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|視点|近隣の核兵器(クンダ・ディキシットNepali Times社主)

水をめぐる戦争が、南アジアに予想より早く到来した

【カトマンズNepali Times=クンダ・ディクシット】

インドとパキスタンは、英領インドから両国が分離独立した際に引き離された双子のような存在だ。独立以来、両国の間には緊張が常に漂い、過去80年の間に少なくとも4回、全面衝突へと発展している。

Kunda Dixit
Kunda Dixit

4月22日にカシミールで発生したテロ攻撃では、インド人観光客25人とネパール人1人が犠牲となり、核兵器を保有するこの両国の緊張はさらに高まっている。インド政府は、この攻撃の責任をパキスタンにあるとして非難し、ナレンドラ・モディ首相は軍に「行動の自由」を与えた。一方のパキスタンは、インドによる軍事攻撃の「確かな情報がある」とし、「全面的な対応」― これは核による報復を意味する暗号 ― を行うと警告している。

隣国のネパールにとって、このパハルガムでの攻撃による自国民の犠牲は、アフガニスタンからイラク、ウクライナからイスラエルに至るまで、世界各地の紛争でネパール人が巻き込まれている現実を改めて突きつけられる出来事となった。1999年にインドとパキスタンがカルギルで大規模衝突を起こした際には、インド軍に所属していたネパール人兵士22人が戦死している。

ネパールの周辺3カ国(中国、インド、パキスタン)はいずれも核兵器を保有しており、相互関係も良好とは言えない。中国がパキスタンに武器やミサイル技術などを提供している現状では、この三角関係が火種となり、地域的な大規模衝突が起きる恐れもある。

ラトガース大学の研究によれば、たとえインドとパキスタンの間で1週間にわたる戦術核戦争が起きただけでも、大気中に放出された煙や塵が太陽光を遮り、世界の食料供給システムが崩壊する(核の冬)という。さらに、放射性降下物は偏西風に乗ってヒマラヤへと達し、アジアの主要河川の源となる氷河を汚染する恐れもある。

Image: A map showing the changes in the productivity of ecosystems around the world in the second year after a nuclear war between India and Pakistan. Regions in brown would experience steep declines in plant growth, while regions in green could see increases. (Credit: Nicole Lovenduski and Lili Xia). Source: University of Colorado Boulder.
Image: A map showing the changes in the productivity of ecosystems around the world in the second year after a nuclear war between India and Pakistan. Regions in brown would experience steep declines in plant growth, while regions in green could see increases. (Credit: Nicole Lovenduski and Lili Xia). Source: University of Colorado Boulder.

すでに気候変動によって「アジアの高地」では氷河が縮小し、乾季の水量が減少するとの警鐘が鳴らされていた。専門家たちは、水が次なる戦略的資源になり、アジアの次の戦争は水をめぐるものになると警告していた。

Photo: Water is an argument for peace, twinning and cooperation. Credit: United Nations
Photo: Water is an argument for peace, twinning and cooperation. Credit: United Nations

その「水戦争」は、すでに始まっている。インドは、今回のカシミール攻撃への報復として、1960年に世界銀行の仲介で締結された「インダス水協定」を停止した。この協定は、過去3回の印パ戦争を乗り越えて維持されてきたものだ。協定では、インダス川の東の支流(ビアス川、ラビ川、スートレジ川)をインド、西の支流(インダス川、チェナブ川、ジェラム川)をパキスタンが管理することとなっている。

パキスタンは年間流量の約70%を保障され、インドも灌漑や水力発電目的に「合理的な量」を使用できるとされた。しかし、インドは協定の停止を宣言した数日後には、チェナブ川の流れをパキスタン側へ止め、ジェラム川でも同様の措置をとる準備を進めているとされる。

両国の軍事的な威嚇は激しさを増している。インド空軍は、作戦準備態勢を示すため、ウッタル・プラデシュ州の高速道路にラファール、Su-30、ジャガー戦闘機を着陸させる演習を実施した。これに対しパキスタンは、核弾頭を搭載可能な射程450kmのアブダリ弾道ミサイルを試射した。

こうした中、ナショナリズムの高まりと、双方の戦争煽動により、インド政府やパキスタン軍は国民の期待に応えるために「何かをしなければならない」圧力にさらされている。だが、たとえ小規模な攻撃や砲撃、領土侵犯であっても、事態は瞬く間に制御不能に陥る恐れがある。

パキスタンは、パハルガーム襲撃への報復をインドが行うと見ており、「壊滅的結果」を伴う核抑止力をちらつかせて警告している。2019年にも、カシミールでインド軍が襲撃されたことをきっかけに、両国は核戦争寸前まで行ったが、米国主導の迅速な仲裁により事態は沈静化した。

Donald Trump/ The White House
Donald Trump/ The White House

今回は、米ドナルド・トランプ政権が内政に気を取られ、以前ほど積極的に関与していない。パキスタンはテロ攻撃への関与を否定し、インドによる報復を止めるようワシントンに要請している。インドとパキスタンは相互の航空機の上空通過を停止し、一部の国際便はパキスタン上空の飛行を回避している。

米国、中国、国連、欧州連合(EU)などは双方に自制を求めている。イランはインド、パキスタンの両国と良好な関係にあることから、外相を派遣し、報復合戦に突入しないよう促している。イラン自身も、イスラエルやイエメン、シリアにおける緊張で、核を巡る火種を抱えているからだ。

インドとパキスタンは、ともに失業、貧困、環境問題という共通の課題を抱えている。どちらの国にも、無意味な戦争をする余裕はない。そして、我々近隣国にも、それを望む者はいない。(原文へ

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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ロシア正教指導者のローマとの外交がウクライナ戦争の犠牲に

【RNS=ヴィクター・ガエタン】

外交が再び脚光を浴びている。少なくとも、ロシア・ウクライナ戦争の終結に向けた交渉の機運が再燃している今、戦場での犠牲者が増え続ける一方で、外交の場でも犠牲が生まれている。その一人が、ロシア正教会の対外教会関係局を率い、事実上の「外務大臣」として活躍したヒラリオン府主教(イラリオン・アルフェーエフ)だ。宗教がしばしば戦争の道具として用いられているこの戦争において、彼のキャリアもまた犠牲となった。

2009年から2022年まで、ヒラリオンの役割には、カトリック教会との和解の推進が含まれていた。彼の主導のもと、ロシア正教会とカトリック教会は関係を深め、ヒラリオン自身もベネディクト16世およびフランシスコ両教皇と親しい関係を築いた。

しかし戦争が始まると、ヒラリオンは職を失い、侵攻開始から4か月後に突然ブダペストへ左遷される。その後2023年12月にはさらに辺境のチェコの保養地に司祭として送られ、再び事実上の降格となった。

バチカンのキリスト教一致推進省の関係者によると、ヒラリオンの不在を悼む声は大きく、正教会との建設的な対話は戦争以降、著しく縮小しているという。

筆者が今年初め、ハンガリーでヒラリオンに会った際、彼は2009年に始まったロシアとバチカンの歴史的関係改善を振り返った。同年1月にはアレクセイ2世の後を継いでキリルが総主教に就任。カトリックに懐疑的だった前任者とは対照的に、キリルの登場は西方教会との協調に向けた好機と受け止められた。当時42歳でウィーンとオーストリアの主教だったヒラリオンは、キリルの後任として対外関係部門を担うことになった。

Pope Benedict XVI, left, shakes hands with Hilarion Alfeyev, Metropolitan of Volokolamsk, chairman of the Department of External Church Relations and permanent member of the Holy Synod of the Patriarchate of Moscow, prior to a concert dedicated to the pontiff by Patriarch Kirill of Moscow, in the Paul VI Hall at the Vatican, May 20, 2010. (AP Photo/Pier Paolo Cito)

同年12月には、ロシアとバチカンが正式な外交関係樹立に合意。2010年5月には、キリル主催・ヒラリオン演出によるベネディクト16世の誕生日と即位5周年を祝うコンサートがバチカンで開かれた。教皇は「ヒラリオン府主教に心から感謝する」と述べ、彼の芸術的才能を称賛した。

ヒラリオンによると、「神学への情熱、音楽への情熱という共通点から、私たちはすぐに親しい友人となった」という。彼はベネディクトの著作『ナザレのイエス』三部作に触発されて、自身の六巻本『イエス・キリスト:その生涯と教え』を執筆。ベネディクトからは「非常に重要な業績」と高く評価された。

フランシスコ教皇とは、就任翌日に初対面。アルゼンチン出身で東西教会対話に疎いかと思ったが、教皇はすでに多くを理解していたと振り返る。

2016年2月、歴史的な両教会指導者の初会談がキューバ・ハバナで実現する。1997年にヨハネ・パウロ2世とアレクセイ総主教の会談が直前で中止となった過去を意識し、ヒラリオンは文書作成に細心の注意を払った。

「会談は単なる教会指導者同士の会談ではなく、カリスマや人間性を持つ二人の個人の出会いだった」と彼は語る。

In this Feb. 12, 2016, file photo, the head of the Russian Orthodox Church, Patriarch Kirill, left, and Pope Francis talk during their meeting at the Jose Marti airport in Havana. (Adalberto Roque/Pool photo via AP)

その後、イタリア・バーリの聖ニコラウス大聖堂から聖人の遺物(肋骨の一部)をロシアに一時移送する交渉も主導。「キリル総主教は『頭を頼め』と言ったが、教皇は笑って『バーリ市民に言ったら私の首が飛ぶ!』と返した」というエピソードもある。

2014年以降ウクライナ情勢は悪化していたが、2021年末までは関係は維持され、ヒラリオンは再度の教皇・総主教会談を打診するためバチカンを訪問した。フランシスコに贈られたのは、教皇の著書『祈り──新たな命の息吹』のロシア語版(キリルの序文付き)だった。

だが、2022年2月の戦争勃発を境に断絶が訪れる。ヒラリオンは戦争の人道的犠牲を強調する一方、キリル総主教は国家方針に忠実な姿勢を示した。オーストリアのTV番組では「対話しなければ、紛争は世界規模のものになる」と警鐘を鳴らしていた。

その年6月7日、ロシア正教会の聖シノドはヒラリオンを突然解任し、信徒約3,000人のハンガリーの小教区へ異動させた。理由の説明はなかった。

ハンガリーではハンガリー国籍のパスポートを使い、国際的なネットワークを維持。2023年4月にはフランシスコ教皇と再会。「政治的な話は一切なかった。ただの旧友としての再会だった」と語った。教皇も、「彼を尊敬している」とメディアに語った。

その後、ブダペスト教区の21歳のロシア系日本人助祭ジョージ・スズキが突然失踪。彼の「母親」(実は祖母)が沖縄から40万ユーロ近い治療費を求めてきたという。金庫からも現金や貴重品が消失していた。スズキの指紋とDNAが発見され、ハンガリー警察が逮捕状を出すも、日本は引き渡しを拒否。さらに反プーチン系メディアが、スズキによる性的嫌がらせの告発を報じたが、ロシアの専門家は音声・映像が偽造されたと断定。

ヒラリオンは「事実は一つだけ。彼は盗人だった。それ以外は彼の中傷だ」とだけコメントした。

教区の司祭たちは彼を擁護したが、ヒラリオンは最終的にチェコ・カルロヴィ・ヴァリの教会へ移され、主教の職を退いた。

Victor Gaetan
Victor Gaetan

ロシア通信RIAノーボスチに最近語ったところによると、「過去1年は非常に困難だった。私の奉仕の機会を奪おうとするあらゆる試みがあった。中傷、脅迫、捏造された証拠……だが教会が私を守ってくれた。今も奉仕を続けられることに感謝している」という。

それでもヒラリオンは定期的にモスクワに戻り、2024年2月1日にはキリル総主教の就任17周年記念ミサを共に司式した。フランシスコ教皇の最晩年まで連絡を取り合っていたという。(原文へ

※この記事の筆者ヴィクター・ガエタンは『God’s Diplomats: Pope Francis, Vatican Diplomacy, and America’s Armageddon』著者であり、『Foreign Affairs』誌にも寄稿している。この記事は必ずしもRNSの公式見解を反映するものではない。

Original Link: How a Russian Orthodox leader’s diplomacy with Rome became a casualty of Ukraine war

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核保有国が対峙する南アジアの緊張:拒絶された仲介と国際秩序の試練

【国連ATN=アハメド・ファティ】

2025年4月22日にインド支配下のカシミールで発生したテロ攻撃により数十人が死亡し、地域全体の紛争再燃への懸念が再び高まっている。これにより、インドとパキスタンの間のかろうじて保たれていた平和が再び緊張の瀬戸際に立たされている。非難の応酬、軍事的シグナル、外交的な膠着、そして国際社会の不安が、攻撃以降の日々を支配している。だが今回、緊張緩和への道筋はこれまで以上に見えづらく、各国の対応は硬直化し、リスクはかつてなく高まっている。

Ahmed Fathi.
Ahmed Fathi.

両国は国連で全く異なる戦略を取っている。パキスタンのアシム・イフティカール国連常駐代表は、5月2日(金)に記者会見を開き、パキスタン政府の立場を表明し、国際社会に即時の対応を求めた。彼はテロ行為を非難すると同時に、インドによるカシミールでの「抑圧的政策」が事態を悪化させていると糾弾し、国際社会がこの問題に沈黙を保てば、さらなる不安定化を招くと警鐘を鳴らした。

イフティカール大使は、ATNの取材(24:05)に対し、アントニオ・グテーレス国連事務総長がシャバズ・シャリフ首相と電話会談を行ったことに言及し、仲介および予防外交に向けた国連の申し出を歓迎したと述べた。彼はまた、事務総長を現地に招待したとし、冷え切った外交関係の中では珍しい前向きな対応を示した。「パキスタンは、特にカシミールのような長年の紛争において、国連の役割が世界の平和と安全の維持に不可欠だと考えています。」とイフティカール大使は語った。

しかし、パキスタンの核政策、特に先制使用に関する直接的な質問(51:42)には応じず、「我々の立場は一貫しており、情報は公にされています。」と述べるにとどまり、エスカレーションか抑制かについての明確な姿勢を避けた。この不透明さは不安を和らげるどころか、むしろ悪化させている。とりわけ、翌日にパキスタンが行った弾道ミサイル発射実験が、インド側から「極めて挑発的」と受け止められている点は深刻だ。

その後、ステファン・ドゥジャリック国連報道官は、パキスタンが事務総長の仲介提案を受け入れた一方で、インドはこれを拒否したことを確認した。グテーレス事務総長は、インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相とは会談したものの、ナレンドラ・モディ首相とは接触しておらず、インドが国際的関与から慎重に距離を置いている姿勢が際立った。インドの公式立場は依然として、「カシミール問題は第三者を介さず、シムラ協定(1972年)に基づき二国間で解決すべきだ」というものである。

Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider
Stéphane Dujarric/ UN Photo/Evan Schneider

このような姿勢はインドの歴史的外交方針と一致するものの、国際的な立場との矛盾を浮き彫りにする。国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指すインドが、その制度の根幹である事務総長の仲介を拒否することは、自己矛盾に他ならないのではないか。

パキスタンのミサイル実験は、武力誇示であれ抑止であれ、国家主義の熱狂とメディアが煽る憤りに満ちたこの危機を一層深刻なものとしている。パキスタン側は「定例の演習」であり事前に計画されていたと説明しているが、インド国防当局はこれを「意図的な挑発」と非難している。意図の差はあれ、時機の一致が危険性を増している。

本質的な脅威は「誤算」にある。両国とも核兵器を保有し、迅速な対応を前提とする指揮系統を有しているため、誤認や過剰反応による暴発の余地は極めて狭い。これは単なる国境紛争ではなく、歴史的な傷、地域的野心、そして20億人近い人口を抱える2つの重武装国家による潜在的な全面対立なのだ。

にもかかわらず、国際社会の反応は鈍い。他地域の戦争に注意が向いている現在、西側諸国は一般的な自制を呼びかけるにとどまっている。パキスタンの同盟国である中国は対話を促しているが、国連による対応には賛同していない。ロシアも慎重な立場を取っている。米国は、インドの立場と歩調を合わせる形で「二国間の対話」を支持しているが、特定の仲介提案を支持する発言はしていない。

こうした外交的膠着は、より根本的な問題―すなわち、多国間主義の衰退を浮き彫りにしている。本来、このような紛争を防止するために創設された国連が、各国による権限否定と利害対立によって徐々に周縁化されているのだ。

もし国際社会が安定化の役割を果たせなければ、その影響は南アジアにとどまらないだろう。地域の混乱はエネルギー回廊を脅かし、世界的なサプライチェーンに衝撃を与え、他の地政学的な火種を悪化させかねない。今日の世界は、かつてないほど密接に結びついている。

Image: A map showing the changes in the productivity of ecosystems around the world in the second year after a nuclear war between India and Pakistan. Regions in brown would experience steep declines in plant growth, while regions in green could see increases. (Credit: Nicole Lovenduski and Lili Xia). Source: University of Colorado Boulder.
Image: A map showing the changes in the productivity of ecosystems around the world in the second year after a nuclear war between India and Pakistan. Regions in brown would experience steep declines in plant growth, while regions in green could see increases. (Credit: Nicole Lovenduski and Lili Xia). Source: University of Colorado Boulder.

今必要とされるのは、象徴的な外交を超えた行動である。安全保障理事会は単なる関心表明にとどまらず、実際に動くべきだ。事務総長も反発に屈せず関与を継続すべきだ。そしてインドとパキスタンには、友好国であれ敵対国であれ、「核時代における対立の代償は計り知れない」ことを明確に伝えなければならない。

外交に残された時間は、あまりにも少ない。(原文へ)

INPS Japan/American Television Network

Original Link: https://www.amerinews.tv/posts/india-and-pakistan-un-mediation-rebuffed-as-nuclear-neighbors-square-off

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男性支配の鉱業で平等を掘り起こす タンザニアの女性鉱山労働者たち

【ダルエスサラームIPS=キジト・マコエ】

タンザニアの灼熱の太陽の下、ネエマ・ムシは汗をぬぐいながら、つるはしを地面に振り下ろす。その衝撃で舞い上がる埃が彼女の破れた服をさらに汚していくが、気にする様子はない。過去8年間、彼女の人生はこの繰り返しだった──掘って、ふるいにかけて、金を探し続ける。男性が支配するゲイタの鉱山で、それは過酷で障害だらけの労働だ。

「いつか自分の鉱区を持ちたい」と彼女は語る。「でもこの業界では、女性は土地の所有の場面ではいつも無視されるのよ。」

幾年も懸命に働いてきたにもかかわらず、ムシのような女性たちは生存のぎりぎりのところで踏ん張っている。

ある晩、何時間も岩を砕いたあと、小さな金のきらめきを見つけた。しかし、それをポケットに入れる間もなく、男性の鉱夫が近づいてきた。

「ここは俺の場所だ」と彼は唸るように言い、ムシの手から金を奪い取った。ムシは拳を握りしめるが、反撃することはできなかった──最初から自分のために作られていない制度の中では。

かつて彼女は、自分の名義で鉱区の登録を試みた。しかし地元役所の職員は顔を上げることもなく言った。「夫の許可が必要です」──だがムシには夫はいない。養うべき子どもが3人いるだけだった。職員は肩をすくめて言った。「じゃあ、男性パートナーを見つけなさい」と、彼女を追い返した。

女性鉱山労働者の協同組合「ウモジャ・ワ・ワナワケ・ワチンバジ(Umoja wa Wanawake Wachimbaji)」に加入する以前、ムシは子どもたちの学費さえ支払えなかった。今では、子どもたちは清潔な制服で学校へ通い、その笑い声が彼女の希望となっている。

男性優位の構造を打ち砕く

タンザニアはアフリカ第4位の金産出国で、鉱業はGDPの約1割を占めている。推定で100万〜200万人が小規模採掘(ASM)に従事しており、そのうちの約3分の1は女性だ。しかし、その数にもかかわらず、女性鉱夫たちは土地所有の制限、資金不足、差別に直面している。

A group of women miners formed Umoja wa Wanawake Wachimbaji, pooling resources and fighting for a mining license of their own. Credit: Kizito Makoye/IPS
A group of women miners formed Umoja wa Wanawake Wachimbaji, pooling resources and fighting for a mining license of their own. Credit: Kizito Makoye/IPS

長年、ムシは正式な鉱区を持たず、男性鉱夫が捨てた金を含む岩石をふるいにかけることで生計を立ててきた。鉱業免許も土地もない彼女は、仲買人に低価格で金を売らざるを得なかった。

「自分の鉱区を持っていなければ、彼らの言いなりになるしかない」と彼女は言う。「いつ追い出されてもおかしくない」

タンザニアの鉱業法は技術的には女性にも免許取得を認めているが、実際にはほとんど取得できない。手続きは煩雑で、費用も高額だからだ。

「鉱業用地のほとんどは男性か大企業に割り当てられています。」と語るのは、鉱業活動家であるアルファ・ンタヨンバ氏(人口開発イニシアチブ事務局長)。「女性は借りた土地で働くか、他人の鉱区で労働者として働くしかないのです。」

さらに、資金調達の壁も大きい。鉱業には設備投資が必要だが、銀行は女性鉱夫を「リスクが高い」とみなして融資を拒み、危険で安価な労働から抜け出せない構造が続く。

雨がぱらつく中、十数人の女性たちが重い鉱石の袋を頭に載せて歩いている。多くはシングルマザーだ。

「女性たちは鎖の一番下で働いています。」とンタヨンバ氏は言う。「岩を砕き、水銀に汚染された水で鉱石を洗い、最も過酷で最も搾取されやすい仕事をしているのです。」

性的搾取とハラスメント

多くの女性鉱夫は日常的に搾取にさらされている。性的嫌がらせや、仕事と引き換えの性行為の強要も珍しくない。金の処理現場で働く女性たちは、鉱区主や仲買人に依存しており、弱い立場に置かれている。

「鉱石を得るために、搾取的な関係に入らざるを得ない女性もいます。」とンタヨンバ氏。「性的な便宜が、事実上の“取引コスト”になっているのです。」

報復や職を失うことへの恐れから、被害を訴える女性は少ない。法的支援や相談窓口も乏しい。

「関係を拒否したことで職を追われた女性たちを知っています」と彼は話す。「制度がそもそも女性に不利で、法的保護の弱さがさらにそれを悪化させています。」

健康リスクと水銀被曝

採掘現場では、健康被害も深刻だ。多くの女性は保護具なしで水銀を使って金を分離しており、神経障害や先天性異常のリスクにさらされている。

「水銀の危険性を知らない女性が大半です」とンタヨンバ氏。「素手で混ぜ、有毒な蒸気を吸い込み、自身や子どもたちの健康を損なっています」

彼の団体は、女性の権利保護や安全な採掘技術の普及、経済機会の提供に向けて活動を続けている。

「政府は女性鉱山労働者を業界の重要な担い手として認めるべきです。」と彼は訴える。「労働の正式化、安全教育、土地所有の法的権利の保証が必要です。」

しかし、進展は遅い。

「女性たちは尊厳ある労働、公正な報酬、搾取からの保護を受けるべきです。」とンタヨンバ氏は強調する。「業界は彼女たちの苦しみの上に成り立ってはならないのです。」

岩を砕き、壁を破る

ムシたちは、協同組合「ウモジャ・ワ・ワナワケ・ワチンバジ」を立ち上げ、資源を持ち寄って鉱業ライセンス取得に挑んだ。これは、SDG目標8「働きがいも経済成長も」の理念にも合致し、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの実現に不可欠だ。

タンザニア女性鉱山労働者協会(TAWOMA)や政府の女性起業支援プログラムの支援を受け、小さな鉱区を取得し、設備投資も進めた。

「ここに私たちの居場所があることを証明しなければなりませんでした。」と、創設メンバーのアンナ・ムブワンボは語る。「長い間、女性は単なる“お手伝い”としてしか扱われてこなかった。」

ムシにとって、この協同組合は人生を変えた。「以前は学費も払えなかったけれど、今は貯金もできて、拡大する夢を持てるようになった。」と彼女は語る。

政府系のタンザニア鉱業公社(STAMICO)も、小規模鉱夫に対する安全で効率的な技術研修を行っている。女性たちが中間搾取を受けずに公正価格で金を売れるよう、政府は金の買取センターも設置した。

国際的にも、鉱業におけるジェンダー包摂への関心が高まっている。世界銀行は業界の女性参入を後押しし、資源透明性イニシアチブ(EITI)も女性鉱夫の権利強化を求める政策を提言している。

1997年から女性鉱山労働者の権利擁護を続けるTAWOMAも、今なお声を上げ続けている。

「私たちは、女性が鉱山を所有し、事業を運営し、意思決定の場に立つ未来を目指しています」と会長は語る。

未来を切り拓くために

自らの鉱区の縁に立ち、ムシは仲間たちが土地を耕す様子を見つめる。それは大規模な男性主導の鉱区と比べれば小さいが、彼女にとっては希望そのものだ。

「娘たちには、女性でも何でもできると伝えたい。」と彼女は言う。「働けるし、所有できるし、成功できる。」

彼女はつるはしをもう一度強く振り下ろす。舞い上がる埃の中、その一撃は、女性がただ生き延びるだけでなく、鉱業で栄える未来への一歩となるのだ。(原文へ

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報道の自由は埋葬されつつある―だが、どれほどの人が気づき、関心を持っているのか?

【ニューヨークIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン

報道機関への圧力は、積もる雪崩のように加速しているが、谷底に暮らす多くの人々はそれに気づいていない。報道の自由は、少数の勇敢な努力にもかかわらず、容赦なく踏みにじられている。

独裁体制が気に入らないジャーナリストを嫌がらせ、投獄、拉致・失踪させ、殺害してきた歴史は今に始まったことではない。そしてその数は増え続けている。戦争の混乱のなかで、メディア関係者は選挙で選ばれた指導者が放つ爆弾や銃弾によって命を落とし、世界各地で訴訟による脅迫や予算削減によって沈黙させられている。

こうした中、5月3日の世界報道自由デーにあたり、UNESCOは今年、「新たな重大リスク」に焦点を当てている。それは、既に多くの編集室や詐欺師たちによって使われている人工知能(AI)のことだ。

Photo credit: UNESCO
Photo credit: UNESCO

世界中で標的となったジャーナリストに関する正確なデータを提供しているのが、「国境なき記者団(RSF)」のような団体である。RSFは記録をまとめるだけでなく、パレスチナのジャーナリストに対する犯罪について国際刑事裁判所に訴えるなど、私たちのために活動を展開している。

RSFの2024年報告書によれば、

「ガザでは、悲劇の規模は想像を超えている……2024年、ガザは世界で最もジャーナリストにとって危険な地域となり、ジャーナリズムそのものが絶滅の危機に瀕している。」

RSFは、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降、ガザとレバノンで155人以上、イスラエルで2人のジャーナリストとメディア関係者が死亡したと報告している。このうち少なくとも35人は、記者として明確に識別可能だったにもかかわらず、空爆などで狙われた可能性が極めて高い。

「これは、意図的なメディア封鎖と、外国人記者のガザ入りを妨げた措置によってさらに悪化した」とRSFは述べる。

スーダンもまた、軍と準軍組織の対立の中で、ジャーナリストにとって「死の罠」と化している。戦争地域以外でも、2024年にパキスタンでは7人、メキシコでは5人、バングラデシュの7月・8月の抗議弾圧で5人の記者が殺害された。

年末時点で世界中で投獄されている記者は550人、そのうち中国が最多の124人(香港を含む)、次いでミャンマー61人、イスラエル41人、ベラルーシ40人である。ロシアでは38人の報道関係者が収監されており、そのうち18人はウクライナ人である。

RSFは、ウクライナ人フリージャーナリスト、ヴィクトリア・ロシュチナ氏に報告書を献呈した。彼女はロシアの拘束下で死亡したとされるが、説明は一切なされていない。

さらに先月(4月)、ロシアの裁判所は、反汚職団体(故ナワリヌイ氏が設立)に関わったとして、4人のジャーナリストに「過激主義」の罪で5年半の実刑判決を言い渡した。

加えて、こうした抑圧政権は、3月15日に発表されたVoice of America(VOA)、Radio Free Europe(RFE)、Radio Free Asia(RFA)の機能縮小や、米国国際開発庁(USAID)の解体を歓迎している。ミャンマーなどで独立系ジャーナリストを支えてきた機関である。

中国はこれを称賛し、VOAを「汚れたぼろ布」「嘘の工場」と呼び、カンボジアのフン・セン首相はRFAの打ち切りを「フェイクニュース排除」と称賛した。

RSFは、アジア太平洋地域で報道の自由が悪化しているとし、2024年の報道自由指数では32の国・地域のうち26でスコアが低下したと指摘。

「この地域の独裁政権は、情報への統制をますます強めている」と警告する一方で、東ティモール、サモア、台湾などの民主主義国は「報道自由の模範」であると評価した。

だが、報道の自由の見えざる劣化で最も憂慮すべきは、権威主義体制がプロパガンダをますます巧みに操り始めている一方で、開かれた社会における伝統的メディアが信頼を失っていることである。

米国のPR大手エデルマン社がまとめた「2025年信頼度バロメーター」によると、調査対象の28カ国のうち、メディアへの信頼が最も高かったのは中国(75%)で、英国は下から2番目の36%。これは、RSFの報道自由指数で中国が180カ国中172位、英国が23位であることと対照的だ。

エデルマンCEOリチャード・エデルマン氏は、「情報は分断と操作の武器となり、2020年にはメディアが『最も信頼されない機関』になった」と語っている。

これが、UNESCOがAI革命に対して警鐘を鳴らしている理由である。

確かに、AIは情報へのアクセスや処理能力を高め、記者の作業効率を向上させ、事実確認にも役立つ。
だがUNESCOは次のようにも述べている:

「AIは誤情報や偽情報の再生産、ヘイトスピーチの拡散、新たな検閲手段としても悪用され得る。また、記者や市民の大規模監視にも使われ、表現の自由に“冷やし効果”をもたらしている。」

例えば、ロサンゼルスの山火事で動物を救出する消防士の偽AI動画は、ソーシャルメディア上で数千万回以上再生された。BBCが行った調査によれば、公開されている4つのAIアシスタントの回答の51%に重大な問題があり、そのうち19%はBBCの記事を引用しながら事実誤認が含まれていたという。13%は引用自体が改変されていたか、そもそも存在しない内容だった。

私たちは、既に警告を受けている。
そして、科学者たちがやがて汎用人工知能(AGI)を開発し、人間と同等の知能と多様性を持つ機械を生み出す日が来れば―そのとき、報道の自由という概念は存在しなくなっているかもしれない。

ファルハナ・ハク・ラーマンは、IPSインタープレス・サービスの上級副社長であり、IPS北米事務局(Noram)の事務局長を務めている。彼女は国連食糧農業機関(FAO)および国際農業開発基金(IFAD)の元上級職員であり、ジャーナリスト・広報専門家としても活動している。

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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【アスタナThe Astana Times=アイマン・ナキスペコワ】

カザフスタンでは5月1日、「民族団結の日」を迎え、国の豊かな多文化的アイデンティティを称える。この祝日は1996年に国家の公式記念日として制定され、国内に暮らす150以上の民族の共存と相互尊重、そして文化の多様性がもたらす力を強調する。

この記念日の背景には、深い歴史がある。1950年代、ソビエト連邦による未開地開発運動に伴い、自発的に移住してきた人々や、ヨシフ・スターリン体制下の弾圧によって強制移住させられた人々が、何百万人もカザフスタンにやって来た。70年以上が経った今も、カザフスタンの若者たちは祖父母から受け継いだその物語を大切にし続けている。

文化のタペストリー

アスタナ在住のイェルケジャン・シャリポワさんは、『アスタナ・タイムズ』のインタビューで自身の家族の物語を語った。彼女の母方の祖母はカザフ人、祖父はベラルーシ人だった。

Sharipova’s grandparents took part in an art performance in the village.Photo credit: Sharipova’s personal archieve
Vlad Rekk enrolled in German language courses to connect more deeply with his heritage. Photo credit: Rekk’s personal archieve

「祖父は1951年のいわゆる未開地開発運動の際にカザフスタンに移住し、とある村で祖母と出会いました。祖母は伝統的な家庭の出身で、最初は戸惑っていたようですが、祖父は諦めませんでした。彼はカザフ語を学び、祖母の母語で結婚を申し込んだのです」とシャリポワさんは語る。

多くの開拓者が過酷な生活環境に耐えきれず去っていったなか、祖父は残る決意をし、愛だけでなく、祖母の大家族のなかで「居場所」を見つけたという。

「家族は彼を心から迎え入れました。祖父はカザフの伝統を受け入れ、それを子や孫にも伝えてくれました」。

シャリポワさんは、カザフスタンの民族的多様性を「強み」と捉え、この祝日を「平和と調和のなかで共に生きようとする国家の象徴」と考えている。

二つの文化が息づく家族史

民族ドイツ人であるブラッド・レックさんにとっても、この「団結の日」は歴史的な重みと個人的な意味を持つ。彼の曽祖母カチヤさんは、弾圧によりカザフスタンに追放された一人だったが、現地のカザフ家庭に助けられ、厳しい時代の中で避難先を得たという。

「曽祖母はその家で家事を手伝っていました。そしてやがて、曽祖父ゼイヌラと恋に落ち、結婚しました。まったく異なる世界から来た二人の物語から、私たちの家族が始まったのです」とレックさんは話す。

Rekk’s great-grandmother Katya. Photo credit: Rekk’s personal archieve

彼は父方にもドイツの血を引いており、幼いころから自宅に保管されていたドイツ語の写真や手紙を見て育った。

「両親は常に、家族の歴史を忘れないようにと言っていました。自分のルーツをもっと知りたくて、ドイツ語の勉強を始めました。言葉を通して家族の物語とより深くつながることができ、文化が単なる抽象的なものではなく、とても個人的なものだと実感しました」。

「私は、ドイツとカザフの両方の文化が自分の中にあるとよく思います。ドイツのルーツからは、おそらく秩序や規律を大切にする気質を受け継いだのでしょう。カザフの側からは、寛容さや年長者への敬意、家族の大切さを学びました。私はその両方を誇りに思っています」と彼は語った。(原文へ

INPS Japan/The Astana Times

Original Link: https://astanatimes.com/2025/05/kazakhstan-celebrates-unity-in-diversity/

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かつてない海洋危機の中、世界が最高の目標に向けて進む―釜山で「アワ・オーシャン会議」開催

【釜山IPS=ジョイス・チンビ】

第10回アワ・オーシャン会議(Our Ocean Conference)に参加した100か国以上の代表者たちは、危機的に上昇する海面水位の中で、世界中の沿岸部や低地、特に人口密集地域が深刻な脅威にさらされているという厳しい現実を胸に刻んで釜山を後にすることとなる。

アジア、アフリカ、島嶼国、さらには米国の東海岸や湾岸地域が、沿岸を襲う気候変動の猛威の最前線に立たされている。バングラデシュ、インド、フィリピン、ツバルやフィジーなどの太平洋諸国はとりわけリスクが高い。2024年には、カメルーンやナイジェリアなどのアフリカ諸国で洪水により過去最多の死者を出した。

「この会議は、“海が危機に瀕している”という認識から始まりました。世界の漁業資源の3分の1が過剰漁獲されており、違法かつ破壊的な漁業が生態系を損なっています。これは、それに依存する沿岸地域の生活を脅かし、世界経済にも打撃を与えています。海を危険にさらすことは、私たちすべての国と地球の将来を危険にさらすことなのです。」と、グローバル・フィッシング・ウォッチ(Global Fishing Watch)のCEO、トニー・ロング氏は語った。

アワ・オーシャン会議には、国家元首や政府高官を含む100か国以上の代表者、さらに400を超える国際・非営利団体の関係者ら約1000人が集まり、持続可能な海洋のための多様かつ具体的な行動について議論が交わされた。

この日、専門家たちは、海洋・気候・生物多様性という3つの要素が交わる地点でこそ、科学を政治的行動へと転換する解決策が見出せると強調した。海洋は気候危機の最前線にあると同時に、持続可能な解決策の重要な源でもある。というのも、海は人類の二酸化炭素排出の約25%と、そこから発生する熱の約90%を吸収しているからである。

「30×30キャンペーン」は、地球の陸地・水域・海域の少なくとも30%を2030年までに保護するという、国際的・国家的な取り組みを支援している。この目標の重要性と各国の進捗状況に関するセッションで司会を務めたのは、ブルームバーグ慈善財団の環境チームのシニアメンバーであり、ブルームバーグ・オーシャン・イニシアティブを率いるメリッサ・ライト氏だった。

「私たちは、民間団体、政府、先住民族・地域社会のグループ、地方のリーダーたちとの公平かつ包摂的なパートナーシップと取り組みを通じて、海洋分野での30×30達成という世界的な野心を支えています。2014年以降、ブルーウォーター・オーシャン・イニシアティブは、海洋保全の推進のために3億6600万米ドル以上を投資してきました。」とライト氏は語った。

このイニシアティブは、政府やNGO、地域リーダーらと連携し、海洋保護区(MPA)の指定とその執行を加速させている。最近では、公海条約(High Seas Treaty)の早期批准を促進し、国家管轄権を超える海域におけるMPAの創設を実現している。

フィリピン環境天然資源省(DENR)で政策・計画・外国支援・特別プロジェクト担当次官補を務めるノラリーン・ウイ氏は次のように語った。「2030年までの30×30達成に残された時間はもう多くありません。今こそ、私たちの国家的・国際的な能力を強化し、海の保護・保全・持続可能性を高めるための意欲的で強固な対応が求められているのです。」

フィリピンは世界で17ある「メガ多様性国」のひとつであり、極めて高い生物多様性と多数の固有種を有している。植物・動物を含む多くの地球上の種がこの国に生息しており、固有種も多い。

その一方で、フィリピンは限られた資源や優先的な開発課題を抱えており、大きな負担を強いられているとウイ氏は述べた。それでも科学の力に頼り、着実に前進しているという。国内の主要な海洋生物地理区に戦略的に配置された海洋科学研究ステーションを設置し、現場の知見と知識を蓄積している。

また、同国では国家海洋環境政策を策定し、「科学と政策は国の優先事項に応じて進化していくものであり、それに伴い組織の構造や知識体系も変わっていかねばならない。」と強調した。

海洋保護において最高の目標を達成するためには、フィリピンや世界中の沿岸地域が、今後さらに資金面や技術面での支援を必要とする。キャンペーン・フォー・ネイチャー(Campaign for Nature)のディレクター、ブライアン・オドネル氏は、30×30にかかる費用の世界的な試算は5年前のものしか存在しないと指摘した。

「その時点での試算によれば、陸と海の両方で30×30を実現するには年間1000億米ドルが必要でしたが、当時支出されていたのはわずか200億ドル。つまり、年間800億ドルの資金不足があったのです。」とオドネル氏は説明した。

「資金をさらにこの分野に投入することが不可欠であるのはもちろんのこと、その資金が実際に生物多様性の現場にいる人々、地域社会、そしてそれを守っている国々に確実かつ効果的に届けられるようにしなければなりません。」

とはいえ資金動員には課題が残るものの、一定の進展も見られる。オドネル氏は、2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)について言及し、これが2025年までに先進国が途上国に対して年間200億ドル以上、2030年までに300億ドルへと増額する目標を盛り込んでいることを紹介した。

この目標は、特に後発開発途上国(LDCs)や小島嶼開発途上国(SIDS)を含む開発途上国が生物多様性の国家戦略や行動計画を実施できるよう支援するものである。ただし、現在の多くの資金がローンや短期支援の形で提供されていることには改善が必要だとオドネル氏は述べた。

Noralene Uy speaking to participants about the Philippines’ efforts and challenges towards achieving the 30×30 targets. Credit: Joyce Chimbi/IPS
Noralene Uy speaking to participants about the Philippines’ efforts and challenges towards achieving the 30×30 targets. Credit: Joyce Chimbi/IPS

総じて、彼は「オーシャンズ5(Oceans 5)」のような協力体制の重要性を強調した。オーシャンズ5は、世界5大洋の保護に特化した国際的な資金提供ネットワークであり、過剰漁業の抑制、海洋保護区の設置、洋上石油・ガス開発の制限という、世界中の海洋科学者たちが最も優先すべきとする3つの課題に取り組んでいる。ブルームバーグ慈善財団もその創設パートナーの一つである。

今後に向けては、2026年にケニアで開催される第11回アワ・オーシャン会議までに、資金・政策・能力強化・研究の各分野で、海洋保護区、持続可能なブルーエコノミー、気候変動、海上安全保障、持続可能な漁業、海洋汚染の削減に向けた世界の取り組みが確実に前進していることが期待される。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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米国の「核の傘」が崩壊すれば、欧州は「独自の核兵器(ユーロ・ボム)」を選ぶのか?

【国連IPS=タリフ・ディーン】

ロナルド・トランプ政権が西欧諸国に対して敵対的な姿勢を強め、北大西洋条約機構(NATO・32カ国加盟)からの脱退を示唆していることは、米国による「核の傘」という長年の安全保障体制が崩壊する危険を示している。

欧州外交評議会(ECFR)のドイツ事務所長ヤナ・プグリエリン氏は、「トランプ氏はNATOから公式に離脱するつもりがあるかどうかは分からないが、NATOを骨抜きにする手段はすべて持っている。」と述べている。

トランプ氏のNATOへの敵意は、27カ国からなる欧州連合(EU)にも及び、彼はEUを「米国を食い物にするために作られた。」と批判している。

こうした政治的空気の中、現在注目されているのは、英国やフランスが欧州諸国に「核の保護」を提供できるのか、あるいはドイツ、ポーランド、北欧諸国が独自に核武装へと進むのか、という点だ。

米紙 The New York Times は先月、ポーランドのドナルド・トゥスク首相が、ロシアにより支配された歴史を持つ同国において、将来的に自国の核兵器開発に踏み切る可能性があると報じた。

核兵器科学者連盟(FAS)によれば、世界には約12,331発の核弾頭が存在し、そのうち9,604発が軍事備蓄にあり、残りは退役済みで解体を待っている状態にある。

核保有国は米英仏中露、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルの9カ国だが、英仏の核弾頭数は合わせて515発と、米国の約3,700発(さらに退役予定の1,300発あり)に比べて少ない。

Tariq Rauf
Tariq Rauf

元IAEA(国際原子力機関)検証・安全保障政策部長のタリク・ラウフ氏は、NATO欧州諸国がロシアを欧州の安全保障構造に統合することに失敗してきたと指摘。「旧東欧諸国の一部は、ソ連の過去の支配に対する復讐としてロシアを挑発し、ロシアの過剰反応を招いてきた。」と語った。

ラウフ氏はまた、「第2次世界大戦から80年が経過し、EU経済は繁栄しているが、外交政策は混迷し、今や『友好的拡散(friendly proliferation)』(=同盟国や友好国に対して、戦略的な目的で意図的に核兵器技術や能力を移転・支援する行為を指す)への懸念が高まっている」と警鐘を鳴らしている。

実際、ポーランド大統領は、米国が自国に核兵器を配備しない場合には独自の核兵器開発に関心を示している。これはNPT(核不拡散条約)に加盟する非核兵器国であるポーランドにとって重大な動きだが、IAEAや他国から大きな懸念表明は見られていない。

一方、英国とフランスは依然として「大国」の幻想を持ち続け、米国が距離を置きつつある欧州に対して、「拡大抑止」を提供しようとしている。

英国では、キア・スターマー首相が年金や社会福祉、国際援助を削減して、260発の運用可能な核兵器と核ミサイル搭載潜水艦の維持費に充てている。

Photo: France to form a commission for reconciling with Algeria. Credit: Anadolu Agency
Photo: France to form a commission for reconciling with Algeria. Credit: Anadolu Agency

フランスでは、マクロン大統領がド・ゴール時代の独立路線を修正し、経済停滞と社会不安を抱えながらも、EU諸国に対して自国の核による「傘」を提供すると公言している。

さらに、ドイツは米国の中距離核ミサイルを再び受け入れる方針に転じ、英国も米国の核搭載爆撃機を再配備することになった。

NPT体制(55年の歴史)は崩壊寸前であり、それが現実となれば、欧州やアジア太平洋地域で核拡散の連鎖が始まる可能性があるとラウフ氏は警告している。

カリフォルニア州のNGO「Western States Legal Foundation」事務局長ジャクリーン・カバッソ氏も、「ユーロボム(欧州独自の核武装)」構想は以前からあったが、トランプ政権のNATO軽視以降、真剣に議論されるようになったと述べた。

2020年、マクロン大統領は「フランスの核抑止力が欧州の安全保障に果たす役割について戦略対話を始めよう。」と呼びかけ、2022年にもドイツに再提案したが、進展はなかった。2025年3月には再び対話を提案し、ドイツ、ポーランド、デンマーク、リトアニア、ラトビアなどが歓迎を示した。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.
Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

ただし、カバッソ氏は「トランプ氏の予測不能な言動を踏まえると、米国がNATOを脱退する可能性は低いが、完全には否定できない」としつつ、”Project 2025”(トランプ政権第2期の青写真)には、米国がNATOの通常戦力を同盟国に任せ、核抑止に限定的に関与する方針が明記されている点に注意を促す。

核保有国が核戦力の質的・量的強化を進める中、欧州が独自に核兵器を持つことは、NPT違反であり国際法上も問題である。だがそれ以上に、「核の威嚇の常態化」と「核拡散の正当化」が危険だと強調する。

欧州の指導者は、核兵器の獲得ではなく、**核兵器に依存しない安全保障の構築と、核兵器禁止の対話(例えば欧州非核地帯)を推進すべきであるとカバッソ氏は訴えている。

最後にラウフ氏は、「1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)はいまだ発効しておらず、核実験のモラトリアムも危うい。今は冷戦時代以上に偶発的・意図的な核戦争の危険が高まっており、政治的リーダーシップが欠如している。」と語った。

国連のグテーレス事務総長がジュネーブ軍縮会議で語った言葉が、いまこそ重く響く。

Photo: MANUEL ELÍAS / UNITED NATIONS
Photo: MANUEL ELÍAS / UNITED NATIONS
"核の選択肢は、もはや現実的な選択ではない。それは人類破滅への一本道であり、私たちはいかなる代償を払ってもその道を回避すべきだ。世界は、私たちが正しい方向に舵を切ることを待ち望んでいる。"

一方、2024年7月、ノルウェーの防衛企業Kongsbergは、ノルウェー・ドイツ間の共同計画として2035年運用開始予定の「次世代超音速攻撃ミサイル“Tyrfing”」の開発契約を結んだ。

これに加えて、フィンランドは2024年に米国から長距離精密ミサイル(JASSM-ER)を導入する決定をし、スウェーデンもウクライナに早期警戒システムを供与。欧州全体で、精密攻撃能力の向上が進んでいる。

これらは「新たなミサイル危機」の様相を呈しており、INF条約(中距離核戦力全廃条約)後の世界で、より大きな戦略的リスクを伴っている。

欧州の政策立案者たちは、核依存による「幻想の安全保障」ではなく、外交と非核化の道を探る真の安全保障戦略に立ち返るべき時を迎えている。(原文へ

This article is brought to you by IPS NORAM in partnership with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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欧州議会議員ら核軍縮促進を呼びかけ

核のない世界への道は険しいが、あきらめるという選択肢はない。(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

国連事務総長とブラジル大統領、パリ協定の誓約再確認へ世界の指導者と会合

【ニューヨークIPS=ナウリーン・ホセイン】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長とブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領は4月23日、気候危機への世界的な取り組みを強化し、公正なエネルギー転換を推進するため、各国首脳と非公開の会合を開催した。

会合には、主要経済国と気候危機の影響を最も受けている国々の首脳が少数ながら代表的な形で出席。出席者には中国の習近平国家主席、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ケニアのウィリアム・ルト大統領、マーシャル諸島のヒルダ・ハイネ首相などが名を連ねた。

また、地域を代表するパートナーシップの首脳も出席。アフリカ連合のジョアン・ロウレンソ議長(アンゴラ大統領)、東南アジア諸国連合(ASEAN)議長のアンワル・イブラヒム・マレーシア首相、小島嶼国連合(AOSIS)のスランゲル・ウィップス・パラオ大統領、カリブ共同体(CARICOM)のミア・モットリー・バルバドス首相らが出席した。

グテーレス事務総長は、「世界は多くの危機と逆風に直面しているが、気候変動への誓約が道を外れることは許されない」と強調。「COP30(第30回気候変動枠組条約締約国会議)がブラジルで開催されるのを前に、行動への機運を高め続けることが重要だ。今回の会合はその一環だ」と語った。

国連高官によると、この会合は各国首脳が「パリ協定および多国間主義への誓約を再確認」するために行われ、「グローバルな課題にはグローバルな解決策が必要」と指摘した。

今年のCOPは、「気候災害の深刻化と頻発という現実を目の当たりにしている特異な文脈」のもとで開催される。高官はそのように述べ、同時に「再生可能エネルギー革命」にも言及。2024年には世界の電力の40%が再生可能エネルギーから供給されたとし、この分野の雇用市場も拡大傾向にあると述べた。グテーレス氏は再生可能エネルギー産業を「世紀の経済的チャンス」とも呼んでいる。

ブラジル政府関係者によれば、今回の会合はCOP30に向けた国際社会の「支援、行動、野心」の動員の一環であり、特に「実施段階」に重点を置くことを強調。市民が多国間主義を信じられるよう「目に見える行動」が求められていると述べた。

今年はパリ協定採択から10年の節目。各国は新たな国家気候目標と「国別決定貢献(NDCs)」を発表する予定だ。ブラジルのCOPチームの高官によれば、提出期限は柔軟であるものの、多くの国が9月を目処に準備を進めているという。これまでにNDCを提出した国はごく一部であり、国連の当初の提出期限(2月10日)に間に合ったのは10カ国に過ぎない。

グテーレス氏は、気候にやさしい取り組みの移行を進める一方で、開発途上国への支援の拡充が必要であると強調。「アフリカや他の開発途上地域は世界平均以上の速度で温暖化が進み、太平洋諸島は海面上昇の影響を早くも受けている」と述べた。また、「アフリカには世界の最良の太陽光資源の60%が存在するにもかかわらず、設置されている太陽光発電設備は全体の1.5%にとどまり、再生可能エネルギーへの世界の投資のうち、アフリカが受けているのはわずか2%。」とも指摘した。

グテーレス事務総長はさらに、気候資金の増額、とりわけ適応資金の倍増、および2035年までに年間1.3兆ドルの資金を途上国向けに動員することを再度呼びかけた。(原文へ

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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|災害報道|なぜ「真実」がネパール地震報道で犠牲になったのか(Nepali Times社主)

【カトマンズNepali Times=クンダ・ディキシット】

報道している災害の当事者になって初めて、ジャーナリストたちは、自分たちが危機の中で描いている現実がいかに限られた一面に過ぎないかを痛感する。

2015年4月25日にネパールを襲った地震のような災害報道では、特に外国人特派員にこの傾向が顕著だ。

最初の1週間、テレビやインターネットで壊滅的な都市の映像や写真が世界中に流れる中、私の家族は親戚や友人から心配の電話をひっきりなしに受けた。皆、私たちがまだ生きていること、家が無事であること、水も食料もあること、さらには電話が通じることさえ、信じられない様子だった。

それもそのはず、彼らが見たのは、カトマンズ盆地の歴史的建造物が瓦礫と化し、人々の家が崩れ去り、急峻な山肌にしがみつくようにしていた村々が壊滅している様子だったからだ。まるで終末のようなその映像は、「何も残っていない」と信じ込ませるには十分だった。

だが、実際にはカトマンズ盆地の住宅の80%は無傷だった。市内の歴史地区でも、主要な寺院や宮殿は今も残っている。ほとんどの地域で地震後に変わったのは「交通渋滞がなくなったこと」くらいだった。

地震の翌朝、最初に現地入りした外国人特派員たちは、市内へ向かう道中、一軒の倒壊家屋も見つけられず、誤って別の災害現場に来てしまったのではないかと困惑した。

報道の現場にいる私たちメディア関係者も、「選択的に報じている」として歪曲の非難を受ける。しかし一部の特派員は、紋切り型の報道に陥るまいとし、表面的でない深い現実に迫ろうと努めている。それでも「ニュースには型(フォーマット)がある」のが現実であり、それに合わないストーリーを報じるのは難しい。

そのため、災害報道は毎回「いつもの話」になってしまう。

国際メディアは群れをなして現地入りし、同じような映像を追い求める。用意された台本に従い、まず「壊滅的被害」のビジュアルを押さえ、英語を話せる(字幕不要の)地元住民を探し、救助犬を連れたチームと行動を共にする。

一日の終わりにはホテルのバーで武勇伝を語り合い、翌日の「政府の対応の遅れ」、さらにその翌日の「奇跡の生存者救出」をストーリーに仕立てる準備をする。そして、山間の被災村へヘリコプターで飛び、再び「壊滅的被害」の映像を押さえる。

無傷で残っている通りを撮影した外国人記者は私の知る限り一人もいなかった。畑でじゃがいもを収穫している農民に目を向ける暇もなく、歴史的遺産の瓦礫にカメラを向け続けた。ネパールの75郡のうち実際に被災したのは14郡だけであることを報じた者もほとんどいなかった。

電話がつながる、遠隔地からもツイートができる、カトマンズでは3日で電気が復旧した―こうした事実は、ニュースの台本に合わなかったため報じられなかった。

BBCやアルジャジーラなどのTVクルーは、カトマンズのダルバール広場に並んでテントを張り、背景にハヌマンドカ宮殿の遺跡を配置し、招待した専門家にコメントさせた。TVニュース番組が「ショー」と呼ばれるのも納得だ。

Kunda Dixit
Kunda Dixit

あるインタビューでは、スカイプ出演者に「照明を暗くして、震災後のカトマンズが本当に真っ暗に見えるようにしてくれ」と頼んだという。また、CNNのアンダーソン・クーパーによる現地記者との生中継は、米国ボルチモアの暴動を理由に現地時間午前4時にキャンセルされた。

このような災害報道は、被害の実態を歪め、深刻さを誇張したり、逆に最も深刻な地域の現実を伝えなかったりする。同じヘリに乗って映像を撮る各局は、過剰演出や誇張の誘惑に駆られる。そしてネパールのような国が「運良く」北米でニュースの少ない日に災害に見舞われなければ、報道の注目も集められない。

その後、記者たちは次なる被災地へと旅立ち、5月12日に発生した余震―本震で弱まった家屋をさらに倒壊させた―の際には、すでにほとんどの記者が帰国していた。

報道による現実の歪曲とは、事実を選択的に伝えることで真実が失われてしまうことである。事実は必ずしも真実を語らない。規模が大きすぎて画面に収まらない時、500人の村を丸ごと飲み込んだラングタンの雪崩のように、その惨状は視覚化できない。

今後の課題は、ネパールが復興を進める過程でも国際的関心を維持することだ。しかし、報道陣は去り、危機を伝える見出しも消えた。すでに、支援金も減少し始めている。(原文へ

INPS Japan/ Nepali Times

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