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カルナリ水生保護区

ネパール初の「魚のサンクチュアリ」は、地方政府と先住民族コミュニティの主導で始まった

【カイラリ、ネパールNepali Times=シュリスティ・カルキ】

タライ平原のこの一帯では、広いカルナリ川がまるで海のように見える。濃い霧が垂れ込み、対岸はまったく見えない。農民たちは霧の中に溶け込むようにして畑へ向かう。午前中頃になると、弱い日差しが霧を透かし始める。豚は囲いの中でうたた寝し、山羊は寒さをしのぐため黄麻袋で作ったカーディガンを着せられている。鶏は泥だらけの中庭で元気なくついばみ、アヒルが農道をよちよち横切るたびに車は避けて通る。|英語版ドイツ語ポルトガル語

この地域の先住民族であるタルーやソナハの人々は、川と暮らしや文化の面で深く結びついている。何世代にもわたり川で漁を続け、魚は誕生、死、結婚といった人生の節目とも結びついてきた。ソナハの人々は、川岸の砂から砂金を採ることも伝統的な生業としてきた。

しかし近年、乱獲や汚染、河川開発などの影響で、カルナリ川の魚は減少している。

先週、スドゥルパシュチム州とルンビニ州を結ぶサッティ橋の近くで霧が晴れ、青緑色のカルナリ川が日光を受けてきらめいた。カイラリ郡ティカプールとバルディア郡ラジャプールから数百人が集まり、「サキ魚類サンクチュアリ」の開所式が行われた。ネパール初の魚類保全の取り組みである。

サンクチュアリの対象は、両自治体にまたがるカルナリ川下流域の約4平方キロ。絶滅危惧種を含む魚類や爬虫類、哺乳類にとって、産卵や稚魚の育成に欠かせない生息地で、生態学的にも重要な区域だ。

The Sonaha community have traditionally panned for gold in the sand along the banks of the Karnali River. Photos: GAYATRI PRADHAN / WWF NEPAL

この区間では、ガンジスカワイルカ(Platanista gangetica)、魚食性のワニであるガビアル(Gavialis gangeticus)、コツメカワウソ(Lutrogale perspicillata)などの希少種が確認されている。カルナリ川には魚類が197種生息し、そのうち136種がタライ区間で見られるという。

川の水位が下がる時期、礫が広がる川底は魚の産卵場所となる。さらにサッティ橋周辺には三日月湖や川の蛇行によって生まれた湾曲部があり、稚魚の育成場所として機能している。こうした条件が、この区間をサンクチュアリに指定するのに理想的だとされる。

ただし、この保全活動の最大の特徴は、ティカプールとラジャプールの2自治体に加え、タルーやソナハなど地域の先住民族コミュニティが主体となって進めている点にある。

このサンクチュアリは、川の水生生物多様性を支える取り組みであり、World Wildlife Fund(WWF)をはじめ、Dolphin Conservation Centre、Freed Kamaiya Women Development Forum、Small Mammals Conservation and Research Foundation、Sonaha Bikas Samajなどが支援している。

Nepali Times.
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メコン川の教訓

Map of the Mekong river basin By Shannon1 - Own work, CC BY-SA 4.0
Map of the Mekong river basin By Shannon1 – Own work, CC BY-SA 4.0

ティカプール市長とラジャプール市長は、保全の実践を学ぶため、ラオスのメコン川沿いに設けられた魚類保全区域を視察した。

ラジャプール市長のディペシュ・タルーは開所式で、次のように語った。「私たちは産卵期や稚魚の育成期にも、無秩序にカルナリ川の魚を獲ってきた。このままでは、魚がいなくなってしまうと感じた。」

タルー市長は、保全策が「漁の全面禁止につながるのではないか」と懸念する住民がいることも理解しているという。サンクチュアリでは、持続可能な漁は認める一方、ダイナマイトや毒物を使った漁は禁止される。

魚類学者のスレシュ・ワグレは、次のように説明する。「このサンクチュアリは、魚だけでなく、ここに生息する哺乳類や爬虫類の保全にも寄与する。産卵や育成の場を守り、魚の自然な生息環境を回復し、遺伝的な継続性を確保することができる。」

また、ティカプール市長のラム・ラル・ダンガウラ・タルーは、自身の幼少期を振り返り、こう語った。「20年ほど前までは魚が本当に豊富で、かごいっぱいにして家に持ち帰ったものだ。いまは、このままでは魚がいなくなってしまうかもしれない。だからこそ、このサンクチュアリが必要なのだ。」

地方政府が保全を主導すれば、取り組みへの当事者意識が高まり、住民の間で河川生態系を守る重要性への理解も広がりやすい。

WWFネパールのガナ・グルンはこう語る。「資源の保全・管理と持続可能な開発に、地方政府が明確な責任と姿勢を示していることこそ、このサンクチュアリの最大の特徴だ。ネパールでも世界でも、生物多様性が失われるのと同時に、先住民族の文化や伝統も消えつつある。この取り組みは淡水の水生生物を守るだけでなく、川と結びついた先住民族の文化と遺産を守ることにもつながる。」

Nepali Times.
Nepali Times.

ソナハのコマルは、カルナリ川岸で漁や砂金採りをして育った。魚は食料となり、砂金は貴重な現金収入だった。彼女もまた、若い頃のカルナリ川が魚であふれていたことを覚えている。「でも今は、ほとんどいない。」と彼女は言う。

コマルはWWFの「Otter Champion(カワウソ保護の地域リーダー)」でもあり、コミュニティ主導の河川保全グループの一員として啓発活動に取り組んでいる。「最初は怒りや疑いもあった。でも今は、このサンクチュアリがここにとって最良の転機だったと受け止める人が増えている。」と語った。

コマルの家族はいまも砂金採りを続けているが、魚が減ったことで、多くの家庭と同様に、家畜飼育など別の生計手段に切り替えた。こうした転換は、国や自治体の支援も受けている。

カルナリ川に生計を依存する地域住民は、WWFネパールをはじめ、国内の組織や地元団体の支援を受けながら、代替の収入源づくりにも取り組んできた。

ラジャプールのアシュミタ・タルーとプラティマ・タルーも、以前は漁に頼っていたが、いまは野菜栽培に転じた。この季節は、ホウレンソウ、キュウリ、カリフラワーが収穫期を迎え、近隣市場に出荷している。

女性たちは経済的に自立し、家計や子どもの教育費にも積極的に貢献している。プラティマはこう語った。
「私たちは、この川で何も考えずに魚を獲っていた。保全がどれほど大事か、まったく分かっていなかった。」

Local communities whose livelihoods are linked with the Karnali river have been supported by organisations like WWF Nepal and other national and local organisations to set up alternative means of income generation.
Local communities whose livelihoods are linked with the Karnali river have been supported by organisations like WWF Nepal and other national and local organisations to set up alternative means of income generation.

アシュミタも、うなずいた。「今は自営業で、野菜づくりが忙しくて、魚を獲る時間さえない。」

ティカプールとラジャプールの主導により、保全関係者は、ネパール各地の他の河川でも同様の動きが広がり、水生生物多様性が守られることを期待している。

Dolphin Conservation Centreのビジャイ・シュレスタは次のように述べた。「2自治体によるこの取り組みは、保全における重要な節目だ。淡水環境と、それに依存する人々を守るモデルとして、全国に展開可能である。」

自治体関係者の一部は、このサンクチュアリが釣り観光などの新たな可能性を開くとも期待している。ティカプール市長のラム・ラル・ダンガウラ・タルーはこう語った。「カルナリは豊かな生物多様性を抱えた、機会と可能性の川だ。私たちはこの川を守り、その恵みをネパール、そして世界に広く伝えていきたい。」(原文へ

This article is brought to you by Nepali Times, in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

SDG

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トランプの圧力が裏目に出始め、欧州は「声」を取り戻した

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】

長年にわたり、欧州は米国にとって従順な同盟国を演じてきた。侮辱をのみ込み、屈辱に耐え、癇癪を「型破りな外交」と言い換えた。戦略は単純だった。打撃を受けても同盟を保ち、嵐が過ぎるのをひたすら待つ—それだけである。


だが、グリーンランドをめぐる一件で、何かが壊れた。

Ahmed Fathi, ATN
Ahmed Fathi, ATN

ドナルド・トランプが、米国によるグリーンランド取得という野心を背景に、デンマークへ露骨な圧力をかけ始めたとき、欧州は囁くのをやめ、言い返し始めた。慎重に言葉を選んだ声明でも、外交的な曖昧さでもない。

明確な言葉だった。

  • 主権は売り物ではない。
  • 同盟国は所有物ではない。
  • 欧州は取引材料ではない。

これらの反応は一夜にして生まれたものではない。同盟を「協力関係」ではなく、保護を口実にした取引のように扱う大統領が、長年にわたり積み上げてきた不信と政治的損耗が、ここで噴き出した結果である。

欧州が忘れなかったアフガにスタンでの侮辱
Map of Afghanistan
Map of Afghanistan

この亀裂が欧州で「感情的」と感じられる理由を理解するには、9・11同時多発テロ後における北大西洋条約機構(NATO)同盟国の犠牲に対し、トランプが繰り返し示してきた軽蔑に目を向ける必要がある。

同時多発テロの後、欧州は逡巡しなかった。NATO史上初めて第5条締約国であるNATO諸国は「欧州または北米における1カ国またはそれ以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃と見なすことに合意」)を発動し、米国とともにアフガニスタンの作戦に参加した。英国、フランス、ドイツ、デンマーク、オランダ、ポーランド、カナダなどの兵士が現地で戦い、命を落とした。千人を超える同盟国部隊が戦死し、数千人が負傷して帰還した。国内政治が揺れ、社会の分断が深まり、ワシントンへの忠誠の代償を「政治世代」ごと支払った国もある。

それに対するトランプの反応は何だったか。
同盟国を「ただ乗り」呼ばわりし、なぜ米国が彼らを守る必要があるのかと公然と疑問を呈し、血と犠牲を防衛費の数字に置き換えた。

それは率直さではない。犠牲への敬意を踏みにじる行為である。

欧州の政策は批判できる。防衛費をめぐる議論も成り立つ。だが同盟国の犠牲を切り捨てるのは、政治の範囲を越え、裏切りとして受け止められた。欧州はまさにそのように聞いたのである。

これはレトリックではない。構造的損傷である

トランプがやっていることは、単なる「規範破り」ではない。大西洋同盟の土台そのものを侵食している。

NATO member states
NATO member states

同盟は信頼で成り立つ。抑止は信用で成り立つ。米国大統領が、第5条の適用は条件付きだと公然と示唆し始めた瞬間、この枠組みはただちに弱体化する。敵対国はNATOを打ち破る必要はない。疑念を植え付ければよい。

彼らは疑っている。
ロシアはそれを見ている。
中国もそれを見ている。
西側を見つめる脆弱な国々も、それを見ている。

同時に米国は、「国家安全保障」を名目に欧州の同盟国へ関税を課し、自動車輸出を脅し、貿易を武器化する。グリーンランドをめぐってデンマークに経済的圧力もかける。これはパートナーシップではない。政策を装った強制である。

市場はシグナルを読み取る。投資家はリスクを測る。供給網は不確実性に反応する。そしてシグナルは明白だ。米国は、最も近い同盟国にとってさえ、もはや安定の拠り所ではない。

そして帝国(=トランプ政権)が最も恐れる事態が起きている。
欧州が「米国の主導を前提としない世界」へ備え始めたのである。

米国技術への依存を減らす。
ドルの代替を探る。
防衛の自律性を築く。
対中関係でヘッジをかける。
戦略的自立を設計する。

トランプはこれを弱さと呼ぶ。だが現実には、信頼できない相手に対する合理的適応である。

誰も口にしたがらない問い
Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.
Donald Trump, President of the United States of America, addresses the general debate of the General Assembly’s eightieth session in 2025. Credit: UN Photo/Evan Schneider.

なぜトランプは、同盟国に最も苛烈な言葉を浴びせる一方で、強権的指導者には甘いのか。

答えは不快だが、複雑ではない。

彼が尊重するのは同盟ではなく支配である。忠誠ではなく服従である。民主主義は反論する。強権者は賛辞で取り入る。だから前者を攻撃し、後者を懐柔する。

国内政治上の計算もある。欧州を口撃することは、米国内政治ではリスクが小さい。被害者意識を煽り、「米国は搾取されている」という物語を補強し、国内的な代償を払うことなく喝采を集める。

しかし、その国際的帰結は深刻である。

ワシントンと欧州の信頼が裂けるたびに、利益を得るのは米国人ではない。
ロシアである。
中国である。
そして、分断された西側から利益を引き出すあらゆる勢力である。

陰謀を持ち出す必要はない。結果はすでに目の前にある。

グリーンランドが「一線」だった

グリーンランドは最初の侮辱ではない。だが、決定打だった。

トランプの対デンマーク姿勢が、言葉の応酬から実際の圧力へと踏み込んだとき、欧州はついに、顔色をうかがう下位パートナーではなく、自尊心を備えた政治主体として応答した。局面が変わったのである。欧州はトランプを「やり過ごす」ことをやめ、「抵抗」へと舵を切った。

丁寧に、ではない。
慎重に、でもない。
意図的に、である。

骨のない欧州はいじめやすい。だが、尊厳を持つ欧州は、はるかに厄介だ。

清算の刻
European Union Flag
European Union Flag

帝国が衰退するのは、敵の攻撃によることは少ない。友を疎外するからである。

同盟国を従属者として扱うことで、トランプは米国を強くしているのではない。信頼の輪を狭めているのだ。NATOを揺るがすことで、欧州に「もっと払え」と迫っているのでもない。米国の指導を前提としない世界を、欧州に想像させているのである。

これこそが本当の損害だ。

グリーンランドは領土紛争として記憶されるのではない。象徴的な決裂として記憶されるだろう。欧州が、見て見ぬふりをやめた瞬間。耐え続けることをやめた瞬間。折れることをやめた瞬間。

立ち上がった瞬間である。(原文へ)

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/europe-finds-its-voice-as-trump-s-pressure-begins-to-backfire

INPS Japan

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5年を経て、核兵器禁止条約は世界に何をもたらしたのか

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=スージー・スナイダー】

Susi Snyder
Susi Snyder

2021年1月22日、核兵器禁止条約(TPNW)が発効した。同条約には、加入可能な国の過半数が署名・批准または加入しており、核兵器を最も包括的に禁じる条約を支持する「世界多数派」の存在を示している。

重要なのは、TPNWが国際法となって以降、核兵器政策をめぐる国際的な議論に具体的な影響を与えてきた点である。本稿では、この5年間にTPNWが核軍縮に与えた影響を5点に分けて検討する。

第1に、核兵器をめぐる長年の法的空白を明確化し、埋めた。

TPNWは、生物兵器や化学兵器など、すでに禁止されている他の大量破壊兵器と同様に、核兵器を包括的に禁止した。国連総会がTPNW交渉を付託する以前、核兵器の保有、開発、生産、使用といった活動を、世界全体を対象に単一の条約で違法化する枠組みは存在しなかった。

国際人道法と国際人権法に根差すTPNWは、核兵器の開発、実験、生産、製造、備蓄、保有、配備受け入れ(ホスティング)、取得を包括的に禁じている。また、核兵器国が条約に参加する場合についても、二つの道を示している。すなわち、締約国間で合意された計画の下で核兵器を廃棄してから参加する方法と、先に廃棄した上で参加し、国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定によって兵器関連活動が残っていないことを担保する方法である。

1968年の核不拡散条約(NPT)は、新たな国による核兵器の製造を禁じる一方で、すべての締約国に対して核兵器の使用や保有を一般的に禁じているわけではない。また、1967年以降に採択されてきた非核兵器地帯条約も、核兵器の禁止を特定の地域内に限っている。TPNWは、こうした法的空白を埋めた。

第2に、核兵器がもたらす破局的な人道・環境被害への認識を広げた。
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

TPNWは、核兵器が人類の生存、環境、社会経済の発展、世界経済、食料安全保障、そして現在および将来世代の健康と福祉に深刻な脅威をもたらし得るという懸念を、多くの国が強めたことを背景に生まれた。

同条約は、広島・長崎の経験と、核兵器が人びとにもたらす破局的で長期にわたる世代間被害の知見を踏まえ、形成されてきた「核のタブー」を強化した。従来、国際的な議論では前面に出にくかった人道的観点を、核軍縮を前進させる取り組みの中心に据えた点が大きい。さらに、核兵器の使用や実験で被害を受けた人びとと地域に対する被害者支援と環境修復を、締約国の義務として盛り込んだ。TPNWは、「人を守る」ための条約である。

第3に、核による威嚇は容認できないという国際的合意を固めた。

TPNWは、核の威嚇を明示的に禁じた初めての多国間条約である。TPNWが国際法となって以降、核兵器国が核使用を公然と示唆する局面が相次いだが、条約は共同対応を促し、未加盟国にも共有される形で影響が波及した。

たとえばTPNW支持国は、国連総会の「ロシアの侵略」に関する第11回特別緊急会合での共同声明などを通じ、ロシアによる核戦力の即応態勢引き上げの示唆を断固として退けた。こうした取り組みは、核兵器の人道的帰結と、核行動を抑制する国際的枠組みの重要性を浮き彫りにした。とりわけTPNWは、「核兵器の使用または使用の威嚇を明示的に禁じる唯一の条約」である。

また、2022年の第1回TPNW締約国会議の終結に際して採択された「ウィーン宣言」も、「核の威嚇はいかなる形であれ―明示的であれ暗示的であれ、また状況のいかんを問わず―明確に非難する」と断じた。

Photo: Applause after the adoption of the political declaration and action plan as 1MSPTPNW ended on June 23 in Vienna. Credit: United Nations in Vienna
Photo: Applause after the adoption of the political declaration and action plan as 1MSPTPNW ended on June 23 in Vienna. Credit: United Nations in Vienna

こうした動きは、その後の核の威嚇に対する国際的な非難にも反映された。バリで開かれたG20首脳会議では、核兵器国を含む首脳が「核兵器の使用の威嚇または使用は容認できない」と確認した。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長(当時)も「核兵器のいかなる使用も絶対に容認できない」と述べた。習近平国家主席やオラフ・ショルツ首相も、TPNW締約国が先に用いた表現に近い言い回しで、核の威嚇を非難している。

第4に、「核の正義」が複数のフォーラムで議題になった。

TPNWの発効以前、核実験が行われた地域における被害者支援や環境修復を、多国間で集中的に議論する機会は限られていた。

TPNWは、国連総会での行動も促した。2023年にはキリバスとカザフスタンが、被害者支援と環境修復のために、すべての国が協力するよう求める決議を主導した。決議は、能力や資源のある国に対し技術・財政支援の提供を奨励するとともに、核兵器を使用または実験した国に、影響に関する技術的・科学的情報を影響を受けた国と共有するよう求め、被害の是正における特別の責任を認めた。反対はフランス、北朝鮮、ロシア、英国の4か国のみで、賛成は171か国、棄権は6か国だった。

The 3rd Meeting of State Parties on the TPNW Treaty of the Prohibition of Nuclear Weapons watched a 40-minute documentary, ‘I Want to Live On: The Untold Stories of the Polygon,’ on the impact of nuclear testing on the community of Kazakhstan’s Semey region. Credit: Katsuhiro Asagiri
The 3rd Meeting of State Parties on the TPNW Treaty of the Prohibition of Nuclear Weapons watched a 40-minute documentary, ‘I Want to Live On: The Untold Stories of the Polygon,’ on the impact of nuclear testing on the community of Kazakhstan’s Semey region. Credit: Katsuhiro Asagiri

「核の正義」は、従来の核軍縮フォーラム以外でも議論されている。国連人権理事会は2024年、マーシャル諸島の「核の遺産」が人権に与える影響に関する報告書を公表した。同報告書は、米国によるマーシャル諸島での核実験がもたらした人権上の含意を扱う一方で、他地域も含め、核実験が残す長期的な影響と人権侵害にも注意を喚起している。

最後に、核兵器産業からの投資撤退を促した。

核兵器に対する社会的な忌避感が強まるにつれ、企業が核兵器産業に関与することは、商業面でも「評判リスク」を伴う行為になっている。銀行や年金基金など、総資産で少なくとも4兆7000億ドル規模にのぼる金融機関が、核兵器産業に関与する企業への投融資や、そこから利益を得ることを拒んでいる。

TPNWは、核兵器のない世界が遠のいたように見えた時期にあっても、核軍縮が現実の政策課題として前進し得ることを示した。条約は、政府と市民に対し、核兵器のない世界へ向けた前進は可能だという見通しを与えてきた。(原文へ

スージー・スナイダーは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のプログラム担当ディレクターで、投資撤退(ダイベストメント)キャンペーンや金融セクターとの連携を含む戦略目標の設計・実行を統括している。ICANが2017年にノーベル平和賞を受賞した当時を含め、同団体の代表も務めた。10年以上にわたり、核兵器製造に関与する企業への資金の流れを断つ取り組み「Don’t Bank on the Bomb」を統括してきた。Foreign Policy Interrupted/バード大学フェロー(2020年)。Nuclear Free Future Award受賞(2016年)。

INPS Japan

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1989年からの教訓(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

米国の侵攻に立ちはだかった教皇大使

【Agenzia Fides/INPS Japanカラカス/パナマ=ヴィクトル・ガエタン】

Victor Gaetan
Victor Gaetan

先週、米軍がベネズエラでニコラス・マドゥロ・モロス大統領を標的に軍事作戦を行ったことは、36年前に米国が行ったよく似た作戦を想起させる。1989年の一件は、バチカン外交に注目を集めると同時に、聖座(教皇庁)の意思決定が世俗国家の計算とは異なることを浮き彫りにした。|イタリア語版スペイン語フランス語ドイツ語中国語英語

標的は「一人の男」

1989年12月20日、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、2万7500人の兵員をパナマに投入して侵攻し、政権を転覆させ、軍事独裁者マヌエル・ノリエガの逮捕を命じた。ノリエガは元CIA協力者ともされ、コカイン密輸、マネーロンダリング、反民主的行為で告発されていた。こうした罪状は、現在マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏が直面している告発と重なる。

1989年当時の公式推計では、死者はパナマ側500~560人、米軍側23人とされた。一方、地元の情報源は、死者が最大4000人に上り、被害額も20億米ドルを超えたと見積もっている。

José Sebastián Laboa Gallego 

ノリエガは間一髪で拘束を免れたが、懸賞金100万ドルが懸けられていた。米軍が首都で行方を追い、家族も潜伏する中、ノリエガが頼ったのは教皇大使館だった。クリスマスイブ、彼は教皇大使ホセ・セバスティアン・ラボア・ガジェゴ大司教(1923~2013)

2023に電話をかけ、教皇大使館での即時庇護を求めた。

ノリエガは教会の友ではなかった。実際、ラボア本人に嫌がらせをしたこともある。それでも教皇大使は、暴力の拡大を避けるため迅速に動き、独裁者と数人の側近に庇護を与えた。

まもなく米軍が教皇大使館を包囲し、ヘリコプターが上空を旋回した。しかし外交特権により、館内は守られ、逃亡者を含む全員の安全が確保された。

聖座は、米国の示威的な武力行使を評価しなかった。パナマ侵攻は国際法違反だと考えたのである。

主権

領土主権は国際秩序の中核をなす概念である。聖座は、ノリエガ本人の同意なしに、聖座の外交トップが「占領権力」と呼んだ米国へ彼を引き渡すことはなかった。

教皇大使は、ノリエガが教皇大使館にとどまれると保証したという。
「最後の瞬間まで私は言い続けた。『ここにいなさい。われわれは決してあなたを追い出さない』と」

当初、米国務長官は「犯罪者に庇護の権利はない」として聖座に圧力をかけ、引き渡しを迫った。しかし聖座は、米国のパナマ侵攻は国際法違反だとして、ノリエガを本人の意思に反して米国に引き渡すことはできないとした。

同様に、教皇レオ14世が1月4日のアンジェルスでベネズエラに言及した際も、「国家主権の擁護」を明確に打ち出した。主権主体である聖座は、主権国家から成る国際秩序の一員として、この世界秩序を守る立場にある。米国は、それを1989年のパナマ、2003年のイラク、そして2026年のベネズエラで侵害してきた、との認識に立っている。

聖座の主権は、1929年のラテラノ条約によって明確化された。これは聖座の独立を守る盾であり、このため教皇とその外交官たちは、国際法秩序という考え方の強い擁護者となっている。

St. Peter's Basilica in Vatican City
St. Peter’s Basilica in Vatican City
中立性と司牧的配慮

パナマでの対峙で聖座が守ったもう一つの価値は、中立性である。聖座は政治的、あるいは軍事的対立のいずれにも与せず、中立を保つことを重視する。

教皇大使は、ノリエガ一行、新たなパナマ当局、米国政府という当事者に対し、等距離を保った。

ノリエガは教皇大使館で約1週間半、何をして過ごしたのか。米軍が建物に向けて大音量のロック音楽を流し、投光器で窓を照らし続ける中、彼は眠り、本を読み、ミサに参列した。

教皇大使が予期せぬ客に対して用いた主な手段は、言葉による説得だった。ラボアはノリエガと長く話し合い、考え得る展開を一つひとつ検討しながら、最善の道を選ぶよう促した。さらに司牧者としても向き合い、説教を行い、キリスト教の徳を思い起こさせた。

つまりラボアは、ローマと常に連絡を取りながら、司牧者として逃亡者に寄り添い、導く役割を果たしていた。ここにこそ、カトリック教会が外国の指導者と関わる際の特徴が表れている。

指導者はまず一人の人間として扱われる。私たちと同じく罪を抱える存在である一方、立ち直り(救い)の可能性を持つ存在でもある。状況を分析する際の中心には、常に個人とその尊厳が置かれる。人間は決して「使い捨て」にされる存在ではない。

終局

最終的にノリエガ将軍は折れた。きっかけとなったのは、数千人規模の反ノリエガ派市民が教皇大使館の門の外で抗議した日のことだった。教皇大使は、群衆が敷地に押し寄せれば、米軍に攻撃の口実を与えかねないとノリエガに説明した。

朝のミサで、将軍は最後列に座っていた。洗礼は受けていたが、霊的な助言をブラジル人の呪術師に求めていたとも報じられている。ラボアは説教で「忠誠は移ろうが、神は変わらない」と語り、ノリエガは聖体を受けた。

数時間後、独裁者は軍服を着て「行く準備ができた」と告げた。聖書は手元に置きたいと頼んだという。ノリエガは3人の司祭とともに教皇大使館の前庭を横切って正門へ向かい、そこで投降した。流血のない投降によって、目先の危機は収束した。米国は聖座の要請を受け、ノリエガに死刑を科さないと約束し、その約束は守られた。

Manuel Noriega
Manuel Noriega

ラボアは、個人に仕えながら、暴力を忌み嫌う教会の立場に沿って、緊張が極限に達した局面を非暴力で収拾した。

暴力にノーを

こうした姿勢は、レオ14世のアンジェルスの言葉にも表れている。教皇は祈りの中で、こう語った。
「愛するベネズエラの人々の善が、あらゆる他の考慮に優先され、暴力を乗り越える道を開きますように」

さらに、ベネズエラ司教協議会は、米軍の作戦で命を落とした約80人(治安部隊32人を含む)を悼んだ。こうした犠牲に同様に言及する声は、ほかに多くはなかった。司教団は「負傷者と遺族に連帯する。国民の一致のため、祈り続けよう」と記した。

聖座はベネズエラについて、現地に情報源を持つ。国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は2009~13年に教皇大使として同国に赴任していた。現教皇大使のアルベルト・オルテガ・マルティン大司教も1年以上滞在し、ヨルダン、イラク、チリでの勤務経験を持つ。昨年7月には、拘束されていた米国人司祭の解放に関与したとも報じられた。

教皇の指導の下、聖座の外交官は目立たない形で動く。36年前のラボア大司教と同様、ベネズエラにおいても、複雑な国際的対立の中で解決の道を粘り強く探っているとみられる。

ヴィクトル・ガエタンは、米誌『ナショナル・カトリック・レジスター』の上級特派員(国際問題担当)。『フォーリン・アフェアーズ』にも寄稿し、カトリック・ニュース・サービスにも寄与してきた。著書に『God’s Diplomats: Pope Francis, Vatican Diplomacy, and America’s Armageddon』(Rowman & Littlefield、2021年。2023年7月にペーパーバック版刊行)。ウェブサイトは VictorGaetan.org。INPS Japanは、この記事について、著者とAgenzia Fidesの許可を得て、7つ目の翻訳言語(日本語)を担当した。

INPS Japan/ Agenzia Fides

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イスラエルの「核の曖昧性」の歴史―それが地域に与える影響

Roman Yanushevsky
Roman Yanushevsky

【テルアビブ/東京=ロマン・ヤヌシェフスキー】

イスラエルは60年以上にわたり、世界でも独特の核姿勢を維持してきた。多くの専門家や情報機関の分析では、同国が核兵器を保有していると広くみられている。しかしイスラエルは、核兵器の保有を公式に肯定も否定もしていない。

この意図的な沈黙は「核の曖昧性」と呼ばれ、ヘブライ語では「アミムート(amimut)」とされる。これはイスラエルの国家安全保障の中核を成す考え方であり、中東の戦略環境を形づくる重要な要素となっている。|ロシア語版英語

「沈黙」こそが戦略

イスラエルが核の曖昧性を保つ理由はいくつかある。第一は、挑発せずに抑止するためだ。潜在的な敵対勢力が「攻撃すれば壊滅的な結果を招きかねない」と認識していれば、イスラエルは公然と脅したり、核能力を誇示したりしなくても、戦争を思いとどまらせることができる。

曖昧性には、核保有を明確に宣言した場合に伴うリスクを避ける効果もある。中東は緊張が高く、軍備管理の仕組みは脆弱で、対立も根深い。核の地位を不明確にしておくことで、イスラエルは核をめぐる瀬戸際外交(チキンゲーム)を避けようとしてきた。加えて、イスラエルが核を持つと断定できない状況であれば、アラブ諸国などが「対抗措置」を迫られる政治的圧力も相対的に弱まる。不確実性そのものが戦略的な道具になるというわけだ。

Child survivors of the Holocaust filmed few days after the liberation of Auschwitz concentration camp by the Red Army, January, 1945. Photo credit: Public Domain
Child survivors of the Holocaust filmed few days after the liberation of Auschwitz concentration camp by the Red Army, January, 1945. Photo credit: Public Domain

第二の理由は、法的・外交的な負担を避けるためである。イスラエルは核不拡散条約(NPT)に加盟していない。核保有を公式に認めなければ、査察要求や制裁、法的拘束をめぐる圧力を受けにくい。

核の曖昧性は、ワシントンとの関係管理にも役立ってきた。イスラエルは核実験を公然と行わず、保有宣言もせず、核技術を他国に移転もしない―。そうした姿勢のもとでは、米政権にとっても正面から問題化しにくく、黙認しやすい環境が生まれる。

さらに、イスラエルの安全保障思想には歴史的背景が強く影を落としている。ホロコーストの記憶と、建国後に繰り返された生存をかけた戦争の体験である。そのため、仮に核能力が存在するとしても、イスラエル国内では一般に、日常的な軍事手段ではなく、国家的破局を防ぐための「最後の備え」として理解されている。

イスラエルとイラン―際立つ対比
Map of the Middle East, with Israel highlighted in orange and Iran highlighted in green. By Torsten - own work, CC BY-SA 3.0
Map of the Middle East, with Israel highlighted in orange and Iran highlighted in green. By Torsten – own work, CC BY-SA 3.0

現在、イスラエルにとって最大の地域的な対立相手は、イラン・イスラム共和国である。イスラエル側は、イランがイスラエルの存立を脅かす言動を繰り返し、国際的な制約がある中でも核関連能力の追求を続けてきたとみている。

こうした構図が、イスラエルが強調する「違い」を際立たせる。イスラエルは、自国の核姿勢(非公表で、防衛目的とされる)を「抑止のための必要悪」と説明する一方、イランの動きは地域を不安定化させるものだとして強く反対している。

イスラエル核開発の起源
Ben Gurion Source: Wikimedia Commons
Ben Gurion Source: Wikimedia Commons

イスラエルが核開発に乗り出したのは、1948年の建国後まもなくである。敵対的な周辺環境とホロコーストの記憶の下で、初期の指導者たちは国家の生存には「自前の抑止力」が不可欠だと考えた。とりわけ初代首相デビッド・ベングリオンは、先端的な科学技術と軍事力が、国家存立を脅かす危機を防ぐうえで重要だと信じていた。

1950年代後半、イスラエルはネゲブ砂漠のディモナ近郊で核施設の建設に着手した。フランスの大きな支援を受け、表向きは民生用の研究炉として説明されたが、実際には核兵器に必要なプルトニウムを生産できる能力を備える設計だった。

1960年代初頭までに、西側の情報機関は、この施設が軍事目的の核計画を支え得ると見ていた。もっともイスラエルは、核開発をめぐって米国と正面衝突することは避けた。ワシントンが査察の受け入れと説明を求める一方で、イスラエル側は情報開示を慎重に管理し、限定的な訪問を認めながらも、施設の核心部分については厳格な秘密主義を貫いた。

Negev Nuclear Research Center at Dimona, photographed by American reconnaissance satellite KH-4 CORONA, 1968-11-11. Credit: Public Domain
Negev Nuclear Research Center at Dimona, photographed by American reconnaissance satellite KH-4 CORONA, 1968-11-11. Credit: Public Domain
「核の曖昧性」という選択

イスラエルは、自らを核保有国として公然と宣言する代わりに、意図的な曖昧性という戦略を採った。これを象徴するのが、「イスラエルは中東に核兵器を最初に“持ち込まない”」という、よく知られた表現である。

この文言は意図的に曖昧で、「持ち込む」とは保有なのか、実験なのか、配備なのか、それとも公表なのか―解釈の余地を残している。つまり、抑止のシグナルを発しつつ、公式な認知は避けられる。

この政策は複数の目的を同時に満たす。イスラエルが核能力を持つと想定する相手を抑止しながら、明確な宣言に伴う外交的反発を避けることができる。さらに、NPT加盟などの国際的な法的枠組みへの参加を免れ、査察や制裁、国際的孤立のリスクを抑える効果もある。とりわけ、西側の政治・軍事支援に依存していた時期には、こうした利点は大きかった。

秘密主義と「統制された情報開示」
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons

イスラエルの核計画は長年、世界でも最も厳重に秘匿されてきた。最大の情報流出は1986年、ディモナ施設の元技術者モルデハイ・バヌヌが英紙に対し、核能力の詳細を明かした出来事だった。報道は、イスラエルが相当数の核兵器を生産し、高度な技術力を有している可能性を示唆した。

バヌヌはその後、拉致され、イスラエルで裁かれて投獄された。核の秘密を守る国家の強い意思を示す出来事でもあった。ただし、この暴露後もイスラエルは公式方針を変えなかった。

その後、イスラエルは高度なミサイル戦力を整備し、潜水艦に基づく「第二撃能力(反撃能力)」も確立したと広く見られている。それでも指導者たちは、核兵器について公の場で語ることを避け、曖昧性を一貫した政策として維持してきた。

地域安全保障への影響

イスラエルの核の曖昧性は、中東の安全保障環境に広範な影響を及ぼしてきた。

抑止と安定

核能力の存在が広く信じられていること自体が抑止として働き、1970年代以降、イスラエルに対する大規模な通常戦争を思いとどまらせたとする見方がある。能力や「越えてはならない線(レッドライン)」をあえて明確にしないことで、相手の計算を難しくし、国家存立を脅かす攻撃の代償を引き上げる狙いがある。

不拡散体制への影響

イスラエルが核不拡散条約(NPT)の枠外にあることは、長年にわたり論争の的となってきた。批判側は、核保有を宣言しないまま核を持つことが、不拡散の規範を弱めると主張する。とりわけ、他国が厳しい監視と査察にさらされる地域では、その不均衡が問題視されやすい。一方、擁護側は、イスラエルの特殊な安全保障環境が例外的な措置を正当化し得ると反論する。さらに、長年にわたる抑制的な運用は、他の拡散事例とは異なるという立場である。

地域の軍拡の構図

イスラエルの核姿勢は、周辺国の戦略計算にも影響を与えてきた。過去には、イスラエルの推定核戦力を理由に、自国の核開発を正当化した国もある。多くの計画は頓挫したものの、「戦略バランスが不均衡だ」という認識は、いまなお不信と緊張の火種となっている。

イランをめぐる現在の圧力

近年は、イランの核をめぐる懸念が高まる中で、イスラエルの核の曖昧性は改めて重要性を帯びている。イスラエルは自国の未申告の抑止力を「防衛上の必要」と位置づける一方、イランが核兵器に近づく動きには強く反対する。抑止力が公式の国際枠組みの外にあることで、外交は一層複雑化し、地域の分断も深まりかねない。

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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核時代80年:ラテンアメリカの軍縮路線が示す「対抗モデル」

【メキシコシティーINPS Japan=ギレルモ・アヤラ・アラニス】

核抑止が再び世界の権力構造の柱として前面に出つつある中で、ラテンアメリカ・カリブ海地域は、核兵器に依存しない安全保障という立場を粘り強く掲げている。安全は核によってではなく、核兵器を持たないことによってこそ確かなものになる―という考え方である。

英語版スペイン語

Image: Book A 80 años de la era nuclear ¿Dónde estamos y a dónde vamos? Una mirada desde México y América Latina

その確信を中心に据えるのが、新刊『A 80 años de la era nuclear: ¿Dónde estamos y a dónde vamos? Una mirada desde México y América Latina(核時代80年―私たちはどこにいて、どこへ向かうのか。メキシコとラテンアメリカからの視座)』である。本書は、世界初の「非核兵器地帯(NWFZ)」の視点から、核という大量破壊兵器の軍縮をめぐる歩みとリスク、そして未解決の課題を検証する。

編纂を担ったのは、メキシコ外務省の軍縮・不拡散・軍備管理調整官であるマリア・アントニエタ・ハケス・ウアクハと、イベロアメリカーナ大学の教授・研究者であるアベラルド・ロドリゲス・スーマノである。両氏は本書を、緊張が再燃する国際環境の中で、核兵器をめぐる理論的・政策的議論を更新する試みと位置づけている。

本書は、冷戦期の従来型の議論をなぞるものではなく、核テロ、サイバー上の脆弱性、人工知能(AI)がもたらす不安定化、さらには抑止ドクトリンの揺らぎといった、近年浮上する新たな争点に焦点を当てている。

抑止に頼らない安全保障という選択

本書が刊行された背景には、世界の安全保障を支えてきた前提が大きく揺れ始めているという現実がある。ウクライナでの戦争に加え、米国によるベネズエラでの軍事行動や、グリーンランドをめぐる強硬な発言は、国際秩序が新たな段階へ移行しつつあることを示している。

こうした動きが広がる中でも、ラテンアメリカ・カリブ海地域は、「核兵器があってこそ国家は守られる」という考え方には距離を保ってきた。むしろ、この地域は長年にわたり、大量破壊兵器を広げないこと、そして非核兵器地帯を維持・強化することを安全保障の柱としてきた。

Dr. Abelardo Rodríguez Sumano
Dr. Abelardo Rodríguez Sumano

イベロアメリカーナ大学のロドリゲス・スーマノ教授は、INPS Japanの取材に対し、「核兵器を持たないことこそが、ラテンアメリカ・カリブ海にとって最も確かな安全の保証だ」と語る。

この考え方によれば、核兵器を持たない国は、大国からの軍事的圧力や介入の対象になりにくい。核兵器の有無は大国の判断に大きな影響を与え、核を持たないことで、緊張の高まりや武力衝突へと発展するリスクを抑えることができるという。

「核兵器を持たないことは、米国が敵対的、あるいは自国の利益に反すると見なした国に対し、軍事介入を検討する追加的な理由を与えない。その結果、衝突や介入、さらには政権転換に至る可能性を大きく下げることになる」とロドリゲス・スーマノ教授は説明する。

トラテロルコ条約という転換点

本書の中心にあるのが、トラテロルコ条約である。この条約は2月14日に59周年を迎える。1962年のキューバ危機(ミサイル危機)を受けて採択され、ラテンアメリカ・カリブ海地域を世界で初めての非核兵器地帯として確立した。

条約は、地域を構成する33カ国において、核兵器の製造や保有、配備を禁止した。軍事力の均衡に頼るのではなく、ルールによって安全を確保するという、画期的な枠組みだった。

ロドリゲス・スーマノ氏は、この条約の意義は地域にとどまらないと指摘する。トラテロルコ条約は、その後、世界の他地域で非核兵器地帯が生まれる際のモデルとなり、同様の枠組みがさらに4つの地域(南太平洋〈ラロトンガ条約〉、東南アジア〈バンコク条約〉、アフリカ〈ペリンダバ条約〉、中央アジア〈セミパラチンスク条約〉)に広がった。

現在では、こうした非核兵器地帯に参加する国は117カ国にのぼり、対象となる範囲は地球の表面積の半分以上を占めている。

SGI

「ラテンアメリカは、最初の核戦争の舞台になりかねなかった。」とロドリゲス・スーマノ氏は振り返る。1962年、米国とソ連が戦争寸前まで追い込まれたキューバミサイル危機が、その象徴だ。「しかし現実には、この地域は核対立の最前線ではなく、核軍縮の試みを進める実験場となった。」

覇権と生存のための「抑止」

本書は、理想論だけでなく、現実の国際政治の動きにも目を向けている。ロドリゲス・スーマノ氏によれば、核兵器を持つ国々は今も、世界での影響力を保ち、自国を守るために「抑止」という考え方に頼っている。

「米国もロシアも、核兵器を持つことで国が生き残れると考えている。国際社会の中で自国の立場を守れる限り、主権は保証されるという発想だ。だから核兵器が、そのための手段として位置づけられている。」と同氏は説明する。

核兵器を持っているかどうかは、大国の行動を大きく左右する。ロドリゲス・スーマノ氏は、対応の違いがはっきり表れる例として、中国や北朝鮮への姿勢を挙げる。

Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.
Photo: The spectre of war between Europe and Russia looms large. Source: The Hague Centre for Strategic Studies.

「ロシアは、中国や北朝鮮に対して慎重に振る舞っている。米国も現在、北朝鮮に対して直接的な軍事行動を取っていない。核兵器を持つ相手には、対応が変わるのだ。」と同氏は語る。

さらに同氏は、ヨーロッパが難しい立場に置かれているとも指摘する。国際秩序が変化する中で、欧州はロシアの勢力拡大への対応を迫られる一方、グリーンランドをめぐる強硬な発言や取得をちらつかせる圧力といった、新しい形の脅しにも向き合わなければならないという。

技術変化がもたらす新たなリスク

本書の大きな特徴の一つは、これまでの軍備管理の考え方では十分に対応できなくなりつつある、新しいリスクを正面から取り上げている点にある。サイバー攻撃や人工知能(AI)、情報戦の広がりが、核兵器を管理する仕組みを一段と複雑にしているという問題だ。

たとえば、核兵器の指揮や管理を担うシステムに不正に侵入される可能性や、ミサイル発射を察知する早期警戒データが改ざんされる危険性が指摘されている。さらに、AIを使った判断が誤作動を起こせば、誤った決定につながるおそれもある。こうした事態は、もともと不安定な核抑止の仕組みに、新たな不安定要因を加えかねない。

編者たちは、これらの問題を「遠い将来の話ではなく、すでに直面している現実的な課題」だと位置づける。そのため、時代に合った新たなルール作りと、国境を越えた協力を改めて強化する必要があると訴えている。

この点で、外交や検証制度、国際的な取り決めを重視してきたラテンアメリカの経験は、地域を超えて参考になる教訓を含んでいると本書は示している。

世界に開かれた無料公開の書籍

『核時代80年』は、印刷版に加え、メキシコ国際研究協会(AMEI)のウェブサイトから無料でダウンロードできる。英語版の準備も進められており、日本語版についても翻訳に向けた支援が模索されている。

本書には、国際原子力機関(IAEA)事務局長のラファエル・マリアーノ・グロッシ、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のヤンス・フロモウ・ゲラ、ラテンアメリカ・カリブ海核兵器禁止機構(OPANAL)の国際関係担当官マルタ・マリアナ・メンドサ・バスルト、国連常駐コスタリカ代表のマリツァ・チャン・バルベルデなど、国際的に影響力のある専門家や外交官の論考も収録されている。

Guillermo Ayala Alanis
Guillermo Ayala Alanis

寄稿者たちの分析が共通して伝えるのは、核のリスクが再び高まる時代にあっても、ラテンアメリカ・カリブ海が歩んできた軍縮の道は、決して時代遅れではないという点だ。むしろ、それは現実の国際政治の中で成り立つ、もう一つの安全保障の選択肢である。

核時代の幕開けから80年。世界が再び「抑止」に立ち戻ろうとする今、この地域の経験は、安全は本当に核兵器に依存しなければ守れないのかという根本的な問いを、改めて私たちに投げかけている。(原文へ

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「勝利と涙」:元グルカ兵が告発する不平等―フォークランド戦争とハワイ事件の記憶

【カトマンズNepali Times=ビシャド・ラージ・オンタ】

ネパールのグルカ兵は、比類ない勇気と忠誠心で世界的に名高い。だが、1986年にハワイで起きた出来事と、その後に続いた公正な賃金・年金を求める長い闘いは、ネパールの屈強な兵士たちが不正義を黙認しない存在でもあることを示している。

香港を拠点とする「第7エディンバラ公爵グルカ・ライフル連隊第1大隊」は、統合太平洋多国籍即応訓練センター(Joint Pacific Multinational Readiness Center)でのジャングル戦訓練のため、ハワイに派遣されていた。その最中、同部隊の兵士たちが指揮官のコリン・ピアース少佐(Major Corin Pearce)に暴行を加える事件が起きた。

Gurkhas in Falkland

グルカ兵側は、ピアースが自分たちを侮辱したと主張し、兵士111人が解雇された。ピアースは肋骨を折り、頭部にも負傷を負ったが、本人もまた除隊処分となった。

この事件は世界的に報じられ、英軍においてネパール人兵士が公正に扱われていないのではないか、という見方を強めた。また、退役兵の一部が英国人同僚と同等の補償を求め、数十年に及ぶ闘いを始める契機にもなった。

退役した英軍グルカ兵のシャンカル・ライ(Shankar Rai)は、著書『Triumph and Tears』で、当時目撃したハワイ事件を振り返るとともに、1982年のフォークランド/マルビナス戦争での体験も描いている。そこには、英軍が自分や仲間に対して行った不平等と不正義への数多くの不満が並ぶ。彼の語りは憤りと幻滅に貫かれ、忠誠と信念を抱いて務めたにもかかわらず、裏切られたという感情がにじむ。「英国軍のグルカであること」の光と影と醜部を記した記録である。

この本はまた、権力を振りかざす一個人が、ネパールと英国が2世紀にわたり積み重ねてきた共有の歴史に傷をつけ、当事者たちの人生を壊し得ることへの警鐘とも読める。忠誠は当然視されるべきではない、ということの証明でもある。

フォークランドでアルゼンチン軍を退けてから4年後の1986年、グルカ・ライフル連隊の複数の中隊や小隊が、米英合同の軍事演習「Exercise Union Pacific」のためハワイに駐屯した。目的は「米海兵隊と協力し、海上戦闘の技術を完成させる」ことだった。

規定では、英軍グルカ部隊の中隊長は少佐階級であり、ネパール語試験に合格している必要があった。しかしピアース大尉(Captain Pearce)は、旅団長の娘婿で、連隊外勤務中という事情もあり、この規定は免除された。彼は臨時の少佐(Acting Major)に任命されたのである。

ところがピアースは、ネパール語も文化も学ぼうとしなかった。ライの記述によれば、彼は機会あるごとにグルカ兵を貶め、貧しく、愚かで、無礼で、後進的で、そこにいられるだけでも幸運だと言わんばかりに侮辱したという。ライはこう記す。「ピアース大尉はハワイに着くと、自分を主人、グルカを召使いのように扱い、米軍の前で見せつけた」

著者はほかにも、過酷な訓練中に本来支給されるはずの配給の4分の1しか受け取れなかったことや、高熱の兵士がいても訓練を強行させられたこと、さらにはネパール人を「文明化」したと主張したことなど、数々の屈辱を挙げている。

ピアースは訓練前にネパール東部を訪れ、苛烈な貧困を目にしていた。彼はその経験を持ち出し、グルカ兵に「この仕事に就けてどれほど幸運か」を繰り返し説き、「ネパールの首相より稼いでいる」と言い続けたという。

ハワイでの最後の送別会では、ピアースが机を並べて閲兵台のようなものを作り、グルカのバグパイプとドラムの楽隊に、演奏しながら自分の周囲を行進するよう命じた。怒りが限界に達した兵士たちは、宴の後、酩酊した一団となってピアース大尉とチャンドラ・クマール・プラダン(Chandra Kumar Pradhan)をテントから引きずり出し、暴行を加えた。両名とも肋骨を折り、少佐の頭部は15針を要した。

事件を調査した報告書は、「この遺憾で見苦しい一件は、英国軍におけるグルカ旅団の忠誠と勇敢な奉仕の伝統と完全に相いれないものとみなされる。例外的かつ非典型的な出来事であり、旅団が高い評価を受けてきた事実を損なうことがないようにされるべきだ」と記した。

だが実際には、第1/7中隊の兵士の多くが、暴行に関与したか否かにかかわらず解雇された。著者は、その後の「恥」の連鎖を描く。解雇された兵士たちは面目を失ってネパールに戻った。

「屈辱で身が焼ける思いだった。人生が怖くなった」と著者は書く。父親からは「お前を息子と呼ぶのが恥ずかしい」と言われたという。「友人の多くは恋人に去られ、別の相手と結婚された。イタハリ出身のライフルマン、ケム・グルン(Khem Gurung、21162015)は自殺した」とライは記す。解雇者はブラックリスト化され、他の仕事にも就けなかったとも述べる。

彼らは英国政府を相手取った法的措置も検討したが、高額な有名弁護士を雇う余裕がなく、敗訴すれば英国政府側の訴訟費用まで負担することになるとして断念した。

一方、英国で4年勤務したグルカ兵には英国への移住が認められた。ハワイ事件で解雇された人々の多くがこの選択肢を取り、著者自身も現在はオックスフォードに暮らしている。

ライは本の終盤で、痛みと感情を吐露する。「生活は小さな仕事に頼っている。残りの時間は、ハワイ事件の被害者の問題提起に注いでいる。私たちは一生、侮辱、憎悪、軽蔑を背負わされる。軍法会議よりも苛酷で、重すぎて耐えられない」と。

本書は薄く、素早く読める。30年前の事件を扱いながら、ライの筆致は兵士らしい精密さを備える。怒りは年月を経ても消えていないが、物語は過度に劇的に誇張されてはいない。

前半では、南大西洋をQEII(クイーン・エリザベス2世)で渡り、戦地へ向かう様子が描かれる。客船だったQEIIは兵員輸送船に改装され、内陸国ネパール出身の兵士の多くは船酔いに苦しんだが、1日2缶のビールを喜んだ。船内にはBarclays Bankの支店まであったという。

中隊内や戦場で育まれた友情の描写は胸を打つ。彼らはアルゼンチン軍の爆撃に耐え、塹壕を掘り、南半球の冬の雨の中で戦った。仲間と茶を分け合う場面、戦友の死を目の当たりにする場面、若いアルゼンチン兵の遺体のポケットから妻子の写真が見つかる場面などが、小さな挿話として織り込まれる。

グルカ兵という威信、名誉、神話の背後で、そこにあるのは縁故主義、ひどい上司、低い待遇という「もうひとつの職場の現実」でもあるように見える。それでもなお、絶望の深さゆえか、いまも英国軍の募集には、毎年最大2万人の若者が300の枠を求めて応募するとされる。(原文へ

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【ダボスATN=ATNニュースチーム】

今週、世界各国の主要な政治指導者(国家元首・政府首脳約65人を含む)が、スイス・ダボスで開かれる世界経済フォーラム(WEF)年次総会2026に集結した。今年のWEFは、企業主導の「アイデアの祭典」というより、世界秩序の耐久力をその場で試す実地の検証に近かった。成長見通しではなく、地政学が議論の中心を占めたからだ。

各セッションや非公開会合、廊下での会話に共通していた支配的な空気は、米欧摩擦の先鋭化だった。背景には、ドナルド・トランプ大統領がグリーンランドをめぐって圧力を再び強め、関税を交渉の梃子として用いていることがある。例年なら周到に演出された楽観ムードが支配するが、今年は「危機下の同盟管理」を思わせる緊張感が漂っていた。

欧州の指導者は公の場で結束を示した。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、グリーンランドの主権は「交渉の余地がない」と改めて明言し、各国と連携して北極の安全保障を強化する措置を欧州連合(EU)として準備していると語った。メッセージは明確だが、表現はあくまで外交的である。欧州が求めるのは米国との協力であり、強要ではない。

カナダも同様の立場を示した。マーク・カーニー首相は、地政学的対立と結びついた貿易措置の行使にカナダ政府は反対だと述べ、関税の「武器化」は国際貿易体制への信頼を損ないかねないと警告した。

先行きの安定を求めてダボスに集まる企業幹部からも、不安の声が出ていた。複数の最高経営責任者(CEO)は、感情に左右される政治判断や唐突な政策転換が市場を揺さぶり、長期の投資計画を立てにくくしていると指摘した。ある欧州企業の幹部は私的に、この場の雰囲気を「政治的すぎる。変動が大きく、不確実性が高すぎる」と表現したという。

米国側は沈静化を図っている。スコット・ベッセント財務長官は、米欧関係の決裂を懸念する見方は誇張だとして退け、同盟国に外交の進展を見守るよう求めた。だが市場はそれほど楽観的ではない。主要経済圏の間で貿易が混乱する危険が高まっているとの見方を投資家が織り込み、火曜日には世界の株式が下落した。

ダボスの外で起きた出来事も、会議に漂う地政学の影をいっそう濃くした。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ロシアによるミサイル攻撃の再開への対応のため、予定していた登壇を取りやめた。アルプスで各国指導者が戦略を論じる一方、戦争が別の場所で現実を規定し続けている――その事実を突きつける出来事だった。

政治の議論を地政学が主導する一方、経済面で存在感を示したのは人工知能(AI)である。ただし、近年ほどの過熱は見られなかった。

この日の主要論点の一つとなった討論で、PwCのモハメド・カンデ会長は、企業の半数超がAI投資から目立った成果を得られていないと指摘した。問題は技術そのものではなく、組織の準備不足や、実装をめぐる指揮系統の曖昧さにある―というのが同氏の見立てであった。

こうした現実路線は、複数の技術分野の討論でも共有された。登壇者からは、AIが急速に商業ツールから「戦略資産」へと性格を変えつつある、との警告が相次いだ。半導体、データ、基盤設備をめぐる競争は、すでに戦略的対立に近い様相を帯びているという。先端AIは、社会を変え得るほど強力である一方、管理を誤れば不安定化を招き得る「重要な社会基盤」に等しい―そうした比喩も繰り返された。

非公開の場では、近年と比べて語り口が明確に変わった、という声も聞かれた。破壊を礼賛する議論は後退し、統制、運用の規範、そして予期せぬ帰結への懸念が強まっているという。

この日の終盤には、全体の方向性は明確になっていた。ダボス2026の焦点は、気候公約でも環境・社会・企業統治(ESG)の流行語でも、派手な技術の展示でもない。いま問われているのは、むき出しの「力の政治」である。誰がルールを定め、誰がそれを執行し、大国が「ルールは共有されている」という建前を降ろしたとき、何が起きるのか―その問いが前面に出ている。

主催者は対話と協調を強調し続けている。だが会場の空気はむしろ、分断の深まりを映している。中立の場を提供し、国際的な合意形成を後押しする―フォーラム本来の役割は、国際政治の力学が取引優先へ傾き、同盟がますます条件付きになっていく世界の中で試練にさらされている。

注目は水曜日に移る。トランプ大統領がフォーラムで直接演説すると見込まれているためだ。外交官も企業幹部も投資家も、決まり文句ではなく「シグナル」を読み取ろうと身構えている。政権はグリーンランド問題でどこまで踏み込むのか。貿易をどこまで強硬に交渉の梃子として使うのか。同盟国との交渉で、歩み寄りの余地は残されているのか。

現時点のダボスは、楽観のサミットというより、意思決定者たちが静かに前提を組み替えている場である。その気配が強かった。(原文へ

Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/davos-2026-power-politics-eclipse-the-economy

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欧州には戦略的距離が必要だ──米国への盲目的同調ではなく

ホワイトハウス首脳会談:欧州は団結、ウクライナは屈服を拒否

米国の「核の傘」が崩壊すれば、欧州は「独自の核兵器(ユーロ・ボム)」を選ぶのか?

いま、中国に目を向けよ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=スタイン・トンネソン 】

世界平和はいま脅かされている。ウクライナ、中東、アフリカでは戦争が続き、米国の貿易戦争も進行中である。ドナルド・トランプ大統領は複数の国際条約や国際機関から離脱し、同盟上の義務から後退し、他国への軍事介入にも踏み切っている。強い不安感を背景に、各国政府は軍事予算を増やしている。これだけでも深刻だが、巨大テック企業がクラッシュに向かうのではないかという懸念もある。私たちは、終わりの見えないトンネルの中で、方向を失ったコウモリのようにさまよっている。

Dr Stein Tønnesson, Director of Toda Peace Institute

その中で中国は、独立した主権国家から成るグローバルな国際システムと、不干渉原則を重視する姿勢で際立つ。中国の世界観は、個人の権利より国家の主権的権利に重心がある。国家間の戦争がない世界を望む。中国はトランプ関税の嵐に耐えつつ、4月にトランプ氏を国賓訪問として迎える予定だ。世界の将来を左右する存在になるかもしれない。

1月3日のカラカスでの米国の急襲は、国連憲章への重大な違反であった。にもかかわらず、多くの政府は非難を避け、違法性に言及するにとどめた。大統領を拘束するという行為が、他国にとって前例になり得ると批判者は指摘した。ロシアがゼレンスキーを拘束するのか。中国が頼清徳を連れ去るのか。

異なるリアリズム

米国の急襲に対するロシアと中国の反応は異なっていた。両国はいずれもマドゥロ政権に政治的・経済的に関与してきた。両国とも公式に抗議声明を出したが、プーチン大統領は沈黙を保った。自身によるウクライナ侵略は、規模と破壊性の点で、トランプが行った行動をはるかに上回っているからである。

ロシアの元大統領で、現在は国家安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは1月4日、トランプの行動は違法だとしつつも、「内部的には整合的」であり、米国の利益追求として理解できるとの趣旨の発言を行った。ここには、ホワイトハウスとクレムリンの世界観の接近が示唆されている。すなわち、国際関係を利益の競争と捉え、強硬な力の行使を当然視する見方である。メドベージェフはまた、ベネズエラは米国の「裏庭」だとも述べた。

これに対し、中国の反応はより規範に根差したものだった。北京は米国の行動を国際法違反として非難し、「国際法、国際関係の基本規範、国連憲章の目的と原則を明白に違反している」と述べた。中国の公式論評は、いかなる国であれ世界の「警察官」のように振る舞うべきではないと警告した。1月5日、アイルランド首相との会談で習近平国家主席は、「一方的で覇権的ないじめが国際秩序に深刻な影響を与えている」と批判し、「すべての国は、他国の人々が独自に選んだ発展の道を尊重すべきだ」と訴えた。

こうした発言は単なるレトリックにすぎないと退けることもできる。しかし、中国がこれを本気で語っている可能性も考えてみる必要がある。主権を基礎とする国際秩序は、中国自身がその国益と合致すると見ているのかもしれない。

国益と平和

主権を基礎とする安定した国際秩序は、対外環境の予見可能性を高め、開かれたグローバル市場へのアクセスを確保するという点で、中国の中核的利益に資する。中国は世界各地で広範な経済的利害を抱えている。供給過剰傾向の産業が生み出す電気自動車、太陽光パネル、風力発電設備などの輸出が欠かせない。他方で、大豆、石油、半導体(チップ)など、さまざまな必需品の輸入にも依存している。利益率は低く、貯蓄率が過大であるため国内消費は低水準にとどまる。経済改革を進めるうえでも、中国はグローバル市場への十分なアクセスを必要としている。

地政学的安定を確保するため、中国は陸上で国境を接する近隣諸国のうち、インドとブータンを除くすべてと国境画定で合意してきた。上海協力機構(SCO)を通じて、中央アジアではロシアと影響力を分かち合う枠組みも築いている。モンゴルはかつて清の領域の一部だったが、中国はこれを主権国家として認めてきた。結果として、中国の領土紛争は、インド、海上の近隣諸国、そして台湾にほぼ限られる。

この約40年、中国は他国との武力紛争を回避してきた。ヒマラヤ、南シナ海、東シナ海での事案は憂慮すべきものだったが、衝突は限定的にとどまっている。中国は台湾周辺で大規模な軍事演習や航空・海上活動を実施してきた。これらの演習は多くの場合、事前に告知されている。一方で、中国軍機や艦艇の活動は近年、台湾側が防空識別圏(ADIZ)や周辺海域への繰り返しの進入と受け止める水準にまで拡大しており、海峡の中間線を越える事例も常態化している。演習海域が台湾の領海に接近、あるいは含まれているとの台湾当局の指摘もあるが、領空・領海への侵入に当たるかどうかについては、法的解釈と当事者の立場によって評価が分かれている。中国国内には、いずれ大国は国外で自国の利益を守るため武力を用いざるを得ない、と主張する見方がある。戦闘経験が必要だという声もある。しかし孫子の兵法の観点では、必ずしもそうではない。孫子が説くところでは、戦争に勝つ最善の方法は、戦わずして勝つことである。中国のこれまでの強硬な行動の狙いは、戦争を誘発することではなく、シグナルを発して警告することにあった。いまなお、各主体が自制を示す余地は残っている。

台湾の現状維持

台湾は中国のアキレス腱である。台湾は国際的に承認された国家ではないため、台湾への軍事侵攻は、それ自体が直ちに国連憲章2条4項に違反すると断定されるとは限らない、との見方も成り立ち得る(ロシアによるウクライナ侵攻や、米国のベネズエラ介入とは異なる)。しかし、この点は大きな論争を呼ぶだろう。

もっとも、軍事攻撃に用いられる手段は、慣習国際法やジュネーブ諸条約に違反する可能性が極めて高い。全面侵攻となれば抵抗は避けられず、米国や日本の介入を招く恐れもある。台湾をめぐる戦争は拡大し、核兵器の応酬に発展する可能性すら否定できない。

中国の2005年反国家分裂法は、台湾が独立に向けた動きを取る場合、あるいは平和的統一の見通しが失われた場合、武力行使を義務づけている。こうした「レッドライン」は、戦場の主導権を中国自ら手放す結果になりかねず、孫子の兵法の発想にはそぐわない。レッドラインは、相手に挑発の余地を与え、相手の条件で戦争を誘発する危険をはらむ。

平和の観点から理想を言えば、中国は台湾政府を安心させ、高度な自治を認める方向で備えるべきだろう。そうなれば、台湾海峡を越えた自由貿易が可能となり、中国は台湾の世界最先端の技術へのアクセスも確保できる。

中国の軍事演習、米国の対台湾武器売却、そして台湾の指導者による「独立志向」と受け止められる行動は、緊密に絡み合い、自己強化的なエスカレーションの連鎖を生みかねない。だからこそ、相互の安心供与が不可欠である。台湾問題の最も現実的な解は、実は「解を求めないこと」なのかもしれない。1979年以来、現状維持は双方にとって機能してきた。

小国の役割

勢力圏の発想で動くプーチンとトランプの反グローバリズム政策は、アジアの国々―大国から小国まで―が平和促進に役割を果たす余地を生み出している。賢明な中国であれば、北東アジアでも東南アジアでも、こうした動きを後押しするだろう。11加盟国から成る東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ASEAN主導の首脳会合、ASEAN地域フォーラム、東アジア首脳会議などを通じ、大国の指導者を同じ場に集めてきた実績がある。ASEANは、日本、韓国、中国、さらにはインドも含め、国連を再活性化し、ルールに基づく国際秩序を支えるための持続的な努力において、新たな協力の時代を形づくる助けになり得る。

東アジアの国々が相互の安心を高める模範を示せば、欧州にとっても、ロシアという宿敵と気まぐれな米国の「保護者」の間に挟まれた圧迫感を和らげる一助となるかもしれない。残念ながら、米国とロシアは世界最大の核兵器庫を抱える。中国の核戦力も憂慮すべきペースで増大している。それでも北京は先制不使用(No First Use)を掲げている。日本も反核の立場を堅持することが望まれる。1995年に宣言されたASEAN非核地帯は、加盟国に対し、核兵器の開発、保有、配備を行わないことを引き続き誓約させている。

トンネルのアジア側には、光が差すのかもしれない。(原文へ

INPS Japan

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アメリカ・ファーストと多国間主義の狭間で揺れる国家安全保障戦略

【国連ATN=アハメド・ファティ】

Ahmed Fathi, ATN
Ahmed Fathi, ATN

2025年版国家安全保障戦略(NSS)は、政策文書というより、明確に打ち出されたひとつの世界観である。それは研ぎ澄まされ、体系化され、米国が第2次世界大戦後に自ら築き上げた国際秩序に正面から挑む形をとっている。

多国間主義が〈酸素〉のように不可欠な国連内部の視点から読むと、これは、かつて家を設計した建築家が数十年後にブルドーザーと測量器具を携えて戻ってきて、長年の住まいを「作り直す」と言い放つ光景を目の当たりにするようである。

NSSの冒頭は、過去30年の米国外交を「放漫で、誤った方向に進み、グローバリストに支配され、主権を『国際的制度』へ外注してきた」と一刀両断する(1〜2頁)。端的に言えば、協調的な世界統治の基盤そのものを否定する理念的な挑戦である。

国連が「共有された責任」を見るところ、NSSは「目的の希薄化」を見る。国連が「相互依存」を強調するところ、NSSは「脆弱性」と捉える。国連が「外交」を尊ぶところ、NSSにとっては「干渉」に映る。

問題は語調ではない。理念そのものが決定的に食い違っている。

移民政策:国連の人道的柱と「要塞化する米国」の衝突

多国間主義と最も激しく衝突するのが、文書が示す移民政策の強硬姿勢である。NSSは「大量移民の時代は終わった」と宣言し、国境管理を国家安全保障の最優先課題に据える(11頁)。

これは国連のアプローチとは対照的である。
・UNHCRは、避難を保護と権利の観点から位置づける。
・IOMは、移動を国際的な制度として共同で管理すべき課題とみなす。
・「安全で秩序ある移住のためのグローバル・コンパクト」は、協力を前提とする。

しかしNSSは移民を、テロやフェンタニルと並ぶ戦略的脅威として扱う。端的に言えば、この文書は脆弱な人々を「不安定化の要因」と描き、国際社会の安定を支える主体として位置づけていない。

この政策転換は、今後数年にわたり、人道交渉のあらゆる局面に影響を及ぼすだろう。

モンロー・ドクトリンの“再来”―今度は実効力を伴って

続く米州(西半球)の章は、地政学的な急展開と言うべき内容であり、警報級の示唆を含んでいる。NSSは、いわば「モンロー主義のトランプ流再定義」を掲げ、テキサス以南の港湾から鉱物資源、海底ケーブルに至るまで、域内の広範な領域への他国の関与に警鐘を鳴らしている(15〜18頁)。

婉曲ではない。礼儀ですらない。つまりトランプ政権は、こう言っている。
「この半球は我々のものだ。以上。」

国連にとって、これは不快であるだけでなく、多国間秩序の制度設計とも鋭く衝突する。多国間秩序の核心は、大国が特定地域を自国の勢力圏として固定化しないことにある。だが、この方針はその禁忌に踏み込み、西半球を戦略的な「囲い込み」へ傾けかねない。

ラテンアメリカ諸国は表向き投資を歓迎するかもしれない。だが国連関係者の間では、次の問いが生まれるだろう。

米国がパートナーシップに事実上の拒否権を主張するなら、我々の主権はどこから始まるのか。

このドクトリンの下で相対的に影響力が削がれ得るもの:
・国連開発計画(UNDP)
・地域機関
・多国間の金融支援
・ワシントンの承認を前提としない対外パートナーシップ

結果として、多国間主義は「米国の裏庭」において周縁化される。

欧州:断罪される「文明」、対話されない地域

Map of Europe
Map of Europe

NSSの欧州に関する記述は、戦略文書というより文化評論を思わせる論調に貫かれている。欧州は「文明的消滅」「人口の崩壊」「アイデンティティの喪失」「規制による窒息」に直面している――といった語で描かれる(25〜27頁)。

これは分析ではない。死亡告知である。

こうした欧州観は、安保理対応、制裁、決議形成などで不可欠な「西側の結束した外交姿勢」を維持するうえで、国連にも深刻な影響を及ぼし得る。仮にトランプ政権が欧州連合を協力相手ではなく「障害物」と位置づけるなら、1945年以来リベラル秩序を支えてきた米欧の結束は揺らぎ始める。

中国:多国間システムの「ストレステスト」

Map of China
Map of China

文書全体のトーンを最も強く規定しているのは中国である。NSSは中国を、サプライチェーン、AI、レアメタル、知的財産、移民管理、プロパガンダ、医薬品など、ほぼ全領域における米国の唯一の「体制的競争相手」と位置づける(20〜24頁)。ここで描かれているのは単なる「競争」ではない。より広範な「全面的対峙」である。

ただし、動かしがたい現実がある。国連は中国抜きには立ちゆかない。中国は主要拠出国であり、安保理常任理事国で、平和維持活動の主要な貢献国でもある。保健、気候、開発金融の分野でも、その関与は不可欠だ。

米国が中国をあらゆる領域で「存亡に関わる脅威」として描けば、多国間主義はその余波を免れない。リスクは明確である。競合する二つの国際システムが形成され始め、国連の普遍性と完全には両立しなくなる。

中東:稀で脆い「部分的な一致」

Map of Middle East
Map of Middle East

注目すべきことに、中東に関するNSSの方針は一部で国連の優先事項と重なる。すなわち、緊張緩和、安定化、人質解放、地域戦争の回避、そして新たな外交枠組みの支援である(27〜29頁)。

ただし、動機は大きく異なる。国連が目指すのは、権利、統治、国際人道法に基づく持続的な平和であるのに対し、NSSが求めるのは「米国の負担を減らし、敵対勢力を封じ込める」ための安定の確保である。

この一致は当面の接点となり得るが、極めて脆い。ガザ、レバノン、シリア、紅海のいずれかで再燃が起これば、理念の差異は直ちに露呈する。

アフリカ:パートナーシップか、資源争奪か

African Continent/ Wikimedia Commons
African Continent/ Wikimedia Commons

NSSにおけるアフリカは、鉱物・エネルギーを軸にした「投資の最前線」として描かれている(29頁)。アフリカ諸国には、中国、ロシア、トルコ、EU、湾岸諸国など複数の外部勢力がすでに関与しており、競争を一定程度歓迎する向きもあるだろう。だが、国連が描くアフリカの将来像はより広い。
・統治(ガバナンス)
・人間開発
・平和構築
・産業化
・持続可能な成長

NSSはアフリカが「持っているもの」に焦点を当てる一方で、「何を目指すのか」という将来像には踏み込まない。このギャップこそ、多国間機関が関与し、支援と調整を担うべき領域である。

結論:衝突は避けられない――だが、可能性は消えていない

NSSは、国連を基軸とする多国間秩序の時代における米国戦略の中でも、とりわけ「主権優先・多国間主義懐疑」の色彩が濃い。世界を「共有されたシステム」ではなく「競争の地図」として捉え、協力という前提そのものに疑義を突きつける。

しかし、一国主義がどれほど強まっても、世界の現実から逃れることはできない。
・パンデミック
・気候変動の影響
・サプライチェーンの脆弱性
・技術ガバナンス
・国境を越える危機

これらは、いかなる大国であっても単独では解決できない課題である。

確かに衝突は不可避だ。だが、崩壊は必然ではない。

いま求められるのは、国連と多国間システムが、この摩擦の中に機会を見いだし、それを生かし、米国に対して、歴史が繰り返し示してきた真実を思い起こさせることである。一国の意思が世界を支配する時代は不安定であり、責任を共有する世界こそが持続可能である―。

そして最終的には、どのような米国であれ、「機能する国際システムの価値に代わるほど高い城塞」を築くことはできないことを、否応なく理解することになるだろう。(原文へ

INPS Japan/ATN

Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/a-national-security-strategy-caught-between-america-first-and-a-multilateral-world

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