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新型コロナウィルス感染症が拡大するなか「二重の脅威」に直面する移民たち

【バージニアIDN=ジャクリーン・シャルスキ-ファウツ】

移住労働者は、新型コロナウィルスの感染が世界的に広がる中、「エッセンシャルワーカー(=社会にとって必要不可欠な労働者)」として、世界経済の最前線に立ち続けてきた。しかしこれは大きなリスクを伴うもので、彼らは、「国際救援委員会」が「想像を超える二重の緊急事態」と言及しているものに直面している。

紛争や強制退去を経験した移民たちは、世界的なパンデミックだけではなく、経済不況がもたらす影響にも立ち向かっていかなければならない。脆弱な立場にある移民たちは貧困に陥りやすく、紛争や追放の憂き目にあったり、危険な労働環境や厳しい生活環境に追いやられやすい。従って、ホストコミュニテイーで失業が増えれば、移民たちに対する経済支援や法律面での支援、さらには感染から身を守るための個人防護具へのアクセスを支援する必要がある。

米国では、西海岸一帯に広がった山火事で空が赤く染まり、大気が危険な状態になっているなかで、カリフォルニア州のワイン産地であるセントラルバレーの農場では多くの移住労働者たちが働いている。

スペイン・アルメリアの農場では、モロッコからの移住労働者たちが、新型コロナウィルス感染症の拡大を防ぐためのマスクや消毒液といった防護措置がほとんど取られていないことに不満を漏らしていた。

photo: The virus highlighted the world’s structural dependence on cheap, exploitable labour. Source: salud-america.org

欧州連合(EU)内でスペインは移住労働者の割合が最も高い国の一つである。少なくとも同国の農業の25%が、外国人移民の労働に依存している。同様に、米国の農業労働者の3割と、EUの労働者の390~410万人が不法滞在者である。これらの外国人労働者は各国経済や世界経済で重要な役割を果たしているが、今やパンデミックの危険に正面から晒されている。

移住労働者と同じように、難民や国内避難民についても、パンデミックに伴う経済活動の停止の影響に対して脆弱であり、感染拡大に伴って健康上の懸念が持たれている。

経済活動の停止によって、基本的な生活水準をかろうじて保っていた多くの人々が、失業と、政府から経済支援を得る資格を喪失するリスクに晒されている。

新型コロナウィルス感染症に伴う経済活動の停止で世界中の国々の小規模ビジネスは大打撃を受け、今後「厳しい」経済不況に見舞われると予想されている。結果として、106万人が今年末までに貧困に陥る危険がある。その中には、非正規部門労働者のかなりの部分を占め、こうした危機に「とりわけ脆弱」な移民や難民が含まれている。

最近の研究によると、モロッコの非正規労働者の数は、労働者全体の3分の1以上にあたる約240万人であった。消費者が仕事を失い、企業がより安い商品とサービスを求めるなか、非正規労働者の数は今後も増えていくと予想されている。経済活動が停止していた間は、多くの非正規労働者は、顧客を見つけたり、交通手段がないために職場に行くことができなかった。

Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en
Image: Virus on a decreasing curve. Source: www.hec.edu/en

モロッコでは、労働市場と民間部門が経済活動の停止によって大きな影響を受けているが、なかでも最も影響を受けたのが非正規部門の労働者で、既に全体の66%が職を失っている。モロッコ政府は、とりわけ非正規労働者に関して収入喪失の影響を緩和しようと努めているが、7月半ば時点で、わずか19%の世帯しか恩恵を受けていない。こうした支援の大半は、移民、とりわけ非正規雇用や不法滞在状態にある者には届かない。

過去の金融危機の事例からも明らかなように、ほとんどの移民は本国に帰らない。むしろ、本国の経済的見通しが暗いことから、多くの人々が欧州に渡るべく北へ向かう。この数か月、チュニジアではイタリアに向う移民が増えて、昨年の6倍に達している。

しかし、旧来の(トルコ-バルカン半島を経由する)陸路での移動ルートが閉鎖されてしまったため、多くの移民がブローカーを通じて(地中海を渡る)海路による密航を選択した結果、今年だけでも675人以上が亡くなっている。

人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、新型コロナウィルスの感染拡大がもたらす複雑な状況について警告している。移住労働者はしばしば危険な労働環境や生活環境に直面しており、その結果、ウィルスに対してより脆弱な立場に立たされている。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

2009年の経済不況に際して、ロンドンのブルガリア移民を調査したカヴィタ・ダッタ氏によると、解決策は2つしかないという。一つは移民を減らすこと。もう一つは、その国の中で移民に法的支援を与え、移民に関する理解を促進して、彼らが搾取される可能性を減らすことである。

移民政策センター」が主催したウェビナーでゲストスピーカーを務めた同センターのアンドリュー・ゲデス所長は、移民に関する新たな議論を呼びかけ、責任の共有や法的な道筋といった現在の政策を各国政府が再検討する必要性について語った。

自国を経由して非正規移民の大半を欧州に送り出しているリビアやモロッコといった北アフリカの国々に多くの非難が向けられている。移民を減らす英国政府の計画は、モロッコのような外国に収容所を設置するという内容を盛り込んだ。オーストラリア政府の同様の計画ではパプアニューギニアを利用している。この計画は、国連やその他の人権団体から批判された。

しかし、移民の増加に対して収容所の増設で対処するよりも、法的支援団体や移民支援政策はより人道主義的なアプローチを採用している。その方がより効率的に非正規移民を減らすことができるかもしれない。

権利と正義」のようなモロッコの団体や、フェスのシディ・モハメド・ベンアブドラ大学の学生団体「法学部法律クリニック」(CJFD)はそうした方向を進めている。

Map of Morocco
Map of Morocco

CJFDは「米国中東パートナーシップ・イニチアチブ」や「全国民主主義財団」の支援を得て、「ハイアトラス財団」との協力でプロジェクトを実施している。ここでは、法学生たちが、欧州を目指す移民の数を減らす多面的なアプローチの一環として、人権や社会的統合、起業訓練を促進しながら、法的支援を行っている。こうすることで、旧来からの移民送出地を支援の場に変え、定住を促している。

新型コロナウィルス感染症の拡大に対応して、世界中でボランティア活動と地域の連帯が活発化した。これは、移民を保護し受容するプログラムに対する支援を増やす基礎となった。移民送出国は、危険を伴う移動や搾取、あるいは貧困のリスクを抱えた移民の数を減らすために、各国政府と地域で活動する社会団体とをつなぐ動きを強めねばならない。(原文へ

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国連事務総長、軍備管理協議の停滞に懸念を示す

【ジュネーブIDN=ジャムシェッド・バルーア】

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は9月26日の「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」を記念して、「私たちは、信頼を基盤としつつ、核兵器のない世界という共通目標の達成に向けた指針となりうる国際法に基づいた、より強く、より包摂的な多国間主義を必要としています。」と語った。

この言葉は、国連に地球上から核兵器を廃絶するという目標を課した1946年の国連総会決議の精神を繰り返したものだった。グテーレス事務総長は、「総会決議から75年が経過した今も、私たちの世界は核による惨禍の影におびえ続けています。」と語った。

1959年、国連総会は全面的かつ完全な軍縮という目標を是認した。さらに1978年には、第1回国連軍縮特別総会が、「核軍縮と核戦争の防止のための効果的措置が最優先事項」であることを確認している。

ICAN
ICAN

しかし、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が指摘するように、約1万3400発の核兵器が依然として世界に存在する。核保有国は資金が豊富であり、核戦力を近代化する長期的な計画を有している。世界の人口の半数以上が、核保有国、もしくはそうした国の核の傘に依存する国で暮らしている。

冷戦が最高潮だった時代に比べると配備済核兵器の数はかなり減っているが、条約に従って物理的に廃棄された核兵器は、これまでただの一発も存在しない。また、現在進行中の核軍縮交渉もない。

さらに核抑止のドクトリンは、全ての核保有国とその大半の同盟国の間で、安全保障政策の一要素として根強く残っている。冷戦以来国際の安全に貢献してきた軍備管理の枠組みは、核兵器の使用にブレーキをかけ、核軍縮を前進させてきたが、現在では、次第に崩壊の危機に直面するようになってきている。

米国は2019年8月2日、それまで米ロ両国に特定のカテゴリーの核ミサイル廃棄を義務づけていた中距離核戦力(INF)全廃条約からの脱退を表明した。

さらに、「戦略攻撃兵器のさらなる削減と制限に向けた措置に関する米ロ間の条約」(いわゆる新START)は、2021年2月に失効する。同条約の効力が条項に従って延長されない、あるいは、後継条約の締結を見ないまま失効することになれば、1970年代以来初めて、世界最大の二大核保有国が条約に拘束されない状態になる。

新STARTによる現地査察は新型コロナ感染症対応のために3月以来停止しており、依然として再開されていない。新STARTの遵守履行機関である二国間協議委員会(BCC)の次回会合も延期されたままだ。

米国は矛盾するシグナルを送り続けている。

ワシントンのシンクタンク「軍備管理協会(ACA)」によると、米国は、査察とBCCでの協議をいつどのように再開するかについて検討しているが、他方で、両国のすべての関連職員が新型コロナウィルス感染症に罹患するリスクをいかに低減するかについても考慮しているという。ある国務省筋は「米国は新STARTを履行し、同条約に従い続ける」と述べている。

また、トランプ政権は、中国が米ロ中3カ国の軍備管理協議に即時に参加すべきとの要求を弱め、ロシアと政治的に拘束力のある中間的な枠組みを追求し始めているとの報道がなされている。

By Pacific Southwest Region 5 – Donald J. Trump, 45th President of the United States, Public Domain

しかし、トランプ政権は、2010年の新STARTを単純に5年間延長するというロシアの要求を撥ねつけ、いくつかの条件が満たされない限り条約延長を検討しないとしている。

トランプ政権は、ロシアとの新たな枠組みは、全ての種類の核弾頭を対象とし、検証体制を強化したうえで将来的に中国を入れる構造にしなくてはならないと主張している。

マイク・ポンペオ国務長官は8月31日、米国は「軍備管理協定に関してロシアと緊密な協議を行っており、両国が今年末までに合意に達するようにしたい。」と語った。

ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務副大臣を相手にウィーンで8月17・18両日開かれた協議の後、米国のマーシャル・ビリングスリー軍備管理大統領特使は、「条約の検証体制の不備を修正し、新しい枠組に合意することが、新START延長の条件だ。」と語った。

ビリングスリー特使は8月18日の記者会見で「オバマ=バイデン政権で交渉された新STARTには大きな欠陥がある。検証体制に重大な不備があります。」と指摘したうえで、不備の例として、ミサイルの遠隔測定に関する十分な情報交換がないこと、現地査察の頻度が低いことなどを挙げた。

Vladimir Vladimirovich Putin/ By Kremlin.ru, CC BY 4.0

核軍備管理に加えて、宇宙の安全保障問題も、両国間の核不拡散協議に影響を及ぼしている。新しい宇宙技術の急速な発展と世界の三大宇宙大国(米国・ロシア・中国)の間の競争は、宇宙という最後のフロンティアの「兵器化」への懸念を高めている。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、第75回国連総会に寄せたビデオ・メッセージの中で、米ロ両国が宇宙で武力紛争を起こすことを避けるための協定について話し合うとの考えを示した。

「ロシアは、全ての主要な宇宙大国の間で、宇宙空間に兵器を設置したり、宇宙空間の物体に対して武力を行使したり、或いは行使を威嚇したりすることを禁じる法的拘束力のある協定を締結するよう提唱している。」とプーチン大統領は語った。

中国の汪文斌報道官は、プーチン提案に賛同して、中ロ両国は宇宙空間における軍備管理に関する協定案を提出したと指摘し、宇宙空間の軍事化を禁止することを目的とした協議を米国が妨害していると非難した。

汪報道官は、米国が、空軍や宇宙司令部を創設し、宇宙空間の軍事化を激化させることで宇宙支配を進めようとしていることを中国は深く憂慮しているとの見解を明らかにした。(文へ

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カリブ海諸国、核兵器禁止条約の早期発効を誓う

|国連ハイレベル会合|完全核軍縮への支持、続々と

デジタルガバナンスに関する太平洋同盟に向けて

【ベルリン/ニューヨークIDN=ラメシュ・ジャウラ】

人工知能(AI)が人間の生活のあらゆる分野に大きな影響を及ぼすようになったAI時代に、(奇しくも「新型コロナ」が浮き彫りにした)これまでの「利益最優先の資本主義」ではなく、あらゆる利害関係者(=SDGsが対象とするあらゆる人々)に配慮した「ステークホールダー資本主義」に基づく新たな社会契約のあり方について検討しているイニシアチブに焦点を当てた記事。(原文へFBポスト

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国連、サイバー犯罪撲滅と、平和と安全の確保を誓う

財政危機に直面したスーダン、経済制裁解除前に新たな要求が突きつけられる

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

トランプ政権から、テロ支援国家解除の条件として、米国の中東政策への支持とイスラエルとの国交正常化を要求されているスーダンの民主派主導の暫定政権(昨年4月に30年に及んだバシール独裁政権を崩壊させた)が直面しているジレンマに焦点を当てた記事。暫定政権は、米国が前政権に課した制裁により経済が極度に疲弊しており、国際的な金融機関からの資金調達を可能にする制裁解除を1年半にわたって米国に訴えてきた。しかし、イスラム教徒が国民の7割を占め長年に亘ってイスラエルの強硬な敵国だったスーダンにとって、米国による(イスラエルとの)国交正常化要求は高いハードルとなっている。(原文へ

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アラブの権力闘争:「王は死んだ。しかし王政はこれからも続く」

|国連75周年|海洋法条約がいかにして公正かつ平等な社会を作ってきたか

【キングストンIDN=マイケル・W・ロッジ】

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、創設75周年に当たって国連に求められているものをテーマにした国連経済社会理事会での演説(7月)で、平和と安全、人権、持続可能な開発という大きな目標に向けられた多国間主義の強化と刷新を呼びかけた。

最大かつ最も長期的な効果をもたらした国連の成果の一つは、海洋に関する法的枠組みを打ち立てたことであろう。これは、正しくも「海の憲法」と称されている1982年の国連海洋法条約という形で結実した。我々は今週、国連創設75年を迎えるが、「より公正で平等な社会」という事務総長のビジョンに対する同条約の貢献を考えてみることは価値があるだろう。

第3回国連海洋条約会議(1973~82)は、それまでに招集された最大かつ最も複雑な多国間会議であった。一方的な主張が横行し、1958年と60年の2回の会議が失敗に終わり、海洋法の行く末に不確実性が漂う中での出来事であった。英国・アイスランド間で勃発した「タラ戦争」のように、アクセスや通過の権利を巡って武力紛争につながるケースもあった。

Michael W. Lodge

急速な脱植民地化とその結果として約100カ国が誕生したことで、「海洋の自由」の原則に見られた旧来の海洋秩序が挑戦を受けた。しかし、この原則は同時に、少数の海洋大国が海洋の排他的な利用を主張するために効果的に使われてきたものでもある。同時に、科学技術の急速な進歩が、過剰利用に対する海洋の脆弱性や公害の影響に関する我々の理解を深めてきた。

1982年の海洋法条約は、海洋法における確実性を打ち立て、海洋に平和と秩序をもたらした。海洋の利用における平等な関係を国家間にもたらし、国際の平和と安全に対する主要な貢献となってきた。同条約は、人間の海洋利用に関するあらゆる側面を網羅した多面的なものでありながらも、とくに4つの側面が際立っている。

第一に、海洋法条約は、諸国の海洋における管轄権の範囲という困難な問題を解決した。海軍大国が権利の究極の決定者であった400年間を経て、12海里の領海、200海里の排他的経済水域、大陸棚の定義、主張が競合した場合の紛争解決の仕組みについての合意がなされた。国際海運に用いられる海峡の通航権がすべての国に認められ、内陸国にも海への恒久的なアクセス権が確保された。90%以上の物資は海を通じて運ばれているため、このことは国際貿易・取引の発展にとって大きな貢献となった。

第二に、しばしば見過ごされている事実は、この条約が、これまでに採択された最も重要な環境関連条約の一つであるということである。一つの章がまるごと海洋環境の保護にあてられていることに加えて、「公害」の定義を条約として初めて盛り込んだ。この定義は、その発生源がどこであるかにかかわらず、人間の活動に由来したCO2の排出にも適用される。さらに、海洋環境に関連した同条約の条項は義務的なものであり、無条件、かつ例外を認めない。「能力に従って」「適切に」「実行可能な限り」といった、近年よく見られる語句が使われていないのである。

SDGs Goal No. 14
SDGs Goal No. 14

第三に、私が最も感心したのは、同条約が、地球上で開発されていない最大の天然資源に関する全く新たな法制度を作り上げたことである。「人類共通の財産」と位置づけられたこれらの資源は、国際海底機構(ISA)という国際機関によって管理され、全人類の利益のために持続可能な形で利用される。これらの資源へのアクセスは、先進国であれ途上国であれ、富裕国であれ貧困国であれ、大国であれ小国であれ、保証される。地球上のどの資源もこのような形では管理されておらず、同じような理念を地球外の資源にも適用するよう我々は努力してきたところである。

第四に、海洋法条約が効力を持ち続けていることである。国連が創設わずか37年で採択された同条約は強さを増し、今や加盟国は主要な海洋大国のほとんどを含む168を数える。海をめぐる紛争は条約に従って平和裏に解決され、他のどの条約よりも充実した包括的な紛争解決の仕組みを通じて、国際司法裁判所国際海洋法裁判所によって支援されている。

海洋法条約は、1994年に深海底の採掘について、1995年には国際漁業についてそれぞれ実施協定が採択され、変化する環境や新たな課題に対応できるものであることを示した。特に重要なのは、これらの協定が、1982年に合意された権利や管轄権の基本的なパッケージを損なうことなく、新たな科学的知見と高まる環境破壊への懸念に照らして条約の条項を発展させた点にある。

基本的な海域の区分/CC 表示-継承 3.0

海洋法条約は、国際法と衡平の原則がイデオロギーに勝利したことを示している。残念なことに、この勝利は依然として不完全なものであり、脅威に晒されてもいる。「不完全」だというのは、条約への普遍的な参加をまだ勝ち取っていないという意味だ。米国など一部の国々がまだ条約に加わっていない。「脅威に晒されている」というのは、グテーレス国連事務総長が指摘するように、不平等が強まり、より複雑化しているということだ。海洋に関して言えば、海洋科学技術の分野で起きている目まぐるしい進歩において格差が生じていること、その科学技術から利益を得る能力がほとんどの途上国に欠けていることに、そうした不平等の実態を見てとることができる。金持ちが先進的な船舶を建造して自由に研究できるのに対して、途上国は、国際的な科学研究に実効的に参加できていないことは言うに及ばず、自らの領海すらまともに調査できていない。

国連75周年は、国際社会が国際海洋法条約へのコミットメントを再確認し、その条項が、平等の原則に従い、全人類の利益になるよう確実な履行を保証する重要な節目なのである。(原文へPDF

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|視点|気候変動:人間中心の取り組み(池田大作創価学会インタナショナル会長)

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【シドニーIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

気候変動(巨大サイクロンや高潮)に加えてパンデミックの影響で主要産業の観光業(15万人を雇用しGDPの30%を占める)が壊滅的な影響(昨年同期比99.2%減)を受けたフィジーの現状と、依然として出口が見えない中で、コロナ後に向けて創意工夫で希望を繋ごうとしている人々の姿を取材したINPS東南アジア総局長による記事。大量失業した観光業界の人々の多くは、当面の手立てとして故郷の村に身を寄せて家庭菜園や漁業を手伝ってなんとか生計を繋いでいるが、社会保障制度が未整備のフィジーでパンデミックが長期化すれば、さらに厳しい状態に追い込まれることになる。(原文へ

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ラダックの仏僧が国境紛争の平和的解決に努力

【シンガポールIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】

インドのS・ジャイシャンカル外相と中国の王毅外相が9月10日、モスクワで開催された上海協力機構外相会合に合わせて会談した。王外相は「インドと中国が、隣接する大国同士、異なった見解を持っているのは当前のことだ。」と述べた。

インドのNDVTネットワークよれば、王外相は、中印両国はともにアジアの新興国として、対立ではなく協力し合うべきであり、不信ではなく相互信頼を促進すべきだ、と述べたという。

ヒマラヤ山地にあるラダックは、インド領内で最も仏教人口の多い地域であるが、中心都レーで活動する仏教僧のサンガセナ師は、中印両軍が今年6月に国境付近で衝突し、インド兵20人が死亡してから、紛争の平和的解決を訴える運動を主導してきた。

Map showing the union territory of Ladakh shown in red. / By RaviC – Own work, CC BY-SA 4.0

サンガセナ師は、IDN-INPSのパートナーメディアであるロータス・ニュースが「WhatsApp」を使ってレーから行った取材に対して、「もし戦争が起これば、国境に接するラダックが真っ先に戦場となりここの人々が最も被害を受けます。そうなれば、カシミールやアフガニスタンのような状況になってしまいます。」と語った。

ナレンドラ・モディ首相が昨年、ジャンムー・カシミール州のラダック地方を連邦直轄領だと宣言した際、ラダックの仏教徒の間では安堵の声が広がった。というのも、この措置により仏教徒は初めてラダックの運営に関してより大きな発言権を得られると期待できたからだ。しかし、レーで様々な支援活動を行っている大きな仏教組織である「モハボディ国際瞑想センター」を率いるサンガセナ師は、インドの宗教指導者らは、間近に迫りつつある紛争について沈黙を保っていると嘆く。

「平和を促進するのがあらゆる宗教指導者の務めです。」「インドは、ヨギ(ヨガの指導者)、リシ(ヒンズー教の聖人)、ムニ(古代インドの苦行者)など、『非暴力が最大の義務だ』と語ってきた人々が多くいる土地柄です。だから、非暴力はインドのグル(導師)がまず唱える標語となってきました。しかし、中印間の国境紛争を平和的に解決するよう訴えるグルがいないことに、驚いています。」と、サンガセナ師は語った。

9月8日、「平和のために働き、歩き、祈る」の標語の下に、サンガセナ師は、仏教徒だけでなく、ムスリム、ヒンズー教徒、キリスト教徒、シーク教徒など地元の宗教指導者らによる行進を実行した。彼らは、地域で深刻になっている憎悪と緊張、恐怖、不安定をなくすために祈るとともに、それぞれの宗教の代表が、無知を克服し、平和に共存するための知恵を説いてまわった。

SDGs Goal No. 16
SDGs Goal No. 16

「インドの大半のメディアには本当に失望しています。メディアは憎悪や戦争、暴力を煽り、民衆を誤った方向に導いています。これは本当に悲しいことです。メディアには国民に対する道徳的責任感が欠けています。」とサンガセナ師は語った。

ムンバイ大学でメディアとジャーナリズムを専門のサンジェイ・ラナデ教授は、「インドの報道は、マハトマ・ガンジーやガウタマ・シッダールタ(釈迦)といった人物を取り上げながら平和について語っているが、好戦愛国主義的な傾向が強い。国際紛争で調停者として役割を想像することは、今のインド報道機関の編集部門には手に余ります。彼らは、支配的な体制に歩調を合わせるか、そうでなければ、野党勢力に味方するかしかないのです。」と、ロータス・ニュースの取材に対して語った。

ラナデ教授は、中国とインドが長年の宗教的な紐帯を有している文明であるにもかかわらず、宗教指導者らが中印紛争に関して沈黙を保っていることについて、「彼らは明らかに政治家らとの付き合いがあるにもかかわらず、『インドの宗教指導者は政治問題について発言しない。』と主張しています。彼らはまた、中印情勢については、宗教指導者ではなく、政治家や軍人が分析しコメントすべきものだと考えています。」と、語った。

ラナデ教授は、「そのひとつの理由は、この国の宗教活動の範囲がヒンズー=ムスリムの二重構造という枠に押し込められてきたためだと思われます。インドが長年にわたって9つのダルシャナ(哲学・宗教思想体系)の揺籃の地であったにも関わらず、(今日の)宗教指導者らは、神智学や哲学よりも、狭い儀礼の問題にばかり焦点を当ててきました。」と語った。

インドの元外交官ファンチョク・ストブダン氏が昨年『ヒマラヤ仏教圏を巡るグレートゲーム:戦略的支配を目指すインドと中国』という時宜を得た書籍を上梓した。同氏は、インド・中国両国とさらに隣接するネパール、ブータン王国に跨るヒマラヤ山岳地域は、新たな地政学上の対立地点になりつつあると警告し、中印両国が協力して同地域の仏教徒を支援し、仏教哲学が説いてきた平和的共存を促進すべきだと論じている。

自身も仏教徒であるストブダン氏は、「ヒマラヤ地域は、もう半世紀にもわたって、インドと中国の代理勢力による対立の場となってきました。」と指摘したうえで、「ラダックからアルナチャル・プラデシュ州に至る山岳地帯を覆う地域は、中印両大国間の国境紛争の温床となり、時として軍事衝突に発展してきました。また、米国のような外部勢力が、チベット問題を利用してこの地域に不和の種を蒔くことも考えられます。」と語った。

6月に中国による国境侵犯が問題になっていた際、ストブダン氏は、なぜダライ・ラマ猊下は国境問題に関して沈黙しているのかとテレビ番組で発言して、物議をかもした。「どうして中国軍がそこに来るのか。 誰が、そこが中国の土地だと言ったのか。 中国人はそこには住んでいないというのに、ダライ・ラマ猊下はなぜ黙っているのか。なぜ猊下は、ここはチベットの領域ではなく、インド領土だと言わないのか。」と矢継ぎ早に疑問を投げかけたうえで、「ダライ・ラマ猊下は発言すべきだ。中国が土地を奪おうとしている時に、祈りばかり捧げているわけにもいかないだろう。」と語った。

チベットの宗教指導者を非常に尊敬しているレーの仏教コミュニティーはこれらのコメントに反発し、抗議の意思を示すためとして1日間すべての店舗を閉鎖した。

その後ダライ・ラマは、雑誌のインタビューの中で、「近年、インドと中国は互いを競争相手とみなすようになってきています。いずれも人口10億人を越える大国です。いずれの強国も、他方を倒すことなどできない。つまり共存していくほかないのです。」と述べている。

サンガセナ師は、「私が平和的解決について語るとき、それが国の主権を譲り渡すとか、領土の安全を犯すといったことを意味しているわけではありません。そうではなく、信仰心を持っている人は国境の枠を越えて平和を促進しなくてはならないということを言っているのです。」と語った。

他方、ロシアが仲介したジャイシャンカル=王外相会談の終わりに、中印両国は、国境付近の部隊の撤収や緊張緩和など、現在の状況に関する5項目の合意を行った。

共同宣言によると、両外相は、国境付近での緊張は双方にとっての利益にならず、両国は「国境地帯の平和と安定を維持し高めるための新たな信頼醸成措置を取るための努力を加速すべき」ことで合意したという。(原文へ

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「緑の万里の長城」が2030年への道を切り開く

【ボンIDN=リタ・ジョシ】

グレート・グリーン・ウォール計画により、この13年間でサハラ砂漠の南縁部に広がる2000万ヘクタールの荒廃した土地が回復された、とする報告書が発表された。報告書は9月7日、サヘル地域に点在する11カ国(セネガル・モーリタニア・マリ・ブルキナファソ・ニジェール・ナイジェリア・チャド・スーダン・エリトリア・エチオピア・ジブチ)の環境相が、地域のパートナーや国際機関、開発機関と共に開いたオンライン閣僚会議で発表された。

「緑の万里の長城」とも呼ばれるこの計画は、アフリカ連合の主導で2007年に開始されたもので、アフリカを横断する形で、セネガルからジブチまでのサハラ砂漠南縁部に沿って長さ8000キロ・幅15キロにわたる長大な「緑の壁」を構築(多様で適応力の高い在来植物を植樹しその周辺に農地を形成)し、従来砂漠化により貧困と慢性的な食糧不足に苦しんできたサヘル地域の人々の生活を変革しようというものである。この計画が完了すれば、オーストラリアのグレートバリアリーフの3倍もの規模に及ぶ、地球上最大の生態構造物が出来上がることになる。

閣僚会議で発表された「緑の万里の長城:実施状況と2030年に向けた見通し」は、この壮大な環境修復活動に関する初の包括的な現状報告書である。これによると、2007年から18年にかけて新たに35万人以上の雇用と約9000万ドルの収入が創出されている。

SDGs Goal No. 15
SDGs Goal No. 15

砂嵐を防ぎ空気や土壌に潤いをもたらす「緑の壁」が構築されたことにより、農産物の生産と収穫が可能になったため、これまでに22万人以上が、農業・牧畜と非木材生産物の持続可能な生産に関する訓練を受けた。また、これまで回復された緑地帯(計画全体の20%に相当)では、2030年までに300メガトンCO2以上が吸収される見込みで、これは全体目標のおよそ3割に当たる。

報告書はまた、2030年までにサヘル地域の1億ヘクタールの荒れ地を再び農業が可能な土地に回復するという目標を達成するには、参加11カ国は毎年43億ドルを投じて820万ヘクタールの土地を回復していく必要があると指摘している。また計画では、2030年までに1000万人の雇用創出を目指している。

アミナ・モハマド国連副事務総長は閣僚会議の挨拶の中で、「緑の壁は、サヘル地域に暮らす数百万の人々の生活に変革をもたらすでしょう。植林や商品作物の栽培・収穫に従事する雇用が増え、食糧事情の改善により健康が増進し、地域住民の生活はより安定したものになります。そして、コミュニティーのレジリエンスが増し、全ての人が恩恵を受けられる経済成長へとつながっていきます。」と語った。

モハマド副事務総長はさらに、「新型コロナウィルス感染症がもたらした被害を調査し、強力な刺激策を通じた再建計画が模索される中で、包摂的で持続可能な経済対策および復興策として、『緑の万里の長城』計画という絶好の投資機会を逃してはなりません。」と語った。

国連砂漠化対処条約(UUCCD)のイブラヒム・ティヤゥ事務局長は、「この計画は、緑の壁を構築している地域社会に対して直ちに目に見える恩恵をもたらしており、国際レベルにおいても、生態系に長期的なプラスの効果を生んでいます。つまり、各国が夢を描き、協力し合い、正しい方針を採るならば、共に繁栄し、自然と調和して生きていけることを、この大規模植林計画は実証しているのです。」と語った。

閣僚会議の閉会にあたって、「緑の万里の長城に関する共同宣言」が発表され、ポストコロナの経済回復や貧困削減、生態系の回復、気候変動への対応と緩和、女性のエンパワーメント、突発的な経済的移民への対処、雇用創出を達成する上でテコとなる、この計画の可能性に焦点があてられた。

共同宣言は、持続的で多面的な支援の必要性と、この計画の目標を達成するための、あらゆるパートナーによる積極的な参加を強調した。

閣僚らは共同宣言の中で、「各地の社会経済、さらには生態系にも短・中・長期にわたる影響を及ぼす新型コロナウィルス感染症が蔓延している世界の保健状況」に対して深い懸念を表明するとともに、従来、社会の悪化からテロリズムの温床や、欧州への移民の供給源となってきたサヘル地域で永続的な平和と安定を打ち立てるためには、「安全保障・経済開発・社会福祉の領域における共同の努力を必要といている。」と指摘した。そして、「緑の万里の長城」計画を引き続き履行していくことが、参加11カ国にとって最優先事項であり、各々の参加国が領域内に構築していく「緑の壁」を、ポストコロナの経済回復や、持続可能な開発目標の達成、「アジェンダ2063」、パリ協定の達成に向けたテコの一つにするという共通のビジョンを改めて表明した。

閣僚らは、気候変動ファンドや国連砂漠化対処条約、地球環境ファシリティ、世界銀行グループ、欧州連合、アフリカ開発銀行グループ、フランス開発庁等の関連する二国間パートナーなどの諸パートナーに対して、「緑の万里の長城」計画に関する包括的なプログラムに対して、継続的かつ多面的な支援を提供するよう求めた。(原文へ

Africa’s Great Green Wall. Source: FAO

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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|視点|先住民の土地管理の知恵が制御不能な森林火災と闘う一助になる(ソナリ・コルハトカル テレビ・ラジオ番組「Rising up with Sonali」ホスト)

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【ロサンゼルスIDN=ソナリ・コルハトカル】

カリフォルニア州南部に20年以上暮らしているが、住まいが火災避難区域に指定されそうになったことはない―ただし今のところはだが…。あたかもカリフォルニア州全体が燃えているかのようだ。山火事シーズンはまだ数カ月残っているにもかかわらず、今年だけで既に記録的な200万エーカー(東京の4倍近い面積)が焼失している。あまりにも深刻な事態に、州消防当局は「全ての山火事に対処するには人手が足らない。」と警告している。

山火事の発生地はカリフォルニアの最北部からメキシコ国境地帯まで全州に点在しており、数万人に退避勧告が発令されている。同州で山火事が発生するのは珍しいことではないが、またたく間に広がる大規模火災が数週間ごとに頻発するのは不自然で異常事態だ。そしてなによりも重要なことは、実行さえすれば長期的な解決策があるにも関わらず、顧みられていないことだ。

Western US states have been battling close to 100 wildfires, blanketing the majority of the west coast in smoke. Captured on 10 September, this Copernicus Sentinel-3 image shows the extent of the smoke plume which, in some areas, has caused the sky to turn orange./ By Contains modified Copernicus Sentinel data 2020, Attribution/ Wikimedia Commons.

現在、メディアや市民の注目は山火事の原因に向けられている。あたかも、あらゆる火元を消せば山火事が頻発する最悪の事態に潜む問題を解決できると考えているかのようだ。今年最も暑かった日に開かれた性別発表パーティーで使われた花火付き発煙装置がエルドラド火災の原因であった。この火事はロサンゼルス市の東方70マイルの1万エーカー以上を焼き尽くした。この火災を引き起こした人々や性別発表パーティーそのものに対する批判がおこっているのは当然のことだが、ここで注目しておくべき点は、大火災を引き起こす自然条件が完全に整ってしまっており、なにが出火原因かという点はさほど重要ではないという事実だ。

ベイエリアでは8月に1万件を超える落雷で火災が発生した。2018年11月にはカリフォルニア史上最悪の山火事で15エーカーが焼け86人が死亡、引退後の高齢者が多く暮らしていたパラダイスという街が焼失した。キャンプファイヤと名付けられたこの山火事は、地元電力会社が所有する高圧送電線の不具合が出火の原因だった。このような山火事が引き起こされる環境そのものに対処する長期的な視野に立った取り組みがなされない限り、将来引き起こされる山火事の出火原因は、禁止されている花火だったり、無許可のバーベキューだったり、或いは一本の煙草の火の粉さえ大惨事の引金になりかねないだろう。より差し迫った問題は、そもそもどうしてこのような極端な山火事が発生する環境条件にあるのかという点だ。

気候変動がその原因の一つである。春に雨が多く降ったため例年よりも雑草や低木が育ち、それが例年以上に暑い夏が到来で乾燥し山火事の燃料と化してしまっている。気候学者らは、「極端に雨が多い時期の後に極端に乾燥する時期が続くサイクルが今後一層頻繁に起こり、カリフォルニア州の住民に大きな影響を及ぼす。」と予測している。

いま一つの原因は、山火事の燃料となってしまう大量の枯草・低木管理の問題だ。アリ・メ―ダース‐ナイトさんは、カリフォルニア北部チコ出身のメチョーダ族の女性だ。彼女はこれまで20年以上にわたって、部族森林管理プログラムの渉外担当として「伝統的生態学知識(TEK)」として今日知られる伝統技術を実践してきた人物である。この森林管理プログラムは、まさに制御不能で多くの被害者を出すに至った大火災の原因となっているカリフォルニア州の誤った土地・燃料管理政策の問題に取り組む内容となっている。メ―ダース‐ナイトさんは、私の取材に対して、「自然界の植物や土地は元々火に適応しているのです。地域は(森林に息づく生命のサイクルとして)火に順応しており、むしろ火を必要としているのです。」と説明した。

環境保護団体グリーンピースは「原野に発生した火を徹底的に消すという土地管理政策が数十年に亘って行われてきた結果、かえって異常に大規模で激しい山火事を引き起こす自然条件、すなわち燃焼負債(Fire deficit)が蓄積された状態が作り上げられた。カリフォルニアのユニークな生態系は、特定の動植物相が依存する定期的な火災のサイクルを基礎に進化してきたが、白人による支配がはじまると、先住民による火災管理の知恵は全面的に否定され一掃された。」と述べている。メ―ダース‐ナイトさんは、「私たちには、少ない火(=雑草や低木を適切な時期に燃やす野焼きで大火災を防ぐ)か、大規模火災かを選択するしかありません。全く出火がないという選択肢はないのです。)」と語った。

ダイアン・ファインスタイン上院議員(カリフォルニア州選出:民主党)は同州における火災管理を先導しているが、これは全く間違った方法で進められてきた。「山火事からコミュニティーを守る」と主張して同上院議員が提出した法案は、明らかに「カリフォルニア州の森林景観を守る体制を改善し再生プロセスを促進する」ことを意図したものだった。しかし現実には、そもそも森林火災の元凶の一部でもある木材産業界が、森林景観の名の下に電線や道路沿いの森林を大量に伐採できる仕組みとなっている。

Coast Redwood forest and understory plants — in Redwood National Park, California./By Michael Schweppe

グリーンピースは、「徹底した消火政策を強く支持してきた木材産業界の広報担当は、皮肉にも、数十年に亘って自ら加担してきた森林管理政策の失敗(例:密集しすぎた森林は大規模火災の原因として危険)を正すためとして、より積極的な森林伐採を呼びかけている。」と要約した。メ―ダース‐ナイトさんは、「木材産業界の関心は、利益のために樹木を伐採することのみであり、土地の管理や再生あるいは流域管理について関心もなければ専門知識も持ち合わせていません。」と指摘したうえで、ファインスタイン法案を「粗野」で、「極めて無知」なものであり「災害便乗型資本主義」に他ならないと非難した。

カリフォルニア州では何十年もの間、かつて先住民が定期的に管理された火付けを行っていた文化的慣行を禁止してきた。しかし今では、メ―ダース‐ナイトさんは先住民部族の新世代のリーダーの一員として、祖先から代々継承されてきた野火を管理する土着の知恵について、人々を訓練して認定する活動を行っている。要するに、古来の知恵は文字通り火をもって火を制するという発想に基づくものだ。研修は、同州固有の動植物の種類と生態系の中でそれぞれの品種が果たす役割を識別し理解するところから始まる。この土着の火災管理手法は、山火事が発生しやすい夏の乾期前の、やや湿った風も弱い時期に、育ちすぎた雑草や低木を付け火で取り除いておくというものである。

こうした古来の手法が現代にどれほど通用するものだろうか。メ―ダース‐ナイトさんは、「管理された火付けを行う最適な日時を、数週間や数カ月前から正確に予測することは困難なため、州当局による認可手続きをより柔軟にする必要があります。(山火事が多数発生する)最も暑い時期にあらゆる火災を鎮火する任務を担っている消防士たちを、もしそれ以外の時期に『火を取り扱う技術者』として先住民の火災管理手法を訓練することができれば、今と比べて繁忙期に彼らが直面する危険を低減し負担を減らすことにもつながります。」と語った。彼女は、とりわけ新型コロナによる大量失業と住宅危機が深刻な今日、これはカリフォルニア州が推進している「グリーンジョブ」の一角を担いうる「新たな労働力を開発するイニシアチブ」だと考えている。森林火災の消火活動にあたる厚生プログラム(時給1ドルで正規消防士への道が開かれている)に参加している受刑者らも、このイニシアブから恩恵を受けられる可能性がある。

火災管理に関するこうした土着技術が特筆すべきなのは、気候変動の緩和にも貢献できる点である。オーストラリアでは、類似した土着の技術が小規模ではあるが、山火事対策として既に実行に移されている。このプログラムは死者を出す大火災を減らすという短期的目標と、気候温暖化を促進する炭素排出を削減するという長期的な目標双方に非常に有益なことが証明されている。

SDGs Goal No. 15
SDGs Goal No. 15

ニューヨークタイムス紙は、「(オーストラリアの)土着の火付けプログラムは7年前に開始され、激しく破壊的な森林火災の発生を半減、炭素排出量も40%以上削減した。カリフォルニア州の場合と同じくオーストラリアにおいても、管理された付け火は、ヨーロッパ人が渡来する以前は極めて重要な森林管理手段だった。」と報じている。

カリフォルニア州は、このおぞましい死者を出す森林火災の被害を何世紀にもわたって被ってきた。しかし(もし国であれば)世界第5位の経済大国に相当する同州が、この壊滅的な山火事の被害に屈するのは決して避けられない運命ではない。火災管理に対するファインスタイン法案と先住民による火を駆使する伝統技術の違いは、前者はこれまで機能してこなかったうえに、資源採掘産業が短期的な財務利益を得る資本主義的利益ベースモデルである点である。一方後者のアプローチは、企業利益を膨らませることはないが、そのかわりカリフォルニア州の住民全体の利益に資する骨の折れる取組みに根差している。はたして私たちはどちらの道筋を選択するのだろうか。(原文へ

INPS Japan

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