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新設「平和委員会」と国連の将来をめぐり世界首脳に亀裂

【ダボスATN=ATNチーム】

ドナルド・トランプ米大統領は木曜日、スイス・ダボスで開かれている世界経済フォーラム(WEF)年次総会で、新組織「平和委員会(Board of Peace)」の発足を正式に発表した。新組織は、ガザを皮切りに停戦と紛争解決を促す国際的な枠組みとして位置づけられる。ただ、式典と周辺の外交的演出は、国連の役割をめぐる根強い緊張を浮き彫りにし、複数の主要国が非公開で抱く不安も明らかにした。

トランプ氏はダボス会議センターで厳重に管理されたイベントを開催し、支持国の外相や高官に囲まれて設立憲章に署名した。壇上で同氏は、この構想を「既存の仕組みが機能しなかった現場に、安定と実務的な解決策をもたらす真剣な取り組み」と説明し、「可能な限り国連や他の機関とも連携する」と強調した。

一方、国連は引き続きガザの人道支援の調整を担い、安全保障理事会や事務総長特使を通じた外交努力も主導している。ダボスに出席した複数の外交官は非公式に、平和委員会は補完的と位置づけられているものの、すでに複雑化した紛争環境において権限の境界を曖昧にしかねないと語った。

カメラのない非公開会合では、複数の国連加盟国の外交官が、委員会の活動が国連の権限とどのように関係づけられるのか、具体的な説明を求めていると述べた。停戦監視、人道支援の調整、復興に向けた調整など、国連の任務との整理が焦点だ。匿名を条件に取材に応じた欧州の高官は、懸念の対象は「平和という目的」ではなく、それを取り巻く「制度設計」だと語った。

「国連憲章の下に、国際的に承認された制度がすでにある」と同氏は述べた。「並行する仕組みが立ち上がれば、責任分担が明確でない限り、実務上の混乱を招きかねない」。

署名式典に主要国の姿がなかった点も目立った。中東、アフリカ、小規模な欧州諸国の代表団は参加した一方、フランス、英国、ドイツ、中国は憲章に署名しなかった。ロシアは「提案を精査中」としている。

ダボスにいた国連関係者は、直接的な批判を避けつつ、国連の中心的役割を強調した。国連高官は記者団に対し、国連は国際法の下で平和維持、紛争仲介、強制措置を担ううえで「普遍的な正当性」を持つ唯一の機関だと述べ、いかなる取り組みとも協力するかどうかは、既存の権限(マンデート)を尊重するかにかかっていると付け加えた。

ただ舞台裏では、より率直な声も出た。複数の小国の外交官は、参加に圧力を感じたと認めた。

「私たちは平和の取り組みに反対しているわけではない」と、会場近くのホテルでアフリカの当局者は述べた。「しかし、米大統領からの個人的な招待を断ることには政治的コストが伴う。」

アラブ諸国の高官も同様の認識を示し、参加は委員会の制度設計を全面的に支持するというより、戦略的判断として受け止められていると述べた。「ワシントンが新しいテーブルを作るとき、その場にいないわけにはいかない。」と同氏は語った。

湾岸諸国の代表団は、イベントに伴う対応が特に組織的だった。署名直後には、補佐官らが会合や写真撮影の調整を次々と進めた。署名後も名刺交換を続け、作業部会の可能性について協議する外交官がいた一方、早々に会場を後にする者もいた。

ロシア代表団は目立たない行動に終始した。複数地域の相手国とサイド会合を行う姿は見られたものの、ロシアが参加するかどうかについて公の場での発言は避けた。協議内容を知る外交官の一人は、ロシアがこの委員会がウクライナや中東をめぐる継続中の外交に与える影響を慎重に見極めていると述べた。

中国代表団は式典自体を回避した。中国側はその後、別のパネルで「国連を中核とする多国間主義」の重要性を強調したが、これは意図的なシグナルだと広く受け止められた。

プレスセンターでも、委員会発足は記者や外交官の間で非公式な議論の中心となった。国連関係者の中には、委員会の将来の実効性は式典の演出ではなく、運用面での信頼性を築けるかどうかにかかっていると指摘する声もあった。

「ダボスでは毎年、多くの構想が発表される」と、安全保障理事会メンバー国の外交官は語った。「重要なのは、これが国連と連携して機能する実務組織になるのか、それとも競合する別の枠組みになるのかという点だ。」

現時点で、平和委員会は、正統性、調整、権限範囲をめぐる未解決の課題を抱えたまま、政治色の濃い注目度の高い構想として国際社会に加わった。国連関係者は、各国政府が新組織への関与の是非や方法を検討する中で、今後数週間にさらなる協議が行われるとの見通しを示している。(原文へ

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2025年8月に迎えた被爆80年の節目にあたり、国連軍縮担当上級代表の中満泉氏は、アントニオ・グテーレス国連事務総長のメッセージを代読し、次のように述べた。
「私たちは、命を落とした人々を追悼する。そして、その記憶を受け継いできた家族と共に立つ。」中満氏はまた、広島と長崎の原爆投下を生き延びた人々を指す「被爆者(hibakusha)」に敬意を表し、「その声は、平和のための道義的な力となってきた。年々その数は少なくなっているが、彼らの証言、そして平和を訴える永遠のメッセージが、私たちから失われることは決してない」と語った。

【国連IPS=タリフ・ディーン】

An illustrative map highlighting the intricate political history between the People’s Republic of China and Republic of China (Taiwan)
An illustrative map highlighting the intricate political history between the People’s Republic of China and Republic of China (Taiwan)

いま続く2つの紛争は、核保有国と非核保有国の間で起きている。ロシア対ウクライナ、イスラエル対パレスチナである。両紛争では、それぞれ多数の死者が出ており、犠牲者数は万単位に達している。さらに、核保有国と非核保有国が衝突しかねない潜在的な火種として、中国対台湾、北朝鮮対韓国、米国対イランなどがある(ほかにベネズエラ、メキシコ、コロンビア、キューバ、デンマークをめぐる対立も指摘されている)。|英語版中国語||ドイツ語||ドイツ語ノルウェー語

この増え続けるリストに、新たな潜在的対立が加わりつつある。核保有国・中国と非核保有国・日本の対立である。日本は、1945年8月に広島と長崎で米国の原爆投下を受け、主に民間人15万~24万6000人が死亡したとされる、世界で唯一の被爆国だ。

Sanae Takaichi, Prime Minister of Japan. Source: MOFA

日本の高市早苗首相は昨年11月の国会答弁で、中国が台湾に武力攻撃を行った場合、日本にとって「存立危機事態」に当たり得るとの認識を示し、日本が軍事的に関与する可能性に言及した。発言は、アジアで新たな緊張を招きかねない。

ニューヨーク・タイムズ紙によれば、中国は「激しく反発」し、事実上自治を行う台湾は中国領土の不可分の一部だと主張した。中国はまた、数百万人規模の観光客に対し日本渡航を控えるよう促し、水産物の輸入を制限し、軍の哨戒を強化したという。

こうした軍事的緊張が高まるなか、日本政府は新政権への国民の信任を改めて問うとして、衆院を解散し、2月8日に総選挙を実施すると表明した。

タイムズ紙は1月22日付の記事「不安に揺れる国家が国内最大級の原発を再稼働」(An Anxious Nation Restarts One of its Biggest Nuclear Plants)で、東京電力(TEPCO)—福島第一原発を運転していたのと同じ電力会社—が、世界最大級の原子力施設の一つである柏崎刈羽原発で、6号機の再稼働を開始したと報じた。

同紙は、2011年以前、日本の電力の約30%を原子力が供給していたとも指摘している。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、日本の2024年の軍事予算は世界10位まで拡大した。中国の軍事予算も増加を続け、2024年には米国に次いで世界2位となっている。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.
Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

米カリフォルニア州オークランドのウエスタン・ステーツ法律財団(Western States Legal Foundation)事務局長で、「平和首長会議(Mayors for Peace)」北米コーディネーターのジャッキー・カバッソ氏はIPSの取材に対して、高市首相が中国による台湾への武力攻撃が日本にとって「存立危機事態」になり得ると述べたことは、きわめて憂慮すべきだと語った。

カバッソ氏によれば、1967年、日本の佐藤栄作首相(当時)は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を打ち出し、1971年には衆議院がこれを正式決議として採択した。

しかし、この三原則への日本のコミットメントは長年にわたり疑問視されてきた。政治決定があれば、日本は核兵器を短期間で製造し得る能力を有している、という見方が広く存在するとカバッソ氏は語った。

中国は言葉の応酬をさらに激化させている。真偽は別として、中国軍備管理・軍縮協会(China Arms Control and Disarmament Association)と、中国核工業集団(China National Nuclear Corporation)系のシンクタンクである核戦略計画研究所(Nuclear Strategic Planning Research Institute)による最近の報告は、日本が秘密裏に核兵器計画に関与していると主張し、世界平和に深刻な脅威を与えているとしている。一方で中国自身も、核戦力の近代化と増強を急速に進めているとカバッソ氏は指摘した。

Mayors for Peace
Mayors for Peace

「日本は、戦争で核兵器が使用されたことを経験した世界で唯一の国として、対話と外交、平和、核軍縮を擁護するうえで独自の道義的立場を持つ」と同氏は語る。

日本と中国の指導者—そしてすべての世界の指導者—は、広島・長崎両市長の訴えに耳を傾けるべきだ。両市長は1月20日、166の国・地域の8560都市が加盟する平和首長会議を代表し、共同アピールを発出した。そこでは政策決定者に対し、対話を通じた紛争の平和的解決のため、あらゆる外交努力を尽くし、核兵器のない平和な世界の実現に向けて具体的な措置を講じるよう求めた。

M.V.-Ramana
M.V.-Ramana

ブリティッシュコロンビア大学(カナダ・バンクーバー)公共政策・グローバル公共政策大学院のM・V・ラマナ博士(軍縮・グローバル/人間の安全保障分野サイモンズ講座教授)はIPSの取材に対して、核兵器が使用されなくても、台湾で軍事力が行使されれば世界の安全保障にとって壊滅的であり、とりわけ台湾の人々にとって深刻な惨禍になると語った。

同博士は、台湾をめぐる紛争の解決は二つの基本原則に従うべきだと述べた。第一に、対話と協議によって解決されるべきであること。第二に、台湾の住民の意思を最優先することである。さらに、すべての当事者は挑発的な発言を避けるべきだと強調した。

こうした一連の動きは、国連の定例記者会見でも取り上げられた。

A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
A view of the Headquarters of the United Nations in New York as seen from the north of the UN site. Photo credit: UN
U.N. spokesperson Stephane Dujarric/ UN Photo
U.N. spokesperson Stephane Dujarric/ UN Photo

記者:日本には「非核三原則」という長年の政策がある。すなわち、核兵器を保有せず、製造せず、日本領土への持ち込みを認めないというものだ。しかし現在、日本政府は、この政策を含む安全保障文書の一部見直しを議論しており、広島・長崎の人々や一部のノーベル平和賞受賞者から反発の声も出ている。国連の立場は。

ステファン・デュジャリック国連報道官:事務総長の核軍縮に関する立場は明確であり、これまでも繰り返し述べてきた。もちろん、加盟国は自ら望む政策を定めるだろう。重要なのは、中華人民共和国と日本の間の現在の緊張を、対話を通じて和らげることだ。事務総長の核軍縮と不拡散に関する立場は広く知られており、変わっていない。

Tetsuo Saito/ Komeito
Tetsuo Saito/ Komeito

昨年11月の党首討論で、公明党代表の斉藤鉄夫氏は国会で高市首相に対し、非核三原則と日本の安全保障政策をめぐる政府の立場を質した。公明党は、創価学会の指導者であった故・池田大作博士(名誉会長)が1964年に創設した政党である。

斉藤氏は、日本が核兵器を保有すべきだと示唆した政府高官の発言を批判し、戦後日本の方針に反し、外交・安全保障上の努力を損なうと述べた。

また斉藤氏は、「持たず、作らず、持ち込ませず」という三原則と、核不拡散条約(NPT)上の日本の義務は根本であり、揺るがせにしてはならないと強調した。

The Three Non-Nuclear Principles of not possessing, not producing, and not permitting the introduction of nuclear weapons.
Source: Komei Shimbun

さらに斉藤氏は、高市政権の立場には曖昧さが残っているとし、とりわけ首相答弁が三原則維持への明確な関与を欠くように受け取られた点を問題視した。この曖昧さが将来の見直しにつながりかねないとして、公明党は今後の国会審議でも、条件を付さない形で三原則の堅持を政府に求め続けるとしている。斉藤氏は2025年12月にも、非核三原則と核兵器を否定する日本の政策は維持されるべきだと改めて表明し、政府に対して国内外に向けた明確な再確認と、被爆者や核廃絶を求める市民社会の声に耳を傾けることを促した。

At a party leaders’ debate last November in Japan, Tetsuo Saito questioned Prime Minister Sanae Takaichi in the Diet about the government’s stance on the Three Non-Nuclear Principles and Japan’s security policy.  Source: Komeito
At a party leaders’ debate last November in Japan, Tetsuo Saito questioned Prime Minister Sanae Takaichi in the Diet about the government’s stance on the Three Non-Nuclear Principles and Japan’s security policy. Source: Komeito

カバッソ氏はさらに、日本の第二次世界大戦期の中国侵略の記憶と、中国が台湾の「回収」をめぐって強硬姿勢を強めていることを背景に、両国の危険な緊張が再び表面化していると語った。不安定で予測不能な地政学環境のなかで、日本と中国の言葉の戦争は、いずれ大惨事に至りかねない正面衝突寸前の列車のようだという。

The original of “The Constitution of the State of Japan” This constitution was promulgated in 1946, and it was taken effect in 1947. source: Public Domain.

日本国憲法(1947年施行)の第9条は、米国が「勝者の正義」に基づき日本に課したものだとカバッソ氏は語った。同条は次のように定めている。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。さらに、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定している。

しかし、こうした規定は21世紀に入り徐々に骨抜きにされてきた。2004年、日本は自衛隊を初めて「地域外」、すなわちイラクへ派遣した(第二次世界大戦後初)。さらに2014年、当時の安倍晋三首相は第9条を再解釈し、同盟国が攻撃された場合に日本が軍事行動に参加し得る余地を開いた。

カバッソ氏によれば、翌2015年には、日本の国会が一連の法整備を行い、日本にとって「存立危機事態」に当たる場合、交戦状態にある同盟国に対して自衛隊が物資面の支援を行えるようにした。その正当化の論理は、同盟国を防衛・支援しなければ同盟関係が弱体化し、日本の安全が損なわれる、というものだった。(原文へ

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民主主義が凍りつくとき、独裁は台頭する

【ウィーンIPS=ロバート・ミシック】

私たちの政治体制は、情熱やイデオロギー、経済的利害がぶつかり合う場であるだけではない。人々や集団がどのように動き、どのように影響し合うかが一定の規則性のもとで積み重なっていく―ゲーム理論にも通じる「相互作用の仕組み」として捉えることもできる。近年、その前提が大きく変わった。社会を支えてきた大きな同質的集団がほどけ、社会は多様な小集団の集合体、言い換えれば多様な少数の集団が並び立つ状態へと分かれてきたのである。

Robert Misik
Robert Misik

こうした細分化は、人々が組織や集団よりも「個人」として動く傾向が強まる中で、政治を支えてきた強い結びつきを弱め、民主政治の運営を難しくしている。多数決を基本とする国ほど、その影響は政党政治に直撃する。既存政党への不満は、当初は小さくても次第に表面化し、新党の誕生を促す。結果として政党は増え、政治は一層分裂していく。

帰結は明確である。政権形成は困難になり、安定した多数派も築きにくくなる。成立するのは、合意できる範囲を最小限に絞った連立政権になりがちだ。だが、それで政治の成果が改善されるとは限らない。多くの場合、むしろ悪化する。

悪循環

決断力、果断な行動、明確なリーダーシップは、いまや希薄になった。そのことが不満をさらに増幅させ、「政治は結局、何も成し遂げていない」という有権者の感覚を強める。政治が機能しているのかという疑念は自己増殖し、政治家は大胆な決定を下しにくくなる。こうして、決定的な政治が打てない状態が固定化する。

ポピュリストや極右勢力の台頭は、この停滞の結果であると同時に、停滞を加速させる要因でもある。右派の扇動者は不満を煽り、怒りへと転化させ、恐れや憎悪といった負の感情を巧みに利用する。

彼らが力を増すほど、民主政治は動きにくくなる。政治の焦点は急進主義への対処や最悪の事態の回避に偏り、結局は「現状維持に近い」合意しかできない連立づくりに終始しがちになる。

さらに、社会のまとまりが弱まると、急進右派が支持を広げる。その勢いが、さらに社会の分断を深めていく。人々の間に対立や孤立感が広がり、「社会は壊れつつある」という感覚が強まり、悲観が社会全体に広がっていく。

民主主義は自らの脅威を生み出す
Image credit: OECD Development Matters Blog
Image credit: OECD Development Matters Blog

ある意味で、右派急進主義は、自らが嘆く問題そのものでもある。社会の「分解」や「崩れ」を批判しながら、その分断をいっそう促進してしまうからだ。こうして「強い統治が必要だ」という権威主義的反応を正当化する連鎖が生まれる。権威主義は、さらなる権威主義を呼び込む。

こうした政治の土台――社会の分断が進み、政治が決断しにくくなっている状況――を踏まえ、ドイツの民主主義理論家ファイト・ゼルクは、社会が変わり続ける中で民主主義には慢性的な負担がかかり、いったん崩れたバランスを立て直すのは容易ではないと指摘する。

結論は厳しい。民主主義は外から脅かされるだけでなく、仕組みの内側からも脅威を生み出してしまう、というのである。

さらに厄介なのは、経済と政治を取り巻く国際環境である。グローバル化が進むほど、各国が協調して課題を解く「グローバル・ガバナンス」が不可欠になる。しかし、それは好条件下でも決定と実行に時間を要し、いまは混迷する多国間主義の中で限界が見え始めている。

だからといって、逆方向の「脱グローバル化」――国家主義的な力の政治、関税の応酬、貿易戦争――が解決策になるわけでもない。むしろ販売市場の喪失、サプライチェーンの寸断、成長の鈍化といった新たな問題を生み、産業全体を揺るがしかねない。

欧州に重なる危機
Map of Europe
Map of Europe

将来の「非常事態」は、すでに遠い話ではない。気候危機は暮らしの土台を脅かすだけでなく、経済にも具体的な影響を及ぼしている。干ばつや洪水で作物が減れば、野菜や果物を中心に物価は上がる。生活費の上昇はすでに現実の問題となっている。

この流れは今後さらに深刻化する可能性が高い。脱炭素などの社会経済の転換が成功したとしても、その費用は莫大だ。保険会社が損害の増加に耐えられなくなる恐れがあり、資産価格が急落する局面もあり得る。最悪の場合、市場が急変し、資産価格が一気に崩れて金融危機へ連鎖する転換点が訪れかねない。

同時に、高齢化が財政を圧迫している。医療や介護のコストは増え続け、欧州の福祉国家は限界に近づいている。政府債務も膨張し、かつてのように「成長で債務を吸収する」ことは容易ではない。成長を引き出す政策は打ちにくく、緊縮策も社会に深刻な痛みをもたらすため、現実的な処方箋になりにくい。

例を挙げよう。ドイツは6年にわたり経済停滞が続き、民間投資も弱い。フランスは財政赤字が5・8%、政府債務はGDP比113%に達し、政権危機が繰り返されている。年金改革と富裕層課税を組み合わせた「公正な転換」は、合意形成ができず前進していない。オーストリアでは財政赤字が6%に達する見通しとなり、左派ケインズ派のマルクス・マルターバウアー財務相が、赤字を2025年までに4・5%へ抑える引き締め策をまとめた。

巨額の資産を持つ層がより多く負担することは、公平の問題であると同時に、財政を持続させるうえでも不可欠だ。だが、踏み込んだ政策を実行できる議会多数派は、ほぼどの国でも成立していない。

人々が求めているのは、枝葉末節の議論ではなく、筋の通った解決策である。危機の全体像は見えているのに、政治が日々の対症療法に追われ、中長期の課題に踏み出せていない―そのギャップが、政治不信と不安を増幅させる。

UN Photo
UN Photo

だからこそ、左派と保守中道は何よりも「共に動ける力」を示さなければならない。かつては民主主義を活性化するため対立を増やすべきだという議論もあった。だが、いま必要なのは、「勝ち負けの対立」ではなく、「問題を前に進める政治」である。

左派は国家財政の限界を直視し、保守は超富裕層にただ乗りを許す顧客政治がもはや成立しないことを認める必要がある。

緊急課題には迅速な対応が欠かせず、そのためには大きなコストを伴う。言葉だけでは通用しない。極右への迎合は打開につながらない。とりわけ保守は、権威主義勢力を「少し過激な保守」と見なす誤りを犯してはならない。

権威主義は「近い存在」ではなく、民主主義の敵である。それを掘り崩す最善の方法は、行動できる政治を実際に示すことだ。(原文へ

ロバート・ミシックは作家、エッセイスト。『ディー・ツァイト』『ディー・ターゲスツァイトゥング』など、ドイツ語圏の多数の新聞・雑誌に寄稿している。

本稿はソーシャル・ヨーロッパとIPSジャーナルの共同掲載。
出典:インターナショナル・ポリティクス・アンド・ソサエティ(IPS)、ベルギー・ブリュッセル

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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ネパール初の「魚のサンクチュアリ」は、地方政府と先住民族コミュニティの主導で始まった

【カイラリ、ネパールNepali Times=シュリスティ・カルキ】

タライ平原のこの一帯では、広いカルナリ川がまるで海のように見える。濃い霧が垂れ込み、対岸はまったく見えない。農民たちは霧の中に溶け込むようにして畑へ向かう。午前中頃になると、弱い日差しが霧を透かし始める。豚は囲いの中でうたた寝し、山羊は寒さをしのぐため黄麻袋で作ったカーディガンを着せられている。鶏は泥だらけの中庭で元気なくついばみ、アヒルが農道をよちよち横切るたびに車は避けて通る。|英語版ドイツ語ポルトガル語

この地域の先住民族であるタルーやソナハの人々は、川と暮らしや文化の面で深く結びついている。何世代にもわたり川で漁を続け、魚は誕生、死、結婚といった人生の節目とも結びついてきた。ソナハの人々は、川岸の砂から砂金を採ることも伝統的な生業としてきた。

しかし近年、乱獲や汚染、河川開発などの影響で、カルナリ川の魚は減少している。

先週、スドゥルパシュチム州とルンビニ州を結ぶサッティ橋の近くで霧が晴れ、青緑色のカルナリ川が日光を受けてきらめいた。カイラリ郡ティカプールとバルディア郡ラジャプールから数百人が集まり、「サキ魚類サンクチュアリ」の開所式が行われた。ネパール初の魚類保全の取り組みである。

サンクチュアリの対象は、両自治体にまたがるカルナリ川下流域の約4平方キロ。絶滅危惧種を含む魚類や爬虫類、哺乳類にとって、産卵や稚魚の育成に欠かせない生息地で、生態学的にも重要な区域だ。

The Sonaha community have traditionally panned for gold in the sand along the banks of the Karnali River. Photos: GAYATRI PRADHAN / WWF NEPAL

この区間では、ガンジスカワイルカ(Platanista gangetica)、魚食性のワニであるガビアル(Gavialis gangeticus)、コツメカワウソ(Lutrogale perspicillata)などの希少種が確認されている。カルナリ川には魚類が197種生息し、そのうち136種がタライ区間で見られるという。

川の水位が下がる時期、礫が広がる川底は魚の産卵場所となる。さらにサッティ橋周辺には三日月湖や川の蛇行によって生まれた湾曲部があり、稚魚の育成場所として機能している。こうした条件が、この区間をサンクチュアリに指定するのに理想的だとされる。

ただし、この保全活動の最大の特徴は、ティカプールとラジャプールの2自治体に加え、タルーやソナハなど地域の先住民族コミュニティが主体となって進めている点にある。

このサンクチュアリは、川の水生生物多様性を支える取り組みであり、World Wildlife Fund(WWF)をはじめ、Dolphin Conservation Centre、Freed Kamaiya Women Development Forum、Small Mammals Conservation and Research Foundation、Sonaha Bikas Samajなどが支援している。

Nepali Times.
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メコン川の教訓

Map of the Mekong river basin By Shannon1 - Own work, CC BY-SA 4.0
Map of the Mekong river basin By Shannon1 – Own work, CC BY-SA 4.0

ティカプール市長とラジャプール市長は、保全の実践を学ぶため、ラオスのメコン川沿いに設けられた魚類保全区域を視察した。

ラジャプール市長のディペシュ・タルーは開所式で、次のように語った。「私たちは産卵期や稚魚の育成期にも、無秩序にカルナリ川の魚を獲ってきた。このままでは、魚がいなくなってしまうと感じた。」

タルー市長は、保全策が「漁の全面禁止につながるのではないか」と懸念する住民がいることも理解しているという。サンクチュアリでは、持続可能な漁は認める一方、ダイナマイトや毒物を使った漁は禁止される。

魚類学者のスレシュ・ワグレは、次のように説明する。「このサンクチュアリは、魚だけでなく、ここに生息する哺乳類や爬虫類の保全にも寄与する。産卵や育成の場を守り、魚の自然な生息環境を回復し、遺伝的な継続性を確保することができる。」

また、ティカプール市長のラム・ラル・ダンガウラ・タルーは、自身の幼少期を振り返り、こう語った。「20年ほど前までは魚が本当に豊富で、かごいっぱいにして家に持ち帰ったものだ。いまは、このままでは魚がいなくなってしまうかもしれない。だからこそ、このサンクチュアリが必要なのだ。」

地方政府が保全を主導すれば、取り組みへの当事者意識が高まり、住民の間で河川生態系を守る重要性への理解も広がりやすい。

WWFネパールのガナ・グルンはこう語る。「資源の保全・管理と持続可能な開発に、地方政府が明確な責任と姿勢を示していることこそ、このサンクチュアリの最大の特徴だ。ネパールでも世界でも、生物多様性が失われるのと同時に、先住民族の文化や伝統も消えつつある。この取り組みは淡水の水生生物を守るだけでなく、川と結びついた先住民族の文化と遺産を守ることにもつながる。」

Nepali Times.
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ソナハのコマルは、カルナリ川岸で漁や砂金採りをして育った。魚は食料となり、砂金は貴重な現金収入だった。彼女もまた、若い頃のカルナリ川が魚であふれていたことを覚えている。「でも今は、ほとんどいない。」と彼女は言う。

コマルはWWFの「Otter Champion(カワウソ保護の地域リーダー)」でもあり、コミュニティ主導の河川保全グループの一員として啓発活動に取り組んでいる。「最初は怒りや疑いもあった。でも今は、このサンクチュアリがここにとって最良の転機だったと受け止める人が増えている。」と語った。

コマルの家族はいまも砂金採りを続けているが、魚が減ったことで、多くの家庭と同様に、家畜飼育など別の生計手段に切り替えた。こうした転換は、国や自治体の支援も受けている。

カルナリ川に生計を依存する地域住民は、WWFネパールをはじめ、国内の組織や地元団体の支援を受けながら、代替の収入源づくりにも取り組んできた。

ラジャプールのアシュミタ・タルーとプラティマ・タルーも、以前は漁に頼っていたが、いまは野菜栽培に転じた。この季節は、ホウレンソウ、キュウリ、カリフラワーが収穫期を迎え、近隣市場に出荷している。

女性たちは経済的に自立し、家計や子どもの教育費にも積極的に貢献している。プラティマはこう語った。
「私たちは、この川で何も考えずに魚を獲っていた。保全がどれほど大事か、まったく分かっていなかった。」

Local communities whose livelihoods are linked with the Karnali river have been supported by organisations like WWF Nepal and other national and local organisations to set up alternative means of income generation.
Local communities whose livelihoods are linked with the Karnali river have been supported by organisations like WWF Nepal and other national and local organisations to set up alternative means of income generation.

アシュミタも、うなずいた。「今は自営業で、野菜づくりが忙しくて、魚を獲る時間さえない。」

ティカプールとラジャプールの主導により、保全関係者は、ネパール各地の他の河川でも同様の動きが広がり、水生生物多様性が守られることを期待している。

Dolphin Conservation Centreのビジャイ・シュレスタは次のように述べた。「2自治体によるこの取り組みは、保全における重要な節目だ。淡水環境と、それに依存する人々を守るモデルとして、全国に展開可能である。」

自治体関係者の一部は、このサンクチュアリが釣り観光などの新たな可能性を開くとも期待している。ティカプール市長のラム・ラル・ダンガウラ・タルーはこう語った。「カルナリは豊かな生物多様性を抱えた、機会と可能性の川だ。私たちはこの川を守り、その恵みをネパール、そして世界に広く伝えていきたい。」(原文へ

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トランプの圧力が裏目に出始め、欧州は「声」を取り戻した

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

長年にわたり、欧州は米国にとって従順な同盟国を演じてきた。侮辱をのみ込み、屈辱に耐え、癇癪を「型破りな外交」と言い換えた。戦略は単純だった。打撃を受けても同盟を保ち、嵐が過ぎるのをひたすら待つ—それだけである。


だが、グリーンランドをめぐる一件で、何かが壊れた。

Ahmed Fathi, ATN
Ahmed Fathi, ATN

ドナルド・トランプが、米国によるグリーンランド取得という野心を背景に、デンマークへ露骨な圧力をかけ始めたとき、欧州は囁くのをやめ、言い返し始めた。慎重に言葉を選んだ声明でも、外交的な曖昧さでもない。

明確な言葉だった。

  • 主権は売り物ではない。
  • 同盟国は所有物ではない。
  • 欧州は取引材料ではない。

これらの反応は一夜にして生まれたものではない。同盟を「協力関係」ではなく、保護を口実にした取引のように扱う大統領が、長年にわたり積み上げてきた不信と政治的損耗が、ここで噴き出した結果である。

欧州が忘れなかったアフガにスタンでの侮辱
Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

この亀裂が欧州で「感情的」と感じられる理由を理解するには、9・11同時多発テロ後における北大西洋条約機構(NATO)同盟国の犠牲に対し、トランプが繰り返し示してきた軽蔑に目を向ける必要がある。

同時多発テロの後、欧州は逡巡しなかった。NATO史上初めて第5条締約国であるNATO諸国は「欧州または北米における1カ国またはそれ以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃と見なすことに合意」)を発動し、米国とともにアフガニスタンの作戦に参加した。英国、フランス、ドイツ、デンマーク、オランダ、ポーランド、カナダなどの兵士が現地で戦い、命を落とした。千人を超える同盟国部隊が戦死し、数千人が負傷して帰還した。国内政治が揺れ、社会の分断が深まり、ワシントンへの忠誠の代償を「政治世代」ごと支払った国もある。

それに対するトランプの反応は何だったか。
同盟国を「ただ乗り」呼ばわりし、なぜ米国が彼らを守る必要があるのかと公然と疑問を呈し、血と犠牲を防衛費の数字に置き換えた。

それは率直さではない。犠牲への敬意を踏みにじる行為である。

欧州の政策は批判できる。防衛費をめぐる議論も成り立つ。だが同盟国の犠牲を切り捨てるのは、政治の範囲を越え、裏切りとして受け止められた。欧州はまさにそのように聞いたのである。

これはレトリックではない。構造的損傷である

トランプがやっていることは、単なる「規範破り」ではない。大西洋同盟の土台そのものを侵食している。

NATO member states
NATO member states

同盟は信頼で成り立つ。抑止は信用で成り立つ。米国大統領が、第5条の適用は条件付きだと公然と示唆し始めた瞬間、この枠組みはただちに弱体化する。敵対国はNATOを打ち破る必要はない。疑念を植え付ければよい。

彼らは疑っている。
ロシアはそれを見ている。
中国もそれを見ている。
西側を見つめる脆弱な国々も、それを見ている。

同時に米国は、「国家安全保障」を名目に欧州の同盟国へ関税を課し、自動車輸出を脅し、貿易を武器化する。グリーンランドをめぐってデンマークに経済的圧力もかける。これはパートナーシップではない。政策を装った強制である。

市場はシグナルを読み取る。投資家はリスクを測る。供給網は不確実性に反応する。そしてシグナルは明白だ。米国は、最も近い同盟国にとってさえ、もはや安定の拠り所ではない。

そして帝国(=トランプ政権)が最も恐れる事態が起きている。
欧州が「米国の主導を前提としない世界」へ備え始めたのである。

米国技術への依存を減らす。
ドルの代替を探る。
防衛の自律性を築く。
対中関係でヘッジをかける。
戦略的自立を設計する。

トランプはこれを弱さと呼ぶ。だが現実には、信頼できない相手に対する合理的適応である。

誰も口にしたがらない問い
Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.
Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.

なぜトランプは、同盟国に最も苛烈な言葉を浴びせる一方で、強権的指導者には甘いのか。

答えは不快だが、複雑ではない。

彼が尊重するのは同盟ではなく支配である。忠誠ではなく服従である。民主主義は反論する。強権者は賛辞で取り入る。だから前者を攻撃し、後者を懐柔する。

国内政治上の計算もある。欧州を口撃することは、米国内政治ではリスクが小さい。被害者意識を煽り、「米国は搾取されている」という物語を補強し、国内的な代償を払うことなく喝采を集める。

しかし、その国際的帰結は深刻である。

ワシントンと欧州の信頼が裂けるたびに、利益を得るのは米国人ではない。
ロシアである。
中国である。
そして、分断された西側から利益を引き出すあらゆる勢力である。

陰謀を持ち出す必要はない。結果はすでに目の前にある。

グリーンランドが「一線」だった

グリーンランドは最初の侮辱ではない。だが、決定打だった。

トランプの対デンマーク姿勢が、言葉の応酬から実際の圧力へと踏み込んだとき、欧州はついに、顔色をうかがう下位パートナーではなく、自尊心を備えた政治主体として応答した。局面が変わったのである。欧州はトランプを「やり過ごす」ことをやめ、「抵抗」へと舵を切った。

丁寧に、ではない。
慎重に、でもない。
意図的に、である。

骨のない欧州はいじめやすい。だが、尊厳を持つ欧州は、はるかに厄介だ。

清算の刻
European Union Flag
European Union Flag

帝国が衰退するのは、敵の攻撃によることは少ない。友を疎外するからである。

同盟国を従属者として扱うことで、トランプは米国を強くしているのではない。信頼の輪を狭めているのだ。NATOを揺るがすことで、欧州に「もっと払え」と迫っているのでもない。米国の指導を前提としない世界を、欧州に想像させているのである。

これこそが本当の損害だ。

グリーンランドは領土紛争として記憶されるのではない。象徴的な決裂として記憶されるだろう。欧州が、見て見ぬふりをやめた瞬間。耐え続けることをやめた瞬間。折れることをやめた瞬間。

立ち上がった瞬間である。(原文へ)

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/europe-finds-its-voice-as-trump-s-pressure-begins-to-backfire

INPS Japan

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5年を経て、核兵器禁止条約は世界に何をもたらしたのか

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=スージー・スナイダー】

Susi Snyder
Susi Snyder

2021年1月22日、核兵器禁止条約(TPNW)が発効した。同条約には、加入可能な国の過半数が署名・批准または加入しており、核兵器を最も包括的に禁じる条約を支持する「世界多数派」の存在を示している。

重要なのは、TPNWが国際法となって以降、核兵器政策をめぐる国際的な議論に具体的な影響を与えてきた点である。本稿では、この5年間にTPNWが核軍縮に与えた影響を5点に分けて検討する。

第1に、核兵器をめぐる長年の法的空白を明確化し、埋めた。

TPNWは、生物兵器や化学兵器など、すでに禁止されている他の大量破壊兵器と同様に、核兵器を包括的に禁止した。国連総会がTPNW交渉を付託する以前、核兵器の保有、開発、生産、使用といった活動を、世界全体を対象に単一の条約で違法化する枠組みは存在しなかった。

国際人道法と国際人権法に根差すTPNWは、核兵器の開発、実験、生産、製造、備蓄、保有、配備受け入れ(ホスティング)、取得を包括的に禁じている。また、核兵器国が条約に参加する場合についても、二つの道を示している。すなわち、締約国間で合意された計画の下で核兵器を廃棄してから参加する方法と、先に廃棄した上で参加し、国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定によって兵器関連活動が残っていないことを担保する方法である。

1968年の核不拡散条約(NPT)は、新たな国による核兵器の製造を禁じる一方で、すべての締約国に対して核兵器の使用や保有を一般的に禁じているわけではない。また、1967年以降に採択されてきた非核兵器地帯条約も、核兵器の禁止を特定の地域内に限っている。TPNWは、こうした法的空白を埋めた。

第2に、核兵器がもたらす破局的な人道・環境被害への認識を広げた。
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

TPNWは、核兵器が人類の生存、環境、社会経済の発展、世界経済、食料安全保障、そして現在および将来世代の健康と福祉に深刻な脅威をもたらし得るという懸念を、多くの国が強めたことを背景に生まれた。

同条約は、広島・長崎の経験と、核兵器が人びとにもたらす破局的で長期にわたる世代間被害の知見を踏まえ、形成されてきた「核のタブー」を強化した。従来、国際的な議論では前面に出にくかった人道的観点を、核軍縮を前進させる取り組みの中心に据えた点が大きい。さらに、核兵器の使用や実験で被害を受けた人びとと地域に対する被害者支援と環境修復を、締約国の義務として盛り込んだ。TPNWは、「人を守る」ための条約である。

第3に、核による威嚇は容認できないという国際的合意を固めた。

TPNWは、核の威嚇を明示的に禁じた初めての多国間条約である。TPNWが国際法となって以降、核兵器国が核使用を公然と示唆する局面が相次いだが、条約は共同対応を促し、未加盟国にも共有される形で影響が波及した。

たとえばTPNW支持国は、国連総会の「ロシアの侵略」に関する第11回特別緊急会合での共同声明などを通じ、ロシアによる核戦力の即応態勢引き上げの示唆を断固として退けた。こうした取り組みは、核兵器の人道的帰結と、核行動を抑制する国際的枠組みの重要性を浮き彫りにした。とりわけTPNWは、「核兵器の使用または使用の威嚇を明示的に禁じる唯一の条約」である。

また、2022年の第1回TPNW締約国会議の終結に際して採択された「ウィーン宣言」も、「核の威嚇はいかなる形であれ―明示的であれ暗示的であれ、また状況のいかんを問わず―明確に非難する」と断じた。

Photo: Applause after the adoption of the political declaration and action plan as 1MSPTPNW ended on June 23 in Vienna. Credit: United Nations in Vienna
Photo: Applause after the adoption of the political declaration and action plan as 1MSPTPNW ended on June 23 in Vienna. Credit: United Nations in Vienna

こうした動きは、その後の核の威嚇に対する国際的な非難にも反映された。バリで開かれたG20首脳会議では、核兵器国を含む首脳が「核兵器の使用の威嚇または使用は容認できない」と確認した。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長(当時)も「核兵器のいかなる使用も絶対に容認できない」と述べた。習近平国家主席やオラフ・ショルツ首相も、TPNW締約国が先に用いた表現に近い言い回しで、核の威嚇を非難している。

第4に、「核の正義」が複数のフォーラムで議題になった。

TPNWの発効以前、核実験が行われた地域における被害者支援や環境修復を、多国間で集中的に議論する機会は限られていた。

TPNWは、国連総会での行動も促した。2023年にはキリバスとカザフスタンが、被害者支援と環境修復のために、すべての国が協力するよう求める決議を主導した。決議は、能力や資源のある国に対し技術・財政支援の提供を奨励するとともに、核兵器を使用または実験した国に、影響に関する技術的・科学的情報を影響を受けた国と共有するよう求め、被害の是正における特別の責任を認めた。反対はフランス、北朝鮮、ロシア、英国の4か国のみで、賛成は171か国、棄権は6か国だった。

The 3rd Meeting of State Parties on the TPNW Treaty of the Prohibition of Nuclear Weapons watched a 40-minute documentary, ‘I Want to Live On: The Untold Stories of the Polygon,’ on the impact of nuclear testing on the community of Kazakhstan’s Semey region. Credit: Katsuhiro Asagiri
The 3rd Meeting of State Parties on the TPNW Treaty of the Prohibition of Nuclear Weapons watched a 40-minute documentary, ‘I Want to Live On: The Untold Stories of the Polygon,’ on the impact of nuclear testing on the community of Kazakhstan’s Semey region. Credit: Katsuhiro Asagiri

「核の正義」は、従来の核軍縮フォーラム以外でも議論されている。国連人権理事会は2024年、マーシャル諸島の「核の遺産」が人権に与える影響に関する報告書を公表した。同報告書は、米国によるマーシャル諸島での核実験がもたらした人権上の含意を扱う一方で、他地域も含め、核実験が残す長期的な影響と人権侵害にも注意を喚起している。

最後に、核兵器産業からの投資撤退を促した。

核兵器に対する社会的な忌避感が強まるにつれ、企業が核兵器産業に関与することは、商業面でも「評判リスク」を伴う行為になっている。銀行や年金基金など、総資産で少なくとも4兆7000億ドル規模にのぼる金融機関が、核兵器産業に関与する企業への投融資や、そこから利益を得ることを拒んでいる。

TPNWは、核兵器のない世界が遠のいたように見えた時期にあっても、核軍縮が現実の政策課題として前進し得ることを示した。条約は、政府と市民に対し、核兵器のない世界へ向けた前進は可能だという見通しを与えてきた。(原文へ

スージー・スナイダーは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のプログラム担当ディレクターで、投資撤退(ダイベストメント)キャンペーンや金融セクターとの連携を含む戦略目標の設計・実行を統括している。ICANが2017年にノーベル平和賞を受賞した当時を含め、同団体の代表も務めた。10年以上にわたり、核兵器製造に関与する企業への資金の流れを断つ取り組み「Don’t Bank on the Bomb」を統括してきた。Foreign Policy Interrupted/バード大学フェロー(2020年)。Nuclear Free Future Award受賞(2016年)。

INPS Japan

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1989年からの教訓(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

米国の侵攻に立ちはだかった教皇大使

【Agenzia Fides/INPS Japanカラカス/パナマ=ヴィクトル・ガエタン】

Victor Gaetan
Victor Gaetan

先週、米軍がベネズエラでニコラス・マドゥロ・モロス大統領を標的に軍事作戦を行ったことは、36年前に米国が行ったよく似た作戦を想起させる。1989年の一件は、バチカン外交に注目を集めると同時に、聖座(教皇庁)の意思決定が世俗国家の計算とは異なることを浮き彫りにした。|イタリア語版スペイン語フランス語ドイツ語中国語英語

標的は「一人の男」

1989年12月20日、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、2万7500人の兵員をパナマに投入して侵攻し、政権を転覆させ、軍事独裁者マヌエル・ノリエガの逮捕を命じた。ノリエガは元CIA協力者ともされ、コカイン密輸、マネーロンダリング、反民主的行為で告発されていた。こうした罪状は、現在マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏が直面している告発と重なる。

1989年当時の公式推計では、死者はパナマ側500~560人、米軍側23人とされた。一方、地元の情報源は、死者が最大4000人に上り、被害額も20億米ドルを超えたと見積もっている。

José Sebastián Laboa Gallego 

ノリエガは間一髪で拘束を免れたが、懸賞金100万ドルが懸けられていた。米軍が首都で行方を追い、家族も潜伏する中、ノリエガが頼ったのは教皇大使館だった。クリスマスイブ、彼は教皇大使ホセ・セバスティアン・ラボア・ガジェゴ大司教(1923~2013)

2023に電話をかけ、教皇大使館での即時庇護を求めた。

ノリエガは教会の友ではなかった。実際、ラボア本人に嫌がらせをしたこともある。それでも教皇大使は、暴力の拡大を避けるため迅速に動き、独裁者と数人の側近に庇護を与えた。

まもなく米軍が教皇大使館を包囲し、ヘリコプターが上空を旋回した。しかし外交特権により、館内は守られ、逃亡者を含む全員の安全が確保された。

聖座は、米国の示威的な武力行使を評価しなかった。パナマ侵攻は国際法違反だと考えたのである。

主権

領土主権は国際秩序の中核をなす概念である。聖座は、ノリエガ本人の同意なしに、聖座の外交トップが「占領権力」と呼んだ米国へ彼を引き渡すことはなかった。

教皇大使は、ノリエガが教皇大使館にとどまれると保証したという。
「最後の瞬間まで私は言い続けた。『ここにいなさい。われわれは決してあなたを追い出さない』と」

当初、米国務長官は「犯罪者に庇護の権利はない」として聖座に圧力をかけ、引き渡しを迫った。しかし聖座は、米国のパナマ侵攻は国際法違反だとして、ノリエガを本人の意思に反して米国に引き渡すことはできないとした。

同様に、教皇レオ14世が1月4日のアンジェルスでベネズエラに言及した際も、「国家主権の擁護」を明確に打ち出した。主権主体である聖座は、主権国家から成る国際秩序の一員として、この世界秩序を守る立場にある。米国は、それを1989年のパナマ、2003年のイラク、そして2026年のベネズエラで侵害してきた、との認識に立っている。

聖座の主権は、1929年のラテラノ条約によって明確化された。これは聖座の独立を守る盾であり、このため教皇とその外交官たちは、国際法秩序という考え方の強い擁護者となっている。

St. Peter's Basilica in Vatican City
St. Peter’s Basilica in Vatican City
中立性と司牧的配慮

パナマでの対峙で聖座が守ったもう一つの価値は、中立性である。聖座は政治的、あるいは軍事的対立のいずれにも与せず、中立を保つことを重視する。

教皇大使は、ノリエガ一行、新たなパナマ当局、米国政府という当事者に対し、等距離を保った。

ノリエガは教皇大使館で約1週間半、何をして過ごしたのか。米軍が建物に向けて大音量のロック音楽を流し、投光器で窓を照らし続ける中、彼は眠り、本を読み、ミサに参列した。

教皇大使が予期せぬ客に対して用いた主な手段は、言葉による説得だった。ラボアはノリエガと長く話し合い、考え得る展開を一つひとつ検討しながら、最善の道を選ぶよう促した。さらに司牧者としても向き合い、説教を行い、キリスト教の徳を思い起こさせた。

つまりラボアは、ローマと常に連絡を取りながら、司牧者として逃亡者に寄り添い、導く役割を果たしていた。ここにこそ、カトリック教会が外国の指導者と関わる際の特徴が表れている。

指導者はまず一人の人間として扱われる。私たちと同じく罪を抱える存在である一方、立ち直り(救い)の可能性を持つ存在でもある。状況を分析する際の中心には、常に個人とその尊厳が置かれる。人間は決して「使い捨て」にされる存在ではない。

終局

最終的にノリエガ将軍は折れた。きっかけとなったのは、数千人規模の反ノリエガ派市民が教皇大使館の門の外で抗議した日のことだった。教皇大使は、群衆が敷地に押し寄せれば、米軍に攻撃の口実を与えかねないとノリエガに説明した。

朝のミサで、将軍は最後列に座っていた。洗礼は受けていたが、霊的な助言をブラジル人の呪術師に求めていたとも報じられている。ラボアは説教で「忠誠は移ろうが、神は変わらない」と語り、ノリエガは聖体を受けた。

数時間後、独裁者は軍服を着て「行く準備ができた」と告げた。聖書は手元に置きたいと頼んだという。ノリエガは3人の司祭とともに教皇大使館の前庭を横切って正門へ向かい、そこで投降した。流血のない投降によって、目先の危機は収束した。米国は聖座の要請を受け、ノリエガに死刑を科さないと約束し、その約束は守られた。

Manuel Noriega
Manuel Noriega

ラボアは、個人に仕えながら、暴力を忌み嫌う教会の立場に沿って、緊張が極限に達した局面を非暴力で収拾した。

暴力にノーを

こうした姿勢は、レオ14世のアンジェルスの言葉にも表れている。教皇は祈りの中で、こう語った。
「愛するベネズエラの人々の善が、あらゆる他の考慮に優先され、暴力を乗り越える道を開きますように」

さらに、ベネズエラ司教協議会は、米軍の作戦で命を落とした約80人(治安部隊32人を含む)を悼んだ。こうした犠牲に同様に言及する声は、ほかに多くはなかった。司教団は「負傷者と遺族に連帯する。国民の一致のため、祈り続けよう」と記した。

聖座はベネズエラについて、現地に情報源を持つ。国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は2009~13年に教皇大使として同国に赴任していた。現教皇大使のアルベルト・オルテガ・マルティン大司教も1年以上滞在し、ヨルダン、イラク、チリでの勤務経験を持つ。昨年7月には、拘束されていた米国人司祭の解放に関与したとも報じられた。

教皇の指導の下、聖座の外交官は目立たない形で動く。36年前のラボア大司教と同様、ベネズエラにおいても、複雑な国際的対立の中で解決の道を粘り強く探っているとみられる。

ヴィクトル・ガエタンは、米誌『ナショナル・カトリック・レジスター』の上級特派員(国際問題担当)。『フォーリン・アフェアーズ』にも寄稿し、カトリック・ニュース・サービスにも寄与してきた。著書に『God’s Diplomats: Pope Francis, Vatican Diplomacy, and America’s Armageddon』(Rowman & Littlefield、2021年。2023年7月にペーパーバック版刊行)。ウェブサイトは VictorGaetan.org。INPS Japanは、この記事について、著者とAgenzia Fidesの許可を得て、7つ目の翻訳言語(日本語)を担当した。

INPS Japan/ Agenzia Fides

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イスラエルの「核の曖昧性」の歴史―それが地域に与える影響

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

【テルアビブ/東京=ロマン・ヤヌシェフスキー】

イスラエルは60年以上にわたり、世界でも独特の核姿勢を維持してきた。多くの専門家や情報機関の分析では、同国が核兵器を保有していると広くみられている。しかしイスラエルは、核兵器の保有を公式に肯定も否定もしていない。

この意図的な沈黙は「核の曖昧性」と呼ばれ、ヘブライ語では「アミムート(amimut)」とされる。これはイスラエルの国家安全保障の中核を成す考え方であり、中東の戦略環境を形づくる重要な要素となっている。|ロシア語版英語

「沈黙」こそが戦略

イスラエルが核の曖昧性を保つ理由はいくつかある。第一は、挑発せずに抑止するためだ。潜在的な敵対勢力が「攻撃すれば壊滅的な結果を招きかねない」と認識していれば、イスラエルは公然と脅したり、核能力を誇示したりしなくても、戦争を思いとどまらせることができる。

曖昧性には、核保有を明確に宣言した場合に伴うリスクを避ける効果もある。中東は緊張が高く、軍備管理の仕組みは脆弱で、対立も根深い。核の地位を不明確にしておくことで、イスラエルは核をめぐる瀬戸際外交(チキンゲーム)を避けようとしてきた。加えて、イスラエルが核を持つと断定できない状況であれば、アラブ諸国などが「対抗措置」を迫られる政治的圧力も相対的に弱まる。不確実性そのものが戦略的な道具になるというわけだ。

Child survivors of the Holocaust filmed few days after the liberation of Auschwitz concentration camp by the Red Army, January, 1945. Photo credit: Public Domain
Child survivors of the Holocaust filmed few days after the liberation of Auschwitz concentration camp by the Red Army, January, 1945. Photo credit: Public Domain

第二の理由は、法的・外交的な負担を避けるためである。イスラエルは核不拡散条約(NPT)に加盟していない。核保有を公式に認めなければ、査察要求や制裁、法的拘束をめぐる圧力を受けにくい。

核の曖昧性は、ワシントンとの関係管理にも役立ってきた。イスラエルは核実験を公然と行わず、保有宣言もせず、核技術を他国に移転もしない―。そうした姿勢のもとでは、米政権にとっても正面から問題化しにくく、黙認しやすい環境が生まれる。

さらに、イスラエルの安全保障思想には歴史的背景が強く影を落としている。ホロコーストの記憶と、建国後に繰り返された生存をかけた戦争の体験である。そのため、仮に核能力が存在するとしても、イスラエル国内では一般に、日常的な軍事手段ではなく、国家的破局を防ぐための「最後の備え」として理解されている。

イスラエルとイラン―際立つ対比
Map of the Middle East, with Israel highlighted in orange and Iran highlighted in green. By Torsten - own work, CC BY-SA 3.0
Map of the Middle East, with Israel highlighted in orange and Iran highlighted in green. By Torsten – own work, CC BY-SA 3.0

現在、イスラエルにとって最大の地域的な対立相手は、イラン・イスラム共和国である。イスラエル側は、イランがイスラエルの存立を脅かす言動を繰り返し、国際的な制約がある中でも核関連能力の追求を続けてきたとみている。

こうした構図が、イスラエルが強調する「違い」を際立たせる。イスラエルは、自国の核姿勢(非公表で、防衛目的とされる)を「抑止のための必要悪」と説明する一方、イランの動きは地域を不安定化させるものだとして強く反対している。

イスラエル核開発の起源
Ben Gurion Source: Wikimedia Commons
Ben Gurion Source: Wikimedia Commons

イスラエルが核開発に乗り出したのは、1948年の建国後まもなくである。敵対的な周辺環境とホロコーストの記憶の下で、初期の指導者たちは国家の生存には「自前の抑止力」が不可欠だと考えた。とりわけ初代首相デビッド・ベングリオンは、先端的な科学技術と軍事力が、国家存立を脅かす危機を防ぐうえで重要だと信じていた。

1950年代後半、イスラエルはネゲブ砂漠のディモナ近郊で核施設の建設に着手した。フランスの大きな支援を受け、表向きは民生用の研究炉として説明されたが、実際には核兵器に必要なプルトニウムを生産できる能力を備える設計だった。

1960年代初頭までに、西側の情報機関は、この施設が軍事目的の核計画を支え得ると見ていた。もっともイスラエルは、核開発をめぐって米国と正面衝突することは避けた。ワシントンが査察の受け入れと説明を求める一方で、イスラエル側は情報開示を慎重に管理し、限定的な訪問を認めながらも、施設の核心部分については厳格な秘密主義を貫いた。

Negev Nuclear Research Center at Dimona, photographed by American reconnaissance satellite KH-4 CORONA, 1968-11-11. Credit: Public Domain
Negev Nuclear Research Center at Dimona, photographed by American reconnaissance satellite KH-4 CORONA, 1968-11-11. Credit: Public Domain
「核の曖昧性」という選択

イスラエルは、自らを核保有国として公然と宣言する代わりに、意図的な曖昧性という戦略を採った。これを象徴するのが、「イスラエルは中東に核兵器を最初に“持ち込まない”」という、よく知られた表現である。

この文言は意図的に曖昧で、「持ち込む」とは保有なのか、実験なのか、配備なのか、それとも公表なのか―解釈の余地を残している。つまり、抑止のシグナルを発しつつ、公式な認知は避けられる。

この政策は複数の目的を同時に満たす。イスラエルが核能力を持つと想定する相手を抑止しながら、明確な宣言に伴う外交的反発を避けることができる。さらに、NPT加盟などの国際的な法的枠組みへの参加を免れ、査察や制裁、国際的孤立のリスクを抑える効果もある。とりわけ、西側の政治・軍事支援に依存していた時期には、こうした利点は大きかった。

秘密主義と「統制された情報開示」
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons

イスラエルの核計画は長年、世界でも最も厳重に秘匿されてきた。最大の情報流出は1986年、ディモナ施設の元技術者モルデハイ・バヌヌが英紙に対し、核能力の詳細を明かした出来事だった。報道は、イスラエルが相当数の核兵器を生産し、高度な技術力を有している可能性を示唆した。

バヌヌはその後、拉致され、イスラエルで裁かれて投獄された。核の秘密を守る国家の強い意思を示す出来事でもあった。ただし、この暴露後もイスラエルは公式方針を変えなかった。

その後、イスラエルは高度なミサイル戦力を整備し、潜水艦に基づく「第二撃能力(反撃能力)」も確立したと広く見られている。それでも指導者たちは、核兵器について公の場で語ることを避け、曖昧性を一貫した政策として維持してきた。

地域安全保障への影響

イスラエルの核の曖昧性は、中東の安全保障環境に広範な影響を及ぼしてきた。

抑止と安定

核能力の存在が広く信じられていること自体が抑止として働き、1970年代以降、イスラエルに対する大規模な通常戦争を思いとどまらせたとする見方がある。能力や「越えてはならない線(レッドライン)」をあえて明確にしないことで、相手の計算を難しくし、国家存立を脅かす攻撃の代償を引き上げる狙いがある。

不拡散体制への影響

イスラエルが核不拡散条約(NPT)の枠外にあることは、長年にわたり論争の的となってきた。批判側は、核保有を宣言しないまま核を持つことが、不拡散の規範を弱めると主張する。とりわけ、他国が厳しい監視と査察にさらされる地域では、その不均衡が問題視されやすい。一方、擁護側は、イスラエルの特殊な安全保障環境が例外的な措置を正当化し得ると反論する。さらに、長年にわたる抑制的な運用は、他の拡散事例とは異なるという立場である。

地域の軍拡の構図

イスラエルの核姿勢は、周辺国の戦略計算にも影響を与えてきた。過去には、イスラエルの推定核戦力を理由に、自国の核開発を正当化した国もある。多くの計画は頓挫したものの、「戦略バランスが不均衡だ」という認識は、いまなお不信と緊張の火種となっている。

イランをめぐる現在の圧力

近年は、イランの核をめぐる懸念が高まる中で、イスラエルの核の曖昧性は改めて重要性を帯びている。イスラエルは自国の未申告の抑止力を「防衛上の必要」と位置づける一方、イランが核兵器に近づく動きには強く反対する。抑止力が公式の国際枠組みの外にあることで、外交は一層複雑化し、地域の分断も深まりかねない。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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核時代80年:ラテンアメリカの軍縮路線が示す「対抗モデル」

【メキシコシティーINPS Japan=ギレルモ・アヤラ・アラニス】

核抑止が再び世界の権力構造の柱として前面に出つつある中で、ラテンアメリカ・カリブ海地域は、核兵器に依存しない安全保障という立場を粘り強く掲げている。安全は核によってではなく、核兵器を持たないことによってこそ確かなものになる―という考え方である。

英語版スペイン語

Image: Book A 80 años de la era nuclear ¿Dónde estamos y a dónde vamos? Una mirada desde México y América Latina

その確信を中心に据えるのが、新刊『A 80 años de la era nuclear: ¿Dónde estamos y a dónde vamos? Una mirada desde México y América Latina(核時代80年―私たちはどこにいて、どこへ向かうのか。メキシコとラテンアメリカからの視座)』である。本書は、世界初の「非核兵器地帯(NWFZ)」の視点から、核という大量破壊兵器の軍縮をめぐる歩みとリスク、そして未解決の課題を検証する。

編纂を担ったのは、メキシコ外務省の軍縮・不拡散・軍備管理調整官であるマリア・アントニエタ・ハケス・ウアクハと、イベロアメリカーナ大学の教授・研究者であるアベラルド・ロドリゲス・スーマノである。両氏は本書を、緊張が再燃する国際環境の中で、核兵器をめぐる理論的・政策的議論を更新する試みと位置づけている。

本書は、冷戦期の従来型の議論をなぞるものではなく、核テロ、サイバー上の脆弱性、人工知能(AI)がもたらす不安定化、さらには抑止ドクトリンの揺らぎといった、近年浮上する新たな争点に焦点を当てている。

抑止に頼らない安全保障という選択

本書が刊行された背景には、世界の安全保障を支えてきた前提が大きく揺れ始めているという現実がある。ウクライナでの戦争に加え、米国によるベネズエラでの軍事行動や、グリーンランドをめぐる強硬な発言は、国際秩序が新たな段階へ移行しつつあることを示している。

こうした動きが広がる中でも、ラテンアメリカ・カリブ海地域は、「核兵器があってこそ国家は守られる」という考え方には距離を保ってきた。むしろ、この地域は長年にわたり、大量破壊兵器を広げないこと、そして非核兵器地帯を維持・強化することを安全保障の柱としてきた。

Dr. Abelardo Rodríguez Sumano
Dr. Abelardo Rodríguez Sumano

イベロアメリカーナ大学のロドリゲス・スーマノ教授は、INPS Japanの取材に対し、「核兵器を持たないことこそが、ラテンアメリカ・カリブ海にとって最も確かな安全の保証だ」と語る。

この考え方によれば、核兵器を持たない国は、大国からの軍事的圧力や介入の対象になりにくい。核兵器の有無は大国の判断に大きな影響を与え、核を持たないことで、緊張の高まりや武力衝突へと発展するリスクを抑えることができるという。

「核兵器を持たないことは、米国が敵対的、あるいは自国の利益に反すると見なした国に対し、軍事介入を検討する追加的な理由を与えない。その結果、衝突や介入、さらには政権転換に至る可能性を大きく下げることになる」とロドリゲス・スーマノ教授は説明する。

トラテロルコ条約という転換点

本書の中心にあるのが、トラテロルコ条約である。この条約は2月14日に59周年を迎える。1962年のキューバ危機(ミサイル危機)を受けて採択され、ラテンアメリカ・カリブ海地域を世界で初めての非核兵器地帯として確立した。

条約は、地域を構成する33カ国において、核兵器の製造や保有、配備を禁止した。軍事力の均衡に頼るのではなく、ルールによって安全を確保するという、画期的な枠組みだった。

ロドリゲス・スーマノ氏は、この条約の意義は地域にとどまらないと指摘する。トラテロルコ条約は、その後、世界の他地域で非核兵器地帯が生まれる際のモデルとなり、同様の枠組みがさらに4つの地域(南太平洋〈ラロトンガ条約〉、東南アジア〈バンコク条約〉、アフリカ〈ペリンダバ条約〉、中央アジア〈セミパラチンスク条約〉)に広がった。

現在では、こうした非核兵器地帯に参加する国は117カ国にのぼり、対象となる範囲は地球の表面積の半分以上を占めている。

SGI

「ラテンアメリカは、最初の核戦争の舞台になりかねなかった。」とロドリゲス・スーマノ氏は振り返る。1962年、米国とソ連が戦争寸前まで追い込まれたキューバミサイル危機が、その象徴だ。「しかし現実には、この地域は核対立の最前線ではなく、核軍縮の試みを進める実験場となった。」

覇権と生存のための「抑止」

本書は、理想論だけでなく、現実の国際政治の動きにも目を向けている。ロドリゲス・スーマノ氏によれば、核兵器を持つ国々は今も、世界での影響力を保ち、自国を守るために「抑止」という考え方に頼っている。

「米国もロシアも、核兵器を持つことで国が生き残れると考えている。国際社会の中で自国の立場を守れる限り、主権は保証されるという発想だ。だから核兵器が、そのための手段として位置づけられている。」と同氏は説明する。

核兵器を持っているかどうかは、大国の行動を大きく左右する。ロドリゲス・スーマノ氏は、対応の違いがはっきり表れる例として、中国や北朝鮮への姿勢を挙げる。

Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.
Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.

「ロシアは、中国や北朝鮮に対して慎重に振る舞っている。米国も現在、北朝鮮に対して直接的な軍事行動を取っていない。核兵器を持つ相手には、対応が変わるのだ。」と同氏は語る。

さらに同氏は、ヨーロッパが難しい立場に置かれているとも指摘する。国際秩序が変化する中で、欧州はロシアの勢力拡大への対応を迫られる一方、グリーンランドをめぐる強硬な発言や取得をちらつかせる圧力といった、新しい形の脅しにも向き合わなければならないという。

技術変化がもたらす新たなリスク

本書の大きな特徴の一つは、これまでの軍備管理の考え方では十分に対応できなくなりつつある、新しいリスクを正面から取り上げている点にある。サイバー攻撃や人工知能(AI)、情報戦の広がりが、核兵器を管理する仕組みを一段と複雑にしているという問題だ。

たとえば、核兵器の指揮や管理を担うシステムに不正に侵入される可能性や、ミサイル発射を察知する早期警戒データが改ざんされる危険性が指摘されている。さらに、AIを使った判断が誤作動を起こせば、誤った決定につながるおそれもある。こうした事態は、もともと不安定な核抑止の仕組みに、新たな不安定要因を加えかねない。

編者たちは、これらの問題を「遠い将来の話ではなく、すでに直面している現実的な課題」だと位置づける。そのため、時代に合った新たなルール作りと、国境を越えた協力を改めて強化する必要があると訴えている。

この点で、外交や検証制度、国際的な取り決めを重視してきたラテンアメリカの経験は、地域を超えて参考になる教訓を含んでいると本書は示している。

世界に開かれた無料公開の書籍

『核時代80年』は、印刷版に加え、メキシコ国際研究協会(AMEI)のウェブサイトから無料でダウンロードできる。英語版の準備も進められており、日本語版についても翻訳に向けた支援が模索されている。

本書には、国際原子力機関(IAEA)事務局長のラファエル・マリアーノ・グロッシ、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のヤンス・フロモウ・ゲラ、ラテンアメリカ・カリブ海核兵器禁止機構(OPANAL)の国際関係担当官マルタ・マリアナ・メンドサ・バスルト、国連常駐コスタリカ代表のマリツァ・チャン・バルベルデなど、国際的に影響力のある専門家や外交官の論考も収録されている。

Guillermo Ayala Alanis
Guillermo Ayala Alanis

寄稿者たちの分析が共通して伝えるのは、核のリスクが再び高まる時代にあっても、ラテンアメリカ・カリブ海が歩んできた軍縮の道は、決して時代遅れではないという点だ。むしろ、それは現実の国際政治の中で成り立つ、もう一つの安全保障の選択肢である。

核時代の幕開けから80年。世界が再び「抑止」に立ち戻ろうとする今、この地域の経験は、安全は本当に核兵器に依存しなければ守れないのかという根本的な問いを、改めて私たちに投げかけている。(原文へ

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「勝利と涙」:元グルカ兵が告発する不平等―フォークランド戦争とハワイ事件の記憶

【カトマンズNepali Times=ビシャド・ラージ・オンタ】

ネパールのグルカ兵は、比類ない勇気と忠誠心で世界的に名高い。だが、1986年にハワイで起きた出来事と、その後に続いた公正な賃金・年金を求める長い闘いは、ネパールの屈強な兵士たちが不正義を黙認しない存在でもあることを示している。

香港を拠点とする「第7エディンバラ公爵グルカ・ライフル連隊第1大隊」は、統合太平洋多国籍即応訓練センター(Joint Pacific Multinational Readiness Center)でのジャングル戦訓練のため、ハワイに派遣されていた。その最中、同部隊の兵士たちが指揮官のコリン・ピアース少佐(Major Corin Pearce)に暴行を加える事件が起きた。

Gurkhas in Falkland

グルカ兵側は、ピアースが自分たちを侮辱したと主張し、兵士111人が解雇された。ピアースは肋骨を折り、頭部にも負傷を負ったが、本人もまた除隊処分となった。

この事件は世界的に報じられ、英軍においてネパール人兵士が公正に扱われていないのではないか、という見方を強めた。また、退役兵の一部が英国人同僚と同等の補償を求め、数十年に及ぶ闘いを始める契機にもなった。

退役した英軍グルカ兵のシャンカル・ライ(Shankar Rai)は、著書『Triumph and Tears』で、当時目撃したハワイ事件を振り返るとともに、1982年のフォークランド/マルビナス戦争での体験も描いている。そこには、英軍が自分や仲間に対して行った不平等と不正義への数多くの不満が並ぶ。彼の語りは憤りと幻滅に貫かれ、忠誠と信念を抱いて務めたにもかかわらず、裏切られたという感情がにじむ。「英国軍のグルカであること」の光と影と醜部を記した記録である。

この本はまた、権力を振りかざす一個人が、ネパールと英国が2世紀にわたり積み重ねてきた共有の歴史に傷をつけ、当事者たちの人生を壊し得ることへの警鐘とも読める。忠誠は当然視されるべきではない、ということの証明でもある。

フォークランドでアルゼンチン軍を退けてから4年後の1986年、グルカ・ライフル連隊の複数の中隊や小隊が、米英合同の軍事演習「Exercise Union Pacific」のためハワイに駐屯した。目的は「米海兵隊と協力し、海上戦闘の技術を完成させる」ことだった。

規定では、英軍グルカ部隊の中隊長は少佐階級であり、ネパール語試験に合格している必要があった。しかしピアース大尉(Captain Pearce)は、旅団長の娘婿で、連隊外勤務中という事情もあり、この規定は免除された。彼は臨時の少佐(Acting Major)に任命されたのである。

ところがピアースは、ネパール語も文化も学ぼうとしなかった。ライの記述によれば、彼は機会あるごとにグルカ兵を貶め、貧しく、愚かで、無礼で、後進的で、そこにいられるだけでも幸運だと言わんばかりに侮辱したという。ライはこう記す。「ピアース大尉はハワイに着くと、自分を主人、グルカを召使いのように扱い、米軍の前で見せつけた」

著者はほかにも、過酷な訓練中に本来支給されるはずの配給の4分の1しか受け取れなかったことや、高熱の兵士がいても訓練を強行させられたこと、さらにはネパール人を「文明化」したと主張したことなど、数々の屈辱を挙げている。

ピアースは訓練前にネパール東部を訪れ、苛烈な貧困を目にしていた。彼はその経験を持ち出し、グルカ兵に「この仕事に就けてどれほど幸運か」を繰り返し説き、「ネパールの首相より稼いでいる」と言い続けたという。

ハワイでの最後の送別会では、ピアースが机を並べて閲兵台のようなものを作り、グルカのバグパイプとドラムの楽隊に、演奏しながら自分の周囲を行進するよう命じた。怒りが限界に達した兵士たちは、宴の後、酩酊した一団となってピアース大尉とチャンドラ・クマール・プラダン(Chandra Kumar Pradhan)をテントから引きずり出し、暴行を加えた。両名とも肋骨を折り、少佐の頭部は15針を要した。

事件を調査した報告書は、「この遺憾で見苦しい一件は、英国軍におけるグルカ旅団の忠誠と勇敢な奉仕の伝統と完全に相いれないものとみなされる。例外的かつ非典型的な出来事であり、旅団が高い評価を受けてきた事実を損なうことがないようにされるべきだ」と記した。

だが実際には、第1/7中隊の兵士の多くが、暴行に関与したか否かにかかわらず解雇された。著者は、その後の「恥」の連鎖を描く。解雇された兵士たちは面目を失ってネパールに戻った。

「屈辱で身が焼ける思いだった。人生が怖くなった」と著者は書く。父親からは「お前を息子と呼ぶのが恥ずかしい」と言われたという。「友人の多くは恋人に去られ、別の相手と結婚された。イタハリ出身のライフルマン、ケム・グルン(Khem Gurung、21162015)は自殺した」とライは記す。解雇者はブラックリスト化され、他の仕事にも就けなかったとも述べる。

彼らは英国政府を相手取った法的措置も検討したが、高額な有名弁護士を雇う余裕がなく、敗訴すれば英国政府側の訴訟費用まで負担することになるとして断念した。

一方、英国で4年勤務したグルカ兵には英国への移住が認められた。ハワイ事件で解雇された人々の多くがこの選択肢を取り、著者自身も現在はオックスフォードに暮らしている。

ライは本の終盤で、痛みと感情を吐露する。「生活は小さな仕事に頼っている。残りの時間は、ハワイ事件の被害者の問題提起に注いでいる。私たちは一生、侮辱、憎悪、軽蔑を背負わされる。軍法会議よりも苛酷で、重すぎて耐えられない」と。

本書は薄く、素早く読める。30年前の事件を扱いながら、ライの筆致は兵士らしい精密さを備える。怒りは年月を経ても消えていないが、物語は過度に劇的に誇張されてはいない。

前半では、南大西洋をQEII(クイーン・エリザベス2世)で渡り、戦地へ向かう様子が描かれる。客船だったQEIIは兵員輸送船に改装され、内陸国ネパール出身の兵士の多くは船酔いに苦しんだが、1日2缶のビールを喜んだ。船内にはBarclays Bankの支店まであったという。

中隊内や戦場で育まれた友情の描写は胸を打つ。彼らはアルゼンチン軍の爆撃に耐え、塹壕を掘り、南半球の冬の雨の中で戦った。仲間と茶を分け合う場面、戦友の死を目の当たりにする場面、若いアルゼンチン兵の遺体のポケットから妻子の写真が見つかる場面などが、小さな挿話として織り込まれる。

グルカ兵という威信、名誉、神話の背後で、そこにあるのは縁故主義、ひどい上司、低い待遇という「もうひとつの職場の現実」でもあるように見える。それでもなお、絶望の深さゆえか、いまも英国軍の募集には、毎年最大2万人の若者が300の枠を求めて応募するとされる。(原文へ

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