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メキシコの土地紛争のさなか、姪が殺された。世界は企業に責任を問わねばならない

【メキシコ・ミチョアカン州IPS=クラウディア・イグナシオ・アルバレス】

私の姪、ロクサナ・バレンティン・カルデナスは、殺されたとき21歳だった。彼女は、メキシコ西部ミチョアカン州のパツクアロ湖畔にあるサン・アンドレス・ツィロンダロ出身のプルペチャ(Purépecha)先住民女性である。

ロクサナは、別の先住民共同体が、土地を取り戻した出来事を記念して企画した平和的な行進の最中に命を奪われた。その土地闘争では46年前にも3人が殺されている。今回も、追悼と記念の場は再び銃撃にさらされた。

Location of Mexico
Location of Mexico

ロクサナは武器を持っておらず、行進にも参加していなかった。彼女はたまたまデモ行進に遭遇し、銃弾を受けたのだ。彼女の死は私にとって深く個人的な出来事だが、それは土地と領域をめぐる長年の暴力という、より大きな文脈の中で起きた。

その暴力は近年ミチョアカン州で激化している。今年11月に市長が暗殺されたことは、不安が公的生活の深部にまで浸透し、民間人、地域リーダー、地方当局者のいずれに対しても十分な保護が存在しない現実を浮き彫りにした。

メキシコ全土で、先住民は土地、水、森林を守ろうとして殺されている。政府や企業が「開発」と呼ぶものは、私たちの共同体にとって、暴力によって強いられる収奪である。土地の奪取、水の盗奪、抵抗する者を黙らせること——それらを通じて進められる。

脅かされる暮らし

私はサン・アンドレス・ツィロンダロの出身だ。そこは農業、漁業、音楽の共同体であり、私たちは世代を超えて、湖と周囲の森林を、生命に不可欠な共同の責任として守ってきた。その暮らし方が、いま脅かされている。

ミチョアカン州では、収奪の圧力は地域により姿を変える。先住民領域の一部では鉱山開発であり、私たちの地域では、農産物の輸出を目的とするアグロインダストリー——とりわけアボカドやベリー類の生産である。自給のための共同土地が商業農業のために貸し出され、パツクアロ湖の水は、無許可で設置された配管によって引き抜かれ、農地の灌漑に回される。その結果、地元の農民は水へのアクセスを奪われる。

農薬や化学肥料が土壌と水を汚染し、土地利用転換を可能にするために森林が意図的に焼かれ、生態系は大量の水を消費する単一栽培へと変えられていく。これは開発ではない。収奪である。

強制の手段としての暴力

先住民共同体がこうした過程に抵抗すれば、暴力が続く。

現実を示す2つの事例がある。いずれも未解決のままだ。

私たちの組織の一員で人権擁護者であるホセ・ガブリエル・ペラヨは、1年以上にわたり強制失踪させられている。国連の強制失踪委員会が緊急措置を出したにもかかわらず、進展は阻まれてきた。当局は捜査資料へのアクセスを引き延ばし、本格的な捜索はなお始まっていない。家族はいまも答えを待ち続けている。

ナワ(Nahua)共同体サン・フアン・ウイツォントラの擁護者エウスタシオ・アルカラ・ディアスは、事前の説明と同意のないまま領域に押しつけられた鉱山事業に反対した後、殺害された。彼の死後、共同体は恐怖で動けなくなり、安全に人権活動を続けることが不可能になった。

この2つの事件は、暴力と不処罰が、共同体の抵抗を抑え込むために用いられていることを示している。

軍事化は保護ではない

暴力と不処罰が拡大するなかで、メキシコ政府は再び軍事化に頼っている。数千人規模の兵士がミチョアカン州に投入され、当局は逮捕や治安作戦を「安定の根拠」として掲げる。

しかし実際には、軍事化はしばしば収奪的な開発利害が集中する地域と重なる。鉱山開発、アグロインダストリーの拡大、大規模インフラ計画の対象地域に治安部隊が配置され、共同体の抵抗が封じ込められる一方で、そうした事業が推進されやすい条件が整えられる。

先住民がそれを「保護」と感じることは少ない。むしろ監視、威嚇、犯罪化として経験される。企業は中立を装うかもしれないが、こうした治安体制から利益を得ており、暴力や立ち退きに異議を唱えることも稀である。そこには、企業の共謀という深刻な問題が浮かび上がる。

破綻するグローバル・ガバナンス

先住民の領域は、国境を越えて展開する収奪産業にさらされている一方で、説明責任を問う枠組みは断片化したままである。企業は事業を複数の法域にまたがらせ、環境破壊や人権侵害の責任が特定されにくい構造をつくり出している。

企業の自主的な誓約では、暴力も環境悪化も止められなかった。国内規制は国によってばらつきが大きく、腐敗や組織犯罪の影響を受ける地域では執行も脆弱である。これは国内だけの失敗ではない。グローバル・ガバナンスの失敗である。

いま求められる国際的責任

私は最近、ピース・ブリゲーズ・インターナショナル(Peace Brigades International=PBI)の支援を得て、英国を10日間訪問し、議員や外務・英連邦・開発省(FCDO)の当局者、市民社会組織と面会した。

こうした対話は、企業活動、金融システム、外交関係を通じて収奪的な事業と結びつく国の政府に対し、被害の防止と危険にさらされる人々の保護に責任を果たすよう求める、より広範な国際的努力の一環である。

英国は一つのアクターにすぎない。だが、企業責任や人権擁護者支援をめぐる英国の政策は、国境を越えて大きな影響を及ぼす。

なぜ拘束力ある国際規則が必要なのか

先住民と市民社会は長年にわたり、ビジネスと人権に関する拘束力ある国連条約を求めてきた。その切迫性は、土地と水を守ろうとして失われた命、そしていまも行方不明のままの人権擁護者の存在によって、痛切に示されている。

拘束力ある条約は、グローバル・サプライチェーン全体にわたる人権・環境デューデリジェンス(相当の注意義務)の義務化、国境を越えた司法救済へのアクセスの保障、人権擁護者の保護を法的義務として位置づけることを可能にする。さらに、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent=FPIC)を、「任意」ではなく、法的に実効性のあるものにできる。

そうした条約は開発を妨げない。開発が暴力、収奪、不処罰に依存しないようにするための土台となる。

すべての人のために生命を守る

先住民は進歩の障害ではない。私たちは、自らの領域を超えて生命を支える生態系を守っている。先住民の女性はしばしばその最前線に立つ一方、同時に並外れた危険にもさらされている。

人権擁護者が失踪させられ、他の人々が殺され、私の姪のような若い女性が命を落とすとき、苦しむのは私たちの共同体だけではない。生態系が深刻な危機にあるいま、土地と水、そして生物多様性を守る人々を、世界は失うことになる。

生命と土地を守ることが、人命の犠牲を代償としてはならない。(原文へ

クラウディア・イグナシオ・アルバレスは、ミチョアカン州サン・アンドレス・ツィロンダロ出身のプルペチャ先住民フェミニストで、レズビアンの環境人権擁護者。人権連帯ネットワーク「レッド・ソリダリア・デ・デレチョス・ウマノス(Red Solidaria de Derechos Humanos)」を通じ、収奪産業と組織犯罪から領域を守ろうとする先住民・農村共同体を支援している。彼女の活動は、2023年以降、ピース・ブリゲーズ・インターナショナル(PBI)の支援を受けている。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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少数の漁師が示す、銛漁の持続可能性

【インド・ティルヴァナンタプラムIPS=バラト・タンピ】

インド南部ケララ州の海辺の町コヴァラムで、わずかな漁師たちが実践する「銛漁」が、海洋資源の持続可能な利用のあり方として注目されている。対象を見極めて仕留めるこの漁法は、乱獲や混獲、放置網による海洋汚染を避けやすく、専門家からも環境負荷の低い漁法の一つと評価されている。|英語版スワヒリ語

スディ・クマールは、銛の使い方を説明しながら、まるで舞を演じるように両手を動かしてみせた。最近は海が荒れているため銛漁をしばらく休んでおり、この日は道具を手元に持っていなかった。それでも、30年以上にわたって銛を扱ってきた経験は、その身ぶりからも十分に伝わってくる。

51歳のスディは、インド最南部ケララ州ティルヴァナンタプラム県にある観光地コヴァラムの漁師である。沿岸部の人口が多いこの地域でも、彼は特異な存在だ。地元で初めて銛漁を学び、実践した人物であり、州内でもごく少数しかいないこの珍しい漁法の担い手の一人だからである。

「銛漁とヤス漁は、部外者には似て見えるかもしれないが、実際には大きく異なる」とスディは語る。
「祖先たちは丈夫な木などで作ったヤスを使っていたといわれているが、銛はこの地域の漁師にとってまったく未知の道具だった。」

1990年代、コヴァラムは人気のビーチ観光地としてにぎわっていた。当時、10代を出たばかりだったスディは、すでに泳ぎと潜水に長けており、父親の漁を手伝う一方で、外国人観光客のシュノーケリングガイドも務めていた。

「ある時、フランス人の観光客が銛を持ってきて、海での漁を手伝ってほしいと言った。あの道具を見たのは、生まれて初めてだった。」スディは、35年ほど前の出来事をそう振り返る。

その観光客が漁を終えた後、スディは一度その銛を使わせてほしいと頼んだ。相手は、初めて銛を手にしたとは思えないほどのスディの潜水技術と道具さばきに驚いたという。その日、スディは大きなヴェラ・パーラ(シルバー・ムーニー)まで仕留めた。

「彼がコヴァラムを離れる前、その銛を私に贈ってくれた。本当に驚いたし、うれしかった。ここで銛を持っているのは私だけだったからだ。」

それ以来、スディは銛漁を頻繁に行うようになった。その姿は、当初、コヴァラムのほかの漁師たちにとって物珍しいものだったという。
「父の船に乗って漁を手伝うより、銛漁のほうがはるかに稼げることにも気づいた。」

もっとも当時、銛はケララ州内はもちろん、インド全体でも入手が難しい道具だった。高価で、多くの漁師には手が届かなかったからである。スディ自身も、銛を壊したり失ったりすることを恐れ、大型魚を狙うことは控えていた。

インド農業研究評議会・中央海洋漁業研究所(ICAR-CMFRI)の硬骨魚類漁業部門責任者、ショーバ・ジョー・キジャクダン博士も、銛漁は科学的に見ても最も持続可能な漁法の一つと評価されていると話す。ただし、かつてはその漁法に「残酷」という印象がつきまとっていたという。

Sudhi Kumar akivua samaki kwa kutumia harpooning. Chanzo: PC || FML/Robert Panipilla
Sudhi Kumar akivua samaki kwa kutumia harpooning. Chanzo: PC || FML/Robert Panipilla

「たとえば、銛はかつてジンベエザメやほかのサメ類を捕獲する主要な手法の一つだった。禁止される以前は、銛が刺さった魚が命がけで抵抗するなか、生きたまま岸まで引きずられることもあった」とキジャクダン博士は説明する。

SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」は、海洋の保全と海洋資源の持続可能な利用を掲げ、過剰漁獲や違法・破壊的な漁業慣行の是正を重要な課題としている。その観点から見れば、スディの実践する銛漁は、この理念にかなう漁法の一つといえる。

もっともスディ自身も、一度の銛打ちで仕留めきれないような大型魚は狙わないという。それは残酷で、道義的にも許されない行為だと考えるからだ。ただ、若い頃からそうした考えを持っていたわけではない。

「若かった頃、ポールという観光客と海に出たことがある。彼は水中の生息環境や、私の銛漁の様子を撮影していた。ポールは、明らかに求愛行動をしているように見えるブルーフィン・トレバリーのつがいに見入っていた。私は待ちきれず、そのうちの一匹を銛で仕留めてしまった。すると彼は、悲しそうな表情で振り返り、静かに首を振った。私は強い後悔を覚えた。その気持ちは今も残っている。」

SDGs No. 14
SDGs No. 14

スディによれば、銛漁は決して容易な技術ではない。それが実践者の少ない大きな理由でもある。魚が十分近づき、その動きを見極めて狙えるようになるまで、水中で何分も息を止めて待たなければならないからだ。

ティルヴァナンタプラムを拠点とする沿岸先住民の市民団体「フレンズ・オブ・マリンライフ(FML)」は、地域の海洋生物多様性、とりわけ自然の岩礁生態系の映像記録を長年続けてきた。FML創設者で認定スキューバダイバーでもあるロバート・パニッピラ氏は、スディによる銛漁の記録にも取り組んできた。

「銛漁は岩場のある海域でしか成り立たない。その意味で、コヴァラムは理想的な場所だ」とパニッピラ氏は話す。さまざまな漁法を記録してきた経験から、銛漁は最も独特で、しかも難度の高い技能の一つだとみている。

「優れた水中での持久力と機動力だけでなく、海底地形や魚の行動に対する十分な理解も欠かせない。単に銛を持っているだけでは、効果的に使いこなすことはできない。」

パニッピラ氏によれば、コヴァラムの銛漁師と、近隣のビジンジャムに点在する少数の実践者を除けば、ケララ州で銛漁が行われている場所はほとんどないという。彼は、銛漁が非常に持続可能な漁法である理由として、その高い選択性を挙げる。

「乱獲の危険が少なく、ほかの魚に交じって稚魚が捕れることもない。網漁のように、海底に放置されたゴーストネットが生態系に悪影響を及ぼす問題も起きにくい。」

かつてはスディだけが銛を持っていたが、いまでは地域内にもこの漁法に携わる漁師が増えてきた。その多くは、中東から帰国した人々を通じて海外製の銛を入手したという。独立して漁を始める前に、スディから手ほどきを受けた者も少なくない。

現在、コヴァラムとその周辺では、およそ25人の漁師が銛漁に従事しているとスディはみている。ただ、彼の知る限り、銛漁はいまなおインド全体で見ても珍しく、実践されているとしても島しょ部などに限られる可能性が高い。

スディによれば、ケララ州では南西モンスーンの時期、とりわけ8月が銛漁に最も適している。ティルヴァナンタプラム沿岸ではハタ類が豊富で、豊漁の季節には数十万ルピー相当の水揚げを得たこともある。エイやバラクーダも、よく狙う魚種だという。スディは銛漁のほか、ムール貝の潜水採取やロブスターのかご漁にも従事している。

This article is brought to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with the UN’s Economic and Social Council (ECOSOC).

SDG

INPS Japan

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変動する世界の中で深まるカザフスタンとの関係―日本大使に聞く

【アスタナThe Astana Times=アッセル・サトゥバルディナ】

「世界のサプライチェーンが変化し、地政学的緊張が高まる中、日本はカザフスタンを、重要鉱物や輸送ルートにとどまらず、信頼、教育、そして共有された地球規模課題を基盤とする、より広範な関係を築くべき戦略的パートナーと見ている。」カザフスタン駐在の飯島康正・駐カザフスタン日本大使は『アスタナ・タイムズ』のインタビューで、このように語った。|英語版

President Kassym-Jomart Tokayev and Emperor Naruhito of Japan. Photo credit: Akorda
President Kassym-Jomart Tokayev and Emperor Naruhito of Japan. Photo credit: Akorda

こうした勢いは、とりわけこの1年で鮮明になった。この間には、岩屋毅外相(当時)のアスタナ訪問や、昨年12月のカシムジョマルト・トカエフ大統領の訪日など、ハイレベルの往来が活発に行われた。トカエフ大統領の訪日は、東京で開かれた「中央アジア+日本」首脳会合と時期を同じくしていた。

この訪日の一環として、トカエフ大統領は徳仁天皇と会見した。二国間関係は、トカエフ大統領と高市早苗首相との会談でも主要議題となった。

トカエフ大統領は、日本企業の首脳陣との会合で、重要鉱物、産業製造、スマート技術、人材育成の分野における機会を強調した。飯島大使は「二国間協力には、レアメタルやレアアースを含む重要鉱物分野での連携が含まれる。カザフスタンが優先課題と位置づける中央回廊(ミドル・コリドー)をめぐる協力にも特に注目が集まっている。」と語った。

さらに飯島大使は、「カザフスタンはユーラシア大陸の中心という戦略的立地を生かし、東アジア、欧州、南アジアを結ぶ主要な輸送・物流拠点となる可能性を有している。日本は、人、物、情報の流れを円滑にするこの構想に対し、包括的な支援を行う意向を示している。」と語った。

Middle Corridor. Photo credit: TITR
Middle Corridor. Photo credit: TITR

また大使は、カスピ海の水位低下も、カザフスタンの輸送・物流の潜在力の発展にリスクをもたらし得る大きな懸念事項だと指摘した。「この傾向が続けば、世界で最も深刻な環境危機の一つを招くだけでなく、ミドル・コリドーの重要な構成要素であるカスピ海ルートにも影響が及びかねない。」と説明した。

Central Asia plus Japan Dialogue” (CA+JAD)
Central Asia plus Japan Dialogue” (CA+JAD)

今回の訪問で重要な一部を成したのが、中央アジア各国の首脳が一堂に会した「中央アジア+日本」首脳会合であった。飯島大使によれば、この首脳会合では政府機関と民間部門の双方によって150件を超える文書が署名され、そのうち53件はカザフスタンと日本の間で交わされたものだった。

「首脳会合では、中央アジア諸国を結ぶトランスカスピ国際輸送ルートを含む輸送・物流分野での協力を進める意思が改めて確認された。さらに、デジタル化や人工知能を通じたグリーン移行を含む環境保護分野での協力強化、人材育成を奨学金制度を通じて優先的に進めることでも一致した。」と大使は述べた。

地域協力の枠組みは21年

日本は、中央アジアとの外交プラットフォームを最初に立ち上げた国であり、その後、この地域に関与する他の主要パートナーも同様の枠組みを後に続けた。飯島大使は、この枠組みに基づいて築かれた対話を高く評価し、それが「友情と相互信頼に基づくパートナーシップと協力を維持・強化するうえで重要な役割を果たしてきた。」と語った。

「特筆すべきは、『中央アジア+日本』の初の外相会合におけるカザフスタン代表団を、当時外相を務めていた現職のカシムジョマルト・トカエフ大統領が率いていたことである。」と飯島大使は述べた。

「その意味で、トカエフ大統領はこの枠組みの目的と理念を深く理解しており、一貫して日本のイニシアチブを支持してきた。同氏はこの枠組みの発展に大きく貢献しており、日本として強い感謝の意を表したい。」と付け加えた。

貿易拡大の勢い

昨年12月のトカエフ大統領訪日だけでも、総額37億ドル超に相当する60件以上の二国間文書が締結された。

Asian businessman standing and using the laptop showing Wireless communication connecting of smart city Internet of Things Technology over the cityscape background, technology and innovation concept
Asian businessman standing and using the laptop showing Wireless communication connecting of smart city Internet of Things Technology over the cityscape background, technology and innovation concept

飯島大使は「両国は、重要鉱物の供給源を多様化する重要性を認識している。昨年12月の首脳会談では、主要鉱物の供給拡大の可能性や、世界のサプライチェーンの安全保障を確保するうえでのカザフスタンの役割についても協議した。」と語った。公式統計によれば、2025年の二国間貿易額は17億8000万ドルに達し、カザフスタンの輸出は4億3500万ドル、輸入は13億5000万ドルだった。主な輸入品は日本からの機械類と車両で、カザフスタンの輸出は主にフェロアロイをはじめとする金属類のほか、エネルギー資源や化学製品が占めている。

日本はカザフスタンにとって外国投資国の上位10カ国の一つであり、累計投資額は80億ドルを超える。エネルギー、鉱業、金融、物流、医療などの分野では、60社を超える日本企業がカザフスタンで事業を展開している。。

飯島大使によれば、日本にとってカザフスタンは、レアメタルやレアアースの有望な供給源として重要な役割を果たしている。「これらの貴重な資源は、半導体、防衛システム、高精度の自動車部品の生産に不可欠である。今後数年で需要は大幅に伸びる見通しであり、それに伴って国際市場におけるカザフスタンの存在感も一段と強まるだろう。」と語った。

日本企業は、カザフスタンの鉱業部門、とりわけウランやクロムの採掘分野でも活動している。大使によると、同国の鉱業ブームは信頼性の高い建設機械への需要を押し上げており、日立建機やコマツといった日本メーカーの地位向上につながっている。

「日本の機械メーカーは、充実したアフターサービス体制と高度人材の育成への取り組みに特徴がある。加えて、日本車は引き続き堅調な販売を維持しており、カザフ市場で高い信頼と人気を得ている」と大使は述べた。

日本の投資家が最も重視すること

飯島大使は、日本企業が投資判断を下す際には、予見可能なビジネス環境を重視しており、契約に基づく支払いが適時かつ確実に行われることの重要性を強調した。

「これは、長期投資を伴う資源・インフラ事業において特に重要である。こうした分野では、事業環境が安定していなければならず、紛争が生じた場合にも、公正で透明な法的手続きによって解決される必要がある。」と大使は語った。

さらに、日本企業は厳格なコンプライアンス基準に拘束されており、汚職によって商慣行がゆがめられ、競争が公正でなく、国際規範が順守されていない環境では事業を行うことができないと指摘した。

「加えて、カザフスタン企業は投資に対して早期の収益を期待する傾向がある。」と飯島大使は語った。「それでも、カザフスタンは投資環境の改善に向けて着実な努力を続けており、それが日本の投資家の関心を一段と引きつける助けとなっている。」と語った。

Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons
Central Downtown Astana with Bayterek tower/ Wikimedia Commons

核軍縮への取り組み

The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. Credit: UN Photo/DB
The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. Credit: UN Photo/DB

経済関係の深化と並行して、両国はより広い地球規模課題でも足並みをそろえており、その優先課題の一つが核軍縮である。

大使は、核兵器をめぐる壊滅的な経験を日本とカザフスタンが共有している点に言及した。日本は広島・長崎への原爆投下を経験した国であり、カザフスタンはセミパラチンスク核実験場で450回を超える核実験が行われた歴史を背負っている。

「セミパラチンスク核実験場を閉鎖し、自主的に核兵器を放棄した国として、カザフスタンは日本と同じ思いを共有していると私は考える。」と飯島大使は語った。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

「それぞれの国は独自の道を歩んでいるが、共有する目標は同じである。すなわち、核兵器のない世界である。今日の複雑な安全保障環境の下にあっても、対話と信頼醸成措置を通じて核軍縮・不拡散体制を強化し続けることが、我々の共通の責任だと考えている。」と飯島大使は語った。

日本は30年以上にわたり、カザフスタンと協力して核兵器の負の遺産の軽減に取り組んできた。放射線モニタリング機器、医療機器、物理的防護システムなどを供与しており、これらの支援は「セミパラチンスク核実験場地域における放射能汚染対策計画」や「原子力安全機材整備計画」などを通じて実施されてきたと飯島大使は説明した。

「さらに昨年8月、日本とカザフスタンの外相会談の機会をとらえ、日本は無償資金協力の下でカザフスタンに新たな医療機器を供与する協定に署名した。」と語った。

拡大する学術交流

Kazakhstan-Japan
Kazakhstan-Japan

二国間関係は貿易や投資にとどまらず、両国は教育と知の交流にも一段と重きを置くようになっている。

飯島大使によれば、カザフスタンの専門人材を対象とした留学機会を含む学術交流プログラムは、大学や研究機関だけでなく、日本政府によっても実施されている。特に、文部科学省はカザフスタン国民を対象に多様な年次奨学金制度を提供している。

「その中には、日本で研究活動を行うことができる文部科学省研究留学生プログラムがある。また、現職教員が日本の大学で教授法を学び、専門的能力を高めることを可能にする教員研修留学生プログラムもある。さらに、カザフスタンの有望な公共部門人材を将来の指導者として育成することを目的としたヤング・リーダーズ・プログラムも提供している。」と大使は説明した。

また大使は、カザフスタンで日本語を学ぶ人々が増えていることにも触れた。「昨年、アスタナとアルマトイで実施された日本語能力試験の受験者数は過去最高を記録した。これは、カザフスタン国民の日本に対する関心の高まりを反映しているだけでなく、学術・教育の機会が欧州や米国だけでなく、日本にもますます広がっていることを示している。」と語った。

同様に、日本文化もカザフスタンで支持を広げており、とりわけアニメやマンガは、新しい世代の愛好者にとって大きな入口となっている。(原文へ

Original URL: https://astanatimes.com/2026/03/japans-ambassador-on-deepening-ties-with-kazakhstan-in-shifting-world/

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「力こそ正義」の新世界秩序

国連IPS=タリフ・ディーン】

提唱される「新たな世界秩序」づくりが進むなか、なお重い問いが残る。最も強大な軍事力を持つ国が、結局は世界を支配するのか、という問いである。国連は政治的に無力なままである。国連憲章は踏みにじられ、国家主権と領土保全は政治的嘲弄の対象にまで貶められている。支配しているのは「法の支配」ではなく、弱肉強食の論理である。パレスチナでも、ウクライナでも、ベネズエラでも、イランでも、その現実がむき出しになっている。

次はどこか。コロンビアか。キューバか。グリーンランドか。北朝鮮か。

現在進行中の紛争をめぐっては、戦争犯罪やジェノサイド(集団殺害)に当たるとの非難を含め、国際社会から広範な批判が上がっている。だが、そうした声の多くは聞き流されたままである。

アントニオ・グテーレス国連事務総長は安全保障理事会で、国連憲章第2条に触れ、すべての加盟国は「いかなる国の領土保全または政治的独立に対しても、武力による威嚇又は武力の行使を控えなければならない。」と訴えた。

Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.
Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.

だが、その声を本当に聞いている者はいるのか。

米シンクタンク「公共性のための研究所(Institute for Public Accuracy)」の事務局長で、市民運動団体RootsAction.orgの全国ディレクターを務めるノーマン・ソロモン氏はIPSの取材に対して、空から人を殺すことは、地上戦では得られない種類の「距離」―相手の苦痛から切り離された感覚―を長くもたらしてきたと語った。

「空からの攻撃は、犠牲者から遠く離れた場所で行われるため、現代戦の究極の形として機能してきた。圧倒的な航空戦力への依存は、米国がイスラエルと連携して進めている行動の核心にある」と同氏は指摘する。

地上部隊を投入せず、空爆によって相手を殺傷することは、自軍の死傷者をほとんど出さずに相手に甚大な被害を与える究極のやり方である。その結果、国内での政治的反発も抑えやすくなる。米国の政治とメディアの文化は、米国人の命には価値を置く一方で、「他者」の命はたやすく犠牲にしてよいものとして扱いがちだからだ、とソロモン氏は指摘した。

同氏はさらに、「米国とイスラエルが始めたこの露骨で恥知らずな侵略戦争は、紋切り型の外交的婉曲表現や慎重論で封じ込められるものではなく、まして押し戻すことなどできない。」と批判した。

ソロモン氏によれば、米国政府とイスラエル政府は、「力こそ正義」という原理にしか従わない、常軌を逸した指導者たちによって完全に動かされている。

「もし、いわゆる『国際社会』が、無謀で無法な政府の同盟に正面から対峙すべき時があるとすれば、それはまさに今である。」

そのうえで同氏は、米国の欧州同盟国に対し、曖昧で臆病な態度をやめ、米国とイスラエルによるこの侵略を止めるよう明確に求めるべきだと訴えた。さもなければ、中東という火薬庫にさらに火を注ぐことになるからだ。

さらに同氏は、ロンドン、パリ、ベルリンなどの欧州各国の指導者は、米国とイスラエルが直ちにイランへの攻撃を停止しない限り、重大な対抗措置を取ると警告すべきだと主張した。

「ワシントンに対して曖昧で逃げ腰な対応を続けることは、ロンドン、パリ、ベルリンをはじめとする欧州の指導者たちを、継続的かつ組織的な戦争犯罪の共犯者にする」とソロモン氏は語った。
同氏は『War Made Invisible: How America Hides the Human Toll of Its Military Machine(見えなくされた戦争――アメリカはいかに自国の軍事機構がもたらす人的犠牲を隠してきたか)』の著者でもある。

一方、「保護する責任(Responsibility to Protect)」の推進を掲げる国際団体グローバル・センター・フォー・ザ・レスポンシビリティ・トゥ・プロテクトは、米国とイスラエルによる対イラン攻撃は、国際法と国連憲章に違反して行われた侵略行為だと指摘した。

同団体によれば、今回の武力行使は、国連安全保障理事会の承認を得ないまま行われたうえ、国連憲章第51条が認める自衛権―すなわち、現実かつ差し迫った脅威に対する防衛措置―を発動できるだけの明確な根拠も示されていない。

さらに同団体は、「この攻撃は、米国とイランの核交渉が続いていたさなかに行われた。しかも、仲介役を務めるオマーンの外相が、交渉の進展を明らかにし、打開が近いと発表してから、わずか数時間後のことだった。」と指摘した。

また、この攻撃は、1月3日に米国がベネズエラで行った最近の違法行為―国家元首の拉致に至り、その地域と国際秩序に深刻な不確実性をもたらした一連の行動―とも軌を一にしているという。

Map of Middle East
Map of Middle East

その一方で、ジュネーブに本部を置く国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、中東における紛争激化と、それが民間人や新たな避難民の発生に与える影響に深い懸念を表明した。

UNHCRは、「影響を受ける国の多くは、すでに何百万人もの難民や国内避難民を抱えている。これ以上の暴力は、人道支援の対応能力を超え、受け入れ地域社会への負担をさらに強めるおそれがある」と警告した。

そのうえでUNHCRは、国連事務総長による緊急の呼びかけを支持し、対話と緊張緩和、人権の尊重、民間人の保護、そして国際法の完全な順守を求めた。

人道支援団体Conscience Internationalのジェームズ・ジェニングス会長はIPSの取材に対し、米国とイスラエルによる共同攻撃は、誤った判断に基づく違法なものであり、しかも虚偽に基づくものだと語った。

「今回の攻撃は、将来の核合意を前進させるどころか、その可能性を何十年も遠ざけかねない。」と同氏は述べた。

違法だという理由について同氏は、米国憲法にも、国連憲章に基づく国際法にも反しているからだと説明する。さらに「虚偽に基づく」とする理由については、核問題を監視する機関が実質的に『ここには差し迫った脅威はない』と示してきたにもかかわらず、それを無視しているからだと指摘した。

ジェニングス氏は、トランプ氏が6月の米・イスラエル共同作戦「オペレーション・ミッドナイト・ハンマー」によってイランの核能力を壊滅させたと繰り返し主張してきたことに触れつつ、今回の「オペレーション・エピック・フューリー」という戦争の正当化は、「将来いつかイランが核爆弾を持つかもしれない」という推測に依拠した脆弱な論理にすぎないと批判した。

「歴代の米政権は、外交によってそれを防ごうとしてきた。だが、トランプ氏はその合意を自ら破棄した。」と同氏は言う。さらにジェニングス氏は、トランプ氏がいかなる法律にも、憲法にも、国連憲章にも縛られないかのように振る舞っていると批判した。

最近の彼自身の言葉を借りれば、彼を導くのは自らの道徳だけだという。そのトランプ氏が、人口9200万人の国が眠りについているところへ大規模な戦争を仕掛けるにあたり、イスラエルに唯々諾々と追随した」と述べた。

しかもその間、米国の外交担当者たちは、妥協を模索しているかのように装いながら交渉を続けていた。ジェニングス氏はそれを、第二次世界大戦開戦前、日本が真珠湾攻撃に至るまでに行った外交になぞらえた。

そして同氏は、共同空爆が始まった最初の日、イランのミナジで100人以上の女子生徒が命を落としたとされることに触れ、「その親たちに聞いてみれば分かる。彼らはトランプ氏を、とても『道徳的』な人物とは見ないだろう」と語った。

ジェニングス氏はまた、ジョージ・W・ブッシュ元大統領が自らを「決断者(The Decider)」と呼び、結果として米国を、ワシントンの多くの政治家やトランプ氏自身ですら今や重大な誤りとみなす、二つの勝ち目のない戦争に導いたと指摘した。

「トランプ氏は、米国を中東の誤った戦争、いわゆる『終わりなき戦争』に巻き込まないと強く訴えて選挙戦を戦った。にもかかわらず、いまや彼はネタニヤフ氏に鼻面を引き回されている」と同氏は述べた。

さらに同氏は、戦争を始める際の古典的な原則として「変えられないものが二つある。歴史と地理である」と指摘したうえで、「米国の指導者が、そのことを理解せず、作戦の目的も、いかに終結させるのかという出口戦略も明確に示さないまま戦争に踏み切っていること自体、驚くべきことだ。」と批判した。

Collage: Thalif Deen
Collage: Thalif Deen

評論家やテレビ報道は、今回のイラン攻撃を「選択した戦争(war of choice)」と呼んでいる。だがジェニングス氏は、「その呼び方では不十分だ。」と語った。

「なぜ本当の名前で呼ばないのか。これは露骨な侵略戦争ではないか。いつ終わるのか、誰にも分からない。トランプ氏は数日で終わると主張しているが、それは残酷な冗談にすぎない。戦争は相手にも意思があるからだ。」

最後に同氏は、イランが1971年に建国2500年を祝った歴史を引き合いに出し、これほど長い歴史を持つ国の人々は、生き残る術をいくつか知っているのかもしれない。」と語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ネパールでNRN市民権を取得するまで

入り組んだ手続きではあったが、NRN市民権は在外ネパール人の権利と願いを支える

【カトマンズNepali Times=宮原ソニア】

最近、Nepali TimesのSubstackに掲載された「Unresident Nepalis(非居住ネパール人)」という記事を読み、私自身も、形式上は「非居住ネパール人(NRN)」に分類されながら、「ネパール国内に恒久的に住みたい」と願うネパール人の一人なのだと気づかされた。

冗談のつもりで言ったことではあったが、そこには皮肉もある。海外に出た人々の多くが故郷に戻りたいと願う一方で、移住していない人々は、ネパールにとどまるに足る十分な理由を見いだせずにいる。

NRN市民権が2023年末に正式に導入されると、私はすぐに申請を試みた。だが、書類を提出する前の段階で却下されてしまった。郡行政庁(District Administration Office)が当時の私の弁護士に対し、父方について「तिन पुस्ता」、すなわち3世代にわたるネパール人であることの証明が必要だと強く伝えたためである。

亡き父は日本出身で、2006年に日本国籍を放棄してネパールに帰化した。3年前、私は申請を退けられたものの、こうした申請に政府当局がもう少し慣れた頃に改めて挑戦すればよいと考え、その時はひとまず引き下がった。

しかし今は、病を抱える母と元気な幼子を抱え、早めに動く必要があると感じて、NRN市民権申請を専門とする法律事務所に相談した。すると意外にも、書類を確認した事務所は前向きな見解を示した。ただし、いくつかのハードルを越える必要があるかもしれないとも言われた。

2023年に私が申請したのは、父が帰化市民権を取得した郡の行政庁だった。だが今回は、母がネパールの家系上の出自を示す「बंसागज」市民権を取得した郡で申請するよう助言された。

弁護士たちは、NRN市民権の規定には、ネパールに出自を持つ父、母、祖父、または祖母を通じて取得できると明記されていると指摘した。事務所は必要書類の準備を進めてくれ、最初のステップは、母の居住区のワードオフィスから「सिफारिस」、つまり推薦状を取得することだった。

これが最初のハードルとなった。ワードオフィスは、そのような推薦状を発行できるのか判断がつかず、本庁に確認を取った。幸い、発行の許可が下りた。事務所の担当者たちが粘り強くフォローしてくれたおかげで、私たちは推薦状を受け取り、申請書類の記入を済ませることができた。

法律事務所は、必要があれば事情説明を支援できるよう自分たちは後方に回りつつ、書類は私自身が母の郡の行政庁へ持参するよう勧めた。

私は大きな笑顔と明るい口調で、言われた手続きを忠実に進めた。すると意外なことに、多くの担当者は不必要な障害を作ることなく、協力的な姿勢を見せてくれた。申請には郡長官(Chief District Officer, CDO)または副郡長官の承認が必要で、ここまで順調に進んだことで、「これはすんなりいけるかもしれない」と思ったその時、一人の担当者が、父の帰化市民権が別の郡で発行されたものであることに気づき、私のNRN申請もそちらの郡で行うべきだと告げた。

私は説明した。父はすでに亡くなっており、しかも父はもともとネパール人ではない。そのため、父の書類を根拠に手続きを進めるのは現実的ではない。求められているのは、祖先系譜に基づく「बंसागज(वंशज=血統に基づく)」市民権である。職員は上司に確認したうえで、「追加の措置として警察の確認(照会)が必要だ」と告げた。

私は警察本部へ向かった。そこで封印された紹介文書を受け取り、母のワード事務所と同じ地域を管轄する警察署へ提出するよう指示された。

Location of Nepal
Location of Nepal

警察署では、「親族以外の4人に、提出書類が事実であることを証言してもらう必要がある」と説明された。ここでの対応は、役所での手続き以上に精神的な負担となった。母の古い近隣住民の多くはすでに亡くなっていたり、別の地域で市民権を取得していたりした。協力を約束してくれた人も、その後予定が合わなくなることが続いた。だが、親切な高齢の隣人が奔走してくれ、最終的に必要な人数をそろえることができた。

ようやく先が見えてきたところで、求められた書類一式を持って郡行政庁へ戻った。最初は再び受理を渋られたものの、最終的には、CDOの決裁に回す前に書類へ署名する担当職員に会うよう案内された。

ところが運悪く、担当者たちは2時間以上も会議中だった。私は待合スペースで母にインスリン注射を打ち、売店の麺を食べさせながら時間をつぶした。

ようやく面会できた担当者は、書類を十分に確認しないまま、弁護士に向かって「法律を読んだのか」「日本のパスポートを持っているのに、なぜネパール市民権を申請できるのか」などと詰め寄った。どうやら、私が母方を通じて通常のネパール市民権を取得しようとしていると誤解していたようだった。私は、申請しているのは通常の市民権ではなくNRN市民権だと説明した。すると職員の口調は和らぎ、「規定をさらに確認する必要がある」と述べた。

ここまでで、私は段階を追って3日間手続きを進めてきた。結論が翌日に持ち越されること自体は、特に問題ではなかった。

NRN市民権は導入されて間もない制度で、申請の多くは居住国のネパール大使館を通じて行われている。そのため、手続きの過程では職員から「あなたのようなケースは扱ったことがない」と繰り返し言われた。

私の事情はこうである。私はこれまで一度もネパール市民権を取得したことがない。父は帰化ネパール市民権を取得していた。一方、家族の中で生まれながらのネパール市民であるのは母だけだった。私は繰り返し伝えた。「前例がないことは、不可能を意味しない」と。

そして実際、翌日、職員は書類に署名した。父の死とネパールへの貢献を知ったうえで、「本来、あなたの申請はもっと尊重されてしかるべきものだった」と言葉を添えた。

土地所有権の移転など、NRN市民権法の細部はいまだ十分に整っていない。だが、それでもこの制度は、多くのNRNの権利と願いを支える前向きな一歩である。私たちがどこへ行こうとも、「यो मन त मेरो नेपाली हो!(この心はネパールのものだ)。」(原文へ

Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
Four 8,000m peaks (Cho Oyu, Everest, Lhotse and Makalu) showing the rapidly receding snowline in the Himalaya. Photo: KUNDA DIXIT
宮原ソニア(Hotel Everest View 代表取締役、Trans Himalayan Tours & Trekking Pvt Ltd、Himalaya Kanko Kaihatsu Co. Ltd)

INPS Japan

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インド初のトランスジェンダー女子サッカーリーグ―選手たちがつかんだ尊厳

【ニューデリーIPS=ディワシュ・ガハトラジ】

ピアリ・ヘッサ(26)は、ジャムシェドプルの製鉄会社で鉄道輸送の管制業務に従事しながら、夕方にはプロ選手も使用する人工芝グラウンドでサッカーの練習に励んでいる。ジャールカンド州西シンブーム県の中心地チャイバサから約50キロ離れたベダムンドゥイ村に生まれた。ホー族出身のトランスジェンダー女性(トランス女性)で、出生名はピアレ・ラルである。長年、家族や社会の期待と向き合いながら、ありのままの自分として生き、ひとりの人間として扱われることを求めてきた。

現在、彼女はインド初のトランス女性によるサッカー大会「トランスジェンダー・フットボールリーグ」で、ジャムシェドプルFTのキャプテン兼ストライカーを務めている。ピッチは、彼女が自分を示せる場にもなっている。

このリーグは2025年12月7日、ジャムシェドプルFCが主催する「ジャムシェドプル・スーパーリーグ」の一環として発足した。8チーム、約70人のトランス女性が参加し、多くはサンタル族やホー族など地元の先住民族コミュニティ出身である。会場はJRDタタ・スポーツコンプレックスの人工芝で、試合は7人制で行われる。

League match action between Jamshedpur FC and Chaibasa FC. Photo Credit: Jamshedpur FC

選手の職業は多様だ。工場労働者、日雇い労働者、舞台パフォーマー、電動リキシャの運転手など、チャイバサやチャクラダルプル、ノアムンディ、サライケラなど各地から集まっている。競技の場であると同時に、トランス女性が選手として公の場に立ち、観客の前でプレーする機会にもなっている。

ジャムシェドプルFCで育成・ユース部門を率いるクンダン・チャンドラ氏は、次のように語る。

「トランスジェンダー・フットボールリーグの創設は、サッカーをすべての人にとって、より参加しやすく力を与える場にするという私たちの理念を具体化する一歩である。サッカーは、差別なく才能を育む場であるべきだと、私たちは強く信じている」

ピアリにとって、それは言葉だけではない。

「サッカーをしているとき、私は本当に幸せです。そして認められていると感じます。この競技は、性自認に縛られずに自分を表現できる場を与えてくれます」

彼女の人生は平坦ではなかった。父を幼くして亡くし、現在は母とともにジャムシェドプルで暮らしている。大学で文学士号を取得したが、安定した職を得るまでには日雇い労働などで生計を立てた。その後、インド有数の製鉄会社が少数者を対象に行う採用枠を通じ、物流部門の職を得た。

More league match action between Jamshedpur FC and Chaibasa FC. Credit: Jamshedpur FC
More league match action between Jamshedpur FC and Chaibasa FC. Credit: Jamshedpur FC

先住民族としてのアイデンティティは彼女の人生に深く根差している。一方、トランス女性であることは、さらに困難を重ねる。ジャールカンドの伝統的な部族社会では、慣習や社会規範が強く、トランスジェンダーへの理解や尊重は十分とは言い難い。排除や偏見に直面し、家族や地域社会からの支えを得にくい現実がある。

ジャールカンド州には30以上の先住民族が暮らしているが、部族社会におけるトランスジrンダーの位置づけは複雑で、伝統的に十分な承認を得てきたとは言い難い。

村からピッチへ

「10歳のころ、村の男の子たちと同じようにサッカーを始めました。ビニールのボールを蹴って遊ぶだけでした」とピアリは振り返る。

「大学時代、チャイバサ周辺でチャリティー試合やエキシビションマッチに出ている仲間たちに出会いました。そのとき、サッカーはただの遊びではなくなったのです。生き続け、成長する理由になりました」

試合前、主催者が観客に呼びかけることもあったという。「性別に関する中傷はやめてください。選手を尊重してください」。その言葉を聞くたび、小さな勝利を感じたと彼女は語る。

1月25日の試合では、彼女のチームがチャイバサFCに4対1で勝利した。

コーチのスフラル・ブミジ氏によれば、「8チームで隔週日曜日に試合を行い、4月まで続く予定」だという。

Saraikela FC (yellow) versus Indranagar FC (red) in league competition. Credit: Jamshedpur FC
Saraikela FC (yellow) versus Indranagar FC (red) in league competition. Credit: Jamshedpur FC

サッカーへの情熱

ジャールカンド州、とりわけ部族社会では、サッカーは深く根づいたスポーツである。村では子どもたちが裸足でボールを追い、日常の一部になっている。クリケットも人気だが、草の根レベルではサッカーが強い支持を集める。インド・スーパーリーグに参戦するジャムシェドプルFCの存在も、その熱気を後押ししている。

サッカーは、部族の少女やトランス女性の選手にとっても、誇りや連帯を生む場になっている。

リーグ得点ランキング上位の一人、プージャ・ソイ(23)は6試合で7得点を挙げている。職業はプロのステージダンサーで、10年生(高校初級課程)まで修了した。より良い生活を求めて村を離れ、現在はジャムシェドプルで自立して暮らす。

しかし、ピッチの外では厳しい現実がある。

「私たちのコミュニティの人には、部屋を貸してくれる家主がほとんどいません。ここを見つけるのも大変でした」

現在は別のトランス女性と1部屋を共有して暮らしている。

制度と現実のギャップ

ジャールカンド州は、2019年制定の「トランスジェンダーの権利保護法」に基づき、自己申告による性別認定や身分証明書の取得を認めている。教育や公務員採用での優遇措置、月額約1000ルピー(約10ドル)の年金、医療保険制度へのアクセスなども整備されている。

だが当事者によれば、制度と現実の間には大きな隔たりがある。仕事に就けず、生活のために路上で物乞いをしたり、性産業に従事せざるを得ない人も少なくない。リーグのある選手は、普段は職がなく、日中は高速道路の料金所や信号で通行人に金銭を求めることがあると、匿名を条件に語った。

インドの街角でトランスジェンダーの人々が金銭を求める光景は日常化しており、社会の側も「当然のこと」のように見過ごしてきた。だが、このリーグは別の姿を示している。

ピッチの上の自由

夕暮れのJRDタタ・スポーツコンプレックス。スパイクを締め、ボールを足元に置いたピアリは静かに集中している。

「毎日は来られません。仕事のシフトがあるので。でも、午後に終わる日は必ず来ます。ここが、私が自由になれる場所だから」

ボールを滑らかに操るピアリの姿は、競技の枠を超えている。仕事や生活の重みを背負いながらも、ピッチに立つ間だけは、彼女は自分自身でいられる。(原文へ

This article is produced to you by IPS NORAM, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

https://sdgs-for-all.net/
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固定観念の向こうへ―ラマダンの時期に取り戻すムスリムの歴史

デリーIPS=マリヤ・サリム

今日の公共空間において、ムスリムは自ら歴史を語る主体というより、しばしば他者に論じられる対象として扱われている。ムスリム社会をめぐる議論は、国際政治や安全保障、紛争に偏りがちで、何世紀にもわたり共同体を形づくってきた文化、芸術、知の伝統には、ほとんど光が当たらない。

Mariya Salim

だからこそ、こうした物語を取り戻すことは、自らの歴史を自らの言葉で語る力を取り戻すことでもある。ムスリム女性である私は、自分たちの共同体や歴史が論じられる場面でさえ、当事者であるムスリムの声が脇へ追いやられる現実をたびたび目にしてきた。

そうした問題意識から、私は友人で同僚のアシュウィニ・KP氏とともに、2020年に「ムスリム歴史月間」を立ち上げた。実施時期をラマダンに合わせたのは、共同体には自らの歴史を記録し、自ら語るための場が必要だという、ごく基本的な確信があったからである。この取り組みは、ウェブサイト「Zariya」を通じて発信している。

この「ムスリム歴史月間」は、黒人の歴史を見直す月間や、インドの被差別民の歴史を掘り起こす月間など、これまで各地で育まれてきた市民主導の試みにも学んでいる。そうした運動は長年にわたり、見過ごされ、歪められ、周縁に追いやられてきた人びとが、自らの過去と現在を取り戻す道を示してきた。

それらが教えてくれるのは、歴史とは単に過去を振り返る営みではなく、排除に異議を唱え、社会が自らをどう理解するかを問い直す行為でもあるということだ。「ムスリム歴史月間」もまた、その流れを受け継ぎ、ムスリム自身、そして連帯する人びとが、多様で複雑で豊かな歴史的・文化的経験を自ら見つめ直す場となっている。

小さな共同プロジェクトとして始まったこの試みは、その後、作家、研究者、芸術家、活動家が集う国際的な場へと発展した。これまで見過ごされてきたムスリムの歴史のさまざまな側面を掘り起こすこの企画には、エジプト、米国、パレスチナ、ネパール、ロシアなど各地から寄稿が寄せられている。参加者には、社会の中で周辺化されてきたムスリムの集団に属する人びとも含まれる。今年だけでも、レバノン、パレスチナ、インド、エジプト、インドネシアなど6カ国以上から寄稿が集まった。

UN Photo
UN Photo

こうした歴史を記録することの切実さは、寄稿者たち自身の姿勢にも表れている。レバノンの大学でイスラム美術史を研究するリマ・バラカート氏は、今年、戦火の続くベイルートから寄稿した。なぜそのような状況でもこの試みに参加したのかを問われ、彼女はこう語っている。

Credit: Global Centre for the Responsibility to Protect
Credit: Global Centre for the Responsibility to Protect

「戦争のさなかにあるからこそ、私は文化的な営みを続け、政治的混乱の中でも何かを生み出したいと思っています。歴史を振り返れば、第一次世界大戦や第二次世界大戦の時代にも、芸術家や作家たちは創作を続け、文化を支えてきました。私もいま、同じことをしています。生き延びるということは、文化や芸術を支え続ける力によってこそ測られるのです。」

この言葉は、困難な時代に文化が果たす役割の本質をよく示している。芸術表現はしばしば、目の前の政治課題に比べて後回しにされがちである。だが歴史が示してきたのは、文化こそが共同体にとって、苦境を生き抜き、記憶を守り、再び立ち上がるための最も力強い手段の一つだということだ。

第1回の「ムスリム歴史月間」では、世界各地の書き手たちが、それまで十分に語られてこなかったムスリム共同体の姿を記録した。テーマは、パキスタンに暮らすアフリカ系ムスリムの人びとの歴史から、ラマダンという月が人びとにとって何を意味するのかまで、多岐にわたった。

Zaha Hadid in Heydar Aliyev Cultural center in Baku nov 2013

第2回では、すでに亡くなった世界各地のムスリム女性たちに光を当てた。取り上げられたのは、世界的な建築家ザハ・ハディドや、インド系で第二次世界大戦中に諜報活動に携わったヌール・イナヤト・カーンらである。彼女たちの歩みの多くは歴史の中で十分に記憶されてこなかったが、その人生と仕事を改めてたどることで、ムスリム女性の経験がしばしば歴史からこぼれ落ちてきた現実に向き合おうとした。

そして今年始まった第3回は、ムスリムの芸術と建築に目を向けている。ただし対象は、有名な大建築や美術館の展示作品だけではない。ここでいう芸術と建築には、舞台芸能、美しい文字を描く表現文化、礼拝所の建築、伝統工芸、お守りを身につける習慣、さらには信仰やアイデンティティー、共同体への帰属意識を表す日常の創造的な営みまで含まれている。

たとえば、カナダ在住のカウサル・アルコリー・ラマダン氏による寄稿は、カナダ・オンタリオ州ロンドンで起きた、ムスリム一家が憎悪犯罪の標的となって殺害された事件のその後を振り返るものである。2021年に起きたこの事件は、地域社会に深い衝撃を与えた。ラマダン氏の文章は、事件の残虐さそのものだけではなく、その後ムスリム女性たちが、創作や文化的な表現を通じてどのように応答したかに目を向けている。

こうした物語は、「何が芸術と呼ばれるのか」という従来の思い込みを揺さぶる。共同体が傷つき、その痛みを受け止め、自らの存在を確かめようとする危機の瞬間にこそ、創造性は最も力強く立ち現れることがあるのだ。

Mihrab at the Jami Masjid, 17th century, Bijapur, India. Photo- Author Rajarshi Sengupta
Mihrab at the Jami Masjid, 17th century, Bijapur, India. Photo- Author Rajarshi Sengupta
SDGs Goal No. 5
SDGs Goal No. 5

また、インドネシアのアヅカ・ハニイナ・アルバリ氏による寄稿は、預言者ムハンマドへの賛歌を唱える宗教的な歌やパフォーマンスを取り上げている。この論考は、そうした表現の場が、ジェンダー平等をめぐる議論を語る空間にもなっていることを示している。もともと男性中心だった宗教的実践に女性の参加を広げることで、演者たちは芸術を通じて、性別の平等や社会正義をめぐる新しい議論に関わっているのである。

今回の特集全体を通して、世界各地から似たような物語が浮かび上がる。現代の芸術家を扱うものもあり、世界的に知られるチュニジア人の書家カリム・ジャバリへのインタビューや、パレスチナのジュエリーデザイナー、エジプトの研究者による寄稿も含まれている。ほかにも、移住や離散、地域ごとの文化の歩みによって形づくられた芸術の伝統をたどる論考が並ぶ。

「ムスリム歴史月間 III」が示しているのは、芸術表現がいまも日々の暮らしの深いところに息づいているという事実である。地域の文化活動、目を見張る建築、歴史的な書物をめぐる考察、祈りのパフォーマンスに至るまで、こうした実践は、創造性がムスリム共同体の社会的・精神的な風景をいまも形づくっていることを物語っている。

同時に、それらはムスリム文化の多様さも示している。ムスリム社会が一枚岩ではないように、その芸術の伝統もまた一様ではない。

ムスリムを政治の見出しや安全保障の文脈に押し込めがちな今日の言論空間にあって、こうした物語は重要な対抗軸を示している。ムスリムの歴史とは、創造性、学問、手仕事、そして文化交流の歴史でもあることを思い出させてくれるからだ。

Image: World with nuclear weapons/ World free of nuclear weapons, Michael P., Poland, Art for Peace. Credit: Portside
Image: World with nuclear weapons/ World free of nuclear weapons, Michael P., Poland, Art for Peace. Credit: Portside

こうした歴史を書き残すこと自体が、一つの保存の行為である。歴史も、そしてまだ書かれていない現在も、放っておけば簡単に忘れ去られ、あるいは誤って伝えられてしまう。共同体が自らの過去と現在を語る力を取り戻すとき、それは、長く自分たちを大きな文化の物語から締め出してきた構造そのものへの挑戦となる。そういう意味で、「ムスリム歴史月間」は単に過去を振り返る試みではない。ムスリムの歴史がこれからどのように理解されるのかを形づくる営みでもある。

ベイルートから寄せられたリマ・バラカート氏の言葉が示すように、戦争と不確実性に覆われた時代であっても、文化の営みは途絶えない。多くの共同体にとって、生き延びることそのものは、文化を生み出し続ける力によって支えられているのである。

公の議論を支配する固定観念や見出しの向こう側には、はるかに豊かな物語がある。そこには、芸術、建築、記憶、そして自らの物語を語ろうとする共同体の想像力が息づいている。(原文へ

マリヤ・サリム氏はZariyaの共同設立者。デリーを拠点とする人権活動家であり、性暴力やジェンダーに基づく暴力の問題に取り組む国際的な専門家でもある。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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米国/イスラエルによる対イラン爆撃―国際法軽視のケーススタディ

【米カリフォルニア州オークランドIPS=ジャクリーン・カバッソ、ジョン・バローズ】

「『エピック・フューリー』作戦は、トランプ大統領の“壮大な癇癪”とも言うべき衝動が、取り巻きによって増幅され、現実の武力行使として実行に移されたものだ。影響は地域にとどまらず、世界の平和と安全保障、国際経済、そして第二次世界大戦後の国際法秩序を揺るがしかねない。」

米国/イスラエルによるイラン爆撃は、国際法の基本規則を明白に踏みにじっている。国連憲章第2条4項が禁じる「いかなる国の領土保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は武力の行使」に反し、イランの主権を侵害するものである。

米国とイスラエルが、差し迫った武力攻撃に対する自衛権の行使として行動しているとする説明には、説得力がない。まして体制転換(レジーム・チェンジ)は武力行使の正当化になり得ない。国家の政治的独立を尊重するという原則に、真正面から反するからである。

Credit: UN Photo/Evan Schneider
UN Secretary-General António Guterres, briefing reporters outside the Security Council, described the United States’ bombing in Iran as a “dangerous escalation.”
“I am gravely alarmed by the use of force by the United States against Iran today,” said the UN chief, reiterating that there is no military solution. “This is a dangerous escalation in a region already on the edge – and a direct threat to international peace and security.”
Credit: UN Photo/Evan Schneider
UN Secretary-General António Guterres, briefing reporters outside the Security Council, described the United States’ bombing in Iran as a “dangerous escalation.”
“I am gravely alarmed by the use of force by the United States against Iran today,” said the UN chief, reiterating that there is no military solution. “This is a dangerous escalation in a region already on the edge – and a direct threat to international peace and security.”

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、安全保障理事会の外で記者団に対し、米国によるイラン爆撃を「危険なエスカレーション」と表現した。「私は本日、米国がイランに対して武力を行使したことに深い懸念を抱いている。すでに瀬戸際にある地域での危険なエスカレーションであり、国際の平和と安全に対する直接の脅威である。」と事務総長は述べ、軍事的解決はないとの立場を改めて強調した。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.
Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

とりわけ目立つのは、トランプ政権が多国間メカニズムを活用したり、国際法を根拠としたりするための真剣な努力をほとんど示していない点である。政権は、その行動と国際法への軽視によって、冷戦終結後ほぼ30年にわたり進んできた武力行使をめぐる基本規範の侵食を、さらに加速させている。

武力行使を形式的に制限してきた法的枠組みの弱体化は、長期にわたって進行してきた。21世紀に入ってからは、とりわけ大国が国際法や国際機関をいっそう軽視し、大規模な戦争に踏み切る事例が、衝撃的なかたちで繰り返されてきた。

最初の大きな例が、2003年の米国によるイラク侵攻である。90年代にイラク周辺で続いた長期かつ大規模な米軍展開、そして2001年のアフガニスタン侵攻・占領が、その下地となった。トランプ政権とは異なり、ジョージ・W・ブッシュ政権は少なくとも国際法上の根拠を示そうとはした。だが、戦争の正当化は虚偽に基づいていた。

次いで、ロシアによる2014年のクリミア併合、そして2022年のウクライナ全面侵攻が起きた。いずれも国際法上の正当化を欠いていた。今世紀にはほかにも、たとえば最近、米国がベネズエラに侵攻し大統領を拉致するために行動したように、侵略とみなし得る事例がある。だが、イラクをめぐる米国の行動、ウクライナにおけるロシアの行動、そして米国/イスラエルの対イラン爆撃は、武力行使をめぐる規範の侵食という観点で、とりわけ重大な転換点である。

イランの核開発をめぐって言えば、爆撃前には、自衛権を主張し得るような状況は存在しなかった。一般に、イランが長年にわたりウラン濃縮能力を維持してきたのは、将来のどこかで核兵器取得という「選択肢」を温存する意図もあったとみられる。だが、実際に取得へ踏み切った形跡はなかった。

John Burroughs/ LCNP
John Burroughs/ LCNP

しかも、2015年に苦心の交渉で成立した「包括的共同行動計画(JCPOA)」―イランの核計画に実効的かつ検証可能な制約を課した国際合意――から、一方的に離脱したのは、第一次トランプ政権下の米国である。

イランの核計画を論じる際、イスラエルが強固な核兵器庫を有している事実は、しばしば正面から扱われない。長期的にみれば、一部の国家には核兵器の保有を認め、他の国家にはそれを否定するという状態を維持することは現実的ではない。北朝鮮のように核拡散が現実化したケースであれ、イランのように潜在的拡散が懸念されるケースであれ、最も根本的な対処は、核兵器の世界的廃絶に向けて迅速に歩を進めることである。

もう一つの、少なくとも部分的な対応策は、新たな非核兵器地帯を地域に構築することである。中東でも、実際にその試みが進められてきた。核不拡散条約(NPT)の枠内でも国連においても、中東非核兵器地帯の交渉開始に向けた真剣な努力が続けられてきた。イランはその交渉への参加に前向きだった。

しかし、イスラエルと米国はこれらの取り組みをボイコットしてきた。これは、彼らが「脅威となるイランの核開発を止めるために行動している」と主張する際、その正当性を大きく損なう。

では、この状況にどう対応すべきか。

第一に、イラン侵攻は違法な侵略として非難されるべきであり、国連憲章が定める基本規範は、少なくとも将来のために守られなければならない。

第二に、世界はいま大きな変化の只中にあることを認識すべきである。その特徴は、権威主義的ナショナリズムの再興にある。権威主義的な民族ナショナリズム勢力が、核保有国を含む多くの国で政権を握るか、あるいは有力な政治勢力となっている。

課題の性質を直視する現実的な視点が必要であり、より公正で民主的かつ平和的なポスト・ナショナリズムの世界に向けて、新たな発想と革新的なアドボカシーと政治の形が求められている。(原文へ

ジャクリーン・カバッソは米カリフォルニア州オークランドの西部諸州法律財団事務局長(Western States Legal Foundation)事務局長。ジョン・バローズは同財団理事。

IPS UN Bureau

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国連が直面しているのは予算危機か―それとも指導力の危機か―あるいは両方か

【ニューヨークIPS=アンワルル・K・チョウドリー】

2025年2月、今から1年前のことだ。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は報道陣へのブリーフィングの冒頭で、「まず、過去48時間に国連機関や多くの人道・開発NGOに届いた情報について、深い懸念を表明したい。米国が資金拠出を大幅に削減するという内容だ。」と述べ、警鐘を鳴らした。事務総長は続けて、「その影響は、世界中の脆弱な人々にとって特に壊滅的なものとなるだろう。」と語った。
UN80イニシアチブ――改革か圧力か
Anwarul K. Chowdhury
Anwarul K. Chowdhury

その予算危機は、国連創設80周年を口実に掲げた「UN80イニシアチブ」という改革アジェンダによって、当面は先送りされようとした。資金繰りの逼迫に追い立てられて打ち出された、いわば体裁づくろいの改革である。

国連システムの構造改革とプログラム改革は、少なくとも過去4人の事務総長の時代から長年の課題とされてきた。だが、頭字語の変更、マンデートの拡張、組織の微調整、そして近年では職員の移転といった措置を除けば、目立った成果はほとんど見られない。

財政破綻への警鐘

今年1月末、事務総長は全加盟国宛ての書簡で、国連の通常予算の手元資金が7月までに底を突く可能性があると指摘し、業務運営に重大な支障が生じ得ると警告した。さらに、「差し迫った財政破綻」を回避するため、同様の事態を防ぐ国連の財政ルールを抜本的に見直すよう加盟国に求めた。

なぜ今になって、加盟国に具体的な行動を迫るのか。2025年2月に自ら危機を訴えた時点で、なぜ同じだけ踏み込んだ要請をしなかったのか。

これは、オオカミが来たと叫び続けた少年の寓話を思い起こさせる。

権限の限界を嘆く―権力も資金もない

グテーレス事務総長は過去に報道陣に対し、次のように語っている。「国連事務総長の権限が非常に限られているのは事実であり、財源を動員する能力もきわめて乏しい。つまり、権力もなく、資金もない」。

これは、すべての事務総長が直面し、十分承知してきた現実である。国連を継続的に追い、その複雑な機能を理解する人々にとっても周知の事実だ。

それでもなお、なぜこの現実は、国連指導部が与えられた責務を果たせない局面に限って、改めて公の場に持ち出されるのか。

私は、事務総長の「非常に限られた権限」は、国連とその最高指導部に過度の期待が寄せられないよう、繰り返し明示されるべきだと考える。私の知る限り、歴代の事務総長は、選出に向けた過程や就任時に、こうした制約を正面から語ってこなかった。

グテーレス事務総長も例外ではない。2017年の就任時点で、指導力の「限界」としてではなく、むしろ職務遂行上の「障害」として、これらの制約を事実として示していれば、より現実的で誠実だったはずだ。にもかかわらず、在任9年近くを経た2026年になって初めて、この点が強調されている。世界の「最重要外交官」が抱える構造的弱点―行動を縛る制度的制約―は、以前から変わらず存在してきたのである。

統制か撤退か

米国が、財政的影響力を梃子に国連の機能不全を脅しとして用いているのではないか、と見る向きもある。

米国は拒否権という強大な権限を持ち、国連システムの運営予算への拠出でも約4分の1を担ってきた。国連憲章を改正し、真に民主的な組織へ作り替えない限り、この構造は直視せざるを得ない。国連指導部も加盟国も、この現実を前提に対応すべきである。

米国は長年、法的に支払うべき拠出金を分割で納める方式をとってきた。事務総長もその事情を理解し、事実上受け入れてきた。狙いは、分割払いの局面ごとに見返りを引き出しつつ、拠出金未納による投票権停止を回避することにある。

私は、米国は国連から「撤退」するのではなく、「統制」を通じて国連を自国流に使おうとしているのだと考える。

国連のトップに女性を

こうした文脈において、私は改めて強調したい。国連は創設から80年を経たにもかかわらず、世界の最高外交官として9人続けて男性を選んできた。2026年に現職の後継者を選出するにあたり、次期事務総長は女性であるべきだ。いま国連に求められているのは、そのための判断力と見識である。

いま必要なのは、創造的で官僚主義に縛られず、主体的かつ先見性を備えた指導力である。そうした真の変化がなければ、「オオカミ少年」症候群が国連の活動を揺るがし続け、人類全体の利益のために存在する最も普遍的な多国間機関としての使命が損なわれかねない。

アンワルル・K・チョウドリー氏は、元国連事務次長。バングラデシュの元国連常駐代表を務め、国連総会第5委員会(行政・予算委員会)委員長(1997~1998年)、国連安全保障理事会議長(2000年、2001年)、国連総会議長上級特別顧問(2011~2012年)などを歴任した。さらに、国連計画・調整委員会の副委員長も2期務めている。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ホルムズ海峡危機で進む静かな同盟シフト―トランプ政権の論理に近づく日本と欧州

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

ホルムズ海峡をめぐる同盟の変容は、同海峡への艦隊派遣によって始まったのではない。発端となったのは、一つの首脳会談である。ドナルド・トランプ米大統領が日本の高市早苗首相をホワイトハウスに迎えた際、焦点は、同盟国が海峡の安全確保に踏み込むのかどうかにあった。だが実際に浮かび上がったのは、より重大な変化だった。日本と欧州の主要国が、戦争そのものへの全面的な政治的責任を引き受けることなく、ホルムズ海峡をめぐる米国の戦略的論理へと静かに、しかし確実に歩み寄ったのである。重要なのは、まさにその点である。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

トランプ氏のメッセージは明快だった。ホルムズ海峡に依存してエネルギーを輸入する国々は、その安全確保に応分の役割を果たすべきだ、というものだ。日本がその圧力の対象となるのは避けられなかった。欧州諸国も同様である。もっとも、両者にはそれに慎重にならざるを得ない理由があった。日本はなお、海外での武力行使に法的制約を抱えている。欧州にも、拡大しつつある米・イスラエルの軍事行動に巻き込まれることへの強い警戒感があった。首脳会談前、日本政府の立場は、慎重姿勢、法的自制、そして護衛任務への不参加というものだった。しかしワシントンは、その前提そのものを揺さぶった。

日本は海上自衛隊の派遣を発表したわけではない。米国主導の護衛艦隊に参加したわけでもない。法的な慎重姿勢を捨てたわけでもない。だが、日本政府は政治的には米国にとってより重要な一歩を踏み出した。危機に対する米国の捉え方を、従来以上に受け入れたのである。日本は事実上、「これは日本の戦争ではない」と距離を置く段階から、「これは航行の自由とエネルギー安全保障に対する重大な脅威であり、米国と緊密に連携すべき問題だ」と位置づける段階へ移った。同盟政治において、これは単なる表現の違いではない。立場の変化そのものである。

日本の報道からも明らかなように、高市首相はきわめて難しい舵取りを迫られていた。米国との決裂は避けなければならない一方で、国内の法的・政治的制約を超えることもできない。同時に、日本政府が見据えていたのはホルムズ海峡だけではなかった。より深い懸念は、米軍の関心と戦力が中東に振り向けられることで、対中抑止が弱まることにあった。つまり、これは単なる湾岸問題ではない。湾岸問題の形を取ったインド太平洋の問題だったのである。

欧州もまた、同様の方向に動いた。ただし、いつものように、実際以上に結束しているように装いながらである。欧州各国の当初の反応は、慎重というより抵抗に近かった。ブリュッセルでは、EUの海上安全保障態勢を調整すべきかどうかが検討されたものの、戦争に直接関与することへの意欲は乏しかった。欧州の当局者たちは、海上安全保障が進行中の空爆作戦と結びつけば、護衛任務が驚くほど容易に戦闘任務へと転化しかねないことを理解していた。

その後に出されたのが、あの声明である。

英国、フランス、ドイツ、オランダ、日本などは、「ホルムズ海峡の安全保障を改善するための適切な努力」に貢献する用意があると表明した。この「適切な努力」という表現が、すべてを支えていた。ワシントンを安心させるには十分に幅広く、各国政府が踏み込みすぎたと受け取られないようにするには十分に曖昧だったからである。その中身には、計画立案、監視、兵站、情報協力、制裁履行、エネルギー調整、さらには後になって、より都合のよい政治的隠れみのの下での海上展開まで含まれ得る。意図された曖昧さであり、この場合、曖昧さそのものが政策だった。

Strait of Hormuz

その中でも英国は、欧州大陸諸国より一歩先へ進んだ。ロンドンは、航行を脅かすイランのミサイル拠点への攻撃にあたり、米国による英軍基地の使用を認めた。これは単なる政治的支持ではなく、作戦上の支援である。一方、フランスは最も明確な慎重派として踏みとどまった。ホルムズ海峡の重要性は認めつつも、欧州の軍事力が米国とイスラエルによって形作られた戦闘環境に組み込まれるべきだという前提には抵抗した。この英仏政府の温度差こそ、欧州の実像をよく示している。統一でもなければ反乱でもない。そこにあるのは、複層的なためらいである。

では、ワシントンで何が起きたのか。

それは屈服ではなかった。反抗でもなかった。もっと捉えにくく、しかもより重要な変化だった。トランプ氏が得られなかったのは、テレビ映えする勝利である。艦隊派遣の発表もなければ、大々的な同盟国の誓約もなく、整然と従う同盟国の姿を示す写真もなかった。だが実際に得たのは、より現実的な成果だった。すなわち、徐々に進む接近である。日本は調整した。欧州も調整した。英国はより速く動いた。フランスは軍事的な帰結には抵抗しつつも、危機認識そのものは否定しなかった。同盟が実際に変化するとき、それはファンファーレとともに訪れるのではない。誰もが一時的措置だと言い張る半歩ずつの前進として進むのである。

より深い問題は、トランプ氏が、より苛烈な同盟政治のモデルを試している点にある。従来の構図では、米国が主導し、同盟国が支持を表明し、そして誰もが負担は共有されているかのように装っていた。だが新たな構図は、はるかに取引的で、礼儀も薄い。ワシントンがまず攻撃し、その後で、その余波に最もさらされる同盟国に対し、安定化のコストをより多く負担するよう求めるのである。日本はこの論理にとりわけ脆弱である。中東のエネルギーに大きく依存し、同時に米国の安全保障の傘にも深く依存しているからだ。

最もあり得る帰結は、同盟国の完全な足並みの一致を伴わない、選択的な負担分担である。日本は今後も、政治的には支持を示しつつ、軍事的には慎重姿勢を維持する可能性が高い。欧州は分裂したままだろう。英国は作戦上の支援役を果たし続けるかもしれない。フランスは、航行の安全保障を際限のない戦争と安易に結びつけることに引き続き抵抗するだろう。

しかし、より大きな変化はすでに見えている。日本はワシントンで屈服したわけではなく、欧州も足並みをそろえたわけではない。それでも両者は、自らが公に認める以上に、トランプ氏の戦略的論理へと近づいた。そこにこそ、この問題の本質がある。ホルムズ海峡を行き交う艦船は表層にすぎない。より深い現実は、湾岸の石油航路を舞台に、同盟そのものがいま再交渉されているという点にある。(原文へ

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/strait-of-hormuz-alliance-shift-what-changed-after-the-trump-takaichi-meeting

INPS Japan

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