ホーム ブログ ページ 5

核の忘却:核兵器に対抗する芸術の役割を強調する展覧会

過去の政治的な活動と現代の核軍備に関する懸念が、ディエゴ・リベラ氏と現代アーティストのペドロ・レイエス氏を結びつけた。

【メキシコシティーINPSJ=ギレルモ・アヤラ・アラニス】

彫刻家であり活動家でもあるペドロ・レイエス氏が、自身の作品と核軍縮運動の先駆者であるメキシコの著名な壁画家ディエゴ・リベラ氏との間に見出した共通点には、平和の促進と核兵器不拡散の擁護運動への意識を喚起するために芸術を利用することが挙げられる。

ペドロ・レイエス氏による展覧会「Atomic Amnesia(原子力の記憶喪失)」は、メキシコシティのディエゴ・リベラ・アナウアカリ美術館で開催された。この展覧会では、社会的な省察を促し、核の脅威のない世界を目指して戦った人々、そして現在もその戦いを続けている人々に敬意を表するために、20点の彫刻作品が展示された。

先住民文化の象徴性と芸術で築き上げられ装飾されたアナウアカリ美術館は、レイエスの彫刻を展示するのに理想的な場所だった。この美術館には、ディエゴ・リベラの作品「戦争の悪夢、平和の夢。リアリスティック・ファンタジー」(1952年)というスケッチも収蔵されている。この作品では、有名な壁画家リベラが妻フリーダ・カーロ氏と共に行った平和と核兵器廃絶のための活動を描いており、原子爆弾をテーマにした最初期の絵画表現の一つとなっている。

ペドロ・レイエス氏
ペドロ・レイエス氏

「ペドロ・レイエス氏とディエゴ・リベラ氏の芸術は、芸術を通じて社会の意識を変革し、平和やより良い社会のためにメッセージやコミュニケーションを生み出すことに関連している。そして、過去を振り返ることで現在を改善し、未来をより良くできることを思い出させてくれます。」と、ディエゴ・リベラ・アナウアカリ美術館のメディア部門責任者であるロドルフォ・カデナ・ラブラダ氏はINPS Japanの取材に対して語った。

一方、来場者の一人であるジョセリン・トルヒーヨ氏は、「この展覧会を通じて、少しでも意識を高めることができました……これが存在し、そこにあることを思い出させてくれて、もしかしたら何か行動を起こせるかもしれないという気持ちになります。」と語った。

展覧会でペドロ・レイエス氏が展示した作品の中には、高さ9メートルの核のキノコ雲を模したインフレータブル彫刻「ゼロ・ニュークス(Zero Nukes)」もあった。この彫刻のドーム部分には「核兵器ゼロ」という力強いメッセージが込められており、核兵器を保有する9か国(中国、フランス、インド、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、ロシア、英国、米国)の言語で祈りの言葉が記されている。

Photo: Zero Nukes. Credit: Guillermo Ayala Alanis.

別の来場者であるサンティアゴさんは、「特に大きな地球儀の作品が気に入りました……核兵器は私たちが解決しなければならない非常に大きな問題だと思います。」と感想を述べた。

この展覧会では、「核兵器ゼロ」というフレーズをスペイン語や日本語などさまざまな言語で再現した白黒のバナーシリーズも展示されてた。                                                       

Foto: Pax Atómica. Crédito: Instagram Pedro Reyes.

「Pax Atomica(2023)」は、初めて一般公開された彫刻であり、注目を集めた作品の一つとなった。この作品は、1945年8月6日に広島市とその住民を壊滅させた核爆弾「リトルボーイ」と全く同じ形状と寸法を持つ鳥かごの彫刻である。

「その大きさの物体がこれほどまでに甚大な被害を引き起こしたことを想像するのは難しいです。そして、この鳥かごとの融合を通じて、ペドロ・レイエ氏が伝えたいメッセージは『私たちの平和や自由は、もしそれが鳥かごに閉じ込められているのなら、一体どこにあるのか』ということです。」と、ディエゴ・リベラ・アナウアカリ美術館のメディア部門責任者であるロドルフォ・カデナ・ラブラダ氏は語った。

また、展覧会では「Tregua(停戦)」(2024年)も展示された。この彫刻は白い大理石と火山岩で作られており、手が白い鳩の形を模しています。

この作品は、平和を世界にもたらすために必要な努力を象徴しており、手を「労働の寓意」として表現し、それが鳥へと変容することでその意味を表現している。

Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL
Treaty of Tlatelolco Credit: OPANAL

メキシコが核兵器禁止のために行ってきた歴史的な外交活動も、この展覧会で紹介された。作品「Vestido(ドレス)」は、反核スローガンやグラフィックを衣服に取り入れたもので、携帯型バナーとしての役割を果たすとともに、1967年に制定された「トラテロルコ条約」を想起させるものだった。この条約は、ラテンアメリカにおいて核兵器の製造、実験、貯蔵、または流通を一切禁止することを保証するものである。

この文書は、1982年にノーベル平和賞を受賞したメキシコのアルフォンソ・ガルシア・ロブレス氏によって推進され、世界各地での「非核兵器地帯」の設立の模範となった。

ペドロ・レイエスは、彫刻作品だけでなく、核兵器やその危険性に関連する問題についての活動家としての役割や取り組みを来場者に伝えることを目指した。展覧会「Atomic Amnesia(核の忘却)」では、南太平洋の島々や米国のニューメキシコ州などでの核実験がもたらした影響を暴露し告発するビデオが随所で上映された。また、核兵器の開発や製造に資金を投じる企業、銀行、投資ファンドを告発する映像も上映されています。

Photo: Vestido (Dress). Credit: Guillermo Ayala Alanis.

昨年8月の展覧会発表時に、ペドロ・レイエス氏は自身が反核運動に関わるようになったのは比較的最近であると述べた。しかし、その才能はメキシコやアメリカ各地での作品発表に加え、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などの国際的な組織との協力にもつながっている。彼は「芸術は知識への入口となり得る」と理解したと語り、「私は反核運動の世界に関わるようになって約4ですが、世界にはこの活動に関わる人は約500人しかいません。この運動はとても小さなもので、あまり注目されていません……ジェンダー問題や環境問題、エネルギー、社会正義など他のテーマの方が人気があります。しかし、核兵器の問題は依然として非常に深刻です。何兆ドルもの資金が核兵器の近代化に投じられており、アメリカだけでも1.8兆ドルが核兵器更新に使われています。しかし、誰もこのことを知らず、報道されることもありません。だからこそ、『記憶喪失(アムネジア)』というテーマが重要なのです。」と語った。

ICAN
ICAN

ペドロ・レイエス氏の展覧会は、2024年9月から25年1月までメキシコシティ南部に位置するアナウアカリ美術館で開催された。一方、壁画のスケッチ「Pesadilla de guerra, sueño de paz. Fantasía realista(戦争の悪夢、平和の夢。リアリスティック・ファンタジー)」は、常設展示品として残されている。

この壁画は現在失われた作品であり、1957年にリベラ氏がこの作品を中国政府に寄贈し、旧共産圏諸国を巡回展示するために提供した後、1950年代に消失したとされている。この作品に関して残されている唯一のものが、アナウアカリ美術館で展示されている長さ9メートルのスケッチである。

この作品は発表以来、その内容が物議を醸し、検閲の試みも受けてきました。その背景には、冷戦が始まったばかりの時代における政治的・社会的対立が描かれていることがあります。作中には、ヨシフ・スターリンや毛沢東の姿が描かれているほか、イギリス、アメリカ、フランスに関連する人物が風刺的に表現されています。

また、このスケッチには朝鮮戦争の殉教者への言及や、ビキニ諸島で爆発した原子爆弾のグラフィック表現も描かれている。

Image:  Sketch of the mural Pesadilla de guerra, sueño de paz. Fantasía realista.Credit: Guillermo Ayala Alanis.
Image:  Sketch of the mural Pesadilla de guerra, sueño de paz. Fantasía realista.. Part of the representation of the nuclear explosion and Korean War. Credit: Guillermo Ayala Alanis.

壁画スケッチの下部には、車椅子に座ったフリーダ・カーロや他の活動家たちが、原子兵器禁止を訴える最初のキャンペーンであるストックホルム・アピールの署名を集めている様子が描かれています。ディエゴ・リベラ氏と妻のフリーダ・カーロ氏は、パブロ・ピカソ氏、アンリ・マティス氏、パブロ・ネルーダ氏などの芸術家も参加した、この核兵器禁止を目指す最初の世界規模の運動に深く関わっていた。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in partnership with Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

関連記事:

「二度とあってはならない!」長崎原爆の被爆者がメキシコで訴え

ラテンアメリカとOPANAL:ヒロシマ・ナガサキから79年、核兵器との闘いにおける重要な指標

「グローバル・ヒバクシャ:核実験被害者の声を世界に届ける」(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

実りの時:35年後のバチカンとベトナムの外交関係(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

ベトナム共産政権とのこれまでの取り組みを基盤に、教皇フランシスコによる対話の最近のジェスチャーが、両者間の「相互認識」に繋がった。

【National Catholic Register/INPS Japanホーチミン=ヴィクトル・ガエタン】

これはベトナムからの3部作の最終記事です。第1部第2部はこちらでお読みいただけます。

ホーチミン市大司教区の立派な書店は、パリ・コミューン広場に位置しており、「教皇フランシスコ」に関する書籍が並んでいる。この広場は1964年から75年の間、「ジョン・F・ケネディ広場」として知られていた。

広場の中心には、1959年に設置された白い大理石の聖母マリア像が立っています。この像は9年前、「涙が右頬を流れた」という噂で話題になりました。台座には次の言葉が刻まれています:

Regina Pacis(平和の女王)
Ora Pro Nobis(我らのために祈りたまえ)

広場の中央には、1959年に設置された壮大な白い花崗岩の聖母マリア像がそびえている。この像は9年前、右頬に涙が流れたという話が広まり、人々を騒然とさせた。像の台座には、青銅のプレートで次の言葉が刻まれている。

Regina Pacis Ora Pro Nobis(平和の女王よ、我らのために祈りたまえ)

This Catholic bookstore is across the street from Notre Dame Cathedral. The quote is from Corinthians 3:6: ‘I have planted. Apollos watered. But God gave the growth.’(Photo: Victor Gaetan)
This Catholic bookstore is across the street from Notre Dame Cathedral. The quote is from Corinthians 3:6: ‘I have planted. Apollos watered. But God gave the growth.’(Photo: Victor Gaetan)

過去、現在、そして未来が、このダイナミックな国では鮮やかに共存しているのを感じることができる。

広場には二つの建物がそびえ立っている。一つは、共産党のもとでのベトナム統一に生涯を捧げたホー・チ・ミン氏の巨大な肖像画が掲げられた中央郵便局。もう一つは、1880年に完成したロマネスク様式の宝物聖母無原罪大聖堂で(ノートルダム大聖堂)で、現在は修復工事のため足場に覆われていた。その向かいには、聖具や祭服を販売する「ノートルダム書店」がある。

大司教邸宅と事務所までは徒歩で20分。そこで、地元教会と国家の関係についての洞察を求めて、多くの役職を兼任する神父を訪ねた。その人物は、ベトナム司教協議会の主任秘書(全41名の司教を代表)、移住者と移動労働者のための司牧委員会の書記、そしてサイゴン大司教区における外国人のための司牧司教代理を務めるイエズス会のジョセフ・ダオ・グエン・ヴー神父だ。この神父は一体いつ眠るているのだろうか。

大統領の来訪

昨年8月、ヴー神父は歴史的な会合に出席した。この会合では、当時のベトナム大統領ヴォー・ヴァン・トゥオン氏が、バチカンで教皇フランシスコと会見した経験をカトリック司教たちに共有するため、ホーチミン市の司教本部を訪問した。

「彼は教皇様とパロリン枢機卿に非常に良い印象を持ったと言っていました。」とヴー神父は語った。「そして、彼らが話し合った内容を司教協議会に伝えると約束し、自ら出向いてこられたのです。これほど高位の国家関係者が来訪したのは初めてのことでした。」

ベトナムとバチカンは数十年にわたり活発な対話を続けており、1975年に共産政権が誕生した当初の厳しい反キリスト教的姿勢にもかかわらず、教会の地位は着実に向上してきた。

ヴー神父によると、大統領は「教会が貧しい人々、特に子供たちのために、国家や民間部門と協力する分野を拡大することを望んでいる。」また、多くの神父や修道女がパンデミックの最中に自ら志願して病院へ行き、人々を助けていることに触れ、「政府はカトリック教会の素晴らしい資源を認識している。」と述べた。

常設教皇大使館?

新たな形での協力を実現することは依然として困難であり、その主な理由は、法律により学校や公共の場での宗教教育が禁止されていることにある。しかし、ヴー神父は、大統領と教皇の会談の最も具体的な成果として、ベトナムに常駐する教皇代表の設置が合意されたことを喜んで確認している。

2023年のクリスマスイブ、教皇庁は、シンガポール駐在の教皇大使であるポーランド人のマレク・ザレフスキ大司教がベトナムの新しい教皇庁代表として任命されたと発表した。

現在、ザレフスキ大司教は、ハノイのパン・パシフィックホテル内にある事務所兼住居を拠点としている。政府から複数回の再入国を許可するビザが発給されており、毎月ハノイを訪れ、30日間の滞在期限が切れる前にシンガポールに戻っている。

「前任者のレオポルド・ジレッリ大司教(2011-17)の時は、政府の規制が非常に厳しかったです。」とヴー神父は振り返る。「2018年以前は、直接的な対話のルートがなかったからだと思います。今では直接的なルートができたので、ビザのような問題も緩和されるようになりました。」

ハノイに教皇庁大使館(常設教皇大使館)を設置する可能性については、現在も議論が進められている。

ヴー神父の説明によると、この問題はベトナム政府とバチカンの間に残る対立の核心に触れるものである。「現在、政府は教皇、そしてその代表者を霊的な指導者としては受け入れていますが、国家元首としては認めていません。しかし、バチカンは教皇を国家元首としても認めることを望んでいます。」——これには通常、大使館の設置が伴います。

今年の進展を示す出来事として、4月にバチカンの外務大臣に相当する国務長官補であるポール・ギャラガー大司教が、6日間の訪問のためハノイに到着した。この訪問は、大統領の突然の辞任が数週間前にあったにもかかわらず実現した。

ギャラガー大司教は、ハノイ、フエ、ホーチミン市の国内三大大司教区でそれぞれミサを執り行い、首相や外務大臣とも会談した。カトリック・ニュース・エージェンシーによれば、これは1975年のベトナム戦争終結以来、バチカンからの初の高官訪問だった。また、教皇フランシスコの訪問の可能性についても議題に上ったとのことだ。

教皇の書簡とハノイの遅れた対応

A granite statue of Mary, Queen of Peace was installed in front of Notre Dame Cathedral in 1959. (Photo: Victor Gaetan)
A granite statue of Mary, Queen of Peace was installed in front of Notre Dame Cathedral in 1959. (Photo: Victor Gaetan)

2023年9月、教皇フランシスコはベトナムのカトリック信者に向けて、教会と国家の関係についての進展を報告する書簡を送った。この中で、教皇は「相互の信頼」や「相互理解」といった言葉を使いながら、バチカンとベトナム政府の対話が進化していることを前向きに伝えた。また、ベネディクト16世の言葉を引用し、ベトナムのカトリック信者たちに「教会の娘であり息子であると同時に、ベトナムの市民でもある」という認識を持つよう呼びかけ、両者の間に摩擦はないと強調した。

教皇はカトリック共同体の献身を称賛し、すべての人々に恩恵をもたらす「具体的な慈善活動の実践」を続けるよう促した。この書簡は劇的な内容ではなく、むしろ穏やかで肯定的で、父親のような温かさに満ちている。

一方で、ベトナム政府はこの文書を劇的なものと捉えたようで、少なくともその遅れた公式な対応からそう見受けられる。

バチカンからの書簡が発表されてから10か月後、ベトナム政府宗教問題委員会はその意義を議論するためのワークショップをハノイで開催した。この会議には、カトリック司教協議会の総書記であるジョセフ・ド・マン・フン司教や5名の司教、およそ12名の司祭、そして多くの国家関係者が招待され、国内メディアも多数出席した。

内務省の副大臣で宗教を管轄する官僚は、教皇フランシスコの書簡について「イデオロギーの歴史的対立を正式に廃止し、最終的に終わらせた」と宣言した。そしてさらに、「これが相互認識の印となる」と述べた。

実際、ベトナムにおける教会の強さは、相互尊重の時代にさかのぼることができる。

Portrait of St. Francis Xavier Credit: Public Domain.
Portrait of St. Francis Xavier Credit: Public Domain.

1659年、偉大な教会外交官であるアレクサンドル7世は、コーチシナ(現在のベトナム)の初代使徒代理であり、パリ外国宣教会のメンバーであるピエール・ランベール・ド・ラ・モット神父に、現地の支配者や伝統を尊重するよう指示した。

「君主への服従を説き、彼らの繁栄と救いのために心を込めて神に祈りなさい。スペイン人、フランス人、トルコ人、ペルシア人、またはその他いかなる派閥の種もまいてはならない。宗教や道徳に明確に反しない限り、これらの人々の生活や文化を変えるための議論を持ち出してはならない。私たちの思想を彼らに押し付けるのではなく、私たちの信仰を伝えなさい。」

このメッセージは、それより100年前に日本で活動した偉大な宣教師、聖フランシスコ・ザビエルが実践したものと類似している。ザビエルは現地の言語と文化を学びながら、日本人聖職者を育成するために2年間を費やした。

バンブー外交

2016年以降、ベトナムは巧妙な外交戦略を展開し、特に貿易のために西側諸国との関係を深める一方で、隣国の中国や軍事供給元であるロシアとの長年の関係を乱さないよう努めている。

Location of Vietnam. Credit: Wikimedia Commons.

この外交姿勢は「バンブー外交」として知られており、しなやかさを持ちながらも揺るがない立場を特徴としている。その独立性は、「四つのノー」と呼ばれる自ら定めた指針によって明確にされている。

軍事同盟は結ばない

外国の基地をベトナム領内に置かない

他国と協力して特定の国に対抗しない

国際関係において力を用いた威嚇や使用をしない

この戦略は、生産的なパートナーシップを通じてベトナムの国際的な影響力を拡大することを目指している。現在、ベトナムは国連加盟国191か国と正式な外交関係を結んでおり、教皇庁は184か国と二国間協定を結んでいる。

2023年9月以降、米国とベトナムは「包括的戦略的パートナーシップ」を結び、これによりベトナムは米国の主要なハイテクおよび半導体分野のパートナーとなる可能性がある。

ベトナムはすでに中国、ロシア、インド、韓国と同様の正式な協定を結んでおり、その後、日本、オーストラリア、フランスとのパートナーシップも追加した。また現在、シンガポール、フィリピン、インドネシアとの関係を格上げするための交渉を進めている。

独立戦略を再確認しつつ、ベトナム政府は主要国の間を巧みに動いています。2023年12月には、中国の「共に未来を共有する共同体」構想に参加し、6か月後にはトー・ラム国家主席がロシアのプーチン大統領を迎えた。8月には、共産党書記長の肩書きを加えたラム国家主席が北京を訪問し、その翌月には国連でジョー・バイデン大統領と会談した。

静かに、ベトナムは全ての隣国と主要大国との関係を良好に保つ数少ない国の一つとして浮上し、その外交的および経済的利益を享受している。そして次に教皇庁との関係が待ち構えている。

パロリン枢機卿とラム大統領

9月22日、バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は国連でラム党書記長・国家主席と会談した。両者は外交上の進展を確認し、教皇フランシスコによるベトナム訪問について話し合った。これは、教皇として初めての訪問となる。

その成果は熟しており、ベトナムと教皇庁が近く二国間協定を締結することは確実であり、これにより使徒的訪問への道が開かれるだろう。この訪問は、ベトナムのカトリック信者たちが大いに期待するものであり、国を活気づけると予想される。

「もしフランシスコ教皇がベトナムを訪れるなら、歓迎するのはカトリック信者だけでなく、国全体が彼を歓迎するでしょう。」とヴー神父は予測している。

神父は続けてこう述べた。「教皇様はきっと南北を訪れるでしょう。それはここベトナムのカトリック信者だけでなく、国外でいまだ分断の痛みを抱える私たちにとっても和解の源となり、希望と信仰をもたらしてくれるでしょう。なんと美しいことでしょう!」(原文へ

INPS Japan

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ビクトル・ガエタンは、国際問題を専門とするナショナル・カトリック・レジスターの上級特派員であり、バチカン通信、フォーリン・アフェアーズ誌、アメリカン・スペクテーター誌、ワシントン・エグザミナー誌にも執筆している。北米カトリック・プレス協会は、過去5年間で彼の記事に個人優秀賞を含む4つの最優秀賞を授与している。ガエタン氏はパリのソルボンヌ大学でオスマントルコ帝国とビザンチン帝国研究の学士号を取得し、フレッチャー・スクール・オブ・ロー・アンド・ディプロマシーで修士号を取得、タフツ大学で文学におけるイデオロギーの博士号を取得している。彼の著書『神の外交官:教皇フランシスコ、バチカン外交、そしてアメリカのハルマゲドン』は2021年7月にロウマン&リトルフィールド社から出版された。2024年4月、研究のためガエタン氏が初来日した際にINPS Japanの浅霧理事長が東京、長崎、京都に同行。INPS Japanではナショナル・カトリック・レジスター紙の許可を得て日本語版の配信を担当した(With permission from the National Catholic Register)」。

*ナショナル・カトリック・レジスター紙は、米国で最も歴史があるカトリック系週刊誌(1927年創立)

関連記事:

ベトナムがアジア地域の教会の統一に貢献する方法(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

|バーレーン対話フォーラム|宗教指導者らが平和共存のための内省と行動を訴える

歴史的殉教地ナガサキ:隠れキリシタンから原爆投下まで

SDGs達成の鍵:より良いデータがアフリカを発展させる方法

【アディスアベバIPS=ブサニ・バファナ

国勢調査の締め切りを守れない国々があるため、アフリカの3人に1人が正確に把握されていないという現状は、開発計画にとって大きな後退となっている。

2030年の持続可能な開発目標(SDGs)達成の期限が迫る中、研究はアフリカが重要な目標達成に遅れを取っていることを示している。さらに、多くのアフリカ諸国が自国民の社会経済的なニーズについて正確な情報を持たず、開発プログラムを効果的に計画できないという課題がある。

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

しかし、解決策はある。それは、強力なデータと統計システムへの投資だ。アフリカ統計センター(ACS)所長であり、国連アフリカ経済委員会(ECA)のチーフ統計官でもあるオリバー・チンガニャ氏はこう提言する。

「アフリカ諸国はデータの重要性を語っていますが、投資はしばしば不十分です」とチンガニャ氏はIPSの取材に対して語り、1990年以降の国連主導の国勢調査ラウンドにおけるアフリカの不均一な参加に言及した。同氏は、より多くの国が国勢調査に参加しなければ、3億7600万人が正確に把握されないリスクがあると警告している。

「正確で信頼できる統計は、政府が開発支出の配分をより良く計画し、達成した成果を追跡できるようにすることで、SDGs目標を向上させるための国家経済成長の新たな原動力、いわば『新しい石油』です」とチンガニャ氏はIPSに語った。

正確なデータと統計がなければ、多くのアフリカ諸国は開発計画を立てるのが難しく、結果として大陸外から生成された統計に頼らざるを得ない状況だという。

2023年のSDGsサミットでは、SDGsを拡大するための12の高影響イニシアチブの一つとして、「データの力を活用してデータ配当を解放する」というプログラムが国連によって開始された。アフリカ諸国は統計部門への国家予算の0.15%を投資することを約束したが、これを実行している国はほとんどない。

IPSは、アフリカ統計開発フォーラム(FASDEV)の第11回会合後にチンガニャ氏にインタビューを行った。この会合は、統計開発を支援する国々、パートナー、機関間の連携を促進するECAの取り組みの一環である。

IPS: データや統計について話すとき、それが実際に何を意味し、アフリカの発展においてなぜ重要なのでしょうか?

オリバー・チンガニャ氏: データと統計は非常に重要です。それらはさまざまなレベルでの計画策定に使用されます。最近では政府だけでなく、すべての人がデータを必要としています。たとえば、市場で何かを購入する前に、まずデータが必要です。価格や必要な物資が何であるかを知り、それを家に持ち帰るために何が必要かを判断するためにデータを使います。

政府レベルでも同様の意思決定が行われています。政府は「私たちが発展するためには何を計画する必要があるのか?」という質問をしています。たとえば、どれだけの学校が必要で、どのようなカリキュラムを設定する必要があるのか、どのような道路が必要で、国にはどのような生産システムが必要なのか、といったことです。これらの意思決定を支えるには、さまざまなデータや統計が必要です。

統計は政策のための証拠を提供します。統計は目標を設定し、ニーズを特定し、進捗を監視するのに役立ちます。適切な統計がなければ、過ちから学ぶことや政策立案者の責任を追及することができません。

質の高い統計は、基本的なサービスの効率的かつ効果的な提供を管理するために不可欠であり、透明性と説明責任を向上させる重要な役割を果たします。統計は単なる監視ツールとしてだけでなく、統計で測定された成果を推進するツールとしても開発の進展に貢献します。国の発展において、統計は非常に重要な役割を果たしているのです。

IPS: アフリカにおける統計の現状をどのように説明しますか?

チンガニャ氏: 大陸の統計の現状を問われると、それは一言で言えば「入り混じった状況」といえます。一部の国々は非常に良い進展を遂げていますが、他の国々はそうではありません。たとえば、2020年の国勢調査ラウンドでは、39のアフリカ諸国が国勢調査を実施しましたが、それ以外の国々は実施できませんでした。2024年12月時点で、アフリカ大陸では3人に人が依然として正確に把握されていません。この状況は残念であり、サービスの提供や開発に影響を与えます。

現在、多くの国が統計システムを近代化できていない状況があります。私たちの主な焦点の1つは、各国が国家統計システムを近代化し、変革する方法を支援することです。これは、従来の紙ベースのデータ収集方法から、タブレットや携帯電話のようなデバイスを使った近代的なデータ収集方法に移行することを意味します。私たちは各国が統計システムを近代化し変革する手助けをしています。しかし、そうした取り組みにもかかわらず、多くの国が近代化システムを構築・活用するプロセスにおいて課題を抱えています。

最大の課題はテクノロジーへのアクセスです。テクノロジーはエネルギーによって推進されます。エネルギーがなければ、効率的で技術的に駆動されるシステムを国に持つことはできません。また、効率的なインターネットサービスへのアクセスがあれば、デバイスを使って情報を収集できるようになります。

IPS: これまでにどのような成果が達成され、どのような課題に直面していますか?

チンガニャ氏: アフリカ諸国は、人口センサスの実施において大きな進展を遂げました。これまでのセンサスでは、データの収集と公開に2~5年を要していましたが、近代化されたシステムにより、一部の国ではこれが45日間に短縮されました。これは大きな成果です。

ECA(国連アフリカ経済委員会)は統計リーダーシッププログラムを導入し、大陸全体で変革をもたらしました。このプログラムでは、統計官が最新の統計システム管理方法を学び、その能力を幅広く向上させています。

また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生は、アフリカの国家統計システムの脆弱性を明らかにしました。特に、日常業務や現場でのデータ収集活動において影響を受けました。これに対応するため、ECAは加盟国の能力向上を支援し、国際統計基準に従った経済統計や国民経済計算の調和と比較可能なデータの作成・普及に技術支援を提供しています。

IPS: SDGsに影響を及ぼすとされるセンサスを実施できなかった国々を支援するためには何が必要ですか?

チンガニャ氏: SDGsに向けて進展している国々には、進展を加速するための支援が必要です。そうすれば、2030年までにSDGsを達成できるでしょう。

政府は、データと統計にもう少し投資すべきです。他の国や開発パートナーが代わりに行うのを待つべきではありません。これは自国のデータです。すべての政府はデータの重要性を認識しています。もしデータが重要であるなら、それに価値を置く必要があります。必要なのはリソースの投入、優先順位付け、そしてデータと統計を国家開発プロセスの一部とし、統計のための国家戦略を策定することです。

IPS: ECAは2023年から2030年の期間にわたるアフリカにおける公式統計の変革と近代化のためのロードマップを策定しました。その実施における進展はどのようなものですか

チンガニャ氏: 我々は多くの進展を遂げています。たとえば、2020年の国勢調査ラウンドでは、各国がタブレットを使用してデータを収集しました。これは近代化の一環です。つまり、従来のデータ収集方法からの脱却です。

さらに、消費者物価指数(CPI)を通じて、データ収集者はオンラインで消費財の価格を調査したり、スーパーマーケットに行ってデータをスキャンしたりできます。これも近代化の一部です。加えて、現在では「行政データ」と呼ばれるものを使用しています。これもシステムの近代化の一部です。保健所や病院の記録がデジタル形式に変換され、デジタルで収集できるようになっています。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

関連記事:

|アフリカ|なぜ小売業者らはデータ駆動型ビジネスにシフトすべきか

青少年の健康問題:データ、証拠の必要性強調

|アフリカ|新報告書が示す資金調達と開発目標達成の道

追放された指導者が投獄や絞首刑を逃れるために安住の地を求めるとき

【国連IPS=タリフ・ディーン】

中東やアジアの一部の指導者たちが権力を失い亡命に追い込まれると、皮肉屋たちは冗談を言う。「彼は政治的に死んだのか、それとも本当に死んで埋葬されたのか?」

この2つの違いは重要に思える。というのも、ある指導者たちの浮き沈みする政治生命と、逆境に抗って生き延びようとするこうした権威主義的な指導者たちの意志は、西洋の論理をいつも打ち破ってきたからだ。

Photo Col Muammar el-Qaddafi of Libya addressing the UN General Assembly sessions in September 2009. Credit: United Nations
Photo Col Muammar el-Qaddafi of Libya addressing the UN General Assembly sessions in September 2009. Credit: United Nations

昔、2人の中東の独裁者—イラクのサダム・フセインとリビアのムアンマル・カダフィ—は追跡され、処刑された。サダムはイラク特別法廷で人道に対する罪で有罪判決を受け、絞首刑を宣告された。一方、カダフィは反政府勢力によって激しく殴られた後、銃撃されて死亡した。

それでも、追放されたが生き延びたアラブの指導者には、2011年のチュニジアのジン・エル=アビディン・ベン・アリ、2011年のエジプトのホスニー・ムバラク、2012年のイエメンのアリ・アブドゥラ・サレハが含まれる。

しかし、アジアには珍しい例外があった。スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は亡命に追い込まれ、最初はモルディブ、次にシンガポール、最終的にはタイに避難した。避難先が尽きると、彼は母国に戻ったが、大統領職には戻らなかった。

アジアでは、他にも政権を追われ亡命した指導者がいる。パキスタンのナワズ・シャリフ、ペルベズ・ムシャラフ、ベナジール・ブット、アフガニスタンのアシュラフ・ガニ、タイのインラック・シナワトラ、そして最近ではバングラデシュのシェイク・ハシナなどだ。

1996年にタリバンが権力を掌握したとき、最初の政治的行動の1つがアフガニスタンのモハメッド・ナジブラ大統領をカブール市内のアリアナ広場で絞首刑にすることだった。

Image: Sri Lanka protestors storming presidential palace. Source: Hurriyet Daily News
Image: Sri Lanka protestors storming presidential palace. Source: Hurriyet Daily News

そして、再び権力を握った際には、アシュラフ・ガニの米国支援政府を追放した。ガニは、米国の名門アイビーリーグ教育機関の1つであるコロンビア大学で人類学の博士号を取得した元世界銀行職員だった。

ガニはFacebookの投稿で、タリバンに「絞首刑にされる」ことを恐れてアラブ首長国連邦(UAE)に避難したと述べている。
もしタリバンによるガニ大統領の捕縛が実現していれば、タリバンは2人の大統領を絞首刑にした世界唯一の政府という不名誉な称号を得ていただろう。しかし、幸いなことに、それは起こらなかった。

Bashar al-Assad , By Khamenei.ir, CC BY 4.0,
Bashar al-Assad , By Khamenei.ir, CC BY 4.0,

先週、14年間続いた内戦に敗れたシリアのバッシャール・アル=アサド大統領は、最も強力な政治的・軍事的同盟国の1つであるロシアに亡命した。

12月10日の記者会見で、国連人権高等弁務官フォルカー・トゥルク氏は次のように述べた。「シリアでは、数十年の残虐な抑圧を経て、14年近く続く容赦ない紛争の末に政権が追放された。」

「この期間中、数十万人の命が失われ、10万人以上が行方不明となり、約1400万人が家を追われ、しばしば最も非道な状況に陥った。」また、トゥルク氏は、彼らの絶望とトラウマを目の当たりにし、人権侵害の証言を聞いてきたと述べた。

しかし、ロシアの保護下にあるアサドが、自身の人道に対する罪について罰を受けることはないと予想されている。

コンシャンス・インターナショナルの会長であり、US Academics for Peaceの事務局長でもあるジェームズ・E・ジェニングス博士は、自身の経験についてIPSに取材に対してこう語った。「戦争前、ダマスカスの壮大な宮殿で、US Academics for Peaceの代表団の一員としてバッシャール・アル=アサドに一度だけ会いました。若きバッシャールが、西洋で教育を受け、非の打ちどころのない礼儀を備えた人物として、父親の残虐な抑圧からシリアを導き出すことを期待しました。」

The International Criminal Court (ICC) in The Hague, Netherlands
The International Criminal Court (ICC) in The Hague, Netherlands

アサドは、すでに国際刑事裁判所(ICC)で起訴されているイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と同様に、戦争の遂行に責任があり、人道に対する罪で裁かれるのが妥当だとジェニングス博士は指摘した。それは正義のためだけでなく、中東全体で半世紀以上続く流血を抑える一助にもなるでしょう。

しかし現実として、第二次世界大戦後に設立された国際機関には、たとえ個人が有罪とされたとしても、その判決を実行する能力がほとんどない。「現行の政府システムの下では、政府の長が『国家のためにという理由』で行動する場合、一定の免責が認められる。」とジェニングス博士は語った。

一方、反乱軍にはそのような保護はない。彼らが政府となるまでは。現在ダマスカスを支配しているイドリブからの連合はイスラム主義者によって率いられている。この時点では、アサド自身やバース党が権力を取り戻すことは到底考えられない。アサドが避難しているロシアも、彼を引き渡すことは考えられないだろう。

サンフランシスコ大学の政治学教授で中東研究部長のスティーブン・ズネス氏は、IPSの取材に対して、「アサドおよびシリアの他の高官が戦争犯罪や人道に対する罪に問われるべきである。」と語った。ズネス氏は、「証拠の収集が困難であるため遅れが生じたが、現在ではその作業がはるかに容易になるはずです。」と指摘した。「終盤の数日間に本格的な戦闘はほとんどありませんでした。ヒズボラの地上支援やロシアの空軍支援がなければ、アサドは彼を支持したくない徴集兵に頼らざるを得ませんでした。彼らはアサドを守るために戦い、死ぬ覚悟がありませんでした。」

Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider
Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider

これは軍事的な敗北ではなく、政治的な崩壊だった。「政府の強さは国民がその正当性を認める意志にかかっている。」とズネス氏は語った。

アサドがその罪に問われるべきかと尋ねられた際、国連のステファン・デュジャリック報道官は、「シリアでの人権侵害は、さまざまな独立委員会によって十分に記録されています。これらの侵害に関与した者は、疑いなく、責任を問われる必要があります。」と語った。

12月10日に発表されたヒューマン・ライツ・ウォッチの声明では、アサド政権は24年間の大統領任期中、数え切れないほどの残虐行為、人道に対する罪、その他の虐待を行ったとされている。これには、広範かつ組織的な恣意的拘束、拷問、強制失踪、拘留中の死亡、化学兵器の使用、戦争の武器としての飢餓、民間人や民間施設に対する無差別かつ意図的な攻撃が含まれる。

また、シリアで活動する非国家武装勢力、ハヤト・タハリール・アル=シャーム(HTS)や、11月27日に攻勢を開始したシリア国民軍の派閥も、人権侵害や戦争犯罪に関与しているとされている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東部長ラマ・ファキフ氏は、「バッシャール・アル=アサド政権の崩壊は、シリア人にとって正義、責任、そして人権尊重に基づいた新しい未来を築くための前例のない機会を提供します。」と語った。

「世界中に散らばるシリア人にとって、何年にもわたる犯罪や残虐行為に対する責任追及の夢が、現実に近づいています。新たなシリアの指導者が誰であれ、過去の抑圧や免責から完全かつ断固として決別し、すべてのシリア人の人権と尊厳を尊重するシステムを確立すべきだ。」とファキフ氏は語った。

「彼らは、前政権による犯罪や虐待の証拠を保存し保護し、公平かつ公正な正義を進めるために迅速に行動するべきです。また、武装反対勢力も、前政権に関連すると思われる個人を標的とした不法な攻撃を容認しないという強いメッセージを送るべきです。」

ジェニングス博士はさらに、「アサドへの非難は当然ですが、反乱軍もまた責任を負うべきです。シリア戦争が長期間にわたって恐ろしく血なまぐさい犠牲を伴った際、なぜ世界はこれほどまでに沈黙していたのでしょうか?」と語った。

「また、この地獄のような戦争の資金を提供した代理政府が責任を問われる日は来るのでしょうか?ロシア、トルコ、イランはこの戦争を誰が資金提供したのか?米国とイスラエルは何年にもわたりシリアの現場を爆撃してきました。」「シリア国内外での避難民の膨大な流入に対して、国際社会はなぜ十分な支援を提供しなかったのでしょうか?」

ジェニングス博士は、「バッシャールが2011年に反政府デモへの弾圧を命じた、あるいはそれを許したこと自体、許しがたいものです。」と断言した。

「若者が落書きを描いたことで殺され、拷問され、何千人もが投獄され二度と出られないようにする行為は、人道に対する罪以外のなにものでもでもありません。」

「中東の外交で以前使われた表現を借りれば、アサドは『繰り返しチャンスを逃し続けた』と言えるでしょう。過去25年間、何度も方向転換を促されたが、彼はそれを実現できず、あるいは実現しようとしなかった。それが結果的に、彼自身の権力維持のための選択であった。」とジェニングス博士は語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN BUREAU

関連記事:

クーデターの指導者たちは国連演説に正当性を求めようとしたのか

│書籍│中東における正義追求の歴史

|シリア|教育を受けるために地下に潜ることを強いられる子どもたち

モンロー・ドクトリンの復活?

【Global Outlook/London Post= ハーバードウルフ

就任の2週間前、次期米国大統領ドナルド・トランプ氏が、世界中を驚かせるようなトランプ氏らしい混乱した記者会見で、今後の準備すべき事態を示唆した。

就任までの期間は穏やかどころか波乱に満ちたものとなっている。その発言内容は劇的で、時には恐ろしいと感じられるほどだ。トランプ氏は、退任間近のカナダのジャスティン・トルドー首相を揶揄して「知事」と呼び、カナダが米国の51番目の州になるのは素晴らしいことだと述べた。また、デンマークからグリーンランドを買収し、必要であれば経済的圧力や軍事力を用いてパナマ運河を米国の支配下に置く意向を示した。さらに北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対し、国内総生産(GDP)の5%を軍事費に充てるよう要求した。一部の政治家や安全保障の専門家、メディアは、その資金で何を賄うのかを問うことなく、この要求に反応している。せいぜい「そんな巨額の資金をどうやって調達するのか」という懸念が出る程度だ。

トランプ氏が強硬に表明した領土的要求は、モンロー・ドクトリンを彷彿とさせる。1823年、当時のジェームズ・モンロー大統領は、議会への年次演説で米国の外交政策の基本原則を述べた。19世紀には、主にラテンアメリカにおける欧州の影響力を抑えることを目的としていた。このドクトリンの核心は、「西半球」(北アメリカ、南アメリカ、中米)で支配的な役割を果たすという主張だった。それが善意の覇権であろうと、必要なら軍事介入によるものであろうとだ。このドクトリンは20世紀初頭に再解釈され、米国の領土拡張主義を正当化した。当初は欧州の介入を防ぐことが目的だったが、1904年とお05年に行われたセオドア・ルーズベルトによる改正では、米国の介入を正当化しました。その結果、ラテンアメリカは米国の「裏庭」と見なされ、米国はこの地域で何十回も軍事力を行使し、政府を転覆させ、都合の良い指導者を任命することを厭わなかった。

今、トランプ氏はこのドクトリンに名指しはしないものの、露骨にその内容を取り上げているのだ。

19世紀の砲艦外交に逆戻りする世界?

西側諸国がしばしば言及する「ルールに基づく国際秩序」は、もはや過去のものなのだろうか?トランプ氏はためらうことなく「力の論理」に依拠している。彼は法律の力に無関心であるどころか、司法や法の支配に嫌悪感を抱いている。米国大統領として、数々の訴訟で証明されるように米国の司法を悪者扱いするだけでなく、国際法にもまったく関心がないように見える。

トランプ氏がその発言をどれほど真剣に考えているのか、 米国が同盟国や友邦としてどの程度信頼できるのかは、推測の域を出ない。いずれにせよ、トランプは1期目の大統領任期中には主に国内向けだった「MAGAプロジェクト(アメリカを再び偉大に)」を、力ずくで推し進め、国際的な対立も辞さない構えのようだった。

トランプ氏の発言の真剣さを解釈するには、少なくとも4つの視点がある。おそらく、これら4つの要素がすべて絡み合っていると考えられる。

まず第1に、トランプ氏の発言とその政治は、彼のナルシシズムとエゴに常に特徴づけられている。選挙後2回目の記者会見で、トランプ氏は世界中の注目を集めた。カナダ、パナマ、グリーンランド、デンマークの政府が彼の荒唐無稽な領土的要求に対して明確に拒絶する反応を示した。さらに、中国、日本、韓国など世界中でその発言に困惑の声が上がった。しかし、まさにこの注目がトランプを喜ばせるのだ。同時に彼の息子がトランプ専用機でグリーンランドに到着し、その写真が世界中に広がることで、トランプは自分が権力の中心であると感じることができる。したがって、メキシコ湾も「アメリカ湾」に改名すべきだと提案。「なんて素晴らしい名前だ」と彼は語っている。

第2の解釈は、トランプの予測不可能で混乱した政治を指摘するものだ。トランプは劇的な措置を発表するのが得意だ。「米国とメキシコの国境に壁を建設し、費用はメキシコが負担する」と主張した。しかし壁は完成せず、メキシコも費用を負担しなかった。それでもトランプは露骨な脅迫やばかげた主張を続けるのをやめない。記者会見では「海中の風力発電が原因で鯨が狂い死ぬ」と発言。さらに、一部の地域ではシャワーや蛇口から「ポタポタと水滴が出るだけだ」と主張し、それはバイデン大統領の責任だと語った。このような繰り返される嘘、事実の否定、ばかげた主張、突拍子もない因果関係の主張、混乱したスピーチは、新たに就任する大統領の政策の核心的要素だ。したがって、これらは真剣に受け止めるべきだろう。

皮肉や風刺にとどまらない現実

第3に、脅迫や威嚇は、すでにトランプの第1期政権中からその政治手法の一部だった。貿易関税は中国だけでなく、同盟国や隣国に対しても脅しとして利用された。必要であれば、米軍はパナマ運河を支配下に置くために介入する可能性がある。それが米国の安全保障のために必要だと主張されている。欧州のNATO加盟国が支払いを止めるのであれば、ロシアの侵略者に任せるだけだというのだ。このような政策はしばしば結果を生みだすことになる。例えば、欧州で国防費に必要なGDP比率についての議論が進んだことが挙げられる。また、韓国では、米国がもはや保護機能を提供しない場合、さらにトランプ氏が金正恩(「リトル・ロケットマン」)と取引する可能性がある場合、どのように対応すべきかについて議論が行われている。中東では、ハマスがすべての人質を解放しなければ「地獄を味わう」ことになると脅されている。

第4に、この記者会見における粗雑なアイデアの寄せ集めの中で、最も恐ろしいのは帝国主義的な願望リストだった。記者会見中、記者たちが次期大統領に対して、もしパナマが運河を放棄しなければ(明らかに国際条約に違反して)、またはグリーンランドに対しても、実際に軍事力を行使するのかどうかを問いただした際、その答えは明白だった。「それを排除することはできない。我々の経済的安全保障のために必要だ―パナマ運河は軍事のために建設されたものだ」と述べた。軍事行使を排除するのかという再質問に対しても、同様に明確に「その約束はできない」と答えた。これは帝国主義的なレトリックだ。これは小さな隣国に対する砲艦外交である。これは強権政治である。これは国際法を無視する言語であり、ウラジーミル・プーチン氏で見られるものと同じである。そしてそれが「米国を再び偉大に(MAGA)」という理念の名の下で行われているのだ。

2025年1月4日、ニューヨーク・タイムズは記者会見を受けて次のように結論づけた。「19世紀末の米西戦争を主導し、フィリピン、グアム、プエルトリコを米国の支配下に置いたウィリアム・マッキンリー大統領の時代以来、米国の大統領当選者がこれほどあからさまに武力行使による領土拡大を脅迫したことはなかった。」

この混乱したアイデアと新植民地主義的脅威が実現すれば、現在の国際秩序は大きく揺らぐだろう。第1期政権時には、一部の顧問が明らかに危険で違法な行動を阻止したが、今回トランプは自らの意図に忠実な顧問たちで周囲を固めているように見えることが非常に懸念される。

ハーバート・ウルフ(Herbert Wulf)は国際関係の教授であり、ボン国際紛争研究センター(BICC)の元所長です。現在はBICCのシニアフェローであり、ドイツ・デュースブルクエッセン大学平和開発研究所の上級研究員、およびニュージーランド・オタゴ大学国際平和紛争研究センターの研究アフィリエイトを務めている。また、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の科学評議会のメンバーでもある。

注:この記事は戸田平和研究所(Toda Peace Institute)によって発行されたものであり、許可を得て原文から再掲載されています。
出典: https://toda.org/global-outlook/2025/back-to-the-monroe-doctrine.html

INPS Japan

関連記事:

第2期トランプ政権:多国間主義と国連への試練(アハメドファティATN国連特派員・編集長)

世界は危険な新冷戦2.0に陥りつつある

|視点|トランプ・ドクトリンの背景にある人種差別主義と例外主義(ジョン・スケールズ・アベリー理論物理学者・平和活動家)

トラコーマの撲滅、南アジアでの成功を受けて実現が視野に

【ニューデリーSciDev.Net=ランジット・デブラジ】

2024年10月、世界はトラコーマ撲滅に一歩近づいた。世界保健機関(WHO)がインドとパキスタンをトラコーマのない国として認定したためだ。この病気は失明の主な原因の一つとなっている。

トラコーマは、清潔な水や衛生環境が不足している貧困地域で発生する細菌感染症で、治療しないと耐え難い痛みを引き起こし、最終的には視力を失うことになる。インドは14億5千万人が暮らす世界で最も人口の多い国であり、パキスタンは約2億5千万人の人口を抱える世界で5番目に人口の多い国である。この2か国はそれぞれ、トラコーマのない国として認定された19番目と20番目の国となった。

英国に本拠を置き、予防可能な失明の治療と予防に取り組む慈善団体サイツセイバーズのパキスタンおよび中東ディレクターであるマナッザ・ギラニ氏は、パキスタンの成果について「この戦いにおいて団結してきた無数の個人と組織の忍耐と献身のおかげ。」と述べている。しかし、彼女は次のように警告する。

「私たちは決して油断してはなりません。トラコーマは、地域社会や医療スタッフの間で病気への意識を維持する努力を続けなければ、再発する可能性があります。」

WHOの2021-30年の被忽視熱帯病(NTDs)ロードマップでは、トラコーマを公衆衛生上の問題として撲滅する目標年を2030年と設定している。このロードマップでは、疾病特有の戦略ではなく、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)に基づく包括的なアプローチが求められている。

WHOによると、トラコーマによって推定190万人が部分的または完全に視力を失っている。この病気は、細菌クラミジア・トラコマティス が原因で、目や鼻、喉の分泌物との接触を介して広がる。特に水や衛生施設が限られた地域で発生しやすく、動物の糞や人間の排泄物、食品くずに集まるハエも感染を広げる要因となる。

SAFE戦略

WHOのトラコーマ撲滅戦略「SAFE」は、手術(Surgery)、抗生物質(Antibiotics)、顔の清潔(Facial cleanliness)、環境改善(Environmental change)の頭文字を取ったもので、安全な廃棄物処理や清潔な水へのアクセス改善、基本的な衛生設備の提供、感染治療のための抗生物質の使用を含んでいる。

WHOインド代表のロデリコ・H・オフリン氏は、インドの成功はこの戦略の実施に加え、保健家族福祉省による手術や薬剤投与、政府の集中的な水と衛生プログラムによるものだと述べている。

「インドの成功は、トラコーマの撲滅と公衆衛生の改善に取り組む他国へのインスピレーションとなります。」とオフリン氏は語った。

トラコーマ撲滅の広がり

中国、ネパール、イラク、イランな200か国が、この古代からの災厄を撲滅した。この病気は、まつげが内側に向かって目をこすり、激しい痛みを引き起こす。子ども時代に繰り返し感染すると、治療しない場合、視覚障害や不可逆的な失明に至る可能性がある。

1950代に欧州や北米では衛生状態の改善によりトラコーマが撲滅されましたが、過密状態が一般的で、清潔な水や衛生設備へのアクセスが不足している貧困国の地域では、いまだにこの病気が蔓延している。

21世紀の公衆衛生の成功物語

しかし、トラコーマの発生率の劇的な減少は、21世紀における公衆衛生の成功物語とみなされている。複数の機関が協力して、感染リスクがある人々の数を2002年の15億人から2024年には1億300万人にまで減少させることに成功した。

集団投薬の実施

2023年、WHOによると、13,746人が進行したトラコーマ(トラコーマ性睫毛内反、Trachomatous Trichiasis)の手術治療を受け、32.9万人が抗生物質で治療を受けた。トラコーマの拡散を抑えるため、抗生物質アジスロマイシンの地域全体への配布は、SAFE戦略の重要な要素となっている。アジスロマイシンは、感染者および非感染者を問わず、トラコーマが流行している国々に無償で提供され、国際トラコーマイニシアチブを通じて集団投薬が実施されている。

インドの監視計画と成功要因

インドでは、トラコーマの永続的な撲滅を目指し、睫毛内反を矯正するための手術提供を含む監視計画が策定されている。この計画には、地域社会の意識向上や水、衛生、衛生環境の促進も含まれている。

ギラニ氏によれば、インドの成功は、政府や サイツセイバーズ、フレッド・ホロウズ財団、クリスチャン・ブラインド・ミッションといった組織の協力に加え、医療従事者、地域住民、ボランティア、寄付者、製薬業界の努力によるものだとされている。

39か国

しかし、トラコーマは依然として世界で最も感染性の高い失明の原因であり、現在も39か国で人々に影響を及ぼしている。サイツセイバーズのトラコーマ専門家で技術顧問を務めるケイレブ・ムピエット氏は、病気の撲滅には国際協力が必要だと述べている。「感染症は国境を越えて広がります」と彼は語った。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No. 3

ムピエット氏は、ケニア、ウガンダ、タンザニアがトラコーマ対策を同期化した事例を挙げている。「新たな協調的で国際的な戦略は、これらの国々におけるトラコーマの持続可能な撲滅への道を開きます。」と、彼はイギリス医療ジャーナル(BMJ)のブログで述べた。

トラコーマは、アフリカ、中南米、アジア、オーストラリア、中東の多くの貧しい農村地域で非常に一般的である。WHOによると、アフリカは依然として最も影響を受けている大陸であり、最も集中的な対策が行われている。

トラコーマを撲滅した他の国々には、ベナン、カンボジア、ガンビア、ラオス、ガーナ、マラウイ、マリ、メキシコ、モロッコ、ミャンマー、オマーン、サウジアラビア、トーゴ、バヌアツが含まれる。(原文へ

この記事は SciDev.Net のアジア・太平洋デスクによって作成された。

関連記事:

|ケニア|農村地域の牧畜民を蝕むトラコーマ

なぜアイ・ケアが重要なのか―バングラデシュなど多くの国々のために

アルビニズムの人たちに対する恐ろしい攻撃が報じられる

イスラエルと核不拡散条約(NPT)

イスラエルが核兵器を保有していることは広く信じられており、その数は数百発にのぼるとされている。しかし、イスラエルはこれを公式には認めず、曖昧な政策を維持している。

【テルアビブ INPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

イスラエルが1960年代後半から核兵器を保有していると広く信じられている。さらに、報道によれば、同国は核の三本柱(戦略航空兵力、大陸間弾道ミサイル、核搭載可能な潜水艦)を全て有しているとされている。この三本柱を全て保有している国は、米国、ロシア、中国の3カ国のみである。

一方で、イスラエルは核不拡散条約(NPT)に加盟していない5カ国のうちの1つである。この条約は、1968年6月12日に国際連合総会で採択され、同年7月1日に署名のため開放された。そして1970年3月5日に発効した。本記事の執筆時点で、190カ国がこの条約に署名している。

核兵器を保有している9カ国のうち、3カ国はこの重要な国際法を署名も批准もしていない。その3カ国はインド、イスラエル、パキスタンだ。また、4つ目の国である北朝鮮は、当初この条約に署名したが、後に脱退した。5つ目の国、南スーダンはまだNPTの締約国にはなっていない。しかし、南スーダンは核兵器を保有しておらず、世界で最も新しい国家の1つである。

NPTに加盟していない核保有国4カ国それぞれには、こうした立場をとる理由がある。その主な理由は、この条約に参加することに伴う義務や制約を受け入れることへの拒否、そして違反した場合の制裁リスクである。

核の曖昧性

公式には、イスラエルは核兵器の保有を肯定も否定もしておらず、これを「核の曖昧性」という政策で説明している。外国の様々な推定によると、イスラエルは80から400発の核弾頭を保有している可能性がある。これらはイスラエルのジェリコ・ミサイルに配備され、F-15およびF-16戦闘機によって目標地点に届けられるとされている。2004年までに、イスラエルでの核弾頭の生産は停止したと考えられている。

イスラエルは、戦略的抑止力として核兵器を取得する決定を下した。これらはしばしば「終末兵器」とも呼ばれている。この関心により、1952年にイスラエル原子力委員会が設立され、1960年代初頭にナハル・ソレクとディモナに2つの核研究センターが設立された。

イスラエル初の原子炉は、フランスの協力を得て1963年に建設された。当時、両国の関係は非常に親密だった。この原子炉は1970年代に近代化されている。1980年代、イスラエルの情報機関は、米国、英国、フランス、西ドイツから核物質を密かに取得し、盗んだと非難された。また、1980年代には、イスラエルが米国から核兵器の現代化に不可欠な部品であるクリトロンを不法輸出していたことを認めている。

イランをはじめとする中東の国々がミサイル計画を進めたことを受け、イスラエルは核弾頭を格納するために核潜水艦の利用を決定した。このため、イスラエルはドイツからドルフィン級潜水艦を取得した。

イスラエル:地域の核抑止者

イスラエルは核不拡散条約(NPT)への署名を控え、核兵器の保有を公式に認めることもしていない。これは、地域内での軍拡競争を引き起こさないためとされている。しかし、中東の複数の国がこの戦略的能力を取得しようと試みてきた。

イスラエルの長年の戦略的概念は、地域内での軍事的優位性を維持することである。そのため、敵対的な国家が核兵器を開発しようとする試みを軍事行動によって阻止してきた。

  • 1981年:オペレーション・オペラ
    1981年、イスラエル空軍の戦闘機がイラクの核施設を破壊した。このプロジェクトは、サダム・フセインが地域的覇権を目指して進めたものだった。彼の指示の下、イラクの物理学者たちは核爆弾の開発に着手し、当時イラク政府は他国から濃縮ウランを取得する意向を示していた。
  • 2007年:オペレーション・オーチャード
    2007年、イスラエル国防軍はシリアのデリゾールにある核施設を空爆した。この攻撃について、米国とイスラエルは詳細を厳しく検閲し、最初の情報が公開されたのは7か月後だった。イスラエルは2018年に作戦を完全に機密解除した。2009年の国際原子力機関(IAEA)の調査では、現場でウランと黒鉛の痕跡が見つかり、未申告の核施設であったことが結論づけられた。

一方、エジプトやサウジアラビアなどのいくつかの国は、民間の原子力発電所の建設に関心を示している。しかし、それに対応する軍事的核プログラムを開発する意図があることを示す証拠はない。

イラン:台頭する「核の新星」

現在、イランは地域内の国家の中で核開発計画の進展が最も進んでいるとされている。2015年、主要国はウィーンで「核合意」として知られる包括的共同作業計画(JCPOA)を承認した。

この合意は、イランに対して核開発計画を遅らせるよう促し、その見返りとして制裁の一部解除を提供するものだった。しかし、この合意は3年間続いた後、ドナルド・トランプ米大統領が合意からの離脱を命じ、対イラン制裁を全面的に再開した。

その後、イランは徐々に核開発計画を再開した。2025年1月と同年11月、主要国の代表者がイランの当局者と新たなウィーン合意に類似した協定の可能性について話し合ったが、これらの会談は結果を生まなかった。

2024年12月17日、国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長は、イランとの核合意はもはや有効ではないと宣言した。彼は、イランが兵器級の濃縮ウランを生産しており、核兵器保有国の地位に急速に近づいていると述べた。

イランはイスラエルと公然と対立している。イランの高官は何度もイスラエルの破壊を呼びかけており、このことがイスラエルとその主要な同盟国である米国にとって、イランの核開発に対する重大な懸念を引き起こしている。これは、イランの核施設に対する大規模な軍事攻撃につながる可能性がある。

2024年10月1日にイランがイスラエルに大規模なミサイル攻撃を行ったことを受け、10月26日、イスラエル軍は複数の目標に対して攻撃を行った。この攻撃により、イランのミサイル計画は少なくとも1年遅れると報じられている。イランのミサイル計画は核計画と並行して進められており、核弾頭を目標に届けるためのミサイルキャリアを開発することを目的としている。

もしイランが再びイスラエルへの攻撃を決行する場合、専門家たちは、イスラエルがイランの核インフラへの攻撃を含む対応を行う可能性が高いと予測している。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in partnership with Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

関連記事:

|視点|曖昧な戦争(ロマン・ヤヌシェフスキーTVレポーター・ジャーナリスト)

イラン核合意は「すでに死に体」か、それともまだ生きているのか?

核の「曖昧政策」のなかで活動する「イスラエル軍縮運動」

COP 29: 気候と平和のネクサス(関連性)が議題に上がったが……

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=フォルカー・ベーゲ】

産油国アゼルバイジャン(同国の輸出の90%を化石燃料が占める)の首都バクーで開催された2024年のCOP29は、「金融COP」という異名も取っている。交渉の焦点は、グローバルサウスの国々を気候変動の緩和と適応において支援する気候資金について、「新規合同数値目標」(NCQG)を定めることである。現行の気候資金調達額は全くもって不十分であり、年間何千億ドルもが必要とされている。国際社会の注目は資金に関するCOP交渉に向けられているが、気候と平和のネクサスなど、他の課題もバクーで取り上げられている。詳しく見てみよう。() 

11月15日はCOP29の「平和・救援・復興デー」であり、COP議長国(アゼルバイジャン)は、エジプト、イタリア、ドイツ、ウガンダ、UAE、英国と共同で「平和・救援・復興のための気候行動を求めるバクー要請」を発足させた。この呼びかけは、「気候変動、紛争、人道的ニーズの切迫したネクサスへの対処を目指すマイルストーン・イニシアチブである。これは、水不足、食料不安、土地劣化、生計崩壊といった気候変動の悪影響が紛争や不安定な情勢の触媒として働く恐れがあり、脆弱な地域においては特にそうであるという認識が高まりつつあることに応えるものである」と表現された。バクー要請は、「最も脆弱な国々やコミュニティーが受けている気候変動の不釣り合いな影響」に注意を向けている。それらは同時に、暴力的紛争に苦しんでいる、あるいは非常に脆弱で紛争が起こりやすい国々やコミュニティーであることが多い。

バクー要請は、水不足、食料安全保障(不安)、土地劣化、強制退去、気候難民や、「一部の国々、特に海抜の低い小島嶼国における海面上昇に起因する土地喪失」による安全保障上の影響など、気候変動と紛争(の可能性)を結び付けるいくつかの問題を取り上げている。また、「脆弱な地域における、リスク情報を踏まえ、紛争に配慮し、平和に対して積極的な気候変動適応策およびレジリエンス構築策」を呼びかけ、「気候に対して最も脆弱であり、紛争や人道危機にも見舞われている国々やコミュニティーのために気候資金を動員する解決策を促進する」ことを約束している。最後に、バクー要請は、国、地域、国際レベルの平和・気候イニシアチブの協働を促進することを目的とした協力プラットフォームとして、「バクー気候・平和行動ハブ(Baku Climate and Peace Action Hub)」を立ち上げた。

この要請は、UAEで開催された2023年COPで90カ国以上が署名した「COP28気候・救済・復興・平和宣言」を踏まえたものである。COP28は、気候変動、紛争、平和、安全保障の結び付きが重要なトピックとなった最初のCOPである(2023年12月3日を会議における「気候・救済・復興・平和デー」とした)。COP28は、その活動と宣言により、気候/紛争/平和のネクサスを将来のCOPで取り上げるべき課題として確固たるものにした。このトピックが2024年のCOPとその準備会合においても役割を果たしたことは歓迎するべきことであり、40弱のイベントがこのトピックを扱い、さまざまな国際ネットワーク(「COP29に先行する気候平和および安全保障に関するボン・コンタクト・グループ」、Peace@COP、国連気候安全保障メカニズムなど)が報告や提案を作成した。しかし、このように目白押しの活動も、実質的な進展は見られていないという事実を覆い隠すことはできない。

バクー要請はCOP28宣言を超えるものではなく、それどころか2023年の宣言に見られた欠陥を引き継いでいる。いくつかの重要な問題を取り上げているものの、実際の活動に関するコミットメントやそのような活動の資金調達については曖昧なままである。広く認識されていることであるが、脆弱かつ紛争の影響下にある国々(FCAS)は同時に気候変動による深刻な影響を受けており、ドナーのリスク回避によって気候資金へのアクセスが極めて難しくなっている。気候と紛争のネクサスに対処するには、FCASの政府、地方自治体、市民社会が気候資金に「直接アクセスできる窓口を確立する」こと、そして特にFCASの「脆弱なコミュニティーのアクセス障壁を取り除き」、それと同時に「ローカル・アクターを協議に加えるだけでなく、意思決定機関と対等なパートナーとする」ことが極めて重要となる。それが、バクー要請には欠けている。

気候適応に資金を提供するために武器取り引きに課税する、あるいはより柔軟に気候行動に資金を提供するために軍需産業に課税することは、FCASのコミュニティーや人々を支援するための良いアイディアといえる。しかし、バクー要請にはそのようなアイディアは盛り込まれておらず、武器製造、軍隊、戦争が気候に及ぼす影響についても触れられていない。「軍事活動は気候危機を悪化させている」ことは明白である。しかし、ほとんどの国は、自国のGHG排出量に対する軍の寄与について言及していない(例えばオーストラリアの2022年度NDC<国が決定する貢献>では、軍は明確にコミットメントから除外されている)。軍の排出量の報告は任意であり、いかなる国も自国の軍事活動に起因する排出量を報告する義務はない。

バクー要請は、気候危機に対する軍の大規模な寄与や戦争が気候に及ぼす影響を取り上げておらず、軍部に対して行動や説明責任を求めていない。また、「軍事支出が増加していることと、先進国が気候行動のための資金動員を渋っていることの大きな落差」は、COP29の協議では全く取り上げられなかった。また、グリーンエネルギーへの転換に伴う紛争の引き金となる危険についても同様である。このようなエネルギー転換は、特定鉱物(コバルト、リチウム、銅など)の大幅な需要増加をもたらす。採掘の大幅な拡大が予想され、それは、採掘地域の環境、社会、文化に極めて大きな悪影響を及ぼす恐れがある。地元の、多くの場合は先住民のコミュニティーが犠牲になり、採掘企業、政府、コミュニティーの間で局地紛争の危険が高まっている。

Baku, Azerbaijian. Photo: Katsuhiro Asagiri of INPS Japan
Baku, Azerbaijian. Photo: Katsuhiro Asagiri of INPS Japan.

より平たく言えば、気候非常事態による影響を最も受けるグローバルサウスのローカル・コミュニティーの懸念や視点はCOP29の議論においては重要ではなく、従って、西洋的かつ国家に基づく国際覇権主義的な理解や枠組み的思考に収まらない気候、紛争、平和の問題(構造的、文化的、認識論的暴力と、人間だけにとどまらない安全保障や平和)は、話題にされなかったということである。バクーやその他の場において、気候、紛争、平和に対する西洋の人間中心主義的な理解が気候/安全に関する国際的言説を支配している。将来の公式なCOP交渉に平和と紛争を含めるという目的が達成されたとしても、また、「平和COP」が実現したとしても、目の前の問題に対する非覇権主義的、非西欧的な理解が取り上げられるとは想像しにくい。しかし、「われわれは気候地獄へと向かう高速道路を、アクセルを踏んだまま走っている」(アントニオ・グテーレス国連事務総長)ことを考えると、平和と地球のためには、それに目を向けることが不可欠である。忘れてはならない。2023年は観測史上最も暑い年となったが、2024年はそれよりさらに暑くなるだろう。地球は、3°Cの地球温暖化に突き進んでいる。これは、2015年COPで採択されたパリ協定の目標値1.5°Cを大きく上回るものだ。化石燃料の生産量は過去最高を記録し、オーストラリアのような化石燃料輸出国は大規模な化石燃料プロジェクトを承認し、助成し続けている。ドナルド・トランプが米国の大統領となる。気候、地球、そして平和にとって、良い状況ではなさそうだ。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の元上級研究員である。

INPS Japan

関連記事:

|COP29|参加者は、人々の安全を真に確保するものについての洞察を気候サミットに求める

|視点|暴走列車に閉じ込められて:2024年を振り返って(ファルハナ・ハクラーマンIPS北米事務総長・国連総局長)

|COP29への道|世界の脱炭素化には最も高い気候目標が必要

米国の次期大使候補、国連を「腐敗」と批判し、資金削減を示唆

【国連IPS=タリフ・ディーン】

ジョン・ボルトン元米国連大使(2005年~06年)はかつて、「ニューヨークの国連事務局ビルが10階なくなったとしても、何の影響もないだろう」と物議を醸す発言をした。この発言に対し、ニューヨーク・タイムズのコラムニストは、「ボルトンは米国の外交官よりも都市計画家のほうが向いている」と皮肉り、別の新聞は彼を「人間破壊ボール」と呼んだ。

同様に、彼の後任の1人であるニッキー・ヘイリー元米国連大使も共和党全国大会で「国連は独裁者、殺人者、泥棒が米国を非難し、私たちにその費用を払えと要求する場所だ」と述べた。

そして今回、次期大統領ドナルド・トランプ氏が国連大使として指名したのは、ニューヨーク州選出の共和党下院議員であり、現在は下院共和党会議議長を務めるエリス・ステファニク氏である。彼女は国連を「腐敗しており、反ユダヤ的だ」と非難し、特にパレスチナ人への人道支援を行う国連機関への資金削減を示唆した。また、ジュネーブを拠点とする人権理事会を批判した。

Elise Stefanik, US Ambassador to the UN Presumptive nominee
Elise Stefanik, US Ambassador to the UN Presumptive nominee

何が新しいのか?

ワシントンを拠点とするデジタル新聞「ポリティコ」の11月11日付けの記事によると、トランプ次期大統領は国連を激しく批判する人物を大使として指名することで、国際舞台でイスラエルを強力に支持するという公約を実現し、国際機関や諸同盟に対して厳しい態度を取ることを示しているとされている。

2024年9月25日付けの「ワシントン・エグザミナー」に掲載された「国連が反ユダヤ主義を続けるなら、米国は支援を撤回すべきだ」と題する記事の中で、ステファニク氏は国連について次のように述べている。「国連は繰り返し反ユダヤ主義の巣窟であることを証明してきた。それは最も厳しい時にイスラエルに完全に敵対している。」

強い反発を招く

しかし、彼女の厳しい発言は、同様に強い非難を招いている。国連元事務次長であるクル・ゴータム氏はIPSの取材に対し、「トランプ氏が提案している新しい人事は国連にとって恐ろしい展望だ」と述べた。

「ステファニク氏は国連の理想、多国間主義、そして国際法の尊重という理念の対極に位置しているように思われます。そのすべてが、イスラエルへの全面的な米国の支持を目的としています」とゴータム氏は指摘した。

実際、トランプ氏が指名する国家安全保障関連の人物はすべて、ノルウェー難民評議会のヤン・エゲランド氏が言うところの「イスラエル第一、米国第二、人類最後」の精神に合致しているようだと、国連児童基金(UNICEF)の元副事務局長であるゴータム氏は語った。

国連の財政と米国の役割

米国議会調査局(CRS)によると、2024年度の国連の通常予算は36億ドルで、各国の支払い能力に基づいて通常予算の分担率が3年ごとに総会で決定されます。2024年12月には2025年から27年の新しい分担率が採択される見込みである。

Credit: UN Foundation
Credit: UN Foundation

現在、米国は22%で最も高い分担率となっており、中国(15.25%)、日本(8.03%)が続いている。しかし、トランプ政権の下ではこの状況が変わる可能性がある。

ステファニク氏は警告する。「我々は、どの国も費用を負担するだけで、説明責任や透明性を受けられないような国連を目指してはならない。また、どの独裁者や専制君主も、自国の人権侵害から注意を逸らすために他国を裁けるべきではない。そして、中国共産党のような腐敗した勢力により組織が支配され、加盟国全体に広範な規約や国際基準を押し付けるような組織を目指してはならない」と。

批判の声

ニューヨーク外国記者協会の会長であるイアン・ウィリアムズ氏はIPSの取材に対し、「ハゲタカが巣に帰ってくるような状況だ」と述べている。「エリス・ステファニク氏が国連で演説を始めたら、通訳者は彼女の発言を『やれやれ』と訳すようにプログラムするべきだ」と彼は皮肉った。

ウィリアムズ氏によれば、バルカン戦争の際には多くの若い国務省職員がその恥知らずな二重基準に憤り「もうたくさんだ!」と叫んだという。しかし、現在の世代はネタニヤフの行動に対して打算的に迎合しているか、さらに悪い場合はその信奉者になっていると指摘した。

Image credit: United Nations
Image credit: United Nations

「国連は米国なしで存続できるかどうかと問う人もいる。しかし、問いを逆にすべき時だ。つまり、米国がその中心で悪性腫瘍のように拡大する状況で、国連はどのようにして意味のある形で存続できるのだろうか」と、元国連特派員協会会長であるウィリアムズ氏は語った。

バラク・オバマ大統領は在任最終日にイスラエルに対する決議を通過させ、良心を少しでも和らげる行動を取ったが、バイデン政権がその最終日に同様の重要な行動を取る可能性はほとんどないと見られている。

これとは対照的に、バイデン大統領とハリス副大統領は、起訴された戦争犯罪人であるネタニヤフに対して恥知らずな迎合を示したことで、権力の可能性を失ったと批判されている。ネタニヤフはイスラエル首相としての任期中、両者の再選に反対するキャンペーンを展開していたにもかかわらずだ。

ウィリアムズ氏は続ける。「私たちはこの状況を以前にも経験しています。ジョン・ボルトンは、米軍に事前恩赦を明示的に与えない加盟国を罰するという提案をしたが、これにより米国は国連よりも、そしてその『道徳的』な立場だけでなく、より広く名声を傷つけました。しかし、多くの加盟国にとってはそれは単に無視され、忘れられたに過ぎません。今回、国連の加盟国は早めに反撃に出るでしょう。偏見を持つ人々に対して創造的な関与を試みることは無意味です。」とウィリアムズ氏は断言した。

米国の外交政策の歴史的文脈

公共政策研究所「Institute for Public Accuracy」の事務局長であり、「RootsAction.org」のディレクターであるノーマン・ソロモン氏は、米国政府が長い間、国連を合法化のための印章か、無視して軽蔑すべき反抗者として見てきたと述べている。

たとえば、2003年のイラク侵攻の際、ジョージ・W・ブッシュ政権は国連の承認を得ようとしたが、それは叶わなかった。一方で、1991年の湾岸戦争のように、米国が主導する攻撃的な軍事行動を安全保障理事会が承認した際には、ワシントンの関係者は国連の重要性を大いに強調した。

ソロモン氏はまた、ステファニク氏について「彼女は極端な愛国主義者の政治家であり、可能な限り多くの世界を米国の支配下に置こうとする米国の特権を喜んで主張する。」と述べている。トランプ政権がその目標を達成するために国連を利用できる限り、彼女の国連での任期は円滑に進むだろう。しかし、多くの国々、つまり地球の人口の95%を占める国々が米国の邪魔になると見なされる限り、彼女やトランプ氏からはそのような国々や国連を時代遅れの障害物として非難する愛国主義的な爆弾発言が予想されると述べた。

国連の設立とその理念に対する反論

CIVICUSの暫定共同事務局長であるマンディープ・S・ティワナ氏は、1945年に国連設立に重要な役割を果たした米国の歴史に言及し、「国連とその理念を明らかに軽蔑する人物を大使候補として選ぶことで、ドナルド・トランプとその顧問たちはフランクリン・ルーズベルト元大統領とエレノア・ルーズベルト元ファーストレディが国連設立のために大きな努力を払ったという遺産を否定している。」と強く批判した。

また、彼は「人権とルールに基づく国際秩序への軽蔑は、20世紀に2度の世界大戦を通じて人類に計り知れない苦しみをもたらした。これらの歴史の教訓を無視することは非常に愚かなことだ。」と警告した。

米国の外交姿勢の変化

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

ソロモン氏は、バイデン大統領のような指導者が示す微妙な態度、すなわち「世界の支配者」のような振る舞いとともに上から目線の慈悲深さを感じさせるメッセージが、来年以降、より厳しく、攻撃的なアプローチに変わるだろうと指摘した。

彼は、「ステファニク氏個人の性格は、ほとんど問題ではないでしょう。基本的な帝国主義的な世界へのアプローチが、修辞的、経済的、そして必要とあれば軍事的な手段で一切妥協しない攻撃へと変わるでしょう。」と述べている。

「国内向けには、トランプ政権からのメッセージは、『もうお人好しはやめた』というものであり、ついに米国に公正が求められるべき時が来たと主張するでしょう。」と彼は分析している。米国政府は、一方では被害者として振る舞いながら、他方では可能な限り多くの世界を支配しようとする姿勢をさらに強めていくことが予測される。

同時に、ステファニク氏は「人権理事会」という名称がいかに「馬鹿げた誤称」であるかを批判した。この理事会は「世界で最も深刻な人権侵害者たち」で構成されており、イスラエルに関連する反ユダヤ的な議題を常に掲げている。また、イスラエルを戦争犯罪の責任があるとする決議を採択しながら、ハマスによる残虐行為を非難することは一切していないと述べた。

彼女は次のように主張している。「ロシア、中国、北朝鮮、イラン、そしてハマスのようなテロリストの代理勢力が危険な『悪の枢軸』を形成し、平和、繁栄、自由という共有されたグローバルなコミットメントを脅かしている中で、世界は米国に道徳的リーダーシップを求めている。このような状況下で、米国はあらゆる機会において、私たちの原則を大胆に守らなければならない。」

また、国連への最大の財政的貢献国として、米国は国連に対して選択を迫る必要があるとも述べている。「この壊れたシステムを改革し、世界が必要とする平和と自由の灯台に戻すか、それとも米国の納税者の支援なしに反ユダヤ的な道を進み続けるか」という選択ですと、彼女は指摘した。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN BUREAU

関連記事:

クリントン、ブッシュ、オバマ、トランプの大統領外交政策における最悪の失敗

予算削減、そして打ち切りの危機にさらされる国連PKO活動

国連、改革を約束するも、急激な財源の削減に警戒感

ネパールで警戒、チベット地震

1934年と2015年の記念日と重なり、防災意識の重要性を再認識

【カトマンズNepali Times=ソニア・アワレ】

2025年の新年は文字通り「衝撃」とともに始った。大晦日に発生したチベット・シガツェのマグニチュード7.1の大地震は、400km離れたカトマンズの建物を揺らし、1934年の大地震から91周年を迎える直前のタイミングでもあった。

1月15日の「全国地震安全の日」は、1934年に発生したマグニチュード8.3の大災害を記念するもので、この地震ではカトマンズで1万人が犠牲となり、多くの建物が倒壊した。当時、カトマンズの多くの住民は余震に備え、トゥンディケル広場にテントを張って避難生活を送った(写真参照)。

1934年の地震の後、トゥンディケルには生存者のための避難テントが立ち並び、国中を余震が揺るがした。

Tents at Tundikhel housed survivors as aftershocks following the 1934 earthquake rocked the country for days.
Tents at Tundikhel housed survivors as aftershocks following the 1934 earthquake rocked the country for days.

今年はまた、中央ネパールで9,000人の命を奪った2015年のマグニチュード7.8「ゴルカ地震」から10周年にもあたる。これらの出来事は、西ネパールで500年以上大規模地震が発生していない「地震の空白域」が警戒されるべきであるという警告でもある。

次に発生する地震は規模が大きくなる可能性があり、首都カトマンズや他の都市部もその影響を免れることはないだろう。「それは壊滅的な事態となるでしょう。それにもかかわらず、住民や政策立案者の間では、意識の向上にもかかわらず、準備が進んでいません。」と語るのは、公共施設の耐震補強に取り組んでいるネパール地震技術協会(NSET Nepal)のスーリャ・ナラヤン・シュレスタ氏である。

「2015年の地震の警告が生かされておらず、安全な建物の建設や建築基準の順守といった対策が進んでいません。」とシュレスタ氏は付け加えた。

ジャジャルコットとバジュラで昨年、小規模な地震が相次いだが、これらの中程度の地震でさえ多くの死者と甚大な被害を引き起こしたことは、ネパールの準備不足を示している。

国家防災リスク軽減管理庁(NDRRMA)は、「緊急準備および対応評価」の中で、23の自治体における地震対策のレベルを数値化した。その結果、カトマンズはわずか39.8%とほぼ不合格で、西ネパールのドティは最低の11%というスコアだった。

関連記事:Disastrous preparedness

「これは、ネパールの緊急準備と対応システムの大部分が弱いことを意味します。」と2022年の評価報告書は述べている。報告書では、さまざまな災害に対応するための捜索救助機器の深刻な不足、機能不全の緊急オペレーションセンターのネットワーク、そして質の低い住宅や公共施設の建設が強調された。

Ruins of Dharara tower after the 1934 earthquake. It was later reconstructed which again collapsed in 2015 earthquake killing many.
Ruins of Dharara tower after the 1934 earthquake. It was later reconstructed which again collapsed in 2015 earthquake killing many.

The gate of Singha Darbar after the 8.3M earthquake in 1934.
The gate of Singha Darbar after the 8.3M earthquake in 1934.
The gate of Singha Darbar after the 8.3M earthquake in 1934.
The gate of Singha Darbar after the 8.3M earthquake in 1934.

1934年の地震で倒壊したダララ塔の廃墟。この塔はその後再建されたが、2015年の地震で再び崩壊し、多くの命が失われた。1934年のマグニチュード8.3の地震後のシンガダルバール門の様子。

昨年、西ネパールでは小規模な地震が相次いだが、これらは地殻応力をある程度解放している可能性もあれば、大規模地震の前兆である可能性もある。国家地震監視研究センターによると、12月17日から1月3日までの間に記録された地震はマグニチュード4.1~5.2の範囲で、そのほとんどが西ネパールで発生した。

「西ネパールの地下に蓄積された応力を解放するには、マグニチュード6程度の中規模地震が年間何百回、あるいは数千回の小規模な地震が必要です。」と、NDRRMAのアニル・ポカレル氏は説明した。

今日、ネパールの地震リスクは気候変動の影響によってさらに拡大している。気温上昇により氷河が溶け、脆弱なモレーンでせき止められた湖が形成されている。ヒマラヤでの大地震は、氷河湖決壊洪水(GLOFs)の多発リスクを高める。

関連記事:Nepal’s mountains are melting, Alton C Byers

昨年8月、チベット高原でマグニチュード4.5の地震が発生した数時間後、2つの小規模な氷河湖が決壊し、タメ村が壊滅的な被害を受けた。2023年2月に「Journal of Basic and Applied Geomorphology」で発表された研究は、地震が気候変動による氷河湖の崩壊をさらに悪化させることを強調している。

「地球温暖化は氷河後退を引き起こし、緩い堆積物が露出して土砂流となり、高山地域で小規模な氷河湖決壊を引き起こす可能性がある。地震による地滑りで生じる堆積物が流量をさらに増大させ、災害リスクを高める。」と論文は警告している。

ネパールを脅かす47の高リスク氷河湖のうち、25は中国にあり、アルン川やボテ・コシ川の支流を通じてネパールに流れ込む。ポカレル氏は、大晦日のシガツェ地震がチベットの氷河湖を決壊させるのではないかと最初は恐れたと述べている。

彼はこう語る。「地震、永久凍土の融解、GLOFs、地滑りといった気候危機と地震が複合的に引き起こす連鎖的な複雑な災害に備えることが重要です。」

昨年8月、タメ村を訪れたポカレル氏は次のように述べた。「決壊した2つの湖はオリンピックの競泳用プールほどの大きさでしたが、それでも村の半分を破壊しました。現在、これより600倍も大きな湖が地震による決壊リスクの増加にさらされています。」(原文へ

ソニア・アワレは、ネパールタイムズのエグゼクティブエディターであり、同時に健康、科学、環境担当記者を務めている。彼女は気候危機、防災、開発、公衆衛生について、政治的および経済的な関連性を探りながら幅広く報道してきました。ソニアは公衆衛生の学位を持ち、香港大学でジャーナリズムの修士号を取得している。

INPS Japan/Nepali Times

関連記事:

|ネパール|大地震(同国暦1990年)から90年

ブラックリストに載ったシリアが被災を機にカムバックを果たす

「復興へ創造的応戦を」(池田大作創価学会インタナショナル会長)