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カザフスタンが成し遂げた「核兵器のない世界」:グローバル安全保障のために果たしたナザルバエフ初代大統領の貢献。(イェルラン・バウダルベック・コジャタエフ在日カザフスタン共和国特命全権大使)

【東京IDN=イェルラン・バウダルベック・コジャタエフ】

40年で456回の核実験

─カザフスタン共和国は、国際社会の中で積極的に核不拡散と軍縮に取り組んできました。

旧ソ連邦下のカザフスタンにあったセミパラチンスク核兵器実験場の名前は聞いたことがあると思います。この地で、ソ連邦初の核兵器実験が実施されたのは1949年8月29日のことでした。地域全体を包んだ眩い光は、ソ連が原子爆弾の開発と実験に成功したことを意味していたのです。

それから89年までの40年もの間、セミパラチンスク実験場は、ソ連の地上・地下の核実験の主要な場所の一つでありました。累計でじつに456回の核実験(340回の地下核実験と116回の大気圏内核実験)が実施されたのです。

国内外の専門家によると、この地域は、甚大な環境被害に苦しみました。その結果すべての住民は、放射線の被による病気の発症や死亡、さらに遺伝的損傷等を被ったのです。旧実験場跡地の最も危険な場所の放射能レベルは、現在でも毎時1万~1万マイクロレントゲンにも達しています。

Chagan nuclear test, 1965. The text above the image says in Russian

─そうした状況をカザフスタンの人々は受け入れていたのでしょうか。反対の声はなかったのですか?

それは、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が冷戦終結を宣言した89年のことです。その年の2月、地下核実験の失敗で放射能が環境中に放出されたことが明るみになりました。それまでもカザフ国民の不満や不安は高まっていましたが、この事件をきっかけにカザフ最大の都市であるアルマトゥイの作家組合の建物の周辺で抗議集会が開催されました。これこそが国際的反核運動「ネバダ・セミパラチンスク」の発端となったのです。

─その翌年、独立したカザフスタン共和国初の大統領にヌルスルタン・ナザルバエフ氏が選出されます。

90年4月24日に、初代大統領となったヌルスルタン・ナザルバエフが、大統領として最初に行った重要な政治行動が、「核兵器に反対する平和の有権者会議」の開催です。同年5月24日から3日間、カザフだけでなく世界約30カ国の反核運動家や団体の代表が、アルマトゥイの地に集結しました。さらに10月25日には、最重要文書「国家主権宣言」を採択します。この第1条では、カザフにおける核兵器開発と実験の禁止が、高らかに謳われています。

その後もナザルバエフ大統領は、議会の特別会合を招集し、ソ連の同意なしに核実験場の閉鎖を議論することを発表。さらにこの特別会合の閉会の辞で、大統領は自身の責任で実験場の閉鎖を宣言するのです。こうして91年8月29日、彼は法規命令409「セミパラチンスク実験場閉鎖について」に署名しました。

─こうしてみると、核実験場閉鎖までの道のりは順調だったように思えますが。

The 1st president of Kazakhstan, Nursultan Nazarbayev/ By Ricardo Stuckert/PR – Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br

そんなに簡単なものではなかったと思います。なにしろソビエト時代にこの深刻な問題について公言するには、周到かつ大胆さが必要でした。それに、旧ソ連の共産党首脳部や軍産複合体の代表の見解と相反する考えを打ち出すには、相当な勇気を持たなくてはならなかったはずです。

なぜなら、政府の決断に対して公然と抗議する人間は、どんな仕打ちを受け抑圧の対象になったか、ソ連に住んでいた誰もが覚えていたからです。それを恐れずに成し遂げることができたリーダーは、ナザルバエフ以前にはいませんでした。

私が日本の大学で講義の機会をいただく際には、常に核軍縮と核不拡散の問題に留意し、核実験について詳しく伝えるとともに、セミパラチンスク実験場を閉鎖したナザルバエフ大統領の歴史的な決断についても紹介しています。日本の学生は、大変に関心を持ってくれます。なんといってもカザフスタンと日本は、ともに自国民が核兵器の破滅的な力を経験しているからでしょう。両国民にとって核兵器問題の解決は、いまだ根元的な重要課題であると思います。

ナザルバエフのリーダーシップ

─その後、91年の12月にソ連邦は崩壊しますが、カザフ共和国はソ連から引き継いだ核兵器も自発的に放棄しました。

2010 Portrait of Senator Sam Nunn/ By Nuclear Threat Initiative – Nuclear Threat Initiative, CC BY-SA 4.0

独立を果たした初日から、ナザルバエフ大統領は、人類が核兵器から自由になるための政策を実行し、核不拡散体制を強化してきました。アメリカの安全保障分野で著名な元上院議員サム・ナン氏は、核拡散防止体制におけるカザフスタンが示したリーダーシップについて、こう力説しています。

「当時のカザフスタンは、140以上、つまりフランスと英国と中国を合わせた数よりも多い核兵器を所有していた。それがどれほど重要なことであるのか、よく記憶している。同時に、ルーガー上院議員と私はカザフスタンを訪れて大統領と会見した。大統領は、核兵器を手放す意思を伝えてくれた。そのことが、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの核兵器放棄の全体的な決断に、どれだけ大きなインパクトを与えるのかについても、私はよく分かっていた」

名前の出た元上院議員のリチャード・ルーガー氏も、旧ソ連諸国の軍縮プロセスに関与した当時をこう回想しています。

「90年代初頭、私はナザルバエフ大統領やウクライナ、ベラルーシの首脳が、自国の兵器解体を米国の支援のもとで実施し、核兵器不拡散条約(NPT)に非核国として加盟することを受け入れてもらうべく私的外交に携わった。(ナザルバエフ)大統領は、直ちに自国におけるそのメリットを理解したのみならず、近隣諸国の、また、すべての国々が享受できるメリットも認識していた」と。

ソ連崩壊後、カザフスタンは世界で四番目に多い数の核兵器を持つ国となる可能性がありました。にもかかわらず、ナザルバエフ大統領は、核兵器を放棄するという前例を見ない英断を行ったのです。それは、紛れもなくカザフスタンの歴史において重要な決断でした。

─核保有国となる誘惑を、ナザルバエフ大統領が断ち切ったわけですね。

ナザルバエフの後を受けて第2代大統領に就任したカシム=ジョマルト・トカエフによると、92年春に、リビアのカダフィ大佐からナザルバエフ大統領に対して、カザフの核兵器を保持したいとの提案があったそうです。トカエフは当時副外務大臣を務めていたので、はっきり覚えているそうですが、在モスクワのリビア大使館からカザフスタン外務省に送られてきた書簡には、ナザルバエフが初のイスラム教徒の原子爆弾所有者になれる千載一遇の機会が到来したと記されており、共にそれを実現する方法について、また財政支援の可能性までも言及されていました。しかしトカエフによると、カダフィの書簡が届く前に核兵器不拡散条約に加盟する「主要な決定」がすでに下されていたこともあり、真剣に取りあうことはなかったそうです。元より、誇大妄想じみたこの提案は、不適切かつ無責任であると、カザフスタンは明確に理解していたと、トカエフは述懐しています。

─今も昔も、核抑止論には根強い支持があります。その中で、ナザルバエフ大統領の決断は、非常に重いものだと感じます。

そうですね。ナザルバエフ自身が、核兵器の放棄は容易ではなかったと述べています。まずは国内において、核兵器保持の推奨者が存在しました。彼らの主張の第一は、敵対する可能性がある国からの侵攻を阻止する効果的な抑止ツールであるという、反論が難しい意見です。次に核兵器の保有は、カザフスタンが地域の超大国となるステータスを得ることにつながる。その上、基礎科学、応用科学分野を引き合いに出し、科学や技術発展を目的とした核施設の重要性も強調されました。しかしナザルバエフ大統領が指摘した通り、核実験の黙示録的な影響に、どこよりも苦しんだ場所は、おそらくカザフスタンなのです。だからこそ、核兵器保有と引き換えに、自国民と国土を破壊し続けるような権利は、道徳的に持ち得なかったのです。

カザフスタンと日本の使命

─カザフスタンと日本は、核不拡散の分野でどのように協力してきたのでしょうか?

両国は、98年の国連総会の席上、共同で決議案を起し、同決議に基づき、翌99年にセミパラチンスク支援東京国際会議が開催されました。また核実験がもたらす結果についての共同研究活動も行ってきました。核実験場があったセメイと、広島、長崎の三都市における医療・公共機関との間では、緊密な相互連携も確立しています。

lag of Kazakhstan and Japan/ Embassy of Kazakhstan in Japan

さらに日本は、セミパラチンスク核実験場が閉鎖された8月29日を記念して、同日を「核実験に反対する国際デー」と宣言する国連総会決議に、先進国で唯一の共同起草国として加わりました。また2015年から2年間にわたった、第9回包括核実験禁止条約(CTBT)発効促進会議においても、カザフスタンと日本は共同議長を務めました。

─被爆国日本と、核実験に苦しんだカザフスタンは、核不拡散へのリーダーシップが最も期待される国ですね。

15年10月27日、ナザルバエフ大統領と安倍晋三首相は、包括的核実験禁止条約に関するカザフスタン・日本首脳共同声明に署名しました。また翌16年4月1日には、アメリカのワシントンにて、二回目のカザフスタン・日本共同声明を発出しました。

安倍首相が、15年にナザルバエフ大学で行った政治講演でも、核不拡散と軍縮の分野においての二国間協力の重要性を強調されています。「いまやカザフスタンと日本は、核軍縮・不拡散という人類史的課題の先頭を、手を携えて歩んでいます。(中略)本日のナザルバエフ大統領との会談では、一緒に頑張ろうという意思を、文字にしてお互いに確かめました。(中略)思えば、必然の成り行きでした。広島と、長崎、それからセミパラチンスク。(中略)思いは同じだからです。核軍縮・不拡散への意思、その不退転の決意です」(首相官邸ホームページより)

カザフスタンの行動は、国際社会の一員となる上での重要な過程を示しています。核兵器の放棄により、カザフスタンは、侵略者や、「ならず者国家になる可能性のある国」として国際社会からレッテルを貼られることもなくなったのです。ロシアや中国といった、近隣の核保有国とも敵対せず、むしろ圧倒的な平和関係を築くことができましたし、貿易関係も堅固です。いまや、カザフスタンは、近代的国家として認められ、地域と世界の平和と繁栄に対して実体のある貢献ができる国となったのです。

核放棄がもたらした賞賛と国の繁栄

─日本の読者へ向けてのメッセージをお願いします。

最後に強調したいのは、世界から大いに賞賛され、国連の公式文書にもなり、世界のリーダーや専門家の間で反響を呼んだ、マニフェスト「The World. XXI century 21(世界:21世紀)」の重要性についてです。このマニフェストが、16年にワシントンで開催された「核セキュリティ・サミット」の中でナザルバエフ大統領から発表されると、カーネギー国際平和基金本部をはじめ、ナザルバエフ大統領と米国の著名人や政治家との対話の中で大変な話題となりましたし、国際社会から熱烈に支持されました。カザフスタンが中央アジアの国として初めて、国連安全保障理事会の非常任理事国に選出(2017~18年)されたきっかけとしても、このマニフェストは象徴的でした。なにしろ平和と安全保障を維持する主要15カ国の一員として選ばれた事実は、ナザルバエフ大統領が世界の安全保障の強化に向けて尽力し、個人としても大きく貢献したことに対する、国際社会の高い評価を意味するものだからです。

カザフスタンは、戦争のない時代に核兵器がもたらした最悪の結末にどこよりも苦しみましたし、大きな犠牲を払うこととなりました。しかし、この経験があったからこそ、確実に世界をより安全な場所にするための重要な貢献をすることができたのです。

Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri
Semipalatinsk Former Nuclear Weapon Test site/ Katsuhiro Asagiri

カザフスタンは、軍縮、平和推進、グローバル安全保障を拡大する努力によって、地域の非核大国としての地位を強固なものにしました。核兵器の放棄が、経済や政治の発展への重要な要因となったばかりではなく、国内の安定にもつながったことは、声を大にして、国際社会に訴えていかねばなりません。

INPS Japan/『月刊「潮」2020年10月号より転載』

イェルラン・バウダルベック・コジャタエフ在日カザフスタン共和国特命全権大使。1967年生まれ。カザフ国立大学卒業後、モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学日本語学科を卒業。92年からカザフスタン共和国外務省アジア・アフリカ課に勤務。93年、国際交流基金日本語国際センター(埼玉県)に、96年には同沖縄国際センターに留学。2004年カザフスタン外務省アジア・アフリカ局長、08年在シンガポール全権大使を経て16年より現職。

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、2020年10月30日に「The Japan Times」紙に最初に掲載されたものです。)

【Global Outlook=ラメシュ・タクール

10月24日、広島と長崎に原爆が投下されてから75年を経て、ホンジュラスが核兵器禁止条約(TPNW)の50番目の批准国となった。条約は(2021年)1月22日に発効する。

サーロー節子は、カナダに住む被爆者である。彼女は、世界中の被爆者の代表として積極的に公の場で活動し、疲れを知らずに核兵器廃絶を訴え続けてきた。2017年のノーベル平和賞授賞式には、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の小さな代表団のひとりとして出席した(上の写真:ICANのベアトリス・フィン事務局長とともに)。2~3年前に私がトロントで行った講演で、彼女が聴衆の前に立ったとき、室内の空気が電気を帯びたようになり、心を揺さぶるずっしりとした歴史の重みが私の肩にのしかかるのを感じた。2017年7月7日、ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約の歴史的採択が行われた後、彼女は締めくくりのスピーチをするという大きな栄誉を与えられた。その場で彼女は、「核兵器は、これまでずっと道徳に反するものでした。そして今、法律にも反するものとなりました」と、記憶に残る宣言を行った。その宣言は3年早いものだったが、私たちは、彼女の言葉の重要性を理解した。(原文へ 

10月24日、広島と長崎に原爆が投下されてから75年を経た、国連創設75周年の国連デーに、ホンジュラスが核兵器禁止条約の50番目の批准国となった。条約は、1月22日に発効する。その日から、核兵器は本当に国際法によって違法となる。延期されている発効50周年記念の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議は、この新たな制度的実体のTPNW発効を間近に控え、来年開催される予定である(訳者注=パンデミックのため2021年1月に延期開催の予定だったが、8月に再延期された)。禁止条約は、核兵器保有国の中国、北朝鮮、米国や、核の傘で守られている同盟国の日本、オーストラリアなど、非参加国に対して法的義務を課すことはできない。しかし、核兵器に関する人道法、規範、実践、議論からなる包囲網を再構築するものとなる。

地理的かつ地政学的に見晴らしのきく地点から見ると、禁止条約は、非差別的かつ普遍的であるという点で大きな利点を有している。インド太平洋地域の保有4カ国(中、印、パキスタン、北朝鮮)のうち3カ国は、NPTに参加していない。中国のみがNPTに参加している。インドとパキスタンは署名しておらず、インドは、NPTが保有5カ国(米、中、英、仏、ロ)と残りすべての非保有国との間に核のアパルトヘイトを生み出したとして、激しく批判している。北朝鮮はNPTに参加していたが、2003年に脱退し、以来、核兵器と大陸間到達能力を構築している。これによりNPTは、インド太平洋地域にとって、また、朝鮮半島、インド・パキスタン間、中印間(いずれも核の火種となりうる場所である)にとっての法的ガバナンス構造として、ほとんど無意味になってしまう。

1996年9月に採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)は、一連の軍備管理協定の中では珍しいことに、法的には未発効であるものの実務的には完全に機能している。条約では、決定的な原子力設備および活動を有する44カ国を特定しており、発効にはこれらの国すべての批准が必要である。しかし、これは、神の生きている間とは言わないまでも、私の生きている間には実現しそうにない。条約に協力的でない8カ国のうち、中国と米国は署名したものの批准しておらず、インド、北朝鮮、パキスタンは署名もしていない。このような方法は、CTBTの法的地位を妨害するために意図的に仕組まれたものではないかと疑う者もいる。CTBTの採択以降実施された核実験はすべて、1998年から2017年の間にインド太平洋地域で実施されたものである。

核兵器禁止条約は、これとは対極的な罠にはまっていると言われる。核兵器を保有する9カ国すべてが条約に反対しているが、条約は、これらの国の参加を発効要件とはしていない。そのため、実際面では禁止は実行不可能なものになっている。さらに悪いことに、禁止条約はNPTを損なうもので、核軍縮を推進しようとする努力を妨げるものだと批判する者もいる。いらだちをあらわにする米国は、条約署名国に宛てた尊大な書簡において、「現在も将来も国際社会を分断し、核不拡散・軍縮に関する既存のフォーラムにおける分断をさらに広げるリスクを冒す」条約を採択するという「戦略的な誤り」を犯したと述べた。

NPTは、年月とともに色褪せ、規範としての能力が衰えているように見える。目覚ましい成功を収めはしたが、NPTは、根本的に異なる地政学的秩序において核問題を管理する最上位の国際枠組みとして策定されたものである。それは、平和目的の原子力技術の移転を、いくつかの条件によって監督するものだった。不拡散の目標は、核兵器を持たないすべての国の間に広く行き渡った。つまり、実際面では、条約本来の3本柱のうちいまだ実行されていない唯一の柱は、第6条に定める核軍縮の義務なのである。

それを雄弁に物語るのは、ロナルド・レーガンとミハイル・ゴルバチョフが着手し、その後任者が引き継いだ米国とソ連/ロシアの核弾頭数の大幅削減である。これは、NPTの外で進められた2国間プロセスであったが、現在は頓挫し、進路を反転させつつある。既存の合意は、新たな地政学的対立関係という、あたかもハイウェイでひき殺された動物の様相を呈しつつある。中国は、中距離核戦力全廃条約(INF)を3カ国(米、ロ、中)で締結しようとする努力を全面的に拒絶している。米国は、2015年のイランとの核合意から離脱し、さらには新戦略兵器削減条約(新START)の延長に消極的な姿勢を見せ、核秩序の支柱倒壊という絶望的状況に拍車を掛けている。

さらに悪いことに、NPT第6条を運用可能にすることへの拒絶に加えて、NPT本来の柱がじわじわと侵食されつつある。NPTで認められた核兵器保有5カ国は、NPTによって核兵器の保有と配備を許可されたという主張から、ニック・リッチー(Nick Ritchie)の表現によれば「資格、法的権利、永続的な正当性の表現」へと、さりげなく態度を変えてきた。これを何より如実に示すのは、トランプ政権で軍備管理担当のトップの座に就くクリス・フォード(Chris Ford、訳者注=トランプ政権の国家安全保障、不拡散担当国務次官補)である。彼は、(2020年)2月11日にロンドンで行った演説で、軍備管理に取り組む人々を見下すように切り捨て、彼らは美徳をちらつかせる核の選民主義者だとほのめかした。

NPT参加国社会の多くの国は、核兵器非保有国である。軍備管理の逆行に憤慨し、また、人道的懸念に動かされ、これらの国々は、核の正当性を取り消す主体的権利を取り戻すことを求めた。1月22日からは非人道的であるだけでなく違法となる核兵器保有をめぐり、核兵器配備と核抑止論の正当性の危機が深まるなか、核の傘に守られた国々は国内における困難に直面するだろう。「ジャパン・タイムズ」紙によると、公共放送局であるNHKが2019年12月に行った世論調査では、日本国民の66%がNPTへの署名に賛成しており、反対はわずか17%であった。

禁止条約は、市民社会と国家に対し、核兵器の全面的廃絶に向けた具体的な前進を実現するために、力を結集して新たな規範となる枠組みを支援するよう促すだろう。アントニオ・グテーレス国連事務総長がこの歴史的機会に寄せた声明で述べた通り、廃絶は「今なお国連にとって最重要の軍縮課題」である。2017年、国連総会はようやく、初めて、安全保障理事会の常任理事国5カ国(NPTが認める核保有国でもある)を合わせた地政学的重要性よりも、総会決議のほうが規範として重要性を持つと主張した。ベアトリス・フィンICAN事務局長の言う通りである。「この条約は国連の最も良い面が表れている。市民社会と緊密に協力し、軍縮に民主主義をもたらしたのだから」

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、核軍縮・不拡散アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)理事を務める。元国際連合事務次長補、元APLN共同議長。

INPS Japan

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IDN Sponsors Webinar on Nuclear Weapons Elimination By 2045

‘Target 2045: A New Rallying Call for Nuclear Weapons Elimination’ was the theme of a Webinar co-sponsored by the Basel Peace OfficeIDN-InDepthNews, Parliamentarians for Nuclear Non-proliferation and Disarmament (PNND), UNFOLD ZERO and #wethepeoples2020 on November 2.  It explored the political value of setting 2045, the 100th anniversary of the United Nations, as the target date by which the global elimination of nuclear weapons should be achieved, if not before.

Kazakhstan’s Permanent Representative to the United Nations in New York joined the call of civil society for achieving the global elimination of nuclear weapons at least by 2045. Setting the 2045 goal could provide a global rallying call to build a stronger movement that would leave no room for being dismissed as unrealistically early by those who rely on nuclear deterrence, they agreed. The discussions followed in the aftermath of Heads of State and Government Ministers addressing on October 2 a United Nations High-Level meeting on the elimination of nuclear weapons, along with the UN Secretary-General, the President of the UN General Assembly and two representatives of civil society associat,ed with the PNND.

Alyn Ware, Director of Basel Peace Office, World Future Council Member, and PNND Global Coordinator, chaired the Webinar. Speakers were: Ambassador Magzhan Ilyassov, Permanent Representative of Kazakhstan to the United Nations; Ramesh Jaura, Editor-in-Chief & Director-General, IDN-InDepth News, flagship agency of the non-profit International Press Syndicate group; Saber Chowdhury MP, Honorary President, Inter-Parliamentary Union (IPU), PNND Co-President; and Vanda Proskova, Vice-Chair, PragueVision Institute for Sustainable Security, and Co-chair, Abolition 2000 Youth Network.

As the Kazakh Ambassador pointed out, the 2045 proposal was introduced to the United Nations by Kazakhstan’s First President Nursultan Nazarbayev, first in a speech to the UN General Assembly in October 2015, and again when he hosted a special UN Security Council meeting on weapons of mass destruction in January 2018. President Nazarbayev appealed to the permanent members of the Security Council, in particular, to pledge to achieve the elimination of nuclear weapons by 2045.

“It was the decision of the First President of Kazakhstan to close the world’s second-largest test site and abandon the fourth largest nuclear arsenal, which gave impetus to the global nuclear test ban and the adoption of the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty, Ambassador Ilyassov pointed out.

Explaining IDN’s co-sponsorship of the Webinar, Ware emphasized the fact that a nuclear-weapons-free world is the agency’s central theme. The other dominant theme is sustainable development. In fact, the sixteenth of the 17 Sustainable Development Goals (SDGs) focuses on Peace and Justice, added Jaura.

He pointed out that the United Nations Office for Disarmament Affairs (UNODA) has worked out global norms for disarmament. These, according to UNODA, are vital to sustainable development, quality of life, and ultimately the survival of this planet, the crux of the SDGs.

The need for such norms obviously arises directly from the legacy of the last century plagued by wars and preparations for wars. The costs of such conflicts have been extraordinary. These have included not only the loss of untold millions of innocent civilians but also the annihilation of nature.

What is more: Weapons of mass destruction, along with excess stocks and illicit transfers of conventional arms, jeopardize international peace and security and other goals of the Charter of the United Nations, IPU’s Chowdhury and Prague Vision’s Proskova agreed.

Of course, disarmament alone will not produce world peace. Yet the elimination of weapons of mass destruction, illicit arms trafficking, and burgeoning weapons stockpiles would advance both peace and sustainable development goals.

It would accomplish this by reducing the effects of wars, eliminating some key incentives to new conflicts, and liberating resources to improve the lives of all the people and the natural environment in which they live.

Furthermore, disarmament will advance the self-interests, common security and ideals of everybody without discrimination.

Yet despite these benefits, disarmament continues to face difficult political and technical challenges. One such example is that the U.S. is exerting pressure on signatories to withdraw from some of the anti-nuclear treaties.

The U.S. administration has sent a letter to governments that have either signed or ratified the Nuclear Ban Treaty TPNW, telling them: “Although we recognise your sovereign right to ratify or accede to the TPNW, we believe that you have made a strategic error.”

The U.S. letter to TPNW signatories, obtained by The Associated Press, says the five original nuclear powers – the U.S., Russia, China, Britain and France – and America’s NATO allies “stand unified in our opposition to the potential repercussions” of the treaty.

It adds that the Treaty “turns back the clock on verification and disarmament and is dangerous” to the half-century-old Nuclear Nonproliferation Treaty, considered the cornerstone of global nonproliferation efforts.

Nearly two hundred experts in the field of nuclear disarmament and sustainable development participated in this global virtual forum. They commended Kazakhstan’s leadership and contribution to nuclear disarmament, and expressed commitment to work together to achieve our collective aspiration for Global Zero. Ambassador Ilyassov underscored that in order to achieve a nuclear-weapons-free world by 2045, it is necessary to undertake the necessary action..

This view was supported by PNND’s Ware, IDN’s Jaura, IP’U’s Chowdhury and Prague Vision’s Proskova. They called for all the countries, NGOs, civil society and faith organisations, youth, activists, and media to join concerted efforts and flashlight that date of 2045 and make it known around the world. Chowdhury underlined what the parliaments were doing in that respect.

It’s not only the resistance to a nuclear-weapons-free world but also the lack of willingness to draw lessons from the COVID-19 pandemic. A simple lesson is; to take to a new normal — a new normal in which weapons of mass destruction including nuclear weapons have no place whatsoever, maintained Jaura.

Chowdhury emphasized that the activities of parliamentarians in convincing their governments that the TPNW allows for a unique opportunity to invest funds in sustainable development projects for the benefit of their people and contribute to national, regional and international peace and security.

Together with Proskova, he emphasized the role of media and youth to join in creating awareness of the pressing need for global efforts to usher in a nuclear-weapons-free world. [IDN-InDepthNews – 05 November 2020]

Important link > First President Nazarbayev’s vision of a nuclear weapons-free world by 2045 endorsed in a global webinar

遠回しにカナダが核兵器禁止条約への反対を撤回

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は2020年10月30日、「The Hill Times」紙)に最初に掲載されたものです。)

【Global Outlook=ラメシュ・タクール

遠回しな形で、カナダ政府は核兵器禁止条約への反対を撤回した。現在は、条約の根拠を「認識する」としている。同条約は、2021年1月22日に発効する。(原文へ 

50カ国が批准した新たな条約を、トランプ政権は公然と非難し、また、NATOも拒絶した。カナダは、11月3日に予想通りジョー・バイデンが大統領に選出された場合、米国はより協調的な多国間の共同作業に復帰し、NATOは核兵器保有に反対する世界的規範の高まりを徐々に認識すると踏んでいる。

条約が法的拘束力を持つのは条約に参加した国のみであるが、その中核的条項である核兵器保有の禁止は、核抑止という軍事ドクトリンに真っ向から挑むものである。

カナダが条約に参加するわけではない。少なくとも歴史における現時点では。しかし、その政策は変わりつつある。条約の交渉が進行中だった2017年、ジャスティン・トルドー首相は、この取り組みを「無益だ」と言った。その後、122カ国が国連でこの条約を採択したとき、広報官はこれを「時期尚早」として退けた。それが今や、カナダ国際関係省はこう述べている。「我々は、核兵器禁止条約交渉の明確な動機となった、核軍縮に向けた国際的努力の進捗速度について広がっている不満を理解する」

これは同条約に対する明確な是認ではないと主張する者もいるだろう。しかし、カナダ国際関係省はこれまで、首相と真っ向から対立することを望まず、また、いまだに核兵器は安全保障の「最高の保証」であると主張しているNATOに真っ向から異論を唱えることを望まなかった。それを考えると、同省の声明は、政策転換を遠回しに表現したものといえる。近頃、いずれも自由党に所属する2人の元首相(ジャン・クレティエン、故ジョン・ターナー)、3人の元外相(ロイド・アックスワージー、ビル・グレアム、ジョン・マンリー)、そして2人の元国防相(ジャン・ジャック・ブレー、ジョン・マッカラム)がNATOの核政策を強く非難したことが、国際関係省に印象を与えたことは間違いない。禁止条約は現在、カナダで敬意をもって扱われている。当然考えられる次のステップは、カナダがNATOとの対話を開き、NATOの核兵器政策が禁止条約に沿ったものとなるよう働きかけることである。

政府の声明は、さらに、カナダは50年間にわたって「核軍縮に向けた実際的かつ包括的なアプローチ」を追求しており、それは核兵器不拡散条約(NPT)に「根差した」ものであると述べている。しかし、今なお9カ国が13,865基の核兵器(2019年時点=訳者注)を保有しており、NPTが核兵器なき世界をもたらしていないことは明白である。

このような核兵器削減努力の失敗を受けて、積極的な国家や市民社会のリーダーたちが新たな運動を起こし、核兵器の使用がもたらす破滅的な人道上の帰結について警告し始めた。その結果が、核兵器禁止条約である。

2017年にノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が主導する禁止条約は、核兵器を廃絶するふりをしない。また、禁止条約が核軍縮の「礎石」とたたえるNPTに取って代わろうともしていない。禁止条約がしていることは、核兵器に国際人道法から外れるものという烙印を押し、NPTで求められているすべての国が参加する核兵器廃絶に向けた包括的交渉の下地を作ることである。

同時に、禁止条約は単なる公衆教育の実践にとどまらない。それは、参加するすべての国に拘束力を持つ国際的な法的実体である。条約が併せ持つ教育的価値、政治的価値、法的価値が、世界を核兵器の廃絶へと一歩進めること。それが、米国の最も恐れることである。

米国は、条約批准国に批准を取り下げるよう求める書簡の中で、禁止条約は分断を招くものであり、「核軍縮の大義を推進する、現実的かつ実際的努力に水を差すものだ」と主張している。今後25年間で1.7兆ドルを投じて核ミサイルを近代化する計画の米国が、どうやって核軍縮を推進するのか、まったくもって理解しがたい。

ジョー・バイデンが大統領に選ばれたとして、彼が法外な支出を可能にしている軍産複合体と角を突き合わせるかどうかは、まだ不透明である。しかし、彼は選挙戦で、「核兵器のない世界に近づけるよう取り組む」と述べた。また、彼は条約を尊重する姿勢を強調した。「長年にわたって米国の両党の指導者たちは、米国が核兵器を管理し、最終的には廃絶する協定や合意を締結するなどして、核の脅威を削減するという国家安全保障上の責務と道義的責任を負っていることを理解していた」

バイデン政権が核兵器禁止条約を「認識する」には、かなりのプレッシャーをかける必要がある。しかし、条約に対する米国の攻撃を止めるだけでも、禁止条約が不拡散条約を強化するものとみなされるようになるだろう。刷新された政治的雰囲気の中で、かくも長きにわたって核軍縮を苦しめてきた麻痺が解けるかもしれない。

カナダは、ふさわしい慎み深さをもって、このプロセスを推し進めてきた。

*******

2020年10月26日に国際関係省からダグラス・ロウチに宛てて発行された声明:

  • カナダは、世界の核軍縮を明確に支持する。
  • 我々は、核兵器禁止条約(TPNW)交渉の明確な動機となった、核軍縮に向けた国際的努力の進捗速度について広がっている不満を認識する。
  • カナダは50年間以上にわたり、核軍縮に向けた実際的かつ包括的なアプローチを追求しており、それは、核兵器のない世界の条件を整えるために最善の道であると我々は考える。
  • カナダの核軍縮および不拡散政策は、国際的な核不拡散・軍縮体制の礎石となった核兵器不拡散条約(NPT)に根差したものである。
  • NPTに対するカナダのコミットメントは、発効以来揺るぎないものである。

ダグラス・ロウチ元カナダ上院議員は、元カナダ国連軍縮大使である。

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カリブ海諸国、核兵器禁止条約の早期発効を誓う

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核兵器禁止(核禁)条約が発効します!これはまさに、核兵器の終わりの始まりを刻むものです!この条約の批准国が50カ国目に達したという知らせを受けたとき、立ち上がることができず、両手に顔を埋めて嬉し泣きしました。私は核兵器の廃絶に生涯を捧げてきました。条約発効のために尽力してこられた全ての人々への感謝の気持ちでいっぱいです。世界中の数万の人々が一緒になってここまできました。強い連帯感を覚えています。

核禁条約が発効するという知らせを受けて、私の心の中に生きている、広島長崎で命を失った多くの魂に思いを馳せました。愛する姉や当時4歳の甥の英治や家族、同級生、そして原爆で亡くなった全ての子供たちの無垢な魂に「やっとここまでこぎ着けましたよ」と語りかけました。かけがえのない命で究極の犠牲を払わされた彼らに、最初にこの素晴らしいニュースを報告しました。

私は、他の被爆者の方々と同じように、亡くなった人たちのことをむだにせず、同じような苦しみを味わう人が二度と出ないようにするという誓いを立て、世界に対して核兵器の危険性を長年訴えてきました。

私はこの命があるかぎり、核廃絶に向かって邁進するという誓いを立てました。そして今、数十年に亘る運動を経て、核兵器を禁止する条約が近く国際法となるという画期的な節目を迎えるとこまでこぎつけました!

私はこのことに達成感と満足感、そして感謝の思いでいっぱいです。この気持ちは、広島・長崎で原爆を生き延びた人々や南太平洋の島々やカザフスタン、オーストラリア、アルジェリアで行われた核実験で被爆した人々、さらにカナダ、米国、コンゴのウラン鉱山で被爆した人々も共有していることでしょう。今も、世界では9カ国が、私の故郷広島を完全に破壊した原爆よりも遥かに壊滅的な被害をもたらす恐ろしい兵器を開発し続けており、多くの人々がこの野蛮な行動の犠牲になっています。あらゆる被爆者にとって、核禁条約が近く発効するという事実は大変大きな励みとなります。私は、核の犠牲になりながらも声を上げ続け今も存命の世界中の兄弟姉妹たちとこの瞬間を祝っています。

私たちはまた、核兵器が、放射能汚染であらゆる生命を奪う暴力装置であり75年もの長きにわたって全世界を人質にしてきた究極の悪であると認識している人々とともにこの瞬間を祝っています。また、この条約発効に向けて団結し、ともに尽力してきた世界各地の反核活動家の人々とともにこの瞬間を祝っています。私は、特に核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の仲間たちに感謝しています。ICANは外交や運動上の見解の相違を乗り越えて各国を協力へと導き、未来永劫に続く極めて重要なことを成し遂げました。

核禁条約の前文には被爆者の文字が刻まれていることに大きな感銘を受けました。国際法が被爆者のことを、こうした形で明記するのは初めてのことです。私たちは、こうして認知されたことを、核実験やウラン採掘、秘密実験による放射線被害に苦しんできた世界中の被爆者と共有します。さらにこの条約は、核兵器に関わる活動で先住民に対する不釣り合いに大きな影響がもたらされたことを認識しています。被爆者と先住民コミュニティーは、戦時の核使用のみならず、核実験や核兵器の生産活動によっても目に見えない放射線汚染を通して死と言語に絶する苦しみがもたらされることを独自に理解しています。さらにこの条約には、放射線の有害性が男性よりも女性や女児に顕著に現れるというジェンダーの視座が明記されています。

私は、核禁条約に被害者に対する援助や環境の回復といったポジティブな義務が明記されていることに感銘を受けています。それはこの条約が、放射能が世代を超えてもたらす悪影響に締約国が責任を負うという保証を明記したものだからです。私たちは、核時代は核兵器が存在した時代を超えて長く続いていくと理解することが極めて重要です。私たちは今後も末永く、放射性物質を封じ込め管理していかなければなりません。

しかし今は、(廃絶に向けた)第一歩を踏み出せたことを喜びたい。この圧倒的な感謝の気持ちは言葉ではうまく表現できません。私たちが無関心と無知に直面しながらも、いかに苦労を積み重ねてきたか!核兵器国や核兵器依存国から嘲笑されながらもいかに闘ってきたか!こうした様々な逆境にも関わらず、私たちはやっとここまでたどり着きました。ついに核兵器は、国際法のもとで非合法となったのです!

条約の発効により、世界中の核兵器廃絶論者は、大いに勇気づけられ活気づくでしょう。これから、私たちは活動に一層取り組んでいきます。今は祝うべきときですが、安心していい訳ではありません。世界は今までになく危険になっています。たしかに私たちはここまで到達しましたが、完全な核廃絶という目標に達するには、まだまだ長い道のりがあるのです。

核兵器の廃絶が完了する時には、私や原爆の記憶を持つ被爆者たちはこの世にいないでしょう。しかし核禁条約が発効するお陰で、その日は必ず訪れると確信できます。そしてその日が訪れたとき、私たち被爆者や核実験の被害者、世代を超えて放射線の毒に苦しんできた犠牲者らが記憶され、生き延びた人が核兵器の廃絶を報告してくれるでしょう。私たちはこの地球を愛しこの活動に連帯感を持っているので、あらゆる人々のための平和、正義、平等、思いやりを網羅する素晴らしい運動の一部として核廃絶が達成されたとき、私たちは魂になってより一層盛大な祝いに加わります。

核禁条約は新たな扉を大きく開くものです。これをくぐり抜ければ、闘いの新たな一章が始まります。それはこれまでに亡くなった仲間達の意思を背負いながら、将来世代からの心からの歓迎を受けつつ前進していくものとなるでしょう。核兵器の終わりの始まりが到来しました!ともに、扉をくぐり抜けようではありませんか。(原文へ

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原爆投下を生き延びて(和田征子日本原水爆被害者団体協議会事務次長)

|イスラエル|二国間関係が復活すればスーダン人難民は不透明な未来に直面する

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

国交正常化により故郷への強制送還を恐れるイスラエルのスーダン難民に焦点を当てた記事。イスラエルにはバシール前政権下のスーダンから逃れてきた約6500人の難民(同国の亡命希望者全体の20%を占めている)がいる。トランプ大統領は10月23日、米国の仲介によりイスラエルとスーダンが国交正常化に合意したことを公表した。(原文へ

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コロナ禍からのグリーン・リカバリーと日本における炭素中立社会の実現に向けた課題

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=松下 和夫】

コロナ禍は、世界の情勢を一変させた。副次的効果の一つは、世界的に経済活動と人の移動が制約された結果、大気汚染と温室効果ガス排出量が減少したことである。これを受け、復興の過程でより持続可能かつ健全な社会を創出しようという声が高まっている。いわゆる、「グリーン・リカバリー」(緑の復興)である。(原文へ 

現在、各国政府は、コロナ危機からの復興を支えるため、所得補償や「休業補償」などの緊急対応策の実施と並行して、中長期的な経済対策を実施している。これらの対策の規模は過去最大級であり、その内容は、今後の各国の社会構造に大きな影響を及ぼすことから、きわめて重要である。

国連事務総長、グローバル企業のCEO、その他のリーダーたちは、より強靭でより持続可能な、より良い状態への復興を目指すべきであり、経済刺激策は脱炭素社会を実現する機会として活用するべきであると提言している。

欧州連合(EU)は、「グリーン・リカバリー」の動きで先頭を走っている。コロナ禍による景気後退にもかかわらず、EUは、「欧州グリーン・ディール」を堅持し、着実に推進していくことを明確にしている。欧州グリーン・ディールとは、経済、生産、消費を地球と調和させることによって温室効果ガス排出量の削減に努める(2030年までに1990年の水準より55%削減、2050年までに実質ゼロ)と同時に、雇用の創出とイノベーションを促進する成長戦略である。

成長戦略としての欧州グリーン・ディールは、現行の経済システムを変革し、環境保護の取り組みを通して成長を実現する経済システムを生み出すことを目指しており、パリ協定が求める「脱炭素経済」を始動させることが、21世紀において持続可能な経済発展を遂げる唯一の道であると認識している。脱炭素化投資は、最も緊急性の高い投資項目であり、早期に脱炭素経済に転換すれば、先行者利得を得ることも可能である。

 気候変動対策を経済復興の柱とするグリーン・リカバリーは、世界経済、特に欧州においてトレンドとなりつつある。

2020年7月21日、EU首脳は、コロナ不況後の経済再建を促す「次世代EU」復興基金の設立に合意した。これは、EU予算とは別に7500億ユーロを債券発行により調達するもので、そのうち3900億ユーロを補助金に、3600億ユーロを融資に充てる。2021~2027年のEU次期7カ年中期予算案(約1兆743億ユーロ)と復興基金を合わせると、過去最大の1兆8243億ユーロの規模となる。そのうち、「少なくとも30%」が気候変動対策に充てられ、最大規模の環境投資を伴う景気刺激策となる。資金の返済は、EU予算における将来収入(2028年~58年)を充てる。その財源候補として、排出量取引制度(ETS)のオークション収入や国境炭素調整メカニズムなどが言及されている。

EUは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「グリーン移行」を促進しながら、経済を刺激し、雇用を創出するという成長戦略を掲げている。復興基金は、(1)国の重要な気候・エネルギー計画であること、(2)欧州グリーン投資分類(タクソノミー=taxonomy)上のグリーン投資に認定されること、(3)SDGs(持続可能な開発目標)予算との整合性を取ることを採択条件として、加盟国や地域へ供与される。

次世代EU復興基金の設立により、今後、再エネ、水素、交通システムなど、次世代の技術や産業の分野でEUが一層先行すると思われる。

それに対し日本では、これまでに実施された緊急経済対策は、グリーン・リカバリーの視点が含まれていない。日本は、気候変動対策における長期戦略の欠如と行動への消極性ゆえに、長らく国際社会から批判されてきた。グリーン・リカバリーの課題は、日本にとっても差し迫った問題なのである。

この課題に取り組む前提条件として、日本政府は、パリ協定に基づく温室効果ガス削減目標を強化し(2030年までに1990年の水準より少なくとも45%削減、2050年までに炭素中立)、国内における石炭火力発電所の新規建設を中止し、海外の石炭火力発電所に対する公的資金による支援を停止し、再生可能エネルギーの普及を加速しなければならない。

しかし、日本はいまなお、石炭火力発電所の新規建設を急ピッチで進めている。パリ協定後の世界では、再生可能エネルギーが電源間競争の勝者となり、分散型電力システムへの移行、デジタル化、脱炭素化が主流となる。日本の電源関連業界は、これらの潮流に背を向けてきた。日本の多くの経営者は、気候変動対策を新しいビジネスチャンスとしてではなく、「コスト上昇要因」としてのみとらえ、脱炭素化の困難性を強調してきた。このような状況では、脱炭素化した製品やサービスの開発を目指す熾烈なグローバル競争で後れを取り、国際競争力を喪失することになる。

気候変動対策は本質的に、人々の幸福の質を高めるために貢献する経済システムへの移行を目指すものである。気候変動対策としての景気刺激策は、持続可能なインフラや新規技術の開発など、将来への投資と捉えることができる。

コロナ禍からの復興策が化石燃料集約型産業、航空業界、観光業界への支援に限定されるなら、たとえ短期的な景気回復が実現できたとしても、脱炭素社会に向けた長期的な構造改革にはつながらない。日本の長期的な経済復興計画は、脱炭素社会への移行とSDGsの実現に寄与するグリーン・リカバリーであるべきである。

追記: 10月26日の菅首相の所信表明(ネットゼロ宣言)と日本におけるゼロカーボン社会実現に向けた課題

本稿脱稿後の2020年10月26日、菅首相は国会で所信表明演説を行った。演説で菅首相は、「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。」と述べた。約120カ国がすでに、2050年までに実質ゼロ排出というパリ協定の目標を掲げている中で、これは、遅きに失しているとはいえ歓迎すべき動きである。

とはいえ、現状の政策の延長線上では「50年に実質ゼロ排出」達成はおぼつかない。この目標の実現に向け、2030年目標の強化、石炭火力発電の段階的廃止、再生可能エネルギーの抜本的拡大、カーボンプライシングの本格的導入、原子力発電への対処など、解決しなければならない課題は山積している。

菅首相は、二酸化炭素の回収・貯留・有効利用(CCUS)、水素やアンモニアによる発電などの革新的イノベーションの必要性を強調している。しかし、これらの技術開発は、環境への影響や経済的実行可能性など不確定要素が大きく、実用化の時期は不確かである。

直ちにしなければならないことは、既存技術でできる対策、すなわち石炭火力発電の段階的廃止を早め、発電における化石燃料の使用を減らし、再生可能エネルギーの使用を大幅に拡大することである。その移行を促進する政策として、再生可能エネルギーを中心とする電源構成への転換や、送電システムの改革とともに、炭素税や排出量取引の導入の必要性も強調しておきたい。

 いずれにしても、2050年までに実質ゼロ排出を目指すという首相の所信表明をまたとない契機とし、日本が脱炭素化された持続可能な社会に向けて大きく舵を切ることを期待したい。

松下 和夫は京都大学名誉教授、国際アジア共同体学会(ISAC)理事長、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、日本GNH学会会長、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立審査役。環境行政、特に地球環境政策と国際環境協力に長く携わってきた。

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【ニューヨークIDN=ジョセフ・ガーソン

核兵器禁止(核禁)条約の批准国が50に達し、90日後の来年1月22日に発効する。広島・長崎の被爆者や核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の活動家、外交官らが、非核兵器世界の実現に向けた長い闘いに条約がもたらした貢献を喜び合った。

次の、最も重要なステップは、「核の傘」の下にある国ひとつ以上の署名と批准を得ることだ。欧州の北大西洋条約機構(NATO)加盟国か、あるいは、「クアッド」と名付けられた、いわばアジア太平洋地域におけるNATOのようなものに属する日本・オーストラリア・インドのうちの一つがこれに当たる(クアッドの4番目の構成国は米国)。

各国政府は、衰えつつある世界の覇権国の気分を害するようなリスクを自発的に取ることはない。過去に見てきたように、政府の政策や公約は、世論や公の議論、大衆の動員によって変わりうるのである。

Doomsday Clock/ BAS

核禁条約がつくり出す議論の場や仕組み、それが解き放つ政治的な力は、現在のまたとない機会に現れた。『原子力科学者会報』は、「世界終末時計」の針を「真夜中(=地球と人類の滅亡)まで100秒」に近づいているという、これまでになく厳しい警告を発している。これは冷戦開始以来もっとも、「真夜中」に近づいている。

世界の核大国はそれぞれの核戦力を強化している。南シナ海や東シナ海、台湾海峡において、1914年にサラエボで響いた銃声のように、軍が引き起こす事件や事故、見込み違いが、連鎖的に拡大する戦争を引き起こしかねない。同様のことがバルト海や黒海に関しても言える。米国によるB-52爆撃機の運用も含め、米ロ間の挑発的な軍事「演習」が、大惨事の引き金を引きかねない。

2017年に国連で条約交渉が行われ、122カ国の賛成を得て採択された事実は、原爆が投下された広島・長崎や、核実験が行われたマーシャル諸島、オーストラリア、ユタ州やセミパラチンスクの風下住民など被爆者たちによる多大な功績だと認識されなければならない。彼らの、感情のこもった、焼け付くような証言、彼らとその家族、コミュ二ティーが受けた被害からくる確固とした主張は、国際的な議論の焦点を、従来の表面的な安全保障問題に終始する不毛で詐欺的な内容から、国際的な議論の焦点を、安全保障上のみせかけの執着と不毛かつごまかしのものから、実際に核保有国が何をしているか、核兵器が人道上にも地球環境にとっても壊滅的な結果をもたらすというものに変えた。

毎年開かれる広島・長崎の世界大会や、オスロやナヤリット、ウィーンで3度に亘って開催された「核兵器の人道的影響に関する国際会議」(人道性会議)において、被爆者たちは、国連で核禁条約の協議を開始した外交官も含めて、人々の心を開き、心をつかんだ。

核禁条約は基本的に、批准国に対して、「核兵器やその他の核爆発装置を開発・実験・生産・製造・取得・保有・備蓄すること」を禁じるものである。また、核兵器や核爆発装置を移転したり受領したりすることも禁じられる。つまり、核兵器を自国に配備・展開させることが出来ないということである。さらに、核兵器を管理することや、条約で禁じられた行為に対する支援を与えることもできない。核兵器の被害者を支援し、環境回復を図ることも義務付けられる。そして、重要な意味合いをもちうる条項として、締約国に対し、日本や米国を含めた非締約国へ批准や署名を促すことを求めている第12条がある。

もし締約国に必要な勇気と想像力があるのならば、時間とともに、核禁条約を普遍化するために必要な政治的、外交的、経済的力と道徳的説得力を発揮することができるかもしれない。広島・長崎で聞いた被爆証言に心を突き動かされ、ウィーンで「核兵器の人道的影響に関する国際会議」を主催したオーストリアのアレクサンダー・クメント元軍縮大使は最近、これは長いプロセスになるだろうが、熱意をもってやれば達成可能な目標だとの見方を示した。

Ambassador Alexander Kmentt/ UN photo

核禁条約が必要であったというわけではない。50年前、核不拡散条約第6条において、核保有国は「核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、誠実に交渉を行うこと」を約束していた。また、国連総会の第一号決議は「平和目的にのみ利用するように原子力を管理」し、「原子兵器と大量破壊に応用可能なその他すべての主要な兵器を国家の軍備から廃絶する」ことを目指すと定めていた。

NPT発効から40年後、2010年NPT再検討会議の閉会にあたって、核保有国は「覆すことのできない約束」だとして、世界の核兵器を体系的かつ前進的に減らすための13項目の実践的な措置を履行することを再確認した。2020年のこれまでにその中で実際に採られた措置はわずか1つである。

米国を中心とした核保有国は、これらの国際的な法的義務を果たすよりは、人類の生存を可能とする「核兵器なき世界」を生み出すために必要な措置を採ることを頑なに拒んでいる。これらの国々は、大量虐殺を引き起こし地球さえも滅ぼしかねない核戦力を継続的に強化し、核戦争ドクトリンに磨きをかけ、核戦争の開始に向けた準備を進め、あるいは、開戦の脅しをかけている。

(ジャーナリストで学者のフレッド・カパン氏は新著『爆弾』のなかで、世界のほとんど誰も知らない話として、ドナルド・トランプ大統領が(北朝鮮に対して行った)「炎と怒り」の威嚇と核戦争の準備が、いかにして世界を壊滅寸前まで追い詰めたかを記述している。)

核兵器国は、誠実に核軍縮交渉を行う義務を規定したNPT第6条と2010年NPT再検討会議で行った「覆すことのできない約束」の履行を拒むことで、NPTの正当性を完全に破壊したとまでは言えないにしても、損なってきている。人類の生存を脅かすこうした核兵器国の不作為と、「人類と核兵器は共存できない」という被爆者による緊急の呼びかけが生み出した政治的な熱気、さらに世界の多様な平和運動が一貫した要求に徹したことが、核兵器禁止条約の交渉と署名、批准、そしていまや条約発効へとつながった。

核禁条約はそれ自体で核弾頭を一発たりとも減らすことはないが、核のハルマゲドン(最終戦争)に備えつつある国々を守勢に回らせる効果がある。

2020 NPT Review Conference Chair Argentine Ambassador Rafael Grossi addressing the third PrepCom. IDN-INPS Collage of photos by Alicia Sanders-Zakre, Arms Control Association.

米国をはじめとした5つの核兵器国(5大国)は、核禁条約はNPTを危機に晒すという誤った主張をして、当初から核禁条約の交渉と条約自体に反対していた。実際には、クメント大使が繰り返し述べているように、核禁条約はNPTを補完し、強化するものだ。

5大国は条約交渉をボイコットし、外交や記者会見の場で核禁条約への反対表明を行い、核兵器に依存する国々に対して、条約に署名・批准しないよう強い圧力をかけた。50カ国目の批准がなされる前夜にAP通信が報じたように、トランプ政権は、核保有国は核禁条約が「もたらしかねない影響に反対して連帯する」と述べて、条約を批准した諸国に条約から脱退するよう圧力をかけた。

古い諺にもあるように、海の潮を押しとどめようとするのに似て、これは無駄骨というものだろう。トランプ大統領やプーチン大統領、そして彼らの同志(=核保有国の指導者)たちは、すぐには消えそうもない新型コロナウィルス感染症の封じ込めに失敗しているのと同じように、核禁条約の発効を押しとどめることはできないだろう。

核禁条約の発効は、核兵器のない世界に向けた闘争の新たな段階の始まりとなる。広島・長崎の被爆者と日本の平和運動は、核兵器廃絶の闘いを長らくけん引してきた。彼らのキャンペーンは、核禁条約の実現にとって非常に大きな役割を担ってきた。

上で述べたように、核禁条約にとって最も火急の課題は、「核の傘」に依存する諸国の署名・批准を得ることだろう。この挑戦に成功すれば、核兵器国グループの結束を乱し、核保有主義の塊を崩すことになる。

日本は核攻撃による唯一の被爆国で、国民の多くは核禁条約を支持している。このことから日本政府が条約支持にまわるのは、時間の問題かもしれない。しかし、その実現のためには、広範でひたむきな運動、行動こそが必要となる。

明らかに、私たち米国市民には、世界で最も危険な国の政策やドクトリン、行動を変化させる道義的な責任がある。「核兵器なき世界」をもたらすとしたNPTの約束や、2010年NPT再検討会議で再確認された「核兵器の全面廃絶に対する核兵器国の『明確な約束』を含む核軍縮のための13項目合意を尊重し、実現しなくてはならない。

数日のうちに、米大統領選が終わるが、もしトランプ氏が、(231年前に奴隷制を擁護するために憲法に書き込まれた)非民主的な選挙人制度を通じて、あるいは選挙後のクーデターによって勝利するようなことがあれば、暗い見通しに直面することになるだろう。つまり、トランプ氏の専制が固められ、米国の先制攻撃能力を回復させようとしている国防総省の極度に危険なキャンペーンが強化されるのである。

選挙には限られた希望しかない。機能不全と詐欺、不遜、惨事に満ちたトランプ政権の4年が経過し、バイデン元副大統領が選挙を勝ちそうに見える。バイデン氏が核禁条約にすぐに署名することはないだろう。彼が勝利すれば、「核兵器なき世界」のために努力するとの公約に反して、核戦力の強化と、核戦争を戦い「勝利」するための米国の準備は続けられることになるだろう。

UN Photo
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しかし、良い面を見るならば、バイデン政権の4年間は、被爆者が始めた長い取り組みの次のステップを考える時間と政治的空間、機会を与えることになるだろう。我々は、バイデン氏に核兵器の先制不使用政策を採るとした公約を順守するよう主張していく。ポストコロナ、ポストトランプ期において経済・社会の再活性化が緊急に求められる中、必然的に国家予算の優先順位を巡って「大砲(軍事支出)かバター(社会支出)」議論が交わされることになるだろう。これにより、イランとの核合意への復帰や、核廃絶まではいかなくとも再び軍備管理が進められる展望、さらには、米国の核戦力とその運搬手段の更新に費やされる支出を大幅に削減する道が開かれるだろう。

先週、クメント大使は、核禁条約は、1980年代と同じように核軍縮の緊急性に関する「社会的論議」に火をつけることになるとの見方を示した。マサチューセッツ州議会は、核禁条約に従うために州が採るべき措置に関する調査を進めることを決め、米国政府が多額の核兵器関連費用を削減しNPT第6条を履行するよう強く求めた。このように、絶対的な力を持つ国の一隅でも、社会的論議は始まっているのである。(原文へ

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「変化の風」が「終身大統領」を目指すアフリカの指導者らを阻止するだろうか

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

英国のハロルド・マクミラン首相がかつて、「変化の風がアフリカ大陸を通じて吹いている。我々がそれを好むかどうかに関わらず、このナショナリズムの高まりは政治的な事実である。」と語った。

この発言は1960年代のことで、当時アフリカ大陸各地で英国の国旗が降ろされ、代わって新たに独立した国々の国旗が掲げられた。

「今でもあの旗を見ていたのを覚えています。英国の国旗が降ろされ、続いてナイジェリアの国旗が揚げられました。」と、ネットフリックスが新たに公開したドキュメンタリー番組「アフリカ植民地の旅」に収録されているフランチェスカ・エマニュエル事務次官は述べている。

「その光景はなんとも美しいものでした。ついに、素晴らしい日が私たちに訪れたのです。…この時の気持ちは、なんとも例えようがありません。」

しかしそれから40年が経過し、独立時の国民に対する約束は、憲法が規定する任期を遵守しょうとしないアフリカ各地の政治指導者らの挑戦を受けている。これに焦燥感を募らせてきた若者らが再び「国旗を掲げる」よう要求したことを契機に、コートジボワール、ギニア、カメルーン等、アフリカの十数カ国の街々で暴動が発生した。

ギニアでは、現職のアルファ・コンデ大統領(82歳)が3期目を目指して憲法改正を行った自身に対するデモに対して弾圧を指示している。アムネスティ・インターナショナルによると、憲法改正に抗議するデモ隊に治安機関が発砲するなどして、この1年で50人以上が死亡した。大統領選挙は10月18日に実施されたが、野党支持者と治安機関との衝突が広がり、混乱が懸念されている。

Map of Africa

コートジボワールでも、憲法の規定に反して3期目の出馬を表明したアラサン・ワタラ大統領(78歳)に抗議する数千人の群衆が首都アビジャンの通りを埋め尽くした。ワタラ大統領は5カ月前、大統領選へは立候補しないとして「指導者の世代交代」を宣言していたが、与党連合の統一候補が死亡したことを理由に前言を撤回した。大統領選挙は10月末に予定されている。

ナイジェリアのムハンマド・ブハリ大統領は、9月に開催された西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の会議で(コンデ、ワタラ両大統領に対して)、「私たちは各々の国の憲法の条項、とりわけ大統領の任期に関する規定を順守する義務があります。」「まさに大統領の任期問題が、私たちの国が加盟している西アフリカ地域に危機と政治的緊張をもたらしている分野に他なりません。」と語った。

「アフリカ大陸を通じて、現職の大統領が権力に固執する傾向が強まっており、そのことが失業、紛争、腐敗、経済不況、人権侵害を引き起こす原因となっています。欧米諸国から、アフリカの優れた指導者として高く評価されているルワンダのポール・カガメ大統領(62歳)でさえ、自らの権力を維持するための憲法の改正(3選を認めその後も最長2034年までの続投を可能にした)を行っています。事実、エコノミスト誌が発表した2019年版民主主義指数によると、55カ国あるアフリカ諸国のうち、半数以上が終身大統領か(エコノミスト誌が言うところの)独裁政権により統治されています。」と、コンゴ人フリージャーナリストのヴァヴァ・タンパ氏は語った。

アフリカでは向こう数カ月のうちに、タンザニア、ブルキナファソ、ガーナ、ニジェール、ウガンダ、中央アフリカ共和国で総選挙が予定されている。はたして、アフリカ各地で広がりつつある民衆運動は、再び「変化の風」をもたらすだろうか。(原文へ

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|視点|新型コロナで浮き彫りになる搾取的労働へのグローバルな構造的依存(ランダール・ハンセン トロント大学ムンクグローバル問題・公共政策校所長)

【トロントIDN=ランダール・ハンセン】

2019年11月、カナダ連邦政府の関係者がトロント大学ムンク校を訪れ、来たるグローバルな脅威について解説するよう依頼された。私たちは、不平等や飢餓、気候変動、公衆衛生、プラスチック公害等について議論したが、その際、病原菌に言及したものは誰もいなかった。せいぜい抗微生物薬耐性の脅威についての議論が最も近いものだった。

4ヶ月後、その部屋で議論した誰もが都市封鎖(ロックダウン)に遭遇した。新型コロナウィルス感染症が、まるで貨物列車が踏切に停まったままの車に衝突したかのように、世界を襲ったのだ。ウィルスが私たちの日常生活のリズムを寸断した結果、今後経済や政治は再構成を余儀なくされるだろう。

それがどのような形でなされるかは依然不透明だが、このことだけは確かだ。すなわち世界中で、中流階級の生活水準が、肉体労働者、とりわけパンデミックの最中においては、安値で働く大勢の移住労働者の死に依存しているということだ。新型コロナの感染拡大がこうした依存の事実を浮き彫りにしたが、そのこと自体は新しいことではない。なぜなら、少なくとも1970年代以来、これは各国と世界の資本主義の基本的な特徴であり続けているからだ。コロナ禍の灰の中から立ち上がる、新しく、より公正な世界について様々な議論がなされている一方で、世界が低賃金労働にどっぶりと依存している問題については出口が見えない状況が続いている。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

コロナ禍は、世界が低賃金で搾取的な労働に構造的に依存している事実を白日の下にさらした。

2月にアジアの多くの地域で、3月に欧州と北米の多くの地域でロックダウンが広がる中、低熟練の移民労働者は、失業・監禁・追放・感染という4つの運命に見舞われることになった。

トルコでは、パンデミックにより国内の経済成長と海外送金が大きな打撃を受け、非正規部門で働いていた370万人のシリア移民の多くが真っ先に解雇された。ロックダウンされたシンガポールでは、3万人の移住労働者が1部屋当たり20床というすし詰め状態の寮に閉じ込められた。

ナレンドラ・モディ首相が3月24日に13億人の国民に対してロックダウンを発表したインドでは、少なくとも60万人の国内移民が故郷に戻ろうとした。道路や鉄道に殺到する彼らの姿は、インド・パキスタン分離独立時にみられた逃避行と追放の記憶を想起させるものだった。サウジアラビアでは、ロックダウン措置に伴い、政府は2800人以上のエチオピア移民を追放した。

こうしたロックダウン措置に伴う解雇や追放の事例は、先進国か途上国かを問わず、あらゆる国々が低賃金の移住労働にいかに構造的に依存しているかを露呈した。2019年に5540億ドルに上った海外送金は、国際援助よりも多くの収入を産んでいる。タジキスタンでは、ロシアに移住した100万人以上の一時労働者からの海外送金が、同国のGDPの実に半分を占めている。

新型コロナの感染拡大のために、世界の海外送金は今年、1080億ドル減となるかもしれない。しかし、南の発展途上国もまた、安価な移住労働に依存している。主として、インドや中国の内地移民、マレーシア、香港、シンガポール、タイ、ペルシャ湾岸諸国の外部からの移民である。彼らは、建設・製造・食肉加工・介護・清掃など、多くの肉体労働に従事している。

北の先進諸国では、複数の部門が未熟練の移民労働者に依存しているが、とりわけ、農業と食肉包装の2つの分野が際立っている。食肉包装と食肉加工では、労働者が密集した環境で、年々早くなる生産ラインで送られてくる鶏、豚、牛の解体作業に従事している。移住労働者らは、狭苦しい、しばしば不潔な場所で暮らすことを余儀なくされている。契約上の詐欺や賃金の詐取、ビザの違法な取り上げなど、人身売買が横行している。

これらの部門は、新型コロナに集団感染する格好の温床となっている。ドイツやアイルランド、フランス、ベルギー、ポーランド、オランダ、米国で、食肉加工工場が新型コロナのホットスポットになり、何万人もの労働者が罹患している。米国だけでも、すでに5月までに食肉工場、鶏肉工場の労働者1万6200人が陽性判定を受け、86人が亡くなった。死者の87%がマイノリティであった。

メディアの論評の多くが、こうした状況に驚きや、怒りすら示している。しかし、世界経済が安価で取り換えがきく労働者に依存してきたことを考えれば、こうした反応は不思議と言わざるを得ない。国際労働機関の統計によると、世界の移民の21%が未熟練労働者だが、これは過小評価だ。名目的には中程度の熟練とされている人の多くが、実際には未熟練だからだ。

1970年代以来、テイラーシステム(科学的管理法)を体系的に適用してきた企業は、かつては熟練労働だった販売アシスタントや組立工、スーパーのレジ係、事務補助員などの仕事を未熟練労働に替えてしまった。工場は労働者の研修を削減し、機能をルーティーン化し、(バーコードに典型的にみられるような)技術を利用して、労働を未熟練化した。労働の未熟練化はえてして、労組加入率の低さ、低賃金、福利厚生の不在を意味する。

SDGs Goal No. 8
SDGs Goal No. 8

小売り・接客・建設・農業・食肉包装の部門に低賃金労働者が層を成して存在しているということは、衣料品や住宅、ファーストフード、食料雑貨、そしてあらゆる種類の小売品が、本来あるべき価格よりも安いということを意味する。これらの商品やサービスが生産される条件はあまりに魅力がない(3K「きつい」「きたない」「危険」)ため、地元出身の労働者たちは、よりよい賃金を求めてこれらの部門から退出していく。そして合法、違法に関わりなく、移住労働者がその穴を埋めることになる。

このプロセスはグローバルなものだ。フィリピンの未熟練労働者が香港に移住して家事労働をしている。未熟練のカンボジア人やミャンマー人がタイに移住して農業や製造業で働いている。未熟練のメキシコ人が米国に移住して食品包装や農業、建設、介護部門で働いている。バングラデシュやインドネシア、中央アジアの低熟練労働者らがペルシャ湾岸諸国やマレーシア、ロシアに移住して、建設部門で働いている。

インドや中国では、数千万人にのぼる国内移住者が同じ機能を担っている。新型コロナの件があっても、この構造は全く変わらない。実際、新型コロナの感染拡大で構造的損害を被った貧しい国々では、安価な労働者、とりわけ安価な移住労働者への需要は、むしろ強まっていくことだろう。(原文へ

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