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廃棄物に光を宿す──ナイジェリアの若き発明家、難民キャンプに希望を届ける

【アブジャIPS=プロミス・エゼ】

2025年3月、ロンドンで「コモンウェルス・ヤング・パーソン・オブ・ザ・イヤー(英連邦年間最優秀若者賞)」に選ばれたと発表されたとき、スタンリー・アニグボグ(Stanley Anigbogu)は耳を疑った。世界中から選ばれた優秀な候補者たちの中で、自分が受賞するとは思ってもいなかったからだ。

ナイジェリア出身で25歳のエネルギー革新者スタンリー・アニグボグは、廃棄物を再利用した太陽光発電機器を開発し、アフリカ各地の難民1万人以上にクリーンエネルギーを届けてきた。その功績が評価され、今回の受賞につながった。アニグボグは、プラスチック廃棄物からソーラーチャージングステーションを製造する企業「LightEd(ライトエド)」の共同創設者でもある。これらのステーションは、電力インフラがほとんど、あるいはまったく存在しない地域に電気を供給しており、LightEdはナイジェリア国内のアクセス困難な地域で活動し、多くの国内避難民を含む人々の生活を支えている。

「本当に、自分が受賞するとは思っていなかった」とアニグボグは語る。「名前が呼ばれたときはショックで、すぐには信じられなかった。でも、それだけに喜びも大きかった。アフリカ代表として、56か国の中から選ばれたことは大きな誇りであり、大きな成果だ。他のファイナリストたちも素晴らしい活動をしていたので、自分の取り組みに注目が集まったことをとても嬉しく思う。今回の受賞は、私の仕事に新たな認知と意味を与えてくれた。」

アニグボグにとって、この賞は個人の功績にとどまらず、ナイジェリア、ひいてはアフリカ全体の若者にとっての誇りでもあるという。「この賞は希望を与えてくれる」と彼は語る。「私たちの仕事を見て、価値があると認識してくれる人がいる。それが何よりの励みだ。」

この賞は、開発分野で活躍する若者を称える「コモンウェルス青少年賞」であり、50年以上にわたって若者の支援に取り組んできたコモンウェルス事務局が実施する主要プロジェクトである。事務局の社会政策開発部長、レイン・ロビンソン氏は、アニグボグのような若者たちの活動を可視化し、さらなる活躍を後押しすることの重要性を強調した。

「この賞は、英連邦各国の若者たちの取り組みを広く知ってもらう機会となる。彼らの活動を社会に広く発信することで、他の若者たちにとって希望の灯台となり、次世代のリーダー育成にもつながる」とロビンソン氏は語った。

地域に光を届ける
In pursuit of the waste-to-energy approach, Stanley Anigbogu’s project has repurposed more than 5 tonnes of plastic waste. Reducing harm to the environment is central to his innovations. Credit: LightEd
In pursuit of the waste-to-energy approach, Stanley Anigbogu’s project has repurposed more than 5 tonnes of plastic waste. Reducing harm to the environment is central to his innovations. Credit: LightEd

アニグボグはナイジェリア南東部のにぎやかな町、オニチャで育った。彼の家庭も他の多くのナイジェリアの家庭と同様、安定した電力供給を受けられなかった。停電は日常茶飯事で、週に数時間しか電気が来ないこともあった。アニグボグは、ろうそくや灯油ランプの明かりで勉強することを余儀なくされた。

そうした体験が彼の好奇心に火をつけた。電気とは何か、どうすれば解決できるかを考えるようになった。15歳のとき、廃材や中古の電子部品を使って、ロボットやロケットなどの小さな発明品を自作するようになる。家庭での作業を助ける道具も自ら作り、学校では科学クラブを立ち上げた。

Stanley Anigbogu stands inside a work in progress. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu stands inside a work in progress. Credit: LightEd

高校卒業後、アニグボグは大学進学のためモロッコへ渡った。現地では、オレンジの皮からエネルギーを生成するスタートアップを立ち上げたが、これは失敗に終わった。「当時はビジネスのことが全く分かっていなかったので、多くの失敗をした。でもそこから多くのことを学んだ。」と彼は振り返る。

2020年の新型コロナウイルスによるロックダウン中、ナイジェリアに帰国したアニグボグは、貧困地域の人々の役に立つものを作りたいと考え、LightEdを立ち上げた。彼の発明は、ナイジェリアが抱える電力不足の解決策のひとつとして注目を集めている。世界銀行によれば、ナイジェリアでは8500万人が国の送電網にアクセスできず、人口の約43%が安定した電力のない生活を余儀なくされている。これは、世界で最も多い人数だ。

LightEdの主要プロジェクトのひとつが、プラスチックやリサイクル廃棄物で造られたソーラー充電ステーションの設置だ。これらは携帯電話やランプ、小型機器の充電に使われ、地域によっては唯一の電源である。

LightEdは6000人以上の学生に研修を提供し、2万キログラム以上のプラスチックをリサイクルしてきた。また、寄付者やパートナーから50万ドル以上の資金を調達して活動を拡大している。

「私たちの目標は、すべての人にクリーンエネルギーを届けることだ」とアニグボグは語った。LightEdでは、各地域のニーズに合わせて住民と協力しながらプロジェクトを設計している。

Stanley Anigbogu finds light in waste. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu finds light in waste. Credit: LightEd

「私たちの解決策は、地域主導型です。それぞれの地域でニーズが異なります。どこに設置するべきか、どんなエネルギーが必要か、誰が管理するかなど、住民との話し合いから始めます。アーティストと協力し、地域の人々とワークショップを開いてデザインも一緒に考えます。設置後は、ステーションを地域に引き渡します。」

避難民への支援

避難民への支援に関心を持ったきっかけは、モロッコでのボランティア活動だった。アトラス山脈に暮らす家族を訪問する支援グループに参加し、多くの人々が電気や清潔な水を欠いた生活をしているのを目の当たりにした。

ナイジェリア国内の2か所の大規模避難民キャンプにおいて、LightEdはソーラー充電ステーションを設置。また、ソーラーライトやランプも提供し、夜間の移動が容易かつ安全になった。

「私は、避難民キャンプの子どもたちが夜でも勉強できるようにしたい。街灯を設置すると周囲が明るくなり、安全性が高まるだけでなく、精神的にも安心感を与えられる。暗闇で生活し、過酷な環境にある中で、明るさがあることで心の安定につながる。加えて、灯油やろうそくにかかる費用も削減でき、煙や有害なガスによる健康被害も防げる。」

未来への展望

アニグボグの道のりは決して平坦ではなかった。起業当初は、ナイジェリアで法人を立ち上げるための明確な手続きや税務の知識がなく、困難を極めた。現在の最大の課題は、いかにして事業をスケールアップさせ、他の地域や国に展開していくかという点である。資金も必要だが、それ以上に適切な戦略や組織体制の整備が課題だという。

Stanley Anigbogu hopes to use access to energy to bring people of different faiths together, helping them resolve the many conflicts in the region. Credit: LightEd
Stanley Anigbogu hopes to use access to energy to bring people of different faiths together, helping them resolve the many conflicts in the region. Credit: LightEd

現在アニグボグは、充電ステーションを単なる電力供給の場にとどめず、平和対話のための空間として活用する構想に取り組んでいる。

「コモンウェルス平和賞の受賞者であるナイジェリア人たちと協力し、世代や宗教を超えた対話ができるようなステーションを作ろうと話し合っている。宗教対立が多いナイジェリアでは、エネルギーへのアクセスをきっかけに人々が集い、対話し、相互理解を深める場になると信じている」と語った。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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スウェーデンの循環型経済:世界的な廃棄物削減への教訓

【ストックホルムLondon Post=アリフ・キサナ】

スウェーデンは、廃棄物を資源として活用する循環型経済への移行において、世界を先導する存在となっている。人口1050万人、2023年のGDPは5407億ユーロと、欧州連合(EU)加盟27か国における人口の2.4%、経済規模の3.2%を占めるにすぎないが、環境政策と技術革新への影響力はその規模を上回っている。

家庭ごみの99.3%を再資源化し、埋立処分を0.4%未満に抑える同国の廃棄物管理モデルは、世界平均(60%が埋立)やEU平均(23%)とは対照的である。この成果は、厳格な政策、整備されたインフラ、高い市民意識に支えられている。一方で、素材の再使用を示す循環度は3.4%にとどまり、EU平均(11.8%)やオランダ(24.5%)に比べて改善の余地がある。

Sweden. Credit: Wikimedia Commons

スウェーデンの一人当たりの年間ごみ排出量は431kgで、EU平均(513kg)を下回る。オーストリア(611kg)、デンマーク(747kg)、ルクセンブルク(790kg)を下回る一方、ルーマニア(280kg)やラトビア(357kg)よりは多い。2023年には410万トンの一般廃棄物が発生し、そのうち39%がリサイクル、59%が国内34か所のごみ発電施設(WTE)で熱と電力に変換された。

WTE施設は150万世帯に暖房を、78万世帯に電力を供給し、年間220万トンのCO₂排出を削減。これは約44万台の自動車に相当する排出量に匹敵する。デンマークやフィンランドも同様の技術を活用しているが、英国(リサイクル率44%)やポーランドでは導入が進み始めた段階にある。埋立率が70%を超えるブルガリアやマルタに比べ、スウェーデンの埋立率は1%と極めて低く、ドイツ、オーストリア、ベルギーと並んでEU内でも最先端に位置している。

しかし、同国の年間資源消費量は2億6600万トン、1人あたり24.4トンと、EU平均の171.7%に達しており、資源の循環利用を高める必要がある。『サーキュラリティ・ギャップ・レポート・スウェーデン』では、資源消費を最大42.6%削減するための6つの重点分野を提案している。これには、循環型建設、持続可能な食料システム、製造業の再構築、資源採取の見直し、クリーンモビリティの推進、意識的な消費の促進が含まれる。

たとえば、建築物の改修と軽量素材の導入により、建設分野の資源使用を8.2%削減できるとされる。植物中心の食生活と食品ロスの削減によっては7.3%の削減が可能だ。製造業(GDPの26%を占める)は、修理やレンタルサービスの拡充により5.3%、鉱業規制の強化で3.4%の削減効果が見込まれている。

政策面では、1991年に導入されたCO₂1トンあたり120ユーロの炭素税と、1994年から施行されている拡大生産者責任(EPR)が循環型経済を支えている。EPRは18の製品分野に適用され、包装廃棄物の85%(年間120万トン)をリサイクルしている。可燃性・有機性廃棄物の埋立禁止と埋立税の強化は、EUの2035年埋立率10%未満の目標とも整合している。

2024年には食品廃棄物の分別義務化法が施行され、バイオガスの生産が進められている。デポジット制度「パンと」では、年間約30億本の容器のうち92%が回収され、ドイツの77%を上回る。2027年までには、廃棄物の処理責任が全面的に生産者へと移行され、残渣ごみの埋立は禁止される予定である。

こうした政策は、強力なインフラによって支えられている。家庭から300メートル以内に設置されたリサイクルステーションや、真空収集システム、Optibagによる色分別技術などがその一例である。これらのシステムはドイツやオランダでも導入が進んでいる一方で、ルーマニアやギリシャでは整備が遅れている。

Black Friday reaches out his hand to the future, Circular Monday, in a rubbish tip. By Henke bonke - Own work, CC BY-SA 4.0,
Black Friday reaches out his hand to the future, Circular Monday, in a rubbish tip. By Henke bonke – Own work, CC BY-SA 4.0,

文化的側面も重要であり、教育や公共キャンペーン、「サーキュラーマンデー」などの取り組みを通じて、再利用や修理の意識が根付いている。エステルスンドのReTunaなどの自治体リユースセンターには、1日あたり700人以上が訪れる。H&Mは2025年までに100%リサイクル素材を使用する目標を掲げ、Volvoは95%が再資源化可能なバスを開発。SSABは化石燃料を用いない製鋼技術を開発中である。2024年に設立されたSyre社は、2032年までにポリエステルの完全循環を目指している。

こうした循環型産業は、年間21億ユーロの収益を生み出し、2024年時点で約20万人を雇用し、GDPの4%を占めている(2015年時点では1.8%)。

一方で、スウェーデンの自治体ごみリサイクル率(49%)はドイツ(69%)やオーストリア(59%)を下回っており、オランダの高い循環度(26.5%)と比べ、依然としてエネルギー回収への依存度が高い。フランスの反廃棄法(2020年)やイタリアの包装リサイクル率(76%)も成果を挙げているが、埋立率は依然として高い水準にある。ポーランドの埋立率は38%に達し、移行の遅れが指摘されている。

SDGs Goal No. 12
SDGs Goal No. 12

また、スウェーデンは年間180万トンの廃棄物を輸入し、約1億ドルの収益を上げているが、この慣行が他国の廃棄物削減努力を妨げているとの批判もある。加えて、WTEによるCO₂排出や、依然として低いプラスチックリサイクル率(多くが焼却または輸出)も課題だ。2024年には使い捨てプラスチック袋への課税緩和が実施され、環境政策の後退とする声も上がっている。

循環度を現在の2倍にあたる7.6%まで引き上げることができれば、スウェーデンは資源消費を大幅に削減できる可能性がある。その実現には、野心的な立法、インフラへの投資、社会的合意、そして経済的インセンティブを組み合わせた包括的な戦略が必要とされる。世界の廃棄物量が2050年までに70%増加すると予測されるなか、スウェーデンが1970年代の埋立依存から、ほぼゼロ・ウェイスト社会へと移行した実績は、廃棄物を経済成長の原動力へと転換できることを示している。政策立案者、企業、市民にとって、スウェーデンが築いてきた規制、技術、社会的関与を統合したモデルは、持続可能な未来に向けたスケーラブルな道筋となる。(原文へ

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INPS Japan

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干ばつが引き金となる過激化と暴力、最も脆弱なのは少女たち

【セビリア&ブバネシュワルIPS=マニパドマ・ジェナ】

干ばつは静かに進行するが、その影響は他の自然災害を凌ぐほど深刻かつ広範囲に及ぶ。気候変動がもたらす干ばつと、干ばつにより貧困に陥った地域社会が交差する地点では、共同体間の対立、過激派による暴力、そして女性や少女に対する不正義が顕在化している。

UNEP

エチオピア、ソマリア、ケニアでは、2023年まで5年連続で雨季の降水量が著しく不足し、アフリカの角は過去70年で最悪とされる干ばつに見舞われた。ソマリア政府によれば、2022年だけで干ばつに起因する飢餓により43,000人が命を落としたと推定されている。

2025年初頭の時点で、ソマリアの人口の4分の1に相当する約440万人が深刻な食料不安に直面しており、うち78万4000人は「緊急」レベルに達すると見られている。東部および南部アフリカ全体では、9000万人以上が極度の飢餓に陥っている。

国連砂漠化対処条約(UNCCD)と米・国家干ばつ緩和センター(NDMC)が共同でまとめた報告書『2023~2025年 世界の干ばつホットスポット』が、第4回開発資金国際会議(FfD4)にあわせて発表された。報告書によれば、2023年および2024年の高温と降水量の減少により、水不足、食料供給の逼迫、電力の配給制限といった深刻な影響が生じている。

報告書は、アフリカ(ソマリア、エチオピア、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、ボツワナ、ナミビア)、地中海地域(スペイン、モロッコ、トルコ)、ラテンアメリカ(パナマ、アマゾン流域)、東南アジアにおける干ばつの影響を分析し、人間社会のみならず、生物多様性や野生動物への影響も包括的に評価している。

限界に達する人々、暴力の連鎖へ

「今回の干ばつで人々の対応は極めて切迫していた」と、報告書の主任執筆者であるNDMCのポーラ・グアステロ研究員は語る。「少女が学校を辞めさせられ結婚を強いられ、病院は停電し、家族は干上がった川床に穴を掘って汚れた水を探していた。危機の深刻さを物語る事例だ」。

Map of Horn of Africa
Map of Horn of Africa

2022年、ソマリアでは100万人以上が家族や家畜のための食料・水・収入源を求めて移動を余儀なくされた。移動は零細農民や牧畜民にとって重要な対処手段である一方、移住先では資源への圧力が高まり、対立や衝突の火種となることもある。

多くの避難民が、イスラム過激派の支配地域へと流入した。ある研究によれば、サブサハラの干ばつ被災地では、経済活動が8.1%低下し、過激派による暴力は29.0%増加したという。干ばつが長期化するほど、暴力の深刻度も高まる傾向にある。

干ばつは、何年にもわたり気候災害にさらされ脆弱化した地域や社会において、過激派による暴力の「増幅装置」となり得る──。そう警告するのは、報告書の編集者であるUNCCDの干ばつ専門家、ダニエル・ツェガイ氏だ。

気候変動による干ばつは、過激派の台頭や内戦を直接引き起こすわけではないが、既存の社会的・経済的な緊張を悪化させ、紛争の素地をつくり出すことで、結果的に過激化を助長することになる。

その影響は間接的ながら、深刻かつ広範囲に及ぶ。たとえば、2006年から2011年にかけてシリアで発生した900年ぶりの大干ばつは、農作物の壊滅や家畜の大量死を招き、農村部の人々が都市に移住することで社会的・政治的緊張が高まった。経済格差と抑圧の中、過激派が困窮する人々を取り込んで勢力を拡大した。

報告書では、ジンバブエの一部地域で、飢餓と教育費負担によって多数の児童が中途退学していることも報告されている。約25ドルの授業料や制服代を支払えない家庭が増え、子どもたちが家族と共に移住して働くケースが目立つ。

空腹と絶望が過激派の標的に

将来への展望を失い、飢えに苦しむ子どもたちは、過激派にとって格好の標的だ。報告書は、アルカイダ系のイスラム過激派アル・シャバブがソマリア国内で人道支援の流入を阻み、人々が支配地域から脱出することすら禁じた事例を挙げている。

また、アフリカの遊牧民社会では、干ばつ時の放牧地や水源をめぐる暴力的衝突が後を絶たない。2021年から2023年初頭までに東アフリカだけで450万頭以上の家畜が死亡し、さらに3000万頭が危機にさらされた。2025年2月時点では、数万人の牧畜民が水と食料を求めて移動しており、受け入れ地域との間で衝突が懸念されている。

「干ばつには国境がない。暴力と紛争は、経済的に豊かな地域にも波及する可能性がある」とツェガイ氏は述べる。干ばつへのレジリエンス(強靭性)構築は、安全保障上の喫緊の課題だと専門家は繰り返し訴えている。

最も重い代償を払うのは女性と少女

「現在、干ばつの影響を受けている人々の約85%は低・中所得国に暮らしており、その中でも特に女性と少女が深刻な被害を受けている」と、UNCCDのアンドレア・メサ副事務局長は指摘する。

「干ばつは国境を越えるが、ジェンダーを選ぶ」とツェガイ氏は語る。伝統的な性別役割や社会構造の不平等により、女性と少女は干ばつによる混乱の中で最も脆弱な立場に置かれている。

2023年から2024年にかけて、干ばつの影響が最も大きかったサブサハラの4地域では、児童婚の件数が2倍以上に増加した。少女が結婚すると、最大3000エチオピア・ブル(約56ドル)の持参金が家庭にもたらされ、家計の負担軽減につながるためだ。

しかし、児童婚は少女に重大なリスクをもたらす。エチオピアでは児童婚が法律で禁じられているにもかかわらず、結婚生活で性的・身体的虐待を受けた少女たちのために、専門の医療機関が設けられている。結婚とともに少女たちは教育を断念せざるを得なくなり、経済的自立の道が閉ざされる。

Extracting water from a traditional well using a manual pulley system. Credit: Abdallah Khalili / UNCCD

干ばつによる水不足が深刻化する中で、一部の女性は食料や水、金銭と引き換えに性行為を強いられるケースもある。また、水力発電に依存する地域で長時間の停電が続くと、女性や少女が何キロも歩いて水を汲みに行かねばならず、移動中に性暴力に遭う危険が高まっている。

「干ばつへの能動的な対応は、気候正義の実現に不可欠だ」とメサ氏は強調する。

干ばつは“新たな日常”、備えが不可欠

「干ばつはもはや遠い将来の脅威ではない。すでに目の前で進行しており、国際的な緊急対応が求められている」と、UNCCDのイブラヒム・ティアウ事務局長は述べる。「エネルギー、食料、水のすべてが一度に失われれば、社会は崩壊する。それが“新たな日常”だ」。

UNCCD Executive Secretary Ibrahim Thiaw noted that while drought is here and escalating, it demands urgent global cooperation. Photo courtesy: UNCCD

NDMC創設者で報告書の共著者でもあるマーク・スヴォボダ氏は、「これは私が見てきた中でも最悪の、ゆっくりと進行する世界的災害だ」と述べる。「本報告書は、干ばつが生活、生計、そして我々が依存する生態系に与える影響を、体系的に監視・分析する必要性を明らかにしている」。

スペイン、モロッコ、トルコなど、長期的な干ばつのもとで水・食料・エネルギーの確保に苦慮する各国の現状は、温暖化が制御されなかった場合の「水の未来」を予見させる。「どの国であれ、もはや干ばつに対して無関心ではいられない」とスヴォボダ氏は警告する。

2025年の『世界干ばつ見通し』は、現在の平均的な干ばつの経済的損失が2000年比で最大6倍に達し、さらに2035年までに少なくとも35%増加すると予測している。

「干ばつ対策に1ドルを投資すれば、GDPへの損失のうち7ドル分が回復できるとされている。干ばつと経済の関連性を理解することは、政策立案において極めて重要だ」とツェガイ氏は述べた。

この報告書は、セビリアで開催された国際干ばつレジリエンス連合(IDRA)の会合にあわせて発表された。干ばつへの対応を各国の政策および国際協力の優先課題とし、資金と行動の強化を促すことを目的としている。(原文へ)

INPS Japan

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ヴァヌヌ事件―イスラエルの核機密を暴いた男

【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

ヴァヌヌ事件は、核不拡散と内部告発の歴史において、最も物議を醸した出来事の一つとして知られている。1986年、イスラエル南部ディモナの極秘核施設で技術者として働いていたモルデハイ・ヴァヌヌが、同国が多数の未申告核兵器を保有している事実を暴露し、世界に衝撃を与えた。

この告発はイスラエルの国内政治に大きな波紋を広げただけでなく、国際社会にも深刻な影響を及ぼし、透明性、国家安全保障、そして内部告発者の道義的責任に関する重大な問いを突きつけた。

モルデハイ・ヴァヌヌとは何者か
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons

モルデハイ・ヴァヌヌは1954年、モロッコ・マラケシュに生まれ、1963年に一家と共にイスラエルへ移住した。兵役を終えた後、南部ネゲヴ砂漠にある「ネゲヴ原子力研究センター」(ディモナ核施設)に技術者として勤務し、約10年間にわたり機密区域にアクセス可能な立場にあった。

その間にヴァヌヌは、イスラエルが進めていた核兵器開発の実態を徐々に把握していった。イスラエルの政策に幻滅し、左派的かつ親パレスチナ的な立場に傾いていた彼は、施設内部の様子を密かに写真に収め始めた。1985年、解雇が迫っていることを知ったヴァヌヌは、小型カメラを持ち込み、施設内の極秘区域で57枚の写真を撮影した。

その後、彼はイスラエルを離れ、まずネパールへ渡り仏教に改宗、続いてオーストラリアでキリスト教に改宗した。現地で出会ったコロンビア人フリージャーナリストのオスカー・ゲレーロに説得され、100万ドルで情報を売ることを考えるようになる。そしてイギリスの『サンデー・タイムズ』に接触し、核施設の内部情報と写真を提供した。

核曖昧政策を覆す衝撃のスクープ

『サンデー・タイムズ』は1986年10月5日、ヴァヌヌの証言と写真を一面トップで掲載。技術的分析を交え、イスラエルが水爆を含む高度な核兵器を開発済みであると報じた。その報道によって、イスラエルが保ってきた「核兵器の有無を明言しない」核曖昧政策が実質的に崩れ、国際社会に大きな衝撃を与えた。

イスラエルが長年維持してきた核戦略の根幹が揺らぎ、特にアメリカとの外交関係に緊張が走った。

モサドの誘拐作戦「オペレーション・ダイヤモンド」

記事掲載前からイスラエル諜報機関モサドはヴァヌヌの動向を把握していた。彼をロンドンからローマへ誘い出すため、「シンディ」と名乗るアメリカ人観光客を装った女性エージェントを送り込んだ。ローマで接触後、ヴァヌヌは拉致・薬物投与され、秘密裏にイスラエルへ連行された。この一連の作戦は「オペレーション・ダイヤモンド」と呼ばれている。

帰国後、ヴァヌヌはスパイ行為および反逆罪で起訴され、非公開の法廷で裁かれた。判決は懲役18年、そのうち11年を独房で過ごした。イスラエル政府は事件報道に対し完全な報道統制を敷いたが、国際人権団体やメディアは一貫して彼の釈放を求めた。

英雄か、裏切り者か

ヴァヌヌ事件は、国家機密と公共の知る権利、内部告発の倫理的正当性をめぐる議論を呼び起こした。彼を「国家を危険にさらした裏切り者」とみなす声もある一方、「世界の安全のために行動した英雄」と称える声も根強い。

また、この事件は、イスラエルの核兵器保有に対する西側諸国の黙認と、イランなど他国への厳格な対応という、国際社会の核政策における二重基準を浮き彫りにした。

釈放後も続く制限

ヴァヌヌは2004年に刑期を終えて釈放されたが、その後もイスラエル当局の厳格な制限下に置かれている。国外渡航は禁止され、外国人との接触やディモナ施設に関する発言も禁じられている。彼は幾度も出国申請を行ってきたが、すべて却下されている。

現代に残る問いかけ

ヴァヌヌ事件は、国家安全保障と市民の知る権利との間にある緊張関係を象徴する事例として、今なお議論の的となっている。彼の行動は、秘密主義に対する挑戦であり、核兵器政策の透明性と説明責任の必要性を訴えるものであった。

ヴァヌヌは、自らの行動によって約20年にわたる拘束と、出所後も続く監視と制限という重い代償を払った。裏切り者と見るか、英雄と見るか――その評価は分かれるものの、彼の告発がもたらした影響は国際的な核議論の流れを大きく変えた。

ヴァヌヌ事件は、国家が保持する機密と、それを暴く行為の正当性について、今なお答えの出ない問いを私たちに投げかけ続けている。今日の不安定な地政学的情勢においても、その教訓はなお重要であり続けている。(原文へ

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英国で毎時11件のレイプ報告という危機 (シャブナム・デルファニ世界女性平和大使)

【ロンドンLondon Post=シャブナム・デルファニ】

英国では、毎時11人の女性や少女がレイプを報告しており、1日あたり264件に上る――これは英国国家統計局(ONS)のデータである。しかし、イングランドおよびウェールズ犯罪調査(CSEW)によれば、報告されるのは6件に1件にすぎず、実際の被害はさらに深刻であることが示唆されている。

私は紛争地での経験をもつ世界女性平和大使として、英国のような先進的民主国家が女性を体系的に見捨て、守るべき制度が怠慢と裏切りを繰り返している現状に強い憤りを覚える。これは単なるジェンダー問題ではない。国家的な緊急事態であり、ただちに行動が求められているにもかかわらず、政府の対応は依然として不十分である。

英国内務省によると、報告されたレイプ事件のうち起訴に至るのはわずか2.1%、有罪判決となるケースはさらに少ない。被害者は裁判の開始まで何カ月、時には何年も待たされており、2025年1月時点でイングランドとウェールズでは3,355件のレイプ事件が審理待ちとなっている。保釈中の被告人が裁判を受けるまでの平均待機期間は358日にも及ぶ。

さらに被害者は、自身の携帯電話のデータを「デジタル・ストリップ・サーチ」と呼ばれる形で調査されるなど、侵害的な取り扱いを受ける。2021年のHMICFRSおよびHMCPSIの報告では、こうした調査の60%が「非合理的かつ過剰」とされ、被害者がこれを拒否した場合には事件が打ち切られるケースも多い。

2023年に開始された「オペレーション・ソテリア」は、加害者の行動に焦点を当てて捜査を改善する試みとして一定の成果を挙げている。2019年比で警察から検察庁への送致は95%増加、クラウン裁判所に持ち込まれた件数も91%増加した。しかし、2023年3月までの1年間に起訴に至ったのは2,655件であり、政府が掲げた目標5,190件には遠く及ばない。

警察機関には制度的な女性蔑視の指摘もある。2023年のバロネス・ケイシー報告では、ロンドン警視庁における性差別や被害者非難、証拠の不適切な扱いなどが明らかにされた。Rape Crisis England & Walesによると、裁判を待たずして被害者の69%が訴えを取り下げている。その多くは警察の冷淡な対応に起因する。バーミンガムのある被害者はBBCに対し、警察から「加害者の人生を台無しにするな」と言われたと証言しており、こうした文化が報告をためらわせている。

性的暴力が社会にもたらす影響は甚大である。内務省によると、その社会的・経済的コストは年間81億ポンドにのぼる。これは生産性の低下、医療費、司法費用などを含む。また、CSEWの調査によれば、16歳以上の女性の7.7%(約190万人)がレイプ被害を経験しており、これは女性たちの自由を著しく制限している。制度への信頼も損なわれ、女性の半数近くが無力感や恐怖を感じている。

London Post
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Rape Crisis England & Walesは、資金不足により53%の支援センターがサービス削減の危機にあると警告しており、2025年7月時点で14,000人の被害者が支援待ちとなっている。2025年の報告書では、センターの3分の2が複数年予算なしにはカウンセリングを縮小せざるを得ないとされている。政府は被害者支援に年間1億4,700万ポンドを拠出しているが、現場の危機は深刻である。

被害者の証言からは、制度による裏切りが浮き彫りになる。ロンドン在住の被害者エイミーさん(匿名を解除)はBBCに、警察が携帯電話のデータを抽出できなかったことで事件が打ち切られ、自身が自殺監視下に置かれたと語った。「被害者はただでさえ自分のせいだと感じているのに、警察はそれを確信に変えてくる」と彼女は訴える。

今こそ緊急の改革が必要だ。政府はこの問題を国家的緊急事態として宣言し、緊急予算と立法権限を持つタスクフォースを設立すべきである。トラウマに配慮した専門裁判所を全国に設け、裁判の遅延と被害者の再トラウマ化を防がねばならない。性教育と平等教育は小学校から導入すべきである。レイプ被害者支援サービスには、NHSのメンタルヘルス部門と同様の持続的な資金供給が不可欠である。また、警察、大学、雇用主が報告を不適切に扱った場合の責任を明確化し、処罰を規定する法律が求められる。

2021年のレイプレビューやオペレーション・ソテリアは一歩前進ではあるが、Rape CrisisのCEO、ジェイン・バトラー氏が述べたように、「被害者の声は年々増しており、政府も行動を約束している。だが、約束だけでは足りない」。

これは英国の司法制度が、安全、平等、人権への真の責任を果たすのかどうかを問う転機である。女性たちは同情ではなく、正義を求めている。現行制度はあまりにも頻繁に加害者を免責している。政府には対応するための資源も枠組みもある。ただし、問題は、制度に根づいた家父長制と向き合う「意志」があるかどうかだ。女性たちを守る覚悟があるのか、それとも再び見捨てるのか――その選択が迫られている。(原文へ

INPS Japan/London Post

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米国市長会議、核の瀬戸際からの後退を呼びかけ―米国が世界をリードすべき時(ジャクリーン・カバッソ ウェスタン・ステーツ・リーガル財団・平和首長会議 北米地域コーディネーター)

【オークランドIPS=ジャクリーン・カバッソ

Ground zero after the "Trinity" test, the first atomic test, which took place on July 16, 1945/ Public Domain
Ground zero after the “Trinity” test, the first atomic test, which took place on July 16, 1945/ Public Domain

2025年7月16日、「トリニティ」と呼ばれる最初の核実験が米ニューメキシコ州アラマゴードで行われてから80年を迎える。また、8月6日と9日には、米国による広島・長崎への原爆投下から80年の節目を迎える。こうした記念日は、過去の惨劇を思い起こすだけでなく、差し迫った未来への深刻な警鐘ともなっている。

ロシアによるウクライナ侵攻の中での核兵器による威嚇は、核戦争の危険が現実のものであることをあらためて浮き彫りにした。また、台湾や南シナ海をめぐる米中の緊張、朝鮮半島や中東における慢性的な安全保障危機もまた、核戦争の引き金となりうる。インドとパキスタンの武力衝突も、核戦争のリスクが、差し迫ったものとして世界各地に広がっていることを示している。

こうした切迫した状況を受け、6月20日―米国によるイランの核関連施設への攻撃の前日―に、米国市長会議(USCM)の国際問題常任委員会は、「米国が核戦争の瀬戸際から世界を後退させ、核軍拡競争を停止・逆転させるよう求める」新たな決議を全会一致で採択。この決議は、6月22日にフロリダ州タンパで閉幕した第93回年次総会にて正式に承認された。

常任委員会の会合では、議長代行を務めたカリフォルニア州ウェストサクラメント市のマーサ・ゲレロ市長(決議の共同提案者)が、「グローバルな相互依存が進むなか、市長たちは外交官のような役割を担っている。米国と世界の市長は、草の根から外交政策を形作っている」と述べた。今回の決議採択は、平和首長会議に加盟する米国の市長による提出として、20年連続となる。

USCMは、人口3万人以上の米国の都市1400以上が加盟する超党派の全国組織であり、年次総会で採択された決議は、翌年の政策提言活動の指針となる。

今回の決議は、世界の軍事費が2024年に2兆7180億ドルに達したこと、米国がそのうち37%を占め、次の9か国の合計よりも多く、中国の3倍以上、ロシアの約7倍であることを指摘している。

また、米議会予算局の試算によれば、米国が戦略・戦術核兵器システムの運用・維持・近代化を実施した場合、その費用は2025年から2034年の10年間で総額9460億ドル、年平均で約950億ドルにのぼる。この額は、2023年時点で見積もられていた2023~2032年の7560億ドルに比べて、25%(1900億ドル)増となる。

こうした核の脅威と費用の高騰に対し、USCMは次のような要請を行っている。

第一に、米大統領に対して、

  • 世界を核戦争の瀬戸際から後退させ、核軍拡を止め、逆転させるために、
  • 他の8つの核保有国、特にロシアおよび中国との誠実な交渉を主導し、核兵器の増強を止め、検証可能な形で段階的に削減・廃絶すること、
  • 核兵器使用の選択肢をすべての核保有国が放棄すること、
  • 米大統領が単独で核使用を命令できる現行制度に対して抑制策を講じること、
  • 冷戦期以来の「即時発射態勢(ヘア・トリガー・アラート)」を解除すること、
  • 新たな核弾頭および運搬手段の製造と配備計画を中止すること、
  • 核実験の事実上の世界的モラトリアム(停止)を維持すること、
    を求めている。

第二に
核兵器の研究、実験、製造、保管、維持管理などによって生じた環境汚染の影響を受けた地域社会や労働者に対し、完全な除染、補償、健康診断、医療の提供を行うよう求めている。また、その一環として「放射線被曝補償法(RECA)」の拡充も提案している。

第三に
核兵器関連施設に依存する地域社会や、核兵器の研究・製造・管理・解体に従事する民間および軍の労働者に対して、公正な経済転換計画を策定するよう求めている。

また、こうした諸点を盛り込んだ米連邦下院決議案 H.Res.317(2025年4月9日、ジム・マクガバン下院議員提出)の可決を議会に促している。

さらに本決議は、軍事費および核兵器関連支出の拡大を抑制し、代わりに以下のような、都市にとって不可欠なプログラムへの資金の回復・拡充を政府と議会に求めている。

  • 地域開発ブロック補助金(Community Development Block Grant Program)
  • HOME投資パートナーシッププログラム
  • 公共安全の観点から重要なメディケイド(低所得者向け医療制度)の維持強化

決議の主導提案者であるアイオワ州ウォータールー市のクエンティン・ハート市長は次のように述べた。
「私は人命の尊厳を重んじ、次世代により良い世界を残す責任があると認識しています。対立と分断が激化する今、この決議は私たちのやるべきことがいかに多いかを思い出させてくれます。」

「核兵器の使用について真剣に見直し、核紛争を防ぎ、平和を推進するための国際的な対話を促進することが不可欠です。私は平和首長会議の一員として、世界中の市長たちと共に、より安全で平和な未来のために行動できることを誇りに思います。」

決議にも記されている通り、広島市および長崎市の市長が主導する「平和首長会議(Mayors for Peace)」は、核兵器のない世界、持続可能で強靭な都市、そして平和の文化の実現を目指して活動している。2025年6月1日時点で、166か国・地域の8487都市が加盟しており、米国内の加盟都市は230に達している。

Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.
Jacqueline Cabasso, Executive Director, Western States Legal Foundation. Photo Credit: Katsuhiro Asagiri, Multimedia Director, INPS Japan.

USCMは、国民に最も近い存在である市長たちの声に連邦政府が耳を傾けるべきだという責任ある立場を再確認した。今回の決議は、まさに「今こそ」必要とされる極めて緊急性の高い行動である。

米国および世界各地の市長たちの常識的かつ一致した取り組みは、核兵器廃絶という目標に向けた希望の灯となっている。

今回の「2025年米国市長会議における平和首長会議決議」には、以下の市長たちが署名・共同提案している:クエンティン・ハート(アイオワ州ウォータールー市)、レイシー・ビーティ(オレゴン州ビーバートン市)、ラトーヤ・キャントレル(ルイジアナ州ニューオーリンズ市)、ブラッド・カバナフ(アイオワ州デュビューク市)、ジョイ・クーパー(フロリダ州ハランデールビーチ市)、マリク・エヴァンス(ニューヨーク州ロチェスター市)、マーサ・ゲレロ(カリフォルニア州ウェストサクラメント市)、アデナ・イシイ(カリフォルニア州バークレー市)、エリザベス・カウツ(ミネソタ州バーンズビル市)、キム・ノートン(ミネソタ州ロチェスター市)、アンディ・ショア(ミシガン州ランシング市)、マット・ターク(ペンシルベニア州アレンタウン市)、エレン・カメイ(カリフォルニア州マウンテンビュー市)、パトリシア・ロック・ドーソン(カリフォルニア州リバーサイド市)、ジョシュア・ガルシア(マサチューセッツ州ホリヨーク市)、S.M.ファズルル・カビール(メリーランド州カレッジパーク市)。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau

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ディールで挑む和平交渉:トランプ流リアリズム外交

【メルボルンLondon Post=マジット・カーン】

2025年、ドナルド・J・トランプが第47代アメリカ合衆国大統領としてホワイトハウスに返り咲いた。彼の第2期政権は、既に第1期で際立った「破壊的外交」の継続として、強い存在感を示している。中東和平への介入や、ロシア・北朝鮮といった対立国との関係再構築など、トランプは従来の外交慣習にとらわれず、世界情勢に大きな衝撃を与えてきた。

その手法の持続可能性には疑問の声もあるが、支持者は、硬直した国際関係を交渉の場へと動かした実績を評価する。本稿では、トランプ政権が2025年の再登板を機に再び打ち出す外交戦略と、その起点となった2017年からの政策を振り返り、世界の平和構築に与えた影響を検証する。

トランプは再び、かつてのスローガン「力による平和(Peace through strength)」を前面に掲げている。ただし、2025年の複雑化した国際情勢においては、未解決の紛争の終結と「現実的な取引(Real Deals)」の締結に、より明確な焦点が当たっている。

ロシア・ウクライナ戦争

大統領復帰から数週間以内に、トランプはロシアのウラジーミル・プーチン大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に相次いで電話会談を実施。「この戦争は始まるべきではなかった—そして、今すぐ終わらせる。」と明言し、ウクライナの中立化および北大西洋条約機構(NATO)との限定的関係を含む和平案を提示した。

この提案は、ロシアによる領土併合を事実上容認するものだとして批判を浴びたが、トランプは「流血を止めるための現実的枠組み」だと主張。イスタンブールで米国特使による和平交渉が開始された。交渉に期限を設け、条件を明確化するというスタイルは、トランプの「取引型外交」の典型といえる。

中東
The death toll from military conflicts worldwide is frighteningly high—over 237,000 battle-related deaths in 2022 alone, mostly from the wars in Ukraine and Ethiopia. Credit: Peace Research Institute Oslo (PRIO).
The death toll from military conflicts worldwide is frighteningly high—over 237,000 battle-related deaths in 2022 alone, mostly from the wars in Ukraine and Ethiopia. Credit: Peace Research Institute Oslo (PRIO).

中東政策において、トランプの最大の外交成果は2020年に締結された「アブラハム合意」である。イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどアラブ諸国との国交正常化を実現したこの合意は、現在の中東戦略の柱となっている。

2025年5月、トランプはサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談し、同国の合意参加を「地域和平の最後のピース」と位置づけ、直接働きかけた。さらに、長らく外交関係が途絶えていたシリアの暫定大統領アフマド・アッ・シャラアとも会談し、内戦以来初となる公式接触を果たした。

関係筋によれば、これらの取り組みは「アブラハム合意2.0」と呼ばれ、イランの影響力を抑止しつつ、域内経済協力を促進する枠組みとして構想されている。

アフガニスタン・イラク

トランプ政権下の2020年2月、米国はタリバンとの間で「ドーハ合意」を締結し、アフガニスタンからの段階的撤退を約束した。実際の撤退はバイデン政権下で行われたが、混乱を招いたことで批判が集中。トランプは「自分の計画なら秩序ある撤退ができていた。」と繰り返し主張している。

イラクでは米軍の段階的縮小を進めつつ、対テロ分野における協力体制を維持。「終わりなき戦争には終止符を打つ。」と宣言し、限定的な軍事関与を残す方針をとった。

南アジア
Map: SUBHAS RAI / HIMAL SOUTHASIAN
Map: SUBHAS RAI / HIMAL SOUTHASIAN

トランプの南アジア政策はあまり注目されていないが、重要な成果もある。2025年、彼はインドとパキスタンの間で起きた国境紛争を貿易交渉を通じて抑止したと主張。「貿易の話をして、戦争を止めた」と述べた。

米商務長官もこれを裏付ける形で、「経済的インセンティブを通じた外交が、緊張緩和に寄与した」と議会で証言している。正式な和平合意はないものの、米国の後押しによる非公式な外交チャンネルが、両国の停戦継続を支えている。

北朝鮮

トランプ政権下では、対北朝鮮政策が強硬姿勢から歴史的会談へと転換された。2018年のシンガポール、2019年のハノイで、金正恩朝鮮労働党委員長と会談し、現職米大統領として初めて北朝鮮首脳と直接会談を行った。

非核化には至らなかったが、対話によって緊張緩和の道を開いた点は評価される。2025年には「他の誰もテーブルに着かせられなかった。私たちはできた。」と述べ、外交チャネルの再開に前向きな姿勢を示している。

シリア

シリア政策では、トランプは第1期において化学兵器使用への報復として限定的な空爆を実施。「大打撃を与えて、すぐに撤退した。」と語り、大規模な軍事介入を避けた。

2025年には、内戦後初めてシリアの暫定政権と公式に接触。イランの影響力排除や対テロ協力を条件に、シリアのアラブ諸国への再統合の可能性も模索している。制裁は依然継続中だが、トランプの発言には柔軟姿勢への変化がうかがえる。

総括

トランプの外交方針は、2016年の大統領選挙時から明確であった。ロシアとの関係改善を訴え、2018年のヘルシンキ首脳会談では「対話は対立よりましだ」と強調した。

また、同年に米国大使館をエルサレムへ移転した決断は国際的に批判を浴びたが、結果的にアブラハム合意の布石となったとも言われている。

トランプを「平和の仲介者」と見るか、「国際秩序の攪乱者」と見るかは評価が分かれる。ただし、従来の外交プロセスを超えた、首脳間の信頼関係、経済的駆け引き、迅速な交渉を重視するスタイルが、時に行き詰まった国際問題に突破口をもたらしたのも事実である。

「平和は黙って座っていて得られるものではない」—これは、トランプ外交を象徴する一言だ。多極化と現実主義が進む国際社会において、トランプの「異端的外交」は、否応なく注目に値する現象である。(原文へ

INPS Japan/London Post

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インダス川水利条約の停止:アジア太平洋地域の結束への警鐘?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=シネイド・バリー、エマ・ウィテカー】

インドは4月23日、インダス川水利条約(IWT)を停止した。この65年にわたる協定は、数十年にわたり敵対関係が続くインドとパキスタンにとっては希有な協力の象徴となっていた。この停止の前日には、紛争地域であるジャム・カシミールで武装勢力が民間人を襲撃し、26人が死亡した。その大半はインド人観光客であった。インドはパキスタンが「越境テロ」を支援していると非難し、条約を停止することで対抗した。パキスタンは攻撃への関与を否定し、インドの措置を「戦争行為」と呼んだ。() 

1960年に調印されたIWTは、両国がインダス川水系の水を共有することを可能にした画期的な協定だった。この協定により、インドは東部支流(ラビ川、サトレジ川、ベアス川)を、パキスタンは西部支流(インダス川、ジェルム川、チェナブ川)を支配することになった。この条約は、水の共有にとどまらず、データ共有、技術協力、紛争解決のためのメカニズムを確立した。何十年にもわたり、この条約は外交と環境協力の勝利として称賛されてきた。しかし、その停止はこの遺産を今にも崩壊させる恐れがあり、特にパキスタンに壊滅的な結果をもたらしかねない。

なぜIWTが重要なのか

パキスタンの経済は農業に大きく依存しており、農村部の労働力の約70%が農業に従事している。インダス川はパキスタンの農地の80%を灌漑しており、何百万人もの人々の生命線となっている。もしインドが水流を迂回させたり削減したりすれば、パキスタンの農業は壊滅的な打撃を受け、広範な食糧不安と経済的不安定が引き起こされる可能性がある。リスクは高く、共有されている水資源を責任を持って管理できなければ、その影響はパキスタンの国境をはるかに越えて波及するだろう。

IWT停止のタイミングはこれ以上ないほど悪い。アジア太平洋地域全体で気候・環境リスクが高まっており、極端な気象現象はますます頻繁かつ深刻化している。2008年から2023年にかけて、インドだけで洪水によって5,700万人が避難を余儀なくされた。パキスタンでは、洪水が家屋を破壊しただけでなく、土壌の質も低下させ、農民が生きていくのに十分な作物を育てることができなくなっている。こうした圧力が都市への移住を促し、移住者は搾取的な状況に直面し、多額の負債を抱えることが多い。

気候リスクと地域の不安定性

気候変動と地域の不安定性の関連は無視できなくなっている。中央アジアでは、2021年にキルギスとタジキスタンの間で越境水資源を巡って衝突が起こり、50人が死亡、1万人が避難を余儀なくされた。太平洋地域では、海面上昇によってコミュニティー全体が移転を余儀なくされ、パプアニューギニアやソロモン諸島などの国々で緊張が高まっている。一方、東南アジアの水力発電ダムなどの大規模なインフラプロジェクトは、何千人もの人々を立ち退かせ、ラオス、タイ、ベトナムなどの国々との関係を緊張させている。

再生可能エネルギー源を構築するために必要な重要鉱物の需要は、問題をさらに複雑にしている。これらの資源を巡る中国と米国の競争は、世界の緊張を高めている。重要な鉱物の採掘は、フィリピンやインドネシアなどの採掘地域での搾取と暴力を助長している。これらの事例は憂慮すべき現実を浮き彫りにしている。すなわち、気候・環境リスクは単なる環境問題にとどまらず、安全保障問題でもあるということだ。

地域協力の事例

これらの課題に対応するには、集団的なアプローチが必要である。気候リスクは国境を問わないため、単独で取り組もうとするのは勝ち目のない戦略である。協力は、資源を結集し、知識を共有し、回復力を構築する方法を提供する。特に低所得国にとっては、気候資金、データ共有、技術移転を通じた地域の連帯が、生き残るか崩壊するかの分かれ目になる可能性がある。

しかし、協力は単に生き残るためだけのものではなく、機会を捉えるためのものでもある。共同の気候変動対策は、地域の絆を強め、平和を育み、共有の繁栄を創り出すことができる。気候・環境問題に関する国境を越えた協力は、関係機関、研究コミュニティー、市民社会を結びつけ、将来の課題に取り組むための基盤を築くことができる。協力することで、アジア太平洋地域は共有された課題を共有された強みに変えることができる。

IWTの停止は警鐘である。協力がかつてないほど重要になっている今、地政学的緊張によって気候変動対策が頓挫することは許されない。アジア太平洋地域は計り知れない課題に直面しているが、同時に計り知れない可能性も秘めている。対立よりも協力を優先することで、気候危機は平和、回復力、そして繁栄の共有のための機会を提供することができる。前へ進む道は簡単ではないが、それが進む価値のある唯一の道である。

シネイド・バリーは、adelphiの気候外交・安全保障プログラムのアナリストである。エマ・ウィテカーは、adelphiの気候外交・安全保障プログラムの上級顧問である。

INPS Japan

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トランプ政権とインド太平洋地域における気候安全保障

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=トビアス・イデ】

大統領2期目の最初の100日間で、ドナルド・トランプは相当の混乱を引き起こしている。連邦政府予算の大幅な削減、民主主義のガードレールに対する懸念すべき攻撃、巨額関税の導入(の可能性)、ロシアとウクライナの間の不安定な仲介は、米国の、さらには世界の現実が急速に変化していることを示している。これらの懸念の中でも、気候変動は21世紀最大の安全保障課題の一つであり続けている。() 

本稿では、第2次トランプ政権の政策が気候安全保障にいかなる影響を及ぼしているかについて、特にインド太平洋地域に焦点を当てて概要を説明する。ただし、第2次トランプ政権は発足したばかりであるため、このようなリストはその性質上あくまでも暫定的なものとならざるを得ない。同様に、政権の政策が及ぼすと考えられる影響は広範囲にわたることから、考え得る全ての気候安全保障上の影響を論じることは本稿の簡潔な分析の範囲を超えるものとなろう。とはいえ、第2次トランプ政権は、インド太平洋地域における気候安全保障に明白かつ有害な影響を及ぼすだろう。

まず、トランプ大統領は就任1日目に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)とそれに関連するパリ協定から米国を離脱させた。UNFCCCとパリ協定は、完璧とはとても言えないものの、温室効果ガス排出削減を目指す協調的な国際努力の基礎である。世界第2位のCO2排出国である米国の離脱は、特に他の国々もこれを機に自国のコミットメントを削減する(または本気度が低下する)恐れがあることから、国際気候政策に深刻な打撃を与えるものだ。太平洋島嶼国はもちろん、バングラデシュ、カンボジア、パプアニューギニアなどの国も含め、インド太平洋地域の大部分はすでに気候変動の影響に対して非常に脆弱な状態にある。トランプ政権の気候政策崩壊により気温上昇がさらに進めば、小数点以下の温度であっても、これらの脆弱性に拍車をかけるだろう。

さらに、気候変動への適応は経済的影響を伴う。計画または円滑化されたコミュニティー移転、干ばつに対して強靭な農業への投資、気候関連災害リスクの削減、医療インフラの改善など、気候変動がもたらす人間の安全保障上のコストを削減する対策には、高い費用がかかる。トランプの関税やそれがもたらす経済的混乱(たとえ関税が完全に実施されない場合でも)は、国家や家計が気候適応策の費用を支払う能力を制約する可能性がある。この問題に関する地域的関連性を把握するために、最も高い関税率のいくつかがインド太平洋地域に課せられる恐れがあることを念頭に置いて欲しい。スリランカ(44%)、ベトナム(46%)、ラオス(48%)、そしてもちろん中国(125%)である。

対外援助の削減も、状況をさらに悪化させる。USAIDは2024年、南アジア、東アジア、中央アジア、オセアニアに対して約30億米ドルの支援を提供した。USAIDの全予算のうちかなりの部分が、人道的対応(99億米ドル)、医療(95億米ドル)、農業(11億米ドル)といった、気候ハザードへの対処や準備に不可欠な分野に充てられていた。例えばバングラデシュとネパールでは、USAIDの資金によるプログラムがサイクロン、干ばつ、洪水のリスクに対処するうえで主要な役割を果たしていた。USAIDが機関として解体される見込みであるため、これらのプログラムも廃止または大幅な縮小を余儀なくされ、インド太平洋地域は気候変動に対していっそう脆弱な状態に置かれるだろう。

多くの気候変動対策が最先端の科学に基づいている。高精度気候モデル、災害予測システム、気候スマート農業を考えれば分かるだろう。トランプ政権は近頃、気候問題に関する研究助成金の多くを縮小している。また、環境問題に取り組む連邦政府機関の資金と人員も削減している。これによって、多くの気候研究者が利用している主要な気象データがもはや利用できなくなるかもしれない。災害対応や公衆衛生といった隣接分野への資金削減と併せ、これは気候変動対策に不可欠な知識基盤に深刻な打撃となる。

トランプ政権によるこれらの影響は、人間の安全保障を損なう一方、気候変動に直面する国家安全保障にも重大な影響を及ぼす。米国平和研究所やウィルソン・センターの環境変動と安全保障プログラムのような研究機関は、気候変動が武力紛争、移住、軍隊にいかなる影響を及ぼすかに関する政策関連の(かつ公表された)知識を生み出す最前線に立っていた。現在、米国政権はその両方を解体しようとしている。トランプ政権によるこのような常軌を逸した振る舞いと国際規範の無視は、インド太平洋における国際安全保障協力にも問題をもたらす恐れがある。この地域におけるオーストラリアやフィリピンのような主要な米同盟国の軍隊は、災害件数の増加、気候変動が軍事インフラに及ぼす影響、そして(フィリピンの場合であるが、インドやインドネシアなども)環境ストレスに関連する国内不安に対処するために苦慮する可能性がある。

要するに、第2次トランプ政権はすでに、インド太平洋地域などで気候安全保障分野における知識と能力の深刻な不足をもたらしている。このような状況による影響は、今後何年間も悪化していくと見込まれる。それゆえ、他の関係国は、少なくとも部分的にその不足を埋めるために取り組みを強化する必要があるだろう。幸いなことに、反発や懐疑的な見方があふれる中で、インド太平洋地域にはいくつかの明るい兆しが見られる。インドの軍部は、気候変動による安全保障上の影響を徐々に考慮するようになっている。オーストラリアの現政権は、気候変動への対策を講じることに対して従来の政権よりもはるかに意欲的である。日本は近頃、インド太平洋地域における気候安全保障に関する体系的かつ公開されたアセスメントの実施を支援している。そしてフィリピンは、災害救援活動を、特に国内の政治的に脆弱な地域において強化している。これらのイニシアチブは、いずれも単独では十分とは言えないが、正しい方向への一歩として重要性を高めつつある。

トビアス・イデは、マードック大学(オーストラリア・パース)の政治・国際関係学准教授。最近までブラウンシュバイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めていた。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。

INPS Japan

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絡み合う危機の時代?

核廃絶 vs. 核抑止力──中間点は可能か?

【ウィーンLondon Post=オラミデ・サミュエル】

およそ80年間、核兵器は世界の安全保障を形づくってきた。それは、あまりに恐ろしいために使用できず、しかしあまりに戦略的に重要であるために放棄できないというパラドックスの象徴である。核兵器の全面廃絶を目指す「核廃絶」と、戦争を防ぐ手段として報復の脅威に依拠する「核抑止力」の間には、根深い対立が存在する。この対立は道徳的命題と地政学的現実を突き合わせるものであり、核心的な問いを提起する──対立する両者の間に、中間的な立場は存在しうるのか?

核兵器を保有する9か国が約12,500発の核弾頭を抱える現在(Global Zero, 2023)、そのリスクは計り知れない。本稿では、歴史的背景、ロシア・ウクライナやインド・パキスタンといった最近の事例、そして今後の展望を通じて、現実的な中間路線が存在しうるかを考察する。

歴史的背景

核兵器は、第二次世界大戦中に米国の「マンハッタン計画」を通じて誕生し、1945年の広島・長崎への原爆投下によってその破壊力が世界に知られることとなった。この出来事がもたらした倫理的衝撃は、世界の軍事戦略と外交政策に深く刻み込まれた。

冷戦時代、米ソ両大国は「相互確証破壊(MAD)」という戦略に依拠し、核戦争の勃発を回避しようとした。これは、いずれかが先制攻撃すれば、双方が壊滅的な報復を受けるという前提に基づいており、抑止理論の中核を成すものであった。

この戦略的バランスは、いまだに一部の国々が核兵器保有を正当化する根拠となっている。

現代の事例:ロシア・ウクライナ、インド・パキスタン

21世紀に入り、核兵器の現実的脅威はむしろ高まっている。ロシアのウクライナ侵攻(2022年)では、ウラジーミル・プーチン政権がたびたび核兵器使用の可能性を示唆し、西側諸国に対する抑止力として機能させようとした。これは、核兵器が依然として地政学的駆け引きの道具として使われていることを示している。

一方、南アジアでは、インドとパキスタンという2つの核保有国が、カシミール問題をめぐってたびたび緊張を高めている。両国とも先制不使用政策を標榜しているが、実際には衝突のたびに核戦争の可能性が取り沙汰される。

これらの事例は、核兵器の保有が必ずしも安定をもたらすとは限らず、むしろ危機を増幅させうることを示している。

核廃絶への道:理想か現実か?

核廃絶を主張する立場は、核兵器の人道的・環境的・倫理的リスクを強調する。国連の「核兵器禁止条約(TPNW)」は、核兵器の開発・実験・配備・使用、さらには使用の威嚇までも禁止する包括的な枠組みであり、2021年に発効した。

しかし、核兵器を保有するどの国もこの条約に署名していないことが、現実とのギャップを象徴している。現実的な安全保障上の脅威に直面する国々にとって、完全な核廃絶は理想主義的すぎると受け取られることが多い。

中間点は可能か?

この対立を乗り越えるには、妥協と現実主義に基づく中間的アプローチが必要かもしれない。たとえば以下のような施策が考えられる:

  • 段階的削減:すぐに全廃するのではなく、各国が段階的に核兵器を削減する。
  • 先制不使用政策(No First Use):核保有国が核兵器を先に使用しないと誓約することで、リスクを低減する。
  • 透明性の強化と信頼醸成措置(CBMs):核兵器の数や戦略についての情報公開、定期的な対話の枠組みを導入する。
  • 地域的非核兵器地帯の拡大:ラテンアメリカ、東南アジア、アフリカのように、地域ごとに非核兵器地帯を創設する。
  • デュアルトラック戦略:核抑止を維持しつつ、核軍縮への道筋を確保する。

これらのアプローチは、現実的な安全保障の懸念と、核廃絶という倫理的理想の間を橋渡しする可能性を持つ。

結論:共存か、選択か

核廃絶と核抑止の対立は、単なる政策の違いではなく、世界の未来をめぐる根本的なビジョンの対立である。中間点が可能かどうかは、国際社会がどれだけ現実を見据えつつ理想を追求できるかにかかっている。

究極的には、核兵器のない世界が可能か否かではなく、そうした世界をどのように築いていくかが問われている。核兵器が存在する限り、私たちは終末の可能性と隣り合わせで生きることになる──そのリスクを許容し続けるのか、それとも変革への道を選ぶのかが、いま問われている。(原文へ

This article is brought to you by London Post in collaboration with INPS Japan and Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

INPS Japan

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