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|視点|植民地主義が世界に及ぼした影響を遅々として認めようとしない欧州諸国(マイケル・マクイクラン ルンド大学客員研究員)

【ルンドIDN=マイケル・マクイクラン】

数世紀にわたったヨーロッパ諸国による植民地主義政策は、各国内および各国間の不平等の形成に多大な影響を及ぼしたが、その多くは未だに十分に対処されていない。これは平凡な発言に思われるかもしれないが、このことが欧州連合(EU)加盟国の間で認識されるようになったのは、ごく最近になってからである。

2019年、欧州議会はアフリカ系の人々の基本的権利に関する決議を可決した。この決議は、植民地主義政策と奴隷制の歴史を総合的に捉えるよう呼びかけるとともに、これらの歴史が今でもアフリカ系の人々に悪影響を及ぼしている点を認めている。

同じく、欧州委員会が昨年発表した人種差別反対行動計画(2020年~2025年)は、植民地主義は欧州の歴史の一部であり今日の社会に大きな影響を及ぼしている、と宣言している。

Map of Europe

にもかかわらずEUが、植民地主義政策に由来する構造的な遺産を十分に認識し、ましてや問題に取組むところまでたどり着くには、まだしばらく時間がかかるようだ。そうした構造的遺産の中に、EU域内で白人と有色人種の間に引かれている人種の分断線の問題がある。EU諸国の社会の全主要分野において、有色人種の人々が最も差別される傾向にある。しかし一方で、人種についてや、白人と有色人種の違いについて話すことは、EUにおける政治や法律分野における議論の一部にはなっていない。

スウェーデンの事例

ヨーロッパで植民地主義政策の歴史についてやっと認識しようとする動きがでている点を観察するには、スウェーデンが一つの好例になるだろう。スウェーデンは、第二次世界大戦後、自国に植民地主義や人種主義の問題がない「倫理的な超大国」として振る舞ってきた歴史がある。スウェーデンは、男女平等、グローバル正義と団結の擁護者であった。

スウェーデンは、1960年代初頭から国連において植民地主義に異を唱え、反植民地主義闘争を積極的に支援した。南アフリカ共和国のアパルトヘイト政府から非合法とされ、米国がテロ組織とみなしていたアフリカ民族会議(ANC)に対しても積極的に資金援助を行っている。

今日、スウェーデンは比較的小国にもかかわらず、(対GNI比で)世界最大級の開発援助国である。また、つい最近まで、スウェーデンは欧州で人口当たりで最も移民の受入れに寛容な国だった。もし、『良い国指数(Good Country Index)』のランキングを信じるとすれば、スウェーデンは、世界で最も人類の公益のために貢献している国ということになる。

しかしスウェーデンは、世界の人種を分断してきた植民地政策に参加し、そこから利益を得たのみならず、貢献さえしてきた歴史を持つ国である。第一次世界大戦と第二次大戦の戦間期、スウェーデン議会は国立の人種生物学研究所の設立を決議した。当時の一般観念は、スウェーデン人の民族的な分類は、人種的に優れたノルディックタイプのヨーロッパ白人種に属するというものだった。

またスウェーデンは、15世紀末以来欧州諸国が植民地を拡大していくなかで行った人種に基づく国際秩序の再編成を、ただ傍観しているだけではなかった。それどころか、海外植民地獲得競争に参画し、カリブ海のサン・バルテルミー島を100年近く支配している。当時スウェーデン支配下のこの島は自由港として重要な位置を占め、ここに連れてこられたアフリカ人奴隷の扱いは、近隣の(他の欧州植民地である)島々となんら変わるものではなかった。

Slave Trade (1650-1860)/ Slavery site

現在、スウェーデンの全人口に占める非ヨーロッパ系の子孫の割合は15%~20%となるが、彼らの失業率は白人と比較して突出している。スウェーデン生まれの白人市民の就労率はほぼ100%だが、アジアやアフリカ出身の市民の就業率は55%~60%にとどまっている。

アフリカ系スウェーデン人が高等教育を得れば得るほど、同程度の教育を受けた白人のスウェーデン人との所得格差が大きくなり、また、教養レベルに見合った就労機会を得るのが難しくなる傾向にある。例えば、大学を卒業したスウェーデン生まれのアフリカ系市民の就労率は、大学卒の他のスウェーデン国民の就労率より約49%低いものである。

こうしたスウェーデン社会における階層は、歴史的に植民地主義政策に関わった世界各地の国々に共通してみられるパターンの一つである。

植民地主義の遺産に取組む

スウェーデンと他の欧州諸国は、いくつかの点で努力が認められるものの、世界各地で今も見られる多くの不平等が植民地主義政策の遺産である事実を認めていない。アントニオ・グテーレス国連事務総長が述べているように、植民地主義は社会的不正、グローバル経済、さらには国際的な力関係の中に依然として影響している。

Photo: UN Secretary-General António Guterres delivers the annual Nelson Mandela Lecture. Credit: UN Photo/Eskinder Debebe

かつて植民地を支配した国々は、例えば国連や世界銀行、国際通貨基金といった組織における自国の優位を放棄することを拒み続けている。多くの欧州諸国が、国連総会や人権理事会で圧倒的多数の国々が賛成して採択した、民主的で公正な国際秩序の構築を呼びかける国連決議に、一貫して反対し無視してきた。

今年は、2001年に南アフリカ共和国で反人種主義・差別撤廃世界会議が開催され、人種差別に反対した世界で最も包括的な文書が採択されてから20周年にあたる。とりわけ、ダーバン宣言及び行動計画は、植民地主義政策により作られた人種構造に終止符を打ち、関連諸国に対して大西洋奴隷貿易の結果として今日まで根強く残る悪影響を食い止め、反転させるよう訴えている。

英国、フランスとその他の欧州諸国は、ダーバン宣言を履行することに反対してきており、スウェーデンも欧州諸国の立場を支持してきた。例えば、2020年末に国連総会が同宣言の包括的履行を求める決議を採択し、アフリカ系の人々に関する恒常的な協議機関を国連に設立する決定を支持したが、採決にかけられた際、106カ国が決議を支持したのに対して、英国、フランス、オランダを含む14カ国のみが反対票を投じた。この際、棄権票を投じた44カ国の中にスウェーデンが含まれている。

それでも欧州連合諸国は、ゆっくりではあるが植民地主義政策が世界にもたらした影響について認める方向に変化しつつあるようだ。2020年の12月、欧州議会は初の奴隷貿易とその廃止を記念する欧州デーを開催した。またスウェーデンでは、政府機関が、欧州による植民地主義政策が構築した人種秩序にスウェーデンがいかに参画したかについて、一般国民の理解を高める取組みを行っている。こうした取組みには、欧州で唯一先住民と認定されているサーミ人を植民地支配してきたスウェーデンの歴史も含まれている。

これまでのところ、過去の清算に向けた具体的な手続きがとられているわけではない。しかし、植民地時代の過去と現在への影響について誠実に向き合おうとする動きが始まっているのを目の当たりにしているのかもしれない。(原文へ

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核兵器禁止: ドイツ、オランダ、ベルギーの役割は?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

本論文は、核兵器禁止条約発効日に欧州の新聞数紙に、それぞれの言語で掲載されたものである<オランダのデ・フォルクスラント(De Volkskrant)、ベルギーのル・ソワール(Le Soir)(フランス語)およびデ・モルゲン(De Morgen)(オランダ語)、ドイツのシュピーゲル・オンライン(Spiegel Online)>。

【Global Outlook=モーリッツ・クット、ヤン・ホーケマ、トム・サウアー】

1月22日、核兵器禁止条約が発効した。核禁止条約とも呼ばれるこの新たな条約は、締約国が核兵器を開発、製造、実験、備蓄することを禁止する。同様に、核兵器の使用、使用の威嚇も禁止する。同条約の締約国は54カ国で、さらに32カ国が条約に署名している。今後さらに多くの国が参加すると予想される。同条約は、地球に対する大きな脅威、すなわち、人類と環境に壊滅的な影響を及ぼす核兵器の戦争使用を法律として禁止している。(原文へ 

著者らの国の政府(ベルギー、オランダ、ドイツ)は、禁止条約の署名も批准もしていない。オランダは交渉会議に出席したが、他の2カ国は傍観していた。3カ国とも、核不拡散条約(NPT)に定められた核兵器のない世界を支持することを公式に表明している。これが容易なことではないのは明らかだが、いつまでも目標を繰り返し表明するだけでは、実現に近づくことはできない。実質的な政府の措置や公共活動によってのみ達成することができる。

著者らは、ベルギー、オランダ、ドイツが核兵器禁止条約を支持し、適切な時期の条約参加を目指すことを願っている。そのような動きを取る十分な理由がある。第1に、これらの国の行動を、彼らが掲げる核兵器のない世界の実現という、政治的アジェンダに一致させることになる。第2に、これらの国が条約の今後の展開に影響を及ぼすことができるようになる。また、いずれの国も、世論調査で圧倒的多数が条約参加を支持していることが繰り返し示されていることから、それは国民の利益にもかなっている。最後に、それは禁止条約とNPTの相互補強にも寄与すると思われる。

また、3カ国は特殊な立場にもある。現在いずれの国も、核共有合意の一環として自国内に米国の核兵器を配備している。核兵器を使用する場合は、ベルギー、オランダ、ドイツのパイロットが自国の航空機を用いて行うことになっている。この運用はしばしば批判されており、3カ国全てにおいて核兵器の撤去を求める国会決議がなされている。禁止条約は、核兵器の国外配備を明示的に禁止している。現在3カ国に配備されている核兵器は冷戦時代の遺物であり、軍事的有用性はないと著者らは考える。3カ国の政府は、できるだけ早く米国に核兵器の撤去を要請し、国民が核戦争に巻き込まれる可能性を断つべきである。

NATOによる核兵器使用の威嚇に依存することで、3カ国の政府は、破滅的な影響を及ぼす非人道的兵器によって安全保障を確保しようとしている。そのような姿勢では、長期的に持続可能な安全保障を実現することはできない。NATOは、核兵器に頼らない効果的な抑止戦略について議論を始めるべきである。また、米国とロシアは、戦術核兵器を含む新STARTの後継条約について2国間交渉を開始するべきである。

残念ながら3カ国の政府は現在、禁止条約に対する厳しい批判を表明している。この条約は、単なる象徴的手段と評されることが多く、時には国際安全保障にとって危険なものと見なされることもある。著者らの見解では、このような主張は誤っている。禁止条約は現実の法文書であり、すべての締約国がそれにより拘束される。例えば、これは核実験を事実上禁止する初めての法文書である。それに対して包括的核実験禁止条約(CTBT)は、米国と中国が批准していないため発効できずにいる。また、禁止条約と不拡散条約との間に法的不一致はない。これは、ドイツ連邦議会調査委員会による最近の報告書によって裏付けられている。同報告書において、両条約は共同の軍縮体制を構成すると見なされている。

また、締約国だけにとどまらない大きな影響もある。年金運用基金(オランダなど)や銀行(ベルギーのKBC、ドイツのドイツ銀行など)のような金融アクターはすでに、禁止条約の直接的結果として核兵器製造関連企業からの投資撤退を検討および実行している。そして、反対派の行動を見れば、彼らが「象徴的手段」をいかに深刻に受け止めているかが分かる。2020年12月、NATOは条約に反対する声明を発表した。条約が象徴的価値しかないのであれば、なぜそうしたのだろうか?

条約にとって最初のイベントは、発効後1年目に開催される締約国会議となる。ベルギー、オランダ、ドイツは、この機会を捉え、オブザーバーとして参加することによって禁止条約締約国と交流するべきである。そのような関与を行っても、国はまだ何の義務も負わない。しかし、それだけでも、新たな条約とその締約国に対する現在の否定的な態度からの大きな決別となる。その点で、2020年9月にベルギーで連立政権樹立の合意がなされたことは幸先が良い。より建設的な基調があれば、国際外交にとって有利になるだろう。それはまた、8月に開催予定のNPT再検討会議で実りある成果を挙げるためにも役立つかもしれない。

結論として、西欧諸国は核兵器禁止条約を、核廃絶の約束にもっと真摯に向き合うべきだという世界の他の国々からの意思表示として受け止めるべきである。ベルギー、オランダ、ドイツは、力を合わせて国土から米国の核兵器を撤去し、政治的に可能な限り早く核兵器禁止条約に署名するべきである。

モーリッツ・クットは、ドイツのハンブルク大学平和研究・安全保障政策研究所の上級研究員である。ヤン・ホーケマは、オランダパグウォッシュ会議の議長であり、オランダの元大使、市長、国会議員である。トム・サウアーは、ベルギーのアントワープ大学の国際政治学教授である。全員が、科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議との関わりを持っている。

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「西側の消失を超えて」: 「落ち着きのない」ポスト・トランプ秩序?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】

ミュンヘン安全保障会議(MSC)は数十年間にわたり、論争を呼ぶ安全保障問題をめぐる対話を主に行う場所となっている。イランの核開発計画や、イスラエルとパレスチナ、アメリカとロシアのような不仲の国同士の協議など、複雑な問題が議題となり、公開または非公開で議論されてきた。MSCには、これまで多くの大統領、首相、外相、防衛相が出席している。2021年2月19日に開催された第57回会議は、過去56回の会議とはまったく異なるものだった。少なくとも二つの理由から、完全に違うものとなった。第1に、コロナ禍のため一日だけのオンライン会議となった。会議はライブ中継され、直接顔を合わせた機微のある対話や繊細な問題の考慮は不可能であった。第2に、驚くべきことに、大西洋地域の指導者と西側機関のリーダーのみが招待された。例外はアントニオ・グテーレス国連事務総長である(とはいえ、彼も西洋人である)。参加者の話題は、やや特異的に大西洋地域即ち西側の内政問題に集中した。(原文へ 

議題は幅広い問題にわたった。当然ながら、会議のほぼすべての発言が新型コロナウイルス対策に関係するものであり、可能なすべての手を打つという約束がなされた。しかし、豊かな国々が我先に十分な量のワクチンをかき集めようと激しい争奪戦を続ける一方で、西側のリーダーたちは会議で再び、世界の他の国々も忘れられてはいないという慈悲深い約束をした。

気候変動にも触れられた。安全保障への取り組みを拡大するということは、気候変動がもたらす安全保障上の影響にも対処するということであり、NATOの2030ビジョンにおいてもこれが論点となっている。イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長の言葉を借りれば、「気候変動は危機増幅要因であり、脅威を生み出す」ということである。しかし地球気候の破滅的変化を逆転させるための修復手段については、何の知見も提示されなかった。海面が上昇し続け、NATOの海軍基地が影響を受けるようになったら、対策が講じられるのかもしれないが。

MSCで中心的な話題となったのは、西側の復活、大西洋コミュニティーの再生ということである。発言者全員が、過去4年間に同盟が体験した政治的迷走から脱却できたことへの安堵を隠そうとしなかった。トランプのことは忘れよう! 「西側の消失を超えて」、西側の自ら招いた弱さを克服する。それが今年のモットーとなった。外交が可能になり、協調が復活し、大西洋同盟は再び世界的課題に取り組むことができるようになった。「アメリカ・イズ・バック」と、ジョー・バイデンは繰り返した。アンゲラ・メルケルは、アフガニスタン、リビア、あるいはマリへの軍事的関与に加え、NATOの防衛費をGDP比2%とする目標を達成するために引き続き懸命に取り組むと約束した。エマニュエル・マクロン仏大統領は、欧州の「戦略的自律」を達成し、EUが主要な役割を担い、欧州近隣国の地域紛争に対処する新たな安全保障体制の創出を望んでいる。EU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、EUの国境を超えた防衛に関与する用意があることを示唆した。イェンス・ストルテンベルグは、NATOとEUがライバルではなく協調的パートナーであることを全員に保証した。そして、昨年EUを離脱した「グローバル・ブリテン」は、史上最大の防衛予算によって「われわれの価値」を守るために重要な役割を果たすだろうと、ボリス・ジョンソンは述べた。

ロシア、中国、インド、サウジアラビア、ブラジルといった他国のリーダーや、イエメンの反目し合う派閥、不仲の“アフリカの角”諸国、ミャンマーの抗議活動家などとの対話、会話、論争は、議題にならなかった。NATO史上唯一の実戦であるアフガニスタンでの戦争は失敗に終わった。20年が経った今、米国も他の同盟国も、どうしたら体面を失わずに手を引くことができるかの答えを見つけられずにいる。会議でこの話題がほぼ回避されたのも不思議ではない。それは、大西洋コミュニティーの新たな常態を見いだしたばかりの幸せと喜びに、水を差しかねないからである。

あからさまに欠如していた話題は、軍縮と軍備管理である。グテーレス国連事務総長は繰り返しグローバル・ガバナンスを呼びかけ、世界的停戦によって兵器を管理下に置き、仮想敵国と交渉することを提案したが、彼の短い発言を除き、誰も軍備管理に言及しなかった。それどころか、すべての発言者が軍事力を強化する必要性を強調した。NATO事務総長は、「中国の台頭、高度化するサイバー攻撃、破壊的技術、気候変動、ロシアの破壊的行動、継続するテロの脅威」と問題を数え上げることによって、基調を方向づけた。軍縮と軍備管理は現在、意味が通じない用語になっているようだ。軍備管理の惨憺たる状況については、米露政府間で微妙なシグナルがあった以外は、会議で話題とならなかった。人々が目にすることができたのは、仮想敵国同士の対話ではなく、たくさんの肩の叩き合い(もちろんバーチャルで)である。スクリーンに映るフレンドリーな表情や嬉しそうに立てた親指、心強いコメントは、西側にとってリセットボタンが押されたことを高らかに告げていた。もちろん、過去4年間の信頼性と一貫性に欠ける政策よりも、予測可能な政策と国際基準の受容のほうが好ましいことは間違いない。

しかし、防衛予算を大幅に増やし、地政学的競争に耐え得るようにすることが、西側の唯一の答えなのだろうか? どうやら、コロナ禍の打撃にもかかわらず、優先順位は変わっていないようだ。世界の軍事費は新たなピークに達している。世界所得に対する軍事費の割合は、2020年に2.3%に達した。1人あたりでは250米ドルに達し、かつてないほど高くなった。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによれば、世界の軍事費は2兆米ドル近くに達した。増加した理由の一つはコロナ禍である。世界所得は減少したが、その一方で、各国が経済復興策として軍備調達を拡大したためである。中国、インド、サウジアラビアといった国の軍事費が近年急速に増加しているものの、NATO加盟30カ国は、依然として世界の軍事費の約60%を占めている。フランス、ドイツ、イタリア、英国の欧州4カ国だけでも、世界の軍事費に占める割合はおよそ5分の1に達する。世界の武器移転は、再びスピードを上げている。

コロナ禍のまっただなかで、今は、さらなる軍事力のために投資するべき時だろうか? 致死率の高いウイルスは、特に米国と西欧諸国で猛威をふるっている。その状況で、これらの国のリーダーたちは、新たに見いだされた復古的な米国主導の欧州中心主義、すなわちポスト・トランプ体制をたたえている。彼らが物理的に一堂に会することができないという事実は、これがもっか最も差し迫った危機に対していかにちぐはぐであるかを物語っている。われわれは冷戦時代に戻ってしまったのだろうか? 西側と東側が武力や兵器に多額の資金を費やし、最終的にはソ連が経済的負担に耐えかねて崩壊したあの時代に? 一方が行動すると他方がそれに反応するという、歴史のあのような側面からわれわれは学ばなかったのだろうか? ミュンヘン安全保障会議が他の選択肢を何ら示さなかったことは間違いない。今必要なことは、国連とG20における防衛費削減の取り組みであろう。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。

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気候変動対策――太平洋諸島フォーラムに必要なのは一つの大きな声

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=フォッカー・ベーゲ】

2月3日、太平洋諸島フォーラム(PIF)加盟国のリーダーたちが(オンラインで)集まり、「特別リーダーズリトリート会合(Special Leaders’ Retreat)」を開催した。目的はこの地域連合の新事務局長を指名するためで、パプアニューギニアのメグ・テイラー事務局長が2期目3年間の任期を4月に終了するのを受けて開催された。新事務局長には、クック諸島のヘンリー・プナ元首相が指名された。無記名投票の結果、プナ氏が9票、次点のマーシャル諸島の外交官ジェラルド・ザッキオス氏が8票を獲得した。これは、トップの地位がメラネシア出身者からポリネシア出身者に引き継がれるということを意味する。(原文へ 

しかし、会合に先立ってミクロネシア諸国のリーダーたちが、今回はミクロネシア出身者が事務局長になる番であるという見解を表明した。なぜなら、メグ・テイラー氏の直前の事務局長もポリネシア出身であり、ミクロネシア出身の事務局長は20年以上誕生していないからである。彼らは、事務局長のポストは地域を構成する三つの地理的グループの間で持ち回りにする(オーストラリアとニュージーランドもPIF加盟国であるが、通常の状況では事務局長の地位は求めない)という、非公式かつ暗黙の“紳士協定”について言及した。

ミクロネシア5カ国(ナウル、ミクロネシア連邦、キリバス、マーシャル諸島、パラオ)のリーダーたちは、“紳士協定”が守られなかったことに大変失望した。ミクロネシア出身の候補者が1票差で負けたのを受けて、彼らはきわめて不当な扱いを受けていると感じた。その後、ミクロネシア地域大統領サミットで、5人の首脳は彼らの国がPIFを脱退すると宣言した。

この宣言は衝撃をもたらした。他のPIF加盟国は、ミクロネシアのパートナーからこれほどの強い反応があるとは予想していなかった。ミクロネシア諸国がこの決意を貫いた場合、それはこの地域同盟の大きな断絶を意味し、PIFは加盟国の3分の1近くを失うことになる。これは、組織の50年の歴史において最も深刻な問題である。地域主義の精神は著しく弱体化し、国際社会における太平洋諸国の重要性は低下するだろう。

ミクロネシア諸国、特にマーシャル諸島とキリバスは、気候変動の影響に対してきわめて脆弱である。彼らにとって、地球温暖化は実存的脅威であり、これらの国は、太平洋諸国の気候変動対策の先頭に立ってきた。

しかし、彼らだけではない。メラネシア諸国とポリネシア諸国も脅かされている。例えばツバルは、気候変動に起因する海面上昇により居住不可能になる恐れがある、あるいは水没さえしかねない環礁国として、通常キリバスやマーシャル諸島とともに言及される。また、パプアニューギニア、バヌアツ、ソロモン諸島、あるいはフィジーの沿岸部または環礁部のコミュニティーは、海岸浸食、塩水侵入、洪水、浸水のために集落移転を余儀なくされている。

“太平洋の沈みゆく島々”は、人為的な地球温暖化の深刻かつ前例のない影響の象徴となっている。世界中で、太平洋諸国は気候変動に関連する政治的関心事であり、人々の注目の的となっている。また、これらの国々は、気候変動に関する国際政治の舞台で、国民を地球温暖化の“被害者”としてだけでなく、気候変動対策や気候正義のための戦いにおける強力で道義的な力としてアピールし、注目度の高さを巧みに利用する政治的才能を発揮した。国際的な気候会議でPIF加盟国の代表者が講演すれば、誰もが耳を傾けずにはいられない。これにより彼らは、普段の限定的な政治力をはるかに超える力を発揮することが可能になっている。

地域レベルでは、気候問題が太平洋における団結を促す最も重要な要因であることはほぼ間違いない。PIFが2018年9月に発表した「地域安全保障に係るボエ宣言」は、気候変動を「太平洋諸国の人々の生計、安全保障、福祉を脅かす最大の単独要因」と名指しし、「人間の安全保障」と「安全保障の拡大概念」を訴えている。

PIFは世界的にも、気候変動を平和と安全保障に結び付ける動きの先頭を走っている。PIF加盟国は、国連事務総長が気候変動と安全保障に関する特別顧問を任命すること、また、気候変動による安全保障上の脅威について、定期的に詳細な報告を行う特別報告者を国連安全保障理事会が任命することを要請している

端的に言えば、PIFは気候変動によって最も影響を受けている人々に発言の場を与えているのである。気候変動に関する議論において、PIFは道義的リーダーとして受け入れられている。気候変動に関するこのような国際的リーダーシップは、PIFが分裂すれば深刻な危機にさらされる。

とはいえ、まだ望みはある。ミクロネシア5カ国が実際に脱退の手続きをするには1年かかる。つまり、分裂を防ぐための猶予期間があるということである。ミクロネシアを除く数カ国のPIF加盟国のリーダーたち、例えばサモアやパプアニューギニアの首相らは、関係修復のために全力を尽くすと示唆しているパプアニューギニアのジェームズ・マラペ首相は、「ミクロネシア諸国がPIFに残ってくれるよう願う。それと同時に、すべての加盟国の権利が真の『パシフィック・ウェイ(Pacific Way)』で尊重され、保全されるよう、皆が協力してPIFの改革に取り組む」と訴えた。PIFの体制の意味ある改革が本当に必要とされている。リーダーズリトリート会合では、事務局長選出プロセスを再検討すべきであることが合意された。実際、選出プロセスを明快かつ透明なものにしなければならない。

2月3日の会合は対面ではなくZoomで開催されており、そのような形式はきわめて“非太平洋的”であった。直接的な人と人の交流は、太平洋文化において大きな重要性を持つ。リーダーたちが直接対面していれば、“パシフィック・ウェイ”の交流を行う余地がもっとあり、違った結果が出ていたかもしれない。太平洋文化の文脈では、“多数派”と“少数派”を対抗させる投票よりも、コンセンサスによる意思決定のほうが好ましいのは明らかである。

このような状況は是正することができる。太平洋地域では、市民社会は国境を超えて密接につながり合っており、特に教会は非常に影響力がある。このような市民社会も役割を果たすことができる。連帯を求めてロビー活動を行うことができる。気候変動対策や気候正義については、太平洋諸国の人々が一つの大きな声で訴え続けることが、太平洋諸国自身だけでなく他の国々にとっても、きわめて重要である。このような声が、気候変動に関する国際的議論と政治において大きな重要性を持つのである。われわれはそれを切実に必要としている。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。

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【ニューヨークIDN=ソマー・ウィジャヤダサ】

核兵器の使用を明確に禁止した核兵器禁止条約が、人類の特筆すべき勝利として2021年1月22日に発効してから数日、米国とロシアが新戦略兵器削減条約(新START)の失効期日から僅か2日前というタイミングで、同条約を2026年まで延長することを決めた。

米ロ関係が厳しく敵対的なものになる中、両国が手を結んだということもまた、特筆すべきことである。

Antony J. Blinken/ By U.S. Department of State, Public Domain

元々は2010年にバラク・オバマ大統領とロシアのドミトリ・メドベージェフ大統領が署名した同条約は、両国が配備できる核弾頭と、それを運搬する地上発射ミサイル、潜水艦発射ミサイル、爆撃機数の上限を、過去数十年で最低のレベルに抑えることに合意したものである。最も重要なことは、米ロ両国が互いの核戦力や施設、活動を監視できるようにしたことだ。

米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、ロシアは新STARTをこれまで遵守してきたとして、「とりわけ緊張が高まっている時期には、ロシアの大陸間核兵器に検証可能な制限をかけることが決定的に重要だ。」と語った。

ブリンケン長官は、条約の延長により「世界はより安全になった。」とし、「野放図な核競争は我々すべてを危機に陥れる。」と語った。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は条約[延長]に署名して、新STARTは「ロシア・米国間の戦略的関係の透明性と予測可能性を維持し、グローバルな戦略的安定性を支持することに資する。」と指摘するとともに、「国際状況にも望ましい効果があり、核軍縮プロセスにも貢献することだろう。」と語った。

条約は両国が配備する大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機をそれぞれ700基(機)に、戦略核弾頭をそれぞれ1550発に、未配備分を含むICBM・SLBM・戦略爆撃機の保有数を800基(機)に制限することを義務付けている。

核軍拡競争

米国と旧ソ連との間の軍拡競争は、世界が1945年8月に米軍による広島と長崎への原爆攻撃(12万9000人~22万6000人が殺害された)を目の当たりにしてから開始された。

Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.
Photo: Hiroshima Ruins, October 5, 1945. Photo by Shigeo Hayashi.

第二次世界大戦の激しい被害を引きずる当時のソ連はまだ超大国ではなかったが、このような強大な破壊力をもった核兵器が米国の手にのみ握られている状況は、ソ連にとって看過できるものではなかった。

ソ連は1949年に核開発に成功して米国に並んだだけではなく、破壊的な戦争への抑止力として、さらに、おそらくは平和を作る兵器としても、核を保有することになった。

これが、米国とソ連の間の核軍拡競争と超大国の競争の始まりであった。両国が二国間の軍備管理協定に同意するころには、両国でおよそ7万300発の核兵器を保有するまでになっていた。

それ以降は、世代全体が目前に迫る破滅の影に怯えながら生きてきた。1962年のキューバミサイル危機のようなときには、人類の生存は不可能なのではないかとの恐怖が蔓延した。

いくつかの兵器削減条約のために、核兵器の備蓄は合計1万3865発まで減少してきた。しかし、米国とロシアがそれぞれ保有する6185発と6500発の核弾頭は、地球を何回も焼き尽くすのに十分な量である。

軍備管理における転換点

President George H. W. Bush and President Mikhail Gorbachev sign United States/Soviet Union agreements to end chemical weapon production and begin destroying their respective stocks in the East Room of the White House, Washington, DC on the 1st of June 1990./ George Bush Presidential Library/ Public Domain

米国とソ連との間の軍備管理協議は1963年に始まった。この年、宇宙空間・水中・大気圏内での核実験を禁止する部分的核実験禁止条約に米国・ソ連・英国が署名したのである。

1969年以降、米ソ両国はいくつかの戦略的核兵器管理協定に合意してきた。

第一次戦略的兵器制限交渉(SALT I)は1969年に開始され、1972年には対弾道ミサイル(ABM)制限条約に合意した。交渉は同年、第二次戦略兵器制限交渉(SALT II)に引き継がれたが、ソ連がアフガン紛争に関与した1979年12月に打ち切られた。

1991年7月31日、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が戦略兵器削減条約(START)に署名した。同条約は、条約の定めたルールに従ったカウントの方法で、配備済み戦略兵器に関して、運搬手段を1600基(機)、弾頭を6000発にまで制限することを両国に義務付けている。

ソ連の崩壊後もロシアは、困難な時にあっても推進力を維持し続けてきた。

1993年1月、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とボリス・エリツィン大統領はSTART IIに署名した。配備済み戦略兵器の弾頭を3000~3500発に制限し、不安定化をもたらす複数弾頭の地上発射型ミサイルの配備を禁止したものだった。

しかし、批准手続きが遅れる中、米国が2002年にABM制限条約から脱退して、START IIも頓挫することになった。

2002年5月、ジョージ・W・ブッシュ大統領とウラジーミル・プーチン大統領が戦略攻撃兵器削減条約(SORT)に署名したが、のちに新STARTに取って代わられることになった。

2010年4月、米国とロシアは新STARTに署名した。両国が、戦略的核弾頭を1550発に、配備済みの戦略的運搬手段(ICBM・SLBM・重爆撃機)を700基(機)に、配備・非配備の運搬手段の合計を800にそれぞれ制限する、法的拘束があり検証可能な協定である。

第二次世界大戦以来、そして、両国が敵対していた冷戦期において、米国とソ連(のちのロシア)は、両国、そして世界全体に対して利益をもたらす多くの意義ある取り組みに関わってきた。

例えば、1963年の部分的核実験禁止条約、1975年に冷戦の敵手同士が軌道上で邂逅した宇宙でのアポロ=ソユーズ計画、1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約調印、1994年の初の米ロ共同スペースシャトル打ち上げといった共同の取り組みに両国は参加しており、1995年には、米国のスペースシャトル「アトランティス」がロシアの宇宙ステーション「ミール」と宇宙空間でドッキングして、軌道上で最大の宇宙船を形成している。

これらは、(しばしば、平和構築者ではなく戦争主導国として分類される)米国とロシアという2つの敵対する超大国による画期的な道標となっている。両国は、冷戦期の合計7万発から現在では1万4000発まで核弾頭を減らしてきている。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

国連は、1945年の創設以来、「来たる世代を戦争の惨禍から守る」という崇高な目標を達成するために核兵器を廃絶する努力を積み重ねてきた。

2021年1月22日に発効した核禁条約は、核兵器の使用、使用の威嚇、開発、生産、実験、備蓄を明確に禁止し、いかなる人々に対しても、またいかなる方法においても、条約が禁止している活動に対しての援助・奨励・勧誘をしないようすべての締約国に義務付けている。

国際赤十字委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁は核禁条約に言及して、「人類は今日、勝利を勝ち取りました。この条約は、75年以上にわたる努力の成果であり、核兵器が道徳的、人道的、そして今や法的にも容認できないことを明確に示します。この条約をきっかけに核弾頭にはさらなる烙印が押され、法的な障害が設けられます。条約によって、私たちは、このような非人道的な兵器から解放された世界を、実際に達成可能な目標として思い描けるようになるのです。」と語った。(原文へ

※ソマール・ウィジャヤダサは国際弁護士。スリランカ大学(1967~1973)、各種の国連機関(IAEA、FAO:1973~1985)に在籍、国連総会に対するユネスコ代表(1985~95)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)代表(1995~2000)を務めた。

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ンゴジ・オコンジョ・イウェアラ女史のWTO事務局長選出は歴史的出来事

【アブジャIDN=アズ・イシクウェネ】

2月15日の臨時一般理事会で初のアフリカ出身者、かつ初の女性でWTO事務局長(任期:今年3月1日~2025年8月)に承認されたンゴジ・オコンジョ・イウェアラ女史に焦点を当てた記事。WTOが本部を置くスイスメディアに「アフリカのおばあちゃんがWTOのボスに就任」と書き立てられるなど組織内のジェンダーバイアスとも立ち向かっていくかなければならないが、新型コロナパンデミック対策、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の始動、対中圧力を念頭にWTO改革を迫る米国とWTOに力を広げる中国との対立等、難しい舵取りを迫られることになる。(原文へ

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Dr. Agnes Kalibata, President, AGRA/ Wikimedia Commons
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【ニューヨークIDN=アグネス・カリバタ】

SDGsを達成するための「行動の10年」の一環として9月にNYで開催予定の「国連食料システムサミット」の意義と開催に向けた取り組みを解説したアグネス・カリバタ国連事務総長特使によるコラム。新型コロナウィルス感染症のパンデミック(世界的な流行)により大きく後退を強いられたSDGs17目標を軌道に戻すうえで、まずは全ての人々に食料を行き渡らせるための「食料システム(=食料の生産、加工、輸送及び消費に関わる一連の活動)」の再構築を実現することが緊急の課題となっている。(原文へ

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分極化したアジア太平洋において、民主主義はクラブではなく目標であるべき

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2021年2月14日に「East Asia Forum」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=ダン・スレーター】

分極化が米国を分断している。ドナルド・トランプ前米国大統領のもとで、分極化は米国の民主主義をほとんどズタズタに引き裂いた。

しかし、米国の内部が分極化しただけではない。太平洋の分極化にも直面している。中国との関係は、トランプ政権の数年間の後、国交正常化以来最悪の状態に達している。その間、トランプと習近平中国国家主席は揃って、強力な国家指導者としての個人崇拝を広めようとしていた。(原文へ 

ジョー・バイデン米国大統領は、政権の成功を国内の分極化の緩和に結び付けているが、皮肉なことに、トランプの退任によって海外の分極化が悪化する恐れがある。

トランプの在任期間中、現政権ゆえの制約によって、共和党の強硬な対中姿勢が少なくともギリギリのところで抑えられていたことはほぼ間違いない。米中関係が完全崩壊すれば、共和党政権に大混乱を引き起こすリスクがあったからである。野党となった今、共和党はもはやそれを抑える責任はない。

バイデンは、国内の結束を重視するあまり、意図しないこととはいえ、中国との関係を急激に悪化させる状況に陥る恐れがある。民主党と共和党の合意がほとんど何もないなかで、中国の脅威については意見が一致しつつある。国外の共通の敵は、国内の分極化をやわらげる役割を果たす。

中国に対する共和党の敵意がピッチを上げれば、バイデンは後れを取ってはいけないというプレッシャーを感じるかもしれない。第1に、「中国に甘い」、あるいは習政権下で悪化が進む中国の人権状況に寛容すぎるという批判から脇を守るためである。第2に、民主党と共和党がなおも団結できる問題が少なくとも一つできるからである。

容赦なく世界に広がる新型コロナウィルス感染症や気候変動がはっきり提示していることは、米国や中国のような大国同士の協調的行動がかつてないほど重要になっているということである。しかし、それは、かつてないほど実現しにくくなっているようだ。

環太平洋政治のあらゆる複雑性は、エスカレートする米中対立へと平板化されつつある。国内の分極化がいずれの極にも共鳴しない人々を周縁化するのと同じように、太平洋の分極化は、北東アジアと東南アジアの主要国の利害さえ脇に追いやるような状況をもたらしている。

近頃ミャンマーで起きたクーデターのように看過できないほど重大な出来事が発生したときですら、この平板化は顕著である。ミャンマーの安定における米中の共通の利益やこの国の複雑な歴史を理解しようとするのではなく、議論はたちどころに、影響力を奪い合うゼロサム対立を示すものへと発展していく。

米中間の“新たな冷戦”を警告する者は、実はリスクを過小評価している。1930年代に悪化の一途をたどった日米関係は、1950年代の米ソ関係よりも今の状況に近い。当時も、現在と同じようにアジアの新興勢力が米国の覇権を試し、その支配に異議を唱えた。今回もまた、対抗する両陣営の対応は、時が経つにつれてますます不適切なものになっている。

日本の類似性がソ連の類似性を上回る理由として、よりダークな事情もある。この4年間は、米国の政治情勢において人種差別が中心的役割を果たしていることを思い起こさせるものだった。ジョン・ダワーが指摘したように、太平洋における第二次世界大戦は人種戦争でもあった。分極化が最悪の面を見せるのは、それが憎悪感情を掻き立てる時であり、人種差別ほど憎悪感情を激しく招くものはない。

米中関係が分極化するほど、反中感情は臭気漂う煙を吐く。米中対立がただちにもたらす最も大きなリスクは、アジア系アメリカ人や在米アジア人に対する攻撃の増加である。

また、国際政治も分極化して民主主義と専制主義の世界的対立へと発展し、米国と中国が両陣営の先頭に立つ可能性もある。

このような見方は、根拠のない対立を煽るだけでなく、世界の民主主義を牽引するリーダーとしての米国の資質を誇張するものである。米国民主主義のもっかの使命は、先導することではなく存続することである。米国の経験は、民主主義(民主主義例外論ではなく)を維持・拡大するための終わりなき戦いである。

また、専制政治は中国の変えられない運命でもない。習近平が退いた後、中国共産党がその統治課題を解決し、戦略的な民主主義改革によって党の活性化を図るかもしれないという希望を捨てる必要はない。それは、1980年代に台湾と韓国の権威主義的政党が成し遂げたことである。

しかし、米国率いる民主主義陣営が、中国率いる専制国家群に対して壮大な道徳的戦いを挑んでいるという風に国際政治を描けば、民主主義は中国の国民にとっていっそう不快なものとなるだろう。民主主義は、排他的なクラブに入会するステータスマーカーとしてではなく、普遍的な価値や実践として表現されるとき、その魅力を最も発揮するのである。

米国はアジアの同盟国に対し、疎遠だった4年間の後、再び注力しつつあり、それは適切なことである。しかしながら、これらの同盟国をライバルクラブ打倒に向けて頑張るクラブのように位置付けることは、代償をもたらす。それは、短期的には分極化を深刻化させ、長期的には中国を含むアジア全域を民主化するという目標の達成をいっそう困難にする。

ダン・スレーターは、ミシガン大学で政治学教授およびワイザー新興民主主義センター(Weiser Center for Emerging Democracies/WCED)所長を務める。また、カーネギー国際平和基金の非滞在型フェローでもある。

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核兵器禁止条約を推進するために

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ティルマン・ラフ】

核兵器禁止条約(TPNW)は、2021年1月22日に発効した。多国間核軍縮条約の交渉が行われたのは25年ぶり(包括的核実験禁止条約<CTBT>以来)であり、そのような条約が発効したのは49年ぶりである(核兵器などの大量破壊兵器を海底に設置することを禁止する海底条約以来)。(原文へ 

これからはTPNWがあり、ゲームチェンジャーとなる。TPNWは、最悪の大量破壊兵器、人類と地球の健康に深刻な実存的脅威をもたらす唯一の兵器を、初めて包括的かつ絶対的に禁止する条約である。この条約はいまや、核兵器に関する行為や無為を評価する基準となった。この条約に盛り込まれている核兵器および核計画を廃絶するための枠組みは、国際的に合意され、条約として成文化されたもののみであり、期限を定めた、検証済みの枠組みである。また、この条約は、核兵器の使用や核実験の被害者を援助し、実行可能な場合には核兵器の使用や核実験により汚染された環境の修復を支援することをすべての締約国に義務付けた最初の条約である。

この歴史的条約の法的、政治的、道徳的効力を構築し、参加と実施を拡大し、また、この条約を可能な限り効果的に用いて核兵器の廃絶を進め、そのかたわらで核兵器使用の可能性と規模を削減するためには、多くのことを成し遂げなくてはならない。世界終末時計の針が今年はかつてなく危険なほど進み、「残り100秒」となっている今、暗さを増す核の風景において一条の明るい前進の光であるTPNWが実施され、影響力を発揮することは、きわめて重要であると同時に至急に必要とされている。核の近代化が継続され、九つの国が世界を巻き込む自爆兵器を廃棄する義務の履行を拒否している状況を許容し手をこまねいている時間の余裕はない。

各締約国は、自国で条約が発効してから30日以内(最初に批准した50カ国にとっては2021年2月21日まで)に、核兵器に関する自国の状況を説明する申告書を国連事務総長に提出しなければならない。

各締約国は、発効から18カ月以内に国際原子力機関との包括的保障措置協定を発効させなければならない。現時点でそれを履行していない締約国はパレスチナのみで、同国は2019年に保障措置協定を締結したが、まだそれを発効させていない。

 TPNWの第1回締約国会議は、オーストリア政府の主催により2022年1月22日にウィーンで開催されることになっており、この会議で決議するべき多くの事項が条約に定められている。

  • 締約国会議の手続き規則
  • 条約に参加する核武装国は、「(核兵器を)廃棄した後に参加する」か「参加した後に廃棄する」ことができる。後者の道筋で当該国が核兵器を廃棄するまでの猶予期間を、第1回締約国会議で決定する必要がある

 大雑把に言えば、第1回締約国会議において、条約の促進と実施を大幅に推進できるほど良い。決意があり、同じ志を持つ国々が集まり、周到に準備・運営された会議では、多くのことが達成できるだろう。しかし、TPNW専用の事務局がない現状では特に、第2回会議までの2年間とそれ以降も条約の実施と促進を継続する組織と手続きを、第1回会議で設置することが重要になる。TPNWの交渉は、国連総会の委託に基づく国連プロセスによって行われた。条約の寄託者は国連事務総長である。したがって、この条約を推進することは国連の仕事であり、これには国連事務総長、国連軍縮部および法務部などが関係する。

 第1回締約国会議は、以下によって、これらの作業を効果的に補強できるだろう。

  • 明確な目標と期限を設定した会期間作業プログラムを決定し、場合によっては、さまざまな分野で主導権を持つ作業部会を設置する。
  • 準備会合および/または会期間会合を開催する。
  • 以下のような主要課題に取り組む、継続的または期間を定めた専門諮問機関を設置する。
    • 条約の規定に従い、核兵器計画の不可逆的な廃棄の交渉および検証を担当する適格な国際機関
    • 核兵器の人道的影響と核兵器使用のリスクに関する新たな証拠やその進展について、締約国に定期的に報告する
    • 被害者援助と環境修復の義務に関する措置の根拠について技術的助言を提供する
    • 強力な国内実施措置の策定を支援する(また、優良実践例を共有する)ために、締約国に法的・技術的な支援や助言を提供する
  • TPNWをもたらした「人道イニシアチブ」の過程で進展した、政府、国際機関、市民社会の間の有意義な協力や相乗効果的なパートナーシップを継続する。これには、条約交渉において非常に建設的な役割を果たし、条約にも明記された世界最大の人道組織である赤十字・赤新月運動、TPNWに関して各国政府のアドボカシーパートナーとなった中心的な市民社会団体である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、そして核兵器の使用と核実験により直接被害を受けた世界中のヒバクシャが含まれる。

 こういったことすべてに資源、すなわち物資と資金の両方が必要である。締約国は、資金拠出に関してある程度の準備をしたうえで第1回締約国会議に出席するべきである。

核兵器の禁止は「核武装国の関与が得られなくても実現可能な、変革をもたらしうる唯一の手段であった」。今度は、この成果の力と価値を徐々に向上させていく必要がある。条約を支持するすべての者にとって重要な仕事は、条約調印国の数を増やし、さらにその調印国を批准国にすることである。一部の核武装国とその加担国によるネガティブな圧力(これは非難に値する)にも関わらず、159カ国が「人道の誓約」に賛同し、122カ国がTPNW採択に賛成票を投じたことを考えると、今後1~2年で批准国が100カ国に達することは可能なはずである。重要な瞬間が訪れるのは、歴史の流れに乗ってトラブルよりも解決に寄与することを選ぶ、最初の核武装国またはその加担国があらわれるときである。

締約国は、適時かつ有効な方法で自身の義務を履行し、その履行状況を定期的に報告するべきである。恐らく、核武装国とその加担国が参加する前に条約の影響力を拡大できる可能性が最も高い方法は、禁止された活動への援助、奨励、または勧誘を厳しく禁止することである。例えば、核兵器を製造する企業に事業売却を強制する、または奨励するなどである。また、条約を改定して適用範囲を拡大することも考えられる。例えば、条約を改定して批准国にCTBTの批准も義務付けるなどである。また、TPNWを用いて核分裂物質の管理と削減を進めることによって、より大きな影響を及ぼすことができるだろう。そのためには、締約国に対し、高濃縮ウランの製造を中止し、使用済み核燃料の再処理によるプルトニウム回収をやめ、分離プルトニウムを廃棄するか国際機関による厳重な管理下に置くよう義務付ければ良い。

TPNWは、最悪の兵器に対抗するためにわれわれが手に入れた最善のツールである。それを十分に活用しよう。

ティルマン・ラフ AO(Officer of the Order of Australia: オーストラリア勲章)は、医師、ICANおよびICANオーストラリアの共同創設者・初代議長、核戦争防止国際医師会議(IPPNW、1985年ノーベル平和賞受賞)の共同代表、メルボルン大学人口・グローバルヘルス学部(School of Population and Global Health)の名誉首席研究員である。また、オーストラリア戦争防止医療者協会(MAPW)の代表を務めた。MAPWは、IPPNWとともにICANを設立した。

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【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ

1月22日に発効した核兵器禁止条約(TPNW)について、積極的意味合いをもつ国際法に新たな条約が加わったことの重要性と意義に関して、さまざまな方面から多くのコメントが寄せられている。TPNWは、第15条1項に従って、50カ国目が批准書を寄託してから90日で発効する。これまでのところ、86カ国が署名、52カ国が批准している。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、この条約を「核兵器のない世界に向けた重要な一歩」と称賛し、「共通の安全保障と集団的安全のために、このビジョンを実現するために協力する」ようすべての国に呼びかけた。世界各地のメディアは、TPNWがすべての核兵器を禁止する初めての条約であることに着目し、核保有国に強い反対論があることを指摘している。

核保有国やその同盟国を含む多くの国の市民団体や世論は、 最後まで(禁止されずに)残った大量破壊兵器にあたる核兵器を世界からなくす歴史的な一歩として、条約発効を歓迎した。

ウィリアム・ペリー元米国防長官は、『原子科学者会報』誌に寄せた1月22日付の文章の中で、「禁止条約は、将来の不確定な目標としてではなく、すべての国が積極的に達成に向けて取り組むべき基準として核廃絶を正しく確立した。」と述べ、「アメリカは草分けの国であることに誇りを持っている。私たちは、核兵器のない山の頂上に向けて新たな道を切り開く最初の核保有国となろうではないか。」と力強く締めくくっている。

大量破壊兵器の他の2つのカテゴリーである細菌(生物)兵器と化学兵器を禁止する条約の交渉と採択を成功裏に支持し促進したものと同じ発想が、核兵器の禁止を支えている。核不拡散条約第2条にある核兵器の部分的禁止と、核兵器の保有・非保有に関わらずすべての締約国に適用されるTPNWの全面的禁止との間にはかなりの違いがある。

TPNWは、核実験被害者への支援義務を含む独自の人道的アプローチを採っていることに加え、非核保有国がNPTなどの過去の条約ですでに成した公約を強化し、諸国家間の文明的関係を支える基本的な発想の下では核兵器は受け入れられないという原則を打ち出している。この条約は、核兵器の開発、製造、備蓄に対抗する強力な規範的、道徳的な力となる。

TPNWは、特定の国に向けられたものでも、一方的な軍縮を主唱するものでもない。条約に加盟した核保有国は、条約の第1条・4条に従って行動を取ることになるが、その軍縮プロセスの中で相互の安全を確保するために、核保有国間で協調的取り決めを成すことが排除されているわけではない。

The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras
The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, signed 20 September 2017 by 50 United Nations member states. Credit: UN Photo / Paulo Filgueiras

核兵器国は実際、自らの安全を守る共通の方法を探ることをまさに目的とした一時的な取り決めについて、過去に協議したこともあった。敵意と不信に満ちた何十年の間に蓄積されてきた多くの経験は、不安定な軍事的・戦略的優位を際限なく、かつ何の成果もないままに追い続けるよりも、核兵器の廃絶と有機的に結びついた形で漸進的な削減を図っていくことに安全を求める方向にシフトさせることが可能だ。

自らが核兵器を持ちつづけることを正当化するために他国の核兵器保有の陰に隠れることは合理的ではない。文明を消し去ってしまう兵器を保有することは、端的に言って正当化できるものではない。もし正当化できるなら、どの国でも核兵器を取得する正当な理由があることになってしまう。「核兵器が存在しつづける限り、我々は(核兵器を)保有し続ける」というしばしば繰り返される言い回しは、「核兵器なき世界」という自らが口にしている目標を達成する現実的な方法を編み出す常識的なオプションを検討することすらしようとしない利己的な姿勢を表したものだ。

核軍縮は、国際関係における強引な手法や脅しにとって代わることになるだろう。核兵器国は、TPNWに対して鈍い感覚しか持たず怒りに満ちた敵意を向けているよりは、条約に建設的に関与した方が、望ましい結果を得られるだろう。

一部の識者らは、既存の核兵器国を巻き込まない核軍縮条約は効果的でないという事実を強調している。TPNWは、実際に核兵器を保有する国々の誠実な参加なくしては、その目的を完全に達成することができないのは明らかだ。しかしTPNWは、武力衝突から、人類の生存に関わる問題に対処する広範なコンセンサスを生み出す必要性へと、わたしたちの関心をシフトさせるものだ。

核兵器の価値を熱烈に称揚する国々は、潜在的な脅威に対してなされる完全なる破壊(=核兵器)に依存することで自らや地球の安全が保たれるという理屈を、自国民はもとより世界の世論を納得させることに失敗している。核保有国の同盟国も含め、全世界で行われた世論調査を見れば、核兵器を完全廃絶するための、効果的で、法的拘束力があり、検証可能で時限を区切った措置に対して市民からの強い支持があることがわかる。

核兵器国の一部には、核兵器の開発・研究・生産を可能にする国家や機関、既得権団体に対してTPNWの発効が与えるプレッシャーは、世論が政府やその他の主体の行動に影響を及ぼす民主主義が確立された国でのみ効力を発揮するという意見がある。しかし、これは事実の半面でしかない。あらゆる社会において、人びとは自らの望みを行動に変換する方法を見出してきたのだ。

Sergio Duarte
Sergio Duarte

世界の歴史が明確に示しているように、人びとの意見や態度、信条が、専制的で抑圧的な体制が打ち立てた壁を突き破ってきた。国際法は、政治体制に関わりなくあまねく適用される。対内的なプレッシャーは市民社会からのみ起こるのではなく、他国の発表や個人の行動、国際組織、有名人のとる立場、民衆の良心の一般的な強さからも起こるものだ。無意味な軍拡競争と、進展のなさに対する不満が募る中、核軍縮の効果的な措置を求める世論はますます強くなるだろう。

発効51年を迎える核不拡散条約(NPT)のすべての加盟国は、核軍縮の方向に向かって効果的な措置を早期に達成するとの意図を明らかにした前文と、とりわけ、「核軍拡競争の早期の停止と核軍縮に関連した効果的な措置に関する交渉を誠実に追求する」とした第6条を履行する義務を負っている。

核兵器禁止条約を交渉し採択した122カ国は、まさにそれを実行することで範を示したのである。これらの国々の努力は称賛されるべきであり、否定したりするのではなく追随されるべきものだ。そうすることによって、核兵器の完全廃絶は最終的に達成される。

「核軍縮・核不拡散体制の要石」とされるNPTの加盟国は、核軍縮義務のこれ以上の軽視を認めてはならない。来るNPT再検討会議の機会を利用して、核兵器の脅威を世界から除去しようという重要かつ緊急の任務に対するTPNWの貴重な貢献を認識し、その点に関する効果的な行動に合意しなくてはならない。発効したTPNWは今や、この取り組みの不可欠の一部になったのである。(文へ

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