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|モロッコ|「歴史的な快挙」説を覆すイスラエルとの隠れた繋がり

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

世界各地のメディアは、イスラエルとモロッコ間の外交関係樹立をトランプ政権の外交努力による「歴史的な快挙」として喧伝しているが、両国は数十年に亘って密接な関係を築いており、協力分野は、諜報・軍事分野から野党指導者の暗殺まで含むものだった。

ニューヨークタイムズ紙の最近の報道によると、モロッコは少なくとも過去60年間に亘ってイスラエルから高性能兵器や諜報活動機器の提供及び使用訓練を受けてきた。モロッコはそれと引き換えに、1967年の6日戦争(第3次中東戦争)ではイスラエルの勝利に貢献したとされている。また、アメリカ同時多発テロ前の時点で、失敗に終わったものの、イスラエルの諜報機関(モサド)によるオサマ・ビンラディン暗殺の試みを支援したと報じられている。

Map of Morocco

イスラエルで最大の発行部数を持つ日刊紙「イェディオト・アハロノト」のルポライターであるローネン・ベーグマン氏は、このようにイスラエルが共通の利益や敵が存在する場合にアラブの政権とも秘密裏の繋がりを構築する協力関係を「周辺戦略(periphery strategy)」と説明している。

1961年にハッサン2世がモロッコ国王に即位するとイスラエルとの2国間関係はまもなく好転した。国王は国内ユダヤ人のイスラエル移住を禁じた従来の政策を転換。イスラエルはその見返りに、諜報員を通じて野党党首メフディー・ベン・バルカ氏による国王追放の陰謀を伝えた。ベン・バルカ氏はフランスでモサド工作員により殺害されたとみられているが、遺体が発見されることはなかった。

1965年、ハッサン国王は、モサドが来訪中のアラブ指導者との会議や宿泊先に盗聴することを許可した。これにより、イスラエル政府は極めて重要な情報を入手することが可能となり、2年後に6日戦争が勃発した際には、こうした情報がアラブ軍の侵攻を回避し撃破するうえで役立ったとされている。

イスラエルとモロッコは長年に亘って同盟関係を維持してきたが、1999年に即位したムハンマド6世は、未解決の西サハラ問題(1975年に旧宗主国のスペインが去ったあと、モロッコが軍事侵攻して西3分の2を実効支配中。東部の砂漠地帯に追われた地元住民は亡命政権サハラ・アラブ民主共和国を樹立して抵抗中。亡命政権は国連には加盟してはいないが、アフリカ・中南米諸国を中心に承認されており、アフリカ連合にも加盟してる。一方、欧米や日本などの先進諸国は、モロッコとの関係上からサハラ・アラブ民主共和国を国家としては承認していない。)に不満を露わにしていた。国王は国際社会の反対を押し切って領地奪回を決意し、今年11月にモロッコと亡命政権による実効支配地の中間に国連が設けた緩衝地帯に軍を侵攻させた。これにより停戦の終了が宣言される局面もあったが、現在のところ本格的な戦争には至っていない。

Map of states which have recognized independence of Sahrawi Arab Democratic Republic. The information is taken from en:International recognition of the Sahrawi Arab Democratic Republic

(上記地図:青色:サハラ・アラブ民主共和国の実効支配地域。緑色:サハラ・アラブ民主共和国を承認している国。赤色:承認を撤回した、もしくは凍結している国。灰色:未承認の国。)

Photo: U.S. Secretary of State Mike Pompeo speaks with Benjamin Netanyahu, the Prime Minister of Israel, in Tel Aviv, on 29 April 2018. (State Department photo by Ron Przysucha / Public Domain).

国連決議が、西サハラ人民の「民族自決権」を認め、モロッコによる占領状態に「深い懸念」を表明しているにもかかわらず、トランプ政権は12月10日、モロッコ政府がイスラエルを「承認」することと引き換えに、西サハラにおけるモロッコの領有権と認める宣言に署名した。退任直前になされたトランプ大統領のこの「業績」は、物議を醸している。

戦略国際問題研究所アフリカ所長のジャッド・デヴァーモント氏は、トランプ大統領が発表したいわゆる「歴史的な快挙」に異議を唱えている。「米国はイスラエル政策で短期的な勝利を優先するあまり、アフリカ諸国に対して公正さを欠く外交を進めている。今回の決定は、早速多くのアフリカ諸国に問題をもたらすことになるだろう。」とデヴァーモント所長は語った。(原文へ

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「世界と議会」2020年秋冬号(第586号)

特集:咢堂塾・特別講義録

◇「咢堂塾」発足22年を迎えて
◇「渋沢栄一と論語」/長峯基
◇「地方政治と日本の未来」/北川正恭
◇「地方自治を取り戻すただ一つの道」/高橋富代

■歴史資料から見た尾崎行雄
 第4回「尾崎行雄日記と「唐様で売家と書く三代目」」/高島笙

■連載『尾崎行雄伝』
 第十六章 東京市長

■INPS JAPAN
 軍縮に向けた議会の行動に関する新たなハンドブック発行

1961年創刊の「世界と議会では、国の内外を問わず、政治、経済、社会、教育などの問題を取り上げ、特に議会政治の在り方や、
日本と世界の将来像に鋭く迫ります。また、海外からの意見や有権者・政治家の声なども掲載しています。
最新号およびバックナンバーのお求めについては財団事務局までお問い合わせください。

ジスカールデスタン大統領とボカサ一世のダイヤモンド

【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

12/2に逝去した故ヴァレリー・ジスカールデスタン元フランス大統領と中央アフリカ帝国(現中央アフリカ共和国)のボカサ一世の黒い関係に焦点を当てたジョナサン・パワー(INPSコラムニスト)による視点。冷戦の最中、ジスカールデスタン大統領は反共産主義を掲げていたボカサ独裁政権を支持し、個人的な友好関係(ダイヤモンド等の収賄やボカサが用意した個人的な狩場での休日等)も育んでいたが、国際人権擁護団体により人権侵害(デモに参加した約100名の子どもを含む400名を虐殺)の実態が明るみに出て国際世論から批判を受けると、態度を一変して軍事介入し、ボカサ政権を崩壊させた。(原文へ

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国連事務総長が警鐘:「自然に対する戦争」は「自殺的」

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=フォルカー・ベーゲ 】

「地球の状態は壊れている」。これは、人類が今日陥っている状況を端的にまとめた国連事務総長の言葉である。12月2日、世界の気候変動非常事態と環境の劇的劣化についての講演の中で、気候と環境が現在直面する危機の深刻さを示す最も重要な事実をいくつか挙げている。「この10年間は、人類の歴史上最も暑い10年間だった」、「二酸化炭素濃度は依然として記録的に高く、さらに上昇している」、「今世紀、われわれは摂氏3~5度という途方もない気温上昇に突き進んでいる」、「いつものことだが、最も深刻な影響を受けるのは世界で最も脆弱な人々である。問題を引き起こすようなことを最もしていない人々が最も苦しんでいる」。「われわれが気候の大惨事にいかに近づいているか」を示すこれらの事実に注意を引くことによって、グテーレス事務総長は国連加盟国がより断固とした行動を起こす必要があることを強調するとともに、パリ協定5周年の日である12月12日に国連、英国、フランスがオンラインで共同開催した「気候野心サミット」への布石を打とうとしたのである。このサミットで事務総長は、世界中のすべてのリーダーに気候非常事態を宣言するよう求めた。(原文へ 

平和研究者および平和構築者の観点から見ると、グテーレス事務総長が気候危機を紛争と平和に明確に関連付け、気候危機は「平和のための取り組みをいっそう困難にする。なぜなら、この混乱が不安定化、避難民化、紛争に拍車をかけるからである」と述べている点が興味深い。これにより彼は、気候変動は“脅威の増幅要因”という主流的見解を追認している。すなわち気候変動に関連する(暴力的な)紛争は、国内レベルから国際レベルまでさまざまな規模で、平和と安全保障上の重要な課題となっているということである。実際、気候変動に起因する避難民化は、特に避難民と受け入れ側のコミュニティーの対立のような紛争を引き起こしやすいことが分かっている。

しかし平和研究者および平和構築者の観点から見てさらに興味深く、また、気候変動/平和/安全保障をめぐる言説に新たな視点をもたらす要素は、事務総長が目の前の問題を人間と自然の関における戦争と平和という枠組みで捉えたことである。「人間は自然に対して戦争を仕掛けており」、それは「自殺的」だと述べた。それに基づき「自然と和解することは、21世紀を決定付ける課題である」と宣言した。このような自然との和解は「すべての人、すべての場所にとって最優先課題」でなければならないとグテーレス事務総長は述べた。目標は、「自然と調和して生きる道筋に世界を導くこと」でなければならない。

国連事務総長が、「自然」、そして自然と「調和して」生きる必要性を議論の中心に置いたことは、もちろん大いに称賛に値する。真剣に受け止めれば、これは、そもそもわれわれを気候の大惨事に向かわせた世界観や考え方からの根本的な転換である。しかしその一方で、上に引用した言葉に表れている思考の流れは、依然として“世界”や“人間”を“自然”と切り離しており、“自然”を人間に尽くすものとして捉えている。「自然は、われわれに食料を与え、衣服を与え、渇きを癒し、酸素を作り、われわれの文化や信仰を形成し、まさにわれわれのアイデンティティーを作り上げている」。確かにそれは真実であるが、同時に、二元論的、人間中心主義的世界観を具象化している。それは、過去何世紀にもわたって圧倒的に支配的で、また、国連システムの根底にあり、気候危機の原因の根底にもある世界観である。

これ以外にも、世界における在り方、世界に関する考え方はある。それらは今日、世界規模できわめて周縁化されているが、それでもなお、気候危機を脱する道を模索するにあたって検討するだけの価値があるものだ。グテーレス事務総長は講演の中で、気候危機という文脈においては先住民族と在来知が重要であると強調し、正しい方向性を示した。「先住民族が住んでいる土地は、気候変動と環境劣化に対して最も脆弱な土地に含まれていることを考えると、今こそ彼らの声に耳を傾け、彼らの知識に報い、彼らの権利を尊重するべきである」。そして「何千年にもわたって自然と密接かつ直接的に接触する中で集約されてきた在来知は、道を指し示すために役立つだろう」

実際世界各地の先住民族は、グテーレス事務総長の講演に今なお染み込んでいる、世界中で支配的な世界観に対して異議を唱えている。彼らは人間を自然から切り離された存在とも、自然を支配する存在とも考えておらず、関係性に応じて自然に組み込まれる存在と考えている。このような考え方に基づけば、気候危機に対する人間中心のアプローチを克服し、人間と人間社会を関係性に応じて理解するアプローチを推進することができるだろう。それは他の人間との関係性だけでなく、人間以外の存在(「自然」)との関係性である。“人類”を脱中心化することによって、「自然と和解する」新たな道筋を切り開くことができるだろう。それは、国連の文脈において非常に影響力を持っている“人間の安全保障”という進歩的概念さえも超越していく道である。“人間の安全保障”はなおも区分を作り、自然と社会の分断を具象化し、人間を創造物の頂点として概念化している。

最後に、国連事務総長は「体系的な適応支援は……特に存続の脅威に直面している小島嶼開発途上国にとって緊急に必要である」と表明した。実際、ツバル、キリバス、マーシャル諸島のような小さな太平洋島嶼国を見ると、上記の問題すべてが合体している状況である。これらの国々は気候非常事態の原因となることをほとんど何もしていないにもかかわらず、海面上昇、自然災害、食料と水の不安定など気候変動による影響に際立って脆弱であり、深刻な影響を受けている。これらの国々の国民にとって気候変動に起因する避難民化は緊急の問題となっており、気候変動の経済的、社会的影響に起因する暴力的な紛争は、生計、福利、安全を脅かしている。同時に、太平洋諸島の人々は豊かな在来知を持っている。それは彼らの世界における在り方や世界観に根差したものであり、人間と自然の分断や、気候非常事態への取り組みにおける世界的に支配的なアプローチに内在する人間中心主義を超越するものである。彼らの脱人間中心主義的な、関係性に基づく振る舞い方や考え方はまさに「道を指し示すために役立つだろう」。

そのため、太平洋島嶼国における平和研究や平和実践に焦点を当てるだけの多くの十分な理由がある。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。

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核兵器国は使用後責任を受け入れるか?受け入れないなら、それはなぜか?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジョージ・パーコビッチ 】

核兵器禁止条約(TPNW)を批判する者も支持する者もほとんど注意を払っていないが、この条約には過去および将来起こり得る核兵器の爆発に対する法的責任を定める条項がある。条約は個々の締約国に対し、特に「核兵器の使用または実験により被害を受けた締約国に、技術的、物質的、財政的支援を提供する」こと、そして「核兵器または他の核爆発装置の使用または実験の被害者に支援を提供する」ことを求めている(第7条)。ここに述べられている被害者とは、核保有国の決定に対する発言権も、決定による利益もない非交戦国かもしれない。(原文へ 

核兵器使用による被害の補償を軽視することにより、各国政府は核兵器がもたらす危険という問題から安易に逃げ続けている。このような姿勢は、多くの国が抱いている「核抑止に依存する国は、そうでない国に対して共感を持っていない、他国の指導者の罪なき人質として生きることがどういうことか分かっていない」という感覚を裏付けるものである。そのような共感性の欠如は、世界の核秩序の根底にある不正義にさらに追い打ちをかける。1970年の核不拡散条約の下では、5カ国が核兵器の保有を認められ、それ以外の国は認められていない。

核軍縮は、これらの問題を解決する一つの方法である。しかし、たとえ核兵器保有9カ国すべてが核兵器を放棄することに同意したとしても(今のところそのような気配はまったくないが)、核軍縮を実施するには長い年月を要する。核兵器が廃絶されるまでの間も、武力衝突が大量の犠牲者を出す核戦争へとエスカレートするという大惨事を防ぐために何らかの核抑止を維持する必要が出てくるだろう。法的責任の問題がより大きく注目されれば、核兵器保有国の間で自制と抑止が強化され、TPNWの擁護派からも批判派からも評価が得られるはずである(これらの問題について詳しくは、Journal for Peace and Nuclear Disarmament(「平和と核軍縮」)に掲載された筆者の論文を参照されたい)。

使用後責任に目を向けることを批判する人々は、核兵器保有国がTPNWに署名および批准することはないのだから、結局、義務も生じないと主張するかもしれない。しかし、この点は、核兵器禁止条約の考え方の欠点ではなく、目玉である。核兵器保有国が核兵器を放棄したくないというのであれば、少なくとも、彼らが国民や環境に害を及ぼすかもしれない国々を支援する気があるかどうかを明言するべきである。核兵器保有国は、自らを防衛主体の責任ある国家であると表明し、少なくともそのうちの一部の国は核兵器の使用は限定的なものにできると主張している。それならば、彼らはなぜ、非交戦国に与え得る害を是正することに反対しなければならないのだろうか?

これらの国々が自国の核兵器使用による被害者に技術的、物質的、財政的支援を提供する責任を拒めば、核軍縮を求める世界の声はますます大きくなる。また、核兵器の使用は限定的なものにとどめられるという自国や他国の国民への主張も揺らぐことになる。核兵器使用の影響は必ずしもそれほどひどくないというのなら、なぜその使用した結果を受け止めようとしないのか?

責任を受け入れるという国々は、誓約した支援をどのように実行するかを説明し、そのために用意した人的、財政的資源を示すよう(繰り返し)求められるかもしれない。生じ得る損害の大きさと、その結果必要となる支援の規模は、使用する核兵器の想定される数、爆発出力、標的によって決まる。また、核兵器の種類や数、および標的設定計画に伴うリスクについて国際的に議論することで、最も高いリスクの低減に注力することができるだろう。

使用後責任という概念に対するもうひとつの反応は、「馬鹿げている、どうせみんな死ぬんだから」である。核軍縮論者も核抑止論者も、同じようにこれを言う。軍縮論者は、ある標的に対して、ある数、あるタイプの核兵器を使用すれば、人道的、環境的大惨事をもたらさずに済むという考え方を信じていない、あるいは認めることができないからである。抑止論者は、限定核戦争を想定することは核兵器使用に対する自制を緩め、ひいては抑止力を弱める、あるいは、国家を核による反撃戦というきわめて高コストで不安定な道に進ませると考える人々がいるからである。国際的責任、外国人への支援、環境修復のための支出、という考え方が概して好きではないという人々もいる。

核爆発がもたらし得る破滅的な影響に焦点をあてることは、多くの非核兵器保有国、さらには核兵器保有国の一部同盟国においても市民社会の注目を集めている。しかし、核兵器保有国が国民に対し、核兵器はそれを使わなくても済むように戦争を抑止するものなのだ、と言い聞かせて軍縮(そしてTPNW)への圧力をそらすことはあまりにも容易である。抑止は機能するのか、核兵器のあらゆる使用が人道的大惨事をもたらすのかについて勝者なき論争を展開するよりも、保有国がその核行動の結果を(もし生き残っていれば)修復することに責任を取るつもりがあるか否かを知るほうが、国際社会にとっては明確さが得られるだろう。

この問題について(可能な国では国内で、すべての国にとっては世界で)議論することは、多くの人にとって、核兵器そのものに関する論争より包括的で興味深いものとなるだろう。また、核使用の影響に対する責任を問い続けることによって、各国の指導者たちは核軍縮が進捗しない責任は自国と敵対国のどちらが重いかを議論するよりも、真剣さと自制を示さざるをえなくなるだろう。たとえTPNWの核軍縮目標が達成されなくても、条約にある責任を定める条項がそれにふさわしい大きな注目を集めるのであれば、十分に役立っているといえるだろう。

ジョージ・パーコビッチは、ワシントンDCのカーネギー国際平和基金でケン・オリビエおよびアンジェラ・ノメリーニ寄付講座教授および研究担当副所長である。彼は、Abolishing Nuclear Weapons: A Debate (2009)の共同編集者であり、直近では “Toward Accountable Nuclear Deterrents: How Much is Too Much?” という論文を執筆した。

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【ダルエスサラームIDN=キジト・マコエ】

注いだカップから豊饒な香りが立ちのぼるジンジャーミントティーの味ほど、素晴らしいものはない。ダルエスサラームにある「ソルト・レストラン」の客なら誰でもわかることだが、この美味な飲物はお金で買える最高の楽しみと言えるだろう。

緑豊かな高級住宅地オイスターベイに佇むしっとりとした雰囲気の外観と荘厳なフランス風建築を誇るこのレストランは、多くの紅茶愛好家を引き寄せている。

絶妙な味付けをしたジンジャーティーは、ミルクや砂糖、あるいはレモンを加えても、プレーンのままでも、絶品だ。

Map of Tanzania

茶葉の育て方や加工の仕方によって味が変わるこの濃い色の飲み物は、街の一流ホテルからショッピングプラザ、田舎のスーパーマーケットに至るまで、人々の生活に浸透してきている。

顧客はしばしば、微かに謎めいた感覚に捕らえられながら、驚きをもってお茶を嗜む。タンザニアのティーブレンダーが作った最高級ティーブランドがどんな味なのか、想像もつかないからだ。

スワヒリ語で「私たちの仕事」を意味する「カジ・エトゥ」(Kazi Yetu)は、タンザニア産茶葉に価値を付加することで、巨大な農産物バリュー・チェーンの中で、女性に仕事と経済的機会を与えている新興企業だ。

この会社は、フェアトレードで調達した茶葉を加工・調合・包装・輸出する企業で、タンザニア経済に貢献している。

アフリカの農産品は海外で加工・調合・包装されることが多いが、タンザニアを含めた原産国が必ずしもスケール・メリットを享受できているわけではない。

起業家のタヒラ・ニザリ氏(32)と、彼女のビジネス・パートナーであり夫でもあるヘンドリック・ブールマン氏は、こうした現状を覆す取り組みに挑戦している。

アフリカ東部と南アジアで非営利開発部門を経済的に包摂する開発機関で働くなど、申し分のない学歴と豊かなビジネスの経験をもつニザリ氏は2018年、意欲的なビジョンを持って「カジ・エトゥ」を立ち上げ、付加価値を通じてアグリビジネスの経済的潜在能力を引き出すべく奔走してきた。

Tahira Nizari/ Kazi Yetu

ニザリ氏が言うところの「追跡可能な製品」を生産する女性従業員だけの「カジ・エトゥ」の工場は、ダルエスサラームにあり、いわば活動の中心拠点になっている。

ニザリ氏は、地域と世界両方のレベルで綿密な市場調査を行って機会を把握し、タンザニアの農民のネットワークと関係を築くことで、地元の味のアクセントを利かせた主力商品「タンザニア・ティー・コレクション」の7つのブレンド商品を提供している。また、持ち前の鋭い感性で、同胞の多くが気づいていないような農業分野に多くのチャンスがあるとみている。

「タンザニアの若い人は農業で起業することにあまり魅力を感じていないようだけど、私たちは、利益も上がる農業のバリューチェーンに沿って新しい機会を創出しています。」とニザリ氏は語った。

そして、その優れたコミュニケーション能力と、官民両部門の地元のパートナーとの垣根を越えた交流によって、女性を貧困の苦しみから救い出す収入創出の機会を生み出そうと努力している。

「カジ・エトゥ」は、社会的企業として、新興のアグリビジネスとパートナーを組み、パッケージやブランディング、マーケティングを通じて価値を付与し、機会を創出して、国際市場とつながっている。

小規模農家や女性起業家の生活を変革し、収入向上をはかるニザリ氏とブールマン氏の仕事は、事業を始めた時から、将来に向けての明確なビジョンを持っていた。

「私たちは、投資と成長を持続可能な形で加速するような社会的企業を作りたかった。」とニザリ氏は振り返る。

「カジ・エトゥ」は、消費者の幅広い需要を満たすために、タンザニア全土の農家から倫理的に調達(エシカルソーシング)した茶葉にハーブを配合した様々なブレンド茶を製造している。

「世界の消費者は、商品がどのように作られ、サプライチェーンの中で商品が人々にどのように影響を与えているのかを知りたがっています。」とニザリ氏は語った。

彼女によれば、今年初め発生した新型コロナウィルス感染症の拡大で、会社や物流、消費者、施設が悪影響を被り、ほとんど倒産寸前まで追い込まれた。2020年度はほとんどの期間で、観光客がタンザニア行きの旅行をキャンセルしたからだ。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

「4月には、工場を一時的に閉鎖して、安全を確保するために従業員たちを自宅待機にせざるを得ませんでした。また、ほとんどの国の政府が渡航制限とロックダウンをかけていたため、空路と海路で商品を輸出することが物流面で困難になりました。」とニザリ氏は語った。

資金繰りが悪化し、物流面で困難をきたしたにも関わらず、その後「カジ・エトゥ」の活動は徐々に回復した。

会社は現在、欧州市場を主に念頭に置いて、ドイツでオンラインストアを経営している。ニザリ氏は、オンライン消費者の反応はきわめて良好と感じており、オンライン販売に期待を寄せている。

「欧州の消費者を開拓できるのは嬉しいし、事業は北米や中東にも拡大しつつあります。」と彼女は語った。

「カジ・エトゥ」は、ドイツにある支社を通じて、同じような意志を持つ社会的企業と連携し、価値を創出してアフリカのマーケットに進出しようとしている。

彼女のビジネスパートナーやサプライヤーの間で高まるニーズを把握し、それに応えるために、「カジ・エトゥ」は、協力者に対して、有機農業の原則にこだわった教育訓練を提供している。

「私たちは農家と協力して、彼らの特定のニーズを把握し、ビジネスの拡大に寄与しています。」と語った。

彼女の会社は、例えば、食用ハーブの乾燥に太陽光をエネルギー源とする乾燥機を必要とする北部キリマンジャロ地域の小規模農家を支援している。

「私たちは太陽光乾燥機の設置を支援し、相手は分割で返済しています。」とニザリ氏は語った。

「カジ・エトゥ」は、ダルエスサラーム市内に貯蔵・製造・包装のための施設を複数持ち、12人の女性従業員を雇っている。

「お茶の包装機械を導入して、農家からの購入量を増やし、女性にもっと職を与えたいと考えています。工場では2022年までに女性を65人雇い、取引先の農家も7500戸まで拡大したい。」とニザリ氏は抱負を述べた。

会社は、公正に生産された、オーガニックで自然志向の商品を求めるお茶好きの消費者をターゲットとしている。

「オーガニック商品を扱うスーパーや商店を狙っています。」と彼女は語った。

カナダ生まれ、ドバイ育ちのニザリ氏は、タンザニアに深く刻まれた彼女の家族のルーツゆえに成功を収めたといえる。彼女の母は、キリマンジャロ山麓のモシで育った。

「私の祖父は農場と、街の中心部に店を構えていました…私は、自分のルーツがあるここに戻りたいといつも思っていました。」と、夫がアフリカ東部・西部において多くのアグリビジネスに関わっているニザリ氏は話してくれた。

子どものいないニザリ氏は、「ピリピリ」と名付けた、元は野犬だった愛犬と一緒にインド洋沿いの海岸を散歩するのを楽しんでいる。(原文へ

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禁止には触れないでくれ:核兵器禁止条約を回避しようとするオーストラリア

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ジェム・ロムルド】

核兵器禁止条約(TPNW)は、ひとつのゲームチェンジャーである。この条約はすべての核兵器保有国を国際法違反の状態に置いた。安全保障ドクトリンに核兵器を組み込んでいる国も同様である。この条約は、各地域の非核兵器地帯を連合させ、他の核兵器管理条約の上に立脚し、10ページの簡素な文言で核兵器を許すいかなる活動も断罪する。(原文へ 

この条約は、展望を述べる声明でも野心的なマニフェストでもなく、中身の薄い会議成果文書でもない。包括的な、国連で交渉された条約であり、2021年1月22日に恒久的な国際法となることが決まっている。

核兵器の禁止だけでなく、この条約は締約国が遂行しなければならない積極的義務のほか、核兵器保有国との備蓄量削減交渉の枠組みも定めている。条約が発効すれば締約国は条約義務に拘束される。締約国は第12条に基づき、非締約国に条約批准を奨励することによって普遍性を追求する義務を負う。これは国際的な会議や2国間会議の場で行われてもよい。国際原子力機関と包括的保障措置協定をまだ締結していない国は、締結が義務付けられる。また追加議定書を締結済みの国は、それを維持することが義務付けられる。

また、第6条および第7条に基づき、締約国は核兵器の使用や実験によって身体や環境が被った長期的被害に対して協力して取り組むことが初めて義務付けられる。このような協力や支援は能力に応じて提供されるが、核実験プログラムを実施してきた国はそうした支援を提供する義務を負う。

オーストラリアはTPNWの交渉に参加せず、連邦議会でこの問題を論じる努力を避け続けている。たとえば2020年11月、緑の党および労働党の連邦議会議員提出の動議を否決した。オーストラリア外務省が運営するウェブサイトには、TPNWに対するオーストラリア政府の見解を示す一段落の文章が掲載されている。このパラグラフは、簡潔でありながらも虚偽にまみれており、そのすべてがICANの新たな刊行物『For the record…』において反論されている。

オーストラリアは、自国を核軍縮に熱心な国としてアピールしているが、その一方で米国の核兵器はオーストラリアの安全保障に不可欠であると主張している。これは矛盾した立場であり、わが国のリーダーたちもそれを知っている。TPNWは核兵器のいかなる合理的な役割または目的を否定するために、そのような偽善を露呈させる。オーストラリアの消極的な姿勢も、つまるところはそれである。自国の名で核兵器が使用される可能性があることを黙認する国家は、軍縮の進捗を遅らせている。既存の条約の枠内で核兵器保有国に軍縮を強いる努力は、明らかに失敗している。

米国が実際にその核兵器でオーストラリアを守るという明確な約束はないにもかかわらず、オーストラリアの安全保障は米国の核兵器に根差すと本気で信じている人々もいる。そのような人々にとって、“核の傘”を閉じてもよいとすることは、耐えがたい盲信である。しかし、世界の大多数の人にとって、核兵器によって極限まで武装した世界で日々を過ごすことは受け入れがたいほどリスクに満ちており、防止こそが唯一の選択肢であり、廃絶こそが唯一の保証なのである。

2017年7月、122カ国がTPNWの採択に賛成票を投じ、核兵器保有9カ国による少数派支配を拒絶した。以来、業界の資金提供を受けた防衛シンクタンクの人々による全力の努力にもかかわらず、核なき外交政策を求めるオーストラリア人の声は高まり続けている。2020年7月、イプソス社の世論調査でオーストラリア人の71%がTPNW参加に賛成しており、反対はわずか9%であることがわかった。地方自治体から連邦議員まで、行政のあらゆるレベルの人々がこの問題に取り組み、そのうち88人がオーストラリアの禁止条約参加を目指して尽力することを誓った。オーストラリア労働党は、政権を取った場合にはTPNWに署名し批准することを公約として掲げている。オーストラリア医学会、オーストラリア赤十字社、オーストラリア労働組合評議会など、多くの労働組合、宗教団体、医療団体、人道団体、環境団体がこの動きに加わっている。

TPNWが発効の基準である50カ国目の批准を獲得する目前、米国の政権はすべての締約国に書簡を送り、彼らが「戦略的誤り」を犯していると示唆するとともに、批准を取り下げるよう要求した。このような死に物狂いの行動は意外であるが、その意図は意外ではない。核兵器保有国は、あの手この手を使って禁止条約に反対し続けるだろう。

オーストラリアは、核兵器以外の容認しがたい兵器の禁止については、主要な軍事同盟国に異議を唱えてきた。核兵器についても、そうしなければいけない。同盟のために大量破壊兵器への忠誠が必要なのだとしたら、それは一体誰のための同盟なのだろうか? この禁止条約に関しては、同盟国間で核兵器によらない継続的な軍事協力を可能にすることを目的とした交渉が行われている。オーストラリアは、太平洋安全保障条約(ANZUS条約)の下でもそれ以外でも、核“抑止”政策を維持する法的義務は一切負っていない。核抑止政策は、われわれを守るどころではなく、サイバー戦争、技術的失敗、現在および将来における核保有国リーダーの気まぐれといった複合的なリスクをわれわれに負わせる。

TPNWには、人々の支持、明確な目的、そして首尾一貫した前進の道筋がある。断じてこれは、新たに設立された委員会でも、懇談会でも、あるいは曖昧な“イニシアチブ”でもない。禁止条約は、核軍縮に向けた数十年来最も強力な貢献を行うメカニズムをオーストラリアにもたらす。オーストラリアが核兵器保有国への圧力を発揮するための最適の立ち位置は、禁止条約という天幕の下である。

TPNWの第1回締約国会議は、条約発効日の2021年1月22日から1年以内に開催されなければならない。第1回会議はオーストリアで開催され、すべての締約国が招待されるほか、非締約国もオブザーバーとして出席する選択肢が与えられる。オーストラリアは禁止に加わらなければならず、その第一歩はオーストリアの参加招待を受け入れることだろう。流れは核兵器禁止へと変わりつつある。われわれは、その流れに沿って進んでいくほうが賢明である。

ジェム・ロムルドは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)オーストラリアの事務局長。Australians for War Powers Reformおよび3CR Radioで働いた経験を持つ。コミュニケーション学および法学で学位を取得しており、シドニー/ウォロンゴングを拠点としている。

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軍拡競争を引き起こしかねないミサイル防衛

【トロント/ワシントンIDN=J・C・スレシュ】

トランプ大統領が遺したものを見ると、暗い気持ちになってくる。ジョー・バイデン次期大統領と政権移行チームは数多くの重要な決定に直面している。軍事政策の専門家らは、新政権が直面している重要な決定の一つは「長距離弾道ミサイルを撃墜可能な新型の海上発射ミサイルでミサイル防衛体制の強化を図るトランプ時代の計画を前進させるべきかどうかと、どのように進めるのか」という点にあるとみている。しかしこの計画は間違いなく、軍備管理の進展を妨げることになるだろう。

核保有国を念頭に置いた戦略的ミサイル防衛には効果がないどころか、そのミサイル防衛を乗りこえ、掻い潜るためのより強力なミサイルシステムの開発を招きかねないと核戦略家たちは考えてきた、と ワシントンのアドボカシー団体「軍備管理協会」のダリル・キンボール会長は語る。

11月16日に実験に成功したイージス艦搭載迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」は、短期的に見れば北朝鮮から発射される弾道ミサイルの防衛に役立つかもしれない。しかしこれにより、ロシアや中国は、米国からのミサイル攻撃に備えて自国の核戦力をさらに強化する必要性を痛感することになる、と専門家らはみている。

Daryl Kimball/ photo by Katsuhiro Asagiri
Daryl Kimball/ photo by Katsuhiro Asagiri

かつて米ロ両政府は、高価で安定を脅かすミサイル開発競争を防ぐために、1972年に締結したABM条約で、戦略的迎撃ミサイルを100基以下に制限する合意をした。この上限にそって、核兵器を保有する敵国からの攻撃があった際に、限定的な数の迎撃ミサイルを配備できるようになっていた。

米国の政策決定者らは、2002年にABM条約から脱退して以来、「ならず者」国家からの限定的なミサイルの脅威に対抗するための能力強化に力を注いできた。しかし、米国防総省は、地上型中距離防衛システムの一環としてカリフォルニア州とハワイ州に44基の迎撃ミサイルを配備したのみである。

他方で、北朝鮮は近年、弾道ミサイル能力を強化し、米議会は、新技術を開発・取得・実験・研究するためにミサイル防衛局に数十億ドルを投資してきた。2019年、トランプ政権の『ミサイル防衛見直し』は、「ならず者」国家の脅威から米国を防衛するために本土防衛能力を強化すべきと勧告した。

トランプ大統領は「我々の目標は、 いかなる場所からいつ米国にミサイルが発射されても感知し、破壊することを確実にすることだ。」と語った。このシステムは、陸上発射の大陸間弾道ミサイル(ICBM)でも、海上発射ミサイルや大陸間ミサイル、地対空ミサイルでも迎撃可能なものになるだろう。

11月16日、ミサイル防衛局は、飛翔してくる大陸間弾道ミサイル(ICBM)に対して、イージス艦搭載迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」による迎撃実験をおこなった。国防総省の現在の計画では、2030年までに世界各地の陸上と海上両方で1000基のミサイル防衛システムを構築・配備するというものだ。

ICBMと地対空ミサイルの迎撃能力を強化するために1億8000万ドル近い予算が割り当てられている。もし採用されれば、このアプローチは、北朝鮮やロシア、中国、イラン、その他の「ならず者国家」やその弾道ミサイルの脅威に対する防衛における重要な一歩となることだろう。

キンボール会長は、こうしたことを念頭に、バイデン政権は、その第一歩として、米国の本土ミサイル防衛能力は、ロシアや中国のより高度なミサイル能力を対象としたものではなく、第三者の脅威から防衛するためのものであることを明確にすべきだと述べている。

「しかし、そう明確にするだけでは不十分だ」とキンボール会長は記している。それは、ロシア政府が、自らが攻撃用核兵器をさらに削減する見返りとして、米国のミサイル防衛に制限をかけることを要求しており、水中魚雷や超音速滑空機、原子力推進巡航ミサイルといった大陸間を横断する新たな核運搬システムの開発は、米国のミサイル防衛を打ち破るためのものだと主張しているからだ。

中国はすでに、複数の弾頭を搭載したサイロ収納のICBMの数を増やすなどして、核による打撃能力を強化し、米国のミサイル防衛能力に対処し始めている。

Official portrait of Vice President Joe Biden in his West Wing Office at the White House, Jan. 10, 2013. (Official White House Photo by David Lienemann).
Official portrait of Vice President Joe Biden in his West Wing Office at the White House, Jan. 10, 2013. (Official White House Photo by David Lienemann).

キンボール会長は、「ロシアの核兵器にさらに制約をかけ、中国を軍備管理プロセスに参加させようとする米国の試みは、米国がSM3ブロック2A』などの自身の長射程ミサイル防衛能力について真摯に議論することを認めなければ、推進力を得ることはないだろう。」と指摘したうえで、「北朝鮮やイランからの限定的な弾道ミサイル攻撃に対して十分なミサイル防衛を展開することと、そうした防衛の量や場所、能力に制限をかけることに同意することが、相互に矛盾するものであってはならない。」と警告した。

しかし、バイデン政権がそうした方向に進むためには、米国のミサイル防衛に対するいかなる制約も認めないとする単純な考えから離れることが必要だ。

20年前、当時は上院議員だったバイデン氏は「地域の安定性を強化する戦域ミサイル防衛」の開発を支持する一方で、「ロシアや中国から脅威と見られてしまう」戦略ミサイル防衛システムには反対の立場だった。いまや、大統領になろうとしているバイデン氏は、バランスの取れたミサイル防衛戦略を採用する責任を負っているのである。(原文へ) |アラビア語 | ドイツ語 ||

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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バイデン政権がとり得る対北朝鮮三つの政策

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2020年11月30日に「ハンギョレ」に最初に掲載されたものです。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン 】

非核化強制か、漸進的非核化か、あるいは安定維持か?

ジョー・バイデンの次期米国大統領就任がほぼ確実となった今、世界の目は再び米国に向けられている。人々はバイデンの施政方針について憶測を巡らせている。彼はドナルド・トランプの「アメリカ・ファースト」主義から脱却し同盟国を重視するとともに、国際社会における多国間主義を回復させると約束しているからだ。しかし、韓国の人々にとって最大の関心事である北朝鮮の核問題について、バイデン政権がどのような政策を採用するかは、ほとんど未知数である。(原文へ 

すべての決定をトップが下す北朝鮮の政策決定システムを考えると、トランプのトップダウン方式が見どころを作ったことは否定できない。たとえそれが、具体的な結果を出さなかったとしてもだ。

しかし、バイデンの物の見方は違う。彼は何度も、北朝鮮が実務者協議の場で非核化に向けた実際の進捗状況を示した場合のみ、首脳会談を検討すると口にしている。これは、有望であると同時に懸念材料でもある。

とはいえ、バイデン陣営は北朝鮮の核問題に関する政策をまだ具体的に示していない。オバマ政権の8年間とトランプ政権の4年間における政策の進展を詳細に検討した後に、具体的な政策が浮かび上がるだろうと思うしかない。

その過程では、三つの対立する視点からバイデン政権内で精力的な議論が交わされるだろう

第1の視点は非核化パラダイムであり、北朝鮮が米国から制裁解除を得るには、その前に核兵器を撤廃しなければならないとするものだ。この視点の基本的前提は、体制保証を優先する北朝鮮政府が核兵器を簡単に手放すことはまずないというものである。したがって、北朝鮮にこの選択肢を検討させる唯一の方法は、多面的な強制的戦略を実行することである。

そのような戦略には、韓国および日本との3カ国協調を通して軍事的包囲網と経済制裁を強化し、韓国、中国、日本、ロシアとの5カ国協調を通して外交的に孤立させ、隠密作戦と心理戦を通して金正恩(キム・ジョンウン)体制を弱体化させることによって、北朝鮮政府に最大限の圧力をかけることが必要である。

非核化パラダイムを支持するグループには、強硬派の外交専門家や北朝鮮問題の専門家がおり、そのひとりであるブルッキングス研究所のジョン・H・パクは、バイデンの政権移行チームの一員である。

 第2の視点は核兵器管理、あるいは、漸進的非核化とまとめることができる。つまり、北朝鮮との対話は、一連の同時交換の原則に基づいて構想されるべきであるという視点である。この立場の推進者は、北朝鮮を核保有国として認めることはできないものの、米国は、北朝鮮が現時点でその能力を保有しているという現実に交渉戦略の焦点を向ける必要があると主張する。

漸進的非核化の提唱者は、北朝鮮が核とミサイルの開発を凍結するだけでなく、寧辺(ヨンビョン)核施設の一部を閉鎖すること(キムが、トランプとのハノイ会談で提案したように)と引き換えに、米国は少なくとも限定的な形で、制裁を緩和し関係を正常化し、北朝鮮の安全を保証することによる相応の措置を取るべきだと主張する。そのような予備的措置を通して信頼を醸成したうえで、米国と北朝鮮は交渉の席に着き、北朝鮮の核施設、核物質、核兵器を漸進的かつ検証可能な形で撤廃していくためのロードマップを策定するべきだと、提唱者は言う。

この視点は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の立場と類似していると見てよいだろう。これは、ウィリアム・ペリー元米国防長官をはじめとする民主党寄りの北朝鮮交渉のベテランや、より年の若いバイデン陣営の核拡散問題専門家が好むアプローチである。

完全非核化は非現実的と考え安定性の維持を選択する人々も

最後に、北朝鮮の核問題は、安定性の維持を目的として管理すべきだと考える人々がいる。バイデン陣営の主流をなす外交専門家はこのカテゴリーに入る。彼らは北朝鮮が近い将来核兵器を放棄する可能性は低く、軍事行動によって武装解除させることはできないと指摘したうえで、最善のアプローチはとにかく北朝鮮を懐柔することだと言う。

懐柔派の視点は、状況に応じたさまざまな出方があることを意味する。すなわち、北朝鮮が非核化に関心を示したら、米国は交渉を行って適切に対応するべきであり、北朝鮮が挑発してきたら米国は報復するべきである。北朝鮮が現状維持を選ぶのなら、米国は敵対的な無関心をもって臨むべきということである。

結局のところ、この視点は、オバマ政権の「戦略的忍耐」と大きく変わらないのかもしれない。そこには、時は自分たちに味方するという米国主流派の自信と、北朝鮮の核問題を優先度の低い事項として扱う傾向が表れている。

以上三つの視点のどれをバイデン政権が採用するのか、何ともいえない。ただ、ひとつ明白なのは、北朝鮮の行動によってバイデン政権の選択が変わり得るということである。

北朝鮮が交渉への意思を忍耐強く示すなら、現在は少数派の見解である漸進的非核化への支持を得ることができるかもしれない。その場合、バイデンは1991年の「ペリー・プロセス」を範に取って、高位の人物を北朝鮮政策調整官に指名し交渉を加速化させる可能性もある。

北朝鮮が再び実験や発射を行えば選択肢は消えてなくなる

しかし、北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を行えば、非核化パラダイムと戦略的忍耐の視点が勢いを増し、2017年北朝鮮危機の再現につながる恐れもある。そこに、北朝鮮の現行の選択がいかに重要であるかが表れている。

バイデンは北朝鮮政策に取り組みつつ、韓国と密接に連絡を取り合うつもりであることを繰り返し強調している。だからこそ、北朝鮮は自制心を働かせ、すみやかに韓国との対話を回復させる必要がある。

 バイデン政権の下では、ソウルがワシントンへの近道となり得る。北朝鮮が現状への冷静な理解に基づいて、状況を好転させる道を見いだすことを心から願う。

チャンイン・ムーン(文正仁)は、核不拡散・核軍縮アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク共同議長。延世大学名誉特任教授として、韓国大統領統一・外交・安全保障特別補佐官、「グローバル・アジア」誌編集長、カリフォルニア大学サンディエゴ校国際政策・戦略研究大学院クラウス特別研究員を務める。戸田国際研究諮問委員会(TIRAC)のメンバー。

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韓国は米国との同盟について国益を慎重に検討すべき

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2020年11月2日に「ハンギョレ」に最初に掲載されたものです。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン 】

我が国の利益にかなうよう同盟関係を再評価するのは外交担当者の仕事であり、彼らはそのせいで批判されるべきではない。

韓国の保守派は、文政権の韓米関係に対する姿勢を激しく批判してきた。直近の論争は、康京和(カン・ギョンファ)外相と李秀赫(イ・スヒョク)駐米韓国大使の近頃の発言に関するものである。(原文へ 

9月25日にアジア・ソサエティが開催したテレビ会議で、康外相は、米国との同盟を韓国にとって重要な頼みの綱と表現したが、「クアッド・プラス(the Quad Plus)」構想については、それが自動的に他国の利益を排除することになるのであれば、韓国はおそらく参加しないだろうと述べた。

李大使の物議をかもす発言は、10月12日の国政監査で飛び出した。「70年前に韓国が米国を選んだからといって、もう70年米国を選ばなければならないということはない。今後は、国益に適う場合のみ米国を選べばよい」と述べたのである。

保守系野党と一部の新聞は、このような発言は韓米同盟を著しく損ない、国益に甚大な被害をもたらすものだと反発している。このような発言は、韓国政府が米国を裏切って中国側につくつもりであることを露呈するものだと、彼らは主張する。

たとえ国益を脇に置いても韓米同盟をいっそう強化するべきである、と批判者たちは断言する。なぜなら、民主主義、人権、自由、市場経済など、共通の価値観や理想があるからだ、と。

この主張は、一見、理にかなっているようにみえる。しかし、子細に検分すると、その欠陥が見えてくる。

ゆがめて伝えられた康外相と李大使の発言

最初の問題は、康外相と李大使の発言がゆがめて伝えられたことである。康外相も李大使も、韓米同盟が現状のまま維持されることを前提として話をしたのである。ただし、彼らは、韓米同盟の将来的な性格や方向性を決定する際に、韓国は国益を慎重に検討すべきだと主張した。正直なところ、それがなぜこれほど物議をかもすのか理解できない。

具体的に言えば、中国との戦略提携を放棄して米国の同盟国に仲間入りする前に、以下の主要な問いに答えることができなければならない。

第一の問いは、現在トランプ政権が追求している対中政策が十分に正当で論理的なものであるかどうかである。ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授が見解を示したように、同盟とは、勢力の均衡だけでなく脅威の均衡によっても大きく影響を受ける。つまり、韓国が米国の対中戦線に加わるためには、中国に強い脅威を感じる必要があるということになる。

韓国人は中国に“明白かつ現存する”危険を感じていない

しかし、大多数の韓国人は、中国に“明白かつ現存する”脅威を感じていない。むしろ、封じ込め、包囲、強制など、中国との対立に向かおうとする米国の姿勢は、大統領選を控えた国内政治の要因ではないかという疑いすらある。いずれにせよ、米国は中国よりはるかに力が強く、中国自身も外交的解決を望んでいる。

45年間に及ぶ冷戦時代、韓国人は、半島の分断とそれに続く戦争、慢性的な軍事的膠着、分裂国家の限界に苦しんできた。そのため、またさらなる冷戦をとても歓迎する気にはなれないのである。

第二の問いは、我々が米国人とともに行進すれば、韓国の国家安全保障が向上するのかどうかである。これについて、私は懐疑的である。

米国が主導する対中戦線にもろ手を挙げて加わるとしたら、韓国は、朝鮮半島におけるもう1基のTHAAD(終末高高度防衛)砲台の設置と中距離弾道ミサイルの前方展開を認めなければならない。また、米国政府は韓国政府に対し、台湾海峡、南シナ海、東シナ海における積極的な軍事行動も期待するだろう。

それは必然的に、中国との敵対関係を意味し、朝鮮半島を新たな冷戦の最前線に変えるものである。中国は、東風(ドンフェン)ミサイルを韓国に向けて配備するだろうし、黄海およびKADIZと呼ばれる韓国防空識別圏で攻撃的な軍事行動を取るだろう。

そのような状況を、本当に我が国の安全保障の向上と表現することができるだろうか? 最も分別のある韓国人であれば、米中間の鋭い軍事対立に韓国が巻き込まれることを望まないだろう。

米側につき中国排除は朝鮮半島にさらなる危険をもたらすのみ

第三に、米国側につくことは、朝鮮半島の地政学的整合をいっそう複雑化させる恐れがある。中国は、1958年に北朝鮮から軍隊を撤退して以来、北朝鮮には極めて限定的な軍事支援しか行っていない。

しかし、新たな冷戦下では、中国は、北朝鮮およびロシアとの3国同盟を強化するだろう。中国は北朝鮮に対し、兵器だけでなく石油やその他の兵站支援も豊富に提供するだろう。

そのような展開になれば、北朝鮮の核問題の平和的解決は、いっそう見込みが薄くなるだけだろう。それどころか、北朝鮮の通常兵器の脅威も悪化することは間違いない。

米国との同盟を拡大することによって、我が国の安全保障のジレンマがいっそう深刻化するという事実から目を背けてはならない。

中国の経済報復は韓国にとって大打撃となる

最後の検討事項は、韓国経済である。言うまでもなく、経済は国益の一部である。2019年末の時点で、中国は我が国の輸出の25%、輸入の21.3%を占めていた。どちらも、米国が占める割合の2倍である。もし韓国が、人為的に中国市場と断絶する、あるいは中国から経済報復を受けるとしたら、韓国が深刻な打撃を受けることは明らかである。

さらに、中小企業や観光業界の零細事業者が受ける打撃は、コングロマリットが受ける打撃よりはるかに大きいだろう。このような中小企業や零細事業者の生活を脅かすおそれがある反中行動を、韓国政府が取るかどうかは疑わしい。

康京和外相と李秀赫大使の発言に話を戻そう。彼らは、韓国が米国との同盟を維持すべきではないと示唆しようとしたわけではない。そうではなく、韓国が米国と話し合い韓米同盟の今後の性格や方向性を決定する際には、その国益を慎重に検討すべきだと言っていたのである。

韓国の外交担当者が直面している課題は、共通の価値観と歴史的継続性は重要ではあるが、国益より優先され得ないという点である。その課題に取り組もうとしている我が国の外交担当者を、やみくもに攻撃することは有益ではない。

チャンイン・ムーンは、核不拡散・核軍縮アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク共同議長。延世大学名誉特任教授として、韓国大統領統一・外交・安全保障特別補佐官、「グローバル・アジア」誌編集長、カリフォルニア大学サンディエゴ校国際政策・戦略研究大学院クラウス特別研究員を務める。戸田国際研究諮問委員会(TIRAC)のメンバー。

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