啓発プログラムを実施。地域の母親グループとも連携した。

同行した産婦人科医スーマン・ラージ・タムラカルは、「若い女性や少女に、乳がんと子宮頸がんのリスクを知ってもらい、検診やマンモグラフィー検査を受けるよう呼びかけました。旅の間に1,700人以上の少女や女性と対話しました。」と語った。

このツアーで集まった寄付は230万ルピーに達した。寄付金はドゥリケル病院に引き渡され、同病院は同額を上乗せして、治療費の支援を必要とする患者の費用に充てると約束している。

ラマは、「この旅を走り切れたこと自体が本当にうれしい。だが、それ以上に、目的のためにこれだけの資金を集められたことをうれしく思います。」と語った。

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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「午前零時まで残り85秒」―新START条約の失効危機にどう向き合うか

【米国INPS Japan/ Pressenza=ジョセフ・ガーソン】

「『ゲシュタポ・グレッグ』と呼ばれるグレゴリー・ボヴィーノ(=米国の移民・税関執行局(ICE)および国境警備分野で活動してきた高官級の治安当局者)をミネアポリスから外したのは、トランプ政権による看板の掛け替えにすぎない。憲法に基づく民主主義と移民に対する攻撃は、いまも各地のコミュニティで続いている。その一方で、気候危機から核兵器、貧困の拡大に至るまで、複数の危機は放置されたままだ。

ミネアポリス発の、恐ろしくも人を鼓舞する見出しや、ドナルド・トランプがイランとキューバに向けて再び放った脅しにかき消されがちだが、原子力科学者会報は、人類の存亡に関わる警告を改めて発した。終末時計は「真夜中まで残り85秒」―破滅までの距離としては史上最短である。

政府と私たちの断絶は、ICE(移民・関税執行局)や国境警備隊による殺害、残虐な強制送還だけに限られない。より危険なのは、軍備管理と核戦争回避をめぐっても、トランプとワシントンの多くの勢力の間に大きな隔たりがあることだ。

最近のYouGov世論調査によれば、
・米国の成人の72%が、米露の核兵器配備上限を維持すべきだと答えた。
・有権者の87%が、米国は配備上限の制限を尊重すべきだと答えた。
・81%が、新たな軍備管理交渉を支持すると答えた。

Image Credit: canberratimes.com.au
Image Credit: canberratimes.com.au

核軍備管理の起点は、ケネディ政権期、冷戦の最中に交渉されたマックロイ=ゾーリン合意にさかのぼる。同合意は、その後の軍備管理交渉——部分的核実験禁止条約、SALTⅠ・Ⅱ、NPT(核不拡散条約)、START諸条約—の基礎となった。もっとも、これは手放しで称えられる伝統ではない。交渉がしばしば、「次の軍拡競争がどの領域で進むか」をめぐる暗黙の了解を伴ったこともある。それでも今日まで、交渉を重ねる意義は小さくなかった。

いま、無制限の軍拡—ひいては人類の生存—に歯止めをかけてきた3つの柱が、危機にさらされている。
1)新START条約(New START)
2)包括的核実験禁止条約(CTBT)
3)そしてその結果として揺らぎかねない、軍備管理外交の「礎」とされる核不拡散条約(NPT)である。

Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0
Russian President Vladimir Putin addresses participants of the Russia-Uzbekistan Interregional Cooperation Forum in Moscow, Russia/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

私たちは、2月5日に新START条約が期限を迎える現実に直面している。同条約はオバマ政権期に交渉され、米国とロシアの戦略核弾頭の配備数を、それぞれ1550発に制限してきた。

条文上、条約をそのまま「更新」すること(再締結)はできない。加えて新技術の進展もあり、この1年で後継条約を交渉する時間もなかった。だが、期限直前のいまでも、条約の核心的な上限制約を延長(extension)すること自体は禁じられているわけではない。

ロシアによるウクライナ侵攻が苛烈であることは否定しがたい。だが同時に、昨年9月、ウラジーミル・プーチンが条約の核心部分を延長する提案を行い、ドナルド・トランプも当時それを「良い考えだ」と述べていた点は見落とせない。その後、トランプ政権から目立った対応は示されていない。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

障害はトランプだけではない。下院外交委員会の委員長であるブライアン・マストや、同委員会の欧州小委員会委員長のキース・セルら共和党議員は、「新START条約はもはやロシアとの有意義な核軍備管理を前進させず、国際的核軍縮という、より広い目標にも寄与しない」と主張している。

核政策コミュニティの一部には、中国が戦略核を約600発規模へ増やし、核戦力の均衡(parity)に向かっているとの見立てがある。米国国内では、中国とロシアを同時に抑止・対処するには核戦力を拡大すべきだという圧力が強まっている。トランプ政権の行動指針のように扱われてきたヘリテージ財団の「プロジェクト2025」は、米国の核戦力を大幅に増強し、ロシアと中国の規模に「匹敵し、圧倒」するよう求めた。こうした増強は、歯止めのない危険な核軍拡競争を加速させかねない。

また、Arms Control Associationによれば、議会の有力筋の一部には、ドナルド・トランプが掲げる「ゴールデン・ドーム」ミサイル防衛構想が、軍備管理に代わる手段になり得るとの見方があるという。同構想は実効性に乏しい一方で、軍産複合体を潤す巨額の大型事業となり、米国の財政を危機に追い込みかねない。

比較的近い将来、米国が、続いてロシアが、既存ミサイルに搭載する弾頭数を増やす「弾頭の上積み(uploading)」によって、配備弾頭数を増やす可能性がある。ただし、いずれも直ちに実行できるわけではない。

A nuclear test is carried out on an island in French Polynesia in 1971. Credit: CTBTO
A nuclear test is carried out on an island in French Polynesia in 1971. Credit: CTBTO

新START条約の上限制約を延長しない危険に匹敵するのが、核実験再開を示唆するトランプの脅しである。包括的核実験禁止条約は、あらゆる核爆発実験を禁止する条約で、ビル・クリントン政権期に交渉された。だが米国では、批准に必要な上院67票を確保できず、批准国には含まれていない。中国も同様に批准していない。

しかし、北朝鮮を例外として、米国を含む世界の国々は、実際には核実験の停止を守ってきた。ところが11月、ロシアが核弾頭ではなく「原子力推進ミサイル」を試験したという報道と混同した可能性が指摘されるなか、ドナルド・トランプは「他国のように核兵器を実験する」と表明し、問われるとその発言をさらに強めた。

現実には、ネバダ核実験場には、核実験再開に必要な設備や体制が整っていない。準備には最大で3年を要し得る。それでも、威嚇を狙って、トランプが核弾頭の爆発を命じる可能性も否定できない。

Credit: United Nations
Credit: United Nations

こうした発言が、4月のNPT再検討会議までに撤回されるか、少なくとも趣旨が明確にされなければ、3つ目の極めて重要な条約—NPT—はいっそう損なわれる。そうなれば、スウェーデンやポーランドから韓国、日本に至るまで、米国の「拡大抑止(extended deterrence)」の核の傘が揺らぐことを懸念する国々で、核武装を検討する圧力が強まりかねない。

核実験に実際に踏み込むのかどうかは、トランプが国防予算案で何を提案するかを見極める必要がある。

新STARTの制限放棄核実験再開の可能性は、NPTのほころびを加速させる。NPTは、最大で50か国が核兵器を開発し得ると恐れられていた時代に、1972年に発効した。同条約は3本の柱に支えられている。
1)非核兵器国が核兵器国になることを放棄すること
2)しかし同時に、平和目的の原子力利用の権利を持つこと(条約の欠陥でもある)
3)そして、当初の核兵器国が、第6条で核兵器の完全廃絶に向けた誠実交渉を行うと誓約すること

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

だがP5(米国、英国、ロシア、フランス、中国)は、約束の履行や、過去のNPT再検討会議での合意(特に2010年に合意された13項目)の実施に消極的だった。その姿勢が非核兵器国多数派の反発を招き、対抗する枠組みとして核兵器禁止条約(TPNW)の交渉へとつながった。

NPTへの尊重と信頼は、深刻な水準まで低下している。直近2回の再検討会議はいずれも「失敗」と受け止められてきた。俗に言う「三振でアウト」の論理になぞらえれば、4月から5月にかけて開かれる次回NPT再検討会議も失敗に終わる可能性が高く、その場合、一部の国が条約から徐々に離脱し、独自の核戦力の開発に踏み出す事態が現実味を帯びる。トランプが同盟国への関与姿勢を不透明にしていることも、そうした動きを後押ししかねない。

こうした状況を受けて、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)による「行動を」との呼びかけが重なり、新STARTの上限制約を延長する必要性、さらにはそれを超えた取り組みに踏み出す重要性はいっそう高まっている。今後数日以内に参加できる行動として、次のような取り組みが挙げられる。

Joseph Gerson
Joseph Gerson
  • Back from the Brinkによる1月29日の「議会への一斉電話行動」
  • Arms Control Association、Friends Committee on National Legislation、Win Without War、Nuclear Threat Initiative(NTI)などの臨時連合を支え、議会に対して新STARTの延長を強く求めること(共和党議員も含める必要がある)。その際、トランプがかつて核軍縮や配備上限の尊重を口にしながら、新START延長には何もしないという矛盾を突くべきである。
  • もし新STARTの制限を失うなら、新条約の交渉開始を要求する段階に入る。

最後に強調しておきたい。核の危険を減らすには、トランプを退陣させる必要がある。ピュリツァー賞記者のシーモア・ハーシュは、ウォーターゲート事件で弾劾に直面したリチャード・ニクソンの「狂気と泥酔に支配された末期」と、現在の状況を重ね合わせた。孤立を深め、追い詰められ、歯止めを失いつつある「核の君主」が、破滅へと向かう過程で私たち全員を巻き込まないようにしなければならない。(原文へ

ジョセフ・ガーソン博士は、「平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン(Campaign for Peace, Disarmament and Common Security)」代表であり、「国際平和ビューロー(International Peace Bureau)」共同代表でもある。著書に『With Hiroshima Eyes: Atomic War, Nuclear Extortion and Moral Imagination』『Empire and the Bomb: How the U.S. Uses Nuclear Weapons to Dominate the World』などがある。

INPS Japan

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核軍縮の議論を止めてはならない

ウクライナ、戦禍で妊産婦死亡が急増


【ブラチスラバIPS=エド・ホルト

「妊婦の命が危険にさらされる緊急帝王切開だった。明かりは懐中電灯だけで、水もない。爆発音が途切れない中で手術をした。」こう語るのは、ウクライナ東部ハルキウ州立臨床病院の産科部長、オレクサンドル・ジェレズニャコフ医師である。|英語版ロシア語

Image source: Los Angeles Times
Image source: Los Angeles Times

同医師は、ロシアによる全面侵攻開始以来、自身が関わった医療行為の中でも「最も困難なものの一つ」だったと振り返る。だが、ロシア軍の砲撃にさらされる前線の都市で、極限状況下の医療に携わったのは一度にとどまらない。むしろ彼と同僚にとって、そうした現場は日常になりつつあるという。

「前線の都市にいる以上、これがいまの現実だ。警報は鳴りやまず、爆発音もほぼ毎日のように聞こえる。だから私たちは、ほとんど毎日こうして働いている」と、同医師はIPSの取材に語った。「命を救うため、未来を救うために、やるべきことをやるだけだ。そういう瞬間に考えるのは、命を救うことだけである。命は常に勝たねばならない。だから私たちは、この条件の下でも働くのだ。」

ジェレズニャコフ医師の勤務先も、ウクライナ各地の多くの医療施設と同様、戦争開始以来、繰り返し攻撃を受けて損傷してきた。世界保健機関(WHO)は、2022年2月24日の全面侵攻開始以降、医療への攻撃を記録・検証しており、その件数は公表時点によって数千件規模に上る。

この中には母子保健施設への攻撃も含まれる。影響は深刻で、最近公表されたデータは、妊産婦の健康に重大な悪影響が及んでいることを示した。

Staff look at the beginnings of construction of a bunkerised facility at Kharkiv City Multifunctional Hospital No. 25. Credit: UNFPA/Ukraine
Staff look at the beginnings of construction of a bunkerised facility at Kharkiv City Multifunctional Hospital No. 25. Credit: UNFPA/Ukraine

国連人口基金(UNFPA)が2025年12月10日に公表した分析によれば、紛争の長期化に伴い、ウクライナでは妊娠中または出産時に死亡するリスクが急増している。病院への反復的な攻撃と基礎サービスの崩壊により、女性はより危険な条件での出産を余儀なくされている。医療従事者は、暴力、慢性的ストレス、避難・移動、産科医療の広範な混乱が重なり、妊娠合併症の増加と、防ぎ得た死の増加を招いていると警告する。

同機関が国家統計を分析したところ、妊産婦死亡率は2023年から2024年にかけて約37%増加した。全国データがそろっている最新年は2024年である。妊産婦死亡率は出生10万件当たり、2023年の18・9人から2024年には25・9人へ上昇した。UNFPAは、その大半が予防可能な死亡であり、医療体制が極限の負荷の下でかろうじて機能している現実を映し出していると指摘する。

重篤な妊娠・出産関連合併症も増えている。最も危険な産科救急の一つである子宮破裂は44%増加した。妊娠高血圧症候群は12%超増え、重度の産後出血も約9%増加した(いずれも2023年から2024年)。受診までの遅れ、ストレス、避難、紹介ルートの寸断などが主な要因とされる。

Photo: Two newborn babies being cared for at a makeshift maternity clinic in Ukraine. Credit: UNICEF/2022/Ratushniak
Photo: Two newborn babies being cared for at a makeshift maternity clinic in Ukraine. Credit: UNICEF/2022/Ratushniak

前線地域の状況はとりわけ深刻である。UNFPAによれば、ヘルソンでは早産が全国平均のほぼ2倍に達し、死産率も国内最高水準にある。背景にはストレス、不安定な治安、医療へのアクセス困難があり、これらが早産や前期破水を引き起こし得るとしている。

医療体制への負荷を示すもう一つの指標が帝王切開率である。全国では28%を超え、WHOが示す推奨範囲(10~15%)をすでに上回る。前線地域では欧州でも高水準にあり、ヘルソンは46%、オデーサ、ザポリージャ、ハルキウは各32%に達する。UNFPA関係者によれば、これらの高率は、比較的安全な短い時間帯に合わせて分娩を計画せざるを得ない現実を反映している。同時に、外科的介入を要する妊娠合併症の増加を示す場合もある。

UNFPAウクライナ事務所の広報部長、アイザック・ハースキン氏はIPSの取材に対して、こう語った。「医療、とりわけ産科・新生児施設への攻撃は、妊産婦の健康に明確で深刻な結果をもたらしている。ウクライナは、妊婦、新生児、そして彼らを支える医療従事者のリスクを鋭く高める条件の下で、また一つ冬を迎えることになる。」

12月初旬には、UNFPAが支援するヘルソンの産科病院が砲撃を受けた。攻撃の最中、病院スタッフは分娩中の女性と新生児を、防護された地下の産科病棟へ移した。これは、激しい戦闘下で母子を守るため、政府がUNFPAなどの支援を得て整備してきた施設の一つである。

Photo: A woman holds her new born baby in a makeshift ward at a perinatal centre in Kyiv, Ukraine. © UNICEF/Oleksandr Ratushniak
Photo: A woman holds her new born baby in a makeshift ward at a perinatal centre in Kyiv, Ukraine. © UNICEF/Oleksandr Ratushniak

攻撃で全員が生存し、砲撃の最中に地下で女児が誕生した。だがハースキン氏は、これを「妊娠と出産がいま、どのような条件で行われているかを示す痛烈な例である。どの女性も、どの医療従事者も、本来直面すべきではない条件だ。」と語った。

ウクライナの戦争がもたらす破壊は、妊産婦医療にとどまらず、より広い生殖医療にも影響を及ぼしている。IPSは、ウクライナの女性たちから、妊産婦医療へ安全にアクセスできるか不安であることに加え、乳児を育てる環境への懸念から妊娠を避けている、という声を聞いた。

米国の人権団体「フィジシャンズ・フォー・ヒューマン・ライツ(PHR)」で国際アドボカシーを担当し、ウクライナ・プログラム調整官を務めるウリヤナ・ポルタヴェツ氏はIPSの取材に対して、「紛争の影響を受ける地域の女性には固有のリプロダクティブ・ニーズがある。しかし、産科病院が繰り返し爆撃され、エネルギー基盤が標的となって病院機能が制限され、妊婦が設備の整わない避難用シェルターに追い込まれる状況では、それに応えるのは非常に難しい。妊娠を考える女性は、病院が安全か、医療サービスにアクセスできるか、そして出産後、電気・暖房・水のない環境で子どもの世話ができるか―そうした要因を踏まえて判断せざるを得ない。」と語った。

ジェレズニャコフ医師も「こうした傾向は観察されている。」と付け加えた。「女性は、砲撃下での出産で自分と胎児の命を恐れるだけではない。住まいの安全、仕事、子育てに必要な日常の条件が失われた、不確かな将来も恐れている。理不尽な戦時下では、それは合理的な恐怖である。出生率が急落している理由の一つだ。」

Image source: Sky News
Image source: Sky News

一方で、戦争の影響は、女性が妊娠しにくくなる形でも現れているという。「慢性的ストレスや不安、睡眠障害は、コルチゾールの上昇を通じてホルモンバランスを崩し、生殖機能に直接影響する。持続的なストレスは、視床下部―下垂体―卵巣系の機能不全などホルモン異常を引き起こし得る。結果として、二次性不妊や早発卵巣不全、子宮内膜症の増加につながる。若年女性で、更年期様の状態が増えていることもすでに見られる。」と同医師は語った。

こうした「妊娠しにくさ」と妊産婦の健康への脅威は、ウクライナが人口危機に直面するさなかに進んでいる。UNFPAによれば、ロシアがクリミアを違法に併合し、ウクライナ東部の分離主義武装勢力への支援を強めた2014年以降、ウクライナは避難・移動、死亡、国外流出などを通じて推計1000万人の人口を失った。出生率も落ち込み、女性1人が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)は1人未満と、世界でも最低水準の一つになっている。

UNFPAは、妊産婦死亡の増加、合併症の増加、出産の安全性をめぐる広範な不安が悪循環となり、家族や地域社会、国家の復興に長期的な影響を及ぼし得ると警告する。

「これは人道危機であるだけでなく、敵対行為が終わった後もはるかに長く尾を引く人口危機でもある。妊産婦の健康を守ることは、ウクライナの長期的な復興と将来の安定に欠かせない。」とハースキン氏は語った。

実際、医療施設が広範に破壊された近年の他の紛争では、戦争が終わった後も長く、妊産婦医療や生殖医療への影響が続くことが示されている。損壊した施設の再建が進みにくいことに加え、避難・移動の継続や医療人材の不足が、女性が必要なサービスにアクセスする上での障壁となる。

Map of Syria
Map of Syria

「たとえばシリアを例に挙げたい。医療システムの再建は進み、施設の復旧もあって状況は改善している。だが、戦前の水準に戻るには数十年を要する。そして妊産婦医療は、紛争中も紛争後も優先順位が下がりやすい。資源は救急や外傷医療に向かいがちだ。シリアの女性は、今後も長い年月にわたり妊産婦医療へのアクセスに苦しむだろう。」国際人権団体に所属し、戦地医療に詳しい専門家は、安全上の理由から匿名を条件に、IPSに対してこう語った。

ジェレズニャコフ医師は、ウクライナの人口危機がさらに悪化することは避けられないと認める。「見通しとしては、さらに悪くなる。妊産婦医療システムの破壊は、戦争がすでに生み出している問題―女性と子どもの国外流出、命の損失、経済不安、心理的圧力―を一段と深刻化させる。」と語った。

ただし、いまからでも母子医療を改善する手だてはあるという。具体的には、プライマリ・ケアの強化、医療情報のデジタル化(電子カルテを含む医療情報システム)の改善、予防への投資、メンタルヘルス支援、医療提供体制の環境整備、法規制の整備、生殖医療に関する啓発を通じた死亡と障害の低減などが挙げられる。

また、比較的安全な地域に、国際パートナー(UNFPAやWHOなど)の支援を受けた「医療ハブ」を設け、サービス提供を確保する形で国際協力を発展させることも有効だとする。

「敵対行為が続く中であっても、私たちはシステムを適応させるために働くことができるし、そうしなければならない。」と同医師は語った。

そして同医師は、何が起ころうとも医療スタッフは仕事を止めないと誓った。砲弾が降り注ぐ中、懐中電灯の明かりだけを頼りに行った緊急帝王切開を思い起こしながら、「このような条件の下で子どもが生まれることは、いつも奇跡だ。それは、あらゆる困難を超えて働き続ける強い動機になる。」と語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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新START失効、米ロ核戦力に半世紀ぶり『上限なき時代』到来

米国とロシアの核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(New START)」が2月5日をもって失効し、歴史的な時代が幕を閉じた。その一方で、今後の行方をめぐる憶測が広がっている。

【国連IPS=タリフ・ディーン

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「2月5日は国際平和と安全保障にとって重大な節目だった」と述べた。事務総長はさらに、半世紀以上ぶりに、「世界の核兵器の圧倒的多数を保有するロシアと米国の戦略核戦力に、法的拘束力のある上限が存在しない世界に直面している」と指摘した。|英文版イタリア語

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

一方、米国のドナルド・トランプ大統領は先月、条約失効についてニューヨーク・タイムズ紙に対し、「失効するなら、それまでのことだ」と皮肉を込めて語り、同条約を「ひどい交渉の産物だ」と非難した。

トランプ大統領はさらに、「もっと良い合意をする」と述べ、世界で最も急速に核戦力を拡大している国の一つである中国に加え、「他の国々」も将来の条約に加えるべきだと主張した。しかし同紙によれば、中国側は「関心がないことを明確にしている」という。

現在、核兵器国は9か国で、米国、英国、ロシア、フランス、中国(いずれも安保理常任理事国)のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が含まれる。

これら9カ国が保有する核弾頭は推計で約1万2100~1万2500発。ロシアと米国で全体の約9割を占める一方、9カ国すべてが核戦力の近代化を進めている。

Jonathan Granoff, President, Global Security Institute
Jonathan Granoff, President, Global Security Institute

グローバル・セキュリティ・インスティテュート(Global Security Institute)代表のジョナサン・グラノフ氏はIPSの取材に対し、START条約は公式・非公式を問わず、少なくとも1年間は延長すべきだと述べた。
では、それは米政権が望む、中国を含む新条約を得るのと同程度に望ましいのか。答えは「ノー」だ。さらに、核兵器の普遍的廃絶に向けた交渉を求めた国際司法裁判所(ICJ)の全会一致の判断に従うこと、あるいは核拡散防止条約(NPT)第6条に体現された核軍縮の約束を履行することと比べても、同様に「ノー」である。

それでもグラノフ氏は、何もしないという選択は、「いま容易に取れる、脅威を減らすための控えめな措置」を、より良い道があるという理由だけで取らない、と主張していることに等しいと論じた。控えめでも前向きな一歩は、他の望ましい形で前進することの妨げにはならない。

新STARTを完全に失効させることは、米ロ両国が合理的な抑制を欠いたまま、先制使用も可能な数千発規模の核兵器を保持し続ける姿勢を世界に示すことになる――すなわち、人類を絶滅の危険にさらす力を管理できない主体として、自らの外交的無力さを露呈するに等しい、とグラノフ氏は警告した。条約延長が不可能だとする主張も説得力を欠く、と指摘する。

グラノフ氏によれば、米国側の第一の論拠は、「中国を抑制の枠組みに加えるには新たな条約が必要だ」という点にある。しかし、交渉を進める間、両国大統領の合意や大統領令などにより条約を1年間延長するという暫定措置は、中国を含む新条約の締結を妨げるものではない、と語った。

さらにグラノフ氏は、軍拡競争を正当化する議論は、「より精度が高く、実戦使用を想定した、より強力な核兵器」を増やすことの危険性を十分に考慮していないと指摘した。

グテーレス事務総長は、数十年にわたる成果の解体は、これ以上ないほど悪いタイミングで起きたとし、核兵器が使用されるリスクは「数十年で最も高い」と強調した。また事務総長は、「不確実性が広がるこの時代であっても、私たちは希望を見いださなければならない。これは、急速に変化する安全保障環境に適合した軍備管理体制を再構築する機会でもある。」と語った。

また、米ロ両大統領が核軍拡競争のもたらす不安定化と、それを防ぐ必要性を認識していると表明している点について「歓迎する」と語った。

United Nations Secretary-General António Guterres addresses the high-level pledging event on the Central Emergency Response Fund (CERF) 2026. Credit: UN Photo/Mark Garten
United Nations Secretary-General António Guterres addresses the high-level pledging event on the Central Emergency Response Fund (CERF) 2026. Credit: UN Photo/Mark Garten

さらにグテーレス事務総長は、「世界はいま、ロシア連邦と米国が言葉を行動に移すことを注視している。私は両国に対し、遅滞なく交渉の席に戻り、検証可能な上限を回復し、リスクを低減させ、共通の安全保障を強化する後継枠組みに合意するよう強く求める。」と語った。

事務総長はその上で、「不確実性が広がるこの時代であっても、私たちは希望を見いださなければならない。これは、急速に変化する安全保障環境に適合した軍備管理体制を再構築する機会でもある」と述べた。

また、米ロ両大統領が核軍拡競争のもたらす不安定化と、それを防ぐ必要性を認識していると表明している点について「歓迎する」と語った。

さらに事務総長は、「世界はいま、ロシア連邦と米国が言葉を行動に移すことを注視している。私は両国に対し、遅滞なく交渉の席に戻り、検証可能な上限を回復し、リスクを低減させ、共通の安全保障を強化する後継枠組みに合意するよう強く求める」と述べた。

Bulletin President and CEO Alexandra Bell moves the minute hand on the Doomsday Clock. (Image by Jamie Christiani)
Bulletin President and CEO Alexandra Bell moves the minute hand on the Doomsday Clock. (Image by Jamie Christiani)

こうした懸念があったからこそ、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)は2026年1月27日、「終末時計(Doomsday Clock)」を「真夜中まで残り85秒」に再設定した、という。

PNND共同代表のマーキー上院議員は昨年、米上院に対し、ポストSTARTの新たな合意をロシアおよび中国と交渉するよう政府に促す法案の草案を提出した。複数の上院議員が支持し、下院にも対応法案がある。しかし、トランプ政権には届いていないようだ、とPNNDは述べている。

さらにグラノフ氏はIPSに対し、科学的データは、米ロ間の全面核戦争が人類を絶滅させ得ることを明確に示していると語った。加えて、世界の核戦力の「2%にも満たない」規模の限定的な核兵器の応酬であっても、約500万トンのすすが成層圏に放出され、数十億人が死亡し、現代文明が壊滅的打撃を受ける可能性があるという。

「現実主義(リアリズム)に立てば、抑止のために、敵対国の核戦力を“複製”する必要はない」と同氏は言う。「現実主義はまた、中国が現在の約600発を持つことと、米ロ並みに配備核を1400発超へ増やすこと、あるいは前回の軍拡競争の頂点で米ロがそれぞれ3万発を保有していたことの間に、意味のある差はほとんどないことも示している」という。

「グラノフ氏は「世界の核戦力のごく一部が使われるだけでも、地球規模の破局は避けられない。正気の人間なら、誰にとっても受け入れがたい結末であることは明らかだ」と述べた。

さらに同氏は、相互確証破壊(MAD:Mutually Assured Destruction)から「自己確証破壊(SAD:Self-Assured Destruction)」へ移行したと表現できると指摘する。核保有9カ国のいずれかが数百発規模の核兵器を使用すれば、使用国自身も壊滅的被害を免れないためだ。すなわち、MADは今日、SADという新たな現実を示しているという。

Titan II ICBM - decommissioned nuclear missile - at the Titan Missile Museum, Green Valley, Sahuarita, Arizona. Credit: Stephen Cobb/Unsplash
Titan II ICBM – decommissioned nuclear missile – at the Titan Missile Museum, Green Valley, Sahuarita, Arizona. Credit: Stephen Cobb/Unsplash

一方、米国務省のウェブサイトには、次のような説明が掲載されている。

条約の構造(Treaty Structure):正式名称は「戦略攻撃兵器のさらなる削減及び制限のための措置に関する米国とロシア連邦との条約」。通称「新START条約(新戦略兵器削減条約)」。同条約は、ロシアの配備済み大陸間射程核兵器のすべてに検証可能な上限を課すことで、米国の国家安全保障を強化する。米国とロシア連邦は、条約を2026年2月4日まで延長することに合意していた。

戦略攻撃兵器の上限(Strategic Offensive Limits):新START条約は2011年2月5日に発効。両国は7年以内(2018年2月5日まで)に中核的な上限を満たし、その後、条約が有効である限り、その上限を維持する義務を負う。

総量上限(Aggregate Limits):米国とロシア連邦はいずれも2018年2月5日までに中核上限を達成し、その後も上限以下を維持してきた。上限は以下のとおり。

  • 配備済みICBM(大陸間弾道ミサイル)、配備済みSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)、および核兵器搭載可能な配備済み重爆撃機:700
  • 配備済みICBM、配備済みSLBM、核兵器搭載可能な配備済み重爆撃機に搭載された核弾頭:1,550(重爆撃機は1機を1弾頭として数える)
  • 配備・非配備を含むICBM発射装置、SLBM発射装置、核兵器搭載可能な重爆撃機:800

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC. 

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INPS Japan

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