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アフリカ自由貿易地域が人々を極度の貧困から救い成長を加速する

【ブラワヨ(ジンバブエ)IDN=バサニ・バファナ】

長らく待ち望まれていたアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)が1月1日に発効した。規模的には世界で最大の自由貿易地帯となる予定であり、アフリカの貿易新時代が約束されている。

世界銀行によれば、アフリカ全体の自由貿易協定は、大きな改革と貿易促進措置が伴うならば、2035年までに圏内の総収入を4500億ドル増やし、3000万人を極度の貧困から救う可能性がある。自由貿易地帯は、完全に運用がなされるようになると、12億人規模の市場となり、GDPの合計は2.5兆ドルとなる。

コーク大学ビジネススクール(アイルランド)経済学部の経済学教授であるウィム・ノード博士はこう説明する。「貿易は経済成長と繁栄をもたらす最大のエンジンの一つです。なぜなら、国々は貿易を通じて生産を特化し、消費を多様化することができるのですから。」

生産の特化は、学習やイノベーション、より高い生産性を可能にする。これらを財と交換することで、経済的に独立している場合に達成可能なレベルと比べても、消費と福祉のレベルは高くなる。

「自由貿易地帯は、市場アクセスへの障壁を引下げ、市場を大規模化し、消費者により多くの選択肢を与え、企業に競争圧力を与えて生産性を上げることで、これらの効果を強化することになるだろう。」とノード教授はIDNの取材に対して語った。以下がその抜粋である。

Q:貿易政策はいうに及ばず、アフリカ各国の経済の違いがあって、依然としてアフリカには多くの障壁があることを考えるならば、今回の自由貿易圏が、アフリカにおける貿易をどのように調和させることになるでしょうか?

ウィム・ノード(WN):自由貿易圏は、投資やイノベーション、起業を刺激します。従ってAfCFTAは、アフリカ諸国にとっては朗報であり、歴史的な機会を提供するものとなるでしょう。各国の経済が異なっていることは問題となりません。実際、各国の経済が異なっているからこそ、福祉における利得を得るうえで貿易がより重要になってくるわけです。

アフリカのほとんどの国の規模は比較的小さく、地球上のどの地域よりも内陸国が多いことを念頭に置かねばなりません。したがって、貿易障壁を除去することは、例えば大規模な沿岸国と比べるよりも、アフリカにおいてより大きな意味を持つのです。

Q:アフリカ大陸自由貿易圏は、アフリカの産業化に対してどのような機会を提供するでしょうか。

WN:多くのアフリカ諸国は、2000年以来、小さな基盤からの出発ではありますが、産業(工業)成長の軌道に乗っています。この流れは前向きなものです。労働経済学研究所(IZA)のペーパーで私は、アフリカの産業化には3つの型があると論じました。

AfCFTAはこの流れを強化することになるでしょう。(1)(例えば3D技術やIT、デジタル化などを基盤とした)先進的な工業が起こっている国(南アフリカ、ケニア、ナイジェリアなど)ではその規模が拡大し、(2)基本的な労働集約的な工業(家具製造など)が存在する国(タンザニア、エチオピアなど)では、(規模の経済の原理によって)AfCFTAがない時に比べて長期にわたって競争力を維持することができ、(3)製造の維持にとって必要な高度に生産的なサービス部門(対企業サービス、物流、運輸など)が伸びつつある国(モーリシャス、ボツワナなど)では、効率性や専門性がさらに上がって、アフリカ諸国の製造業者にも国境を越えてより容易にサービスを提供することができるようになるでしょう。

Q:アフリカ諸国は、デジタル化を利用しながら、環境に配慮した工業化と多様化を通じて、いかにして急速な経済成長を達成することができるでしょうか?

WN:2015年のパリ協定とその後の締約国会議(COP)は、富裕国が国際的な資金調達メカニズムを創設して、途上国が気候変動に対応しその影響を軽減する支援を行う必要性を強調しています。

かなりの資金がこの目的のために利用可能になっています。アフリカは、ひとつのブロックとして、産業への投資を支援するためにこの資金を利活用する取り組みを強化すべきでしょう。TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に関してもまた、先進国は途上国への技術移転を公約しています。しかし、これは、それほど速いスピードで、あるいは効果的には進んでいません。ここでもまたアフリカは、一つのブロックとして、気候関連技術へのアクセス促進を求めて、公約を果たすように先進国に要求していかねばなりません。

最後に、産業発展の最も重要な要件は、安価なエネルギー・電気へのアクセスです。アフリカ大陸全体で電気網を発達させる必要があります。このために、原子力発電への投資をアフリカ全体で行って、温室効果ガスを出さずに信頼性のあるエネルギーを確保しなくてはなりません。デジタル技術は、これらすべての投資を下支えするにあたって、中心的な役割を果たします。

Q:アフリカはいかにして債務問題に対処し、財政の持続可能性を確保するための革新的な資金調達を促進できるでしょうか?

WN:原則的には、アフリカ諸国は借り入れる必要がありますね! アフリカは債務を積み上げるべきです。なぜなら、アフリカの人口は伸びていますし(債務支払いのための担税能力がある)、資本形成が比較的低い現状を考えると、ハイリターンをもたらす投資機会も多くあるからです。唯一の要件は、借り入れた資金を賢く投資し利用することです。すなわち、拡大する生産能力の強化に投資するということです。そうすれば、各国の財政状況は持続可能なものとなるでしょう。

私は、いわゆる「革新的資金調達」を支持しているわけではありません。債務担保証券のような破壊的な金融イノベーションがグローバル金融危機を引き起こしたことを思い起こしてみるべきです。単純な経済原則が依然として最善なのです。つまり、資金を借り入れ、その資金を生産的な活動に配分し(飽くなき利益を追求する大企業やその関連組織の幹部に対してではなく)、これらの投資がもたらす成長を増大させることで、債務を返済していくということが重要です。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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「2021年を共に癒しの年としよう」(新年に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオ・メッセージ)

世界の貧困層に最も深刻な打撃を与えるコロナ禍

【ニューヨークIDN=J・ナストラニス】

新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、世界の最も貧しい国々に極めて深刻な状況をもたらしている。60以上の国連機関および国際機関が発表した「持続可能な開発に向けた資金調達報告書2021」は、コロナ禍によって持続可能な開発目標(SDGs)の達成がさらに10年は遅れることになると警告している。パンデミックのために世界経済はこの90年で最悪の景気後退を経験しつつある。

このことは、最も社会的に弱い立場の人々に特に悪影響を与えている。推定1億1400万人が職を失い、約1億2000万人が極度の貧困に陥った。

Photo Credit: UN Photo/ Kibae Park

「このパンデミックで明らかになったのは、各国が世界の相互依存関係を無視して自らを危険に晒している現実です。コロナ禍が引き起こす災害に国境はなんの意味も持ちませんから。分裂する世界は、すべての人々にとって災厄以外のなにものでもありません。途上国がこの危機を乗り越えるために支援をすることは、道徳的に正しいことでもあり、あらゆる国の経済的自己利益にも適うことです。」と、国連のアミナ・モハメド副事務総長は語った。

パンデミックに対するバランスを欠いた対応のために、既に拡大していた国家内や国家間の人々の格差や不平等がさらに拡大している。史上最大規模の16兆米ドルの景気刺激策によって最悪の事態は免れたが、その額のうち2割以下しか途上国に投じられていない。3月25日に発表された先の報告書によれば、今年1月までの時点で新型コロナウィルスワクチン接種が開始された38カ国のうち、9カ国以外は先進国であるという。

また、同報告書によれば、後発開発途上国とその他の低所得国の約半分が、コロナ禍以前から債務危機に喘いでおり、コロナ禍で税収が減ったことから債務のレベルが急上昇している。したがって、次のような措置を速やかに実施する必要がある。

・ワクチンナショナリズムを拒絶して、「コロナ対策への公平なアクセスを加速するための世界規模の協働の枠組み」(ACTアクセラレーター)が2021年に必要とする資金の調達ギャップ(200億ドル超)をなくすために資金提供を拡大すること。

・政府開発援助の対GDP比0.7%目標を達成し、途上国、とりわけ後開発途上国に対して新たに譲許的融資を行うこと。

・流動性を提供し、債務救済支援を行うことで債務危機を回避し、途上国が新型コロナウィルスやそれが経済・社会にもたらす悪影響に対応できるようにすること。

「富裕国と貧困国との間の格差拡大はきわめて退行的なものであり、速やかに方向を正さねばなりません。」と、この報告書を作成した劉振民国連​経済社会問題担当事務次長は語った。

SDGs Goal No. 3
SDGs Goal No.3

「各国が、金融面での平常を保つためだけではなく、自らの開発投資するためにも支援を受けられるようにすべきです。コロナ後により良い社会を構築するために、官民部門がともに、人的資本、社会的保護、持続可能なインフラと技術に投資しなくてはなりません。」

例えば、持続可能かつスマートなインフラへの投資は、リスクを低減し、将来的な衝撃に対して世界をより強靭にする。それは成長を生みだし、多くの人々がより良い生活を送ることを可能にし、気候変動対策にもなる。

例えば、今後2年間で700~1200億ドル、その後年間200~400億ドルを割り当てれば、パンデミックが再発する可能性は著しく下がる。コロナ禍によって既に数兆ドル規模の経済的損害が発生したのとは対照的だ。

しかし、先進国とは異なり、ほとんどの途上国にはそのような投資を行う余地がない。

報告書は、この難題に対処する方法を以下のようにいくつか勧告している。

・超長期(50年以上)の金融を途上国に対して固定金利で行う(現在の歴史的な低金利の活用)。

・持続可能な開発への投資ツールとして、公的な開発銀行を有効活用する。

・投資連鎖に沿った短期的なインセンティブをなくし、SDGウォッシング(SDGsに取り組んでいるように見えて実態が伴っていない状態)のリスクを軽減することによって、持続可能な開発との連携に向けて資本市場の方向性を変える。

報告書はさらに、リスクに関する説明が十分になされていない開発は持続可能ではなく、危機への対応を、リセットの機会であり、「将来の脅威に対する防護のなされた」グローバル・システムとして捉えるべきだと強調した。

国際金融の枠組みの格差、あるいは不適切な政策が、コロナ禍において開発への金融をしばしば妨げる一方、以前の防護策では、部分的にはリーマンショック後の改革による金融・銀行システムという一部のシステムを保持することにしかつながらなかった。今日の危機から学んだ教訓によって、今後強靭な社会を構築するにあたっての改革を描くことが可能になる。

Portrait of Deputy Secretary General Amina J. Mohammed. Official Portrait

報告書はさらに以下の点を勧告している。

・法人税の課税逃れに対抗し、有害な課税率引き下げ競争を減らし、違法な金融の流れに対処する技術を有効活用するために、デジタル経済に対して課税するグローバルな解決法を見つける。

・企業が社会や環境に与える影響に対して責任を取らせ、金融規制の中に環境リスクを織り込むグローバルな報告枠組みを創設する。

・巨大デジタルプラットフォームの市場の力を弱めるべく、反トラスト規制のような規制枠組みを再検討する。

・ますますデジタル化する世界など、変化するグローバル経済の現実を反映した形で労働市場や財政政策を刷新する。

モハメド副事務総長は、「軌道を変えるには、ゲームのルールを変えなくてはなりません。今回のパンデミック危機以前のルールに依存していたのでは、この一年で明らかになってきた同じ落とし穴に再び陥ることになりかねないのです。」と語った。(原文へ

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This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|国連|ワクチンを世界の公共財に

未曽有の危機に直面する世界に希望の光:仏教指導者からの提言

ネパールは明らかになりつつある第四次産業革命の動向を注視している

【カトマンズIDN=マニシュ・ウプレイ】

第四次産業革命の波に乗り遅れている大半の開発途上国が直面している課題に焦点を当てた記事。第四次産業革命を推進する先端デジタル生産(ADP)技術に直接関連する国際特許の9割、輸出の7割を10の経済圏(米国、日本、ドイツ、中国、中国台湾省、フランス、スイス、英国、韓国、オランダ)が独占しており、ADP技術に積極的に取り組んでいる経済圏は40あるものの、残りの大部分の国々は、技術革新からほぼ締め出されているのが現状である。(原文へ

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ミャンマー、「保護する責任」の履行を世界に訴える

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2021年4月6日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

私は、この記事を書くことを予想せず、意図せず、希望もしなかった。ミャンマーにおける現在の危機と増え続ける市民の死者数に関連づけて「保護する責任(R2P)」について書くようにとの要請を、私は丁重に断ってきた。ターニングポイントとなったのは、R2Pを掲げる横断幕、Tシャツ、傘を携え、この記事に掲載された写真のように徹夜のキャンドルデモを行う人々の姿である。それらの映像は私の良心を動かした。また、世界の良心を揺さぶるべきである。(原文へ 

説明させて欲しい。冷戦終結後、多くの人道的危機が勃発し、ルワンダ虐殺からNATOによるコソボへの一方的な軍事介入、東ティモールにおける国連が承認した平和維持活動まで、ケース・バイ・ケースでさまざまな対応がなされた。一定しない対応、ばらつきのある結果、その後の論争は、国境内および国境を越えた武力行使が合法的かつ正当である状況に関して、世界のコンセンサスがいかに揺らいでいるかを示している。

コフィ・アナン国連事務総長は、かつて国連平和維持活動を担当していた時に発生したルワンダとスレブレニツァの虐殺により、自らも良心の呵責に苛まれ続けてきた。その彼の呼びかけに応じ、2000年、新たな規範枠組みを模索する国際委員会がカナダの主導により設置された。委員会は、元オーストラリア外相ギャレス・エバンスとアルジェリアの元外交官モハメド・サヌーンを共同議長とし、そのほかわれわれ10名が委員に就任した。当委員会は、大量虐殺に対する国連を通した世界の対応における中心的な組織化原理として、R2Pを策定した。われわれは国家主権を再定義し、主として国家自身が担う責任であるが残りは国連が担うものとした。

中核となるR2Pの原則は、2005年世界サミットにおいて全会一致で採択され、正式な国連方針となった。以来、この原則は継続的に明確化され、洗練され、三つの柱の文言として言い換えられてきたが、2011年に国連が承認してNATOが主導したリビアへのR2P介入の後、人気を失った。国連はR2Pの原則に基づいて意図したとおりの対応を行ったが、NATO主要国は国連の承認を乱用し、ミッションを文民保護から体制転換に変えてしまったのである。

しかし重要な点として、R2Pとは、一部の指導者が誤った行動をし、市民の反対勢力を弾圧するような不完全な世界において、良心に衝撃を与える残虐行為に対応するよう要請に基づいて呼びかけるものであり、R2Pの原則そのものに深刻な疑義が生じたことはない。R2Pは依然、一人一人の憤りを共同の政策的救済へとつなげるために容易に利用できる規範的手段である。われわれは当初から、人道的介入と異なり、R2Pは介入国の権利や特権よりも被害者の人身保護ニーズを優先することを根拠として、R2Pを提唱したのである。

居心地の良い西側の大学の研究者たちは、R2Pを新植民地主義的な白人勢力が、腹黒い地政学的・商業的な動機を人道上の問題としてカモフラージュするために用いる道具だとして批判し続けている。R2P原則の履行を世界に求めるミャンマーからの写真は、被害者自身による、考え得る限り最も痛烈な反撃である。

したがって、何もしないことは、最も基本的なレベルの共通の人間性に対する恥ずべき裏切りをまた一つ重ねることになる。信頼できる有効なR2P行動を求める声は、動員規範としてのR2Pの力が、困窮国の市民社会においていかに深く浸透し、根を下ろしているかを明確に示している。それ以上に重要なことに、被害者たちはR2Pに、国際社会の行動がミャンマーの地で起こっていることに異議を唱え、変化をもたらす可能性を見ているのである。

非道な行為を目の前にした沈黙は人道に反することであり、ミャンマーの軍隊「Tatmadaw」による周到かつ大規模な殺傷力の行使に対する対応として、非難だけでは不十分である。

多くの人々は、R2Pについて二つのよくある間違いをする。R2Pの第1の柱は、危機に瀕した集団を保護するために必要な場合は、国家が武力の行使を含む行動をとることに言及している。第2の柱は、国家がR2P能力を構築するための国際支援を、その国家の同意に基づいて行うことである。第3の柱は、その国家が保護する責任を果たす能力または意志がない場合、あるいは国家自身が残虐行為の加害者である場合、部外者が段階的な強制的措置を講じる状況を想定している。しかし、第3の柱でも平和的手段を優先しており、武力の行使は本当に最後の手段として検討するのみである。

恐らくTatmadawは、抗議運動の幅広さ、深さ、粘り強さに驚きを覚えているだろう。彼らが大量虐殺に打って出るような結束力や意志を持っているかどうかは分からない。したがって現時点では、文民統治の復活の可能性を排除できないものの、軍部による過去の暴虐の遺産を考えると軍政が無期限に続くこともあり得る。この微妙なバランスにおいて、部外者がどうやって国内の政治・軍事勢力を動機付け、重要な唯一の地域組織であるASEANを説得して、行動を起こさせることができようか?

国連安全保障理事会の常任理事国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)は、安全保障に関する決定を安全保障理事会の中にとどめ、総会を締め出すことに集団的な既得権を有している。しかし、以前も書いたように、総会は近年、事務総長の選出、国際司法裁判所判事の選出、核兵器禁止条約の採択において、次々に安全保障理事会からの独立性を示している

安全保障理事会が膠着状態に陥った場合、総会決議377(V)に基づく「平和のための結集」という形式のもと、国連総会が会合を開いた前例がある。このように、安全保障理事会の地政学的な影響力に対抗するために、全ての加盟国が参加する国連総会に付与された独自の正当性を行使することは、われわれの2001年委員会報告書で提言されたが、2005年世界サミット成果文書では無視された。今こそ、それを救済し、発動すべき時かもしれない。ASEANは、危機を緩和するために調停を主導し、周旋を行い、Tatmadawを正当化することなく彼らの関与を引き出すとともに、Tatmadawを疎外することなくアウン・サン・スー・チーと彼女の国民民主同盟の関与を引き出し、また、安全保障理事会がR2Pという厳粛な責任を放棄した場合には決議377(V)に基づいて議題を総会に提起するべきである。

現在の混乱状態で、ミャンマーに外国の軍事介入があれば、人道的危機を大幅に悪化させるだろう。そのようなことは、検討の対象にもするべきではない。しかし、国連のツールボックスにはほかにも利用できる、そして利用するべき道具がある。これには、決議を用いた外交的非難、軍の幹部と事業に対象を絞った制裁、武器の禁輸、国際刑事裁判所(ICC)への付託などがある。ICCへの付託の脅しは、これ以上の流血を招くことなく政権の座を明け渡すよう司令官らを説得するために活用できるのではないだろうか。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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|視点|新型コロナウィルスで悪化する東南アジアの人権状況(チャンパ・パテル王立国際問題研究所アジア太平洋プログラム代表)

世界的なパンデミックが不平等を悪化させている

【ワシントンDC IDN/IMF blog=ダビット・アマグロベリ   ヴィトール・ガスパール   パオロ・マウロ】

新型コロナウィルスのパンデミックは、格差の悪循環に拍車をかけている。このパターンを打破し、豊かさを実現する上で誰もが公平な機会を得られるようにするために、各国政府は、ワクチン接種を含む医療や教育などの基本的な公共サービスへのアクセスを向上させ、再分配政策を強化する必要がある。

大半の国では、そのためには歳入を増やし歳出の効率性を高めることが必要になるだろう。そうした改革は透明性と説明責任の強化で補完することが必須である。それによって政府に対する全体的な信頼を高め、より結束の強い社会づくりに寄与することができる。

Photo source: The JHU Hub – Johns Hopkins University

以前から存在していた格差が、新型コロナの影響を深刻化させた。基本的なサービスへのアクセスに格差があることが、健康状態に差が出る一因となっている。国際通貨基金(IMF)の研究によれば、医療へのアクセスを病床数で間接的に測ったところ、医療へのアクセスが悪い国では新型コロナウイルス感染症による死亡率が、感染者数や年齢構成から予測される死亡率よりも高くなっている。同様に、IMFの分析は、相対的貧困率が高い国でも感染率と死亡率が共に高くなっていることも示している。

それと同時に新型コロナが、格差の拡大を招いている。その一例が児童の教育だ。IMFの分析では、広範な休校措置がとられたことで2020年に失われた教育機会は、先進国では学年の4分の1と試算されるところ、新興市場国や発展途上国ではその2倍だった。貧困家庭の児童はとりわけ大きな悪影響を受けている。IMFの試算によると、新興市場国や発展途上国では最大600万人の児童が2021年に学校を中退する可能性があり、生涯にわたりその悪影響を被りかねない。

また、今般のパンデミックは最も脆弱な層に最も深刻な打撃を与えている。低技能や若年の労働者が高技能職種の労働者よりも多く失業の憂き目にあっている。同様に、不利な立場におかれている民族集団や、インフォーマルセクターの労働者もより深い痛手を負っている。そして新型コロナの影響が最も大きかったホスピタリティ産業や小売業で高い比率を占める傾向にある女性もまた、貧困国では特に、著しい悪影響を受けている。

格差の連鎖を断ち切るには、事前分配政策と再分配政策の両方が必要となる。前者では、政府は人々に基本的な公共サービスや良質な雇用へのアクセスを保証する。そうすることで、政府が税や所得移転によって再分配を行うよりも前に所得格差を削減することが可能になる。

教育、医療、幼児期発達への投資は、これらのサービスへのアクセス向上に、ひいては生涯にわたる機会の確保にも強力な効果を発揮しうる。例えば、各国政府が教育への歳出を対GDP比で1%増やせば、最富裕層と最貧困層の家庭の間に見られる児童の就学率格差を3分の1ほど解消できる可能性がある。歳出額を増やすことに加えて、いずれの政府も歳出の非効率性を減らすことに注力すべきだ。特に貧困国では歳出の非効率性がかなり高くなっている。

コロナ禍によって、迅速に発動可能で生活困窮家庭にライフラインを提供できる優良な社会的セーフティネットの重要性の高さが明らかになった。高額な社会支出は、十分な支援を提供し、社会の最貧困層全体を対象にしてはじめて、貧困削減に効果を発揮する。信頼性の高い個人識別番号制度を用いて社会政策用の包括的登録簿を構築して維持することは、良い投資だ。これらの要素を、電子決済や、銀行口座へのアクセスが限られている場合にはモバイルマネー給付などの効果的な分配の仕組みで補完するのが理想的だろう。

Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA

基本的な公共サービスへのアクセスを向上させるには追加資源が必要となるが、これは、国の事情に応じて、全体的な徴税能力を強化することで動員できる。多くの国では、財産税や相続税をさらに活用できるかもしれない。また、政府が個人所得税の限界税率の上限を引き上げる余地がある場合もあり、税の累進性を向上できるかもしれないが、そうでない場合には資本所得課税の抜け穴をなくすことに重点を置いてもよい。

さらに各国政府は、高所得世帯の個人所得税に追加して臨時の新型コロナ復興支援税を徴収することや、法人所得に対する課税の刷新も検討可能だろう。新興市場国・発展途上国では特に、社会支出の財源を得るために、消費税による歳入増を図れる可能性がある。くわえて、低所得国による資金調達、また、各国独自の税・支出改革を国際社会が支援することが必要となるだろう。

強力な公的支援が必要

多くの雇用を生む包摂的な回復を下支えしつつ、公共サービスへのアクセスを拡大することと、所得ショックからの保護を強化することを約束する包括的な政策パッケージの策定を各国政府は検討すべきだろう。一部の国では、増税により資金調達を行って基本的なサービスへのアクセスを向上させることを市民が力強く支持してきたが、こうした支持は今般のパンデミックを受けて一層拡大する公算が大きい。米国で最近行われたある調査によれば、感染したり失業したりして自分自身が新型コロナの影響を受けた人は、より累進性の高い課税を好むようになっている。

こうした政策を中期的な財政枠組みの中に位置づけ、透明性や説明責任を強化する措置によって補完すべきだ。歳出の効率性の顕著な改善も必要である。過去のパンデミックの経験は、失敗した場合の代償が大きいことを示している。政府に対する信頼がすぐさま失われて分断の深刻化につながる可能性があるからだ。各国政府が、必要なサービスを届け包摂的な成長を促進するために断固たる措置を講じていけば、そうした流れを阻むことができ、社会の結束を固める上でプラスに働くはずだ。(原文へ

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北東アジアの安定的平和の構築へ日本が担う不可欠な役割

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=ケビン・P・クレメンツ】

トランプ大統領の「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」という対立的な外交政策は、米国とその同盟国を、相互の衝突、そして中国との衝突が避けられない状況に置いた。その政策は、米中競争に過度の外交的関心と一般の関心を集め、リベラルな世界秩序を損なう状況を生み出し、それによって米国は自らがその価値に疑義を生じるようになった。また、各国を主要国の“味方”か“敵”と決めつけたために、世界的問題に取り組む包括的解決を見いだそうとする国家や同盟国への支援はほとんど提供しなかった。要するに、われわれの共通利益の推進にはほとんど役に立たず、高度な不信と予測不能性を生み出したのである。(原文へ 

トランプ政権は、写真に撮られる機会(米朝首脳会談などのように)では絶好調だが、具体的な成果という点では低調だった。例えば、彼の一方的な対中貿易戦争のせいで、アジア地域における米国の友好国と同盟国は、中国との2国間貿易関係を再検討し、再調整することを強いられた。中国の貿易相手国は全て、中国のこれまでの人権問題と自国の経済的依存度を勘案しつつ苦渋の政治的選択をせざるをえなかった。その結果、全体的には、過去4年の間に中国の経済力、政治力、軍事力は弱まるどころか、概して強まった。

トランプの型破りで予測不能な外交政策により、オーストラレーシア(オーストラリア、ニュージーランド、南太平洋島嶼国)、東アジア、東南アジアのほとんどの国は、米国との関係で維持できるものを維持しつつ、中国との関係をこれ以上悪化させないよう、積極的というよりかなり受動的な外交を行わざるをえなくなった。これがどこよりも顕著に表れたのが北東アジアであり、トランプの政策により米国と日韓との同盟関係は実質的に弱体化した。トランプは、オバマ時代の「アジア回帰」をあからさまに見下し、日米安全保障条約の核心的重要性に関する安倍首相の助言を拒絶したことにより、国際社会における米国政府の立場を低下させた。トランプの対中強硬姿勢を喜んだ北東アジアの国は台湾だけである。

また、トランプ政権下で日本、韓国、台湾の利害が徐々に乖離していくことにも、ほとんどあるいはまったく注意が向けられなかった。そのため、北東アジアの全ての国が、トランプの「アメリカ・ファースト」なナショナリズム、そして北東アジアにおける一貫した米国の政策とリーダーシップの欠如がもたらした政治的および安全保障上の空白に対応するため、独自の、より自立した国家戦略、地域戦略、グローバル戦略を策定しなければならなかった。

トランプ政権下の米国は信頼できるパートナーではないことを韓国政府と日本政府が悟ったとき、両国は、先を争って自国の新たな外交的役割を定義し、地域におけるリーダーシップを取ろうとした。その結果、地域のパワーバランスに興味深いシフトが生じた。過去4年の間に、中国は優勢を維持し、韓国は中国に接近し、日韓関係は悪化している。

例えば日本は、韓国が米国に対して批判的で、北朝鮮寄りで、反日的であると考えている。一方、韓国は、どうしたら日本政府の敵対姿勢を解きほぐし、より友好的な関係を築くことができるか途方に暮れたままである。このような日韓関係、そして北朝鮮と中国に対する懸念がもたらした結果の一つとして、日本はアジア太平洋地域における新たな、これまでよりやや自立した役割を定義しようとし始めている(おそらく戦後初めてのことだ)。日米の安全保障関係が日本の外交政策の中心であることは変わりないが、日本政府はひそかに、北東アジアにおけるリベラルな貿易および政治秩序を推進し、維持する役割を担い始めている。また、日本政府が自国の利益にとって重要と思われる主要な地域組織や多国間組織を、米国政府より積極的に支援していることも注目に値する。

例えばトランプが環太平洋パートナーシップ協定から離脱したとき、協定を救出したのは日本である。安倍首相は他の全ての加盟国を引き留め、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と名称を改めた。これは、いわゆるアジアの世紀にとって極めて重要な基礎である。パートナーシップには英国も加盟を申請し、バイデン大統領も再加盟の意向を示唆している。ただし、その場合には米国の条件ではなく日本の条件に従うことになるだろう。

日本はまた、米国がアジアから徐々に手を引いていることで生まれた経済的ギャップを埋めるための方策を取り始めている。なかでも、東南アジアと南太平洋への経済援助を中国の2倍以上に引き上げ、ASEAN諸国の間で日本は「友好的」かつ「信頼できる」という評判を獲得した。

しかし、おそらく日本の最も重要かつ自立したイニシアチブ(インド、米国、オーストラリアの支援を受けた)は、「自由で開かれたインド太平洋」構想とクアッド会合であろう。この構想は2007年の“アジアの民主主義の弧”を推進する日本の努力に端を発しているが、すぐに安全保障に関する側面が強くなった。安倍首相は2017年に4カ国対話の構想を再提案し、クアッドは、冷戦時代の古い安全保障体制を補完する、あるいは日本の一部政治家の頭の中ではそれに取って代わるもののようになった。中国は、クアッドを中国封じの努力と見ている。実際そうではあるが、それはまた、米国任せにするのではなく、インドと日本が“リベラルな民主主義的秩序”を守りながらアジアにおけるリーダーシップの役割を担うことができる枠組みを提示している。日本とインドがリベラルな民主主義の最良の事例といえるのかと疑義を呈することもできようが、民主主義的価値への両国のコミットメントには疑いの余地がない。そのため、一部の評論家は、ドナルド・トランプの選出以来、アジアにおける民主的かつ本物の“リベラルな”リーダーは米国ではなく日本だという見解を示している。

もしそうであるなら、なぜオーストラリアやニュージーランドをはじめとする他の国々は、この4年間、急速に支配を強める中国にばかり注目する代わりに、日本、台湾、韓国を公然と支援し、関係を深めるための努力を強化してこなかったのかと問う必要がある。中国に注目するのと同じ程度に日本、韓国、台湾、インドに注意を払っていたら、オーストラレーシアの政治家たちは、北東アジアと南アジアにおける多様な利害、ニーズ、懸念をはるかによく理解できていただろう。例えば、日本は経済面で中国に依存しすぎており、安全保障面で米国に依存しすぎていると考える日本人は大勢いる。したがって、今こそ、より自立した外交政策に向けて少しずつ前進するよう、日本の同盟国や志を同じくする国々が促し、奨励し、冷戦後の21世紀における地域安全保障を確保する方法を改めて考え直すべき時である。

バイデン大統領は近頃、「バイデン政権の外交政策は、米国が再びテーブルの上座につき、同盟国やパートナーと協力して世界的脅威に対する共同行動を起こす立場になることを目指す」と述べた。しかしながら、米国がもう少し謙虚になり、円卓で対等のパートナーとして自分の役割を果たすことができれば、より建設的ではないだろうか。アジアでないがしろにしてきた同盟国から学び、競争的関係よりも協力的関係を築くことを願い、中国に関する本当の大仕事は北東アジアの国々が行うことで、米国はそれに協力する立場であることを認めることができないだろうか。その点で、われわれは皆、日本から学ぶことが多くある。

もし日本が現在、地域におけるリーダーシップをこれまで以上に担うことに意欲的であるなら(日本の外務省にはトランプ以前の“正常な日米関係”に戻り、地域における米国の最も従順な同盟国に戻りたいと考える者がいるため、これは少し厄介である)、米国、オーストラリア、インド、カナダ、ニュージーランドが、バイデン政権下での米国の“復帰”とともに、日本の新たな指導的役割を認め、強化することが不可欠である。アジア太平洋の歴史において、今こそ、地域全体にまたがる信頼、信用、紛争解決のメカニズムをいかに構築するかを改めて考える必要がある時である。今や米国とこの地域の“西側諸国”は、地域がわれわれに何を語っているかに耳を傾けるべき時であり、米国の絶対的政治支配を目指すトランプ的願望を覆すべき時である。米国がどれほど戦略を練っても中国の興隆を止めることはできず、いっそう悪いことに、われわれを軍事紛争へと押しやる恐れがある。今こそ、アジアの近隣国との対等なパートナーシップを結ぶべき時であり、われわれ皆が21世紀のアジアに平和と安定をもたらす方法を見いだそうと努力するべき時である。特に、クアッドが中国を抑え込むための新たな“冷戦”体制にならないことが重要である。ルールに基づく世界秩序というクアッドのビジョンを補足するものとして、予防外交、紛争防止、協働的問題解決のための地域安全保障メカニズムを構築するべきである。

これまで米国が率いてきたリベラルな世界秩序は、変わらなければならないのかもしれない。しかし同様に、中国も変化することが同じぐらい重要である。なぜなら、権威主義的な中国共産党の方針に導かれることは誰も望んでいないからである。われわれのアジアのパートナーは、実に長年にわたってなんとかこの現実に対処してきた。いつまでも“味方”や“敵”の陣営に引き入れられるのではなく、彼らの声に耳を傾け、力を合わせて取り組み始めようではないか。外交政策はゼロサムではないし、そうであるべきではない。日本が戦後の“平和主義的”伝統を今後も進めていくことができるなら、日本が東西の懸け橋として積極的な役割を果たし、相互の理解を形成し、地域の国家間の不満を非暴力的に解決できる方法を編み出してはいけない理由などない。

ケビン・P・クレメンツは、戸田記念国際平和研究所の所長である。

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著名なケニア人「キクユ語」作家が「ブッカ―賞」にノミネートされる

英国の権威ある文学賞「ブッカ―賞」に初のキクユ語作品「The Perfect Nine」(著者が自ら英訳)がノミネートされたケニア人作家、グギ・ワ・ジオンゴ氏に焦点を当てた記事。植民地政府により母を強制収容所に入れられ、兄がケニア独立を求めた「マウマウ団」に参加、自身も政府による言論弾圧で投獄された経験を持つジオンゴ氏は、「植民地主義からの心の脱却」を唱えてキクユ語作家に転身した。真のアフリカ文学はアフリカ民族諸言語で書かれるべきとの信念を表明している。(原文へ

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コロナ禍が引き起こした船員たちの太平洋諸島への困難な帰還

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=エッカルト・ガルベ】

太平洋の船員たちは、何カ月も母国を遠く離れるのが常だった。しかし、その旅は突如として、多くのドラマとほとんど壮大ともいえるフラストレーションを伴うものとなった。コロナ禍が始まった時、ほとんどいたるところで船員たちは立ち往生した。契約期間を完全に越えても船上に留め置かれ、交代の船員が来るまで待っている者もいた。交代要員が来なければ、船員たちは休みなく働き続けた。また、世界中で渡航制限が行われたために帰宅できない者もいた。感染拡大を抑えるために各国が国境を閉ざすなか、国境を越えた移動は困難になり、高価になり、ときには不可能になった。海で船の乗組員を交代させることは、陸にいるわれわれが見ることのない悪夢となった。これは、われわれが依存する海運による需給連鎖を脅かし、ひいてはグローバル化した貿易全般を脅かした。(原文へ 

昨年秋以降、この船員交代危機によりキリバス出身の船員グループとツバル出身の数名がドイツの主要港ハンブルクに取り残された。ハンブルクには550人近いキリバス人の船員を雇用する海運会社があり、船員たちは、これらの会社が54年前にキリバスのタラワに設立した海洋訓練センターで訓練を受けた。低地の環礁国であるキリバスは、太平洋のただなかの広大な海域に散らばっている。少ない人口の現金収入という点では、オセアニアで最も貧しい国の一つである。近年は漁業権収入の増加により大きな利益をあげているものの、依然としてコプラ(乾燥ココナツ)の輸出、海外からの援助、そして特に船員たちからの送金に依存している。船員の収入はキリバスのGDPの10%近くを占める。

キリバスとツバルは、WHOがパンデミックを宣言した際にいち早く徹底した国境封鎖に踏み切った国であり、今日に至るまで新型コロナの感染が発生していない。しかし、その代償として、学生や船員などの在外キリバス人のほとんどが足留めを食らい、帰国できなくなった。政府は適用除外をほとんど認めず、本国送還便の運航もわずかであった。この状況が長引き、海運会社は、雇用する船員が家族とともに休暇を過ごせるよう、国際海事規則に従って彼らを本国に送還する方法を見つけられなかった。そこで海運会社は、船員を世界中に散らばらせておく代わりに、全員をハンブルクに呼び集めることにした。

太平洋諸島の船員たちは、船ではなく航空便でハンブルクに入った。到着時の天候は寒く、じめじめして、暗く、霧がかっており、船員たちは2週間の隔離期間を経た後、町はずれにあるユースホステルに移され、そこでもまたドイツのコロナ関連の制限措置を厳格に守らなければならなかった。現地に留め置かれた人々はクリスマスまでに100人に達し、中には2年近くも故郷を離れている者もいた。カトリック船員ミッション「ステラ・マリス」(Stella Maris, the Catholic’s Seamen Mission)と(プロテスタントの)ドイツ船員ミッションが彼らの世話をし、靴、暖かい衣服、多少の快適性を提供し、海運会社が費用を支払った。しかし、船員の出身国である太平洋諸国の政府は、彼らを島に帰還させる努力をあまりしていないように見えた。恐らく、それによって島国にウイルスが持ち込まれることへの懸念があまりにも大きかったからだろう。

家族と再会できる見込みがまったくないまま外国に留め置かれ、言葉も分からず、不慣れな食べ物を食し、船上の慣れた生活とはあまりにも異なる生活を送ることは、船員たちの心理に深刻な悪影響を及ぼし、アルコール依存症のような問題をもたらした。また、船員たちは仕事を失うことも心配していた。そうなれば故郷の親族は大変なことになる。なぜなら、船員たちは、良い稼ぎがある唯一の働き手だからである。額が減っているとはいえ、小さな島国キリバスにとって、船員たちの送金が国家収入に占める割合はいまなお大きい。

ハンブルク滞在中、現地の人々は「イ・キリバス」(キリバス人)船員たちの運命に関心を持つようになった。おそらく、気候変動の影響によりこれらの環礁国が今後直面する試練も話題になったからであろう。人々は寄付をし、ボランティアが支援をし、医師たちは無償で医療を提供し、「南ドイツ新聞」、「デア・シュピーゲル」、「ディー・ツァイト」といったドイツメディアがリポートし、現地テレビ局が船員たちの運命について月2回の特集番組を放送した。船員たちは、現地のコロナ対策規則を厳守しながら、クリスマスを祝い、教会の礼拝に出席することができた。2021年1月22日に核兵器禁止条約が発効した際、彼らはドイツ人の仲間の助けを借りて平和記念式典を開催し、太平洋地域のさまざまな場所が過去の核実験により被害を受けたこと、そしてこれまでにキリバスとツバルを含む10カ国の太平洋島嶼国が核兵器禁止条約を批准したことを改めて訴えた。厳しい寒さにもかかわらず、式典はユースホステルのガーデンエリアで開催され、伝統的なダンスの素晴らしい演技が披露された。その後、子豚の丸焼きなどのごちそうが振る舞われた。

船員たちにとってハンブルクは安全な避難場所であり、彼らの人数は140人を超えるまでに増えたが、いつになったら帰国できるのかは誰にも見当がつかなかった。夜、島にいる妻や親族とチャットをする中で、彼らはさまざまなうわさが流されていることを知った。そこで彼らは、もっと積極的になり、出身国の政府に圧力をかけることを決めた。ドイツ人司教たちが島嶼国政府の注意を喚起する書簡を送り、大使館が外交レベルで関与を行った。海運会社が再度支援を提供し、キリバス船員の妻と家族の会(Seaman’s Wife and Family Association in Kiribati)もいくぶん声高になった。キリバスは少なくとも2021年3月まで国境を封鎖することを宣言していたが、ツバルは足留めされていた残りの船員たちの本国送還を開始した。3月半ばにはキリバスも後に続き、船員たちはさまざまなルートでフィジーに向けて発つことができた。現在、約300人の船員がフィジーのナンディに足留めされており、キリバスへの定期便の席は確保されていない。この驚くべき旅路からついに帰宅する頃には、彼らは3~5回の検疫や隔離と十数回の検査陰性を経ていることだろう。

彼らと話していると、「なぜ彼らの島の政府は、家に戻りたいという彼らの切羽詰まった要望に対応するのに、こんなにも信じられないほど長くかかったのだろうか?」という疑問が残る。2019年にキリバスが台湾と断交し、突如として北京に忠誠心を切り替えたことを知っているため、この遅さは意図的なものではないかと疑う船員も少なからずいる。船員たちが欧州の海運会社でのまともな仕事を失うことを政府がそれほど気にしていないのだとしたら、彼らはそのうち、中国船や、果てはとんでもない条件を提示し、ひどい賃金を支払う低水準の会社が運航するトロール船や漁船に流れ着くことになるのだろうか? 国際海運業における中国の支配がますます拡大するなか、そのような可能性は、たとえ将来的な懸念に過ぎないとしても、船員たちを怯えさせているようだ。

エッカルト・ガルベは、ハンブルクを本拠とする広報専門家。40年近くにわたり太平洋地域の各地でコンサルタントとして活動しており、特にオセアニアとメラネシアに地理的重点を置いている。その間、ドイツの2国間支援プログラムの責任者を務め、政府、教会、非政府組織との協力を行ってきた。経済学と社会学の学位を有する。

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新型コロナで多くの人々が貧困に

【ジュネーブIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】

100年に一度の危機ともいわれる、新型コロナウィルスのパンデミックがもたらした大不況が、2020年の世界経済を直撃した。パンデミックは地球上のあらゆる場所に拡散し、これまでに1億2000万人以上が感染し、270万人近い人々が死亡した。

高い失業率と収入源の喪失により数多くの人々が貧困に陥っている。貧困下に暮らす人々の数は、2020年だけでも1億3100万人も増加したと見られている。このまま推移すれば2030年時点で、依然として7億9700万人が極度の貧困下にあるものと予想されるが、これは世界の全人口の9%にあたる。

国連の『世界経済状況・予測2021』は、「2030年までに極度の貧困を根絶するという持続可能な開発目標(SDG)の第1目標は、達成が困難になるとみられる。サハラ以南のアフリカ諸国や多くの内陸国では貧困が支配的であり続けるだろう。またその他のSDGsも、貧困が拡大する結果、付随的な影響を受けるだろう。」と、警告している。

UNDESA

アフリカは、長期的な開発への大きなマイナスの影響を受けて、これまでにない経済不況を経験しつつある。東アジアでは、2020年に経済成長が急速に鈍化し、アジア金融危機以来最低の成長率となった。

パンデミックと世界の経済危機は南アジアにも傷跡を残し、かつての世界の経済成長センターだった同地域は2020年、世界で最悪の成長率を記録した。同地域の全ての国が例外なくこの危機による悪影響を受けているが、既存のマイナス要素のために、コロナ禍の影響は増幅され加速している。

西アジアでは、パンデミックとそれへの対応策が地域全体で経済活動を停滞させている。パンデミックの影響は、同地域の成長を牽引してきた観光部門を直撃し、住宅、運輸、卸売・小売部門もかなり弱体化している。

ラテンアメリカ・カリブ海地域は、人的被害の大きさと甚大な経済損失に見られるように、パンデミックの深刻な悪影響を被っている。この数年の経済成長はそもそも満足のいくものではなかったが、さらに今回の危機で歴史的な経済的打撃を受けている。

この重大な状況について、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「我々はこの90年で最悪の保健上の危機、経済危機を迎えている。ますます増える死者を悼みつつも、我々が今採る選択が我々の将来を決めることを肝に銘じておかねばなりません。」と語った。

グテーレス事務総長がここで言及しているのは、1929年から39年まで続いた世界恐慌だ。西側の工業先進国が経験した最も長く最も厳しい不況で、経済の仕組みやマクロ経済、経済理論に根本的な影響を及ぼした。

Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain
Antonio Gutierrez, Director General of UN/ Public Domain

一部のエコノミストらは、第二次世界大戦につながった再軍備政策が1937年から39年にかけて欧州経済の活性化に役立ったと考えている。米国が1941年に参戦した際、世界恐慌の最後の影響が取り除かれた。

2020年、数カ月間にわたって、将来の不確実性とパニックが、先進国と途上国の双方においてほとんどの経済活動を麻痺させた。貿易と観光は停止し、世界恐慌以降のあらゆる危機をはるかに上回る水準で雇用と生産が失われた。わずか数カ月の間に、貧困下に生きる人々の数が急拡大し、収入と富の不平等が記録的な拡大を見せた。

世界各国は、この危機が健康や経済に与える悪影響を回避するために、迅速かつ大胆に対応した。経済を救済するための金融・通貨刺激策が、急速に展開された。

タイムリーかつ大規模な財政出動により、最悪のシナリオは回避できたが、社会で最も脆弱な立場に追いやられた人々が抱いている社会的不満と、「持つ者」と「持たざる者」とを分断する厳しい不平等を緩和するには至らなかった。

さらに、『世界経済状況・予測2021』が強調しているように、「財政出動の余地が限られ、高水準の公的債務を抱える多くの途上国は大規模な景気刺激策に打って出ることができなくなっている。」

実のところ、今回の大恐慌の短期的な経済コストは、雇用や生産性、生産能力への長期的な影響を完全には説明できない。大規模な財政刺激策が経済の完全崩壊を防ぎ、数多くの人々の収入を支えてきたが、これらの措置が長期的な投資を加速させ、新たな雇用を生む兆しはない。

2020年に世界の総生産が推定4.3%減少し、大恐慌以来最大の生産縮小になったとみられる中、このようなことが起こっているのである。対照的に、2009年の大不況の際の世界の生産縮小は1.7%減であった。

しかし、GDPばかり見ていては、パンデミックが雇用にもたらした危機の深刻さを見失うことになると国連の報告書は警告している。2020年4月までに、全面的あるいは部分的な都市封鎖(ロックダウン)によって、世界の労働力全体の約81%にあたる27億人が影響を受けた。

Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA
Photo: Downtown Johannesburg is deserted. Credit: Kim Ludbrook/EPA

経済協力開発機構(OECD)諸国全体における失業率は2020年4月に8.8%に達したが、11月には6.9%に落ちた。全ての途上国において、失業率はコロナ禍以前よりも高い。

コロナ禍は途上国の労働市場に特に悪影響を及ぼしている。2020年半ばまでに、失業率は記録的な高さを示した。ナイジェリアでは27%、インドで23%、コロンビアで21%、フィリピンで17%、アルゼンチン・ブラジル・チリ・サウジアラビア・トルコで13%超である。

コロナ禍はまた、女性の雇用を直撃している。それは、労働をリモートで行うことが難しい小売りや観光業のような労働集約的な部門において、女性が占める割合が5割を超えるからだ。

一部の犯罪は減少してきているが、ロックダウンが実施される状況下で女性・女児が暴力犯罪の被害に遭う事件が増加している。女性の労働市場への参加率が下がり、貧困が増大する中、児童婚が世界的に増加する見通しだ。

国連経済社会局国連貿易開発会議や5つの国連地域委員会と共著したこの報告書は、「危機の長期的な影響もまた同様に厳しいものになるだろう。」と述べている。

国連世界観光機関(UNWTO)や国連後発開発途上国・内陸開発途上国・小島嶼開発途上国担当上級代表事務所(UN-OHRLLS)もまた、この報告書の作成に関わっている。

Image credit: Adventist Review

報告書は、コロナ禍がデジタル化や自動化、ロボット化の流れを加速し、中期的には労働需要を押し下げる働きがあると警告している。「自動化を取り入れた経済部門では生産性がある程度向上するだろうが、平均生産性上昇率は鈍化するだろう。固定資本への投資の減少、生産性上昇率の鈍化、低い労働参加率は、世界経済が持つ潜在的な生産性を一層押し下げる要因となるだろう。」

成長の回復が遅れ先延ばしになれば、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現も危うくなるだろう。コロナ禍は世界経済の構造的な脆弱性を顕在化させた。また、包摂的で平等な成長の促進、貧困の削減、環境の持続可能性の強化などの持続可能な開発は、将来的な危機に対する防護策であり強みとなることも示されてきた。

国連の報告書は、これに関連して、「新たな財政・債務面の持続可能な枠組みを備えた経済的レジリエンス(強靭性)と、普遍的な社会保障の仕組みを備えた社会的レジリエンス、さらには、グリーン経済への投資を拡大した気候レジリエンスが、力強い回復への構成要素とならねばならない。」と述べている。

「これには、世界を持続可能な開発の軌道へと乗せるための国別の努力を損なうのではなく、それを補完し強化するような、より強力で効果的な多国間システムを必要とするだろう。」と報告書は指摘している。(原文へ

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