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韓国外交に対する言説の3つの謎

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=チャンイン・ムーン】

韓国は、米国との強固な同盟を守りつつ、中国との戦略的パートナーシップを維持しなければならない。

物や現象の観察では観察者の主観は大きく影響するものだ。それを避けることはできない。しかし、現実の課題に対する政治的解決策には、客観的な事実と時代に即した常識に基づく裏付けが必要である。

文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の外交政策に対する最近の多くの批判は、もっぱら主観的な先入観からなり、この客観的な事実と常識を全く無視しているようである。(原文へ 

この点を、近頃メディアで取り上げられた三つの問題を用いて説明しよう。

第1の問題は、「クアッド」(日米豪印の4カ国戦略対話=Quadrilateral Security Dialogue)に関する議論である。

保守系のメディアや評論家は、文政権が米国の求めに応じてクアッドに加わらなかったことに失望を表している。そのような要請は米国から公式にも非公式にも受けていないと政権が断言しているにもかかわらず、これらのメディアは、ソウルがただちにクアッド参加を表明しない限り韓米同盟は終わりだと人々に信じ込ませようとしている。

アントニー・ブリンケン米国務長官の説明によると、クアッドは、米国、日本、インド、オーストラリアが多くの問題を慎重に検討するための非公式な集まりである。先のクアッド首脳会議で採択された声明は、新型コロナワクチンに関する協力、気候変動に関するワーキンググループ、ハイテクおよび新興技術に関する協力など、非軍事的な問題を扱うものだった。

したがって、クアッドは明白に中国に対抗するために形成された軍事同盟とは見なされないはずである。そして、韓国政府はすでに、非軍事的分野でクアッドと協力する意思を表明している。

外国メディアは、この問題を歪曲し、誇張する役割を果たしている。2021年4月11日、日本の読売新聞は、ホワイトハウスのジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官が韓国の徐薫(ソ・フン)国家安全保障室長に対してクアッドに参加するよう強く圧力をかけたとする、不正確かつ大部分が架空の記事を掲載した。

一部の中国メディアも、韓国に対してクアッドに加わらないよう不適切な圧力をかけており、クアッドはまだおおむね概念的な組織であるのに、“NATOのアジア版”と評している。

これらは、“フェイク・ニュース”に基づく物語性を持った報道の典型的な例である。韓国のメディアとオピニオンリーダーたちがそのような記事に操られているのを見ると、当惑せずにはいられない。

第2の問題は、徐薫国家安保室長と鄭義溶(チョン・ウィヨン)外相の近頃の行動に関する報道と解説である。4月初め、徐は日米の国家安全保障担当補佐官との会合に出席した。同じ頃、鄭は中国の王毅外相と中国の厦門で会談した。

一部の新聞は、韓国が危険な「二股外交」あるいは「綱渡り外交」を行っていると懸念している。また別の新聞は、中国は韓国を米国の同盟体制において最も結合が弱い部分と見なし、圧力をかけており、文政権は会合の開催に即座に同意したことにより、深刻な苦境に陥っていると主張している。

この種の主張には常に、韓国が国家安全保障は米国に依存し、経済は中国に依存するという戦略的曖昧性を維持するなら、最終的には米国に見捨てられ、韓国の安全保障はボロボロになるという予言が含まれている。

筆者は、このいずれにも同意できない。韓国政府の外交政策と国家安全保障政策が目指すところは、朝鮮半島の非核化実現による戦争の防止と平和の確立である。その目標に向かって、韓国は、米国との強固な同盟を守りつつ、中国との戦略的パートナーシップを維持しなければならない。

徐国家安保室長が、バイデン政権による北朝鮮政策の検討に韓国の観点が反映されるよう尽力することと、鄭外相が中国とともに朝鮮半島を非核化する方法を論じることに、なんらの矛盾はない。

現時点で、米朝間の対話を再開し、韓米首脳会談を設定し、中国に北朝鮮の態度変容を促すよう依頼することは、全て必要な外交行動である。

筆者は、保守派が原則と国益に基づく透明性の高い大国外交を行う文政権を称賛したくないことは理解するが、彼らが文政権の外交政策を国に損害をもたらすとして攻撃する傾向があることには困惑している。

最後の問題は、韓米日の3国間協力に関する批判である。文政権の反日感情が3国間の協力を困難にし、北朝鮮の軍事的脅威に対する防衛態勢を弱体化させ、韓米同盟に多大な影響を及ぼしているという主張である。

韓米日の国家安全保障担当補佐官が最近メリーランド州アナポリスで会合して以来、いわゆる3カ国調整グループ(TCOG)の復活をめぐる話さえ出ている。TCOGは、金大中(キム・デジュン)政権下の1999年、効果的な北朝鮮政策の確立に関する協力を促進するため、韓米日が発足させた。

北朝鮮の核問題を除いたとしても、3カ国の協力は重要である。しかし、協力が行われるためには、それぞれの立場の者が同じ認識を持っている必要がある。

1998年8月の北朝鮮による「テポドン」ミサイル発射実験がTCOGを実現し、ペリー・プロセスの進捗が3カ国のいっそう密接な協力を可能にした。議論の焦点は、北朝鮮に対する軍事抑止力と同じ程度に、制裁解除と人道支援にも向けられていた。

たとえ韓国と日本の歴史問題の論争がなかったとしても、北朝鮮の核問題に対する3カ国の姿勢が現在のように鋭く対立する状況では、3国間協議が多くの結果をもたらす可能性は低い。

 外交政策が国益を根拠とする必要があることは常識である。しかし、上記の三つの事例では、そのような常識が欠如しており、政治的な物語が大きく幅を利かせている。

なぜこれらのコメンテーターたちは過激な選択を要求する一方で、白か黒かの性急な選択は重要な国益を損ねる恐れがあるという事実を意図的に無視しているのか、筆者にとっては不可解である。非常に残念なことだ。

チャンイン・ムーン(文正仁)は韓国・世宗研究所の理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

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【ニューヨークIDN=ソマール・ウィジャヤダサ】

米国のジョー・バイデン大統領は、「米国史上最長」となるアフガニスタンの戦争を2021年9月11日までに終結させると表明した。

「帝国が死に赴く国」と言われてきたアフガニスタンの歴史を振り返ることは、なぜ多くの帝国が同国に侵攻して失敗したかを理解する一助となるだろう。

「帝国の墓場」と呼ばれてきたアフガニスタンは、アジアと欧州を繋ぐ古代シルクロード上に位置し、インド、パキスタン、ロシアといった強国と山々に囲まれた内陸国である。

またアフガニスタンの地は、何世紀にもわたり、様々な帝国がこの地に侵攻したため、多様な文化が出会い物資やアイデアが交換され、人種と文化の坩堝であった。

紀元前328年にアレキサンダー大王がこの地を征服するまで、アフガニスタンはペルシャ帝国の支配下にあった。

またアフガニスタンの地では、紀元前305年にこの地を征服したクシャーナ朝から10世紀末まで仏教文化が栄えた。その痕跡は、今でもアフガン各地に点在する様々な仏陀像、仏塔やフレスコ画に彩られた多くの石窟寺院に見て取ることができる。(2001年、タリバンの指導者オマール師は、約1500年前に中国とインドから来訪した僧らが砂岩の断崖に彫刻した2つの大仏像【高さ55メートル、33メートル】の破壊を命じた。)

その後、1000年に亘り、フン族、トルコ人、アラブ人がこの地を侵攻し1219年にはモンゴルのチンギス・ハーンが来襲している。そしてその後も、アフガニスタンは、16世紀にムガール帝国を興したバーブルを含む、インド、ペルシャの諸王朝による支配を受けた。1747年にはアフマド・シャー・ドゥッラーニーがアフガニスタンのカンダハルを拠点に、ペルシャ、ムガール、ウズベク領に版図を拡大しアフガニスタンの基礎を作った。

19世紀になると大英帝国が1838年から42年と78年から81年にかけてアフガニスタンに2度侵攻したが植民地化することには失敗した。

By RIA Novosti archive, image #644461 / Yuriy Somov / CC-BY-SA 3.0

1979年、ソ連はアフガニスタンのバブラク・カルマル率いる共産党政権を支援するため(米国や西側諸国はこれを侵略と捉えている)軍をアフガニスタンに進めた。しかし、ソ連軍は、その後何年にも亘って欧米諸国の支援を受けたアフガンゲリラ(ムジャヘディン)による反政府ゲリラ活動に苦しめられた。

米中東研究所(本拠:ワシントンDC)によると、「1979年のソ連軍侵攻から10年間で150万人のアフガン人が殺害され数百万人が負傷した。また620万人がパキスタン、イランなど国外に逃亡し、220万人以上が国内避難民となった。」

ソ連による支援にもかかわらずアフガニスタンのマルクス主義政権は権力基盤を固めることに失敗した。1989年になると、ソ連軍が15,000人の兵士と数十億ドルを失った末に10万のソ連軍を撤退させたため、アフガニスタンは無政府状態に陥った。

1992年、ムジャヘディン各派はアフガニスタン・イスラム国の樹立を宣言したものの、まもなく内戦が全国に拡大し、1996年に首都カブールを占領したタリバンがアフガニスタン・イスラム首長国の樹立を宣言した。タリバン政権は極端な解釈によるイスラム法の適用を含む極めて厳格な統治をアフガニスタン全土に実施し、国内各地に残っていたイスラム以前の多くの文化的シンボルを破壊していった。

タリバンはまた、テロリストに訓練を施し、隠れ家も提供した。なかでも、アルカイダ創始者のオサマ・ビンラディンを匿ったことは、とりわけ重要な点である。

その後アルカイダが訓練したゲリラは、1993年にモガディシュで米軍兵士18人を殺害したほか、同年ニューヨークの世界貿易センター爆破事件、1998年にはナイロビの米国大使館爆破(213人死亡、4500人重軽傷)、ダルエスサラームの米国大使館爆破(11人死亡、85人重軽傷)など、数多くのテロ事件を引き起こした。

オサマ・ビンラディンによる最大の攻撃は、米国内を標的にし、3000人近い人々の命と共に世界貿易センターを倒壊させたた2001年9月11日の同時多発テロで、米国はこれを契機にオサマ・ビンラディンの逮捕とアフガニスタンにおける彼のテロリストネットワークの壊滅に動き始めた。

バイデン大統領、米国史上最長の戦争に終止符を打つ

バイデン大統領がアフガニスタンにおける戦争終結日として表明した2021年9月21日は、世界貿易センター、ペンタゴン、ペンシルベニア(ユナイテッド航空93便テロ事件)を標的にアルカイダによるアメリカ同時多発テロを受けて、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)がアフガニスタンへの侵攻を開始してから20周年にあたる。

September 11 attacks in New York City: View of the World Trade Center and the Statue of Liberty./ Public Domain

バイデン大統領は、自身を含めて過去4人の大統領が米国にとって史上最長の戦争を終結させようとしてきたと指摘したうえで、アルカイダを根絶し、米国に対してこれ以上のテロ攻撃を防ぐというアフガン戦争のそもそもの目的は、2021年にオサマ・ビンラディンがパキスタンで殺害された時点で達成されていた、と主張した。

米軍の撤退はドナルド・トランプ政権が2020年2月にタリバンとの間に結んだドーハ合意の一部として合意したものだ。これによれば、2021年5月1日を米軍をアフガニスタンから完全撤退させる期限と定めていた。従って、タリバンは、もしこの期限が順守されない場合は、米国とのいかなる交渉にも応じないとしている。

アフガン戦争が最も激しかったオバマ政権時には、約10万人の米軍兵士と約45,000人の北大西洋条約機構(NATO)軍の兵士がアフガニスタンで任務に従事していた。

公式文書によると、過去20年間に約2400人の米兵と1100人のNATO軍兵士が死亡し、数万人の米兵が負傷、少なくとも50万人のアフガン人(政府軍兵士、タリバン兵士、民間人)が死傷し、数百万人のアフガン人が家を追われ、米国民の2兆ドル以上の血税がアフガニスタン戦争に費やされた。

国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)によると、2021年1月以来、女性と子供を含む約1800人の民間人が政府軍とタリバンの戦闘に巻き込まれて死傷している。

とりわけ女性の死傷率が37%、子どもの死傷率が23%上昇している。犠牲者の大半は政府軍とタリバン間の地上戦闘、簡易爆発装置、民間人を標的とした殺人にまきこまれて死亡している。

民間人の犠牲者の大半は、タリバンを含む反政府勢力によるものだが、アフガニスタン政府軍や政府を支持する勢力による民間人殺害も今年になって多く報告されている。

バイデン大統領の方針に同意しない声もある

米軍が2002年にアフガニスタンに侵攻した際はほぼ全会一致に近い両党派の支持を得ていたが、アフガニスタンからの完全撤退を表明したバイデン大統領の決断については、共和党はもとより一部の民主党議員からも、「撤退で戦争終結というわけにはいかない。それでは敵に勝利を明け渡すようなものだ。」等の反対の声が上がっている。

US Capitol, west side/ By Martin Falbisoner – Own work, CC BY-SA 3.0

共和党の間では今回のバイデン大統領の決断に対する非難の声が広がっている。ミッチ・マコーネル上院少数党院内総務は、この決断を「深刻な失敗」であり、「米国のリーダーシップを放棄するものだ。」と語った。また、リンジー・グラハム上院議員は、アフガニスタンからの撤退は「大失敗の始まりだ。」と述べている。

米軍による当初のアフガン侵攻を監督したディック・チェイニー副大統領(当時)の娘で共和党のリズ・チェイニー下院議員は、アフガニスタン撤退の決断を「米国がテロリストによる脅威を根本的に理解していないか故意に無知を装っている危険な兆候であり、タリバンや(アルカイダ)に宣伝戦の勝利を明け渡し、米国の世界におけるリーダーシップを放棄するもので、敵の思うつぼの展開だ。」と述べて非難した。

民主党のジーン・シャヒーン上院議員は、「この決定は、米国のアフガニスタンの人々、とりわけ女性達に対するコミットメントを毀損するものだ。」とツィートした。

私はこれまでに執筆した多くの記事のなかで、米国が人権、自由、民主主義を口実に中東地域に対して向こう見ずな介入を行い、膨大な人的、財政的損失を招いた経緯を述べてきたが、バイデン大統領がこの壊滅的な戦争を終わらせる決意をしたことを支持したい。

未完了の任務

米国は前提条件も不測の事態に備えた方策もないままアフガニスタンを撤退するため、米軍の後ろ盾を失うアフガニスタン政府が崩壊するのは明らかだろう。首都カブールや主要都市は依然として政府の統治下にあるが、広大な農村部は気短で残忍なタリバンの支配下にある。

多くの不確定要素に満ちた難問は、はたしてタリバンとアフガニスタン政府の間で和平合意がなされるのか、それともアフガニスタン政府が崩壊してタリバンが国全体を掌握する事態になるのかという点である。

もしタリバンによる全土支配が現実のものとなれば、タリバンは再び少女の通学を禁じ、女性を虐げて家内奴隷としてのみ人間以下の存在を認めるような原始的で抑圧的な統治を復活させるだろうか。また、ベトナム戦争後にみられたように、タリバンはアメリカ人に協力したアフガン人に報復を行うだろうか。

Babur 1st Mughal Emperor/ Public Domain

いずれにせよ、米国は2001年(の米軍侵攻当時)にアフガニスタンを専制的に統治していたものと同じタリバンの指導者が支配する、分裂して荒廃したアフガニスタンから撤退しようとしている。

元国連武器査察官のスコット・リッター氏は、「つまるところ、20年に亘ったアフガニスタン戦争では、2000人を上回る米兵が犠牲になり、数兆ドルにのぼる国費が浪費され、数十万人のアフガン人が殺害された一方で、アフガニスタンの国土が荒廃した他に、なんら達成されたものはなかった。」と語った。

これはムガール帝国の創始者バーブルが遺した言葉「アフガニスタンはこれまでもこれからも決して征服されることはない。いかなる敵にも降伏することはない。」を想起させるものだ。(原文へ

※著者のソマール・ウィジャヤダサは国際弁護士。ユネスコを代表して国連総会に派遣(1985~95)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)ニューヨーク事務所長(1995~2000)を務める。

INPS Japan

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【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

核兵器禁止(核禁)条約の履行を推進する非政府組織の連合体でノーベル賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が、核兵器からの資金引揚げを訴えている。「核禁条約の発効は、『財布(=資金源)』という核兵器製造者の最も痛いところを突く重要な機会を提供しています。」と、ICAN活動家は語った。

核爆発のリスクが冷戦後で最も高まっている中、銀行や年金基金、投資企業が2017年から19年の間に依然として7480億ドルを投資し、世界全体で前例のないような苦しみを人類にもたらしかねない兵器に私たちの貯金をつぎ込んでいる、とICANは主張している。

核不拡散・軍縮議員連盟(PNND)などに集う世界の議員らは、新型コロナウィルスのパンデミックがもたらす健康や経済上の課題に対処しつつ、核兵器やその他の軍備に割り当てられる予算を問題にしている。

PNNDと列国議会同盟が2020年11月に発行した『私たち共通の未来を確実に:安全保障と持続可能な開発に向けた軍縮に関する議員ハンドブック』で、こうした問題の一端が触れられている。とりわけ「パンデミックと軍縮、公衆衛生、経済の持続可能性」という章が重要だ。

他方、米議会では2人の民主党議員が「ICBM法案」と呼ばれる取り組みを開始している。地上発射型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)に対する930~960億ドル規模の国防総省の新規予算を阻止し、それを普遍的な新型コロナウィルスワクチンの開発に充てることを目指している。民主党のエド・マーキー上院議員は、「米国は、あらたな地上発射型大量破壊兵器よりも大量予防ワクチンに投資すべきだ。」と述べている。

マーキー上院議員は、PNNDの共同議長を務めている。PNNDは国内的にも国際的にも、議員らが集う超党派的なフォーラムで、核不拡散・軍縮関連の情報を共有し、協調的な戦略を発展させ、核軍縮への構想や核軍縮活動の領域に関与するための取組みをおこなっている。

マーキー上院議員は、2017年以来、カリフォルニア州第17区から下院議員に選出されている民主党のロヒット・カナ議員とともに、3月26日にこの取り組みを開始した。マーキー氏は、上院外交委員会東アジア小委員会の議長であり軍事委員会の委員でもある。カナ氏は、バラク・オバマ大統領の下で、2009年8月8日から11年8月まで、商務省次官補代理を務めた経験がある。

「ICBM法案は、偶発的な核戦争を引き起こすリスクがある冷戦期の核態勢から徐々に抜け出すことができる一方で、敵を抑止して同盟国への安全保障を維持しながら、新型コロナウィルスやその他の『今そこにある危機』に対して資金を振り向けることが可能であることを示しています。」と、カナ議員は語った。

「コロナ禍がもたらした惨事は、限定的ものでも核戦争がもたらす惨事と比べれば、かすんだものになってしまうだろう。ICBM法案は、核兵器から世界を救い、命を奪うのではなく救うためにお金を使うことを優先することを明らかにしたものです。」とカナ議員は付け加えた。

ICAN

「地上発射型弾道ミサイル計画は必要ありません……計画を前進させる論理的な理由はどこにもないのです。遥かに少ない予算で、既存のミニットマンIIIミサイルを延命させることもできるし、代わりに、新型コロナウィルスのパンデミックという目前にある緊急の国家安全保障上の脅威に対処すべきです。」と、カナ議員は続けた。

米会計検査院(GAO)は、米国の核兵器を近代化するために2046年にかけて計画されている、地上発射型弾道ミサイルやそれに関連する弾頭、プルトニウムピットの生産等を含めた1.7兆ドル規模の予算に対して、本当に支出可能なのかとの疑念を長らく指摘している。

ICBM法案は、米国が今後何十年にもわたって地上発射型弾道ミサイルに2600億ドルもの投資をしなくても、財政支出可能な範囲内で、引き続き敵を抑止し同盟国に安全を保障できる核戦力を維持することが可能だということを示している。2020年10月に実施された世論調査によると、大陸間弾道ミサイル「ミニットマンIII」を新たな地上発射型戦略ミサイルに更新することを望んだのは有権者の僅か26%のみで、実に60%がこれに反対していた。

ウィリアム・ペリー元国防長官もこの法案を支持して、「この国の病理がどこにあるかと考えるかはともかくとして、新世代の核ミサイルがその答えでないことだけは確かです。良いニュースは、米国は、(ICBM法案を通じて)同時並行的にお金を節約しつつより大きな安全を確保できるということです。議会は、核兵器向け予算を、新型コロナ対策のようなより緊急のニーズに振り向けることができるし、またそうすべきです。」と語った。

生存可能な世界に向けた評議会」の代表であるジョン・ティアニー元米下院議員は、「第二次世界大戦の死者よりも多くの米国人が新型コロナウィルスで亡くなる中、米国は国家安全保障上の優先順位をどこに置くのかを再考すべき時にきている……冷戦戦略を闘うためにより多くの核兵器を製造するよりも、今日及び将来の難題に対処するためにお金を使おうではないか。」と語った。

プラウシェア財団」の政策研究責任者であるティム・コリーナ氏は、「新しい核ミサイルよりも、マスクとワクチンの確保を優先すべき時です。必要もないし安全ももたらさない核兵器に限られた資源を投じるべきではありません。代わりに、私たちの税金を、家族の支援やパンデミック対策に振り向けるべきなのです。」語った。

憂慮する科学者同盟」グローバル安全保障プログラムの責任者スティーブン・ヤング氏は、「米国は、我々の安全を守るためにICBMを必要としていないというだけではなく、現在の『即時発射』態勢は、誤認または偶発的な核発射のリスクを高めて核戦争を起こしやすくしているのです。」と指摘したうえで、「米国は、地上発射ミサイルの建造・配備のために2640億ドルもの資源を費やすのではなく、パンデミックの撲滅や気候変動対策、人種間の平等の構築のために資金を使うべきであり、ICMB法案はその重要なプロセスの第一報になります。」と語った。(文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

2021年4月11日にナタンツの主要な核施設が攻撃(イスラエルによる攻撃の可能性が非常に高い)を受けた後、イランのハッサン・ローハニ大統領は、ウラン濃縮度を60%に引き上げると述べた。技術的な点から見ると、これによりイランは、本格的な兵器級のウラン濃縮度(90%)にもすぐ手が届く状態になる。私には、染みついた無意識の人種差別という以外に理由が理解できないのだが、欧米諸国は猛然と経済的圧力に訴える。それは、北京が大物気取りのキャンベラに身の程を知らせる必要があると信じているために、オーストラリアの輸出品に対して強硬な制限措置を取っているのと同様である。しかし、彼らは、自分たちの価値観と政策志向に従うことを他国に強要できると信じている。(原文へ 

リバースサイコロジーを応用していないだけでなく、米国の政策立案者たちは相変わらず地政学に対する理解もできていない。歴史上の重要な地政学的教訓として、「敵の敵は味方」と「のけ者同士は団結する」の二つがある。欧州史に対する権威ある見識と傑出した知性を備えたヘンリー・キッシンジャーにとって、中国をソ連から引き離す必要があった。ジョー・バイデンが政治家としての長いキャリアの中で、重大な外交政策問題に関して歴史の正しい側に立ったのは、どの問題が最後だっただろうか? 彼は、1991年の第一次湾岸戦争に反対したが、2003年の破滅的なイラク戦争には賛成した。バイデン政権の国務長官を務めるアントニー・ブリンケンは、バイデンが「武力行使の承認に賛成したのは、戦争に突入するのを防ぐための強硬外交に賛成したということだ」と述べ、最も鋭い類いの外交的詭弁を用いた。ウクライナのエネルギー会社ブリスマは、バイデンの次男、ハンター・バイデンを月額5万ドルの報酬で雇い、バイデンという名を利用した。その後、2014年に政変が起こり、選挙で選ばれた親露派のウクライナ大統領が親米派の大統領に取って代わられた。米国の政策を推進した政府高官は、「EUなんか、くそくらえ」という発言が有名なビクトリア・ヌーランド国務次官補である。バイデンは、彼女を政治担当国務次官に抜擢した。

政変をきっかけとしてロシアはクリミアの領有権を主張し、米露関係を修正するわずかな可能性も葬り去った。現在、ロシアとウクライナの国境で再び緊張が高まっている。分かりやすい例えを挙げるなら、現在の中国が、選挙に基づいて成立しているカナダ政府を不安定化させ、オタワに反米政権を樹立するとしたらどうだろうか。あるいは、オーストラリアの立場から見て、中国がパプアニューギニアに対して同じことをしたらどうだろうか。歴史、文化、言語、人種、地政学的利害の面で深く密接に結びついたクリミアを失うことは、ロシアにとって戦略上の大惨事となる。モスクワからわずか400kmの場所にNATOが控え、ロシアを黒海と地中海から切り離し、コーカサスからロシアを締め出す構えを見せることになる。ドナルド・トランプ大統領が中国を長期にわたる戦略的脅威と断言したことにより、ウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席はこれまで以上に接近し、世界規模の反米枢軸を形成している。中国はかつてのソ連よりもはるかに手強い敵であるが、現在のロシアはソ連の淡い影に過ぎない。ソ連は核一辺倒の大国であり、軍事力を支える経済基盤は脆弱だった。中国は、米国経済を追い越さんというほどの総合的な国力を備えている。

歴史的に中国は、戦力投射の能力を持たない大陸の陸上兵力を中心としてきた。米国は膨大な海上兵力を有し、いまなお世界に君臨している。しかし、米国の政治システムは壊れ、もはや修復できない状態かもしれない。中国人の自信と国家の威信が増大する一方、欧米諸国は内なる疑念に悩み、罪悪感にさいなまれている。資本主義は、内部矛盾によって崩壊するかもしれないし、しないかもしれないが、いずれにせよ欧米諸国の首脳たちを吊るすロープを中国に売りつけることに躍起になっているかのようである。自由主義は、自らの矛盾の重みによって崩壊に向かっているようである。その批判者や敵は、道徳的な明快さの欠如、自信喪失、アイデンティティーに基づく文化の争いの激化につけこんで、自由主義を内側から破壊してやろうと意欲満々である。

一方、中国の野心は東アジアから広がり、一帯一路構想によって世界を取り囲もうとしている。それはまさに、歴史上の他の大国のほとんどと同様である。東インド会社が英国によるインド支配の前ぶれとなったことを忘れられるインド人はいない。米国は、帝国の利益とパクス・アメリカーナを守るため、世界50カ国に推定800以上の軍事基地を擁している。中国が軍事基地を置いている国の数は1桁である。とはいえ、世界における経済的・地政学的利害が拡大するにつれ、中国の軍事拠点が拡大することは必至である。そのような背景のもとで2021年3月27日に結ばれた、中国・イラン間の25年間にわたる包括的戦略パートナーシップが重要性を帯びてきた。

2015年のイラン核合意は良い取引だった。どちらの側も、欲しいもの全てを手に入れたわけではないが、それぞれが合意の成立によって十分なものを手に入れた。国際的な制裁を10年間強化してきたが、イランの核兵器開発能力の急速な向上を止めることはできなかった(制裁が奏功することは滅多にない)。イランが保有する遠心分離機は2003年の164台から2013年には19,000台へと増加し、濃縮ウランの備蓄量は10,000 kgに達した。この2015年の合意により、ウランと遠心分離機の大部分が廃棄され、ウラン濃縮度の上限は3.67%に制限され、核インフラの多くが解体され、並外れて厳しい国際査察が導入され、差し迫っていたイランによる爆弾と米国によるイラン攻撃という双子の脅威が停止し、イスラム革命以来、米国とイランの対立によって凍結されていた中東の地政学が再び動き始める絶好のチャンスが開けた。しかし、そううまくはいかなかった。トランプの核合意離脱は、彼の多くの外交政策ミスの中でも最悪クラスのものであり、それによりイランは再び孤立を余儀なくされ、中国によって温かく迎え入れられることになったのである。

歴史の重みに照らして考えると、新興勢力が既存の大国と衝突するという<トュキュディデスの罠>により、米中戦争はどちらかといえば起こる可能性が高いといえるだろう。中国は、列強体制の中で大国として振る舞う歴史的または哲学的伝統を持たない。属国が中華王国に敬意を表するという朝貢の伝統を考えると、中国がインドや日本を含む近隣数カ国とトラブルを抱え、ひいてはアジアと世界の平和に問題をもたらしているわけがいくらか説明がつくだろう。米国も、列強体制の中で活動する伝統がない。確かに冷戦時代には、ソ連に対してある程度気を遣いながら振る舞い、均衡に基づいて取り引きし、望まれない軍事紛争の可能性を低減する合意、了解、実践を行うことを学んだ。しかし、ソ連崩壊以来、米国の世代全体の政治指導者や官僚たちはロシアに対し、敗北し、貧困化し、萎縮した落ち目の国であり、その利害は完全に無視して良いという見下した態度で接することを身に着けてしまった。とはいえ、キッシンジャーが言ったように、大国がいつまでも後退しているはずはない。

中国とイランの協定を、実体のないレトリックであり、単なる“約束手形”に過ぎないと片付けるのは間違いだろう。むしろ、アミン・サイカルが主張するように、米国の制裁を受けるイランと米国の圧力を受ける中国の協定は、ゲームチェンジャーとなる可能性がある。また、この協定によって中国は、インド太平洋におけるオーストラリア、インド、日本、米国のグループ「クアッド」に対抗する戦略的影響力を手に入れるだろうと、アンソニー・コーデスマンは言う。中東は、2世紀以上にわたって米国と欧州の植民地大国の遊び場にされてきた。現在はロシアがシリアに軍事的足掛かりを築き、カスピ海と黒海にまたがって存在感を表しつつある。

イランとの協定、国連安全保障理事会で拒否権を行使できる常任理事国としての重要性により、中国はこの地域で外交的影響力を発揮し得る存在となった。中国は、パキスタンと北朝鮮の核武装の援助者であり擁護者として、外交コストを負担する能力と意志があることを示している。イスラエルが永続的に中東唯一の核武装国であり続けることができるという歴史と常識に楯突いたのである。中国が外交面で援護するなら、イランはさらにその道を突き進む勇気を得たと感じるかもしれない。一方、欧米諸国が、敗北した外国の占領軍として再びアフガニスタンから撤退するに伴い、中国の存在感、影響力、役割はアフガニスタンにおいても拡大するだろう。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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国連事務総長、ルワンダ大虐殺の教訓から学ぶよう訴える

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、1994年のルワンダ大虐殺(ジェノサイド)を考える記念日(4月7日)に寄せたメッセージの中で、当時恐ろしい結末を招いた過激派集団や憎悪を掻き立てる言説が再び台頭している現状に警鐘を鳴らした。

グテーレス事務総長は、「私たちは、今日の世界を厳しく見つめ直し、27年前の教訓を確実に心に留めなければなりません。過激派が利用するテクノロジーや手法は進化する一方ですが、卑劣なメッセージやレトリックに変わりはありません。」と語った。

Photographs of Genocide Victims – Genocide Memorial Centre – Kigali – Rwanda/ By Adam Jones, Ph.D. – Own work, CC BY-SA 3.0

犠牲者はツチが圧倒的に多かったものの、ジェノサイドに反対したフツやその他の人々も含めて100万人以上の人々が3カ月足らずの間に組織的に殺害された。今年の「ルワンダ大虐殺を考える記念日」は、フランスの関与を検証した歴史家らによる委員会が、当時の大虐殺について、影響力を失うことを恐れてルワンダの政権側を無条件に支持し続けたフランスに「国家として責任がある」という衝撃的な報告書を公表したなかで迎えた。

2019年にエマニュエル・マクロン大統領が委託したこの報告書は、フランス政府が親交を深めていたジュベナール・ハビャリマナ大統領が準備していた虐殺を阻止するために十分な対策をとらなかったのではないかという嫌疑に応えることを目的としたものであった。

フランス政府公文書への前例のないアクセスを認められた55人の歴史家らは、992頁からなる報告書を作成した。ツチの虐殺についてフランスは共犯ではないと結論付けたものの、当時のフランスワ・ミッテラン社会党政権(81~95年)が大虐殺の首謀者らをフランス軍が設置した安全地帯に保護し、逮捕を拒否したことについては「責任がある」と断じた。

ミッテラン大統領や側近らは、ウガンダやポール・カガメ氏率いるルワンダ愛国戦線の活動により(ルワンダなど)アフリカのフランス語圏に英語勢力が浸透してくる事態を恐れていた。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

一方、グテーレス事務総長は、とりわけ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)により社会や文化の分断が深まっている事態に対処することの緊急性を強調している。グローバルな健康危機は、あらゆる地域の人権全般に深刻な影響を与え、差別や社会の両極化、不平等を一層深刻化させており、これらはいずれも暴力や紛争につながりかねない。

グテーレス事務総長は、「私たちは1994年にルワンダで起きた出来事を目の当たりにし、憎悪の蔓延が許された時の恐ろしい結末を知っています。」と指摘したうえで、人権を擁護し、社会のすべての人々を十分に尊重する政策を推進し続けていかなければならないと訴えた。そして、「この厳粛な日に、すべての人々の人権と尊厳の精神によって導かれる世界の構築を、私たち皆で誓おうではありませんか。」と語った。(原文へ

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【パリIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

襲撃を繰り返すイスラム過激派による治安危機に加えて、コロナ禍を背景に、未曽有の食料不足・栄養危機に直面している西アフリカ・サヘル地域(サハラ砂漠南縁部に広がる半乾燥地域)の現状と対策を協議した会議を取材した記事。このままでは今年の6月~8月にかけてこの地域で深刻な食糧不安に直面する人口は2720万人にのぼるとみられている。(原文へ

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ミャンマーの民主主義の支援には条件がある

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

(この記事は、最初に2021年4月1日に「ジャパンタイムズ」紙に発表され、許可を得て掲載したものです。)

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

ミャンマーは、クーデターと長期にわたる軍政の歴史を持つ。今回の抗議運動の厚み、規模、持続性は、文民政権の復活が不可能ではないことを意味している。一方で、これまでの軍部の残虐性の遺産は、無期限の軍事政権もあり得ることを意味している。

Tatmadawと呼ばれるミャンマー軍は、アウン・サン・スー・チーが2020年11月の圧倒的な再選勝利に乗じて彼女の政党の政治的地位を確固たるものにし、国政から軍の支配を駆逐することを恐れて、行動を起こそうとしたのかもしれない。そのタイミングは、他国がコロナ禍に気を取られている状況や、隣国タイで軍幹部がクーデター後に軍事支配の制度化に成功するなど、世界的に民主主義が後退していることも影響したのかもしれない。(原文へ 

誰が、このリーダーシップの空白を埋めることができるのか? クーデターは、ジョー・バイデン米大統領にとって就任早々の外交政策危機となり、また激化する北京とワシントンの地政学的競争の中心にミャンマーを押し出すことになった。欧米諸国にとって、ミャンマーにおける民主主義と人権を支援することは、自国の美徳を示す低コストな方法でもある。

北京のジレンマは、武力行使を辞さない軍幹部を後押しするのか、断固として反中的な抗議運動の側につくのかだ。ミャンマーにとって中国は歴史的な敵国である。中国のとめどない強大化は、欧米への懸念よりも中国への懸念の方が切迫した問題になったことを意味する。ミャンマーは中国に対し、経済的ニーズを満たす採掘可能な資源を提供し、商業的・戦略的目標を満たすインド洋への足掛かりを提供している。中国外務省は、「ミャンマーで起こっていることに注目しており、状況をさらに詳しく理解しようとしているところだ」と述べるにとどまった。

2021年3月27日、日本の占領に抵抗するビルマ人の運動が1945年に始まったことを記念する国軍記念日に、多くのデモ参加者が兵士により殺害された。デモ隊と軍の衝突の中でも最も凄惨な1日となったこの日、死者の総数は500人を超えた。欧米および日本と韓国からなる12カ国の軍トップは、「職業軍隊は……自国民を傷つけるのではなく守る責任がある」とする異例の共同声明を発表し、ミャンマー国軍に対して暴力の停止を求めた。しかし、首都ネピドーで行われた盛大な軍事パレードには、中国、ロシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、タイ、ベトナム、ラオスからの代表が出席し、国際社会の分断を目に見える形で示した。

インドは、クーデターとデモ参加者への暴力に対する不自然な沈黙が国内外に動揺を掻き立てており、パレード出席がそれに拍車をかけた。インドは「深い懸念」を表明し、法の統治と民主的プロセスの進展を求め、ミャンマーの指導者らに意見の相違を平和的に解決するために協力するよう呼びかけた。インドは、ロヒンギャ虐殺に関して当初スー・チー氏が沈黙したことについても、また、軍事政権が彼女を権力の座から追放するクーデターを起こしたことについても、批判に加わらなかった。

ミャンマーは、中国、インドと国境を接している。中国がミャンマーの側につく限り、インドがミャンマーにおける民主主義を支援するには条件がある。インドは地政学的に重要なこの国に対して、直接的で重要かつ具体的な利害関係を有するため外交政策の計算を欧米に外注するつもりはない。さらなる利害要因としては、ミャンマーを本拠地として活動する反インド武装勢力に対する越境攻撃の許可、イスラム・テロを抑止するためのミャンマー国軍との協力、ロヒンギャ難民に対処するためのミャンマーおよびバングラデシュとの協力などがある。

日本はミャンマーに多額の投資を行っており、最大の援助国である。2月のクアッド(Quad)首脳オンライン会議の後、茂木敏充外務大臣はTatmadawに対し、「ミャンマーの民主的な政治体制の早期回復」を要求した。しかし、中国、日本、インドは歴史的に、原則性と慎重性の見地から、国家運営の手段として制裁を用いることに慎重な姿勢を取ってきた。制裁は世界の政治的な相違を兵器化するものであり、大概は効果がなく、時には逆効果である。厳しい制裁は人々に苦痛を与え、ミャンマーを中国に依存する国家にするだろう。

利益や利害関係、価値観の優先順位が異なるため、インド太平洋地域の民主主義国の非公式グループであるクアッドが、民主主義の回復を求めて圧力をかけることは困難になっている。インド自身も、英国、米国、スウェーデンの独立した民主主義評価機関において民主主義の赤字が拡大していると指摘されている。

国連のトップリーダーは、欧米の世界観、手法、役職者が多数派であり、例えばスイスの外交官クリスティーネ・シュラナー・ブルゲナーがミャンマー担当特使を、元米国下院議員トム・アンドリュースがミャンマーの人権状況に関する特別報告者を務めている。こういった理由から、国連は、アジアにおける危機を理解し、アジア人の中に受容力のある人々を見つけ、積極的な紛争解決の役割を果たすためには不十分である。

最大のステークホルダーは、1997年にミャンマーを加盟国として迎え入れたASEANである。ASEANはかつて、欧米の批判と敵意から軍事政権を保護し、国際制裁からの緩衝材を提供した。ASEANは、サイクロン「ナルギス」による被害の後、水面下で密かにミャンマーに外国からの被災者支援の道を開き、ラカイン州の危機を解決するために助力した。そして、ロヒンギャ避難民の帰還をめぐる話し合いを行っている。

軍幹部らはASEANの申し出に反応を示し、制限を緩和し始め、限定的な民主主義の行使を許可したが、その一方で文民政権における軍部の特権的役割を形成した。2人のアジア人国連上級職員も、ミャンマーが孤立状態から脱するために決定的な役割を果たした。パン・ギムン国連事務総長とビジェイ・ナンビアル国連事務総長室官房長である。しかし、一つの国に二つの政府が並行して存在する体制は、自らの矛盾の重みにより崩壊した。

この危機に対する欧米のおおむねの反応は、過去のほとんどの地域的危機に対する反応と同様に、ASEANの非難されるべき点は有効な措置の欠如だというものである。2021年2月1日と3月2日に発表されたASEANの議長声明は、欧米の批判に対してあまりにも弱腰だった。インドネシア、マレーシア、シンガポールは、平和的抗議者への武力行使を最も厳しく非難したが、全てのASEAN首脳が軍幹部への関与が必要であることで合意した。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、努力の最前線に立っている。結局のところASEANは、閉塞や不作為を批判されるよりも、解決の可能性を模索するためには最も適した話し合いの場なのである。

キショール・マブバニ元シンガポール国連大使が主張する通り、ASEANの弱みこそが強みである。ASEANは、誰にとっても脅威ではなく、誰からも信頼される。ASEANは、危機を調停し、Tatmadawを正当化することなく彼らの関与を引き出すとともに、軍部を疎外することなく政権与党と国民の関与を引き出す主導的な役割を担うべきである。ASEANの周旋により、さまざまな当事者を話し合いの座に就かせ、国連や他のパートナーをファシリテーターとして迎えて、危機から抜け出す道を模索することができるだろう。外部の主要国は、ASEANの主導的役割を支持し、これ以上の流血を招くことなく政権の座を明け渡すよう軍幹部を説得するために協力するべきである。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】

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コロナ禍を契機とする都市部から地方への逆移住:ツバルの事例

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=キャロル・ファルボトコ/タウキエイ・キタラ 】

コロナ禍の間、太平洋諸島では移住パターンに逆転が見られた。都市の有給雇用が減少するなか一部の地方への移住が増加し、多くの場合は国の政府がそれを奨励した。当初の地方移住の後に都市部に戻る移住者もいたものの、コロナ禍の間に生じたこの都市部から地方への移住は、たとえ一時的現象だとしても、太平洋諸島の人々の間では地方との文化的・血縁的な結びつきというものが、特に外的ショックにさらされた場合にレジリエンスを維持するのに、いかに助けとなるかを理解するうえで参考となる。(原文へ 

ツバルでは、コロナ禍の少なくとも初期に、首都フナフティの島から地方の島々への国内移住が多く見られた。ツバルは、新型コロナの市中感染拡大を免れた数少ない国の一つだ。新型コロナがツバルの検疫の境界を破った場合、ツバルの離島はそれぞれの「ファレカウプレ」(伝統的長老会議)の統治プロセスを通してロックダウンを決定する可能性が高く、その場合、地方の島々のレジリエンスが究極の試練に直面する。

ツバル政府の新型コロナ健康安全保障計画では、主要な柱として、首都在住者が自発的に離島に移住することが奨励された。もし新型コロナが国内に流入すれば、政府は「コロナウイルスの管理および抑制に関する規制」(Management and Minimisation of the Coronavirus Regulation)に基づいて移住を強制することもできた。

ツバルの人々は自発的移住の奨励に応え、多くの人々が速やかにフナフティを離れて首都沖の地方の小島や、親族の絆をたどり、土地の所有権や使用権を主張できるような、より遠い離島へと移住した。これにより、地方から都市部への移住トレンドが突如として逆転した。

ツバルの離島や地方の小島は、資源を共有する習慣があり、食料も現地で調達できるため、新型コロナの国内流入が起こりうる首都から移住してきた人々を支えることができる安全かつ安心な場所として認識され、実際にそうであった。

ツバルの首都人口の4分の1が政府の助言を聞き入れコロナ禍の初期に地方の島に移住し、受け入れ先の地元コミュニティーも彼らを温かく迎え入れたのは、何故なのか? 答えは、ツバルにおける土地、文化、歴史的な移動のプロセスなどがどのように絡み合っているかにある。ツバルで行われている慣習的な制度は、人々がより安全な地方に移住するための広範で革新的な方法を提供しており、それらの地域は平和的かつ効果的にコロナ禍の課題に対処することができる。

土地は、個人が所有するというよりむしろ村落が所有している。コロナ禍以前のフナフティの人口の大部分は、主に雇用のために離島から首都に移住した国内移民からなっていた。首都へ移り住んだ彼らは都市部の土地への慣習的な使用権を持っておらず、したがって、首都の土地の慣習的所有者であるフナフティの先住民と異なり、住居を賃借しなければならない。土地への結びつきが慣習的に強いため、何世代にもわたって他の土地に定住した後も「フェヌア」(故郷の島)に戻る人々がいるのは珍しいことではない。

他にも多くの人は故郷の島に戻ることを夢見ている。これは、やむことのない望郷の思いのためでもあり、故郷の島とその地元社会に対する慣習的な責任感のためでもある。しかしそれは、安心感のためでもある。ツバル人はしばしば、自らのフェヌアを安全な場所と認識しており、例えば戦争やサイクロンの際にはそこに居たいと感じている。コロナ禍の緊急事態で首都を去ることを選んだツバル人の多くにとって、自分か配偶者がフェヌアの結びつきを持つ島を移住先として選ぶのは分かり切ったことだった。親族の絆が強いため、首都から故郷の島に戻る移住者が土地も親族の支援も得られないということは、極めてまれなことである。

国の政府は離島が人口増加に対応できるよう財政的支援を行い、全体的な計画の助言を行ったが、移住する人々の定住と支援は既存の地域的・慣習的な統治制度に委ねられた。親族の土地に住む長年にわたる権利と地場の食料が入手可能であることは、首都からの移住を推奨する政府の計画の成功に不可欠であった。

カイタシ」(一族の土地、文字通り「一体となって食べる」)から食料を調達する権利は、非常に広い範囲の家族、つまりどれほど遠くても血縁関係があるなら誰にでも適用される。したがって、長期にわたって不在だったとしても一族のメンバーであれば、カイタシにおいて既存の住居に滞在し、食料を収集するなど、一族の土地を利用して支援を得る権利の分け前を主張することができ、実際にそうするのである。さらに、帰郷した移住者家族はその広い親族に属する世帯から、より永続的な滞在場所を提供される可能性が高い。

政府の「タラアリキ計画」は、地方への移住を支援するために、食料の安全保障に関する慣行の重要性を認識していた。計画は、慣習にのっとった食料生産、保存、配分活動の強化を推進しており、いずれも、新型コロナウイルスの感染が拡大した海外からの物資供給や人道支援への依存を抑えることを目的とするものだった。

また、タラアリキ計画は、全体的なレジリエンス計画の一環として慣習的な知識に基づく慣行を取り入れている。計画では、教育の責任を負うのは教育省だけにとどまらず、家族や島の地域社会も部分的に教育の責任を担うことになっている。コロナ禍の影響で学校教育が中断された結果、ツバルの若者たちは、慣習的な食料調達の慣行に新たに触れ、参加するようになった。それは、親族とともに行う場合もあれば、魚の保存、プラカ芋の栽培と施肥、ココヤシ樹液の収穫など、特定の技能開発を目的とする地域での研修会で学ぶ場合もある。

緊急事態の間、地域住民の一致協力を確実にするために、島ごとのファレカウプレによる慣習的な統治が行われた。都市の暮らしに慣れた新住民を定住させるにあたって、彼らは、より「オラ・ツ・トコタシola tu tokotasi)」あるいは「カロ・バオkalo vao)」(個別化されたライフスタイル)に慣れているといった課題は確かに存在する。また、新住民が増えたことにより、離島の天然資源への負荷は増大しただろう。とはいえ、食料安全保障の問題は報告されなかった。このことは、慣習的制度が十分に機能していたことを示している。

ファレ・ピリ」とは、隣人の問題を自分のこととして扱い、したがって隣人を家族として扱うことを意味する。ファレ・ピリを通して、親族と土地を共有する責任は、親族ではないけれど健康を守るために首都の島を離れたいと思う他者へも拡大適用されるようになった。フナフティ出身者も初めて、首都沖の小島の土地をこれまで土地利用権のなかった非出身者の人々にも利用できるようにし、必要とする限りその土地に家を建て、食料を育てて収穫できるようにした。

コロナ禍の間に地方への移住が増えた太平洋島嶼国はツバルだけではない。文化や地理の特性は明らかに異なるものの、ツバルほど地方との慣習的な結びつきが強くない国でさえ、恐らくは、地域全体のレジリエンスを醸成するうえで慣行は重視されていると思われる。これは、例えば、宗教的指導者が地域社会の話し合い、調停、問題解決を奨励することなどで達成される可能性がある。

人々が地方に移住する際、特に国の政策的な支援がある場合は、衰退あるいは休止していた慣行が復活することもある。新しい状況に合わせて修正される慣行もあるだろう。また、ターゲットを絞った訓練プログラムにより、食料安全保障といった特定の目的のために慣行を活用することも考えられる。全体的に見て、コロナ禍によって生じた都市部から地方への移住は、太平洋諸島の人々にとって地方との文化的・血縁的結びつきがレジリエンスの維持にどれだけ助けとなるかを理解するうえで有益だということである。

キャロル・ファルボトコは、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の科学研究員およびタスマニア大学のユニバーシティ・アソシエートである。
タウキエイ・キタラはツバル出身で、現在はオーストラリアのブリスベーンに居住している。ツバル非政府組織連合(Tuvalu Association of Non-Governmental Organisation/TANGO)というNPOのコミュニティー開発担当者であり、ツバル気候行動ネットワークの創設メンバーでもある。ツバルの市民社会代表として、国連気候変動枠組条約締約国会議に数回にわたって出席している。ブリスベーン・ツバル・コミュニティー(Brisbane Tuvalu Community)の代表であり、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council for Queensland/PICQ)の評議員でもある。現在、グリフィス大学の国際開発に関する修士課程で学んでいる。

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【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス

英国が1897年にベニン王国(12~19世紀末までナイジェリア南部の海岸地帯に存在した国)を軍事占領した際に略奪した文化財(通称:ベニンブロンズ)を、ナイジェリアに返還する動きに焦点を当てた記事。近年、略奪した文化財は元の国に返還するべきだという声が世界的に高まっており、英国でも国教会や一部の大学、博物館で略奪品の返還論議が出てきている。(原文へ

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