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新START延長も核兵器の近代化競争つづく

【トロント/ワシントンDC・IDN=J・C・スレシュ】

米国がロシアとの間で結んでいる新戦略兵器削減条約(新START)を2026年2月4日まで延長することを米国のジョー・バイデン大統領が決めて、軍備管理の専門家らは胸をなでおろしたが、ペンタゴンは「これは核兵器拡散にさらなる制約を課すためのロシア・中国とのより大きな協議の始まりに過ぎない」としている。

ペンタゴンは、米国国防総省の本部が入った建物の名称である。ペンタゴンの名称は、米軍の象徴として、国防総省とそのリーダーシップを指すものとして使われている。

The Pentagon, headquarters of the US Department of Defense, taken September 2018/ By Touch Of Light – Own work, CC BY-SA 4.0

米統合参謀本部副議長のジョン・E・ハイテン空軍大将は、オンラインで開催された2月26日の米空軍協会航空宇宙戦シンポジウムで、ロシアとの新STARTは「核兵器に制限を課し、その履行を検証する手続きがある点で、望ましいものだ。」と語った。

新STARTは、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ両大統領が開始した、米ロの戦略核戦力を検証可能な形で削減する二国間プロセスを継続するものだ。新STARTは、1994年に発効した第一次戦略兵器削減条約(START I)以来、米ロ間で初の検証可能な核軍備管理条約となった。

「戦略攻撃兵器のさらなる削減・制限に向けた措置」に関する条約として公式に知られる新STARTは、2011年2月5日に発効した。元々の有効期限は2021年2月5日までの10年間で、双方が合意すれば5年間の延長が可能だった。

ハイテン大将は、米ロ両国ともに2018年2月5日までに条約の定める制限以内に戦略核を削減し、それ以来、制限を順守していると語った。その制限とは以下のようなものである。

・配備済みの大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、核兵器搭載能力を持つ重爆撃機の合計を700基機以内。

・配備済みのICBM、SLBM、核兵器搭載能力を持つ重爆撃機に搭載した戦略核弾頭の合計を1550発以内。各重爆撃機は、この場合、戦略核弾頭1発と換算する。

・配備済みおよび未配備のICBM発射基、SLBM発射基、核兵器搭載可能な重爆撃機の合計を800基機以内。

核兵器を運搬する能力のあるICBM、重爆撃機、潜水艦が、米国の核戦力の三本柱である。

「核の三本柱は、ロシアや中国、また、ある程度までは北朝鮮やイランを抑止して、米国やその同盟国に対して核攻撃をさせないために重要なものだ。」と統合参謀本部副議長のジョン・E・ハイテン空軍大将は語った。

U.S. Air Force, Gen. John E. Hyten, 11th Vice Chairman, Joint Chiefs of Staff, poses for a command portrait in the Army portrait studio at the Pentagon in Arlington, Va., Nov. 27, 2019. (U.S. Army photo by Monica King)

第二次世界大戦中の1942年1月に戦略面の調整強化を図るために創設された統合参謀本部は、以来、米国の軍事計画の中心にあり続けてきた。

しかし、新STARTの延長は「核兵器拡散にさらなる制約を課すためのロシア・中国とのより大きな協議の始まりに過ぎない。」核魚雷や核巡航ミサイル、海上発射弾道ミサイルのような新兵器をロシアは開発しつつあり、米国防総省はこれらを「米国にとっての脅威であり、新STARTの規制を受けないもの」と捉えている。

ハイテン大将は次に中国問題に言及して、「中国は世界で最も急速に軍備強化を進めている核兵器保有国だ。地球上のどの国よりも速いペースで新型核兵器を生産している。新たな運搬プラットフォームも構築しつつある。また、新しい施設や航空機、様々な種類のミサイル、そして我々が防護手段を持たず、かつ核兵器を搭載可能な極超音速兵器を生産しつつある。」と語った。

「そして、中国との間ではいかなる形でも軍備管理協定が存在しておらず、彼らの核ドクトリンがどうなっているのかも窺い知ることはできない。これは非常に難しいところだ。」とハイテン大将は付け加えた。

米国防総省は、ロシアは核兵器の近代化プロセスを完了しつつあり、中国はその最中にあるが、米国は未だに緒に就いたばかりという問題認識を持っている。

米国は、ロシアに対抗するために信頼性の高い海上発射巡航ミサイルを持ち、新STARTによっては規制を受けないままロシアが製造し続けている低出力核兵器と戦術核兵器に対抗するために、潜水艦に搭載できる少数の低出力核兵器を持つ必要がある、とハイテン大将は語った。

Hypersonic Technology Vehicle HTV-2 reentry (artist’s impression)/ By David Neyland, Public Domain

「三本柱への投資を継続し、敵国の能力を注視し続ける必要がある。なぜなら、我々は核の対立と核戦争を避けたいと考えているからだ。それを避ける唯一の方法は、敵方を抑止することだ。」とハイテン大将は語った。

これは「質的な意味での核軍拡競争が進行中」であるとみなしうる明確な証拠であり、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が警告していることである。『ブルームバーグ』のアンドレアス・クルース論説委員は「核の大惨事の危険が迫っている」と警告している。

実際、ペンタゴンは、「ロシアと中国が能力の高いシステムをそれぞれに開発している」という認識の下、近代化計画の中で極超音速兵器に最も力を入れている。

極超音速兵器は、超高層大気(8万~20万フィート)を、音速を遥かに超えるマッハ5以上の速度で飛翔することができ、防衛側が予測不能な形で攻撃を加えることができる。

米国防次官(研究・工学担当)室で極超音速兵器の責任者を務めるマイク・ホワイト氏は「超高度における作戦は、航空防衛と弾道ミサイル防衛との間に空隙を生み出す」とオンライン開催の米空軍協会航空宇宙戦シンポジウムで語った。

この部署は、変革的な戦争遂行能力を開発・実施する極超音速兵器近代化戦略を策定している。ホワイト氏は、この戦略は、戦術的な戦場において、死活的な重要性を持つ海上・沿岸・内陸部の標的を、自らの損害を最小化しつつ、長距離を移動し、極めて短い時間の中で叩く通常型極超音速攻撃兵器を空・陸・海に展開することを要素としていると説明した。(原文へ) 

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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新たな優先順位の設定: EUは国内平和と開発プロジェクトから軍事政策に移行

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

EUの外交・安全保障政策は、不明確な概念、矛盾する利害、加盟国間の激しい論争に苦しんでいる。もっかのところ、軍事的・防衛的役割を強化することに優先順位が置かれている。10年前によく言われた「平和の力」としてのEUは脇へ押しやられ、地政学的野心が最前線に移動した。これは、国際平和と安全保障に逆行するステップであり、特に国連の優位性がすでに揺らぎつつある現在においては残念なことである。(原文へ 

2012年、EUはノーベル平和賞を受賞し、激しい武力紛争によって荒廃した数世紀の後に、休戦のみでなく真の平和を欧州にもたらすために果たした役割を特に称賛された。これは、紛争により分断された他の多くの地域にとって啓発的な模範となった。今日、エマニュエル・マクロン仏大統領は、特に軍事戦略と軍事力という点でEUには「戦略的自律」が必要であるという自説を繰り返している。グローバル戦略や近隣諸国との紛争解決には、時に“ハードパワー”が必要である。おおまかに説明すると、「現在のような対立的な世界秩序において、もはや米国が料理をしてEUが皿洗いをするという場合ではないのでは?」ということである。そしてEU委員会は、より断固とした外交・安全保障・防衛政策を呼び掛けることによって援護している。この考えを裏付けるものとして、米国の撤退がもたらす真空状態をEUが埋めなければならないと見なす地政学的考察がしばしばなされる。一方では、EUが国際危機に際して行動する政治的能力も軍事的能力も不足しているという不満が頻繁に聞かれる。他方では、各国政府は防衛政策における国家主権を慎重に堅持しており、それをEU本部に委ねてはいない。

EUがより強力な軍事的役割を果たすことを重視する考え方は、二つの問題に直面している。第1に、全ての加盟国がこの方向性に同意しているわけではない。第2に、資源不足を考えると、長期的に見れば、この政策はいわゆる「欧州平和ファシリティ」を犠牲にすることになる。ブレグジットが完了する前、英国はEUが強力な防衛的役割を果たすことに反対していた。いまや、防衛政策はEU中核国においておおむね推進されている。より正確に言えば、フランスが強力に推進し、ドイツ政府がそれを補完している。しかし、他の多くのEU加盟国は、脇に追いやられることを喜んではいない。EU拡大に伴って加盟国が増えており、なかでもバルト3国は、実のところEU加盟国以上にNATOの防衛力を当てにしていた。EU加盟27カ国は、シリア、リビア、ウクライナなどにおける紛争解決に関して、それぞれ異なる政策を表明し、追求している。中国のシルクロード構想への対応や自律型兵器の使用について意見の不一致があり、核兵器禁止条約(TPNW)には欧州諸国のほとんどが反対しているが、オーストリアは同条約を推進する原動力であったし、アイルランドは同条約に署名し、批准している。また、フランスの核兵器がEUの安全保障政策において果たす役割は、依然としてタブー視されている問題である。したがって、EUとしての政策に至る道は、明確と言うには程遠い。

より強力な軍事的役割を果たすことを主張する人々でさえ、それをいかに実施するかについては意見が異なる。フランス政府が「レアルポリティークの再発見」について語るとき、彼らは主に軍事的介入を念頭に置いている。そして、フランス政府が考える介入は、圧倒的にテロに対抗することを目的としている。ドイツの立場は、それと異なる。ドイツ国民は、圧倒的多数がドイツ連邦軍による海外での軍事介入に反対しており、被介入国における“安定”の名のもとに関与が必要なのだと常に“レクチャー”されている。かくしてフランス軍は、例えばマリにおいて、そしてリビアではハリファ・ハフタルの国民軍に軍事的支援を行うことによって、陰に陽に戦闘に従事しており、一方ドイツ軍は、アフガニスタン、マリ、イラク、アフリカの角、南スーダン、コソボにおいて治安部隊の訓練と装備提供に専念している。このような姿勢の不一致が、その結果である。ドイツ政府の顧問を務めるウォルフラム・ラッハーは、「マリとリビアの危機的状況におけるドイツとフランスの政策の成果は、嘆かわしいものだ。ドイツの関与はおおむね効果がないものにとどまり、フランスの政策はさらなる不安定化に寄与することが多かった」と結論づけている。また、共通安全保障防衛政策を支援する軍事部隊であり、2007年から存在している欧州連合戦闘群が展開されたことはない。

EUによる過去の軍事介入を振り返ると、2003年に東コンゴでアルテミス作戦を最初に展開して以来、EUは、自ら定めた責任において動きが遅く、かなり自制的である。全体的に見れば、西側の軍事介入はせいぜい功罪相半ばといったところである。アフガニスタン(2001年)からイラク(2003年)、リビア(2011年)、マリ(2013年)に至るまで、軍事的成功の後に不安定な状況が長期にわたって続いた。これらの軍事的関与は全て、いまや面目を保つことができる出口戦略を模索している。バルカン諸国への(NATOの指揮下における)介入は、やはり非常に物議をかもしたものの、比較的良好な結果をもたらし、旧ユーゴスラビア諸国のいくつかは現在EUの加盟国となっている。

文民危機防止と平和促進におけるEUの実践は、それよりはるかに積極的である。その能力と可能性は極めて大きい。興味深いことにEUは、主にアフリカ諸国とバルカン諸国における開発プログラム、文民平和ミッション、民主政策に、軍事介入よりもはるかに多くの資金を費やしている。EUの資料に記された海外ミッションは、現在進行中のものが18件、完了したものが2ダース近く0ある。EUによる海外ミッションの3分の2は文民ミッションであるが、人員数に占める割合はわずか20%である。2021~2027年のEU予算案では、1000億ユーロ近くが近隣政策と開発政策、人道支援、人権、国際協力、安定性に配分されている。これらのプログラムは、EU市民の間では軍事介入よりはるかに人気がある。反軍国主義の潮流、軍事作戦の高いコストへの懸念、過去の悲惨な経験、長びく、あるいは永遠に続くかと思われる海外軍事関与といった複合的要因により、EUの軍事的野心に対する支持は低い。

そのような過去の経験にもかかわらず、EUエリート層の間で交わされる安全保障論議の主な懸念と焦点はいまや軍事介入であり、いずれもEUの世界的役割という名目で論じられている。防衛問題は、数十年にわたり欧州委員会にとって「不可侵」領域だったが、加盟国に防衛協力を促すリスボン条約が2009年に発効するに伴い、変化が訪れた。以降、欧州委員会は拡張的役割を担い、現在のEU予算ではその目的のために財務資源が配分されている。近頃では、防衛問題に関するロビー活動が平和ファシリティにまで入り込むことに成功している。「欧州平和ファシリティ」は、その名称にもかかわらず、軍事介入資金源としても利用することができる。

「欧州平和ファシリティ」は全体的にはポジティブな影響を及ぼしているが、国連とEUのより良い協調努力によって、また、地政学的野心や軍事的野心と関わりを持たないことによって、さらに強化することができるだろう。防衛費をGDPの2%以上とする公約に固執するのではなく、EUは、GDPの0.7%を開発に配分するという長期目標を達成するために努力するべきである。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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ティグレ州における性差に基づく暴力ー犠牲者の証言

【ブリュッセルIDN=EEPA】

依然としてエチオピア政府による厳しい情報封鎖が続く北部ティグレ州(昨年の11月上旬以来、エチオピア連合軍、エリトリア軍が侵攻して占領中)で横行している、ティグレ人やエリトリア人難民の女性・女児をターゲットにした、組織的なレイプや残虐行為の実態について、数少ない診療所に保護されたり国境を越えてスーダンに逃れてきた難民らの証言を報告したEEPA記事。3/8の国際女性デーについてあるティグレ人の少女は、「私たちは沈黙しない、この非道はやめさせなければなりません。」と語った。(原文へ

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女性があらゆる意思決定に参画することで未来はよくなる

【ニューヨークIDN= プムズィレ・ムランボ=ヌクカ 】

今年の国際デーに際して、プムズィレ・ムランボ=ヌクカUN Women事務局長が発表したコラム「The Future Is Better with Women in Every Decision-Making(女性があらゆる意思決定に参画することで未来はよくなる)」(英語、アラビア語、ロシア語、中国語、スペイン語、フランス語で閲覧可能)。コロナ禍で数千万人の女性と女児が一層厳しい苦境(学校閉鎖による退学、家庭内暴力、児童婚、男性よりも高い失業率等)に追い込まれているにも関わらず、彼女たちの声を代弁する仕組みが圧倒的に欠如している今日の世界のの状況を明らかにしている。2020年現在、世界平均で女性が占める割合は企業の最高経営責任者(CEO)の4.4%、役員の16.9%、国会議員の25%、平和交渉担当者の13%。女性が元首又は政府首脳に就任している国は22カ国で、119カ国は依然として女性リーダーを経験したことがない。このままのペースでは世界で男女平等が実現するには2150まで待たなければならないだろうと警鐘を鳴らしている。(原文へFBポスト

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国連経済社会理事会議長、貧困層のコロナとの闘いを支援するよう訴え

【ベルリン/ニューヨークIDN=ラメシュ・ジャウラ】

国連経済社会理事会のムニール・アクラム議長が、新型コロナウィルスの壊滅的な影響を被っている途上国に対して追加資金を提供する早期の行動について世界レベルでの合意を促進すべく「有志連合」の結成を呼びかけた。

アクラム議長はIDNによる電子メール取材に答えて、債務の包括的な一時停止、現在および将来に債務危機に陥る可能性のある国々に対する債務組み換え、5000億ドル相当の特別引出権の新規創設、未使用の特別引出権の途上国への割り当てなどの措置を速やかにとるべきだと語った。

特別引出権とは、国際通貨基金(IMF)が定義し維持している、補完的な外貨準備資産のことである。

Image: Are we really all in this together? ‘Vaccine nationalism’ must be addressed to ensure equitable distribution of a COVID-19 vaccine. Credit: Pixabay.

アクラム議長はまた、国際・地域・国家レベルにおける各種の開発銀行から構成される国際金融機関によるものも含めて、有利な条件での融資、政府開発援助の[対GDP比]0.7%目標の実行、途上国に対する低利融資を提供する流動性・持続可能ファシリティの創設、年間1000億ドル規模の気候関連融資の実施も呼びかけた。

パキスタンの国連大使でもあるアクラム議長は、この有志連合は、G7、G20、パリクラブ、IMF理事会を含むものになると述べた。

他方、世界経済の半分弱を占めるG7諸国は2月19日、新型コロナウィルス感染症のパンデミック対策として「協力を強化」し、世界の貧困国に対するワクチン支援のために75億ドルまで支出を増やすことに同意した。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相はG7会合後、ワクチンの公正な配分は「公正の根本的な問題」であると述べ、15億ドルの支援を発表した。

新たな報告書は、ワクチンを「持てる国」を捉えている「ワクチン・ナショナリズム」を強く批判した。この報告書は、国際商業会議所研究財団が委託したものである。

この研究によれば、ワクチンの半分が先進国に割り当てられて、途上国がワクチンを利用できないようなことがあれば、世界経済は最大9兆2000億ドルの損失を被る、としている。

同研究は、新型コロナウィルス感染症のワクチン・治療薬・診断の開発・生産・公平なアクセスを加速化させるための国際的な枠組み「ACTアクセラレーター」に投資することには経済的意義があることを明確に示した。

驚くべきことに同研究は、もし先進国が272億米ドル(ACTアクセラレーターとそのワクチン分野の柱を担う「COVAXファシリティ」を十分に機能させるための不足資金)の投資を行えば、投資額の166倍のリターンが得られるとしている。

COVAX Facility

アクラム議長自身もまた、官民パートナーシップによって途上国における持続可能なインフラへの投資を加速するよう訴えている。同氏によれば現在協議が進行しているという。

この枠組みは、世界130カ国以上で開発問題に取り組む機関の広範なネットワークである国連常駐調整官制度を利用するものでもある。

「これらは、実現可能なインフラ構築プロジェクトを把握し、そのプロジェクト実施に当たって事業開始前に実行可能性調査を行う途上国の能力を高めることを可能にする優れた枠組みだ。また、投資の世界においてこれらのプロジェクトへの望ましいパートナーを見つけるための手段でもある」とアクラム議長は語った。

アクラム議長は、「来たる経済社会理事会の会合で途上国の資金調達問題について討議がなされ、先に述べた緊急活動に関して合意が促進されることを期待している。」さらに、「経済社会理事会が今年中にいくつかの会合を招集して、新型コロナ感染拡大に対応し、気候変動に対処し、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための『大胆な決断』を各国が下すことを望んでいる。」と語った。

Franklin Delano Roosevelt, 1933/ Public Domain

そうした会合として、例えば、4月には「開発金融フォーラム」、翌5月に「科学技術イノベーションフォーラム」、そしてその仕上げとして7月に年次の「ハイレベル政治フォーラム」が予定されている。

こうした会合の重要性は、経済社会理事会が、国連システムの中心にあって、経済・社会・環境という持続可能な開発の3つの次元の前進に貢献するというところにある。

国連創設にあたって経済社会理事会を設置するという発想は、安全保障理事会が集団的安全保障を促進し世界の平和を執行する機関として考えられたことと対を成している。経済社会理事会は国際経済協力を通じて平和を促進する機関と目されたのである。

国連の枠組みを作った人物の一人として、フランクリン・デラノ・ルーズベルト米大統領(当時)がいる。当時彼が口にしていた考え方は、経済的不安定は病気のようなものであり、もしある国がその病にかかったならば、他国もその影響を受ける、というものであった。

したがって、国連憲章は明確に、経済社会理事会の目的は「より広範な自由において、生活の水準を向上させる」ことにあると謳っている。

その後経済社会理事会は、討論と革新的な発想を促進し、前に進むための合意と協力を固め、国際的に合意された目標を達成する取り組みを調整する中心的な枠組みとなった。

国連憲章の制定以来、経済・社会・保健・人道・開発問題に関する国際協力の全体的な枠組みは、経済社会理事会の傘の下に創設されることになった。

UNECOSOC chamber in New York City/ By MusikAnimal – Own work, CC BY-SA 4.0

今日、20の国際機関、地域委員会、自律的機関が、経済社会理事会に対して毎年報告をしている。(原文へ

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議会で女性が占める割合が史上最高に

【ジュネーブIDN=ジャムシェド・バルアー】

世界各国の議会・政府で女性が占める割合をモニタリングしている列国議会同盟(IPU)が国際デーを前に発表した最新報告書「Women in Parliament」によると、議会に占める女性の割合は歴代最高の平均25・5%(前年比0.6増)を記録したが、このままのペースでは世界の議会で男女平等が実現するまでなお50年かかると警鐘を鳴らしている。上位3カ国は、大虐殺を経験し社会と法制度の再構築に取り組んできたルワンダ(61・3%)を筆頭に、キューバ(53・5%)、アラブ首長国連邦(50・0%)が占め、既に男女平等を達成している。ちなみに日本は9.9%で主要先進7カ国中最下位(166位)だった。(原文へ

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中国、キリバス、フィジー、そしてバヌアレブ島の村で: 気候変動の多重層的な影響の教科書的事例

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=パウロ・バレイナコロドワ】

2021年2月末、太平洋島嶼国キリバスの政府は、14年にフィジー共和国のバヌアレブ島ナトバツ(Natovatu)に購入した土地を、中国と共同で開発する計画を発表した。中華人民共和国が太平洋島嶼国における影響力拡大の動きを強めていることから、この発表は国際社会に若干の懸念をもって迎えられた。太平洋地域で激化している戦略地政学的パワー競争に関連付けて解釈されたのである。(原文へ 

それが妥当な懸念であることは間違いないが、この計画発表は、気候変動の多重層的な影響の教科書的事例ともなり得るものである。それは、世界の政治・戦略的課題、地域と国家の問題、植民地時代の遺産を、太平洋の島にあるナビアビア村の村人たちの日常生活や彼らの懸念、現地レベルの紛争と結び付ける。端的に言えば、われわれは、この数百万ドル規模の開発によって深刻化すると思われる、複雑で込み入った極めて“厄介な問題”に取り組もうとしているのである。

2014年、キリバス政府は、フィジー共和国で2番目に大きい島であるバヌアレブ島に約5,500エーカーの土地を購入した。当時のキリバス大統領アノテ・トンは、気候変動の最初の被害者である太平洋の諸国民の英雄として国際的に有名になった。キリバスは低地の島々からなる環礁国で、気候変動に起因する海面上昇によって深刻な影響を受けている。遠くない将来、これらの島々が居住不可能になる、あるいは水没さえしかねないという現実の危機がある。そのため、アノテ・トンは「尊厳ある移住」、つまり手遅れになる前に国民の移住を準備することを提唱した。キリバス政府が土地を購入したのは、そのような背景があってのことだった。

当初はその土地に「イ・キリバス」(キリバス人)を再定住させるという案が話し合われたが、その後、海面上昇により大打撃を受けたキリバスの食料安全保障を支えるために、まずは食料生産に活用すべきだと思われるようになった。移住は、後々の一つの選択肢となった。アノテ・トンの後を継いだ新たなキリバス政府は、さらに政策を変更した。レジリエンスの構築にいっそうの重点を置き、移住の選択肢はあまり重視しなくなった。バヌアレブ島に購入した土地を中国と共同開発するつもりであるという近頃の発表は、このような変化と一致する。

キリバス政府は、このバヌア・ナトバツの土地をアングリカン教会から購入した。今日でもフィジーの土地のほとんどは、先住民イ・タウケイのコミュニティーによる慣習的共同所有の下にあるが、問題の土地はいわゆる自由保有地で、植民地時代にフィジーに来た外国人によって占有されていた。元々はカイバラギ(欧州人)が、カカウドロベ州ワイレブ地区のナイカキ村の土地を、元の土地所有者であるナトバツ・ヤブサ(族)を代表する先住民の首長から購入したものである。カイバラギは、その土地をアングリカン教会に譲渡した。

1941年にアングリカン教会は、フィジー全土のソロモン諸島出身者がその土地に定住することを認めた。年季労働者としてフィジーで働くために、19世紀にソロモン諸島から連れてこられた人々の子孫がいたのである。最後にそのような労働者がソロモン諸島からフィジーに来たのは、1905年のことである。年季労働者の子孫はフィジー全土に定住し、最大の島ビチレブ島にある首都スバの周辺にいくつかの居住地を形成していた。そのいくつかがアングリカン教会によってバヌアレブ島の土地に移転させられ、アングリカン教会の信徒にされ、ナビアビア村を形成したのである。

入植者たちの理解では、1957年にアングリカン教会が300エーカーの土地を彼らに分け与えたのであり、彼らが土地の所有権を持っている。しかし、フィジーの原住民イ・タウケイの土地所有者の場合と同様、これは土地所有権を示す正式な書類を伴わない単なる口頭の契約だったようである。ナビアビアの入植者たちは数十年にわたり、この土地と周囲のバヌア・ナトバツの土地を居住地および生計手段として使用してきた。したがって、アングリカン教会がキリバス政府に土地を売却したと知って、彼らは非常に大きなショックを受けた。彼らには何の相談もなかった。事が済んだ後で初めて知らされたのである。

入植者たちがキリバスの移住計画を知ったとき、彼らは大変心配し、「自分たちはこの土地に残れるのか?」「自分たちの生計手段はどうなるのか?」「イ・キリバスが実際に来るのはいつか?」「よそから来る彼らの文化はどういうものか?」「彼らと一緒の生活はどういうものになるのか?」といった、非常に大きな疑問をもった。

ナビアビアの人々は、すでに大変に困難かつ複雑な状況の中で生きている。メラネシアの離散民として、フィジー国民とはなったものの、彼らはいまなお、概して自らをフィジーには帰属していない(メラネシアの)ソロモン諸島出身者と認識している。また、アングリカン教会と元々のイ・タウケイの土地所有者たちとの間には、長年にわたる未解決の問題がある。近隣の村に住むナトバツ族の人々も、その土地の所有権を主張している。これら多くの困難かつ複雑な課題に加えて、キリバス政府が新しい正式な土地所有者となり、さらにフィジー政府はキリバス政府による土地購入を支持した。なぜなら、フィジーの土地を新たな住まいとして提供し、フィジーが気候変動により深刻な影響を受けている太平洋の兄弟姉妹と連帯する国家であることを示したいと考えたからである。

この問題は、中国の関与が発表されたことによっていっそう複雑化している。中国とキリバス政府が“開発”を意図している土地は、すでにそこに住んでいる人々に治安と生計手段をもたらしている土地である。そこを“開発”することは、ナビアビアの人々がすでに経験している現在の困難をさらに悪化させるだろう。幾重にも重なる関係者や利害関係が存在するこの土地で、それが紛争を巻き起こす大きな要因となることは間違いない。

筆者が所属する団体トランセンド・オセアニアは、この2~3年、現地の状況に沿って関係者らと協力を行ってきた。農地としての利用をめぐる不安と緊張は明白かつ現実のものであり、コロナ禍の経済的影響によりいっそう悪化している。当団体がナビアビアの状況を分析し、主要な紛争促進要因と特定したものには、歴史的な強制移住、国をまたがる気候移住、土地の所有権と利用権、関係の緊張、現地政府の能力的限界、開発プロジェクト、コロナ禍や自然災害の経済的影響、度重なる自然災害に起因する食料安全保障の欠如と食料不足、多くの若者が抱えるメンタルヘルスの問題、学校からの早期ドロップアウトと薬物乱用、ソーシャルメディアの無責任な利用、文化的なジェンダー観体系などがある。

これらの紛争促進要因のいくつかに取り組む中で、トランセンド・オセアニアは、入植者たちと周囲のイ・タウケイ村落の代表者たち(首長や主要な権力者)を集め、第1回の対話集会とリーダーシップ・トレーニングを行った。このような環境において紛争変容と平和構築には時間がかかり、長期的な取り組みが必要であることは明白である。中国の関与の発表は懸念を引き起こし、問題をいっそう複雑化させる。

この事例が如実に示すのは、気候変動の多重層的な特性であり、ひいては、気候変動政策に対して多面的なアプローチを採用し、気候変動、安全保障、平和構築の間の関連性に取り組む必要性である。われわれは、各層間の関連性を認識しなければならない。つまり、フィジーの島の村が中国やキリバスの首都政府に及ぼす影響や、その逆の影響である。

パウロ・バレイナコロダワは、フィジーに拠点を置く平和構築と開発の地域機関である「トランセンド・オセアニア」のプログラム・ディレクターである。

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科学分野の男女平等については、一部の富裕国が開発途上国より大きく後れを取っている

【パリIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

SDGsと第4次産業革命に主眼を置いた最新のユネスコサイエンスレポート(4月に全編が公開予定)に収録されてる科学分野における男女差の現状(工学・科学系の学位取得者に占める女性の割合:世界平均33%)を解説した記事。科学分野の男女平等については、一部の富裕国が開発途上国より大きく後れを取っている(フランスとドイツが28%、韓国20%、日本がOECDで最悪の17%)一方、男女平等をほぼ達成している国々の特徴として、一部のアラブ諸国で女性研究者が急増傾向にあること(クウェート53%、アルジェリア47%、エジプト46%)、男女平等を重視した旧ソ連のレガシーがある国々で常に比率が高いこと(カザフスタン53%、アゼルバイジャン59%、キューバ49%)を指摘している。(原文へ

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未曽有の危機に直面する世界に希望の光:仏教指導者からの提言

【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ】

地域社会に根差したグローバルな仏教団体である創価学会インタナショナル(SGI)は、国際連合のように、未曽有の危機による暗雲に覆われている世界にとって希望の光である。創価学会の国際的機構であり、国連経済社会理事会との協議資格を持つNGOでもあるSGIは、世界192カ国・地域にメンバーを擁している。SGIの会長は、仏教哲学者で平和運動家、教育者でもある池田大作氏である。

池田会長は、1983年から毎年、平和と人間の安全保障を実現する取り組みとして、仏教の根本概念と国際社会が直面する諸問題の相互関係を探求する平和提言を発表している。また、これまでに教育改革、環境、国連、核廃絶に関する提言も行っている。

池田会長は、SGIの創設記念日(1月26日)に寄せた今年の平和提言「危機の時代に価値創造の光を」において、深刻化する気候変動の問題に加えて、社会的・経済的安定を世界で脅かし続けている新型コロナウィルスの感染拡大といった、現代の重要課題に対処するためにさらなるグローバルな協力を呼びかけている。

また、9つの核保有国が備蓄している1万3400発以上の核兵器と32の核兵器を是認する国々は、実存的な脅威となっている。原爆が日本の広島・長崎を破壊し尽くした1945年以来、核兵器の爆発力は飛躍的に増強されている。

SGI会長は、冷戦下で核開発競争が激化していた1957年9月に、戸田城聖創価学会第2代会長(1900~1958)が「原水爆禁止宣言」を発表したことを想起している。「この呼びかけを原点に、SGIは、核兵器を全面的に禁じる国際規範の確立を目指して取り組んできました。」と池田会長は述べている。

この目的のために、SGIは核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などの団体と行動を共にしてきた。この歴史に照らせば、ICANが2017年にノーベル平和賞を受賞し、その約3年後に核兵器禁止(核禁)条約が発効したことは、SGIにとっても何よりの喜びであった。

池田会長は、複合的な危機の状況が続いているにも関わらず、「『平和と人道の地球社会』を築く挑戦の歩みが、すべて止まったわけではありませんでした。」と述べている。2021年1月22日に核禁条約が発効したのは、そうした重要な前進がみられた一例である。

核禁条約は、国連創設の翌年(1946年)の総会の第1号決議で掲げられて以来、未完の課題となってきた核兵器の廃絶に対し、ついに条約として明確な道筋をつけた意義がある。

依然としてパンデミックによる深刻なショック状態にある世界

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

核禁条約という面では前進がみられたが、世界はパンデミックによる深刻なショック状態から依然として脱していない。2021年1月25日時点で新型コロナの感染者数は9900万人を越え、その内212万人以上が死亡した。わずか1年余の間に、その数は過去20年間に起きた大規模な自然災害の犠牲者の総数をはるかに上回っている。

「大切な存在を予期せぬ形で失った人たちの悲しみがどれだけ深いものか、計り知れません。とりわけ胸が痛むのは、感染防止のために最後の時間を共に過ごすこともかなわなかった家族が少なくないことです。」と池田会長は嘆いている。

そして、世界の労働者の約半数にあたる16億人の生活を脅かしたと推測されるパンデミックによってもたらされた経済状態の悪化と、世界的に社会的保護の取り組みを促進する必要性を強調している。

SGI会長は最新の平和提言のなかで、3つの主要項目に焦点を当てている。

グローバル・ガバナンス(地球社会の運営)の強化

第一の提案は、グローバル・ガバナンスを強化し、感染症対策をめぐる国際指針の制定に関するものだ。

今後も新たな感染症が生じる可能性を見据えて、SGI会長は、パンデミックに関する国際指針を採択するためのハイレベル会合の開催と、各国の連携強化を呼びかけている。

決定的な若者の役割

池田会長はまた、「ビヨンド・コロナに向けた青年サミット」を開催し、コロナ危機を乗り越えた先に築かれるべき世界について話し合うことを呼びかけている。「このサミットは、オンラインも活用することで参加形態を拡げながら、さまざまな環境で生きる若い世代が言葉を交わし合うことができます。」と池田会長は述べている。

2020年には、国連で「UN75」と題する取り組みが進められ、世界の人々の声を幅広く聞くための対話と意識調査が実施された。「UN75」の報告書の中で池田会長が特に注目したのは、青年の視点による提案などを国連の首脳に届ける役割を担う「国連ユース理事会」を創設するプランであった。

核兵器禁止条約―人類の歴史における転換点

SGI会長が行った第二の具体的な提案は、核兵器の禁止と廃絶に関するものだ。

TPNW Treaty
TPNW Treaty

核兵器のもたらす重大な危険を取り除くことが、(1970年に発効した)核不拡散条約(NPT)と、2021年1月22日に法的拘束力のある国際条約になった核禁条約の精神をつなぐもの、と池田会長は説明している。

「核禁条約の発効によって、核兵器は『地球上に存在し続けてはならない兵器』であることを法的拘束力のある文書で明確に規定する時代が、今まさに切り開かれたのです。」

池田会長の見方では、次の焦点は核禁条約の第1回締約国会合に移っている。すべての国に参加のドアが開かれていることから、大きな焦点は、少しでも多くの核兵器国や核依存国が議論の輪に加わることにある。

日本の特別な役割

Photo: The remains of the Prefectural Industry Promotion Building, after the dropping of the atomic bomb, in Hiroshima, Japan. This site was later preserved as a monument. UN Photo/DB

「唯一の戦争被爆国である日本は、他の核依存国に先駆けて締約国会合への参加を表明し、議論に積極的に関与する意思を明確に示した上で、早期の批准を目指していくべき。」と池田会長は強調している。

「『同じ地球に生きるすべての民衆の生存の権利』を守り、『これから生まれてくる将来世代の生活基盤』を守り続けるという条約の精神に照らして、被爆国だからこそ発信できるメッセージがあるはずであり、その発信をもって締約国会合での議論を建設的な方向に導く貢献を果たすべきだと思うのです。」

SDGsと核兵器

SGI会長はさらに、第1回締約国会合で、議題の一つとして「核兵器と持続可能な開発目標(SDGs)」に関する討議の場を設けることを提言した。「核兵器SDGs」というテーマを、すべての国に関わる共通の土台に据えることで、核依存国と核保有国の議論への参加を幅広く働きかけることができるだろう。

気候変動とパンデミック危機が広がるなかでの安全保障の本当の意味

池田会長はまた、気候変動やパンデミックの危機が広がる中での安全保障の本当の意味について、8月に開催が予定されているNPT再検討会議で討論することを訴えている。さらに、最終文書の中に、次回の2025年の再検討会議まで、核兵器の不使用と核開発の凍結を誓約するとの文言を盛り込むようことを提案している。

SGI会長は、核禁条約では、核兵器を保有している状態でも核廃棄計画の提出を条件に、核保有国が条約に加わることのできる道が開かれている、と論じている。NPTの枠組みを通じて、「核兵器の不使用と核開発の凍結」の制約を基礎に「多国間の核軍縮交渉」の合意を期すことで、より多くの核依存国と核保有国が核禁条約に参加できる環境が整うであろう。池田会長は、この2つの条約の枠組みを連動させることで、核時代に終止符を打つための軌道を敷くべきだと訴えている。

アフターコロナ時代の生活再建

第三の提案は、コロナ危機からの経済と生活の立て直しに関するものである。

国連が繰り返し強調しているように、コロナ危機がもたらした経済的衝撃によって、多くの人々が突然の困窮にさらされた。このことは、社会的保護の仕組みを拡充する必要性に光を当てたが、その重要性は、37カ国で構成される経済協力開発機構(OECD)でも共通認識となってきている。

UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri
UN Secretariat Building/ Katsuhiro Asagiri

「そこで私は、OECDの加盟国が、社会的保護に関するSDGsの目標を牽引する役割を担うとともに、コロナ危機で打撃を受けた経済と生活を再建するための政策について『世界標準』を共に導き出しながら、率先して実行していくことを期待したい。」と池田会長は述べている。

グリーン経済への転換

また、一つの方向性として、グリーン経済への積極的な移行による雇用機会の創出と産業の育成をはじめ、社会的保護制度の拡充のために軍事費を削減して転用することなどが考えられる、と述べている。

社会のレジリエンス

さらにSGI会長は、社会のレジリエンスを強める意欲的な政策を進めるうえでOECD加盟国は積極的な役割を果たせると指摘している。「現代における危機は、国連防災機関が強調するように、さまざまな脅威や課題に包括的かつ同時に対処していく『マルチハザード』の視座に立つことが欠かせなくなっている。」

池田会長は、SGIが仏教組織として今日まで志を同じくする人々や諸団体と深めてきた連携を礎としながら、「2030年に向けてSDGsの達成を市民社会の側から後押しし、『平和と人道の地球社会』を築くための挑戦を、さらに力強く展開していきたい。」と述べている。

2021年平和提言は、池田会長のこれまでの提言と同じく、日蓮仏法のみならず、平和の文化と池田会長の知性及び世界中の哲学者や政府・宗教指導者との長年にわたる様々な出会いを基礎とした、とりわけ包括的なものであった。(原文へ)(PDF版

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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ウイルスは爆撃できない! 共通利益のための新たな安全保障への期待

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=デニス・ガルシア】

各国は、国民を守るために現実に必要な投資を犠牲にして、高価な兵器システムを備蓄するために大切な資金を費やしている。国家安全保障の胸算用は、巨額の兵器備蓄がすなわちパワーと地位であることを前提としている。しかし、21世紀の各国に実存の危機をもたらしている課題のどれを取っても、兵器によって取り組むことも、一国の単独行動によって解決することも、さらには軍事手段によって戦うこともできない。世界規模のコロナ禍で、各国の国家安全保障への投資は現実の脅威に立ち向かうには無意味であることが露呈した。変革の機は熟している。各国は一斉に一つの危機に立ち向かっている。それは、国家防衛に対する人間中心のアプローチへの移行である。第二次世界大戦後最悪の危機をきっかけに現行の世界秩序を変革できないとしたら、いつできるというのだ? この問いに対する答えは、“世界秩序は準備ができていないかもしれないが、行動するべき時が来た”である。(原文へ 

ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーンの推定によれば、米国は“国家防衛”の名において核兵器システムを維持するために年間351億ドルを支出している。この額は、集中治療病床30万床、人工呼吸器3万5千台、看護師15万人、および医師7万5千人の年間費用に相当する。安全保障に対する軍事中心のアプローチは、現在病床に就いている、あるいは今後新型コロナに感染する、あるいは気候変動のカオスによる損害に脆弱な世界中の市民を守るものではない。事実それに失敗していると気付くべき時である。結局のところ、ウイルスを爆撃することはできず、爆弾で気候変動を是正することもできないのだ。

ウイルスとの戦いにおいて、兵器や爆弾に何の価値があるだろうか? それらは、現実の危機と戦う資源を市民から奪っている。筆者は、武器の流れと国際(非)安全保障を関連付けるさきがけとなった書籍のうちの一冊を執筆して以来、なぜ全ての国が兵器備蓄や無益な軍事中心の安全保障態勢のために国家資源(財務的資源と知的資源)を流用するのかという問いを考え続けている。国は、備蓄した兵器でウイルスを攻撃することも、国民を守ることもできない。

世界の軍事費は、2019年にほぼ2兆ドルに達した。2015~2019年に武器輸入額が最も大きかった国々は、パンデミックへの備えが最も脆弱だった国でもある。サウジアラビア、インド、エジプト、アルジェリア、イラク、パキスタンである。これらの国々は、国民のために人間の安全保障に資金を費やして、パンデミックによる打撃に耐えることもできたはずである。

また、大国は、将来の戦争から自国を守るため(という想定で)、人工知能(AI)を使った新たな兵器システムの開発にも余念がない(国民による精査や監視をほとんど、あるいはまったく受けることなく)。筆者は、2017年より活動している学際的科学者団体、「自律型兵器の規制に関する国際パネル」のメンバーであり、この分野について国連での議論において証言を行ったことがある。大国は、AIに依存して目標達成を強化する未来の“アルゴリズム戦争”の準備を進めている。筆者は、アルゴリズム戦争の準備をしても、目の前の危険な脅威から人々を効果的に守ることはできないと考える。それどころか、将来待ち受ける非軍事的な実際の戦いにおいて、装備不十分な国々がどう戦うことになるかを(またしても)露わにするだろう。また、AIには、兵器化するのではなく、人類の共通の利益のために活用できる大きな可能性がある。戦争にAIは不要である。

世界的なコロナ禍を乗り切った後、各国は、人類の共通利益のために策定された新たな安全保障体制にいかにして移行できるだろうか? そのための実務的枠組みが、2015年に全ての国連加盟国が全会一致で合意した17の持続可能な開発目標(SDGs)である。SDGsは、全ての人々にとって人間の安全保障を実現する、歴史的かつ具体的な行動のロードマップを提供する。SDGsは、万人のための開発を促進する明示的かつ具体的な統一プラットフォームを提供する。目標の実施は、データに駆動され、エビデンスに基づき、科学を動力としている。コロナ禍により、問題を増幅し、複合化する動向に注目が集まっている。人口増加、気候破壊の影響、新技術の急速な開発である。これらの問題は全て、国家防衛に対する人間の安全保障中心のアプローチを必要としている。

筆者はこれまでの研究において、軍事的安全保障への執着から人間中心の国家安全保障へと移行する方法を模索してきた。オーストラリアのNGO、人類の未来委員会(Commission for the Human Future) が近頃発表した話題の報告書は、筆者の論点を裏付けている。何十億ドルもの資金を兵器システムにつぎ込む必要がある、時代遅れで従来的な安全保障上の脅威への対処をやめ、代わりにあらゆる国のあらゆる知的・経済的武力を動員してSDGsを実施する必要がある。フランシスコ教皇は、武器の製造をやめるよう求め、「他者をケアし、命を救うために使われるべき巨額の資金を費やす」ことをしないよう警告した。

2020年は壊滅的なコロナ禍で始まり、それに続いて第二次世界大戦以来最悪の経済危機に見舞われた。しかし、この2020年はアースデイ50周年でもあり、国際連合75周年、気候変動に関する国連パリ協定5周年、国連SDGs採択5周年でもある。記念すべきこれら全ての事柄は、人類の共通利益のために今一度力を合わせて人間の苦しみを止める新たな機会が訪れていることに気付かせてくれる。

デニス・ガルシアは、ボストンのノースイースタン大学教授である。著作 “When A.I. Kills: Ensuring the Common Good in the Age of Military Artificial Intelligencea” が刊行予定。また、戸田記念国際平和研究所「国際研究諮問委員会」のメンバーである。ロボット兵器規制国際委員会副議長も務めている。

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