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国連80周年:成功と失敗が交錯する混合の遺産

【国連IPS=タリフ・ディーン】

国連が138か国の首脳を集めたハイレベル会合で創設80周年を記念するなか、ある疑問が浮かぶ―過去80年の政治的実績がほとんど失敗に終わったことを踏まえ、本当に祝う理由があるのだろうか。

2022年4月、ウクライナのゼレンスキー大統領は国連安全保障理事会でのリモート演説で核心を突いた。「国連が保証すべき平和はどこにあるのか? 安保理が保障すべき安全はどこにあるのか?」国連はこの両方に失敗したかのように見える。

一方で、地政学的な役割が低下するなかでも、軍事紛争に巻き込まれた数千万の人々に人道支援を届ける巨大な救援機関としての役割はますます重要性を増している。しかし、80周年の焦点はやはり政治にある。

サンフランシスコ大学の政治学教授スティーブン・ズネス氏はIPSに対しこう語った。「1964年、8歳の時に初めて国連本部を訪れて以来、国連の成功を強調し擁護してきたが、これほど悲観的になったことはない。」

彼は国連の効果は「とりわけ強力な加盟国がどれだけ国連の権威を認めるかに左右される」と指摘する。冷戦終結以降、米国によるイラク侵攻やロシアによるウクライナ侵攻は、侵略戦争を防ぐという国連の根本的使命が破綻したことを示す、と。

過去2年間、米国はガザでの停戦を求める安保理決議に6回反対票を投じ、そのうち4回はバイデン政権下であった。これは、武力紛争の終結に向けた国連の権威を損なおうとする動きが超党派であることを物語る。

さらに、国連の最大の成果の一つである脱植民地化も、西サハラの人々に自己決定権を与えられず、米国や欧州諸国がモロッコの不法占領を支持していることで傷つけられている。ズネス氏は「米国は国連憲章やジュネーブ第四条約、国際人権規約の起草に深く関わったが、近年は共和・民主両政権が国連やその機関、司法機関を攻撃している」と述べた。

ワシントンのスティムソン・センターのリチャード・J・ポンツィオ氏は「国連は世界で最も普遍的で正統性を持つ国際機関であり、平和構築、極度の貧困との闘い、気候変動対策、AIを含むデジタルガバナンスなどの分野で不可欠な役割を果たしてきた」と評価する。

また、ステークホルダー・フォーラムのフェリックス・ドッズ氏は「冷戦以来最も不安定な時代にある今こそ、多国間主義を強化し、歴史から学ぶべきだ。協力することで、より公正で持続可能な世界を築くことができる」と強調した。

オックスファム・インターナショナルのアミターブ・ベハール事務局長は「国連は資金不足とニーズの増大に直面し、平和と安全を提供する能力が疑問視されている。しかも安保理常任理事国の中には国際人道法違反に加担している国もある」と警告する。

「今こそ政府が国連改革の基盤を築くべき絶好の機会だ。気候危機、格差、民主主義への攻撃、ジェンダー権利の侵害、紛争、飢餓といった複合的危機に立ち向かうために国連を強化しなければならない」。

それでも彼は「私たちは集団行動の力を信じている。今週、オックスファムをはじめとする団体は懸念を表明し、連帯と解決策を提示する。今こそ、指導者たちが未来へのビジョンを示し、それを実現するために行動するときだ」と訴えた。

国連創設前の世界

9月22日、国連総会議長アナレーナ・ベアボック氏は演説で次のように振り返った。
「廃墟と化した国家、7000万人を超える死者、1世代に2度の世界大戦、ホロコーストの恐怖、72の植民地領――これが80年前の世界だった。希望を求めて必死の世界だった。しかし勇敢な指導者たちは国連憲章によって希望を与えた」。

1945年6月26日に署名された国連憲章は、単なる政治的宣言ではなく、国と国民の間の約束だった。
「それは天国を約束するものではなく、憎悪と野心によって再び地獄に引きずり込まれることのないようにする誓いだった」とベアボック氏は述べた。

しかし今、私たちは再び岐路に立っている。ガザの瓦礫の中で食糧を探す孤児、ウクライナの戦争、スーダンでの性暴力、ハイチのギャング、ネット上の憎悪、そして世界各地の洪水や干ばつ。
「これが国連憲章が描いた世界なのか?」と彼女は問いかけた。

過去の試練と現在の課題

ブリュッセルの国際危機グループは先週、「冷戦後の時代に国連が疑念と分裂に直面したのは今回が初めてではない」と指摘した。1990年代のバルカン半島やルワンダでの平和維持の失敗、2003年のイラク戦争を巡る議論など、過去にも困難はあった。しかしその度に加盟国は団結し、改革を進めてきた。今回はそれが可能かは不透明だ。

「未来サミット」で改革が議論される予定だが、平和と安全保障に関する抜本的変革は当面期待できないとグループは警告する。むしろ交渉は、国家間のビジョンの不一致を浮き彫りにしている。

人道支援における国連の力

一方で人道分野では、WFP、WHO、UNICEF、UNHCR、UNFPA、FAO、IOM、OCHAといった国連機関が中心となり、アジア、アフリカ、中東の戦争被災地で食料、医療、避難所を提供している。これらの機関は、国境なき医師団、セーブ・ザ・チルドレン、赤十字、CARE、アクション・アゲインスト・ハンガー、ワールド・ビジョンなどの国際救援団体と協力し、何百万人もの命を救ってきた。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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残酷さの外注化:トランプの大量送還マシン

【ウルグアイ・モンテビデオIPS=イネス・M・ポウサデラ】

2021年8月、タリバンの支配から逃れるため米国に避難した数千人のアフガン人が、今や一度も行ったことのない国への送還に直面している。米軍を支援したがゆえに迫害の危険を冒して逃れてきた人々が、トランプ政権の反移民政策の下で不要な貨物のように扱われている。

トランプが拡大した送還プログラムは、米国内に暮らす推定1000万人の無資格移民を標的としている。これには、不法入国者、ビザ期限切れ、亡命申請却下者、一時保護資格の失効者、あるいは合法的地位を取り消された人々が含まれる。トランプ就任から100日以内に移民税関執行局(ICE)は6万6000人以上を逮捕し、6万5000人以上を国外追放した。8月までに約20万人が送還された。

しかし政権は単に出身国に送り返すだけではない。特に残酷な手法を取り入れているのだ。つながりのない遠方の国に人々を「投棄」しているのである。米政府が政治的目的のために基本的人道原則を無視する姿を、この送還戦略は示している。

米政府はあまり知られていない移民法を根拠に、他国に送還先を求め、資金的誘因や外交圧力で受け入れを迫っている。最近では、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、パラグアイ、さらにアフリカのエスワティニ、ルワンダ、南スーダン、ウガンダなど十数か国が合意した。この地理的広がりは「経由国への送還」という名目を覆し、金銭と引き換えに不要な人間を受け入れる相手を探しているだけであることを示している。

このプログラムは露骨に取引的であり、報酬は直接的な支払い、貿易上の譲歩、制裁緩和や外交上の便益の形をとる。ウガンダは米政府高官に対する制裁の最中に合意に署名し、移民受け入れを外交改善や制裁解除と引き換えにしたとみられる。ルワンダの合意は、米国が仲介するコンゴ民主共和国紛争の協議と同時期に行われ、送還合意が外交交渉の道具にされていることを示唆する。エルサルバドル、エスワティニ、ルワンダのような抑圧的国家の人権状況を、米国が今後批判する可能性は極めて低い。

米国には庇護申請処理を外注してきた長い歴史があるが、トランプ政権はこれを新たな段階に押し上げた。戦争地帯や権威主義国家、さらには刑務所にまで人を送還する用意があるのだ。これらの取り決めは、庇護を求める権利や迫害が予想される場所への送還禁止といった国際法の根本原則に違反している。

特に衝撃的なのは、エルサルバドルの「テロ収容センター」へのベネズエラ人送還である。ここは人権侵害で悪名高い過密刑務所だ。米政府は今年3月、タトゥーや服装といったわずかな根拠をもとに238人のベネズエラ人男性をギャングと決めつけ、迅速送還を正当化した。米国は600万ドルをエルサルバドルに支払い、庇護を求めただけの人々の収監スペースを事実上「購入」したのである。その後、彼らはベネズエラへの囚人交換の一部として送還され、移民が外交の駒にされていることを浮き彫りにした。

トランプの方針は最近の到着者に限られない。従来の国境警備中心の政策と異なり、長年米国で家族や職業、地域社会とのつながりを築いてきた人々も標的にされている。

ない抵抗を呼び起こした。教師が生徒の家族を守り、雇用主が強制捜査への協力を拒否し、宗教指導者が聖域を提供し、地域住民が相互扶助ネットワークや早期警告システムを組織している。

1日3000人の逮捕割当を果たそうとするICEの強化された急襲に対して、人々は全米各地で抗議している。ボストン、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコといった聖域都市では特に抵抗が激しく、ICE職員への直接対峙、送還車両の阻止、空港での抗議、送還ビジネスに関与する企業へのボイコットが展開されている。

その規模は連邦軍による前例のない介入を招き、政府は違法に4000人以上の州兵と700人の海兵隊をロサンゼルスに投入した。

トランプの政策は排外主義と人種差別を正当化し、政治言論を毒し、社会を分断している。世界最強の民主国家が難民を取引可能な商品として扱うならば、世界中の権威主義的指導者たちに「人権は交渉可能だ」との明確なメッセージを送ることになる。

米国はいま、二つの未来の岐路に立っている。人間を輸出すべき問題として扱い、権威主義国家を利し、国際法を損なう「取引的残酷さ」の道を歩むのか。それとも、人道と人権の義務を果たし、安全で合法的な移住経路を提供し、人々が故郷を追われる根本原因の解決を助ける道を選ぶのか。

米国はすべての国外移住管理合意を停止し、庇護希望者を安全でない国や無縁の国へ送還することをやめ、「安全を求めることは罪ではなく基本的人権である」という原則を回復すべきである。

イネス・M・ポウサデラはCIVICUSのシニア・リサーチ・アドバイザーであり、CIVICUS Lensの共同ディレクター兼ライター、『世界市民社会報告書』の共著者である。
インタビューや詳細情報については research@civicus.org まで。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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AIガバナンス:テック大手と権威主義の収斂で揺らぐ人権

【ブリュッセルIPS=サミュエル・キング】

ガザではアルゴリズムが「誰が生き、誰が死ぬか」を決めている。セルビアではAI搭載の監視システムがジャーナリストを追跡し、北京の街頭では自律型兵器が技術力の誇示として行進(軍事パレードや大規模な式典での公開展示を指す:INPSJ)している。これはディストピア小説ではない。現実である。AIが世界を再編する中、この技術を誰が管理し、どのように統治するかという課題は緊急の優先事項となっている。

AIの影響力は、抗議者を追跡できる監視システム、民主主義を不安定化させる虚偽情報キャンペーン、人間の判断を奪い命の選択を機械に委ねる軍事応用にまで及んでいる。十分な安全策が欠如していることがそれを可能にしている。

UN reform should be an ongoing dynamic process and not simply a response to regular US threats to withhold funding. It must be overseen by a specialized unit reporting to the Secretary-General and which should have the power to review the organizational structure, responsibilities, work methods and output of any unit in the Organization or any unit affiliated to with it and make recommendations. Credit: United Nations
UN reform should be an ongoing dynamic process and not simply a response to regular US threats to withhold funding. It must be overseen by a specialized unit reporting to the Secretary-General and which should have the power to review the organizational structure, responsibilities, work methods and output of any unit in the Organization or any unit affiliated to with it and make recommendations. Credit: United Nations
ガバナンスの失敗

先月、国連総会は初の国際的なAI統治メカニズムとして「独立した国際科学者パネル」と「AIガバナンスに関するグローバル対話」の設立を決定した。これは「未来サミット」で合意された「グローバル・デジタル・コンパクト」の一環であり、非拘束的な決議ではあるが、より強固な規制に向けた第一歩となった。しかしその交渉過程では深刻な地政学的亀裂が露わになった。

 Image: Flickr/USDA
 Image: Flickr/USDA

中国は「グローバルAIガバナンス・イニシアティブ」を通じ、完全に市民社会を排除した国家主導型のアプローチを推進し、グローバル・サウスのリーダーとしての地位をアピールしている。AI開発を経済発展や社会目的の道具と位置づけ、西側の技術覇権に対抗する代替モデルとして提示している。

一方、ドナルド・トランプ政権下の米国はテクノナショナリズムを受け入れ、AIを経済的・地政学的レバレッジの道具として扱っている。AIチップ輸入に対する100%関税や、半導体大手インテル株の10%取得といった最近の決定は、多国間協力からの後退と、取引的な二国間関係への傾斜を示している。

欧州連合(EU)は異なる道を歩み、世界初の包括的AI法を制定した。同法は2026年8月に施行され、リスクベースの規制枠組みによって「容認できない」リスクを持つAIシステムを禁止し、その他については透明性を義務づける。前進ではあるが、懸念すべき抜け穴も残されている。

European Commission President Ursula von der Leyen
European Commission President Ursula von der Leyen

例えば、当初はライブ顔認識技術を全面禁止する提案があったが、最終的には限定的使用が条件付きで認められ、人権団体は不十分だと批判している。また、感情認識技術は学校や職場での使用は禁止されたが、治安維持や移民管理では依然として許可されており、既存システムの人種的偏見が記録されていることを考えれば重大な懸念がある。「ProtectNotSurveil」連合は、移民やヨーロッパの人種的マイノリティがAI監視技術の「実験台」となっていると警告している。さらに重要なのは、国家安全保障目的で使用されるシステムや戦争で使用される自律型ドローンがAI法の適用除外とされている点である。

AI開発による気候・環境への影響もガバナンスをめぐる緊急性を増している。AIチャットボットとのやり取りは、通常のインターネット検索の約10倍の電力を消費する。国際エネルギー機関(IEA)は、世界のデータセンターの電力消費が2030年までに倍増以上になると予測しており、その主因はAIだとしている。マイクロソフトの排出量は2020年以降で29%増加、グーグルは2019〜2023年に炭素排出量が48%増加したことから、ウェブサイト上から「ネットゼロ排出」公約を密かに削除した。AI拡大は新たなガス火力発電所建設を促し、石炭火力の廃止計画を遅らせており、化石燃料依存を終わらせる必要性に真っ向から反している。

求められる「旗手」

現状の地域ごとの規制、非拘束的な国際決議、緩やかな業界自主規制の寄せ集めでは、この深刻な影響力を持つ技術を統治するには不十分である。国家の利己主義が人類全体の利益や普遍的権利に優先され、AIを所有する企業はほとんど規制されずに莫大な権力を蓄積している。

Photo: UNMAS, MINUSMA Mark International Day for Mine Awareness. Robots have been deployed for mine clearance by military authorities in many countries, but concerns are rising over regulation of autonomous weapons which use Artificial Intelligence. UN Photo/Marco Dormino
Photo: UNMAS, MINUSMA Mark International Day for Mine Awareness. Robots have been deployed for mine clearance by military authorities in many countries, but concerns are rising over regulation of autonomous weapons which use Artificial Intelligence. UN Photo/Marco Dormino

今後の道筋は、AIガバナンスが単なる技術的・経済的問題ではなく、権力の分配と説明責任に関わる問題であることを認識することから始まる。少数のテック大手にAI能力が集中する現状に切り込まない規制枠組みは必ず不十分となる。市民社会を排除したり、国家間競争を人権保護より優先するアプローチも課題解決にはならない。

国際社会は、10年以上国連で議論が停滞している致死性自律兵器システムに関する拘束力ある合意から始め、AIガバナンスの仕組みを緊急に強化しなければならない。EUは特に軍事利用や監視技術に関するAI法の抜け穴を塞ぐ必要がある。各国政府は、テック大手のAI開発・運用支配に対抗できる調整メカニズムを確立しなければならない。

市民社会がこの闘いを単独で担うべきではない。人権を中心に据えたAIガバナンスへの転換を実現するには、国際制度の内部から「旗手」が現れ、国家の狭い利害や企業利益よりも人権を優先させる必要がある。AI開発が急速に進む中、もはや時間の猶予はない。(原文へ

サミュエル・キングは、CIVICUS(世界市民参加連盟)で活動する「ENSURED:移行期の世界における協力の形成」プロジェクト(EUホライズン欧州研究プログラム支援)の研究員。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ここに太陽が:洪水で水力発電所が破壊され、太陽光発電に注目が集まる

【カトマンズNepali Times=ヴィシャド・ラジ・オンタ】

今月のボテ・コシ川の洪水は、気候変動によってネパールの水力発電所が直面するリスクの高さを示す深刻な警告となった。この災害をきっかけに、太陽光発電の可能性に関心が高まっている。ネパールはこれまでほぼ完全に水力に依存したエネルギー戦略を進めてきたが、近年は大規模太陽光発電のコストが低下し、有力な代替手段となりつつある。

ネパールの総発電設備容量は約3,800MWに上るが、太陽光の割合はわずか0.1%に過ぎない。世界が太陽光を利用できるようになった背景には、中国の生産力がある。過去10年でソーラーパネルの価格は最大90%も下がった。

「太陽光の利点のひとつは、プロジェクトの立ち上げの速さです。100MWの水力発電所には10年かかることもありますが、同規模の太陽光発電所なら半年で稼働可能です」と、WindPower社のクシャル・グルンは説明する。

ネパールでは地すべりや洪水、地震が頻繁に水力発電所を損傷してきた。先週のラスワの洪水では、トリスリ川沿いの4つの発電所が計230MW分の発電能力に打撃を受けた。昨年9月の洪水では、456MWのアッパー・タマ・コシ水力発電所が深刻な被害を受けた。これによりネパール電力公社(NEA)や民間事業者は収益を失い、余剰電力をインドに輸出できなくなった。一方、太陽光発電所が被害を受けても、数週間の修復で再稼働が可能である。

ただし「最大の制約は土地です」とグルンは指摘する。「5~10MWを容易に生み出せる小規模な水力に比べ、1MWの太陽光発電所には500㎡の土地が必要です。」

設置場所も重要だ。最適な地域はムスタンで、単位面積当たりの日射量が最も多い。タライ平原も日照はあるが、雲や霧、大気汚染の影響で放射量は低下する。気温が高いと太陽電池の効率も下がる。

「1kWのパネルなら、ムスタンでは1日に6~7ユニット発電できますが、タライではその半分です」とグルンは説明する。

Nepali Times

太陽光のもう一つの利点は分散型であることだ。送電網が不安定で地形が険しいネパールでは、大規模ダムや送電線の建設が難しい。だが家庭用ソーラーは簡単に設置でき、バッテリーと組み合わせれば朝晩も安定した電力を供給できる。

水力ダムは肥沃な谷を水没させ、生態系に影響を与え、住民を移住させる。しかしNEAや電力事業者は水力に固執し、太陽光への転換に消極的である。

一方、GhamPower社は積極的に太陽光に参入し、貧困層にもパネルを導入できる資金調達を提供し、ソーラーマイクログリッドを展開している。同社は2,500件の応募の中から10社の一つとして、インパクトの大きなクリーンエネルギー事業に贈られる5万ドルの「キ―リング・カーブ賞」を受賞した。

また、農家に井戸水を通年で利用できるソーラーポンプを導入し、僻地の診療所には保育器や滅菌器、保温器など出産時や新生児ケアに必要な機器を動かすソーラーシステムを設置してきた。

「産業界にはソーラーに最適な未利用の屋根が多くあります。これを利用すれば電気料金削減につながります」と、Gham Powerのプラディプ・フマガインは語る。ただし国の政策には欠陥がある。産業用ソーラーの発電容量は1MWに制限されており、「この制限は意味をなさず、撤廃すればむしろNEAにとって産業への電力供給が容易になります」と指摘する。

ネパールのエネルギーミックスは、将来の氷河湖決壊による水力発電壊滅リスクを減らすため、太陽光や風力、地熱といった再生可能エネルギーに拡大すべきである。リバースメータリングが導入されれば、太陽光発電者が余剰電力を売電でき、時間別料金制度で負荷の平準化も可能になる。

SDGs Goal No. 7
SDGs Goal No. 7

「エネルギー政策は水力90%、その他10%に偏っています。少なくとも30%は太陽光を目指すべきです」とグルンは訴える。

ネットメータリングとは、家庭用ソーラーを送電網に接続し、昼間に発電した余剰電力を“輸出”して、他の時間帯に使用した電気代と相殺する仕組みである。実質的に送電網がバッテリーの役割を果たすことになる。

しかしNEAは水力に固執し、ネットメータリングを長年拒んできた。2018年に政府が制度を承認したものの、NEAは本格的に採用しなかった。さらに、導入例がほとんどないままNEAは「ネット課金」方式に切り替え、売電価格を購入価格より安く設定して1対1の相殺をやめた。

そのうえ、NEAは2022年7月にネットメータリング自体を廃止した。これは導入した利用者や事業者を不意打ちし、投資家の信頼を失わせ、今後の投資意欲を冷やした。技術的にはすでに実現可能だが、ネパールに必要なのは政治的意思である。水力と太陽光を競わせるのではなく、可能な限り再生可能エネルギーを生み出す政策こそが求められる。

さらに太陽光以上に効率的なのが風力発電である。必要な土地面積の面でもよりコスト効率が高く、水力より設置も容易だ。

インドと中国はすでに風力タービンブレードの最大の生産国である。ネパールは海岸線を持たず風力に不利だが、ヒマラヤ北側の地域では導入の可能性がある。ただし道路整備が課題だとグルンは言う。(原文へ

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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正義が死んだ日

― 数千件の犯罪記録が灰と化した運命の日を、政府弁護士が振り返る ―

【カトマンズNepali Times=ママタ・シュレスタ】

火曜日、抗議者たちがマンダラにある特別政府弁護士事務所を放火しながら、政府の腐敗を糾弾するスローガンを叫んでいた。しかし実際には、この事務所こそが政府の腐敗事件を積極的に捜査・起訴していた場所だった。その事件記録が今やすべて灰になってしまったのだ。

襲撃者たちは部屋ごとに建物を荒らし、焼き払った。彼らは「13歳の少女ニルマラ・パンタが7年前にカンチャンプルで強姦・殺害された事件の犯人を捕まえられない政府」に抗議しているつもりだった。
だが実際には、地区政府弁護士事務所はニルマラよりもさらに幼い被害者を持つ強姦・虐待事件の捜査を指揮していた。

私自身も政府弁護士になる前は一市民として、ニルマラ事件のことをメディアで知っていた。それは国を揺るがす大事件であり、私が耳にした中で最大の強姦事件だった。しかしいざ自分が政府弁護士として机に向かうようになると、毎日必ず新しい強姦事件の捜査記録が届いた。これは全国規模で続く連続的な恐怖だった。加害者は見知らぬ他人ではなく、父親、兄弟、継父、教師、運転手など被害者の身近な人々だった。

起訴状にはネパール各地、あらゆる年齢層の加害者と被害者が名を連ねていた。法廷に持ち込むすべての記録は、せめて自分に対する犯罪を認めさせ、加害者を裁いてほしいという誰かの願いだった。だが今、それらすべての記録が失われた。

今週、シンハダルバールの政府データセンターが放火から守られたというニュースには安堵した。だが私たちの記録はすべて失われた。証拠はデジタル化されず、バックアップもなかった。紙とインク、緑の紐で綴じられた脆いファイルにしか存在していなかった。

建物が燃えた時、それは犯罪の唯一の記録と加害者の身元も同時に消え去ったことを意味する。地下室いっぱいに積まれていたそうしたファイルを想像してほしい。それぞれが被害者の顔、人生を表していた。今や1万件以上の事件が灰となってしまった。

Photo: HEMANTA SHRESTHA
Photo: HEMANTA SHRESTHA

シンハダルバールは地震の後と同じように、また一から積み上げれば再建できるだろう。だが誰がこの事件記録を再建できるというのか。

SNSでは政治家の自宅に隠された現金や焼け焦げたドル紙幣の写真が出回った。しかし、犯罪記録が詰まった建物全体が炎に包まれる映像は報じられなかった。火曜日にカトマンズの空を覆った煙は、数千人の被害者――その多くが若い女性――の正義への希望をも運び去ってしまった。

2025年9月8日 ― あの日

私たち政府弁護士の職務は、犯罪捜査を指揮し、事件を起訴し、法廷で主張し、控訴を行うことだ。普段なら、一日に少なくとも5件の刑事事件を担当する。

その8日、Z世代の抗議者たちがマンダラに集まる中、私たちは警察クラブで初の女性政府弁護士会議に参加していた。最も鮮やかな青いサリーの制服にアイロンをかけたブラウスを着て、頭を高く掲げ、女性弁護士として女性に対する暴力事件の最多起訴件数を導いたことを誇りに祝った。

だが午後4時、議会外でデモ参加者が銃撃されたという報を受け、式典は中断された。司法長官から直ちに帰宅するよう指示があり、会場を後にした。私たち若手の女性弁護士数名と一人のベテラン女性弁護士は一緒にバドラカリを通り、事務所へ向かった。

そこで怒れる群衆と遭遇した。制服姿の私たちを見るなり、彼らは激しい罵声を浴びせた。名誉毀損訴訟を起こせるほどのひどい言葉だった。私たちは俯きながら歩いた。唾を吐きかけられた。彼らは政府への怒りを私たち公務員にぶつけていた。だが、彼らが唾を吐いたその女性弁護士こそ、ネパール女性に平等な財産権を与える法律を切り拓いた人物だったのだ。彼女は私たちにとって英雄であり、法学の教科書に名を刻んだ人だった。

私たちは怒りから逃れようと走り、特別政府弁護士事務所にたどり着いた。群衆は外にとどまり、私たちは2時間、祈るように沈黙しながら、道が静まるのを待ち、ようやく家に帰ることができた。

翌9日はさらに悪化した。抗議者たちはすでに議会、シンハダルバール、最高裁判所を焼き払い、次に政府弁護士事務所に火を放った。

焼失したのは建物だけではない

ネパール人として、抗議者の怒りは理解できる。しかし政府弁護士として、私は深い傷と空虚を抱える。

これは建物の損失や唾を吐かれたことの問題ではない。数千人の被害者の物語が詰まった記録の消失なのだ。多くの被害者は、自らの正義への闘いが終わってしまったことすら知らない。

私たちはいかなる政党にも属さない公務員であり、誠実かつ独立して職務を果たしてきた。「正義」を求める名のもとで、人々はその正義を実現していた場所そのものを破壊してしまった。(原文へ

ママタ・シュレスタは地区政府弁護士補佐。

INPS Japan

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国連ハイレベル会合で「事実上のブラックリスト」に置かれるNGO

【国連IPS=タリフ・ディーン】

9月22日から30日にかけて、世界の政治指導者150人以上が参加するハイレベル会合が開催される。しかしその期間、数千の国際NGOと国連に認可された代表者たちは、例年通り国連本部への立ち入りを禁止されるか、極めて限定的にのみ許可されることになる。

今年も例外ではない。先週、国連は職員・記者・NGOに対し、サミット期間中の厳格な規則を通知した。市民社会組織(CSO)やNGOのメンバーがハイレベル会合やその他のイベントに出席するには、有効なNGOパスに加え、特定の会議・日付・時間を明示した特別イベントチケットを常に携行する必要がある、とされている。
通知は警告する。「9月22日から30日までの週、国連NGOパス単体では入場できない。

NGOは国連内外で重要な役割を果たしてきた。故コフィ・アナン元国連事務総長(1997~2006年)は、NGOを「世界の第三の超大国」と評した。アシャ=ローズ・ミギロ元副事務総長(2007~2012年)も国連会合で「国連は実質的にあらゆる活動でNGOコミュニティとのパートナーシップに依存している。」と述べていた。

サハラ以南アフリカの平和構築、中南米の人権、カリブ海の災害支援、中東の地雷除去―いずれの分野でも国連は市民社会組織の活動に頼っている。

人道支援で大きな役割を果たすNGOには、オックスファム、ケア・インターナショナル、国境なき医師団、赤十字国際委員会(ICRC)、赤新月社、セーブ・ザ・チルドレン、アクション・アゲインスト・ハンガーなどがある。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

2020年、国連憲章75周年のイベントでアントニオ・グテーレス現国連事務総長は、市民社会が国連創設のサンフランシスコ会議以来重要な声を担ってきたと強調した。「難民キャンプでも、会議室でも、街頭や広場でも、常に我々と共にあった。人権擁護、反人種差別、平和構築、気候行動、ジェンダー平等、人道支援、軍縮―どの分野でも欠かせない存在だ」と語った。

しかし、こうした賛辞にもかかわらず、国連はハイレベル会合時にNGOのアクセスを制限する方針を変えていない。国連は毎年恒例のこの「市民社会の排除」を「安全上の理由」と正当化している。現在、国連経済社会理事会(ECOSOC)に協議資格を持つNGOは6400以上にのぼる。

市民社会の声

国際市民社会連盟(CIVICUS)のマンディープ・S・ティワナ事務総長はIPSの取材に対して、「毎年、国連の使命達成を支え、市民のニーズを代弁している市民社会代表が、厳格に審査された年次パスを持ちながらも総会週に体系的に排除されるのには失望している。」と語った。

「重大な決定や論争的な議論が行われる場で市民社会を一律に排除するのは、意思決定者と関与する絶好の機会を失っている。」と彼は指摘する。

「こうした非対称性こそ、私たちが国連に『市民社会特使』を設置するよう求めてきた理由だ。特使がいれば、市民社会との関与を制度化し、国連全体で一貫した参加の枠組みを整え、世界の人々への発信を強化できる。」

The 2nd meeting of state parties to TPNW will take place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December this year.
The 2nd meeting of state parties to TPNW will take place at the United Nations Headquarters in New York between 27 November and 1 December this year.

グリーンピース・インターナショナルのマッズ・クリステンセン事務局長もIPSの取材に対して、「気候変動の最前線に立つ地域社会や島嶼国、そして未来を託された若者の声が国連で聞かれなければならない。国連憲章冒頭の『われら人民』が単なる『利害関係者の意見聴取』に矮小化されてはならない。市民社会は『意思決定の場そのもの』にいなければならない。」と語った。

国際市民社会行動ネットワーク(ICAN)のサナム・B・アンダリニ創設者は、「国連総会からのNGO排除は皮肉で悲劇的だ。」と批判した。「私たちは紛争や人権侵害、国際法の蹂躙に警鐘を鳴らしてきた。そして何より国連システムの強力な支持者でもある。だがその国連は私たちを支えてはくれない。」と語った。

彼女はさらにこう続けた。「今日、市民社会は政治的・財政的にかつてない圧力にさらされている。それでも私たちは人道危機の最前線で活動し、暴力を抑止し、社会的ニーズに応えている。権力者が責任を放棄する中、最も力なき人々が責任を背負っている。国連は市民社会の参加を排除するのではなく、むしろ後押しすべきだ。」

民主主義の視点から

「国連は権威主義国家による市民社会団体の正統性否定や排除の動きに抗うべきだ。」と語るのは、国境なき民主主義(Democracy Without Borders)のアンドレアス・ブメル事務局長である。

彼は、国連がUN80イニシアチブに見られるようなコスト削減改革の圧力に直面する中でこそ、市民社会や市民、大衆とより強固に関わる必要があると強調した。「国連総会の一般討論の場でNGO代表を入場させないのは、またしても機会を逸している。」と彼は結んだ。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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国連事務総長「軍事費の増大は優先順位の誤りを示す」

国連事務総長が世界の軍事費に関する報告書を発表する直前、イスラエルがカタールの首都ドーハでハマス関係者を標的とした攻撃を行ったというニュースが入った。アントニオ・グテーレス事務総長は「この攻撃は、平和の構築よりも戦争遂行に遥かに多くの資金が注がれているという厳しい現実を浮き彫りにしている」と述べた。
【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】

世界の軍事費は20年以上増加を続け、2024年には全5地域で急増し、過去最高の2兆7000億ドルに達した。だがこの増大は、持続可能な開発努力から資金を奪い、すでに逼迫している財政状況にさらなる圧力を加えていると国連とそのトップは警告している。

United Nations

グテーレス事務総長は加盟国に対し「世界の安全と開発を守るためには、外交と多国間主義を優先すべきだ。」と訴えた。彼の新しい報告書『私たちに必要な安全保障:持続可能で平和な未来に向けた軍事費の再均衡』は、軍事費が増大する一方で開発資金が減少している実態を詳述している。

地域紛争と軍事優先の拡大

緊張と紛争が高まる中、各国は安全保障を軍事力と抑止力で確保しようとしている。紛争当事国に隣接する国々が「紛争波及の外的リスク」を抑えるため軍事費を増やす傾向も報告書は指摘している。

軍事費の対GDP比も上昇し、2022年の2.2%から2024年には2.5%に拡大。2024年に100カ国以上が軍事費を増額し、上位10カ国で世界支出の73%を占めた。欧州と中東での伸びが顕著で、アフリカは全体の1.9%にとどまった。

一人当たりに換算すると、2兆7000億ドルは世界の誰もが334ドルを負担する規模である。これはCOVID-19ワクチン総支出の17倍、アフリカ全諸国のGDP合計に相当し、OECD開発援助委員会(DAC)加盟国が2024年に拠出したODAの13倍である。国連の年間予算の750倍にもなる。

UN Secretary-General António Guterres (left) address reporters in New York at the launch of his new report on global military spending in 2024.  Credit: Naureen Hossain/IPS
UN Secretary-General António Guterres (left) address reporters in New York at the launch of his new report on global military spending in 2024.  Credit: Naureen Hossain/IPS
開発資金のギャップ拡大

一方で開発資金は軍事費に追いつかず、ODAも減少傾向にある。持続可能な開発目標(SDGs)の年間資金ギャップはすでに4兆ドルに達し、今後6兆4000億ドルに拡大する恐れがある。SDGsの2030年達成はますます遠のいている。

報告書はまた、軍事費増加により各国予算の社会投資配分が削減され、教育・医療・クリーンエネルギー分野に悪影響を及ぼしていると指摘する。1億ドルあたりの雇用創出数は軍事分野で1万1000件に対し、医療分野では1万7200件、教育では2万6700件と、社会部門の方が効率的だという。

国連高官の警告

報告書発表の場で、中満泉・国連軍縮担当上級代表は「軍事化が開発より優先される体系的不均衡が世界的に進んでいる。」と述べた。「人間中心で国連憲章に根ざした新しい安全保障のビジョンが必要です。国境ではなく人々を守り、制度や公平性、地球の持続可能性を優先するビジョンです。」と語った。

国連開発計画(UNDP)の徐浩良・事務局長代行も「世界は分断が深まり、ODAは減少し、人間開発の進歩は鈍化している。しかし開発こそ安全保障の原動力であり、多国間の開発協力は有効に機能する。」と強調した。

彼は、人間開発指数の伸びが過去2年間で著しく鈍化していると警告し、この30年間で積み上げてきた進歩が逆行する恐れがあると述べた。

軍事費が生む負担と代替可能性

軍事費は先進国・途上国双方の債務負担を増すが、とりわけ途上国への打撃が大きい。国内資源が開発から軍事に振り向けられるだけでなく、国際援助も減少しているためである。低・中所得国では軍事費が1%増えると、ほぼ同程度の公衆衛生支出が削減される傾向が見られる。

グテーレス事務総長は、政府が国民保護や差し迫った脅威への対応といった正当な安全保障責任を担うことを認めつつも、「軍事費だけでは持続的な安全は得られない」と強調した。

「人々への投資こそが暴力への第一の防衛線です。軍事費の一部を教育・医療・エネルギー・インフラに回すだけで、重大な欠落を埋めることができます」と述べた。

「過剰な軍事費が平和を保証しないことは明らかです。むしろ軍拡競争を煽り、不信を深め、安定の基盤から資源を奪っています。」と警鐘を鳴らした。

国際社会への5つの提言

報告書は、軍事費の是正と外交的対話を促進するために次の5点を国際社会に提案している。

  1. 紛争の平和的解決と信頼醸成措置を優先し、軍事費増大の根本原因に2030年までに取り組む。
  2. 軍事費を軍縮議論の中心に据え、軍備管理と開発の連携を強化する。
  3. 軍事費の透明性と説明責任を高め、加盟国間の信頼構築と国内財政の健全性を強化する。
  4. 開発資金の多国間協調を再活性化する。
  5. 人間中心の安全保障と持続可能な開発を推進する。
イスラエルのドーハ攻撃を非難

報告書発表直前、イスラエルがハマス幹部を標的にドーハで空爆を行った。カタールはイスラエルとハマスとの停戦交渉における主要な仲介者の一つとされる。グテーレス事務総長はこの攻撃を「カタールの主権と領土保全に対する明白な侵害」と非難した。「この攻撃は、平和の構築よりも戦争遂行に遥かに多くの資金が投じられているという厳しい現実を示している。」とグテーレス事務総長は重ねて述べた。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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宗教指導者、アスタナ会議で対話と連帯を呼びかけ

【アスタナThe Astana Time=アイマン・ナキスペコワ】

第8回世界伝統宗教指導者会議が9月17日、カザフスタンの首都アスタナで開幕し、世界の主要宗教の代表、宗教団体や市民組織、政府高官など100の代表団が参加した。地政学的緊張や危機が高まる中で、カザフスタンが改めて宗教間対話の世界的拠点として位置づけられる場となった。

Sheikh Dr. Mohammad Abdulkarim Al-Issa, Secretary-General of the Muslim World League. Photo: Wikimedia Commons

開会初日には、人類の精神的・社会的発展における宗教指導者の役割をテーマにパネル討議が行われた。

イスラム世界連盟事務総長のモハンマド・アブドルカリム・アル=イッサ博士は、世界的な暴力と不信感の拡大に言及し、平和こそが第一の目標であると強調した。カザフスタンが精神的リーダーシップを推進していることを称賛しつつ、次のように語った。

「宗教指導者はその精神的権威によって信徒の心に大きな影響を及ぼします。価値観や伝統が異なっても、我々を結びつけるのは人間に普遍的な道徳です。責任は単なる象徴ではなく、対話と誠実さを通じて具体的な行動へと移されなければなりません。」

シナジー(相乗効果)への期待

ローマ教皇レオ14世は特別メッセージを寄せ、「分断された世界に癒やしをもたらすために集った。」と述べた。

Photo credit: Dicastery for Interreligious Dialogue
「暴力的な紛争が続く時代において、宗教間対話の重要性はこれまでになく高まっています。シナジーとは、互いに、そして神と共に働くことである。」とし、連帯を「隣人愛を世界規模で実践する行為」と位置づけた。

差異を消すのではなく、多様性を相互の豊かさの源泉とするよう呼びかけた。

Patriarch Kirill of Moscow Photo: Katsuhiro Asagiri

モスクワ総主教キリルは2012年のカザフスタン訪問と第4回会議を振り返り、「この会議は権威ある国際的プロセスに成長した」と評価した。「伝統宗教の違いがあっても、神への信仰とそれに基づく道徳で一致できる。真に信仰深い社会では、歴史が示すように平和と繁栄が可能だ。」と語った。

エルサレム総主教テオフィロス3世も、自らのアスタナ会議への参加経験を踏まえて次のように語った。「真の理解と相互尊重、共存は真摯で継続的な対話によってしか実現できません。対話とシナジーは相互に涵養し合い、未来の行動原理とならねばなりません。」

分断より対話を

世界道教連合会会長の李光富師は、政治的攻撃や環境危機など、世界が直面する課題に触れ、対話と協力こそが前進への道であると強調した。

「差異は対立の理由ではなく、むしろ相互支援と理解の基盤です。真の努力とは差異を消すことではなく、共通の願望に基づく合意形成を追求することなのです。」と語った。
Group photo of delegates. Photo credit: Akorda
Group photo of delegates. Photo credit: Akorda
国連からのメッセージ
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

国連のアントニオ・グテーレス事務総長はビデオメッセージで、カザフスタンの開催と宗教間対話推進への貢献に謝意を表した。

「国連は対話が平和を導くという信念の下に設立されました。分断と危機が深まる今こそ橋を架ける努力が必要です。宗教・精神的指導者は共通基盤を築くうえで不可欠であり、不寛容に抗い、希望を鼓舞する力を持っています。」と述べた。

多彩な発言者たち
Palace of peace and reconciliation, CC BY-SA 3.0
Palace of peace and reconciliation, CC BY-SA 3.0
Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC
Mr. Miguel Ángel Moratinos/ UNAOC

このほか、イスラエルの最高ラビ、カルマン・メイール・バー師、国連文明の同盟上級代表のミゲル・アンヘル・モラティノス氏、英国国教会の初代主教ジョー・ベイリー・ウェルズ氏、イランのイスラム文化交流機構代表モハンマド・マフディ・イマニプール博士、OSCE(欧州安全保障協力機構)少数民族高等弁務官クリストフ・カンプ氏などが発言し、世界的危機への対応において、対話、寛容、連帯を指導原則とする決意を改めて示した。

会議に先立ち、「アスタナ・タイムズ」はカザフスタン国内のユダヤ教バハイ教ロシア正教会ペンテコステ派イスラム教カトリック仏教(長岡良幸創価学会国際渉外局長)などの宗教指導者へのインタビューを掲載し、多様な信仰共同体の声を紹介している。(原文へ

INPS Japan/The Astana Times

Original URL: https://astanatimes.com/2025/09/religious-leaders-call-for-dialogue-solidarity-at-congress-in-astana/

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トカエフ大統領、宗教指導者会議で平和を訴え

【アルマトイThe Astana Times=アヤナ・ビルバエヴァ】

カシム=ジョマルト・トカエフ大統領は9月16日、アスタナで開幕した第8回「世界伝統宗教指導者会議」で演説し、激化する国際緊張の中で、人類共通の価値観に基づく建設的対話の必要性を訴えた。

会議の意義と将来構想

大統領は、創設以来この会議が世界的課題について自由に議論できる貴重な場を提供してきたと指摘。参加者の提言に基づき、事務局が2033年までの発展構想を策定し、平和・共生・道徳的原則の共有といった共通目標を掲げたことを明らかにした。「会議の最終宣言が国連総会の公式文書として配布されている意義は大きい」と強調した。

宗教遺産の保護

国連文明の同盟(UNAOC)が会議の一環として宗教遺産保護に関する特別会合を開催したことを評価し、カザフスタンが聖地保護に取り組んでいる姿勢を示した。同国には18の宗派を代表する約4000の宗教団体が活動している。「聖域や宗教的象徴を守ることは、人類文明の基盤を守ることに直結する」と語った。

紛争リスクと外交の役割

大統領は、制裁や軍拡競争が激化し、核紛争の危険性が高まっていると警告した。「この厳しい現実の中で、建設的な外交こそが対話を促進し、疎外を克服し、国際舞台で信頼を築く主要な手段であるべきだ」と述べた。

さらに会議の枠組みで「平和運動」を立ち上げることを提案。その道徳的中核を宗教指導者が担い、信徒や政策決定者、NGO、専門家、若者を結集させて、暴力の終結と平和的解決を求める非政治的イニシアティブとする考えを示した。

気候変動への取り組み

気候変動を「科学的・経済的課題ではなく、人類に突きつけられた根本的な道徳的課題」と位置づけ、宗教指導者の積極的な関与を要請した。「生態学的破局を前にして、国際的な団結を強化し、地球規模と地域レベルで努力を調整することが不可欠だ」と訴えた。

さらに、精神的伝統に根ざした「気候変動対策における宗教指導者の役割」に関する共同宣言の作成を提案し、脆弱な地域への責任を強調した。

デジタル時代の倫理課題

人工知能(AI)の急速な進展に対応するため、宗教間の「AI開発倫理委員会」を設立し、普遍的原則を定めることを呼びかけた。「アルゴリズムに対する一種の戒律が必要だ。人間の尊厳の尊重、差別の排除、そして重大な決定における監督が含まれる」と述べた。

若者の役割

最後に大統領は、若手指導者の育成に言及。2回目となった「若手宗教指導者フォーラム」が新世代の対話と協働への意欲を示したと評価した。「我々に課せられた共通の責務は、この新しい世代の精神的リーダーを支えることだ」と強調して演説を締めくくった。(原文へ

INPS Japan/The Astana Times

Original URL: https://astanatimes.com/2025/09/tokayev-calls-for-peace-at-congress-of-leaders-of-world-and-traditional-religions/

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|第8回世界伝統宗教指導者会議|危機を超えて対話を(長岡良幸創価学会国際渉外局長インタビュー)

【アスタナINPS Japan/The Astana Times=ナギマ・アブオワ】

Photo credit: senate.parlam.kz
Photo credit: senate.parlam.kz

「持続的な平和のためには宗教間対話が不可欠です。」と、創価学会の国際渉外局長である長岡良幸氏が『アスタナ・タイムズ』のインタビューで語った。9月17~18日に中央アジアのカザフスタン共和国の首都アスタナで開催されている第8回「世界伝統宗教指導者会議」において、長岡氏は創価学会のこれまでの参加経験、カザフスタンの平和への取り組み、そして対話構築における青年の役割について言及した。|アラビア語中国語| スペイン語英語ヒンドゥー語|

創価学会と国際的ネットワーク

1930年代に設立された日本発祥の仏教団体創価学会(価値創造の団体という意味)は、日蓮大聖人の教えに根差し、「生命の尊厳」と「一人ひとりの力」を強調してきた。その後、日本有数の宗教団体へと成長し、教育・文化活動や地域社会への貢献を展開している。1975年に国際的ネットワークとして創価学会インタナショナル(SGI)が正式に設立され、現在は190を超える国と地域を結び、平和構築、宗教間対話、人権推進を主要な活動分野としている。

会議を通じた交流の拡大

Yoshiyuki Nagaoka, an executive director of the Soka Gakkai Office of International Affairs. Photo credit: Soka Gakkai

長岡氏によると、創価学会が初めて世界伝統宗教指導者会議に本格参加した2018年の第6回会議は、国際的な宗教対話を大きく広げる転機となったという。

「この会議には、日本ではほとんど馴染みのない宗教も多数参加しています。日本国内のイスラム教徒は少ないため、多くのイスラム団体と直接交流できたことは極めて貴重な機会となりました。」と語った。

「他宗教の指導者との関わりは、平和を共に追求する上で新たな展望を開き、連帯を大きく拡充する契機となりました。」とも語った。

さらにカザフスタンが果たす平和構築の役割に言及し、1991年の核兵器放棄や中央アジア非核兵器地帯条約の推進を高く評価した。2019年には寺崎広嗣氏を団長とするSGI派遣団が東カザフスタン州セメイを訪問し、ネバダ・セミパラチンスク運動の創始者オルジャス・スレイメノフ氏と会ったことも回想した。

「広島・長崎への原爆投下の悲劇に日本と共に立ってくれることに感謝しています。」と述べ、国連の協議資格NGOとしてカザフスタンと核廃絶に向けた連携を一層強化していく意向を示した。

デジタル時代の若者の役割

今回の会議では「青年宗教指導者フォーラム」も開催される。長岡氏は、技術革新に伴う世代間の変化の中で、若者が対話に新しい活力をもたらすと強調した。

「インターネットやスマートフォンの爆発的な発展により、若者と高齢世代の思考や生活は大きく異なってきています。若者は他国の文化や生活様式に容易に触れられるようになり、相互理解への第一歩を踏み出しやすくなっています。」と語った。

Asian businessman standing and using the laptop showing Wireless communication connecting of smart city Internet of Things Technology over the cityscape background, technology and innovation concept
Asian businessman standing and using the laptop showing Wireless communication connecting of smart city Internet of Things Technology over the cityscape background, technology and innovation concept

一方で、他文化への接触が必ずしも寛容につながるとは限らず、排外主義を助長する危険性にも注意を促した。

「だからこそ創価学会は、万人の尊厳を尊重する信仰に基づき、他者や異文化を尊重する若者を育むことを重視しています。」と語った。

また、故池田大作SGI会長が提唱してきた「世界市民の育成」にも触れ、創価学園や創価大学を含む教育機関の卒業生が国連など国際機関で活躍していることを紹介した。

世界観を広げた出会い

長岡氏は、創価学会の日刊紙「聖教新聞」の米国特派員時代の経験が自身の宗教間対話への姿勢を形づくったと振り返る。彼は、伝統を超えた連帯の必要性を強調する宗教指導者や学者とのインタビューを思い起こした。

「モアハウス大学キング国際礼拝堂のローレンス・E・カーター師は、公民権運動の指導者キング牧師の遺志を受け継ぐことに生涯を捧げた人物です。彼はバプテスト派の牧師として任命されましたが、池田大作SGI会長の思想と出会ったことをきっかけに仏教思想に強い関心を抱くようになりました。」と長岡氏は語った。

また、ハーバード大学のヌール・ヤルマン教授とも出会い、彼が仏教徒に対し、キリスト教とイスラム教の架け橋となり得る可能性を見いだしていたことを紹介した。

「このように、人類社会の未来に真摯に心を砕く人々との数々の出会いが、私の中に他者への深い寛容の感覚を育み、世界観を広げてくれました。」と長岡氏は語った。

この会議は緊急の危機が山積する中で開催され、対話が果たして即時的な解決をもたらせるのかという疑問も投げかけられている。長岡氏はこうした緊張感を認めつつも、その目標を達成するには忍耐と粘り強さが不可欠だと強調した。

忍耐と行動の継続

Photo: Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.
Photo: Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.

彼は、池田大作氏が歴史家アーノルド・J・トインビー、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ元書記長、ハーバード大学の経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスらと交わした対話を想起し、それが冷戦から環境問題に至るまで幅広い課題を取り上げたことに触れた。

「池田氏は、一度の対話で大きな変革がもたらされることはないと理解しており、常に忍耐と粘り強さの重要性を強調していました。」と長岡氏は語った。

さらに同氏は、宗教指導者が政治の意思決定者に取って代わることはできないが、彼らの継続的な対話は地域社会を超えた理解を広げる助けとなると付け加えた。

「宗教と政治の関係、さらには宗教と政治のかかわり方は、国ごと、地域社会ごとに大きく異なります。したがって、宗教指導者が差し迫った課題にどう関わるかも、国や地域ごとに異なるのです」と長岡氏は語った。

祈りと共感が築く共生

会議の成果については、宗教指導者が示すべき最大の貢献は「祈り」と「共生の理念」であると語った。

「祈りは宗教の根本実践であり、どれほど社会が変化しても人間の精神を育む不可欠な営みです。」と強調した。

神学的な違いは分断の要因ではなく、人類の多様性の表れとして受け止めるべきであり、共感を通じてこそ平和の基盤を築けると確信している。

Group photo of delegates.  Photo credit: Akorda
Group photo of delegates. Photo credit: Akorda

「宗教間対話は政治家の会見ほど派手に報道されることはありません。しかし、この会議は人類を平和へと導く確かな進展につながると確信しています。」と結んだ。(原文へ

INPS Japan/ The Astana Times

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