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無駄をなくせば、欠乏もない

ネパールの電気・電子廃棄物管理には政府のリサイクル政策が不可欠

【カトマンズ NepaliTimes=ソニア・アワレ】

今週、The New York Times紙が報じたネパールの電気自動車(EV)ブームに関する記事が広く共有された。世界がようやく、ネパールのエネルギー転換に注目し始めている。

だが、この成功は新たな課題も生んでいる。バッテリー駆動の自動車、スクーター、三輪車の普及により、ネパールはまもなくリチウムイオン電池の廃棄物処理という危機に直面することになる。さらに、携帯電話用バッテリー、重金属、レアアースといった問題も控えている。

「以前はノートパソコンや携帯電話が中心だったため、それほど関心を持たれていませんでした。しかし、電気自動車1台で最大500キロの廃棄物が発生します。それが積み上がっていけば、私たちの手には負えなくなります」と、カトマンズの電子廃棄物管理会社「Doko Recyclers(ドコ・リサイクラーズ)」のパンカジ・パンジヤール氏は警鐘を鳴らす。

同氏によれば、「当初は2027年以降、年間3500トンのリチウムバッテリー廃棄が発生すると見込んでいましたが、EV市場の拡大により、実際の数値はそれを大きく上回る見込みです」。

ネパールは新車販売の76%が完全電動車であり、その割合はノルウェーに次ぐ世界第2位に位置している。
ネパールは新車販売の76%が完全電動車であり、その割合はノルウェーに次ぐ世界第2位に位置している。

EVだけでなく、携帯電話、玩具、太陽光パネル、全国9000基の通信塔から発生するリチウムイオンバッテリー廃棄物もすでに相当な割合を占めている。

リチウムに加え、コバルト、ニッケル、マンガンなどの重金属は、空気、土壌、水を汚染する可能性があり、レアアースも含まれる。ネパールは昨年、約190万台の携帯電話を輸入しており、これは前年度比で40%の増加である(これは公式統計上の数字に過ぎない)。

リチウムイオン電池のリサイクルは技術的に可能だが、コストが高い。一方、金を含む重金属の回収率は95%以上に達する。中国はこの分野で先行しており、世界全体の重金属リサイクル能力のうち半分以上、年間約50万トンを占めており、米国や欧州を大きく上回っている。

ネパールにはリチウムイオン電池のリサイクル施設が存在せず、鉛蓄電池用の施設すらない。鉛やその他の金属、プラスチックは非公式セクターによって回収されるか、インドへ輸送されている一方、硫酸はそのまま廃棄されている。

「バッテリーのリサイクルは教科書通りの工学技術で、難しいことではありません。しかし、市場が存在しない場合、政治経済の原則として国家がそれを創出する必要があります。米国、英国、中国はそうやってリサイクル産業を育てました」と、エネルギー経済学者のディパク・ギャワリ氏は最近の気候会合で語った。

カトマンズのDoko Recyclersでは、今週、スタッフが電気廃棄物の仕分け作業に従事している。
カトマンズのDoko Recyclersでは、今週、スタッフが電気廃棄物の仕分け作業に従事している。

Doko Recyclersはリチウムイオン電池のリサイクル施設設置に向けて取り組み、シンガポール拠点のTotal Environment Solutions(TES)から4000万ルピーの投資を受ける直前までこぎつけた。しかし、ネパールには電子廃棄物(e-waste)政策や投資ガイドラインが整備されておらず、TESは投資回収の見通しが立たないとして撤退した。

ネパールには、製品の廃棄責任をメーカーや流通業者に課す「拡大生産者責任(EPR)」制度も存在しない。

「リチウムイオン電池のリサイクルには、技術移転さえあれば対応可能です。ただ、それには政府のEPR政策に基づいた投資が必要です。また、抽出されたリチウムのような原材料の扱いに関する規定も必要です。ネパールにはバッテリー製造の仕組みがないため、回収した原材料は輸出するしかありません。しかし、その輸送費は誰が負担するのでしょうか」と、パンジヤール氏は問いかける。

リチウムや重金属、レアアースの採掘は、その倫理性や環境負荷の高さが世界的に問題視されている。リチウム1トンの採掘で約15トンのCO2が排出され、塩水や鉱石からの抽出には水源の汚染や枯渇のリスクがある。ニッケルやコバルトの採掘も、生態系の破壊や労働搾取と密接に関係している。

電子機器の修理や再生は、電子廃棄物の削減に貢献できる。
電子機器の修理や再生は、電子廃棄物の削減に貢献できる。

より安全で安価、持続可能なナトリウムイオン電池の開発も進んでおり、EVは将来的にグリーン水素燃料への橋渡し的な技術となる可能性がある。

「これらの金属を使用するのであれば、少なくとも公共の利益のために活用すべきです。例えば電動バスの導入などです。最終的には、私たちの消費パターンが問われます。そもそも不要な携帯電話や車を買わないことの方が、リサイクルよりはるかに容易です」と、プラスチックなどの廃棄物リサイクルを手がけるAvni Center for Sustainabilityのシルシラ・アチャリャ氏は指摘する。

使い終わったあなたのスマートフォンはどこへ行くのか

Global E-waste Monitorの世界調査によると、ネパールが2024年に排出した電子廃棄物は4万2千トンに達し、10年前の1万3千トンから大幅に増加した。2026年には6万9千トンに達すると予測されている。

この数字は他国と比較すれば控えめだが、増加傾向とリサイクル施設の欠如は深刻な懸念材料である。

家庭用電化製品(洗濯機、冷蔵庫、ガスレンジ、オーブンなど)は、ネパールの電子・電気廃棄物の約半分を占めている。次いで携帯電話、ノートパソコン、タブレット、ハードディスク、ルーター、モデムが9%、コンシューマーエレクトロニクスが17%、照明機器が14%、スクリーン・モニターが8%、おもちゃが9%を占めている。

「過去10年ほどでe-wasteの性質も変化しました。以前はCRTモニターやCFL電球が中心でしたが、今では多くの電子機器、太陽光パネル、光ファイバーなど、リサイクル価値がマイナスのものも増え、さらに今後はEVバッテリーが中心になります」と、Doko Recyclersのパンジヤール氏は述べる。

e-wasteの構成は、人々の消費パターンの変化によっても変わっている。現在では、製品が寿命を迎える前に買い替える傾向が強まっている。

ネパールにおける携帯電話の平均使用期間はわずか2年、ノートパソコンは4年、テレビやパソコンは8年、冷蔵庫と洗濯機は10年である。直近の会計年度だけでも、ネパールは1千9百万台近いスマートフォンを輸入しており、その総額は240億ルピーにのぼる。

「最近では、電子機器メーカーが“交換キャンペーン”を展開しており、問題なく使える製品でも新機種に交換させる仕組みができています。製品を寿命まで使い切らないことで、存在しなかったはずの問題を自ら作り出しているのです」と、Avni Center for Sustainabilityのシルシラ・アチャリャ氏は述べる。「電子機器の使用量は飛躍的に増えていますが、それに見合う廃棄物管理能力は整っていません」

生ごみすら管理できていない自治体にとって、電子廃棄物は想定の範囲外だ。したがって、電子・電気廃棄物の大部分は非公式セクターに依存している。

カトマンズには約1200のスクラップ業者が存在し、電子廃棄物のうち約20%が正式な流通経路を経ずにリサイクルされていると推定されている。そしてその大部分はインドへ流れていく。

この非公式なリサイクルでは、プラスチックやアルミニウム、銅などの素材は一部回収されるが、貴金属や重金属の回収は行われていない。鉛バッテリーからの液体廃棄物(硫酸など)は埋立地に投棄され、地下水や河川を汚染している。

ネパールには、いまだ適切なe-wasteリサイクルインフラが存在せず、貴金属や重金属の抽出は不可能な状態だ。
ネパールには、いまだ適切なe-wasteリサイクルインフラが存在せず、貴金属や重金属の抽出は不可能な状態だ。

一方で、使用済み電子機器の再生市場も小規模ながら拡大しつつある。たとえば、Sabko Phoneのような企業は、中古スマートフォンを買い取り、ほぼ新品同様に再整備して、安価な端末として再販売している。

「当初はこの活動に賛同を得るのが非常に難しかったですが、ここ数年で意識が変わりつつあります。人々が再生スマホを買うようになれば、将来的には再生洗濯機なども選択肢になるかもしれません」と、Sabkoのウッタム・カフレ氏は語る。

2023年に販売された携帯電話12億2千万台のうち、14%が再生品であり、これにより1億9千万台分の新機種が不要になったという。

カフレ氏は次のように述べる。「再生や“アップサイクル”(使い終わったものをより価値ある形に作り替えること)が環境保護につながるという意識を社会全体に広げることができれば、大きな前進になります」

専門家たちは、e-waste問題に取り組む第一歩として、不要な電子製品の消費を抑えることを勧めている。
専門家たちは、e-waste問題に取り組む第一歩として、不要な電子製品の消費を抑えることを勧めている。

そのうえで、修理、再利用、アップサイクルと段階を踏み、最後の手段としてリサイクルに頼るべきだと指摘している。なぜなら、ネパールにはまだ、十分なリサイクル施設も法的枠組みも整っていないからだ。

ネパールの「廃棄物管理法(2011年)」には、e-wasteに関する記述がない。法改正案はすでに準備され、複数の省庁を回っているが、まだ確定していない。しかも、改正案にも電子・電気廃棄物の具体的な管理ガイドラインはなく、定義づけの域を出ていない。

一方、インドでは「拡大生産者責任(EPR)」と「バッテリー廃棄物管理規則2022」が整備されており、製造業者、リサイクラー(廃棄物の再資源化を担う業者)、再生業者の責任が明確に規定されている。

「ネパールでも、全国レベルのe-waste法制化とEPR導入が不可欠です。地方自治体単位でも、回収ルートの構築とリサイクルインフラへの支援が必要です。そして、こうした施策は同時並行的に実施されるべきであり、一般市民への意識啓発も重要な鍵となります」と、パンジヤール氏は語る。

EPR制度の導入は、信頼できない事業者を市場から排除し、不良品の流通を抑制する効果も期待できる。また、それは無制限で無秩序な消費の抑制、そして倫理的で持続可能な開発を優先する社会への転換にもつながる。

これは、現在ネパールで進むEVブームにも深く関係している。2024年度、ネパールは2万2907台の四輪車(総額508億8千万ルピー)を輸入し、そのうち1万6701台(412億3千万ルピー相当)が電気自動車だった。輸入された電動車の中で、公共バスの割合は非常に低く、同サイズのディーゼル車より高額であることが理由だ。

本来であれば、トロリーバスや路面電車のような「送電網直結型モビリティ」が導入されるべきだが、それが難しい現状では、政府が電動バスへの補助を拡充する必要がある。これにより、水力発電による余剰電力を活用し、大気汚染を抑え、石油輸入コストの削減にもつながる。

ラリトプールでは電動バスと自転車専用レーンの設置が進められている。(写真:Gopen Rai)
ラリトプールでは電動バスと自転車専用レーンの設置が進められている。(写真:Gopen Rai)

「ネパールのEV普及は、一面では成功物語ですが、同時にバッテリー廃棄問題という“次の災害”の引き金にもなっています。問題を一つ解決したと思ったら、別の問題を作り出していたということです」と、アチャリャ氏は警告する。

Sabko Phoneのカフレ氏は、再利用・修理・再生・リサイクルを軸とする「循環型経済」こそが、今後の進むべき道であると語る。

「電子機器は、人々の生活をより良くするために最大限活用されるべきです。まだ多くの地域や人々がそれらにアクセスできていない現状があります。しかし、使用後の管理や廃棄を含めた倫理的な使用こそが、将来の深刻な問題を防ぐ鍵となるのです」(原文へ

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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世界的な水の破綻とイランの危機

【ロンドン London Times=シャブナム・デルファニ】

政治的不安や軍事衝突に世界の注目が集まる一方で、静かに進行する破局がある。それが「水の破綻(water bankruptcy)」──需要が不可逆的に供給を上回り、生態系と人類の生存を脅かす危機である。イランはこの破綻の震源地にありながら、その影響は干上がる河川流域や枯渇する帯水層を通じて、世界中に広がっている。

Shabnam Delfani,is Green Ambassador for the MENA Region and World Women Peace Ambassador.
Shabnam Delfani,is Green Ambassador for the MENA Region and World Women Peace Ambassador.

イランでは、再生可能な淡水資源の85%以上が枯渇しており、国連の持続可能性基準を大きく上回っている。かつて中東最大の塩水湖だったウルミエ湖は、その水量の90%を失い、今やひび割れた塩の荒野に変わった。古都の生命線だったザヤンデ・ルード川は、現在では数か月間にわたり干上がり、イスファハンでは抗議運動が起きている。イラン31州のうち28州で、約9000万人が深刻な水ストレスに直面しており、干ばつ、食料不安、生態系の崩壊が進んでいる。

120万基以上の違法な井戸が、何世紀もかけて形成された帯水層を汲み上げ、砂漠化を加速させている。これは単なる環境破綻にとどまらず、結果として水と食料の権利を脅かす、人権上の緊急事態である。水と食料の安全保障は、国連決議64/292および世界人権宣言第25条に明記された権利である。それにもかかわらず、こうした権利が侵されているのだ。世界中で、水の破綻はさまざまな形で、しかし同様の構造で現れている。

2018年、南アフリカのケープタウンは、干ばつと過剰消費により「ゼロデー(Day Zero)」──蛇口から水が出なくなる日──の到来が現実味を帯びていたが、同市は極端な節水政策を導入し、市民1人あたりの使用量を1日50リットル以下に制限。家庭や農業への厳しい給水制限を課し、市民の協力を得た大規模な節水運動と、幸運にもその後訪れた降雨により、最悪の事態を土壇場で回避した。

オーストラリアのマリー・ダーリング流域では、農業の過剰割当と気候変動に起因する干ばつによって河川流量が減少し、生態系が破壊されている。米国のカリフォルニア州では、地下水の過剰汲み上げが原因で地盤沈下が発生し、地域によっては地下水位が最大100フィートも低下している。

インドのパンジャブ州は「穀倉地帯」として知られるが、過度な灌漑により地下水が枯渇し、井戸の78%が「過剰利用」に分類されている。

メキシコシティでは過剰な地下水の採取により、都市全体が最大10メートルも沈下している。また、米国とメキシコが共有するコロラド川は、上流での取水の影響でデルタ地帯に達しないことも多い。これらの事例は、世界共通の構造的課題──管理の失敗、気候変動、無制限な需要──が水システムを崩壊の瀬戸際に追いやっていることを示している。

イランでは、自然的な水不足に加え、国内の政策的失敗が事態を悪化させている。何十年にもわたるガバナンスの欠如により、乾燥地帯でもコメやサトウキビといった水を大量に消費する作物が優先され、貴重な水資源が浪費されてきた。流域間の水移送、時代遅れの灌漑技術(農業用水の90%が非効率に失われている)は、危機をさらに深刻化させている。「ダム建設マフィア」は、計画性を欠いたダムを乱立させ、河川の流れを断ち、地域社会を移転させてきた。環境専門家の声は無視され、政策決定の場から排除されている。

さらに、国際制裁は、最新の水処理技術や革新的な灌漑技術、気候資金へのアクセスを阻み、危機を深刻化させている。制裁が環境そのものを直接標的にしているわけではないが、その影響は否定できない。復元プロジェクトは停止し、研究は頓挫し、持続可能な開発の取り組みは完全に麻痺している。イランは、必要な適応手段を奪われたまま取り残されている。

農村部の女性たちは、この危機の影響をとりわけ不均等に受けている。家庭における水と食料の管理を担う彼女たちは、水を汲むための過酷な労働、食料価格の高騰、資源の枯渇による家庭内のストレス増加に苦しんでいる。それにもかかわらず、女性たちは水資源のガバナンスから事実上排除されており、この構造的な見落としが持続可能な解決策を妨げている。女性の知識とリーダーシップを活かすことは、単なる正義の問題ではなく、持続可能性を実現するための不可欠な要素である。

SDGs Goal No. 6
SDGs Goal No. 6

イランの水危機は国境を越えて波及し、地域の安定を脅かしている。ヘルマンド川、チグリス川、アラス川といった国境を越える河川の干上がりは、アフガニスタン、イラク、トルコとの間での緊張を高めている。農村から都市への人口流入も都市部に圧力をかけ、社会的不安や人口構成の変化を引き起こしている。対策を講じなければ、食料不足と気候難民の発生が中東全域を不安定化させ、世界的な影響をもたらす可能性がある。国際社会は、もはやこの危機を見過ごしてはならない。

世界的に、国境を越えた水資源の紛争が増加している。ナイル川における「グランド・エチオピア・ルネサンス・ダム(Grand Ethiopian Renaissance Dam)」の建設は、エジプトおよびスーダンとの間で流量の減少を懸念する緊張を生んでいる。中央アジアでは、アムダリヤ川の過剰利用がウズベキスタンおよびトルクメニスタンの生活に深刻な影響を及ぼしている。こうした事例は、協調的な水管理の必要性を浮き彫りにしており、イランの隣国もこの教訓に学ばなければならない。

水の破綻に対処するには、緊急かつ協調的な行動が求められる。

イランにおいては、政府が「国家水緊急事態」を宣言し、国際的な支援を呼び込んで改革を迅速化する必要がある。農業慣行の抜本的な見直しも不可欠であり、水を多く必要とする作物の30%を干ばつ耐性のある品種に置き換え、500万ヘクタールにわたる灌漑を近代化し、再生農業に資金を投入すれば、年間数十億立方メートルの節水が可能になる。

違法な水の汲み上げは衛星監視を活用して取り締まり、無許可の井戸を封鎖し、各州ごとに地下水の使用枠を設定して厳格に運用すべきである。

女性と若者のエンパワーメントも不可欠である。水管理委員会への女性の30%参画を義務づけ、気候データの収集と革新を担う「ユース・クライメート・コープス(Youth Climate Corps)」を創設することで、未開拓の力を引き出すことができる。

また、水外交の再活性化も急務である。地域条約と独立監視機関を通じて、共有河川の公平な管理を実現するべきである。イランにおける国連開発計画(UNDP)は、象徴的なプロジェクトにとどまるのではなく、透明性と公正性を重視する役割へと転換し、成果の数値よりも気候レジリエンス(適応力)を優先する必要がある。こうした措置は、世界各地においても求められている。

オーストラリアのマリー・ダーリング流域管理局(Murray-Darling Basin Authority)は、水資源の過剰割当を是正するため、水の買戻し政策(water buybacks)を導入しており、持続可能な配分モデルとして注目されている。イスラエルの点滴灌漑(drip irrigation)システムは、従来の方法と比べて60%の水を節約し、高効率の一例となっている。ヨルダンでは、乾燥地に適した低コストの雨水収集(water harvesting)技術が普及しており、これも有効なモデルだ。

UN Photo
UN Photo

これらの成功事例が示すのは、解決策が存在するという事実である。ただし、それを実行に移すには、政治的意思と資金投入が不可欠である。

水は政治的な武器ではなく、食料も制裁の対象ではない。環境正義は交渉の余地がない原則であり、それは国連憲章、持続可能な開発目標(SDGs)、そして国際人権文書に明記されている。SDG6(安全な水と衛生)およびSDG13(気候変動対策)は、水の安全保障が政治化され、無視される限り達成不可能である。

イランの崩壊は、遠い未来への警告ではない。それはすでに始まっている現実である。現在、世界で約20億人が水ストレス地域に暮らしており、この数は2050年までに35億人に達すると予測されている。国連は、世界人口の40%が水不足に直面し、2030年までに700万人が干ばつによって移住を余儀なくされると推定している。

Map of Iran. Wikimedia Commons.

これらの数字は抽象的な統計ではない。そこには人々の生活、生計、そして崩壊寸前の生態系がある。イランの水危機に対する国際社会の沈黙は、もはや共犯といっても過言ではない。官僚的な遅延や政治的な慎重さを捨て、大胆な行動へと踏み出す時である。

国連、各国政府、市民社会は、水を取引材料ではなく「人権」として扱うべきである。

イラン国内では、政府、国連開発計画(UNDP)、国際パートナーが迅速に行動し、さらなる崩壊を防がなければならない。世界全体としても、イランの危機から学び、持続可能な水資源管理への投資を加速させなければ、自らのシステムが崩壊するのを待つだけとなる。

国連憲章に刻まれた「平和・尊厳・正義」という原則は、水の安全保障なしには成り立たない。世界が、最後の川が干上がるのを見届けるまで動かないという選択は、許されない。

イランの「水の破綻」は道徳的・地域的な失敗であり、今こそ、無策の代償がいかに大きいかを突きつける警告である。私たちは今、行動しなければならない。地球規模の水危機が、人類の破滅につながる前に。(原文へ

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セメイから広島へ―ジャーナリズムで世界の連帯を築く(アスタナ・タイムズ編集長 ザナ・シャヤフメトワ氏インタビュー)

80年前、広島と長崎を襲った原爆の惨禍は、人類に核兵器の非人道性を突きつけ続けている。カザフスタンもまた、旧ソ連時代の核実験によって深い傷を負った国だ。これまでアスタナで核廃絶をテーマにした展示会ドキュメンタリー制作を支援してきた創価学会インタナショナル(SGI)のカザフスタンにおける活動を取材してきたINPS Japanは、このほど、カザフスタンから軍縮と平和のメッセージを世界に発信し続ける同国を代表する英字紙「The Astana Times」の編集長ザナ・シャヤフメトワ氏にインタビューを行った。シャヤフメトワ氏は、本紙の取材に応じ、9月に世界各地からアスタナに集う宗教指導者の役割、若い世代への記憶の継承、そしてジャーナリズムが果たすべき責任について語った。

【東京/アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】

Q: 今年8月は、広島と長崎への原爆投下から80年にあたります。核兵器の壊滅的な影響を世界に伝えるこの節目に、核保有国間の紛争や緊張は高まり、終末時計は「真夜中まで89秒」を示しています。市民社会による軍縮への声は強まっていますが、とりわけ若い世代への継続的な意識啓発は大きな課題です。こうした中、カザフスタンは9月に第8回「世界伝統宗教指導者会議」を開催します。教育や道徳的指導を通じて、宗教指導者が平和と核軍縮を進める上で果たせる役割をどう見ていますか。

Karipbek Kuyukov(2nd from left) and Dmitriy Vesselov(2nd from right)/ Photo by Katsuhiro Asagiri
Karipbek Kuyukov(2nd from left) and Dmitriy Vesselov(2nd from right)/ Photo by Katsuhiro Asagiri

A: 広島と長崎の原爆投下は、核兵器の恐るべき破壊力を示すもので、人類に長期的な影響を残しました。活動家カリプベク・クユコフ氏は「それは国際社会にとって恥であり、日本の人々にとって恐怖の瞬間でした。二度と核兵器が人を殺すために使われないよう、この瞬間を永遠に記憶し続けなければなりません」と語っています。

クユコフ氏は、旧ソ連のセミパラチンスク核実験場で40年間にわたり行われた456回の核実験により被害を受けた150万人の一人です。両親が被ばくした影響で腕のない状態で生まれました。1991年にカザフスタンが同実験場を閉鎖する以前のことです。彼は世界的に知られる核不拡散活動家であり画家でもあり、その作品は核実験被害者の苦しみを描いています。

宗教指導者は、平和と核軍縮の推進において特別な立場にあります。カザフスタンが世界伝統宗教指導者会議を開催することは時宜を得たものであり、非常に意義深いと言えます。平和は政治的目標であると同時に精神的目標でもあります。世界の指導者が、とりわけ若者に向けて一つの声で語ることができれば、恐怖や無関心から責任と希望へと意識を転換できるでしょう。

7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress
7th Congress of Leaders of World and Traditional Religions Group Photo by Secretariate of the 7th Congress

Q: 日本は平和記念館や教育、被爆者の証言を通じて核の記憶を伝え続けています。カザフスタンも旧ソ連時代の核実験被害の経験を同様に継承することが重要だと思いますか。そのための効果的な方法は何でしょうか。

A: 非常に重要だと考えます。これは単なる歴史的事実ではなく、特にセメイ(旧名:セミパラチンスク)のような地域社会を形作ってきた、生きた経験です。核実験の影響は世代を超えて、身体的にも精神的にも今日まで続いています。

Stonger than death momument, Semey

効果的なのは個人の語りと教育です。学校や公共の場でのドキュメンタリー上映や展示会の開催は、過去を知らない若い世代にとって有効です。文学や映画、デジタルメディアを通じて、被害者の証言を教育課程に組み込めば、生徒たちは人間的なレベルで共感できます。

ジャーナリストには、こうした物語を記念日だけでなく日常的に可視化し続ける責任があります。カザフスタンには世界に伝えるべき力強い物語があり、それを沈黙させてはなりません。

取材の中で印象的だったのは、ノルウェーのトーレ・ネーアランド氏の話です。彼は10代で失明した後、「Bike for Peace」を共同設立し、世界各地を自転車で巡る活動を続けています。旅の中で出会った広島の被爆者の生き方に感銘を受け、核軍縮運動に注力するようになりました。こうした物語は、この対話がなぜ今も必要なのかを思い起こさせてくれます。

Q: カザフスタンは、大規模な核実験場を世界で初めて閉鎖し、核兵器を自主的に放棄しました。この遺産や貢献を世界に発信する上で、アスタナ・タイムズを含むカザフスタン・メディアはどのような役割を果たせるでしょうか。

A: 私たちは軍縮について正確かつ一貫した報道に努めています。事実に基づく核問題の報道を行い、カザフスタンの不拡散への貢献を広めることを使命としています。

また、若い世代の声も積極的に取り上げています。社会学者マルジャン・ヌルジャン氏と協力し、核の遺産がもたらす影響についての認識向上に取り組んできました。

記者ナギマ・アブオワは、2025年3月3~7日にニューヨークの国連本部で開催された核兵器禁止条約(TPNW)第3回締約国会合を現地取材しました。アスタナ・タイムズは現場から直接報道した唯一の英語メディアであり、アカン・ラフメトゥリン第一外務次官が議長を務めたことは誇りです。

From left to right: Izumi Nakamitsu, Akan Rakhmetullin and Christopher King. Photo credit: Nagima Abuova / The Astana Times

さらに今年9月には、記者アイバルシン・アフメトカリが包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)主催の科学技術会議シリーズ(SnT2025、ウィーン)に参加予定です。カザフスタンの声を世界に届け、核実験廃絶への機運を高める機会となります。

Katsuhiro Asagiri
Katsuhiro Asagiri

Q: 日本とカザフスタンは、核兵器廃絶を強く訴えています。ジャーナリズムは、核被害国間の連帯や軍縮推進にどのように貢献できるでしょうか。また、メディア関係者の責任とは何でしょうか。

A: ジャーナリズムは、核被害国を結びつけ、TPNWのような国際的取り組みを前進させる重要な役割を担います。カザフスタンと日本は核兵器の悲劇的な歴史を共有しており、それが連帯の基盤となります。

私たちの責務は、人間の物語に光を当てることです。被害者、活動家、科学者の声を届け、核兵器の影響が個人的で世代を超え、不公正であることを世界に理解してもらうことが重要です。TPNW会合やCTBTO会議の報道、若者や専門家の声の発信を通じて、より多くの人々に関心と行動を促していきます。(原文へInter Press Service

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核実験は依然として将来の脅威か ― 広島・長崎原爆投下80周年に寄せて

【国連IPS=タリフ・ディーン】

第二次世界大戦中に広島と長崎に原爆が投下されてから80年。核実験は過去のものとなったのか、それとも依然として生きており、いまなお脅威であり続けるのか―この問いが改めて浮上している。

Atomic Bomb Dome by Jan Letzel and modern Hiroshima/ Wikimedia Commons
Atomic Bomb Dome by Jan Letzel and modern Hiroshima/ Wikimedia Commons

8月6日から9日にかけての記念日は、15万~24万6千人の市民が犠牲となった壊滅的な爆撃を振り返るものであり、核兵器が武力紛争で使用された唯一の事例として、今も歴史に刻まれている。

果たして、そこから学ばれた教訓はあったのか。そして、予測不可能なドナルド・トランプ政権が核実験を再開することはあるのか?

『ニューヨーク・タイムズ』紙は、ジャッキー・ローゼン上院議員(民主党・ネバダ州)が「わが州では冷戦時代に地下を中心におよそ1000回の核実験が行われた」と述べたと報じた。

米国は1996年に包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名したものの、同条約の批准には至っていない。上院は1999年に同条約を否決している。

Ground zero after the "Trinity" test, the first atomic test, which took place on July 16, 1945/ Public Domain
Ground zero after the “Trinity” test, the first atomic test, which took place on July 16, 1945/ Public Domain

現在もネバダ実験場(土壌に1万1100PBq、地下水に4440PBqの放射性物質が残留しているとされる)は汚染されたままである。

核実験の実施後、数千人の住民が癌やその他の疾患を発症し、核爆発の影響であると考えている。全米各地の「ダウンウィンダーズ」と呼ばれる被曝住民たちは、80年近くにわたり米国政府からの認定を求めてきた。

米国が最後に核実験を実施したのは、1992年9月23日のネバダ実験場での「ディバイダー」実験であり、オペレーション・ジュリンの一環であった(同実験場の記録による)。

At a disarmament exhibition in UN Headquarters in New York, a visitor reads text about a young boy bringing his little brother to a cremation site in Nagasaki, Japan. Credit: UNODA/Erico Platt

2025年4月、米上院軍事委員会で証言したブランドン・ウィリアムズ次期核兵器管理責任者候補は、「核実験再開を推奨しない」と明言した。

一方、トランプ米大統領は先週、元ロシア大統領ドミトリー・メドベージェフの脅迫的発言に対する対応として、「核潜水艦2隻をロシア付近に配備するよう命じた」と発表。ただし、それが「核兵器を搭載した潜水艦」なのか「原子力推進の潜水艦」なのかは明言しなかった。

「このような愚かな挑発的発言が単なる口先だけでない場合に備え、適切な地域に2隻の核潜水艦を配置するよう命じた」とトランプ大統領はSNSで述べた。

国連代表を務めるAcronym Instituteのナタリー・ゴールドリング博士はIPSの取材に対して、「広島と長崎の惨劇から80年を迎える今年、核兵器のない世界を実現するために、まず核兵器実験の恒久的な停止を実現すべき。」と語った。

しかし現実には、トランプ政権は核兵器実験の再開を検討しているという報道もある。

Images Credit:Andrew Harnik/Getty Images
Images Credit:Andrew Harnik/Getty Images

彼女によると、トランプ政権の2期目では、保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」が掲げる政策文書「プロジェクト2025」(正式名称「リーダーシップの使命:保守派の約束」)への依存が顕著であるという。

その中で国家核安全保障局(NNSA)に関しては以下のような勧告が記されている:

「包括的核実験禁止条約の批准を拒否し、必要であれば敵対国の核開発に対応するための核実験再開の意志を示すこと。これには、NNSAが即時試験準備体制に移行することが求められる」

ゴールドリング博士は「プロジェクト2025の勧告を実行することは、敵対行動が確認されていない段階で、核実験の再開に直ちに向かうことを意味する。それは攻撃的な姿勢であり、むしろ我々が抑止すべき行動を誘発する“自己成就的予言”となりかねない」と警告した。

「衝動的で予測不可能な性格のトランプ大統領が、米国を強く見せるという誤った信念のもと、核実験を再開する可能性も否定できません。彼は往々にして、否定的な影響を熟慮しないまま、劇的なパフォーマンスを好む傾向があります」

「核実験は、核兵器依存という巨大な問題の一症状に過ぎません。核兵器を廃絶すれば、核実験の問題も消滅します。」

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

「核兵器には、開発・試験・配備・使用、さらには使用の脅しといったあらゆる段階において極めて深刻なリスクが存在します。これらのリスクを根絶する唯一の現実的な解決策は廃絶であり、核兵器禁止条約(TPNW)はそのための有効な設計図となります。」

「核兵器廃絶が実現しない場合、問題は“再び戦時下で使用されるかどうか”ではなく、“それがいつ起こるか”ということになります。核兵器は、実際に使用されなくとも、他国への威嚇や行動抑制の手段として日常的に“使用”されているのです」

ゴールドリング博士は、核実験は数十年前に終わるべきだったと指摘する。しかし、包括的核実験禁止条約は発効に至っていない。これは主に米上院が批准を拒んでいるためである。

とはいえ、北朝鮮を除き、事実上の核実験停止は1990年代以降続いている。

「核実験による人間と環境への影響は、現在に至るまで甚大です。新たな核兵器の開発や実験に資金を投じるのではなく、影響を受けた地域社会に対し、長期的な医療・経済・環境支援を提供すべきです」(原文へ

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勝利なき戦争―イラン・イスラエル対立が世界の利害を支える構造

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン】

イランとイスラエルの対立は、中東で最も危険かつ複雑な衝突の一つとして燻り続けている。全面的な通常戦争には至っていないものの、両国は秘密工作、サイバー攻撃、ドローン戦、代理勢力の活用、経済制裁、戦略的暗殺といった手段で敵対行為を繰り広げている。この「影の戦争」は、イデオロギー的憎悪と地域覇権争いに加え、列強の戦略的利害や世界の武器産業の影響によって形作られている。

イランの対イスラエル政策は、その革命理念に深く根差し、イスラエル国家を正当でないと見なし、パレスチナの大義を支持する姿勢を貫いている。イランはレバノンのヒズボラ、イラクやシリアの各種民兵組織、ガザの武装勢力などに武器や資金を提供し、地域全体に影響力を拡大してきた。こうした代理戦略により、イランはイスラエルと直接交戦せずにその地域的立場に挑戦している。

Flag of Israel by Pixabay
Flag of Israel by Pixabay

一方、イスラエルはイランによる包囲と影響力拡大を存亡の危機と捉え、先制抑止戦略を採用してきた。テヘランの軍事拠点やシリアを経由する補給線を狙った空爆を数百回実施し、ヒズボラへの武器移送を妨害しつつイランの軍事的足場を弱体化させている。サイバー攻撃(有名なStuxnetウイルスによるイラン核施設破壊)やイラン人科学者の暗殺も、イスラエルの封じ込め政策の要となっている。

直接対峙する両国以外にも、より広い関係者がこの衝突から利益を得ている。最たる例が米国と西側同盟国だ。米国はイスラエルとの数十年に及ぶ同盟関係を通じ、高度な兵器、情報、資金援助を継続している。イランの核開発への恐怖は、巨額の防衛予算や軍事援助パッケージを正当化してきた。

軍事支援にとどまらず、イランを地域の脅威と位置づけることで、米国は湾岸地域に軍事プレゼンスを維持しやすくなり、地域安定や対テロの旗印の下で影響力を強化している。NATO同盟国も表向きは外交を支持しつつ、イスラエルとの防衛協力を続け、フランス、英国、ドイツなどは武器協力を維持している。欧州企業も米国防需産業のサプライチェーンを通じて中東の緊張から恩恵を受ける。

同時期、湾岸アラブ諸国では地政学的な再編が進んだ。これまで根強かったイスラエルへの敵対感情は、イランの地域的な影響拡大への懸念を共有する中で、次第に和らいできている。そうした流れの中で、米国が主導したアブラハム合意により、イスラエルとの国交正常化が歴史的に進展した。

これらの新たな関係は象徴的な意味合いだけでなく、防衛や情報分野での実務的な協力にも広がっている。とりわけ、ミサイル防衛やサイバーセキュリティといった分野での連携が強化されている。UAEやサウジアラビアといった国々は、イスラエルとの協力を通じて自国の安全保障体制を強化しつつ、西側諸国との外交における発言力も高めている。

The first of two Terminal High Altitude Area Defense (THAAD) interceptors is launched during a successful intercept test/ By The U.S. ArmyRalph Scott/Missile Defense Agency/U.S. Department of Defense - Successful Mission, Public Domain
The first of two Terminal High Altitude Area Defense (THAAD) interceptors is launched during a successful intercept test/ By The U.S. ArmyRalph Scott/Missile Defense Agency/U.S. Department of Defense – Successful Mission, Public Domain

最も一貫して利益を享受しているのは世界の武器メーカーである。米国ではロッキード・マーティン、レイセオン、ノースロップ・グラマンといった大手防衛企業が、中東の不安定を収益増の要因として挙げている。イランのミサイル計画や核開発の脅威は、アイアンドーム、THAAD、パトリオットなどのシステムの配備・販売を正当化する根拠となり、危機の度に株価も上昇する。

この傾向は欧州企業にも及び、特定の部品や技術を中東同盟国に供給して恩恵を得ている。挑発→軍事対応→武器補充という循環が自己増殖的な需要を生み出し、強力なロビー団体やシンクタンクが脅威の物語を絶えず維持している。

サイバー面も新たな収益源となっている。イスラエルのテック企業や米国のサイバーセキュリティ企業は、イランの諜報やサイバー攻撃への防御を担い、市場を拡大している。

もちろん、衝突が純粋に営利目的だけで仕組まれたと断言するのは単純化しすぎだが、確かに一部のアクターは長期化に適応し、そこから利益を得ている。衝突が激化するたび武器販売は急増し、情報協力は深化し、戦略的同盟が再編される。一方、真の外交的解決努力は、平和が実現すると損をする勢力によって脇に追いやられることが多い。

NATO.INT
NATO.INT

米国と西側同盟国にとっては、防衛契約による経済的利益と同時に、中国やロシアとの地政学的競争を背景に中東で戦略的レバレッジ(影響力)を得る機会となる。湾岸アラブ諸国にとっては、イランへの対抗姿勢が西側との協力を深め、イスラエルとのかつて考えられなかった同盟を可能にする。ここでは軍事調達が単なる防衛手段ではなく、外交政策の重要なツールとなっている。

しかし、外交・軍事活動が目まぐるしく展開される一方、人的・経済的負担は甚大だ。イランでは制裁と防衛支出が経済を圧迫し、国民の不満を高めている。イスラエルでは常在戦場の脅威下で国民が暮らし、経済や国民意識にも軍備体制が影を落としている。地域全体ではシリア、イラク、イエメンの代理戦争が国を不安定化させ、数百万人が避難を余儀なくされている。

勝者は誰かと問われれば、答えははっきりしない。イスラエルは軍事的優位を保ち、精密攻撃やアラブ諸国との外交成果でイランの企図を挫いてきたが、常に非対称的報復の脅威と国際的批判に晒される。イランは広範な代理ネットワークを通じてイスラエルと米国の同盟国に圧力をかける一方、制裁や経済孤立、国内不安という大きな代償を払っている。

実のところ、イランもイスラエルも決定的勝利を収めていない。得るものは戦術的かつ一時的で、失うものは戦略的かつ持続的だ。もっとも顕著な勝者は外部のアクター、武器メーカー、地政学的権力ブローカー、そして衝突を利用して別の思惑を進める諸国家である。地域の人々は不安定と不安全、苦難に耐え続けなければならない。

軍拡の経済的誘因、戦略的ライバル意識、イデオロギーの固定化という根底要因が解決されない限り、イラン・イスラエル間の対立は続くだろう。この問題は地域紛争に見えて、実際には対立を優先させるルールが支配するグローバル化したゲームであり、戦争ビジネスが和平追求を凌駕しているのである。(原文へ

INPS Japan/London Post

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多剤耐性結核に苦しむ子どもたちに「甘い希望」―苦い薬を乗り越える新処方

【ブルワヨIPS=ブサニ・ブァファマ】

ヨンデラ・コルウェニさん(30)は毎日、息子が命をつなぐために服用しなければならない結核の錠剤を飲ませるたびに、叫び声と抵抗に直面している。世界で最も多くの命を奪っている感染症との闘いが、日々の苦しみとなって現れている。

「息子に薬を飲ませるために抑え込まなければならないたびに、胸が痛みます」と、ケープタウン在住で自身も結核のサバイバーであるコルウェニさんは語る。「薬はとても苦く、息子はたいてい吐き出してしまいます。それを見ると、私自身が同じ薬を飲んでいた頃を思い出してしまいます。」

彼女の5歳の息子は、多剤耐性結核(MDR-TB)と闘っている。これは子どもの間で世界的に増加している凶悪なタイプの結核である。

最近の研究によれば、1990年から2019年にかけて、子どもと青年の間でのMDR-TBの世界的負担は増加しており、特に社会経済開発水準の低い地域で顕著である。2019年時点で、MDR-TBの発生率が最も高かったのは、サハラ以南のアフリカ南部、東ヨーロッパ、南アジアであり、死亡率が最も高かったのは、サハラ以南のアフリカ南部・中部・東部であった。

南アフリカは、世界の結核症例の8割を占める30か国のひとつであり、薬剤耐性結核の症例数が最も多い国でもある。

苦い薬を飲み込むという苦痛

コルウェニさんの息子は、祖母と母が感染していたため、5年前に結核検査を受け、MDR-TBと診断された。すぐに治療が開始され、モキシフロキサシンを含む2種類の薬を服用することになった。

「特に黄色い薬を嫌がっていて、その色で薬を見分けていました」と彼女は語る。錠剤を砕いて水に溶かし、シリンジで飲ませようとしたが、吐き出してしまうことも多く、必要な量を摂取できなかったという。ヨーグルトに混ぜる工夫も試みたが、息子はすぐに薬の味に気づき、吐き出してしまった。

モキシフロキサシンは、MDR-TB治療のカギとなる薬のひとつであり、ベダキリン、プレトマニド、リネゾリドと共に構成される経口治療薬「BPaLM」レジメンに含まれている。これは小児向けに特別に配合された治療法であるが、その味は「非常に苦い」。

甘く希望のある薬へ

しかし、希望はある。ステレンボッシュ大学と「TBアライアンス」が実施した新たな研究により、苦味をマスキングした甘いモキシフロキサシンの新処方が、子どもの服薬意欲を大幅に高め、親の負担を軽減し、治療の遵守率を高めることが明らかになった。

チルプレフML研究(Unitaid資金提供)では、現在市販されている一般的なジェネリック薬よりも、子どもたちに好まれる2つの新処方が特定された。

研究責任者であるグレーム・ホディノット博士(ステレンボッシュ大学)は、「薬の味がひどすぎて子どもが拒否するようでは、人道的な治療とは言えない」と語る。

薬剤感受性結核にかかった子どもは、通常1種類の錠剤を服用すれば済み、溶けやすい小児向け製剤もあるため、4か月以内で良好な結果が得られる。しかし、薬剤耐性結核の場合は事情が異なり、毒性の強い旧来の薬剤は使用されなくなり、新薬に置き換えられてきたものの、子どもにとって服用しやすいとは言えない。

ホディノット博士は、「モキシフロキサシンの有効成分はTBに効果的だが、味が非常に悪く、かつて結核治療を受けた成人でさえ、その臭いで病気の記憶が蘇り、子どもに薬を飲ませられないほどだ」と述べる。「親にとっても子どもにとっても、服薬はトラウマとなっている。」

チルプレフ研究では、南アフリカの2地域で5~17歳の健康な子ども約100人が参加し、水に溶かした薬を「スウィッシュ&スピット(口に含んで吐き出す)」方式で味見し、味・香りなどを評価した。

モキシフロキサシンでは、マクロズ社(インド)の「ビターマスカー+オレンジ」、マイクロラボ社(インド)の「ストロベリー・ラズベリー・トゥッティフルッティ」の2処方に明確な好みが示され、市販品より好ましいとされた。一方、リネゾリドに関しては特段の好みは見られなかった。

TBアライアンスのCMCプロジェクトマネージャーであるコテスワラ・ラオ・イナバティナ氏は、「子どもが服用しやすいTB治療へのアクセス確保は、治療遵守と治療効果の向上に不可欠だ」と語る。「製薬会社と密に連携し、子どもにも受け入れられる実用的な解決策を開発した。」

この研究結果はすでに製薬会社に伝えられており、両社とも製品の改良を進めている。ホディノット博士は、「従来の処方がいかにまずかったかは予想されていたが、新しい風味への明確な支持が得られたことで、比較的シンプルな研究で市場に出す味を変更できた」と述べる。

Unitaidのシニア・テクニカルマネージャー、シェリーズ・スコット博士も、「子どもが薬をより容易に服用できるようになれば、治療の完遂率は向上する。複雑だからといって、子どものニーズが世界の保健対応から取り残されることはあってはならない」と強調する。

前進するMDR-TB治療

ホディノット博士は、子どもと若者の間でMDR-TBの感染が増加している現状では、新たな治療法の開発が不可欠だと指摘する。モキシフロキサシンは今後、薬剤感受性結核の治療にも使用される可能性があり、世界で毎年およそ125万人の子どもがこのタイプの結核に感染している。

ウィスコンシン大学マディソン校の准教授で研究共同執筆者のアンソニー・ガルシア=プラッツ博士は、「これまで子ども向けの治療選択肢が限られていた薬剤耐性結核に対し、研究者たちは前進してきた。今後は、子どもや親が最も重要視する『味』という観点から薬の改良を進めている」と語る。

新たな治療法は、リファンピシンまたはリファンピシンとイソニアジドの両方に耐性を持つTB、すなわち「リファンピシン耐性/多剤耐性結核(RR/MDR-TB)」に対して処方される。研究者によると、14歳以下の子どもにおけるRR/MDR-TBの新規症例は毎年約3万2,000件と推定され、味に対する感受性が極めて高い年齢層である。

この発見は、結核治療の遵守向上に貢献し、2030年までに結核を撲滅するという国連持続可能な開発目標(SDGs目標3)達成への一歩となり得る。

「これは万能薬ではありません」とホディノット博士は注意を促す。「味の改良だけですべてが解決するわけではなく、結核に苦しむ人々は他にも多くの課題に直面しています。しかし、子どもの結核対策における重要な一歩であることは確かです。」

コルウェニさんも、新しい味付きの薬の開発を歓迎している。

「私自身、結核治療薬の経験は本当に辛いものでした。子どもにはさらに過酷です。味付きの錠剤があれば、もっと飲みやすくなると思います。グミみたいにしてくれれば、子どもは喜んで飲むでしょう」と彼女は語った。「サスペンションでもいい。うちの子も喜んで飲んでくれるはずですし、私も薬を飲ませるのに苦労しなくて済みます。」(原文へ

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大学から広がるメキシコシティのリサイクル革命

メキシコシティINPS Japan=ギレルモ・アヤラ・アラニス】

人口約1億3,000万人を擁するメキシコは、世界で10番目に人口の多い国である。その首都であるメキシコシティには2,200万人以上が暮らしており、1日に1万2,000トンを超える廃棄物が発生している。そのうち10%がプラスチックである。環境意識の高まりとともに、大学は市民への教育や、廃棄物の適切な分類・回収を担う重要な拠点となりつつある。

Guillermo Ayala Alanis
Guillermo Ayala Alanis
プラスチックと向き合う課題

プラスチック製品は、その耐久性、軽さ、強度、そして低コストゆえに、現代社会に深く浸透している。しかしその一方で、その普及は深刻な環境リスクをもたらしている。国連環境計画(UNEP)の最新調査によれば、世界では2024年に約4億トンのプラスチックごみが発生し、その多くが使い捨て製品によるものだという。

メキシコシティでこの課題に取り組むには、政策立案者や産業界だけでなく、市民全体の参加が求められている。大学は、それらのセクターをつなぐ理想的なプラットフォームとなり、行動変容を促す推進力となっている。

大学発のリサイクル運動

過去6年間、メキシコ国立自治大学(UNAM)は民間企業と連携し、「プラスティアンギス(Plastianguis)」という年次イベントを開催してきた。この取り組みでは、プラスチックごみを持参した人々に、米や豆、石けん、洗剤、ペットフードなどの生活必需品と交換する機会が提供される。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

2025年版のプラスティアンギスは、UNAMの化学部で開催され、子どもから学生、大人まで多くの人々が参加した。参加者のアレハンドラ・ロペスさんはこう語った。

「私は景品のために来ているんじゃないんです。ナプキンやトイレットペーパーがもらえるけど、それが目的じゃない。地球を助けたいから来ているんです。それが本当に大事なこと。」

2025年のプラスティアンギスでは、前年より500キロ多い7,675キログラムのプラスチックごみが回収された。

もう一人の参加者であるヒメナさんは、自身のリサイクルへの関心が周囲に影響を与えたと話す。

「6週間同じグループで過ごしたんですが、みんながリサイクルコーナーを作り始めたんです。自発的に行動してくれる姿を見て、本当に嬉しかったです。」

若者が主導する「ConCiencia 2030」

UNAM化学部の学生ダニエラさんは、環境意識と持続可能性をテーマにした若者主導の取り組み「ConCiencia 2030」の一員である。この活動は、持続可能な開発目標(SDGs)の目標4(質の高い教育)と目標11(持続可能な都市と地域社会)に基づいており、若者から若者へ、楽しみながら環境への配慮を広めることを目的としている。

Daniela (izquierda) y Ximena (derecha) asistentes a Plastianguis 2025 Foto: Guillermo Ayala Alanis.

「“なんでそんなことやってるの?”ってよく聞かれるんですけど、私は“なんでやらないの?”って答えてます。
実際、私たちがどれだけごみを出してるか、あまり気づいていないんですよね。ピザの箱が段ボールに出せない理由を何度も何度も説明してきたんですけど、ある日誰かが“あ、それって他のごみだよね”って言ってくれて……その瞬間、“ああ、やってきてよかったな”って心から思いました。」

ダニエラさんは4年間ConCienciaに参加しており、自分の知識を生かして他者に影響を与えられることが、活動の大きなやりがいだと語る。

産業・大学・循環型経済の連携

メキシコ化学産業の発展と責任に関するプラスチック産業委員会の会長であるミゲル・アンヘル・デルガド氏は、プラスチックごみの管理には、社会・産業・政府の3者による連携が不可欠だと語った。

「ごみを出すのは社会、製品をつくるのは産業、そして回収を行うのが政府。大学は、これら3つの要素をつなぐ役割を果たします。アカデミアは、化学やプラスチック産業から得られる恩恵と、そのごみをどう再統合して循環型経済に戻すかを、社会に理解させる重要な存在です。」

ごみからファッションへ

リサイクルはごみ回収だけにとどまらない。ケレタロ市の若者たちは、約12本の使用済みPETボトルから作られたTシャツを発表した。プラスチックをポリエステル繊維に再加工することで、環境に優しく、しかも耐久性と品質の高い製品が実現した。

この製品開発に関わったインドラマ・ベンチャーズ社のオスカー・ゴンザレス氏は次のように語る。

「新品と同じ品質で、通気性もよく、丈夫で長持ちします。実際、ナイキやアディダスといった有名ブランドもすでにリサイクル繊維を使った製品を展開しています。」

国立工科大学(IPN)と「レシクラトン」

メキシコのもう一つの名門大学、国立工科大学(IPN)は、環境保全の取り組みにも積極的だ。メキシコシティ政府と連携し、家電や電池、電子ごみの回収を目的とした「レシクラトン(Reciclatón)」を開催している。

Playera hecha con PET reciclado. Foto: Guillermo Ayala Alanis.

直近では、IPNの社会・経営科学系学際工学ユニット(UPIICSA)が、6月27〜28日に回収拠点となり、合計7.1トンの電子・電気機器廃棄物が集められた。

特に注目を集めたのは、再生可能技術の開発を手がける企業「レヌエバ」が運営するバス型の「インタラクティブ・リサイクル・ミュージアム」だった。来場者は、実際のリサイクル工場で行われる工程を楽しく学ぶことができた。

レヌエバの環境教育部門コーディネーター、イツミエツィル・カスティージョ氏は次のように強調した。

「本当に重要なのは、リサイクルそのものではなく、私たちの“消費”なんです。リサイクルは役立ちますが、それ以上に重要なのはプラスチック使用を減らすこと。それが環境にとって最大のインパクトになります。」

広がる視野

リサイクルされなかったプラスチック容器は、分解に最大500年かかるとされている。世界では年間4億トンのプラスチックが使用され、そのうち40%は一度きりの使用で廃棄されている。

Museo Interactivo del Reciclaje en UPIISCA, IPN. Foto: Guillermo Ayala Alanis.

教育、地域社会の関与、若者のリーダーシップの力を活かすことで、メキシコの大学は環境変革の推進力としての新たな役割を果たし始めている。(原文へ

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廃棄物に光を宿す──ナイジェリアの若き発明家、難民キャンプに希望を届ける

【アブジャIPS=プロミス・エゼ】

2025年3月、ロンドンで「コモンウェルス・ヤング・パーソン・オブ・ザ・イヤー(英連邦年間最優秀若者賞)」に選ばれたと発表されたとき、スタンリー・アニグボグ(Stanley Anigbogu)は耳を疑った。世界中から選ばれた優秀な候補者たちの中で、自分が受賞するとは思ってもいなかったからだ。

ナイジェリア出身で25歳のエネルギー革新者スタンリー・アニグボグは、廃棄物を再利用した太陽光発電機器を開発し、アフリカ各地の難民1万人以上にクリーンエネルギーを届けてきた。その功績が評価され、今回の受賞につながった。アニグボグは、プラスチック廃棄物からソーラーチャージングステーションを製造する企業「LightEd(ライトエド)」の共同創設者でもある。これらのステーションは、電力インフラがほとんど、あるいはまったく存在しない地域に電気を供給しており、LightEdはナイジェリア国内のアクセス困難な地域で活動し、多くの国内避難民を含む人々の生活を支えている。

「本当に、自分が受賞するとは思っていなかった」とアニグボグは語る。「名前が呼ばれたときはショックで、すぐには信じられなかった。でも、それだけに喜びも大きかった。アフリカ代表として、56か国の中から選ばれたことは大きな誇りであり、大きな成果だ。他のファイナリストたちも素晴らしい活動をしていたので、自分の取り組みに注目が集まったことをとても嬉しく思う。今回の受賞は、私の仕事に新たな認知と意味を与えてくれた。」

アニグボグにとって、この賞は個人の功績にとどまらず、ナイジェリア、ひいてはアフリカ全体の若者にとっての誇りでもあるという。「この賞は希望を与えてくれる」と彼は語る。「私たちの仕事を見て、価値があると認識してくれる人がいる。それが何よりの励みだ。」

この賞は、開発分野で活躍する若者を称える「コモンウェルス青少年賞」であり、50年以上にわたって若者の支援に取り組んできたコモンウェルス事務局が実施する主要プロジェクトである。事務局の社会政策開発部長、レイン・ロビンソン氏は、アニグボグのような若者たちの活動を可視化し、さらなる活躍を後押しすることの重要性を強調した。

「この賞は、英連邦各国の若者たちの取り組みを広く知ってもらう機会となる。彼らの活動を社会に広く発信することで、他の若者たちにとって希望の灯台となり、次世代のリーダー育成にもつながる」とロビンソン氏は語った。

地域に光を届ける
In pursuit of the waste-to-energy approach, Stanley Anigbogu’s project has repurposed more than 5 tonnes of plastic waste. Reducing harm to the environment is central to his innovations. Credit: LightEd
In pursuit of the waste-to-energy approach, Stanley Anigbogu’s project has repurposed more than 5 tonnes of plastic waste. Reducing harm to the environment is central to his innovations. Credit: LightEd

アニグボグはナイジェリア南東部のにぎやかな町、オニチャで育った。彼の家庭も他の多くのナイジェリアの家庭と同様、安定した電力供給を受けられなかった。停電は日常茶飯事で、週に数時間しか電気が来ないこともあった。アニグボグは、ろうそくや灯油ランプの明かりで勉強することを余儀なくされた。

そうした体験が彼の好奇心に火をつけた。電気とは何か、どうすれば解決できるかを考えるようになった。15歳のとき、廃材や中古の電子部品を使って、ロボットやロケットなどの小さな発明品を自作するようになる。家庭での作業を助ける道具も自ら作り、学校では科学クラブを立ち上げた。

Stanley Anigbogu stands inside a work in progress. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu stands inside a work in progress. Credit: LightEd

高校卒業後、アニグボグは大学進学のためモロッコへ渡った。現地では、オレンジの皮からエネルギーを生成するスタートアップを立ち上げたが、これは失敗に終わった。「当時はビジネスのことが全く分かっていなかったので、多くの失敗をした。でもそこから多くのことを学んだ。」と彼は振り返る。

2020年の新型コロナウイルスによるロックダウン中、ナイジェリアに帰国したアニグボグは、貧困地域の人々の役に立つものを作りたいと考え、LightEdを立ち上げた。彼の発明は、ナイジェリアが抱える電力不足の解決策のひとつとして注目を集めている。世界銀行によれば、ナイジェリアでは8500万人が国の送電網にアクセスできず、人口の約43%が安定した電力のない生活を余儀なくされている。これは、世界で最も多い人数だ。

LightEdの主要プロジェクトのひとつが、プラスチックやリサイクル廃棄物で造られたソーラー充電ステーションの設置だ。これらは携帯電話やランプ、小型機器の充電に使われ、地域によっては唯一の電源である。

LightEdは6000人以上の学生に研修を提供し、2万キログラム以上のプラスチックをリサイクルしてきた。また、寄付者やパートナーから50万ドル以上の資金を調達して活動を拡大している。

「私たちの目標は、すべての人にクリーンエネルギーを届けることだ」とアニグボグは語った。LightEdでは、各地域のニーズに合わせて住民と協力しながらプロジェクトを設計している。

Stanley Anigbogu finds light in waste. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu finds light in waste. Credit: LightEd

「私たちの解決策は、地域主導型です。それぞれの地域でニーズが異なります。どこに設置するべきか、どんなエネルギーが必要か、誰が管理するかなど、住民との話し合いから始めます。アーティストと協力し、地域の人々とワークショップを開いてデザインも一緒に考えます。設置後は、ステーションを地域に引き渡します。」

避難民への支援

避難民への支援に関心を持ったきっかけは、モロッコでのボランティア活動だった。アトラス山脈に暮らす家族を訪問する支援グループに参加し、多くの人々が電気や清潔な水を欠いた生活をしているのを目の当たりにした。

ナイジェリア国内の2か所の大規模避難民キャンプにおいて、LightEdはソーラー充電ステーションを設置。また、ソーラーライトやランプも提供し、夜間の移動が容易かつ安全になった。

「私は、避難民キャンプの子どもたちが夜でも勉強できるようにしたい。街灯を設置すると周囲が明るくなり、安全性が高まるだけでなく、精神的にも安心感を与えられる。暗闇で生活し、過酷な環境にある中で、明るさがあることで心の安定につながる。加えて、灯油やろうそくにかかる費用も削減でき、煙や有害なガスによる健康被害も防げる。」

未来への展望

アニグボグの道のりは決して平坦ではなかった。起業当初は、ナイジェリアで法人を立ち上げるための明確な手続きや税務の知識がなく、困難を極めた。現在の最大の課題は、いかにして事業をスケールアップさせ、他の地域や国に展開していくかという点である。資金も必要だが、それ以上に適切な戦略や組織体制の整備が課題だという。

Stanley Anigbogu hopes to use access to energy to bring people of different faiths together, helping them resolve the many conflicts in the region. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu hopes to use access to energy to bring people of different faiths together, helping them resolve the many conflicts in the region. Credit: LightEd

現在アニグボグは、充電ステーションを単なる電力供給の場にとどめず、平和対話のための空間として活用する構想に取り組んでいる。

「コモンウェルス平和賞の受賞者であるナイジェリア人たちと協力し、世代や宗教を超えた対話ができるようなステーションを作ろうと話し合っている。宗教対立が多いナイジェリアでは、エネルギーへのアクセスをきっかけに人々が集い、対話し、相互理解を深める場になると信じている」と語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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スウェーデンの循環型経済:世界的な廃棄物削減への教訓

【ストックホルムLondon Post=アリフ・キサナ】

スウェーデンは、廃棄物を資源として活用する循環型経済への移行において、世界を先導する存在となっている。人口1050万人、2023年のGDPは5407億ユーロと、欧州連合(EU)加盟27か国における人口の2.4%、経済規模の3.2%を占めるにすぎないが、環境政策と技術革新への影響力はその規模を上回っている。

家庭ごみの99.3%を再資源化し、埋立処分を0.4%未満に抑える同国の廃棄物管理モデルは、世界平均(60%が埋立)やEU平均(23%)とは対照的である。この成果は、厳格な政策、整備されたインフラ、高い市民意識に支えられている。一方で、素材の再使用を示す循環度は3.4%にとどまり、EU平均(11.8%)やオランダ(24.5%)に比べて改善の余地がある。

Sweden. Credit: Wikimedia Commons

スウェーデンの一人当たりの年間ごみ排出量は431kgで、EU平均(513kg)を下回る。オーストリア(611kg)、デンマーク(747kg)、ルクセンブルク(790kg)を下回る一方、ルーマニア(280kg)やラトビア(357kg)よりは多い。2023年には410万トンの一般廃棄物が発生し、そのうち39%がリサイクル、59%が国内34か所のごみ発電施設(WTE)で熱と電力に変換された。

WTE施設は150万世帯に暖房を、78万世帯に電力を供給し、年間220万トンのCO₂排出を削減。これは約44万台の自動車に相当する排出量に匹敵する。デンマークやフィンランドも同様の技術を活用しているが、英国(リサイクル率44%)やポーランドでは導入が進み始めた段階にある。埋立率が70%を超えるブルガリアやマルタに比べ、スウェーデンの埋立率は1%と極めて低く、ドイツ、オーストリア、ベルギーと並んでEU内でも最先端に位置している。

しかし、同国の年間資源消費量は2億6600万トン、1人あたり24.4トンと、EU平均の171.7%に達しており、資源の循環利用を高める必要がある。『サーキュラリティ・ギャップ・レポート・スウェーデン』では、資源消費を最大42.6%削減するための6つの重点分野を提案している。これには、循環型建設、持続可能な食料システム、製造業の再構築、資源採取の見直し、クリーンモビリティの推進、意識的な消費の促進が含まれる。

たとえば、建築物の改修と軽量素材の導入により、建設分野の資源使用を8.2%削減できるとされる。植物中心の食生活と食品ロスの削減によっては7.3%の削減が可能だ。製造業(GDPの26%を占める)は、修理やレンタルサービスの拡充により5.3%、鉱業規制の強化で3.4%の削減効果が見込まれている。

政策面では、1991年に導入されたCO₂1トンあたり120ユーロの炭素税と、1994年から施行されている拡大生産者責任(EPR)が循環型経済を支えている。EPRは18の製品分野に適用され、包装廃棄物の85%(年間120万トン)をリサイクルしている。可燃性・有機性廃棄物の埋立禁止と埋立税の強化は、EUの2035年埋立率10%未満の目標とも整合している。

2024年には食品廃棄物の分別義務化法が施行され、バイオガスの生産が進められている。デポジット制度「パンと」では、年間約30億本の容器のうち92%が回収され、ドイツの77%を上回る。2027年までには、廃棄物の処理責任が全面的に生産者へと移行され、残渣ごみの埋立は禁止される予定である。

こうした政策は、強力なインフラによって支えられている。家庭から300メートル以内に設置されたリサイクルステーションや、真空収集システム、Optibagによる色分別技術などがその一例である。これらのシステムはドイツやオランダでも導入が進んでいる一方で、ルーマニアやギリシャでは整備が遅れている。

Black Friday reaches out his hand to the future, Circular Monday, in a rubbish tip. By Henke bonke - Own work, CC BY-SA 4.0,
Black Friday reaches out his hand to the future, Circular Monday, in a rubbish tip. By Henke bonke – Own work, CC BY-SA 4.0,

文化的側面も重要であり、教育や公共キャンペーン、「サーキュラーマンデー」などの取り組みを通じて、再利用や修理の意識が根付いている。エステルスンドのReTunaなどの自治体リユースセンターには、1日あたり700人以上が訪れる。H&Mは2025年までに100%リサイクル素材を使用する目標を掲げ、Volvoは95%が再資源化可能なバスを開発。SSABは化石燃料を用いない製鋼技術を開発中である。2024年に設立されたSyre社は、2032年までにポリエステルの完全循環を目指している。

こうした循環型産業は、年間21億ユーロの収益を生み出し、2024年時点で約20万人を雇用し、GDPの4%を占めている(2015年時点では1.8%)。

一方で、スウェーデンの自治体ごみリサイクル率(49%)はドイツ(69%)やオーストリア(59%)を下回っており、オランダの高い循環度(26.5%)と比べ、依然としてエネルギー回収への依存度が高い。フランスの反廃棄法(2020年)やイタリアの包装リサイクル率(76%)も成果を挙げているが、埋立率は依然として高い水準にある。ポーランドの埋立率は38%に達し、移行の遅れが指摘されている。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

また、スウェーデンは年間180万トンの廃棄物を輸入し、約1億ドルの収益を上げているが、この慣行が他国の廃棄物削減努力を妨げているとの批判もある。加えて、WTEによるCO₂排出や、依然として低いプラスチックリサイクル率(多くが焼却または輸出)も課題だ。2024年には使い捨てプラスチック袋への課税緩和が実施され、環境政策の後退とする声も上がっている。

循環度を現在の2倍にあたる7.6%まで引き上げることができれば、スウェーデンは資源消費を大幅に削減できる可能性がある。その実現には、野心的な立法、インフラへの投資、社会的合意、そして経済的インセンティブを組み合わせた包括的な戦略が必要とされる。世界の廃棄物量が2050年までに70%増加すると予測されるなか、スウェーデンが1970年代の埋立依存から、ほぼゼロ・ウェイスト社会へと移行した実績は、廃棄物を経済成長の原動力へと転換できることを示している。政策立案者、企業、市民にとって、スウェーデンが築いてきた規制、技術、社会的関与を統合したモデルは、持続可能な未来に向けたスケーラブルな道筋となる。(原文へ

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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干ばつが引き金となる過激化と暴力、最も脆弱なのは少女たち

【セビリア&ブバネシュワルIPS=マニパドマ・ジェナ】

干ばつは静かに進行するが、その影響は他の自然災害を凌ぐほど深刻かつ広範囲に及ぶ。気候変動がもたらす干ばつと、干ばつにより貧困に陥った地域社会が交差する地点では、共同体間の対立、過激派による暴力、そして女性や少女に対する不正義が顕在化している。

UNEP

エチオピア、ソマリア、ケニアでは、2023年まで5年連続で雨季の降水量が著しく不足し、アフリカの角は過去70年で最悪とされる干ばつに見舞われた。ソマリア政府によれば、2022年だけで干ばつに起因する飢餓により43,000人が命を落としたと推定されている。

2025年初頭の時点で、ソマリアの人口の4分の1に相当する約440万人が深刻な食料不安に直面しており、うち78万4000人は「緊急」レベルに達すると見られている。東部および南部アフリカ全体では、9000万人以上が極度の飢餓に陥っている。

国連砂漠化対処条約(UNCCD)と米・国家干ばつ緩和センター(NDMC)が共同でまとめた報告書『2023~2025年 世界の干ばつホットスポット』が、第4回開発資金国際会議(FfD4)にあわせて発表された。報告書によれば、2023年および2024年の高温と降水量の減少により、水不足、食料供給の逼迫、電力の配給制限といった深刻な影響が生じている。

報告書は、アフリカ(ソマリア、エチオピア、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、ボツワナ、ナミビア)、地中海地域(スペイン、モロッコ、トルコ)、ラテンアメリカ(パナマ、アマゾン流域)、東南アジアにおける干ばつの影響を分析し、人間社会のみならず、生物多様性や野生動物への影響も包括的に評価している。

限界に達する人々、暴力の連鎖へ

「今回の干ばつで人々の対応は極めて切迫していた」と、報告書の主任執筆者であるNDMCのポーラ・グアステロ研究員は語る。「少女が学校を辞めさせられ結婚を強いられ、病院は停電し、家族は干上がった川床に穴を掘って汚れた水を探していた。危機の深刻さを物語る事例だ」。

Map of Horn of Africa
Map of Horn of Africa

2022年、ソマリアでは100万人以上が家族や家畜のための食料・水・収入源を求めて移動を余儀なくされた。移動は零細農民や牧畜民にとって重要な対処手段である一方、移住先では資源への圧力が高まり、対立や衝突の火種となることもある。

多くの避難民が、イスラム過激派の支配地域へと流入した。ある研究によれば、サブサハラの干ばつ被災地では、経済活動が8.1%低下し、過激派による暴力は29.0%増加したという。干ばつが長期化するほど、暴力の深刻度も高まる傾向にある。

干ばつは、何年にもわたり気候災害にさらされ脆弱化した地域や社会において、過激派による暴力の「増幅装置」となり得る──。そう警告するのは、報告書の編集者であるUNCCDの干ばつ専門家、ダニエル・ツェガイ氏だ。

気候変動による干ばつは、過激派の台頭や内戦を直接引き起こすわけではないが、既存の社会的・経済的な緊張を悪化させ、紛争の素地をつくり出すことで、結果的に過激化を助長することになる。

その影響は間接的ながら、深刻かつ広範囲に及ぶ。たとえば、2006年から2011年にかけてシリアで発生した900年ぶりの大干ばつは、農作物の壊滅や家畜の大量死を招き、農村部の人々が都市に移住することで社会的・政治的緊張が高まった。経済格差と抑圧の中、過激派が困窮する人々を取り込んで勢力を拡大した。

報告書では、ジンバブエの一部地域で、飢餓と教育費負担によって多数の児童が中途退学していることも報告されている。約25ドルの授業料や制服代を支払えない家庭が増え、子どもたちが家族と共に移住して働くケースが目立つ。

空腹と絶望が過激派の標的に

将来への展望を失い、飢えに苦しむ子どもたちは、過激派にとって格好の標的だ。報告書は、アルカイダ系のイスラム過激派アル・シャバブがソマリア国内で人道支援の流入を阻み、人々が支配地域から脱出することすら禁じた事例を挙げている。

また、アフリカの遊牧民社会では、干ばつ時の放牧地や水源をめぐる暴力的衝突が後を絶たない。2021年から2023年初頭までに東アフリカだけで450万頭以上の家畜が死亡し、さらに3000万頭が危機にさらされた。2025年2月時点では、数万人の牧畜民が水と食料を求めて移動しており、受け入れ地域との間で衝突が懸念されている。

「干ばつには国境がない。暴力と紛争は、経済的に豊かな地域にも波及する可能性がある」とツェガイ氏は述べる。干ばつへのレジリエンス(強靭性)構築は、安全保障上の喫緊の課題だと専門家は繰り返し訴えている。

最も重い代償を払うのは女性と少女

「現在、干ばつの影響を受けている人々の約85%は低・中所得国に暮らしており、その中でも特に女性と少女が深刻な被害を受けている」と、UNCCDのアンドレア・メサ副事務局長は指摘する。

「干ばつは国境を越えるが、ジェンダーを選ぶ」とツェガイ氏は語る。伝統的な性別役割や社会構造の不平等により、女性と少女は干ばつによる混乱の中で最も脆弱な立場に置かれている。

2023年から2024年にかけて、干ばつの影響が最も大きかったサブサハラの4地域では、児童婚の件数が2倍以上に増加した。少女が結婚すると、最大3000エチオピア・ブル(約56ドル)の持参金が家庭にもたらされ、家計の負担軽減につながるためだ。

しかし、児童婚は少女に重大なリスクをもたらす。エチオピアでは児童婚が法律で禁じられているにもかかわらず、結婚生活で性的・身体的虐待を受けた少女たちのために、専門の医療機関が設けられている。結婚とともに少女たちは教育を断念せざるを得なくなり、経済的自立の道が閉ざされる。

Extracting water from a traditional well using a manual pulley system. Credit: Abdallah Khalili / UNCCD

干ばつによる水不足が深刻化する中で、一部の女性は食料や水、金銭と引き換えに性行為を強いられるケースもある。また、水力発電に依存する地域で長時間の停電が続くと、女性や少女が何キロも歩いて水を汲みに行かねばならず、移動中に性暴力に遭う危険が高まっている。

「干ばつへの能動的な対応は、気候正義の実現に不可欠だ」とメサ氏は強調する。

干ばつは“新たな日常”、備えが不可欠

「干ばつはもはや遠い将来の脅威ではない。すでに目の前で進行しており、国際的な緊急対応が求められている」と、UNCCDのイブラヒム・ティアウ事務局長は述べる。「エネルギー、食料、水のすべてが一度に失われれば、社会は崩壊する。それが“新たな日常”だ」。

UNCCD Executive Secretary Ibrahim Thiaw noted that while drought is here and escalating, it demands urgent global cooperation. Photo courtesy: UNCCD

NDMC創設者で報告書の共著者でもあるマーク・スヴォボダ氏は、「これは私が見てきた中でも最悪の、ゆっくりと進行する世界的災害だ」と述べる。「本報告書は、干ばつが生活、生計、そして我々が依存する生態系に与える影響を、体系的に監視・分析する必要性を明らかにしている」。

スペイン、モロッコ、トルコなど、長期的な干ばつのもとで水・食料・エネルギーの確保に苦慮する各国の現状は、温暖化が制御されなかった場合の「水の未来」を予見させる。「どの国であれ、もはや干ばつに対して無関心ではいられない」とスヴォボダ氏は警告する。

2025年の『世界干ばつ見通し』は、現在の平均的な干ばつの経済的損失が2000年比で最大6倍に達し、さらに2035年までに少なくとも35%増加すると予測している。

「干ばつ対策に1ドルを投資すれば、GDPへの損失のうち7ドル分が回復できるとされている。干ばつと経済の関連性を理解することは、政策立案において極めて重要だ」とツェガイ氏は述べた。

この報告書は、セビリアで開催された国際干ばつレジリエンス連合(IDRA)の会合にあわせて発表された。干ばつへの対応を各国の政策および国際協力の優先課題とし、資金と行動の強化を促すことを目的としている。(原文へ)

INPS Japan

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